シナリオ

紅茶がいざなう、お菓子な世界

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●ダンジョン入口
「……これでよし、と。この香りなら、きっと当たりを引けるはずですわ!」
 小さな本のようなものを手にした魔法使い風の冒険者が、何かを真鍮の皿に置いた。皿の下で揺れるキャンドルの炎が、それをじんわりと炙っていく。
 ほどなくして、甘く濃密な香りが幾層にも折り重なって空気に溶け出す。そのクリームやベリー、シリアルのフレーバーに呼応するように、重厚な扉が淡い光を帯び始めた。

●ご案内
「ダンジョン産の紅茶、試されたことあります?」
 空調の効いた室内に集まった√能力者たちを前に、リリィ・インベント(編纂者の蕾・h00075)は問いかけた。カウンターの裏で何やら準備していた彼女は、「こちらです」と言って、白い小皿に乗せた茶葉と、本を模した缶を差し出す。
 小皿を手に取ると、フルーティーな香りがそっと肌をくすぐった。

「それは、ダンジョン『エンソン』で採れる紅茶の一種と、その容れ物です。味は、√EDENのダージリン……セカンドフラッシュに近いでしょうか。マスカットのような華やかさが楽しめます」
 やかんを火にかけながら、リリィは続ける。

「このダンジョン『エンソン』では、他にも、様々な味わいの茶葉が生成されます。ストレートなものから、フルーツ入り、甘いフレーバー付きのものまで——多種多様です。でも、中まで採りに行く必要はありません。入口のお店で購入できるんですよ。
 缶はすべて本を模したデザインで、茶葉ごとに装丁が異なります。どれも、とっても素敵なんです」
 リリィは紅茶缶を手にとって、革装本のような背の凹凸に、そっと指を滑らせた。そして、ぐっと身を乗り出し、声を潜める。

「ところが、それだけじゃありません。この茶葉——特殊ダンジョンの“鍵”にもなっているんですよ」

 ダンジョン『エンソン』。そこは、“ランダムに生成される茶葉が入った、本型の紅茶缶”が出現するという異色の存在だ。
 そして、その入口には、紅茶専門店『ティールーム・エンソン』が店を構えている。ダンジョン管理も行うこの店は、冒険者達が回収した良質な紅茶缶——『冒険の本《あいこと葉》』が販売されており、お土産やコレクションとして好評だ。
 そのダンジョンに、先日、新たな仕掛けが発見された。入口の扉に据え付けられた、真鍮の皿——その上で茶葉を熱することで、茶葉ごとに姿と難易度を変える“特殊ダンジョン”が開かれるというのだ。

「紅茶屋さんでお好みの茶葉を選び、それを“鍵”にして挑戦する——そんな流れですね。一缶100gの紅茶缶ですが、特殊ダンジョンの発現に必要なのは20g程度。余った茶葉は持ち帰って飲めますし、飲まずにとっておけば、同じ構造のダンジョンに最大五回入れます」
 リリィは微笑み、一言添える。
「もちろん、お茶だけ買ってきても良いですよ。私みたいに」

 ガラスポットに茶葉を入れ、沸いた湯を勢いよく注ぎ、蓋をする。砂時計をくるりと返し、リリィは改めて皆に向き直った。

「紅茶缶を選んだら、店員さんに『お菓子も選びたい』と伝えてください。ダンジョンに入る扉へ案内されます。
 ちなみに、特殊ダンジョンの中は、アイテム持ち込み不可な“お菓子の世界”。武器や防具、罠や敵——世界のすべてがお菓子で出来ていて、現地で拾ったお菓子の装備のみで踏破を目指すルールです。選んだ茶葉でダンジョンの構造や難易度が変わるので、歯応えも運次第、人それぞれ——いえ、茶葉それぞれ、ですね」

 踊っていた茶葉が沈み、時計の砂が落ち切った。湯気を立てた紅茶が、温められたカップにそっと注がれていく。

「特殊ダンジョンを抜けた先は、皆が同じ場所——現在の到達最下層にたどり着きます。そこでは、先達の方がティーパーティーを開いているようですよ。もしかしたら、買った茶葉を飲めるかもしれませんね」

 現在、ダンジョンの遺産はおろか、到達最下層の先に通じる入口すら見つかっていない。それでも、不思議で甘い冒険が楽しめそうだ。

 差し出された紅茶の湯気が、やさしく宙を舞っている。
 ダンジョンに挑むも良し、買い物だけして帰るも良し。琥珀色の一杯を楽しみながら、思いを巡らせるのもいいかもしれない。そんな時間も、きっと物語の一葉となる。

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第1章 日常 『ブック型の缶が売りの紅茶専門店』


●紅茶専門店『ティールーム・エンソン』
 評判のカフェが立ち並ぶ大通りを逸れ、住宅街が顔を見せはじめる頃、白い塗壁に黒鉄の看板を掲げた、古い図書室のような店が姿を現す。

「いらっしゃいませ」
 重い木の扉を開けて店内に入ると、目を奪うのは巨大な本棚。だが、よく見れば、ずらりと並ぶ背表紙は金属の鈍い輝きを帯びている。——古い洋書のような装丁に見えるそれらは、すべて紅茶缶なのだ。
 高さも幅も色も様々なその本たちは、自由に手にとって、茶葉の香りを確かめることができる。

 きっと、あなただけの一冊、あなただけの『冒険の本《あいこと葉》』が、静かに息を潜めている。
 まだ見ぬ冒険の香りが、あなたをそっと待っている。
アドリアン・ラモート
弓槻・結希

●昼と夜のひとひら
「ダンジョン産の紅茶かぁ」
「天上界の遺産が影響して作られたのが、ダンジョンですから……ともすれば私達、セレスティアルの住んでいた天上界の茶葉かもしれませんね」
 道すがら、アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)と弓槻・結希(天空より咲いた花風・h00240)の会話は弾んだ。揃って紅茶好きの二人は、話に聞いたティールームを訪れることを心待ちにしていた。
(好みに合う紅茶に出会えるといいな)
 アドリアンはそう思いながら、重厚な木製のドアを引く。

 店内は、うっすらと茶葉の香りを纏っている。そのなかで、大きな本棚が存在感を放っていた。アドリアンに促され、先に足を踏み入れた結希の青い双眸が、踊るように本の並びをなぞっていく。
「これがすべて、本の形を模した紅茶缶なんて——」
「ランダムに生成される茶葉が本型の紅茶缶に入ってるってのは、なんだか面白いし、お洒落だよね」と返すアドリアンに、結希が頷く。
「——素敵ですよね、アドリアンさん」
「じゃあ、早速選んでいこう」
 二人は、吸い寄せられるように本棚へ向かう。
(ひとときの癒やしの香りが手に入れば——)
 結希の願い——幸いの風を喚ぶ翼の祈りは、この場所のどこかで、叶えられるのを待っている。

 二人並んで、本棚に指を滑らせる。気になる一冊——紅茶缶を取り出して装丁に触れ、秘めた物語を探っていく。天が開くもの、背表紙がスライドするもの、中央から見開きにするもの。ひとつひとつ缶を開いて、茶葉の様子を確認し、香りを楽しんでいく。
「試飲ができないって事だから、こうして選ぶしか無いんだけど……弓槻はどれにするか決めた?」
 かしり、と開かれた背表紙を戻しながら、アドリアンは結希に話しかける。
「いえ、まだ。でも、こうしていると……まるで本が、香りで織りなす物語を届けてくれるかのよう」
「確かに、そんな気がするね」
 そう微笑み合い、本から本へ。次第に二人は、香気漂う世界に引き込まれていく。

 どれくらいの本を開いたのだろう。ひとつの缶を開いた瞬間、燦々と輝く太陽が店内を満たしたような気がして、アドリアンは周囲を見渡した。先ほどまでと変わらない店内に、その感覚が、手にした紅茶から思い起こされたのだとわかる。オレンジがかった金の芽が惜しみなく入った茶葉は、柑橘の香りを雄弁に語っていた。
「僕は、この缶にするよ!」
「決めたんですね? ……わ、良い香り」
 日溜まりのような明るい茶色に、金の箔押しが施された装丁の缶に収まるこの紅茶は、弓槻も気に入ってくれそうだ。
(アドリアンさんがオレンジを選ぶなら……)
そう思いながら缶を開いた結希もまた、細く艶のある黒い茶葉に、瞬く間に心をさらわれていた。一輪の薔薇を言葉に認め、夜の煙に綴じられた一冊を開く——そんな心持ちに、思わず手にした缶を改めて眺めてしまう。これならきっと、キームンに似た花のような甘やかさと、渋みの低さが楽しめるだろう。ミルクティーにしても、優しく寄り添ってくれそうだ。
「私は、この紅茶を。今度、午後のアフタヌーンティーにお誘いする時の為に」
「今度、アフタヌーンティーに誘ってくれるの?」
(午後の優しい物語のひととき、アドリアンさんと共に過ごせますように)
 顔を綻ばせるアドリアンの様子に、夜の霧で染めたような表紙に薔薇色の装飾を引いた紅茶缶を抱いた結希は、たった今“約束”へと変わったその日へと想いを馳せた。

「なら、この後のダンジョンとお茶会は僕の茶葉を使おうか。弓槻の選んだ茶葉は、アフタヌーンティーの日のお楽しみってことで」
「そうですね、アドリアンさんの紅茶も楽しみです」
そう話す二人に、「お決まりですか」と、口髭を綺麗に撫でつけた店員がそっと近づいてくる。
「はい。お菓子も選びたい、のですけれど」
「それでは、どうぞこちらに。一緒に冒険される場合は、お二人で同時に扉を潜ってくださいね。同じダンジョンでも、違う時間軸に飛ばされる——そんな話も、聞いたことがありますから」
 それぞれ選んだ紅茶缶を手に、アドリアンと結希は店員に導かれていく。ダンジョンとその後のお茶会、そしてアフタヌーンティー。たくさんの物語が、きっと二人を待っている。

エフェリーナ・レプス・クレセントハート
パトリシア・バークリー

●フレッシュサマーとミルククラウン
「『ティールーム・エンソン』って、紅茶通なら当然知ってる名前ね。あたしもいくつか、缶入り茶葉をもらったことある」
 茶色のポニーテールを振って、大通りを歩きながら、パトリシア・バークリー(アースウィッシュ・h00426)は、これまでに貰った『エンソン』の紅茶缶を思い出し、目を細めた。黒看板が見えてくる。目指す場所は、もうすぐそこだ。
「どの茶葉も、それぞれ違う個性でね」
「そんなにいいお店なんだ。パティは紅茶に詳しいんだね」
 エフェリーナ・レプス・クレセントハート(旅芸人のエフィ・h05087)が白い耳を揺らして答える。パトリシアが一緒なら、相談に乗ってもらえそうだ。
「そうなの。その店に行けるなら、何を置いてもよ」
 看板を確認して、「ここだね」と頷きあう。重い木製のドアをぐっと押せば、微かな茶葉の香りが舞った。

 香りのなかに自分を浸すように、そっと二人で店内に入れば、目に飛び込むのは巨大な本棚。
「わぁ~、いっぱいあるねっ」
 並んだ紅茶缶の背表紙が、開けたドアから差し込んだ光を反射して、輝きを返している。エフェリーナは跳ねるように本棚へ近づき、その一冊を手に取った。
「こんなに素敵なデザインが、一品物として生まれるなんて……なんだか夢みたい」
 パトリシアにとっても、本棚に収まった姿を見るのは初めてだ。どれも、自分の持っている装丁とは違っている。ドアが閉まるまでの一瞬、外の光に照らされた本たちは、まるで自分を誘っているようだった。
「じゃあ、早速選んでいく? どうするのが良いのかな?」
「試飲はできないらしいけど、缶を開けて香りを探ってみるのはどうだろ? エフィはどんな紅茶探してるの?」
「そうねぇ、私はストレートでおいしいのがいいなぁ。手伝ってもらってもいい?」
「もちろん。あたしはアッサムに近いリーフを探してみようかな?」
 パトリシアは近くの一缶を手に取り、表紙を捲る。果実と花蜜の軽やかな香りが頬を撫でていく。
「この辺かな……? セイロン系に近い香り。ストレートで飲むのに、ちょうど良いと思うよ」
 もう一缶確かめて、エフェリーナに手渡しする。そのとき、口髭を丁寧に撫でつけた店員がそっと声をかけてきた。
「近しい香りの茶葉は、なるべく本棚でも並ぶようにしております。比べられる際は、こちらのガラスキャビネットの上もお使い下さい」
 パトリシアとエフェリーナは店員に感謝を告げる。
「それじゃあ、私はこっちを見てみるね」
「あたしはそっちを探してみようかな」
 二人だけの“冒険の本”は、きっと近くに潜んでいる。

 エフェリーナは、パトリシアに教えてもらった香りを参考に、いくつかの紅茶缶をキャビネットに並べる。装丁を撫で、缶を静かに開く。花のなかに覗く柑橘の香りを、追いかけていく。そして、キャビネット上に何冊も本が並んだ頃。舞台衣装のリボンと同じ、晴れた空色の本を、かちゃり、と広げた途端、店のなかだというのに、日差しのなかを爽やかな夏の風が吹き抜けた。乾いた花びらが優しく舞っているような気がして、思わず周囲を見渡してしまう。それが茶葉の香りだと気づくと、エフェリーナはそっと息をついた。

 パトリシアは、焦がした砂糖のような香りを求めていた。本を開いては、フルリーフのシルエットを探す。そして、時間の感覚が香りのなかに溶けきったころ、ふと目を留めた、深いブラウンの缶。それを開いた時、気がつけば、パトリシアは日暮れの温もりに抱かれていた。キャラメルの甘い香ばしさが、季節の輪郭をぼかしていく。
(帰ったらマサラチャイを作って、旅団の皆に振る舞おう)そう決めて、パトリシアはエフェリーナの傍へと歩き出した。

「あたしはこの茶葉にする。でも、20gはダンジョンへの切符になっちゃうのよね。もったいない」
「たしかに20gあれば結構飲めるよね。でも——それならその分、いいお菓子をお土産にしようよ」
 ダンジョンを思い描きながら、二人は「お菓子も選びたい」と伝える。
「もしご一緒に冒険される場合は、どちらかの茶葉をお使いになって、一緒に扉をお潜り下さいね。別々の茶葉だと離れ離れになってしまいますから」
 話を聞きながら、店の奥へと案内される。新しい冒険の一冊が、静かに開かれようとしていた。

アニー・ホーキンス

●春の輝きを探して
 店内に足を踏み入れると、茶葉の香りが仄かに揺蕩っていた。アニー・ホーキンス(h07875)は店内をぐるりと見渡すと、お下げを揺らして本棚の前へと向かう。そして、黒いエプロン姿の店員に話しかけた。
「ね、店員さん♪ ダージリンのおすすめはどれですか? 私、春摘みのダージリンにめっちゃハマってるの☆ ライムをスライスして浮かべたり、ソーダでシュワッと割ったり、超オシャレでしょ♡」
「春摘みのダージリン、ですか。お若く溌剌となさったお客様に、良くお似合いかと。当店ではダンジョン産の茶葉を取り扱っておりますので、ダージリンそのものはありませんが……きっと、お客様がお好みの味があると思いますよ。そうですね、近しいのは——このあたりでしょうか」
 口髭を綺麗に撫でつけた店員は、本の中に閉じ込められた香りを確認しつつ、隣のガラスキャビネットにとん、とん、とん、と小気味よく紅茶缶を並べていく。そのなかには、アニーが望むピンク色の装丁もいくつか含まれている。
「どうぞ、香りをお確かめください。摘みたての花を両手で包んだような華やかさと、若葉の青さが覗くものを選びました。どれも、お客様にきっと気に入っていただけると思います」
 勧められるまま、アニーは本を手に取った。表紙を開くように蓋をあけ、香りを確かめる。香気がふわりと顔を撫でた瞬間、店内がほんのり明るくなったような気がした。お気に入りの気配が、たしかにそこに見え隠れしている。
 可愛らしい桃色のものを中心に、香りを味わいながら、装丁を比べる。そのたびに、時間が、紅茶に落とした砂糖のようにそっと溶け出していく。

 最後にアニーが選んだのは、艶やかなピンク色の、少し小さな紅茶缶。ラメをまとったように、光を散らし、きらめいている。
「ありがとう店員さん☆ とっておきが、見つかった気がする♪」
「それは何よりです」
「そうそう、『お菓子も選びたい』って合言葉を言うと、お菓子のダンジョンに行けるんだよね?」
「はい、ご要望であれば。どうぞ、こちらに」
「私、お菓子ラブすぎるから、楽しみ♪」
 店員に連れられ、アニーは缶を抱いて店の奥へ向かう。夢のような冒険が、まもなく始まりそうだ。

結・惟人

●花蜜をめぐる冒険
 ずらりと並ぶ本たちを前に、竜尾がゆらりと揺れている。
「これが全て、紅茶缶なのか……?」
 結・惟人(桜竜・h06870)の金瞳が、本棚をすっとなぞっていく。本の形をした紅茶缶、というのも新鮮だが、これほど紅茶が並ぶのを見ることは、これまでになかった。
 試しに、手近な一冊を手に取ってみる。深い緋色の装丁が、惟人の目を惹いていた。指に力を込めると、するりと背の部分がスライドして、中の茶葉がそっと姿を覗かせる。装丁からは想像できなかった若々しい草いきれの香りに、尾の先がひらりと舞った。
(あぁ、良い香り……)
 これらが全て、紅茶缶なのか。
 普段の惟人は、家主が選んだ銘柄の紅茶を買い続けている。十分に美味しい日々の紅茶に不満を覚えたことはないし、これからもきっとそうだろう。しかし、此処で自ら、お気に入りを発見してみたい。その想いが、今日の惟人を突き動かしていた。思えば、こうやってじっくりと、紅茶を選ぶことすら初めてだ。
(どれにしようか迷ってしまうが、とても心躍るな)
 見た目も素敵なこの本たちは、飾るのにも持ってこいだ。並ぶ背表紙に指を滑らせながら、目に留まった缶に手を伸ばしていく。惟人の冒険は、もうこの店から始まっている。

 本を手に取り、装丁と香りを味わって、棚に返す。湯が茶の色に染まるように、惟人の時間も店の空気に溶けていく。
 そうして、しばらく時間が過ぎた後。惟人は棚の高みにひっそりと佇む、深緑の背表紙に目を留めた。
(あの紅茶缶も、素敵だ)
 少し背伸びをして取り出したそれを開くと、花蜜のような、甘い香りが周囲に満ちる。初夏の庭に咲く花々の思い出を、何年分も集めて綴じたような香気に、見知らぬ空間へ飛んだ錯覚さえ覚える。室内だというのに、夏の日差しが顔に当たるようだ。
「……これが良いな。あの中庭で、これを飲んでみたい」
 この本に宿る物語は、きっと、お気に入りの中庭にも似合う。

(でも、その前にダンジョンへ行かないとな。さて、この茶葉はどんな道を示すのか……)
合い言葉を伝え、惟人は店の奥へと向かう。初めての紅茶選びは、まだ見ぬ道に続いている。

不忍・ちるは
クーベルメ・レーヴェ

●ほんわかと、わくわくと
(紅茶はすきですが、この中からひとつを選べるほど詳しくなくて……)
 目の前の巨大な本棚に圧倒されながら、不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)は背表紙の波に目を泳がせていた。こんなときは、すきなひとのすきを聞くに限る。
「クーちゃんはどういうのおすきですか?」
「どういうのが好きかって?」
 問いかけられたクーベルメ・レーヴェ(余燼の魔女・h05998)も、本棚を眺めながら首を傾げた。
「うーん……。好きなものはいっぱいあるし、色々飲みたいから。悩んじゃう!」
「クーちゃんも、そんな感じですか」
「これから選ぼうって時に、参考にならない意見でごめんね~?」
「ううん、ほっとしました」
 これだけの紅茶を前にして、悩んでしまうのは皆同じ。
「だから。今の気分に一番合ったものを選べば良いと思うわ」
「ですね」
 ふむふむと頷き合い、ちるはとクーベルメは、改めて本棚に向かい合った。

(私は、装丁で選んじゃおう)
 クーベルメは、目線の高さに並ぶ紅茶缶を、一つ一つと確かめていく。枠と線だけのシンプルなもの、金の箔押しをした豪華なもの、装飾がない代わりに、何年も読み継がれたような変化を再現したようなもの——色もデザインも様々な本たちは、それぞれに何かを主張しているように感じる。
 そして、見つけた一つの紅茶缶。おすましした金髪の妖精が表紙に描かれ、幻想的な美しさを纏っている。
「これは……タイトルとか、あるのかな?」
 近くにいた店員が、それに答えた。
「その缶を持ち帰った冒険者は、『妖精の悪戯』と呼んでおりました」
「妖精の悪戯……。どんな味なんだろう?」
「是非一度、香りをお確かめ下さい」
 クーベルメは、促されるままに、美しい表紙を外すようにそっと蓋をずらす。途端、スパイスの香りが周囲を舞った。本の中から妖精が飛び出したような気がして、思わず店員の方を見る。
「楽しいでしょう? コクと香りのバランスが良い紅茶に、ジンジャーやスパイスで悪戯されたような味わいではないかと。飲まれる際には、さらなる隠し味が顔を出すかもしれませんね」
「……私、これにします!」
 とっておきの悪戯妖精を、クーベルメは捕まえた。

