祠を壊してはいけません!
●√妖怪百鬼夜行のとある山奥
その山にはぽつんと小さな祠があった。
何が祀られているかも、誰が祀ったかも、いつ建てられたかも分からない小さな祠。
しかし、近くにある村の人々は口を揃えて言う。
「あの祠には、決して近寄ってはならぬ」
と――。
しかし、同時にこの村を含めた周囲一帯の空気は重く濁り、この地によからぬものが封印され、その封印から漏れ出した呪いによって汚染されていることは誰の目にも明らかだった。
この地を救うためには、封印されていたよからぬものを祓う必要がある。今それができるのは――。
●どこかの√にある祠の前
「ってなわけで祠の調査だ!」
小さな祠の前で、|陰地・道祖土《おんじ・さいど》(俺に|守れない《壊せない》祠はない!・h04222)はそう叫んだ。
おいおい祠の前で祠の調査とか物騒なことを言ってんじゃねえ、こういうのは大抵壊れるんだよ! という声が聞こえた気がしないでもないが、道祖土は気にせず続ける。
「√妖怪百鬼夜行のとある村の近くに祠があるんだが、その祠を調べてほしい」
「いや待て話が分からん!」
祠に集まった√能力者たちは口々にそう言うが、そもそもの話一体どうやってここまで来たのか……という疑問もある。
気が付けば引き寄せられるようにこの祠の前まで来て、道祖土の演説を聞かさせられる羽目に遭ったのだが、それはそうとして、目の前の祠……なんか壊し甲斐がありそうだなぁ……などと思っていた。
「だってさ、オレの呼びかけに応えてここに来たってことはお前ら、祠壊したいんだろ? だがこの祠は駄目だ、俺が|守る《壊す》からな!」
「壊すって言っちゃってるよこの人!」
√能力者の1人が叫ぶが、道祖土は「オレ、なんか変なこと言ったか?」と首をかしげている。
「まぁとにかく話を聞いてくれや。この村、ヤバいものに憑かれている。で、お前らにはこの村の呪いを突き止めて、可能なら祓ってほしい」
道祖土の説明に、呼び寄せられた√能力者たちはほっと息をつく。
なんだ、ただの調査で、ヤバいものがいたら祓うだけか、と安心する。それならまだぬるい仕事の方だろう。
「まー、オレの見立てではあの村周辺を呪っているのは『鬼獄卒『石蕗中将』』じゃねえかって思ってんだが、他にも色々いるかもしれん。まぁお前らなら何とかなるだろ」
んじゃ、頑張ってきてくれやー、と道祖土はひらひらと手を振る。
顔つきは誠実そうなのに言動はネジが10本くらい吹き飛んだようなもの。
「ああそうそう、一つ言っておくがな。くれぐれも祠を壊すなよ? いいな? 祠を壊すなよ? 絶対に壊すなよ!?」
(……それ、フラグ……)
大丈夫だろうか……と思いつつも、呼び寄せられた√能力者たちは祠を|調べる《壊す》ために移動を始めるのだった……。
第1章 冒険 『古妖の呪い』

寂れた限界集落ともいえるその村にも全く来訪者がないわけではない。
澱んだ大地を踏みして、村に踏み込んだのは二人の男だった。
白虎の耳と尻尾を揺らす|真弓・和虎《まゆみ・かずとら》(この手に護れるモノなど無く・h03578)と灰色の髪から覗くこれまた灰色の瞳を鋭く光らせたコレクタ・シューシュー(昼は警官、夜は店主な付喪神・h03395)、この二人は祠クラッシャーを名乗る星詠みに導かれた際に初めて顔を合わせ、旅は道連れとばかりに村へ足を運んだが、調査自体はそれぞれ自分の得意分野で、と顔を合わせ、後で調査の結果を報告しあおうと別れた。
「よっしゃあ、祠の調査だー!」
さて単独行動だ、となった瞬間、和虎は村人に気づかれないように小さくガッツポーズをとった。
祠の調査とはなかなかタイムリーな依頼、最近は祠壊しなる行為が流行しているらしいが、祠とは本来何かしらを祀っているもので、壊せば何が起こるか分からない。
実際、今回もこの地を呪う何かを祓う方法を探す一環で祠を探し出して調査する、というものであったがそんなもの祠を壊して出てきたものをぶちのめせばいいのでは、と和虎は何となく思っていた。
「調査くらいで壊れんなら、祠の気合いが足りねーんだよ、気合いが。経年劣化?……気合いで経年劣化も我慢しろ! って、実際、祠に気合いを問うても仕方ねーしな」
そんな暴論を呟きながら、和虎が歩いているとコレクタがよれた警察服を着て歩いているのが見えた。
「ふむ……」
なるほど、と何かに気づいたところで、和虎は村人を発見、声をかけた。
「あんた、どこから来たんじゃ?」
その問いを適当にはぐらかし、当たり障りのない世間話をする。
ここで一発目から祠のことを聞けば村人は警戒する、と判断してのことだったが、和虎の読み通り、村人は滅多に来ないよそ者に警戒しつつも世間話に乗り、「この村から早く立ち去りなされ」と警告して去っていく。
それを注意深く観察し、村人の姿も、周囲に人の姿も見えなくなったとき、和虎は『リアルタイムどろんチェンジ』でその村人の姿へと変身した。
よそ者の姿では警戒される。しかし、村人同士なら?
