シナリオ

キャトられて人体改造~メリット&デメリット~

#√EDEN #√マスクド・ヒーロー

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 #√EDEN
 #√マスクド・ヒーロー

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 突然ですが、あなたは|UFOに拉致《キャトルミューテーション》されました。
 眩しい光に包まれながら感じる浮遊感。
 薄れゆく意識の中、あなたは事の顛末を思い返します。

 ●

 事件の始まりは、最近√EDENにおいて行方不明者の増加と、それに比例して増加する怪人被害の報告であった。
 二つを結びつけると、何者かが民間人を改造して魔の手を広げようとしているのは明らかである。

 ならばとこれ以上に被害を起こさない為、正義感からあなたは調査に動き出したのだ。

 しばらくして暗い夜道を歩いていると、夜空に怪しい動きをする天体が映る。
 流れ星にしてはおかしいと目を凝らせば、まるで意思があるようにあなたの頭上へと飛来。
 あっと驚く間もなく『光』が降り注ぎ、冒頭へ戻るというわけだ。
 そうして意識は一時的に真っ白に染まっていく。

 ●

 朦朧とする意識を呼び起こし、あなたはゆっくりと目を擦ろうとするが、すぐに異変に気が付いた。
 腕が動かない。
 あなたの手脚は拘束されているのだ。
 懸命に藻掻いて脱出を試みていると、突然どこからかスピーカー越しの声が響く。

「あ、あなたには選ぶ権利がありますぅ」

 どもりながら話す根暗な女の声。
 同時にあなたの目の前のディスプレイの電源が点く。
 そこには『メニュー標』のようなものが記されており、選べと言わんばかり。

「え、選ばない場合は…わ、私が好き勝手しちゃいますけどねぇ」

 どうやら選択するしかないようだ。
 ならば|改造された力《・・・・・・》でもってこの場を打開してやろう。
 あなたは意を決して、眼前の『メニュー標』を睨み付けたのであった。

 ●●●●メニュー●●●●
 POW:身体強化系  腕の筋肉などを強化・増量します。
 メリット:選んだ部位に応じた攻撃力が大幅に上昇します。
 デメリット:増量したせいで身体が鈍重になります。
 (胸などは強化してもメリットは特になさそうです)

 SPD:神経強化系  神経の伝達速度を上げます。
 メリット:知覚や動体視力が上がり、超反応能力を獲得します。
 デメリット:過敏になり過ぎて痛みなどが増加します。
 (その他の感覚も敏感になるかもしれません)

 WIZ:精神強化系  洗脳や暗示で潜在能力を引き出します。
 メリット:眠っていた力が使えるようになります。
 デメリット:認識齟齬や常識改変などが生じます。
 (違うナニかにまで目覚めてしまう可能性もあります)

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第1章 集団戦 『星の向こうから来た浮遊物』


アーシャ・ヴァリアント

「ん……痛っ、な、何よ、これっ!?」

 白い十字架のようなものへ磔にされた少女が腕に力を込める。
 『ギュッ』
 革の張る音が鳴るものの、アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの|竜人格闘者《ドラゴニックアーツ》・h02334)の細腕はぴくりとも動かない。

「このっ……くぅっ、誰か知らないけど早く解放しないとぶっ飛ばすわよっ!?」

 そう強がってはいるが、腕どころか脚も首も大きな翼にいたるまで拘束されている状況。
 これを観ている悪趣味な者は、鼻で笑っているに違いない。
 早速その本人の声が響き出した。

『えー、そ、それは無駄な抵抗というやつですぅ。 で、ですがぁ、そんなに強くなりたいなら叶えてあげますよぉ』

「はぁっ? 何を勝手なこと言って──────」

 身体が動かない分、眉間を力ませ怒りを表すアーシャの目が、キョトンとしたものに変わる。
 目の前のディスプレイが点き、『メニュー標』とその『改造結果例』が並んでいたのだ。

「うそ……!?」

 その技術力はまさに本物。
 かなり怪しいが、ここは口車に乗りつつ利用しておくのが得策だろう。

「ぐぬぬ……んじゃ、身体強化で。 とにかくパワーよ、力を頂戴」

 注文すると、すぐに機械のアームが伸びてアーシャの腕と脚に向かう。
 一瞬だけチクリと刺激があったが、それだけ済ませるとアームが去っていった。

「……何よ、これだけ?」

 まさか、からかわれているのだろうか。
 最初こそ疑心を抱いていたが、アーシャの容体が急変してそれどころではなくなってしまった。

「あ……かはっ……!? 熱い、身体が……!! アァァァ!!!」

 最初の異変に気が付いたのは、拘束していた革が『ブチブチ』と千切れる音だった。
 恐る恐ると眼前に手を伸ばすと腕の筋肉が異常なほどに盛り上がっている。
 まるで肉襦袢かという冗談みたいな姿に、思わず笑みがこぼれる。

「ハァッ、ハァッ……ふふっ、すごい科学力だけど頭は馬鹿ね」

 変わり果てた筋肉の塊を喉元にやると、まるで綿でも割くように拘束を千切ってしまう。

「改造するならもっと従順で大人しい子にするべきね、アタシはそんなお利口さんじゃないのよ……フンッ」

 発達した脚部に力を込めると、当然のようにそちらの拘束も弾け飛ぶ。
 敵もそこでようやく事態に気が付いたのか、けたたましい警報と共に機械のアームが襲い掛かる。

「こんな玩具でアタシを止められると思っているの?」

 むんずとアームを掴み返すと、まるで空き缶のようにクシャリとひん曲げてしまう。
 その際に落ちた部品を拾ってピンと指で飛ばし、やかましい警報機も破壊。

 『ギュピ、ギュピ』

 重くなった身体のせいか、足音も聞き慣れないものになっていた。
 悠々と歩く彼女を止められる者は誰もいない。
 そう、それは分厚い壁であろうと例外ではないのだ。

「邪魔ね……ハァッ!!」

 思い切り殴りつけると、蜘蛛の巣のようなヒビが走り大きく凹む。
 二打目には筋交いも限界を迎えたのかボゴンと大穴が開いてしまった。

『あ、悪魔ですぅ……!!』
「そう、悪魔よ。 たとえアンタ泣いて謝っても殴るのやめない悪魔……アンタはアタシを怒らせた……ぶん殴りに行くから首を洗って待ってなさい!!」
『ひ、ひぃぃぃ』

 壁の穴をくぐり抜けたアーシャは、その拳の獲物を求めて歩き出すのであった。

セラフィナ・リュミエール

「いきなり光ったと思ったらキャトルミューテーションされていましたわ」

 自分で言っておいて言葉の意味を疑う。
 あまりにもまさかという状況なのだ。
 診療台のようなものに拘束され、眼の眩むようなライトがセラフィナ・リュミエール(変幻自在の歌劇熾天使・h00968)の幼い顔を照らしている。

「このように縛られていると、昔のことを思い出して苦しいですわ……」

 奴隷だった過去の自分を重ねてしまったのか、ぽやっとしてセラフィナの表情が曇っていく。
 そんな彼女へ追い打ちをかけるように、怪しい女の声が不気味に響く。

『ざ、残念ですぅ。 も、もっと大きな被験体が良かったんですけどねぇ』

 値踏みするような物言い。
 奴隷としての商品価値を問われていた頃のようだ。

「うぅ……」

 心を痛めたセラフィナの胸の内には、彼女らしからぬ黒いものが渦巻いていく。

『はー、ま、まぁいいですぅ。 て、適当にこの中から選んでくださいねぇ』

 落胆した謎の女の声が響くと、ディスプレイに『メニュー標』が映る。
 しかし落ち込んで気乗りのしないセラフィナは、たまたま目に付いた中央の選択肢を口にした。

「セフィは……神経系にしますわ」

 言い終わるやいなや、機械のアームが伸びて彼女のぷっくりとした唇をこじ開ける。

「ふひゃっ!? んむっ!?」

 ポンと喉奥へ投げ込まれた錠剤のような物。
 その効果はすぐに表れてきて、少女の呼吸を乱し、急な発汗をうながした。

「はぁっ、はぁっ、ん、コレ……ナニか変ですわ……」

 世界がみるみる減速していく。
 いや、自分の感覚が加速しているのだ。
 宙を舞う塵の一つ一つにいたるまでハッキリと目視できるほど研ぎ澄まされた感覚は、やがて『あるはずも無い』ものを映しだしていく。

「くふふ、こんなみっともないのがセフィだなんて恥ずかしくないんですのぉ?」
「え……もう一人のセフィがいますわ……!?」

 そこには褐色肌のセラフィナが立っていた。
 まるで悪堕ちした自分自身、心の中に渦巻いていた黒いものが具現化したような存在である。
 これは先ほどのクスリによる幻覚幻聴なのだろうか。
 目を疑っていると、メスガキセフィがさらに挑発してくる。

「あー恥ずかしいですわ。 こんなに脇を広げて見せつけるなんて、誘っているとしか思えませんの」

 そう耳元で囁くと彼女はスっと顔を下げていき、セラフィナの晒された脇をチロリと舐める。

「ひゃぃっ!?」

 ただでさえ過敏になっている身体には、いつも以上にこそばゆい感覚がセラフィナの奥のところにまで突き抜けていく。
 思わず腰を引いて反り上がってしまい、いまも止まらない滴が足元に水溜りを作っていた。

「くふ、しょっぱいかと思いましたけど……とぉっても甘ぁい、ですわ……んちゅ」
「ひゃひぃ、や、やめてほしいですわ……」
「だめー、ですの」

 メスガキセフィは思う存分少女の甘露を堪能すると、パチリと拘束を外していく。
 すると脱力しきったセラフィナがピチャっと水溜りに腰を落として股を濡らした。

「くふふ、まるでお漏らしみたいですわ」

 ぐったりと力尽きる少女を眺めるメスガキセフィの蠱惑な笑い声が響くのであった。

蒼翅・レジット

 パチリと目を開けると、蒼翅・レジット (標本マニアなデッドマン・h07301)は身動きが取れないことに気が付く。

「おやおや……夜道の調査ついでに、標本にできそうな死にたての綺麗な昆虫を探していたら、捕まってしまったようだね」

 せっかく見つけた昆虫の死骸に気を取られていたのが仇となったようだ。
 アレを逃したのは惜しかったな、さぞ綺麗な標本となったに違いないと思う。

「標本か……いやはや、今は私の方が標本といったところかな」

 ピンの代わりに黒い革で拘束された診察台。
 手足が曲がらないようにと真っ直ぐ伸ばされた状態は、後は息の根を止めるだけといったところだろう。
 しかしだからといって死への恐怖は無い。
 なぜなら彼女は『デッドマン』、動く屍そのものなのだから。

『し、死体を改造するのは初めてのケースですぅ……』
「改造って、えぇ~……こんなツギハギの躯を更に弄るのかい?」
『じ、実験には様々なケースで検証する必要がありますからねぇ』
「物好きだねぇ……」

