我こそ正義と叫ぶなら
●少年は力を求める
「くそっ、くそっ、くそっ!」
家に帰ってくるなり学生鞄を放り投げ、少年は悪態を吐いた。だが、それを咎めるものはいない。それどころか、少年へ|出迎えの言葉《おかえり》を言う者すらいない。
少年は一人だった。
「……はあ」
ため息を吐いて、鞄を拾い上げる。虚しい。
あの銀行で、怪人被害に遭っていなかったら。もっと早くヒーローが助けてくれていたら。あの時強がらずに、一人で暮らすことを選んでいなければ……後悔が吐いた息に乗じて身体に纏わりつくのを感じて、少年は階段を駆け上がった。
妹の誕生に合わせて引っ越した2階建てのこの家に住むのも、今では自分ひとり。ああ、ダメだ。階段を上がる行為でさえ、自分を苦しめる。
何とか自室のドアを開けて、ベッドに倒れこみ、布団を抱きしめる。それから、Yシャツの胸ポケットから、星座が描かれたカードを取り出した。
それは『シデレウスカード』と呼ばれるものであったが、少年には知る由もない。ただ、偶然拾ったものだ。ただ、それを見つめていると少年の心はだんだん落ち着いていくのを感じていた。
「果たして、何が悪かったのでしょうね」
声が聞こえた気がする。自分しかいないはずの部屋、けれど少年はすっかり慣れたように、答えを返した。
「ヒーローが悪いんだ」
そうだ、ヒーローが悪い。助けに来るのが遅かったのが悪い。悪の組織を壊滅させられないのが悪い。
僕の家族がいなくなったのは、皆ヒーローが悪い!
とんでもない責任転嫁であるが、その理論に突っ込みを入れるものはだれもいない。
「力が欲しいですか?」
「……欲しい」
「それでは、ご用意しましょう。貴方の描く未来世界と引換えに」
部屋の中の声は、少年にもう1枚のカードを差し出した。少年は、それを受け取った。
そこには、鎧の騎士が描かれている。2枚目の『シデレウスカード』。
「十二星座」と「英雄」のカードが揃い、少年の姿は変化していく。自分に力が満ちあふれていくのを、少年は感じていた。
「おめでとうございます。あなたは力を手に入れた……気分はどうです? サジタリアス・モードレッド」
「いい気分だ……だけど、僕の名前はそんな名前じゃない!」
「では、何とお呼びすればよろしいでしょう」
「僕は弾丸のように駆け、誰よりも早く人を守るネオヒーロー……ハヤテだ!」
「く、く、く……ネオヒーローですか。良いですね、それでは約束通り、貴方の描く未来世界頂戴いたします」
少年────ハヤテの身体から何かが抜け出て、結晶となった。けれど、気にしない。これは対価だ。この力さえあれば、未来なんてどうにでも変えられる。
「ヒーローも悪人も、全員僕がぶっとばしてやる!」
●その先に待つのは悲劇
ゾディアックサインで、『シデレウス』となった少年の境遇を垣間見た備藤・孝陽(横紙破りの脚本家・h07694)は、悲しそうに眉を垂れ下げていた。
「今回は|サジタリウス《射手座》の力と鎧の騎士モードレッドの力を持つ怪人『シデレウス』に関する予知だ。どうやら力を手にしたのは、怪人被害で家族を失った少年らしい」
『サジタリアス』は『ネオヒーロー・ハヤテ』を名乗って、手当たり次第に人助けをおこなっているらしい。ただ、それだけではない。犯罪者には、一般人であっても怪人の力を使うことをためらわず、遅れて駆けつけるヒーローを罵倒して攻撃しているらしい。
「その……ハヤテに倒されたり、酷く罵倒されて落ち込んでるヒーローが既に結構出ているみたいだから、その人たちからハヤテの行方を探ることができると思う」
ヒーローの情けない姿を見たことに、少し気まずそうだ。男としては、ヒーローはカッコいい存在でいてほしいものだが……という思考を、咳払いで誤魔化す。
「んんっ、それから『シデレウスカード』を渡したやつがいる。多分、望みと引き換えに何かを奪う能力を持っている。印象としては……信用ならない商人って感じかな」
「おじさんの予知はここまでだ。それじゃあ行ってらっしゃい────この物語がハッピーエンドになるかは、君たちの手にかかっているよ」
第1章 冒険 『挫折しかかっているヒーロー』
●歴戦のひぃろぉ『アイアンヴァンガード』
「おや、冴えない顔してるねぇお若いの。ぽっと出の素人にこてんぱんにされて意気消沈ってとこかい?」
がっくりと肩を落としていたヒーローの男は、からかう様な声に反応して顔をあげた。そこに立っているのは、年若い少女のようであり、同時に妙齢の女性、あるいは多くの経験を積んだ老人の様でもある、不思議な女性だった。
ただ、その立ち姿からわかることが一つある。
────強い。ゴテゴテとした装備や、屈強な筋肉があるわけではない。だが、その自然かつ隙の無い立ち姿は、女性の強さを推し量るのに十分だった。
男は、アイアンヴァンガードという名前でヒーロー活動をしている。それなりに経験豊富で、多くの人を救ってきた自負があった。
だが、今回は男が駆けつけるよりも早く『ネオヒーロー・ハヤテ』を名乗る存在が怪人を倒しており、その後に到着したアイアンヴァンガードに言葉の限りの侮辱をおこない、去っていったのだ。
自分の強さは実際、あのハヤテにも、この女性の足元にも及ばないだろう。経験豊富ではあるものの、大した実力はない……その事実はコンプレックスとして重くのしかかっており、恐らく助けるべき少年によりおこなわれた侮辱は、その柔らかい部分を深く抉っていた。
「わしかい? わしは頼まれたもんでね、|やんちゃ坊主《・・・・・・》を始末しに来たんよ」
「始末……殺すのか?」
「さてどうなるか……少なくとも、助けるか否かは奴さん次第かねぇ?」
女性の言葉に、男は俯く。男には、ハヤテが悪人とは思えなかった。非常に暴力的で、兜に包まれたその表情を知ることはできなかったが、吐き捨てるように|アイアンヴァンガード《ヒーロー》を罵倒する姿は、助けを求める子供に見えたのだ。
「何だい難しい顔して……何が悪かったか、何が出来たか……ってとこかい?」
「ああ、自分がもっと強ければ……彼が現れるより早く怪人を倒せていたら……」
「ははは、全部救うなんてのは神の所業さ、自惚れちゃいかん」
女性は呵々と笑いとばした。
「一騎当千の猛将も万夫不当の英雄も、一から十まで救う事なんて出来やせんし、過ぎた事を悔やんでも、やり直しなんてできやせんよ」
それは、男もわかっているつもりであった。だが、現実に打ちのめされると感情が追いついてこないものだろう? 年甲斐もなく、そんな不貞腐れた感情が浮かぶ。
「お前さんは運が悪かっただけだ。でも、そんな様子じゃ今からできることもないね」
女性は、にやりと笑って男の肩を掴む。すると、不思議な理力により男の身体が立ち上がる。合気道の様なものだろうか、男には判別が付かない。極まった武術は殆ど魔法の様なものだ。
立ち上がった男の胸を、拳がとんと叩いた。すると再び、ヒーローとしての勇気が湧き上がる心地がする。これもまた、武術の力だろうか? あるいは、女性の言葉の力強さ故だろうか。
「ほれ、下向いてないで開き直って前向きな、|ひぃろぉ《・・・・》なんだろ? 一朝一夕で終わるほど世直しは簡単じゃないよ」
「あ、あぁ……」
男が前を向き直ると、女性は既に歩き始めているところだった。男は思わず叫ぶ。
「あ、あんた、名前は!?」
「なんだ今更かい? わしは六合・真理。ま、世にいう仙人というやつだねぇ」
六合・真理(ゆるふわ系森ガール仙人・h02163)は、胸を張った。なるほど仙人とは、歴戦を気取った自分より余程経験豊富そうだ。そう考えると、自分の悩みはなんと馬鹿らしいことか。
|アイアンヴァンガード《ヒーロー》は、再び自分にできることを考え始めた。
「彼は、恐らく────」
六合に、ハヤテが向かったであろう方角を伝える。自分の力では『ネオヒーロー』を名乗った少年を救えないかもしれない。
だが、彼女ならばあるいは……。