もちろん、この村人が村八分されているような住人であれば大失敗だが、幸いにもそんなことはなく、しばらく歩き回り、何人かの村人と「なんか最近調子悪いなあ」など他愛のない世間話を繰り返して村の様子を把握していく。
その際にしっかり村の各配置などもマッピングしておき、地理関係などもある程度把握したところで和虎は村人から「村長がお巡りさんと話するから村人全員を集めている」と声をかけられた。
ああ、すぐに行く、と和虎はさりげなく村人から離れ、誰もいないところで元の姿に戻る。
「あのコレクタっておっさんもなかなかやるなあ」
遠くから広場を見ると、コレクタが警察手帳を手に、集まった村人に声をかけていた。
「皆さん、よく集まりました。それでは集めたお宝、ご覧あれ」
コレクタがそう言った次の瞬間、その姿が価値を内包する土蔵へと変化する。
√能力『|愛蔵・死蔵・蔵出しお披露目《アイゾウ・シゾウ・クラダシオヒロメ》』、この能力はなんと相手をお宝で魅了してしまうというもの。
それによって、村人の目の色が変わり、お宝に対してメロメロになってしまう。
どうやら魅了は村人の、この土地からかかる呪いを上書きしてしまったようだが、村人たちはお宝欲しさにコレクタに情報提供すると好意的にすり寄っていく。
「……うわ、流石汚職警官」
そんなことを呟きながら和虎が眺めていると、村人はコレクタに祠と呪いについて詳しく説明しているようだった。
これはあとで詳しく聞かなくては、と和虎はその場を離れ、遠くから聞こえてきた村人の言葉から推測した祠へと向かった。
薄汚れた祠を前に、ここへ来る道のりの呪いの濃淡などを思い返し、メモに残す。
そうするうちに村人を解放したコレクタも祠に到着、和虎を見た。
「どうだ、警官はこういう時に便利だべ。素直に言うことを聞いてもらえる」
そんなことを言いながら、コレクタは祠を調べる、
「うむ、祠の呪いと村人のつながりは切れてるべ。これで祠が壊れても村人への影響は最小限に抑えられるべか」
「おっさんの能力、すごいな。でも村人はお宝欲しそうにしていたよな?」
だべ、とコレクタが頷く。
「村人は守るけどお宝収集の邪魔はしないでほしいべ」
そう言いながら、コレクタは腰に付けた「囁く無線機」に耳を傾ける。
「無線機のヒントはよ~く聞くべ」
ザザッ、と無線機がノイズを鳴らす。
『祠を壊してもすぐに呪いの元凶を叩けば被害は最小限』
そんな言葉が無線機から響き、和虎とコレクタは顔を見合わせた。
「祠を壊しても、って……」
「壊すなって言われてるべ」
さて、祠は壊すべきか否か。
どうしても、迷うところである。
「という訳で祠の調査よ!」
祠を壊したくてうずうずしていた星詠みに頼まれたならやるしかない。
そう、|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B
》(平凡な自称妖怪(怪人見習い)・h03259)は元気いっぱいに声を上げた。
調査と言えば地道な作業の積み重ねと聞いたことがあるアリスはその言葉に倣い、地道に聞き込みを行うことにした。
下手に奇をてらって村人に警戒されるよりは真摯に向き合い、過去の事例に倣った方がはるかにうまくいく。
それなら、とアリスは野生の勘を働かせた。
過去の事例から状況を調べるなら、祠を壊した人間を探せばいい。この日本には2005人はうっかり祠を壊してしまう、しまった系の子供がいるし、それに対して「お前たち! あの祠を壊したんか!?」と叫ぶ事情通の古老が334人はいる。
これだけ祠を壊したり祠の事情に詳しい人間がいるのならいわくつきのこの村にも一人や二人、そういう人間がいてもおかしくないだろう。いや、むしろ既に誰かが壊していてその呪いが漏れ出している可能性も――。
「いや? 祠は壊れとらんが?」
アリスのその期待は村人の言葉にあっけなく打ち砕かれる。
「え? まだ壊れていない?」
そんな馬鹿な、とアリスは呟く。