 ちるはもまた、装本を頼りに選んでいた。並ぶ本の背を目でなぞり、時折、指で手触りを確かめて、ピンとくるものを探していく。
 しばらくして、紺色の缶の背表紙に、金で描かれた星印に目を奪われた。吸い寄せられるように手に取ったそれの表紙に描かれているのは、美しい夜空。天の川が、横断するように流れている。
(真っ先に目に入った背表紙の星は、なんだか一番星みたいですね)と微笑みながら表紙をかちゃりと開けば、繊細な甘い香りが控えめに辺りに漂った。涼しさにそっと包まれたような気配に、ちるははつい、周りを仰ぎ見る。——この涼しさは、紅茶のフレーバーだ。水ようかんのつるんとした小豆の香りが、先ほどまでの店内と違う景色をちるはに見せていた。
「甘い香りで、後味もすっきりしていそう。私、これにします」
 ちるはのすきな“星”と“餡子”が、紅茶缶のなかで出会う。それはまるで、彦星と織姫のようだ。初夏の涼と幸せが、きっとその味に秘められている。

「ちるちゃんも選べたみたいね」
 星空の紅茶缶を抱えたちるはの元に、クーベルメが戻ってきた。
「私は、こしあんの香りに導かれました」
「なるほど。導かれちゃったか」
 ちるはが缶をそっと開いて、茶葉の香りをクーベルメに伝えた。
「ちるちゃんらしいチョイスだね」と納得して頷くクーベルメに、ちるはが「クーちゃんのは……?」と問いかける。
「私のはね、『妖精の悪戯』だって」
「……何かが起こるキセキの味、でしょうか?」
 今度は、クーベルメがちるはに香りを伝える番。妖精の悪戯が効いた香りに、思わずちるはは破顔する。クーベルメの日々の楽しさを、そっと紅茶に宿らせたようだ。
「しかもね、私の妖精の悪戯は、まだ隠し味がありそうな予感があって。わくわくするでしょ?」
 お互いのお茶を分かち合う時間に想いを馳せながら、会計を済ませる。
「もしお二人でのダンジョン探索をご希望でしたら、同じ茶葉を使って、一緒に扉をお潜り下さいね。迷子になるといけませんから」

 ほんわかと、わくわくと。あとのお味は、飲んでからのお楽しみ。

道明・玻縷霞
逝名井・大洋

●月夜を臨む
 揺蕩う紫煙の向こう、遠目に目的の店が見えている。コンビニエンスストアの駐車場隅にある喫煙所で、道明・玻縷霞(黒狗・h01642)と逝名井・大洋(TRIGGER CHAMPLOO・h01867)が煙草を燻らしていた。
「今度は紅茶ですか……。√ドラゴンファンタジーは本当に不思議な物が多いです」
「紅茶専門店に秘密のダンジョン……まるで夢のようなデート、もとい捜査依頼じゃないですかぁ」
 玻縷霞の溜息混じりの呟きに、大洋が笑って応じる。
「大洋さんの気持ちも分かりますが……捜査は気を抜けませんね。では、そろそろ行きましょうか」
「はぁーい、行きましょールカさん!」
 手早く煙草を仕舞い、喫煙所を後にする。玻縷霞は普段と変わることなく、大洋は踊るように軽やかに歩いていく。捜査の始めは、聞き込みからだ。

 少し重めの木扉を開けると、夏の日差しが店内に差し込み、幽かな茶葉の香りが入れ違いにドアから出ていった。目の前に鎮座している巨大な本棚が、光に照らされ、一瞬輝きを見せる。
「本当だ……! 紅茶屋さんなのに、本屋さんみたい!」
 驚く大洋の目に反射する本棚の煌めきが、玻縷霞の目に映る。
(大洋さんも紅茶が好きですから……随分楽しそうです)
 玻縷霞は大洋と並んで本棚へと歩み寄った。手近な一冊を手に取って、様子を観察する。本の耳が溝になっている。親指で背表紙をそっと押すと、かしっ、という乾いた音とともに、背がスライドした。中に隠れていた茶葉から、ウィスキーのようなモルト香が立ち上る。
「……なるほど、これが鍵になるのですね」
 改めて本棚を一瞥して、二人は聞き込みに取りかかった。豊かな馨は、香だけでなく、その殸も確かに聞かせてくれる。
 大洋は、目を惹いた紅茶缶を次々と。玻縷霞は、角から順番に。手に取り開いては、秘められていた香りを確かめていく。草いきれ、バニラ、シナモン——色も形もそれぞれの本に住む者たちの殸は、どれも二人の心に、鮮やかに響く。

 何軒を訪れたことだろう。目に留めた蒼の背表紙に、大洋は指をかけた。水平線に浮かぶ三日月を描いた表紙。澄んだ蒼に塗られた缶は、夜明け前の空にも見える。見開きのイラストを眺めるように本を開けば、眼前に表紙の景色が現れた。ミントにも似たメントールの、ひんやりとした爽やかな香りが強い。空に浮かぶ三日月の鋭さが印象的に映る。風に乗って、どこからか花の香りが舞い込んでくる。
 まるで白昼夢を見たようだった。
(この馨が気になるな……。ミントっぽかったけど、効能も似てるのかな?)
 そんな想いを巡らせながら、紅茶缶を掴んで、大洋は相棒の元へと向かう。

 玻縷霞もまた、気になる馨を掴んでいた。
 本棚に指を走らせて、最上段を端まで歩き、下の階へ折り返したところで手に取った、一つの紅茶缶。その表紙には、月を見上げる黒狼の姿が描かれている。その月を持ち上げるように表紙を上にスライドさせれば、足元にラベンダー畑が広がった。しんと静かで落ち着いた、良い夜だ。ハーブのように爽やかな月の光が、自分の姿を照らしている。何かが、優しく毛並みを引いている……。

 ふと気がつくと、玻縷霞は大洋に袖を引かれていた。自分の仕草に慌てた大洋が、謝ってくる。
「ボクってば、ガキみたいに袖を引いちゃってんじゃん! はしゃいじゃってゴメンなさい!」
「いいえ、これだけの種類があるのですから楽しくなるのも分かります。私も、これ程の量を見るのは初めてですからね。気に入ったものは見つかりましたか?」
「はいっ! ボクのはこちら、三日月の表紙がクールっしょ? ルカさんも、気になる紅茶缶、見つかりましたか?」
「えぇ、気になったものはこちらです。表紙に月と犬……いえ、狼でしょうか。香りも表紙のように、素敵でしたよ」
「わぁ…この缶となんだか上下巻みたいに見えますね!」
「確かに。似た雰囲気を感じますね」
「ふふ、今度仕事終わりに淹れてあげますよぅ! だって、ボクが紅茶に夢中になった理由は……」

「お決まりでしょうか?」
 話が弾んできたところに、店員がそっと声をかけてきた。
「——っとと、話の続きはまた後程! お会計で!」
「かしこまりました。もし二人でダンジョンに挑まれるなら、どちらかお一人の茶葉を使って、一緒に扉をお潜り下さい。離れ離れに飛ばされるらしいですから」
 捜査は、次の段階に進む。

マルル・ポポポワール

●虹を浴びて
 入口の黒看板を前にして、マルル・ポポポワール(Maidrica・h07719)は傍に浮かぶ風狐の精霊——フレンシカに話しかけた。
「ダンジョン産の紅茶に、お菓子の世界……。ふーこちゃん、私、とっても気になります! いざ探検に出発です!」
 この重い木扉の向こうに、未知の世界が待っている。

 茶葉の香りが薄く漂う店内には、巨大な本棚がどんと座っていた。中には沢山の本——紅茶缶が並び、何人かの客が中の茶葉を比べている。赤、緑、青。カラフルな背表紙の並びが、マルルの目に飛び込んでくる。
「可愛いデザインの紅茶缶ばかりで、目移りしちゃいますね……」
 マルルの囁きに、ふーこちゃんが尻尾を振る。それに笑顔を返しながら、マルルは、皆の姿を頭に描いていた。
(皆さんへのお土産も買いたいところですが……それは帰りまで我慢ですね)
 この先も、探検の時間は続くのだ。荷物は少ない方が良い。
「では。私の好きなフレーバーを探しましょう! ふーこちゃん、香りを風に乗せて探せますか?」
 その頼みを受けて、風狐がふわりと店内を泳いでいった。うっすらとマーブル模様に空間を満たしていた茶葉の香りが、マルルの元へと届けられていく。精霊が整えた香気の流れが、虹のようにマルルへと降り注ぐ。焦がした黒糖、柑橘の皮、ミモザの花、若草、メントール、薫製の煙、干し葡萄——色とりどりの香りを浴びながら、マルルは好みのフレーバーを探していく。

 不意に、その瞬間は訪れた。風のなかに混じった、淡く瑞々しい果実の気配。時が飛んで、急に夏の終わりが近づいたような感覚に、編み込みが跳ねた。
「あった! ふーこちゃん、今のはどれです?」
 風狐が示すそれは、爽やかな黄緑色のシンプルな紅茶缶。「これですね!」と表紙を開けば、茶葉に混じって和梨が含まれている。これは、和梨のフルーツティーだ。
「ありがとう、ふーこちゃん。これ、中々売っていないのですが……さっぱりと甘くて大好きなんですよね!」
 周囲を嬉しげに舞う風狐を愛でて、マルルは店員の所へ向かう。
「店員さん、この“冒険の本”をおひとつと、お菓子も選びたいのですが、お願いできますか?」
「はい、喜んで。どうぞ、こちらへ」
 次の探検も、きっと甘さに満ちている。

ヴェーロ・ポータル
リウィア・ポータル

●夜が満ちる
「紅茶とお菓子のダンジョン……メルヘンで素敵ねぇ」
 リウィア・ポータル(無明の祝福・h08012)は、隣を歩く兄に語りかける。
「紅茶といえば、お兄様。私、ここの噂を聞いてすぐにお誘いしたの」
 それを聞くヴェーロ・ポータル(紫炎・h02959)も、その表情は普段より柔らかい。
「普段は喫茶を営んでいますからね……。紅茶には少しうるさい方だが、ダンジョンで採れる茶葉とは興味深い。誘ってくれて嬉しいよ、リヴ」
「ふふっ、お兄様とのデートなんて!」
 足取りも軽やかな妹の姿を好ましく感じつつ、ヴェーロは思案する。
(私は紅茶が目的でしたが……妹が乗り気なようですし、折角なので探索まで楽しむことにしますか)
 目指すメルヘンは、すぐ目の前だ。

 木扉を開けた瞬間、ふわりと舞った紅茶の香りが外気に溶けた。
「わぁ、とても素敵なお店ですわねぇ、お兄様!」
 中を覗いたリウィアの声が弾む。
「本の形をした紅茶缶とは、なかなか洒落ていますね。このアイデアは私の店でも使えそうだ」
 一方のヴェーロは、執事喫茶の店主としての顔が覗いている。
「それにしても……これがすべて、違う茶葉なのですか」
「そうですわよ、お兄様。壮観ですわね!」
「なるほど。なかなか選び応えがありそうですね。私自身は澄んだストレートが好みですが……さて、どれにしようかな」
「リウィアは甘ぁいフレーバーティーが好きですの」
 そう告げたリウィアは、一呼吸置いて、本棚を見上げる兄の顔を見つめた。
「ねぇ、お兄様。リウィアのために、特別な一冊を選んでくださいませんこと?」
 予想もしていなかった申し出に、ヴェーロは思わず妹に顔を向ける。
「おや、あなたの分も私が選んで良いのか?」
「もちろんです、是非お願いしますわ!」
「では……甘いフレーバーティーだね」
 改めて本棚に向き直るヴェーロに、リウィアはそっと寄り添った。

 ヴェーロが、一つずつ本を手に取っては装丁を吟味し、香りを確かめていく。その横顔を、リウィアは傍でじっと見つめている。
(選び始めたお兄様の横顔は真剣ね。好きなことに夢中なお兄様の瞳は、とてもお綺麗。いつまででも見ていられるわ)
 バニラ、カシス、チョコレート——時折、好みを確認されて、香りを確かめる。そんな小さなお喋りも、まるで甘いお菓子のようだ。

 いくつの香りを確かめたか、分からなくなった頃。古城で長く眠っていたような、くすんだ緋色の缶の表紙をかしりと開けた時、煙のように巻きつく香りにヴェーロは心を奪われた。英国の古城と霧のなかに浮かぶスコットパインのような気配。焦がした黒糖の甘さが、霧のなかにそっと潜んでいる。
「……どうされました、お兄様?」
 これまでと違う様子のヴェーロに、リウィアがそっと声をかけてくる。
「……いや。私の紅茶が、決まりましたよ。次は、あなたのを見つけないとね」
「まぁ……! それはとっても嬉しいですわね!」
 大切な妹に見合う紅茶も、ここにはきっとあるはずだ。
 
 そこから間もなくして、探す物は見つかった。
「これなど、どうだろうか……?」とヴェーロから手渡された、薔薇色の装丁。表紙をずらせば、焦がしたキャラメルと草の香りが、甘い薔薇ジャムとラズベリーの衣装を纏って現れた。ビロードを広げて包まれたような心地に、リウィアは本を優しく抱く。
「きっと、ミルクと合わせても美味しいと思う。そんな香りがするよ」
「ええ、リウィアもこの香りが好きですわぁ!」
 リウィアのための、特別な一冊。その中には、真赤な果実の香りが秘められている。
「随分時間が経ってしまったな。……すまない、リヴ。退屈させてしまっていなかったか?」
「いえ。大変素晴らしい時間でしたわ!」
 真剣な兄の姿を、こんなにも見られたのだから。

「さて、それでは次に進もうか」
「そうですわね!」
 二人は連れ合って、店員へと話しかけた。
「お菓子も選びたいのですが、宜しいかな?」
「もちろんです、喜んで。もしご一緒に冒険される場合は、どちらかの茶葉をお使いになって、一緒に扉をお潜り下さい。別々の茶葉を使ったり、別々に入ったりすると、離れ離れになってしまいますから」
「わかりましたわ!」
 兄妹はそのまま、店の奥に案内される。メルヘンのような探索が、静かに幕を開ける。

十二宮・乙女

●グラスを傾けて
「ダンジョンから生成される茶葉、ですか。本型の紅茶缶と相まって、興味がそそられます」
 重そうな木の扉が取り付けられた白い塗壁を見上げながら、十二宮・乙女(泡沫の娘・h00494)は呟いた。この古い図書室のような店に、それが眠っている。ぐっとドアを引くと、隙間から茶葉の香りが静かに舞い出てきた。

 店内に足を踏み入れると、巨大な本棚が目に飛び込んでくる。ここに並ぶ本が、実はすべて紅茶缶で、中身まですべて異なるという。
(やはり紅茶屋さんだけあって、種類が豊富ですね。私一人では迷ってしまうところです)
 無数の本から一冊を選ぶ。それも、香りで——闇雲に探したとすれば、どれほど迷ってしまうことだろう。しかし、乙女には心強い味方がいた。取り出した、一枚のメモ。お茶好きの友人と事前に相談して、したためてきたのだ。
「えっと。メモによると……」
 友人が教えてくれた言葉を頼りに、乙女は本に手をかけた。表紙に嵌め込まれた月が蓋だと気づき、そっと月に指をかける。ぽん、という音とともに蓋が開いて、干し草のような香りが乙女の頬を撫でる。これを続けていけば、どこかにきっと、探す香りが隠れているはずだ。

 メモを頼りに、本を開き、香りを確かめる。そうして時間を忘れた頃、それは不意に姿を現した。
 中央にワイングラスが描かれている、大人っぽいワインレッドの装丁。本の天——蓋になっている上部の部分をスライドしたとき、赤葡萄の果汁に身を沈めたような気分になった。いや、葡萄だけではない。りんご、オレンジ、ベリー—様々な果実が、その中に浮かんでいる。
「これがお勧めの茶葉——」
 メモに書かれた言葉を、もう一度見る。そこにあるのは、フレーバーの箇条書きと、丸で囲まれた“サングリア”の文字。
(本当にあるなんて。紅茶とは、奥が深いのですね)
 アイスティーにして飲むのがお勧めだ、と話す友人の姿を思い出しながら、乙女は本をそっと抱える。
(表紙も素敵ですし……うん、私もこれを買っていきましょう)
 『お菓子も選びたい』の言葉を忘れないようにしないと、と考えながら、乙女は店員のもとへ向かう。
 冒険の栓がいま、静かに抜かれようとしている。

梅枝・襠

●春色茶会オーディション
 ティールーム『エンソン』の巨大な本棚を前に、梅枝・襠(弥生兎・h02339)は、そわそわとお茶会の準備を進めていた。
「お茶会のお誘いは来てないけども、向かうとも。お誘いなんて、あってないようなもんだ。お誘いなんていらないわけだよ。だってあたしはウサギだからね」
「なるほど、お客様がウサギでしたら、道理かと」
 相対するのは、ベテラン店員。口髭を丁寧に撫でつけているが、額には汗が少し滲んでいる。
「道理? そいつはいけない、ダンジョンに道理はあっちゃいけない。お茶でお菓子のダンジョンなんて素敵じゃないか? そうだろ、|可愛い子《バターカップ》」
「ごもっと——」
「いや、返事は聞いていないとも。この|物語《三月兎》は、お茶ならなんでも好きだろうね。なんでも美味しく味わえるとも。馬鹿舌とも言う。今あたしのこと馬鹿って言った? 言ってない? よろしい」
「左様ですね。それでは、良い時間をお過ごしください」
「良い時間? 良い時間だって? 時計を貸して!」
「時計が表紙の紅茶缶でしたら、こちらに」
「紅茶! お八つの準備をしないと! 手伝っておくれ、可愛い子!」
 表紙の中央に嵌まった時計の、長い針をくるりと回すと、蓋が開いて中身が覗く。干し草のような香りが、ふわりと広がった。

 なんでも美味しくいただく三月兎としても、紅茶はきちんと選びたい。何せ、物語には主役が必要だ。本を取り出しては、開けて、嗅いで、閉じて、本棚に戻す。様々な香りがくるくる巡り、時間の感覚が消え去っていく。時計の針の動きをすっかり忘れた頃に、襠は、黄色の花が描かれた本に巡り会った。
「おや、愛らしい春色の本だ。この優しさ、菜の花のような黄色の花、あたしにピッタリだろ! 春は良いよ!」
 かっ、と景気よく表紙を開けば、瞬く間に、襠の心は春先のクローバー畑に迷い込む。花冠を被っているように、新緑と花の香りが舞っている。
「花は舞い、頭がふわふわする! 困ったもんだ、すぐにでもお茶会を開きたくなる。そういった魔法がかかっているようだ!」
「茶葉に混じる金の新芽が、春の野に咲く|キンポウゲ《バターカップ》のようですね。お客様にぴったりかと」
 隣で茶葉を覗き込んだ、可愛い子が言い添える。これで、お茶会の準備は万端だ。

尾崎・光

●真朱のささやき
「暫く会ってないお祖母様が、紅茶好きでね。手土産に良いから、幾つか入手したいけど……許されるかな?」
 尾崎・光(晴天の月・h00115)の問いかけに、店員が答える。
「もちろんです。一期一会の品ばかりではありますが、在庫は尽きませんので」
「それなら安心だね」
「いえ、お気遣い痛み入ります」
 では遠慮なく——と、光は大きな本棚の前に立つ。試飲はできない、缶の見た目と香りを頼るしかない——こういうのも話のネタには面白い。祖母や姉の顔を思い描きながら、光は本の背に指をかけた。

 いくつかの缶を取り出して、家族好みのデザインを探していく。色、柄、缶の開き方。どれも個性があって悩ましい。
 伽羅色の表紙に、胡桃色で異国の文字のような文様が浮かぶ本は、背表紙が蓋になっていた。開けると、ぽん、という音とともにシナモンの香りがふわりと広がる。姉が、彼女の好物——チャイを作っている姿を思い描き、光は目元を緩ませて(まずはこれかな)と、そっと腕に抱える。
 隣にある若芽色の表紙は、開くと爽やかな香りが鼻をくすぐった。これは、土産にちょうど良い。
 しばらくして見つけた黄緑の缶は、桃色で表紙に描かれたイラストが可愛らしい。そういえば、前回顔を見せたときに、この手の妙にファンシーなものがあった気がする。あれも、祖母の好みなのだろうか。思案しながら表紙を引くと、バニラのような甘い香りが顔を撫でた。(フレーバーティーか。甘いけど……変わり種も入れておくかな)と、三冊目に重ねる。人に持ち帰るのは、こんなところだろうか。

