我々は猫が嫌いだ。文句あっか!
「怪異が関係している事件の発生が見えました……恐れ入りますが、皆さんの力を貸してください」
容貌は平凡だが、やや病的に白い肌が目立つ十六歳の男子、観王寺・透(人間(√EDEN)の霊能力者・h01836)が、やや口籠りながらではあるが、常になく改まった口調で告げる。
「事件が発生するのは、とある公園です。満月の夜の深夜、この公園の一角に空間通路が開くのですが、その通路からマタタビか何か、猫を強烈に誘引する匂いが放たれて周囲の猫を誘い込んでしまうようなのです」
そう言って、透は顔を顰める。
「誘い込まれた猫がどうなるかは予見できませんでした。ただ、空間通路の中には簒奪者『私審彩刃の『アゼルファス』』がいて「私は猫が嫌いだ。猫は美しくない。美しくない者はすべて滅ぼす」とか口走っているので、おそらく問答無用で滅ぼされてしまうのでしょう。その無益な殺戮を防ぐためには、通路が開く前に公園からすべての猫を避難させる必要があると思います」
どういう方法で猫たちを公園から遠ざけるかはお任せしますが、猫を傷つけるような方法は本末転倒なので避けてください、と透は告げる。
「通路が開いたら、すぐに飛び込んで『アゼルファス』を叩きのめしてもよいですし、猫が通路に入ってこないことに焦れた『アゼルファス』が出てくるのを待っても構いません。ただ『アゼルファス』を倒すと通路の更に奥から『ゴーケツ・ダンテス』が出現します。お尻を使って戦う尻剣士という、まあ、はっきり言ってしまえばしょーもない変態ですが、意外に強いので注意してください」
そう言って、透は小さく肩を竦める。
「今回、簒奪者たちは空間通路に多数の猫を引き寄せ殲滅しようとしています。猫に愛情のない方は、人が死ぬわけでもないのだからやらせておけ、と言うかもしれません。ですが僕は見過ごせません。猫を助けるために労力を使い危険を冒してもいいという方のみ、どうかよろしくお願いたします」
そう言って透は深々と頭を下げた。
第1章 冒険 『猫たちがピンチだ!』

「猫さんを虐める人がいると聞いて来たのにゃ! モフモフの為に頑張るのにゃ!」
そろそろ日が落ち周囲が薄暗くなり街灯が光りだす。とはいえ、凶事が起きると星詠みが予期した深夜にはまだ相当に時間がある。そんな夕暮れ時の公園にやってきた猫神憑きの神鉄の霊剣士 × 神気|格闘者《エアガイツ》 雷堂・雫 (レベル22 女)が決意を籠めて言い放つ。
するとそこへ野良狼の野獣|格闘者《エアガイツ》× 職業暗殺者アーネスト・マルトラバース・シートン (レベル14 男)がひょこっと現れる。
「はい、モフモフですがお呼びですか?」
「にゃっ!? 狼さん!? 確かに素敵なモフモフさんだけど、今日は猫さんを助けるために来たのにゃ!」
雫が驚いて応じるとアーネストは少々笑いを含んだような声で告げる。
「ご安心ください。わたくしも同じ目的で|公園《ここ》に来ています。協力して猫ちゃんたちを避難させましょう」
「それは願ったり叶ったりにゃ! よろしくお願いいたしますのにゃ!」
弾んだ声を出し、雫はアーネストに向かってぺこりと頭を下げる。
するとそこへ人間(√EDEN)の妖怪探偵 × フリークスバスター惟吹・悠疾 (レベル20 男)と人間(√ドラゴンファンタジー)の|古代語魔術師《ブラックウィザード》 × 霊能力者 桜庭・陽葵 (レベル10 女)そしてシャドウペルソナの|屠竜騎士《ドラゴンスレイヤー》 × ルートブレイカー桜庭・結月 (レベル10 女)の三人というか二人というかが、とにかく連れ立ってやってくる。人称がややこしいのは、陽葵と結月が「本来双子になるはずだった姉妹が二人の人格で一つの身体を完全共有している」多「乗」人格者だからである。
