シナリオ

クヴァリフと夏野菜ビュッフェ

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●お忍びビュッフェ
 青々と広がる農園を抜けた先。畑脇の林道へと入れば、赤い屋根とウォールナットの壁が見えてくる。そこは森の中のビュッフェレストランだ。地元の素材を使用した料理を楽しめる。店員が一人の女性……人間に変装したクヴァリフを出迎えた。
「ご予約の|玖波《くば》様ですね。農業体験お疲れ様でした! この後は、お食事をお楽しみください! たくさん動いたあとのお食事はきっとおいしいですよ」
「妾のフィジカルを以てすれば、農業体験など朝飯前よ。収穫したキュウリ共も震えておったわ」
「体力に自信があるのですね!」
 クヴァリフは見た目こそヨーロッパから観光に来た美女だが、言動は色々とおかしい。店員は彼女のことを、覚えたての日本語をとにかく使う外国人として認識したようだ。
(「前回の回転寿司では計画を阻止されたが……今回は必ずや成功させてみせる」)
 この来店は、次の計画のための下見だ。地元民にも評判のビュッフェレストラン……並べられた料理の数々に小さなクヴァリフの仔を仕込めば、多くの人間の口に行き届くこと間違いなしだ。クヴァリフは皿に何種類か料理を盛り、自分のテーブルへと戻った。
「それでは……いただきます」
 人の子は食事をする際に、食材となった命への感謝を込めて手を合わせるらしい。人間へと完璧に変装するため、クヴァリフもそれに倣い、いただきますの挨拶をした。
(「地鶏のトマトソース煮込み……うむ、トマトの酸味と鶏がよく合う……美味い。それに色も良い。茄子とベーコンのパスタも良き……!」)
 クヴァリフは夏野菜を使った料理の数々を頬張り、瞳を輝かせながら舌鼓を打った。

●クヴァリフの野望
「……彼女、本来の目的を忘れていませんかね。まあ、別に良いですけど」
 |泉下《せんか》|・《・》|洸 《ひろ》(片道切符・h01617)は率直な感想を口にした後、依頼について話を切り出した。
「蘇生した仔産みの女神『クヴァリフ』が、またしても料理に悪さをするつもりのようですね。ですが、今回は未然に防ぐことができそうです。以前、クヴァリフは回転寿司のお寿司にクヴァリフの仔を仕込んで、人々に食べさせようとしていました。そして今回、彼女はとあるビュッフェに目を付けたのです」
 今は夏野菜が美味しい季節。地元の野菜を使った料理を提供するビュッフェレストランに、人間に変装したクヴァリフが出現するという。彼女の目的は以前と同じ。人々に触手を食わせるための場所を探しており、今回はその下見に訪れるらしい。
「クヴァリフは農業体験で野菜の収穫を手伝ってから、ビュッフェで料理を食べます。皆様には農業体験、そしてレストランでの食事の間、一般客を装いつつクヴァリフを監視していただきたいのです」
 レストランのすぐ傍には林道が続いている。食事後、お会計を済ませたクヴァリフをさらに尾行し、彼女が林道に入ったところで襲撃を仕掛けてほしい。
「まだ悪事を為す段階でないとはいえ、放置してしまえば、後日に狂信者達を引き連れてレストランを乗っ取りに来るのは必定。触手ビュッフェさせないためにも、彼女を討伐し未然に防いでください」

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第1章 冒険 『ワケアリバイトの新人くん』


箒星・仄々

●自然の恵み
 目が覚めるような青空の下、深緑を湛える畑が路の果てまで続いている。
 綺麗な空気を胸いっぱいに吸い込んで、箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)はご機嫌に尻尾を上げた。
「自分で収穫した野菜がビュッフェの材料として使われるだなんて、ちょっと贅沢ですよね〜。楽しみです」
 ぶよぶよ触手の仔さんはノーサンキュー。美味しい料理を守るためにも、まずは農業体験だ。仄々は畑へと入り、さっそく農作物の収穫を始める。
「色々なお野菜があって目移りしちゃいますね」
 太陽の光に照らされて、ナスがつやつやと輝いている。艶やかに実ったナスをいくつか獲ったあとは、キュウリが植えられている場所へと向かった。
「元気に大きく育っていますね。お味噌を付けて頂いても美味しそうです♪」
 表面のトゲトゲに気を付けつつ、新鮮なキュウリを収穫する。
「実りは豊かな大地と潤す水があってこそ。地球さんに大感謝です」
 お次はトマトだ。籠に沢山の野菜をのせて向かえば、クヴァリフを見かけた。彼女は赤くなったトマトを慎重に選んでいる。真剣な様子に仄々は感心した。
(「怪異さんですけれども、収穫を一生懸命頑張っておられて凄いです……。仔を孕む為に栄養を大切にされているのでしょうか……?」)
 せっかくの交流機会だ。歩み寄って気さくに話しかけてみる。
「猫の手をお貸ししましょうか?」
「ふむ? 猫の怪異も夏野菜に興味があるのじゃな」
 怪異ではなく獣人なのだが、勘違いしてくれた方が都合が良さそうだ。
「旬のお野菜はとくに美味しいですから。一緒に収穫しませんか。力を合わせれば、より多くの野菜を収穫できるでしょう」
「よかろう。そちらの方が効率も良い」
 一人よりも二人で。クヴァリフは仄々の提案に快く頷く。
 腹ぺこな二人は、熱心に野菜の収穫に励んだ。