 好きにしろとばかりに物怖じしないレジットの態度を気に入ったのか、謎の女はすぐにメニューを観せる。

「まぁ見た目の通り肉体改造は間に合ってるし、正直私は戦闘があまり得意じゃないんだよね。 そうだ、どうせやるのならこの醜い継ぎ接ぎを綺麗にしてくれるかい?」
『こ、ここを美容整形か何かと勘違いしてますねぇ!?』
「まぁまぁ、そう怒らない。 仕方ない、しいて選ぶとすれば……神経強化系かな」

 これ以上見た目を崩されてはたまらないと、レジットは無難そうな選択肢を指定。
 すると機械のアームが丸いタブレットのようなものを口へと放り込む。

「コロコロ……む、イチゴ味。 お子様用かな?」

 余裕があるのか、はたまた危機感が無いのか。
 場違いな感性で味の感想を述べて飲み込むと、レジットの中でドクンとなにかが鼓動する。

「く、ぅ……今のは……?」

 キィンという耳鳴りが治まると、世界の全てが変わっていた。
 音が遅れてくるような不思議な感覚。
 自分の身体を脈打つ血管が轟々と血液を運ぶ音。
 そしてスピーカー越しなのに女の輪郭やシルエットがぼうっと頭の中に浮んで来るのだ。

「すごいね、音が色付いてるようにすら感じているよ」

 どうやら聴力が凄まじく優れた状態になったらしい。
 おかげで謎の女がキーを叩く音から、彼女が次に何をするのかまでハッキリと感じ取れた。
 今のコマンドは『記憶処理』、つまり脳に手を掛ける気だ。

「おや、そこまで頼んではいないはずだね……私はこれで失礼するよ」

 レジットは身体を黒猫へと変化させ、スルリと拘束を抜け出してしまう。

『あ、あぁっ!? なんで分かったんですぅ!? つ、捕まえなさいぃ!!』

 監視されているので当然すぐに無数のアームが伸びて襲い来る。

「おっといけない……よっ、ほっと」

 しかし、動物の耳と強化聴力を得たレジットには全くの無意味。
 しなやかな体躯でするりするりと潜り抜け、『音の空白地点』を走り抜ける。

「コレは良いね。 戦闘することなく一網打尽だ」

 彼女は通り抜けた所を振り向きフンスと鼻を鳴らす。
 アームは難解に絡み合い、揉みくちゃで使い物にならなくなっていたのだった。

夜風・イナミ

「んも……ど、どこですここ?」

 何かが服を引っ張る感触に気が付き目を覚ます夜風・イナミ(呪われ温泉カトブレパス・h00003)。
 なにごとだろうかと目を下ろすと、機械のアームが布切れのような彼女の衣服を脱がそうとしているところであった。

「ちょ、やめてくださいよぉ! それに、なんでこんな格好……!?」

 手で振り払おうとしても、両手両足が拘束されていてかなわない。
 そんな事態が飲み込めず混乱するイナミへ、謎の女の声が問いかけてきた。

『お、おやぁ、おかしいですねぇ。 は、発育の良い牛をサンプルにしようとしたのに……しゃ、喋ってますぅ』
「私は牛じゃないですよぉー! UFOで拉致って、家畜にするものじゃないですかぁ!! 普通に二本足で立ってるの見えなかったんですかぁ!?」
『げ、元気の良い牛にしか見えなかったですぅ』
「うぅ、ひどい……」

 どうやら牛だと思われていたから服を脱がそうとしていたらしい。
 誤解が解けると、機械のアームはスススと天井に戻っていく。

『ま、まぁ改造はどちらにせよするんですけどねぇ』
「改造なんてやだー!!」

 泣き叫ぶイナミの声は無視され、無情にもメニューが掲示される。
 選べということだろう。

「ぜ、全部怪しい……す、好きに改造なんてされたくないです……」

 とは言え、神経や精神などは何をされるか分かったものではない。
 怪人化へ一直線が目に見えている。
 ならば消去法で残る一つしかないだろう。

「この中なら身体強化ですかね……パワーを強くしてください!」

 強くなれば脱出にも繋がるはず。
 そういう打算も込みであったが、一つ誤算があった。
 『ドコ』を改造するか指定しなかったのである。

『な、なら|パワーアップ《・・・・・・》させますぅ』

 女の声を合図に、機械のアームが再び降りてきてイナミの身体に注射を施す。
 その場所は胸と尻。

「え……!? あぅッ!?」

 思わぬ場所に刺されて驚愕していると、イナミの表情がどんどん険しいものに変わる。
 同時に、胸がムクムクと膨れ上がりゴム鞠のようになっていく。

「ほわー!! なんですかこれぇ!?」

 終いにはずっしりと首が痛くなるほどの重みへと至り、いま椅子に座れば腿に乗っかるだろうというまでに育っていた。
 パンパンに張った胸中には、何かが詰まって痛いくらいの充填具合を感じ取る。

「違いますよぅ! 牛パワーじゃなくて……んもぉ……!! 牛乳の生産力アップなんていりません! 牛力アップなんていりません……!!」

 恥ずかしさで顔を覆う。
 そう、何故か両手が自由になっていたのだ。というか拘束を引き千切っていた。

「あ、あれぇ? ちゃんとパワーも上がってるみたいですねぇ」

 牛乳が良く出るということは、母体としての本能も上がったということだろう。
 副次的に彼女の秘めた力を引き出しているようだ。

『そ、想定外ですぅ! く、詳しく調べるために解剖しなければぁ!!』
「解剖!? やだー!!」

 伸びて来るアームをブチブチと引き裂き投げ捨てていく。
 追撃が来なくなるまで暴れまわると、ようやく冷静になったのか、あるいは胸の重みで我に返ったのか、ポツリと呟くのであった。

「こ、これ治りますよねぇ……?」

マジィ・メッサ・デカメロン

 気が付くと、私ことマジィ・メッサ・デカメロン(その|巨乳《おっぱい》で|修道女《シスター》は無理があるんじゃねーか?🤔・h06270)はU.F.O.に攫われておりました。

「あぁ、神よ……これもあなたの課した試練なのでしょうか……?」

 天に向かい問いかけても答えは返ってこないでしょう。
 そう思っていたのですが、どうやらココでは違うようです。

『か、神の腕とは褒め過ぎですぅ』

 どうやら神違いのようです。
 姿は見えませんけど、これは絶対に人の声でしょう。
 であればまずは対話です。誠意と愛をもって接すれば必ず応えてくれるでしょう。
 神もそう仰っておりました。

「あの、すみません……私は竜神を崇める村のしがない修道女なのです。 どうかお見逃しください……」
『え、ダメですぅ。 せっかく捕まえたなら改造あるのみですねぇ』

 ダメでした。
 あぁ私はこのまま怪人にされてしまうのでしょうか。
 一応、一か八かの強行突破も試しましょう。

「ふぬ、ふみゅぅ……!!!」

 一生懸命に腕を引っ張てみましたが、やはりどうにもなりません。
 所詮ただの乙女の細腕では、物語のように脱出はできないようでした。

『ま、満足しましたかぁ? そ、それじゃぁ選んでくださいねぇ』

 パチンと目の前にメニューが広がりました。綺麗ですね。
 さて、改造のメニューですが──────

 『身体強化系』……私も乙女ですし体重が増えるのはちょっと……
 『精神強化系』……洗脳……宗教に身を置く者としてこれはいただけませんね……
 なら残る選択肢しかなさそうです。

「うぅ、では、神経強化系……この改造でお願いいたします……」

 とっても嫌でしたが、返答をすると天井から腕のようなものが伸びてきました。
 それが私の口の中にクスリのようなものを放り込んで去っていきます。
 これで終わりなのでしょうか。
 なんだかあっけなく──────

「あっ、あっ、あっ……!!!?」

 身体の奥の奥、芯のようなところがカァっと熱くなっていくのが分かりました。
 じんわりと滲む汗が粒となって身体を伝い落ちていく。
 私は今、とても大変なことになっているようです。

「く、ぁん……火照る……」

 それだけではありませんでした。
 あらゆる感覚が優れていくのが実感できるんです。
 視力も、聴力も、それに匂いも──────
 自分の汗がこんなにも|はしたない《・・・・・》ものだとは知りませんでした。

「やだ、恥ずかしいです……」

 どこからか監視されている目線にすら気が付いてしまい、羞恥で身をよじりました。
 この恥ずかしい匂いがバレてしまったらどうしましょう。
 そう思うだけで、私の汗はさらに止め処なく増しております。

 ポタ、ポタ、水音が股下で跳ねる度、心臓がバクバク張り裂けてしまいそうなほど。
 もはや限界です。

「あぁ、神よ……見ないでください……」

 修道女にあるまじき痴態を懺悔していましたら、するりと枷を抜けられました。
 どうやら汗で滑りが良くなったおかげのようです。
 ひたひたに濡れて張り付き重くなった衣服を引きずり、私は辛くも走り出すのでした。

プレジデント・クロノス

 バン、と蛍光灯のような古臭い音で目が覚める。
 眩しい。眼が慣れないせいか、薄ぼんやりとした視界で周囲を確認していく。

「う、何処だ、ここは……!?」

 首が動かない。
 枷ようなもので固定されているらしい。

「何が起きている……? たしか、これから重要顧客との会議が控えていた所だったが……」

 すわ夢かと思ったが、眼が慣れて飛び込んで来る強烈な印象で脳が覚醒した。
 そこにはテレビで観るような古典的なSF染みた質の悪いセットが組まれていたのだ。
 位置的に自分はその中心だろう。
 つまりこれは、手が込んでいるだけの接待なのだ。

「そういうことか……まったく、いくら私がエンターテイメントのCEO──────プレジデント・クロノス(PR会社オリュンポスの|最高経営責任者《CEO》・h01907)だからと言って、毎回、こういう実力行使的な接待とかは止めて欲しいのだが」

 声を控えて愚痴をこぼす。
 それを聞きつけたのかは知らないが、これまた何処でスカウトしてきたのだと疑わしい素人臭い女の声が響き出す。

『あ、あなたをこれから改造しますぅ』
「改造……? ぶしつけすぎる、もう少し説明がほしい」
『えー、く、詳しくはこれを観てくださいねぇ』

 日雇いなのだろうか、まったく練度の足りていないスタッフだ。
 しかしここで叱っても接待相手の顔を潰しかねない。

「はぁ、仕方ない……これが、クライアントの希望ならば付き合ってやろうではないか」

 目の前に表示されたメニューを観る。
 というか、首が動かないので否応にも目に入る。
 内容はシンプル。3つの中から選べと言うもの。いわゆるコースというやつだろう。

「ふむ、興味深い……身体や精神は鍛えれば済む……ここは神経強化を選ぶとしよう」

 すると天井から機械のアームが伸びてきて、口の中にタブレット錠のようなものを放り込んで来た。
 まさかただのカフェイン剤だろうか。ひとまず、味付けは甘くて悪くは無かった。

