シナリオ

『夢』の果てに待つものは

#√EDEN #√汎神解剖機関

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 #√EDEN
 #√汎神解剖機関

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 仄暗い部屋に、女の慟哭が響いている。
 辺りは瓦礫だらけで、どうやら、何かの襲撃にあったような、そんな有様だった。
 女本人も顔が煤けていたり、破れぼろぼろになった服を纏っていたり、致命傷は負わずとも多少の怪我はあるようで、けれどそんなこともお構いなしに、目の前に倒れ伏す者に覆いかぶさるようにして泣いている。
「嫌、いやよ、貴方、そんな」
 そう、泣いているのだ。
 そして、女の下の人間は、血だらけで、熱が完全に奪われていく最中。もう息すらない。
 自分の顔がこれ以上血で汚れようとも、脳漿や肉で汚されようとも構わなかった。
 愛する人に顔を埋めて、熱が無くなっていくことを何も出来ずに待つことしか、出来ない。
 ……そんなの、嫌。どうして、貴方なの。どうして。
 何度も自問するが答えは出ない。答えなどない。
「……そう。そうね。けど、私は」
 自分が怪異に成り果てたとしても、貴方と、もう一度、笑い合いたい――。


 ある惨劇から端を発する、悲劇の女の話を、しよう。

 時は数刻前。場所は|とある《√汎神解剖機関》にある研究所。
 路地裏深くにある目立たないその研究所は、|新物質《ニューパワー》に関する研究をしていた。
 怪異だけでなく、√能力者でさえ、捕縛し、実験し、なんとしても成果をあげんと、非人道的だと言われるようなこともしていた。
 女と男はそのいち研究員だった。何も知らない、ただの研究員だった。
 嗚呼、なんの因果か。自分が悪かったのだろうか。
 今となってはわからないが。
 その日の午後、突如上層部が慌ただしくなり始め、上司から鋭い声で指示が飛んできた。
 下の研究員たちは理由もわからず、警報が鳴り響く中、銃を持たせられ、戦闘態勢を取らされる。
 ――まるで私たちは使い捨ての駒のようだった。
 先に逃げた上層部。
 勿論駒たちに用意される脱出|船《ポッド》は、ない。
 始まる戦闘。幾重にも銃声が響き渡り、そこかしこから爆発音がする。
 壊され、燃やされ、仲間が次々に死んでいく様は、恐怖たり得る状況だった。
 遮蔽にしゃがみ隠れて息を潜める。動悸が煩い。足が竦む。手が震える。
 人など、撃ったことすらない。
 必死に耳をそばだて足音を拾う。靴音の違いで敵味方を判別しなければならないのは、非常に精神を削られる行為だ。
 来る、目に入るは違う靴。まだ。確実に仕留めるには、引き付けて、もっと。
 震える指をなんとか動かして引き金を引く。
 狙うは胸。銃の反動、ずれる。しかし当たった。
 自分が発した銃声によって耳鳴りのする中、上から呻き声と共に赤が降ってくる。
 生暖かくて、鉄の匂いがした。
 声の主はまだ動けるようで、氷の様な目が女を見下ろす。
 やめて、そんな目で、わたし、死ぬ?
 皆と同じように……?
 蛇に睨まれたかのように動けない。すべてがゆっくりに見え、そして、銃声が――。
 死んだのは声の主だった。
 ぐらりとこちらに倒れてくるのも受け止めきれずに、女は敵に埋もれる形となった。
 近くで爆発音がして、熱風が飛んでくる。
 爆発は女の上の人間の背中を舐め、焦がしていく。
 そうして、音はぴたりと止んだ。

 暫く、女はそのままでいた。
 死んだ人間は重たかったが、自分と、あの人が生きていることを確認するには完全に敵が排除されたことが確定するまでは動けなかった。
 静寂が辺りを包み数十分たっただろうか。
 時間感覚がわからない。もっと経っている気もした。短い気もした。
 女は残ったありったけの力で人間を退かし、そこから立ち上がった。
 目に入ったのは焦げた黒、そして大量の赤。
 ふらり、ぴちゃり、一歩歩み出た。目の前の惨状に、力なく歩みを進め、その度に濡れた音が追随してくる。
 どこもかしこも死体だらけだった。撒き散らされた肉片、脳漿、どこの、誰のかわからない身体のパーツ、臓物、そして、血、血、血。
 火薬と硝煙の匂いに混じって鼻に届く鉄と生臭い薫り。
 立っているのは女だけだった。歩いているのは女だけだった。
 目は、身体は、男を探している。

 女は愛していた。
 男を愛していた。

 あの人さえ生きていてくれれば、女は良かったのに。


●綺羅星は凶星か
「あなた達は『運命』って信じるかしら」
 赤い目をした黒猫がそう問うた。
「都合の良い言葉よね。どうとでも解釈出来てしまう、とても都合の良い」
 今はそんなことはどうでも良いのだけれど。黒猫は鳴いた。
「はじめまして。私はロゼッタ・メルカダンテ」
 黒猫はロゼッタ・メルカダンテ(紅血の薔薇・h07865)と名乗り、カウンターに優雅に座って目を細めた。
「『星』よ。星なのよ。それも、赤い、赤い」
 これは凶星かしら。そういいながら前足を舐めた。
「女が√能力者を捕まえて何かしているわ。確かに……死んでも蘇るもの、都合は良いわよね。
 けれど、蘇らせたいのは能力者じゃないみたい。
 世界の改変がない限り、蘇ることなんてないのに」
「女は√EDENに隠れ潜んでいるわ。インビジブルも多いし、忘れる力も働くもの。うってつけよね」
 まあ、噂は少しあるかしらね?人間ってそういうモノ、好きでしょう?黒猫はまた鳴いた。
「けれどその女、能力者ではないみたい。能力者じゃないからこそ蘇らせたいのかしら。……私にはよくわからないにゃあ」
「女の名前……?そうね、アンジェラかしら。
 場所は……そう、この辺りにあるらしいわ」
 黒猫が前足をぽんと出すと地図が出現した。どういう原理かは聞かない方がいいかもしれない。
「好きに持っていっていいにゃ」
「あなた達の目的は、アンジェラを止めること。最悪を、食い止めること。最も、止められれば、の話だけれど」

「そうそう、夜な夜な『歌』が聞こえるとか、言ってたわよ」
 じゃあ、気を付けて行ってきて?赤い目を怪しく光らせて黒猫は伏せて見送る体勢に入る。
「……にゃあ」
 最後に一鳴きして、耳をぴる、と動かした。

