さよなら、ヒマワリ畑
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土曜日の昼下がり、野咲・夏美はホースを片手にヒマワリ畑に佇んでいた。
町の観光名所であるヒマワリ畑は、野咲家が古くから管理してきた場所だ。
まだ高校生の夏美も、家の手伝いを兼ねてよく足を運んでいる。しかしその表情は、堂々と咲くヒマワリと違って暗いものだった。
(いつ見ても良い景色だけど……)
ヒマワリ畑の管理は大事な仕事。それはよく分かってる。
でも本当は都会に出て、服飾の専門学校に行ってみたい。服のデザイナーを目指しててみたい。
その夢とヒマワリ畑の管理は両立出来るのだろうか。
思い出すのは学校で手渡されたプリント。そろそろ進路希望を出さないといけない。
どうすればいいのだろう。そう考えると、余計に気分は暗くなる。周りで咲くヒマワリの眩しさが、今だけは疎ましい。
夏美が思わず俯いた瞬間、そっと差し出されたのは――二枚のカードだった。
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「集合お疲れさん。今回は√マスクド・ヒーローで事件だぜ」
赤神・晩夏(狐道を往く・h01231)はゆるく手を振りながら、集まってきた能力者達い声をかける。
「民間人が怪人に唆されて、『シデレウスカード』を手にする事件の予知が見えたんだ。みんなにはこの事件を解決してきて欲しい」
『シデレウスカード』とは「十二星座」もしくは「英雄」が描かれた不思議なカードだ。この二種類のカードが揃った時、所持者に凄まじい力を与えるのだという。
もし適性のある者ならば力を制御し覚醒することもできるかもしれないが、そうでな者が手にすれば――怪人『シデレウス』と化してしまう。今回カードを渡される民間人も『シデレウス』へと変貌してしまうらしい。
「怪人になる子の名前は野咲・夏美。海辺の田舎町に暮らす高校二年生だ。進路について思い悩んでいたところに『シデレウスカード』を手渡されたみたいだな。その結果、怪人と化した夏美は、町の名物であるヒマワリ畑を破壊しに行く。まずはその攻撃からヒマワリを守って欲しいんだ」
夏美の暮らす町には大きなヒマワリ畑があり、ちょっとした観光名所になっているそうだ。
けれどその美しいヒマワリは、夏美にとっては悩みのタネでもあったらしい。
「夏美はヒマワリ畑を管理している家の娘で、家業を継ぐべきか都会に出るか迷ってるそうなんだ。本心としては都会に出たいが、町やヒマワリにも情があって……みたいな感じかな。そこを悪党に付け込まれちまったんだよ、悩むくらいなら全部壊してしまえばいいってな」
唆された夏美は怪人『シデレウス』と化し、濁流を生み出しヒマワリ畑を押し流そうとするようだ。
『シデレウス』と戦う前に、まずはヒマワリを守る必要があるだろう。
「迫りくる濁流からヒマワリを直接庇ったり、水の流れを変えたり……あとはヒマワリそのものを癒やしてあげるとか、解決の手段は色々あると思う。とにかく最初は、破壊されそうなヒマワリ畑をどうにかしてくれ。そうすれば、しびれを切らした怪人が直接やってくるはずだぜ」
説明を続けつつ、晩夏は新しい資料を取り出す。そこには夏美が変貌する怪人の詳細が書かれていた。
「夏美が手渡されるのは『|水瓶座《アクエリアス》』と『クリュティエ』のカードだ。この二枚を手にしたことで、水を操る怪人『アクエリアスクリュティエ・シデレウス』に変貌しちまうみたいだな」
『クリュティエ』はギリシャ神話に登場する水の精霊で、太陽神との恋に破れてヒマワリになったと伝えられている。そこに『|水瓶座《アクエリアス》』の力も合わさった結果、水を操る能力に特化したようだ。
「具体的な情報は交戦前に再確認してくれ。怪人を倒せば夏美は正気に戻り、カードも彼女から離れるぜ。そうしたら、今度は夏美を唆した黒幕が現れるはずだ」
黒幕の名は『クイーン・アトランティス』。罪なき民間人に『シデレウスカード』を渡し、事件を起こした悪党だ。
「黒幕を放っておけば、新たな怪人事件だって起きちまう。それを阻止するためにも、しっかり倒してきてくれ」
『クイーン・アトランティス』を倒せば今回の事件も一件落着というわけだ。
「説明はこんなものかな。そろそろ時間だし、準備してくれ」
晩夏は資料を片付けて、能力者達に笑顔を向ける。
