シナリオ

灰の道

#√EDEN #√ウォーゾーン #病院 #3章受付中 #28日から執筆開始、29日終日まで受付予定

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√EDEN
 #√ウォーゾーン
 #病院
 #3章受付中
 #28日から執筆開始、29日終日まで受付予定

※あなたはタグを編集できません。

 もともと経営が傾いていた武蔵野南病院は、先日の騒ぎによって閉院の危機に追い込まれていた。
 現在もかろうじて運営は続いているものの、事件を受けて他の病院への転院を希望する患者が後を絶たない。
 職員の中にも退職を申し出る者が出始めており、病院内は日を追うごとに人が減っていた。
 閑散とした廊下には足音が虚ろに響き、どこか現実味のない静けさが漂っている。
 騒動の発端となった地下駐車場はロープで封鎖されてはいるものの、それ以上の対応はなされておらず、以来、誰一人として近づこうとしないまま放置されていた。

「で、結局、あのお姉さんって、何者だったわけ?」
 何気なく口を開いた|野分《のわけ》・|時雨《しぐれ》(初嵐・h00536)の言葉に、|矢神《やかみ》・|霊菜《れいな》(氷華・h00124)が応じる。
「まず整理しておきたいのは、彼女は……あくまで手駒だったということよね」
「彼女は√能力者の量産と回収を、誰かに命じられ行ってたってことっすねぇ」
 ガラティン・ブルーセ(贖罪の・h06708)が穏やかに言うも、その顔に浮かぶのは、どこか哀れみにも似た沈痛な色だ。
「病院に入院してた連中の欠落に付け込んで、無理やり能力を引き出してたってワケか……」
 獣のように緇・カナト(hellhound・h02325)が、鋭く目を細める。あの場で感じた悪意は、未だに忘れていない。
「それに……最後、どこかへ逃げようとしてたよねェ?」
「ええ。多分、あの地下のさらに奥……。まだ病院の中に、何かがあるのかもしれないわね」
 霊菜が険しい表情で頷いた。
「まだ、計画が終わってないようなことも言ってたわよね。やっぱり黒幕をつきとめないとダメね」
 とはいっても、逃げた成金男が知っているとも思えないと|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)は嘆息した。
「ここから先は、そいつを引きずり出す仕事ってことだな」
 カナトが静かに告げ、場の空気が再び引き締まるのであった。

 皆さんの活躍のおかげで新たなゾディアック・サインが見えたと、扇を優雅に傾け|煽《あおぎ》・舞(七変化妖小町・h02657)が語る。
「どうやら黒幕は、この展開をある程度想定していたようです。自分の痕跡が残る病院を処分するために、戦力を送り込むつもりのようですね」
 舞の言葉に、場の空気がわずかに張り詰める。
「放っておけば、地下から湧き出す敵に、すべてを塗り潰されてしまう可能性もあります」
 だが、今なら間に合う。敵の動きが本格化する前に、彼らが送り込まれてくる通路を発見できるかもしれないのだ。
「通路の場所は、地下で間違いありません」
 リサが戦いの末に向かおうとしていた先。病院と地下駐車場は構造上つながっており、地下搬送路を経由して、より深部の施設へとアクセスできるようになっていた。
 まだ手つかずの場所といえば、霊安室、薬品・資料倉庫。そして長らく封鎖されてる別館――そこには、臨時処置室の他に滅菌室や病理部、研究室や検査室が数多くあったらしい。
「病院はいま混乱のさなかにあり、夜間の見回りもありません。潜入するには、絶好のタイミングです」
 舞は扇子を胸元で軽く閉じながら、柔らかく告げる。
「まだ少ないとはいえ、病院に残っている人々がいます。彼らを巻き込まないためにも、今のうちに調査をお願いしたいのです」

 そして最後に、彼女は意味深に微笑んだ。
「通路を見つけたら……その先へ進むのか、その場で調べるのかは、皆さん次第。ただ一つ言えるのは――その先に、いくつもの星が瞬いているということです」
 肝試しのような緊張と、どこか妖しい期待をはらみながら――夜の病院。その奥深くへ導いて。
 どうかお気をつけてと、舞は扇を静かに閉じた。