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第1章 冒険 『事故物件を調査せよ。』


●いまは未だ綺羅星
薄暗い部屋。
いくつもの培養ポッド。
書きかけの研究レポート、没案の紙束。
壁や床の赤黒いシミが、なにかによってつけられた傷が、異質な雰囲気を醸し出している。
そんな部屋に女が一人。

「嗚呼、ああ、やっと」

「やっとこれで会える……」

デスクライトに照らされた顔は恍惚の表情を浮かべていた。



きっとあなた達はすぐに真相にたどり着くでしょう。
どうしたいかは任せるわ。
歯車は動き出してしまったけれど、話くらいは出来るはず。
彼女の答えがどうであろうと、にゃあ。
クラウス・イーザリー

クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は夜道を一人歩いている。
目的は、あの黒猫に頼まれたことを完遂させること。
(死者の復活、か)
明かりも無く、人気のない路地。黒い傭兵は黒猫が如く周りに溶け込んでいた。
それがまた、彼の思考を加速させるのを手伝っているのだろう。
考えることは彼女、アンジェラについて。天使の名を授かった彼女がどうして能力者ではない者にとっての禁忌へ手を出しているのか。
普通なら出来ると思うこともないそれにたどり着いたのは、彼女の出身に関係がある、クラウスはそう考えた。
彼女の出身は|終末迫る混沌の世界《√汎神解剖機関》。
しかも襲撃のあった研究所では|新物質《ニューパワー》だけでなく√能力者までもが研究の対象だった。そんな実例を知っているのなら、一縷の望みに縋ってしまう気持ちも、わからなくもない。
……下手な希望なんか、無い方が良かったのに。

かつ、かつと暗闇に靴音だけが響く。
傭兵にはなんてことのない暗闇。建物の形状を見回して、考えを止めない脳を休ませるべく息を吐く。
さて、黒猫から貰った地図の場所はこの辺りだろうか。
クラウスは歩みを止め、そっと漂うインビジブルへと穏やかに声を掛けた。
『少し、話を聞いてもいいかな』
望むのは、【穏やかな対話】。
手を伸ばし、声掛けに気づき近寄って来たインビジブルにクラウスが触れると、揺らぐ半透明な|魚《ベタ》はぼんやりと光りを発する。
光は揺らぎを増し、徐々に形を人へと変えていく。
顔を上げ、伏せた瞳を開けたのは女性だった。
「貴方、こんな所にいたら危ないわ」
「……心配してくれているんだね、ありがとう。けれど俺は何かあっても戦い慣れているから……大丈夫」
「あら。若いのに強いのね」
「……聞きたいことがあるんだ。『夜な夜な歌が聞こえる』という噂を聞いたことはないか?」
「ああ、それなら」
女性は指をある方向へ向けた。
「あの建物ね。あのテナントビルの横の、少し奥まった所に扉があるわ」
「……そうか。話してくれてありがとう。……いい夜を」
クラウスは微かに女性へと微笑むと礼を言い、また歩み始める。
「……気を付けて……貴方のような子が、この間連れて行かれていたから……金髪の……女……」
女性は、再び揺らぎ、暗闇へと溶けていく。
空を泳ぐ半透明な|魚《ベタ》が、歩くクラウスへと擦り寄ると、そのまま何処かへと去っていった。
心配をしているような、そんな気がした。

女性が示してくれた建物、扉の前。扉には今どきの√EDENでは珍しいドアノッカーが付いていた。
ああ、確かに。歌だ。歌が聞こえる。
綺麗で、悲哀が籠もっていて、それでいて優しさが溢れていて……。
思考を戻しクラウスはドアノッカーでカツカツと扉を叩く。歌が止んだ。
ノッカーの音がやけに響いた気がした。静かになったからだろうか。
暫くして、中から研究員然とした格好の金髪の女が出てくる。
「こんな夜中になんの御用ですか……」
不機嫌さを隠そうともせず、その緑の瞳をすがませ、ジロジロとクラウスを見ている。
「君が……アンジェラかな」
そんな視線を気にする素振りを出すこと無く、クラウスは単刀直入に話を切り出した。
「はあ、そうですけど、なにか、……いえ、どうぞ中へ」
不機嫌で怪訝な顔を浮かべていたアンジェラは、急に態度を変え、建物の中へ招く。
クラウスが、√能力者であるということを見抜いたらしい。
「散らかっていますけど、ごめんなさいね」
通されたのは研究室……ではなく、普通の部屋だった。
ソファに、ローテーブルが置いてあって、彼女の言葉どおり少し散らかってはいるが、応接間だろう。
……窓が無い。少し薄暗い照明。
クラウスはざっと周りに目を配る。
「それで、なんの御用でしょう。私を捕まえにでも来ましたか」
ソファも勧めず、いきなり踏み込んできたのはアンジェラの方からだった。
流石の傭兵も、青い瞳を微かに見開いた。しかし、それも一瞬で。そちらが踏み込んで来たと言うのなら、話は早いだろう。
「……端的に聞く。√能力者を捕まえて、何をしている?」
「そこまで知られているとは……いや、当然の報いでしょうね。星詠み、という存在かしら」
「いや、俺は違う」
「じゃあ、依頼?これでも私、少しばかりは知識があるのよ」
いつの間にか砕けた口調。余裕でもあるのか、薄らと浮かべた笑み。
「……もう一度聞く。何をしている?」
アンジェラは一度俯いて、勢いよく顔を上げる。
その顔には笑顔が張り付いていた。
「そんなの、決まっているわ。不死よ。死者蘇生の研究よ!」
「……何故?アンジェラが成さなければならないことか?」
「それしかないからよ!私は道を外れているの、最初から!なら!あの時あの人を失ってから、それしか手段が残されていないのよ!」
なおも笑顔で、アンジェラが叫ぶ。
悲痛な声だった。クラウスが止めようと口を開くよりも先に、アンジェラが言う。
「だから、止めてなんて言わないでちょうだいね。私は、あの人に会いたいだけなの。たとえ、どれだけの犠牲を払ったとしても!行く先なんて変わらないのだから!」
「けど、このままだときっと良くないことになる」
「良くないこと?研究を止められるのが私にとっての良くないことだわ!それに」
クラウスは、やはり止められないか、と内心で舌打ちでもしたい気持ちでアンジェラを見る。
悲しい笑顔だ。
「もう止まれないわ!研究は完成したもの!」