「良い形で事件が解決するのを祈ってるぜ。それじゃあ、気を付けて!」
第1章 冒険 『人質に取られた自然』
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堂々と咲く畑のヒマワリには、キラキラとした夏の日差しが降り注いでいた。
その日光を遮るかのように現れたのは一体の怪人だ。
巨大な身体を覆う衣装は神話に出てくる妖精を思わせる。しかしその顔は泣き顔のような仮面に覆われて、不気味さを際立たせていた。
怪人の名は『アクエリアスクリュティエ・シデレウス』。ヒマワリ畑を管理している一家の長女、野咲・夏美が変貌したものだ。
「こんな場所、流されちゃえばいいんだ」
怪人は大きな水瓶を掲げると、そこから凄まじい濁流を生み出す。
その濁流は、今にもヒマワリ畑を飲み込まんと迫ってきていた。
まずはこの濁流からヒマワリを守り、怪人をこちらにおびき寄せよう。
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ヒマワリ畑を守るため、花園・樹(ペンを剣に持ち変えて・h02439)は急いで足を運ぶ。
樹は野咲・夏美が変じた怪人の姿を認識すると、仮面の奥の表情を窺うようにじっと見つめた。
今は彼女の表情こそ見えないものの、その心の内に思いを馳せることは出来る。
「君はこの町のヒマワリ畑が本当に大好きなんだね」
優しく紡がれる樹の言葉に、怪人はビクリと肩を震わせた。
「っ、好きな訳ない。全部消えちゃえばいいって……」
「好きじゃなければ……こんなにも悩んだりはしないだろう?」
樹の言葉に迷いはない。静かで、けれど力強い言葉だ。それを受け止めた怪人は、さらに身体を震わせた。
「うるさい、全部消えちゃえ!」
本心を暴かれたからか、それともカードに悪意を増幅させられたか。怪人はさらに大きな濁流を生み出し、樹ごとヒマワリ畑へと差し向けた。
あの子によりしっかり言葉を届けるためにも、今はヒマワリ達を守らなければ。
樹は『菫青』に霊力を注ぎ、周囲に漢字や数式を刻み込む。内容は夏美の年齢に合わせてか、中学生向けのものだった。
不可思議な問題に覆われたヒマワリは、濁流が迫っても押し流されることなく揺れている。多少葉や花弁が損傷しても、その場で再生していった。
これでヒマワリは大丈夫だ。樹はイヌガミを呼び出すと、共にヒマワリ畑の前方、より怪人に近い位置へと駆け出す。
「イヌガミ、一緒にヒマワリを守ろう」
樹の言葉にイヌガミはこくりと頷き、オーラの盾を展開した。その盾で濁流を遮れば、より多くのヒマワリを守れるだろう。
樹自身も濁流を退けつつ、改めて怪人へと声をかけた。
「先生から『今日の宿題』ではなく『君への宿題』を出させてほしい。全てを壊すことで進路の選択肢を狭めたところで、問題の根本的な解決になんてならないからね」
再び紡がれるまっすぐな言葉に、怪人は身を強張らせる。それは恐怖や怒りではなく、教師を前にした時の緊張感によるものだろう――年頃らしい反応に、樹は少し安堵していた。
だから優しい笑顔と共に、言葉を続けることも出来る。
「君自身でちゃんと向き合って、考えて」
「わた、しが……」
「そう。最終的な進路を決めるのは君だけれど……迷うなら、もちろん|私達《教師》も手伝うよ。一緒に考えたり、その背中を押すのが役目だからね」
樹の言葉が終わる頃には、濁流の勢いも削がれていた。
カードによって増幅された悪感情より、頼もしい|樹《先生》の言葉が少女に確かに届いたからだ。
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迫る濁流を圧縮銃から放つ弾丸で押し返し、亜双義・幸雄(ペストマスクの男・h01143)は空を仰いだ。
地上で生じた大きな音と、その発生源に立つ仮面の男。怪人も異変に気付き、幸雄の方へと顔を向けた。
「あなたも邪魔しに来たの?」
「気付いてくれて助かったよ。お前さんと話したいと思ったからね」
「話す? そんなの無駄だよ。だって私はここを全部壊して……」
再び濁流を生み出そうとする怪人に対し、幸雄は構わず言葉を向ける。
「お前さん、親に相談したか? 自分の夢と家業、両立できないか悩んでいるって」
「親……?」
思いがけない単語に怪人が少しだけ動きを止めた。その様子に幸雄は確信する。この子は心までも怪人にはなりきっていないと。
