シナリオ

オットー・Y・ソトトの奇怪な迷路

#√汎神解剖機関 #グロテスク

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●世の為に、人の為に
 過去、現在、未来――全ては『人』のもので在り、一つの『もの』である。
 √汎神解剖機関――この世界には様々な怪異、災厄が存在している。それらは、成程、尋常ならざる存在だが、その程度では終わらないのが|世界《√》の卑怯なところだ。√を認識できている時点で『それ』は人でなしと視ているらしい。これは、贖罪の機会である。奇怪な我々に対しての、怪物の類に対しての、唯一とも謂える『機会』である。これを踏み絵にする行為は――どのような人物であっても、赦されない事である。
 これは【窮極の門】の総帥である彼女が仕掛けた、一種の『罠』であった。√能力者を誘い出し、一網打尽にする。仮に、自分自身が敗北したとしても情報を得られるのだから問題はない。罠は『起動』した。あとは√能力者どもを『待つ』のみである。
 捕縛されてくれるのか、捕食されてくれるのか。
 或いは、ご対面となるのだろうか。

●人の為に、世の為に
「君達ぃ。ちょっと、罠にかかってきてくれないか? いや、勿論、死んでくれってワケじゃあないぜ。重要なのは罠を仕掛けたのが簒奪者ってところなのさ。虎穴に入らずんば虎子を得ず。わかるだろう?」
 星詠みである暗明・一五六は機嫌よさげに『そう』告げた。
「こっちから出向いて、罠を突破し、簒奪者を叩く! 実にシンプルで楽しい作戦だ。まあ、精々? 発狂しないように注意し給えよ。何ぃ? 他に注意点はないのかって? ふぅむ。我輩のカフェーの常連によろしく言ってくれ給え。アッハッハ!」

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第1章 冒険 『狂気迷路』


 意識を奪われたのか――眠気にやられたのか――ぼんやりと、眼を開ければ其処は、まったく知らない場所であった。如何にか朦朧としている頭をハッキリさせたなら、さて、君達は此処が『はじまり』の地点だと理解するだろう。君達はひとつの『駒』である。駒で在るのだから、一歩、一歩、この無辺な|迷路《みち》を進まなければならない。しかし、気を付け給え。この迷路にはありとあらゆる、精神を喪失させるほどの罠が仕掛けられているのだ。君達は罠を突破してもいいし、罠に引っ掛かってもいい。

 ※※※

 罠の種類は不明です。
 あなたが引っ掛かりたい罠を記載しても良いでしょう。
 この迷路の罠は精神を蝕む事に特化しているようです。
 宜しくお願い致します。
四之宮・榴

 光が見えた。ひどく円形をしている。
 急いたところで、騒いだところで、ころころと、転がる以外には出来そうにない。まるで夢の中、まるで暗澹の底、抜け出そうと必死に藻掻いている蛆で在ろうか。そんなイメージを頭に抱いた儘、ようやく、脳味噌が現状を映し出す。……此処は、何処でしょう、か? ぐるりと、目の玉を回してみたならば『ひとつ』の道。すぐさま壁に激突する事から、右へ左へと道が分かれている事から、此処が|迷路《●●》のようなものだと判断できる。いや、そんな事よりも、重要なのは――脳髄を圧迫してくるかのような――この、重苦しさである。……精神が……心が……ざわつく……ような? 擽ったい程度なのだ。弄られている程度なのだ。ならば、隅から隅までマーキングをされているのなら、今更と笑い飛ばしてしまえば宜しい。……僕を蝕むモノは……|堕落《くすり》です……。抜け出せないのだ。違う。抜け出そうと思えなくなりつつ在ったのだ。この自覚症状にこそ度し難さを贈るべきだが、兎も角。……僕自身の心は……もう……。何を困っているのかと、何を開き直っているのかと、何者かの憤懣が氷嚢のように垂れ下がってきた。……|あの方《愛しい方》の幻でも、ご主人様でも……僕の中にあるのは……あながち間違いでもなく……トラウマよりも、占めているのは……。進め、進め、己の勘を頼りに往くといい。愚か者なのであれば、愚か者らしく、直進してみせるといい。たとえ、間違っていたのだとしても、袋小路だけはないのだから。
 最悪は『何も出ない』ではなかった。四之宮・榴にとっての最悪は――災厄と謂うものは――不意に投げかけられる、実に日常的な、些細であった。ああ、君か。君は今のところ、いなくても大丈夫かな。ほら、私は――かなり、忙しいのだから。ずぶりと、抜けそうにない『もの』が這入り込んだ。這入り込んで――それは、ハッキリとした脳味噌を台無しにする。……なんで、そんな、ひどいこと……。
 必要なものだけ拾ってやれ。聞きたい言の葉だけを飲んでやれ。
 ……僕は……此処は……確か、こっちに……。
 罠らしい罠は|無かった《●●●●》。

鬼灯・睡蓮

 急がば云々、如何して態々、遠回りを選ぶ必要があったのか。
 災厄に『それ』は不要である。ただ、押し付けてしまえばいい。
 管理者とトリックスター、その両方を熟さなければならない。なんと矛盾している有り様か。過去、現在、未来と、ひとつの道で繋がっているのであれば、それこそ夢に違いなかった。んぁ……? 天に向けたのか、地に向けたのか、曖昧な儘に、鍵を回すかの如くに『目』をこする。こすっても、拭っても、半開き程度にしかならない状態で、さて、現状を見つめる事など誰に可能なのか。ここはどこでしょう? ここはどこで、僕は、何者でしょう? うにゅ……? パズルのように嵌め込もうと試みたところで鈍器のような眠気だ。どうやら、僕は迷い込んだようなのです……ねむい……。ふらふら、ぶらぶら、ぼーっと千鳥足をしていても、解決の糸口など掴めない。ひとまずは、歩くのです……歩きながら……空を、行くのです……。眠れる獅子を刺激してはいけない。入れ替わった魔術師の魂を脅かしてはいけない。奇妙で奇天烈な名前を唱えながら、前へ前へと……上へと……あぇ……。天蓋に頭をぶつけてしまった。くらくら、ちょっとだけ痛い。
 少なくとも足元からの罠は避けられていた。おのれ、天蓋……などと、悪態を吐こうかと思ってはみたのだが。きっと己の不注意でしかない。兎も角、此処からが本番だ。僕が起きずに済むか、わかりませんが……ひたすら、耐える方向で……がんばるのです……むにゃ。そろそろ痛みが治まる頃か。ころころ、転がっていくかのような面倒臭さに『夢』とする。さて、ここがもし夢であるならば、壊すのもまた一つの方法でしょう……カダス、また力を貸してください……。夢か現かと問われれば後者だが、しかし、奔流に囚われれば全ては『ひとつ』。この空間も、夢の大海に沈むといいです……すぴ……。
 熱を孕んだ鎖、最早、その|根源《怒り》すらも忘れて。

アーシャ・ヴァリアント

 地獄の鬼も吃驚な精神性だ。
 生きている。活きている。飽きが来ないように品も替えて。
 途切れたのか――跳躍をしたのか――欠けている|脳髄《きおく》を補う為に、ぐるり、いつもの如くに目の玉を動かした。右を見ても、左を見ても、前を見ても、後ろを見ても、此処が『何処』なのかは不明だが、此処が『なにか』くらいは予想ができる。ん……ええと。なんだっけ? ああ……。思い出そうとする必要もなかった。何故なら、√能力者が『招かれている』時点でお相手の正体はわかったも同然なのだ。簒奪者をぶっ飛ばしに来たのよね。どうしたものかしら……。誠実に、確実に、ちんたら進むのも面倒だし、何より、簒奪者の思い通りに『なる』のは腹立たしい。いっそ……壁でも壊せないものかしら。握り締めた拳は未曾有そのもの、ドラゴンプロトコルの膂力であれば|壁《●》など粘土よりも柔らかい物質とやらに違いない。殴った。殴りつけてやった。しかし、如何だ。おそらくは魔術的な何かしら――障壁に阻まれて、罅ひとつ入らない。面倒臭いったら……もう。くるりと、身体を反転させて正規のルートとやらに戻ろうとする。その瞬間に、その油断に、ふと、熱のようなものが迫ってきた。……は? 足が拘束されている。何に拘束されている。鎖だ。それも、魂を灰とするほどに凄惨な、熱を孕んだ鎖である。
 あっと言う間の出来事であった。足だけではなく腕にまで憑いてしまった|鎖《それ》は何者かの憤懣の化身とも考えられる。ちょっと……アタシをどうするつもり? 今にも、溶けちゃいそうなんだけど……? 炎の竜を燃やすほどの異常性。秒とも経たずに焼死したオマエは――如何してか、傷一つなく生きていた。あ……? あー……。これ、あれね。所謂、ループってやつかしら。駄目じゃない。そんなのじゃ、アタシを殺しきることはできないわ。喉元過ぎれば熱さを忘れる、言の葉が倍々に膨れ上がった女なのだ。少し前の己の悲鳴など、絶望など、ぬるい水程度にしか思えない。さっさと諦めなさいよ。我慢比べなんて、つまらないことするわね。ため息に混じった|鏖殺《される側》、辟易としてきた頃合いで破壊を再び。
 じわじわ、じわじわ、毒のように染み込ませた|竜漿《エネルギー》。
 ぼろりと、障壁が毀れ始めた。

