拗らせ少女は|🏖️《ビーチ》を|妬み《RB》
●世間は夏休み真っ盛り
「海岸を埋め尽くすカップルカップルカップル……世間はもう夏休みで素敵な彼氏と海を満喫かよ」
暑い夏のキラキラした青春を満喫する少女たちへ怨嗟の声をあげているのは、ベッドに寝そべってスマホでビーチの盛況ぶりを伝えるトレンドのトピックスを眺めている女子高生の有紗。
高校デビューに失敗し、あれよあれよという間に不登校になった彼女は憧れの夏の恋を満喫する水着姿の少女たちにやり場のない恨みをぶつけていた。
「それもこれも見る目のない世の中の男子どものせいだ」
ついでにもはや八つ当たりや逆恨みに近い感情を現代社会に向けるに至る。
「こいつら全員、いっそのこと爆ぜればいいのに……!」
●星詠み少女からの依頼
「はーい、みんな。夏の風物詩の時間だよ」
波の音が心地よい砂浜でモノトーンのセクシーなツイストビキニで抜群のスタイルを披露しながら予知を語るのは『星詠み』のシュネー・リースリング(受付の可愛いお姉さん・h06135)だ。
ちなみに『星詠み』とは特殊な√能力者で、十二星座から『ゾディアック・サイン』を得て、将来起こり得る事件や悲劇を予知することができる。
今回シュネーが予知した事件はとあるビーチでの大量殺人事件だ。
これが高校デビューに失敗した女子高生の社会への妬みに反応した古妖『紅涙』よって引き起こされるという。
「古妖『紅涙』は裏切りによる理不尽や悲劇に見舞われた女性のために活動するんだけど、これもある種の裏切りだと古妖『紅涙』は認めたようで、嘆きの『元凶』であるところのビーチの一般人を虐殺するわ」
もはや通り魔そのものだけれど迷惑な話ね、とシュネーがため息をつくと豊かな胸元が思わせぶりに揺れている。
「幸い古妖『紅涙』が向かったのは√EDENってわかってる。関東地方のとある|海水浴場《ビーチ》が古妖『紅涙』のターゲットよ。そこで待ち構えて古妖『紅涙』を迎え撃ってほしいの」
作戦としては|海水浴場《ビーチ》で海水浴を楽しみながら敵の出現を待ち伏せ、出現したら撃破して作戦終了。撃破後はそのまま海水浴を楽しんでいってね。
「えっ? どこが何が夏の風物詩かって? ビーチではしゃぐリア充を襲うのって日本の伝統文化だって聞いてるわ」
そういってシュネーは水着姿で笑顔で手を振り√能力者を送りだすのであった。
もちろん日本にそんな伝統文化は無い……はず。
第1章 冒険 『見ざる、言わざる、聞かざる』
星詠みの案内で√EDENの|海水浴場《ビーチ》を訪れた√能力者たち。
砂浜には穏やかな波の音と海水浴客の若い男女や子供の歓声が響いている。
猛暑ということもあり海の家も繁盛しているようだ。
かき氷に焼きそば、フランクフルトに焼きとうもろこし、たこ焼きといった定番のメニューに爽やかな風味の各種ジュースが並んでいる。
成人済みであればよく冷えたビールで一杯やるのもいいだろう。
ビーチボールやシュノーケルといった遊具もちらほら見える。
さて、敵が来るまで何をして過ごそうか。
太陽の日差しが照り付ける海水浴場には今日も多くの海水浴客が訪れ、夏ならではの涼を楽しんでいる。連日の猛暑日ということもあり都心からほど近いこの砂浜は多くの家族連れや若者で賑わっていた。
そんな夏の行楽を楽しむ人々に混じってさりげなく砂浜の状況を確認しているのはニコル・エストレリタ(砂糖菓子の弾丸・h01361)だ。
一見すると彼もまた海水浴客のように見えるのだが、手に持つ水鉄砲は偽装された武器であり、海で遊ぶ準備を装いつつ油断なく想定される戦場の情報を確認している。