それなら続く言葉もきっと効くだろう。幸雄は更に言葉を紡いだ。
「いいじゃない、将来の夢がいくつあっても」
「でも、この町を出ないと、夢は叶えられなくって……」
「そんなことない。将来の夢はひとつしか選べない、そんなルールはないぞ?」
まだ若い怪人――野咲・夏美は、その若さ故に視界が狭まっているのだろう。
そんな若者を導くのも、年長者としての役目。そんな思いの乗った幸雄の言葉は軽快だが、内に秘められた重みがあった。
「それにここを壊滅させても、夢が叶うとは限らないぞ。努力に結果が伴わなかったら? 渾身の一着が認められなかったら?」
「っ……」
幸雄の示した可能性を受け、怪人の顔が一瞬だけヒマワリ畑の方へと向いた。やっぱりこの子は、このヒマワリ畑を壊したいとは望んでいないのだろう。
「お前さん、今無意識にヒマワリの方を見たよな。挫けそうなとき、きっとここに帰りたくなるはずだ。それとも、ヒマワリ畑に救われた人まで否定するか?」
幸雄の言葉を受け、怪人の脳裏にちょっとした噂が浮かび上がる。
『ヒマワリ畑が解体されるかも』――なんて噂。そんなの、やっぱり嫌だと思う。胸を突くチクリとした痛みに合わせ、怪人の生み出そうとしていた濁流が消えた。
実はその噂は幸雄がこっそり流したものなのだが、事件が終われば完全な嘘と化すだろう。そうなる未来を、幸雄も夏美も望んでいる。
だから、最後まで言葉を届けよう。幸雄は怪人に視線を合わせ、仮面越しに笑顔を向けた。
「夢ってね、人生を照らす光みたいなモンなの。光が多いほど道がよく見えるけど、消えればお先真っ暗よ」
「私の、夢……」
「いいじゃない、両方叶えたら」
――ヒマワリと暮らすデザイナー、なんて素敵じゃない?
幸雄の示した新たな可能性は夏美の心に宿り、彼女を止める光に変わる。それを示すかのように、ヒマワリがゆるく揺れていた。
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怪人と化した少女を止めるために、まずは彼女が生み出す濁流を止めなければならない。そうしなくては、背後にあるヒマワリ畑が破壊されてしまう。
そんな状況を確認し、弥久院・佳宵(人妖「九尾狐」の不思議古書店店主・h02333)とリズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)は顔を見合わせ頷いた。
「まずは濁流の対処、でございますね」
「ヒマワリを守るより、濁流を押し返す方向でいきましょうか」
「私もそちらに賛成です。水そのものには変わった特性などはないようですし」
怪人がこちらへ差し向けているものを『一つの大きな水の塊』と認識し、それを破壊する。
二人が行おうとしている作戦は似たものであり、それなら力を合わせた方がやりやすいだろう。
準備を行うため、リズはその場で武装を展開し、佳宵は後方のヒマワリへと近付いた。
怪人はヒマワリ畑の上空に浮遊し、頭上に大きな水球を作り出している。その水球を改めて水流へ変え、ヒマワリを押し流そうとしているのだろう。
「上空の水球、及び水流をターゲットに設定。レイン砲台、ロックオン状態に移行します」
リズが周囲に呼び出したのは結晶のように煌めくレイン砲台だ。水晶の天辺が水球の方へと向いて、波打つような光を放つ。
今は怪人を狙わなくていい。あの大きな水だけを押し流せば十分だろう。
そうして準備を整えるリズの後ろで、佳宵はヒマワリへと触れていた。
「失礼しますね」
佳宵の頭の中に流れるのは、ヒマワリ達の記憶。町の人達や怪人と化した少女――美咲と共に過ごしてきた日々の思い出だ。
佳宵は美咲の記憶に意識を向け、声をかける。
「美咲様、どうかあなたとヒマワリを傷つける者を、止める力をお貸しくださいませ」
記憶の中の美咲はコクリと頷き、佳宵に小さな光を手渡す。
その光は煌めく剣へと変わり、因縁の相手――今この瞬間、ヒマワリを潰さんとする濁流を倒す力となった。
佳宵は剣を手に取り、リズの隣に並ぶ。
「こちらの準備は整いました。それでは、よろしくお願いいたします」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。全力でいきましょう」
やるべきことはシンプルだ。二人は再び顔を合わせて頷き合い、武器を構えた。
怪人も能力者には気付いているようで、顔をそちらに向けて鋭く言葉を投げかける。