祠が壊れていればもっと|大変な《楽しい》ことになっていたのに……と思うものの、それでも「まだ」壊れていないだけである。これから|壊せばいい《・・・・・》のである。
祠について色々村人に尋ねていくうち、アリスは噂話で立ち入り禁止になっている場所の話を耳にした。
どうやらそこは立ち入り禁止にもかかわらず、村の子供がイケナイ遊び場にしているらしいという情報に、アリスはうふふ、と笑みをこぼす。
それなら、そこに行ってみようじゃありませんか。
引き続き、野生の勘を働かせて周囲を窺うと、一人の悪そうな子供がきょろきょろと辺りを見回し、人気のないところに入っていこうとするのが見えた。
立ち入り禁止の場所はよそ者だからと教えてもらえなかったが、これはきっとその場所へ行ってくれるだろう。
自分の視力の良さを誰にするでもなく自慢しながら進んでいくうち、子供は薄暗い場所へと入っていく。
大丈夫、明かりがなくても|暗視《夜目》は利く。大した問題にもならず、アリスは子供に見つからないように後を追い続けた。
やがて、アリスは一つの祠の前に到着する。
そこには既に先着がいたが、どうやら彼らもこの祠を調査すべくやってきたようだった。
調査をするにはまず現地人との交流が必要。しかしこのような閉鎖的な場所では外の人間は敬遠される傾向にある。
それならば、と|上原・愛理《かみはら・あいり》(何でもやってくれる鉄腕アルバイター・h00436)は自分の切り札を惜しみなく使うことにした。
ちょうど、コレクタが村人を集めて話をして、それが終わったところである。これを利用すれば愛理の切り札は最大限の効果を発揮する。
解散しようとする村人たちの前に、愛理がひょっこりと顔を出し、軽く手を振る。
「こーんちはっす」
何とも気安い、やる気もあるのかどうか、と思わせるような挨拶だったが、村人たちはそんな愛理に笑顔で手を振り返す。
愛理の√能力『|挨拶は大事っすよね?《アイサツハダイジッスヨネ》』、普通ならあいさつ程度ではまだ警戒心が解ききれない人々の心に作用し、愛理が相手のパーソナルスペースに近寄ることを許してしまいがちになるものだが、これは本当に√能力なのだろうか。愛理の明るく快活で物怖じしない性格が人々の心を解きほぐしている、ともいえる。いや、その性格と合わさってこの能力は人々に対する警戒心を極限まで解きほぐしてしまっているのだ。
「どうしたんだい、お嬢ちゃん」
かわいいねえ、ほら、お饅頭お食べ、と差し出された饅頭を頬張りながら、愛理は村人と他愛のない会話を始め、そこから少しずつ核心に触れていく。
「実は……宿題でこの村のこと調べてこいって言われたんですよねー」
センセーがめんどくさくて、実地で実際に見て聞いて調べてこい、ですよーと言いながら、愛理は言葉を続ける。
「ほら、お祭りごととか、神社とか祠のこと調べて来いってヤツですよー」
あ、写真撮っていいっすか? レポートに写真も必要なんですよー、と愛理が言った瞬間、周りの村人は一斉にやめとけやめとけと愛理を止めた。
「写真はやめとけ、あの祠には呪いがあるでな」
「え、呪いっすか?」
わざと大仰に、愛理は驚いてみせる。
「それは怖いっすねぇ。どんな感じのやつっすか?」
「それはな……」
愛理の言葉に、すっかり打ち解けた村人が声を潜めて愛理に説明する。
「大昔の鬼じゃよ。あれは……鬼じゃ」
くわばらくわばら……と老人が震えながら呟く。
「だから、あの祠は触っちゃなんね。近づくのもやめとけと言いたいが、気を付けるんじゃぞ」
「あざーっす!」
よし、必要なことは色々聞けた。
あとは祠に向かい、より詳しく調べるだけだ。
そう思い、愛理は村人から聞いた祠の場所に向かって歩き出した。
第2章 冒険 『祠の調査』

うっそうと茂った森の奥に、その祠はあった。
風雨に晒され、今にも崩れてしまいそうな小さな祠。
苔むした土台に、シロアリによって食い尽くされた木造の扉。