「コロ……ごく……後味はピリッとくるな。 む、なにかこう、カッと燃えるような……気がする」

 カプサイシン、いわゆる唐辛子などを胃に落としたようなあの感覚。
 発汗作用で脂汗が滲み、動悸が激しくなっていく。
 おかげで頭がシャッキリと冴えて来たのか、拘束していた枷のほころびに気が付く。

「接待も良いが、流石に会議を進めたい、少々展開を巻いていくか。 さて、この状態では見えないが、このタイプはたしか……こうだ」

 エンタメとして手品のタネを知ることはある。
 その要領で両手の拘束を抜けると、順に首、脚、とするする抜け出していく。
 まさか一発成功するとは思わなかったが、とにかく今日は調子が良い。
 なぜだか何でも出来るような自信がある。

「しかしプラシーボにしては効きが強いな……まさかコレ、違法薬物とかのドーピング強化とかではないよな?」

 首を傾げながらも、攻めりくる機械アームの数々をひょいひょいと潜り、出口へ向かうのであった。

マルグリット・リュミエール

「くっ……おのれ痴れ者めッ!! 私を捕えてどうする気なのだッ!!」

 ガチャガチャと枷を鳴らし、マルグリット・リュミエール(星界の断光者・h07490)が虚空へ叫ぶ。
 彼女は今、見世物のように磔にされて辱しめられている(本人はそう思い込んでいる)のだ。

 誇りある銀河帝国の戦士として、このような誉の無い仕打ちには怒りを覚えているのだろう。
 せめて死ぬのであれば闘いの中。
 けしてこのような罪人同然の扱いであって良いはずがないのだ。

「くぅ、このまま好きにされるくらいなら……私は舌を噛み切り自害するッ!!」
『そ、それは止めてほしいですぅ』

 ついに言葉が届いたのか、姿を見せない女の声が慌てたように返す。
 その声に威厳や威圧感は皆無であり、どうも執行者や拷問官ではなさそうだ。
 ならば話は通じるだろうと落ち着きを取り戻す。

「やっと声が聴けたな……何が目的だっ!! どこぞの星系の者か知らんが、こんなことをして銀河帝国が黙っていると思うな!!」
『は、はぁ……? な、何なんですか銀河帝国って……?』

 声の主は本気で知らないとばかりに呆れた声色。
 裏やしらばっくれた様子もないことから真実なのだろう。

「かの銀河帝国を知らぬとは、よほど片田舎の辺境産まれのようだな。 フン、これならばたかが知れているだろう」
『あ、あなたみたいなふざけた格好の方が……よ、よっぽど変な産まれだと思いますぅ』
「な……!? 栄えある帝国騎士を侮辱するつもりかッ!!!」
『えー、な、なんか面倒臭いですねぇ。 も、もうさっさと改造するので、はいどーぞ』

 なげやりに操作する音と共に、目の前でメニューを表示したディスプレイが点く。
 どうせ文明の差を口論しても埒が明かない。
 ここは上位文明人、ひいては名誉騎士としてこちらが譲歩するべきだろう。
 そう考えてマルグリットが目をくばす。

「本来ならば敵の策に乗るのは気が進まないが……ム、この精神強化とやら……これで|理力《フォース》の強化に繋がるかもしれん、これにしろ」
『あー、は、はいはい』

 すると、天井からペンライトのようなものが降りて来た。
 目の前でピカっと眩く閃光すると、一瞬だけ意識が遠のく。
 眩暈から覚めると、自分の中に眠っていた力のリミッターが外れているのを感じ取った。

「ふ、フフフ!! 愚かなり!! 私の|理力《フォース》を舐めていたようだな!! 貴様の想定を遥かに超える力を魅せてやろう!!」

 マルグリットの周囲に揺らぎのような力場が発生すると、何に触れるでもなく拘束していた枷が弾け飛ぶ。

「フッ、容易い。 さて、この礼はたっぷりせねば……ん? な、なんだ私のこの格好は!?」

 バッと目線を下ろした先には、ほとんど肌を隠していない痴女のような衣服。

「こ、これでは露出狂ではないかッ!? くっ、今まで私はこんな恥ずかしい姿で……!?」

 思い起こしフラッシュバックする、こちらの世界へ降り立ってからの数々。
 現地民への堂々とした姿勢での聞き込み、まるで見ろと言わんばかりに大手を振って闊歩する姿。
 思わずマルグリットは赤面しながらのたうち回るのであった。

ホルス・タイン

 全てはここから始まった──────

 それはごく普通のホルス・タイン(雄牛🐄・h07665)に起こった不思議な出来事。
 彼は牧場でたまに種牛として方々の牧場へ出向き、そうでない時は気ままに草を食むだけの優雅な一生を過ごしていた。
 家畜としてはいわゆる勝ち組に属する順風満帆な牛生だろう。

「んもぉぉ?」

 のほほんとした生活だったが、ある日の夜。
 急に牧場の家畜仲間たちがが騒がしくし始めだのだ。
 彼も何事だろうと厩舎の窓から顔を突き出すと、眩い光が出迎え意識を飛ばす。



「も、もぉ……?」

 パチクリと瞬きして辺りを見渡す。
 周囲に緑は無く、土の臭いも風の香りも鼻に届かない。
 彼の記憶には一度も登場したことの無い不気味な鉄の世界。

「も、もぉぉぉう!!」

 恐ろしくなり、心細くなり、奮い立たせてみたくなり、とにかく誰か反応してくれとばかりに喉を鳴らす。
 けれども残響だけが悲しく返って来るばかりで、すぐにシィンと静まり返ってしまった。

 そんな時、天井からガチャリと変な音が鳴ったと思えば、『人』の声が響き出した。

『お、おやおやぁ。 お目覚めらしいですぅ』

 知らない声だが、『人間』とは身の回りの世話をしてくれる友好生物だ。
 どっと安心感が押し寄せて彼の緊張を解く。

「ぷしっ、ぶも」

 声だけの人間に向かい、この煩わしい首輪を外せとばかりに不機嫌な態度を見せる。
 いつもなら、こうすれば大体のことは察して世話してくれるのだ。
 しかし待てども待てども、この部屋に誰も来る気配はない。

『えー、で、ではでは……こ、これより実験体7665に強化実験を行いますぅ』

 また声がした。
 だが今度は天井から『人では無い腕』が伸びてきて、彼の身体に何かを打ち込んでいく。
 たまに『医者』とかいう嫌な奴にされる『予防接種』というものに似ていた。

「ぶもっ!?」

 当然暴れて阻止しようとしたが、冷たい手は異常なほどの力強く、なすがままにされてしまう。
 ようやく解放されてぐったりしていると、彼の中で『何か』がドクンと鼓動する。

「も、もぉぉぉぉ!?」

 ぷるぷると小刻みに身体が震え、まるで筋肉が勝手に動いているようだ。
 自分が自分でないような気がしていたが、やがて震えも治まる。

 下を見れば首輪が千切れて落ちていた。
 それに自分の脚がとても太くなっている。
 いや、自分は前からこれくらいカッコイイ脚だった気がする。
 家畜の記憶なんていい加減なものである。

『お、おぉ~……せ、成功ですぅ。 で、では解剖して内蔵負担を調べてみますか』

 今度は天井から電動草刈り機のような丸ノコが伸びて来た。
 あれで怪我した仲間を知っている。とても危険なものだ。

「もも、ぶもっぉぉぉぉ!!」

 こっちに来るなと、懸命に短い角を振り回して威嚇する。
 『ギャギィィィン』
 けたたましい金属音と共に丸ノコが弾け飛ぶ。
 なんと自分の角が大きく、そして長く鋭くなったおかげで勝ったらしい。
 いや、でも前からこれくらいカッコイイ形だった気がする。

 とにかくこれ以上こんなところに居て堪るかと、とっとことっとこ蹄を鳴らして走り去るのであった。

第2章 集団戦 『スパディルマスケ』


「脱走ヤンケ、脱走ヤンケ」

 警報の音と共に、古典的な宇宙人っぽい何かが通路を練り歩く。
 ポゥと光る怪しい瞳に感情は無く、無機質なのっぺりとした顔。

『す、スパディルマスケは全機出撃ですぅ! ひ、被検体を絶対に捕まえなさいぃ!!』

 スィーと足音も無く浮遊して動くそれらは、まるで脱走者の位置が分かっているとばかりに正確なルートで追跡していく。
 やがて複雑な通路の四方から追い詰めた彼らは、一斉に鋭い爪を振り上げ叫んだ。

「「「やったるヤンケ! やったるヤンケ!!」」」

 もはや逃げることは難しい。
 無数にいる彼らを蹴散らすしか他に道はないだろう。
アーシャ・ヴァリアント

 壁をブチ抜き通路を闊歩する筋肉の塊。
 その異様な姿は見るもの全てに畏怖の念を覚えさせるほど恐ろしいものだ。
 しかし、警報と共に現れた新手はそうではなかった。

「脱走ヤンケ! 脱走ヤンケ!」

 通路の前後を挟み込むように迫って来たのは、のっぺりとした顔に不気味な瞳が浮かぶ者達。
 まるで宇宙人を思わせる風貌だが、口からは聞き慣れた言語というミスマッチ具合。

「はぁ、なによアレ……? 下手な作り物ね」

 アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの|竜人格闘者《ドラゴニックアーツ》・h02334)が眉を顰めていると、彼らが真っ直ぐに自分の方へ向かっていると気が付く。
 だが『道がなければ作れば良い』の筋肉脳になっている今のアーシャにとってはちょっと邪魔な障害物程度でしかない。

「コッチに来るの……? まったく、ワラワラわらわらウザったいわねぇ、こうなったら皆スクラップにしてやるわっ! ハァッ!!」

 脇を閉め、グッと力こぶしを腰の位置で溜める姿勢。
 その瞬間。彼女の周囲に『シュンシュン』と金色の波動が溢れ出す。
 呼応するように強化された手足が金色に輝き始めていくのであった。

「や、ヤバそうな雰囲気ヤンケ……!!!」

 怖れを知らぬはずの鉄の心が震え出す。
 なぜなら目の前にいるのは、穏やかな心を持ちながら激しい怒りによって進化した究極の女戦士なのだから。
 今、彼らはプログラムに初めて『恐怖』という言葉が書き加えられてしまった。