クラウス・イーザリー

 重いのは頭だけだ。四肢は動くし、心に罅なし。
 今にも壊れそうな橋、勢いよく、己の体躯を預けながらの疾走だ。直ぐにでも失踪したと報道されるかのような有り様。現状を言の葉で表現するならば『こう』だろうか。罠だと判っていて、誘い込まれていると判っていて、其処に踏み込むのは……なかなか、勇気が必要だな。簒奪者からしても、怪異からしても、かなりの『無謀』だと謂ってもいい投身だ。等身大の地獄とやらに落ちようとするサマは、愈々、愚か者の群れの万歳とも思われそうだ。ともかく……相手が相手だ。生半可な罠など万に一つも『ない』だろう。気を付けて進まなければ。緊張感を所為か、畏怖の所為か、べっとりと汗のような予感が付着してくる。これは幻覚だろうか。いいや、違う。この予感は、この寒気は、逃れられない現であった。
 臭いが蔓延していた。生命の神秘は亡い。
 絶望をしていないオマエこそ辟易の対象なのかもしれない。希望を抱く事すらも出来ないオマエこそ、簒奪者にとっての面倒事なのかもしれない。それにしても、だ。眼前に広がっている最悪の山とやらは何を訴えかけているのか。死体である。柘榴色の絨毯である。絨毯の上で横たわっているのはかつての親友の末路だ。加えて、両親の肉団子とやらも転がっている。……無惨だ。あの時の光景を、より、酷くしたかのような阿鼻だ。阿鼻なのだから、叫喚なのだから、それに相応な『音』も波打っている。耳朶より這入ってきた『音』が脳髄を、精神を、ポルターガイストめいて揺さぶった。いっそ……発狂してしまえば楽なのかもしれないな。ぐらぐら、ぐるぐる、半永久的に閉じ込められたのかと錯覚するほどに、ただ、ぼんやりと思う。そもそも、今の俺が正気だなんて誰が保証してくれるんだろうな。神ではなく己を嘲ってやれ、|赤い瞳《とも》をたたえよ。
 形見が花のように想え――縋って、縋って――使命を支えとする。
 簒奪者を倒さなければ。その為に、俺はここに。

梅枝・襠

 おうちの居心地については訊く必要もない。
 首を落とす、落とされる前に語り明かしてくれ。
 ――ジャムジャムされているネズミに用はない!
 迷路とアカシックレコードに違いはない。ひとつひとつ、虱潰しに拓いていけば同じものだ。歩いても、走っても、道が逆方向に尺取りしていたならば、ドードーも吃驚な不毛さだ。なぜ人は道に迷うのか考えよう。なぜ人が穴に落ちるのか考えよう。真理を知らないからだよ!!! 初手から酩酊しているのか三月のウサギ。コーヒーカップとティーカップを交互にぐるぐる、回していたと思われる。また失礼な奴だな? ええ? あたしは頭でっかちじゃないんだよ! ではシッカリと真理とやらをご説明してくれないか三月のウサギ。月の兎みたいに、ぺったんぺったん衝いてしまえ。あたし? あたしが真理さ。この可愛い脳にはたくさんの智慧と俗諦と慈愛とお茶とお茶とお茶とお茶とネズミが詰まっている。……ネズミが頭にいる!? あたしは頭でっかちじゃないんだし、そんなのがいたら台無しだよ。掻き出さなくちゃいけない!!! 打出の小槌でお茶を濁しては如何か。そのついでに綺麗サッパリ、頭の隅々まで洗浄ができる。でも、よく考えよう。考えるのは大事だ。あたしの頭には藁じゃなくて脳みそがあるからね。皺くちゃのスポンジで悉くを吸収してやれ。仮に、漿液が竜のもので在ったなら、ストーカー、羨望の眼差しを貰うに違いない。ネズミがいるなんて恥ずべきことだ。ドラゴンがいるなんて正気じゃない。じゃあ帽子で隠そう。そのために帽子屋がいる。やぁ、元気かい帽子をひとつ頼むよ。可能なら「ハッと」する帽子でお願い……売り切れてる!? おしまいだ、おしまいだ!!! ネズミもドラゴンも隠し切れない。いよいよ、ジャバウォックがやってきて、議論する余地もない!!!
 あれ……? 待てよ。あたしには長い耳がある。天才的だ。これで隠そう。これで、頭も尻も隠せるというワケだ。耳を顎下で結べば恥ずかしくない。世界に平穏が訪れた。
 Have a nice day!

星越・イサ

 |罠らしい罠《アトラクション》には足元掬われず、不注意によって齎された満身創痍。
 迷いに迷った末の踏破だ。少なくとも、心身の疲弊は逃れられない。
 逃れられないと謂うのに――この、若干の余裕は何であろうか。
 超越者が――能力者が――必ずしも、己の異常性に慣れているワケではない。飼い犬のように馴れてくれない現象とやらは、さて、飼われていない猫よりも気紛れなのか。自分の視聴覚も信用できず、不安に苛まれながら、時に、興奮しながら、日々を送る私にとっては、罠だらけの迷路など通学路と同じ。ぶらぶらと、ふらふらと、星越・イサが歩めば不確定性に当たるのか。……逆ですね。私の日常は常に、心を蝕む罠だらけなんです。まるで悪性の腫瘍。徐々に、徐々に、増していく勢いに己の目の玉だけでは如何しようもないか。ですから、こんな迷路など恐るるに足りません。何が本物で何が偽物なのか、わからないのであれば、何もかも、本物として対処してやれば問題ないのだ。開け損なったブラックボックスから手を付けてやれ。たとえば、横切った怪異に対してのご挨拶。返ってこないのであれば、成程、幻覚のひとつに違いない。……ええ、容易いものです。あとのことは『私』にお任せください。あの壁の中の鼠は本物だ。齧られないように、早歩きで……。
 急いていた所為だ。何もないところに『あった』小石、躓いてのすってんころりん。尻餅だけで如何にかなったのだが、より、泣きっ面に以下略は此処から。おいで、おいで、と、囁かれたものだから別の道に進もうとした瞬間、頭と壁がごっつん。あ……あれ……おかしいです。さっきから、しこたま、身体をぶつけてばかり……? ようやく発見した出口はお飾りたっぷりな扉。きぃ、と、開こうと試みたところで――小指を挟む。い……痛いです。これも簒奪者の罠……。ため息を吐かれそうな引っ掛かりだ。即死トラップだけは悉く回避に成功している。手強い迷路でした……いったい誰ですか、こんなものを作ったのは? 虚空に問うても答えはない。
 答える気力も失くしたのか。

弔焼月・滅美

 別側面から覗き込んできた女神曰く、汝らにどうか安寧を。
 呼び声に応えてくれたのだから、言の葉に寄り添ってくれたのだから。
 せめて、救いある『終わり』を望むくらいは……。
 溶解しているのは万物か、或いは、ひどく範囲を狭めて|猟犬《オマエ》だけなのか。枕元を濡らしてくれた何者かの偶然、もしくは、必然とやらに不俱戴天を覚える。混入したのは異物だ。それも、まったく異常なほどの髪の束だ。神のような一部分であれば、成程、影響を受け易くたって仕方がない。ああ……嗚呼……あー……。頭の中の澱みとやらが、精神の中の穢れとやらが、真逆の性質に浸かった所為で『こう』だ。まるで絆されてしまった悪人か、改心してしまった罪人のように、呆けてしまいそうでおぞましい。駄目だ。今日は、駄目だ。本格的に……冗談抜きに……眠い……。折角、あの鈍角女の臭いがしたって謂うのに、そんな気がしたって謂うのに……わざわざ、出てきたってのに……。なんだ……? 異常ってレベルを……未曾有ってレベルを超えてやがる……。きっと理解をしてしまったからに違いない。聳え立つかのような塔のひとつ、同化をするかのような。
 壊れる事を、砕ける事を、躊躇してはいけない。むしろ、この痛みこそが|覚醒《カフェイン》の代わりと思惟できるのだ。泥水のような溜まりにヨーグルトを添えよ。はは……悪くないな。差し入れは『これ』で、上等だろうぜ。
 如何かしている。如何にかなって終いそうだ。終いそうだから、悉くの欲求を、犬のように殺すしかない。殺しても殺しても、耐えようとしても、進めば進むほどに増すとは『これ』如何に。……くそ……もう、立つのも……。がくんと、世界が傾いた。傾くが儘に、勢いが儘に、混沌を孕むかの如くに|まだ《●●》歩む。……終わらせる……終わらせてやる……俺が、遭う為に……来てやったんだ。底無しだ。底無しの沼に誘われて、只、罰を垂らす。正しい時間の流れの中で――冒涜者を討つが好い。