アダン・ベルゼビュート
史記守・陽
静寂・恭兵
モコ・ブラウン

●野菜収穫班
 太陽が実り豊かな畑に燦々と降り注いでいる。時折吹き寄せる風が、肌を優しく撫でた。この季節にしては珍しい涼風だ。
 広大な穴掘り場――ではなく畑をぐるりと見渡して、モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)は瞳を輝かせる。
「なんて掘り甲斐ありそうな土……じゃなくて、立派な農園モグね」
 特命班の面々は都会の喧騒から離れ、大自然溢れる地方の農園へと訪れていた。
 都会では味わえない綺麗な空気を、|史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)はすうっと胸に吸い込んだ。
「東京出身だから緑と土の香りが非日常って感じで地味に気分が上がります」
 自然の香りは癒しを与えてくれる。……まさかこの平和な場所にも、怪異の魔の手が迫っていようとは。
 |静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)が畑を眺めながら、呆れたように眉を寄せる。
「……アダンの因縁の相手だったあのクヴァリフがまたきているのか? 懲りないと言うか……むしろ味を占めたと言った方がいいか?」
 宿敵とは別に謎の因縁ができてしまった。大喰らいの女神クヴァリフに取られたマウントの数々を、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)はしっかりと心に刻んでいる。
「ほう……此処にあの忌々しいマウント女神が居ると? 己の胃袋の容量の大きさ故、俺様が前回食べられなかった寿司や特製ラーメンについて食レポマウントした女神が?」
 メラメラとオーラを湧き足せるアダンを恭兵が宥める。
「落ち着け。気持ちはわかるが、まずは農作物の収穫が先だ」
「何だ、俺様は至極冷静だが? 冷静に、燃やす算段を──収穫が先? ……其れはそうだな、此れもまた任務の一つか」
 採集用の籠とハサミを手にし、作業準備も万全。四人はさっそく畑へと足を踏み入れた。赤く実ったトマトへと、陽が穏やかな眼差しを向ける。
「なんだろうな、最初は遊んでるみたいで気が進まなかったんですけど、こういう依頼も慣れてきた気がします」
「良い傾向モグね。いつも肩肘張ってばかりじゃ疲れるモグ。たまにはこうやって肩の力を抜くのもありモグよ」
 言いながらモコは変身を解き、モグラの姿へと戻った。地面に寝そべって軽く伸びをした後、モグラの爪で土を掘り始める。彼女の行動にアダンと陽が驚愕の声を上げた。
「!? モコは何をやっている!?」
「あっ! モコさん勝手に掘り返しちゃ駄目ですよ!」
 しかしモコは手を止めない。
「いや、みんなこれにはワケがあるモグよ。いいモグか? ここの農園は一見すごく管理されていて問題ないように見えるモグけど、モグからすれば土のふわふわ加減が足りてないモグ! もっともっと空気を混ぜる必要があるのモグ! だから、ちょっと潜らせてモグ!」
 尤もらしいことを力説しつつ、地中へとダイブする。誰にも彼女の自由遊泳を止めることはできない。
「モグラだからこその、斬新な視点……なのか?」
「モグラって畑を荒らすものだって聞いていたんですけど、そんな役割をしていたんですね」
 モコの勢いと話術に流されるアダンと陽。実際、地中の害虫を食べてくれるのでメリットがないわけでもない。
「農家ならモグラ用の罠や忌避剤も使っていそうだが……まあ、モコなら大丈夫だろう」
 土に潜るモコを眺めつつ、恭兵がぽつりと呟いた。土を耕すのはモコに任せよう(?)。
 三人はさっそく収穫作業に入った。アダンは元気に育ったトマトを熱心に収穫する。彼が手にしたトマトたちは、どれも赤く色づいて光沢を放っていた。
「此処迄、本格的な収穫作業は初めてだな。夏野菜の艶も良い……」
 大玉のトマトを獲りながら、すべすべした表面を指先で撫でる。トマトを籠に入れながら恭兵が返した。
「ああ。俺も農業体験は初めてだな……。庭に花はあったが、眺めるだけで手入れはしたことがない。だから新鮮な心地だ」
 土いじり自体に慣れていない上、野菜と花は違うから新鮮味もより一層増すというもの。一方で、陽もプチトマトをプチプチと摘まんでは籠に入れていった。
(「これ、けっこう楽しいかも……」)
 ひたすらに無心になれる。動いているからだろう、水筒に入れてきた麦茶もひんやりと美味しい。
 気付けばこんもりと積み上がるプチトマト。獲り過ぎてしまったかもと、近くにいる女性にもお裾分けする。
「あの、よければこちらのトマトをどうぞ。獲り過ぎてしまったの、で……」
 手渡しながら女性の顔を見て、陽はハッとした。
 ――間違いない、クヴァリフだ。名前を言いかけて、すぐに口を噤む。
「ほう、貢物か。感謝するぞ……ん? 妾の顔に何か付いているか?」
「いえなんでもありません。……あっ! あっちにズッキーニがありますよ!」
 よし、俺は何も見なかった。自身に強く言い聞かせ、彼女をトマト畑から遠ざける。
「おお、ズッキーニ! チーズをのせて焼くと美味いと聞いたぞ」
 クヴァリフは軽やかな足取りでズッキーニ畑へと入ってゆく。
 恭兵もクヴァリフに気付いていた。彼女をアダンの視界に入れるのは精神衛生上よろしくない。
「ズッキーニもいいがほらとうもろこしもあるぞ! 夏野菜がたくさんだ!」
 アダンがクヴァリフの存在に気付かないよう、トウモロコシ畑へと引っ張っていく。
 奇妙な違和感にアダンは首を傾げるが、すぐに理解したようだ。
「……ハッ!? フハハッ、俺様は真理に至ったぞ……! 苦労している一般人の手伝いをしているのだろう。やはり、特命班は素晴らしいチームだな……!」
 ……うん、理解したようだ。一方で、モコは穴掘りを全力でエンジョイ中。
(「栄養たっぷりの土のにおい! ふかふかモグ! 楽しいモグ!」)
 畑の至る場所にモグラ塚が出来上がりつつあった。その様子に恭兵はほっこりしかけるが、ここが畑であることをすぐに思い出す。
「モコはいきいきしてるな。穴を掘るのが楽し……いや、あまり掘ると作物に影響が……! あとそっちの方向は……!」
「モグ~ッ!」
 テンション爆上げなモコは、ボコン! と地中から顔を出した。そこはズッキーニ畑。クヴァリフと、目と目が合った。
「……モグラ?」
 クヴァリフがじっと見つめている。
(「あ、やばいモグ」)
 モコはとっさにただのモグラのフリをする。 
「……モグッ!」
 片手を上げて挨拶すれば、クヴァリフの手が伸びてくる。そのままモコを掴んで抱き上げたではないか。
 これに慌てたのは陽と恭兵だ。
(「モッ、モコさんがクヴァリフに捕まった……!? た、助けないと!?」)
(「待て史記守、下手に動けば√能力者だと気付かれる。状況を注意深く観察して……」)
 二人の焦りをよそに、クヴァリフはモコを興味深げに眺めている。
「随分と大きなモグラだ。さては虫を食べ過ぎたのじゃな? 強欲なモグラよ……だが、強欲な者は嫌いではないぞ」
 ふわもこずんぐりボディをモフったあと、すんなりと解放した。
(「よくわからないモグけど、なんか見逃されたモグ。すたこらさっさモグ」)
 これ幸運とばかりにモコは地中へと潜り逃亡。陽と恭兵は安堵の息をついた。一連のアクシデントに気付いていないアダンが、二人を不思議そうに見つめる。
「ん? 恭兵、史記守。どうしたのだ? 疲れた顔をしているが?」
 クヴァリフの姿がアダンから見えないよう位置取りながら、恭兵が逆方向を指差した。
「いやなんでもない。そんなことより、あっちにもっと大きなとうもろこしがあるぞ」
「おお……! 実によく育っているではないか! まさに食べ頃だな!」
 アダンの興味はたわわに実ったトウモロコシへと向く。
 ――忙しない心地に、陽は心の内で溜息をついた。任務なのだから、これくらいの緊張感がちょうどいいのかもしれないが。

