卑劣! コウモリプラグマの邪悪な罠!
●√EDEN:数日前、某幼稚園バス車内
「ヒャーッヒャヒャヒャ!」
「「「うえーん!」」」
ものすごく雑魚感のある笑い声。いたいけな子供たちの切なる涙!
そう、これは紛れもない幼稚園バスジャックの現場だ! 犯人はあの雑魚っぽい笑い声をあげる怪人である!
「諸君! 貴様らは今から、この『コウモリプラグマ』様の人質となってもらう!」
「「「こわいよー!」」」
子供たちは泣きじゃくる他ない。当然だ、彼らは無辜の被害者なのだから。
「ど、どうしてこんなことをするんです? この子たちが何をしたっていうんですか!」
付き添いの先生(27歳独身、趣味は映画鑑賞)が悲鳴を上げた。彼女は子供たちを守るため、健気にも立ち上がりコウモリプラグマを阻もうとする。だが!
「ヒャーッヒャヒャ! いい質問だなァ先生!
だが今はまだ走行中なので、立たないで座っておいてもらおうかァ!」
「あ、はい」
先生は着席した。卑劣なりプラグマ!
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 貴様の勇気に免じて教えてやろう!」
コウモリプラグマは両手を広げ、身体を逸らした。
「全てはこの√EDENを征服するための必要な犠牲なのだ! ヒャーッヒャヒャ!
貴様らという人質の存在を予知したヤツらは、必ず現れるのだからなァ……!」
「い、一体何を言っているんですか!? ヤツらですって!?」
運転士さん(男性58歳。最近血圧が気になる)が悲痛な声を上げた!
「ヒャヒャヒャ……貴様、ただの人間にしてはなかなかいいところを突く!」
コウモリプラグマはゆっくりと振り返り、ギラリと目を光らせた!
「それはそれとして運転に集中しろ! あと次の交差点右に曲がっておけェ!」
「あ、はい」
運転士は運転に戻った。卑劣なりプラグマ!
「右ですか?」
「そう右。そのあと信号を三つ過ぎたら左だ」
「どうも」
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 貴様らには教えたところで意味はないのだァ!」
コウモリプラグマは両手を広げ、身体を逸らした。
「このもっとも弱く、もっとも豊かな√の無力な人間どもは、我々プラグマに屈する運命なのだからなァ! ヒャーッヒャヒャヒャ!」
「「「だれか、助けてー!」」」
幼稚園バスは無情にも暗黒の未来へひた走る。嗚呼、救いはないのか!
●√EDEN:貸し会議室内
「……ということがあったみたいで……」
星詠みの神谷・|月那《ルナ》は、胸元を押さえ息を漏らした。
「子供たちはとある採石場に集められています。これは秘密結社『プラグマ』の陰謀です。
どうかコウモリプラグマに囚われた皆さんを……助け出してあげてください……!」
やけに詳細でレトロな雰囲気のある状況説明は、当然月那が情感たっぷりに伝えた。迫真の説明だったという。彼女は徹頭徹尾真面目だ。
そう、真面目なのだ!
「秘密結社『プラグマ』の狙いは、全ての√を支配すること……この√EDENも例外ではありません。
放っておけば、次はどんな被害が出るか……罠と解っていても、行くしかないんです」
その瞳はまっすぐで、澄み渡っており、首を横に振る余地などなかった。
√の危機を見て見ぬふりはできない。だからもう、とにかく真面目なのだ。
「……ですが、コウモリプラグマは狡猾。いくつもの罠を張って待ち構えています」
月那は指を立て、聞き漏らしが出ないよう注意深く言葉を選ぶ。
「最初の罠は、大量の大岩です。採石場にあったものを集めたんだと思います。
コウモリプラグマは高台の上に陣取って……大岩を転がして行く手を阻んできます」
何度でも繰り返すが、月那は大真面目である。大変な事態なのだから当然だ。
「コウモリプラグマは皆さんとの戦いに備えて、手下を用意しているはず……です。
そちらとも戦うことになると思いますから、油断せずに行動してくださいね……!」
どう考えても大岩降らせてる飛行型のモンスターか怪人かなんかが襲いかかってくるんだろうが、そう思わせて隙を突いてくる可能性もある。注意が必要だ!
「皆さんと、囚われた方々が、無事で戻ってこられますように……」
月那は両手を祈るように握りしめ、目を閉じた。最後まで繰り返すが、彼女は大真面目だ……あとプラグマの方も超真面目なのだ……!
第1章 冒険 『落石注意』

●|斗《たたか》え! 正義のバナナヒーロー!
狡猾にして卑劣! プラグマの悪事を|八芭乃《やばない》・ナナコが捨て置くはずもなかった。
「くそぉ! こうしちゃいられないぜ!」
彼女は一目散に貸し会議室を飛び出し、階段を一段飛ばしで駆け下り(途中清掃のおじさんに出くわしてちゃんとお辞儀した)、ビルを飛び出し、ビル前の横断歩道は青だったがチカチカ点灯してたのできちんと待ち、そして赤になってまた緑に戻ってから再びロケットスタートした。
「覚悟しろプラグマめ! あーしが相手だ!」
ナナコは不敵な笑みを浮かべた。急げナナコ、走れナナコ!