 後は自分のもの……と、改めて本棚を少し離れて眺めたとき、鈍い赤の背表紙が目に留まった。その辺は先ほど見たはずなのに、その色の割に主張を感じない。(こんなもの、あったかな……?)と手に取って背表紙をスライドさせれば、朝日のあたる庭にいるような、透明で上品な香りに包まれた。陽だまりを抜ける風が心地いい——。

「お決まりになられたようですね?」
 店員が声をかけてきて、光は少し、はっとする。
「お菓子も望まれる皆様は、香りに心奪われる方が多いのです。誘われているようだ、と仰る方もおられますよ」
「みたいだね。じゃあ、お会計で」
 さて、お菓子は何が並んでいるのだろう。

アニス・ルヴェリエ

●ブラインドの向こうに香る
(ダンジョン産の紅茶が楽しめるの? しかもそれが、ダンジョンへの鍵になるだなんて……!)
 アニス・ルヴェリエ(夢見る調香師・h01122)は、足取りも軽やかにティールームへ向かっていた。冒険心が、すっかり刺激されている。
 目指す黒看板を見つけて、ぐぃっと扉を開ける。ふわりと舞い出る茶葉の香りが、調香師の繊細な鼻をくすぐった。

「さあ、まずは紅茶選びだけれど……アップルティーが好きなのよね」
 見上げるほどに大きい本棚を前にして呟くアニスに、店員がそっと話しかける。
「よろしければ……。このあたりがお好みに近いかもしれません」
「あ、このあたりかしら」
「はい、似た香りはなるべく集めるように並べておりますので」
 店員に感謝を伝えたアニスは、早速一冊を手に取ってみる。本の天に指をかけて引けば、かちっと音を立てて蓋がスライドした。茶葉が顔を覗かせると同時に、りんごの香りが広がった。思い描いていた香りに頷きながら、改めて本棚を見る。
(このあたり……としても、なかなか多いのよね)
 あたりをつけても、選ぶ楽しみは残っていそうだ。

 折角の機会なのだから、紅茶も香り重視で選びたい。アニスは視覚に惑わされないように、缶の確認を後に回して、ひとつひとつ香りを味わっていく。果肉の香り、茶葉のイメージ、フレーバーだけを加えたような気配。アップルティーにも、様々な個性が宿っている。
 夢中になって利き比べをしていると、ある時、急に果樹園に迷い込んだような気持ちになって、アニスはハッと紅茶缶を見た。赤りんごと青りんごが、果樹園の新緑の中で輝いている。中を覗けば、茶葉と一緒に乾燥りんごが入っていた。表紙を改めて確認すれば、瑞々しいりんごに向けて、弓を引く狩人の姿が描かれている。
(ふふ、有名な物語のモチーフね)
 アニスの表情が優しく緩む。香水に容器の美しさが大切なように、紅茶もまた缶のデザインが重要だ。
(容れ物が良いと、手に取る時のわくわく感が段違いよね。これに決めたわ)
 アニスはその本を両手に抱え、そっと店員を呼んだ。

「あ、すみません。お菓子も選びたいんですが……」
 会計を済ませて、店員に申し添える。
(淹れたらどんな味と香りか、とっても楽しみ。それに——)
 りんごの香りが、そっとアニスを迷宮に誘っていた。

ユナ・フォーティア
天翳・緋雨

●これはプロモーションを含みますか
「このアンティーク感溢れる古い図書室のような店が、紅茶専門店『ティールーム・エンソン』か〜。なかなかおしゃれですな!」
 ティールームの店先で、インフルエンサーであるユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)の実況が始まった。
「紅茶専門店『ティールーム・エンソン』ね……。初めて聞いたのだけれど、ずいぶん盛況だね?」
 適度に客の出入りがある木製の扉を眺めつつ、天翳・緋雨(天眼浪士・h00952)が合いの手を打つ。緋雨は、多くを事前に聞かされていない。その方が、何かと映えるからである。映えは何よりも優先だし、事前の契約書で『アドリブ等は全然OKです』ともいただいている。しかし、後で怒られたら平伏するしかない。
「ユナさんの耳にも入ったみたいだから、これから有名になるのかな……?」
「お土産で有名みたいだけれど、紅茶好き以外に広まってはいないって感じだね!」
「もっと賑わいそうだと思うと、今回は良いご縁かもしれないね」
「それじゃあ緋雨氏、早速入ってみましょう! 『噂の紅茶屋、ちょっとだけ貸し切って入ってみた』!」
 重い木扉が、軽快に開く。

「わぁ! すごくでかい本棚だぁ!」
「本当にすごい本棚だ。これで紅茶屋さん?」
「……っと?」
「……どうしたの、ユナさん?」
「これ、本じゃなくて紅茶缶だ! 本当にシャレオツ〜★」
「えっ、これが? 全部!?」
 店内に入った途端に眼前に迫る、巨大な本棚。ここに収まる本には、すべて茶葉が収まっている。
「そして~! 入口の皿でその茶葉を熱しますと! 茶葉ごとに変わる、特殊ダンジョンが開かれるんだ!」
「すごいね! ……えっ? ここダンジョンなの?」
「しかも、最下層でティーパーティーを楽しめるの!? 楽しみ!」
「そんなものまであるんですね!」
 もし今後公開されるなら、ここには『星詠みの予知によるものです。現在は行われていません』のテロップが必要だ。

「こちらすべて、お土産で人気の“冒険の本《あいこと葉》”です! それでは選んでいきたいと思います!」
 ユナは、本棚の前に立ち、気になる本を開けていく。装丁も開き方も様々な本たちは、絵的にも飽きさせることがない。
 そして、たまたま手に取ったのは、美しい青空と南国の海が描かれた表紙。中央からかぱりと見開きにすると、たちまち、ユナの周りに南国の海が広がった。さざ波の音が心地よい。マンゴーやピーチの甘くトロピカルな香りを、風が優しく運んでくる——
「……ユナさん?」
 ハッと気がつくと、緋雨が名前を呼んでいた。
「っと、ユナが選ぶならこれかな! これ、マンゴーやピーチ等の甘く優しい香りの紅茶だな〜♡ これはお持ち帰りしたい! よし、これに決めた!」
「あ、決まったんだね」
 
「ん~と、オレはどうしようかなぁ?」
 満足げに本を抱きしめるユナを尻目に、緋雨は思案する。
「良し。紅茶に詳しい訳でも無し、オレは“ジャケ買い”って感じで行こうかな?」
 たとえ紅茶に詳しくなくても、この店は遊び応えがある。この巨大な本棚は、どれも異なる装丁の紅茶缶だ。本の背表紙に指を走らせ、直感に従い引き抜いていく。シンプルな洋書のようなもの、表紙に絵が描かれているもの、本革のような皺加工が凹凸を感じさせるもの……手触りも見た目も様々だ。
そして見つけたのは、陽気で踊りだしたくなるような、ファンキーなパッケージ。舞踊を愛する自分にぴったりだと、緋雨は頷く。
「これでどこに行けるのか、楽しみだ」
 香りとお味も、開けてからのお楽しみだ。

「緋雨氏も決まったみたいだね! では、店員さんにお話を伺います!」
「当店では、会計の際に合い言葉をお伝えいただいた冒険者の方に限り、特殊ダンジョンをご案内しております。お二人で来られた場合、どちらかの茶葉を使って一緒に扉をくぐれば、お二人での冒険も可能です。それぞれの茶葉を使うなら、別のダンジョンに飛ばされますので、ご注意を。それでは、ユナ様——」
「せっかくだから“お菓子も選びたい”な! さあ、美味しいお菓子探しにレッツゴー!」
「次はお菓子選びか。ここはシンプルにラムネかな」
 本日はここまで。次回は甘い冒険、お楽しみに。

ベルナデッタ・ドラクロワ
廻里・りり

●夜を楽しむ
「わぁ……!」
 驚きの声をあげる廻里・りり(綴・h01760)に、ベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きパルロン・h03161)の表情が緩む。
 扉を潜った先で、巨大な本棚が出迎えていた。微かに漂う茶葉の香りが、やわらかく鼻をくすぐってくる。
「ふふ。良い香りの本屋さん、みたい」
「装丁もそれぞれちがうんですもんね、たしかに本屋さんかも……! いっぱい種類があって、なやんじゃいます!」
 優しい笑顔を置いて、ててて、と本棚に近づくりり。そのふわふわと揺れる尻尾の後を、ベルナデッタはそっと追った。

「あ! 香りのおためし、してみたいですっ! 良いですか?」
 店員に確認をとって、りりは本の背表紙に目を走らせる。赤い背の色が目に留まり、そっと取り出して蓋を開けば、ふわりとりんごの香りが広がった。
「じゃあ、こっちは……?」と、別の棚にある白い本に手を伸ばして、表紙をそっとずらせば、今度は花の気配が顔を覗かせる。
「ベルちゃん、どれもいろんな香りがして、ふしぎです」
「悩ましいわよね。ワタシは、食事に合わせられるものが良いのだけれど……」
 入口の扉が開き、さっと陽光が差し込んだ。それを受けて輝く、たくさんの香りが並ぶこの本棚もまた、宝箱のように見える。

「余ったものは持ち帰って良いって聞いたから、そうね……」
 両手に本を持って表紙を比べるりりの隣で、ベルナデッタは本棚に指を滑らせた。するりとした木肌の手触りが心地いい。
(飲み口の、スッキリしたものが欲しいわね——)
 そのとき、とん、と指先に触れた本があった。他の本より少し前に出ていた、その夜色の背表紙を、そっと引き抜く。表紙に浮かぶ青白い月の蓋をぱかりと外せば、爽やかな夜の始まりに、風が吹き抜けたような気がした。ディンブラのような、軽やかな花の香りが心地いい。
「あら、何の気なしに取ったのだけど……。この子がまさにそうみたいね。——ご機嫌よう、素敵なあなた」
 手に触れる裏表紙が、すっと肌になじんだ気がした。

「ワタシは、この子にするわ。りり」
「ベルちゃん、決めるのはやい……!」
「手に取ったら、欲しい香りがそこにあったの」
「そんなことがあるなんて! みちびかれたんでしょうか? すてきですねっ」
「ふふ、そうね。あとは、あなたの悩む顔を見ているわ。りりは、ゆっくり選んでね」
 ベルナデッタの優しい眼差しに応援されながら、りりは改めて本棚に視線を泳がせる。
「うーん、お味はすっぱくないものがいいんですけど……」
 装丁と味や香りが一致する、そういうわけでもないだろうけれど、なるべく甘そうな本を探していく。酸味の強そうな柑橘系の色合いは避けて、暖色から暖色へ、りりは香り比べを続けていく。
 少しして、薔薇色の本が、りりの目に留まった。黒いリボンを解いて表紙をそっとめくると、チョコレートがりりの周りに広がった。とぷんとチョコの池に飛び込んだような甘い香りに、りりの心もトロリと包まれていく。

「——ベルちゃん、これにします!」
「……ふふ。思った通り。きっとデザートに合いそうなものを選ぶと思ったの、りりは」
「えへへ、好みを知られちゃってますね……?」
 微笑みあう二人に、そっと店員が近づいてきた。
「お決まりですか?」
「えぇ、会計を願える?」
「かしこまりました。失礼ながら、先ほど『余ったものは持ち帰って——』と仰っておられましたが、もしお菓子もお二人で選ばれるようでしたら、どちらかお一人の茶葉を使って、一緒に扉をお潜り下さい。でなければ、離れ離れに飛ばされるらしいですから」
 この先に続く言葉は、二人だけが知っている。

 さて、欲しい紅茶は手に入った。この二つなら……とベルナデッタは考える。
「帰ったら、いつもより豪華な夕食にしましょうか。お仕事終わりに、ナイトハイティーでもいいわね。店の三段プレートが、仕事を欲しがっていて——あの子を使ってあげたいの。りり、付き合ってくれる?」
 ベルナデッタのお誘いに、りりは笑顔で頷いた。
「ごうかな夕食! 三段プレート! ぜひおつきあいさせてください!」
 美しい三段プレートと美味しい紅茶が並ぶ、クロスの敷かれたテーブルを思い浮かべる。
「どんなお味なのか、たのしみですねっ」
 きっと、最高の夜が香りとともに待っている。

シュシュ・エクレール
ラナ・ラングドシャ

●甘い、あまい、出会い
 シュシュ・エクレール(あまい、あまい・h05089)は、両手で、重たい木の扉をぐぃっと開けた。束の間、外の光を受けた本たちが、光を反射して煌めく。思わず「わぁ……すごい!」と言葉が漏れる。これだけの量が、すべて異なる茶葉だというのだから!

「う~~ん、お菓子は大好きだけど。紅茶は詳しくないんだよねぇ……」
 ラナ・ラングドシャ(猫舌甘味・h02157)は、大きな本棚を前に、二股の尻尾を所在なさげに揺らしていた。これだけの量が、すべて異なる茶葉だというのだから……

「どれがいいんだろう……」
 誰ともなしに呟いた言葉に、誰かから視線が向けられた気がして、ラナは周囲を見回した。他の客たちは夢中になって自分たちの紅茶を探している。店員も、こちらを見ている様子はない。
「……どうかされましたか?」
「わ! びっくりした!」
 声の主は、ラナの下——すぐ前で、こちらの顔を覗き込んでいた。
「わっ、驚かせてすみません……!」
 シフォンケーキのようなふわふわの髪をしたその子は、蜂蜜を溶かしたような瞳を揺らしてこちらを見つめている。
「キミ、こんなに小さいのに……ボクのこと、怖くないの?」
「森でよく会うんです、大きな動物さん。大きい子はおだやかで、優しい子が多くって……だから、お姉さんも優しい人かなって。何かお困りのように見えたもので、つい……!」
「なるほど、そうなんだ! ……いつもはね。ボクが大きすぎて、みんな怖がっちゃうんだ。だから、声を掛けてくれて嬉しい!」
「ふふ。わたしも、お姉さんが優しそうな人って思ったこと、大当たりでした!」
「ボクはラナ! キミは——」
「ラナさん、ですね。優しい響きのお名前。わたしは、シュシュと申します。よろしくお願いします!」
「シュシュ? ふふ、可愛い名前だね!」
 優しい茶葉の香りが、お互いに微笑みあう二人をゆっくりと包んでいる。

「ボク、お菓子のダンジョンが目当てで来たんだけど……。まさか紅茶が“鍵”になるなんて思ってなくて………!」
「ということは、お菓子がお好きなのですか?」
「うん! ボクお菓子大好き! 特に好きなのはラングドシャ!」
 そう話すラナの姿は、髪もふたつのフワフワの尾も、ラングドシャのように優しく色づいている。シュシュが店に入った時には悩ましげにしていた尻尾は、今はリズミカルに、ラナの後ろに見え隠れしている。
「わたし、パティシエをやっているんです」
「ラングドシャはね……って、えぇ!? “ぱてぃしえ”って、お菓子作る人のことだよね!? シュシュ、お菓子屋さんなの!?」
「そうなんです。今日は、お菓子作りに使う茶葉を探したくって」
「すごい!!!」
「そ、そんなに大それた者ではないのですが……! お紅茶もお菓子も、勉強中の身ではありますけど……もしかしたら、お役に立てるかも! よければお手伝い、させてください!」
「それじゃあ、お言葉に甘えて……。お菓子とミルクティーに合う茶葉、一緒に探してくれる??」
「喜んで……!」
 誰かが店に入ってきたのか、再び店内に日が差し込んだ。本棚に並んだ缶が、キラキラと輝いている。

 シュシュとラナは、二人並んで本棚に指を走らせていく。気に入った装丁の本を取り出して、二人で香りを確かめる。高いところはラナ、低いところはシュシュと分担したり、二人で真ん中くらいを探してみたり。一緒に選べば、時間は軽いお菓子を口にしたときのように、軽やかに店に溶けていく。

「……あ、これ、キャンディみたいかも!」
 そんな中、突然のシュシュの台詞にラナは首を傾げる。
「……キャンディ?」
「そういう紅茶があるんですよ。これなんてどうでしょう?」
「なんだか名前もお菓子みたい!」
 そう言いながら、ラナはシュシュから、淡い黄色の缶を受け取る。たくさんのリスと仔猫が遊ぶ表紙に笑顔を浮かべながら、ラナはその香りを確かめた。——途端、ラナの目の前に、できたての焼き菓子が並んだような香ばしさが広がる。草原に咲く優しい風が、ラナの元へかすかに花の香りを届けている。
「——すごい、良い香りがする……!」
 驚いてシュシュへと振り向くラナに、シュシュもふわりと笑顔を返した。
「渋みもクセも少なく、甘いものに合わせやすいはずです。ラングドシャにも合うと思います!」
「じゃあこれにしちゃお! 缶の模様もシュシュみたいなリスさんと仔猫ちゃんいっぱいで、ボクたちもここにいるみたい♪」
 ラナは、二本の尻尾をふわりと揺らし、その本を胸に抱きしめた。

「じゃあ、わたしは……」
 そう言いながら、次を探すシュシュに、ラナが「この本も良い香りだよ!」と、ラナの本と隣合わせになっていた本を差し出した。表紙に施されたイラストもそっくりだが、缶はもう少し、蜂蜜色に色づいている。
「ありがとうございます!」と本を受け取って、その表紙をかちりと開ける。
 その瞬間、焼きたての麦と爽やかな果実の香りが広がった。穏やかな日だまりのなか、果樹園から風が吹き抜けたような心地に、シュシュも思わずラナの方を見る。まるで、二人で午後のお茶をしていたような。そんな香りが、缶のなかに閉じ込められていた。
「こちらも、キャンディみたいな茶葉でした! オレンジピールも入っているかも……!? 缶の中でわたしたちが遊んでるみたいです!」
「決まり?」
「決まりです、嬉しいです!」
 シュシュも、柔らかく尻尾を振って、本を腕に抱え込んだ。

「店員さーん!」
 二人の声に、口髭を丁寧に撫でつけた店員がそっと近づいてくる。
「『お菓子も選びたい』、です!」
「『お菓子も選びたい』ですっ!」
 重なる声に店員は微笑みながら、「承知しました」と言葉を返す。
「もしご一緒に冒険される場合は、どちらかの茶葉をお使いになって、一緒に扉をお潜り下さいね。別々の茶葉だと離れ離れになってしまいますから」
 二人は店の奥へと案内されながら、お互いに顔を見合わせて笑う。きっとここからも、楽しい時間が待っている。

第2章 冒険 『お菓子なダンジョンを踏破せよ!』


●ダンジョン『エンソン』入口
「お菓子も選びたい」
 その一言で、店の奥——本棚の陰に隠されたような木製の扉へと案内される。そのくすんだ金色のノブを回すと、ぎぃ、と古びた音が響く。

 頼りない白熱球にぼんやりと足元を照らされながら、その先の急な階段を降りると、ふと視界が開けた。キャンドルに照らされた、静かな空間が広がっている。
 正面には、煤けた大鉄扉。その脇で揺れるキャンドルの上には真鍮の皿が据えられており、置かれたものを炙ることができるようだ。脇の天秤は、必要量を量るためのものだろう。

 紅茶缶から茶葉を取り出し、天秤にかける。それを皿の上に落とせば、やがて、ふわりと紅茶の香りが満ち始め、扉が淡い光を帯びた。

 扉を開ける。日差しとともに、甘く濃厚な風が吹き込み、身体を撫でた。
 ここから先は、クッキーの盾やアイスバーの棍棒を拾い、チョコレートの罠やグミの敵をくぐり抜け進む――誰も知らないお菓子の迷宮だ。
アドリアン・ラモート
弓槻・結希

●柔らかな神秘の向こうに
「こんな神秘ばかりであるのなら、天上界からの遺産も、不幸を作るばかりではないのかもしれません」
 甘い柑橘の香りを胸いっぱいに吸い込み、弓槻・結希(天空より咲いた花風・h00240)は想いを口にする。このティールームは、ダンジョンがあってこその魅力を発信していた。人の営みは強かに、遺産の影響すらも楽しみに変える。
「セレスティアルの血筋に、少しだけ自信がもてます」
「新しく見つかった特殊ダンジョンの仕掛けすらも、こうやって冒険者相手の客引きに使っているくらいだからね」
 アドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)が、結希の横顔に言葉を返す。人々は、今この瞬間を存分に楽しんでいる。
「さあ、いよいよだ! どんな世界が待っているかな?」
 扉が淡い光を帯びた。
「どんな迷宮かと思うと心躍りますね、アドリアンさん」
 二人の楽しみも、ここからまだまだ続く。

「さあ行こう、弓槻」
 アドリアンが、結希の手を取る。その柔らかな感触に、思わず握る手がわずかに緩んだ。
「どうなされたのですか、アドリアンさん?」
「ううん……何でもない!」
 手を引かれた結希は、アドリアンの顔をきょとんと見つめている。アドリアンは慌てて、出掛かった感情を頭の奥に追いやった。
「では、参りましょう」
 二人で扉を潜る。その先には、別世界が広がっていた。