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 冒険 『事件があった病院の再調査』


水垣・シズク
如月・縁
緇・カナト
ガラティン・ブルーセ

●深夜病棟
 夜の病院は、息をひそめるように静まり返っていた。
 侵入口とされた地下駐車場は、今も封鎖ロープが張られたままだったが、そこを越える者たちの足取りに迷いはない。地上の喧騒を離れ、コンクリートの冷気が肌にまとわりつく闇の奥へと、彼らは進んでいく。
「夜は静かでいいよね。こういう時は、耳が利く」
 中に秘める狼故か、緇・カナト(hellhound・h02325)が笑みとも嗤いともつかない顔で呟く。獣のように鼻を利かせ、周囲の空気を舐めるように味わっていた。
「何か妙……というか、きな臭い感じになってきましたね。外から情報収拾しているつもりだったのですが、√ウォーゾーンが関わっているらしいですね」
 ならば確定ではないとはいえ、探りくらいは入れておきたいと水垣・シズク(機々怪々を解く・h00589)は、周囲を見回した。
 老朽化もそうだが、先の戦闘でヒビや傷の入った地面はそのまま放置されていて、見るからにボロボロな、ただの√EDENの病院だ。
 緊急灯の赤い光が頼りなく明滅し、薄暗い廊下に足音がこだまする。
「病院にて√能力者の量産と回収〜、欠落が多く有りやすい所なのでしょうけれども、何とも言えない気分っすよねぇ」
 そっと院内へと踏み入れたガラティン・ブルーセ(贖罪の・h06708)が、天井を仰ぎ、通路を見回す。剥がれかけた案内板、薄く黄ばんだカーテン、使われていない車椅子が壁際に無造作に寄せられていた。
 話に聞いていた通り、院内は人気がなくガランとしていて不気味だ。まるで今しがたまで誰かがいたような生活の痕跡と、もう誰もいないという静寂が、絶妙な不協和を奏でている。
「……まぁ、引き続き〜秘密の地下を調査致しましょう。実際に実験的な事を行ってたのは
本館地下の方でしょうかね」
|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)わずかに肩をすくめて前に出る。足元のタイルがわずかに軋み、埃が舞い上がった。
「いよいよこの病院の核心に進めるでしょうか。進路はそうですね……本館地下の霊安室・薬品資料倉庫からにしましょうか」
 霊安室──その言葉の響きに、ざわりと空気が揺らめく。消毒薬の残り香と混ざった、鉄とカビの匂い。
 冷たく乾いた空間。かつて死を迎えた者たちが最後に横たわったその場所に、今はもう遺体の姿はなかった。だが、そこに残る死の記憶は、消えたわけではない。薄闇の中、シズクの撒いた怪異ドローンがぴたりと天井に張り付いて、何かを探るように動く。
「まだ温度が妙に保たれてますね……ご遺体が撤去されて日が浅い? それとも、何か別の用途が……」
 シズクの金色の瞳が細められる。彼女の指示で、ドローンが奥の冷蔵ロッカーを一つずつ確認していく。
 空っぽ。空っぽ。空っぽ……。だが一つだけ、微かに湿度と匂いが違っていた。
「これは……生理食塩水?」
 カナトが残る微かな臭いを嗅ぎ取る。人体を保存するための溶液、だがこれはエンバーミングで使うものとは明らかに違う。
 保存ではなく、再使用の為。そんな嫌な予感が頭を過った。