●新進気鋭のヒーローチーム『ジェネレーションズ・リベロ』
「うぅ……ぐすっ……」
「泣くなよ! そんなんだから負けるんだろ!?」
「クソッ、なんだったんだアイツは……」
戦いの痕跡が残る中で、3人の少年少女が傷だらけの身体を押さえていた。彼らはヒーローチームだったが、怪人との戦闘中に台風のように現れた『ネオヒーロー・ハヤテ』の攻撃を受けて怪人もろともに倒されてしまったのだ。
そして────『倒すのが遅いんだよ! 役立たず!』
彼らにとってこれは初めての敗北であった。しかも、ただ怪人に負けたのではなくヒーローと思われる存在に失格を叩きつけられたのだ。その動揺は大きく、平時であれば互いを励ましあい高めあってきた彼らも、自分たちを傷つけあっているような有様だった。
八神・英守(|不屈の白狐《アームドライダー・ウルペース》・h01046)は、ちょうどそんな現場に到着したところだった。
「君たち、大丈夫か!」
3人の肩がビクリと震え、怯えたような様子で八神の方を振り向いた。そして、ようやく我を取り戻した様子で、泣いていた少女が少年たちの治療を始めた。それに伴い、少年たちの様子も徐々に落ち着いていく。
「だ、大丈夫です……すいません、ご心配おかけしました……」
「気にしなくていいさ。そしてありがとう、君たちは彼らを助けるために戦ったんだろう?」
八神の眼には、物陰に隠れて様子を窺っている子供たちの姿が映っていた。子供たちの眼には、ヒーローたちへの心配の色が見て取れる。怪人との本格的な戦闘に発展する前に避難させたのだろうということが、八神にはわかっていた。
「はは、でも結局怪人を倒したのはいきなり現れたやつで……俺たちも纏めて蹴散らされましたけどね……」
「そう卑下するなよ、君たちは他の人たちを守るために戦った。それだけでもう十分立派な英雄だ」
特にこの√マスクド・ヒーローでは、ヒーローであるというだけでリスクがある。それも自分だけではなく、大事な人たちにもだ。そんな中で、誰かのために戦うと決めた少年少女は、十分に勇気があると言えるだろう。
「|あの子《ハヤテ》は俺たちで何とかする、だからゆっくり休んでろ、立ち直るのも立派な戦いだ」
八神が笑顔でサムズアップすると、ヒーローチームの少年たちは、ようやく安心した様子だった。
「は、はい! あ、いえ、その前にやることがありました。あの子たちを家に帰してあげないと」
「ああ! そうだな! ありがとうございました!」
「アイツは、あっちに向かって走っていきました……すみません。あとのことは頼みます」
八神の言葉に納得いく答えを見つけたようだ。彼らは八神へサムズアップをして、子供たちのもとへ駆け出していった。
ヒーローチームは、高校生くらいの少年少女に見える。部活の様なものだろうか、そう思うと少し懐かしい気持ちになる。
「それにしても趣味が悪い敵だな……あんな悪質なトレードはノーサンキューだ」
『ネオヒーロー・ハヤテ』の境遇。現実への不満、大事な者を失う悲しみ、そして何もできない無力感と生き延びだ罪悪感は、自身も良くわかる。そう、死ぬほどに。
八神の胸には、少年を唆した者への怒りの炎が燃えている。
このような悪を許すなと────心が叫んでいた。
●公正な騎士『アイリス・ハート』
青木・緋翠(ほんわかパソコン・h00827)が現場に駆け付けると、目出し帽を被った半死半生の男と、殆ど割れている鎧を纏った少女がいた。
「そこの人……すまないが、彼の治療をしてやってくれないか……私は動けそうになくてな……」
「わかっています。貴女も治療しますから、少し待っていてください」
────>|起動《start》 古代語魔法 "自動修復"
フロッピーディスクを投げると、2人の状態が修復されていく。
「これは……凄いな」
「ありがとうございます。ここでいったい何があったんですか?」
少女は、アイリス・ハートと名乗り経緯を語り始めた。その顛末は、概ね青木が予想したものと同じだ。
『ネオヒーロー・ハヤテ』が、銀行強盗である目出し帽の男を過剰に攻撃し、アイリス・ハートが男を助けようとしたところその標的が彼女に変わったらしい。
「そうでしたか、ご無事で何よりです。実は俺は、その『ネオヒーロー・ハヤテ』という方を探しています。お心当たりがあればどんなことでも良いので教えてください」
「すまないが、素性などは何も……ただ、あっちの方に向かっていった」
鎧の少女はハヤテが去っていった方向を指さす。
「……私は、口を出すべきではなかったのだろうか」
「それは、ハヤテを止めに入ったことですか?」
「ああ、その男は普通の人間だ……たとえ犯罪者であっても、殺されそうになっているなら助ける義務がある」
必要以上な力は振るわない。振るわせない。それが公正な騎士というものだろうと、アイリス・ハートは思う。だが、実際に被害に遭った人からすれば、苛烈な制裁こそ望むものかもしれない。
「俺は正義を名乗れるほどの人物ではないですが、誰かが悲しんでいるなら原因を止めたいと思っています────あなたはなぜヒーローになったのでしょう」
何故、ヒーローになったのか? 力は公正に振るわれるべきだと思ったからだ。
そうだ……冷静に考えると、過剰な制裁は被害者の感情には寄り添っているかもしれないが、自分の信念には合わない。
信念を曲げるくらいならば、ヒーローなぞやめた方が良いだろう。一貫性がないヒーローは、いつ悪となるかわからないのだから。だが……
「────ああ、君のおかげで初心を思い出した。それでも私は、人を守りたい……些か力不足かもしれないがな」
「力量差については、上を見てるとキリがありませんよ。それでも、やれることをしてきたんでしょう?」
「そうだな……この強盗は私が警察に連れて行こう。それからすまないが、|彼《ハヤテ》のことは……」
「ええ、わかっています」
力量差が埋めがたいなら、できる人間に頼むしかない。アイリス・ハートは、希望を込めて青木を見送った。
どうか、『ネオヒーロー・ハヤテ』に公正な判決が下されますように。
●被害者たち、あるいは救われた者たち
青木は、アイリス・ハートから離れると銀行強盗の被害者たちのもとに駆け寄った。見たところ、怪我人はいないようである。
「お怪我は……大丈夫そうですね。大変な状況のところ申し訳ないのですが、『ネオヒーロー・ハヤテ』について、何か知りませんか?」
ざわめきの後、彼らは首を横に振る。そんな中、一人の少年が前に出た。
「あ、あの人は悪い人じゃないよ……助けてくれたもん……!」
「はい、わかっていますよ。ただ、知りたいだけなんです。彼のことを」
それから少しの間、聞き込みを続けていると、わかったこともある。助けられた人間は、ハヤテの苛烈な様子への怯えもあるものの、迅速な対応に感謝はしているようだった。
この事実は『ネオヒーロー・ハヤテ』を倒す……あるいは改心させるきっかけになるだろうか。
●『ブラッドラッシュ』
「ざけんじゃねえ……クソ……」
「落ち着いて、大丈夫……何も怖くないよ」
花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)は、駆けつけた先に倒れている深紅のヒーローに、こっそりと√能力を行使した。|白気《ハッキ》、言ってしまえば範囲内のものを自動回復状態にする能力だが、その本質は「安心感や信頼感を増幅する」というものだ。治療と合わせて、花園への信頼感を増幅させる。
(……あんまりしたくないんだけどね)
心の中で罪悪感を感じるが、『ネオヒーロー・ハヤテ』の行動は迅速だ。こちらも早急に情報を得なければならない。また、信頼を得て、教師として少年に道を示すべきだとも感じていた。少年は悪態を吐いてはいるが、悔しさと無力感に心が折れかけているのがわかったからだ。
「……あざす」
「気にしないで。私は花園・樹と言います。良ければ何があったか話してくれないかな」
