シナリオ

狂気のグルメ~怪異中華飯店にようこそ!

#√汎神解剖機関

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●情報欲しけりゃ
 その中華飯店は、√汎神解剖機関の繁華街の片隅に店を構えていた。ギラギラと輝くネオン街の中で、真っ赤な看板を掲げるその店は、異様な存在感を放っている。
「いらっしゃい、ご注文は何にしマスカネ?」
 店に入れば、黒いチャイナ服にサングラスを掛けた怪しい青年が客を出迎える。後ろに結った長い黒髪が妙にふわふわしているが……まるで髪自体が生きているかのようだ。
 この店は普通に利用すればただの美味い中華飯店だが、とあるワードを口にすると一気に様変わりする。
「怪異事件の情報が欲しい」
「……ハイ、かしこまりましタ」
 給仕の青年はニタリと不気味に微笑んで、客を特別な部屋に通す。
 しばらくして、大きなテーブルにズラリと並べられるのは、名状しがたき料理たち。
「ようこそ、怪異中華飯店へ。この怪異料理フルコースをすべて食べていただければ、店主からの特別な情報をお渡ししまショウ。ただし、食べきることができなかった場合……」
 意味ありげに一息置いて紡がれた言葉は、むしろ不気味なほどに普通の内容であった。
「お代はキッチリ払っていただき、そのままお帰りいただきマスネ?」

●怪異肉料理
「怪異のお料理がいっぱい食べられて情報も聞けるなんて! いきたい、行きたいです! 怪異のお肉食べたい! ですが! 私は諸々の事情で行けませんので、皆様にお任せしたいと思います」
 いきなり落ち着くな。|泉下《せんか》|・《・》|洸《ひろ》(片道切符・h01617)はスンッと表情をいつもの仕事仕様に戻し、今回の依頼について説明を始めた。
「まず、今回の事件の発端は、リンドー・スミスの行動を予知したことから始まります。彼は所属する|FBPC《連邦怪異収容局》のため、とある怪異の回収を試みます。皆様もご存知のとおり、FBPCは敵対組織です。ですので、リンドーを撃破し、回収を阻止していただきたいのです」
 ですが……と洸は言葉を続ける。
「予知で視れたのは、彼が怪異を回収するという内容のみ。現場の位置や、回収する怪異の詳細はわかりませんでした。そこで手掛かりとなるのが、怪異中華飯店なのです」
 予知で視たもうひとつの手掛かりだ。怪異中華飯店に赴き、無事に怪異料理を食べきることができれば、ピンポイントでリンドーが関わる事件の詳細を聞くことができる。
「ですので、皆様には怪異中華飯店に向かっていただき、怪異料理を完食していただきたいのです。■■触手の担々麺や、■■■肉の■■焼売、■■■炒飯、杏仁■■豆腐など、様々な怪異肉料理を味わえることでしょう。はぁ、羨ましい」
 洸は生き生きと怪異料理のメニューを並べ立てるが、あなたには何を言っているのかよく理解できなかった。脳が理解することを拒んでいるのかもしれない。
 もし、洸の言葉が普通に聞こえており、あなたがそれを理解しているのだとしたら、あなたの精神は既に狂っているのかもしれない。
「大丈夫です。怪異肉を食べても死ぬわけではありませんから。ただ、どうしても食べられない『限界』を感じた時は……そうですね、非常に勿体ないとは思いますが、食べたフリをしてやり過ごすことも可能でしょう」
 バレないように上手くやってくださいね、と付け足して。洸は√能力者たちを送り出すのであった。