「まるで不思議な国へと転がりこんだかのようですね?」
「現地調達とは聞いていたけど、武器までがお菓子だなんて、不思議な気分になるね」
 ひとまずの武器を、と近くにあったアイスバーを手に、二人は辺りを見回した。
 粉砂糖が舞い、バニラの甘い香りが漂うなか、目の前には四角いビスケットの石畳が敷きつめられた回廊が伸びている。石畳の隙間、目地に覗くのはクリームのようだ。一歩踏み出すと、石畳が柔らかく沈むのが足裏に伝わる。
「ちょっとぐらつく所があるかも。弓槻、気をつけて」
「えぇ」
 手を取り合って、奥へ奥へと進んでいく。次第に、降り積もった粉砂糖が目立ってきた。二人の足跡が、石畳にくっきりと刻まれていく。

 先は、開けた中庭になっていた。焼きメレンゲが実る木々に囲まれて、いくつかの武器が手に取られる時を静かに待っている。
「ねえ弓槻、これ凄くない?」
 アドリアンは、そのうちの一つ——仰々しく地面に刺さっていた、飴細工の剣を引き抜いた。細やかな装飾は流麗で、とても華やかに見える。光にかざせば、赤い影が地面に落ちた。
「そういう剣がアドリアンさんの趣味なのでしょうか……?」
 嬉しそうに剣を掲げるアドリアンに、結希は微笑む。飴細工が光を受けてきらきらと輝く姿は、確かに綺麗だ。
「では、私は——」
 結希が選ぶのは、白いハープボウ。そっと手に取ると、甘い香りが鼻先をくすぐる。
「——ホワイトチョコの、これを」
 チョコでできていても、作りはしっかりしている。ポン、ポロンと弦の調子を確かめると、美しい音が響き渡る。

 そのとき、中庭の入り口が、びしゃっと音を立てて塞がった。見れば、ゼリーの壁がプルプルと震えている。
「なるほどね。そろそろ真面目にダンジョン攻略しろってわけだね」
「そのようですね」
 木々の陰から、ムースのタテガミを持ったチョコレートのライオンが、一頭、二頭と姿を表していた。
 アドリアンが、影を纏う。結希も、光の矢をハープボウに番える。
 ライオンが飛びかかるよりも早く、煌めくアドリアンの飴細工が、その腹を次々と切り裂く。続く結希の光矢が、地にもんどり打つ巨体に突き刺さり、やがてその身をどろりと溶かしていった。
「……これで終わりかな」
「ひとまずは。でも、ここからは油断できなさそうですね」
 気がつくと、中庭の奥へ新しくチョコレートの道が伸びていた。ライオンを倒せば、道が開く仕組みになっていたのだ。

 お茶会用のお菓子にと焼きメレンゲを収穫して、二人は中庭を後にする。影を纏い、矢を番えて進めば、どんな罠でも乗り越えられるだろう。
「やっぱり、心踊りますね、アドリアンさん」
「迷宮って感じになってきたね、弓槻」
 チョコを踏みしめ、足を踏み出す。次はどんな景色が待っているのか、胸の高鳴りは続いていく。

ラナ・ラングドシャ
シュシュ・エクレール

●きらきらかがやく甘い森
「シュシュはその茶葉、お菓子に使うんだったよね——」
 階段を降りながら、ラナ・ラングドシャ(猫舌甘味・h02157)が話しかける。
「——だったら、今回使うのはボクの方の茶葉にしよっか!」
「よろしいのですか?」
 前を歩いていた、シュシュ・エクレール(あまい、あまい・h05089)が振り向いた。
「でしたら、紅茶のお菓子ができたら、おすそわけしますね。今回は、ラナさんにお供させてください!」
 先のキャンドルライトが漏れ、二人を柔らかく照らしている。もうすぐ、扉が現れるはずだ。

「この天秤で量ればいいのかな?」
「そうですね、では炙ってみましょう!」
 茶葉のままとは異なる、花密のカラメルと干し草の香りがふわりと部屋に広がった。それに呼応するように、扉がほんのり光を帯びる。
 二人で喜び合い、せーので一緒に扉を押せば、隙間から暖かな日差しと濃厚な香りが差し込んでくる。甘い空気を胸いっぱいに吸い込んで、急な明るさに目を慣らせば、そこはもう別世界だ。
「わあ……っ!すごいですラナさん!」
「すごい! お菓子の国みたいだね……!」
「本当に! どこもかしこもお菓子!」
 周囲には砂糖菓子の森が広がり、木々には様々な煎餅や焼き菓子が実っていた。転がる大岩は、グミやシュークリーム。目の前に伸びる道さえ固いキャラメルを敷き詰めたようだ。遠くに見える丘は、大きなエクレアだろうか。
 陽光を浴びて、二人の目も上白糖のように煌めいている。
「それじゃ、探索開始~!」
 まずは、この道を進んでみよう。

「──あ! シュシュ~!」
「あっ、あれってラングド——」
 二人の声がそれぞれ、森に響く。木々の陰から聞こえる声に、ひとまずシュシュはラナのもとへ向かう。見ると、ラナは、腰高のグミに腰掛けていた。
「ほら、グミのトランポリン! 楽しいよ~!」
 脚と尻尾を振り、ぽよぽよと跳ねる姿は、大きなバランスボールに乗っているようだ。
「すごい、わたしも——」
 とシュシュが話し始めたその時、シュシュとグミの目が合った。
「——えっ? ラナさん!? それ違います、敵です敵~!」
「え? 敵?!」
 ラナが、座っているグミを見下ろす。グミも、ラナを見上げている。
「ご、ごめん! 悪気はなくって……」
 飛び降りて頭を下げてみるが、その誠意が通じるほど甘くはなかった。グミは、ぷるぷると身を震わせ、目の前のラナに跳ね飛んでくる。

「うわ~~! シュシュ、助けて~~!!!」
 ぼん、ぼん、と跳ねるグミに追いかけられるラナを前にして、シュシュも慌てて辺りを見回す。まだ探索は始めたばかりで、その手には何の武器もない。先のトランポリンを見ると、手で叩いても効果はないだろう。
「な、何か武器になるもの……! はっ、堅焼きのおせんべい!」
 木に実っている煎餅から、なるべく堅そうなものを選んでもぎ取る。
「……先生、いまからシュシュはお菓子を投げます! ごめんなさい!」
 シュシュの放った堅焼き煎餅は、勢いよくグミに突き刺さった。

「酷い目にあった……。助けてくれてありがとう!」
「よ、よかったです……。一体どうなることかと……」
 肩で息をするラナに、シュシュはそっと声をかける。グミは、先ほどまでの弾力が嘘かのように、でろりと伸びてしまっていた。投げた煎餅を拾い上げると、食べられないほど鋭利で堅く、もともと投擲武器だったらしい。よく見れば、武器の煎餅と普通の煎餅が混ざって生っていた。持っていけば、これからも使えそうだ。

 呼吸を整えてから、改めてシュシュは話を続ける。
「ラナさん、あっちにラングドシャの木がありましたよ!」
「——本当だ!! これ、幾つか貰っていこうかな……! ありがとう!」
「ふふ、本当にお好きなのですね」
「シュシュも何かお菓子見つけた?」
「わたしはこのカヌレに興味があります! カヌレ、上手く焼けたことなくて……研究のために、いただいてみようかなって」
「いいね! 持ってこ持ってこ♪」
 焼きたてのように香ばしく暖かなラングドシャとカヌレを手に、二人は森の奥へ続く道を見やった。
「まだまだ奥がありそうですね。引き続き探検してみましょう!」
「そうだね。じゃ、お菓子ダンジョンの探索再開~!」
 向こうから、焦がしバターの香ばしい風が吹いている。美味しい冒険は、まだ続く。

梅枝・襠

●グラウンド・ドーナツ
『あたしはお菓子も選びたい。クッキーはダメだ、ネズミが寄ってくるからね』
『クッキー以外が出るとよろしいですね』
 そう可愛い子に見送られ、うさぎ穴のような階段を降りて、梅枝・襠(弥生兎・h02339)は扉の前にたどり着いていた。
「茶葉を此処に……? え? 嫌だよ。置きたくない。これっぽっちも! これはあたしの茶葉だよ!」
 片目を瞑り、顔を大きく背けて、右手の缶から茶葉を皿に落とそうとするが、右手はどうしても動かない。左手でぐいぐい押し下げても、微動だにしない。そもそも蓋も開いていない。
「だめだ! あたしにはとてもできない!」
 途端に素直に動き出す右手が、勢い余って左手にぶつかる。缶の表紙がかぱりと開き、中の茶葉がざらりと皿に落ちた。
「うわ、こぼれた最悪だ、開いた! 落ちたなら良いや。炙る!」
 やがて、春を広げて乾かしたような、花と若葉の香りが広がった。
「グッドスメル!」

 襠がほんのり輝く扉を潜ると、目の前に手脚が生えた菓子が歩いていた。ドーナツ二個セットだ。焼き菓子の剣を構えて行進する様は、まるで誰かの兵隊のように見える。
「おかしい。お菓子は歩くべきではない、お菓子いよ!」
 お菓子なお菓子は倒さねばお菓子い。しかし、手にはいつもの小槌がない。手をぐっぱぐっぱと遊ばせつつ、代わりを探す——なんだ、似たようなものがあるじゃないか。
「棒付きキャンディ! コレで倒すとも!」
 出てきた扉の横にあった、ロリポップの看板を引っこ抜いて、勢いのまま振り下ろす。ズンと板チョコの地面に沈むドーナツを尻目に、今度は横からなぎ払う。いびつに歪んだドーナツが、グミの実った生垣の向こうへ吹き飛んでいく。
「ホームラン! 一回りしないと!」
 襠は、手頃なサークル——地に伏せたドーナツをフカフカと指で一周なぞって、「どれ、一点」と摘まんで口に放り込む。蜂蜜の甘みがジュワッと口いっぱいに広がっていく。
「……ヤムヤム。だが、甘すぎる。あたしの茶葉には合わないね。もっと繊細で、甘さ控えめの——」
 そう評価する目に真剣な光が宿ったように見えたのは、ロリポップに反射した陽光のせいか。
「あたしの茶葉に合うお菓子いやつはいないのかな! クッキーはもろい! 硬いやつなら許す! グミィ!? 言語道断だよ!」
 どんどん進む襠の先には、シフォンケーキの丘が続いていた。

アニー・ホーキンス

●キラキラハンティング
「ほんと、開いた!」
 アニー・ホーキンス(h07875)は、大大好きな香りの紅茶缶を改めて見て微笑んだ。
「どうなってるんだろうね、超ビックリ☆」
 淡く光る扉を押し開けて、甘い風を全身に浴びる。ここからは、大好きなお菓子ハントの始まりだ。

「やっぱり、ボクにはキラキラであま~い、ラブリーな道具じゃないとね♪」
 目の前には真っ白な通路。指で押せばふわりと柔らかい。床も壁も、全部マシュマロだ。
 柔らかな床を踏みしめ、アニーは進んでいく。ふと、ずぶりと深く沈んだ床に、咄嗟に身を屈めれば、先まで頭があった位置には鋭利な組飴。斜めに切られた先端に、星模様が光っている。
「可愛い飴~♡ お店で切られる前のやつ! 槍、めっちゃ得意だし……ちょうど良いかも!」
 根元からポキッと引き抜き、ひゅんひゅんと振り回してみる。いつものスターリー・スティングよりも刃先の数は少ないが、槍としては申し分ない。
 景色は、進む度に変化していく。「あとは、防具も欲しいんだけど~」と言いつつ歩いていると、足元のタイルがパリッと音を立てた。割れたタイルの中には、イチゴジャムが覗いている——これは、トースターペイストリーだ。
 持ち帰ろうと嬉々としてタイルを剥がせば、その一つの下には仕掛けがあった。キラキラ煌めく金平糖は、放り投げればパチンと爆ぜて、粉砂糖の甘い煙がもうもうと舞う。踏めば爆発する仕掛けだったのだろうが、投げて使うには良い武器になりそうだ。コスメと一緒にバッグに入れる。
 綿菓子の木は、近づけば陰から飛び出るグミのスライムが飛び出してきた。竜漿を右目に集め、組飴で切り裂いて退治して近づいてみれば、ドーナツが実っている。「グレーズドにモチもある♪」と収穫して、綿菓子もそっと巻き取って編み込んでいく。ベストにすれば、ゆるふわラブリーなカウガールの出来上がりだ。
「あっ! この木、枝も幹もチョコバーだ☆ すごーい、棄てるとこなし♡」
 樹液のように固まったコーヒーヌガーが覗く枝をポキリと折って味見し、甘い香りを胸いっぱいに吸い込みながら、アニーは更に先へと進む。キラキラとしたダンジョン攻略の時間は、まだしばらく楽しめそうだ。

不忍・ちるは
クーベルメ・レーヴェ

●妖精の森で
『お菓子も選びたい』と通された部屋で、皿に茶葉を乗せると、ジンジャーブレッドが焼けるような香りがゆっくりと広がりはじめた。甘い香りに、ほのかにスパイスの余韻が漂う。
「ちるちゃんのも気になるけど、また来る理由になるなら!」と話すクーベルメ・レーヴェ(余燼の魔女・h05998)に、不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)も笑顔を返す。
「ですね、私のでも、また今度来ましょうね」
 このダンジョンは、いつでも二人を歓迎している。その時は、きっと違う冒険をみせてくれるだろう。

 妖精のように香りが舞うなか、二人で光を帯びた扉を押し開ければ、隙間から甘い風と共に柔らかな陽光が差し込んできた。
 日差しを浴びながら差し出されたクーベルメの手を、ちるはは優しく握る。
(一緒だと、気持ちが何倍にもなるからすごいですね)
 光を受けてきらきらと輝くクーベルメの瞳は、これから始まる冒険への期待に満ちている。
「行こうっ、ちるちゃん!」
「——はいっ!」
 ちるはは改めて、ぎゅぎゅっと手を握り返す。信頼と親愛の気持ちは、きっとクーベルメにも伝わっている。

 扉を潜った先は、甘い香りが漂う森の中だった。チップスのパリパリとした葉に混じって、様々な色と味のグミやキャンディ、シュガークリスタルが実って、陽光までもが飴色に染まって眩しく煌めく。バターの香ばしさは、地面に点々と続くビスケットの道から漂っていた。
 完熟し地に落ちたジューシーなグミを拾って、ぷちりと齧り、「本当にお菓子なんだね」と二人で笑いあう。そして、目についたものを収穫しながら、二人は堅いビスケットの道を進んでいく。
「あっ」
「これは、ちるちゃん向きじゃない?」
 しばらくして、二人が見つけたのは、レモンイエローのグミ製の靴。他のグミに混じって落ちていたその靴は、弾力性に優れており、ちるはがぴょんぴょんと具合を確かめると、ぷにぷにと跳ねるような軽さを与えてくれた。足音も、グミに吸い込まれるように、しんと響かない。
「これは——なかなか使えそうです」
 次は、クーベルメの装備の番だ。

「ちるちゃんみたいな体術は無理だし、私も装備がないと不安だわ……」としばらく探索を続ければ、リコリスのツルに絡まった、リコリスのライフルが見つかった。
「使えそうです? クーちゃん」
「まぁ、このままだとそれなりかな……? でも、現地調達は、戦線工兵の腕の見せ所!」
 そう言ってクーベルメが取り出すのは、彼女のマルチクラフトボックス。拾ったライフルをベースに、道中のお菓子を分解して作ったパーツで改造を施していく。リコリスの銃身はそのままに、外ネジを切って硬いシュガークリスタルを削った銃口に、透明なキャンディは磨き上げてスコープのレンズに、地面のビスケットは切り出して銃床に——甘い香りを纏いつつ、みるみるうちに銃の精度が上げられていく。もちろん、余ったパーツはつまみ食いする。
 ちるはも、小さなパーツを手渡したり、一緒につまみ食いをしながら、クーベルメを優しく見つめている。
(組んでは食べて……なんだかほっこりしますね)
 同じ戦線工兵が活躍する場として、ここは特殊で楽しい環境だ。

 さて、装備も整った。後は進むだけ——となるはずだったが、その後の探索は遅々として進まなかった。
「このふわふわな部分って、マシュマロですかね?」
「あれは……マドレーヌ!」
「上の結晶って……氷菓子かも!」
「あっちにも美味しそうなお菓子が!」
「違います、あれはモンスターです!」
 食べて、食べて、戦って、食べて、また食べて。しばらくして、切り株にもたれてマシュマロをもふもふ頬張っていたとき、二人ははたと気づく。食べてばかりで、ほとんど進んでいないのだ。
「これって……トラップですかね? おいしそう過ぎて中々進まない問題……?」
 ちるはの呟きに、二人は顔を見合わせる。
「確かに、食べてばかりで進んでないかも……」
「……クーちゃん、先に進みましょう!」
「そ、そうね! お茶会の前にお腹いっぱいになっちゃうし、程々にね!」
「でも、この切り株……バームクーヘンですよね?」
「やっぱり? 本当に木から取れるんだ……とりあえず、これは収穫しちゃう?」
「そうしましょう、きっと紅茶にも合いますし」
 そこからは二人で励まし合って、食べて、進んで、食べて、食べて。二人の甘い寄り道は、まだしばらく続きそうだ。

ユナ・フォーティア
天翳・緋雨

●お菓子な世界のコラボ配信
「うん。折角なら一緒がいいよね。オレもユナさんの配信を参考にして、自分の配信に活かしたいしね」
 天翳・緋雨(天眼浪士・h00952)の声が、薄暗い階段に響く。
「オッケー★ 茶葉は20mgだっけ?」
 それに返す、ユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)の声も明るい。階段は、そろそろ降り終わる。キャンドルの明かりが見えてきた。空間が、急に開ける。
「デカイ鉄扉……」
「どんなダンジョンか楽しみだなぁ」
「ねー★ ……あ! 例の皿がある!」
「あ、それがダンジョンへ向かうギミックなんだね?」
 話に聞いていたとおり、扉の脇には天秤が置かれていた。「それ20mgなんて量じゃないよね?」というツッコミを受けつつ、ユナは自分の茶葉を量り、皿に乗せる。
 ふわりと紅茶が焙じられる香りが広がり、やがて果物を煮詰める甘い香りが重なった。
「わぁ、良い香り……!」
「お洒落感あるし、遊び心を感じるよね」
 扉が、甘い香りに呼応するように淡く光り始める。

 扉を押し開けた先は、甘い香りに満ちていた。庭はロリポップの花が咲き乱れ、バターの川にはワッフルの橋がかかっている。そこから伸びる道は焼き菓子が実る生垣に囲まれ、迷路になっているのか、先を見通すことができない。遠くにそびえるバームクーヘンの塔が、ゴールだろうか。
「わあ……!」
「へぇ!」
 二人で甘い空気を胸いっぱいに吸い込んだ後、ユナは改めてスマートフォンのカメラを起動し、緋雨に手渡した。
「じゃ、よろしくね! 緋雨氏!」
「は~い。撮影は任せてね~。おぉ、流石。手ブレもなく、アクロバティックな画角もどんとこ~い! って感じだね」
「良いでしょ~! じゃあ、撮影スタート!」
 緋雨が録画ボタンを押す。
「すご〜い! 至る所にお菓子が一杯ですな〜! お菓子の大迷宮だぁ〜!」
 甘い世界の撮影会が、始まった。

「これこれ。フルーツ系の紅茶に合うんだよね~! 見つけ次第、一杯拾っちゃお★ ケーキもあるかな?」
 スマートフォンの画面の中で、マドレーヌ、クッキー、そしてマフィン——様々な焼き菓子を収穫しながら、ユナが迷路を進んでいく。
 しばらくして、不意にカツンと足音が聞こえ、曲がり角の向こうからチョコレートの兵士たちが姿を現した。濃いブラウンの外見は、ビターな香りを放っている。ユナは拳を構えようとしたが、そこで「おっと!」と声をあげる。
「武器は持ち込めなかったんだっけ!?」
 普段ならば握っているはずのドラゴン⭐︎バスターは、ダンジョンに持ち込めなかったのだ。しかし、ユナは慌てない。
「まあユナ、炎吹けるからいっか! 邪魔する輩は焼却ブレスで追い払っちゃうZE★ ガオーッ!」
 その時である。「これを使うと良いよ、ユナさん!」という叫びとともに、捻れたプレッツェルの大剣が画面外から投げ込まれたのだ。
「これは……緋雨氏!?」
 動画撮影をする緋雨とは別の緋雨が、この武器を投げ入れていた。

 緋雨の√能力【分身は誘う夢幻の狩場へ】は、周囲のインビジブルを制御し、分身を作るというものだ。それを使って、多数の分身をダンジョン内に散らし、円滑に動画撮影が進むように偵察をしている最中に、この剣を二本を見つけたのだ。今回は、「後でユナが剣を見つけるシーンより、ここで戦闘に使った方が確実に映えるでしょ!」と計算してのアシストである。
 そして、ユナも緋雨の想いを受け止めた。刹那、服と剣が燃えるような光に包まれる。
「ドラゴ〜ン★メーイクアップ! 燃ゆるドラゴンの炎は正義の聖火! 魔法少女★ユナ・フォーティアでぇーす!」
 同じプレッツェルを構える緋雨と共に、ユナが剣を振るう。撮影の緋雨が剣先を追ってズームインすれば、瞬く間に兵士が刻まれ、どろりと溶けていく。ユナの【ドラゴン⭐︎メイクアップ】——プレッツェルの剣を持つ姿は、きっとここでしか拝めない。