少年は『ブラッドラッシュ』という。怪人との闘いが始まろうという時、ハヤテが現れて『ブラッドラッシュ』を侮辱しながら、怪人を倒したらしい。『ブラッドラッシュ』は、それに怒ってハヤテに攻撃したが返り討ちにあって倒れていたようだった。
話していてわかったが、少年はかなり好戦的で高慢な性格をしている。ただし、その攻撃性の裏にはヒーローらしい優しい心。高慢さの裏には、力を持つものが人を守るべきだというノブレスオブリージュが感じられた。
「情けねーっす……獲物を横取りされて、馬鹿にされて、手も足も出ねえなんて……次あったら必ず」
呟きながら、ぱしんと拳を叩き合わせる。その様子に、花園は少し考えながら口を開いた。
「……君は、どうして戦っているんだい?」
「え……どうしてって……」
「少しでも早く他のヒーローよりも悪人を倒すため? 名声を得るため? さっきの彼に先を越された、馬鹿にされた…じゃあ君はさっきの彼のようなヒーローになりたいのかい?」
「それは……」
「……うん、違うだろう?」
花園の言葉に、『ブラッドラッシュ』は頷いた。アイツはオレより早く敵を倒した。怪人をたくさん倒せば、名声も得られるだろう。けど……まだ、ヒーローとは呼べない。助けるべき相手のことを見ていないからだ。そう考える。
「……まあ、私は|ヒーローでもなんでもない《ただの教師》んだけどね」
「え」
「でも、私もね。プロだという自覚はあるよ。何度も練習をする。何度も子供達と向き合う。それでも上手く行かないことは沢山あって…全部やりきれないまますぐに学年末だ」
────でも…少しずつ積み上げたものはきっと裏切らない。
力強い断言。少年の口から「ふはっ」と笑いがこぼれた。
「はははっ、教師もヒーローも一緒すか?」
「ああ、だから少しずつ積み上げていこう。君がしたいことは、彼への報復かな?」
「……違うっす。俺がやるべき事は、力のない人たちを守ること! んで、もしまた会っても、相手にしない!」
「うん。彼のことは私に任せてくれ、君は君にできることをするんだ」
『ブラッドラッシュ』は大きく頷き、駆け始めた。花園はその様子に安心しつつ、『ネオヒーロー・ハヤテ』のことを考える。
(少年の無念は痛いほど分かるけれど……だからと言って他人を傷つけていい理由にはならない……助けて、あげないとね)
教師である花園・樹にとって、彼もまた助けるべき子供だった。
●ヒーローと正義について
「ふむ……」
低血圧を感じさせる気だるげな瞳が事件現場をぐるりと見まわす。怪我をしたヒーロー、半壊した建物と大きく凹んだ地面。そして怪我一つ無いものの怯えている市民。叢雲・颯(チープ・ヒーロー『レッドマスター』・h01207)は腕を組み、考えていた。重苦しい沈黙が広がっている。
(被害を見るに見境が無く加減もできていない。未熟な精神に不釣り合いな力が宿ったか……)
【手段】ではなく【結果】が先行している、危険な兆候。『ネオヒーロー・ハヤテ』は力の危険性を理解しておらず、その力でいずれ誰かを殺すか……自分が死ぬことになるだろう。
特撮作品のお約束として、また、それ以上に|警視庁異能捜査官《カミガリ》としての経験則から言って、叢雲の考察は的確だった。
小さく息を吐いて、近くにいるヒーローに向けて歩きはじめる。気を抜くと、地面の歪みや障害物に足を取られそうだ。それは、単なる歩きにくさだけでなく、少年の心の不安定さを感じさせた。
「すまない、少し話を聞かせてくれるか?」
叢雲が【警視庁異能捜査 警察手帳】を取り出して見せると、ヒーローは一瞬戸惑ったが、頷いて了承してくれた。『ネオヒーロー・ハヤテ』の能力や特性を尋ね、メモしていく。
姿は騎士の様な全身鎧。だが、いかにも鈍重そうな見かけとは裏腹に動きは素早い。武装は剣。構えは素人の様に隙だらけだが、実践で磨き上げられたような対応力を持つらしい。恐らく、騎士のシデレウスカードの力だろう。
「……なるほど、ありがとう。休んでいてくれ。ここからは警察の仕事だ」
最後の一文字を書き終え、手帳をしまう。そして今度は、懐から昭和の大人気ヒーロー【電光レッドマスター】の仮面を取り出してヒーローにちらりと見せた。
「あんた、レッドマスターのファンなのか? 良い趣味してるな!」
「わかるか……! この仮面に恥じない働きをするつもりだ。信頼してくれ」
「ああ、それはもちろん……」
男は頷いた後、少しの葛藤の末に再び口を開いた。
「その、あんたをヒーローマニアと見込んで聞きたいんだが、ヒーローとは何だと思う?」
困ったように頭を掻きながら放たれた言葉には、自らの道を見失った情けなさが込められていた。
「恥ずかしい話だがよ、あのボウズに好き放題言われて、俺みたいなのがヒーローで良いのかって思っちまって……」
「……すまないが、ヒーローの在り方としての正義については、明確な定義ができるものではないと思う。だから、語るつもりはない」
「そ、そうか……悪い────」
「だけど……レッドマスターが一目でわかったように、理想のヒーローは、あなたの内にもあるはずだ」
男にそう言い残し、叢雲は歩みを進めた。
警視庁の所属である以上、法律などの社会通念上の正義について語ることはできる。だが、ヒーローとしての正義は単純な法律ではくくれない。ヒーローを扱った創作であっても、その在り方は様々だ。
だから、『ネオヒーロー・ハヤテ』にも、そういった事を説くつもりは無い。
────ただ、【力】の扱いについては教えなければならない。
ヒーロー活劇の主役は力を抑えられないダークヒーローだっていいが、現実ではそういうわけにもいかないのだ。
●そして戦いの場へ
「ん……」
ゴーストモバイル(限定生産品レッド・マスター仕様)に通信が入る。どうやら、『ネオヒーロー・ハヤテ』を追い詰めたようだ。各現場の情報を集めて推測された彼の現在地に、√能力者達が次々と集まっているらしい。
その中には、どうやら顔見知りのヒーローもいるようだ。良く目立つ紅白のバイクが駆けていくのが見えたため、手で【キツネサイン】を作って見せる。彼もどうやら気づいたらしい。
小さな満足感を得つつ、叢雲も次の行動に移るのだった。
第2章 冒険 『シデレウスカードの所有者を追え』
●『ネオヒーロー・ハヤテ』
各現場にてヒーローたちのフォロー、および情報収集が完了した。
集められた情報は共有されており、備藤が見た予知と合わせて、あなた達は今や彼が次に向かうであろう場所や、彼自身の境遇について、正確に把握している。
そして、彼らが向かう先では────。
暴風と共に、鎧の騎士が現れた。
周囲の建物はその衝撃と暴風に、破壊され、残骸がまき散らされていく。
その目前には、怪人の姿。
「一般人はじっとしてろ! 怪人はすぐにぶっ倒してやる! ────そして、僕を追ってる鬱陶しいやつらもここで全員、ぶっ倒してやる!」
剣を振るう。暴風がその剣の軌跡に沿って弾かれ、怪人を吹き飛ばす。
「僕は間違ってない! 僕こそが、役立たずどもとは違うネオヒーロー!」
────『ネオヒーロー・ハヤテ』だ!
■ネオヒーロー・ハヤテについて
怪人に家族を殺害された少年。「家族の代わり」を受け入れがたく、1人で生きることを選択したが、上手く行っていない。
怪人への恨みは恐怖のため上手く発露できず、その矛先は自身へ優しく接してくれたヒーローへと向かってしまった。
射手座×円卓の騎士・モードレッドの『シデレウス』。
射手座の力は、放たれた矢の如き速度。
円卓の騎士モードレッドの力は堅固な鎧と剣。
また、『アーサー王の死』のアーサー王の王位を簒奪した逸話から相手の|権力《√能力》を否定する力を持つ。
防御と速度に優れているが、放たれた矢はやがて地に落ちる定めだ。
POW 悪徳貫く正義の拳
自身の右掌で触れた√能力を無効化する。
SPD ネオヒーロー・ハヤテ参上!