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第1章 冒険 『怪異飯店、繁盛中』


史記守・陽
モコ・ブラウン
静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

●怪異料理を喰え!
 通常の客席のさらに奥。地下に続く階段を下りた先に、怪異料理が提供される特別な客席がある。地上階の大衆食堂的な雰囲気とは打って変わり、高級料理店を思わせる内装だ。重厚なテーブルには雷紋と双魚文のテーブルランナーが敷かれ、その中央には花瓶に生けられた赤い牡丹が咲く。
 給仕の胡散臭い青年が、同じく目元の見えない給仕たちを引き連れて、大量の料理を運んできた。
「それでは特別なお客サマ。怪異料理の数々をご堪能くだサイ」
 乳白色のぶつぶつした触手が汁の中で蠢く担々麺。赤い目玉群と鶏肉の炒め物、怪異の内膜を重ね包んだ小籠包等々。並べられた奇怪な料理の数々にも、モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)は平然としている。
「怪異料理と聞いてたモグけど。なんだ、意外とちゃんとした店モグね」
「モコさんそれ本気で言ってます?」
 一方で、|史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)は眼前の光景に蒼褪めていた。
 飯食え? これを食えと? パワハラではないか? 陽と同様、眼前の怪異料理を脅威に感じる者がもう一人。
「……やはり、あの|不味過ぎる常備薬《仙丹》を飲む程の覚悟が必要であったか……」
 アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)の予感は的中してしまった。星詠みの列挙したメニューが所々聞こえなかった時点で察してはいたが、今回の任務は大分、不味い。
 他方、|静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)は至って冷静である。
「『怪異肉』か……今まで何度か食した事はあるが……俺は好き好んで食べたいとは思わないな……いや、星詠みの好みを否定するわけではないが……」
 好んで食べたくないと思うだけで食べられはする。少なくとも『料理』として調理されたものであれば。
 ともあれ依頼は依頼。早速、怪異料理をいただこうではないか。
「それじゃあ、いただきますモグ!」
 モコは取り皿に赤い目玉群と鶏肉の炒め物を盛る。怪異を食べるのは初めてだが、|故郷《√妖怪百鬼夜行》でも妖怪向けの珍味はよく食べていた。この間のサケも似たようなモノだろうし、特段忌避するようなものでもあるまい。躊躇なく目玉と鶏肉を同時に頬張った。口の中で「ピギャッ!」と目玉が弾ける。
「んん~っ、口の中にジューシーな味わいが広がるモグね!」
 噛む度に鳴き声は上がるけれど、食感は悪くない。目玉はぷりんとした口触りで、咀嚼すると肉汁が溢れ出す。広がった肉汁は、鶏肉と炒め物の野菜に絡まって、通常食材の味わいに独特な旨味を与えていく。
 美味しいモグ! と元気にぱくぱく食べ続けるモコに、陽は混乱へと突き落とされた。
 噛み締める度に、「ピギャ」「ギャァ!」と、か細い叫びが聞こえるが……。
(「え? 嘘でしょう? あんなものを平然と……!?」)
 あまりにも普通に食べるので、逆に自分が変なのではという思いさえ湧く。いや、そんなことは断じてないはずだ。
(「……そういえば泉下さんが食べたがってた。丁度いいや、押しつk……お土産にしますね」)
 これは善意だ。彼も絶対に喜ぶ! 悩んだ末、陽は善意と称して易きに逃げた。店員の動きに注意しながら、痛みにくい物をこっそりタッパーへ詰めていく。
 食中毒が怖いので保冷剤も準備済みだ。お土産に持ち帰ったもので、お腹を壊されたら申し訳ない……幽霊は、食中毒になるのだろうか?
 替えの取り皿や茶を運んでくる店員が首を傾げるが、笑って誤魔化す。
 そう。無理だと思ったら逃げたっていい。上手く誤魔化すことができれば、食べていなくても許される。許されるのだが――。
「料理は料理……では、頂きます」
 アダンは強敵と対峙した時と同じ表情で、怪異料理と対峙する。たとえ脳が理解を拒もうと、料理は料理なのだ。人が食せるように処理されている。命を頂く以上、全力で完食せねば。……彼の辞書に『逃げる』という文字はないのか?
 まず制覇するのは、触手が汁の中で蠢く担々麺。箸で掬い上げたそれを口の中でしっかりと咀嚼し呑み込む。
(「う、っ……ちゃんと噛み切ったはずであろう!? 胃の中で未だ蠢いているが……!?」)
 味は普通だが、食後の不快感がすべてを台無しにする。腹が気持ち悪い。凄まじい形相を浮かべるアダンに気付き、恭兵が気遣うように声を掛けた。
「アダン……お前の食への敬意は認めるが、無理そうなら言え。手伝う」
 恭兵の言葉に、アダンは首を横に振る。
「怪異料理の一つや二つ、どうということはない……」
(「心配だ……」)
 今後の展開に不安を感じつつ、恭兵も怪異料理を口にする。『触手』と聞けば忌避感を感じてしまうが、イカもタコもクラゲも食べられるのだ。問題はない。
 怪異内膜の小籠包を口にする。中から細長くぶよぶよしたモノが飛び出すが、イカを細く切ったものだと思えば耐えられた。実際、味も似ている。料理を食べつつ、恭兵はモコと陽に視線をやった。
「モコは何というか流石だな。史記守は……まぁ、無理して食べるのもよくないものな……。ただ、流石に全部持ち帰る訳にもいかんだろう……ある程度は食べるぞ」
「あ、はい。がんばりますね……」
 陽は相変わらず青い顔のまま、皿に取り分けた目玉の炒め物を見つめる。
 どう見ても大丈夫ではなさそうな陽に、モコが声を掛けた。
「シキくん、食べさせてあげよかモグ? はい、あーん」
 目玉を箸で丸ごとつまみ上げ、陽の口元へと運ぼうとするモコ。陽はひゅっと息を呑んだ。
「い、いえ……遠慮、しておきます……自分で、少しずつ食べますので」
 叫びを上げる目玉を丸ごと頬張る勇気など、陽にはなかった。
「あ、要らない? しゃーないモグねぇ」
 目玉はモコが代わりに食べる。モコに咀嚼されながら、目玉がギャッギャと鳴いた。
 モコと陽の健闘を目にし、アダンも今にも挫けそうな胃腸と味覚を鼓舞する。
「フハハッ! ならば俺様は目立つ様に食べ尽くし、見事に完食してみせよう!」
 堂々と平らげることで、タッパー詰めも誤魔化せよう。相変わらず胃の中で触手が跳ねている気がするが構わない。今こそ限界を越える時だ。
 四人はそれぞれのペースで、怪異料理を次々に処理していく。
 陽は青椒肉絲をちびちびと食べながら、嫌な想像を掻き立てられていた。
(「この青椒肉絲……ピーマンは普通だから、きっと怪異の肉を使ってるんだ……」)
 少しは食べなければと思って食べているが、今すぐにでもタッパーに詰めてしまいたい。一方、モコは怪異の粘液を使った杏仁豆腐をぺろりと平らげたところだ。
(「静寂さんは普通に食べてるけど、アダンくんも中々頑張ってるモグね。よし、ここは……」)
 早業と集団戦術を駆使して、人影に隠れつつ余り物をタッパーに詰めていく。誰もが怪異を美味しくいただけるわけではないのだ。無理をさせないためにも、しっかりサポートせねば。
(「皆頑張っているな。料理もかなり減ってきた。……さて、アダンの様子は」)
 触手担々麺(実はちゃっかり4人前出されている鬼畜)を1人前食べ終えて、恭兵はちらとアダンの様子を確認する。
 ……アダンの箸は、見事なまでに止まっていた。さすがに限界は越えられなかったか。あるいは、越えた先で力尽きたか。
「恭兵……すまぬ、頼む、手伝ってくれ……」
 燃え尽きて真っ白な彼の肩を、恭兵は労わるように優しく叩いた。
「ああ、お前はよく頑張った。もう休め」
 同じモノを食べている以上、恭兵の胃の中でも、触手が消化されるその瞬間までぴょんぴょこしているはずだが……一切苦しそうに見えない所を見ると、何か食べるコツがあるのかもしれない。

櫃石・湖武丸

●学び楽しむ
 特別な客席は、通常席から隔絶された地下に存在する。階段を下りた先、給仕たちが客人を出迎えた。山水画が描かれた屏風の向こう側、橙色の光を灯す中華提灯がテーブルに暖かな色彩を注いだ。
 |櫃石《といし》|・《・》|湖武丸《こたけまる》(蒼羅刹・h00229)は高まる期待に心を躍らせながら、椅子に腰を下ろす。
「俺は食うぞ、ドンドン出してくれ!」
 知り合いが怪異肉を持ってきてくれるようになったので、怪異肉の調理方法も学びたい。となれば、やはり実際食べてみるに限る。料理はまだまだ練習中だが、どんな料理があるかわかるだけでも違うのだ。
 給仕たちが料理を運んでくる。怪異肉をミンチにして包み蒸した焼売、黒く細い触手が蠢く拉麺、怪異の髄液で煮込んだフカヒレスープ……様々な料理がテーブルに並んだ。
「どれも良い香りがするな。しっかりと勉強させてもらおう」
 出された料理を次々にいただく。学びたいと言ったところ、給仕が料理の説明をしてくれた。
「この焼売の皮、小麦じゃなく怪異の薄皮で作られてるのか。それに美味いな! あぁ、そういえば、デザートもあるのだろうか?」
 甘い怪異肉も、もしあるならば気になる。
「もちろん、デザートもございますヨ」
「はは、あるんだな! では食後はそれを」
 よろしく頼むと告げて、思い出したように食べた料理のメモを取る。あれが美味かったとか、こんな味付けだった、等々。浮かんだ言葉をとにかく書き記した。整理するのは帰宅してから。今は料理を楽しもう。
 多くの料理を平らげて、空の器が積み上がった。最後に運ばれてきたデザートも、彼は喜々とスプーンで掬う。
「見た目は杏仁豆腐だが、怪異の粘液と肉で作られているのか」
 ぱくりと口に入れると、ふんわりとした甘みが広がった。
「うん、美味い! 甘い怪異肉もありではなかろうか!」
 奇妙な味や食感も含め、彼は全力で料理を堪能するのであった。