「やあ。そちらも簒奪者から猫を避難させる作戦の参加者かい?」
悠疾が声を掛けると、雫とアーネストが同時に応じる。
「そうなのにゃ!」
「どうか、よろしくお願いしますね」
「ふむ……これはユニークなメンバーが集まったようね」
一人で二人の桜庭姉妹が一同を見回して呟く。冷静な口調から察するに、おそらく結月の方だろう。
「何か作戦はあるのかしら? 私達は、濃縮マタタビと液状おやつを使って公園の猫たちをできるだけ引き寄せ、丘向うの匂いが届かない場所まで連れて行くつもりだけど」
「にゃ。私の作戦もだいたい同じにゃ。私は猫缶を使うつもりだったにゃ。あと、集めた後で公園に戻らないよう説得するつもりにゃ」
雫が告げ、アーネストが続ける。
「やむを得ないこととはいえ、わたくしが普通に近づけば猫さんは逃げてしまいますから。引き連れるよりは追い立てる形になると思います。もちろん、怯えて動けなくなったり隠れてしまったりしたら、落ち着いて逃げるように説得しますが」
「ふむ……貴方がたは猫と意思の疎通ができるのね?」
訊ねる(たぶん)結月に雫とアーネストがうなずき(たぶん)陽葵が(はたから見ると)自問自答にも見える形で訊ねる。
「結月ちゃん、何かアイディアがあるの?……ええ、狼さんには猫たちを追い立ててもらうよりは、この場所に猫が近づかないよう張り番をしてもらった方がいいと思うの。惟吹さん、空間通路が開く場所はここで間違いないのよね?」
「ああ、観王寺…星詠みが見た光景から考えて間違いないだろう。この公園では以前にも猫絡みの怪異トラブルがあって、その時にもここに異空間に繋がる穴が開いたんだ」
あの時は猫の怪異と戦ったんだけどな、と、悠疾は内心で苦笑混じりに呟く。(たぶん)結月はうなずいて指示を続ける。
「星詠みさんの話では空間通路からは猫を惹き寄せる匂いがするというから、自然に逃げ散らかしたりした程度では戻ってきてしまうと思うの。だから狼さんに念の為の張り番をしてもらって、貴女にはボス猫を探して交渉をしてもらうのがベストだと思う」
「ボス猫と交渉、にゃ?」
雫が目を丸くして問い返すと(たぶん)結月は怜悧な口調で応じる。
「ええ。出会う猫をいちいち説得していたのでは深夜までに間に合わないでしょうから、このあたりの猫を仕切っているボス猫を説得して避難に協力してもらうのがたぶん一番効率がいい。おそらく貴女にしかできないことよ」
「なるほどにゃ! 任せるにゃ!」
納得して雫がうなずき(たぶん)陽葵がうなずき返して告げる。
「それじゃ、ボス猫さんの説得よろしく! 猫缶はこっちで預かって誘引に使うね!」
「よろしくにゃ!」
相手の人格が入れ替わっている(らしい)ことに気づいているのかいないのか、雫は(たぶん)陽葵に猫缶を渡す。そしてアーネストは悠疾から場所の説明を受けて、そこに陣取る。
「では、上首尾を祈ります。何か対応できないほどの変事が起きたら遠吠えをして知らせますのでよろしく」
「ああ、頼りにしてるよ」
アーネストの毛皮をモフモフしてみたい誘惑に耐え、悠疾は濃縮マタタビ容器の栓を開く。桜庭姉妹も液状おやつと雫から受け取った猫缶を開け、その場を離れる。狼の気配がしていたためか、しばらくの間は寄ってくる猫がいなかったが、間もなくぞろぞろと猫が集まってくる。
「ハーメルンの笛吹男みたいだな」
「笛吹男? あれってネズミを引き寄せて川に引き込んで溺れさせたんだっけ? 子どもたちを引き連れてどっかへさらってっちゃったんだっけ? どっちにしても猫さんじゃないよね?」
悠疾の軽口に(たぶん)陽葵は小首を傾げて応じる。確かにちょっと「不適切」だったか、と、悠疾は苦笑し、猫たちを引き連れて公園から丘を越えた向こう側、匂いが届かないと思われる草地へと誘導する。
「さて、お待ちかねだ」