禍神・空悟
斯波・紫遠

禍神・空悟(万象炎壊の非天・h01729)はパソコンだかスマホだか、インターネット媒体の前で情報をかき集めていた。地図は頭に入っている。
後は、情報だけだ。
(最悪を食い止める、ね……何を以て最悪とするかなんつーのは禅問答か?)
ブルーライトを浴びながら画面に目を滑らせていく。
歌、歌ねえ。そんなことを呟きながら。
……噂が立つってこたぁ、組織立っては動いてねえ。隠蔽もザルって感じか。
若しくは噂を餌に能力者を釣り出そうとしているか……。
(ま、なんにせよ、面拝むにゃ時間は掛かんねえだろ)

斯波・紫遠(くゆる・h03007)もまた、画面を眺めていた。
(実験するなら広さが必要だろうし、人を運んだり機械なんかを搬入するなら人目も気にしなきゃいけないだろうしねぇ……っと、なんだ、案外すぐ出てくるじゃないか)
目を丸くしながら、地図と出てきた情報をあわせ、紫遠は丁寧に描かれた鳥瞰図の紙へと丸を書き込んでいく。
(きっと、総ての因果が繋がって絡まって最悪の形になってしまったんだろうな。なんで私が、貴方が、この言葉に思いが詰まっていると思う。
……同情はできる……けれど、止めなきゃいけないものは止めなきゃいけない。……黒猫は一体何をみたのだろう。最悪、なんて)

そうして。
その夜。二人は出会った。
「……っす。オマエも依頼か」
「そう、キミもそうみたいだね」
さて。昼間にいくつかピックアップしたんだけれど、キミは?紫遠が問いかける。
「禍神・空悟だ。俺もSNSだか掲示板だかで探したぜ。人ってぇのは噂やら都市伝説なんかは好きみてえだからな。情報ならすぐ集まった」
「そちらもか。僕もそう。ああ、僕は斯波・紫遠。
……本当はここでもっと捜索するつもりだったんだけど、二人いるなら場所が絞れるね」
お互いに話し合って、場所を特定していく。
そう時間はかからなかった。
二人が特定したその場所へ確信を持って、進む。
到着した場。目の前にはドアノッカーの付いた古ぼけた扉。
そこから聞こえてきたのは歌ではなく、誰かと話す女性の声だった。
「あ?いんじゃねえか。先客がいんなら入っても問題ねえだろ」
ズケズケと遠慮なく入って行く空悟に、あ、ちょ、と困惑した声を漏らしながら後ろをついていく紫遠。
声のする方へと突入すれば、黒髪の若い青年と金髪の女性が言い合っていた。
それに気付いた女性が、チラリと青年の方を見、それから二人を無遠慮に眺めて口を開く。
「あら、お仲間?あなた達も私を止めるつもり?」
「どうだか。仲間かも知んねえな。だったらどうする」
「そうね、殺してもいいけれど、お生憎様、もう能力者は必要ないの」
売り言葉に買い言葉、ぴりりと張り詰める空気に、先に来ていた青年も眉を潜めていつのまにか黙っていた口を開こうとする。
それを止めたのは、紫遠だった。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ。今は彼女と争っている場合じゃない、そうだろう?」
ここに来た目的は。彼女を止めることだ。
話をする前に戦闘なんて起こしてなるものかと、冗談じゃない、と場をクールダウンさせるようにそう、口を挟んだ。
止められるとは思っていないが、それなれば聞きたいことがあるのだ、紫遠にも。
あることに執着している女性は、手強い。だから。
「……キミが|造る《蘇らせる》ものは本当に愛しの彼で間違いないのかい?
|肉体《ガワ》と|精神《ナカミ》が違うっていう可能性は……零ではないだろ?」
「そんなもの、違ったら何度も何度も殺して来たわ」
自嘲するようにアンジェラは言う。
それから、右手を胸に当て、服を掴むように力を込める。切望したことが、叶おうとしているのだ。感情的にもなろう。
「やっと、やっとなの!何年も費やしてきたものを!そう、そうよ、今から確かめるの。……わかったら邪魔しないでちょうだい」
言うと、アンジェラはあなた達に嫌悪の視線をむけ扉から出ていく。
かつかつと階段を下りる足音。どうやらここには地下があるらしい。
遠ざかっていく足音を追っていくかはあなた達の自由だ。
だが、依頼されたのもあなた達だ。
止めるにせよ止めないにせよ、行けば何かをけしかけて来るのは間違いないだろう。
「……はあ、ま、そういうこったな」
空悟は、彼女に運命なんぞ微笑まなかったか、と肩を竦めた。

第2章 集団戦 『献身の歌姫』


●綺羅星は子守唄とともに
歌だ。歌が聞こえる。
暖かで、どこか悲哀的で、幻想的な。

地下へ続く階段の先、つきあたりには厳重な扉があった。
が、今は開け放たれている。
彼女がどれだけ執着と熱望をかけて待ち望んで、それが今叶おうとしているのだから扉を閉める時間など取っ払って、早く結果を知りたいのだろう。
会いたいという切望。感情は原動力となって、何ヶ月、何年、はたまたそれ以上か。
途方も無い苦労と失敗と、それながらも希望を捨てなかった彼女は、……いや、もう正気ではないのかもしれない。
希望など、疾うの昔に捨て去ってしまって、独りで総てをこなして来たのだ。
今の、今まで。
寄り添ってくれるのはこの人魚だけだった。
アンジェラには歌があった。
――歌しかなかった。

あなた達が入った部屋は、培養ポッドが並んだ部屋だった。
壁には何かの傷跡が、床には赤黒いシミが付いていた。
研究机にデスクライト。今は灯っていない。代わりに、ばらまかれたゴミの紙束がそこかしこに散っている。
アンジェラはいない。
そのまた奥に一枚の扉がある。
そこからは、うめき声と、鎖が動く金属音が微かに聞こえてくるばかりだった。