(「学校で最初につまずいたのはきついけど、自分からコミュニケーションを断って、相手にされなくなって嫉妬して暴走して誰か一人でも気持ちを受け止めてくれる人がいたらよかったのに。そうはならなかったんだね」)
事件の発端となった有紗の境遇には残念でやるせない気持ちを抱いているが、だからといって虐殺を看過することはできない。
腰を落ち着ける場所を探すふりをして海水浴場を端から端まで見て回ると、だいたいの配置は把握できた。
砂浜には夏季シーズンのみの営業とはいえしっかりとした木造の海の家が建っており、海水浴場を囲う堤防付近や堤防上にはトイレや更衣室が設置されている。適度な間隔を置いてライフセーバーの監視所があり、臨時の救護所もあった。
地元が主導し、行政が後援する海水浴場とあって設備や体制は充実しているようだ。
目立った障害物もないため見通しは良く、どこから敵が来るにせよすぐに対応できるし、砂浜での戦闘に支障はないだろう。
さしあたり情報を把握したニコルは砂浜全体を見渡せる海の家付近に陣取ると、これから海に入る準備とばかりに手足を動かしたり、ストレッチで入念に準備運動を始めた。
念のため√能力も発動しておく。
この【忘れようとする力】は対象が死にさえしなければ無機物も含めて10分以内に外部から受けたあらゆる負傷・破壊・状態異常が全快するというもので、ニコルは戦闘で負傷者が出たり海の家が半壊したりしても大丈夫なよう保険をかけたのだ。
水鉄砲に偽装した武器を手に、ニコルは海水浴客で賑わう砂浜を眺めながら敵の出現を待ち構えるのだった。
海水浴場の片隅で着々と戦闘の準備が進む中、砂浜には紫煙をくゆらせる男がひとり。白のパーカーに紺のハーフパンツで一見すると海水浴に来たようにもみえるがその視線は鋭く海水浴場に注がれている。
「今の所敵影もなし、普通の海水浴場って感じですね。一応警戒だけはしておきましょう」
海水浴場で物騒な単語を発するのは|警視庁異能捜査官《カミガリ》の志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)である。
傍らに立つのはスポーティーなタンキニに身を包んだ元気な少女。
「わーい、海ー! 遙斗さんはお誘いありがとー! ……っと、気を緩めすぎも良くないか」
敵を気にする遙斗とはうって変わって海に来た喜びが全身からあふれ出しているのは女子高生の野分・風音(|暴風少女《ストームガール》・h00543)。
カップルにしては妙な取り合わせのふたりは√能力者で、星詠みの依頼を受けてこの海水浴場へやってきたのだが、ご覧の通り依頼へのスタンスは休日にも仕事をする警察官と夏を満喫する女子高生といった対照ぶり。
「敵が現れるまで取り敢えず、何かしますか?」
基本的には敵の出現を待つという状況のため遙斗は風音に水を向けたが。
「そうですねー。まずは見回りつつ、ビーチ歩いてみませんか?」
もしかしたら遙斗は海に喜ぶ風音に娯楽を勧めたのかもしれないけれども、風音は真面目に迎撃を考えている遙斗に配慮したのか|砂浜《ビーチ》の見回りを提案。
「見回りですか? 了解です。散歩もたまには良いですよね」
|砂浜《ビーチ》に異変がないか気にして見回りする風音と見回りを娯楽の延長のように散歩と表現した遙斗。
「人がいっぱいいますねー」
「世間はもう夏休みだからね」
戦闘になったら巻き込まないよう立ち回らないとと気にする風音と海水浴場がどうして混んでいるのかで返す遙斗が微妙にすれ違ったたわいもない雑談をしばらく続けながらビーチを一回りしたものの砂浜には特に何事も起こることもなく、再び海の家の前にやってきたふたり。