目的地に着くが早いか、悠疾と桜庭姉妹はついてきた猫たちに液状おやつや猫缶を振る舞う。移動距離がそこそこ長かったせいか、最後までついてきた猫はそれほど多くなく、むしろ避難場所の近くにいたと思われる猫が集まってくる。
(「……まあ、いいけどさ」)
集まってきた猫たちに区別なく餌を振る舞い、ついでに撫でてやったりしながら、悠疾は公園の方を見やる。
するとしばらくして、雫が驚くほど多くの猫を引き連れてやってくる。
「にゃにゃにゃ! にゃにゃにゃにゃにゃ! にゃにゃみゃ!」
おそらく猫の言葉で猫たちを鼓舞激励しているのだろう。猫神憑きの面目躍如という感じで雫が叫び、これは餌が足りんな、と、悠疾は√能力「|救援要請《シグナル》」を発動し、探偵事務所にいるAnkerに猫餌の追加を送ってもらうよう依頼する。
すると、なぜか悠疾のAnkerの一人、ルーシア・ヴァレンシアンが大量の猫餌を抱えて自ら現れ、悠疾に向かってそっけなく告げる。
「猫ちゃんたちのお世話は妾に任せよ。お主はとっとと妖魔と戦いに行くがよい」
第2章 ボス戦 『私審彩刃の『アゼルファス』』

(「……まあルーシアなら任せて問題ないだろうけど、猫達と遊びたいだけなんじゃないか…?」)
猫餌の補充を頼んだAnkerが自らやってきて猫たちをモフモフするのみならず、猫神憑きの神鉄の霊剣士 × 神気|格闘者《エアガイツ》雷堂・雫 (レベル22 女)や人間(√ドラゴンファンタジー)の|古代語魔術師《ブラックウィザード》 × 霊能力者 桜庭・陽葵 (レベル15 女)とシャドウペルソナの|屠竜騎士《ドラゴンスレイヤー》 × ルートブレイカー桜庭・結月 (レベル15 女)(陽葵と結月の二人は双子の姉妹が一つの肉体を完全共有する二「乗」人格)の桜庭姉妹と楽しげに|談話《おしゃべり》を始めるのを見やって、 人間(√EDEN)の妖怪探偵 × フリークスバスター惟吹・悠疾 (レベル20 男)は何となく釈然としない表情で、しかし声には出さずに呟く。
しかしもちろん、Ankerも雫も桜庭姉妹も更には濃縮マタタビと液状おやつと猫缶に夢中の猫たちも悠疾のことなどまったく目もくれないので、仕方ない(?)ので空間通路が開くと思われる公園の中央近くへ戻る。
そこには張り番を頼んだ野良狼の野獣|格闘者《エアガイツ》 × 職業暗殺者アーネスト・マルトラバース・シートン (レベル17 男)が律儀に待っていたが、もう一人、空想未来人のルートブレイカー × 自己流|格闘者《エアガイツ》 満塁・一発 (レベル19 男)がやってきていた。
「よぉ。あんたとはどっかで会ったことがある気がするな。探偵さんだったかな?」
「ああ、温泉郷にアンドロイドメイドとか|宇宙駆逐艦《スペースデストロイヤー》メイドとかが押しかけてきた事件だったな。あの時は酷い目に遭ったよ」
声を掛けてくる一発に、悠疾はちょっと複雑な表情で応じる。
「今回の事件の相手は、あそこまで桁の外れた|非常識存在《シロモノ》じゃないとは思うが。それでも油断はできん。俺は空間通路が開くと同時に|火力全壊《デモリッションブラスト》をぶちこむつもりでいる。たぶんあんたは即刻|肉弾突撃する《いっぱつぶちかます》するつもりだろうけど、|一拍《ちょっと》だけ待ってもらえると有り難い」
「ほぉ?」
興味を惹かれたのか反感を覚えたのか、一発は濃いサングラス越しに悠疾を見やる。
「たかが猫嫌いな変態野郎を相手に、問答無用の|総火力攻撃《ぶちかまし》かぃ? 正直、オレの趣味じゃねぇな」
「あんたはあんたの趣味で|闘《や》ってくれ。止めるつもりはまったくない。ただ、俺は臆病なんでな。どんなに動機や見かけがセコかろうと歴とした簒奪者相手に正々堂々とか真正面とかいう危険な闘い方は、できればしたくないんだ」