「邪魔するの? それならあなた達ごと押し流す!」
怪人が大きく腕を振るえば、その動きに合わせるように水球は濁流へと変わる。
大きな水の塊は一瞬でヒマワリ畑へと迫りくるが――。
「この子達の本気は凄いですよ?」
まず迎え撃つのは、リズが展開したレイン砲台達。
砲台は一際強い光を纏ったかと思えば、そこから凄まじい砲撃を繰り出し始める。
一つのターゲットとして設定された濁流は次々に撃ち抜かれ、少しずつ体積を減らしていった。
そうして削り取られた濁流に向け、突撃するのは佳宵の役目だ。
「それでは参りましょう。ヒマワリの覚えている、美咲様の為にも」
煌めく剣を振るい、水流へと刃を立てる。そこから溢れたサイコメトリックの光はさらに水塊を削り出し、その勢いを削いだ。
細々になった濁流はただの水へと変わり、ヒマワリの上に降り注ぐ。この程度の水ならば、通り雨にでも合ったのと変わらないだろう。
「なんで、このヒマワリはあなた達とは関係ないのに……!」
自分の攻撃が失敗したことを認識し、怪人は見るからに狼狽した様子を見せた。
そんな彼女へ向け、リズは小さく首を横に振った。
「関係はないですけど、見過ごせませんから」
佳宵もコクリと頷いてから、怪人へと顔を向ける。
「ヒマワリもあなた様も、このようなことは望んでいないのでございます。ですから、止めたのですよ」
二人の言葉を受け、怪人はしばし黙り込み――そのまま地上へ下りた。
「……これ以上、あなた達の言葉は聞きたくない!」
どうやら彼女はヒマワリより先に、能力者を排除することを選んだらしい。
これで最初の目的は果たした。能力者達の後方で、守り抜かれたヒマワリがゆらゆらと揺れていた。
第2章 冒険 『シデレウスカードの所有者を追え』
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怪人『アクエリアスクリュティエ・シデレウス』は地上に降り立つと、能力者達へと強烈な殺気を向ける。
先の戦いで、能力者達の言葉は確かに怪人へと届いていたはずだ。しかし『シデレウスカード』が齎す悪影響は、未だ怪人の心を蝕んでいる。
「やっぱり邪魔、しないで。私は、私は……!」
怪人は再び水を生み出し、その流れを蛇のように操る。
今度は明確に、能力者を倒すべく水を操るつもりのようだ。
怪人を止めるためには、一度彼女を倒す必要がある。
気絶させれば怪人化は解け、カードの影響からも解放されるはずだ。
また、彼女の心の中にはまだ強い迷いがある。説得すれば、何かしら良い影響が出る可能性もあるだろう。
事件解決のために、まずはこの暴走する怪人――野咲・夏美を倒さなくては。
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参考までに、怪人の使用能力を記載しておきます。
POW:強烈な水流を繰り出し、能力者に攻撃を仕掛ける。
SPD:高速の水流を生み出し、能力者の動きを制限する。
WIZ:不可思議な霧を生み出し、幻によって幻惑する。
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能力者達と向き合った怪人に対し、亜双義・幸雄はまっすぐに視線を向ける。
一番気に食わないのは、野咲・夏美が持つカードだ。あのカードこそが彼女の心を歪め、事件まで起こしてしまっている。
ここは一つ、大人としての役割を果たそうか。
幸雄は差し向けられた激流を弾き飛ばしつつ、改めて怪人へと声をかける。
「攻撃は続けていて構わん。だが、ちょっと話をさせてもらおう」
「随分余裕だね。分かった、押し流されるまでは聞いてあげる」
怪人は特に幸雄の言葉を止めるつもりはないようだ。激流をぶつけ続ければ、いずれ幸雄が負けると思っているからだろう。
だから幸雄はあえてまっすぐに攻撃を受け止め続けることを選んだ。それくらい、覚悟して言葉を紡ぐつもりだからだ。
「じゃ、一つの夢を追った男の話をするか。そいつは病弱な妹を助けたくて医者を志した。第一志望の医学部にも合格して、これからってときに……妹を火事で亡くした。病死なら意欲は残ったかもな、だが死因は病死と関係ない」
静かな、けれどはっきりと聞こえる言葉に反応するかのように、激流の勢いが弱まる。おそらく怪人は動揺しているのだろう。
それなら遠慮なく続きを語ろう。幸雄はさらに言葉を紡いだ。