その扉には今にも吹き飛んでしまいそうなお札が貼られている。
――さて、ここには何が封じられているのか。
祠からは禍々しい気配が漏れ出し、今にも封印を破って何かが飛び出してきそうである。
これは再度封印を施すべきか、それとも祠を壊して封じられたものを滅するか――。
それを決めるのは、√能力者たちである。
「|不味い《好都合》わね! |封印が解けかかっているわ!《多分》」
その祠を見て、真っ先に声を上げたのは|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》(平凡な自称妖怪(怪人見習い)・h03259)だった。
実際のところ、祠は今にも崩れそうなくらいにボロボロで、祠の扉に貼られたお札も吹き飛びそうなほどになっている。
確か星詠みは「壊すなよ? 絶対に壊すなよ?」と言っていたはずだが、それがフリなのはアリスもよーーーーく分かっている。ここで壊さない方がネタとして面白くないだろう。
もし、|到着した瞬間《・・・・・・》に祠が|壊れた《・・・》のなら即座に近くにあったバス停を投げつけ、出てきた呪いの胸倉を掴んで泣くまで殴ればよかったのだが、あいにくと祠は|まだ《・・》壊れていない。
それなら壊してみるか、とアリスは投げつける予定だったバス停をチラっと見た。
「駄目だべ駄目だべ、祠を壊すのはまずいべ」
臨戦態勢に入っているアリスをコレクタ・シューシュー(昼は警官、夜は店主な付喪神・h03395)が慌てて止める。
昼は(汚職)警官として働くコレクタ、ここでうっかり祠を壊してしまった場合、始末書提出は必至だろう。
(始末書はこりごりだべ……)
アリスを止めながら、コレクタはとりあえず、と祠を拝む。
(誤解だべ、俺は祠の調査をしに来ただけだべ、壊すなんてとんでもない)
南無南無と呟きながら、コレクタは祠に向かってそう念じ、それからどうするか、と考えた。
(とはいえ、『囁く無線機』の話は皆に伝えとくべ)
「囁く無線機」から聞こえてきた言葉は『祠を壊してもすぐに呪いの元凶を叩けば被害は最小限』。壊さず再封印するに越したことはないが、|うっかり《・・・・》誰かが壊したとしても今ここでその呪いに対応できる√能力者は複数いる。
とりあえず、とコレクタはその場にいた√能力者に「囁く無線機」から聞こえてきた言葉を伝えることにした。
かくかくしかじか、と「囁く無線機」の言葉を伝えるコレクタ。
「だったら話は早いわね! 壊すわよ!」
完全にノリにノったアリスの出来上がりである。
「だから壊すのは駄目だべ!」
慌ててコレクタがアリスを止める。
「えー、どうして」
不満たらたらのアリス。
「まだ不安要素が多いべ。それに、俺らは祠の調査が目的であって破壊が目的ではないだべ。確かに呪いがまき散らされたら被害が広がる前に叩かなきゃならんが、そうなる前に勝手に広げるのは駄目だべ」
「ん~~~~」
コレクタの説得にアリスは不満げである。
いずれにせよ、祠は今にも壊れそうで、強すぎる呪いも少しずつ溢れ、この土地を汚している。それなら思い切って壊して、呪いを鎮めて、祠を再建した方が効率がいい。
再封印も一つの手ではあるが、それはあくまでも応急処置であり対症療法なのである。呪いを根絶してから祠を建て直して呪いの元を鎮めた方がこの先のため、とアリスは思っていた。
――それと同時に、その方が「面白い」とも思っていたが。
その時、突然ガタン、と音がして祠の方から何かが飛び出してくる。
「出たわね!」
物音に即座に反応したアリスが祠に向かって手を伸ばす。
「駄目だべ!」
そう言いながらも、コレクタの目も祠の方から飛び出してきた何かを視認する。
「祠が壊れたのならそれでよし!」
アリスが祠の方から飛び出してきた何かに鉄拳を喰らわせる。
「まずいべ!」
コレクタも咄嗟に√能力『贈賄コンビネーション』を発動、アリスに
「14万円寄越すべ! 偽札で構わんべ!」