露木・幽蘭

 マイペースを崩すつもりはない。
 開かれた書物に視線を落として、好物な項目にだけ集中するかの如くに。
 楽園と黄昏に違い、EDENと汎神の差、それを説明する事が可能であれば、君は立派な能力者である。あらゆる簒奪者から、あらゆる怪物から狙われている世界。そんな世界で日々を過ごす彼等彼女等は――そう、見て見ぬフリのプロフェッショナルなのだ。虎穴に入らずんばほにゃらら。なんていっても、木乃伊取りがほにゃらら、進んで罠にかかるのは勇気がいるのです。もしくは、無謀って言われるっぽい? 発狂しても、致命を受けても、能力者なのだ。息絶えてしまえばリスポーンくらいは容易い。うん、どーにでもなるとはいっても消耗はするしね。ここを突破できたとしても、ゴールできたとしても、後々の戦いが苦しくなるのです。流石は武芸者、流石は戦士。万全の状態で『はじめる』のが敵に対しての賛辞とも考えられよう。え? 消耗させるのが敵さんの思惑? 気のせい気のせい! ともかく、何も考えずに突撃とはいかないのですよ。確かにボクは人だけど、戦好きってだけなのです。ちらりと、じっと、如何にもな罠だけは『見える』のだが、練達であろうと、巧妙を完全に攻略する事は不可能に等しい。……罠をどーにかするような力はないからなー……? 手札の全てを駆使して最善を。まぁ、忘れようとする力があるだけマシだよね。
 たとえば、落ちてくる岩。避ける事は難なくだが、さて、着地した先が『坂』だと如何に。実に冒険譚めいた、お約束との衝突ではないか。あれ……トラウマを抉ってくるんじゃ……? まあ、何はともあれ。物理的な罠なのであれば『此方』のものだ。傷ついても、潰されても、脳筋的なゴリ押しが可能であれば。よゆーだよね。スマートではないけど突破は出来るし、消耗も抑えられるから。うん。とりあえずヨシッ!!!
 跳躍してからのゴールテープ。
 滝を登るほどのフィジカルだ。

花喰・小鳥

 チクタク、チクタク、終末とやらを、終焉とやらを、脳味噌が、時計の代わりに鳴いてくれた。己が鳴いているのかも、鳥が啼いているのかも、わからない状態で|状況《いま》の把握に神経を注いだ。注いだところで濯がれるだけなのだから、ずぶずぶ、綺麗にした足を情けも容赦もなく汚すと宜しい。……あの人の適当さは平常運転だけど、発狂とは穏やかじゃない。穏やかではないのは、不安定なのは、オマエ自身ではないのか、と、|迷路《しこう》がざわついた。そう……その通り。穏やかな話なんて聞いたことがないですね。此処に来てようやくの、久方振りと思えるほどの一服だ。紫煙と視線をさまよわせて、ぐるり、歩を進めようと試みた。いや、きっと意識していない内に足を運んでいたのだろう。ぴたりと止まった紫煙と視線。お高いところに攫われたのか。
 Arbeit macht frei――働けば自由になる――これが幸福の架け橋だと宣うのであれば、これが悦楽の始まりなのであれば、成程、大正解だ。たしかに私は自由を手に入れて、不自由を愛でるかのように、もう、鳥籠の中の小鳥じゃない。ぐるりと囲っているのは檻なのだろうか。或いは、ガスとやらを噴出する戯言の群れなのだろうか。そんな、ぼんやりとした思考を殺戮されるかの如く――ア゛ッ!! ――片方の腕が千切れた。
 拾おうとした。繋げようとした。視ようとした瞬間に、視えなくなった。失せたのでもなく、爆ぜたのでもなく、抉られたのだ。びくびくと、身体が痙攣したところでようやく思い出す。そう……私は……私は……このような……。労働が拷問だった頃へと、見世物だった頃へと逆戻りだ。幸福は最早なく――いいや、幸福こそ、オマエの掌の上ではないか。痛いのは嫌だから|過剰摂取《オーバードーズ》。気持ちよくなりたいから|過剰摂取《オーバードーズ》。ふるえている|眼球《●●》で現を――? 眼球? 私はまったくの、無事? 幻覚でしょうか……。転がしてご対面した|脳味噌《じぶん》。郷愁は絶えよ。撥ねた躰を外から、観るかのように。
 延々だ。蜿蜒とした道なのだ。私は労働に励む。
 ……発狂できるほど、可愛げがあったらよかったのに。

ディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ

 罠らしい罠は無かった、そう、誰が安堵していたのか。
 上下左右、自由自在に動くのは|梟の頭《●●●》くらいで十分だ。怪物で在ろうと、怪人で在ろうと、思考をしているので在れば同族で、笑い飛ばしてやりたくなるほどの嫌悪、湛えてやると宜しいか。前後が分からずとも、左右が分からずとも、上下が分かっていればいい。仮に、上下までもが分からずとも、わたくし、翼を有しているので。ここが『宙』でも『地』でもお構いなしに。それに……道が分からぬなら、先行する者に聞けば良い。もちろん、わたくしも、俺ほどには『人』ではない。先行していた『あなた』に火を注ぐなどと、面白くないことはしないのだ。何を意識しているのかと【メルクリウス】、バチバチやかましいものに煽てられる。……いくらかを先へ。なあに、普段通りだ。残機は幾らあっても問題ないだろう……。本業なのか|業《●》なのか。兎にも角にも人海戦術である。
 生き物のカタチを為した水銀どもが、貌の無い戦闘員どもが、ぎぃぎぃ、突撃をしてくれる。突撃をしたところで最初の数名、落とし穴に落ちて針の山。下手な罠には先にかかってもらうとしよう。どう、潰れるのか、刺さっているのか、観察しながら往くのも「おもしろ」か。……ほう。わたくしを相手に『それ』を仕掛けるとは。腐っても|簒奪者《●●●》というわけだな。アッハッハ……! 甘んじて受け止めた精神への、思考への重圧。搾り滓のような|柘榴《かじつ》に何を想う。わたくしが、今まで『何をしてきたのか』を教えてくれるのかね。まあ……マトモに狂えるほど分離できていれば良かったなあ【メルクリウス】。結局、俺たち自身こそが敵だ。バチバチ、バチバチ、視線だけで誘導された憤懣の数々。俺が勝手にお前を敵視している? それを楽しんでいるのが|■《兄》だ。俺にも分けてもらおう。正義ごっこの楽しさ――深刻な、鎖のような――流転、反転――。
 せいぜい【俺】として鳴いていればいい。
 せいぜい【根源】として踊っているといい。
 手を叩いて喜べ。銀色を見て嗤え。
 さて、どこに行けばよろしいかな。なんてね。

ディラン・ヴァルフリート

 熾したものを消すなど勿体ない。折角、こんなにも火種が在るのだ。
 開かれたばかりのブラックボックス、内側を覗き込んだところで、外面、あまり変わらぬ有り様か。黒で在ろうと、白であろうと、錠であろうと、鎖であろうと、罪は罪。罰を受けたとしても完全には濯ぐ事など出来やしないか。精神を蝕む……狂わせる、罠……ですか。単純な責め苦であれば、在り来たりな拷問であれば、僕の日常と――|前世の魂《悪性》を封じ、苛み続ける死獄の怨嗟と、変わりません。文字通りに身を委ねるか、精神を委ねる。委ねるだけではなく最適化、訴えるものが善であれ悪であれ、この心身の欠落に響く事もなく。本物を見出す事など赦されない。もしも、許されて終ったのだとしたら、竜は『ここ』に存在しない。……遊びに来た訳でも無し、迷路の突破を第一として……? さて、此処で涌いてきたのは『興』であったのか。或いは『享』であったのか。何方にしても罠という罠、一切合切を踏み躙ってやるのも|悪くはない《●●●●●》。こうした時に仮初の『精神性』が痛むよう――確認と調整に利用できるなら、まぁ、一度試すくらいは。何かに察知されたのか『罠』の質が変化していく。……これは……僕に、そんなものはない、と……。物理的なものだ。壁が迫ってくる云々とは、如何にも雑に思えてならない。
 行動の邪魔をしてくるのであれば、道なき道で嘲笑してくるのであれば、此方も『雑』に対処してやれば良い。気合いだ。気合だけで砕けるとは到底思えないが、思えないだけで、能力を発揮してやれば発泡スチロールに等しい。もはや……回避する必要も、ないのかも……しれません。碧色が揺らぐと共に燃え盛った大剣。|至斬傑牙《えもの》が咆哮すると同時に――|障壁《概念》諸共ブチ抜くか。文字通り、斬り開いて効率的に進みましょう。
 ゴールの代わりに辿り着いたのは書斎であった。
 視線を本棚にやったなら、其処から、漂ってくる罪のひとつ。

第2章 集団戦 『空飛ぶ人喰い魔導書』


 迷路の中の一室――随分と異質なものだが――書斎と描写すべき『空間』で、君達は何を見たのか。それは『罪』である。きっと、罪では在るのだが、成程、抗い難いほどのもの。君達は、ふと『知りたい』と思った。何について『知りたい』のかは君達次第だが、兎も角。莫迦げているほどに『知りたい』のだ。それに反応したのか、唆してくれたのか、本棚。這入っていたひとつひとつの『本』が――魔導書が一斉に飛び出した。
 がばりと、頁を広げて――大顎を開けて――やってくるサマは人食いの怪物のそれ。君達は魔導書を読んでもいいし、魔導書を破壊してもいい。嗚呼、それと。もし、君が『魔術その他』の知識に精通しているのであれば。特定の条件下でのみ。
 |怨恨《ブラックホール》化する可能性が高いと気づいてもいい。
鬼灯・睡蓮