「解るか? 妹の為に医者を目指したのに、救えなかった絶望感を。そいつは叶えたい夢を失い、大学を出ても医者にならなかった。原動力を失えば、前に進む気力も失う。それだけは一生後悔する」
「後悔……」
「そうだ。だから難しかろうと両方に挑め、ダメだったときに選ぶことを考えろ。挑まず後悔するよりはずっとマシだ」
まだお前さんには選べる道があるだろう。
そう示すような言葉に、怪人が発する水流もさらに弱まった。
「どっちかしか選ばなくてもいいなら……挑んでみたい、とは思う」
怪人が語る言葉も、いつしか夏美としての言葉になっている。その様子に、幸雄はこくりと頷いた。
「それならそうすればいい。ご両親だってきっと応援してくれるさ。それに、その医者を目指していた男もな」
「つまり、それって?」
「いるだろ、目の前にな」
「……そっか。ありがとう」
幸雄の言葉を受け、夏美から邪悪な気配が薄らいでいく。おそらくカードの効果が弱まったのだろう。
幸雄の示した道は、きっと夏美が夢を追う手助けになるだろう。
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その時、空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)は写真撮影のために√EDEN各所を巡っていた。
今日のテーマは『夏の景色』。夏らしい空模様、青く煌めく海、夏の花々など――美しく撮ることができそうな被写体を求め、カメラを手に散策していた。
ちょうど目に留まったのは、たくさんのヒマワリが堂々と咲くヒマワリ畑。早速写真を撮ろうとしたところで、海人は違和感に気付いた。
「この景色……√EDENじゃないな?」
√能力者として、サイコメトラーとして能力を鍛えた海人は、千里眼によって他世界の景色を見ることも出来る。その能力が、彼を事件へと引き寄せたのだろう。
美しく咲く花の向こうには一体の怪人。ギリシャ風の衣装を纏った怪人は、水を操りヒマワリ畑を襲おうとしている様子。
怪人の近くには怪しげに光を宿すカードも浮いている。おそらくシデレウスカードだろう。
シデレウス怪人と化した人物を止めるためには、まず怪人として相手を倒す必要がある。幸い相手はこちらに気付いておらず、意識をヒマワリの方へ集中させていた。
不意打ちを仕掛けるなら今しかない。そう判断した海人はサイコメトラーの力を高め、呼吸を整える。
「まずは相手の攻撃を止めないと……!」
そのまま怪人へ向けて放つのは、強力な千里念動波。念動波は世界の垣根を超え、強かに怪人を打ちのめす。衝撃で怪人の放とうとしていた水流は消え去り、ヒマワリの危機は一時的に去る。
どこから来たか分からない攻撃に怪人が戸惑っている隙に、海人はフィルム・アクセプター ポライズへと変身し、ヒマワリ畑のある世界へと駆け込む。
「な、一体どこから……!?」
「どこだろうと関係ないぜ。偶然通りすがっただけだけど、事件が起きてるから止めにきたんだ!」
驚く怪人の前に堂々と姿を現し、海人はヒマワリ畑を守るように立つ。
「こんな綺麗な景色、潰したらもったいないぜ」
「綺麗な景色……」
海人としては素直な感想を述べただけなのだが、その言葉が偶然にも怪人――夏美の心を打つ。彼女の周囲から邪悪な気配は薄れ、確かにシデレウスカードの力が弱まった。
きっかけこそすべて偶然だが、海人の行動は知らずに最適解を導いていた。それはきっと、彼が正しくヒーローであるからこそだろう。
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少女を変貌させたシデレウスカードの力は、すでに大きく削がれている。
ならばあとは、シデレウス怪人を倒すことで救出しよう。鳳・楸(|源流滅壊者《ルートブレイカー》・h00145)はそう判断すると、堂々と怪人の前に立つ。
「少し痛みはあるかと思いますが、ご了承ください。今助けますから」
「うぅ、助けなんて……私は、貴方たちを潰す!」
カードに残った最後の力により、怪人の内に秘められた悪意や害意が増幅されていく。今の彼女には説得も届かないだろう。
怪人は憎悪のままに巨大な水流を生み出すと、その流れを衝動のままに楸へと差し向ける。
巨大な水の流れはあっという間に楸の元へと届き、その小柄な身体を飲み込もうとするが――。
「この攻撃、√能力に近いもののようですね。それなら……」