先陣を切る(シナリオで、まだ誰のリプレイも出ていない章に参加する)場合、【暴風】と共に登場し、全ての能力値と技能レベルが3倍になる。
WIZ 歪められた恨みの剣
【恨みの力】により、視界内の敵1体を「周辺にある最も殺傷力の高い物体」で攻撃し、ダメージと状態異常【ヒーロー失格】(18日間回避率低下/効果累積)を与える。
●正義ならざる者
「僕は間違ってない? ずっと頑張っているヒーロー達を役立たず呼ばわり?」
シャル・ウェスター・ペタ・スカイ(|不正義《アンジャスティス》・h00192)の底冷えする声が響いた。表情は笑顔、だが、その笑顔が恐ろしい。
「ふぅぅぅぅぅん────そっかぁ、じゃあキミも役立たずだってことを教えてあげるね」
「うるさい、この……怪人め!」
『ネオヒーロー・ハヤテ』は、自らを奮い立たせる様に暴風と共に切りかかる。そうしなければ、目の前の青年から放たれる威圧感に体が竦みそうだったからだ。
「えいっ!」
暴風を纏った、速度・威力共に申し分のない斬撃。それに対し、シャルは右の掌をぶつけた。そんなことをすれば、暴風に腕が弾かれ、防御の術もなく肉体が切り裂かれるだろう。だが、結果としてそうはならなかった。
────|ボクは全能を否定する《アンチアンニピテット》。風は掌に触れた瞬間にただの空気と化し、その先にある剣は大幅に失速し、青年の掌に受け止められる。
「なっ……」
「おりゃーっ!」
剣を受け止めた掌をそのまま握り締め、後方に引っ張る。細身の肉体とは裏腹な凄まじい膂力が、ハヤテの肉体をも引っ張る。
困惑し、態勢が崩れたハヤテの顔面に────拳を何度も叩きつける。メキメキと音を立てて、兜が歪んでいく。
「う、うわぁっ!」
「……うわっとぉっ」
悲鳴を漏らしながら、ハヤテは剣から手を離す。それは恐怖心が故。だが、騎士のシデレウスカードの力が、その反射に対し的確な行動をハヤテに行わせる。ハヤテはシャルと同じように右の掌を広げて押し付ける。掌底がシャルの胸元に当たり、吹き飛ばした。ずるりとシャルの手から剣が抜け、ハヤテの手元に戻る。
「おー、いちち。やっぱ素手で剣掴んだり鎧殴ると少し痛いね」
「な、なんなんだよお前……!」
「今更そんなこと聞くの? 悪ーい怪人を退治しにやってきたヒーローだよ」
ほんのり赤くなった両手をぶらぶらと振りながら、シャルは意地悪く笑う。だが、すぐにそれを取りやめた。
「うそうそ、ボクはどっちかというと悪のラスボスだし、キミのヒーロー論に付き合ってあげるつもりもないよ」
「何言って……」
「さっき言ったでしょ? キミも役立たずだってことを教えてあげるって」
現状、ハヤテの兜は凹んでいるが殆どダメージは無く、|ネオヒーロー・ハヤテ参上!《暴風の力》を失ったハヤテの剣や掌底も、シャルへダメージを殆ど与えていなかった。
────肉体的には。
ハヤテは、|ヒーローではない《・・・・・・・・》。力を得ただけの、ただの子供だ。
だから────自分の攻撃を意に介せず、笑顔で攻撃を仕掛けてくるシャルの様な存在がいることは、想像もしていない。その恐怖に立ち向かえるものこそが、ヒーロー足りえるということも。
「本当は|別の√能力《不正義の祝福》で祝福してあげたかったんだけど、ボク、割と本気で|ぴきっときてる《キレ気味だ》から殺しちゃうと思って」
「ひっ……!」
ハヤテは一歩後ずさる。だが、次の瞬間には恨みの力を籠めて剣を構えた。その表情は、兜に覆い隠され、シャルには見えない。
「だから、この右手で殴って、キミの√能力を封じてあげる。ボクとキミ、どっちが早く封じるかの勝負になるかもしれないけど」
だが、その心に戦いへの恐怖心が芽生え始めたことは、容易に想像ができた。けれど、まだ戦う意志がある。だからこそ、シャルは宣言する。
「仮にボクの√能力が封じられても、キミをボコボコにボコってその天狗の鼻を折ってやる」
人の姿に堕ちた竜と、鎧の騎士の戦い。それは、勇者と魔王との闘いにも見えるかもしれない。
だが、鎧の騎士は勇者でなければヒーローでもなく、対等な戦いでもなかった。
「────八つ当たりで【本当の】ヒーローを侮辱するお子様にはお仕置きだ!」
●力と力のぶつかり合い
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
「さて、鎧の坊ちゃん。お前さんの境遇には同情するがね、ちと目に余る」
「うるさいっ!」
『ネオヒーロー・ハヤテ』は、六合・真理(ゆるふわ系森ガール仙人・h02163)と向き合っていた。折れかけた心は、彼との攻防の末、今や反骨心として磨き上げられていた。
心が折れかけても戦い続けるその力がゆえに、後戻りができなくなった……とも言える。
ハヤテは剣を振りかぶった。その剣は既に血糊と刃毀れによりボロボロに見えるが、それは見かけだけだ。シデレウスカードの力は、未だに彼に闘志と戦闘能力を与え続けている。
ひとたび斬りつけられればパフォーマンスの低下を招く、恨みの力を込めた剣。だが、六合の右掌に触れた途端、その力は雲散霧消した。
「くそっ、お前もかよ!」
「おや、どうやら既に自分の能力が通用しない、という状況は体験しているようだねえ」
六合はため息を吐いた。
「けれど、まだまだ灸が足りないと見える」
ハヤテは剣を振り回す、けれどもその全てが流される。弾かれる。あるいは、受け止められる。そして、流れるような掌底。それは、先の戦いでハヤテが放った掌底とは異なる発勁。
一見力が籠っていないように見えても、鎧を抜け、肉体への衝撃が奔る。
「がっ、はぁ……!?」
「お前さんが憤るべきは怪人ってのとそれを生み出した組織だけだった」
兜の内側で吐血するも、それが外に出ることはない。そして、少年の肉体はそんなことなど無かったかのように動き、再び剣を構える。
「己の怒りと恐怖に向き合わず、被害者相手に強く出られないひぃろぉ相手に罵詈雑言」
剣を振る。届かない。拳が鎧の内部へと響く。
「しまいにゃ刃傷沙汰に及ぶってんだから始末が悪い」
剣が聞かないとみて、今度はその手に合わせて拳を叩きつけた。能力を打ち消す拳がぶつかり合うが、何も意味を為さない。少年は武術など習ったことはなく、カードの力は徒手格闘の達人ではない。一方、相対する女性はまさしく武術の達人だ。異能の力が絡まない攻防では、覆しようのない力量差がある。
「『そんな事してる間に助かった誰かがいた』可能性なんて考えもしなかっただろう?」
「……うぅぅっ!」
違う、違う、違う! 僕はあんな役立たず達よりも早く現場に駆け付け、怪人を倒した。人を助けた。そんな「間」なんて存在していない。僕こそが正しい!
その思考はもはや言葉にならない。可能性は否定できない、それは少年もわかっていた。だからまともな反論ではなく、呻き声が口から流れ出る。一方で、その力と速度は少しずつ増していった。力を、もっと力を。批判を受け入れる覚悟の無い少年は、ぶつけられる言葉に対し、ただ反撃の力を求める。
だが、それでも足りない。
「生きる事に飽いたなら引導も渡そう。尤も、家族の元に逝けるかは保証せんがねぇ」
「……うあああ!!!」
少年はただ叫んだ。こんなことをして家族が喜ばないのはわかっている。きっと家族は天国に行った。ならば自分は? 後悔が脳裏をよぎる。
だが、だが、だが!