「少し疲れましたね。せっかくですし海の家で食事とか? ごちそうしますよ」
海水浴場へきて海にも入らず遊びもせず砂浜を一周したこともあり、このあたりで一息つこうと遙斗が提案すると。
「海の家のごはん好きです! いいんですか? それじゃ遠慮なくご馳走になりまーす!」
風音はようやく夏の海らしいお楽しみに大はしゃぎ。
それじゃあ買ってくるよと遙斗はカウンターへ向かいフランクフルトと焼きそば、風音が好きそうな飲み物を買い、自分はキンキンに冷えた生ビールを受け取ると、風音の待つテーブルにお待ちかねの海の家ごはんを並べた。
「わーい! 遙斗さんありがとー! いただきまーす!」
遙斗へのお礼を述べるや風音は心底嬉しそうに焼きそばを頬張った。
「海の家の焼きそばっていつもより美味しく感じますよね。なんでだろ?」
頬張った焼きそばを飲み込むとふと風音が疑問に思ったことを口にする。
「普段とは違った場所や雰囲気で食べるかららしいよ」
どこかで聞いた理由を示すと遙斗はまだ半分以上残っているビールをもう一口。
「このビールも格別に美味い」
そうなんですねーと風音が納得すると再び焼きそばを頬張り始める。
美味しく感じる理由のひとつの楽しい雰囲気の中には一緒に食べる人が誰かも関係しているらしいので、案外そういうことという可能性も?
海に来て仲間と海の家で美味しいごはんやビールを楽しむ。
「このまま何もなければ最高の休日なんですけどね」
うっかり本来の目的を忘れそうになったが、ここへ来た目的は虐殺を防ぐためだ。
「ホントこのまま楽しかったねで終われればいう事ないんですけどねぇ……」
風音も同意すると焼きそばの最後の一口を頬張った。
ふたりが本来の目的を思い出したころ、海の家の外がにわかに騒がしくなるのだった。
第2章 集団戦 『風来坊な用心棒『先生』』
「行くぞ野郎ども」
「兄貴に続けー!」
騒ぎを聞きつけて|砂浜《ビーチ》を眺めると、白鞘の刀を持って煙草を咥えた男とそれに続くは木刀やら鉄パイプやらを携えた12人の男たち。
いかにもガラの悪そうな連中が徒党を組んで若いカップルを取り囲んでいる様子が見て取れた。
「すまんなぁ、兄ちゃん。兄ちゃんに恨みはないが俺は恩義を果たさにゃなんねえ。悪いがここで死んでくれ」
殺される側には何の意味もなさないが、男はへたり込むカップルに律儀にこれからすることを説明していた。
「お前ら、紅涙のお嬢の言いつけを守れよ。|殺《や》るのは野郎だけだ」
「「うーっす」」
「へへ、可愛い彼女を連れた憎きリア充野郎を|殺《や》れるなら本望だぜ!」
「爆ぜろリア充野郎!」
12人の男たちはカップルの男性に向けて敵意むき出しで思いのたけを叫ぶ。
「俺にはリア充とかどうでもいいんだが……せっかく慕ってくる連中を無碍にはできねぇ」
どうやら砂浜に男性を殺害しに来た非モテ男たちがリア充憎しで古妖『紅涙』の手先を兄貴と慕っているようだ。
「ま、そういうわけだ」
簒奪者の男は白鞘の刀を抜くと切っ先をカップルに向けた。
※補足
簒奪者は白鞘の刀を持つ男だけで、その他の12人の男たちはなんやかんやあって簒奪者を兄貴と慕う一般人です。
この簒奪者を倒せば古妖『紅涙』の目論見はひとまず潰え、有紗の身に危険が及ぶこともありません。
有紗自身も自分が願ったからこんなことが起きたのではと考え直して2学期からまた学校に行くようになるので簒奪者の撃破に集中して大丈夫です。
突然の乱入者に騒然とする砂浜にあって、これあると備えていたニコル・エストレリタ(砂糖菓子の弾丸・h01361)は冷静に状況を確認していた。