 戦いが終わり、緋雨たちのダンスをバックに戦闘終了のカットを撮れば、録画を停止して感想会だ。
「完璧! 魔法少女とお菓子の武器の組み合わせは、見逃せないでしょ?」
「ナイス判断、緋雨氏!」
「後は、迷宮をもう少し撮りたいかな」
「だね★ でも、罠には注意しつつ慎重にね!」
 迷宮の道のりは、まだ続く。
「お茶会、超楽しみ〜! 待っててね!」
 さぁ、再開だ。緋雨は、再度録画ボタンを押した。

アニス・ルヴェリエ

●とびきりの香りを探して
「いよいよ、冒険に出発ね。茶葉をこうして……」
 アニス・ルヴェリエ(夢見る調香師・h01122)が、計量した茶葉をさらさらと皿に乗せていく。炙られ始めは香ばしさを漂わせていた茶葉が、焼きりんごの甘酸っぱさを含みはじめた頃、扉がぼんやりと光を帯びた。
「——いい香りね。さあ、どんなダンジョンに誘ってくれるのかしら?」
 ぐいと光る扉を開ければ、茶葉の香りを押しのけるように、とろける蜂蜜のような甘い風が吹き込んだ。

 暖かな陽光を浴び、お菓子の世界はきらきらと輝く。迷路のように高くそびえる角砂糖の壁が、ビスケットで舗装された道に光を散らしていた。
 アニスがザラリと壁を手で撫でると、パリッと砂糖が剥がれ落ちて、ショコラの先端が顔を覗かせる。
「武器も防具も現地調達、そうだったわね」
 掘り出してみると、それはパラソルの形をしていた。これは、レイピアとして使えそうだ。
 ビスケットの敷石も、妙にぐらつくものを剥がしてみれば、後ろに持ち手がついている。
「ビスケットの盾。あまり強そうな敵には、立ち向かえる気がしないけど……ひとまずこれで、戦えそうかしら」
 ショコラのパラソルを携え、ビスケットをかまえて、アニスは迷路を進んでいく。紅茶に合う“とびっきり”の品と、迷路の出口を求めて。

「あら、スライム——みたいな、グミのモンスター」
 少し進んだ先で出会ったのは、綿菓子の草むらに覆われた脇道から飛び出してきた一匹のグミだ。強いフルーツの香りを漂わせながらぷるぷると揺れるそれに、思わず「美味しそう——」と声が漏れた。
「——じゃなくて! ええ、このパラソルでお相手するわ!」
 竜漿を右目に集め、飛び跳ねる先をパラソルで一突きすれば、グミは転がって動かなくなった。
「さ、お菓子も探しましょ。やっぱりショコラとクッキーがいいかしら。香りを辿って……ふふ」
 アニスは手元の道具と、倒したばかりのグミを見る。パラソルは振るたびに甘いショコラの香りを軌跡に残し、盾を構えれば焦がしバターの香りが濃厚に鼻をくすぐってくる。そこに転がるグミに至っては、離れていても舌に甘さが届くほどだ。
「どこからも甘い香りがするわね。これは手強そう」
 くすくす笑いながら、アニスは綿菓子を抜けて、脇道を進んでいく。アーモンドビスコッティとヘーゼルナッツプラリネが実る大樹を見つけるのは、もう少し先の話になりそうだ。

道明・玻縷霞
逝名井・大洋

●甘い暴力
「この甘い香り……。聞いていた通り、全て菓子で出来ていますね」
 道明・玻縷霞(黒狗・h01642)がぐるりと扉の周囲を確認する。今回二人は、逝名井・大洋(TRIGGER CHAMPLOO・h01867)の茶葉を使ってダンジョンの扉を開いていた。
「みたいですねぇ! 飴の壁に焼き菓子の岩石、前に伸びる床は硬めのキャラメル——っと、ひぇっ、冷たぁ! ルカさん、ここ、氷菓子ですよぉ!?」
 ぺたぺたと壁を叩く大洋に、玻縷霞が顔を向ける。
「飴や氷菓子は硬度がありますが、氷菓子は時間が経つほど脆くなりそうです」
 玻縷霞は、握り拳大の焼き菓子を拾い上げ、香るバターのなかで言葉を続ける。
「焼き菓子は——硬度は負けるものの、大きさや軽さが強みですね。恐らく、これは道具になっても同じでしょう」
「確か……武器は中で調達、って言ってましたよね」
「そうです。私はいつも通り体術で戦いますが——大洋さんはどうしますか?」
「ルカさんは普段通りステゴロでいけるとしても、拳銃使いのボクは、何かしら見つけないと——」
 会話を続けながら、大洋は出てきた扉の裏へ回り込む。
「——って、めっちゃ親切に、初手で宝箱置いてるぅ!」
 その声を聞いて、玻縷霞も扉裏に回ってきた。
「ダンジョンに宝箱、王道ではありますが……問題は中身ですね」
「すぐに開けちゃいますねぇ。なにが出るかなっと……開きました!」
 蓋を開ければ、中に納められていたのは幾つもの宝石——もとい、色とりどりのキャンディで作られた、指輪の数々。光を浴びて、どれもきらきらと輝いている。大洋は宝箱に手を突っ込み、ジャラジャラとそれを取り出して、次々と指につけはじめた。
「見て下さい、コレで無敵ですよぉ!!」
 そう言って拳を突き出す大洋に、玻縷霞は頷く。
「——ナックルダスターですか」
 大洋の拳頭を覆うように、複数の指輪が煌めいている。
「よかったら、ルカさんもオソロで付けません!?」
「それでは、私も付けましょう」
 玻縷霞も、拳に指輪をはめていく。喧嘩殺法の準備は、万端だ。

「……曲がり角の向こう、二体来ますね。硬めの足音です。リズムが一度崩れました、地面の罠を避けたのか……」
 氷菓子の壁を壊して見つけた隠し通路をしばらく進んだところで、玻縷霞が大洋に声をかける。
「了解ルカさん、では始めちゃいますか!」
「環境がどれほどファンタジーでも、戦い方は変わりません。私達はいつも通り戦っていきましょう」
 頷いた大洋が、そっと指輪の匂いを嗅いでから、飛び出していく。いつもと違うのは、手に纏った甘いフルーツの香りだけだ。

 大洋の目に飛び込んで来たのは、人の背丈を優に越える、人型の焼き菓子たち。黄金色の身体を繋ぐ関節にはフルーツが覗いている。
「タルトのゴーレムっ!」
 大洋の双眸もまた、金色に輝いている。振り下ろされたハードタルトの腕をステップで避け、【殺戮器官】で強化した腕力でスネにキャンディを打ち込む。焼き色がついた生地がパキッと音を立てて割れ、バターの香りが宙に舞う。
 後に続く玻縷霞が、大洋に打たれ態勢を崩すゴーレムの膝を踏み割り、脇腹にキャンディを叩き込む。拳頭がめり込み、層をなしていた表皮が崩れ、細かな粉が舞う。再度、ひび割れた生地に拳を叩き込めば、ハードタルトが砕け散った。黄色い内側はしっとりと柔らかく、立ち上る湯気が甘い香りを撒いている。【複合戦闘術・新式】による、鎧砕きの連撃だった。
「トドメですよぉ!」
 そこに、大洋が大振りの一撃を放つ。吹き飛んだゴーレムはもんどり打って地に転がり、床から飛び出たキャンディの槍で串刺しにされて動きを止めた。ダンジョンの罠が起動したのだ。
「可愛いダンジョンに対して、暴力が過ぎるって? そこは御愛嬌ってヤツですよ」
 大洋が、もう一体のハードタルト・ゴーレムに話しかける。ゴーレムは返事を返すこともなく、じわりと二人に迫っていく。
「御愛嬌ってヤツですよ。ね、ルカさん!」
 行き場をなくした会話が、改めて玻縷霞に振られる。
「可愛いのは外見だけに見えますが——」
 起動したトラップと、動かなくなったゴーレムを一瞥し、玻縷霞は改めて拳を構える。
「——私達はいつも通り戦うだけですから」
「ですね!」
 この勝負、恐らく、すぐに決着がつくだろう。二人のもたらす戦いは、お菓子の敵にも甘くない。

パトリシア・バークリー
エフェリーナ・レプス・クレセントハート

●ティーフードが守るもの
「わぁ、かわいい~。モンスターもお菓子なんだ」
 エフェリーナ・レプス・クレセントハート(旅芸人のエフィ・h05087)は、拾ったばかりの飴細工を両手に構える。薄く透けて輝くそれを剣舞のように振るえば、ぽよぽよと跳ねていたチョコ大福は、あっという間に切り分けられて、ぺちゃりと地面に落ちた。
「これを守っていたみたい。パティに丁度良いんじゃない?」
「ん、ありがとう」
 パトリシア・バークリー(アースウィッシュ・h00426)は、大福近くのチョコレートバーを拾い上げ、脇にあるプレッツェル菓子の藪をなぎ払う。ぽきぽきと吹き飛ぶスティックの先で、別のチョコ大福が真っ二つになっていた。
「いい感じ。防具っぽいものは見つからないけど……」
「パティも私も、元々軽装だもんね。進んで良いかも!」
 装備も上々、モンスターにも対応できる。悪くない滑り出しだ。パトリシアの茶葉で開かれたダンジョンは、優しく二人を歓迎してくれていた。

 しかし、お菓子のダンジョンと言えど、そう簡単に攻略させてくれるほど甘くはない。エフェリーナの嘆きが、口笛ラムネのように響き渡る。
「ちょっと、ここまでとは聞いてないんだけどっ!」
 急に影が広がったと思えば、空からプリンが降ってくる。
 なんとかそれにぷちんと潰されるのを避け、下り坂を進めば、後ろから巨大なオールドファッションなドーナツが転がってくる。
 ドーナツの割れ目にしゃがみ込んで、転がるそれをやり過ごすと、その先にはチョコレートの|毒沼地《ダメージゾーン》が広がっている。触れるだけで全身に苦味が走るほどの高純度カカオに浮かぶビスケットの足場は、踏めば簡単に割れるほどに脆い。
 二人はバターの油やチョコにまみれながら沼地を抜け、香ばしいガトーが実る密林を進んでいく。

 そして、密林を抜けた先。焼き菓子が遺跡のように組み上げられたその場所には、山盛りのスコーンに生命の真理を刻んで創られたようなゴーレムが鎮座していた。
「これはさしずめ、ティーフード・ゴーレムかな……?」
 パトリシアが一歩遺跡に踏み込めば、ゴーレムもその身をずしりと動かす。ゴーレムの奥には、宝箱のようなものも見えた。
「壊して|解体《ばら》して、食べちゃいたいところだね。エフィ」
「奥の宝箱を開けるには、避けられないみたいだもんね? 紅茶にも、きっと合うよ」
 そう頷き合い、二人はゴーレムに向かって走り出す。

 真っ直ぐに走るのは、パトリシア。ずしりと重いスコーンアームの振り下ろしをチョコレートバーで受け、いなす。逸らされたゴーレムの一撃が、クッキーの石畳を砕き舞い上げる。
 その瞬間、舞うクッキーの陰からエフェリーナが飛びかかった。とん、とん、と振り下ろされた腕に駆け上がり、二本の飴細工を、肩を作るスコーンの割れ目へ深々と突き刺す。千切れるように割れ目が広がり、腕を持ち上げようとしていたゴーレムの動きが鈍くなる。
「今!」
 パトリシアの返すチョコレートバーが、ゴーレムの身を深々と割り裂いた。

「これもお菓子で出来てるなぁ」
「でも、これ……」
「うん、こういうのは大抵そう——」
 ダンジョンには、そして戦闘終了には宝箱が欠かせない。そして、嬉々として開けてしまえば——そこまでが、ダンジョンのお約束だ。
 パトリシアがチョコレートバーを差し込んでこじ開けようとすれば、箱が牙を向き、それにかじりつく。
「——やっぱり。ミミックだったね」
「でも、歯までビスケット。噛まれても痛くない、驚かす程度かも」
 ミミックを処理して改めれば、中には柔らかなゼリーとクロテッドクリームの、二つの瓶が入っていた。

 さらに遺跡を奥へ進めば、見覚えのある大鉄扉。近くには泉もある。何が湧いているのかと覗き見れば、冷たく澄んだ水面が、すっかり汚れた自分たちの姿を映していた。
「ぷっ……あははっ。みごとに汚れちゃったね☆ でも、汚れたまま進むわけにもいかないし、ちょうどよかったね」
「そうだね。着替えの用意、ありがとうね」
 泉で汚れを落とし、エフェリーナが|世界の歪み《アイテムボックス》から取り出したタオルと着替えで、二人は身を整える。
 さぁ、お茶会の時間は間もなくだ。

ヴェーロ・ポータル
リウィア・ポータル

●兄の気苦労、妹知らず
『お兄様の茶葉を使うなんて勿体ないわぁ。リウィアのものを使いましょ?』
 リウィア・ポータル(無明の祝福・h08012)の願いが通り、兄妹はリウィアの茶葉でダンジョンの扉を潜っていた。

「まぁ、全部お菓子ですの? とぉっても素敵!」
 陽光のような明るさを浴びてきらめく色とりどりの飴細工の窓は、通り抜けるには小さいものの、近づけばうっすら透けて、甘い香りとともに向こうの景色が見える。それを覗くリウィアの瞳も、飴の色に光っているようだ。壁は板チョコのようだが、叩けばゴツンと岩のような音を返す。どうやら、かなり固そうだ。
「私が得意な炎の魔法なら、菓子を溶かすこともできるかもしれないが……」
 周辺を見回しているヴェーロ・ポータル(紫炎・h02959)の横で、リウィアは興奮を隠しきれない。話には聞いていても、実際に見る感動はまた異なるものだ。
「お菓子の杖はあるかしら? 探さないと。杖があれば魔法が使えるわぁ! 他にも、おいしそうでかわいいものは、全部もらっていきましょぉ!」
(この風景に浮かれているな、リヴは。……全く。とはいえ、確かに杖は欲しい。触媒無しでも慣れた魔法は使えるが、とはいえ——)
「ねぇ、お兄様! みてみて、たくさん素敵なものがありましたの!」
「……あなたは、いつの間に」
「今の間に、そこの通路の先——ウエハースの橋を超えた小部屋にあった宝箱で、ですけれどぉ。はい、お兄様。クッキーのラウンドシールドがありましたわ」
「あぁ、ありがとう。……しかし、こんな見た目とはいえここはダンジョンだぞ。気を抜かないように」
「お兄様ったら心配性ですわぁ。リウィアも√能力者ですのよぉ?」
「分かってるよ。でも、私が先行して、安全確認を」
「分かりましたわぁ」
(はぁ。少し目を離すと、すぐにどこかに行きそうだな。……気をつけねば)
 ヴェーロは、妹の前で盾を構えて、慎重に進んでいく。

(真剣になるお兄様の事も大好きですけれど! ダンジョンを進むくらい、リウィアにもできますから!)
 早く先を見てみたいリウィアだが、兄の意志は固そうだ。仕方なく、盾と一緒に手に入れたプレッツェルのバスケットを抱えて、兄の後についていく。
 先に通ったウエハースのサクサクとした踏み心地が良い橋は、一往復で脆く崩れてしまっていた。しかし、別の道——天井に塗られたメレンゲが落ちる通路、足をとられるゼリーの床、カラフルなドロップの玉石が転がるシロップの川、ロリポップを構えて襲いかかる飴の兵隊たち——も、どれもとても可愛らしい。
「このロリポップの杖は、私たちにも使えるな」
 炎魔法で飴の兵隊を返り討ちにしたヴェーロが、コンコンと杖の具合を叩いて確かめ、そのうち一本を渡してくれる。
「ありがとうございます、お兄様!」
「……全部持って行くつもりか? リヴ」
「もちろんです、全部リウィアのお気に入りですわぁ!」
 バスケットは、これまでの戦利品で、既にいっぱいになっていた。
「そのイチゴジャムのクッキーなんかは、全く見た記憶にないが……」
「美味しそうでしょぉ? 少し前にあった脇道で、これも宝箱に詰まってましたわぁ。ふふっ、とっても素敵!」
「……次は、一緒に行こう」
「リウィアはちゃあんと分かってますわ、お兄様!」
「……安全に通過できますように」
 ヴェーロの呟きは、祈りのように周囲に響いた。

 その後の冒険も概ね、リウィアにとっては危なげなく、ヴェーロにとってはハラハラとした道のりだった。兄妹の意見が「危なかった……!」で一致したのは、リウィアが不意に開けた最奥の宝箱が、香ばしいバターの香りとともに熱々のポップコーンを弾けさせたときくらいだろうか。無傷攻略とはいかなかったが、素晴らしい成果といっていいだろう。
「でもお兄様! このポップコーン、とっても美味しいですわぁ! 壁のキャラメルに当たったものは、お味も変化してますわよぉ!」
「なるほど、宝箱を爆発させないと、味わえない菓子というわけか」
 怪我の功名——こうしたトラブルもダンジョンの醍醐味なのだろう。二人でサクッとしたポップコーンを味見しつつ、そびえ立つ扉を眺める。恐らくは、ここが出口だ。

マルル・ポポポワール

●憧れのお菓子装備たち
「ここがお菓子のダンジョン、なのですね!」
 マルル・ポポポワール(Maidrica・h07719)は、キョロキョロとあたりを見回した。チョコスプレーの芝生にビスケットの石畳が続く道は、マカロンの実がなる生垣に囲まれている。
「このお菓子って食べられるのでしょうか、ふーこちゃん」
 しゃがみ込み、チョコスプレーを掬ってみると、地面はもちりと柔らかく、生チョコレートでできているようだ。風狐も、甘い匂いをすんすんと確かめるように嗅いでいる。
「……いえ。拾い食いは、はしたないですね!」
 自分に言い聞かせるように首を振り、芝生をそっと戻す。
(でも……木になった実は、食べても“拾い食い”じゃないですよね!)
 こっそり食べたマカロンは、ベリーの甘みに満ちていた。

「じゃあ、今回もお願いしますね、ふーこちゃん!」
 マルルは引き続き、風狐に罠を探してもらいながら探検を始める。
(まずは、ふーこちゃんのお家から探したいですね)
 このダンジョンは武器防具の持ち込み不可。杖はおろか、指輪も宝珠も置いてきてしまっている。
 熱々のチョコが吹き出るフォンダンショコラの床、生垣から飛び出してくるプレッツェル菓子、ズンズンと足音を響かせてダンジョンをうろつくグミのクマ——数々の危険を、マルルは風狐の知らせを頼りに巧みに避けて進む。何か道具を拾うまでは、安全重視だ。もちろん、お茶請けにするクッキーなど、木に実っているものは回収するのも忘れない。

「あ! もしかして、あれは魔法少女の憧れ!」
 そして見つけたのは、大きなペロペロキャンディの杖。青、白、黄、赤の四色が渦巻くそれは、マルルの魔法を強化してくれそうだ。叩けばコンコンと響くと固い音が心地いい。振り回すのも悪くないかもしれない。
「ちょっとファンシーすぎて、知り合いに見られたら恥ずかしいかもですが……思い切って装備していきましょう」
 これで、旅路も楽になる。

 そして、さっきは避けたグミのクマを、今度は正面から退けて手に入れたのは、クッキーで組まれた小さなお家。
「まさにお菓子な家! ふーこちゃんはこれを仮宿にするのはどうですか? あ、屋根とか食べちゃ、ダメですよ!」
 嬉しそうに飛び回る風狐に微笑み、マルルは次の一歩を踏み出す。もう随分歩いた。きっと出口は、もうすぐだ。

結・惟人

●オールド&チョコレート
「本当にお菓子だらけだ……」
 扉を潜った結・惟人(桜竜・h06870)は、甘い空気を肺いっぱいに吸い込み、あたりを見回した。キャラメルで作られたトンネルの天井には、キャラメルの鍾乳石が無数に垂れ下がっている。壁に埋まった白い結晶は、撫でるとざらりと固い。これは砂糖の固まりだ。
「甘い誘惑ばかりだな、用心しよう」
 腹が空いていたら、さぞ自分との戦いで苦労したことだろう。