八辻・八重可

●じっくり味わう
 怪異料理が出される客席は、通常の席とは違い、どこか古めかしくも高級感のある内装だ。天井から吊るされた紅い提灯を眺めながら、|八辻《やつじ》|・《・》|八重可《やえか》(人間(√汎神解剖機関)・h01129)は呟く。
「情報収集のために怪異料理ですか。奇妙な条件ですね」
 彼女はテーブルで料理を待っている。……怪異退治で必要とあれば、シリンジシューターで切り飛ばした怪異の欠片を、回復薬として飲みこんではいる。味については戦闘中であれば考える暇もない。
「忌避感はないですが、美味しいと助かりますね」
 困るような風味でも食べきるつもりだが、量が多いのは胃の容量的にも大変かもしれない。
「……料理店を訪れる前に、体調を悪くしない程度に何食か抜きお腹を空かせておきましたが、念のため胃薬も服用しておきましょう」
 こっそり毒耐性も使い、食前に飲める胃薬を服用しておく。あとは気力で乗り切りたい。
「あまり油っこいと、胃への負担が重くなりますからね。あっさり系が来ますように」
 幸運を祈っていると、料理が続々と運ばれてきた。触手たっぷりの八宝菜、唐辛子と怪異の胃酸を使った酸辣湯、米のような味がする怪異を使用した中華粥……。
「米の味がする怪異とは? お米の怪異ということですか?」
 疑問やツッコミはさておき。比較的あっさり系な料理が運ばれてきたことに安堵しつつ、料理を食べ始める。八宝菜は、触手がたまに動いているのと、食べる際に「グチュッ」と内臓の潰れるような音がする以外は普通だ。酸辣湯や中華粥に至っては、言われなければ、怪異を使っていることもわからないだろう。
「思っていたより美味しいですね。一体どのように調理しているのでしょう」
 純粋に、料理人の調理スキルが気になる八重可なのであった。

阿久野・京一郎

●怪異食三昧
 落ち着いたダークブラウンに、木目が美しいテーブル。その中央に飾られたピンク色の薔薇を眺めつつ、|阿久野・京一郎《あくのきょういちろう》(優しき外星体ルイの使者であり、悪の大社長・h07436)は料理が出てくる時を心待ちにしていた。
「どんな料理が出てくるのでしょう。楽しみですね」 
 この身体はともかく、意識側は外星体である。そのため怪異の肉と言われても、そこまで気にならない。宇宙の食材のことも知っているし、怪異は『珍しく奇怪な食材』というわけでもないのである。
(「とはいえ、何でも食べようという人間の生きようとする意志は凄いと思います。食と生きることへの執念が生み出したであろう怪異料理を、味わわせてもらいましょう」)
 給仕たちが料理を運んできた。怪異の腸を細かく千切りにして混ぜ、怪異の薄皮で包んだ春巻き。牛肉の代わりに怪異肉をベースとした怪異肉麺(中国には牛肉麺という料理がある)、魚型怪異のヒレを煮込んだスープ等々。
「ありがとうございます、それではいただきます」
 ニコニコと上機嫌に微笑みながら、京一郎は気持ちよく料理を平らげていく。
「こちらの怪異肉麺に合う薬味を教えていただけませんか?」
「やはりこちらでショウ。牛脂に唐辛子を混ぜたものデス」
「教えてくださってありがとうございます。さっそく使ってみますね」
 差し出された小瓶を受け取り、数滴怪異肉麺へと入れる。程よく混ぜてから口にすれば、肉の旨味を引き出す辛味が口の中で弾けた。
「こんなにおいしく料理を頂けて、さらにはお話や情報まで頂けて良いんでしょうか」
 美味しい料理を食べて、お得な情報を手に入れる。このような情報収集手段があろうとは。
「お礼代わりにちゃんとチップを用意しておきますか」
 料理の代金とは別にお金を用意しつつ、京一郎は怪異料理を心ゆくまで楽しむのであった。

万菖・きり

●怪異料理と奇妙な店員
 中華飯店の地下1階。特別なテーブルへと通された|万菖・きり《ばんしょうきり》(脳筋付喪神・h03471)は、龍の透かし彫りが施された唐木椅子へと腰を下ろす。何処からともなく二胡の演奏が聞こえる店内は、優雅で落ち着いた趣を漂わせていた。
「流石、イカタコ貝幼虫なんでも食べる種族。怪異まで食べるなんて。その発想はなかったです。あれ? 人間だよね??」
 給仕へと問えば、彼はそうですヨと穏やかな声色で答えた。真偽は定かでない。
(「胡散臭いなー。まぁいいか。食べても死ぬ事はないみたいだし、いけるいけるー」)
 料理はすぐに運ばれてきた。怪異の挽肉で作った麻婆豆腐、怪異の骨から取った出汁で作った鍋物。真っ赤な担々麵の中には、赤い粒々の付いた白い触手が蠢いている。
「見た目が普通な物から、アレな物までいっぱいですね。それじゃ、いただきまーす」
 麻婆豆腐や鍋物は、見た目が普通なので美味しくいただいた。担々麺については……葛藤はするものの、目を閉じて食べる。見た目はグロテスクだが味は美味。なんとも不思議だ。美味しければよし! である。
 料理はすべてを平らげるのではなく、古い中国のマナーにならい僅かに残す。
「ごちそうさまでした! 美味しかったです!」
 皿に残った料理を見て、給仕はすぐにその意味を理解した。
「ワタシの祖国の作法にならってくださったのですネ。ありがとうございマス」
「それと最後に一つ、お尋ねしてもよいでしょうか?」
「何なりとお申し付けくだサイ」
 ニコリと笑みを浮かべる給仕へと、きりは疑問に思っていたことを問う。
「何で怪異を食べようと思ったんですか?」
 給仕は数秒考えた末、笑みを深めて返した。
「そこに怪異がいるから、デスヨ」
「そこに山があるから、みたいな答えですね……」
 誤魔化されたのか、それとも真実なのか。ともあれ、情報を得るための条件は達成できた。

第2章 集団戦 『非実在怪異『ふわもこ』』



 怪異料理を無事完食した√能力者たちは、店から今回の依頼に関する情報を手に入れた。リンドー・スミスが訪れる現場は、怪異食材の取引を行う闇市場の路地裏である。
「ふわふわぁ……」
「うさにゃ~」
「わふわふっ」
 裏路地には、非実在怪異『ふわもこ』の群れが棲み付いていた。怪異が見える一部の人間が、彼らに愛着を持ち、餌付けするようになったからだ。
 ……彼らをどうすべきか。通常なら「倒してください」で済むのだが。
 今のところ、彼らはとくに悪さをしていない。闇市の人から餌を貰って、愛想を振りまいているだけだ。
 なので、殺すのではなく気絶させて回収でも構わない。
 ちなみに回収した怪異は、√汎神解剖機関の然るべき施設に送られる。
 もちろん、怪異に慈悲など要らないと、容赦なく倒してしまっても構わない。
八辻・八重可

●願い
 その闇市場は、中華飯店のある地区から電車で1時間ほど移動した先にあった。
 鮮やかな電飾と怪しげな看板が並ぶその場所へと、|八辻《やつじ》|・《・》|八重可《やえか》(人間(√汎神解剖機関)・h01129)は足を踏み入れる。
(「怪異中華料理、何とか食べきれて安心しました。意外と美味しかったのが驚きでしたね」)
 おかげで腹を壊すこともないだろう。敵がどんな怪異の回収を狙っているのか、調べる余裕もありそうだ。
 八重可は裏路地へと向かう。折よく餌付けしている男性を見つけ、柔らかな声を意識して話しかけた。
「この子達、可愛いですね」
「おや、あなたも見えるのかい?」
「はい。何をあげているのですか?」
「鶏肉だよ」
「お肉が好きなのですね」
「野菜でも果物でも、この子らは何でも喜んで食べるよ」
「にゃあ~」
 さらつやのネッコが擦り寄ってくる。八重可はネッコの背を撫でてやった。他にも色々と言葉を交わしたが、スミスの目的は見えてこない。
(「無害なこの子達をどうするつもりなのでしょう」)
 以前、無害と思われる怪異の観察を兼ねて、触れ合えるカフェを訪れたことがある。世話をされている子達には攻撃性がなかった。此処に住んでいるふわもこ達も同じだ。
 餌をやっていた男性が去った後、怪異輸送車を裏路地へと移動させる。
(「カフェに居た子達と同じように、汎神解剖機関の研究対象ではあるけれど、保護もされる……そんな環境に居て欲しいですね」)
 近くのコンビニで購入したバナナをちぎって、ふわもこ達を誘う。
「ほら、おいで。おいしいですよ」
「ふわぁ~っ!」
「もふっ!」
 ふわもこ達がバナナの甘い香りに釣られて、八重可の傍へと集まってきた。バナナの欠片を少しずつ与えながら、怪異輸送車の中へと誘導する。
 焦らずゆっくりと、八重可はふわもこ達を車内へと格納していった。