歌が聞こえる。
哀悼の、歌が。
あなた達を待ち構えていた。
禍神・空悟

人魚は歌い続ける。
人が来ようとも、怪異が来ようとも。
憂う歌を。優しさに包まれるような声で。

その中で、一足先にたどり着いた禍神・空悟 (万象炎壊の非天・h01729)は嘲りも混じったような笑いを漏らした。
「ハッ、邪魔くせぇ魚共だなァ……。おまけにヒデェ歌だ」
ぐっと手を握ったり首を回したりと準備をしながら。
「場末のスナックで飲んだっくれてるおっさんの歌の方がまだマシだろ」
なあ?空悟は歌い続ける『献身の歌姫』へと片眉を上げ告げる。
……聞いちゃいないか、お前らのも聞き届ける奴はいねえけどな。
屈伸をして、伸びをした。あの紫髪がいればそんな悠長なことしてて良いのかい?なんて言われるんだろうが。
「お生憎様、俺が一番乗りだったみてぇだからなあ。文句言われねえようにちったぁ片付けといてやるか」
己の拳と拳を打ち合わせる。黒き炎が吹き出した。
片方の口角を上げて嗤い、双眸に鋭い光が宿る。
武器は――そう、鍛えに鍛え上げた肉体だ。
黒い炎は床を踏みしめ、前方、魚共のほうへ突っ込んでいく。

それでも人魚は歌い続ける。
【力なき者へ捧ぐ歌】を。
空悟は。
「っっらあ!」
叫ぶようにも見えるその横面を、咆哮搏撃、殴り飛ばした。
吹き飛ばされ、ごろごろと転がり机へと激突する魚。
魚はもうぴくりともしない。
その様子を見て、空悟は鼻を鳴らして笑った。
丁度いい。あそこへ纏めて、紙共々焼き払ってやりゃあ、いいお焚き台になんだろ。
未だ歌うだけの魚を、身一つ、怪力一つで蹴り飛ばし、殴りつけ、集めていく。
「……はあ、これくらいでいいだろ。あいつらの取り分も残しとかねえと小言を言われるかもしんねえからな」
特にあの紫の奴に。
人の心人知らず。そんな人ではきっとないはずだが、空悟は紫遠のことをどう思っているのだろうか。
|閑話休題《それはさておき》。

――【染星】
「いっちょやってやっか。魚共、俺の炎を味わうがいい。……ってもう死んでっか、ハッ」
|轟《ごう》。|劫《ごう》。
歌の中。空悟の身体が、残された人魚の顔が、部屋が、黒の光に染まる。
左手には、身の丈をも凌駕するほどの黒炎が立ち上っている。
研究所でなければ、きっと火事にでもなっていただろうその炎を、魚の塊へ、振り下ろした。
――「焼き尽くす」
焼却。溶解。紙と髪と身が燃える臭い。
「んだよ。焼き魚の臭いはしねえのかよ」
机すら巻き込んで燃える黒炎を冷たい瞳で見下げて、空悟はつまらなそうにぼやいた。
そして仕事は終わりとばかりに手を打ち払う。
もう冷えた視線は、奥の扉へと向けられていた。
めでてえ、いや、ある意味じゃ幸福な女か。
死人に執着して、足を引かれて。
お気に入りの|タバコ《赤Mari》に火をつけ、肺へと煙を取り込む。
……こんな場所じゃうまかねえな。
それでも捨てるには|惜しい《勿体ない》。悲しいかな、高いのだ。タバコは。
「悪夢の中でのた打ち回って見つけたモンなんぞ、ゴミにも劣るカスだって事が判らねぇとはな」
止まない雨など、明けない夜など無い、ならば。
自分にもこの身が焦げる程の日が照るはずなのだ。
――幾分かの憐憫だけは向けといてやるとするか。
空悟は吸いきった殻を燻る黒へと投げ捨てて、空いた壁へ腕を組んで凭れ掛かる。
あー……もう一本、吸うか。

歌は未だ、止まない。

●赤く染まる綺羅星
うめき声。この前捕まえた|能力者《生贄》は中々にしぶとかった。
アンジェラは歓喜の笑みを湛えながらナイフ片手に労の扉を開ける。
嗚呼、これで、これで!
鎖に繋がれた青年はその笑みに恐怖し、がたがたと身体を揺らした。
金属音が煩い。
でももう良いの。完成だから。許してあげる。抵抗したこと。
思い切りナイフを振り上げ、叫ぶような唸り声を上げる青年へ問答無用で心臓部へと突き刺す。
どくどくと流れ出す赤。消えてしまったらもったいないとばかりに金髪の女はせっせと瓶へと集めていく。
手が、顔が、赤に塗れても。笑っていた。
また会える。その喜びが、何よりも嬉しくて、嬉しくて、嬉しくて。
嗚呼、嬉しい。
歓喜を超えて恍惚の表情だった。
狂っていた。いや、最初からそうだった。
あの時から、あの時よりも前から。

歌が寄り添うようにそこにいた。嬉しそうだった。



心臓を刺されても、人間は数秒は意識があり、生きているらしい。
痛い、痛い。どうして俺が。なにをしたっていうんだ。捕まってから何度も何度もしてきた自問。
当然、答えなど無い。『運命』に巻き込まれただけだから。
急所を貫かれた痛み。血が流れ出ていく感覚。頭が冷えていく。指先の感覚が無くなっていく。
ぼやけていく視界と頭。死ぬ。死ぬ……?いや、解放だ。能力者は生き返る。何回でも。