とはいえ、相手が美女・美少女であれば話は別だけどな、と、悠疾は聞こえてしまったら台無しの言葉を内心で付け加える。その内心を見抜いたか全然見抜かなかったかはわからないが、一発はにやりと口元を歪めて応じる。
「よかろう。先手は譲るぜ。もしあんたの|総火力攻撃《ぶちかまし》で猫嫌い野郎が潰れちまっても、星詠みの話じゃ、どうもその奥に面白そうな奴がいるらしいしな」
「ああ、有難う」
実際、雑魚っぽい集団敵ならともかく、一本立ちの簒奪者が|火力全壊《デモリッションブラスト》一発で潰れてくれたら苦労はしないよなあ、と、悠疾は内心苦笑する。
するとその時、アーネストが緊張した声を出す。
「空間の急激な変化が感じられます! これは、空間通路が開くのでは!?」
「むっ!?」
はっとして悠疾は愛用している|古典的《アナログ》な腕時計を見やる。針が示す時間は22時54分。零時には間があるが、充分に深夜と言っていい時間だ。
(「しまった。深夜というからてっきり零時かと思い込んだ」)
声には出さずに呟き、悠疾はアーネストに指示する。
「遠吠えを! 女性陣を呼んでくれ!」
「承知しました!」
アーネストが応じ、真正狼の迫力に満ちた遠吠えを発する。これを聞けば雷堂や桜庭たちもすぐ来るだろうし、猫は当分近寄らないだろう、と内心で呟き、悠疾は開きかける空間通路を見据えて√能力「火力全壊《デモリッションブラスト》」を発動する。
「全部纏めて食らっときな!」
空間通路が開き、鼻につく|臭気《におい》が感じられた瞬間、悠疾は「殴り棺桶「デス・ホーラー」を構え、機関銃、ミサイル、バズーカを連続的に叩き込む。空間通路の外から中へは攻撃ができる場合もできない場合もあるが|臭気《におい》が漏れてくる以上、物質が往来できるはずだ、と判断した悠疾の|先制攻撃《きめうち》である。そして、銃弾、ミサイル、バズーカ砲弾はすべて空間通路内に吸い込まれ、続いて悲鳴のような声と咳き込む音が響く。
「な、なんじゃこりゃあああああああああああ! げ、げほげほげほげほ!」
「おっと、まだ潰れてはいねぇようだな、猫嫌い野郎」
口元に凄味のある笑みを浮かべて言い放つと、一発は躊躇なく空間通路へと飛び込む。そこには大鎌を手にした『私審彩刃の『アゼルファス』』が相当に煤けた状態で、げほげほと咳き込んでいる。その足元に何か鉄屑のようなものが転がっているのは、おそらく猫を引き寄せる|臭気《におい》を放つ|機械《からくり》の残骸だろう。
そして一発は咳き込む『アゼルファス』に向かい一方的に言い放つ。
「オレァ猫に好きも嫌いもねェけどよ、嫌いなヤツの言い分も分からんではない! 「猫は好きなのが当然」「猫嫌いなヤツは悪人」ってな風潮に辟易する事もあるしな! けどなァ、だからと言って手前勝手に殺しても構わねえって話にはなるまいぜ!」
「き、貴様が、この、狼藉を……」
げほげほ咳き込みながら『アゼルファス』が恨みがましい声を出すと一発は胸を張って言い放つ。
「オレじゃねぇよ。銃とかミサイルとかは好みじゃなくてなァ。オレの武器はこの拳と頭さ。イッパツ味わってみるか?」
「お断りだ! 醜い貴様こそ、この鎌を味わって滅びろ!」
がらがら声で喚き『アゼルファス』は√能力「選別の美刃」を発動。大鎌を振るって一発に猛然と斬りかかる。最初の一撃は甘んじて受ける気でいた一発だが、大鎌が明瞭な殺意を以て頭部を狙っていることに気づき、急遽√能力「ルートブレイカー」を発動する。
(「いけねぇ、いけねぇ、頭を切断されたらシャレにならねぇし、使用不能にされたら何もできなくなっちまう」)
声には出さずに唸り、一発は右掌で大鎌の刃を横から強引に払う。ばしん、と激しい音がして『アゼルファス』は飛び退くが、にやりと笑って言い放つ。
「醜男の割には、なかなかやるな。しかし、その右手は既に使い物になるまい」