第2章 冒険 『尾行』



 夏野菜の収穫を終えた面々は、トウモロコシ畑に囲まれた農道を進んだ。鮮やかな緑と鶸色の波を抜けた先、柔らかな陽光が差し込む林道へと入る。深緑の木々の向こうに赤い屋根が見えてきた。
 大きなログハウスのような建物は、農園で収穫した野菜料理を楽しめるビュッフェレストランだ。ちなみに野菜料理だけでなく、地元の畜産物を使用した料理や季節のフルーツを用いたデザートも楽しめる。広々とした店内に入ると、ビュッフェテーブルに数々の料理が並べられていた。
 手の込んだ料理からシンプルなサラダまで種類は様々。地元の小麦を使用して焼き上げたパンも用意されているので、野菜や卵を挟んでサンドイッチにしても美味しいだろう。食後には、桃やぶどうを使ったデザート、南国フルーツを楽しむのも良い。
史記守・陽
アダン・ベルゼビュート
静寂・恭兵
モコ・ブラウン

●夏野菜を食え!
「いやー、さっきは危うく捕まるところだったモグ。モグの演技力でなんとかカバーできたモグね」
 レストランの門をくぐりながら、モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)が言う。世間話でもするように話す彼女へと、|史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)はホッと胸を撫で下ろした。
「本当にどうなるかと思いました……」
「無事で何よりだ。さて、戦闘前の腹拵えと行くか」
 |静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)が扉を開けば、森の香りが漂う店内に、多種多様な料理が特命班を出迎える。並べられた料理を、モコは熱い眼差しで見つめた。
「ビュッフェ!!! いいモグね〜、美味しそうな料理がいっぱいモグ」
 一方で、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は店内を注意深く見回している。
「ところで、例の女神は……?」
「どうせあとで会うことになるんだ。今は食事を楽しもう」
 緊張感を漂わせる彼の肩へと、恭兵がぽんと手を置いた。あのマウント女神は今回も全料理を制覇するに決まっている。彼女の食べっぷりに対抗心を燃やしたアダンの胃袋が、戦闘前に死ぬようなことがあってはいけない。
 恭兵の懸念はさておき、彼の言葉自体にはアダンも納得したようだ。
「確かに、生命には敬意を払わねばならぬ。此の素晴らしいビュッフェ、楽しまなければ、其れこそ無礼と言うもの」
 皆の会話を耳にしながら、陽も料理の数々を眺めている。実を言うと食欲がない。最近あまり食事をおいしいと思えないのだ。気を遣わせてしまうだろうから言わないが。
 各々に温度差はあれど、食事の場に来たからには『食べる』一択だ。4人は席を確保し、さっそく料理を取りに行く。
(「食べようと言ったものの、どうすべきか……『好きな物』を取るのは、少し苦手だ」)
 トレイと皿を手に恭兵は思い悩んでいた。ビュッフェ形式と言うのは、実はあまり慣れていない。人の分は遠慮なく入れられるのだが、自分の物となると途端に手間取ってしまう。
 理由は別だが、陽もどの料理を盛るか考え込んでいる最中だ。
「ご飯ものとか麺類は止めておいた方がいいかな……」
 悩み続ける陽に気付き、恭兵が声を掛けた。
「史記守、もしかして腹が空いてないのか? それなら野菜だけでも……それと、アダンはとりあえず肉を食え」
 野菜サラダを皿に盛っていたアダンにも当然のように言う。アダンは恭兵の何も入っていない皿を見て眉を寄せた。人に食えと言っておきながら、自分の皿には何も入れないとは。
「おい、恭兵。俺様に肉を食えと言うのは構わぬが、代わりにお前の皿にも勝手に乗せるぞ」
 手始めに夏野菜をたっぷり使ったツナサラダと、トマトとバジルの冷製パスタを皿に盛ってやった。
 他方、モコも自分の皿へと山盛りに料理を盛り付けている。
「野菜のサンドイッチに〜、バーニャカウダもいいモグね〜」
 他にもマリネサラダや夏野菜を使ったスープカレー(甘口)等々。出来るだけ沢山のものを器に取った。モコの渋滞を起こしかけているトレイを見て、陽が目を丸くする。
「えっいや、持ってきすぎじゃないですか? 食べられる量にしておいた方が」
「もちろん、全部食べるモグ。全てきっちり食すのがモグラ流なのモグ! ほら、シキくんも! 栄養たっぷりモグよ?」
 モコは夏野菜が取り揃えられたビュッフェテーブルを指し示す。艶めく野菜たちを前にしても、陽の食欲はゼロから上昇しない。
「えっ? 俺も? 俺は大丈夫です」
 何が大丈夫なのかわからないが大丈夫らしい。陽の『大丈夫』は、相当な確率で大丈夫ではない……というのが特命班内での認識である。今回は大丈夫じゃない寄りの大丈夫だろう、たぶん。それを察したモコが、陽になんとか食べさせようとする。
「お腹空いてないのモグ? 食べ盛りの男の子なのにー。ほら、アダンくんと恭兵さんはちゃあんとお皿に盛ってるモグよ! それに野菜を食べないと栄養が足りなくなるモグ」 
「俺は皿に盛っているというか、盛られている状態だが……」
 恭兵が呟いた。申し訳ないと感じる反面ありがたくも思っているので、好きなようにさせているが。皿には野菜に肉類、ご飯物から麺類など、料理がバランス良く盛り付けられている。
「史記守、モコの言うとおりだ。もっと飯を食え。俺様が選んで盛り付けてやろう」
 陽が拒否する前にアダンが彼の皿を奪い、次々に料理を入れていった。皿はすぐに満杯になり、陽はどうしようかと思案する。
「こういう時は特製の味付けをして乗り切りましょう。夏と言えばスパイシーなものが食べたくなりますよね」
 取り分けられた料理にスパイスやホットソースをたっぷりかけ始めた。料理が赤く染まってゆく。
「……ちょっとまて、それはスパイシーどころでは無いのでは?」
 恭兵がぎょっとしたように赤い皿を見やった。モコとアダンも、その赤さに顔を青くする。
「そ、それを食べるのモグ?」
「痛覚がなくとも、見ているだけで辛さが伝わってきそうだ……」
 以前のクレープを越えるであろう激辛スパイスの数々に、アダンは目を逸らすしかなかった。
 料理を選び終え、4人は席へと戻る。お待ちかねのお食事タイムだ。
「ん~っ! お野菜が新鮮で、とっても美味しいモグね! パンもふわっふわモグ!」
 トマトにキュウリ、卵を挟み込んだ夏野菜のサンドイッチを、モコはもぐもぐと噛み締めた。トマトの酸味、キュウリの爽やかさ、そして卵のまろやかさと程よい塩味が調和する。ご満悦な様子のモコに、陽がキュウリのスティックを差し出した。
「モコさん、食べてみます? おいしいですよ」
 真っ赤なスパイスで、野菜が見えない。
「モグっ!? 辛いのはちょっと……みてるだけでお腹いっぱいモグ……! 少しずつ、練習しておくモグ……」
「えっ? 食べないんですか? おいしいのに……」
 残念そうな陽に心が痛むが、胃を痛めるわけにはいかない。流石のモコも断らざるを得なかった。
 一方で、恭兵とアダンも食事を楽しんでいる。
「どれもうまそうだな。それに綺麗に盛り付けされてる」
 トマトとバジルの冷製パスタの鮮やかな色合いが、恭兵の食欲を誘う。トマトの酸味と共に、さっぱりとした味わいが口に広がった。アダンも数々の料理を前に、礼儀正しく頂きますの挨拶をする。夏野菜のツナサラダを食せば、爽やかな野菜の味わいが、舌の上でダンスを踊るようだ。
「うむ! どれも美味いぞ! 胃の容量が決まっているのが、悔やまれるな。……ところで、例の女が──もごっ!?」
 それは突然の事件だった。常にアダンの動向を気にしていた陽が、ホットドッグをアダンの口に突っ込んだのだ。別席のクヴァリフに気付かれぬよう、アダンを黙らせるため。香辛料で真っ赤に染まりきったホットドッグを。 
「ゲホッゴホッ……!?」
 アダンは当然咳き込んだ。無痛覚故に辛さや痛さは無いが、喉の粘膜はしっかりダメージを受けている。
「あ、すみません、つい……」
 陽が謝罪するがアダンはそれどころではない。咽るアダンに恭兵が水を差し出した。
「大丈夫か? ほら、水だ」
 水を受け取り、アダンは一気に飲み干す。
「だ、大丈夫だ、問題ない……」
 反射的に香辛料を飲み込んでしまった分、喉と胃への影響が心配ではあるが。無痛覚故に被害の程度を確認できない。きっと大丈夫――そう思っておこう。