 鍾乳洞を進みながら、惟人は自分に合った道具を探す。しかし、見つかるのは不慣れな武具ばかり。使えそうなものは、半分に分かれたマカロンの小盾くらいだ。途中、飴細工の騎士が守る扉を見つけたが、武器なしでは不味いかもしれないな、とやり過ごす。
「恐らくあの先が出口だろう。防御は盾で事足りそうだが……流石に拳闘向けの物はないか?」
 しばらく時間を浪費して、いよいよ武器なしで挑むしかないかと覚悟しかけたその時、チョコの湧く泉のそばで、銀のアラザンに埋もれたオールドファッション・ドーナツを見つけた。握りこめば、拳に馴染む。
「ナックルダスターか。良かった、これなら普段通り戦える」
 試しに近くの鍾乳石を叩く。折れたキャラメルが泉に沈むのを見届け、威力に頷いた時、アラザンが再度目に入った。
「むむ……?」
 ドーナツの先を泉に浸し、アラザンに差し込めば、拳頭がチョコと銀粒で覆われた。改めて鍾乳石を打つとキャラメルが吹き飛び、思わず竜尾が上がる。これなら飴細工とも戦えそうだ。

 再び惟人は、騎士が守る扉に戻ってきた。近づけば、騎士はギシリとべっ甲の剣を構える。惟人も拳を構えた。
 不意に踏み込み、右拳を打つ。迎え撃つ剣をマカロンで弾き、騎士の懐に滑り込む。再度の右拳——直線に走るドーナツが、飴鎧を打ち抜いた。
「流石にそろそろ、何か食べたくなってきたな……」
 鎧ごと胴を砕かれ、飴片を撒き散らしながら崩れ落ちていく騎士を見やり、惟人は呟く。肉薄する敵までも甘い香りなのだ。空腹に竜尾も下がってしまう。

 幸い、扉の先はチョコとキャラメルが実る果樹園だった。先には大鉄扉も見えている。出口だ。
 チョコやキャラメルを収穫しつつ、ここまでの冒険を振り返る。どうなることかと思ったが、結果は満足いくものだったのではないか。
 チョコを一口かじり、惟人は扉へと歩みだす。その尾は天を指し、満足げに揺れていた。

廻里・りり
ベルナデッタ・ドラクロワ

●ときめきチョコレート
「店員さんに教えていただけたので、いっしょにはいれましたね!」
「りりの紅茶を選んだからかしら? ここは……チョコレートの迷宮みたいね」
 廻里・りり(綴・h01760)とベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きパルロン・h03161)の微笑みは、カカオの濃厚で、ほんのり暖かな甘い香りに包まれていた。
「とってもあまい香り……。ほんとうに、ぜんぶお菓子でできていそう」
 くるりとあたりを見回す二人の目には、ホワイトチョコが積み上げられた艶やかな壁と、ビターな板チョコが敷かれた通路が映っている。
「この鼻で甘い香りを楽しみ、この足でお菓子のおかしな道を進む——それって、冒険だから」
「ふしぎでわくわくしちゃいます!」
「それはいくつになってもトキメクものだわ。……いくつかは覚えてないのだけどね」
「はい! ときめきに年齢なんて関係ありませんっ」
 いつものティータイムだって、お菓子と紅茶を並べれば、それはちょっとしたトキメキや幸せで満ちている。ましてや、ここはお菓子のダンジョン。甘いトキメキが、最後までたっぷり詰まっているに違いない。

 板チョコの回廊を抜け、ガナッシュの川にかかるウエハースの橋を渡る。天井から垂れゆくチョコの鍾乳石を眺め、湯気の立ち上るホットココアの滝を横目に、壁から突き出たナッツの階段を登る。少しずつ、先へ先へと進みながら、二人は役に立ちそうなものを探す。
 時折、パキッ、パキッと音を響かせて進む、カカオの殻を被ったアルマジロのようなモンスターが徘徊しているのを見かけて、そのたびに二人でチョコの陰に身を隠した。武器がないというドキドキが、迷宮に混ぜ込まれたスパイスのようだ。

「——あっ」
「どうしたの?」
 りりの弾む声が響いたのは、探索を始めてしばらく経ってからだった。大きなクランチバーの木が生い茂る森の中、ビスケット生地の切り株の陰で、宝物を見つけたのだ。
「チュロスをひろっちゃいました!」
「それはチョコレートチュロス?」
「そうです。これも、すっごくいい香り!」
 チョコレートチュロスは、先端がチョコディップされて艶やかに輝いている。表面に砂糖がまぶされた持ち手は、振るう時には良い滑り止めになりそうだ。
「いいわね、立派な杖になるわ。先の危険を探る棒にもなるわね」
「魔法の杖でしょうか……? 振ったら、チョコレートがでてきたりして!」
「ふふ、そうかもしれないわね」
 握ったチュロスは、ウィザードロッドを持ったときのような安心感を与えてくれている。もしかしたら、そういう力が秘められているのかもしれない。

「あっちで見つけたんです、ほかにもあるかもしれません!」
 りりの指差す方に、ベルナデッタは足を運ぶ。
「あのへんです! むこうの木はなにかな?」
「りり、慌てて進むと何があるか——」
「——わわっ!?」
 先を歩いていたりりの所へ、ベルナデッタは急ぐ。見ると、りりの足元が、トリュフを指で押したように柔らかく沈んでいた。
「——ちょっと遅かったみたい。平気?」
「あれ? 足がはまってぬけない……っ! ベルちゃん! これ池です! いえ、沼かもっ!」
 りりの歩いた地面は、柔らかな生チョコレートだったのだ。体温で、ずぶずぶと地面が溶けていく。
「たすけて、ベルちゃん!」と慌てるりりに、ベルナデッタは落ち着いて声をかける。
「大丈夫。少しずつ動かして、足を引っ張り出すのよ。……上手」
 ゆっくりと足を進めて、ベルナデッタに手を引かれ、りりは何とか生チョコの沼から抜け出した。
「うう……ありがとうございました」と礼を伝えるりりは、まだまだ心折れてはいない。抜け出たばかりの沼を見つめて、言葉を続ける。
「これ、わなとして使えそうですけど……持って行くのはむずかしそうですね?」
「そうね、運ぶのは大変そう」
「足もとがぺとぺと……」
「りりからも、チョコレートの香りがするようになったわね」
「でもでも、めげずにすすみましょう!」
「ええ、めげずに進みましょ」

 そして、生チョコの沼を迂回して見つけた大きな樹。そこには、果実が瑞々しく光っていた。
「オレンジの輪切りにチョコレートがかかっていて、おいしそう……! オランジェットでしたっけ?」
「そうね、輪切りの砂糖漬けをディップしたみたいね。なにか危険はないか調べ——」
「ちょこっとお味見を……」
「あっ——」
 ベルナデッタは少し慌てたが、続いた「あまくておいしい! すっぱくないです!」の言葉にそっと胸を撫で下ろす。
「——美味しい? そう。じゃあワタシも、ひとくち」
 食べてみれば、しっとりとしたオレンジに甘いチョコレートのパリッと感が心地よい。手に持って投げれば、投擲武器にもなりそうだ。
「もったいないけど、シュリケンみたいに投げても良さそうね」
 次第に、アイテムも充実してきた。

「あいたっ?」
 オランジェットを収穫していたとき、りりが声をあげた。
「……これは! キャンディの雨!」
「これもチョコレートじゃないかしら?」
「あっ、お口を開けていたらはいるのでは……!」
 りりが、あーんと空に向けて口をあける。しかし、すぐに「ぴゃ!」と声をあげてベルナデッタに向き直った。
「ぱ、ぱちぱちします……っ!」
 ベルナデッタが顔を近づければ、りりの口からパチパチと音が響いていた。
「ポップロックキャンディが混ざっているのかしら?」
「……あつめたら、ばくだんとかに使えるでしょうか、ぱちぱち?」
「そうね、集めていきましょうか。そういえば、道中にココアがあったわね。戻って飲みましょう、飴が早く溶けるから。……弾けるのも早くなるのだけど」
「ホットココア! ありましたね!」

 そうして、滝に戻る帰り道。二人は再び、沼の前でアルマジロに巡り合った。しかし、今度は隠れる必要はない。突進するアルマジロにオランジェットを投げ当てて、怯ませた隙にキャンディを足元に流し込む。パチパチと弾けるキャンディに弾かれ、アルマジロは沼へ沈んでいった。
「やった!」
「色々集めた甲斐があったわね」
 もう怖いものはないですねと、りりが杖を振り上げ、飛び跳ねて喜ぶ。そのとき、先端のチョコがツヤリと輝き、りりにまぶされていたチョコをするりと吸い取った。
「えっ……! 魔法でました!」
「チョコを吸って、吐き出す杖なのかしら。ティータイムの前に、綺麗になって良かったわ」
 あとは、出口を探すだけ。艶やかに光る杖を振り、甘い空気を胸いっぱいに吸い込んで、二人は再び歩き出した。ティータイムは、間もなくだ。

第3章 ボス戦 『オレンジ・ペコ・ダージリン』


●ダンジョン『エンソン』到達最下層
 お菓子の迷宮を抜けると、風が吹き抜ける平原が広がっていた。
 視線の先には、空間そのものに刻まれたような、煤けた大鉄扉がひとつ佇む。その前では、折りたたみ机の上に白いクロスを広げた魔法使い風の冒険者が、銀のスプーンで紅茶を静かに揺らしている。近づくと、彼女は『オレンジ・ペコ・ダージリン』と名乗った。
「オレンジ、なんて馴れ馴れしく呼ばないでくださいね。フルネームで呼んでくださいまし。
 それにしても、あのダンジョンを越えて来るなんて、中々優秀ですわね。あなたは……いえ、あなたもティールームを通って来たのでしょう?」

 もし自分の紅茶を淹れたいのなら、彼女がポットとお湯を貸してくれるという。申し出れば、彼女とカップを傾けたり、紅茶を淹れてもらうこともできそうだ。お茶菓子は、これまでの冒険で手に入れている。
「まぁ……入るときと同じで、今度は紅茶を淹れないと扉が開かない。それだけのことですわ」
 ティールームへと通じる大鉄扉の“鍵”は、本の中に眠っている紅茶の葉だ。なお、入り口と同じ茶葉である必要はない。

「……もっとも。仲良くするのは、あなたがこれまで“パフェ”に出会っていなければですけれど……ね」
 一瞬、彼女の目が、濁ったアイスティーの底を覗いたようにドロリと揺らいだが、紅茶の湯気がそう感じさせたのかもしれない。
ラナ・ラングドシャ
シュシュ・エクレール

●新しい約束
「……あ! シュシュ~!」
 ラナ・ラングドシャ(猫舌甘味・h02157)が、シュシュ・エクレール(あまい、あまい・h05089)に声をかける。
「ラナさん、ありました?」
「うん、こっちこっち!」
 てて、と駆けつけたシュシュがラナの指差す先を見ると、生垣の陰に隠されるように、大鉄扉が聳えていた。
「入口と同じ扉! ということは……」
「ダンジョン抜けれた~~!!!」
「たのしかったですね!」
 甘い戦利品をたくさん抱えて、二人はほくほく顔で迷宮を後にした。

 扉を出ると、爽やかな風が吹き抜ける草原だ。甘さのない空気が肺を満たしていく。
 そして、先に目を向けると、お茶をしている魔法使いがこちらを見ていた。
「……ん? キミは?」
「わたくしは、オレンジ・ペコ・ダージリンと申しますわ」
「わたしは、シュシュと申します。すごく紅茶を飲みたくなるお名前ですね……!」
「ね! すごく可愛くて、美味しそうな名前! ボクはラナ! よろしくね!」
 名前を褒められ、オレンジ・ペコ・ダージリンの顔に笑顔が浮かんだ。

 上機嫌なオレンジ・ペコ・ダージリンに出口の秘密を教わって、二人は彼女からポットとお湯を借り受けた。
「教えてくれてありがとう!」
「ありがとうございます!」
 礼を述べて、二人でお茶の準備をはじめる。
「シュシュに選んでもらった紅茶、早く飲みたいんだ♪」
「ふふふ、楽しみですね!」
 沸騰したお湯がぽこぽこと音を立てる。ラナが開けた、リスと仔猫の紅茶缶から立ち上る茶葉の香りを二人で楽しんだ後、ポットにさらさらと茶葉を入れた。シュシュがお湯を注ぎ込み、少し待ってカップに注げば、穏やかでほっとする香りが湯気とともに舞い上がる。
「じゃあ、ラナさんのお紅茶、いただきます!」
「いただきます~!」
 口に含めば、やわらかな甘みが舌の上に広がっていく。後味はさらりと、ほんのりとした果実の余韻が心地いい。冒険の疲れが、すっと流されていくようだ。

 一息ついた後、ラナがシュシュに向き直った。
「ね、拾ったお菓子交換こしよ!」
「わ、ありがとうございます! そのつもりでカヌレもたくさん摘んできました、半分こしましょう!」
 シュシュがカヌレをテーブルに広げ、ラナのラングドシャが隣に並ぶ。
「召し上がれ、ボクのラングドシャ!」
 ラングドシャは、口のなかでほろりと崩れ、バターの香りを伝えてくれる。すっきりとした紅茶の爽やかさがそのコクを洗い、ついもう一つ、と手が伸びてしまう。
「ラングドシャ、最高ですね……!」
 蜜のような目をきらめかせたシュシュが、こちらもどうぞと右手を差し出した。
「わたしのカヌレも、美味しいですよ!」
 カヌレを口に運べば、カリッとしたカラメルの外側が紅茶の軽い渋みと溶け合う。中のしっとりとしたラムやバニラの香りは、紅茶に引き立てられるようだ。
「うーん! カヌレもたまらないね~~♪」
 ラナの語尾と尻尾が跳ねた。二人の笑顔が、テーブルに満ちる。

「紅茶味のラングドシャとか……今度焼いてみようかな」
 紅茶のおかわりを注ぎながら、シュシュがポツリと言葉を漏らした。ラナの耳が、ピクリと動く。
「こ、紅茶のラングドシャ!?」
「そしたら——ラナさん、遊びにきてくださいますか?」
「絶対食べたいんだけど!? いくいく! 絶対いく~!!!」
「ふふふ、おすそ分けの約束が、ご招待の約束になりました……!」
 シュシュの尻尾も、ふわふわと踊っている。
「……そうだ、シュシュ」
「はい、なんでしょう?」
「ボクのことは、ラナ、でいいよ? なんだかくすぐったくて。だってボクたち、もう“友達”だし!」
「ラナ……。では親愛をこめて、ラナちゃんとお呼びしようかな?」
「ふふ、嬉しいな!」
「えへへ、わたしも……くすぐったいけど、本当にうれしいです!」

 ポットの紅茶が空になる頃、大鉄扉がぼんやりと光を帯びはじめた。そろそろ、お茶会もお開きだ。
「楽しかったね~! シュシュ、今日はありがとう! また遊びに行こうね!」
「こちらこそ、ありがとうございました! また遊びましょう、ラナちゃんっ」
 紅茶にお菓子、冒険の思い出、そして新しい友達——今日の収穫は数え切れない。
「新作のアイデアも、たくさん湧いてきそうです!」
 次のお茶会も、楽しくなるに違いない。蓋を閉じた缶の中で茶葉がかさりと揺れ、ほのかな茶葉の香りが漂った。

結・惟人

●赤い宝石、甘い余韻
「こんにちは、オレンジ・ペコ・ダージリン」
 結・惟人(桜竜・h06870)の言葉に、オレンジ・ペコ・ダージリンが笑顔を返す。
「私も、此処でお茶を飲んでもいいだろうか」
「もちろんですわ。ポットやお湯は、お使いになる?」
「ありがたく、お借りしようかな」
 惟人はそう答えて、ごそごそと包みを取り出した。包みの中にはチョコレートとキャラメルがぎっしりと詰まっている。
「収穫したてのお菓子があるんだ。良かったらあなたもどうぞ」
「ふふふ、収穫したて。ここでしか聞けない台詞ですわね。ありがとう、ご一緒させていただくわ」
 惟人はオレンジ・ペコ・ダージリンからガラスポットを受け取って、深緑の表紙を開いた。乾いた缶の音とともに、夏の庭の香りがふわりと広がっていく。

 ポットに茶葉を入れ、勢いよくお湯を注げば、爽やかな草木と花の香りに、かすかな柑橘の気配が立ち上った。赤みを帯びた水色が、光を受けてポットのなかで宝石のように煌めいている。
 カップに注いで口に含めば、熱とともに、さっぱりとした渋みと花蜜の柔らかな甘さが広がっていく。キャラメルを合わせると、香ばしさと甘さを花香が包み込み、その濃厚さを和らげて優しい甘みに変えてくれる。チョコレートも、甘みが紅茶に溶け合っていく。
(あぁ、やはり紅茶と合わせるとより美味しいな。
しかも、自分が収穫したとなると尚更だ)
 チョコレートの欠片が溶けていくのを堪能して、ふと惟人は疑問を口にする。
「野菜と同じで、収穫したては新鮮で美味しい——とか、そういうことはあるのだろうか」
「それは、ありえますわね。でも、置けば味が深まることもあるのかも? ——味の移り変わりも、楽しみの一つかもしれませんわね」
「なるほど、そうかもしれないな」
 いつもの庭に持ち帰れば、もっと美味しくなっているかもしれない。それは、後でのお楽しみだ。

「そういえば、パフェはお見かけされました?」
 急に変わった話題に、惟人は尻尾をピクリと動かした。
「いや、パフェには出会っていないな」
「そうですか……やはりここにはないのかしら」
 オレンジ・ペコ・ダージリンの視線が宙に向かう。惟人が察していた通り、オレンジ・ペコ・ダージリンはそれを狙っているのだろう。
「あなたは、どれぐらいここに挑戦してきたのだろう?」
「そうですわね、一缶、二缶……」
 これまでに試した紅茶缶を数えつつ冒険を振り返るオレンジ・ペコ・ダージリンの話は、今し方冒険を終えたばかりの惟人にとっても興味深いものだった。何せ、ダンジョンの作りが全く異なるのだ。
(話を聞いていたら、ちょっとパフェに興味が出てきたな……)
 頭に過った台詞を、惟人は尻尾のひと振りで払い落とす。薮蛇をつつく前に、切り上げた方が良いかもしれない。
 気がつけば、ぼんやりと鉄扉が光っている。甘い余韻を胸に抱えて、惟人はそっと立ち上がった。お気に入りの中庭が、惟人の帰りを待っている。

梅枝・襠

●論理なきお茶会
「何!!?」
「どうしましたの!?」
 梅枝・襠(弥生兎・h02339)に、オレンジ・ペコ・ダージリンが鋭い視線を向けた。
「オレンジ・ペコー・ダージリン!!?」
「オレンジ・ペコ・ダージリンですわ。ペコは伸ばさないでくださいまし」
「名前が三つもあるんだ。大変なことだね」
「フルネームで呼んでくださいまし、と申し上げましたわ」
「それじゃ、頭も回るまい。頭文字を取ってO・P・Dと呼ぼう」
「——はぁ?」
 オレンジ・ペコ・ダージリンは呆れ声を漏らした。フルネームで呼んでほしいと伝えて、頭文字呼びされるとは思いもしなかった。
 そこへ、更なる言葉が降り注ぐ。
「やあ、ようこそ。ここは今からあたしのお茶会だよ」
「違いますわ」
「遠慮しないで、座りな。招待されてるのに座らないなんて失礼だよ」
「もとから座ってますわ!」
「早速あたしの紅茶をご馳走しないと!」
(……喧嘩を売られたかと思えば、わたくしにお茶を振る舞いたいだけ……?)
 オレンジ・ペコ・ダージリンの混乱をよそに、襠が西洋茶器で紅茶を淹れ始めた。青草に似た爽やかな香りに、やがて花香が甘く重なっていく。
「丘を切りとったんだ。キミは丘を切り取って食べたことはあるかい?」
「何の話を——」
「ないね。あたしはあるよ」
「最後まで聞いてくださいまし」
「ほら見てくれ、このシフォンケーキ! 丘を切りとったんだ」
「あ、そういうこと」
 襠が淡い黄金色のシフォンを切り分けると、ナイフが布に触れたかのようにやわらかく沈む。そして、二つのカップに、緑が微かに差す琥珀色の液体が注がれた。きっとこの紅茶は、シフォンケーキにはぴったりだ。
「キミは——話題を変えよう!」
「このタイミングで切り上げますの!?」
 襠の話は、風に散らされた茶葉のようだ。

 その後も話は二転三転したが、お茶会はつつがなく幕を閉じた。襠が発した「パフェって何?  パフェよりこっちがいいよ。シフォンケーキ!」の台詞に、オレンジ・ペコ・ダージリンが敵意なしと判断したのだ。
「もしくはコレだ。歩くドーナツ。あたしはもう帰るけど、食べるかい? あたしが一口かじったけど」
「食べさしはいらないわ」
「なるほど! あたしのお茶には合わないからね!」
 どこからか出てきたネズミを連れて、帰りの扉を潜る襠を見送ったオレンジ・ペコ・ダージリンは、静かに溜め息をついて、襠が淹れた紅茶を口に含む。若葉のような瑞々しい甘みが舌に広がり、春風の香りが喉を抜けていく。とても静かだ。
「……良いお茶ですわ」
 最後のシフォンケーキが口のなかで溶けていく。
 暴走するテーブルの上に並んでいた、美味しい紅茶とシフォンケーキ。こんなティーパーティーは、もう二度とないだろう。