「生憎だが、そんなわけにはいかねぇんだよ!」
言い返すと、一発は右手を握り拳にして『アゼルファス』を殴りにかかる。しかし『アゼルファス』は大鎌を盾に取るように使い、一発の攻撃を巧みに避ける。
「無効化か。小癪な真似を」
「小癪なのはてめぇの方だ」
何でこれだけの|実力《ちから》があるのに猫をおびき寄せて殺すなんてセコい真似に熱をあげるのかねぇ、と、一発は(ある意味自分のことを完全に棚に上げて)内心で嘆息する。
すると、空間通路の入口から桜庭姉妹とアーネスト、少し遅れて雫と悠疾が飛び込んでくる。
「こういうのを相手にするのは私の役割ね」
おそらく結月が冷静な口調で呟き「長巻野太刀」を猛然と振るう。
「大鎌はフィクションだと定番の武器だけど、使いにくそう……えっ?」
「やめたまえ! 君は美しい! 君を傷つけるのは私の主義に反する!」
結月(たぶん)の猛撃を大鎌で見事に受け止めた『アゼルファス』が一発を相手にしてる時とは別人のような真摯かつ陶酔したような口調で言い放つ。
「ああ、しかし戦う君も美しい! いつまでも見ていたい! まさに美だ!」
(「…ちょ、何なの、これ、キモチワルイ……」)
冷静沈着な結月も思わず動揺し、身体を共にする相棒の陽葵に訴える。
(「こいつ、強いわ! 守りを破れない! 念動力で止めて!」)
(「やってるよ! でも、効かない!」)
陽葵が結月に劣らず動揺した声で応じる。結月の武術、陽葵の念動力は、確かに常人の域にはとどまらない異能だが√能力ではない以上、簒奪者相手に通用させることは難しい。彼女(たち)に美を感じた唯美主義者の『アゼルファス』が攻撃をためらっているからいいようなものの、本気で闘ったらたぶん勝ち目はないだろう。
そしてそこへアーネストが果敢に援護に入る。
「お前か! 猫を美しくないとかいう理由で排除する輩は!! 可愛いんだからいいじゃないか。全ての生き物は、排除すべきじゃない!」
隙を窺いながら、アーネストは『アゼルファス』に舌戦を挑む。普通、狼に舌戦を挑まれたらそれだけで動揺するものだが、あいにく簒奪者の『アゼルファス』はまったく普通ではない。
「全ての生き物は、排除すべきじゃないだと? ゴキブリもゲジゲジもヒルもナメクジもか? そんな馬鹿げた博愛主義には付き合ってられん。美しいものは尊重されるべきだし、醜いものは排除されるべきだ。そして猫は、美しくも可愛くもない!」
冷然と言い放った『アゼルファス』だったが、次の瞬間、いきなり声がデレる。
「美しいのは犬だ! 可愛いのは子犬だ! そして狼よ、ああ、君こそが真の美だ!」
(「うわぁ、そう来やがったか……」)
こいつ犬派だったのか、と、アーネストは内心頭を抱える。確かにアーネストには博愛主義者の面があり、自分を讃えてくれる相手を心を鬼にして討つとかいう行為には全然向いてない。
そして、防御と口説き(?)に徹する『アゼルファス』を桜庭姉妹とアーネストが事実上持て余しているところへ、雫が猛然と飛び込む。
「なぜ猫さんが嫌いなのかは別にどうでも良い、にゃ。人の好き嫌いを無理矢理変える事は出来ないにゃ。ただ、理不尽に虐める事はいけないにゃ。それは妨害させて貰う、にゃ!」
「うわあ、猫だ! 猫が来た! 醜い嫌いだ気持ち悪い、存在そのものが形而上的に不条理である! 瞳が丸くなったり細くなったりするのも怖い! 殺す! 殺す! 今すぐ殺す!」
なんかもういきなり狂気じみた反応を見せて『アゼルファス』は大鎌を振りかぶって雫に打ち掛かる。
そこへすかさずアーネストが飛び込んで√能力「|百錬自得拳《エアガイツ・コンビネーション》」を発動する。
「この攻撃は、犬好きなあんたを倒すためじゃない。可愛い猫を、仲間を、雫ちゃんを守るためだ!」
「そ、そんなあっ」