と声をかける。
「え? 14万円!? ほら!」
いきなり14万円を請求されたアリスは咄嗟に隣にあった「|バス停横のベンチ《その辺で拾った物》」をコレクタに渡す。
バス停本体を設置するには3~9万円程の費用が掛かるが、ベンチとなると追加で15万前後の費用が掛かる。コレクタが要求した賄賂にはちょうどいい手土産だろう。
「ベンチ!?」
まさか偽札どころか現物支給されるとは思っていなかったコレクタは驚きの声を上げるが、「仕事」の場で渡されたものは全て賄賂、金額的にも条件を満たしているから問題は何もない。
「必要な贈賄を受ける」という条件を満たしたコレクタが即座に「押収した拳銃」を発砲する。
放たれるのは「汚職弾丸」。汚職によって放たれた弾丸なので、受けた相手も汚職の道連れである。
ぎゃあ、と飛び出してきた何かが地面に転がり、それをアリスが馬乗りになって拳を振り上げる。
「アナタが! 泣いて! 謝るまで! ぶつわよ!」
『|ギャラクティック怪異殺し《スーパーアリスチャンナッコー》』によるタコ殴り。
ボコボコにされた何かが霧散していく。
どうやら、それは祠から漏れ出た呪いの一部だったようだ。
「うん、これは壊した方がいいわね!」
実体化した呪いの一部をボコボコにしたアリスが立ち上がり、両手を払うように叩きながら祠を睨む。
「ここまで呪いが漏れてたらもうどうしようもないわよ。アナタも覚悟決めなさいよね」
ふんす、と仁王立ちになり、アリスは真っすぐ祠に対峙した。
「気乗りはしないだべ……」
コレクタもアリスの隣に立ち、はぁ、とため息をつく。
「でも、俺はもう少し調べるべ。何かあったら援護たのむべ」
「分かったわ。でもあまり待たないわよ?」
アリスの同意を得て、コレクタは再度祠を調べ始めた。
何とかして壊さずとも呪いを封じる方法はないか。
しかし、「囁く無線機」からはブツブツとしたノイズが聞こえるだけである。
「おーこれが祠っすか?」
祠に到着した|上原・愛理《かみはら・あいり》(何でもやってくれる鉄腕アルバイター・h00436)は興味深そうにのぞき込んだ。
先に到着していた√能力者たちも調査中のよう……だが、祠から何かが飛び出してきたり、祠を壊す壊さないで揉めていたり、大変そうである。
飛び出してきた呪いをボコボコにするアリスたちを尻目に、愛理はじっくりと祠を眺める。
「うーん。正直、お祓いとか封印とかそういうオカルト? な感じのはあんまり得意じゃないっすからねぇ」
何でも引き受ける、それこそアヤシイバイトも引き受ける愛理ではあったがだからと言ってオカルトに造詣が深いわけではない。アルバイトの一環で拝み屋的なことも一応は経験したことがあるが、呪いを祓うまで行くと流石に無理だろう、と思ってしまう。
「餅は餅屋ってしたいところもあるっすけど、一応お仕事っすからねぇ。ちょっと様子を見て見るっすかぁ」
祠の前に立って手を合わせる。手を合わせつつも呪いが漏れ出す箇所がないかを確認する。
――と、突然祠から何か黒い靄らしきものが湧き出してきた。
「――ッ!」
咄嗟に『オートキラー改』が発動し、手にしたナイフでその靄を切り裂く。
――これはまずいっすね。
幸い、愛理の攻撃は靄を切り裂いただけで祠には傷をつけていなかった。
しかし、今までの呪いの噴出は祠としては自動防御機能のようなものだったらしく、祠の扉に貼られていたボロボロのお札がついにはじけ飛んだ。
一気にあふれる呪い。
呪いが一つの鬼の姿へと形を変えていく。
|祠は壊さなかった《・・・・・・・・》。それでも、封印は解き放たれてしまった。
まずい、と集まった√能力者たちが身構える。
この呪いを祓わねば、周囲一帯が人の住めぬ地となってしまう。
第3章 ボス戦 『鬼獄卒『石蕗中将』』

ついに現れた『鬼獄卒『石蕗中将』』。
「さんざん私をコケにしてくれて――」
そう呪詛の言葉を吐きつつ、『鬼獄卒『石蕗中将』』は目の前の√能力者たちに鞭を向ける。