 捲りあげた布団の中、染みとなった何者かが蠢きだけを見せる。
 緩急のない流れに沿って、只、くつろぐサマを見せつける。
 呼吸をしている。汗をかいている。そのような書物には心当たりが存在していた。まるで夢の中、メルヒェンな彼等を捲る行為については、成程、度し難いほどの不注意にも思えた。うにゅ……? 本、ですか……それとも……黒い箱の中身、でしょうか。物語や呪術、神秘といった部類は確かに、人を堕落させたり、盲目にしたり、発狂させたりと、忙しないですね……。いっそ彼等の忙しなさを分けてもらっては如何だろうか。そうした場合、オマエは、天井にぶつかる杞憂からもオサラバができる。……その必要は、ありません。とはいえ、物理的に喰らう本は、ただの危険物……排除しましょう……。興味ではなく欠伸で追い返せ。成程、睡眠欲に勝てるほど、知識欲は『はじまり』ではない。周囲に被害が出ても、困るのです……僕以外の皆さんも、眠たがっているに、違いありませんので。
 眠っている者と、|眠っている《●●●●●》者。その違いについては一目瞭然だ。人を運んだりとか、僕には不向きなので……んん……いえ、一緒に、夢を見ることはできますが。果たして……無機物? に夢を見せることができるか、そちらは、僕の力次第……。繰り返せ、繰り返せ、怠惰に対して触れてやれば――魔性の如くにゆっくりと溶け込む。カダス、毎度のことですが、力を貸してください……彼等にも、夢を教えてあげましょう。慾まみれの夢でも、楽しい夢でも、お腹いっぱい食べさせるのです……もちろん。
 おそろしい夢でも、それが望みなのであれば、構いません。
 ずぶりと、どぷんと、猫のように丸まった。
 夢の大海に沈むといいです――無聊が甘ったるくて、たまらないと謳うほど。

四之宮・榴

 飛んできた魔導書の牙、ぽきりと折ってやれば良い。
 受け流すと同時にマッチをひとつ、主人以外の頭は不要か。
 君ぃ、随分と、正気に戻っているじゃあないかね。それとも、わたくし、の方が良かったのか……? 耳にしてはいけない。
 強烈なまでの虚無感に――暴力的なまでの簒奪に――何もない事を突きつけられた。突きつけられたとしても、突き放されたとしても、悉くが伽藍洞、失せて終ったのであれば、簒奪者だけの草臥れ儲けか。……罪? 僕は……罪深いのかも、しれませんが。別に、知らないでも……構いません。成程、知識欲。その切っ掛けすらも奪われてしまっては、落としてしまっては、無知と呼ばれる罪のみが囁く。ふよふよと浮かんでいた魔導書の理不尽な憤懣。まるで、ユダの如くだとオマエを嗤笑する。……って、襲ってくるのは……声を掛けてくるのは……反則では? 何処かの誰かさんにも告げてくれよ、その言の葉。ぐるぐると渦を描いた文字どもが『牙』の具現としてやってくる。強制読書は……捕食は……お断りです。僕にだって、誰にだって、選ぶ権利くらいは……? 選ばれたのだ。お気に入りなのだ。ある種の慈悲で以て迫りくる唾液の量――僕に……近寄らないで……っ! ひどく甘い水だ。水ではなく炎だ。ああ、バチバチと、誰かの頭の中と似たような、破裂音……。
 無理やりは嫌いだ。強制は大嫌いだ。せめて、背中を押すかのように、優しく撫でてくれたなら堕ちていたのかもしれない。もう……僕は、手遅れでは、ありますが……ここで、食べられてあげるほど、インサニティでは……ないので。竜宮の遣いの|迷信《こえ》が魔導書の幾つかを地に縫い留めた。……焚書にされたいのなら、燃えたいのであれば、是非に。十分だ。十分なほどの炎だ。漆黒色だった『もの』が一枚一枚丁寧に――? ……読みたいとは、思っています。思ってはいますが、これは……僕の気持ちでは……! 捕食者によるご馳走さま。腹を空かせているのは何も脳味噌だけではない。

ディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ

 それはよかった。なによりだ。
 臓腑と皮膚をひっくり返せ。
 貪食な何者かへの祈りで在ろうか。強欲な何者かへの嘲りで在ろうか。沈まない太陽に対して現実を叩きつけるかの如くに――首が回らない鳥類に対して不変を叩きつけるかの如くに――適当な言の葉を掴んでやった。どこかの誰かさんの頭より凶暴そうだ。もっとも、致命的なまでに邪悪さは足りないが……そう思うだろう? 我が片割れ。バチバチ、バチバチ、怪人よりも怪人らしくをモットーとして頭蓋骨とやらをノックする。何度も、何度も叩くのは行儀悪いのかもしれないが。そんな事は今更だ。知りたいこと。読み耽りたいこと。ふうん。過去かな。お前たちが、お前たちのような出来損ないが、俺たちに『思い出させてくれる』なら、多少喰われても構わない。構わないし、治すつもりもない。知ることのできない『何か』が|底《・》にあると俺は、私……わたくし? は知っている。どうせ丈夫なのだ。どうせ、死ねないのだ。傷の一つや二つ……肉体の一つや二つ……何? 教える気が無いと、そう、嗤いたいのか。認識を改めよう。少なくとも、お前たちには『邪悪さ』がある。俺の知らないところで随分と――腹立たしい真似をしてくれた。
 いや、真似をするのは俺の方か。結局のところ『業』は『業』だ。本物である事に変わりはない。何を喰ったのか、何を取り込んだのか、教えてもらえるか? くだらない中味だろうが見てやろう。深淵を覗くよりかは、幾らか、正気に違いない……。召喚されたのは果たして『ひと』である。レアステーキよりも真っ蒼な無様さに|戦闘員《銀色》は啼き散らかした。……人海戦術、戦線の維持。俺に近づけさせるな。持ち堪えてみせろ、せいぜい、腐肉に群がるだけの、蠅のような相手だ。
 使い捨てなのはお互い様である。
 そういう風に振る舞うといい――俺か?
 俺はもう、振る舞う事も面倒になりつつある。
 ……楽しいか? 【メルクリウス】。

星越・イサ

 アフォーゴモン、存在に対してのカウンター、あまねく浪漫への拒絶。
 欲しがれば欲しがるほどに、インビジブル、吹きかけた粉の名称は如何に。
 塩辛い干し肉に問うてやれ、オマエの正体は何なのかと。
 塗りたくった漆喰をナンセンスと罵るかの如くに、完璧な球体とやらを嘘吐きと嗤うかの如くに、ぐるりと、やってきた|魔導書《けもの》を視止める。留まる事など決してなく、退く事など決して許されず、唯々、確定させたいが為に紫色はギラ憑いた。超常なる書物、それは未知なる知識の宝庫。書き記された内容が、染み込んでいる錯乱が、深淵なる叡智に連なるものならば、私は、読まずにはいられません。飛んで火にいる夏の虫、紙魚も吃驚な貪欲さではないか。そうでない、本の形を取った何かであれば、それが、何なのか知らずにはいられません。犬も食わない地獄だと謂うのに、それを、悉くを味わいたいなどと下手物喰らいを極めている。もちろん、危険性は認識しています。私の頭の中身が無事、事なきを得るなんて、都合よくは考えていません。ええ、星詠みさんは言いました。虎穴に入らずんば虎子を得ず、と。きっと、このことなのでしょう。私は――聳えているものを見上げたい。開いているものを覗き込みたい。一枚、一枚をじっくりと、目にしていたい。脳震盪を起こしてでも鼠と接触したいのか。まったく、正気とは思えない。
 私が「読む」というより、スキャンするほどの早さで解析できるとしても……。私のような|人間《もの》を足止めし、気を逸らすためには有効な仕掛けでしょうね。本当に、心の底から「わかっている」簒奪者である。しかし、私が恐れるのは、怖れているのは、怪異でも死ぬことでもなく、私が『星越・イサ』でなくなることなのです。舐られていようと、齧られていようと、構わない。情報の糸を手繰り寄せ――過去、現在、未来のすべてに繋がる――【窮極】に辿り着かんと。視えたのは鎖のような触手であった。ぬいぐるみの中身よりかは『つまって』いた。
 触手は怒りを――熱を――孕んでおり、人の正しさを示している。
 |能力者《オマエ》の姿形を憶えてしまった。

アーシャ・ヴァリアント

 カンストしているパラメータ。見る事すらも叶わないのだから、お眼鏡に適うものを手にせよ。方法を模索している暇を惜しんで、嗚呼、いっそ抱き留めてやれば宜しい。
 慈悲深い事に、おそろしい事に、上位の存在は|頁《かみ》の一枚一枚を改竄していた。改竄した結果が何であれ、線引きした始末が如何であれ、欠落が埋まる事など最早ない。たとえ、本当の妹が望んでいたとしても。たとえ、本当の妹が乾いていたとしても。この至難の壁は未だに|健在《●●》なのだ。お義姉ちゃん、お義姉ちゃん、今日もお義姉ちゃんらしく振る舞ってくれたら、嬉しいな――想定外なまでに甘ったるい、それでいて酸味も添えてあるちゃんとしたスイーツの数々か。んんー? |義妹《サーシャ》の声がしたような、していないような……? 耳朶に這入り込んできた声とは真逆の視界。赫々と猛るような目の玉に映り込んだのは凶暴な|魔導書《怪異》であった。むむむ……無性に読みたくなってきたわね。|義妹《サーシャ》に、更に好かれる方法とか書いてあるかしら。何を宣っているのかと思えばドラゴンプロトコル。オマエに対しての好感度は常に|最大《999》だと謂うのに――選択肢はふたつ。格好いい姿か、無様な有り様か。
 盲目こそが最強だと、盲目こそが無敵だと、連中に教えてやるといい。捕食を試みてきた|魔導書《それ》を受け止めて、|牙《かざ》りを無かった事とする。適当にパラパラと中身を物色したのならば『見た事のある』文字の羅列。……何々? 相手の頭の中を覗き込んで要らない記憶を曇らせる……? 何よこれ、マトモなの載ってないじゃないっ! 引き裂いた。引き裂いてやった。愈々、このような悪辣の化身は黄金の前に砕かれるといい。
 これも違う。これも、それも、あれも、ぜんぜん違う。ムカムカしていても尚、貪欲に駆られたオマエは|魔導書《ぎせい》の悉くを塵山とする。……ちょっと、何逃げようとしてんのよ。アタシが全部読んであげるから、こっちに来なさい。逃げ出そうとした最後の一冊もご覧の有り様。此度の無様は如何やら簒奪者側と思われる。