美しき狼よ、私の愛は通じないのか、と、一瞬怯んで防御が遅れた『アゼルファス』をアーネストは容赦なくボコボコにする。そして雫が満を持して√能力「|肉球スタンプ《ニクキュースタンプ》」を発動する。
「にゃ~っ!」
「うわああああああああああああっ! これだからこれだからこれだから猫は嫌いなんだあああああああああああっ!」
もはや大鎌による防御も間に合わず、肉球型の鉄塊に直撃され『アゼルファス』は絶叫とともに消え失せる。
「やりましたね、雫ちゃん!」
「にゃー! 狼さんのおかげなのにゃー!」
雫はアーネストに抱きついて感謝の意を現しながらモフモフを堪能する。
しかし、その感動場面(?)をぶち壊すかのように、空間通路の奥から怪しすぎる声が響く。
「お待たせしました諸君! 拙者の名は桃太郎…またの名をゴーケツ・ダンテス! プラグマ界最高の尻剣士! 尻剣士なんてほかに居ないから最高で間違いなし! 同時に最低も確定じゃないかとか、ヤボなことは言わないでーチョウダイ!」
第3章 ボス戦 『ゴーケツ・ダンテス』

「お待たせしました諸君! 拙者の名は桃太郎…またの名をゴーケツ・ダンテス! プラグマ界最高の尻剣士! 尻剣士なんてほかに居ないから最高で間違いなし! 同時に最低も確定じゃないかとか、ヤボなことは言わないでーチョウダイ!」
怪しすぎる声が空間通路の奥から響いた瞬間、人間(√ドラゴンファンタジー)の|古代語魔術師《ブラックウィザード》 × 霊能力者 桜庭・陽葵 (レベル17 女)とシャドウペルソナの|屠竜騎士《ドラゴンスレイヤー》 × ルートブレイカー桜庭・結月 (レベル17 女)が声がした方へと疾走する。陽葵と結月の二人は双子の姉妹が一つの肉体を完全共有する二「乗」人格者で、外見的には|単身《ひとり》で突撃したようにしか見えない。
「これ、空間が曲がってる? ……奥、見えたっ!」
無謀とも思える勢いで桜庭姉妹が空間通路の奥へ走っていくと、不意に空間がねじ曲がり、それまで見えなかったプラグマ怪人『ゴーケツ・ダンテス』の姿が見えてくる。全身を忍者じみた黒装束に包み、こちらに背を向けているのはともかくとして、星詠みが告げた通り、隆々とした尻に刀を挟んでいる。
「あれが尻刀……反りがそこまでないから、太刀じゃなくて打刀かしらね」
結月が冷静に呟き、陽葵はわずかに緊張した声(内面念話)で告げる。
(「√能力のかわりの連撃を使うよ。あまり間合いを詰めないで」)
(「了解。どのみち長巻の間合いは打刀より長いから……えっ?」)
その瞬間『ゴーケツ・ダンテス』のものと思われる声が轟き、かなり離れた位置に居たはずの尻剣士が凄まじい勢いで目の前へと殺到してくる。
「√能力! 神速尻剣百裂撃!」
「あああああああああっ!」
まったく何の対応をする間もなく、手にしていた長巻の刃を折られ、柄をずたずたに斬り落とされ、更に両肩を容赦なく刀で突かれて激痛とともに手に力が入らなくなり、結月は単なる棒と化した長巻を取り落とす。陽葵はテレキネシスによる連撃で『ゴーケツ・ダンテス』に向かって四方八方から鉄球を飛ばすつもりでいたが、√能力を使った相手の動きが速すぎて目視ができず、更に肩を刺された激痛で精神が乱れて何もできなくなる。
「√能力を使わず拙者に立ち向かおうなどとは、まったく舐めくさった真似をしてくれる。命までは取らぬゆえ、そこで失神しているがいい」
最初に聞こえたひょうきんな声とは、まるで別人のような冷たい口調で告げ『ゴーケツ・ダンテス』は身体をぐるりと回して尻剣の峰で相手の|頭部《あたま》を強打する。その一撃で(肉体を共有しているのだから当然と言えば当然だが)結月と陽葵は同時に失神した。
「しまった! 遅れたか!」