敵は13人。
うち簒奪者は1人でその他の12人はどういうわけか一般人のようだ。操られているわけではなく、むしろ簒奪者を慕って付き従っているという。慕われている簒奪者はリーダーというよりは勝手に付き纏われているだけのようだがそれでも義理堅いのか彼らの面倒を見ているらしい。
妙な取り合わせだがこのまま殺戮を許すわけにはいかない。
ニコルは素早く海の家の屋根に登ると狙撃のセオリー通りに太陽を背負うように屋根に伏せ、水鉄砲に偽装した武器で狙いをつける。
(「狙われてるのは男性だけか、パニクるのは仕方ないけどとっとと逃げてもらいたいね」)
簒奪者が男性に斬りかかろうかというその瞬間、ニコルが引き金を引き絞ると狙いを違わず簒奪者に命中し、突然の攻撃で体勢を崩した簒奪者は自分を襲った弾丸を確認すると。
「な、なんじゃあこりゃー!」
まるで砂糖のような、むしろ砂糖なのだが、弾丸で撃たれたことに驚愕の叫びを上げつつ素早くこの弾丸を撃った相手を探す。
一方、慕っている兄貴が突然撃たれたことに12人の男たちには動揺が広がっていた。
「走れ!早く逃げろ!」
自身で作った隙を最大限に活かすべく、位置がバレるのも厭わずニコルは襲われていた男性へ向けて叫ぶと、男性は緩んだ包囲から逃げ出そうと彼女であろう女性の手を引いて走り出す。
「あ、この野郎! 逃がすかよ!」
それでも一部の男たちは男性を逃すまいと動くが、再び弾丸が飛来し足元で炸裂すると砂煙を巻き上げた。
「うわ、クソ! 見えねぇ!」
男性が逃げ出したのを見届けた後、ニコルが敵に視線を戻すと簒奪者と目が合った。
簒奪者は面白そうな獲物を見つけたとでもいいたげに口角をあげながら白鞘の刀を抜くと。
「野良犬の剣なんでな、行儀が悪いのは御愛嬌だぜ」
上段の構えから袈裟懸けに刀を振り下ろした。
すると次の瞬間、刃の形の衝撃波がニコルのいる海の家の屋根めがけて飛来する。
高所でしかも遮蔽をとっている狙撃手を攻撃するのは困難だが、諸共破壊してしまえばいいとばかりに衝撃波を飛ばしまくる簒奪者。
たちまち海の家からは悲鳴とともに人々が逃げ散っていく。
まさか遠距離攻撃をしてくるとは思わず無差別にキッチンや料理を無惨に破壊する簒奪者に怒りを覚えながら海の家から砂浜に飛び降りるとニコルは改造精霊銃『Dazzling Blue』を構えると。
「おいでませ!コンペイトウの妖精たち」
刀を手に向かってくる簒奪者へ|エレメンタルバレット『砂糖菓子の弾丸』《キャンディ・ブリッド》をお見舞いするのだった。
野分・風音(|暴風少女《ストームガール》・h00543)が海の家で焼きそばの最後の一口を頬張り、外が騒がしくなると、やれやれ始まったか……と志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)もまたビールを飲み干して何かが起こっているらしい砂浜に向かおうとすると、次の瞬間、砂浜から飛来した衝撃波が海の家を直撃すると天井の一部が店内に落下、屋根から青空が覗き、倒壊の危険を感じるほど柱が傾いた。
遙斗はすぐに店員や客を比較的損傷が少ない堤防側から逃げるよう指示を出すと、風音を落下物から庇うように抱えて衝撃波が飛来した砂浜側に飛び出す。
砂浜では白鞘の刀を手にこれから海の家にカチコミをかけようかといういかにも筋モノといった風貌の男とそれぞれ手に木刀や鉄パイプといった獲物を手に持ち周囲の男性たちを威嚇する男たちがみてとれた。
明らかに海水浴客ではない。