 薬品・資料倉庫では、棚という棚にラベルがびっしりと貼られ、異常なまでの薬品が分類されていた。
 閉院目前の病院にしては、やけに物資が充実し整っている。しかも新しいものも少なくない。
「調剤記録、ここ……一年以内のものですね。購入履歴は不自然に消えてるけど、薬は明らかに増えていますね」
 縁が資料の束をひらりと抜き取る。酔いどれ女神らしからぬ真面目な横顔が、沈黙の中に浮かび上がった。
「これ、治療じゃなくて、維持のために使ってたようだねェ。しかも、人に普通は投与しない薬まで混ざってるようだねェ」
 縁が溜息を零し、ガラティンは辺りに視線を巡らし、インビシブルの姿を探した。
「……ヒトを壊すのも、造り変えてしまうのも容易い。不死の兵隊でも、生みだすつもりだったのか……」
「やっぱり、別√との繋がりが怪しいのは、閉鎖されていた別館側っすかね……? 君たち、そこで一体何があったんすかね」
 今にも消えそうなほど朧げなインビシブルたちが、霊安室を飛び出し、通路の奥へと消えていった。
 その先は、別館。
「しかし、まぁ……病院ごと壊せば消せるような証拠って、どんなモノなんでしょうねぇ」
「やっぱ、別館も調べる必要があるか……気は進まないが……」
 カナトが先に立ち、暗闇にぼんやりと浮かぶ本館から、冷たく凍えた空気の中をゆっくりと進んでいく。
 両側を枯れかけた灌木とコンクリ片が埋める細道。踏みしめるたび、灰色の塵が靴の下で静かに舞い上がり、呼吸すれば肺の奥に残滓がまとわりつくようだ。
 その様子は、まるで生の気配がすっかり失われた死地であるかのように。
 それはかつて誰かがここを通った痕跡であり、あるいはこの病院に還るべき者たちが、最期に踏みしめた道だったのかもしれない。
 先にある別館は、今や灰の墓標のように静かに待ちうけ、大きく暗い口を開いており人気は全くない。
「少し様子を見ましょうか」
 縁の開かれた掌より、花びらが風にそよぐようにヒラヒラと舞い、透明に……|透光の花《クリアフラワー》は宙へと消え別館の中へと散っていく。
「……どうやら、近くに敵はいなさそうですね」
 真っ暗な別館地下の廊下を、手元の灯りだけを頼りに、一同は先へと進む。
 ホコリとカビの臭いが鼻を突き、床のタイルは剥がれ、壁の配線はむき出し。臨時処置室は乱雑なまま放置され、滅菌室に至っては機器の大半が錆び、沈黙を保っていた。
 だが――病理部の奥、隔離室の前に辿り着いた一同は、そこで足を止め、違和感を覚えた。
 隔離室へと続く扉。そこだけは、妙に整備されており、前に立った瞬間、空気が変わった。
「電源、生きてる? ここだけ?」
 シズクが眉をひそめながらも厳重な電子ロックの開錠を試みる。
 不気味なまでに整備された状態で、隔離室の重い扉が、冷たい青い光を放っていた。
「普通、電気止めますよね。封鎖されてるなら尚更」
 壁際にまだ灯るパネルを見て、縁が肩をすくめる。
「だけど、正解みたいっす。ここに、あのお人形さんが出入りしてたって、この人が言ってるっすよ」
 ガラティンのゴーストトークに応じて姿を取り戻したインビシブルは、青年の姿をとっていた。パイロットスーツのような奇妙な服をまとい、見慣れない服装だ。
 開け方を尋ねれば、青年はわずかに頷き。彼に言われた通りパネルを押すと、重々しい音を立てて扉がスライドする。
 その先に続く薄暗い通路へと、一歩踏み込んだ瞬間、彼らは超えた。
 先ほどまでの病院とは違い、無機質な壁が延々と続いている。
 照明は切れているはずなのに、足元だけを照らすように、どこからか青白い光がかすかに漏れていた。
 無音。けれど、確かに何かがいる気配。
 静寂を破ったのは、シズクのドローンが発した警戒音だった。
「奥に何かあるようです。これは……大きな機械、でしょうか?」
 誰ともなく、息をひそめて先を見据える。
 だが、ここまで来たなら進むしかない。