楸の白い右掌が水流に触れた途端、巨大な水の塊は夢幻のように消え去る。予想外の光景に、怪人は思わず一歩後ずさっていた。
しかし怪人もすぐに首を横に振ると、新たな水流をけしかけ始めた。今度は一つの流れを分岐させ、複数の水流で楸を叩き潰すつもりらしい。
楸は迫りくる水流をかき分け、どの流れにも一瞬だけ掌を押し付ける。すろと再び攻撃は無力化され、いくつかの水飛沫だけが空中を舞った。
「嘘、そんな……」
焦る怪人の様子から、彼女が戦いの素人なことは簡単に把握できた。そのような未熟な戦士を生み出し、暴力を振るわせる。シデレウスカードというのは、やはり危険なものだと再認識させられた。
「不慣れな力を渡され、ひたすら暴走させられているようですね。大丈夫、今終わらせます」
怪人が焦っている隙に、楸は一気に彼女との距離を詰める。十分に相手に接近出来たのを確認し、楸は力強く太刀を引き抜く。
そのまま刃を一閃すれば、鈍い緋色に尾が引かれ、見事な太刀筋を示した。
鋭い一撃が怪人の仮面を叩き割れば、同時にシデレウスカードも真っ二つに裂ける。怪人は野咲・夏美の姿に戻ると、そのまあ倒れ伏す。
楸は夏美が怪我をしないように支えつつ、冷静に周囲の状況を窺っていた。
おそらく、夏美にカードを渡した黒幕が現れるはず。最後の決戦を予感し、楸は呼吸を整える。
そんな彼女の思惑通り――青い肌をした女が、ヒマワリ畑へと降り立っていた。
第3章 ボス戦 『クイーン・アトランティス』
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カードの力から解放された野咲・夏美は気を失い、戦場から離れた木陰に寝かされた。ここにいれば、黒幕との戦いに巻き込まれることはないだろう。
その黒幕――クイーン・アトランティスもすでに夏美から興味を失っているらしく、彼女を追いかけることはしなかった。
クイーンは能力者達をじっと見つめ、薄く笑みを浮かべる。
「あの子はカードにこそ適性はあったけれど、所詮素人だったわね。まあいいわ。邪魔者は私が直々に倒しましょう」
クイーン・アトランティスはドロッサス・タウラス配下の悪の組織の実力者だ、彼女の力を削いでおかなければ、再び罪なき人にシデレウスカードが渡され、新たな事件が起こってしまうだろう。
新たな悲劇を防ぐべく――この事件の黒幕を討伐しよう。
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怪人と化していた少女の側にはシデレウスカード。現れたのは事情を知っていそうでより強大な怪人。
空地・海人は状況を再確認し、すぐに自分が取るべき行動を判断した。
「……よし! あの怪人をぶっ倒せばいいんだろ?」
海人がルートフィルムを手に取れば、同時に怪人『クイーン・アトランティス』も海人へと視線を向ける。
「倒されるのはあなたの方ですよ。さあ、吹き飛びなさい」
クイーンは手にした扇に海中超文明光線を浴びせると、そのまま扇を大きく振るう。直後、彼女の前方から生み出されるのは巨大な波だ。
波はあっという間に海人の元へと迫り、彼を飲み込もうとするが――。
「――現像!」
掛け声と共に溢れ出るエネルギーが、一気に波を弾き飛ばす。エネルギーの中心に立つのは、青い輝きを纏ったフィルム・アクセプター ポライズだ。
変身した海人は瞬時に戦場を把握し、ヒマワリ畑の位置を確認する。今の怪人の立ち位置に向かえば、咲き誇る花々は巻き込まずに済みそうだ。
準備ができたのを確認して、海人は前へと駆ける。彼の進みを阻むようクイーンが再び波を生むが、それでも躊躇はしなかった。
「ッ――!」
透鏡籠手に覆われた右腕に力を籠めて、強く拳を握る。√妖怪百鬼夜行の力を帯びた今のフォームなら、この武装の力も存分に振るえる。
迫りくる波に思い切り拳を浴びせれば、海が割れるようにそこだけ道が切り拓かれる。その真っ只中を駆け抜けて、海人は一気に怪人との距離を詰める。
確かにこのまま怪人に攻撃してもヒマワリ畑は巻き込まないだろう。けれど戦いの余波が花々を巻き込まないとは限らない。決着をつけるなら、すぐの方が良い。
海人は波の渦を次々に弾き飛ばし、スピードを緩めず走り続ける。その様子に怪人は思わず顔を引き攣らせた。
「何故止まらない!?」
「それが俺の……やるべきことだからだ!」
