作られた星空の下で
●星空の下の惨劇
頭上いっぱいに星がきらめいていた。
瞳から数十メートル上に、数千キロ先の世界が広がって、瞬いている。
柔らかなシートに沈んだ身体は、地上にいながら宇宙を漂っているようだった。
ここはプラネタリウム。
遥かな大宇宙への浪漫の詰まった半球の内側で、人々は果てしない夢を見る。
だが、その日。映し出された宇宙には『人の形』の影が落ちていた。
プラネタリウムの光はスクリーンの代わりにゴシックロリータの少女達を照らし出し、館内がざわつき始めた。
だが、そのざわめきは間もなく悲鳴に変わる。
けたたましい破裂音とともに、ゴシックロリータの少女のスカートが煙を吹いていた。
そのスカートの下に隠された巨大な重火器が、観客達を撃ち抜いたのだ。
「折角の星空ですのに、踊れないなんて残念ですわ」
少女は残忍な表情で笑う。
少女の背後に立つ女は、少女の行為に顔色一つ変えずに告げた。
「生体パーツの獲得を急ぐのだ」
●プラネタリウムの戦い
「星が降りてきたよ。……√EDENに、ウォーゾーンの軍団が攻めてくる」
|雨深《あまみ》・|希海《のあ》(星繋ぐ剣・h00017)が告げた。
「場所は池袋のプラネタリウム。真っ暗な館内で、プラネタリウムの上映中に戦闘機械群が攻めてくるんだ」
希海はスマホを操作して地図を開く。池袋でも一際大きな商業ビルにピンが刺さっていた。
「今日はお休みだし、人もたくさんいる。放置してたらとんでもない被害になっちゃうよ」
希海は淡々と告げるが、その声色には怒りのようなものが込められていた。
「みんなには、襲撃してくる戦闘機械群を迎え撃って欲しいんだ。今ならギリギリ襲撃前に着けるはず。プラネタリウムはそんなに広くないから、戦いながら観客の避難誘導をしないといけないね」
それに、プラネタリウムが上映中ということは、館内は暗くなっているということだ。
「何かの対策はしたほうがいいかもしれないね」
希海はそう言うと、敵の情報を伝え始める。
「敵はドクトル・ランページ。機関銃を持った少女型の戦闘機械を従えてやってくるよ。生体パーツを求めてるみたいだから、観客を殺そうとはしてないみたいだけど……」
予知の光景を思い浮かべて、希海は歯を食いしばった。だが、すぐに表情を戻して説明を続ける。
「まずは配下を倒して観客の安全を確保しよう。それから、ドクトル・ランページと相対してほしい」
そこまで説明を終えて、希海はそう言って√能力者達を見渡す。
「この√EDENを護るため……みんなの力を、貸してください」
第1章 集団戦 『機関銃少女』

癒やしをもたらす音楽とともに、天井の星が瞬いた。
星と星の間に線が伸びて、先人の想像力の塊が夜空に踊る。
だが、その足元には、想像もできぬ邪悪が潜んでいた。
襲撃の時を待つゴシックロリータの少女達は、これから巻き起こる惨劇を思い描いて目を細める。
だから、彼女達にはその想像を忘れてしまった。√にも守護者がいること、そして、今彼らがこの場に現れようとしている、ということも。
夜空に星々が舞う中、ロマンチックな音楽とともに繰り広げられる星々の競演の中に、人の影が映りこむ。
このひと時に水を差されたと、観客はざわめき、不満を漏らす。だが、次第にその影の主、ゴシックロリータの少女達の姿の異様に息をのむ。その身体には玩具にしたって物騒なガトリングの砲身が伸びていたのだから。
「空覆うもの、いつだって不吉よ ね」
その光景に呟いたのは|五香屋《ごこうや》・|彧慧《いくえ》(空哭き・h06055)。闇に溶けるように観客席の奥に立っていた、古い空軍服を羽織ったその女性はその状況をいち早く察知し、ふわりと浮かび上がる。
「物騒なお嬢さんが現れたものですね」
それに呼応するように、シアター内にいたもう一人の幽霊、|誉川《ほまれかわ》・|晴迪《はるみち》(幽霊のルートブレイカー・h01657)はどこか呑気な口調で観客と少女達の間に入り込む。
「観客の誘導をしましょう」
晴迪はそう言うと、ユーレー霧を発生させる。たちまち会場内は白く煙りはじめ、ただでさえ悪い視界がさらに悪くなってゆく。
「いく よ、とと」
続けて彧慧は会場内の傍らに立っていた、襤褸を纏った軍人姿の髑髏――彧慧の護霊に告げてシアターを飛ぶと、状況の変化に戸惑う観客の背後に立って顔を近付けた。
「誘導灯、へ、逃げなさ い」
闇の中から囁かれるように響く女性の声に、観客はぎょっとする。気が付けば辺りは靄がかかって、天井に映された星々すら見えなくなっている。
「おちついて、ゆっくり ね」
すると、ぼぅ、と観客席の足元に炎がいくつも灯った。晴迪の発生させた魂魄炎である。その炎は非常口へと続いていて、観客達は彧慧の言葉に従い、あるいは晴迪の操るかわいいいお人形に手を引かれて、シアターの外へと歩き始めた。
「あらあら、そんなに急がないで?」