アドリアン・ラモート
弓槻・結希

●お茶会に願いを
「ありがとうございます。それでは、ポットとお湯をお借りしますね」
「いえいえ、いいお茶を」と手を振るオレンジ・ペコ・ダージリンに二人で礼を述べると、弓槻・結希(天空より咲いた花風・h00240)はアドリアン・ラモート(ひきこもりの吸血鬼・h02500)に向き直った。
「ふふふ。ティータイムにお誘いする約束でしたが、このダンジョンで一足早く、となりますね」
「そうだね、出るにも条件があるなんて。今回は、僕の茶葉を使う約束だったよね?」
「オレンジフレーバーが良い香りでしたし……予定通り、アドリアンさんの茶葉をいただきましょう。すぐに二人分、淹れますね?」
「弓槻がお茶をいれてくれるの? 嬉しいな!」
 喜ぶアドリアンに、結希の顔にも笑顔が浮かぶ。
(私の隣を歩いてくれるアドリアンさんには、少しでも楽しんでいただきたいですからね)
 今日の、そしていつもの感謝を添えて。心と共に丁寧に注げば、美味しさと香りで応えてくれる。紅茶は、そういうものなのだから。

 明るいブラウンの本がかちゃりと開かれ、茶葉がそっと陶器のポットに入れられていく。ぽこぽこと湯が沸く音を聞きながら、アドリアンはお茶の準備をする結希を見つめている。
(ダンジョンを抜けた先でティータイムっていうのも、不思議な気分だね)
 話には聞いていたが、本当にお茶をしに来たみたいだ。ふわりと吹く風が心地よい。丁寧にお湯が注がれ、爽やかなオレンジの香りが風とともに運ばれてくる。
(日頃から淹れ慣れているからか、弓槻は手際が良くてすごいな……。でも、ここでお茶しちゃったら、ティータイムの約束は無くなっちゃう?)
「アドリアンさん、お茶が入りましたよ」
 ふとアドリアンに浮かんだ疑問は、結希の声でかき消された。明るい琥珀色のお茶が、優しくカップへ注がれている。

「アドリアンさんのお口に合えばよいのですけれど」
「ありがとう弓槻、いただくね」
 結希から受け取ったカップは、太陽をひとかけら落としたようにほんのりと黄色味を帯び、光を受けて輝いていた。そっと顔を近づければ、絞りたてのオレンジのような香りが、湯気とともに立ち上っている。
「良い香りだね」
 そしてそのまま一口飲めば、オレンジは紅茶の甘い香りと溶け合っていた。ママレードのような甘い柑橘の主張が、今まで飲んだどの紅茶よりも美味しく思えた。茶葉が特別だからか、それとも結希が淹れてくれたからだろうか。
「とっても美味しい! 今まで飲んだ紅茶の中で一番かも!」
「ふふふ。アドリアンさんが選んだ茶葉を使ってますから」
 謙遜する結希の笑顔が眩しい。
(弓槻と過ごす時間は、いつだって素敵な時間だ。弓槻も、そう思ってくれてるといいな……)
 そう願いながら、アドリアンは焼きメレンゲが乗った皿を結希に差し出した。

(眠ることが好きなアドリアンさん……。でも、私と居る時は、夢より素敵な思いをしてほしい。それは、我が儘でしょうか?)
 カップを準備していたとき、結希はそう自問していた。しかし、丁寧に淹れた琥珀色の紅茶が、その迷いを湯気でやわらかく溶かしてくれる。
(いいえ。その幸せを、紅茶と共に届けるんです)
 結希の想いには、きっと紅茶が応えている。結希に向けられたアドリアンの微笑みが、それを雄弁に語っていた。
「このお菓子も、紅茶にピッタリだよ」
「ありがとうございます。では、私も……」
 ダンジョンで収穫したばかりの焼きメレンゲは、結希の口でほろほろ溶け、優しい甘さが広がっていく。紅茶の爽やかな柑橘と渋みが、その甘さを引き締めて、その余韻を羽のように軽やかにした。
「——美味しい!」
「だよね。良いお菓子を見つけられたよね」
「紅茶……おかわりはいかがです?」
「もちろん! 弓槻は?」
「えぇ、私も」
 そして、ポットが空になった頃に、大鉄扉がぼんやりと光を帯び始めた。出口への扉が開いたのだろう。このお茶会も、そろそろお仕舞いの時間だ。
「今度、お約束したアフタヌーンティーに淹れる、私の紅茶も楽しみですね?」
「———! そうだね!」
 扉の先は、ティールーム——元いた世界。けれども、素敵な時間は、ダンジョンの外へと続いていく。

ヴェーロ・ポータル
リウィア・ポータル

●煙のなかを手探りで
(……ようやくダンジョンを抜けたか)
 先に扉を抜けたヴェーロ・ポータル(紫炎・h02959)が溜息をつく。
「ふふっ、とっても楽しいダンジョンだったわぁ」
 続いて扉から出たリウィア・ポータル(無明の祝福・h08012)が、「ねぇ、お兄様!」と笑みを向ける。
(この妹は、笑顔でトラブルを運んでくるから……)
 ヴェーロは今回も覚悟していた。案の定ではあるのだが、気苦労が減るわけではない。
「はぁ……それは何よりだね」
 ようやく、一息つける場所にたどり着いたのだ。
 
 しかし、ヴェーロの休息は長く続かなかった。
「お兄様、あちらの白いテーブルに、噂の魔法使いさんがおられますわ」
「何……そうですか」
 淑女に疲れ顔は見せられまいと、ヴェーロは居住まいを正す。そして、二人でそっと近寄って声をかけた。
「御機嫌麗しゅう、レディ」
「素敵な魔法使いさん、御機嫌よう!」
「あら、これはご丁寧に。ご機嫌よう」
 オレンジ・ペコ・ダージリンと名乗る彼女は、出口の仕組みを説明してくれる。
「なるほど。宜しければ道具をお借りしても?」
「えぇ、もちろん。冒険者は持ちつ持たれつ、ですから」
「お茶を淹れるなら、お兄様の出番ねぇ。とっておきの一杯をくださいまし!」
 そして、リウィアはオレンジ・ペコ・ダージリンに向き合い、言葉を続けた。
「あなたも是非お飲みになって。お兄様のお紅茶は特別なのですから」
「そうなのですか、お兄様は?」
「あぁ、喫茶を営んでいましてね。紅茶を淹れることに関しては自信があります。——よろしければ、オレンジ・ペコ・ダージリン様。あなた様にもご賞味頂けませんでしょうか」
「よろしいの? では、折角ですから……ご相伴に預かろうかしら」

(さて——今度は、私の茶葉を使おうか)
 ポットを借りたヴェーロは、くすんだ緋色の表紙をかしりと開けた。
 喫茶店では茶葉も湯も正確に管理しているが、今は愛用の道具がない。加えて、茶葉も初見。完全なる一発勝負だ。
(自分の勘と、舌だけが頼りだな)
 幸い、缶の茶葉は100g入りと分かっていた。目分量で茶葉を取り出し、陶器のポットに入れる。そして、やかんの傾きをゆっくりと調整して注ぎ込む湯量を支配する。
(お湯は……これくらいか)
 湯気とともに、燻る香りがふわりと立ち上る。蓋をすれば、後は茶葉が開くのを待つのみだ。
(ガラスポットなら良かったのだが……定期的に味見するしかないか)
 三十秒ごとに味見を重ね、好みの味を探っていく。
(よし、納得の出来だ)
 カップを温めていたお湯を捨てて、ヴェーロは紅茶を運んでいく。

 一方、リウィアはオレンジ・ペコ・ダージリンと会話に花を咲かせていた。テーブルにはバスケットに詰まったお菓子が広げられ、お茶会の準備は万端だ。
「あなたも同じルートを通っていらしたのでしょ?」
「そうね、ティールーム経由で来ましたわ」
「あなたはダンジョンでどんなものを見つけたの?」
「今回は……ジンジャーブレッドクッキーが当たりだったかしら」
「ね、オレンジ・ペコ・ダージリンさん、あなたはどれがお好き? ——あら失礼、つい質問攻めね、ふふっ! お話できるのが嬉しいの!」
「良いのよ、私も楽しいわ。そうね……。スモーキーな香りがしてきましたし、そちらのキャラメルポップコーンなんかは相性が良いんじゃないかしら」
「そうかも知れませんわね! あれを見つけたときは大冒険だったわぁ!」
「あら、どんな冒険でしたの?」
「それは——」
 そのとき、ヴェーロが紅茶を運んできた。

「さぁどうぞ、お召し上がりください」
 深い琥珀色のカップから、煙の奥に潜むシロップの甘さがふわりと漂っていた。
「個性的な香りですわぁ」
「見てましたわ。熟練の動き、いただくのが楽しみ」
 口に含めば、力強い燻香に黒蜜のような甘みが静かに残る。そこにキャラメルポップコーンを合わせれば、燻香とキャラメルの甘みが溶け合い、できたての穀物菓子のようだ。
「他のお菓子にも合いますわぁ! お兄様は素晴らしいでしょう!?」
「ジンジャーブレッドクッキーとの相性も良いわね」
 賑やかなお茶会のなかで、ヴェーロは一つ息をついた。美味しい紅茶が疲れを静かに洗い流していく。それに呼応するように、扉が光を帯び始めた。

パトリシア・バークリー
エフェリーナ・レプス・クレセントハート

●招待状は、手のなかに
「こんにちは、レディ。あたしはパトリシア。招待状はないけど、ご同席しても平気?」
「こんにちはー。旅芸人のエフィだよ☆」
 パトリシア・バークリー(アースウィッシュ・h00426)とエフェリーナ・レプス・クレセントハート(旅芸人のエフィ・h05087)が声をかけると、オレンジ・ペコ・ダージリンは笑顔を返した。
「こんにちは、お二方。もちろんですわ。招待状は——お店で手に入れられたのでしょう?」
 かさりと紅茶缶を振るオレンジ・ペコ・ダージリンに、確かにそうだと笑いあい、二人はテーブルについた。

「良いお茶が買えたの。あたしたちのと、オレンジ・ペコ・ダージリンお勧めの茶葉で飲み比べしたいな」
 そう提案するパトリシアに、オレンジ・ペコ・ダージリンが同意する。
「お二人が淹れるのなら、わたくしも新しい茶葉で淹れ直そうかしら」
「良いわね、一緒に淹れよう?」
 パトリシアたちの会話の隣で、エフェリーナが端末をそっと浮かせる。その浮遊端末——“ステージクリエイター”が、ゆったりとした音楽を流しはじめた。
「あら、素敵」
「お茶会には、音楽が欲しいでしょ?」
「流石ね、エフィ。良い曲。——お砂糖は、どうする?」
「パティは、どんな紅茶を淹れるの?」
「あたしのリーフは、ミルクティーね」
「じゃあ、私もミルクティーにしようかしら? ミルクはこちらをお使いくださいまし。ダンジョンの汲みたてですわ」
「ありがとう。エフィの茶葉は、ストレート向きかな」
「じゃあ、私のお茶はお砂糖なし。ミルクティーはお砂糖一杯でおねがいー」
 パトリシアとオレンジ・ペコ・ダージリンがそれぞれにお茶を淹れはじめ、エフェリーナは|世界の歪み《アイテムボックス》から、冒険の成果——たくさんのお菓子を並べていく。
「これはスコーンのゴーレムから取ったの。それはもう強くって——」と少しばかりの脚色が入った冒険譚を披露すれば、ヒロイックな展開にオレンジ・ペコ・ダージリンも興味津々だ。
「——なんとか、パティと、このクリームとゼリーを持ち帰ったんだ。オレンジ・ペコ・ダージリンさんはどんなお菓子を見つけたの?」
「そうね、この紅茶たちと相性が良いのは、ベリージャムかしら。木から、樹液のように染み出てきていて——」
 話と茶葉が花開き、やがて三種類の紅茶が出来上がった。

「それじゃあ、飲み比べていこう。エフィのストレートティーからいく?」
「これだよね、パティ。濃くて鮮やかな色が綺麗。吸い寄せられそう。お花みたいな、良い香り……」
「ではわたくしも……。なめらかで、後味もすっきり。けれど紅茶の満足感はしっかり」
「いくらでもお代わりしたくなる気軽さが魅力よね。——エフィ、このビスケットが合うよ」
「これ……ミミックの? ——バターの風味で、紅茶が際立つかも!」
 エフェリーナの紅茶は、まるで爽やかな夏の午後を切り取ったような一杯だ。

「続いて、わたくしのミルクティーですわ」
「茶葉を出したときから、強い芳香が素敵。鼻につんとくる」
「軽やかな、干し葡萄みたいな香り……!」
「ミルクティーに負けずに、香りとコクが残る茶葉にしましたの」
「ゴーレムのスコーンが相性良いかな」
「クリームよりも、ベリージャムがよろしいわ」
「スコーンにジャムね。紅茶と合わせると、お上品なお味!」
 オレンジ・ペコ・ダージリンのミルクティーは、優しい秋の朝方のよう。

「そして、あたしのミルクティーね」
「甘い香りが濃厚……」
「しっかりしたキャラメルの甘さと、ほんのりした苦み。……少しスパイシーさもある?」
「うん、何と言ってもどっしりとしたコクね。お砂糖にもミルクにも負けない強い個性がある」
「パティのミルクティも、スコーンとの相性が抜群ね」
「クロテッドクリームがよく合いますわね」
「ん~、同じミルクティーでもしっかり違うんだね」
「うん、紅茶の世界は奥深い」
 同じミルクティーでも、パトリシアの紅茶は、日差しの冠を戴いた、力強い秋の実りだ。

 それぞれのお茶を楽しみ、曲が何度か変わった頃、大鉄扉が光を帯びはじめた。
 オレンジ・ペコ・ダージリンに別れを告げて、二人は扉を開ける。冒険はここで一段落。——けれど、紅茶の世界はまだまだ広い。

アニー・ホーキンス

●キラキラひかる
「なんか、視線感じるけど……」
 扉を出たアニー・ホーキンス(h07875)がキョロキョロとあたりを見回せば、こちらを見ている魔法使い風の冒険者が目に入った。
「——やっぱり見られてる♪ 私の魅力のせいかな♡」
 ふふふと微笑み、アニーは足取り軽く冒険者に近づいて、笑顔をきらめかせた。
「めっちゃラブリーだね☆ ここがダンジョンの終点?」
「えぇ、そうですわ」
「ということは……ダンジョンのボスかな?」
「いえ、ここにはボスはおりませんわよ。ただ、お茶をしているだけ。そうしないと、出られませんから」
「そういうことなんだ♡ じゃあ、私もお茶会ガッチリ楽しんじゃう♪ 私はアニーって言うの、よろしく☆」
「わたくしはオレンジ・ペコ・ダージリン。フルネームで呼んでくださいまし。——えぇ、よろしくお願いしますね」
 そうして、二人のお茶会は幕を開けた。

「超オシャレでしょ♡」とお互いの紅茶缶を見せ合った後、アニーはポットを借りてお茶を淹れた。
「ライムをスライスして浮かべたり、ソーダで割るのが好きなんだ☆」と伝えたら、オレンジ・ペコ・ダージリンが、ダンジョンで手に入れたというソーダアイスバーを使ってキンキンに冷やしてくれる。瞬く間に出来上がったアイスティーのソーダ割りは、若々しい青葉と果実の香りが立ち上り、炭酸とともにシュワシュワと弾けている。結露したガラスコップに口をつければ、爽快な風が喉を通り過ぎていった。

「ありがと、オレンジ・ペコ・ダージリンさん☆」
「どういたしまして、あなたがパフェに出会ってないのでしょう? なら、協力は惜しみませんわ」
「そういえば、パフェに会ったら仲良くできないって、最初に言ってたよね。……ん? どういうこと?」
「まぁ……お気になさらなくて大丈夫ですわ」
「ふふ、ごまかして。謎だらけ♡ サンデーはパフェに含まれるのかな?」
「サンデーとパフェを一緒にしないでくださいまし」
 パフェについて話を広げるたび、オレンジ・ペコ・ダージリンの目はどろりと濁っていく。しかし、アニーは話を続ける。
「先輩の熱~い視線、めっちゃ感じちゃうよ☆ ボクの可愛さにドキッとした? それとも、ボクのドーナツ狙い?」
 オレンジ・ペコ・ダージリンの目が点になった。
(アニーさんは、パフェを狙っているわけでは無さそうね……)
「ね、シェアしてあげよっか♡」
「——そうね、美味しそうで、つい。……わたくしにも、いただけるかしら」
「トースターペイストリーも、きっと合うと思う☆」
 アニーのトースターペイストリーが、パリッと音を立てる。
 きらめくアイスティーに、アニーの瞳が光を帯びた。その輝きこそ、彼女の強みなのだろう。

クーベルメ・レーヴェ
不忍・ちるは

●重なる楽しみ
「じゃあ、大事にお借りするね」
「いえいえ、良いお茶を」
 大鉄扉の前ですひらひらと手を振るオレンジ・ペコ・ダージリンから道具を借り受け、クーベルメ・レーヴェ(余燼の魔女・h05998)と不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)はお茶会の準備に取りかかった。
 ちるはが机にバームクーヘンやマドレーヌ——ダンジョンの戦利品を並べ、クーベルメがポットとカップを温める。そして、妖精の描かれた本を取り出し、「じゃあ、まずは私の茶葉からね」と表紙を開いた。

 缶から現れた妖精を家に帰すように、茶葉をガラスポットに招き入れる。とっとっとお湯を注ぐと、ポットのなかで茶葉が遊ぶように踊った。遊び疲れた妖精が大人しく眠りについた頃を見計らい、クーベルメはカップに琥珀色の液体を注いでいく。
「できたよ、ちるちゃん」
「良い香り。楽しみです」
 陽光に照らされ、カップの底に向かって水色が濃くなっている。湯気とともに広がる香りは落ち着いた紅茶だが、顔を近づければジンジャーの刺激とシナモンの風味が軽く鼻をくすぐった。
「では……クーちゃんの、お茶のお味は?」
「ドキドキするね?」
 微笑みあって、カップを口に運べば、紅茶のコクとジンジャーの余韻の後に、ピリッとした辛みが走った。
「……? ——!?!」
 一瞬の火花に、ちるはが目を丸くする。
「えっ、これなに!?」
 クーベルメも、ちるはと同じ表情だ。
 顔を見合わせ、落ち着いて再びカップに口をつける。そっと味を紐解いていけば、この衝撃の正体に見当がついた。
「……黒胡椒? もしかして? 隠し味に?」
「香り以上に、口に含むと感じ方が違いますね」
「びっくりしたけど、でもちゃんと美味しい……」
「ですね。これは、クーちゃんに『似合う』なあって感想です」
「私、ちるちゃんに悪戯しないよ?」
「ふふ。知ってますよ?」
 ちるはは、クーベルメの可愛らしさと全力で挑む姿のギャップを、その味わいに重ねる。この紅茶に飲んでみてはじめて気づけた魅力があるように、クーベルメと仲良くなってから、知れた魅力がたくさんある。
「——こうして何度も楽しめて、おいしいなって」
 バウムクーヘンが刺激を甘さで包み、紅茶が甘さを洗い流す。ピリリとくる刺激を何度も味わって、ふと缶を見ると、表紙に描かれた妖精が悪戯っぽく笑ったように見えた。

「では続けて、私のお茶も淹れましょうか」
 夜空の表紙をかちりと開き、甘い香りの茶葉をそっと陶器に閉じ込める。お湯を注ぐと茶葉が舞い、ポットのなかは星が散るようだ。少し間をあけて、ちるはが新しいカップに注ぎ入れれば、落ち着いた甘い香りが広がった。
「クーちゃん、私のもできましたよ」
「優しい餡子の香りがするね。ちるちゃんのも頂きましょう!」
 口に運べば、紅茶の軽やかな渋みとともに、こしあんの香りが優しく舌を包む。そして、遅れて続いた清涼感が、甘さを優しく洗い流した。
「優しい甘さが丁度良いわ。後味もすっきり!」
「私のは、ええと……夏の暑さが和らぐ夜空で、すーっと、深呼吸するような……?」
「そうそう、そんな感じ……!」
 プレーンなバウムクーヘンは、この紅茶にもよくなじむ。交互に口に運んでいけば、和と洋が年輪のように交わり、一つの菓子になっていくようだ。味の変化にはしゃぐ気持ちを落ち着かせ、楽しい会話を重ねるうちに、時間が瞬く間に過ぎていく。
「道中のお菓子つまみ食いでお腹いっぱいかと思ったけど、美味しいから大丈夫ね!」
「ですね、バウムクーヘンも結構食べちゃいました。紅茶も、この一杯が最後ですね」
 ふと目を向けると、出口の大鉄扉がぼんやりと光を帯びていた。クーベルメとちるはは、改めて向かい合う。
「帰りの扉も、準備できたみたい?」
「そうですね、そろそろお開きですね」
「今度来る時は、ちるちゃんの茶葉が、どんなダンジョンなのか確かめなきゃね」
「私の選んだ茶葉ですし、次もきっとおいしいですよ」
 胸に穏やかな楽しさを抱き、二人は紅茶を飲み干した。次のダンジョンにどんなトラップが待っていても、二人で一緒に食べてしまおう。クーベルメとちるはの“楽しい”が、扉の先や、新たなダンジョンで待っている。