 通路の先で待っていたのは、円形の広間であった。
 ぐるりと取り囲むように、格子付きの小部屋が何十も並び、そのひとつひとつに、薄暗い影が居た。
「√ウォーゾーンですね」
 見間違えるはずがなかった。その異様な光景に、シズクは確信を込めて呟いた。
「これ……収容所っすね」
 ガラティンの沈痛な声が漏れた。格子の中に居るのは生きた人間。
 カナトが低く唸るように言った。
「この病院の地下は、この収容所と繋がっていたってのか。√WZには生命を永遠にする機構が如何のという派閥もあったか……本当に何処の世界も……胸糞悪いコトばかりで」
 想像はつく。ここに集められた人間も、恐らく病院で消えたものと同じ――。
「だ、れ? 機械じゃない?」
 弱々しく尋ねる声に、一同は不安そうに格子の向こうから、いくつもの目がこちらを見つめるのであった。

第2章 冒険 『強制収容所の一般人との接触』


●囚われの声
 √能力者たちが足を踏み入れた瞬間、重たい沈黙が広間を包み込んだ。
 ただの静寂ではない。呼吸すら押し殺すような、異様なまでに張り詰めた空気。
 その気配に呼応するように、格子の中に潜む影たちが一斉に動いた。
 瞬く間に、膝をつき、額を床に擦りつける。恐怖に震えながら。
 それは、自らの意思ではない。怯え、従属を強いられ、思考を削り取られた果ての、反射的な動作だった。
「……だ、れ? 機械じゃない?」
 小さな少女のか細い声が、沈黙の中に零れた。
 だがその行動は禁じられていた。すぐさま隣の大人が彼女の口を塞ぎ、顔を強張らせる。
 何かが狂い、何かが逸れた。その瞬間、格子の向こうから不安に満ちた視線が一斉にこちらに向けられた。
 次に起こることを、誰もが息を詰めて待っている。
 その身体は瘦せ細り、骨ばった腕と瞳だけが辛うじて生を示していた。
 長く、まともな食事すら与えられていないのだろう。
 この病院の地下と繋がった場所で、囚われていた彼らなら、事件の真相に繋がる何かを知っているかもしれない。
 まずは、接触する必要があるだろう。
 食事や飲み物を与え、優しい声をかけ、安心させることができれば……。
 あるいは、怯えきったその心の奥に眠る情報を引き出せるかもしれない。
 きっと、ここはただの収容所ではないはずだ――。
如月・縁
水垣・シズク
ガラティン・ブルーセ
緇・カナト