青年にとって。ある意味は救いだったのかもしれない。
クラウス・イーザリー
斯波・紫遠

時は戻って、先程の部屋。
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)と、 (くゆる・h03007)は顔を見合わせていた。
ったくよー、などとぶつぶつと文句を言いながら、粗暴な黒い男……空悟が我先にと部屋を出ていってしまったのだから。
困ったように紫遠は、先に来ていた青年を窺った。
「どうするかい、君……」
「ああ、すまない。俺はクラウス・イーザリー。傭兵をしている。」
そう言えば名前を知らない、と思って言い淀んでいた紫遠を察して、クラウスが名乗る。
「ありがとう、クラウスくん。僕は斯波・紫遠だ。好きに呼んでくれていいよ」
優しい声に微笑みを乗せて、紫遠も自己紹介を。
「それで。どうするかだけど」
「……行くしかない、だろう。なんだか、アンジェラを追う前に、建物ごと壊されそうな……」
「はは、ちょっと……わかるかも」
お互いに苦笑しあった。
出会ってすぐでもわかる彼の雰囲気は、そう。言わないでもわかる。
「追おうか。……もしかしたら歌声の正体をみんな倒しちゃってるかもしれないけど」
「……ああ。行こう」
二人は頷き、連れ立って地下の階段を下って行く。
歌声は、未だ聞こえていた。けれど。
「……なんだか、焦げ臭くないかい……」
紫遠は微かに顔を顰めて言う。
クラウスも頷いた。本当に建物でも破壊しているんじゃ……。
開け放たれたままの扉の先、果たして、その正体は。
「……また、派手にやったね」
肩を竦めた紫遠に、壁に凭れながら、遅かったじゃねえかと言わんばかりに片手を上げたタバコを咥える黒炎。
「お前……」
クラウスは口を開閉させていた。何を言うべきか、わからなかったからだ。
残しておいてやったぜ、ほら、と数体の歌う人魚を親指で指し示して、煙を吐く男――ぶっきらぼうに禍神・空悟と名乗った――はさっさとやっちまえよ、俺は観戦してっからよ、と咥えタバコのまま腕を組む。
「はあ……やりづらいけれど、仕方ないね」
紫遠は部屋をざっと見渡して――大体燃えてんな、と内心毒づいて、ため息を吐いた。
(研究は難航していた。それは彼女の発言からしてわかる。造った恋人を殺した、なんて言っていたけれど、このお姫様たちが手伝っていたんだろう。でも)
「……お姫様たちには退場してもらおう」
「そうだな。奥に行くには、この人魚たちをどうにかしないといけないのは確実だ」
クラウスも殆ど燃えてしまって|いる《・・》研究の痕跡から不穏なものを感じ取り、彼女を慮りながらも剣呑な鈍い光をその青に灯した。
(あとはもう、力で止めるしか、ない)
「……俺が広範囲を攻撃する。紫遠は、刀で撃ち漏らしを狩ってくれ」
「はいよ、任せて」
クラウスの指示に紫遠は軽く返事をしたかと思えば、ふっと真剣な表情になる。
タイミングは、逃さない。

クラウスによる高速詠唱がはじまる。古代語を、つらつらと紡ぎ、手を天井……空へと向けて掲げた。
敵意を認識した人魚は、そのうちに自身の透き通る歌声を、クラウスへ、向ける。歌声は、光り輝き実態を持ち、空気中に集まっていく。
そうして|環《わ》に、なった。
その旋律は異常な多幸感を伴って、青き瞳の傭兵へ放たれる、と同時に。
|【虹色の雨】《無数の氷柱》が、降り注いだ。
全力を込めたそれは器用に培養ポッドだけを避け、床を、人魚を、えぐっていく。
片隅にある燻っていた何かの塊へも向かっていく氷は、まるで火事の後の慈雨のように、火を、鎮めていく。
それに、これ以上炎上してもまずい。
多幸感に抵抗しつつも、何食わぬ顔で戦況を確認するクラウス。
歌声は、残りわずか。

――今。
|その《クラウスの》横を、月のような剣撃が、走り去って行った。
白炎を残して。
肉薄、斬撃。それは居合。
狗神が、|疾走《はし》るが如く。
斬られた人魚は、こう思うだろう――|【狗神】憑型《ウラミノイチゲキ》だと。
「……は……ッ、少しだけ、無理してしまったかな……」
人魚を纏めて斬り込んだ、終の地で、紫遠が片膝をついた。
吸い殻を踏みつけた男のやるじゃねえか、と言わんばかりの口笛が、ヒュウ、と囃し立てる。
でもやはり、焼き魚の香りはしないらしい。残念だ。
息を整えた紫遠は立ち上がりながら周りを見渡す。これで、終わりだろうか。
姿が自分を含め三人しかないことを認めると、やれやれ、と肩の力を抜き、クラウスに頷きかける。
「これで終わりだね」
「……ああ」
僅かだが、何かを思案するような表情でクラウスも頷きかえす。
(大切な人の再会を願って、諦めたのが、俺。一歩間違えれば彼女のようになっていたかもしれないと思えば……愚かだとは切り捨てられない)
真剣に、鋭く目を細めて、クラウスは紫遠を見遣った。
「……彼女は」
「この奥だろうね。……さあて、鬼が出るか、蛇がでるか」
ご対面と行こうか。
ねえ、勿論君も来るだろう?そんな視線を空悟へ投げかけ、最奥、紫遠は扉へと手を伸ばす。
足音が、嫌に響いた。
「どっちも出てきちゃ欲しくねえけどな」
ぼやきが着いてくる。少しだけ、ありがたいような、気もした。

うめき声は既にあらず。
小さな歌は――どうやら扉の奥らしい。

獅猩鴉馬・かろん

「おわー、なんだかうたがきこえるぞー?」
暗い道、たまたま迷い込んだのか、少女がひとり歩いている。
先の戦闘、『献身の歌姫』が使った能力。
非√能力者のもとへ出現する歌声。それは、外にも聞こえていたようで、路地にも数体、漂って歌っていた。
人通りの無い暗い道と言えど、人はいないこともないのだ。
どんな人かは表記はしないが。
まあ、そんな道へと獅猩鴉馬・かろん (大神憑き・h02154)は迷い込んでしまった。
あるいは、歌声に引き寄せられたのだろうか。
「んー?うたってるだけかー?」
人魚へと近づいて観察してみるかろん。
いやいや、怪異ですって……!そんな近くに行くんじゃない!と大神や眷属たちが慌てふためく。
「そっかー、かいいかー」
それを感じ取ったかろんはうんうん、ひとりで頷いた。
そして、むん。両の手を握ってがんばるぞ、のポーズを取る。
「じゃ、やっちゃうかー!」
両の手を掲げた。暗闇に、気の抜けた可愛い声が響いた。

「よーし、じゃー、みんなあつまれ!」
――【|壱百霊壱式降霊撃《ワンオーワンゴーストコール》】!
|かろん《大神》が呼び出せば、闇から、鷹に狼に猪が、大神の眷属が、主の命を聞かんと飛び出てくる。
「ちょーどうたってるのもさんたいだし、みんな、こうげきだー!」
号令をかける。
鷹は【爪撃】、狼は【牙撃】を。そして猪は、【突進】を繰り出した。
そんな様子を見て、かろんは応援をする。
「がんばれー!そこだー!」
歌うだけの人魚は、大神の眷属には敵わなかった。
それぞれが、きっちりしっかり仕留めると、褒めてくれと言わんばかりにかろんのもとへ戻って来る。
「おー!さすがおまえたちだ!いいこだ!」
皆、誇らしげだった。もちろんかろんも。

静かになった暗い道。
歌はなくなっちゃったから、帰ろっか?
開け放たれている扉には気付いたが、眷属たちは渋い顔をした。
「んー、まあ、いっかー!」
巻き込まれない限りは、大丈夫。
歌をうたって、かろんは歩き出した。