道明・玻縷霞
逝名井・大洋

●宝石を添えて
「えっ! おねーさん、お湯分けてくれるの!? ポットも二つ使って良いの!! マジやさしーじゃん、ありがとー!!」
 逝名井・大洋(TRIGGER CHAMPLOO・h01867)の弾む声に、オレンジ・ペコ・ダージリンが「いえいえ」と手を振っている。
(……相手に敵意はないようですね)
 道明・玻縷霞(黒狗・h01642)は、その様子を観察していた。パフェの話をしていた際は狂気を帯びた目をしていたが、執着しているのはそれだけのようだ。
「それじゃルカさん、お言葉に甘えて……ボクらもティーブレイクしていっちゃいません?」
「それならば、お言葉に甘えていただきましょうか。頂いた茶葉の味も気になる所ですからね」
 ひとまずは、戦う必要はなさそうだ。玻縷霞と大洋はオレンジ・ペコ・ダージリンに礼を伝え、ポットとお湯を借り受けた。

「さて……それではそれぞれ、淹れていきますか」
「あっ! ボクが淹れてあげますよぅ! 来たときに言ったでしょ?」
「仕事終わりに……と言ってませんでしたか?」
「ちょうど捜査も一段落でしょ!」
「では、お願いします。私は……お菓子を準備しましょうか。折角のティータイムなのですから、お茶菓子もなくては」
 分担が決まった。大洋は、上下巻のような紅茶缶を並べ、それぞれの茶葉をポットに入れる。玻縷霞も、先ほど戦ったタルトのゴーレムの欠片を取り出す。薬缶はコポコポと音を立てている。
(このタルト……大きいですし、形も歪ですね)
 少し思案した玻縷霞は、タルトの塊を手でバキバキと砕いた。
「ルカさん——?」
 沸騰した湯をポットに流し込みながら、大洋が玻縷霞に目を向ける。
「このタルトは大きすぎます。程良い大きさに砕けば……クッキーになるでしょう?」
「ほあ! クッキーにしちゃうとかあったまいー! ボクの方は、後は待つだけです!」
「では、先にクッキーを並べましょうか」
 タルトの欠片が二人分並び、その後、カップに紅茶が注がれた。玻縷霞の紅茶は明るい黄金色、大洋の紅茶は赤銅色に、それぞれきらめいている。
「そーいやさっき見つけたコレ、まだ残ってたんだっけ。折角だし、使っちゃいましょ!」
 大洋が取り出したのは、ゴーレム退治にも使った指輪。じゃらじゃらと指輪をかき回し、ダイヤモンドのついたものを選び、指輪から石を取り外していく。
「なるほど、キャンディですか。その石なら紅茶の色も邪魔しない。考えましたね」
 二人の紅茶に、艶やかな宝石が添えられた。

「では、いただきましょ!」
「そうですね、いただきます」
 玻縷霞は、砂糖の代わりに宝石の欠片を落として、口に含んだ。ハーブのような爽やかな清涼感が身体を抜け、仄かな甘みと花の香りが余韻として静かに残る。溶け出た甘みも心地いい。タルトを齧った後に飲めば、バターの余韻を紅茶が洗い流してくれる。
「……戦いの後にはちょうど良いですね。大洋さんも、お味は如何でしょうか?」
 大洋も宝石を沈めてかき混ぜ、口に運ぶ。鋭い渋みの後、メントールめいた爽快感が喉奥に抜け、その奥でほんのりと甘い花が香った。タルトのクッキーを齧って飲むと、お互いを引き立てるようだ。
「んー。……夜明けの一杯にぴったりの、清涼感と奥行きってカンジです!」
 二人並んでカップを傾け、時折、紅茶に沈んだ宝石をそっと混ぜる。何度かそれを繰り返した頃、大洋がそっと口を開いた。
「ね、ルカさん」
「何でしょう」
「……こんなにおっきな宝石は付いてないかもしれないけど。いつか、ボクからちゃんと指輪を贈らせてくださいね!」
「指輪、ですか……」
 玻縷霞が大洋に顔を向けた。大洋も玻縷霞をじっと見つめている。
「いえ、大きな宝石や高いものでなくて良いのです。物の価値は値段だけではなく、気持ちや思い出もありますから」
「———! 了解です!」
 眩しい日差しのなか、カップに残った紅茶と宝石が静かにきらめいていた。
(拒否しないうえに清廉過ぎるね、ボクのルカさんは)
 最後の紅茶をそっと口に含み、胸のざわめきを鎮める大洋に、玻縷霞の声が届いた。
「大洋さん、扉が光を帯びてきました。これで、出られるようですよ」
「——はい、行きましょーかルカさん!」
 立ち上がると、使わなかったキャンディの指輪がじゃらりと音を立てた。

ユナ・フォーティア
天翳・緋雨

●配信日はいつですの?
「遂にお菓子の迷宮突破!」
ユナ・フォーティア(ドラゴン⭐︎ストリーマー・h01946)の弾んだ声が、草原に響き渡った。
「この先は……また鉄扉ですな!? ——ん?」
 扉の前で紅茶を揺らす魔法使いのような姿が、ユナの目に入った。そっと近づくと、話しかけてくる。
「オレンジ・ペコ・ダージリンと申します。フルネームで呼んでくださいまし。そして、これは……何かの撮影ですの?」
「君、オレンジ・ペコ・ダージリン氏って言うんだ! お洒落な名前! ユナだよ!」
 続けて、質問に天翳・緋雨(天眼浪士・h00952)が応じる。
「オレンジ・ペコ・ダージリン、さんですね? よろしく~! オレは緋雨です! このダンジョンについて配信しようと思ってるんですけれど、ここも撮って大丈夫です? ご迷惑にならない範囲に調整はしますので……!」
「まぁ……! 撮っていただくのは構いませんわ。ここに来る冒険者が増えるのも歓迎ですし。もっとも、誰もが辿り着ける場所ではありませんけど……そうでしょう?」
「えっへん! ユナ達にかかれば、ダンジョンなんか恐るるに足らずだZE★」
「でも、ハードルは高いかもね。チョコの兵士も強かったし」
「ですわ、お二人が優秀なんですのよ」
「えへへ★ で……氏は、どうしてここでお茶会を?」
「それは、エンソンの紅茶を淹れることで、扉が開く仕組みだからですの」
「あの扉は、ティールームへ繋がってるのか〜! ——あっ、緋雨氏」
「そうだね、ネタバレに配慮して、ここは配信では伏せないとね」
「助かりますわ」
「でも、実はユナ達元々、お茶会を楽しみにしてたんだ〜!」
「お菓子のダンジョンを超えたらお茶会~ってね。もちろん、お茶菓子となる戦利品もあるよ」
「マドレーヌや焼き菓子をお供に、紅茶を楽しみに来たの!」
「なら、ポットとカップはロイヤルワラントを。特別ですわよ?」
「お洒落ですねー、これ! ありがたいです!」
「王室御用達!? ありがとう~!」
 そして、三人でベストな構図を確認する。背景よし、天気よし、道具よし。さあ、撮影再開だ。緋雨が、スマートフォンの録画ボタンをトンと押した。

 画面の中で、火にかけられた薬缶の口から、湯気が上がっている。持ち手に手が伸び、薬缶からポットとカップにお湯が注がれた。
 ポットのお湯が捨てられ、机に置かれた美しい青空と南国の海が描かれた本が、中央からかちりと見開きにされる。ユナがやわらかな表情を浮かべ、本に収まる茶葉をそっとすくい上げた。縒りのかかった細長い葉は、やわらかく艶めく茶褐色だ。
 さらさらと茶葉をポットに入れて、薬缶から湯を注いでいく。ふわりと湯気が立ち上り、ユナの顔がほころんだ。
(そうやって淹れるんだね。それにしても、香りまで撮れないのが残念になるくらいだな)
 カップを温めていたお湯が捨てられ、透き通る赤橙色の紅茶が注がれるのをカメラで追いながら、緋雨は大きく深呼吸した。自分の紅茶も、帰ったら淹れてみよう。これで開かれるダンジョンも、いつか見てみたいものだ。

「緋雨氏、良い感じに撮れた~?」
「もちろん! お洒落VLOGみたいですよ!」
「ここから見ていても、素敵でしたわ」
「えへへ~。良い香りで表情緩んじゃったぜ。ではでは、早速ご賞味といきますか……!」
 マンゴーやピーチの香りに包まれたカップを口に含むと、華やかで濃い甘さが身体を満たしていく。
「まさに南国気分〜♡」
「これなら、ストレートでいけるね。ラムネ菓子を一緒に食べれば、甘さも増すし」
「そのままでもトロピカルで、デザートのような贅沢さですわ」
「マドレーヌを合わせると、コクが溶け合って、もっとお菓子感が増してる~!」
「喉に残る甘さが癖になるね。——あっ、ユナさん! その表情良いよ! って、あれ?」
 紅茶とお菓子に話を弾ませているうちに、緋雨のスマホに映る扉が、いつの間にか光を帯びていた。

「そうだ。折角だし、写真を撮ろう? 皆の者と笑顔のお茶会、最高の思い出になるんだよね〜♡」
「お茶も無くなったし。いいね、記念撮影!」
「もちろんですわ!」
 撮影を済ませ、ユナと緋雨がティールームへと帰っていく。それを見送ったオレンジ・ペコ・ダージリンが、思い出したようにぽつりと呟いた。
「……パフェのことを、聞きそびれましたわね」
 しかし、それも後日に確認できる。動画配信が、楽しみだ。

尾崎・光

●繊細なお茶会
「やっぱり、ここが出口だったか。辿り着けるものだね」
「その通り、ここが今のところは最下層、ですわ」
 お菓子のダンジョンを抜け出た尾崎・光(晴天の月・h00115)のつぶやきに、思わぬ声が返ってきた。
「驚かせてごめんなさいね。わたくし、オレンジ・ペコ・ダージリンと申します。馴れ馴れしくファーストネームで呼ばず、フルネームで呼んでくださいまし」
「フルネームでなければ意味の変わる名であれば、拘るのもわかるよ。……ここで何を?」
「ティーパーティーですわ。ご存知? ここのダンジョンは、扉の前で紅茶を淹れないと出られない——って」
「いや……聞いてこなかったな」
「まぁ、入口が入口ですから。出口の開け方も、およそ見当がつくでしょう? 鍵は最初から持っているのですから」
「なるほど。では……僕も、紅茶を淹れても?」
「もちろんですわ。ポットはお好きなものをお使いくださいまし」
 見れば、素材も大きさも様々なポットがずらりと並んでいる。ジャンピングを考えるなら、大きめのポットが最適だ。誰か振舞える人がいれば——とオレンジ・ペコ・ダージリンに声をかけると、「ご馳走してくれますの?」と笑顔が返ってきた。
「姉さんのために淹れていたから、そう悪い腕ではないと思うよ」
 そう話しながら、鈍い赤の背表紙をそっとずらす。来る時は香りしか確認できなかったから、味を確かめるのが楽しみだ。

 ポットとカップを温めている間に、缶から取り出した茶葉を確かめる。白い産毛を纏った繊細な茶芽。デリケートな葉だと見当をつけ、沸騰した湯が少し冷めるのを待つ。
「そういえば……他に人は来ないのかな?」
 ふと湧いた疑問をぶつけてみたら、オレンジ・ペコ・ダージリンは笑顔のまま口を開いた。
「ここで人に会うことは、なかなかないですわ。わたくしのように、待っているなら別ですけど……」
「待っている? 誰を——」
 そろそろ、温度は頃合いだ。静かに湯を注いで蓋をする。
「誰を? あなたを、ですわ。光さん、あなた——パフェを見つけませんでした?」
 オレンジ・ペコ・ダージリンの瞳がどろりと濁り、光を射抜くように鋭さを増した。
「いや、見ていないね」
「そうですか……。ここで冒険者たちを待っていれば、効率良く情報収集できると思ったんですけど——なかなか上手くいきませんわね」
 よく蒸らした茶葉を軽く揺らし、淡い黄金色をゴールデンドロップまで注ぐと、花蜜の香りがふわりと立ち上った。
「それは残念だったね。でも、お茶は上手に入ったと思う。きみの口に合えば良いけど——」
 朝日のように澄んだお茶をひと口含むと、繊細な香りがすっと全身を通り抜けていく。カップを手にしたオレンジ・ペコ・ダージリンも、先ほどの毒気が嘘のように、笑顔が戻っている。
(……楽しんでくれているようだけど、次に会うときも友好的かは分からないな)
 光は相手の様子をうかがいながら、静かにお代わりをカップに注いだ。

 しばらくして、ぼんやりと扉が輝きを帯びはじめた。光は、祖母や姉の顔を思い浮かべる。
(帰ったら、お土産を渡さないと)
 光の心は、既にダンジョンを離れつつあった。

ベルナデッタ・ドラクロワ
廻里・りり

●境界線の上で
 ダンジョンを抜けると草原が広がり、その先の大鉄扉前で、魔法使いが紅茶を嗜んでいた。
「ご機嫌よう。ワタシはベルナデッタ、よ」
「こんにちは、わたしは廻里りりです!」
 そっと近づいて声をかけると、穏やかな笑顔が返ってきた。
「あら、ご機嫌よう。オレンジ・ペコ・ダージリンですわ。フルネームで呼んでくださいまし」
「オレンジ・ペコ・ダージリンさん、ですね。よろしくお願いします!」
 廻里・りり(綴・h01760)も、笑顔を返す。
「お茶をされているのね、気持ちいい場所だわ」
 ベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きパルロン・h03161)が、机の上に視線を落とす。
「道具も、一つひとつが丁寧に手入れされているわね」
「ありがとう、ロイヤルワラントですの。お茶は、理由もあるのですけれど。ご存知? この扉は——ここで紅茶を淹れないと開かないの」
「えっ! そうなんですか!?」
「なるほど。出るにはまた、お茶が要るの」
「でる方法を教えてくださって、ありがとうございます。ベルちゃん、これで安心ですね」
 りりがベルナデッタに笑顔を向ける。
「でも、りり。ワタシたち、ポットを持ってきてないわね。……良ければあなたのポットをお借りできないかしら?」
「えぇ、構いませんわ。でも、その前に一つだけ。——あなた方、ここでパフェは見られました?」
 オレンジ・ペコ・ダージリンの視線が、どろりと粘度を増した。
「そうですね、パフェは見かけてないですね?」
「はじけるチョコ、チュロス、そしてオランジェット。出会った中にパフェはないわね」
「——そう。なら、こちらをお使いになって。わたくしのお気に入りですの」
 先ほどの目つきが嘘のように、彼女には笑顔が戻っている。
「ありがとう。折角のご縁ですし……一緒にティータイムをして頂けるかしら?」
「そうですね、お茶会もぜひごいっしょに!」
「なら、お言葉に甘えて」
 オレンジ・ペコ・ダージリンからポットを借り受け、二人はお茶の準備をはじめた。

「今日はとことんチョコレートな気分なので、わたしの紅茶でいいですか?」
「えぇ。りりの紅茶、良い香りだったものね」
 薔薇色の本に結ばれたリボンを紐解き、本のなかから茶葉を取り出す。つるりとした白磁のポットに閉じ込めて、それにそっとお湯を注ぐと、紅茶の温もりとともに、カカオの甘さがふわりと広がった。温めていたカップに入れると、深い琥珀色が陽光を受けてきらめいている。ひと口含むと、スイーツを味わう喜びが身体を満たしていく。お茶とデザートの境界が溶けてなくなってしまったようだ。
「あまくておいしい……! でも、すっきり飲めますね!」
「これは……まるでデザートね」
「あっ、ポップロックキャンディいかがですか? 口の中でぱちぱちするんです! あとあと、オランジェットはオレンジ・ペコ・ダージリンさんにぴったりかもって思いますっ」
「では、オランジェットを。——あら、味わいがぐっとリッチに!」
「本当、オレンジの余韻が入って、一つになった感じがするわ」
「キャンディも食べると、ショコラのソーダみたいです!」
 笑みがこぼれ、甘い香りに包まれて、時間がチョコのように溶けていった。

 気がつけば、扉はぼんやりと輝きを帯びていた。出口の準備ができたのだ。
「そういえば、この杖ってお外にでたら消えちゃうんでしょうか? いつでもチョコレートが食べられるのかもって思ったんですけど……」
 光る扉を見つめて、りりが疑問を口にする。このチョコレートチュロスを手放すのは名残惜しい。
「甘くて艶やかな、ここにしかない魔法の杖だものね……。持ち出してもいいのかしら?」
 ベルナデッタの問いかけに、オレンジ・ペコ・ダージリンが答えてくれる。
「持ち帰れますわよ。道具もお菓子も、そこの扉から帰る方への正当な報酬ですわ」
「やった、うれしいです!」
 たくさんの収穫を持って、二人はオレンジ・ペコ・ダージリンに別れを告げる。
「ごいっしょできてうれしかったです! またお茶会ができたらすてきですねっ」
「えぇ。また、きっと」
 扉を潜り抜けると、そこは覚えのあるティールームだ。
(願わくば、そうね……。また出会うことがあったら、今度もチョコを投げつけなくてよいといいわね。パフェには気をつけないと)
 ベルナデッタは一息ついて、隠し持っていた|オランジェット《武器》を静かに納めた。

アニス・ルヴェリエ

●次に会うとき
(まあ、気持ちいい空間ね)
 アニス・ルヴェリエ(夢見る調香師・h01122)は、扉を潜ると大きく息を吸い込んだ。若草のかすかな香りが風に運ばれるなか、陽光は優しく降り注ぎ、少し先では、魔法使いが机を広げてお茶をしている。
(たしかに、お茶するにもぴったりね)
 おそらく、彼女が話に聞いていた冒険者だろう。

 アニスは、そっと近づいて声をかけると、彼女はオレンジ・ペコ・ダージリンと名乗り、出口の秘密を教えてくれた。
「それなら、一緒にティータイムを楽しみませんか?」
 アニスの提案に、オレンジ・ペコ・ダージリンは喜んで応じてくれる。
「なら、ポットとお湯はこちらをお使いくださいまし」
「綺麗なガラスポット。じゃあ、お借りしますね」

 本の表紙をかちゃりと開き、茶葉をポットに注げば、ごろりと転がる乾燥りんごは、まるで小さなりんご園をポットに閉じ込めたようだった。お湯を注げば、甘酸っぱさが湯気とともに広がっていく。
 蓋をして待つ間に、クロスの上へ冒険で手に入れたお菓子を広げる。オレンジ・ペコ・ダージリンも、シナモンロールを並べてくれた。お茶会の準備は万端だ。
 なめらかな白磁のカップに、明るい赤銅の紅茶を注げば、熱に溶けたフレッシュさが和らぎ、代わって温かみのあるりんごの香りが立ち上る。口に運べば、円やかなりんごの甘さと紅茶の渋みが鼻に抜ける。菓子を合わせれば、アーモンドビスコッティは素朴に、ヘーゼルナッツプラリネは、濃厚に調和している。
「……素敵な一杯だわ」
「シナモンロールも合うと思うわ、お試しになって」
「本当、この組み合わせも素敵!」

 そして、お菓子の話題は、自然とダンジョンの話に移っていく。
「わたしの冒険……聞いてくださいますか?」
「もちろんですわ、それが楽しみですの」
 アニスは、自分の冒険を語る。
「あなたのダンジョンは、そんな感じでしたのね」
「このダンジョン、茶葉によって毎回変わるそうですけど……何度ぐらい挑戦されたんですか?」
「もう、何回挑戦したかしら。数えるのを止めちゃいましたわ」
「お気に入りの一杯は、ありました?」
「もちろんですわ! お茶の味はすべて覚えてますわよ。お気に入りは、バニラの香りを纏った茶葉で——」
 盛り上がった冒険の思い出話は、次第に香りの話題に移っていく。
「わたしは調香師をしているんです」
「素敵なお仕事ね。ダンジョンの香りは、気に入られて?」
「えぇ! いい香りのするものはなんだって大好きなんです。こんな素敵なダンジョンなら、常連になって何度も通ってしまいそうだわ」
「ふふ。じゃあ、またお会いする日があるかもしれませんわね」

 そして、紅茶がすっかりなくなった頃、扉がぼんやりと光りはじめた。紅茶の余韻を味わいながら、アニスはオレンジ・ペコ・ダージリンに別れを告げる。
「次に会うときも、アニス、あなたが——あなたたちが、わたくしの|パフェ《獲物》に出会っていませんように」
 扉が閉まる直前に、オレンジ・ペコ・ダージリンの発した言葉は、平和への祈りのようにも聞こえた。幾多の甘い思い出ともに、その言葉を胸に抱き、アニスはいつもの日常へ帰っていった。

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