クラウス・イーザリー

 奇跡すらも、希望すらも、欠落の前では無意味に堕ちる。
 抗え。只管に、抗え。何れ、己の道だけは見える筈だ。
 聖なる哉、聖なる哉、傲慢なる者の囁きが|罪《悪魔》とされ、世に落ちた黒色の翼の類。そのような、筆舌に尽くし難い情念が涌き上がったところでオマエ、言の葉の導に晒される。また俺に会える方法、知りたいか? また、俺と日々を過ごせる方法、知りたくねぇか? ガタガタと、ゲタゲタと、|魔導書《とも》の声が脳髄に突き刺さる。親友の声とやらに誘われて、釣られて、手を伸ばした先には――等活よりも等活らしい、地獄からの呼び声か。死者の蘇生に必要なのは死者の|肉体《うつわ》である。器《それ》を加工し、粉末状にする事で|呪文《●●》を唱えれば次の瞬間には再会できるだろう。ただし、それを『された』死者は術者の事を怨むに違いない。何故なら、蘇生とは『生き死にの苦しみを反芻』させる事でしかないのだ。もっとも――その苦しみこそが術者の悦びなのかもしれない――ああ。確かに、それも間違いじゃないだろう。それで、あいつとまた会えるなら……? 頭痛が酷い。めまいもした。如何して、俺は、このような|希望《うそ》に縋りついている。あいつはそんなことをしても喜ばないし、より、苦痛を与えるだけと言うのなら……。
 莫迦げている。ああ、存外に、莫迦げている。この程度の誘惑でクラウス・イーザリーが頭を垂れると考えていたのか。いや、きっと魔導書の主人は『こうなる』事を観ているのだ。……あいつの声を勝手に使うな。俺が、弱い人間だとしても、手放してやるものか。右掌で捕まえた|魔導書《諸悪》――真っ二つにする事くらい、容易かった。
 齧っている程度ではあった。毛すらも生えていない初心者ではあった。だが、これの正体については直感で理解ができる。この魔導書は『怨嗟』を溜め込んでいるのだ。怨嗟を溜め込み、捕食相手が『憎んでいる者』の前に転移し、何もかもを破壊する。
 ――それも、もう、発動する事などない。
 何故なら、光の下では平等なのだから。

露木・幽蘭

 奇怪な迷路の中間地点、セーブする事は不可能だが、人の好奇心を擽るには十分だ。残酷な事に真実、目と鼻の先に存在しているのだが、それを捲るのは野暮だろう。何よりも、面倒臭さ。こんな場所で発揮させられても困るのだ。
 ――口は禍の元。門を開けるのは後でも良い。
 猫は龍なのだ、閃くほどに。
 侵入者を踊らせる岩石が如くに、闖入者を苛立たせる罠が如くに、頁が騒ぎ出すとはこれ如何に。如何にもな雰囲気を孕ませておいて、下手物な臭いを漂わせておいて、その実、反対方向から殴りつけてくるかのように。なんだかんだで第一の関門は突破したのです。ですが……休む間もなく、一息つく暇もなく、次です? キョロキョロと、チラチラと、書棚の方に視線をやったならば難しそうなラインナップ。死霊を秘宝とするものから、所謂、メモ書きのような『もの』まで多種多様だが異常な気配。んー? 頭を使えってこと? 背中を撫でようとしたところで、ぶわり、本棚から飛び出してきた書物の数々。ひとつひとつは別のジャンルかもしれないが――最後の頁まで狂気と凶器がみっちりだ。予想を裏切っての物理ですかっ! 食事記録より吐き出された者の正体、さて、それを暴く必要はなかった。
 知恵の輪を彷彿とさせる勝負でなければ、物理的に解決できるのであれば『此方』が有利。何故なら、殴ってくる相手には『殴り返し』が効果的だからである。これならボクでもなんとか出来るっぽい! 本を汚したり破壊したりするのはいけないこと。そんな常識も非常識が『敵』ならば関係ないと笑ってやれ。危険な魔導書なら、人を食べる魔導書なら、仕方ないよね! それにしても仮面、内側から覗き込むのは難いのではないか。ああ、知りたい。どう見ても山猫な古龍様の真実、すごく、知りたい。でも……この気持ちは抑えて……。切り刻めよアカシックレコード、その劣化。ここで立ち止まっている時間はないにゃー。

花喰・小鳥

 添えられた花と共に棺の底、土をかけられるのか、火を放たれるのか。
 蛞蝓のような気持ちの悪さに、蛆のような嘔気に、逆転とやらを願う。
 迎えてくれたのは甘い匂い、二度と流す事のできない紫煙の澱。
 宿酔に苛まれたのかと疑うほど、悪酔いに抱かれたのかと紛うほど、惑った脳味噌では正体を曝け出す事も難しい。ガスを吸引し続けた結果か、或いは、過労に身を投じた結果か、ぐるぐると、目が廻っていて仕様がない。まったく使用をし尽くした所為だ。明らかにお薬のやりすぎだと思考したところで――がつんと――拳骨をされたのかと思うほどの衝撃。本だ。本の群れだ。まるで、顔なじみのように飛翔してくる、頭、頭、頭の痛痒……。あの人の頭があんなに、ところであれは頭なんでしょうか? ぐしぐしと、がしがしと、啼いている脳味噌を掻き出すかの如くに。知りたいと思ったのだから、捲りたいと思ったのだから、実行する以外には考えなどない。おお、|死棘《スティンガー》、酷薄なのか、告白なのか。
 いっそ鎖してくれたなら楽だったと謂うのに、悲惨な予感だ。
 情けくらいは存在していた筈だ。慈愛くらいは表現できていた筈だ。それでも、容赦がなくなってしまったのは己の仕業に違いない。落ちている蜂の巣は最早読めず。散らばった文字の死骸については興味本位もついていかない。そういえば……彼の黙示録は読めるのか。読んだら発狂してしまう、捲るだけでダメになってしまう、そのくらいはありそうだから、齧るくらいが丁度いい。ぐるぐる、ぐるぐる、小鳥がおどるものだから――牙、食い込んだとしても痛くないし、感じない。ハンドガン……? こんなのじゃ、私もあの人も満足できない。柔らかな谷間より引き抜いた黒薔薇、その刺々しさを剥き出しにしてやれ。歪みまくった世界の中心で見世物にされる。
 魔導書、兄さんが昔、何か言っていたような……。
 薙ぎ払ったところで、鎮痛を求めたところで、
 それを塗り潰すかのような乱打に、脳味噌、縮減するかのよう。

ディラン・ヴァルフリート

 破壊をしたのか、侵略をしたのか。
 簒奪者も仰天するほどの力であった。
 全ての知識が――全ての√が――本ひとつに纏められていた場合、争いなど無価値とされていたに違いない。絶対的な、驚異的な、アカシックレコードの存在に辿り着けたとしても『それ』が本物だという証拠など何処にもないのだ。書を読み得られる程度の情報など……理解など……今更ですね。書物を媒介とした魔術の類、魔法の類であれば、或いは……という事もあるかもしれませんが。嗚呼、野蛮だ。獣性がすぎている。捕食などに性能を割いている以上、異常性に傾けてある時点で、程度が知れる……というものです。記されている『もの』では不足だと自ら暴露しているのではないか。刻み込まれた『もの』では満たされないと、自らを、嘲笑しているだけではないか。さて……最も信用する者の声……でしたか。僕にはあまり、効果的では、ないかもしれません。人の生命とは儚いものだ。地獄であれ天国であれ、其処に絆とやらは残されていない。……そもそも、誰の声も聞こえないのか、横並びのゼロを同率一位として複数聞こえるのか。重なって聞こえていた『もの』のナンセンスなノイズ。意味がない。ああ、意味などない。耳を傾けたところで、喚いているだけ。いずれにせよ、この魔導書に、価値のない化け物に、期待なんてする必要はないのです。
 誰が征服したのかと問われれば、誰が蹂躙をしたのかと問われれば、指差した先は己のみ。かつて、炎を至上とした|√《世界》の再現が――紙束とやらを抱擁した。ああ、本当に虚しいものです。これが僕に対しての罰なのだとしたら……妥協をしているという事でしょう。糧とするべき|知識《書物》に、逆に呑まれる者の多さを考えれば……木乃伊のように、風刺的な存在かもしれませんね。散り散りになっていく、火種として。ええ、そのつもりで造られた訳ではないでしょうが。簒奪された輪廻に安定などなく、只、揮われる。色褪せない血と腐ったインク。食んでくれた蟲のような末路。