プラネタリウムの光に照らされた少女達が笑う。視界がほとんど無いにも関わらず、彼女たちは観客がいるであろう場所に砲身を向け、躊躇なく射撃を開始する。
「うふふ、どこに当たるかしら」
「楽しく踊ってくれるかしら」
少女達は笑いながら、霧の向こうの惨状を想像しながら笑いあう。だが、悲鳴はまったく聞こえてこない。
「あら?」
首を傾げる少女達。すると、霧の中で青白い炎がぼんやりと浮かぶのが見えた。
「弾丸は消してしまいました」
霧の奥から晴迪が告げる。彼の発生させた世界の歪みが盾となり、弾丸を亜空間へと飲み込んでおり、その世界の歪みで飲み込み切れなかった弾丸も、彧慧が全てガンナイフで弾き飛ばしていたのである。
(「……このにおい」)
彧慧はシアター中に漂う火薬のにおいに、どこかの戦いを思い出す。同時に胸にじんわりとした焦りが生まれるのは、羽織った軍服の記憶か、それとも今は隣に居ない彼方の彼への想いだろうか。
ともかく、今は彼女らから観客を守ることを優先すべき。彧慧はガンナイフを握りなおすと、ユーレー霧の向こうの少女達に銃口を向けた。
彧慧がトリガーを弾いて放たれた|凝聚紫炎弾《サエズリ》――呪殺属性の弾丸は少女たちの間を通り、ステージに着弾する。だが直後、その着弾点より数多くの雑霊が爆発的に解放された。
「きゃぁっ!」
その雑霊の大発生に、少女達が悲鳴を上げる。その雑霊に巻き込まれて一部がダメージを受けるが、十分ではない。彧慧にとってはそれで良かった。少女達の注意を逸らすだけで十分。何故ならもう一つ、彧慧の込めた弾丸には特徴があったからだ。
突如天井が明るくなる。上空には無数のヒトダマ型の死霊が浮かんでいた。
「あっちが本命ということかしら!」
少女達が狙いを天井に向け、銃撃を開始した。無数のヒトダマは数こそ多いが、銃弾の一撃でかき消せる。
いや……簡単すぎる。それは幻か、と気付いたときにはもはや遅い。
「少しはプラネタリウム、楽しみましたか?」
少女達の死角に、晴迪の呼び出した本物の死霊が渦巻いていたからだ。
その死霊たちは彧慧の凝聚紫炎弾によって通常よりも遥かに強力な存在となっていた。解放された雑霊たちも合わさり、少女達を燃え上がらせたのであった。
「敵が現れたわ」
「なら、あの人達にも踊ってもらいましょう」
機関銃少女達がそう言い合って周囲を警戒する。
避難誘導を優先した√能力者達のおかげで、観客の避難は順調に進んでいて、本来の目的はちっとも達成できていない。
それならば、まずは邪魔者を消してしまうと考えたのであろう。スカートの下のガトリングを構えて√能力者の出現を待つ。
『シアター内のお客様は、姿勢を低くして、速やかに非常口までお進みください』
そんな館内放送が繰り返し発せられる中。がぁんと激しい音と共にガトリングの砲身が揺れた。
「なに!?」
突然の衝撃に混乱する少女達に、続けて二度、三度と衝撃が走る。
狙撃されている、と即座に気付くにはプラネタリウムの闇は深すぎた。何度目かの狙撃を受け、ようやく少女達はその狙撃手の位置を把握する。
「そこね! 今、あなた様のお傍に」
跳躍とともに機関銃の銃口を向ける。だが。
ぎぃぃん、と金属が裂ける音とともに、機関銃が真っ二つに割れた。
跳躍した先にいたのは|魔花伏木《まかふしぎ》・|斑猫《はんみょう》(ネコソギスクラッパー・h00651)。闇に紛れて狙撃をしていた彼女が今手にしているのは、巨大なチェーンソー剣。
「こ、こっちに来ないでくださぁぁい……!」
少女を切り裂いた斑猫は場所を変えて再び闇に紛れ、ライフルを構える。
少女の標的が再び観客に向かないように、観客から引き離すように狙撃を続け、少女達を破壊してゆく。
「はぁ……!」
闇の中で斑猫はため息をついた。それは敵が襲ってきた恐怖を落ち着かせるためもあったろう。だがもうひとつ。
斑猫は星空が好きだった。山で眺める本物の星空も素敵だけれど、プラネタリウムが映し出す天蓋もまた素晴らしい。
(「ゆったり倒れたシートで眺める映像の……」)
様々な解説付きで流れる映像は本物とはまた違った楽しさなのだ。そんな解説に合わせてゆったりと流れる音楽もまた味わい深い。
(「そんな映像の情緒が……」)
少女達の影で、星空が隠れてしまっているスクリーンを忌々し気に見つめて斑猫が呟いた。
「だ、台無しですぅ……!」
そんな時、少女が斑猫の位置を把握してしまう。斑猫目掛けて跳躍してきた少女に、斑猫はチェーンソー剣を構えると。
「こ、こんな所にそんなもの集めに来ないで欲しいんですが……!!」
そう言いながら、少女を切り裂くのであった。
簒奪者の出現によって戦場と化したプラネタリウム。観客達を騒然とさせながらも、いち早く駆けつけた√能力者達によって、大きな混乱はないまま避難誘導は着々と進められていた。
「早くしないと、皆逃げてしまうわ」
「それだけは避けないといけないわね」
簒奪者の少女達は口々に言い合って機関銃の銃口を観客達に向ける。だが。
カッ……――!
突如として視界が真っ白に染まる。
「な、なに!?」
「まぶしいっ!」
少女達が狼狽える。天井には星空の代わりに小さな太陽が浮かんでいた。
「夜空ではないですが、明るい陽光はいかがですか?」
そう言って太陽の下に立っていたのは|茶治・レモン《さじ🍋れもん》(魔女代行・h00071)であった。
疑似的に生まれた太陽……レモンの最初に覚えた魔法はプラネタリウム中を照らしだして、まるで昼間のような明るさを作り出していた。
「さぁ、皆さん、これで早く逃げられるはずです」
そう言って、残っていた観客に避難を促してゆく。その後姿を見送りながら、レモンは呟いた。
「特別な時間でしたでしょうに……」
レモンは振り返り、少女達に告げた。
「あなた方の所為で台無しです。どうぞお帰りくださいませ」
その言葉は柔らかな口調とは裏腹に、強い非難が込められていた。
「そんなことを言わないで、あなたも踊ってくださらない?」
少女達が笑い、レモンに機関銃の銃口を向けた。そして、それを撃ち放とうとしたその瞬間、突如として砲身が爆発する。
「きゃぁっ!?」
気付けば、機関銃に花の咲いた蔦が巻き付いていた。これが砲身にまで入り込んで、暴発させたのだ。
「そんな物騒なアイデンティティ、不必要では?」
蔦は疑似太陽の光を受けて、シアター中でぐんぐんと伸びて、その蔦から咲いた花、幻想花は避難してゆく観客の盾となるように絡み合って、少女達を取り囲んでゆく。
「大変、これじゃ逃げちゃうわ」
焦る少女達。だが、幻想花はたちまちのうちに少女達を絡めとり、彼女達を行動不能にしてゆくのであった。
●
ジリリリリリ……!
簒奪者が現れる中、非常ベルが鳴り響く。数多くの√能力者によって避難誘導が施され、観客は怪我人もなく、皆無事にシアター内から避難を完了させていた。
「プラネタリウムは静かに楽しみなさい」
そう言ってエネルギーバリアを展開させていたのは、プラチナ・ポーラスタ(『|正義《ジャスティス》』の|魔法少女《タロット・シスターズ》・h01135)。出入口付近に陣取って、敵の出現と同時に真っ先に非常ベルを鳴らしたのも彼女である。
そんなプラチナは暗がりの中で変身した魔法少女の衣装に身を包み、堂々とした態度で立っている。
「それにしても……」
プラチナはチラリと隣を見る。
「私以外のタロット魔法少女がいたなんて、ね」
そう言われたのは長い赤髪を束ねた少女、|赤銅《あかがね》・|雪瀾《せつらん》(『|隠者《ハーミット》』の『|魔法少女《タロット・シスターズ》』・h02613)であった。
●
時は少し遡る。簒奪者襲撃の予知を受けて雪瀾もまた、他の√能力者と同様にプラネタリウムに駆けつけていた。
「ウォーゾーン、機械の兵隊、ね」
事前に聞いていた敵の情報を反芻する。戦闘機械群は雪瀾にとっては気兼ねなく倒せる相手である、が。
(「暗い。人混み。ん。嫌い」)
休日で満員のプラネタリウムは人も多く、さらにプラネタリウムなのだから当然暗い。どちらも雪瀾にとっては楽しいものでは無かったのだ。
とはいえ、困った人を放ってはおけない雪瀾は、彼女と融合したサイサリス――名を『クリサリス』という――を背部のユニットに隠して、機を伺っていた。
間もなく敵が現れる。気配を探れば、どうやら√能力者達も数多く集まっているようだ。
「なら、連携を意識しようかな」
√能力者達は避難誘導を優先している。ならば雪瀾がすべきは注目を集めること。そうして真っ先に飛び出した雪瀾は、真っ先に機関銃少女達の標的となった。
飛び掛かってくる少女達から、銃撃を浴びる雪瀾。だが、それは所詮ただの銃撃だ。銃弾が雪瀾の腕を貫いても、雪瀾はお構いなしに拳を握り、少女を殴り飛ばす。
「うそ、煙幕が効かない?」
少女達は焦る。雪瀾の、自身の傷を顧みない攻撃は、たとえ煙幕で姿を消していても、半ば強引に少女達を捉える。雪瀾の傷も増えてゆくが、それ以上の速度で少女達が薙ぎ払われてゆく。
「でも、もうボロボロじゃない」
少女の一人が雪瀾の姿を見て、楽し気に笑った。少女達が貫いた銃撃で、腕も脚も穴だらけ。そんな雪瀾の姿は、少女達には満身創痍に見えた。
だが。
「……えっ」
豪速の拳が少女を捉えた。まるで穴が開いているのを意識しないかのような一撃――。
否、実際に雪瀾の腕の穴はすでに塞がっていた。雪瀾の腕は、サイサリスの粘液とも触手ともつかない不思議な物体で覆われ、再生していたのである。
……と、ふと雪瀾は考える。
「……再生ってカッコつかないな。敵に間違われたくないし」
ぐずぐずと傷口が塞がっていく様子を見ながら、しばし考える。そして。
「ん」
雪瀾が構え、傷口が塞がると同時に告げた。
「――変身」
●
「え」
つまり。どういうこと?
どうやら、プラチナは雪瀾の『変身』という言葉に反応しているようだった。
「魔法、少女……?」
雪瀾が聞き返す。
「えぇ、魔法少女」
プラチナはにやりと笑って頷く。だが、雪瀾はまだ頭に『はてな』を浮かべていた。
「……まほ、なに?」
まだ飲み込めない雪瀾を尻目に、プラチナはシアター内を見渡す。もはや観客は一人もいない。
「避難完了。ここから反撃開始ね!」
そう言い、プラチナがまっすぐ雪瀾を見つめる。
「私は『シスター・ジャスティス』! あなたは?」
「…………『シスター・ハーミット』で」
まぁ、なんか、それならそれでいいか、という感じで雪瀾は言葉を返す。
こうして、即席の魔法少女チームが完成したのである。
「大変よ。早くあいつらを倒さないと」
「急がないといけないわね」
少女達はそう言うと、装備した銃火器をすべて露出させる。
「さぁ、一緒に踊りましょう!」
直後、少女達の銃火器が一斉に火を噴いた。
だが、プラチナは慌てず、『霊銃』Sister's Highを手にして構える。
「帰って貴女達だけで踊ってなさい」
そう言って、プラチナがトリガーを弾いた。すると、無数の炎の弾丸が少女達に撃ちだされる。
「迷惑客は√EDENからも出禁よ」
銃弾同士がすれ違い、炎の弾丸が少女達へと襲い掛かる。
「悪を焼き尽くす炎よ。爆ぜて美しく降り注げ!」
プラチナの言葉とともに、炎の弾丸が弾ける。それはまるで花火のようにきらめいて、少女達を燃え上がらせた。
「たーまやー」
こうして、機関銃少女達は残らず掃討された。炎から這い出た者も雪瀾の攻撃によって破壊され、プラネタリウムは一時の静寂を取り戻した。
(「……『隠者』……何者かしら」)
プラチナは好奇心を込めて雪瀾を見つめる。だが、正体を気にするのは後の話だ。何故なら、これから指揮官が現れるのだから。
第2章 ボス戦 『『ドクトル・ランページ』』

「やはり凄まじい戦闘力だ。称賛に値する」
シアターの奥より現れたのは、指揮官『ドクトル・ランページ』。巨大派閥レリギオス・ランページの統率者である。
「生体パーツの蒐集も重要だが……これでは失敗と言って良いだろう」
もはやシアター内に一般客は一人もいない。残るのは√能力者だけである。
作戦の失敗を認めつつも、ドクトル・ランページは√能力者に告げる。
「ならば謹んで学ばせていただこう」
ドクトル・ランページの装備した機械群が唸り声を上げ始めた。
もはや標的は観客ではない。√能力者自身であった。
「その強さを、我が身をもって、な」
継萩・サルトゥーラ(|百屍夜行《パッチワークパレード・マーチ》・h01201)。
彼はプラネタリウムの中、ドクトル・ランページの前に立つと、血が沸騰するのを感じていた。
既にドクトル・ランページの目的は√能力者に変わっている。彼女の冷たくも品定めをするような視線、隙のない構え。その強者としての姿に、サルトゥーラは自身の闘争心を膨れ上がらせていたのだ。
「やったろうじゃないの!」
サルトゥーラはそう気合を入れてギロリと瞳を輝かせると、いくつもの小型無人ドローン『アバドン』が彼の頭上を飛んでゆく。
「……ふむ」
ドクトル・ランページが長大で太い、機械の尻尾を振るう。
「無人ドローンを駆使しての|全方位攻撃《オールレンジ》か。一人でよくやる」
尻尾をぶんと振り上げると、それは鞭のようにしなり、アバドンを掠める。
「当たらせねぇ」
ドローンとドクトル・ランページを睨みつけてサルトゥーラがにやりと笑う。だが、しなる尻尾は続けざまに振り下ろされ、アバドンへと二連撃を見舞う。
「くっ……!」
その瞬速の二連撃をかろうじて避けると、義眼がジンジンと痛むのを感じた。それでも操作は止められない。止まった時は、やられた時だ。
「ははっ!」
ビリビリと痺れる感覚に、サルトゥーラは興奮を覚える。なんて楽しいんだ。そう思えばアドレナリンがサルトゥーラのツギハギの身体を巡って、ソードオフショットガンを握る手に力が入る。
それでも、だからこそサルトゥーラの判断力は的確だった。
振り下ろされた尻尾が再びしなるその直前、サルトゥーラがアバドン達に指示を出す。
「古き第八の厄災が汝に襲う」
「……っ!」
頭上を舞う無数のアバドンがギュンと高速回転し、ドクトル・ランページを襲い始めた。
アバドンはたちまちのうちにドクトル・ランページを包囲し、次々とダメージを与えてゆく。一つ一つのダメージは大きくないためか、ドクトル・ランページもダメージを受けながら、強引に尻尾を振り回してアバドンを叩き落としてゆく。
「これならば耐えられる、この程度か」
ドクトル・ランページが尻尾を操作者……サルトゥーラへと向ける。だが、サルトゥーラは冷静さを欠かずに笑って見せた。
「まぁ焦んなや。楽しいのはこれからだ」
そう言った彼の背後から、ぬぅ、と現れたのは浮遊した大型ガトリングガンであった。
「……なにっ!!」
半自律型で動くそれから無数の銃弾が放たれた。ドクトル・ランページはたまらずガードをするが、怒涛の勢いに、攻撃などままならない。
「どうだ、楽しいだろ!」
ソードオフショットガンのトリガーを弾けば、勢いよく散弾が放たれて、ドクトル・ランページを吹き飛ばす。
「たった一人で、ここまでの連撃を……!!」
体勢を立て直そうとするドクトル・ランページ。だが、そこに待ち構えていたのはアバドンであった。
「く、うぅっ……!!」
これではもはや避けることもままならない。アバドンからの連続攻撃を受け、ドクトル・ランページは手痛いダメージを負うことになるのであった。
「ぎゃっっ!」
斑猫は尻尾を踏まれた猫のような悲鳴を上げた。その原因は。
「出たぁ、指揮官級……!」
シアター内に現れたドクトル・ランページの姿を見たからであった。
遠方から狙撃を続けていた斑猫は、ドクトル・ランページと真正面から相対してはいない。それでも感じる強者のオーラは斑猫を震え上がらせる。
涙目になってがくがく震えながらも、斑猫は着々と戦いの準備を整える。
襲って来るならば仕方がない。斑猫の恐怖心と狩猟者としての本能が、ドクトル・ランページを標的として捉える。
「……!」
気配を感じ、ドクトル・ランページが斑猫を睨んだ。
「ひぃっ!」
斑猫はビクッと身体を跳ね上げさせると、その勢いのまま床を蹴る。
「なっ……!?」
弱気そうな態度とは裏腹に、一気に間合いを詰めてゆく斑猫。その姿にドクトル・ランページは困惑する。咄嗟にその尾の先端を向けると、そこから物質崩壊光線が放たれた。
「わ、私の戦い方なんて他の人の参考になるものじゃないかもだから学ばない方がいいですよぉ……」
その光線を避けて、斑猫は手にした解鋏『噛霧』でドクトル・ランページの装甲を挟み込む。躊躇なくバチン! と鋏を閉じれば、装甲は切断され、吹き飛ばされてゆく。
ドクトル・ランページはバチバチとスパークする装甲の断面をチラリと見てから、斑猫を品定めするかのように眺めた。
「興味深い……その戦い方、存分に学ばせていただく」
「わ、私の言ったこと聞いてないんですかぁっ!」
噛霧を放ってライフルを構えた斑猫は、続けざまに銃弾を撃ち出してゆく。
その銃弾はパッと広がり、ドクトル・ランページの周辺で水を噴き上げさせる。
「な、なにっ……」
それは冷却効果を与えるスプリンクラー。周辺で勢いよく噴き出す水に、ドクトル・ランページの動きが鈍る。
「くっ、これでは……!」
尻尾の物質崩壊光線を放とうにも、無限に噴き出す水には効果が薄い。ならばスプリンクラーとなったそのものを……。それが、ドクトル・ランページの隙に繋がった。
「失敗を認めるなら大人しく引き上げてほしいんですけどねぇ……!」
斑猫が再びライフルのトリガーを弾いた。
「ぐっ……!」
銃弾がドクトル・ランページを貫いた。穿たれた傷から、ボンと爆発が巻き起こる。
ダメージを受けながら、ドクトル・ランページはにやりと笑った。
「……失敗だろうと、これは収穫だ……!」
そんな姿に、斑猫は震え上がり、叫ぶのであった。
「ひ、ひぃ……早く帰って下さい~~!」
ドクトル・ランページとの激戦が始まった。
√能力者とドクトル・ランページは一進一退の攻防を繰り広げ、プラネタリウムは激しく損耗していた。
それでも人的被害の無い状態であったのは、√能力者達の避難誘導の賜物であった。
「おりませんか、おりませんか」
ぼぅ、ぼく、と魂魄炎が揺らめいて声が響く。その魂魄炎とともに飛び回る|彧慧《いくえ》が最後まで逃げ遅れをチェックしたので、もはや対策は万全であろう。
それを確認して|晴迪《はるみち》はにこやかに告げる。
「さて、それでは私は一時退却させていただきましょう」
「逃げるか……!?」
ドクトル・ランページが意外そうな顔をする。確かに人命救助は成ったが、まさか、と。
「いえいえ、必要な行動なので」
「どちらにせよ、逃がしはしない!」
ドクトル・ランページは尾を振るい、晴迪に追いすがる。ぶん、と薙ぎ払った晴迪の姿がゆらりと消えて、霧散していった。
「その目に映る私は幻……直前の復習です」
どこからともなく声が聞こえる。きっと晴迪は既に目に見える範囲にはいないのだろう。
代わりに、炎が揺れていた。彧慧の生み出した魂魄炎だろう。その揺らめきが、後を追おうとするドクトル・ランページを阻止する。
「攪乱か」
ドクトル・ランページは彧慧を睨みつけながら自身の装甲に手を触れる。するとその装甲が変形し、剣のような形になった。
それをぶんと一振りして、魂魄炎を吹き飛ばすと、返す刀で彧慧へと剣を振り下ろす。
「……!」
だが、彧慧は壁の中へと逃れ、攻撃を回避する。そのまま壁などの影に隠れながらドクトル・ランページを翻弄し続ける。
「こっち、こっち」
時折顔を出した彧慧が挑発する。ドクトル・ランページは冷静に剣を振るいながら周囲の座席などの障害物を切り裂いてゆく。凄まじい切れ味の剣は壁すらも切り崩しながら、透き通る彧慧さえも追い詰めようとしていた。
――だが。
「いいこだから、いってらっしゃい」
彧慧が自身の護霊にそう告げたのはいつだったか。その言葉が、今、ドクトル・ランページの足に絡みついた。
「なにっ!?」
足元に彧慧の呼び出した護霊の姿があった。護霊はドクトル・ランページに融合し、その身体を鈍重にしてゆく。
「……くっ……!」
移動力が低下したドクトル・ランページは剣を満足に振るうことすら難しくなってゆく。だがそれでも元から高い行動力を強引に活かして、眼前の彧慧だけでも、と刃を突き立てようとした、その時。
「……なんだ!?」
何かが時空の果てより飛来するのを感じ取る。
「あぁあっ!?」
護霊によって避けることもかなわず、エネルギーの波がドクトル・ランページに襲い掛かる。
それは遠く別の√より放たれた霊波であった。
「戦闘に参加しないとは、一言も申し上げていませんから」
そんな風に晴迪が笑った。今晴迪がいるのは√EDENとは異なる√。そこから√を越えて、ドクトル・ランページへ攻撃を行ったのだ。
「この技もまた√EDEN出身の能力者の技」
√EDENで戦うドクトル・ランページの姿を観察しながら晴迪は告げる。
「その身に勤勉に刻んで、どうぞお帰りくださいませ」
「ぐ、ぁぁああっ!!」
霊波がドクトル・ランページの装甲を砕きながら、吹き飛ばしてゆくのであった。
標的を√能力者達に切り替えたドクトル・ランページ。その姿に、プラチナは不快感をあらわにする。
「生体パーツだの我が身をもって学だの、命の価値を軽んじてない?」
ドクトル・ランページの態度は死しても蘇る√能力者としての余裕と、戦闘機海群としての傲慢であろう。だが、どのみちこの状況では……|雪瀾《せつらん》はポツリと一言放つ。
「負け惜しみ。ね」
「出来うる成果を持って帰ってこそ、戦場に出る意味があるというもの」
ドクトル・ランページはさも当然というように告げる。死ぬことを選択肢の一つに入れることの出来る√能力者の強みでもある。だがプラチナは顔をしかめて言う。
「蘇生できても私は死にたくないわね……」
チラリと隣を見る。|隠者《ハーミット》と呼んだ彼女はそんなドクトル・ランページの死生観をどう思っているだろうか、興味があった。
だがそんな疑問もすぐに吹き飛んでしまう。ドクトル・ランページの尻尾の先が煌めいたのだ。
プラチナは咄嗟に正義を司るレイピア『凛剣』を構えたが、ぞくりとした悪寒を感じ、咄嗟に剣ごと身体を引く。
「……これっ……!」
光線はプラチナの脇を抜け、プラネタリウムのシートに直撃した。すると、シートは僅かな衝撃でぼろりと崩れてしまう。
それがドクトル・ランページの物質崩壊光線であった。
「これじゃ迂闊に受け流せないわね……」
そう冷や汗を流したプラチナだったが、それでも一瞬たりとも戸惑うことはない。
「ならば!」
即座に剣を収めて、霊銃を握る。
「これなら!」
霊銃から撃ち出された弾丸が広がり、衝撃波となる。衝撃波は光線を相殺し、ドクトル・ランページに隙を生み出していた。
「!」
そこに、すかさず雪瀾が肉薄した。
「あの義侠の女の子は、可愛げがあるみたいだけど……私にそういうの、期待しないでくれる」
腕の融合体が変異し、ギラリと鋭い爪が発生する。その鋭いかぎ爪を素早く振って、ドクトル・ランページの装甲に刃を突き立てる。
「その隠された邪悪、剥き出しにしてなますにしてあげるから」
「出来るものなら……なっ!」
ドクトル・ランページが尾を振るい、雪瀾を引きはがそうとする。だがそこにプラチナの牽制射撃によって阻まれ、再び雪瀾の爪がドクトル・ランページの装甲を抉る。
「私って天才!」
「くぅっ……!」
プラチナの自画自賛に、ドクトル・ランページは苦虫を噛みつぶしたような顔をする。
「このっ!」
半ば強引に、尻尾の先端を雪瀾に向ける。物質破壊光線を放とうというのだ。
「なるほど。それならこれ」
だが、雪瀾は焦らない。その爪を振り上げ、先端を突き立てる。
「これが私の持ち味」
「……!?」
直後、尻尾の先端が爆発した。はじけ飛んだ装甲の破片は、硬質な鋼ではなく、ウェハースのようなお菓子であった。
「やっぱり。自壊した」
雪瀾が呟く。彼女の爪が、ドクトル・ランページの装甲を菓子化させ、物質破壊光線の衝撃に耐えられなくさせていたのだ。
「ありがとうハーミット、これなら!!」
プラチナは改めて凛剣を抜くと、剣に正義の意思を籠める。剣は燦々と光り輝き、ドクトル・ランページを強く照らす。
「な、なにっ……!」
プラチナが剣を振り上げながら踏み込んだ。そして。
「輝け私のPlatinum Heart!」
ドクトル・ランページの尻尾が斬り飛ばされた。
「……っ!!」
振り下ろされた凛剣は輝きを放ったまま弧を描く。そして、ピタリとドクトル・ランページの喉元で止まった。
「充分データ取ったなら歩いて帰りなさい」
プラチナが告げる。
「……」
僅かな沈黙ののち、ドクトル・ランページは両手を上げるような仕草をした。戦意喪失の効果を与えたのだ。
背を向けたドクトルランページに、プラチナが告げる。
「あとね、次の襲撃は一般人より先に私を狙いなさいよ」
「……ふ」
甘いな、とでも言いたげな風にドクトル・ランページが笑う。
「それは出来かねるな。私の目的はあくまでも生体パーツの蒐集なのだから」
二人に背を向けながらドクトル・ランページは告げ、去っていった。
再び相まみえることを予感させながら。
第3章 日常 『宙色プラネタリウム』

戦闘機械群が去り、プラネタリウムに静寂が戻った。
館内に戦いの後は生々しく残っているものの、プラネタリウムの装置そのものに傷はついていない様子であった。
観客達はこの日の戦いを都合よく解釈し、忘れてゆくだろう。こうしてようやく日常が戻るのだ。
さて、もうこの場にもう簒奪者達はいない。
なら、その疲れた身体を癒すべく、プラネタリウムを楽しむくらいは許されるんじゃないか?
空には満天の星空が輝き始めた。作られた星空の下で、思い思いのひと時を過ごすことにしよう。
「ほう」
去っていったドクトル・ランページを見送って、一人納得する。
「敵はさるとき『バイバイキーン』とはいわない」
なんなら、死亡してインビジブル化する場合の方が多いので、言葉すら発さないことが多そうだ。
ともかく彧慧はうんうん頷いて『べんきょうになったわ』と呟いた。
まぁ、それはさておき、戦いは終わったのだ。ここからはプラネタリウムを楽しむ時間だ。
「みんなたち~」
彧慧がそう言いながら虚空に向かって手を振れば、暗闇の中からぬぅ、といくつもの影が広がった。
大小さまざま、可愛いちょこんとしたものから名状しがたいものまで。プラネタリウムに現れた怪異たちは、彧慧の『常闇の友人たち』であった。
「あら」
そんな中、彧慧は見慣れない顔を見つけて、ふわりと近寄る。
「あなたはここでうまれたのね」
そう言われ、顔を上げたのは可愛らしくもどこか底知れない憎悪を秘めた怪異であった。この闇の中で育まれた愛憎が、その怪異を生み出したのだろう。
彧慧は手を差し出して、壊れてしまった誰も座っていない座席へと導く。
「いっしょに見ましょ」
そう言って、現れた友人たちと、新しい友人は皆で仲良く空を見上げる。
闇の中できらきらと星が瞬く。広く深い闇の中、遠く離れた光が映し出されれば、むしろそこに果てしない暗闇を感じとる。銀河の果てのそのまた果て。限りない先に存在する、誰もが知らない闇に思いを馳せて、彧慧の瞳は星の光に小さく反射した。
ふと、傍らに襤褸を纏った護霊が戻ってきたことに気が付くと、彧慧はそっと頭を撫でてやる。
そして隣り合わせで、星々を見上げるのであった。
そうして、上映が終わった。明るくなったシアターから観客がぞろぞろと退出を始めて、彧慧と友人たちはそれを見送る。
さて、この施設はいつかどこかの√能力者が修復をしてくれるだろう。彧慧はそういった修復の類は得意ではなかったので、あとは任せることにしたいところだが。
「みんな ゴミ拾いとか、てつだおうね」
せめて、と、彧慧はシアター中に散らばったゴミを集め始めた。友人達もそれに従って、座席の破片や、砕けた壁板などをひとまとめにしてゆく。
そんな作業を続けている中、ふと彧慧はプラネタリウムの装置に目を向ける。そして、目を細めて小さく呟いた。
「ああ今日も、いい暗闇でした」
「疲れたーっ!」
戦いを終え、プラチナが大きく伸びをした。変身を解かないまま、プラチナは雪瀾を改めて見直す。
「共闘ありがとう」
手を差し出すと、雪瀾はどこか不思議そうな顔をしながら、その手を握る。すると、シアター内が静かに暗くなってゆくのを見て、二人は「折角だから」と隣同士で座席につく。
しばしの暗闇の後、ぽつり、ぽつりと空に小さな光が灯る。
その輝きを二人で眺めながら、雪瀾は隣に座るプラチナを見る。星の輝きに照らされて、その顔がぼんやりと映り込んだ。
「一緒に戦ってありがとうって珍しい。ね」
雪瀾が囁くように言う。
「そう? 感謝は大事よ」
プラチナは当然という感覚で返すと、雪瀾はまたも意外そうな表情をした。
「珍しいなキミは」
そうしてまた、再び沈黙が訪れる。
星が煌めき、一筋の流星が横切った。
夜空の中で、輝く星と星が線で繋がり始めた時、プラチナは再び口を開く。
「私はね、天秤座が好き」
その言葉に、雪瀾は繋がってゆく星座の一つを見つめると、プラチナは少し残念そうに言葉を続けた。
「でも、私は山羊座生まれなのよね」
「……私も」
雪瀾の言葉に、プラチナが目を丸くした。
「あらあなたも? 誕生日はいつ?」
「1月5日」
雪瀾がさらりと答えると、さらにプラチナの目は見開かれる。なにせ、プラチナも同じ誕生日なのだから。
「ま、まあそういうこともあるわね」
それは、他愛のない会話だった。他にも北極星が好きとか、プラチナは自身の正体には関わらないような情報を選びながら、雪瀾に話しかけ続ける。そんな中だった。
「……星」
ぽつりと雪瀾が口を開いた。
「星の意味はわからない。でも、星ってタロットもあったような」
タロットという言葉に、プラチナは反応する。
「あなた、何者?」
プラチナが取り出したカードを見つめると、雪瀾は無言でカードを取り出した。プラチナに描かれるのは『正義』。雪瀾は『隠者』であるが、二人は、直感的にそれが同じ種のタロットであると理解する。
「やっぱり、あなたも魔法少女なのね」
プラチナは納得したように言う。その言葉を、雪瀾はまだ飲み込めきれていない様子だったが、ほんの数秒の沈黙の後、なるほど、と一つ頷いて言葉を返した。
「ん。このタロットを持ってるのが、キミの言う魔法少女ね」
二人がタロットを持っているのは偶然ではないだろう。だからなのか、雪瀾は再びプラチナの顔を見て口を開いた。
「心は人が持つ刃。何を隠し持ってるかわかったものじゃない」
「えっ?」
プラチナは怪訝そうな顔をした。だが雪瀾はお構いなしに言葉を続ける。
「善意の裏の悪意、気丈な振る舞いで弱い心を覆って、簡単に中身はダメになってく」
それはまるで自分自身でも確かめているような言葉だった。ぽつり、ぽつりと紡ぐ言葉に、プラチナは息を飲む。
「だから私は私の善意を信じる。他人の好意より、自分の人道的な行いを追求する」
「……いきなり何?」
言葉を止めた雪瀾に、プラチナが聞き返した。
「何。って、戦う理由。聞きたかった、でしょ」
「え……」
少し驚いた。まるで心を見透かされたかのようだったから。
「そういう顔してる」
雪瀾は冗談めかし、しかし真顔でプラチナに言うのであった。
面喰ったようなプラチナに、雪瀾はさらに続けた。
「そして、キミは、自分のことは知られたくないって顔」
そんな雪瀾の言葉に、プラチナは苦笑する。
「ふふ、女には秘密があるの」
そう言うプラチナであったが、これだけは、と口を開く。
「私はこのカードを、簒奪者に襲われて死にかけた時に手に入れたわ」
それが覚醒の発端であった、とも。
「それで私は――」
プラチナはプラネタリウムに照らされた北極星を見つめて告げた。
「もう失わない為に、自分の正義を押し通すために戦っている。正しく、心のままに振舞えるために」
まさに一等星の輝きのようだった。雪瀾はプラチナの様子に目を細め、呟く。
「ま。アザナはあった方がいいか」
戦闘中に名乗った『シスター・ハーミット』という名は、あくまで雪瀾が咄嗟に名乗っただけのものであった。だが、こうしてタロットで引かれあう様子を思えば、今やどこか納得のいくような名前に思えた。
「……キミみたいに輝けはしないけど」
プラチナにも聞こえないくらいの声で、雪瀾は小さく付け加えた。
シアターが明るくなって、観客が席を立つ。
二人もほとんど同時に席を立つと、プラチナはスマホを取り出した。
「ねぇ、SNSのアカウント教えてくれない?」
そう言われ、雪瀾は無言で自身のスマホを取り出す。こういうやり取りだけを見れば、二人は同年代の少女らしさを残しているようだった。
「ん、おっけー」
アカウントの追加が確認できたプラチナは、満足そうに笑う。雪瀾も釣られるように友達登録されたプラチナのアカウント名を見て、プラチナを見た。
「これ」
「正体は……ごめん、勘弁して」
苦笑するプラチナに、雪瀾はそれ以上の追及をやめ、手を振った。
「はいはい。またね。義侠の女の子」
そして、振り向きざまに一言。
「私はサイサリス融合体の雪瀾。それが今の私」
「うん、雪瀾。またね」
プラチナは去ってゆく雪瀾の背中を見つめながら、正義のカードを握るのであった。
「思いっきり戦闘しちゃったけど、鑑賞に問題はないんでしょうか……」
ボロボロになったシアター内を、斑猫はおっかなびっくり見渡した。
戦いの傷跡はなかなか大きい。だが、きっと√能力者達の忘れようとする力によって、いずれこのシアターは元通りに戻るだろうが、やっぱり不安にはなるものだ。
とはいえ、騒ぎにならないなら、それはそれで良いはずで。
「な、何も騒ぎがないなら……お布施の意味も込めて干渉に浸っちゃいましょう……!」
斑猫はそうやって意を決すると、空いている席につく。
間もなく上映が始まる。今の時期の上映といえば、やっぱり夏の星空が定番だ。
夏生まれの斑猫からすると、どこか親近感のようなものも感じられるようであった。
「わぁ……」
天井に描かれた星空に、斑猫は小さく歓声を上げた。
夏の夜空に浮かぶ星々が踊っている。そんな星と星が繋がって星座を作り出すと、優しい声色の解説が響き渡る。
「これがやっぱり、プラネタリウムの醍醐味です……」
自然の星空とは違った趣を楽しみながら、斑猫は空に描かれる、星々の物語を辿ってゆく。
ふと、天球の下に目を落とせば、中央の投影機から光の筋が伸びているのが見えた。
まるで隕石のようにでこぼことしている球体が、空の映像に合わせてぐるりと回る。
そんな投影機自体も、斑猫は好きだった。
(「あんまり共感は得られない趣向なんですかね……?」)
そんなことを考えていれば、先程までの緊張感はすっかり解きほぐされて、代わりに疲れが押し寄せた。
斑猫はふかふかのシートに身体を預け、再び空を見上げた。
煌めく星空に抱かれるような感覚に、ふわりと身体が浮いた気がした。感じていた疲れはまるでその星空の中に溶けて流れ出てゆくようで、その心地良さに斑猫は目を細める。
そうして、斑猫はゆったりとしたひと時を過ごすのであった。
「おや、まだ間に合いましたか?」
戦いの為に別の√まで赴いていた晴迪は、ゆったりのんびり、√EDENへ至る道を伝っていた。
ようやく√EDENへと戻るやいなや、丁度シアター内が暗くなり始めたのを見て、ひらりとシアター内へと飛び込んだのである。
プラネタリウムはまだ戦いの爪痕が残っているものの、営業を再開していた。施設は√能力者達の力もあれば、きっとすぐに修復できるだろう。晴迪はそれを手伝おうとして、間もなく上映が始まろうという天球を見上げて、ふと手を止めた。
「ふふ、良いことを思いつきました」
晴迪は悪戯っぽい笑みを浮かべると、真っ暗闇の天球へと昇ってゆく。
「驚かせ好きの私と致しましては……こちらをはなむけにお贈りしましょう」
プラネタリウムの上映が始まる……と同時に、天井いっぱいに美しい光が輝き始めた。
それはまるで天の川のようで、観客達はその演出に歓声を上げた。
「さて、|神聖竜《ホーリー・ホワイト・ドラゴン》さん」
その光に向かって、晴迪が願う。その光こそが、晴迪の呼び出した|神聖竜《ホーリー・ホワイト・ドラゴン》であったのだ。
「今回の事件の被害に遭った方も再びプラネタリウムへ楽しく足を運べるような、そんな面白い仕掛けを施して下さいませ」
その願いに応えるように、神聖竜は天球中を駆け巡る。その光の軌跡は弾けるように天球中に広がって、宇宙全体に広がってゆく。そうして生まれた星々は、天球全体に新たな銀河を作り上げた。
手を伸ばせばそこに届きそうなほど。広大な銀河が、観客達の前で渦巻いている。そのダイナミックな演出はまるで神話を思わせるかのようで、果てない宇宙の浪漫を夢想させるには十分すぎるほどであった。
「これは、面白い」
晴迪はそんな星々を見上げながら自身も手を伸ばしてみる。
本当にその光は今にも届きそうなほどで、少し、背筋が震えるような気さえした。
これなら、きっと観客達も再び遊びに来てくれるだろう。
晴迪は彼らとともに夜空を見上げながら、改めてこのプラネタリウムを守り抜いたことを実感したのであった。
平和なる√EDEN。仮初の平和を謳歌する世界に浮かぶ仮初の星空。
しかし、それを見上げる人々は確かに、本物の平和を噛みしめていた。