「……あっこっちじゃねぇ! ていうか道わかんねえ!」
ナナコは来た道を逆に戻り、横断歩道がまたチカチカしてたのでちゃんと待った。
……しばらく後!
「ヒャーッヒャヒャヒャ! √能力者ども、人質はここだぞォ!」
採石場! これみよがしに高台に昇ったコウモリプラグマが高笑いする!
「テメェがコウモリプラグマだなッ!」
ざん! そこへナナコ登場! 途中で現地移動する√能力者の皆さんを見つけ急いでついていき、行き先を改めて教えてもらった上で全力ダッシュして一番乗りしたのだ! 律儀!
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 来たか、√能力者!」
「卑劣な怪人め! 許しちゃいけねぇ!」
ナナコはビシッとコウモリプラグマを指さした!
「人質は無事なんだろうな!?」
「当然だァ! でないとブチギレた貴様らが何をするかわからんし、あと貴様らを倒したあとも何か利用できるかもしれんからなァ!」
「くっ、なんて狡猾なんだ! じゃあもう一つだけ答えろ!」
ナナコは目を見開いた!
「バナナはおやつに出ているんだろうな!?」
沈黙が訪れた。
「ヒャヒャヒャ! ……どうなんだァ?」
コウモリプラグマは近くを羽ばたくモンスターに確認を取った。
「あ、はい。出てます。既製品ばかりだと身体によくないし」
「そのままで食べさせてるのかァ?」
「苦手な子もいるかもしれないので、ヨーグルト和えにしたりもしてますね」
「アレルギーには気をつけろォ!」
「あ、はい」
「……というわけだァ! わかったか√能力者! ヒャーッヒャヒャ!」
「やるじゃねぇかコウモリプラグマ、出来る怪人だぜ……褒めてやる!」
だがそれはそれとして、ナナコは不思議なバナナを取り出した!
「正直あーしもちょっと食べたいけどでも怪人は倒す! 変身!」
アクセプターを装着した腕を目の前に突き出し、装着した!
その身体が黄金の光に包まれる! そして!
「こ、これはァ~~!?」
コウモリプラグマは顔を押さえ、叫んだ!
……光が晴れると、そこにはバナナのヒーローがいた!
それは……こう、バナナだった。モチーフの意匠をうまいこと落とし込み、それでいて玩具が売れそうな感じに、あとまあ撮影(?)中のアクション(?)の邪魔にならないよう可動域(?)も確保したデザインなのだ! 詳しくはイラストをお待ち下さい!
「行くぜ! あーしが相手だァ!」
「ヒャーッヒャヒャヒャ、やれぇい!」
コウモリプラグマは羽ばたき指示を出す。するとモンスターたちが叫んだ!
「「「ケケーッ!」」」
さっきまで普通に喋ってたモンスターの皆さんが、次々に大岩を転がす! ハリボテではない本物なのだ!
「喰らうかよ、バナナソードブレイザーッ!」
バナナっぽく曲がってるが切れ味抜群のソードで、大岩を一刀両断だ!
「やるな√能力者ァ!」
「当然だぜ、バナナ食ってるからな!!」
カメラ目線(?)で販促(?)もばっちりだったという。
●|翔《と》べ! |閃甲令嬢《レディ・シャイニン》!
「許せん!」
「だいたいわかった!」
「プラグマキター!!」
√能力者たちは次々と貸し会議室を飛び出し、ビルを飛び出す! なんかまあ実際には言ってることはもうちょっと違うかもしれないけど誤差なので問題ない。
この√EDENは忘れようとする力がとても強いので、明らかに異様な一団が注意を惹くこともない。そう、人々は忍び寄る悪の恐怖を知らないまま日々を過ごしているのだ!
ところで、その貸し会議室のあるビルのオープンテラス。飲食物持ち込み可能のテーブル席で、コンビニパスタをもぐもぐ食べている女がいた。彼女の名は、黒栖・鳳華。
完全に周囲に溶け込んだその姿からはまったく想像もつかないが、実は彼女は鉄十字怪人なのである。周りの一般人は、もし鳳華に注意を向けたとしても「なんかコンカフェっぽい格好してるけど、このへんそういうお店あったかな? ゲーセンの店員さんかな? コスプレしてる人とかたまにいるよね」ぐらいにしか思わない! 馴染み過ぎとも言う! でもメイド姿なんだよなこの人。
「……やはりそういうことね」
鳳華はコンビニで買ったお茶でパスタを流し込み、鋭く目を光らせた。
さっきまで話聞いてましたよね? とか、そういう指摘は知らない。そもそもそれ以前の話じゃないですか、こんなの。いや何が? 誰も彼も真面目ですが?
「待っていなさいプラグマ……その野望、食い止めてみせる」
鳳華はデザートのプリンを開けながら誓った。そのあとお腹を休ませるために一服もした。ついでにSNSの巡回もした。真面目な顔のままだ!
……そんでもってしばらく後!
「ヒャーッヒャヒャヒャ! やれやれぇい! どんどんやれぇい!」
「「「ケケーッ!」」」
モンスターの皆さんがどんどん大岩を落とす。だがその時、鳳華は懸命に挑む√能力者の中にはいなかった。
では、一体どこに!? その答えはカメラ(?)を切り替えれば明らかだ!