歪曲した空間通路を抜けた刹那、先行突撃した√能力者がほとんど一瞬でプラグマ怪人『ゴーケツ・ダンテス』に突き倒され失神したのを目にして、連携するつもりで続いていた人間(√EDEN)の妖怪探偵 × フリークスバスター惟吹・悠疾 (レベル20 男)はぎりっと奥歯を噛む。
そして『ゴーケツ・ダンテス』は一瞬にして間合いを詰め、猛然と悠疾に襲いかかる……尻に挟んだ刀を振りかざして。
「√能力! 神速尻剣百裂撃!」
「どわあああああああっ!」
雲か嵐か稲妻か、凄まじいばかりの高速の連続突きを悠疾は殴り棺桶「デス・ホーラー」をかざして受け止め、かろうじて急所への致命的な刺突を外す。しかし止めきれない刺突や守りきれない範囲外の刺突が相次ぎ、肘や二の腕、膝の周囲にいくつもの傷を負う。
(「くっ…! 変態としか思えないのにこの戦闘能力とは…! ……まあ、古今東西偉業偉人と称されるような方々の多くは、どこかしら|奇人変人というか常人には理解できない《イカレているというか精神疾患が疑われる》という面があるのは確かだけど、こんなのにやられるのは流石に抵抗があるぞ…」)
奥歯を噛み締め悠疾は意地で耐えるが、反撃の糸口がまったく掴めない。血は流れ皮は裂け、生きているしるしの痛みが感じられなくなり意識が朦朧としてきた時。
悠疾自身が気づかないうちに惟吹・悠疾のAnkerの√能力喪失者 × 居候ルーシア・ヴァレンシアン (レベル10 女)が設定しておいた√能力「|知らぬが仏《シャーデ》」が発動する。ルーシアは悠疾に召喚された際に、悠疾が危機に陥ると勝手に自壊するお守りとして自分の髪の毛を一本こっそり結びつけており、それが壊れた時、壊れた場所に、√能力者としての能力を開放して自前の得物で武装し一時的に√能力者となったAnker…すなわち喪失した√能力を一時的に取り戻したルーシア・ヴァレンシアン が現れるのだ!
「イヤな予感がしたのでお守りを繋いだのじゃが……なんちゅうか、予想以上にトンデモナイ変態に襲われておるのう」
溜息混じりに呟くと、ルーシアは本来は悠疾の持ち武器であるはずの双銃ケルベロスを構える。
「どうじゃケルベロス? お主の大事な飼い主を傷付けた愚か者に報いを受けさせたくはないか? ……ああ、むろん妾とて怒っていない訳ではないぞ」
言い放つと、ルーシアは悠疾を攻撃し続ける『ゴーケツ・ダンテス』に向け双銃ケルベロスを無雑作に、しかし凄まじいほど的確に乱射する。
「ぎゃああああああああああああ! な、何だ何だ何だ、いつの間に現れたんだ、お前は! しかも一騎討ち中の剣士に横から銃撃を浴びせるとはどういうことだ!」
銃撃を受けた『ゴーケツ・ダンテス』はさすがに小さからぬダメージを受けたようだが、それでも倒れもせずにルーシアに文句をつける。
「どういうことだ? 尻剣士などという有害無益なド変態は手段を選ばず速やかに滅せねばならぬという古今東西普遍の掟を知らんのか」
冷ややかに言い放つルーシアに背と尻を向け『ゴーケツ・ダンテス』は憤怒に満ちた声で叫ぶ。
「誰が有害無益だ! ……ド変態というのは、まあ、否定せんが、しかしミミズだってオケラだって変態だって尻剣士だって、みんなみんな生きているんだ友達なんだ! その絆を貴様に見せてくれよう! √能力! 桃太郎降臨!」
「ヤバいっ!」
その瞬間、意識朦朧状態だった悠疾が√能力「|緊急事態《エマージェンシー》」を発動。ルーシアの前に瞬間移動する。
「大丈夫か!?」
「それは妾の言うセリフじゃ……しかしまあ、気にかけてくれたのは嬉しいぞ」
問題は、この√能力は妾以外のAnker相手にも平等に発動することなんじゃけどな、と、ルーシアは|双銃《ケルベロス》を構え『ゴーケツ・ダンテス』を油断なく見据えたまま呟く。
一方『ゴーケツ・ダンテス』の周囲では、どこからともなく鼓の音がポンポンポンポンと響き、なぜか美麗な女ものの和服…それも薄物を頭から被った『ゴーケツ・ダンテス』が、なぜか般若の面をかぶって舞い踊り始める。