万菖・きり

●食材集め
「そこに怪異がいるから、かぁ」
 闇市場の裏路地へと向かいながら、|万菖・きり《ばんしょうきり》(脳筋付喪神・h03471)は中華飯店で言われたことを思い返す。
 怪異がいるかぎり、怪異を調理して食べることをやめない――ということだろうか?
「……で、そこに怪異がいる」
「うさにゃぁ?」
 ふわもこが、きりを見て不思議そうに頭を傾げた。兎なのか猫なのか。よくわからない鳴き声を上げるふわもこ。程よいピンク色のふわもこを見つめ、きりは考えた。
「しかもさっきのよりも美味しそうでは?? 甘そうだし。……うーん、あのお店に持っていけばいっか!!」
 中華飯店にふわもこを持っていけば、食べられるかどうかわかるに違いない。
 きりは載霊木刀を持ち出し、じりじりとふわもこに近寄る。警戒心を何処かに置き忘れたふわもこが、無垢な瞳で彼女を見上げた。
「大丈夫、一発で終わりますから!」
「ぶみゃっ!?」
 それは一瞬の出来事であった。高速で振るわれた木刀が、ふわもこにヒットする。きゅ~、と目をバッテンにしながら、ふわもこが転がった。気絶させた彼らを、きりは数えながら袋に詰めていく。防御行動で展開されたふわもこゆったり空間は、ルートブレイカーで無効化した。
「いーちー、にーいー、さーん。あ、魚っぽい」
 大漁、大漁! オレンジ色の魚のような形をした怪異の尻尾を掴み、袋へと放り込む。空っぽだった袋は、しだいにずっしりと重くなっていった。袋の口を丈夫な紐で固く結んで、ひと仕事終えた気分だ。ひと段落付いたところで、きりはふと思う。
「うーん、よく考えたらそんなに食べたいわけでも無いけど。ま、いっか、後で持って行こー」
 今はその気がなくても、調理されたものを目にすれば、食欲が湧くかもしれない。
「どんな料理になるのかな? 楽しみですねー」
 ふわもこから作られる料理に、きりは想いを馳せるのであった。

ヨシマサ・リヴィングストン

●ふわもこセラピー
 ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)のモチベーションは、現在爆下がり中である。
「……完全に出そびれました……怪異肉を食べる気で来たのに、うっかり出る時間を間違えた結果、もう店先には閉店(次は17時から)の看板が……!!」
 仕事でフルコースを食べられる機会を逃してしまった。しっかりお腹も空かせてきたというのに。溜息を吐きながら、スマートフォンの画面を見る。
「はあ……他の方からリンドーさんの訪れる現場の情報がスマホ経由で回ってきましたけど……」
 やる気がログアウトしかけている。いっそこのまま帰っちゃおうかなぁ、なんて思っていると。
「ふわわん?」
 ちょうど裏路地に入った時、タレ耳の犬によく似たふわもこと目が合った。
「……あれ? 何だろうこの生き物。かわい~」
 足元に寄ってきたので撫でてみる。ふわもこは嬉しそうに尻尾をぶんぶんと振った。ヨシマサは思い出す。回ってきた情報に、この生き物の情報が載っていた。
「これ普通の生き物じゃなくて怪異です? え~、可愛いしこのままでいいんじゃないですか?」
 機械なら解体を考えるけれど、相手はふわもこな怪異。
「わふっわふ」
「うみゃあ~」
 いつの間にか集まってきた他のふわもこ達が、きらきらと輝く瞳でヨシマサを見上げている。
「……うん、このままでいいですよね!」
 ふわもこの群れに飛び込んで顔を埋めた。そして確信する――間違いない、彼らは人をダメにする。ふわもこ達が、ヨシマサをもふっ……と包み込んだ。
「ふわぁ~、ふわふわぁ……あったかい……」
 怪異の肉、食べたかったな――そんな未練は、ふわもこ達の感触とぬくもりの中で溶かしてしまおう。
 ふわもこを摂取することで、底まで落ちていたモチベを、少しずつ浮上させてゆくヨシマサであった。

櫃石・湖武丸

●警戒心ゼロなふわもこ
「ふにゃあ~」
「わん、わふっ」
 裏路地を住処とし自由に歩き回るふわもこ達。彼らを目にし、|櫃石《といし》|・《・》|湖武丸《こたけまる》(蒼羅刹・h00229)は、思わず口にせずにはいられない。
「か、かわいい」
 人間が餌付けしてしまうのも仕方な……くはない。可愛さについ流されそうになるが、気持ちを引き締めた。いくら可愛くても、怪異は危険な存在なのだ。
「まあ、倒すか回収するかって話だったから、俺は回収するか」
 今のところ無害らしいし殺す気にもなれない。もっとも、汎神解剖機関に持っていっても、何をされるかわかったものではないが。
 ふわもこ達に近付く。餌を貰えると思ったのか、つぶらな瞳を輝かせながら湖武丸に擦り寄ってきた。
「……それにしても、普通の動物達にもこれだけ懐かれたらなぁ」
 動物は本能的に妖怪というものを警戒してくるのか、いつも距離を置かれてしまう。
 ふわもこのような怪異を飼えばいい話でもあるが、それとこれとは別だ。
(「根本的な所は解決していないというか……やはり、動物には好かれたいのだ」)
 とは思いつつも、目の前のふわもこには、しっかりと触れあう。警戒されずにふわふわとした生物に触れられる折角の機会だ。
「よしよし、いい子だな」
 もこもこふわふわを触り、撫で、その感触と温度を堪能した。撫でられるのが気持ちよいのか、地面に溶けるように、ぺたんと座り込むふわもこ。
(「そろそろ頃合いか……」)
 撫でるために使っていた手を手刀のように振り下ろす。急所を叩き、ふわもこを気絶させた。
「むきゅう~……」
 目をぐるぐると回しながら、ふわもこはころんと地面に転がる。少し良心が痛むが殺生よりはマシだ。
「すまんな、怪異達。恨まないでくれよ」
 申し訳なさそうに呟きながら、湖武丸は用意した麻袋へとふわもこ達を詰めていった。