「やはりそういうことだったのね……!」
鳳華は声を潜めた。敵の挟撃を警戒し布陣を偵察した彼女は、驚くべき事実を知ったのである。それは!
「私は居る必要があるのか?」
ぼやく禿頭がギラリと太陽を浴びて輝く。奴の名は『剣聖『比良坂・源信』』。職業暗殺者の世界でまことしやかに囁かれる|伝説の怪物《リビングレジェンド》……そう、コウモリプラグマが密かに雇い入れた、悪の√能力者なのだ!
「そもそもなんなのだ、あの妙な作戦は。普通に空から襲えばいいだろうに」
源信はゴロゴロ大岩を転がすモンスターの皆さん(『ハーピー』である)と、何故か姿を表したままヒャハヒャハ笑ってる(笑う度に腕を羽ばたかせる)コウモリプラグマを胡乱げに眺めていた。
「やっていられん……この調子が続くようなら、適当なところで消えるとするか」
災害じみた男は一応仕事なので、プレハブ小屋に近づく輩がいないようギラリと目を光らせているのである!
「……奴の隙を突けば奇襲出来るかしら」
はたしてどう動くべきか。鳳華は思案する。だが彼女は数秒もせずに立ち上がった。
(「そのためなら私自身が動けばいい。それだけよ」)
プラグマは、鳳華の家族を奪った憎き仇。こんな邪悪な作戦を見逃すわけにはいかない!
「む!?」
源信は颯爽と着地した鳳華に目を剥いた。吹き付ける風がメイドスカートを翻す!
「少し遊びましょうか、"剣聖"」
まるで西部劇の決闘じみた殺伐とした空気が、張り詰めた緊張感を駆け抜けた……!
●すゝめ! グレーターデーモン!
「「「キキーッ!」」」
ゴカッ、ゴロゴロ! 空を羽ばたくハービーによる大岩落下攻撃が√能力者を襲う! なんとなく発泡スチロールとかで出来てそうに見えなくもないが、相手はプラグマなので本物の大岩だ! 食らうと痛いし最悪死ぬ。
「せいッ!!」
バガンッ! 戦闘員六十九号・ロックウェルの機械拳が大岩を砕く! だがこのままでは迎撃するのが精一杯で、肝心の人質救出が叶わないではないか!
「ヒャーッヒャヒャヒャ! どうした√能力者、早く登ってくるがいい!」
コウモリプラグマは高台の上で(なぜか喋る度に翼をバサバサさせて)勝ち誇る。そんなところにいたら遠距離系の√能力で攻撃されちゃわない? とか、そういうツッコミは知らない。なんか狡猾な考えがあるに違いないのだ。卑劣なりプラグマ!
「フン、ナメてくれるな。だが、そのぐらいでないと歯応えがない」
ロックウェルは拳で顔の泥を拭った。
「貴様、さては組織を裏切った戦闘員だなァ!? 何故そちら側にいる!」
コウモリプラグマは(翼をバサバサさせながら)ロックウェルを弾劾した。
「さては√能力者どもにほだされたかァ!? ヒャーヒャヒャ! 惰弱な愚か者めェ!」
「違う! 俺は正義の味方になった覚えなどないッ!」
ロックウェルは腕を振り払い、叫んだ。
「組織のコマでいるよりも、お前らプラグマを相手にしたほうが闘いを楽しめる!
俺にとって重要なのはただそれだけだ! 勘違いをしてもらっては困るぞ!」
「誰がどう見てもマスクド・ヒーローそのものだろうがァ!」
「だから違う! 結果そんな感じの立場になっただけだ!!」
「そうやって意固地になるのとか逆に王道なやつだろォ!」
「何の話だかさっぱりわからんがお前はなるべく早く黙らせる!」
ロックウェルは闘争の歓喜を瞳に燃え上がらせた!
「わからず屋な裏切り者めが! ならば奴を岩の下敷きにしれやれぇい!」
「「「キキーッ!」」」
いけない! ハーピーがロックウェルの頭上に集まる! 一気に大岩を投下して圧殺するつもりだ! さらに崖の上の雑魚戦闘員の皆さんが追い打ちを転がして逃げ場を塞ぐ! ゴロゴロ転がる大岩のカット(?)が3回ぐらいズームからパン(?)して繰り返される! 危うしロックウェル!
「フン、お約束の手とは堅実な奴だ。褒めてやりたいところだが……」
ガラガラと音を立て、土煙が舞い上がる! ロックウェルの闘いは、此処までなのか!?
「ヒャーッヒャヒャヒャ! まずは一人血祭りに上げたぞォ!」
コウモリプラグマは勝利を確信し、高笑いした!
……だが、見よ! 瓦礫の山じみて積み重なった岩が粉砕された!
「な、何ィ!?」
そしてモーター音を咆哮させ、土煙の中から飛び出したのは、速度のみを追い求めた凶悪なモンスターバイク! XR-T12 グレーターデーモン! ならばその乗り手は!
「残念だったな! こんなハリボテで、この俺を止められるか!」
もちろんロックウェルだ。傷一つなし!
「ば、バカなァ!? ええい、次の岩を転がせぇい!」
「「「キーッ!」」」
すかさず新たな大岩だ。しかしロックウェルは回避すらしない。激突……グレーターデーモンの前輪が無傷で破壊!