「さぁ来なさい。 この状態の私は手加減なんてできないわよ」
「ガチヤバいヤンケ!! ガチヤバいヤンケ!!」

 慌てふためく数体の個体が、彼女から目を離さずバックで逃げようと試みる。
 しかし後続とぶつかり、もたつくせいで渋滞を作っていた。

「憐れね……|感情《そんなもの》を得なければ苦しまなかったのに」

 スパディルマスケの予想外の行動に驚いたのか、放送の女が素っ頓狂な声で命令を下す。

『な、何してるんですぅ!? こ、こうなったら強制プログラムですぅ!!』

 カチリと不穏な音が響くと、スパディルマスケ達の両目が煌々と輝きを増していく。
 やがて限界に達し溢れた光が線となってアーシャの方へと降り注いでいった。

「や、ヤンケェェェェ!!!」
「甘いッ! そんな直線的な攻撃では私を捉えられないわよ!」

 重くなった身体を必要最低限だけ動かし屈んで躱す。
 重心を落とし深く踏み込む体勢を活かし、金色の右脚を一気に伸ばし跳ねた。
 そのまま川を逆流するかのように光の波を辿って渾身の一撃を顔面へとぶち込んでいく。

「ハァァァァッ!! タァッ!!」

 殴られたスパディルマスケがメキャリと一瞬崩れたと思いきや、時が動き出したとばかりに後方へ吹き飛んでいく。
 後続ごと全てを巻き込み通路の片方を完全に空に変えていった。

「まだよっ!!」

 身体を翻して床に爪を突き立てて身体の制動を止めると、大きく息を吐き出し炎をジェット噴射のように使い、今度は逆方向へと飛び出していく。
 業火を纏い迫りくる彼女の姿はまさに悪魔。
 人の造りし物では到底及ばぬ暴の化身を止められるわけがなかった。

「こんなものなのっ!! これじゃぁ準備運動にもならないわ!!」

マルグリット・リュミエール

 マルグリット・リュミエール(星界の断光者・h07490)は焦っていた。
 もうこれ以上、自らの恥ずかしい格好を誰かに見られるわけにはいけない。
 騎士として、そして人間としての尊厳を守るためにも。

「く、何処か……身を隠せる場所はないのか……!!」

 部屋を飛び出し駆け巡るも、どの部屋も異様なくらいに明るく殺風景。
 人目を隠すような暗がりや物影は見当たらない。
 そうこうして彷徨っている内に、彼女の周囲には見慣れない星系人が押し寄せていた。

「見つけたヤンケ! 見つけたヤンケ!」
「くっ、なんだお前たちはッ!? 私を見るんじゃない!!」

 マルグリットはバッとマントで身体を包み込んで肌を隠す。
 けれでも謎の星系人は怪しい眼光を放ち、まるでX線のようにマントを透過してしまった。
 それどころか貴重な布面積であるビキニアーマーすらも透過するしまつ。
 もはや丸裸同然、状況は余計に悪化してしまった。

「な、な……!!!? お、おのれ面妖な……!!! かくなる上は……目撃したものを全員排除するしかないなッ!!!」

 わなわなと羞恥と怒りに燃える彼女は、吹っ切れたようにマントを翻して戦闘態勢へと移る。
 対するスパディルマスケも負けじと一切の視線を離さず跳びかかって来た。

「上等ヤンケ! やったるヤンケー!!」

 まずは一体、迫りくる敵へ蹴落とすようなハイキックが空を割く。
 しかし手ごたえは無く、瞬時に背後から『ギュイイン』と金属の回転音が鳴り響いた。

「こっちヤンケ!」
「なにッ!?」

 それはワープ技術。星間を繋ぐような大掛かりなものではなく、ほんの短い距離とはいえ格闘戦では無法の力。
 咄嗟にマントを外し回転鋸に喰わせる。
 すると一気に飲まれてズタズタになりながらも回転軸へと食い込み、その威力を失わせることに成功。
 辛くも一体目の奇襲はなんとか凌いだ。

「く、だが次はない……ならば──────封眸のドミナントゲイズ!」

 叫び声が空気を震わせ、音の波がスパディルマスケを包み込む。
 途端に彼らはガチンと身を氷付かせたように固まってしまった。

「うごご、ご、かない、ヤンケ……!?」
「ええい、そんな目で見るなッ!!」

 瞬きも出来ない敵をバッサバッサと切り伏せ、絶え間なく動き続けていく。
 この強力な|理力《フォース》は長続きしない。
 そのため身体の各部を隠しながら戦う余力など無く、完全におっぴろげに晒した姿勢で戦わなければならなかったのだ。

「くぅ……なんたる屈辱、なんという辱しめ……!!」
「裸の女ごときに負けたヤンケ―!!」
「痴女にすら敵わないヤンケー!!」
「この露出狂強すぎるヤンケー!!」
「ええい、やかましい!! 言うな! いたたまれなくて自害したくなるだろうが!!」

 このザコ敵、ワープ以上に厄介なところがあった。
 それは断末魔がいちいち煩いのである。

 身体の強さでは勝っていても、メンタルへのダメージが蓄積していき、マルグリットの闘争心もついに折れかかる。
 それでも祖国を想い、なんとか喰いしばるのであった。

「私は誇り高き帝国騎士! 試練は必ず乗り越えてみせる!」

セラフィナ・リュミエール

 ひたひたに濡れた衣服の温かさが冷めぬ間もなく、セラフィナ・リュミエール(変幻自在の歌劇熾天使・h00968)の元へと新たな魔の手が迫っていた。

 それは足音の無い追跡者。
 闇に紛れることも許さぬ狩人。
 あるいは少女を引き裂く拷問人形だ。

「見つけたヤンケ、見つけたヤンケ」

 ぬぅっと感情の無い眼が部屋を覗く。
 見つめる先はもちろんぐったりと脱力するセラフィナだ。
 本来ならばこのまま奇襲して一巻の終わりと言いたいところであるが──────

「タマ取ったるヤンケ!」

 スパディルマスケの照射光線が彼女を襲う。
 そう思われた瞬間、そこに居たはずの残影がフッと消え去る。

「いないヤンケ!?」
「改造されてしまいましたけれどセフィは負けませんわ……!!」

 彼女の声は明後日の方向から聞こえて来る。
 セラフィナは強化された超感覚によって、忍び込んでいた敵襲に初めから気が付いていたのだ。

「すばしっこいヤンケ、数で畳みかけるヤンケ」

 スパディルマスケ達が扉をブチ破り、ゾロゾロと彼女を包囲する。
 一人の目を誤魔化せても、この数の前ではフェイントの類も効きはすまいとばかりに一斉照射。
 精密に編み込まれた光の籠が徐々に狭まり、確実に賽の目斬りを行うつもりのようだ。

「ッ……!? こ、これは流石に厳しいですわ……!!」

 絶体絶命、セラフィナは己を護る最小限のオーラを巡らせる。
 そして防御に力を使いつつも、その他全ての力を費やして歌声を奏で出した。

「セフィの歌を聞いてくださいませ──────|小さな歌劇王国《マルクトオペレッタ》!!」

 小さな口から飛び出したとは思えない音の重なり。まさに一人合唱団。
 音の揺らぎはそのまま振動となり、周囲のスパディルマスケの身体を揺らす。

「あがががが、や、ヤンケー!!!」

 まるで沸騰したように煙を吐き出し爆発四散。
 一体、また一体と根を上げて潰れていく。

「やりましたわ……! これなら──────」

 安心したのも束の間。
 揺れているのはなにも彼らだけではない、セラフィナの立つ床も例外ではなかった。
 おかげ小刻みに震える衣服が彼女の敏感な所を執拗に刺激。
 ただでさえ改造の影響で空気に触れるのすら辛いというのに、このアクシデントは彼女にとって致命的であった。

「ふみゅ、ひゃぁぁぁッ!?」

 声が詰まり、脳が真っ白に果てる。
 快感が全身を突き抜けてしまい、攻撃の手を完全に止めてしまったのである。

「ここヤンケー!!」

 ビガッと複数の照射光線がセラフィナのオーラを剥ぐ。
 無防備になった所へ畳みかけるように反重力で身動きを封じられた。

 さらには、先程のセラフィナの反応から弱点を見出したスパディルマスケ達が微弱な光線を連続的に浴びせることで少女の意識を飛ばし続ける。

「ぁ……ひぅ……ひぃぁぁぁ!!」

 ビクりビクりと痙攣するように身体を反らして浮かぶセラフィナは、そのまま何処かへと連れ去られて行くのであった。

マジィ・メッサ・デカメロン

「はぁ、はぁ、ぅぅ……」

 通路の壁にもたれかかり、なんとか呼吸を整えています。
 風の無い不思議な空間だからでしょうか、異様なくらいに火照りが治まらず困ってしまいました。

「ふぅ……拘束から脱したものの、はぅ……この汗……どうにかならないものでしょうか」

 歩みを止めると、むわぁっと立ち込める自分の汗の匂いに堪えてしまいます。
 どうにも男性のツンと来るものとは違うようで、身体の奥が疼いてしまうのですから。
 これは私特有のものなのでしょうか。

「このままでは頭がどうにかなってしまいそう……どこかで汗を流したいのですが……」

 フラフラとおぼつかない足取りで進むと、耳障りな警報に気が付きました。
 きっと私を追っているのでしょう。
 あまり悠長に構えている暇はなさそうです。

 私はすぐに神経を集中させようと試み、五感のうち目を閉じることで残る情報の精度を上げていきます。

 聴覚……むむ、こちらへ向かって来る風切り音が三つ。ですが足音の類は聞こえませんね。どういうことでしょう。

 触覚……やはりおかしいですね、振動がまるで感じられないです。敵は飛んでいるのでしょうか。

 味覚と嗅覚……空気の味と臭い、そこに油と鉄が混じっているのを感じます。そして汗の匂いがまったくしないです。

「これは……人では無い何か、いえ……生物ですらない物が接近していますね……!!」

 となれば対話は期待できないでしょう。
 神の教えを説いたところで、生を持たないのであれば意味もないでしょうし。
 となれば私にできることはただ一つ。

「もう逃げも隠れもできませんし、ここは迎え撃つしかありません……!!」

 これでも竜神の信徒の端くれ。
 私にだって多少の荒事の対処なら心得はありますとも。
 勇ましくホーリーワンドを取り出したところで、丁度怪しい人影が現れました。

「見つけたヤンケ! 見つけたヤンケ!」

 人の言葉を介してはいるものの、やはり人ではありませんでした。
 ですが手加減をする必要が無いというのは心が楽になるのでありがたいです。

「い、いきますよ……!!」

 三対一の劣勢のため、迂闊には出られません。
 なのでワンドを大振りに掲げて、あえて反撃を誘いました。

「うすのろヤンケ!」

 やはり目聡く敵の照射攻撃が始まりました。
 ですがそれは私の狙い通り。
 すぐにワンドの聖なる奇跡で身を包み込むと、光線が弾けて逸れていきます。
 外れて飛ぶ先は同士討ち、狭い通路ゆえの逆転の一手でした。

「く、ぅぅ……思ったよりも衝撃が強いですね……」

 ワンドがプルプルと震えて定まりません。
 このままでは維持が出来ず、非常に危険でした。
 仕方なく股で挟み込む形で無理矢理安定させることには成功、と言いたかったのですが──────