阿久野・京一郎

●遊び疲れるふわもこ
 ふわもこ達が棲み付く裏路地へと、|阿久野・京一郎《あくのきょういちろう》(優しき外星体ルイの使者であり、悪の大社長・h07436)は訪れる。
「彼らがふわもこですね。本当に穏やかな子達のようです」
 京一郎の姿を見ても、ふわもこ達に逃げる様子はない。威嚇行動などもせず、のんびりとしている。
 倒す必要が無いならば、出来るだけ無力化の方向で動きたい。京一郎は|無垢なる笑顔《イノセンススマイル》を浮かべ、敵意がゼロであることを示す。
「ほら、怖くないですよ。一緒に遊びましょう」
 片手には五円玉に紐を通した振り子。ぐーるぐーると動かしながら、ふわもこ達へと近付いた。誘うような振り子の動きに、ふわもこ達の頭が右へ左へ忙しなく動く。
「ふわにゃっ!」
 丸々と太った猫のようなふわもこが、五円玉へと跳び付こうとした。京一郎は巧みな動きで振り子を操り、跳び付きを回避する。
「次はこっちですよ。ふふ、元気ですね。そろそろお腹が空いたでしょう?」
 しばらく遊んだ後は、闇市場で買ってきた食べ物を与える。ぱくぱくと美味しそうに食べるふわもこの背を、京一郎は優しく撫でてやった。
「ぷー……ぷー……」
 ふわふわと撫でるうちに、ふわもこは寝息を立て始める。
(「よし、眠ってくれましたね」)
 静かに息をついて、京一郎はそっと立ち上がる。あとは仲間たちが回収してくれるだろう。それにしても、と彼は思考を巡らせる。
(「敵対組織がわざわざこの子達の何を調べて、何に使いたいのかよく分からないですね。戦う気力を削ぐとかそういうのなんですかね?」)
 人々をふわもこの可愛さで魅了して、抵抗できないようにする……それはそれで、使い方次第では怖ろしい怪異兵器に化けるのではないか。
(「……真の目的が何であれ、この子達が敵の手に渡ることは防がないといけませんね」)
 ふわもこ達の無防備な寝顔を見ながら、京一郎は思うのであった。

モコ・ブラウン
史記守・陽
静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

●ふわもこの脅威
 中華飯店にて怪異料理を完食し、特命班の面々は件の裏路地へと向かう途中だ。
 闇市場を歩くモコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)の足取りは軽い。
「いやー面白い料理だったモグね。なんだか懐かしさすらあったのモグ。店主も気持ちよく情報を教えてくれたし万々歳モグな!」
 モコは上機嫌だ。怪異料理を堪能できたし、情報もバッチリ手に入れた。一方で、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は、死人のように青白い顔をしている。
「……限界は疾うの昔に超えた。俺様はもう、燃え尽きたぞ……?」
 闘争が待ち受けていることは理解しているが、それまでに炎を再び燃やせるだろうか。
 |静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)も腹具合を気にしつつ、裏路地へと急ぐ。
「まだ、胃の中でぴょんぴょこしてるような気がするが……まぁ、大丈夫だろう。この後はリンドーとの戦いもある。腹ごなし兼肩慣らしといこうか」
 戦っているうちに、触手も完全に消化できよう。
「フハハッ! 怪異の処理か。リンドー・スミスとの闘争前の肩慣らしと行こうではないか! ……正直、未だに気分はあまり良くないが」
 アダンの胃腸……というよりも、精神面にダメージが残る。やはり触手担々麺の影響は大きい。
「二人とも、大丈夫です? 胃もたれ(?)に忘れようとする力って効くのかな……試してみましょうか」
 |史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)が提案する。気遣う彼だが、彼自身も連日の依頼で心が擦り減っている。控えめにしたとはいえ、怪異料理でさらに疲れた気がする。率直に言って、癒されたい。
 怪異料理はやはり人を選ぶということか。
「みんな大丈夫モグ? 人間には中々厳しかったようモグな。署に戻ったら胃薬を……ん?」
 裏路地に入り、飛び込んできた光景にモコは目を真ん丸にした。
「ふわにゃあ~」
「わふ、わふん!」
 其処はふわもこの楽園であった。小動物や魚をデフォルメしたような怪異が、ふわふわと徘徊している。
「な、何モグ!? このふわふわは!? 妖怪……? いや、これも怪異モグか……ケセランパサランかと思ったモグ」
 すぐに冷静になったモコとは逆に、陽の疲弊した脳には電流が走っていた。
「……か、っ……」
 かわいい。ストレスの多い現代社会――陽の場合は現代社会レベルではない気がするが――普段なら見向きもしないであろう生物達に心を奪われる。
 肩慣らしする気満々だったアダンは、脳内へと宇宙が広がる心地だ。
「…………は? 何だ、此の珍妙極まる愉快な動物達は!? まるでぬいぐるみのような様相ではないか!」
 目の前を通った魚のようなふわもこを捕まえてみる。見た目は魚であるのに、手触りはふわふわだ。
「ふわわぁ~?」
 桃色の耳が長いふわもこが特命班に気付き、「なぁに~?」と言いたげに首を傾げる。珍妙ながらも、彼らからは敵意も悪意も感じられない。
「…………えらく可愛らしいな。いや、怪異であるのは分かるが……」
 恭兵はそっとふわもこに近寄ってみる。屈み込み、指先でつん……と餅のような体をつついてみた。
 ふわふわぷにぷにしている。そして、ふわもこは触られても大人しい。
「こんな見た目だが実は凶悪とか言うパターン……と思ったが。と、言うわけでもない……?」
 モコがその辺にいたハムスターのようなふわもこをつまみ上げた。
「確かこういうのでも捕まえて解剖すれば『新物質』の研究になるのモグよね。……うん、害はなさそうモグな」
 つまみ上げたふわもこを観察してみるが、ぷるぷる震えるだけで攻撃性はない。
 試しに触っていたふわもこが足元に寄ってきて、恭兵は困惑している。
「本当に無害なふわもこだと言うのか??? 怪異に容赦は無用だが……」
「うさにゃ~」
 桃色のふわもこが、恭兵の手に顔を擦り付ける。撫でて欲しいようだ。この怪異、あまりにも人懐っこい。
 アダンも状況を受け入れるまでに時間を要したが、どうにか吞み込んだ。
「怪異? えっ? 本当に怪異なのだな……皆、此奴等を如何する? 回収して然るべき施設に送るのも手だろうが」
 手に掴んだままのふわもこに視線をやる。無垢な瞳が、アダンを見返した。
 ふわもこを撫でてやりながら、恭兵が返す。
「その施設での扱いがどうなるかは正直俺にも分からんが……現状、他に選択肢はないな。倒す気にもなれないし、回収の方向で動くとするか」
「モグはそれでいいと思うモグ。……あれ、そういえばシキくんは?」
 震えるふわもこを掴んだままモコが言う。そこで三人は、ようやく陽が彼らの視界内にいないことに気が付いた。
 では、陽は何処にいるのか。
 彼は三人から少し離れた場所、ふわもこの群れの中に居た。
「もふもふ……かわいい……ふわふわだ……」
「ふわにゃぁ~」
「わふもふっ」
 思う存分撫でまくる。囲まれていても、逃げる気など起きなかった。
 陽の姿を目にしたアダンが、さらなる脳内宇宙の深淵へと落ちる。すぺーすきゃっとならぬ、すぺーすはおうさまである。
「……史記守は、何をしているのだ?」
 すぺーすはおうさまの呼びかけに、陽は答えを返さない。陽はひたすらにふわもこを抱き締め、撫で、もふり続けている。
(「なんだか普段の悩みとかどうでもよくなってきた……」)
 寄り集まったふわもこ達に顔を埋める。まるで、ふかふかのベッドだ。
 今までずっと何に悩んでいたのだろう。そんな疑問すら、ふわもこのぬくもりに溶け消える。
「……幸せ……」
 これが、ふわもこゆったり空間か。
「……シキくん? 残念だけどうちには連れて帰れないモグよ?」
 諭すように、モコが陽の肩にぽんと手を置いた。陽の心労がひしひしと伝わってくるようだ。最近の彼は色々とあり過ぎなのだ。ふわもこをお持ち帰りすることは叶わないが、ちゃんと休んでほしいと彼女は思う。
 アダンも咳払いした後、言い難そうに紡いだ。
「嗚呼、うむ……史記守よ。回収が終わる前には、別れの覚悟を決めておけ」
 二人の言葉に、陽は傷付いた顔をする。子猫を拾って、親に「捨ててきなさい」と言われた子どものようだ。
 ……非常に、非常に回収作業がしずらい。
「史記守。癒されているところ悪いが……怪異の持ち帰りは出来ん。諦めてくれ」
 陽が抱え込んでいるふわもこ達も回収せねばならない。申し訳ないと思いながらも、恭兵が仕方なしに陽の腕を引っ張った。
「いやです腕引っ張らないでください。俺帰りたくないです。ずっとこのままでいいです」
 必死に腕の中のふわもこを守ろうとする。困惑しきったアダンが、どうにか陽を説得しようと試みた。
「癒やされている所に水を差す様だが……此の後の闘争に、其奴等を巻き込む事になるが良いのか?」
「そ、それは……うぅ、いやです。で、でも、この子達を連れて帰るんだ……!」
 俺が面倒みますから、と必死に訴えてくるが、そういう問題ではないのだ。モコが陽の腕の中から、ふわもこを一匹引っこ抜いた。
「諦めてモグ。うちでは飼えないのモグ。……そんなに動物を撫でたいなら、モグの毛を触らせてあげてもいいモグよ」
 モグラの毛は柔らかくなめらかで、手触りが良いとか。もふもふとは少し違うかもしれないが。
 三人掛かりでふわもこを没収する。お気に入りのぬいぐるみを取り上げられた、子どものような表情を浮かべる陽。そんな彼に良心が痛まないわけではないが、三人は心を鬼にした。これは任務なのだ。
 そして、恭兵は確信する。一見無害に見えたふわもこは、条件が揃えば怖ろしい現象を引き起こすのだと。
「史記守が駄々っ子になってしまった……これが、ふわもこの力なのかもしれないな……」
 敵対組織にふわもこ達を引き渡してはならない。心の底から思うのであった。