「何ィーッ!?」
「この俺の巨大ダム占拠作戦で予め大岩を消費しておいたのさ!」
ロックウェルの赤い瞳がギラリと輝く! そう、降り注いだ大岩は全て撮影用の発泡スチロールだったのだ!
「採石場の直近のスケジュールをよく確認しておくべきだったな!」
「おのれェーッ!」
スピードの悪魔が、猛烈な勢いで斜面を駆け上がっていく1
●砕け! ガナッシュ!
佐倉・ちよこ、14歳。好きなものは甘いものとアウトドア活動。反抗期な弟(13歳)との距離感を掴もうと頑張る、思春期にしては健気な女の子だ。
(「人質を取るなんて、プラグマめ……ヒキョーだよっ!」)
現場へ急ぐちよこの心には、怒りが燃える。そして同時に、麟太郎という家族がいるゆえに、悪の組織に立ち向かうことの出来ない人々の想いも痛いほど理解できた。
それでも誰かがやらねばならぬ。ならばちよこがやるのだ。そう! なぜなら彼女は!
「……変身ッ!」
ちよこはカードデッキにガナッシュカードを差し込んだ。そして!
「とうっ!」
常人には不可能な高さのジャンプを決めたのだ! ここで被っていた帽子がカメラ(?)を覆い、次の瞬間には映像が……!
「そこまでだ、コウモリプラグマ!」
「ヒャヒャーッ!?」
そう、一瞬にして採石場に切り替わっているのである。ジャンプ一回で移動できるわけがないとか、そういう細かい理屈は無用だ。移動したからには移動したのだ!
「貴様はもしや、マスクド・ヒーローのガナッシュかァーッ!」
「ほう……私の名を知っているとは、狡猾という噂に間違いはないな」
ちよこ……否、その素顔をマスクの下に隠したヒーロー・ガナッシュは、普段とまったく違うハスキーボイスで不敵に呟いた。
もちろんその見かけも、とてもではないが14歳の女の子には見えない体型だ。なんでって? そういうものなんですよ。
「当然だァ! 我々プラグマを苦しめてきた正義のヒーロー……!
ヒャーッヒャヒャヒャ! その一人をここで片付けられるとはなァ!」
「もう勝ったつもりか? 笑わせるな!」
ガナッシュは駆け出した! 悪の怪人を倒すのに、回り道は不要。まっすぐと!
「ええい、貴様ら! やれぇい!」
「「「キキーッ!」」」
そこでハーピーが空から岩を落としてくる! 別の√能力者の作戦で大量に岩の在庫が減ってしまったので、これまでに比べるとかなり数が減っていた。中には目くらましのつもりなのか、発泡スチロールっぽいものも使われている! 悪の組織も金勘定は大事なのだ!
「ガナッシュパンチ!」
KRAAASH! ちよこはまっすぐ転がってきた大岩を砕いた! 説明しよう、変身したちよこ、否……ガナッシュのパンチ力は岩をも砕く!
キック力はさらに強い! ジャンプすると東京タワーまで届くかもしれない!(カタログスペックは都合により頻繁に変化します)
「まだまだだ! どんどんやれぇーい!」
「「「キキーッ!」」」
しかしさらに降ってくる! どうする、ガナッシュ!?
「小賢しい真似を!」
彼女は……パンチしない! 素早い動きで回避していく! 何故ならガナッシュは100mを僅か6秒で(以下省略)そのスピードがあれば砕く必要もないのだ!
(「なにこの岩!? 痛いんだけど!?」)
パンチ力と耐久力は無関係だとか、カッコつけて殴ったけどちょっと手首がぐにゃってジンジンするとかではない! 急げガナッシュ、走れガナッシュ! 人質を救うために!
●砕け! アルガムの鉄拳!
KRASH! KRASH! KRAAAASH!!
「ヒャヒャヒャ……ヒィーッ!」
コウモリプラグマはビビッた。いくら岩を落とせど落とせど√能力者どもが立ち止まる気配すらないのは……まあ想定通りとはいえだいぶプレッシャーが強い。だがその中でもひときわ威圧感を放つ者がいた!
「所詮はただの岩ね。いくらでも降らせてきなさい」
その名は戦部・遥、あるいは金属生命体アルガムに適合した、強靭な肉体と鋼の拳の持ち主。その眼光は、まるで幾千年を閲して鋭く研ぎ澄まされた氷柱のようだった。冷たく、冴え、そして……恐ろしい!
「お、おい! もっと落とせぇい!」
「しかしですね、さっきの例の怪人のせいで数が……」
「いいから落とせぇい! あいつは特に足止めしろォ!」
コウモリプラグマは狡猾で的確、それでいて地道かつ堅実な怪人だ。不利と判断すれば躊躇なく逃げ出すこともあれば、何故か逃げずにキックを食らってから灯台とか高い丘の上に行き、「プラグマ万歳!」と言って爆発することもある。
今回はその中間ぐらいのつもりだったが、遥のあまりの殺気にちょっと今から逃げよっかなみたいな気分になっていた。そして同時に、ハッとする。
「貴様……まさか「あの」組織の生き残りかァ!?」
そう。コウモリプラグマは知っていた。遥が今の特異体質になるに至った、忌まわしい原因……既に壊滅したはずの「ある組織」のことを!