箒星・仄々

●しあわせビュッフェ
 清々しい森の香りに包まれたレストランには、シェフが腕を振るった料理の数々が並ぶ。艶やかな夏野菜はまるで宝石のよう。鮮やかに並ぶ料理たちに、箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は瞳を輝かせた。
「どのお料理も美味しそうです! 香りが食欲を誘います。自分で収穫してそれを美味しいお料理としていただけるなんて、とっても贅沢ですね」
 尻尾をふりふりとご機嫌にくねらせる。今はクヴァリフのことは忘れ、全力で食事を楽しむ構えだ。トレイに皿をのせて仄々は料理を見て回る。
「沢山あって目移りしちゃいますね。これはお腹と相談しないといけません」
 にゃーんと悩みながら、気になった料理を盛ってゆく。香り高いフレッシュトマトのパスタに、肉厚なナスのピザ、それに卵とキュウリとトマトのサンドイッチ。皿はあっという間に埋まっていった。自分の席に戻り、両手の肉球をぽにょんと合わせる。
「それでは、いただきます」
 まずはフレッシュトマトのパスタだ。フォークにくるくると巻いて口に入れる。トマトの酸味とパスタが調和して、口の中で美味しいメロディを奏でるようだ。美食は仄々の猫耳とお髭を喜びに震わせる。
「噛めば噛むほど、おいしさが口いっぱいに広がりますね♪」
 お次はナスのピザをぱくり。ジューシーさを楽しんだ後は、ふんわりまろやか&シャクシャク食感なサンドイッチを味わった。
「やっぱり新鮮野菜は味がしっかりしていますね。大地の栄養が沢山つまった美味しさってグーですよ」
 アイスティーを飲んでさっぱりすれば、もう一度料理の味を楽しめる。料理を平らげたあとはお口直しのデザートだ。持ってきたデザートは、旬の甘みが凝縮されたスイカのジェラードに、爽やかなブルーベリーのチーズケーキ。芸術品のようなデザートを、仄々は丁寧に切り分けて口へと運ぶ。
「しっかり甘く、それでいてしつこくない爽やかさ……美味しい♪ 大満足です!」
 沢山の料理があったが、まるで魔法のように胃の中へとおさまった。仄々は最後の一口を食べ終えて、ぽっこり膨れたお腹を撫でる。
「ごちそうさまでした。ふう、お腹がぽんぽこです」
 少し食べ過ぎかもしれないが、この後は体を動かすことになる。運動でカロリーを消費すれば、まるまる太ることはないだろう。
(「女神さんの様子をこっそり見てみましょうか」)
 お腹を休めながら、レストランをくるりと見回した。料理を全制覇する勢いで皿を積み上げるクヴァリフの姿を見つけ、思わず感心する。
(「女神さん、素晴らしい食べっぷりですね」)
 彼女に気付かれないよう食後のアイスティーを飲みながら観察する。幸せそうに料理を味わうクヴァリフに、仄々は今後の展開を想った。
 幸福な気分も、√能力者に襲われたら台無しになるだろう。少しだけ可哀想かもしれない。レストランの今後を思えば、見逃すつもりはないけれど。

第3章 ボス戦 『仔産みの女神『クヴァリフ』』



「ご来店ありがとうございましたー! またお越しください!」
 お会計を終えたクヴァリフは、店員の元気な挨拶を背にレストランを出る。人間の偽装は解かぬまま、彼女は森林浴を楽しむように歩き始めた。
「ふぅ……実に美味であった。やはり妾の目に狂いはなかったようじゃ」
 今度は配下も引き連れ、あの回転寿司店のようにレストランを乗っ取ってやろう。
 邪な野望を胸に抱き、彼女は森の空気を吸い込んだ。
 