第3章 ボス戦 『連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』』



 非実在怪異『ふわもこ』。その回収任務は、本来リンドーが担当する予定ではなかった。しかし、彼はその任務を引き受けた。強く希望した、といった方が正しいかもしれない。
 彼はこれまで、数々の作戦を√能力者に妨害され続けてきた。蘇生できるから体は元通りだが、だから良いということはない。任務に赴く度に殺されていては、いくらリンドーとて、気が滅入るというもの。
 だから、彼は癒しが欲しかった。ふわもこと触れあいたかったのだ――だが、現実はどうだ?
「……また、君たちか!」
 現場に居たのはふわもこではなく、彼と敵対する√能力者であった。
 リンドーのふわもこ回収は阻止できた。あとは彼を撃破することで、敵対組織の活動を妨害するだけだ。
ヨシマサ・リヴィングストン

●ふわもこ安全保障条約
 ターゲットの出現に、ヨシマサ・リヴィングストン(朝焼けと珈琲と、修理工・h01057)はふわもこに埋めていた顔を上げた。
「おや、本命が出てきましたね~」
 体は未だにふわもこへと埋まり、ぬくもりと柔らかさを全力で味わっている。ふわもこに触りたくても触れないリンドーには、さぞかし辛い光景だろう。
「私に対する嫌がらせかね?」
 眉を寄せるリンドーに、ヨシマサは首を横に振ってみせた。
「いえいえそんなことは。不可抗力ってやつですよ~」
 ふわもこに好意的に寄られては埋まらずには居られない。両腕でふわもこを抱き締めながら、ヨシマサはリンドーへと語りかける。
「ですが、まさかこのふわもこが狙いとは。……確かにこの依頼は汎神解剖機関からお引き受けしたものです。しかしボクは√汎神の人間ではないので、機関にもFBPCにも味方する気も敵対する気もありません」
「どういう意味だ?」
「√WZの人間からしてみれば、人類同士で戦うこと自体しょうもないことです。ついでに肉を食べそびれたのであまりやる気を起こす感じでもないなって……」
 腹も空いているし動きたくない。己の気分に従い、ヨシマサは提案する
「どうですリンドーさん。このふわもこが欲しいんでしょう? ふわもこの安全を守ると約束してくれれば、このふわもこはあなたにお譲りしましょう。いえ、機関の解剖から守ってください」
「……君はともかく、君のお仲間は私を信じないだろう。組織間の溝は深いのだよ」
 答えはNO。取引の不成立に、ヨシマサは溜息をついた。
「はぁ、わかりあえないって悲しいですね~。ふわもこ達にこんな場面は見せたくなかったんですが」
 言いながら慣れた手つきで重火器を構える。彼の動きに迷いはなかった。
「ふぁいや~!」
 |爆拡形態《ブロウアップモード》を展開し、|装甲撃砲装置《インフェルノギア》へと換装。巻き起こる爆発が、戦いの始まりを告げた。

万菖・きり

●尽きぬ食への興味
「またって、私は初めましてですけど!!」
 |万菖・きり《ばんしょうきり》(脳筋付喪神・h03471)は主張する。リンドーはあまりにも多くの√能力者に殴られ過ぎて、初対面かそうでないかの見分けが付かないのかもしれない。
「おじさんも大変ですね! まぁ殴るんですけど!!」
 一息にリンドーへと接近。きりは興味の赴くまま、載霊木刀と一緒に話も振る。
「そういえば、おじさんってこの怪異(袋詰め)で癒されようとしてたって本当ですか?? 意外です!! 案外普通の人ですね!!」
「よく喋るお嬢さんだ……」
「人間とお話するのは楽しいので!」
 笑顔で語りながら、リンドーが騎乗する怪異の脚部を切断した。バランスを崩した怪異から飛び降りるリンドー。彼は別の怪異をきりへと差し向ける。きりは素早く載霊式弓銃へと持ち替えて、怪異の目玉を容赦なく射抜いた。リンドーの視線はふわもこの袋詰めに向いている。
「ところで、君は彼らをどうするつもりなのだ」
「怪異料理のお店に持っていって調理してもらいます!」
「なるほど。調理……まぁ、そういう利用法もあるか」
 彼は複雑そうな顔をするが、きりは気に掛けない。
「やっぱり唐揚げとか角煮? それともさっぱり目に酢豚みたいなのがいいかなぁ。あ、お裾分けして欲しい人いたらあげます。リンドーさんにはあげないけど」
 |日本刀乃姿《ニホントウフォーム》を展開し、羽織袴へと変身する。|道切菖蒲《みちきりあやめ》を新たに構え、リンドーへと肉薄した。 
「抜刀っ!! 怪異もリンドーさんも、道切菖蒲でパパっと捌いちゃいます!」
 手にした日本刀を閃かせる。あらゆる物を切断する力が、リンドーの使役する怪異を切り裂いた。さらにはその先にいる彼にも道切菖蒲が届く。身を裂かれ、リンドーは忌々しげに眉を寄せた。