●格子の向こう
「ひどい、皆さんあんなにやせ細って……」
 大丈夫ですか、と|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)は、格子へとそっと歩を進める。静かにしゃがみ、囚われた人々に目線を合わせようとするその表情は、どこまでも穏やかだった。
 格子の奥では、俯いて座り込む者、壁にもたれ力なく瞬きを繰り返す者、生気を削られた影のような人々が、かすかな物音にすら肩を震わせていた。
「収容所か……病院の地下がこんなとこに繋がってるとはな。気分の悪くなる光景だ……命を一体何だと思っているんだろうな、連中は……」
 中央に据えられた無機質な機械装置を睨むように見つめながら、緇・カナト(hellhound・h02325)は低く言葉を落とした。そのまなざしは、冷たい構造物と、それに囲われた人々の惨状をまっすぐに捉えている。
「初対面の人から怪しまれがちなんで、やや不安ですが、こればっかりは誠意を尽くすしかないでしょうねー」
 沈黙を和らげるように、水垣・シズク(機々怪々を解く・h00589)が、明るさを少しだけ含んだ声で口を開いた。
「食事、飲み物。んー……カーゴを持ち込めていれば違ったんですが、今だと自分用の水くらいしかありませんね」
「なら……一度病院に引き返して……飲料水でも持って来ましょうかね。人数分の食料までは難しいにせよ……」
 ガラティン・ブルーセ(贖罪の・h06708)が静かに一歩踏み出し、仲間たちを見回しながら言う。
「……落ち着いて話を聞くためには、まず、オレたちが敵でも害するものでもないってことを示さないと。……例え偽善だと思われようとも、ね」
 その視線は、格子の向こうにいる、明らかに人間として扱われていない人々へと向いていた。その表情に滲むのは、怒りでも哀れみでもなく、どうにかして救いたいという、静かな決意だった。
 その想いは、ここにいる誰もが共有している。
「とりあえずこれはあげるとして、少し時間はかかりますが、外のドローンに運び込ませましょう。何本か追加できるはずです」
 シズクがそう言って、戻っていくガラティンの背を一瞬見送り、再び格子の前に向き直る。彼女は慎重な手つきで、水のボトルをゆっくりと差し出した。
 すると、囚人たちのひとりが、おずおずと顔を上げる。
 それは恐怖だけに支配された表情ではなく、かすかに希望の色が宿り始めた瞳だった。
 その様子を見届けて、縁も静かにしゃがみ込み、震える少女の前へと手を差し出す。彼女の指先には、淡く光を宿す小さな羽根が乗っていた。それは、病的なまでに沈んだ空間に、わずかな暖かさを灯す光だった。
「……はじめまして。わたしは如月縁と申します。|これ《羽根》はお近づきの印です。安心してください。危害を加えるつもりはありません。こんな酷い事……できればすぐにでも皆さんを助けたいのですが……」
 縁の声は、まるで月明かりのように柔らかく、優しく響いた――けれどその語尾には、かすかな翳りがあった。
 ここが本当に安全な場所なのか、それすら確かではないからだ。
 周囲では、透き通るような不可視の花弁――縁の|透光の花《クリアフラワー》が、そっと舞いながら警戒を続けていた。
 同じく、カナトの|黄昏《アルタール》によって召喚された墓守霊チャーチグリムが、物言わぬ影のように静かに控えている。
 少女の震える指先が、ためらいながらもゆっくりと羽根へと伸びていく。その隣で緊張しきっていた大人たちも、縁の言葉と所作に反応するように、徐々に警戒の色を解いていく。戸惑いながらも、彼女へと視線を向けるその瞳には、確かに揺れる何かがあった
「わたしは、皆さんを助けたくてここに来たの。教えてくれませんか……なぜ、こ
こに?」
 少女は唇を噛み、そっと顔を伏せた。
 代わりに、奥にいた中年の男が静かに口を開く。
「さあな。前にいた施設とはまったく違う……俺は、どうやら選ばれてここに連れて来られたらしいが、理由は分からねぇ。誰にもな」
 その言葉に、シズクが一歩だけ前へ出る。
「選ばれたとは……どういう意味でしょうか? 何か、視察者や決定権を持つ存在がいるんですか?」
 戦闘機械の一派閥か、それに力を貸す√EDENの能力者か。あるいは、それらを越えて√を渡り歩く、もっと巨大な何かか――。