 ――√能力者たちも食事を終え、クヴァリフを追って林道へと入った。
 彼女を襲撃し撃破することで、その望みを打ち砕こう。
アゥロラ・ルテク
シスピ・エス

●食後の運動
 美味しい食事をした後の森の空気は、いつもより格段と綺麗に感じる。クヴァリフが店から出た後、続いてレストランから出てくる人物が二人。
「美味しかったですね。僕はあの地鶏のトマトソース煮込みが好きです」
 ニコニコと爽やかな笑みを浮かべながら、シスピ・エス(天使だったモノ・h08080)は隣のアゥロラ・ルテク(絶対零度の虹衣・h08079)へと語りかける。アゥロラは穏やかな微笑を浮かべて頷いてみせた。彼女も夏野菜のビュッフェを心ゆくまで楽しんだ。旬の野菜を使った料理は、どれも大変に美味であった。満足げな様子のアゥロラに、シスピの笑みも一層深まる。
(「一緒にこっそり食事していたのですが……デートですよね、これ!」)
 食事を終えた今もなお、シスピの心は躍っている。クヴァリフの動向を確認しながらの食事ではあったが、他の√能力者の監視の目もあるわけで。そこまで気を張る必要もなかった。つまり『ほぼデート』だったわけだ。ご機嫌なシスピの表情に、アゥロラの気持ちも明るくなる。
「あのクヴァリフさん、店選びのセンスもありますし、配下さんに食べさせてるし。嫌いじゃないんですよね」
 シスピが話す声を聴きながら、アゥロラは林道を見やった。意気揚々と歩くクヴァリフの姿が見える。
 食事をたっぷり満喫した後は、食後の運動も大切だ。任務もしっかりこなせるのだから一石二鳥である。シスピが饒舌に話す間にも、アゥロラは別の世界――√ドラゴンファンタジーへと姿を眩ませた。別√に存在する力を行使し、密やかに|零《レイ》を発動する。
「さ、あとは他の能力者に任せて帰りましょう……あれっ、アゥロラ?」
 ウキウキとヴィークルに乗り込んだシスピだったが、そこで漸くアゥロラが居ないことに気付いた。
 フラッと何処かへ行ってしまった彼女を探すように周囲を見回して――星脈精霊術の気配にすべてを理解した。
(「……あー、アレですか。戦う気満々ってことですね」)
 前方を歩くクヴァリフへと、別空間より突如として現れた凍結の術が降り注ぐ。たとえ無数の触手が蠢いていようとも、凍らせれば身動きは取れない。
「――!? 誰じゃ!」
 人間への偽装を解除し、体を覆う氷を振り払いながら、クヴァリフが鋭い声を上げた。アゥロラは別√に居ながらも、クヴァリフを観察する。暑い夏の中で、凍える不思議な体験をプレゼントだ。不意を突かれて驚くクヴァリフに、アゥロラはしてやったりと双眸を細めた。あとはシスピに任せておけばよい。
 アゥロラの攻撃に乗じ、シスピがヴィークルを発進させる。
「アゥロラの攻撃を無駄にするわけにはいきませんからね!」
 アクセルを踏み込んでクヴァリフへと急接近。クヴァリフはアゥロラの√能力に行動を阻害され、動きを鈍らせている。その隙にライダー・ヴィークルから跳躍し、ライダー・キックをお見舞いした。シスピの燃え上がるキックがクヴァリフの背を激しく打ち、彼女を綺麗に吹っ飛ばす。
「はぁ~っ!?」
 クヴァリフは触手をクッションにしながら地面を転がった。ぼよんぼよんと跳ねる様は、情けなくもシュールだ。凍結で冷やしてから炎のキックで熱する……まるでうどんのような扱い……いや、うどんは茹でたあとに冷やすから逆か。
「あんなに美味しいレストランを乗っ取らせる訳にはいきません! 覚悟してください!」
 食後で気が緩んでいる間に、背後からの不意打ちであった。どちらが悪役か判らないが気にしない。此処は一つ、勝った方が正義ということにしておこう!