もう止まれない。少年は既に自身の思い描く理想の未来を、力の代価として売り払った。
だから、後悔は一瞬にして過ぎ去って、目の前の敵を打ち砕く更なる力を求める。
「言い返す言葉もなく、ただ力を求めるだけかい……どうやら本当に愚か者に堕ちたようだね」
増していく力に怯む様子もなく、六合は呆れたように呟き、構える。
「ならかかっておいで。小細工無用、殴り合いで芯の通らない正義の脆さ、身を以て教えてあげるよ」
●戦いの中でも
迫りくる剣を|太刀《狼牙》で払い、仲間への攻撃を|白墨《チョーク》で牽制する。だが、刃は抜かない。
戦場にありながら、花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)は積極的な攻撃を避け、戦いの推移を見守っていた。
『ネオヒーロー・ハヤテ』はその力をどんどんと増しているが、戦いの中で放たれる言葉に苦し気な反応を見せてもいる。ただ力を求め暴走している少年の姿に、花園の心が痛む。
だが、この戦いが必要であることもわかっていた。
(きっと彼は…一度に一人で抱え込み過ぎてしまったんだろう。恐怖、絶望、孤独…そして自分への罪悪感)
────本当に…強い子だ。
花園は、シャルや六合とは異なる見解を見せた。それは甘さかもしれない。だが、その甘さが花園の矜持でもあった。
だから、待つ。話ができる「間」ができることを。
しかして、その時は訪れた。
怪人化した少年に、どこまで言葉が通じるか分からない。だが、教師としてやらなければならない。
「────さぁ、授業を始めようか」
はじまりのチャイムと共に、花園の周りの風景が学校の教室へと変化していき、その変化は『ネオヒーロー・ハヤテ』をも飲み込んだ。
「おはよう。今日は授業参観日だね」
それは、授業参観の光景。あまりに鮮明な光景に、『ネオヒーロー・ハヤテ』の動きが固まる。いや、『ネオヒーロー・ハヤテ』ではない。そこにいるのは鎧も兜も纏っていない。ただの少年なのだから。
花園はしゃがみ込み、少年に視線を合わせた。
少年の眼は虚ろで、未来が見えていない。希望がない。
「怪人に襲われた。家族を失った。そうだね……そのことについて、君はなにも悪くなかった」
「そう。そうだよ、僕は……悪いことなんてしていなかった……」
寄り添いを見せた花園に、少年はほっとしたように呟く。
「でも親御さんの前でも……胸を張って『|今の自分《・・・・》は間違ってない』と言えるかい?」
「…………」
続く言葉に、少年は黙り込む。そうは言えないということを、少年はわかっているのだと、花園は理解した。
「今の君は一人で抱え込みすぎていっぱいいっぱいなだけだ。一度でなくていい、少しずつでいい」
「僕は……」
「辛いこと、頼みたいこと…吐き出してごらん?」
少年は頷き、そして話し始めた。
突然の喪失にようやく心が追いつきはじめ、一人であることを実感してしまったこと。悪の組織への恐怖が拭えないこと。あの時、ヒーローがもっと早く来てくれていたらと考えずにはいられないこと。事件のせいで、学校にも馴染めなくなってしまったこと。
「そっか。大変だったね」
花園は少年の頭を撫でる。言葉としてはありきたりだが、それが心からの同情であることを、少年は実感していた。
その思いやりは、かつてかけつけたヒーローや、少年を引き取ろうとした親戚にもあったかもしれない。そして、少年自身がこれまで避けてきたものでもある。その思いやりを受け入れると、自身が弱く、家族を守れない存在だと認めることになるから。それは、怪人への恐怖を克服できない臆病な少年の、最後のブライドでもあった。
だが、この必中の領域内ではその思いやりから逃れることはできない。
少年は、ようやくその思いやりを受け入れ────そして、その先に希望のある未来を想えないことに気が付いた。
「い、いやだぁぁっ!」
「!?」
喚きながら振るった右手が、領域を打ち砕いた。教室の幻想は消え、少年は再び拒絶の鎧を纏う。
(届かなかった? いや……)
自分の心は確かに届いていた。それは間違いないと、花園は確信する。
星詠みの言葉が脳裏をよぎる。シデレウスカードを渡した奴は、望みと引き換えに何かを奪う能力を持っている。
恐らく、それが彼を止められなくしているのだろう。
それでも、間違いなく少年は戦いの意義を見失いつつある、
────戦いの終わりは近い。
●理性、理屈、そして理想
|暴風の力が切れて《リプレイが出始めて》もなお、『ネオヒーロー・ハヤテ』の攻撃は苛烈さを増していた。それは、少年が心身共に追い詰められ、より強い力を望んだためだ。
────>|実行《execute》 古代語魔法 "広域震動"
青木・緋翠(ほんわかパソコン・h00827)はフロッピーディスクを放つ。『振動』の古代魔術が封入されたそれは、ネオヒーロー・ハヤテのみに振動を与え続ける。
通常の人間であれば到底立っていられない振動だが、鎧の騎士はバランスを崩しつつも動いている。
……とはいえ、確実に動きは鈍っている。
「ネオヒーロー・ハヤテさんですね。話し合いに来ました」
「ぁぁぁ……!」
青木は、あくまで話し合いを主張する。それに対してハヤテが返すのは、呻き声だけだ。だが、それもまた反応。言葉が通じないわけではないと、青木は推測した。
自身の行いの代償は、銀竜と達人が与え、心に寄り添うことは教師が行った。ならば、この後は理屈で諭し、どうするかを思考させるべきだ。
「あなたは、他のヒーローを役立たずだと切り捨てました。ですが、幾らあなたの行動が最適かつ最速であっても、1人では間に合わない場面も発生します」
体勢を崩しながら振るわれる剣を、トンファーで弾く。鎧の騎士はそのままの勢いで転びかけるが、速やかに体勢を立て直して再び切りかかった。
「っ、そうなったとき、喜ぶのは悪人だけです」
「はああっ!」
剣が命中すれば、パフォーマンスが落ち、今の鈍い攻撃であっても防ぎきれなくなるだろう。言葉を紡ぎながら戦い、一撃の被弾も許されない。それは神経を遣う作業であったが、語ることをやめようとは思わなかった。
『ネオヒーロー・ハヤテ』は歪んではいるが、その力も正義感も本物であり、ただ叩きのめすだけで終わるべきではない。そう思ったゆえの、少年への敬意を持った対応。
「子供たちは、貴方に感謝していました。貴方に憧れ、ヒーローになるかもしれません」
自分に憧れ、ヒーローになる。それは、当時の少年が思い描いていた未来には無い光景。想像もしていなかったからこそ、奪われてはいない。その未来を思い浮かべることができる。
「その時、貴方はあの子たちを叩きのめすのですか?」
「っ!」
青木の言葉に鎧の騎士の動きが一瞬止まり、けれどそのまま剣を振りぬいた。トンファーガンを横から叩きつけ、その剣は青木のすぐ横に流れていく、
────届いた。
理性を失っているように見えるが、やはり、言葉は届いている。
「あなたには求めている理想のヒーロー像があるのでしょう。なら、他のヒーローを許容し、教え導いてあげてください」
「ぐううっ……!」
青木の言葉に、今度こそハヤテの動きが止まる。そして、青木から距離を取った。
「ありがとう……でも、僕は理想のヒーローには……なれないみたいだ」
シデレウスカードは、「十二星座」と「英雄」の2枚のカードが揃った時、持ち主に膨大な力を与える。
もし、所有者が√能力者なら、膨大な力を制御し、|新しい《ネオ》ヒーローになれたかもしれない。だが、少年は一般人であった。
この力は制御できず、悪感情はその力により傲慢と独尊となり、他者を導くヒーローには到底なれない。
ようやく取り戻した理性で、少年はそう悟った。
「でも、僕はもう僕の意志でこの力を止められない。すいません、どうか……!」
止めさせはしないとでも言うように、シデレウスカードからさらに強い力が少年へと注ぎ込まれる。カードが、鎧が、剣がひび割れ、より禍々しい姿へと変貌していく。
────射手座×円卓の騎士・モードレッドの力を持つ怪人『サジタリアスモードレッド・シデレウス』
「どうか僕を────|倒して《助けて》ください」
その身を怪人へと変え、少年はようやく素直に助けを求めることができた。
●クライマックスの始まり
「久しぶりだが、楓さん。元気しているようで何よりだ」
「ああ、英守くん。気づいてくれたか、ありがとう」