八辻・八重可

●研究熱心
 癒しを求めて来てみたら戦闘が待っていた――リンドーの置かれた状況を、|八辻《やつじ》|・《・》 |八重可《やえか》(人間(√汎神解剖機関)・h01129)は敵ながら不憫に思う。
「誰でも癒しが必要なのは分かりますし、お気の毒とも思います。とはいえ思想が相反する以上、戦闘は避けられません」
 現実は厳しいのだ。彼が求める癒しはここにはもう無いのだと、八重可はシリンジシューターの砲口を向けることで示す。
「ふわもこは私達が手厚く保護します。そちらの組織に渡すわけにはいかないのです」
 世界征服のような物騒な野望以外で、彼には別の気晴らしを探して欲しい。
 そのように祈りつつも|怪異解体連射技法《ジンソクカンゼンカイシュウ》を展開。裏路地を駆けて、注射器を連続で射出する。
「一片たりとも逃しません」
 乱れ撃つ注射器が、リンドーの従える怪異や彼自身を容赦なく切り裂いた。
「まったく、面倒な事この上ない!」
 荒れ狂う怪異の群れをリンドーは解き放つ。突進する怪異をギリギリまで引き付け、八重可は路上に止めていた怪異輸送車の後方へと滑り込んだ。輸送車の側面に勢い余った怪異たちが衝突する。回り込んできた怪異には、至近距離からのシリンジをお見舞いした。
 切断した怪異肉を、回復のために口へと放り込む。
「……同じ怪異肉でも、先程食べた料理とは全く違いますね」
 つい比べてしまうが、すぐに思考を切り替えた。輸送車から駆け出し、遮蔽物となる建物を経由しながら攻防を繰り返す。リンドーも負傷しているが、切断された体が消滅する気配はない。
(「肉体が消失しないのであれば、戦闘後に人体の一部も回収できるでしょうか」)
 『欠落やアンカーの有無関係なく、死後蘇生を阻み完全消滅させる方法』を模索する――その研究のために、可能ならば持ち帰りたいところだ。

阿久野・京一郎
櫃石・湖武丸

●削ぎ取る
 穏やかな路地裏が戦場と化す。ふわもこ達を事前に保護できたのは幸いと言えよう。
 |阿久野・京一郎《あくのきょういちろう》(優しき外星体ルイの使者であり、悪の大社長・h07436)は、リンドーをまっすぐに見据えた。
「貴方が敵ですか、暗い顔をなさってますが、お互いの正義がかち合ってしまった以上、仕方ありませんね」
 どちらが『悪』かではなく、互いに主張する『正義』が対立してしまった。だからこそ、京一郎には戦う意思こそあれど憎悪は無い。
 同様に、|櫃石《といし》|・《・》|湖武丸《こたけまる》(蒼羅刹・h00229)にも悪感情はなかった。
「すまない、またなんだ。いや、謝る必要はないか」
 敵同士、繰り返し争い合うのは必然だ。以前リンドーと対峙した時のことを、湖武丸はしみじみと思い返す。
「お前と最後に会ったのは春だったな。いやはや、月日の流れは早いもので……今回も倒されてくれ」
 湖武丸の言葉に、リンドーは深い溜息を吐いた。
「……今回ばかりは切り抜けたいがね」
 リンドーは不機嫌に顔を顰めたまま怪異を身に纏う。黒い翼に触手、肉塊から無数の目が睨んだ。
「あれが肉体融合武装ですか。あの攻撃に直撃したら、タダでは済まなそうです」
 悍ましい姿を目にするも、京一郎は臆することなく冷静だ。湖武丸も頷きつつ、鬼々蒼々を抜いた。
「怪異を使って武装をする奴だったはずと思っていたが、その記憶は正しかったようだ」
 京一郎が5基のヘビー・ブラスター・キャノンを召喚する。全砲の照準をリンドーに合わせるが、それは遠距離から撃つための陣形ではない。
「範囲攻撃をしてくるという事はそれなりに近づいてくるはず。近付いてきたところを叩きます」
 機動力と命中率の低下を補う戦法だ。近距離での相打ちはリスクもあろう。ならばと湖武丸がひとつ提案する。
「俺は刀で敵の怪異を剥ぎ取る。融合しようが武装しようが、剥がしてしまえばただの人だ。多くの武装を壊して、攻撃手段を限定させよう」
 そうすれば、近距離で撃ち合う際のリスクも減らせるはず。京一郎が柔らかな笑みを浮かべた。
「とても心強いです。それでは頼みますね」
 怪異を蠢かせリンドーが二人へと迫る。湖武丸は精神を研ぎ澄まし、接近する敵を視界の中心に捉えた。攻撃の意思を持った触手が眼前に迫る。
「――俺の間合いだ」
 近寄ったが運の尽き。霊的な力を刀へと込め、怪異の攻撃軌道を阻むように一閃する。霊力と妖力が混ざり合い、洗練された太刀筋が鮮やかな軌跡を描いた。
 強烈な薙ぎ払いが繰り出され、触手を刎ね飛ばす。|神散鬼暴《シンサンキボウ》によって重ねられる霊力の斬撃が、複数の触手を立て続けに切り落とす。
 間近にいるリンドーへと狙いを定め、京一郎がブラスターキャノン・フルバーストを展開した。
「単体では弱くとも、複数あれば――貴方を上回る事が出来るはずです」
 5基のキャノンから一斉に弾丸を発射する。至近距離の射撃はリンドーへと風穴を開けていった。
 反撃に武装怪異を振り下ろすも、湖武丸がそれらを破壊していたため威力は落ちている。
「この程度であれば、エネルギーバリアでどうにか……」
 装備品のライフルも盾代わりに、繰り出された攻撃を受け止めた。衝撃を感じるも致命傷に至るものではない。……この後も予定がある。倒れるわけにはいかないと、大地を力強く踏み締める。
「チッ……」
 舌打ちするリンドーに、湖武丸が穏やかに語りかけた。
「お前も苦労するよな、どこ行っても俺達に会うし負けるし。それよか俺達と同盟組んだりした方が楽になるんじゃないか?」
 組めるかどうかは別の話なんだがな。苦い笑みを滲ませる湖武丸に、リンドーも渋面を浮かべた。組織間の争いというものは、なんとも複雑で煩わしいものだ。