なお、その名前はここでは明かされない。何故かというと、コウモリプラグマは時々そんな感じで「あのお方」とか「例の作戦」とか凄く漠然とした言い回しを使うことがあるからだ。癖なんですね。彼の。
だが狡猾なコウモリプラグマでも、解らなかったことが一つある。
「……へえ」
遥の目が、ギラリとさらに鈍く光った。その奥には……微かにだが、確かに苛立ち、あるいは怒りのようなものが見えた!
「私を前にして、わざわざ奴らのことを引き合いに出すんだ」
「……!!」
火に油を注ぐ、あるいは藪蛇を突く。自分の発言が、トラウマを刺激された遥の闘争心をさらに引き出してしまったことに、コウモリプラグマは震え上がった!
「や、奴にもっと岩を落とせぇい!」
「「「キキーッ!」」」
ハーピーの群れが大量の岩を集中的に落とした!
だがその全てが、まるでポップコーンのように粉砕! ほぼ同時にだ!
「「「キキーッ!?」」」
「この私の鋼の身体の恐ろしさを、その身体に直接教えてやる!」
戦闘員の皆さんすらビビるほどのオーラを発し、遥は最速最短のルートを誰にも阻まれることなく突き進む!
●ととのえ! ミストサウナオーガ!
「……あの、ちょっといい?」
√能力者とプラグマの激闘を眺めていた川霧・ゆきが手を挙げた。
「ヒャーッヒャヒャヒャ! そこの√能力者ァ! なんだ?」
「もっと悪辣なことしないの?」
「は?」
コウモリプラグマは唖然とした。
「もっとこう、先生を子供たちの前で痛めつけるとか……」
「そんなことをしたらガキどもが泣き喚いて管理に苦労するだろうがァ!」
「じゃあ逆に先生だけ生かして、子供たちをずたぼろにとか……」
「幼稚園児なんだから万が一のことがあったら人質の意味がなくなるだろうがァ!」
ゆきは考え込んだ。真剣に、コウモリプラグマがそうしない理由がわからない、という顔をしていた。
「随分律儀っていうか……もっと絶望感出していかないわけ?」
「出してるだろうがァ! 貴様はガキどもが惜しくないのかァ!?」
「いや、もちろん救出するけど……でもほら、感情の相転移っていうの?」
ゆきはなにやら経済誌にインタビューとか載ってそうな、ベンチャー企業のCEOみたいな手つきをした。本人の経営能力はカスなんだけど。
「絶望に叩き落としてから得る希望のカタルシスって、すごいのよ?
それこそサウナぐらいととのうっていうか、脳汁ドバドバで……」
「貴様は何を目的に、どの視点からアドバイスしてるのだァ!?」
コウモリプラグマは戸惑った。そして、ハッとする!
「まさか、貴様……さては我々の裏切り者かァ!?」
「え、ああうん。そりゃまあ怪人だけど」
「おのれぇ! 言うに事欠いてこのコウモリプラグマ様に説教とはいい度胸だなァ!」
「そんな上から目線のつもりじゃないわよ!? ただお勧めっていうか」
「黙れ! あとなァ、我々の組織は方針的にそういうことはしないのだァ!」
悪の組織にも色々あるらしい。大変だね、ヴィランって。
「ええい、もういい! やれやれぇい!」
「「「キーッ!」」」
出待ちしていたハーピーの皆さんによる、満を持しての岩の投擲だ! なお、そろそろ在庫が尽きかけている。
「うーん、でも悪くないと思うのよねぇ。子供たちを一度ギャン泣きさせるぐらいに追い詰めたほうが愛と勇気が一生刻まれるっていうか……」
ゆきはブツブツ呟きながらサッと躱す。そう、まるで朝の通勤中、向こう側から来たハゲのおっさんを軽やかに躱すかの如く!
「何ぃ!? ええい、もっと投下しろォ!」
「「「キーッ!」」」
第二波到来! 数が目減りしつつある!
「まあ方針っていうなら無理強いは出来ないわよね」
ゆきはやはりスタイリッシュに、そしてそつなく回避! これは一体!?
「な、何故だァ!?」
「ここ、うちもお世話になってたのよ」
まさかの事実! 元取引先!
「だから回避場所って決まってるのよね。安置っていうの?」
「馬鹿なァ!? おのれ、裏切り者めがァ!」
コウモリプラグマは翼をバサバサしながら怒る!
「わかるわー、怪人稼業って大変よねぇ」
「同意を示すならさっさとやられるかしろォ!」
悲喜こもごもだ!
●落とせ! ビッグストーン!
「おのれ……! √能力者どもめェーッ!」
コウモリプラグマは翼をバサバサさせ、苛立った。
あれだけ大量の大岩を転がしたり落としたりしているのに、ヒーローも怪人もそれ以外もさっぱり足止め出来ていない。この時点で計画が破綻している!
おまけにせっかく万が一のために雇った"剣神"は、別ルートから近づいていた√能力者と戦闘中だ。このままでは……まずい!
「もっともっと岩を降らせろ! 奴らを血祭りにあげるのだァーッ!」
「「「キキーッ!」」」
ハーピーの皆さんは在庫が底を尽きつつある大岩を頑張って落とす!