理性を取り戻し、倒されることを受け入れた少年────倒すべき怪人『サジタリアスモードレッド・シデレウス』を前にして、八神・英守(|不屈の白狐《アームドライダー・ウルペース》・h01046)と叢雲・颯(チープ・ヒーロー『レッドマスター』・h01207)の2人に気負った様子はなかった。
「私のように普段から怪異ばかりを相手していると常識的な考え方ができなくなってしまうからね、あの少年のように込み入った事情のある相手には、君と連携するのが正解だろう」
「OK、それじゃあ久しぶりのチームアップ、一緒に行こうか」
叢雲は自身の背後にラジカセと発煙装置を設置した。戦場に正義の歌が鳴り響き、ヒーローショーの演出のように、煙幕が広がる。
そして、レッドマスターの仮面を取り出し、顔に被せた。
「貴様の悪事!! 例えブッダが許しても!! 俺が許さん!!!」
まるで人格そのものが変わったように、声が張り上げられる。
「俺の名は!! 真紅の電光石火!! ────レェェッド!!! マスター――!!!」
叢雲────レッドマスターがポーズを取ると、煙幕が切り裂かれ、その姿が露わになる。
被った仮面はただの仮面で、装甲を纏うわけでも、身体能力が強化されるわけでもない。
だが、自身にヒーローという仮面を被せ、そう活動するためのスイッチ。それはまさしく『変身』だった。
次いで、八神がディードライバーを取り出して腰に押し付けた。ぎゅるりとベルトが伸び、その身に装着される。次いで、ディードカードを取り出してベルトに差し込んだ。そう、八神が用いる力は皮肉にもシデレウスと同じく、カードだ。だが、少年と異なり八神はその力を制御できる。
怪人に向けて指でキツネの影絵を作り────パチンッ。中指と親指でフィンガースナップ。
「変身」
『Alright! Get ready for Vulpes! The Armed Rider!』
ベルトを押すと、ヒーローであることを宣言する音声が響き、青年に装甲を纏わせた。
煙幕の中から、黄色い光が怪人を覗く。
「俺はアームドライダー・ウルペース────さあ、ここからがクライマックスだ」
●少年の決着
「行くぞ! ウルペース!!!」
レッドマスターが対怪異鎮圧義手「鳴子参式:実戦配備型」を構えた時、サジタリアスモードレッドは既に駆け出していた。あっという間に叢雲の懐に飛び込み、剣を振りかぶる。
だが、振りかぶった剣が振るわれることはなかった。
「おっと、させないぜ!」
『CHARGE READY…|狐火の弾丸《FOX BLAST》!』
即座に動いた怪人と同様に、ウルペースもディードカードを用いて自身の武器「ブーストブレイザーFOX」の必殺技を発動している。
炎の弾丸が2人の中心に放たれ、爆発が巻き起こった。
その爆発は、敵にはダメージを与え、味方には力を与える。それはまさしく、正体不明の狐火の力。
「グゥゥゥッ!」
怪人は剣を持ち替え、右手で爆発を打ち消す。一方、ウルペースと共闘経験のあるレッドマスターは、この爆発が自身に悪影響を与えないことをわかっていた。まったく動揺せずに、レッドマスターは義手に装填された対怪異鎮圧弾丸に点火する。
そして、怪人に向かって声を張り上げる。
「動くな!!」
「ガッ!?」
霊力操作と隠密・索敵効果が組み込まれた特殊弾丸「杜鵑」が怪人の霊力に干渉、その動きを麻痺させる。爆発を防ぐために右手を前に突き出していた怪人は、バランスを崩し転倒した。その結末を見ずして、レッドマスターは素早く次の弾丸「火食鳥」に点火する。
「火食鳥」は、身体強化術式と増強物質が組み込まれた特殊弾丸。ヒーローに相応しい身体能力へと自身を強化すると同時に、義手、そして対怪異鎮圧義足「韋駄天壱式:試験型」が【対怪異殲滅形態】へと変形する。
変形が完了した瞬間、レッドマスターは隙を逃すまいと踏み込んだ。強化された肉体による、超速の踏み込み。だが、サジタリアスモードレッドは既に立ち上がっていた。踏み込んできたレッドマスターに対し、剣で斬りかかる。
(【案山子の睥睨】は効果が無いか? ────いや)
不意の一撃ではあるが、レッドマスターは冷静だ。妖気、そしてウルペースに与えられた炎を纏った漆黒の義手で、剣を叩き落とす。
間違いなく、鎧の中の身体は未だ麻痺したままだ。だが、円卓の騎士・モードレッドのシデレウスカードの力は寧ろ「鎧」と「剣」にこそある。今のサジタリアスモードレッドは、肉体を動かしているのではなく、鎧と剣を直接動かしていた。
それでも、中身が麻痺して動けないのでは柄を握る手に力が籠められない。「火食鳥」とウルペースの炎で強化された肉体であれば捌くのは容易であった。
(それに……今の彼は怪人の力に身を任せているようだ……この戦い方は読みやすい)
力なく振るわれる剣を受け流しながら、レッドマスターは破魔の術式と物質が組み込まれた最後の弾丸「金糸雀」に点火する。
「はああっ!」
強く握りしめた漆黒の右拳が振り下ろされた剣にぶつかり────
「無駄だあっ!!」
────剣を叩き割った。迎撃の拳は、そのまま鋭いアッパーカットとなり、怪人を上に叩き上げる。
同時に義肢がオーバーヒートを起こし、輝きが失われる。レッドマスターはガクリと膝をついた。そして、四肢から煙をあげながらも叫ぶ。
「ウルペース!! |今だ!!」
「ああ!」
レッドマスターの声に応じ、ウルペースは自身のバイク「マグナムストライカーQB9」に乗り込み、走り始めた。
これまでの少年の行動、そして戦いを思い起こしながら、レッドマスターに吹き飛ばされた怪人に語り掛ける。
「確かに凄い力だったよ、そのカードの力は」
『ネオヒーロー・ハヤテ』は、幾多のヒーローたちを蹴散らし、シャル・ウェスター・ペタ・スカイと六合・真理の苛烈な攻撃にも耐える力を持っていた。
「だけど俺は、その力じゃなくて、最後に助けを求めた強さを認める」
自身を正義と謳っておこなった活動は、けして褒められる行いではない。
だが、彼は花園・樹と 青木・緋翠の説得により自分の力が制御できないと悟り、怪人『サジタリアスモードレッド』として倒されることを選んだ。
それは、後の事を他のヒーローに任せたということだ。
無責任かもしれない。だが、自分以外を信じられなかった少年が、これまでの過ちを認めて他者に助けを求めることは、勇気が必要なことだろう。
「だから……この一撃で、|倒して《助けて》やる」
走行を続けながら、ウルペースはカードをベルトに差し込んだ。
『FINAL BOOST! |白狐蹴烈弾《VULPES GRAND FINALE》』
電子音声が響くと同時に、ウルペースは炎を纏って飛び上がり、ぐるぐると回転を始めた。そしてその螺旋の先端は、レッドマスターのアッパーカットで宙を舞うサジタリアスモードレッドを指していた。
「はぁぁぁーー!!」
炎を纏った鋭い蹴りが、鎧を貫いた。鎧が砕け散っていく。
ウルペースは蹴りの体勢そのままに着地し、宣言する。
「これで、終わりだ!」
その言葉に応えるように鎧はカードの切れ端へと姿を変えて、紙吹雪のように舞い、消え去った。
第3章 ボス戦 『星喰い商『ムラード・ナジュム』』
●星喰い商『ムラード・ナジュム』
戦いを終えて間もなく────あなた達はシデレウスカードの力を失い気絶した少年の治療をおこない、意識を取り戻した少年に事情聴取をおこなっていた。気絶してから間もない事情聴取とはなったが、少年は協力的に2枚目のシデレウスカードを与えた者の正体を伝えた。
その正体は星喰い商『ムラード・ナジュム』。
人のあらゆる望みを叶えると嘯く行商人。
少年の話を聞く限り、備藤が予知に見た場面より前から少年に接触し、シデレウスカードを売り込んでいたようだ。
願いを叶える対価は空想未来世界の宝石。
力を得た瞬間、少年は空想未来世界を宝石として徴収され、自分が望む未来の世界が思い浮かべられなくなっていたと言う。力を得たとしても、それでは理想の世界を築くことなどできないだろう。
行商人であるから店などは無く、少年もその拠点には心当たりなどは無いようだった。
だからと言って、放置するわけにもいかない。あなた達は調査の末、彼が次に接触するであろう対象に当たりを付けた。
そして────。
あなた達の前に、アラビア風の衣装をまとった人物がいる。この状況を想定していたとは思えないが、フェイスベールに覆われたその顔からは、動揺の感情は読み取れなかった。
「初めまして、私は星喰い商『ムラード・ナジュム』と申します」
商人は恭しく礼をする。