静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート
史記守・陽
モコ・ブラウン

●撃破数更新
 リンドーはふわもこに癒しを求めていた。その事実は、特命班のうち2名へと衝撃を与える。
「フ、ハッ、フハハハハッ!!! 此れは、何とも愉快痛快なジョークだな?」
 笑撃というべきか。怪異料理によるダメージなどすっかり忘れ、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)が大声で笑う。
 |静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)も口元を手で押さえ、思わず笑いそうになるのを堪えていた。
「いや、まさかリンドー・スミスともあろう男がふわもことは言え『怪異』に癒しを求めるとは意外だった」
「モグ? リンドースミスってあの?」
 モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)が首を傾げる。聞いていた印象と目の前にいるリンドーの状況、そして、アダンと恭兵の反応。想定していた状況と異なる。
「史記守、モコ、すまぬ。俺様と恭兵は彼奴と……少なくとも五回程度は相見えている故に、ついな」
 アダンはふわもこを吸っているリンドーを想像しかけたが、どうにかそれを封じ込めた。一方で恭兵がリンドーを見やる。つい、我慢できずに口元がニタリと歪んだ。
「俺やアダンとも何度か戦ったこともあるのだが、負けたお前の記憶には残ってはいないかもしれないな」
 リンドーはうんざりしたように眉を寄せる。
「……不思議なものだ。君らを見ていると、無性に腹が立ってくるよ」
 なんとなく事情を察したモコが、少しだけ彼に同情する。
「へえ、アダンくんと静寂さんはそんな顔見知りだったのモグね。この2人に何度もやられてたら、そりゃふわふわに癒しを求めるのも仕方がないモグよね……」
 結局それは叶わなかったわけだが。しかし、リンドーにとっては、逆に良かったかもしれない。
 ふわもこはヒトをダメにする。|史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)のように。
「うぅ……もっと戯れていたかった……仕事したくない……リンドーさんも同じ目的だったなんて……こんな形じゃなきゃ仲良くなれたかも……」
 名残が消えず、まるで夢の中にいるようだ。
「……ほらシキくん、しゃんとするのモグ!」
 モコがばしんと強めに陽の背中を叩いた。陽は夢から覚めたようにハッとする。
 そうだ。リンドーを撃破しなければ。彼の思い通りにはさせない。
「俺だってお家に連れて帰りたいのを我慢しているんですから! お持ち帰り禁止です!」
 リンドーは、それはもう深い溜息をついた。怪異制御術式を解放し、蟲翅や刃腕を増加させる。
 一層不気味な姿と化した彼の人体部分に狙いを定め、恭兵は|曼荼羅《まんだら》を抜き、その刀身に死霊を纏わせる。
「では、この度も粛々とご退場頂こうか?」
 使役する死霊がその霊体に宿すのは、夥しいほどの怨恨と呪詛。映し出された負の情念は曼荼羅を取り巻き、その刃にさらなる殺傷力を与えていく。
「――身に纏う怪異も、お前の体も、すべて切り裂こう」
 真綿の檻は花錦の如く。|花寵封滅《カチョウフウメツ》が、薄暗い路地裏へと赤い花弁を散らせた。それは怪異、そしてリンドーの血である。傷口から流し込まれる呪詛が、敵の意識を掻き混ぜ濁らせた。
「うっとうしい……」
 意識を繋ぎ止めるリンドー。彼は怪異へと騎乗し、荒れ狂う怪異の群れと共に路地を駆けた。
 モコが彼を視界内に捉え拳銃を構える。
「モグとシキくんも、お前をモッグモグにしてから逮捕してやるモグからな!」
 アダンと恭兵に加えモコと陽もいるのだから、2倍キツいに違いない。特命班によるフルボッコを受けてもらおう。怪異を放とうとする敵に|モグラ先制射撃《モグラ・カウンター》を発動する。路地の壁を蹴り上げて高く跳躍、拳銃の射程まで一気に距離を詰めた。
「先手を撃つモグっ!」
 照準を合わせ引金を引く。目にも留まらぬ早撃ちがリンドーへと叩き込まれ、武装化した怪異に風穴を開けた。破壊されて地面へと落ちる怪異にリンドーは顔を顰める。
「くっ……行け、怪異ども!」
 新たな怪異を強引に放つも、既にモコは土の中だ。彼女を見失い、怪異もキョロキョロと周囲を見回すしかない。そんな怪異らへと、黒狼の群れが飛び掛かる。彼らはアダンの影より生み出された忠実な獣。|覇王の喝采《ベルゼビュート》により召喚された力の一端である。
「あのリンドー・スミスが? 新物質の事は関係無く怪異に癒やしを求めているだと? 此れを笑わずして、何時笑う……フッ、ハハッ!」
 この√能力は直近の依頼でもリンドーに使ったもの。煽りたい一心で敢えて選んだ。
 数多の影の鎖をリンドーへと巻き付けて、昏い黒炎の波を広範囲に拡げる。だが、感情の炎を煽ったのはリンドーに対してだけではなかったらしい。
 ルートブレイカーに輝く右掌を、陽がぎゅっと力強く握り締めた。
「アダンさん? 今なんて言いました? ふわもこに癒しを求めることの何が悪いんですか! もふもふじゃなきゃ癒やせない疲れだってあるんです! 俺は、俺だって……!」
 思わぬ方向からの反撃(?)にアダンは面食らう。
「え? 否、待て、史記守? 俺様は彼奴の事を笑っただけで、決してお前に対して笑ったのではない」
 慌てるアダンに、リンドーが口端を上げた。
「仲間割れかね」
「仲間割れではない! これはそう、情報伝達にズレが生じただけのこと!」
 アダンは即座に否定する。コミュニケーションとは、時に困難を極めるものなのだ。
 それはそれとして、陽も戦況については正確に認識しているわけなのだが。
「あ、それとこれは別なので、リンドーさんはきちんとご退場願います。ただ、ふわもこさん達にふれあえなかったのは可哀想なので、彼らの魅力を|語って《マウント》あげましょう!」
「本気でそれが優しさだと?」
 非難に満ちたリンドーの言葉は無視して、陽はふわもこについて語り出す。
「本当に可愛かったんですよ。あったかくて、ふわふわして。撫でてあげると、体を擦り付けて甘えてくるんです。犬や猫みたいな子だけでなくて、兎みたいな子も居て……」
 モコは地中から顔を出しつつ息を呑んだ。
(「すごい力説してるモグ……そんなにあの怪異の感触が良かったモグか?」)
 ともあれ支援射撃は忘れない。敵の肉体融合武装へと弾丸を撃ち込む。
「えぇいうるさい!」 
 武装を傷付けられながらも、攻撃態勢を取るリンドー。
「ダメです! ちゃんと話を聞いてください!」
 陽は振り下ろされる怪異を右掌で受け止めて無効化する。武装を無力化されたリンドーを、アダンの黒炎が燃やした。
「……恭兵、史記守の様子がおかしい。俺様は一体どうすれば……」
 戦いながらもアダンは困惑していた。恭兵が苦い笑みを滲ませながら眉を下げる。
「あー……まぁ、問題なく戦えているし、何もしなくていいんじゃないか?」
 いつもと違うが危険はない。恭兵は結論付け、花寵封滅を再び叩き込んだ。昏迷へと突き落とす一撃が、リンドーの脳を激しく揺らす。
「シキくん……」
 なんて気の毒なのだろう。陽の心境を慮るモコの弾丸は、リンドーの眉間を撃ち抜いた。
「ぐぅッ……また、しても……」
 僅かな隙すら与えない猛攻に、リンドーは倒れ伏す。
 目標は撃破した。戦闘が終わった瞬間、陽の胸に悲しみが再来する。
「うぅ……ふわもこ……お持ち帰りしたかった……ふわもこ……」
 しょんぼりする陽に、恭兵が優しく声を掛けた。
「史記守、お前も疲れてるんだな……癒しを求めるのは悪くはないがあれは怪異だからな。すまない、がまんしてくれ」
 アダンも複雑な面持ちで陽を見つめている。
「そんなに連れて帰りたかったのか……まさか此処までとはな」
 状況は思っている以上に深刻なのかもしれない。
「モコ……よかったら後でモグラ姿になって史記守を癒してやってくれ。あの姿は可愛いし癒しにもなるだろう」
 恭兵の言葉に、モコは頷いてみせた。
「そうモグね……シキくんもお疲れのようだし、楽しいことでも計画してあげるモグか……」
 ふわもこでなくとも、陽の心を癒せる『何か』は、きっと存在するはずだ。

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