箒星・仄々

●美食を音楽に
 √能力者たちからの奇襲を受けながらも、クヴァリフはどうにか戦闘態勢を取った。
 彼女へと箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は、「めっ」と叱るように、まぁるい瞳をちょっぴり吊り上げる。
「今のままで最高に美味しいのですから、仔を仕込むだなんてダメですよ」
「そなたは農園に居た猫の怪異ではないか! まさか敵だったとは」
「怪異ではなく獣人なのですよ。お近づきのしるしに、とっておきの演奏をお届けしますね」
 驚くクヴァリフを前に、仄々はアコルディオン・シャトンをぽふんっと呼び出した。アコーディオンから響かせるのは、賑やかなパーティーを思わせる軽快な音色だ。ワクワクが溢れるメロディに、クヴァリフが眉を寄せた。
「この曲は……?」
「今回の収穫&ビッフェ体験を元にして生まれた曲です。名付けて『いただきますの冒険』♪」
 |たった1人のオーケストラ《オルケストル・ボッチ》の能力も旋律にしっかりと乗せて、仄々は高らかに歌う。
「♪お腹がぐーぐー鳴り出した。今日のご飯は何だろう。いただきますは、冒険の始まり♪」
 林道を包み込むように歌声とメロディが広がった。猫耳をぴこんと立て、尻尾もリズムに合わせて揺らしながら。仄々は元気に演奏を披露した。
「♪僕らの武器はお箸とスプーン、ナイフとフォーク。美味しい世界へ出発だ、笑顔で全部食べちゃおう♪」
 紡がれる歌と音はクヴァリフへと影響を及ぼす。旋律は上品な色彩を浮かべる音符となった。清潔な白、食器の銀色。煌めく音符が弾けて、森の空気をぶるぶると震わせる。
「チッ、震動で狙いが……」
 クヴァリフの御手で仄々を攻撃しようとするも、眼球も触手も思うように動かせない。絡まる触手を強引に解き、彼女は強撃を振るった。触手は激しく蠢くが、妨害にあっていた分、攻撃の軌道は読みやすい。仄々は音撃を放ち、迫る触手を音波の力で弾き落とした。
「食後の運動は大切ですが、激しく動き回るのはお腹によくありませんよね。女神さんはいっぱい食べたのでしょうし、もっとお腹を休ませてあげませんと」
 魔力を帯びた歌詞が形となり、大きなカトラリーとして実体化する。立て続けに襲い来る触手を弾き落とせば、触手に隠されていたクヴァリフの体が晒された。仄々はその隙を見逃さない。
(「美食の喜びを感じることで、女神さんが考え方を変えてくれたらよいのですが……」)
 素敵なレストランを乗っ取って仔を食べさせる野望を捨て、純粋に彼女が料理を楽しんでくれますように。
 そんな願いを胸に抱きながら、仄々は光の音符とカトラリーを差し向けた。
「女神さんの心に音楽で訴え続けましょう。美食は『そのまま』が一番です♪」
 虹色の五線譜が音符とカトラリー、記憶に残る美食の香りを運ぶ。音から生まれたそれらはクヴァリフの元へと一直線に飛び、次々と波状攻撃を与えた。まさに音のフルコース。絶え間なく運ばれてくる料理のようであった。