祠は壊れていない。もしかすると、『鬼獄卒『石蕗中将』』を祓い、再度封印することもできるかもしれない。
それとも、祠を完全に破壊して、『鬼獄卒『石蕗中将』』も完全に滅することを考えるか。
しかし、忘れてはならない。
『鬼獄卒『石蕗中将』』であったとしても、封じることで周囲のさらに悪しきものを遠ざけることも可能である、ということを――。
『鬼獄卒『石蕗中将』』が現れた瞬間、周囲の空気は一変した。
澱んでいた空気は喜びに満ちたように荒れ狂い、その場にいた√能力者たちを包み込む。
「……む」
星詠みの言葉を聞き、独自ルートで調査を行い、祠に先行して到着していたカツヨリ・サンダン(”No soul, No bullet"・h02403)は祠の背後に佇んでいた大木の枝から『石蕗中将』を鋭く見据えた。
「これが星詠みが言った呪いの元凶か」
禍々しい笑みを浮かべる赤鬼。まさに鬼獄卒の名にふさわしく鞭を手に周りの空気を鳴らしている。
『石蕗中将』はカツヨリには気付いていないようで、目の前の√能力者たちを睨みつけて何やら言葉を投げかけているが、これは好都合。
カツヨリはとん、と軽く枝を蹴り、別の大木の枝へと飛び移った。
飛び移ると同時に精霊銃を構え、自身の精霊に呼びかけ弾丸とする。
引き金を引くカツヨリ。放たれる精霊の魔弾。
カツヨリが放った魔弾は狙いたがわず、『石蕗中将』に突き刺さる。
「!? 他にいたのか!?」
『石蕗中将』が咄嗟に振り返るが、その視線の先にカツヨリはいない。
そしてカツヨリもまた現代を生きるサイボーグニンジャとしてその姿を知られることはない。
それでも、『石蕗中将』の頭上からは声が響く。
「魂無き|銃弾《バレット》、全て滅ぶべし」
実際に『石蕗中将』が振るっているのは鞭で、銃ではない。
しかし、人を傷つけるものが銃弾であるのなら、同じく人を傷つける鞭もまた銃弾という考え方もできる。
『石蕗中将』はその鞭を何の思いもなく、何の魂も込めることなく振るっていた。
それが、カツヨリの中にある掟に触れた。
「いかなるときにも、銃の引き金には、魂を込めねばならない」というカツヨリの掟は絶対である。
だから、カツヨリも精霊銃を使う時は魂を込める。
魂を込めた一撃は、込めない一撃よりもはるかに重く、鋭い。
「く……こうなったら!」
『石蕗中将』が『魔獄刑場』を発動させ、『石蕗中将』が自身が戦場と認識している一帯を赤黒い魔獄刑場へと塗り替えていく。
ところが、それに対してもカツヨリは想定済みだった。
「祈りもまた≪魂≫であり可能性、すなわち≪銃弾≫!」
『石蕗中将』の『魔獄刑場』が彼の「祈り」だとすれば、それは立派な銃弾である。
その『石蕗中将』の祈りに応え、カツヨリも自身の√能力を解放する。
『|聖別された魂の弾丸《シルバー・バレット・ソリューション》』。|誰も傷つけない《・・・・・・・》願いを一つ叶える「大精霊”ピース・メーカー”」を、カツヨリは弾丸コレクションの中でも特に大切に所持していた銀の銃弾を握り締めることで顕現させる。
「この戦場の呪いを祓え!」
カツヨリの願いは、確かに誰かを傷つけるものではなかった。
結果として誰かが傷つくことになったとしても、この願いが叶わなければ傷つく存在が無駄に増えるだけである。
だから”ピース・メーカー”は叶えた。
カツヨリを中心として半径18メートルの魔獄刑場が祓われ、何もない土地へと浄化される。
――あとは、お前たち次第だ。
「魂無き発砲をすると、その銃声が響く時、音もなく出現したニンジャに撃ち抜かれる」という噂通りに『石蕗中将』は撃たれ、ニンジャは音もなく姿を消す。
残されたのは祓われた戦場と、数人の√能力者と『石蕗中将』。
ここに、決戦の火蓋は切って上げられた。
戦いの結末を、カツヨリは見守らない。
忍びらしくただ静かに現れ、静かに消えるのみ。