 シズクは浮かんだ言葉をのみ込みながら、目の前の現実に向き合う。
 きっと彼らには、そんなことは分からないだろう。何せ、ここは、√ウォーゾーンなのだから。
「いるらしい、視察に来るヤツが何人かいるってな。でも、俺たちは顔も見たことねぇし……話をすることも許されてねえ」
 そこで男はふと、声を落とした。
「でも、妙なんだ……」
 「妙とは?」とシズクが問い返すと、男は少し間を置いて続ける。
「お偉いさんの中に、人間の女がいたって……そう言ってたやつがいたんだ。ただ、詳しいことは分からねえ」
「それは……学生服を着てた?」
 そう尋ねると、男は首を横に振る。
 代わりに、隣にいた女性がかすかな声で答えた。
「……分からないの。その人がそう言ってたけど……でも、もういないから……」
 女性の声は、語尾が小さく震えていた。
「出ていった者は、戻ってこないのか?」
 カナトが低く問いかけると、女性はわずかに頷き、ぽつりと答えた。
「連れていかれたの……」
 その指先が、かすかに震えながら向けられたのは――カナトたちが辿ってきた、病院と繋がるあの通路だった。
「……実験に送られたのね」
 縁が静かに呟く。その声には、言葉にするにはあまりにも重い現実を、そっと包み込むような哀しみが滲んでいた。
 そこへ、ガラティンが、ドローンと共に水の入ったボトルなどを運び、戻ってきた。
「これ、水っす。全員分は無理だけど、分け合えば何とかなるかな」
 差し出されたボトルを、何人かが恐る恐る受け取る。中には、ごくりと喉を鳴らしただけで涙を流す者もいた。
「……飲まず食わずで、こんな場所に何日も人間を放置したら、さすがに餓死しちゃいますよね? 皆さんは、いつ頃からここに……」
 問いかけに返ってきたのは、苦笑混じりの男の声だった。
「なに贅沢言ってやがる。人間、数日くらい喰わなくても死にゃしねえよ。……まあ、この施設は数日おきに、最低限の食料を投げ込んでくるだけマシだがな」
 そう言って、男は皮肉げに笑って見せた。ここへ来て初めての、乾いた笑いだった。
 収容されていた人々の様子にも、わずかに落ち着きが戻りつつある。そんな気配を感じながら、カナトは改めて口を開く。
 声音をできるだけ丁寧に、落ち着いたものへと整えて。
「覚えている範囲でいい。この場所へどうやって連れて来られたんだ? ほかに出入りできる場所があるのか?」
 一瞬、沈黙が流れる。
 だがしばらくして、やや離れた格子の中から、老爺が静かに腕を上げ、反対側の通路を指差した。
 その指の先。それは、カナトたちが来た方向とは別の出口。
 おそらく、√ウォーゾーンのどこかへと繋がっているのだろう。
 その様子を見て、シズクは軽く頷いた。推測が当たっていたようだ。
「あまり騒ぎすぎない方が良さそうっすけど……定期的に巡回してる機械とか、いそうっすよね」
 ガラティンが辺りを見回しながら言葉を継ぐ。
「ここって……一時的な収容場所なんですかね? それとも、もっと遠くへ、別の場所に連れて行かれる途中だったり……」
 少しずつではあるが、状況の輪郭が見え始めていた。
 ――そのときだった。
「……来ます!」
 縁の放っていた花弁が、微かに震えた。
 風に揺れるように漂っていたそれに、何かが触れたのだ。
 音はない。けれど、嫌な気配だけが濃密に満ちていく。
 それは宙を這うように進む、巨大なクリオネのような、どこかで設計を誤った生物兵器のなりそこないのようにも見える――半電子生命体『クリプトワーム『Cetus』』。
 病院へ向かって、一直線に突き進んでくる。
 これこそが、事前に予知されていた襲撃者。
 もしここで食い止められなければ、病院はきっと、予知のとおり破壊されてしまうだろう。
 その異形の姿に、囚われた人々は怯え、声を上げ、檻の中で身を縮めた。
 こちらに気づいた一体が襲いかかってくる。
 その瞬間、カナトの墓守霊チャーチグリムが動いた。
 影のように跳ね、迫り来る個体を強かに叩き落とす。
 同時に、√能力者たちは一斉に身構えた。
 この場所には、まだ檻の中で逃げられない人々が大勢いる。
 彼らを守りながら戦うほかに、道はない。助け出そうと思うなら、安全を確保してからだ。
「皆さん、出来るだけ下がって!」
 縁がそう叫ぶと、新たな花弁が、光を帯びて空へと舞い上がった。