静寂・恭兵
モコ・ブラウン
アダン・ベルゼビュート
史記守・陽

●マウント女神への報復
「この無礼者どもがっ、妾の気分をよくも害しおって!」
 食後の幸せな気分を邪魔され、クヴァリフは怒り心頭のようであった。
 彼女を見て、|静寂《しじま》|・《・》|恭兵《きょうへい》(花守り・h00274)は確信する。
「やはり味を占めたが正解っぽいな……。今回は乗っ取る前に終わらせる」
 アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)が皆よりも一歩前に歩み出る。
「久方ぶりの再会だな、女神よ。ビュッフェを堪能しただけで満足か?」
「そなたは……胃袋凡人の√能力者ではないか」
 アダンの瞳の奥に業火が燃え上がった。
「貴様の食レポとやら……今回は特別に聞いてやろう。さあ! 俺様に語るが良い! 恭兵、カウントは任せたぞ!」
「ああ、任せろ」
 恭兵はスマホのタイマー機能を起動する。マウント女神の食レポを受け止める準備はできている。
「妾の食レポが聞きたいと? 何やら裏を感じるが――構わぬ。誰かに言いたくてウズウズしていたのじゃ! まずは地鶏のトマトソース煮込みについて……」
 |食レポ《マウント》開始と同時、アダンはこの日のために用意した√能力を発動する。発動させたのを見て、恭兵がタイマーのボタンを押した。
「アダンくん、クヴァリフに対しては何か特別な思いがあるみたいモグな……よーしここは、サポートに徹するモグよ!」
 アダンの並々ならぬ意気込みを感じ、モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)は再びモグラの姿へと戻る。
 一方で、|史記守《しきもり》・|陽《はる》(黎明・h04400)の頭上には宇宙が渦を巻いていた。
「俺は一体何を見ているんだろう……なんだろ……これ……」
 マウント女神、堪える師匠、冷静にタイマーを持つ静寂さん。順番に見ていくが、やっぱり意味がわからない。
「ほんとなんだろこれ。誰かツッコまないのかな……あ、俺は大丈夫です、ツッコみません」
 突っ込んだら何かと面倒くさそうだ。しかし意味不明ながらも、チャージ中は注意を引き付けた方が良いのは理解できた。
「シキくんが何か物言いたげな表情をしてるモグ……でもそのツッコまない判断は正しいのモグよ」
 後輩の成長(?)をモコはしっかりと褒める。戦場において、その判断力は強力な武器となるだろう。と、尤もらしいコトを言いつつ、クヴァリフの戦いが幕を開けた。
「む、そなたは農園で見た……」
 眉を顰めるクヴァリフへと、モコは大きい爪をふりふりと振った。
「やーやー、さっきはどうもモグ。一分くらいモグたちと遊んで欲しいのモグ」
 人語を話した時点で普通のモグラではないことを察したようだ。だがもう遅い。|土竜百鬼夜行《モグラ・デモクラシィ》を展開すれば、召喚された配下の野良モグラ部隊がズラリとクヴァリフを取り囲んだ。
「みんな、集合するのモグ! あのおねーさんをモッグモグにしてやるのモグ!」
「ラジャーッ!」
 モグラたちがクヴァリフへと押し寄せる。モグラ軍団のビッグウェーブに、クヴァリフは瞬く間に巻き込まれた。
「なんじゃこやつら……! も、もふもふ……」
 モッグモグのモッコモコにされるマウント女神。無生によりその場で産んだ『仔』ごと、モグラの波にもみくちゃにされている。可愛らしくも大迫力な光景を眺めながら恭兵は数珠を握った。
(「正直な話、俺が手を下さずともクヴァリフを倒せるだろう」)
 食レポマウントされた悔しさをバネに編み上げたアダンの√能力もあれば、成長著しい陽の√能力も控えている。最年長として、後輩や同僚の活躍に花を添えるべきではないかとも思うわけだ。
 傷だらけになりながら、クヴァリフがモグラの群れを振り払った。
「ふんっ、この程度! 茄子とベーコンのパスタのジューシーかつ旨味豊かな食感を味わいエネルギーを充填させた妾の敵ではないわっ!」
 その間にもマウントは欠かさない。
(「……まあ、万が一のこともあるからな。一応攻撃はしておいた方がいいな」)