ついでに白鞘の男は経験則的に|ただの暴徒ではなさそう《簒奪者》に思えた。
問答無用で攻撃しても良さそうだったが崩れそうな海の家を出て一息つけたことと、遙斗は警察官なので一応決まり文句は言っておかねばならない。
パーカーのポケットからおもむろにタバコを取り出して火をつけると、口から漏れる紫煙が潮風に舞うのもそのままに警告を告げる。
「色々言いたいことは有るんですけど、警察です。今すぐ無駄な抵抗はやめて大人しくしなさい!」
当然、警察に待てと言われて大人しく待つような輩は極々少数でありまして。
「じゃかぁしぃあぁ! リア充野郎は皆殺しじゃー!」
鉄パイプを持つ男は遙斗の警告を無視して逃げ惑うカップルを追い始める。
「まぁ、コレで引いてくれたら手間はかからないんですけどね、仕方ありません。実力を行使させてもらいます。行きますよ。野分さん」
「待ちなさい! ビーチの治安を乱す奴らはアタシ達が相手になるよ!」
すかさず風音がビシィっと指を突きつけ、男たちに正々堂々の宣戦布告。しかしその口元には先ほど食べた焼きそばのソースと青のりの跡がしっかりと残されていた。
「あー、野分さん、こちらをどうぞ、良かったら使ってください」
さすがに淑女としてどうなのかと思ったのか遙斗がパーカーからウェットティッシュを取り出して気遣いを見せると。
「えっ、青のり!? やだカッコ悪ーい!」
風音は恥ずかしさで赤面しつつ口元を拭うと、あらためて男たちに啖呵をきる。
「と、とにかく、つまんないやっかみで人を害するなら許さないからね!」
すると場の空気が一変した。
白鞘の刀を持つ簒奪者の視線が険しいものとなり、カップルを追っていた12人の男たちも殺意のこもった視線を遙斗に向けていた。
「てめぇ……その隣の水着女子は彼女だな」
思わず素で「えっ?」と返してしまった遙斗だが、もはや後の祭り。
今やリア充野郎認定した遙斗を血祭りに上げるべく、13人の男たちは獲物を構えて一斉に襲いかかってくる。
斜め上の展開に呆れを孕んだ心境に至りつつ、タバコを咥えると胸いっぱいに紫煙を吸い込み、そして吐き出した。
警告はしたし、実際に破壊活動やら傷害未遂やらをやらかしているわけであるからして、『|正当防衛《セイギシッコウ》』には十分すぎる。
「さて、やるか。悪いが【悪】は斬る! 野分さん、フォローお願いします」
今や殺戮気体となったタバコの煙を纏うと霊剣『小竜月詠』を手に霊剣術・|朧《オボロ》でたちどころに簒奪者に従う12人を切り伏せる。
簒奪者に従っていると言っても所詮は一般人。
√能力で速度が3倍になった|遙斗《√能力者》の敵ではない。
風音はその間、簒奪者を引き付けて遙斗の援護をしている。
「ねぇおじさん、あんな嫉妬心丸出しの奴らのボスやってて恥ずかしくないの?」
白鞘の刀を持つ簒奪者を相手に果敢に格闘戦を挑んでいく。
「おじさんじゃねぇ! お兄さんだ! ま、言いたいことはわからねぇでもねぇ。俺も独り身の方が好きだが……ま、渡世の義理ってやつだ。お嬢ちゃんもこういう義理や縁は大事にしときな」
おじさん呼びを訂正しつつ風音に説教をたれる簒奪者。
「そういうところがおじさんなんだよ!」
「まったく最近の若いもんは……」
おじさん認定不可避のワードを連発しつつ、女子を倒す気はないのか風音の攻撃を巧みに受け流していく。
技量の差なのか、それともこれが簒奪者の√能力によるものなのか。
そうこうしているうちに12人の男たちを倒した遙斗がその勢いのまま返す刀で簒奪者に高速の斬撃を浴びせるが、浅い。
反応が遅れてはいるものの斬撃自体は見えているようだ。腐っても簒奪者といったところか。