梅枝・襠

 ジャバウォックの顎から逃れて数分後、今度はスナークとのご対面だ。これを狩り取る事が可能なのであれば、おそらく、万事が解決すること間違いなし。頭でっかちと罵られようと、不快な姿勢を強要されようと、何もかもを狂った帽子屋の所為にすれば関係ない。いや、だとしても……本が襲ってくるのはおかしい。言語に溺れてしまうのは学者のすることで、議論に喰われてしまうのは作者のすること。ウサギの出る幕じゃないよ。あたしを食べてとは言わない。あたしが小さくなる必要はない。あたしが本をホントに食べるんだよイット・ユー! わかるか!? 理解しているのか、理解していないのか、それを判断する為には頁を覗き込まなくてはならない。食事記録としてやってきた真っ赤な頭巾。ズキズキ、頭痛がして気が狂いそうだと嗤ったのか。勘弁してくれ! あたしは赤色で塗るのには懲り懲りなんだ! それに、客人よりも多い数だなんて、マナー違反、天才のあたしが赦すと思うか? 偽物のうさぎが散らかった。誰だよ、掃除をサボった愚か者は!
 誰……? 犠牲者? 犠牲者の頭巾は最初から真っ蒼だった筈だ。それこそ、ウサギの顔色のように青々としたものではなかったのか。お茶が足りないんだ? ちがう? ウゥッ失礼だ。失礼だ失礼だ失礼だ。ティーが紅いことを知っていて、青いなんて失礼だ。何が悪い? "縁起"が悪い、縁起潰しだッ。随分とわざとらしい演技。口を災いとしたならばカトラリー。さっさと机から筆とやらを追い出せ! 本に食べられるなんて笑いものだ。
 あたしが食べるんだよ!!! 打出の小槌でのお茶濁しは如何だ。お茶菓子の代わりにされた|原本《オリジナル》の姿焼きは如何に。クッキーのように! ぺちゃんこにしてね! 知識の味は美味しい。おいしいのはあたしのキャラだって? 失礼な!!! やっぱり学ぶことは大事だ。学び続けることは化けるのが上手くなるってことだからね。賢いウサギで困っちゃうな。あん? なんだって? 判決は監獄送り?
 失礼な。まだ、あたしは何もしちゃいない!
 ひらめいた! 話題を変えよう!

第3章 ボス戦 『【窮極の門の総帥】オットー・Y・ソトト』


 ふぅむ……君達は、私が想定していた以上に、異常なのかもしれない。
 人間らしく生きようともしない、人間らしさの欠片もない。
 いや、だからこそ、私は君達を淘汰しなければならないのだが。
 書斎の奥から|出現《●●》したのは聖女を彷彿とさせる|簒奪者《もの》であった。君達は彼女こそが黒幕であると、罠を仕掛けた張本人であると、直感で理解してもいい。そして、何よりも、彼女が――人間を愛しているということを。
 私には夢があるのだよ。全ての√の人間に『人間のまま』でいてほしいのだ。ああ、これは私の持論なのだが。√能力者はいとしいほどに化け物なのだよ。いや、しかし、君達には感謝している。私は――壊滅的に――能力者を見分けるのが、苦手なのだ。
 ああ、改めて。私はオットー。
 窮極の門の総帥をしている、オットー・Y・ソトトというものだ。
 宜しく頼むよ、|局外者《アウトサイダー》。
 君達は彼女を打ち倒さなければならない。
 倒さなければ、斃されるか、簒奪されるかの二択なのだ。
鬼灯・睡蓮

 泥のようなイメージに擁され、揃わなければ、惚けるのみ。
 箱の中身を宝石として――光輝を放つトラペゾヘドロンとして――暗黒、シュレディンガーの猫めいた蝙蝠は目玉を燃やすのか。絡みつこうとする触手が、捕らえようとする灼熱が、果たして、|局外者《アウトサイダー》に対しての憤懣と成るのか否か。おや、黒幕のお出ましですね。黒幕と謂うには少々『遊び』がひどいとは思わないか。まるで、倒されるのを前提として出現したのではないか、と、疑いを持たせてくるほどの雑さであった。ええ、そうでしょう。√能力者は皆が皆、怪物であり化け物です。もちろん、それには貴女も含まれます。含まれたからと謂って、如何だ。内包されていたとして、如何だ。|狂人《インサニティ》に問いかけたところでロクな答えなど得られやしない。人間は、人間のまま居てほしい。そう願うのは僕も同じですね。たとえば、昼過ぎ頃の喫茶店、珈琲と軽めの甘味を嗜むかの如くに、つまみ食いか。でなければ、夢を見る人が居なくなってしまうので、それは僕にとって困る事です。人でなしとヒトサマ、この関係性を何処まで大事にするのかも『鍵』である。夢は自由ですから、楽しい事も、苦しい事も、哀しい事も、何もかも全て、夢であれば自由です。……ほう? 君はそれを『自由』だと謂うのか。証明する事も容易いのだろうね。しかし、私からしたら、君のそれはかなり、随分と、夢物語のようにも視える……。まったく総帥の言の葉通りではないか。貴女の夢は実現させるのは難しいと感じました。いえ――危険と判断しました。ですから、ええ、戦いましょう。
 簒奪者は簒奪者なのだ。如何な思いを抱えていたとしても、孕んでいたとしても、本質が『危うさ』なのは変わらない。しかし、何処からどう見ても、君のような『もの』とは極力、遭いたくないものだ。正直、此方からお断りしたいものだがね……。迫りくる触手よりも、とかすような熱気よりも、嗚呼、厄介なものが地にあふれる。……カダス、僕に再び力を貸してください。相手に夢があるのであれば、その夢を見せ続けて、溺れさせてあげましょう。半減したところで五分五分だ。今度こそ、猫は呼吸をしていると教えてやればよろしい。
 夢の大海に沈むといいです……すぴー……。

四之宮・榴

 姿見に映ったカタチを知るといい。
 のたうち回る蛇よりも、這いずり回る蛞蝓よりも、ひどく粘着質な雰囲気は――ある種の|芸術性《グロテスク》を湛えるソレは――情念の地獄に近しい気がした。誑かしてくるのか、背中を押してくれるのか、何方にしても、滂沱をするかのような想いに捕縛される所以はない。……なんか、少し店長様に似ている気が……しますが……。脳天から爪先まで、とある組織の総帥を名乗る|簒奪者《かのじょ》を観察してみる。観察してみたところで深淵、隅々まで暴く事は不可能だろうか。……あの方は、在り方の否定を……しなかった。違い……違い? 人間を好き過ぎるから……? 僕らを、否定するから……? いいや、違うさ。私は、君達を心の底から嫌っているワケではない。君が、私を好ましく思えないのは――私が、君達の事を『実験動物』くらいにしか、愛せていないからだろう。ハッキリと、しっかりと、四之宮・榴は嫌悪の正体に気づけてしまった。……そう、ですか……なら、僕は、貴女様が嫌い、です。敵を敵として認める事から始めてくれ、あれらは『邪悪』ですらない。
 改変されたのは空間であろうか。改竄されたのは記録であろうか。何方にしても、多大な影響を及ぼす事に違いはない。ぐにゃりと、ぐらりと、まるで眩暈を起こしたのかと錯覚するほどの――熱っぽさとのご対面だ。……貴女様が、何を、仕掛けてきたとしても……僕は、僕を見失ったり、なんか……。成程、君は如何やら、君自身の事を把握できていないらしい。もしくは……いや、まさか、君は君の事を蜥蜴の尻尾か何かと勘違いしてはいないか。お喋りしている暇はない。投げつけてやった魔術師の逆位置――迷走してくれよ、云々と。蝕もうとしてきたのだ。此方が、侵し尽くしてやったって、文句は謂えまい。
 インビジブルの群れが――見えない怪物どもの咆哮が――贄の声に重なった。食わず嫌いはひとつもなく。只、愛おしい者の為に蠕動するのか。……僕は、疑似餌にはなれません。疑似餌になる、必要は……ないのです。勘弁してくれよ、君。君の、そのような想いこそが、遠退く原因なのではないか? 捕食者が嗤い、青くて暗いところへと。
 消え失せるかの如くに。

アーシャ・ヴァリアント

 果実を齧らせる事にした。
 加工をしていたのか、加工をされていたのか、何方の立場からしてみても怪異はおぞましいものであった。怪異の肚を暴いて、怪異の肚を晒して、それを、愛おしいと見つめるかの如くに。病的な執着こそが盲目を加速させる薬物なのかもしれない。あー? 人間らしくないってそりゃ人間じゃないから当たり前でしょうが。いやいや、そのくらいは、君。幾ら私が正気ではないからと謂って、わかっているつもりだよ。オットー・Y・ソトトの『食えなさ』については聞いての通りだ。総帥のお考えになる事など、たとえ、人であったとしても理解などできない。まぁ|この√《√汎神解剖機関》なら、人間はむしろ貴重な存在かもしんないわねぇ。黄昏を迎えているんでしょ? アタシには関係ない事だけど。無関係だが無関心とはいかない。たとえば、迷子の迷子の可愛らしいヒトサマ、攫われる可能性だってあるのだから。まあ、それはそれとして、アタシは|義妹《サーシャ》を|愛してるから《義妹として》。……この場合は、君、私は拍手を送った方が良いのかもしれない。はあ? 何言ってんのよ。ともかく、侵略してくる|アンタ達《簒奪者》は邪魔なのよね、うだうだ御託言ってないでさっさとかかってらっしゃい、ぶっ飛ばしてやるから。……ふふふ。そうか。君は、私が思っていたよりも、人間に近いのかもしれないな……!
 灼熱を孕んでいるのか、触手を伸ばしているのか。まるで、頭の中を覗き込まんとする、好奇心旺盛な人間めいて――節操無しが這い寄ってくる。ちょっと、アタシ、そういうの嫌いなのよね。なんでこうも、ズカズカと、アタシの中に這入ってこようとするのよ、アンタ達は……! 喉元過ぎれば熱さを忘れる、そんな諺も最早、自然ではない。何本も何本も切断してやったのだ。炎すらも焼き尽くす炎――最早、大罪の域に突っ込んだ魔性は――爛れるのような始末とされた。この程度でアタシを倒せるとでも? 寝言は寝てからってやつよね。この似非シスター! 痛みはない。痒さもない。食い物としては最底辺だが――ネクタルとしては妥協点か。ああ、ぶっ飛ばせ。殴り飛ばせ。