 物量作戦を仕掛けた方が敵もやりにくいだろう。|花嵐連撃《カランレンゲキ》による支援を行うため、恭兵は拳銃のトリガーを引く。
「モグラの次は何じゃ……!」
 御手を恭兵へと差し向けるクヴァリフ。自身を絡め取ろうとする触手を、恭兵は数珠で縛り上げた。
「触手に抱かれるのはお断りだな」
 女神の抱擁を退け死霊を放つ。生きる者の生命力を奪う邪悪な死霊が、クヴァリフの体へと喰らい付いた。
 モグラと死霊の群れが彼女を怒涛の如く襲う。壮絶な光景に、陽がぽつりと呟いた。
「マウント女神がモグラまみれに……」
「あ、シキくんも混ざるモグ?」
 モコが小首を傾げて問う。
「えっと、俺は大丈夫です」
「大丈夫? さすがにそうモグか……」
 これは間違いなく「遠慮します」の大丈夫であろう。
 苛烈な攻撃を浴びつつも、クヴァリフはズッキーニのピザが美味しかっただの桃タルトが美味しかっただの、好き勝手マウントを続けている。
(「俺様は冷静だ。嗚呼、冷静だとも」)
 その度に、アダンの憤怒カウントが溜まってゆく。陽が戦場の状況を確認しながら、ふとあることを思い出した。
「ひとつだけ彼女が食べていないものがありますよ。お店の人が偶々試作していた『阿鼻叫喚地獄級デス激辛カレーパン』」
 袋から陽が取り出したカレーパンと呼ばれたソレは、やたらと赤い粉が塗されている。
「史記守、それは……」
「絶対辛いモグ……」
 恭兵とモコがごくりと息を呑んだ。二人の反応に構わず、陽はクヴァリフへと語りかける。
「辛すぎて店に出すわけにはいかないし、お店の人も食べられないからってお土産に貰ったんです。よければおひとついかがですか? 怪異だからきっと食べられますよね」
 無邪気な笑顔でソレを差し出す。無駄に対抗心を燃やしたクヴァリフが啖呵を切った。
「妾に食せぬものなどないわ!」
 何の準備もなしにソレを口にする。アダンも一瞬だけ怒りを忘れ、固唾を飲んで見守った。
「あれを平然と食す事が出来るのだろうか……?」
 クヴァリフはソレを咀嚼する。もぐ、もっ――。
「カアアアアアアアアアアアッァ!?」
 クヴァリフが青白い肌を真っ赤にし口から火を噴いた。|善意《ゲキカラ》の炎が、彼女の体内を駆け巡る!
 つまり、凄まじく辛かった……。
「え? そんなに辛いですか? これ」
「とっ、当然じゃろうがぁ! こんなもん食いおって正気か!?」
 まさか怪異に正気を疑われる日が来ようとは。ちょうどその時、設定しておいたタイマー音が鳴り響く。
 60秒の経過――さあ、裁きの刻が訪れた。
「フハッ……恭兵、史記守、モコ。今のタイマー音を聞いたな? 確と聞いたな?」
 アダンはくつくつと笑っていたが、しだいにその笑い声は大きくなる。
「フ……フハッ……フハハハハッ!!! 待ちに待っていたぞ、此の時を! 特に! 限定メニューは俺様の胃袋事情故に食べたくても食べられなかったのでな、合法的に八つ当たりが出来るのは最高だ!!!」
「そなたの胃袋の弱さから来る苛立ちを妾にぶつける気か!?」
 被害者ぶるクヴァリフだが、そもそもマウントを取らなければ良かっただけである。
「おっと、口が滑った。まあ良い。此の憤怒の儘に焼き潰してくれる!!! 胃の中身ごと燃え滓になるがいい!!!」
 |覇王の憤怒《トクニ・メシテロ・ユルサヌ》を解き放った。
「アダンくんやっちゃえモグー! ブチかませモグー!」
 モグラ部隊と共に応援するモコ。声援を受け、アダンは超高火力の魔焔を脚に纏い流星の如く駆ける。刹那の間にクヴァリフへと肉薄。怒りに任せた蹴撃を中心へと叩き込んだ。
「ギャアアアアアッ!!!?」
 憤怒の炎が火柱を上げ、彼女の身を滅する。
 あとは燃え朽ち果てるだけ。怪異の骸から視線を外し、恭兵はアダンの横顔へと目を向けた。
(「なんと言うか、アダンも随分人間らしくなったものだな」)
 長期的な視点で見た時、それがアダンにとって望ましいかどうかは判然としないが。少なくとも、恭兵にとっては喜ばしいことであった。

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