……と、その時である。
「ちょっと、そこの岩を転がしてるコウモリの人!」
「ヒャ?」
五ツ花・ウツギがちょいちょいと手招きしていた。
「なんだ貴様ァ! このコウモリプラグマ様を誘い出すつもりかァ!?」
「違うよ、あんたこのままじゃモクロも通りにいかないって話さ」
ウツギは再び手招きした。
「それっていうのもね、降りてきてちゃんと見てみりゃわかるんだよ」
「なんだとォー?」
コウモリプラグマは翼をバサバサさせながら、坂を降りた。そしてウツギの隣にやってきた。
「どこを見ればいいというのだァ?」
「ほらあそこ、あのへん。砕け散った岩が積み重なって壁みたいになってるだろ?」
「ム! た、たしかに……!」
「あれのせいで上から転がしても、さっぱり下に落ちてないんだよ。ちゃんとやるなら片付けておかないと」
「貴様ァーッ! なかなかいい目をしているなァ!」
なんかこう坂のハング的に上から見てもわかんなかったんじゃない? それかウツギが今なんかしたんだろう。すげえぜ、不思議遊戯屋店主! 多分魂を奪う闇のゲームとかも出来る!
「ほら、すぐ直しておいで」
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 当然だァ!」
コウモリプラグマは翼をバサバサさせながら歩き出した。
「そのあとは貴様を亡きものにしてやるぞォ!」
そして振り返って言い放った。
「はいはい。わかったわかった」
「いいかァ、逃げるなよォ!」
「わかったから足元気をつけなさいって」
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 誰に物を言っている! 俺様はコウモリプラグワーッ!?」
振り返って高笑いしようとしたせいで、コウモリプラグマは思いっきり転げ落ちた!
「あっちゃー、だからあれほど気をつけてって言ったのに」
ウツギは額を叩きつつ、近くに転がっていた岩を持ち上げた。すげえぜ、不思議遊戯屋店主!
「お手本見せてあげるから、ようく見ておくんだよ!」
「おい待て貴様何を」
「そーれ(ぽーい)」
「ギャアアアア!!」
コウモリプラグマは追い詰められる恐怖を味わいながら慌てて駆け戻ったという。あれ? 今のやり取りの中で三回ぐらいぶっ倒せそうなタイミングなかった!?
●肥えろ! マウンテンセレブ!
「……」
数宮・多喜は明滅する赤信号を睨む。
「この信号、変わるの長くないか……? このままじゃ人質が!」
だが、多喜の叫びにも信号は一向に変わらない。実際ここは開かずの踏切ならぬ変わらずの信号として恐れられていた。しかしいくら悪の組織のやることだからって、信号無視をしてぶっちぎるには多喜の良心が強すぎた。おかげで待ちぼうけだよ!
と思ったらチカチカと歩行者用の信号が瞬き始めた!
「しめた! さあ、アタシがすぐに助けに行くよ!」
青信号になると同時に多喜はロケットスタートを切った!
……そしてすぐに次の信号で捕まった。
「あっ止まらないと」
急げ多喜! 早くしろ多喜! そろそろ大岩もなくなりそうだ!
……一方その頃、採石場では!
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 罠にかけて俺様を倒そうとしたようだが甘かったなァ!」
なぜか大岩を食らって頭にばってんマークの生えたコウモリプラグマが、翼をバサバサさせながら高笑いした。
「もはや貴様らの策には騙されんぞォ! やれぇい!」
「「「キキーッ!」」」
出待ちしていたハーピーの皆さんが再び大岩を投げたり落としたりし始める! なおそろそろ本当に岩の在庫がヤバい。なので発泡スチロール製のダミーも多くなっていた! 予算の問題だ!
「くっ、おのれプラグマ……! なんと卑劣な!」
そんな中、悪戦苦闘する米満・満代が叫んだ。
ほとんどの√能力者はスイスイ避けたり、そもそも当たらなかったり、ぶつかったのを砕いたりしてスルーしているのだが、一体彼女はなぜ苦戦しているのか!?
「こんな巨大な岩では、回避するのも大変です……!」
「ヒャーッヒャヒャヒャ! どちらかというと貴様の図体がデカ」
「グワーッ! 岩が大きいから避けられません!」
満代はゴロゴロと坂を転がった。そう、岩が大きいせいなのだ!
確かに満代は常人と比べても……いや比べなくても一目でわかるぐらい何と言わんが非常にデカいというか太いというかうないというかだが、それは大した問題ではない! 絶対に違う! 断じて違うのだ! 坂をゴロゴロ転がり落ちる姿が大岩と一見見分けがつかないとか、そんなこともないのだ!
「このままでは子供たちが……!」
満代はめげずに立ち上がり、拳を握りしめた。ちょっと今運動したのでお腹が空いてきたが、まだ食事には早い。そしてついでに言うと、彼女は自己肯定感がすんげえ高いので、別にコウモリプラグマの指摘を意識的に無視しているとかではなかった。ならなんなのかというと、ほんとに岩が大きいのが悪いと思っているのである。これはこれで問題ないかな!?
「一体どうすれば……!」
その時、高らかなエンジン音!
「よっしゃあ間に合っ……てない! もうみんなすげえ進んでる!?」
そう、信号に苦しめられた多喜である!