星越・イサ

 立っていられない。座っている事も難しい。
 不意に側頭部を殴られたのかと疑うほど、不意に脳味噌を揺さぶられたのかと疑うほど、この邂逅とやらは不可思議なまでに歓喜であった。濁りに濁った硝子が透明さを取り戻すかの如くに、砕けに砕けた精神が深淵へと流れ込むかの如くに。いや、これが運命なのであれば骰子に感謝をしなければならない。やっと……やっと、会えました! あなたのような方に、あなたのような存在に、ずっと会いたかったのです。不確定だったものが確定とされた瞬間、それに対する感情はプラスなのかマイナスなのか。筆舌に尽くし難い不安定さにこそ――耳を傾ける価値が『ある』のだろう。より狂気を高めたければ、同等以上の狂人から、学ぶしかないと思っていました。……君、私でなければ、その口説き文句は最悪でしかないとは思うのだがね。ええ、あなただから、こそ! まさに虎穴に入らずんば虎子を得ず。罠だらけの迷路を潜り抜けてきた労苦がようやく、ようやく、報われます。祈っている場合ではない。呪文を唱えている時間すらも勿体ない。……私と、話がしたいのだろう。それなら、私は君の抱いている『もの』を受け止めてあげようじゃないか。
 ありえた過去とありえる未来の断片情報――その、未曾有かつ無辺な――運命として、名を変えて、莫迦みたいに叩きつけられる。あなたは、これに慣れている筈です。通じにくいことを承知の上で、やっているのですから、たくさん、お話をしましょう。人間の可能性の一つを愛せずして、人間愛を語れますか? 時々は、化け物が生まれるからこその人間です。人を愛し、人の理からズレた者同士、愛し合い、高めあい、狂ってしまいましょう――! ははは! ははははは! 君、私を何だと思っているんだい? まあ、構わない。私は人でなしも嫌ってはいないのさ。過去の話をするならば、未来の話をするならば、ぬいぐるみで在ろうと、人間で在ろうと、君は君でしかないのだから。或いは、君こそがエックスなのかもしれない。
 花が咲いた。どのような花だろう。
 虹色めいて破裂した、丸っこい、害してくるかのような、蝗のような、
 ひとのむれ――?
 やるだけのことはやった。やりたいこと|が《●》できた。
 空隙を埋め尽くされるが儘に――きゅぅ、と、目を回して。

露木・幽蘭

 雨降りの日に傘を忘れたのか。準備不足だと伝えてやれ。
 無理をするな、痩せ我慢はよろしくない。
 狂人のフリをしている常人か、常人のフリをしている狂人か。何方にしても、強靭なのには変わりなく、人の道から外れているのだと罵られたって仕方がない。まるで仙人のような振る舞いに俗世とやらが引っ掛かった。ボクが異常なんて、ボクが化け物なんてひどい話なのにゃー。こんなにかわいい猫さんにゃのに! 君……猫を被っているってよく言われないか? にゃー! もっとひどいことを言われたのにゃ! まぁ、猫さんは人間さんではないからにゃー。にゃあにゃあ騒がしくしているのだが、オマエ、ベースとしてはヒトサマではなかろうか。にゃ、一体化しているだけなので、猫さんではなく人間! んー……? でも、古龍である可能性もあるからにゃー。シュレディンガーもひっくり返るほどの中身だ。材質が何であろうと箱は箱、甕の底を掬い取ったとしても甘露は出ない。ボクがよくわかんない生き物である可能性も否定できない! 仕方ないので一旦は受け入れておくのです。カラッとした性格には、すんなりとした受け入れには訳があった。結局は、戦うので関係ないんだけどね! ふふふ、どうやら君は、戦うのが好きなようだ。私とはまた、別の意味で厄介な獣なのかもしれない。にゃー! 人も獣だからね、気にしない気にしない!
 文字通りに地を縮めるかの如く――龍の力場で以て――油断せずに戦闘を始める。今回、ボクが選んだのは安定性。無理な攻めは身を滅ぼすって古龍も言っていたっぽい。慎重に、されど大胆に。ヒット&アウェイの精神で総帥とやらを斬りつけた。武芸者としての勘が告げているのにゃ。隙を見せればそこでお終い、逆に言ってしまえば、隙を見せなければボクの勝ちだよね。……まさか、私が教えられるとはね。この戦いが終わったら、少し、鍛えておく事にするよ。敵に送るべきは塩ではない。

クラウス・イーザリー

 忘却こそが救いなのであれば、嗚呼、錯乱こそが蜘蛛の糸に思えた。
 光が存在しているのか、熱が存在しているのか、堕落を彷彿とさせる眩暈に煩わしさを覚える。ある種の愛憎が――あまねく感情が――オットー・Y・ソトトから、注がれたので在れば、何もかもは同じところに終着するのかもしれない。俺が人間らしくなく異常だと思うのなら、俺が人間を装えず、歩いていると思うのなら『君にとっては』そうなんだろう。言の葉の迷宮か何処か、遭難でもしたのかと、嗤えてしまうほどに現とやらは明白である。肯定する気も否定する気も無い。どんな認識であれ、どんな持論であれ、最終的には何方かが倒れるまで戦うしかないんだから。……その通り。その通りだとも、能力者。私も、君達も、己の信念の為に――狂気の為に、地獄を造らなければならない。いや、この場合は『均す』とした方が正解かな。正しいも、正しくないも、最早ない。実力行使だ。
 想定していた以上に懐へと潜り込むのは容易かった。簒奪者が油断をしていたのか、或いは、機嫌が良かったのか。兎にも角にも最初の|一撃《居合》は袈裟を捉えた――捉え、斬りつけたのだが、深手を負っているクセに随分と溌剌そうだ。これで倒れないなんて、貴女も立派な……。集ってきた触手の一本一本を丁寧に切断していく。まるで茨の道、拓いていくかの如くに――まったく。私の触手は貴重なのだよ。君は、如何やって弁償をしてくれるのかな。煮え立つ灼熱――鎖のような触手――を右掌で受け止める。痛みはない。焦げた臭いもない。無効化してしまえば、あとは、己の技を揮うと良い。
 淘汰すると言っても、√能力者である限り俺達は死んでも蘇る。でも、発狂させてしまえば、精神を壊してしまえば、機能停止は狙えるな。袈裟に袈裟を重ねてやれ。今度こそ、腸とやらを晒してやれ。上手いものだと思うし、俺もいっそ発狂できたら楽に生きられるかもしれない。ははは……君はどうやら、既に、地獄に落ちているらしい。

花喰・小鳥

 能ある鷹は爪を隠す――影を滑るように。
 影が滑るように。
 手を取ってくれたのか、手を取ろうとしたのか、曖昧だった頭の中が二分割でもされたのかと疑うほどに。左右とやらがシッカリとしてきたのだ。歓迎してくれるなら、招待してくれるなら、喜んで。ある種の接待なのだろうか。いいや、今回、オマエは接待をしなくても良い筈だ。いつもとは真逆の関係性を――真正面から叩きつけてやるとよろしい。抜いた|死棘《スティンガー》の戯れと共に幕は開かれ、さて、如何様な輪舞が続くと謂うのか。何故でしょうか。不思議と、奇妙にも、今の私は何でも出来るような気がします。まさか瀉血が効果的だとは想定外であった。まったく、歓迎はしたけれども、私は、君のような女が如何にも得意ではなくてね。べちべちと、ぺちぺちと、灼熱が仕切り直しを訴えかけてきた。何も問題ありません。このような癇癪、痛くも痒くもないのだから。どうやら……あなたは寡聞にして理解が不足しているようです。ざわりと、簒奪者の表情が歪んだ。へえ……私に、そのような『こと』を言うとは、中々に、やってくれるね。君は、私が想像していた以上に異常で、何よりも――私の好みではない臭いを散らかしている。
 人間らしくないことも、また『人間』だからこそ。初見なら、新たな経験・知見を得たことに感謝するのもいい。ぼとりと、熱を孕んだ触手が『数』を増やす。私は、あまり悪趣味な事をしたくはないのだが、其処まで言われて黙ってはいられないのだよ。……触手に嬲られるのは趣味じゃありません。それとも、もしかしなくても。あなた、嬲られたい趣味があるのでしょうか? 深淵より――胸元より――出現したのは天獄。垂れるべきは頭ではなく、はしたない|触手《にく》のぶつ切り……。醤油も塩もない。ゲテモノが美味はやはり迷信です。
 何を宣うかと思えば、君、私は君ほどのゲテモノ好きを知らないのだがね。
 踏んづけてやった。美味しくない触手の一部を、蹴とばしてやった。
 たこ焼きのほうが絶対においしい。
 間に合わせとしての煙、黒山羊のように。