魂無き銃声が響けば、その時は再び現れる、とカツヨリの気配はどこかへと消えていった。
ざわめく空気。まるで『鬼獄卒『石蕗中将』』の解放を喜ぶかのように鳴り響く鞭の音に3人の√能力者――コレクタ・シューシュー(昼は警官、夜は店主な付喪神・h03395)、|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》(平凡な自称妖怪(悪の怪人見習い)・h03259)、|上原・愛理《かみはら・あいり》(何でもやってくれる鉄腕アルバイター・h00436)は身構える。
その空気のざわめきに真っ先に声を上げたのはアリスだった。
「|ヒャッホイ《しまった》!! 呪いの元凶が解き放たれてしまったわ!」
もはや|殺《や》るき満々のアリス、その横でコレクタがあわあわと震えている。
「ひえ~!おっかないのが出てきたべ~」
鬼のような形相の『石蕗中将』、いや、『鬼獄卒』だから鬼なのだが、『石蕗中将』は三人をぎろりと睨みつけ、そしてふん、と鼻で笑った。
「なんだ、お前らごときが私を止められると思ったのか」
そんな『石蕗中将』の言葉に反応したかのように、愛理がざり、砂利だらけの道を一歩踏み出す。
「……それはフラグっすよ」
カーキ色のモッズコートのフードを目深にかぶった愛理の口調は冷たいものに変わっていた。「暗殺者」として裏の世界でも「アルバイト」をしている愛理、「仕事」モードとなった愛理がその手に『カミサマ』が生成した「影のナイフ」を握り締める。
「行くっすよ」
「もちろん! こうなったらもう|やる《殺す》しかないようね!」
初めから祠を壊して『石蕗中将』を|滅する《ぶちのめす》ことしか考えていなかったアリスと、それを何とかして止めようと必死になっていたコレクタ。しかし、祠は壊れなかったものの『石蕗中将』が封印を破って出てきた今、流れはアリスの考えに沿うように動いている。
そうなるとコレクタも腹をくくるしかなかった。
そう思ったところで『石蕗中将』の意識が逸れ、一瞬何かが起こり、そしてその場一帯の空気が浄化される。
何かあったのは明白だが、その場の澱んだ雰囲気が一掃されたことでコレクタの意識ははっきりとした。
「仕方ないべ、やるしかないべ」
コレクタが以前「押収した拳銃」を握ると、アリスも待ってましたとばかりに拳を握り締めた。
「何人来ようが!」
『石蕗中将』が『獄卒鞭』を振るい、三人に攻撃を仕掛ける。
アリスがそれを回避するが、その瞬間、えも言えぬ不安を覚え、咄嗟に|宇宙生物《「ワタシ」》を鞭に投げつける。
|アリスの別個体《「ワタシ」》に鞭が触れた瞬間、アリスを襲った不安が消失する。
なるほど、とアリスは理解した。
あれは回避してはいけない。回避すると良くないことが起きる。
そうなると、打てる手はアリスであり別のアリスである「ワタシ」に身代わりになってもらうこと。
アリスは自分の視力にものを言わせて全ての鞭を見切り、湧いて出る「ワタシ」を逆に鞭に叩きつけていく。
その一方で、コレクタも自分に打てる手は、と考え、一つの策を考え出していた。
鞭は自身の「土蔵の壁」で耐えることができる。アリスのように回避してよからぬことが起きるという不安はなかったが、それでも強打される痛みは強いため早急に対処する必要がある。
そこでコレクタは√能力『|愛蔵・死蔵・蔵出しお披露目《アイゾウ・シゾウ・クラダシオヒロメ》』を使用することにした。
「集めたお宝、ご覧あれ」
コレクタの姿が土蔵に変わる。その扉が光られ、金銀財宝が御開帳される。
「!」
突然、目の前に現れた金銀財宝に『石蕗中将』が動きを止めた。
「地獄の沙汰も金次第」とはよく言われるものである。流石の鬼も金銀財宝を目にしたら見入ってしまう、というものなのだろう。
そこを、アリスの『|外道大しばき《ゲドウオオシバキ》』が炸裂した。
外道改心ぱんちによる痛打が『石蕗中将』を吹き飛ばす。
しかし、『石蕗中将』もただやられているわけではない。