「いけません、危険ですよ! 岩が大きいので!」
「ライダーのドラテクと勘をナメるんじゃないよ!」
多喜はそう言い放つと、アクセルを開いた。そして、激しくウィリーしながらアクロバティックに坂を駆け上がっていくではないか!
「そこ右ですね」
「いやもうちょっと左」
「あー今の重要なので覚えといて」
耳元でゴーストの皆さんも囁いて助けてくれるぜ!
「そろそろ来るかな?」
「来るぞ……」
「ざわ……ざわ……」
「一部全然参考にならねぇアドバイスがあんだけどなんなんだよ!?」
厄介なVtuberのリスナーみたいな囁きもあるが実際そのタイミングで岩が降ってくるので的確ではあった。
その姿を見た満代は気付いた。大事なのはスピードなのだ!
「繋いで――『ラジオウェーブ』!」
ザザピーザリザリ。都市伝説を実体化させる都市伝説の力によって、ゴースト・トークが接続!
「ここはね~、うん。今はまだ触れないほうがいいかな」
「あっ……いやなんでもないです」
「はいこの岩伏線ね。あとで出てくるから」
「うるせぇなこいつら!? ってなんかすごいドライビング快適になったんだけどぉ!?」
それは接続された多喜の反応速度も跳ね上げるのだ!
反応速度が上がるということはつまり(的確で正確だけど)うざったらしいゴーストたちの囁きも的確に拾えるということになり実に弊害だ!
「うおおおお回避回避回避回避!」
満代は驚くべき俊敏さで岩を的確に避ける。動けるデ……というやつなんだ!
「このまま一気に駆け上がりましょう!」
「よくわかんねぇけど助けられたみたいだね! 先導は任せな!」
二人は協力し、降り注ぐ大岩の障害を文字通り乗り越えていく……!
●駆け上れ! 坂!
スノーボードをさながら未来世界のホバーボードめいて颯爽と乗りこなし、雨あられと降り注ぎ転がり落ちてくる大岩を回避し進むルミナスティア・エアルネイヴ。金色の髪を靡かせる姿は、まるで重力から解き放たれたかのようだった。
「ヒャヒャアーッ! なぜ奴はあんな自由自在に飛べるのだァ!?」
「ボス! ありゃ飛んでるんじゃなくて「落ちてる」んでるよぉ」
戦闘員がコウモリプラグマに告げ口した。
「何ィ? どういうことだァ~?」
「奴をよく見てください。どうやら√能力で浮いてるだけですぜ。
つまりあの動きは、重心移動で実現してるってわけだ! すげえや!」
「貴様なかなか目がいいなァ! というか随分個性的じゃないかァ?」
「なあに俺はただの戦闘員ですからボス!」
「それにしては発言も多いしやけにキャラが立ってないかァ?」
「気の所為ですよボス! あっほらそれよか奴が近づいてきますぜ!」
戦闘員(?)はルミナスティアを指さした!
「ええい、ならば奴を狙って集中攻撃するのだァ~!」
「「「キキーッ!」」」
ついに岩の在庫がなくなった。ハーピーの群れがバサバサと羽ばたき、√能力者たちに襲いかかる!
「おっと、いよいよ直接攻撃ってわけかい? 上等だね!」
「キキーッ!」
ルミナスティアはとてもただの浮遊能力とは思えない体捌きで、ハーピーの滑空攻撃を回避してみせた。慣性を利用して一段高く舞い上がり、反転する前にその後頭部めがけ一気に駆け「落ちて」行く!
「喰らえ! |落星穿撃《メテオクラッシュ》!」
「キキーッ!?」
SMAAAASH! 慣性すなわち体重全てを純粋なスピードに乗せた強烈なインパクト! ハーピーは耐えられるはずがなく撃墜!
「バカなー?! 本当にやつは浮いているだけなのかァ~!?」
「(もぐもぐ)ところでボス、このドーナツどこで買いました?」
例の戦闘員(?)が後ろからドーナツをもりもり食べつつ聞いてきた。
「都内の人気店にわざわざ並んで買ってきたに決まってるだろうがァ!
あとで余った分は我々で食べるからなァって貴様なんで食ってる!!」
「いやそのほら、あれですよあれ。キッズが腹壊さないように毒味? 的な?」
「なるほどなァ~、腹痛など起こされたら人質としての価値が半減するからなァ!」
「でしょ、ねっ! いやぁ美味えなこれ!(もぐもぐ)」
「ところで貴様やっぱりただの戦闘員にしてはキャラが立ってないかァ?」
「そんなことないですよボス、あっまたモンスターがやられてますよ!」
指さした先、二体同時攻撃を回避するルミナスティア!
反撃で一体を吹き飛ばすが、その角度は地面に斜めに落下していく形だ。いくら重心移動したとしても、もう高度を上げられない!
「ヒャーッヒャヒャヒャ! これで奴のちょこまか鬱陶しい動きも終わりよォ~!」
「そいつはどうかな?」
ルミナスティアは不敵に笑う――彼女が落ちていく先には!
「メェメェ」
見て、羊が歩いているよ! かわいいね!
「何故こんなところに羊がいるんだァ!? 奴は√能力者じゃないかァ!?」
その通り。彼女は野良ひつじのふわ・もこである。
あまりにも当然のようにテクテク歩いているものだから、誰も違和感を抱かなかったのだ。採石場に羊がいるわけねえのに!