第3章 ボス戦 『怪異管理番号・7番23号『ナナフサ』』


●凶星へと至る綺羅星
厳重な扉へと手をかける。
結末を見るために、あるいは、|彼女《アンジェラ》を救うために。
身体全体を使って扉を開ける。

そこにいたのは、黒い化物だった。

これが、愛する彼なのか……?
皆思ったことだろう。無数の赤い目、いくつも|枝分かれ《・・・・》した腕。
到底、人間には見えない風貌。

アンジェラは、そんな化物と対峙していた。
戦うために?いいや。そうではないことは表情がありありと語っていた。
その緑の目を歪め、嬉しくて、愛おしくてたまらない、恍惚な、狂気さえ感じるその顔で、その口で、名前を呼ぶ。
「ああ、カイル……会いたかったわ、ずっと、ずっと」
化物は、答えない。
それでもアンジェラは笑顔を崩さない。
「あは、あはは、うふふ」
「そうね、そうね、カイルも会いたかった、嬉しいわ」
ああ。私、幸せだわ。
そう呟くと、片手に握っていたナイフを突きつけた。

――自分の、喉元へと。
そうして、笑って、笑って、笑って笑って、心底幸せそうな表情で、なんの躊躇もなく、そのナイフを、勢いよく。
「あ、が……ぁ、は」
ごぽり、口から溢れるは、赤。
「は、はは、ははは、し、あ……わせ、よ」
アンジェラは湿り濁り掠れた声でそれでも笑う。
「ずっ……と」
いっしょ。
最期の言葉は、息。

力を失った身体が床へと零れ落ちる。
長い金の髪に、赤が染み込んでいく。
開いたままの緑には、当然、光は無く。
狂気を孕んだ、幸せそうな、表情だった。

化物は、倒れ伏す天使の傍で紡いでいる哀悼の歌を腕を振って圧し潰す。
無数の目が、こちらを、向く。


『運命』は、『星』は、赤く、赤く――。



最悪が、目醒めてしまったわね。
コレは目撃例が少ない割に、街一つを滅ぼすほどの力を持っているの。
彼女が呼んだのは、そこまで力はないかもしれないけれど。
それでも気をつけないに越したことはないわ。
あなた達に戦神の加護があらんことを、なんて、にゃ。
クラウス・イーザリー

クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は、飛び出した。
待て、早まるな。その行動は――。
手を伸ばす。しかし、さっき会ったばかりの、星で詠まれただけの女性は、眼の前で、散っていった。
しばし、呆然とする。
――赤の視線が、こちらを向く。
視線の矢を受け、クラウスははっと我に帰った。……こうしてはいられない。
が。気持ちはよく理解できてしまうが故に、少し眉を寄せ、苦い顔で|アンジェラ《倒れ伏す女》と、化物を交互に見た。
勿論、武器を用意しながら。
思わず飛び出してしまったが、もしも、もしも手が、届いたとしても……きっと止めることはできなかっただろう。
喪失の苦しみを知っているから。

――赤い目が、尋ねた。
「ナア、オ前、クラウスだろう?」
最初はぎこちなく、発音するたびに滑らかになっていくその声は。
聞き間違えるはずがない。忘れたこともない。
「なっ……」
傭兵は突拍子もない化物の行動に、敵の眼前だというのに一瞬動きを止めてしまった。
「ああ、やっぱりそうだ!はは、久しぶりだな。元気してたか?
してたよな。だってお前が元気でありますようにって、オレが|願った《呪った》んだからな!
だから、クラウスは、元気じゃなきゃいけないんだ。なあ、また一緒に遊びにいこうぜ。どこ行こうか。
そういえば、あの戦闘機械群ってどうなったんだっけか。あれ、もしかして、まだ倒しきれてなかったか?
オレが、死んだから。」
話は、止まらない。クラウスの様子などお構い無しに矢継ぎ早に親友へと話しかけていく。
ぐらり、酩酊。
周りは|あの時の《翼が死んだ》場所へと、様変わりしていた。
見慣れたはずの、機械群。
そんな、はずは。
「なあ、答えてくれよ。クラウス。どうした?調子でも悪いのか?」
「……るな」
自分でも驚くくらいの低い声が響いた。
「……え?なんだって?
それよりオレが死んだ後ってどうなったんだ?」
「け物……情が」
奇しくも、親友と同じ赤い目をにたりと歪ませて、同じ声を使って、話しかけてくる。
クラウスなんてどうだっていいかのように。自分の話を、延々と。
クラウスは思わず、光刃剣の柄を強く握りしめた。
こんな状況で冷静さを保っていられるわけがなかった。
「化物風情があいつを騙るな!!」
咆哮。ともに足を、床を踏み込む。
懐へと潜り込み、その黒く細い体躯を光刃で斬りつける。
「どうしたんだよクラウス!?痛いじゃないか!」
化物は総ての目を、視線を向けながら悲鳴を上げる。|あの《親友》の声で。
もうクラウスの目には、その姿は|永瀬・翼《一番の親友》にしか見えていなかった。
たとえ偽物といえど、親友を斬るなど誰がやりたがるだろうか。
クラウスへと、|機械からレーザーが照射される《化物の腕がその身を穿とうとしてくる》。|機械の刃が身を抉る《鋭い爪に変形させた手で引き裂こうとする》。
痛い。痛い。心が、身体が。
歯を食いしばる。どうにか急所は庇えている。しかし、逆を言えば急所しか庇えていなかった。
黒に赤が滲んでいく。
クラウスは片手に光刃剣を握ったまま、空いた腕で、なんとかマルチツールガンを構えた。
――【|可能性《デュナミス》】を、|見出《みいだ》すのだ。
『お前なら、できるだろ?オレの一番の親友なんだから』
声が、聞こえた気がした。目の前からではないことは確かだった。
「……ああ」
無意識に、口から返事が出る。
「どうして傷つけるんだよ。あんなに仲がよかったじゃないか」
|親友《偽物》は未だ語りかけていた。|親友《クラウス》を壊さんとしていた。
なれば、一刻も早く、大切な親友を騙る声を、その姿を、過去を消し去らなければ。
チャージは既に開始している。昂った負の感情を、怒りを、憎悪を、込めていく。
「その声で……その姿で、俺を弄んで楽しかったか」
「……そりゃ、楽しいぜ」
そうか。クラウスは呟く。
そして、引き金を、引いた。
至近距離からの量子レーザーが、化物を襲う。光は胴を貫いて、壁に穴を開ける。
風景は地下へと戻って、クラウスは詰めていた息を、襲い来る傷の痛みを、声を、吐き出した。
「……が、っ……はぁっ、は」
崩折れる。息が覚束ない。無理を、しすぎたか。
眩む視界に、やれやれといった表情の|男《黒炎》が写って、途切れた。