だがこの隙に今度は風音が動く。
「世界の果てまで吹っ飛んで行けー!!」
先ほどまでの攻防とは打って変わって鋭い拳と突然の旋風に動きを拘束された簒奪者は締めの風を纏った蹴りをまともに喰らい血を吐きながら咳き込んだ。
そして一気に体勢を崩した簒奪者に遙斗が勝負をかける。
「恨むなら俺たちの前に立ったことを恨んでくださいね」
必殺を期した高速の刃が簒奪者の胸を貫通すると、どこか満足気に笑い。
「今回も楽しかったぜ……」
そのまま穏やかな表情のままインビジブルとなって潮風にのって砂浜に消えていった。
「遙斗さん、他の連中はどうしたんですか……?」
他の12人は非モテ男とはいえ一般人。殺しちゃったのかな? と風音が恐る恐る尋ねると。
「安心してください。峰打ちです」
どこぞの剣豪みたいなセリフとともに視線を砂浜に向けると視線の先には砂浜で気絶している男たちが転がっていた。
簒奪者は倒れ、非モテ男たちも警察に引き渡されると、海の家も√能力のおかげでいつの間にか元に戻っており、簒奪者の行為は忘却され、ちょっとした騒ぎがあった程度で海水浴場には再び平和が戻ってきた。
遙斗は今回の戦闘で頑張っていた風音の姿を妹に重ねながら一仕事終えての一服に火をつける。
とはいえこのまま帰るのも少し味気ない。
「さてと、口直しにかき氷でもいかがですか? 確か、あそこの海の家だとシロップかけ放題みたいですよ?」
「シロップかけ放題のかき氷! それじゃ遠慮なくご馳走になりまーす!」
遙斗の提案に風音は元気よく返事をするのだった。
第3章 日常 『海で楽しもう!』
簒奪者は倒れ、古妖『紅涙』の野望を打ち砕かれた。
砂浜には再び穏やかな波の音と海水浴客の若い男女や子供の歓声が響き、海の家も何事もなかったように営業を再開し、かき氷に焼きそば、フランクフルトに焼きとうもろこし、たこ焼きといった定番のメニューに爽やかな風味の各種ジュースが並んでいる。
成人済みであればよく冷えたビールで一杯やるのもいいだろう。
ビーチボールやシュノーケルといった遊具もちらほら見える。
束の間の平和を楽しんでいくのもいいかもしれない。
簒奪者を倒し、平和を取り戻した砂浜で志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)と野分・風音(|暴風少女《ストームガール》・h00543)は今度こそ落ち着いて夏の味覚を楽しんでいた。
なお、√能力で半壊した海の家は元に戻ったが、落下して砂まみれになったフランクフルトとカップに注がれていたビールは残念ながら全快はしなかった。地面に落ちてから3秒以上経過したからか、“死亡”してしまったらしい。
しかし風音は新たに遙斗に買ってもらったかき氷を前に満面の笑みだ。シロップかけ放題をいいことに、ふわふわ氷をいちごシロップで鮮やかな赤に染めている。このかき氷のシロップがけ、簡単そうに見えて意外と匠の技があったりするのだが、こまけぇことはいいんだよ! とばかりに風音は心のままにふりかけている。
出来上がったかき氷を前に瞳をキラキラさせながら風音はスプーンに山盛りに掬うと思いっきり頬張った。
「んー! 勝利の後のかき氷は格別! 遙斗さんありがとー!」
いちごシロップがたっぷりとかかったかき氷は期待以上の甘さで風音の舌を楽しませる。
「美味しそうに食べてくれて俺もうれしいですよ。ただ、アイスクリーム頭痛にだけは注意してくださいね」
遙斗は風音を見守りつつ声をかけると自身も冷たいビールで喉を潤す。せっかく来てくれたのに大騒ぎになったお詫びと暴徒鎮圧のお礼にと店主が新しくビールをくれたのだ。