第3章 集団戦 『クリプトワーム『Cetus』』


水垣・シズク
如月・縁
緇・カナト
ガラティン・ブルーセ

●静かなる侵蝕
 光が舞う中、奥の通路から次々と蠢く影が現れた。
 有機的な液晶のような輝きを纏い、『クリプトワーム『Cetus』』の群れが、うねるように宙を漂いながら、この場へとなだれ込もうとしていた。
 半電子生命体である彼らは、病院の破壊を目的に何者かによって差し向けられた襲撃者に他ならない。
「わぁ、なんでしょうね。あのクリオネみたいなやつ……機械兵だけかと思ったら、√ウォーゾーンもなかなか不思議なところ〜」
 ガラティン・ブルーセ(贖罪の・h06708)が軽い調子で口を開くと、傍らの水垣・シズク(機々怪々を解く・h00589)がその声に反応して静かに視線を上げた。
「んー……ああ、なるほど。確かに、情報の抹消にはこれ以上ない選択ですね。てっきり、物理的に破壊しに来るのかと思ってましたが……そう来ましたか」
 細められた金の瞳が、群れを冷静に見据える。
 クリオネや魚のように、宙を自在に泳ぐその姿。
 それはどこか虫にも似ており、ワームと称される理由を、嫌でも納得させられる異様な光景だった。
 一体でも病院内に侵入させてしまえば、その箇所を起点に爆発的な増殖を開始し、瞬く間にすべてを侵食し、壊してしまう――まさに電子のウイルスとも呼ぶべき存在。
「……数が多い。機械兵でも病院に襲撃させンのかと思ったら、浮遊する生物兵器系なのがまた面倒だな」
 緇・カナト(hellhound・h02325)の声が冴え、冷えた音を帯びた。
「通路を塞ぐ――添う影、闇がり、綴られし記銘を遂行せよ」
 飛び出すように意思を持った影業Luckが、カナトと融合し、その手に大鎌として形を成し、敵群へと飛び出していく。
「戦いにくい相手ですねー。私は手数で削りましょうか、逃すわけにはいきませんから」
 多分、収容されてる方々も情報源として見做されてるでしょうしと視線を向ければ、そちらには|酒精女神の槍《アテナ》を手に、|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)が微笑む。
「……やることは多いけど、仲間と一緒に確実にこなしましょう。仲間に、囚われの皆さんにどうか加護を――」
 縁の祈りが広がる中、カナトが振るう|執行・壱《エグゼキュターワン》が、ワームの群れを断ち切るように振り下ろされる。
 逃れようと蠢くワームを、大鎌を振るい生じた空間のひずみが、迫るワームを重力の渦へと引き寄せ。
 一瞬後、斬撃。濁流のような影の刃が、三体のワームを呑み込んで裂いた。
 だが、裂いたワームの一体が、突如バチバチと音を弾け、白い火花を散らしヒレのような身体を開いた。
 電磁ジャミングによる妨害。
 斬撃が届き斬る直前、攻撃が僅かに逸される。まるで、肉眼では捉えきれぬノイズのように。
「ッ……!」
 カナトが顔をしかめたその直後、別の個体が足元から突き上げるように襲いかかった。
「掛けまくも畏き天目の~……」
 刹那、シズクの右目でCu-Uchilの瞳が輝き、|神楽舞《カグラマイ》|『迎眼』《ムカイマナコ》の支配領域が広がり熱線がワームを薙ぎ払い焼く。
 見えざる気配すら見通すその視界において、彼女の攻撃は必中。
 薙ぎ払われたワームが、悲鳴のような電波音を迸らせ、肉体を泡立つように震わせた。
 次の瞬間、裂けた体表から細かな生肉片ともつかぬ欠片が、血飛沫のように四方へ飛散する。
 それらは、地面に落ちることもなく、しぶきのように壁や天井へと叩きつけられ、まるでそれ自体に意思が宿っているかのように蠢き建物の隙間や配線の陰に潜り込んでいく。
 そして、始まる。壁の中、床下、通気口、果ては監視カメラの基部や自動扉の隙間から。
 潜り込んだ微細な彼らの肉片のようなものが脈打ち、徐々に膨らみ、ざらついた新たなワームの外殻が生まれ始める。
 まるでこの空間そのものが感染し、繁殖の巣となっていくかのように。
 更に数を増していくワームの姿に、檻の中から悲鳴が上がる。
「危ないわ、下がって!」
 囚われたままの彼らに近づけまいと、間に割って入った縁が、|舞踏環《ワルツ》