誉川・晴迪

ゆらゆら、ゆらり。
介抱している男たちの横をすり抜けて、誉川・晴迪 (幽霊のルートブレイカー・h01657)はナナフサと相まみえた。
「おやおや。これはこれは。興味深いですね」
穿たれ穴の空いた胴。それでも複数の赤い目をぎらぎらと輝かせながら立っている化物に、ふわり幽霊は手を口に当て、くすくすと笑った。
「さてはて、私でもお役に立てるでしょうか」
新しい獲物を捉えた化物は、幽霊とは逆に、残忍そうに笑った。
そして、早速楽しまんと瞑想を始める。
が。
その顔が不思議の色に染まった。
「……ああ、そういう」
晴迪はぽんと手を打った。そして微笑みを崩さず、言うのだ。
「私、過去がないんですよねぇ。いやぁ、残念です。あなたの能力が見れないなんて、ね?」
化物の死角に、炎が揺らめいた。わざと、見つけられるようにして。
赤い目が一斉に炎を見た。
「はっは、ゆるりと、楽しみましょうじゃないですか」
晴迪は悪戯っ気たっぷりに笑う。大成功〜、なんて。
――【|ユーレー宴安の舞《ゴースト・バンケット・ダンス》】
そして、舞うように音もなく近づいて、振り上げた。金属バットを。
頭かな?うん、これ頭だね。がん、がつんといい音と手応えがして、一人楽しそうに頷いている晴迪。
バットの音で気づいたのか、いつの間にか増えていた幽霊に、|残り二人《白炎と黒炎》は顔を見合わせた。
あれ、いつの間に?……知らね。時間稼ぎしてくれてんなら丁度いいだろ。そんな声が晴迪の耳に入る。
はは、こっちも大成功、でしょうか?
一方の化物は吹っ飛んで、もみくちゃになっていたが、まだまだくたばる様子はなかった。
「あらあら、枝が絡まってしまって、大変ですね。ほどいてあげましょうか?」
近づいて、到底やらないであろう声色で晴迪は言うと、くすくす笑って、ゆうらりゆらり、去っていく。赤い目が、睨んで見送った。

……何だったんだろうな。二人は再び顔を見合わせたのだった。

斯波・紫遠
禍神・空悟

傭兵が、飛び出していく。
「あっ、ちょ」
止めようと手を伸ばした斯波・紫遠 (くゆる・h03007)。
一歩間に合わずに手は空を切り。そして、女の|幸せな死《本当に?》を目の当たりにして、苦虫を噛み潰した表情をした。
「……言わんこっちゃねえ」
禍神・空悟 (万象炎壊の非天・h01729)は倒れ伏す女を見て片眉をあげた。
そして紫遠が戦いを始めた傭兵を助けんと足を出そうとした瞬間、空悟はその腕を掴んで首を横に振った。
「なんで……!」
援護を止めれば文句も出よう。
「ありゃ、相当の覚悟がねえと巻き込まれるぞ」
既に開始されていた|二人《親友同士》の戦いを剣呑な色を乗せた瞳で睨むように眺めながら空悟は言った。
「俺らの番は決着が着いてからだ。あれを喰らいたかねえだろ」
吼え猛る傭兵に若いねーだとか突き刺さる|枝《腕》を痛そー、とぼやいて。
傭兵が、赤が滲む手で銃を構えてカウント60。眩い光が辺りを照らす。ごうと音がして、壁が抉れた。
「……そう、だね」
紫遠も顛末を見てか、空悟へ微妙な|表情《カオ》で答えた。
「って、言った割にズケズケと入っていくんだね」
「あ?戦いはひとまず終わったし、こいつこのままほっとけねえだろ」
「……よくわからない人だなあ」
胴体が抉れたナナフサを警戒しながら軽口を叩き合って、紫遠は傭兵をお構いなく担ぎ歌姫と戦った部屋へ運ぶ空悟を横目で流し見る。
「君手当とかできるの?」
「やりゃできる」
空悟は適当言いながら辛うじて燃えていなかった包帯を適当に巻いていく。
「……流石に雑がすぎないかい?」
「死ななきゃなんでもいいだろ。まあ能力者は死んでも生き返っけどな」
一応、【継戦能力】のおかげか、それなりに手当を施していく空悟に、紫遠は肩を竦め、開け放ってある扉の枠に背中を預けて警戒を続ける。いつこちらに攻撃が飛んできてもおかしくはない。
見れば化物は流石にダメージが厳しかったのか、休憩しているようだ。と、いうか、今の状態で二人も相手したくないらしい。
「ていうか何アレ、初めて見たんだけど。彼女が蘇らせようとしてたのは怪異だったってこと?」
まああの状態なら少しくらい目を離しても大丈夫だろう、そう結論づけて、空悟が乱暴に扱わないかを見張って……白いものが横切ったのを見た。
いや、そんなことよりクラウスくんが心配だ。
「知らね。ま、結果的に街一個滅ぼしかねねえくらいの怪異が呼び出されたのは間違いねえな」
「……じゃあなおさら僕たちで倒さないといけないじゃないか」
「俺等が死んだら大惨事、ってな」
|手当《?》が終わったのか空悟はその場で伸びをして……金属の音が響いてそっちを見た。紫遠も同じく。
そして顔を見合わせて、はてなをお互いに浮かべた。
「……いつの間に?」
「知らね」
「っていうか、アレ、あの人だったんだ……」
「知ってたんなら言えよ」
「や、だって君がクラウスくんに乱暴しないか見張ってるほうが大事だろ」
「しねえよ」
「しそう」
「しねえって」
押し問答。
空悟は立ち上がってはー、と息を吐いた。やれやれ、の表情だ。
いつの間にやらふよふよどっか行った幽霊……がもみくちゃにしたナナフサを見て、おら、お待ちかねの俺らの番だぞ、と打って変わって好戦的な笑みで紫遠へと入るよう促す。
「なんだ、援護でもしてくれるのかい」
「あ?俺の援護は嫌だってか?」
「言ってないよ」
助かるってこと。紫遠も同じように好戦的な笑みを返して、足を進めた。