ちなみにアイスクリーム頭痛とは冷たい物を食べた際に頭が痛くなる現象のこと。かき氷を一気に食べると起きやすく、ゆっくり食べたり温かい物と一緒に食べるといった対策が知られている。
「はーい! ビーチも元の賑わいが戻ってきたみたいですね。良かった。皆の大事な夏の思い出が、簒奪者に台無しにされずに済んで」
風音はかき氷を頬張る手を止めると、賑わいが戻ってきた|砂浜《ビーチ》を見回すと、心からの感想を告げる。
「確かに、賑やかになってきましたね。皆さん楽しそうですね。こんな何気ない日常を守ることが出来て俺も嬉しいですよ」
この平和な日常を守れて警察官冥利に尽きるのか、遙斗もまたビールを楽しむ手を止め、周囲を眺めると目を細めた。
しばし静かな時間が過ぎると再び風音はかき氷の攻略に取り掛かる。口いっぱいに頬張りその甘さを楽しむとアイスクリーム頭痛が起きないギリギリを見極めて次の一掬い。
そんな風音の様子を年長者として見守りながら遙斗は一仕事終えた後の一杯を堪能するのだった。
「さて、この後どうします? アタシは折角なんで泳いできます!」
山のようにあったかき氷もすっかりなくなり、手持無沙汰になったところで風音はマリンスポーツを楽しむ態勢だ。早速、準備運動を始める。
「遙斗さんは泳ぐの得意ですか? アタシは普通くらいだけど、泳ぐのは大好き!」
「俺も泳ごうかな? 泳ぎには少し自信あるんですよ」
風音に誘われた遙斗は泳ぎに自信があることもありそのまま一緒に海に入ることにする。簒奪者は倒したが海では何があるかわからないからね。
ラッシュガードを脱ぐと準備運動を簡単に済ませ、風音と一緒に波が打ち寄せる砂浜から海に向かって行く。水位は徐々に深さを増していき胸ほどの高さになったあたりから水泳を開始。
全力で海を楽しむ風音はクロールで疾走! 風音を|見守る《エスコートする》のも自分の役目と考えていた遙斗としては風音についていく必要があり同じくクロールで並走していく。
しかし、さすがにビールを飲んでからの運動はアルコールが回り全力で泳ぐ女子高生についていくのは辛くなってくると、さりげなく撤退することにした。
泳ぐのは普通と言っていたが、一緒に泳いでみて特に心配することもないほどには泳げることもわかったわけであるし。
「お先に休憩していますね。あまり沖に行かないようにしてくださいね」
そう風音に告げると遙斗は荷物のところまで戻り、タバコに火をつける。
やっぱり、|コレ《タバコ》だけはやめられない。
「ふぅー。こんな休日も良いものですね。この後の報告書の作成さえなければ最高なんですけどね」
警察官は警備や張り込み、犯人逮捕の捕り物といった体を張った仕事ばかりと思いきや、現場が終わった後は意外と書類仕事が多いのだ。今回の件も報告書の提出が求められるだろう。
いまは休憩時間だろうに、仕事のことを考えている自分に思わず苦笑しつつ遙斗は紫煙をくゆらせながら風音の泳ぐ海を眺めるのだった。
そんな遙斗の苦労もどこ吹く風、心行くまで水泳を楽しむと、ふいに仰向けになり海面にぷかぷかと浮かぶと、波に揺られる風音はスポーティなタンキニながらもしっかりとスタイルの良さの証が水面から顔をだしている。
簒奪者やら非モテ男性との騒動もあったが遙斗さんと|バディ《相棒》のように戦えたし、美味しいご飯や甘味を味わえて一緒に水泳も楽しめた。
「騒動もあったけど、楽しい夏の思い出ができたね」
砂浜で自分のほうを眺めている遙斗を横目で眺めながら、今日の出来事を思い返していた。