「私は一介の商人に過ぎません。手荒なことは控えていただきたいのですが……そうもいかないようですね」
ため息を付きながら、『ムラード・ナジュム』はどこからか宝石を取り出した。
「商人から客を奪うことの代償は高くつきます。どうぞ、覚悟していただきますよう」
●我こそ正義と叫ぶなら
「覚悟?それはこっちのセリフだ、あの少年を……彼の覚悟と願いを壊してあんな危険なものを売りつけるなんて……お前がやっているのは商売なんかじゃない────ただの悪行、許せない行為だ!」
「これは手厳しい。ですが、覚悟や願いを壊すとは……私は寧ろ彼の覚悟と願いに沿った商品を売ったにすぎません。そうであれば、問題があるのは、彼の思想だったのではないでしょうか」
ムラード・ナジュムの言葉に、アームドライダー・ウルペースの姿の八神・英守(|不屈の白狐《アームドライダー・ウルペース》・h01046)が吠える。だが、言葉を受けた商人は堪えた様子もない。
「ふん、明らかに結果が分かっていながら力を与えておいて『どう使うかは本人次第』『自分はただ売っただけ』と正当化する────虫唾が走るな。お前のやっている事は麻薬売買や違法銃器の売買と同じだ」
「やれやれ……異世界だか異国だか分らんが、お前さんのようなのは近江商人の商売十訓ってのを知らんようだ。『商売とは世の為、人の為に奉仕して、利益はその当然の報酬なり』ってね、客に良し、店に良し、世間に良しではじめて真っ当な商売なのさ」
|少年《客》が望んだものだったかもしれない。|ムラード・ナジュム《店》が与えられるものだったかもしれない。だが、世間にいい結果を齎すものではなかった。
ムラード・ナジュムの詭弁を、叢雲・颯(チープ・ヒーロー『レッドマスター』・h01207)と六合・真理(ゆるふわ系森ガール仙人・h02163)はバッサリと切り捨てる。
「そもそも、取引は対等でなければ成立しないでしょう。予想される損害や対価の詳細を伝えないままの取引は、対等に成立したとは言えません」
「商人があえて不利益になることを伝えず販売することを『事実の不告知』と言う。まかりなりにも商人を名乗るなら……覚えておくべきだね」
「ていうかさぁ、相手は子どもだよ? 物事の判断がまだしっかりできない子供。そんな相手を食い物にするのはいただけないなぁ」
加えて、青木・緋翠(ほんわかパソコン・h00827)と花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)が商人としての瑕疵を指摘した。とはいえ、ムラード・ナジュムは気にしない。そもそも『簒奪者』である彼にとって、そのような理屈は気にすることでもないのだ。|真っ当《・・・》な商売? 実に面白い冗談だ。人間基準の『真っ当な商売』と怪人の商売がイコールで結ばれるはずもない。
その理屈を、正義でないことを自覚するシャル・ウェスター・ペタ・スカイ(|不正義《アンジャスティス?》・h00192)は、特によく理解していた。だから、その商人としてのスタンスも全否定はしない。
全否定はしないが────。
「キミが商人としてのスタンスを押し付けるなら、逆にボクの理屈を押し付けられたって文句はないよね! キミをボコボコにしてあげる!」
「そういうことだ。わし等に敵と見做された時点でお前さんの商いが御破算になるのは決まってんだよ。そっちこそ覚悟するんだねぇ」
「……どうやら随分と自信があるようだ。数で囲めば私に勝てるとでも?」
ムラード・ナジュムの声に、ほんのりと不愉快の色が乗った。だが、当然怒っているのはこの商人だけではない。
特に、叢雲の眼からは光が消え、血走っているようにすら見えた。怪異により家族を失い、仇への憎悪を未だ持つ彼女にとって少年の境遇は他人事ではなく、少年を唆した存在は到底看過することなどできない。
「数など関係ない。少年の悲しみにつけ込んで復讐心を煽り、歪ませる卑劣な商売……お前、生きて帰れると思うなよ?」
叢雲は、レッドマスターの仮面を取り出し、ヒーローとしては些か苛烈な衝動を覆い隠すように、仮面を被った。
「貴様の悪事……例えブッダが許そうとも!!! 俺が許さんっ!!!」
人が変わったように力強く叫び、名乗りを上げる。
「俺の名は 真紅の電光石火!!! ────レエエエエエッド!!! マスターーーーーッ!!」
レッドマスターがポーズを取ると、それを際立たせる様に背後で爆発が起きる!!!
「えっ、中の人変わった?」
「……中の人などいないッッッ!!」
「すまん、ちょっと独特だけど頼りになる人だから……!」
「あっはっはっは、派手だねぇ」
若干の困惑と、愉快そうな笑い声が響く。だが、誰一人として油断はしていない。依然として場の空気は張り詰めており、ムラード・ナジュムが場を離脱する隙なども無かった。
故に、商人は会話を切り上げ、攻撃を始めた。
「────とある少年は宇宙に憧れました。宇宙はどこまでも昏く孤独な世界? いいえ、その少年にとって宇宙はどこまでも広がる希望の世界だったのです!」
商人が取り出したのは緑色の宝石『ペリドット』。そして語られるのはとある少年の空想宇宙世界。夢と希望と浪漫に溢れた、子供らしく荒唐無稽なスペースオペラ。
語られる内容に応じ、世界がどんどんと塗り替えられていき、語り手に都合の良い宇宙空間が広がった。
「世界を操るとは大した奴だ、けど俺もまだ手札はあるぜ」
その様子を見て、ウルペースはカードを取り出し、ディードドライバーへとセットした。
「今回だけ見せてもらおうか、奥の手の一つ!」
『SET,SIN THUNDER……GET READY……! REVEAL YOUR SINS, SIN THUNDER!』
音声と共に、ウルペースへと雷が落ちる。そこから姿を現すのは、普段の白い狐ではない。紫電を纏った黒狐。罪を纏い、罪を裁く雷の姿。
────アームドライダー・ウルペース |罪雷の姿《シン・サンダーフォーム》。
宇宙空間に紫色の光が走る。それは、ウルペースが残した軌跡だ。目にも止まらぬ速さで距離を詰め、ムラード・ナジュムの背後から七罪の太刀・鳴雷神を振るう。
「速い……!?」
「まだまだ行くぜ」
ムラード・ナジュムは杖で防御をしつつ、赤色の宝石を取り出す。攻撃を防ぎきれず裂傷が広がるが、致命傷ではない。それよりも場を整えることが先決だ。ただ広がる宇宙空間では、この猛者たちを倒すことはできない。だからこそ、彼らにトドメを刺せる猛獣を召喚する。
「人々は様々な生物との交流を夢見ます。カッコいいもの、恐ろしいもの、可愛らしいもの……そして、実在しない生物まで」
空想南国世界『ルベリウス』には、世界各国の動物や伝説上の生物がいる。その中から、特に獰猛な生物を現実世界に呼び寄せる。
「うおっ!?」
現れた猛獣が、ウルペースへと襲い掛かり、ムラード・ナジュムから距離を引き離される。
「これで数は逆転しました。さあ、外敵を排除なさい!」
「自身は攻撃せず、能力によって環境を掌握するか。特撮ものにおいてお前のような|幻術使い《・・・・》は確かに強い────だが!」
レッドマスターは素早く事象操作と英雄・ヒーローの力を組み込んだ対怪異鎮圧弾丸『鵺』を装填し、点火する。
「大抵は幻術である事が見破られ実体がない事が見抜かれるんだよ!!!」
────【案山子の正義】+【案山子の展開】
掲げた義手を中心に事象の操作が行われる。その効果は召喚された大量の生物とムラード・ナジュム、そして『ペリドット』にて作成された宇宙空間を覆いつくし、レッドマスターを主人公とした【特撮ヒーロー空間】へと変えた。
「そして、そういった召喚能力を持つ敵は大抵持っている武器でそれらの能力をコントロールしているっ!!!」
レッドマスターはビシィッ! とムラード・ナジュムの持つ杖を指さした。実際には杖ではなく、杖の秤に乗せられた宝石こそが力の源なのだが────この【特撮ヒーロー空間】では主人公たるレッドマスターの宣言通りとなる。
「みんな!! やつの能力は杖でコントロールしている!! それを狙うんだ!!」
そう呼びかけつつ、断罪術式と崩壊呪術が組み込まれた特殊弾丸『斑鳩』に点火する。義手から【退魔効果を持つ無数の五寸釘】が射出される。だが、現れた猛獣が盾となり、ムラード・ナジュムへの攻撃が届かない。
「やるじゃーん! でも、それにはあの動物たちが邪魔だよね」
レッドマスターの呼びかけに、愉快気にシャルが笑う。