さて、と。そう呟いたのはどっちだったか。
もみくちゃのナナフサは見下ろす二人の視線を受けて嫌そうな目をした。
絶対こいつら痛いことするじゃん。
さっきも痛かったけど。
っていうか目線怖いよ君たち。ヤクザかなにかなの?
「すごく嫌そうな目されてるんだけど」
「はっ、癪に障る力を使う方がわりぃ」
まあ、やるしかないか。全員がそう思った。
最初に動いたのは|もみくちゃ《ナナフサ》。
七ツノ枝よりも多い触腕を絡まったままやたらめったらに放っていく。
「だああめんどくせえ攻撃しやがって」
紫遠が言った。空悟が信じらんねえの表情で見た。
「なんだよ」
「なんでもねえ」
そうかい。紫遠はため息まじりに吐き捨てて、すっと真剣な顔になる。
「【業火絢爛】――塵も残さず消え失せな」
空を睨み鈍い光を瞳に灯し、双剣を両手に。
「かっけえなそれ」
「言ってる場合、か!」
次々襲ってくる|触腕《枝》を見切っては斬り落とし、白く燃やしていく。
ぎゃああ、としわがれた声でナナフサが悲鳴を上げた。
紫遠は目を丸くした。
「いや、さっきも見てて思ったんだけど、オマエ、そんなこと出来んだね。|恩人《偏屈じじい》の声が聞こえてきたから思わずびっくりしちゃったよ」
「はは、さっきのやつは過去がなかったが、お前はあって嬉しいぞ」
本当に嬉しそうな声だった、
「御生憎様。あのじじいはちゃあんと見送って五年も経つんだ。医者に止められても|欲望《酒と煙草》を辞めずに死んだんだから未練もないだろうし」
「儂はあるかもしれんぞ」
「あるかよ。それに、今更生きてたって、縋ったって、ぶっ叩かれて終わりだ」
皮肉まじりの微笑みでナナフサを見遣った。
枝が飛んでくる。斬り伏せる。
「悲しいのう」
「その声でしおらしいこと言わないでくれよ気持ち悪い」
途端、嫌そうに顔を顰めた。
「あー……感動の再会のとこわりぃんだけどよ、さっさと倒してくんねえか?」
空悟は割って入る。
【竜侮】で暴力的までに強化された怪力で文字通り千切っては投げ、千切っては投げ、千切ってはってどんだけ増殖すんだこいつめんどくせえな。
「どこが感動的だって?」
「悪趣味的だったか、わりぃわりぃ。人様の過去を覗きやがるもんな、っと」
引き千切られ痛いのか、とりあえず化物は空悟を狙って全方位からの攻撃を――『鉄壁』の肉体はびくともしない。
「ってえなあ」
空悟痛そうな顔をして痛くなさそうな声で凄む。
やっぱ怖いし痛いことしてくるじゃん!ナナフサは呼び出されたことを後悔した。自分が画策し狂気に落としめ誘導したことは棚に上げた。知らないもん。やったのあの女だもん。
「おい紫遠、根本斬ってくんねえか」
「無茶言うなあ。やるけど、さっ!」
無数に煙のようなレーザーを発射させ、紫遠は共に突っ込んでいく。
レーザーが焼き、刀が焼き、自分や死角から紫遠を狙う枝を引きちぎって、それはもう見事に枝が伐採されていった。
「いいじゃねえか。動きやすくなっただろ」
空悟はすっきり、と言わんばかりに丸裸になったナナフサを眺めた。
「なあ、もう終わりにせんか」
それに対して、弱々しく嘆くナナフサだが。
「命乞いかい?じじいが見苦しいね」
恩人には毒舌な紫遠だった。
ナナフサは泣きたい気分だった。破壊の限りを尽くして、皆を壊して回りたかったのに。
「終わりてえなら終わらせてやるよ」
黒炎が、片方の口角を上げた。
「まあ、これだけやれば抵抗出来ないでしょ」
白炎が、冷たい目で首をかしげた。
「……もうこいつら嫌じゃ」
「そりゃ褒め言葉なこって!」
「面倒くさかったけどね」
紫遠は脇差しを床に突き刺し、打刀だけを持つと、姿勢を低くした。
――「「さあ、燃え尽きな」」
居合。白炎が尾を引いて、胴を切り裂き燃えていく。
大きく跳ねた黒炎が、拳で頭をぶちぬいて、その生命を終わらせる。
声も上げることなく、灰になって、ナナフサは怪異としての生を閉じた。
次は、怖くない人と会えるといいな……。
思念までもがサラサラと溶けた。

「で」
空悟が言った。紫遠は肩で息をしている。
目を覚ましたクラウスが、よたよたと歩いて来た。
三人は、アンジェラを前にしていた。
「この女の死体はどうすんだ?」
「できればだが、弔ってあげたいと思う……」
「僕も、賛成、かな」
「早く息整えろよ」
「今、やってるよ」
「……いつの間にそんなに仲良くなったんだ」
まあ、一緒に戦った仲ですから。
「手っ取り早く弔うってんなら俺の炎が一番だが」
「ああ……」
「そうだね……」
|二人《空悟以外》は遠い目をした。
「なんだよ文句あっかよ」
「ないよお願いしますだよ」
「……やっぱり仲良くなったよな」
それはさておき。

「じゃ、やんぞー」
轟々と燃える黒。それを、アンジェラに比較的優しめに移す。
人間が燃える匂い。あまりいい匂いではない……が、そんなこと言っている場合でもなかった。
紫遠は手を合わせて。クラウスも祈りを捧げていた。
空悟は腕を組んで燃える様相を眺める。
「……幸せに死ねたんなら良かったんじゃねえの」
それを聞いていた二人は複雑な気持ちでいた。
「望んだ姿を前に自害を選んだ時点で、幸せだったのかは知らねえけどな」
あれは、狂気に飲まれていたように見えた。
本当に愛する彼が見えていたのかどうかさえ怪しい。
いや、見えていたんだろう。それに精神が耐えられなかった。ただ、それだけで。
「非能力者が追いかけて良い夢じゃねえんだよ、クソッタレ」
「案外彼女に思い入れがあったんだね君……」
「ちょっと憐憫を感じただけだっつの」
「……とりあえずは大きな被害もなくて、よかったんじゃないか」
クラウスは困ったように|微笑《わら》った。
「あーあ、ひと暴れしたら腹減った。魚食いに行こうぜ魚」
「人魚が魚の匂いがしなかったのがそんなに気になってたのかい?」
「ちげーよ気分だよ気分」
「……仲、良いな」
確信した。

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