「ひぅ……ぁぅ……し、刺激が……ひゃぁ!?」

 恥ずかしながら、ブルルルという振動で腰が砕けそうになるほど気持ち良くなってしまったのです。

「だめ、早く……倒されて……ァァァァ!!」

 私が果てるのと同時に、奇跡的に同士討ちが完了したようでした。
 そのことに気が付いたのは、びっしょりと濡らした床で目を覚ました後でしたが。

プレジデント・クロノス

 少々動きすぎたせいで付着した埃をパンパンと払い落とす。
 これから会談を控えているというのに、このプレジデント・クロノス(PR会社オリュンポスの|最高経営責任者《CEO》・h01907)が着崩していては示しがつかない。
 スーツの襟を正してネクタイをキュと締め直した。

「さて、出口は何処かな……」

 部屋を出たはいいものの、入り組んだ通路に案内標識のようなものは見当たらない。
 ここに連れてこられる際は気を失っていたものだから、まるで土地勘が働かないのだ。

「見たところ、特撮のセットにしては妙に作り込んでいるようだが……」

 普通、このようなバックヤードまで作り込むのは稀だ。
 いやそもそもバックヤードという認識が間違っているのかもしれない。

「まぁ、某リウッドでも時代劇撮影の為に、城のセットを丸々作るぐらいだしな。 CGに頼らない古風派といったところか」

 先程の妙に古臭い改造部屋のこともあり、妙に納得感がある。
 おおかた、長回しの撮影まで視野に入れたセット組みの跡地をレジャー施設に再利用したのだろう。
 なかなか考えたものだ。

「む、小窓が付いてるな……どれ」

 通路を歩いていると、外光が射し込む一画を見つけて駆け寄る。
 外を覗き込めば、UFOらしき外観の一部と遠景に小さく映る街並みが見下ろせた。
 これは嵌め込み式のディスプレイか。ありがちだな。

「ふ、これまた古いモデルのUFOだ。 多くの客に分かりやすく伝えるならこれくらい大袈裟な方が良いんだろうがな」

 不思議なくらいコテコテの造形に思わず笑いが込み上げる。
 だがそれがむしろ大衆向けであると主張しており、作り物であることへ拍車をかけた。

「となれば、ここらで|宇宙人《エキストラ》が……」

 噂をすれば影が差す。

「見つけたヤンケ! 見つけたヤンケ!」

 ほらね。
 世界各地で目撃されているという3メートル宇宙人のような姿。
 明らかに中に人がいるだろう。ようするに着ぐるみだ。

「捕獲するヤンケ!」
「ハハ、ここで方言っぽい喋り方とくれば、エンターテイメント性を感じてしまうな!」

 客を怖がらせすぎるのは悪評が立つ、ゆえにそれっぽい怖さだけを味合わせる良い塩梅だ。
 鋭い爪を振り上げ、大振りでコチラへ迫って来る。
 捕まれば次のアトラクションへということだろうが──────

「悪いが先を急いでいるのでね……よ、ほっと」

 振り下ろされた爪を横から掌で押して反らし、さらに引き込むように引っ張ることで自分の身体と相手の位置をひっくり返す。
 満員電車などでも役立つ合気の技だ。

「何処いったヤンケ!?」
「後ろヤンケ!」

 後続の宇宙人が徒党を組んで一斉に飛び掛かる。
 だがあえて私はこの場に留まった。
 爪の切先が目と鼻の先、そのタイミングで再び背中側にいた最初の宇宙人と入れ替わる。

「ど、どくヤンケー!」
「なにごとヤンケー!?」

 ごっつんこ。
 動きにくい着ぐるみたちはボーリングのピンみたいにバラバラ倒れていく。
 あんな長い胴では一人で立てまい。

「ふぅ、今日はやけに身体が軽いな。 頭も冴えているし良い会談になりそうだ」

夜風・イナミ

「か、解剖なんて絶対イヤですー! 牛じゃないですー!!」

 どったぷん、どったぷん、大きな水風船でも抱えているような牛乳女が跳ねていた。
 胸が大きすぎて重心がそちらに取られているので走り方が変なのである。
 一歩跳ねれば上に引っ張られ、一歩踏み込めば下へ身体が沈み込む。

「あ、歩きにくいですー!」

 夜風・イナミ(呪われ温泉カトブレパス・h00003)に振りかかる苦難はそれだけではない。
 大きくなったのはあくまでも『身体部位』のみ。
 衣服が勝手に伸縮してくれるわけもなく、思いっきりまろび出た胸の先端部分を両手で隠さねばならなかったのだ。

「んもぅ、これじゃ反撃もできないですー!」

 チラと後ろを振り返ると、いかにもな宇宙人達が迫っている。
 その腹部からは回転鋸が突き出しており、まるでさっきの解剖の続きだと言わんばかりだ。

「ひぃぃん! 絶対掴まりたくないですー!」

 たっぷたっぷと揺らしながら通路を抜けると、十字路に差し掛かる。
 ところが、その前方からは別の宇宙人達が来ているではないか。

「追い詰めるヤンケー!!」
「あわわわ、ほ、方向転換です……あら、あらら……!?」

 蹄を喰い込ませて直角に曲がろうと試みるも、やはり胸の重量がネックとなりバランスを崩す。
 つんのめってコテンと転ぶも、大きな胸がクッションとなって怪我がないのは不幸中の幸いか。

「あいたた……」

 よいしょと胸を抱え直して顔を上げると、ぬぼうっと光る怪しい眼光が見つめ返していた。
 イナミはすっかり包囲されてしまったのだ。

「これで逃げられないヤンケ! トラクタービーム照射ヤンケー!」

 シュワワワとヘンテコな効果音と共に光のリングがイナミを包む。
 やがて輪がギュッと縮まり、彼女の身体を拘束してしまった。

「キャトルミューティレーションはもうイヤですー!」

 ボンレスハムのように胸を締め付ける圧迫感が息苦しい。
 こひゅ、と肺の息が絞り出されて小さく乾いた咳を吐いた。
 このままでは不味い、そう直感したイナミは懸命に身体を動かし抵抗する。

「んもうぅ! んもぉぉぉ!!!」

 ぐるん、と身体を捻ると、彼女の重荷であったはずの胸が宇宙人へとクリティカルヒット。
 照射していたトラクタービームも掻き消えて自由を取り戻した。

「こ、これは……とてつもない武器になりそうです……!!」

 新たな境地に目覚めて吹っ切れたイナミは強かった。
 増加した体重により凶器とかしたヒップドロップ。
 胸の重心移動を活かした蹄ハイキック。
 さらに胸の大きさを逆手に取った、特大リーチの二連乳ビンタ攻撃。

「や、ヤンケー!?」

 背丈では勝るはずの宇宙人達が軽々と吹き飛び倒されていく。

「はひ、はひ、ずっとこのままは困りますけど、今日は大きくて助かりますー」

 イナミは息を切らす頃にはすっかり敵の影も消え去り、羽休めならぬ乳休めをするのであった。

蒼翅・レジット

 黒猫の姿でトコトコ歩く蒼翅・レジット(標本マニアなツギハギ・h07301)がふと立ち止まる。
 歩けども歩けどもずっと同じ景色。
 まるでループでもしているようだ。

「これじゃキリが無いね。 出口はどこなんだろうか?」

 流石におかしいと感じたのか、短い耳をピトリと床へつける。
 するとゴウンゴウンとモーターのようなものが回転する音が響いていた。
 それもすぐに止まってしまう。
 どうやらレジットの歩行速度に合わせて稼働していたらしい。

「ははぁ、これはあれだ。 ルームランナーの大きい版ってやつだ。 さしずめ私は実験用のラットといったところかな」

 改造手術のおかげで敵の策略を見破ることに成功。
 どうやらループではなく全く進んでいないのが真実だったようだ。
 ちょっとした軽口のついでに自分の姿を黒いネズミに変えておどける。

「なら、これをどうにかしない限り出口まで逃亡させてはくれなさそうだね」

 長い尻尾を手入れしながら頭を悩ませ、ようやく身体を元に戻す。

「やめだやめ、やっぱり小さい脳ミソじゃ何も思い浮かばないしねぇ」

 ふぅと一息ついて壁に寄りかかる。
 その時、壁伝いに外の空気を裂く音が微かに聞こえた。
 きっとこのUFOが空を飛んでいるのだろう。

「外……そうか、このすぐ向こう側は外なのか。 ならいっそうのこと壁に穴を開ければ出口に……って、流石に私にそこまでの馬鹿力は無いか」

 例えゴリラに変身しようがゾウになろうが無理に決まっている。
 そんなことができるなら、この世に動物園が跡形も無くなっているはずだからだ。

「だいたい、こんなことする奴らが追ってこないわけないし、結局はこの誘拐事件を解決しないといけないっぽいしなぁ~」

 そんなことを考えていると、足音も無く追跡者が迫って来た。
 見れば、その足元は浮遊しており、改造されたレジットへの対策は想定内だったようだ。

「あら、団体さんか……困ったねぇ」

 多勢に無勢。
 ただでさえ戦闘が得意ではないレジット、それが急に数で劣勢のなか戦わざるを得ない状況になってしまったのだ。
 思わず苦笑いを浮かべて両手を上げる。

「問答無用ヤンケー!」

 ビバババと怪光線がレジットを襲う。

「あいたたッ!? 手を上げてるだろう!? 酷いじゃないか!?」

 改造の後遺症により痛覚も鋭くなっている。
 おかげで牽制程度の攻撃にすら走馬灯が見えて来るレベルで痛かった。

「あれ……でも、この記憶……?」

 流れていく記憶の奔流、その色が変化していき、レジットの知らない過去が浮上してきたのだ。

「え、なにそれ知らない……こわ……」

 ところが、レジットはあっさりとそれを遮断。
 見なかったことにして敵の方へと向き直る。

「実験用だからかな、今のところ殺意は無さそう。 なら、痛いのは我慢すればいいだけだし、ちょっと失礼するよ!」

 流石は動く屍。無理矢理身体を引きずり敵の顔面を掴むと、グリンと回して周囲の敵への範囲攻撃に変えてしまった。
 ゾンビも真っ青の異常なタフネスを発揮して一網打尽にすると、灼けた肌の焦げを払い落として先へ進むのであった。

ホルス・タイン

 危ない部屋から逃げ出してしばらく。
 ようやく怖い気配が無くなり、重くなった身体をどっしりと床に降ろす。
 そのまま胃の中の牧草を弁当代わりに反芻して一息入れていた。

「もっちゃ、もっちゃ……」

 ホルス・タイン(雄牛🐄・h07665)はこれからどうするか漠然と考える。
 放牧中のアクシデントなどは別に珍しい事じゃない。
 蛇や猪、その他の肉食動物だってひょっこり現れることはある。
 その時は一目散に逃げだして距離を取っていた。
 だが今回は全く見知らぬ場所であり、逃げるといっても何処が安全かなど分かりはしない。
 ほとほと困り果てたように溜息混じりのゲップを吐き出す。