『ネオヒーロー・ハヤテ』については、シャルも思うところがあった。少年に寄り添うことが正しいことはわかっていても、怒りに任せて殴ってしまったこと。そして、心が折れてもおかしくない中で立ち直り、最終的には反省したこと。
少年のその在り方に、人には無限の可能性があるんだと改めて思い知り────当然、人から可能性を奪うこの商人を許すことはできなかった。
「それじゃあ彼らは、ボクはファンシーな眷属達がお相手しよう! ────おいで、シャルの可愛いお友達!」
────|眷属大集合《ファミリアズパレード》。
シャルが掛け声をあげると、彼の周囲に大量の眷属が現れた。会話できる死霊の『ぽよ』、人形、ぬいぐるみ、ちびドラゴン……姿かたちに纏まりのないそれらは、無秩序に駆け出し、周囲にいる猛獣や幻獣との闘いを繰り広げる。
……とはいえ、それらは攻撃力に欠けていた。この獣たちを相手どるには、1体に対し複数体の眷属が対応に当たる必要がある。√能力者達に邪魔な攻撃が及ばないようにするという点では正しいが、排除するには少々力不足という塩梅だった。
だが、ここにいるのは1人ではない。
「うーん、ちょっと力不足かな?」
「いえ、十分です! 彼らを離してください!」
────>|実行《execute》 古代語魔法 "高電圧大電流"
眷属たちが一斉に獣たちから離れる。それと同時に、|高電圧大電流《パルスパワー》が投擲された|3.5インチFD《フロッピーディスク》を中心に広がった。1撃の威力こそ小さいが、その1撃は300回繰り返される。
シャルの眷属によりその場に留められていた獣たちは、その大部分が電流によって倒れた。
「くっ……」
そして、その電流はムラード・ナジュムにも届いている。
「俺は派出所では|雑用係《バイト》なので逮捕権はありませんが、誰かを悲しませる商人を野放しにはできません」
青木はそのままモニターライト型トンファーガンを構え、電撃から逃れるムラード・ナジュムに射撃を行った。さらに、ファイバーケーブルを巧みに操り、ムラード・ナジュムを拘束する。
「宝石はハヤテさんに返していただきますよ。他の方のも、あれば返却していただきます」
そこで、黄色い宝石が輝いた。空想蒸気世界『シトリン』。それは技術力に長けたスチームパンクの世界。無から何かを生み出すことはできないが────自身が受けた武器や√能力を複製した【超高圧蒸気機関を搭載した機械兵器 】を創造することができる。
機械により複製された古代語魔法がファイバーケーブルに|高電圧大電流《パルスパワー》を叩きこみ、それを焼き切った。
複製機械は使いきりのためそのまま破壊されるが、拘束から逃れられれば問題がない。
自由になった体でその場から離れようとし────。
「────逃がさないよ!」
「何っ!」
自身に流れる真神の血を覚醒させた花園は、ファイバーケーブルを焼き切ることに意識を集中させた一瞬を見逃さなかった。|舞うように荒れ狂う白き狼《真神》の群れが、ムラード・ナジュムを攻撃、吹き飛ばして花園の元まで連れてくる。
花園が邪悪を斬る霊剣『狼牙』を振るえば、花園に従う動物霊『犬神』がその身を喰らう。
そんな連撃の中、再び黄色い宝石が輝いた。今度は花園の今の状態【白狼ノ舞】を複製した機会が作成され、ムラード・ナジュムの身体を覆った。
今の|白き狼《真神》と|鉄の狼《偽神》が互いにその身を喰らい合い、杖と刃が互いの身を傷つける。【白狼ノ舞】の状態では、ある程度の回数、蘇生することができる。『シトリン』の複製機械は一度発動すると壊れる定めだが、この場合の一度は蘇生回数を使い切るまでとなるだろう。
(一人で苦しみを抱えこんだハヤテ君は本当に強い子だった。望む未来への希望を取りもどせれば彼は必ず立ち直れるんだ)
だからこそ、なんとしてもこの泥仕合を制し、この怪人を倒さなければならない。
「随分無茶をするじゃないかい、そういうのは嫌いじゃない。どれ、ひとつ手を貸してやろうかね」
電流で倒しきれなかった獣たちを異能を打ち消す【|剄打・雲散霧消《ルートブレイカー》】で倒していた六合が、左手で巨大な獣を掴み、ムラード・ナジュムに投擲した。
投擲を回避し、2人の距離が離れたところで六合が間に間に入る。
【特撮ヒーロー空間】により事象を操作された今、一撃で|破壊《打消》される可能性のある右掌で杖に触れられるわけにはいかない。ムラード・ナジュムは鉄の狼をけしかけ、打ち消した隙を利用して距離を取ろうとする。
「『無理に売るな、客が好むものを売るな、客の為になるものを売れ』……ってえ通りなら見逃してたろうがねぇ」
だが、予想に反して六合は右手を用いなかった。一歩を踏み込むとぐるりと体を反転させ、飛び込んできた鉄の狼にその半身をぶつける。
逆に吹き飛ばされた鉄塊に対し、今度は回避ができない。ムラード・ナジュムは、大きく体を弾かれ────右掌が【白狼ノ舞】を複製した機械に当たる。
「まぁ、お前さんみたいに無害な商人でございって顔で好き勝手する悪徳商人に言うのも野暮ってもんかね……ほい、|たっち《・・・》だ」
「がっ!?」
言葉の軽さとは裏腹に、その強烈な掌底はムラード・ナジュムへもダメージを与え、複製機械は【|剄打・雲散霧消《ルートブレイカー》】の効力により塵となって消える。
「今だ! 装填完了! 必殺の……一撃!!!」
「この一撃で、罪の雷鳴と共に散れ!」
次の瞬間、五寸釘による射撃が通らないと見るや、即座に破魔弾丸のチャージを始めていたレッドマスターの拳と、猛獣を蹴散らしたウルペースの剣が、流星の様にムラード・ナジュムの肉体を貫いた。
「く……ま、まだ……!」
「おっと、往生際が悪いなー」
「させません!」
肉体の大半を失いつつも、ムラード・ナジュムは行動しようとする。戦い、あるいは逃走……だが、シャルの眷属が妨害し、そのどちらも叶わない。そして、青木の銃撃が彼の手から杖を弾き飛ばしていた。
「これで……終わりだ!」
その隙を見逃さず、|白き狼《真神》と花園の攻撃が、ムラード・ナジュムの残った肉体を切り裂いた。
「……どうやら、今回はここまでの様ですね……酷い損害を……」
ムラード・ナジュムの肉体が消滅する。そして、場に残された宝石は散っていった。元の持ち主へとその空想世界を返したのか、実体の無いものだけに、それはわからない。
戦いが終わった後、きっといい結果になったと信じる事しか、ヒーローにはできないのかもしれない。それも実際は異なり、恨みを買うだけに終わるのかもしれない。
だが、それでも戦い続けること────正義であると自身を鼓舞し、戦いを続けることにこそ意味があるのだろう。
●エピローグ
「こ、この度はご迷惑をおかけしまして……すいませんでした!」
少年は勢いよく頭を下げた。目の前には、自身が傷つけたヒーロー達。
「気にするな……子供は道に迷ってなんぼだ」
「うむ、まったく気にしていない! だから君も気にするな少年!」
「……つって、『アイアンヴァンガード』のおっさんも『アイリス・ハート』さんも結構気にしただろ。何言うか迷ってそわそわしてよー」
「『ブラッドラッシュ』さん、そういうのは言わない方が良いんじゃ……」
気安そうに会話しながら、彼らは口々に気にするなと言う。
『ネオヒーロー・ハヤテ』の齎した被害は、結局のところ多くない。現場にいち早く駆けつけて人々を助けたのは間違いないし、建物の被害も……まあ、√マスクド・ヒーローでは日常茶飯事だ。主な被害者はヒーロー達で、その彼らが気にするなと言うのなら問える罪もそう多くない。
そのことが、少年にとっては少し心苦しかった。けれど、それもまた罰なのだろう。
「そんなことより、君はこれからどうするんだ?」
「……僕みたいな人が出ないように、怪人の被害者を助けられる仕事がしたいな、と……」
少年は恥ずかしそうに頭を掻いた。
警察? ヒーロー? あるいは教師? 公務員や児童養護施設なども良いかもしれない。具体的な部分は決まっていない、曖昧な夢。だが、衝動のままに行動し、伸びあがった鼻を叩き折られ、ようやく見つめることのできた本心だった。
自分こそが正義と思いあがる事はもう無い。
今ここにいるヒーロー。そして実際に自分と戦い、打倒してくれた|√能力者《ヒーロー》たち。彼らの想いは様々で、必ず少年を助けるという意志があるわけではなかった。だが、そのいずれもが少年を救った正義でもある。
(……ありがとうございました)
少年は空を見上げ、世界を超えた先にいるヒーロー達のことを想い、感謝するのだった。