ここには倒すべき敵がいて、巻き込まれた人がいて、守るべき景色がある。だったら、ヒーローは突き進まなければならない。
そしてその役割を果たすべく、海人はひときわ強く拳を握り、そこに煌めく雷光を宿した。
「――行くぞ!」
怪人へ向け放つのは、雷を纏った激しいパンチ。その一撃は強かに怪人を打ちのめし、大きく吹き飛ばした。
戦いで巻き起こった風に煽られ、ヒマワリ畑は大きく揺れる。その光景を眺め、海人はマスクの下で目を細めた。
戦いが終われば、この景色をカメラに収めていかないと。心の中で、そうしっかりと誓って。
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「なんだか、大きな音がしてたけど……」
戦いの気配を機敏に感じ取り、天咲・朝月(優光の満ち欠け・h08128)はヒマワリ畑の側へと駆ける。
戦場に入ってすぐ目に留まるのは、木陰で眠る少女。彼女の側には力を失ったシデレウスカードの残骸も落ちている。
その先、ヒマワリ畑から少し離れた位置に佇むのは青い肌の女。その異様な姿を目にすれば、相手が怪人であることはすぐに分かった。
どうやらシデレウスカードにまつわる事件が起きて、今は黒幕である怪人を追い詰めている最中らしい。ならば自分も手助けしようと、朝月は小刀の柄を握りしめた。
その戦意を感じ取ったのか、怪人も朝月に視線を向けて扇を構えた。
「邪魔者が増えましたか。何人増えようとも押し流してあげましょう」
怪人は海中超文明光線にて強化された扇を振るい、大波を巻き起こす。巨大な波が勢いよく迫る様に、朝月は思わず息を飲む。
怖い。本能的な感情が身体を縛り付けるような感覚がある。それでも朝月は息を吐いて、しっかりと刀を引き抜いた。
「怖い、けど、大丈夫……!」
怪人は海や波にまつわる能力を持っているらしい。それなら、まったく違う空間に巻き込んでやればいい。
朝月は意を決し、一つの怪談を語りだす。
「気づけば森の奥、戻れない姉弟の足跡が――」
怪談に合わせるように、周囲の景色が変わっていく。広いヒマワリ畑は暗い森の中に沈んでいき、鬱蒼と茂る木々が空を覆う。
たくさんの木々が大波の行く手を阻めば、その体積は次第に小さくなっていった。その光景に怪人は目を見張る。
「なんですか、この光景は!」
「ぼくもこの光景は怖いと思うよ。でも……」
この物語の主役は、間違いなく朝月とその姉。たとえ主人公が怖がっていようとも、物語は彼らを導く。
朝月は湿った土を踏みしめ、怪人の元へと迫る。敵も負けじと大波を生み出そうとするが、木々の影響で満足な質量の攻撃を生み出せないようだ。
その隙に一気に距離を詰め、小刀を大きく振りかぶり、一閃。
朝月の放った斬撃は見事に怪人を切り裂き、大きなダメージを与えていくのだった。
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ようやく現れた黒幕と対峙しつつ、亜双義・幸雄は肩から力を抜く。
少しダラリとした様子のまま、マスクの下から紡がれる言葉は淡々としたものだ。
「お前さん、将来の夢は?」
「夢、ですか?」
「そうそう。計画遂行? 成り上がり? 何かしらあるんだろう、目標があるんだから」
思いがけない雑談に怪人『クイーン・アトランティス』は首を傾げる。しかし彼女なりに、何かしら思うところはあったようだ。
「私の夢はドロッサス・タウラス様の夢。彼のために貢献し、彼の思いを叶える。それこそが私の夢ですよ」
「なるほどな……だとしても邪魔者はお前だ、夢がある学生を唆した罪は重いぞ」
幸雄は怪人の夢そのものを否定はしなかった。ただし明確に、怪人の行いは否定する。
グッと身体に力を入れ直し、幸雄は怪人へと戦意を向ける。その気配に怪人の方も臨戦態勢を取ったようだ。
「あなたが何を言おうと、タウラス様の計画は止まりませんわ。さあ、押しつぶされなさい!」
怪人は強化した扇を振るい、海水の鞭を生み出す。鋭い攻撃はあっという間に幸雄の元へと迫り、彼を打ち据えようとしはじめた。
(回避よりも攻撃優先でいくか)
手近な海水の鞭は銃から放つ圧縮空気で打ち払い、軽微なダメージで済みそうな攻撃はあえて受ける。
幸雄はしばらく怪人に自由に攻撃させ、反撃のチャンスを窺った。自分で決めた作戦ではあるが、相手に好き勝手させることに良い気分はしない。