ディラン・ヴァルフリート

 解放された箱の中身、猫は無事に毒々しくあった。
 繋がっていようとも、繋がっていなくとも、避けてしまえば何方でも宜しい。
 真紅に輝く輪郭、簒奪者の双眸、如何様に映っていたのか。
 虎穴で在ろうと、蟻地獄で在ろうと、吶喊しなければ正体に辿り着く事など出来ない。落ちていくのか沈んでいくのか、愈々、自己で判断する事すらも困難ではあったが、その壁を乗り越えた先で――罪はようやく罰と出遭える。どうも……お邪魔しています。名乗りも、返しておくべきでしょうか。いいや、君。名乗る必要はない。私が君達を招待したのだから、事前に、情報を集めておく事くらいは容易なのだよ。随分と用意周到だが、嗚呼、その容易な用意とやらを活かしきれないのが残念な女だ。人間への愛……成程、ご立派な事です。貴女に対して、貴女のような簒奪者に対して、特に感じる事が無いのは……価値観の違いでしょう。人の|もの《サンプル》を勝手に切り捨てる……勝手にゴミだと破棄をする……貴女の方が余程、|欠けている《価値がない》。ははは……そうかい。私は、君に対してなら、価値はあると思うのだがね。君は果たして、本来の君から『どれくらい』渡されているのか。問答はお終いにしてやれ。鎧は最早竜であり――異形と化した兵器であった。
 広大無辺を往くのは無尽、その鋭利さが纏っている『もの』こそ|超重力《ちから》で在った。無数の触手を生やしたところで――外れるのを前提としたところで――一切合切が引き寄せられてしまえば|命中《相殺》したも同然とされる。触手の海を、触手の森を、触手の阿鼻を拓いたのであれば――此処にディラン・ヴァルフリートが存在していると、構えると良い。ところで、能力者を見分けるのが苦手との事でしたが……それは、愛とやらが足りていないのでは? ほう……私の感情を、否定するつもりかね。
 真っ向からの迎撃だ。大剣に籠められた|四重斬撃《ひとつの束》――触手も本体も、俎板の上の肉と同類。

ディー・コンセンテス・メルクリウス・アルケー・ディオスクロイ

 規則的だった音色も不要となり、引っこ抜くよりも前に、
 フクロウとやらが啼いたのか。
 窮極の門――それは『人の為に存在している』組織、だと、総帥であるオットー・Y・ソトトは宣う。ならば、目の前に存在している『男』は――怪異ではなく怪人とでも表現すべき『それ』は斃すべき相手なのだろう。嬉しそうに、静かに、怒り狂っているとでも描写をしようか。健やかに狂っていて何よりだよ、それに、俺を見てそのような『貌』をしてくれるなんて、嬉しいものだ。して、人間の定義……? 重要なのは定義ではないと、重要なのは説明ではないと、化け物らしき女は息を吐いてみせたのだが、その程度で止まってやれるほど【メルクリウス】は良い子ではない。では、俺がもし人間らしい見た目で、この「あたま」に二人分、詰め込まれているとして。あなたの節穴が見抜けなかったとして。俺が人間ではないと宣えば……躊躇なく、殺したのかね? 殺したとも。いや、殺さずに、捕獲をする可能性も高いね。しかし、君は如何やら……この中でも上等な、おぞましいものらしい。ふうん……。何かを察したのか、何かを見ていたのか、簒奪者は如何やら――僅かに正気とやらを取り戻してしまったらしい。……面白。あなた、変なものでも食べたのではないかね。
 ヨーグルト=ソースの散らかりを彷彿とさせるほどの真っ白さだ。翼が、翼が、翼が、鼠よりもおそろしく増えていった。一枚や二枚くれてやるとも。曖昧な繋がりなど、雑な連なりなど、はじめから求めちゃいないが……厄介なのは如何やら、お互い様らしい。触手がびちびちと灼熱の|泥濘《ぬま》を孕んでいる。ああ、俺も、邪魔をするのが大好きでね。邪魔をされて嫌がる顔こそが見たい。見せてくれるか? 期待はしていないが……。まさか、私が頭痛を覚えるなんてね。君、そこまでして、入り浸る必要はあるのか……?
 俺は……ボクは、夢を見ない。わたくしも夢を見ない。あなたはどうかな。攫い、穿ち、そうして捕らえる。夢見心地な年齢は過ぎたのではないかね……異形がお好みなのであれば、あなたも、化け物らしく振る舞っていい。アッハッハ。
 ……あなた、味はあんまり、面白くない。

八羽・楓蜜

 枷も、鎖も、汚染も、絶対的なフィジカルには敵わない。
 適うような相手であれば、今頃、真正面から衝突していた筈だ。
 嚥下した――胃袋に落ちた――咲けなかった梅がひとつ。嘆いているのか、喚いているのか、まったく判らず終いだが、幕を下ろすには早いのであった。喧嘩の臭いがする。それも、梅の香りを消すほどの、苛烈な臭いだ。|喧嘩を叩き売りしている奴《バーゲンセール》を嗅ぎ付けた獣性が齎すのは只の暴力か、もしくは。ああ、なら、根こそぎ|ぶっ壊す《かいしめる》としようか。一種の不倶戴天が、莫迦みたいに甘い気配が傷一つなく笑った瞬間である。……君は、少し、来るのが遅かったのではないかね。しかし、君、その様子だと……いったい、如何やって此処まで来たというのだ。総帥は……オットー・Y・ソトトは精悍とした能力者を見て予想は出来ていた。出来てはいたのだが、本人から教えてくれたら愉快だと考えたのだ。おいおい、知ってるんだろ。そりゃ、「全部ぶっ壊して」来たんだよ。台無しだ。全部、全部、この有り様だ。強烈な打撃を喰らったかの如くに総帥、目眩を起こしている。ははは……君、それは、幾ら何でも、勘弁してほしいね……。勘弁も何もないだろうよ。私は人間として生まれ、そして、自らの意思で、意志で人間を辞めた|人間災厄《ひとでなし》。お前の一番気に入らない存在だろう? いや……君は、二番目だ。二番目に嫌いなタイプとしておこう。君は、清々しいほどに、超越をしているのだから。お話は十分だ。血沸き肉躍る宴とやらを全力で楽しまなければならない。さあ、喧嘩しようぜ。
 人間には才能が宿っているものだが、嗚呼、超越している女にとっての才能とは『暴』である。体内から――臓腑の底から――じんわりと分泌された|蜂蜜《アドレナリン》の香りが簒奪者の鼻を擽っていく。……成程、君は『そうやって』昂るのか。しかし、その状態を保つという事は、それ相応の代償を払っているとも、考えられるのだがね……。代償などない。仮に、存在していたとしても、それはせいぜいが、はらへり程度だ。何ごちゃごちゃ考えてんだ。考えている暇が在ったら、私を『攻撃』してみるといい。お手並み拝見とでも口にしたいのか簒奪者からのプレゼントが一本。適切なタイミングで避けてやったならば、そのまま、世界の歪みとやらを変形させると宜しい。……素晴らしく災厄だな、君。そのような、物騒なもので私を叩くと宣言したのか。万物を掴み、投げ、蹴り、踏み、突き、砕く。文字通りの鏖殺が肉と骨と皮その他を得たのだ。いくぜ……? 簡単に、壊れてくれるなよ?
 最早、暴風であった。その余波だけで『並』の怪異であれば塵と化していた事だろう。一気に間合いを詰められた簒奪者は『余裕』の欠片もなくなった。これだから人間災厄は……フィジカルに特化した化け物は……! だとしても、何故だろうか。暴風は攻撃を仕掛けてこない。さては『様子見』でもやるつもりか。いいや、違う。この|暴力《●●》はシッカリと脳味噌も使ってくる――体格の差を活かした足払いだ。咄嗟に触手を支えにはしたが――簒奪者に選択肢は残されていない。煮え立つ灼熱の乱打、吉と出るか凶と出るか。
 ヒット&アウェイを『見せかける』とは大胆かつ高度な戦闘技術、他では中々、見る事すらも『ない』だろう。人であろうが、人でなかろうが、私は|暴力《わたし》だ。それを否定するのなら、それをおぞましいと思うなら、|私《ぼうりょく》をお前の力で叩き潰してみせろ。煽りにやられたのではない。やらなければ、やられると思わせたのだ。つまり、乱打は『凶』以外を引かせなかったのである。万物は最早オマエの掌の中、破壊の炎よりも破壊らしく、只、触手の群れを纏めて掴んでやるといい。これは……くそ。私が、このような手に、おそれを抱いたのか……? 勝ちの目は死んだ。あとは、悪役らしく。簒奪者らしく滅ぼされるのを待つだけか。此処は|死地《デッド・ゾーン》。抑えなどgも要らず――頭蓋を、脳髄を、歪みを――回し蹴り――喰らわせる。
 ……究極的に化け物じゃないか。
 ああ? |的《●》じゃあないさ。
 私は、暴力は、究極なんだ。

 奇怪が、迷路が、塩のように退いていく。
 簒奪者の気配は消失し、在るのはひとつの書斎だけ。
 貫かれ、粉砕され、蜜蠟のように。

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挿絵イラスト