「げふぅ……もぉ?」

 自分の吐き出した臭いはいつも通り健康だ。
 ふとその時、知らない臭いが混じっていることに気が付く。
 なんというか鉄臭く、自然とはかけ離れたもの。
 思わず神経質に尻尾を振って立ち上がると、目の前には不思議な影が立っていた。

「ん”も”ぉ“お”お”!!」

 目にした瞬間に直感して毛が逆立つ。
 あれは『人間じゃない、何か別のモノだ』。
 交わした視線を離さず、ゆっくりと後退しながら距離を取る。

「いたヤンケ。 捕獲ヤンケ」

 何だ、この連中。
 『人の言葉』を話すようだが、とてもそうは見えないのだ。
 なによりも生物ならアイコンタクトで多少感情が読めるものだが、コイツからは何も感じ取れない。
 無機質で無感情。ゾッとする冷たさがある。

「ぶもぉぉ、も゛ッ!!」

 威嚇するうちに、怒りの感情が沸々と煮えて来た。
 闘争心に火が着いたというものだろうか。
 ついには飛躍して『何かやったのは、こいつらか?』という結論に思い至る。
 ならば仕返しだ。家畜化される前の野牛の遺伝子が群れを護れと叫んでいる。

「も゛ぉぉぉぉ!!」

 鋭く伸びた二本の角を振り回し、通路を陣取る怪しいやつらへ猪突猛進。

「は、反撃ヤン……ヤンケー!?」

 何かする気だったようだが、自然界では先制攻撃が断然有利。
 それが野生の掟だ。
 一体目を角で串刺し、深々と刺さったそれを持ち上げてブルンと鈍器のように振るう。

「なんて馬鹿力ヤンケ!? ヤンケー!?」

 刺さったそれが粉々になるまでブン回し、息つく間もなく次の敵を串刺しにする。
 これがうまいこと盾になっているようで、攻守に隙が無い。
 敵はあっという間に数を減らしていく。

「ぶもっ!! ふすー……」

 最後の敵をガラクタに変えると、ようやく鼻息を整えられた。
 まるで水蒸気のような白い煙が鼻腔を抜ける。
 身体からは熱でジュウジュウと陽炎が揺れていた。

「もぉ、もぉぉぉ!!!」

 勝利の雄たけび。
 勝ったのだという実感が全身の細胞を震わせる。
 高揚する気持ちが抑えを効かず、思わず蹄を鳴らしながらもう一度大きく勝鬨を上げるのであった。

第3章 ボス戦 『Drクトゥール』


 あたなはしつこい敵を蹴散らし、ようやく一息つけた。
 はずだった。
 ところがまるで無尽蔵に追撃がやって来る。

 こんなものにいちいち相手はしてられないと安全な場所を求めて駆け抜けていく。
 敵の手薄な所を縫うように抜けていくと、やがて仰々しい扉に行きついた。
 他に逃げ場はなく、仕方が無いとそこへ飛び込んでいく。

「や、やっと逢えましたねぇ」

 暗い部屋にスポットライトのような光が差し込む。
 そこには『聞き覚えのある声の女』が立っていた。

「こ、ここまで辿り着く実験体は……は、初めてですぅ」

 なにやら全て掌の上だと言わんばかりの余裕な態度。
 どうやらコイツがこの事件の黒幕らしい。

「ちょ、ちょっと予定は狂いましたけどぉ……さ、最終テストをしてあげすねぇ!!」

 女が狂ったような笑みを浮かべて戦闘態勢を取る。
 ならばと、あなたも応戦の構えを取るのであった。
アーシャ・ヴァリアント

 アーシャ・ヴァリアント(ドラゴンプロトコルの|竜人格闘者《ドラゴニックアーツ》・h02334)の前に姿を現したのは、怪しげな笑みを浮かべる女性。
 ニタニタと下卑た口元からは薬品のような香りがツンと鼻をつく。

「こ、ここまで筋力増加の適正がある実験体に巡り合えるなんて……こ、幸運ですねぇ」
「うわ……勝手に拉致監禁しておいて、幸運とか何考えてんのよ」

 アーシャのトゲトゲしい言葉など意にも介さず、怪しい女は白衣の前をバッとはだけて見せつける。

「く、くふふ……最高傑作と、あ、遊べるなんてまたと無い機会ですぅ。 さ、さぁ……す、全てを見せてくださいねぇ!!」

 そこに一面の肌色が広がっていないのは幸いだっただろう。
 だが、辛うじて素肌こそ隠せてはいるものの、ほとんど身体の凹凸がピッチリと浮かび上がっている有り様。
 結局ほとんど変質者であることには変わりなかった。

「はぁ!? 見せつけてんのはアンタの方でしょ!? こんな救いようのない痴女なんて、さっさとぶっ飛ばして帰らせてもらうから!!」

 目の前の光景に思わずたじろぐアーシャだが、本人も相当な露出度であることは棚に上げている。
 もっとも、筋肉ムキムキマッチョガールの彼女の肉体は劣情よりも頼もしさを感じさせるものだったが。

「とにかく! アンタが泣いて謝っても殴るの止めないからね、まっすぐ行ってぶっ飛ばす!!」

 策など無い、単純な暴力。
 シンプル故に対抗するのは一筋縄ではいかない。
 こういう頭でっかちの女には、先手必勝を仕掛け後手に回して全てをぶち壊すのが一番だ。

 だが、アーシャの拳があと一歩踏み込めば届くといったところで敵の口がニタリと笑う。

「お、おやおやぁ……わ、私が全てを見せたと、い、いつ言いましたぁ?」
「なんですって!?」

 彼女の黒いタイツがボコボコと内側から盛り上がる。
 それは筋肉を肥大化させ、強靭な肉体を形成していくという見覚えのあるもの。

「ま、まさか……|アンタも《・・・・》!?」
「く、くふふ……そ、その通ぉりぃ!! こ、これが私の真の姿、く、クトゥルフ怪人ですぅ!!」

 ぶくぶくと筋肉で膨れ上がった彼女は、難無くアーシャの拳を受け止めてみせる。
 グッとさらに力を込めるが、押し引きならずの五分と五分。

「そう、なかなかやるようね……でもそっちが強化しようが、こっちはそれ以上の強化を持ってるんだから……ハァッ!!」

 アーシャが金色に包まれると、拳は一気に怪人側へと傾く。
 睨み合う両者、敵の瞳には焦りがハッキリと見て取れた。
 勝負はほとんど決している。

「こ、こんな付け焼刃……わ、私の強化は筋肉だけだと思わないことですぅ!! テンタクランスヘアー!!」
「無駄ぁっ!!」

 力比べで拳の塞がった隙を突いたつもりなのだろう。
 怪人の髪が鋭利に束ねられて槍のようにアーシャを襲う。
 しかし、|灼熱の吐息《サラマンドラ・バーン》で根こそぎ燃やし尽くしていった。

「ひ、ひぃ!? こ、こんなはずじゃ、ゆ、許し──────」
「無駄無駄無駄無駄無駄ぁっ!!」

 鋭いアッパーで打ち上げると、両手を使った猛ラッシュを叩き込んで壁のシミへと変えるのであった。

セラフィナ・リュミエール

 どさり──────
 セラフィナ・リュミエール(変幻自在の歌劇熾天使・h00968)が見知らぬ天井を見上げる。
 真っ白いそれは、まるで手術室を思わせるほどに異常なくらい潔癖だった。

「ん、うぅ……」

 身体が甘く痺れていうこときかず、小さな呻き声だけが静寂な部屋に響く。
 やがて、コツコツとヒールを叩く音と共に聞き覚えのある女の声がした。

「くふ、くふふふふ……活きの良い実験体ですぅ」
「こ、この声は……!!」

 セラフィナが辛うじて動く首をよじり、声の正体を確認。
 そこにはこれからオペをしますといわんばかりに張り切る白衣の女が立っていた。
 それだけではない。
 助手としてなのか、おそらく12人はいるだろういう集団を引き連れていたのだ。

「あ、安心してくださいねぇ。 あ、あなたは、こ、これからココにいる皆の『仲間』入りするんですからぁ」
「ぃ、ぃゃ……!!」

 少女のか細い声が震えてしまう。
 涙が滲み、だというのに身体はなぜか疼いてしまうのだ。
 それがどうしようもなく情けなくて情緒がおかしくなっていく。

「くふふ、こ、ここは嫌とは言ってないみたいですよぉ?」

 白衣の女が合図をすると、助手の二人がセラフィナの両足を大きく広げる。

「は、恥ずかしいです……セフィのそんなところ、見ないでください……」
「くふふ、や、やはり思った通りですぅ。 こ、この子は他の天使たち同様、しょ、処女性が力を増幅させている……となれば、くふふ」

 助手の一人がペンライトのような器具を渡す。
 白衣の女はそれをセラフィナの腹部、その少し下の辺りに照射した。

「ぁ、ひゃぁぁぁぁ!?」

 瞬間、セラフィナの脳にピンク色の感情が洪水のように押し寄せて来る。
 全身が性感帯であり、さらにそれをねっとり撫でつけるような感覚。
 意識がトブのをなんとか繋ぐのが精一杯だった。

「くふ、くふふ……こ、これで完成……あ、あとは洗脳処置をすれば怪人化完了ですぅ」
「そ、それだけは……させません……!!」
「お、おっとぉ……ま、まだ意識があるとは、し、しぶといですねぇ。 な、なら性能テストがてら遊んであげますぅ」

 彼女の言葉で助手の12人が白衣をひるがえす。
 その姿は醜くうねる触手の怪人たちだった。

「な、なんだか分かりませんけど……今のセフィはすごい力が湧いていますの。 負ける気はありませんわ……!」

 怪しくピンク色に発行する下腹部の紋章。
 そこから不思議と熱いもの込み上げて来るのだ。

「たとえ相手がどんな方であろうと……セフィの声は魂と心を揺さぶりますわ!!」

 少女の唄声が小さな部屋に響き渡る。
 反響し共鳴するそれに死角はなく、後ろに控えている白衣の女もろとも巻き添えにしていった。

「こ、この歌は……あばばばばッ!?」

 触手達もギイギイと不快な音を発しながら痙攣して行動を止めていく。
 やがて動く者がいなくなると、セラフィナはようやく一息ついた。

「はふぅ、これで……やっと……はぅっ!?」

 セラフィナがパタリと倒れ伏す。
 突然天井から飛び出した麻酔銃。
 生物の行動は止められても、心を持たぬ機械は例外だったらしい。

「ぐぅ、くふふ……か、改造の続きの始まりですぅ……!!」

 ボロボロの白衣の女がぬぅっと立ち上がる。
 彼女の身体はこれからもどんどん弄られていくことだろう──────

プレジデント・クロノス

 袖を捲り腕時計を確認する。
 今の時代には不要という輩もいるが、スーツに名刺にコレとビジネスマンの三種の神器、これらはやはり目に見える形としては必要だ。
 特に、このプレジデント・クロノス(PR会社オリュンポスの|最高経営責任者《CEO》・h01907)には──────

「ふむ、徒歩でジャスト3分。 アトラクションの回転率を考えればそろそろ……」

 予想的中。目を上げると、そこには明らかに他の扉とは異質を放つものが待っていた。
 大きなシャッターが幕を上げ、奥に広がる怪しい手術室をライトアップしていく。

「く、くふふ……な、なかなかすばしっこいようですねぇ。 で、でも鬼ごっこはもうおしまいですぅ!!」

 部屋の中央へ姿を現したのは白衣の女。
 だがその声は、放送で聴いたあの頼りないキャストに間違いない。

「やはり、君も設定に添った役者なのだな」
「は、はぁ……? 突然、なんのことですぅ?」
「ははは、否定しなくとも君の|役者《キャスト》魂は理解しているとも」
「う、うぅん……こ、これも副作用の一種としてカルテに記載するべきですねぇ……」
「うむうむ、良い返しだ」

 なるほど、どうもコミュニケーション能力等の稚拙感が否めなかったが、研修中といったところか。
 アドリブは未熟だがノリは良い、それに|衣装の着こなし《かたち》から感じられる誠意は大したものだ。
 ならば、こちらもとことん付き合わなければ『オリュンポス』の名が泣くというもの。

「来たまえ! 僭越ながら、|エンターテインメント《その道》のプロとして相手をしてあげよう!」
「な、なんでこっちが挑む感じになってるんですぅ!? だ、だいたい、|人体実験《その道》に関して私に並べると思ってるなんて烏滸がましいですねぇ!!」

 白衣の女がパチンと指を鳴らすと、天井が開き、さらには彼女を載せた床がせり上がっていく。
 客と距離を空けてショーの前準備といったところか。

 続けて周囲の壁だと思われていた映像が消えて、ガラス越しで培養液に浮ぶ怪人たちが映し出された。
 なんともよく出来た舞台セットだ。視線を集めて準備時間を稼げるだけじゃなく、お約束というものをよく分かっている。

「ほぉ、それからどうするね? そのまま高みの見物か?」
「こ、これでも減らず口が叩けますかねぇ!」
「助けて―!! 怖いよー!!」
「おぉ、子役とは珍しい」
「こ、子供を見ても動揺しないなんておかしいですぅ!? ほ、本当にいいんですねぇ!? わ、私の機嫌次第でこの子たちはすぐにでも怪人化して──────」

 なるほど、拉致した子供が怪人になるという設定か。おおかた、遠目で誤魔化した映像だろうが。
 ふと横を見るとそれ用のギミックらしいボタンが目に付く。

「さて、期待が高まり過ぎて気持ちが逸るな。 経験上、これを客に押させるのだろう、少し早いがポチっとな」
「ちょちょちょ、まだダメですぅ!!!」

 ボタンが押し込まれると、檀上の子供の体躯が急変。
 醜くぶくぶくに膨れて服が千切れ飛び、筋肉の塊となっていた。
 それは苦しそうにもがき、近くにいた白衣の女を片手で握り締めると、雑巾のようにギュウと潰してしまうのであった。

「うぅむ、途中までは良かったのだが……これは苦情ものだな。 中東でならウケるかもしれないが、表現はもっと比喩的なものに変えさせよう」

マジィ・メッサ・デカメロン

 あぁ神よ、私は聖職者にあるまじき|痴態《しったい》を晒してしまいました。
 恥ずかしさで顔が真っ赤に火照りますが、それでも私は立ち上がらなければなりません。
 なぜなら、ここは神に背く非道の行いをする施設だと分かったからです。

「神よ……このマジィ・メッサ・デカメロン(その|巨乳《おっぱい》で|修道女《シスター》は無理があるんじゃねーか?🤔・h06270)をどうかお導きください……」

 天に誓い、自分に言い聞かせ、己の使命を糧として、決意を宿して進みだす。
 はずだったのですが、どうやら私が気を失っている間に相手の方からいらしていたようです。

「く、くふふふ……お、面白い能力ですねぇ。 さ、サイキックとは違うみたいですぅ。 こ、これは解剖して更なる科学の発展の一助に……くふふふ」
「あなたですね、私の身体を……|敏感《こんなふう》にしたのは……!!」
「お、おやおや辛辣ですねぇ。 じ、自分で選んだ結果でしょう」
「詭弁ですね、あんな状況で自由な意思などありません! それに、たとえこの身が醜く改造されようとも、悪の手先になどなりはしません!! なぜなら、私には愛と誠の血潮が流れているからです!!」

 力強く、キッパリとお断りを宣告してさしあげました。
 それでもアチラは全く堪えた様子もなく笑っていて不気味です。

「え、えぇと、それも『神』ってやつへの信仰心なんですぅ? 自己犠牲の精神なんてくだらないですねぇ。 も、もっと、自分を解放して、自分本位に生きればいいじゃないですかぁ。 怪人は『自由』で楽しいですよぉ?」
「なりません! この力で無辜の民を助け、悪を挫くために研鑽してきた修道の月日、それを活かせればこそ本望というもの! 今こそ、神に代わり使命を果たす時です!!」

 ワンドを天高くと掲げ、私の信仰心を集中させていきました。
 ですが、この身体の疼きがどうしても抑えられず、邪念が混じってしまったように感じます。

「ま、眩しいッ!? な、なんなんですぅ!? 彼女の身体が変異して……こんな作用、私の予定には無いはずぅ!?」

 いつもとは違う眩くも暗い光が私を包み込む。
 衣服が光に溶け、混ざり合い、まっさらな肢体を照らしていくのです。
 そこに映し出したのは『神々しい』天使と悪魔の融合体ともいえる新しい私でした。

「悔い改めなさい」
「ぎゃ、ぎゃぃぃぃ!?」

 私の着ていた衣服を変異させた円環で、敵を弾き飛ばし壁に拘束しました。
 今の身体ならこのまま倒し切るのも容易いでしょう。
 それでも、慈悲の心で最期の言葉に耳を傾けます。
 どんな悪人であろうと懺悔の機会は与えるべきなのですから。

「ぐ、ぐひぃ……つ、強い……でも、これを見てもまだ戦う意思はありますかねぇ?」
「なにを……それはッ──────!?」

 白衣の内から取り出した機械の画面には監禁された子供達の姿。
 その傍らには大量の爆弾が積まれていたのです。
 そして彼女の指にかかるボタンは間違いなく起爆スイッチ。

「くふ、くふふ……じ、実験の材料があなただけなわけ無いでしょう。 さ、さぁ、理解したらこの武器を下ろしてほしいですねぇ」
「卑怯な……!!」

 歯がゆさで唇を噛み締めながら、泣く泣く元の姿へと戻ります。
 衣服までは元通りとはいかず、残骸がはらりと周囲に落ちていきました。

「くふふ……物分かりが良くて助かりますぅ。 ではでは、じっくりとその身体の秘密を暴いていきましょうねぇ──────」

夜風・イナミ

 胸の重さが足を引っ張り、乳休めしては少し前進、乳休めしては少し前進──────
 夜風・イナミ(呪われ温泉カトブレパス・h00003)はまさに牛歩の速度でなんとかボスのいる扉へと辿り着く。

「んもぉ……なんでこんなに広いんですかぁ……」

 これから決戦だというのに汗がにじんで気持ち悪い。
 隠しきれていない布切れをパタパタと煽って、いつもより深い谷間に風を送る。

「はふぅ……流石にこんな恰好を見られるわけにもいかないですし、今のうちに……」

 そんな彼女の乙女心をぶち壊すように、正面の扉が自動で開く。
 当然そこには推定ボス敵の白衣の女がコチラをガン見していた。

「あ……」
「お、おやおや、牛がデカ乳を見せびらかしてますねぇ」
「ちちちち、違いますよー!! 私は牛じゃないと言ってるでしょう!!」
「乳、乳、と煩いですねぇ、|ソレ《・・》はどう見ても牝牛でしょうに」
「も、もぉ~!!! そういうあなたの方こそ……」

 イナミがぷんすか怒って、自分も何か言い返そうと相手をジロジロ見つめ返す。
 最初は眩しい白衣こそ目に着いたが、よく見ればその下にはピッチピチに張り付く全身タイツの一枚のみ。
 本来入れるべきパッドの類は無いようで、女性の象徴的な部位がクッキリと浮き出ていた。

「うわエッ……なんて格好してるんですか!? ほぼ痴女じゃないですかぁやだー!!」
「い、いやいや……あ、あなた、自分の格好見てそれ言いますぅ?」
「あ、いや、これは……違うんですー!! 変な薬のせいで!! いつもはちゃんと着てるんですー!!」

 相対的に縮んだ衣服を精一杯引っ張ち抗議。
 ところがそれがトドメとなってバツンと破けてモロ見えの状態に。

「んもぉ~!! なんでこうなるですかやだー!!」
「そ、そんなに見せつけたいなら……お、お望み通りギャラリーを増やしてあげますねぇ」

 パチン、と指が鳴ると部屋に12人の怪人たちが転がり込んで来る。
 ギョロりとした大きな目玉がそのまま頭部となっており、瞳孔は山羊のように横長であった。
 彼らはジッと瞬きもせずにイナミの身体を隅々まで視線を這わせていく。
 その目線はまるで手指のように触感を持ち、本当に触れられているような錯覚を引き起こす。

「ひぃぃん! ゾワっとしましたぁ!!! そんな目で見ないでくださいー!!!!」

 |瞼《まぶた》が無いというのなら、無理矢理にでも閉じさせるまで。
 イナミは呪詛の籠った石化の視線で見つめ返し、怪人たちを瞬く間に石像へ変えていく。

「な、なにが起こって──────」
「だから見ちゃダメなんですー!!」

 興味津々にコチラを観察しようとした白衣の女もまとめて石化。
 これでようやく人目を気にする必要が無くなったわけだ。

「い、いちおう……踏みつけ!! なんか復活しそうな不気味さがあったので……」

 粉々になったボスを見下ろし、ようやく一安心。

「あ……解毒薬あるのか聞きそびれました……この身体、戻りますよね……? こ、このままなんてことないですよねッ!?」

 いまさら取り返しのつかないことに気が付き慌てふためくイナミ。
 彼女がなんとか自力で戻そうと機械を弄りまわし、さらに悪化するのはまた別の話──────

蒼翅・レジット

 あれからもしつこく追い回す敵の目を掻い潜り、蒼翅・レジット(標本マニアなツギハギ・h07301)はなんとか灯りの無い部屋へと転がり込めた。

「ふぅ、これじゃいくつ身体があっても足りないよ。 いや、こんな身体は流石に一つで十分だけどさ」

 暗いということはしばらく使われていないということだろう。
 ここなら少しは休めそうだと、夜目の効く動物へ変身しようとしたその時だった。
 バチン。
 視界一杯に眩しい光が差し込んで来る。
 その光量はおもわず目が眩んでクラクラするほどだ。よく宇宙船が真下に放つライトってこれなんじゃないだろうか。

「くふふふ、じ、自分で逃げ込んだと思ってたんですぅ? ちゃ、ちゃんとこっちでナビゲートしてあげたんですよぉ」
「う……眩しい……それに、この声……」

 目が慣れて来ると、そこには白衣の女が立っていた。
 沢山いた機械達と違って初めて遭遇した人間、きっとこの人が一番偉い人なのだろう。

「はぁ、参ったね……降参だよ。 この通り武器も持ってないし、無条件降伏ってことにならないかな」
「くふ、くふふ、て、手こずりましたが……ま、まぁ許してあげますぅ」
「ちなみにだけど、この後ってまた監禁してくれるんだろう……?」
「い、いえいえ……も、もちろん改造して怪人にするんですよぉ」

 とぼけたフリして一応聞いてみたが、やはり望みは無いらしい。
 完全にイってるガンギマリした眼が本気だと物語っている。

「そうか、なら前言撤回。 美しく綺麗な存在に改造してくれるなら、喜んでこの身を差し出すが、今までの事や他の怪人を見るに、センスが私と違いそうだからねぇ……」
「わ、私も残念ですねぇ。 じ、実験材料の身体は綺麗なまま欲しかったんですが」

 交渉決裂すると、彼女はドリルやらチェーンソーやらと危なっかしい工具の付いた機械アームを操作し始めた。
 これは先ほどのように痛みを我慢すればどうにかなるレベルを超えている。
 同じ作戦は使えないだろう。
 頭を使え、相手を観察しろ、必ず|奇策《トリック》はあるはずだ。

「あぁ、もう一つちなみにだけど……『綺麗な実験材料』が欲しいんだったね?」
「くふふ、それがどうしたんですぅ?」
「なら、|こんなの《・・・・》はどうかなって──────」

 レジットの身体が極彩色の蝶の群体となってわっと飛び立つ。
 それはまるで宙をキャンバスにしたアート。
 刻一刻と変化していく絵が観る者を虜にしてしまうものだった。

「ひゅ、ひゅぇ……こ、これは……!?」

 目論見通り、生粋の科学者である彼女は、見たことも無い新種の存在に心躍らせ放心している。
 一方、蝶となったレジットは時間を稼ぎつつも機械のアームへ鱗粉を振りかけていた。
 特殊なその鱗粉は一瞬にして鉄を酸化させて腐食を引き起こす。

(よし、あとは上手くおびき寄せて……)

 蝶はひらひらと敵の眼前で誘うように踊り、手を伸ばされれば距離を取る。
 そうやって目的地へ移動させると、蝶がフッと姿を消した。

「残念、後ろだよ」
「な、わ、私は何を──────ぎゃぁッ!?」

 彼女が振り返る頃には、天井から落ちて来た機械のアームに押しつぶされていた。

「強い身体も良いけど、小さな生き物だって良いものだろう? それじゃ、さよなら」

 それだけ言い残すと、レジットは蝶となってUFOから逃げだすのであった。

マルグリット・リュミエール

「うぉぉぉ!!!」

 マルグリット・リュミエール(星界の断光者・h07490)は爆走していた。
 なぜなら、一秒でも早くこの事件を解決しなければ恥ずかしくて死にたくなるからである。
 改造の後遺症で羞恥心に対する免疫がゼロになってしまった。
 だからこそ、とにかく意識を戦闘と移動にだけ振り、他のことを一切考えないよう必死だったのだ。

「ここかぁぁぁ!!!」

 真っ赤な顔で扉をなます斬り。
 残骸を蹴破って部屋の中へと突入した。

「お、おやおや……手荒いですねぇ。 ま、まぁ実験体がここまで来れるのは活きの良い証拠ですぅ」
「なにをごちゃごちゃと!! やっと見つけたぞ!! 私を拉致したばかりか散々な目に合わせた罪……ここで断罪してやろう!!!」

 奥にいる白衣の女へと啖呵を切る。
 放送で聞き覚えのある声だ、人違いとうことは無いだろう。
 迷いの無い怒りをぶつける時だ。

「くふふ、そ、それにしても……わ、煩わしい布切れを失くしてくれて感謝ですねぇ。 こ、これで改造しやくすなるというものですぅ」
「ふんっ! それで注意を削ぐつもりか! ここに至るまでに散々見られたからな、この恥ずかしい恰好にも慣れたものよ!」

 本当は全く慣れてなどいない。完全に強がりで見栄を張っているだけである。
 その証拠に、マルグリットの声が羞恥で震えていた。

「故に戦いに支障はない! 我が剣技と貴様の実験で強化された|理力《フォース》の錆にしてくれる、覚悟ッ!」
「お、おっとぉ、そうはいかないですぅ。 こっちも『強化』されてるんですからねぇ」
「なにッ!?」

 ダークセイバーの太刀筋がピタリと止まる。
 いや、止められた。
 怪人化した敵の手により、ガッチリと掴まれているのだ。

「馬鹿なッ!? プラズマを掴むだとッ!?」
「くふふ、わ、私のテンタクランスヘアーなら出来るんですよぉ」
「ヘアー……これが髪だというのかッ!?」

 筋肉質の太い腕だと思われていたそれは、彼女の髪を筋肉繊維のように編み込んだものだったらしい。
 そして、本当の彼女の腕の方はというと、マルグリットのみぞおちへ深くえぐるようなパンチを繰り出していた。

「ガハッ!? く、やるな……なかなかの強敵だ……!!」
「な、なかなかぁ……? くふふふ、お馬鹿さんですねぇ、これこそ最強の肉体ですよぉ!!」

 髪の筋肉繊維を組み替えて巨大な刃へ変えると、マルグリット目掛けて大薙ぎ。
 太刀筋は素人同然であるため、技量差によりなんとか弾いてはいるがこのままでは力押しされて潰されるだろう。

「くぅ……これだけは使いたくなかったが……」
「くふふふ、出し惜しみしてたら殺しちゃいますよぉ!!」
「やむをえん!!

 マルグリットは意を決して身体の内から|理力《フォース》を解き放つ。
 すると、彼女の服が全て弾け飛んでしまった。

「くふっ、防具を自ら捨てるなんて血迷ったんですぅ? それとも恥ずかし過ぎて露出狂に目覚めたんですかねぇ」
「ええい、戯言はこれを喰らってから言え! 暗黒に飲まれろ──────断光のブラックエンド!」

 ダークセイバーの光の刃が何倍にも膨れ上がる。
 受け止めようとしたテンタクランスヘアーは一瞬にして蒸発し、貫通した切っ先が怪人を両断した。

「ぎゃぁぁぁぁぁ!!!」
「いいか、私は決して痴女でも露出狂でもない! 防具は捨てても誇りは捨てん! どのような姿でも私は誇り高い帝国騎士だ!」

 爆風を背景に、丸裸のマルグリットが言い放つのであった。

ホルス・タイン

 普通に生活できればそれで良かった。
 強い身体など別に望んでいなかった。
 ただのホルス・タイン(雄牛🐄・h07665)にとって、今の身体の変化は不必要な進化なのである。

「んもぉぉ」

 ただし、実際にこの牛がそんな悩みで頭を悩ませているわけではない。
 所詮はごく普通の家畜なのである。
 そんな本人はというと気ままに散歩していた。敵に勝利した凱旋も兼ねて気分が良いのだ。
 ルンルンとスキップのような足並みで通路を練り歩く。

「んも?」

 角が痒い。
 成長痛のようなものだろう。
 今も少しづつニョキニョキ伸びているそれが、無性に疼くのだ。

「ぶ、も!」

 どこか丁度良い出っ張りは無いか。
 探しているとすぐに良い感じの所が目に入る。
 長い角先をゴリゴリと押し当て、心地良い振動が脳に響く。

「んもぉ~~」

 これはたまらない。
 うっとりと擦り付けていると、角の先でポチっと変な音がした。
 続けて目の前の壁がシューっとスライドして奥の部屋への出入り口となる。

「ぶも!?」

 警戒して一歩後退ると、部屋の中から声が聞こえて来た。

「よ、ようこそ実験体7665。 と、と言っても、言葉は分からないでしょうがねぇ」

 『人間』の声がする。女の人だ、優しそうである。
 安心して中へ踏み入れると、奥から人影がぬっと姿を現した。

「こ、このままの知能じゃぁ、か、怪人化は難しそうですぅ。 い、一度全部取り出して人間の脳でもいれましょうかねぇ」

 何かペチャクチャと難しいことを言っている。
 そしてソイツの来ているものは真っ白な『白衣』。
 つまりこいつは『医者』だ。『医者』はキライだ。

「も゛ぉ゛!!!」

 ダンッ、と蹄で床を叩き威嚇。
 近付けば容赦はしないと警告だ。
 今日は止めてくれる牧場主もいない。徹底抗戦も辞さない。

「お、おやおや……血の匂いは薬品で落としたはずなんですがねぇ。 野性の勘ってやつなんでしょうかぁ? ま、まぁ、いいですぅ。 ど、どうせ脳ミソ取り出すために頭をカチ割るんですからねぇ!!」

 そう叫ぶと、女の身体がブクブクと膨れ上がる。

「ぶもぉ!?」

 筋肉が盛り上がり、ギチギチとタイツが悲鳴を上げている。
 膨大な熱気が蒸気をと共に吹き出し、威圧感が形となってコチラへ押し寄せて来た。

「ぶるるるッ!!」

 牛は思わず身体を震わせ、鼻にかかる嫌な臭いを一蹴。恐怖になど飲まれるな。
 武者震いを終えると、覚悟決めて跳びかかった。

「ん゛も゛ぉ゛お゛お゛お゛お゛お゛!!」
「お、おっとぉ……ま、まるで闘牛ですねぇ、で、でも心臓を真っ直ぐ狙うのは所詮動物ですぅ。 くふふ、それじゃぁ頭は貰い──────」

 大事な角をガッチリ掴まれ、身動きが取れない。
 だというのに、敵の髪の毛は生き物みたいに蠢いて武器になっていた。
 このままではやられる。

「も゛ぉ゛ッ、ん゛も゛ぉ゛お゛!!!!」

 ならばと四つ脚を一気に蹴り上げて身体を浮かせる。

「な、なにを……!?」

 掴まれていた先っぽは折れたが、身体は自由になった。
 そして飛び上がった勢いも活かしてそのまま空から串刺しにしてやったのだ。

「が、はっ──────」
「も゛っ! ふす~」

 敵の身体から角を抜き、大きく一呼吸。
 勝った。野生の本能がそう告げている。
 折れた角も再生しているようだし、このまま帰るとしよう。
 帰巣本能に任せて、テクテクと駆けだすのであった。

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挿絵イラスト