攻撃を受け続けていることも相まって、なんだか体温が上がっている気がする。けれど――同時にどうしようもなく寒気も感じていた。
(なんだ、この悪寒。海水の冷たさじゃなさそうだけど……まさか)
ゾワリとくる感覚の正体を認識した途端、背中にじっとりと冷や汗をかいた感覚があった。けど、この力は間違いなく頼りになる。
幸雄は意を決して水鞭の嵐の中を進み、一気に怪人との距離を詰める。彼女の顔に電子タバコの蒸気を吹きかけた瞬間、寒気はより強まった。
「……よし、頼んだ!」
寒気は確かな冷気として形作られ、そこから溢れる蛇眼の呪は怪人の身体を打ちのめす。痛みに苦しむ怪人の顔を覗き込み、幸雄は今までよりも低い声で言葉を紡ぐ。
「夢を舐めるなよ、夢ってのは高い理想だ。だから実現するのは難しいし、挑み続ける者にチャンスが来る。お前はすぐ諦めた……もうチャンスは来ないと思え、逃がしもしないがな」
ただ他者の夢に乗り、他者の夢を潰す。そんな怪人の在り方を幸雄は否定する。
相手が蘇生しようとも必ず追いかけ、戦い続けると。その決意に合わせるよう、呪いはさらに強く敵を貫いた。
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怪人が夏美へ向けた言葉を反芻し、花園・樹は微かに目を伏せた。
「『所詮は素人』……上手く行かなければそう言って切り捨てる。結局そういうものだろう? シデレウスカードは」
樹の言葉に怪人『クイーン・アトランティス』は反応を示し、顔を彼の方へと向ける。その表情はどこか呆けたようなもので――樹の言葉を「当然だ」と受け入れているようだった。
「言い訳ばかりするのなら、そもそも配るのなんてやめてしまえばいい……そうは思わないかい?」
樹は視線を鋭くし、怪人をじっと睨む。怪人は小さく笑い、その言葉を受け流した。
「いずれは有効活用できる者も見つかります。元となる人間はいくらでもいますから」
「考えを改めるつもりはないか。ならば、止めさせてもらう」
樹の怒りを示すかのように、風が吹いた。一陣の風に乗り、樹は一瞬で敵の元まで迫る。そのまま霊剣『狼牙』を振るい、まずは一閃。
しかし最初の攻撃は敵の持つ三叉槍に阻まれてしまう。これも想定していたことだ、樹は慌てることなく態勢を立て直し、次の攻撃へと意識を向けた。
怪人は能力にて自身を強化しているらしく、樹目掛けて刺突の嵐をお見舞いする。樹も負けじと霊力の霧を展開し、己の姿を暈すことで敵の攻撃を凌いだ。
相手の注意が十分に引きつけられたことを確認し、樹は一瞬だけ視線を下へと向ける。
「――イヌガミ!」
声に合わせて足元から飛び込むは、白い毛並みの狗神だ。狗神は怪人へと飛びつき、彼女の視界を一時的に塞ぐ。
「小癪な……!」
怪人がイヌガミを振り払おうとした瞬間、樹は一気に相手の死角へ潜り込む。そのまま狼牙を振りかぶり――。
「能力の代償は受けてもらうよ……!」
強化の代償として脆くなった怪人目掛け、鋭い斬撃を放つ。その一撃は見事に相手の胴を叩き切り、消滅させた。
戦いが終わったことを確認し、樹はすぐに夏美の元へと駆け寄る。呼吸は落ち着いていて、もうすぐ意識も取り戻しそうだ。
(……遅れてごめんね? でも……君が納得できる進路を選べるよう、応援しているから)
樹が心の中で呟いた声が届いたのか、夏美の瞼が微かに開く。彼女の視界が最初に捉えるのは、安堵の息を吐く樹の様子。
その優しい先生の表情は、夏美の中に残ったシデレウスカードの影響を拭い去るには十分だった。
戦いは無事に終わった。
皆の勝利を祝うかのように、ヒマワリは堂々と咲き誇り、優雅に揺れていた。
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目を覚ました夏美は、すぐに能力者達に頭を下げる。
「本当に、ごめんなさい。あの悪いカードのせいもあるけど、たくさん迷惑をかけてしまいました」
夏美は完全に正気を取り戻しており、もうヒマワリ畑を傷つけることもないだろう。彼女は謝罪の言葉と共に、決意も語る。
「私、どっちの夢も諦めないで頑張ってみます。このヒマワリも、自分の夢も……どっちも大事にします」
彼女がそう思ったのは、能力者達に影響されたからだろう。
少女はいずれヒマワリ畑に別れを告げる。
けれどそれは悲しい別れではなく、またいつかの再会を願っての別れ。
夏から秋になって、ヒマワリが枯れたとしても――来年にはまた花を咲かせるのだから。