「ひーとーつ、人の世、生き血を啜り……」
「……これ、撃ってしまってよいか?」
ルーシアが眉を寄せて訊ねたが、悠疾は難しい表情で首を横に振る。
「いや……どうも、怪しいオーラが既に集まりだしてる。ヘタに攻撃を仕掛けると、自動反撃されそうだ。……というわけで、今のうちに、失神している子を助けて間合いを取ろう」
「承知じゃ」
ルーシアがうなずき、失神した√能力者の少女に駆け寄り抱えあげる。そして二人がこそこそと間合いを開ける間も『ゴーケツ・ダンテス』のアヤシイ舞いは続く。
「ふたーつ、不埒な悪行三昧……」
「にゃにゃにゃ? これはいったい何がどうなってるにゃ?」
「……あの、済みませんがわたくしに訊かないでもらえますか?」
一つ前の敵を倒した後の感動のモフモフに、ちょっとばかり長く浸りすぎたためにほんの少し登場が遅れた猫神憑きの神鉄の霊剣士 × 神気|格闘者《エアガイツ》 雷堂・雫 (レベル22 女)と野良狼の野獣|格闘者《エアガイツ》 × 職業暗殺者アーネスト・マルトラバース・シートン (レベル18 男)の二人が、ちょっと急いで歪曲した空間通路の先へ行ってみると、そこでは尻に刀を挟み、女物の薄物の和服を頭からかぶり、般若の面をかぶったまごうことなきド変態『ゴーケツ・ダンテス』が一心に舞い踊っていた。この舞は√能力「桃太郎降臨」を発動させるための儀式で、完了すると太古の神霊「犬猿雉」と『桃太郎伝説』を身にまといキングボ◯ビーに変身…いや、何だかよくわからないがとても強くなるらしいのだが、それは雫やアーネストの知るところではない。
ところが、雫とアーネストが『ゴーケツ・ダンテス』のド変態的な舞に半分呆然としていると、二人……正確に言うと雫に気付いた尻剣士 が、いきなり突拍子もなく情けない声を出して舞を中断する。
「ねねねねねねね、ねーこー! ねこダメ、ねこキライ、ねこコワイ! 拙者のモデルは月影◯庫じゃなくて桃◯郎侍、近衛十◯郎じゃなくて高橋◯樹だけど、でもねこはだめー! ねこが出たら全部台無しだからねこ嫌い仲間の『アゼルファス』に退治しておいてくれとあれほど念を入れて頼んでおいたのに、話が違うー! それも超ねこ妖怪が憑いたバケモノがいるなんて想定外すぎるー!」
「むうううう、その言い草には怒ったにゃ! すべてはオマエが悪いのだにゃ! そーゆー変態には天誅くわらすにゃ!」
怒りをこめてぶち当たるにゃ! 変態どもをぶちのめすにゃ! となかなか獰猛な叫びをあげ、雫は√能力「|針嵐《ハリアラシ》 」を発動する。
「増殖し、型を成すは、貫く針槍。嵐の如き猛威を奮え、にゃ!」
「ぎゃあああああああああああああ!」
雫の登場でパニック状態になった『ゴーケツ・ダンテス』は自慢の尻剣術もまともに使えず、針槍で全身をぐさぐさ貫かれる。しかし、それでもぎりぎり倒れず、再び√能力「桃太郎降臨」の発動を狙い、起死回生を図る。
「ル、√能力! も、桃太郎降臨! ひ、ひとーつ……ぎゃあっ!」
「テメェは消えろ」
密かに√能力「ハンティングチェイス」を発動させていたアーネストが、完全に不意をついて『ゴーケツ・ダンテス』の正面から飛びかかり、狼の牙で喉笛を食いちぎる。隠身のため戦闘能力は通常の3分の1になるが、もはや相手は瀕死の状態。急所を食いちぎってしまえば問題はない。
「にゃー! やったにゃ! やったにゃ! 狼さんのおかげで大勝利なのにゃー!」
雫が歓喜の声をあげてアーネストに飛びつき、またも存分にモフモフしようとする。しかし残念ながら変態……いや簒奪者たちの絶命(まあ、どうせ連中も転生するのではあるが)によって空間通路が崩壊を始め、一同は大急ぎで元の公園へ走り戻るのであった。