気を取られていたのは一瞬だったため、再び『魔獄刑場』を発動させ、コレクタの周りを赤黒く染めていた。
とはいえ、アリスの外道改心ぱんちで吹き飛ばされていたため、コレクタに追撃することは叶わない。
それでも、『石蕗中将』はまだまだと言わんばかりに『石蕗妖鬼衆』を使い、周囲に12体の「式神鬼」を呼び寄せた。
そこで受け身を取り、素早く立ち上がった『石蕗中将』が再びコレクタに向かおうとする。
それに呼応するように12体の「式神鬼」も動き、三人に襲い掛かる――が。
『石蕗中将』に1本のナイフが飛来し、直後、そのナイフの動きをトレースするかのように一つの人影が飛び込んできた。
「させないっすよ」
飛び込んできたのは愛理。
攻撃のチャンスを窺っていたら、絶好のタイミングが現れた。
職業暗殺者として理解している。戦いの前の場の浄化、あれは別の√能力者が介入していたのだ、と。
誰も気づかぬうちにあれだけのことをした能力者に感謝の念を抱きつつも、愛理は全力で『石蕗中将』の懐に飛び込んだ。
懐に深々と突き立てられる「影のナイフ」。
『石蕗中将』が咄嗟に愛理を掴もうとするが、それは愛理が「カミサマ」の力を借りて姿を消し、そうはさせない。
「ひゃっはー!」
愛理を掴もうとして空振りした『石蕗中将』に、再びアリスが突撃する。
手にした「停スバ」をフルスイング、直撃を受けた『石蕗中将』は当然のように吹き飛ばされ――。
どごん。
ぶつかった。
『石蕗中将』が。
祠に。
木っ端微塵に砕ける祠。
「「「あ」」」
三人の声が重なる。
祠は砕けた。
しかし、『石蕗中将』ももう限界だった。
祠のかけらと共に、『石蕗中将』の姿も薄れていく。
それと同時に、周囲一帯の空気の澱みも少しずつ晴れていく。
「や……やったべ……」
心底ほっとしたように、コレクタがその場にへなへなと座り込んだ。
「……でも、祠も、壊れたっすよ……」
コレクタの隣に腰を下ろしながら愛理もぼやく。
「大丈夫よ!」
しかし、アリスだけは自信満々に祠のあった場所を指さした。
「どうせボロボロだったし、再建すればいいじゃない!」
「あー……」
「そうだべな……」
コレクタの「囁く無線機」も「祠は再建すればヨシ!」と囁いている。
それなら、とコレクタは先ほど√能力で出した土蔵の収納品から何かを取り出す。
「これなんかどうだべ?」
それは小さな神棚だった。
とりあえず固定さえすれば何とかなるだろうし、『石蕗中将』が消えた今、暫くは呪いに悩まされることはない。逆に言うと『石蕗中将』の次の席を狙った新たな呪いが寄ってくる可能性があるが、それに関しては専門家に任せた方がいいだろう。
それでも今はとりあえずの守りが欲しい。そう思い、コレクタは神棚を新たな祠にしようと提案した。
「いいっすねそれ。正直、再封印とかはよくわかんないっすから、専門のヒトに任せるとしてぇ、でも何か入れた方がよくないっすか?」
「それなら任せて!」
コレクタが神棚を取り出し、臨時の祠にしようとしたことでアリスが何かを思いついたように手を叩いた。
そして、二人の前に何かを取り出す。
それは見るも冒涜的な、名状しがたき形状をした|宇宙生物《アリスの別個体》だった。
「これなら暫くはこの辺一帯を守ってくれると思うわ!」
「……逆に呪われそうっすね……」
|アリスの別個体《「ワタシ」》を見た愛理がうへぇ、と呟くがアリスはそれに構う様子もなく、その個体をひょいとつ掴み、神棚にねじ込んでしまった。
「さーて、これで一件落着! あーお腹空いた」
「そうだべな」
「報告もかねて、ご飯食べに行くっすか」
あとは専門家に任せるだけ。
そう思った三人は|神棚《新たな祠》を吹き飛ばされないように固定し、村へと戻っていくのだった。
――その後。
「……むしろこれが御神体でよくね……?」
祠を安定させるために現地へ訪れた専門家は、|宇宙生物《アリスの置き土産》を見てそう呟いたという。