のステップと共に、|酒精女神の槍《アテナ》を手に宙を舞う。
 大きく弧を描くよう一閃。湧き出してきたところを一気に刈り取る。
「皆さん、なるべく一箇所に固まって。この戦いが終わったら避難しますから、心づもりを……」
 囚われてる人々に優しく声を掛けながら、縁はガラティンが届けてくれた追加の水を彼らに渡す。
「道は…仲間がきっと拓いてくれます。」
 そう言って微笑むその顔の奥には、揺るがぬ意志と責任感が確かに宿っていた。
 一瞬、注意が収容者の方へと向いたその隙を突くように、通路の奥から3体のワームがすり抜け、音もなく宙を滑り、まっすぐ病院のほうへと向かっていった。
「病院通せんぼな番人役は、ガランちゃんにお任せあれ。ここから先は通しませんよ」
 銀の瞳が光を帯び、煌剣Galatynが解き放たれる。
「煌剣抜剣、|虹端煌々《エクスカリバー・ガラティン》。喰らいやがりませッ……!
 二連の斬撃が、周囲に殺到してこようとするワームを巻き込み薙ぎ払う。
 爆ぜる火花と共に、重なる斬撃がワームの神経核を的確に断ち切り、更に周囲に顔を出しかけていた個体を巻き込み消滅させた。
「カッタイ機械よりはマシなようですが、数多いのも面倒ですね〜。まとめてきてもいいっすよ」
 静かに、だが挑発的に問いかける。
 無数の剣閃が放たれ、幾つものワームの断末魔の声があがった。それこそ、増殖する暇を与えず。
 やがて、最後の一体が、断末魔のような電波音を発しながら床に崩れ落ちる。
 戦いは、ひとまず終わった。
「……っは。これだけ準備を整えていたってことは、黒幕は相当用心深いんだろうな」
 カナトは大鎌を地面に突き立て、影へと戻すと、荒い息を整える。
「なんの為の√能力者だと云うのか……都合よく造られるための存在等ではない……」
 あの病院で行われていたことは、この場所に収容されている人達は。√能力者は人の都合で生み出していいようなものでないと。
 彼が戦う理由は、誰かに決められたものではない。
 取り戻したいものがある。守りたいものがある。――日々の中で、大切だと信じたもののために。
 そのすべてを、自らの意志で選び取った結果として、今この戦場に立っているのだ。
 縁は舞うように足を踏み出し、手にした槍を振るう。
 青い光が一閃。格子の一部が音もなく崩れ落ち、閉ざされていた檻が静かに開かれた。
「皆さん、もう大丈夫。ここから出てきてください」
 縁の呼びかけに、中にいた人々は怯えながらも、一人、また一人と外へと踏み出していく。
 彼らの目は、どこか機械を警戒するように周囲を見回しつつも、ようやくこの閉ざされた施設から解放された安堵を滲ませていた。
 縁は幼い子どもには手を差し伸べて檻の外へと導きながら、同時に、注意深く彼らの身体や服装に視線を走らせる。
 もしかしたら、選ばれた印や特徴があるかもしれない……。
 だが目立った異変や共通点は見当たらなかった。
 おそらくは、外見では判断できない何か。√EDENの病院でも見られた、患者たちの√能力者化と同じ、何らかの条件があるのかもしれないが、見た限りは分からない。
「しかし……いったい誰が、これを仕掛けたんでしょうね」
 ガラティンが呟く。その眼差しは、すでに崩壊が始まりつつある病院の方角を見据えていた。
 様子を見る限り、最初から病院を襲撃させる計画が、緻密に立てられていたように思える。
「情報源の消去、被験者の選別、そして病院への潜入……全部、“誰か”の強い意志が感じられるんすよね」
 ガラティンの言葉には確かな違和感と疑念がにじむ。
「……人間の女、だったか」
 収容者たちが口にしていた、不審な人物。それがこの一連の黒幕だとすれば、彼女はどこに潜み、何を目的として人を集め、実験を繰り返していたのか。
「しかも、√を跨いでって……かなり大がかりよね」
 縁が静かにつぶやいた。
 まだ断片的な情報しかなく、全貌はつかめていない。他の√EDENの病院では、果たして何かが掴めただろうか……。
 戦いは終わった。しかし、闇の奥ではなお静かに――確かに、何かが動き続けていた。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト