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月灯りとカンテラリウム
●薄明
ぷかり、ぷかり。
揺らめく水の流れに反射した光が瞬くと、ちかちかと煌めくその合間を小さな水泡が昇っていく。青色に染まった世界に彩りを添える珊瑚礁や小魚たちは海の底でも鮮やかな色を放ち、まるで南の海を思わせた。
海中トンネルと呼ばれる大水槽のような作りをした空間は一見すればまるで水族館のようだったけれど、しかし人の気配はまるでしない。
きらり、きらりと。
ーーただ音もなく月明かりだけが静かに輝き、魚たちの楽園を照らしていた。
●月に願いを
「月が落ちてきたーーと、ある港町に住む子供は言っていたよ」
やあ、こんにちは。そんな挨拶も程々に、片手を上げた立花・晴(猫飼い・h00431)はそのまま流れるように和綴じ本を開いて言葉を続ける。
「ところで、あなたは水族館に興味はあるかな?」
水族館とは言っても普通の施設ではなく、√ドラゴンファンタジーで最近発見されたダンジョンらしい。月が落ちてきたという子供の証言もそのダンジョンに関わるもので、夜になってもそれはそれは強い光を放ち、周囲を照らし続けているのだとは晴は眉尻を下げた。
日没後でも白夜のように薄明が続く怪奇現象に港町の住民たちが悩まされていることも問題だが、問題はそれだけではないからだ。
「本来であれば、その町では夏至の季節になると、あるお祭りを開催するそうだよ」
その名もカンテラ祭り。
なんでも短い夜の訪れに合わせて、死者を弔うためにカンテラを灯すお祭りを毎年開催しているらしい。
しかし最近、港町からも程近い場所にできたダンジョンから夜になっても明るく強い光が放たれているせいで、これではまともにカンテラ祭りが開催できないと困っているという話だ。
「不思議なカンテラでね。そのままでは大して光らず、夏至の夜に月光を浴びせて初めて完成する魔法のカンテラなんだ」
あなたにお願いしたいことは3つ。晴は数合わせに指を三本立てて、それからひとつひとつを指折りに願いごとを並べていく。
ひとつ、魔法のカンテラを入手してきてほしい。
色や形まで、思い思いの好きなものをお店で選ぶといいだろう。
ふたつ、魔法のカンテラを持って、ダンジョンの奥地へ向かってほしい。
アクアリウムにも似たダンジョンは、時間に余裕があれば水族館のように楽しめるだろう。
ーーそして最後に。
ダンジョンの奥地で、月の光を奪ってきてほしい。
「カンテラに月光を閉じ込めてしまえば、いつかは光も尽きる。そして魔法のカンテラが完成すれば、彼らも無事にお祭りを開催できるだろうからね」
港町の住民たちはダンジョンを恐れて近寄らないけれど、冒険者に恐れは無用だ。
難しく考える必要はないと微笑んだ後に、晴は和綴じ本をそっと閉じる。「ーーいってらっしゃい」そう言って手を振れば、その動きに合わせるように猫の鳴き声が聞こえた気がした。
第1章 日常 『魔法露天商』