「メェ~」
肝心の当人(当羊?)はのんびりと気持ちよさそうに鳴いていた。ねえこの方何をしにきたんです? と、その時だ!
「ひゃっほーう!」
「何ィーッ!?」
そう、ルミナスティアだ! 彼女は落下しながら的確に落下位置をそのふわふわもこもこした毛並みにターゲッティングしていた。
なにせ名前がふわ・もこなんだから、その毛並みのふわふわさたるや並のふわふわではない。おそらく、どこかの布団乾燥機ダイレクトマーケターの美少女アスリートであれば、満点を出すレベルのふわふわさだ。ルミナスティアはぼふっとその毛に包まれ……そして、跳ね上がったのである!
「なるほどぉ、ひつじの毛をジャンプ台代わりに逆に高度を確保するなんてやりますねボス!」
例の戦闘員(?)がまたしても的確な解説を挟む。
「敵を褒めてどうするゥ! ……あと貴様それもしかして最後のか?」
「あ、そうですね。もしかしてボスのでした?」
「そうだぞ貴様ァ!! 俺様があとで食べようと思ってたポンポンしたリングのやつだぞォ!!」
「いやもっちもちで美味しかったですよ、さすが人気商品ですねボス!」
「貴様いよいよもって違和感しかないぞォ! さては貴様……」
「……!」
戦闘員(?)は緊張に張り詰めた。
「……最初からそのドーナツが目当てだったなァ~!?」
コウモリプラグマは叫んだ。翼をバサバサさせて怒りをアピールだ!
「もういい! 貴様が直接奴らを叩きのめしてこぉい!」
「いや俺はキッズたちの監視とか、世話とかなんかそういうのがあるんで! じゃ!」
戦闘員(?)は逃げ出した!
「き、貴様ァ~!?」
「よそ見ばっかりしていていいのかな、コウモリプラグマ!」
「ハッ!」
ルミナスティアだ! 高さを稼ぎハーピーをかいくぐって猛スピードで近づいてくる!
「き、貴様らァ~! 盾になって俺様を守れェー!」
「「「キキーッ!」」」
残っていたハーピーが経路を塞ぎ叩き落とそうとする……だが!
「メェ~」
「「「グワーッ!?」」」
そこへぼよーんと飛んできたのは、ひつじだった。何故? それは彼女の毛並みがあまりにもふわふわすぎるので、ルミナスティアにぶつかり上から押しつぶされた時、身体の下の方にもこもこ生えてる毛が押しつぶされ、そしてルミナスティアは跳ねていったことで開放された瞬間もこ自身もぼよんと跳ねてしまったからなんだ!
んでそのもこがボウリングのピンみたいにハーピーをふっとばした。どうなってんだこの世界の物理法則。
「バ、バカなァー!?」
「これは僕も負けてられないね、空においては比類なき天才だというところを見せてあげよう!」
ルミナスティアはさらに自在に「落ち」続け、ハーピーを瞬く間に蹴散らしていく!
「せ、戦闘員! 何処へ行った戦闘員ーッ!」
コウモリプラグマは叫んだ……そして、当の戦闘員は!
「「「絵本よんでー!」」」
「しゃあねーなどれだよ、これか? なんかおどろおどろしい絵柄してんなぁ……」
めちゃくちゃ幼稚園児に懐かれていた。というかよく見ると顔も違う!
コウモリプラグマは全く気付いていなかったが、実はこの戦闘員、√能力者なのだ。彼の名はノーバディ・ノウズ 。
事前に戦闘員のふりをして潜り込んでおくことで、すっかり敵を騙していたというわけだ! いやあこれはきづかなかったなあ(棒読み)
「√能力者が入り込んでいるぞ……! 手勢もやられているではないか!」
本来ならプレハブ小屋の見張りをしているはずが、まんまと引き離されていた悪の√能力者『剣聖『比良坂・源信』』が叫んだ。そしてこの完璧な足並みの乱れにより、√能力者を足止めするはずの『ハーピー』は、本格的な戦闘に入るまでもなく叩きのめされてしまったのである……!
第2章 ボス戦 『剣聖『比良坂・源信』』

√能力者たちの奮闘とコンビネーションにより、大岩を転がしたり落としたりして頑張っていた『ハーピー』の群れは全滅した。
その代わりに立ちはだかるのは、コウモリプラグマが密かに雇い入れていた伝説的職業暗殺者、『剣聖『比良坂・源信』』である。
「私がこんなわけのわからない作戦とやらに付き合わされている理由がまったくわからなかったが……まあいい、これはこれで慣れた仕事だ」
戦闘員のふりをして潜り込んでいたノーバディや、いち早くプレハブ小屋に駆けつけた√能力者たちの手により、幼稚園児と先生さんたちはすでに開放されている。
つまりもはや人質の安否を気遣うことなく、敵を倒すことが出来るのだ。
奴らを放置しておけば、また新たな幼稚園バスに手を出される可能性がある。
ここで逃さず、確実に仕留めておかねば!
「ところで、あのふざけた雇い主はどこだ? 何をしている?」
比良坂は姿の見えないコウモリプラグマを探し、どうせいても役に立たなさそうなので諦めて普通に戦うことにした。
ちなみに、そのコウモリプラグマはというと。
「バカな!? 俺様が完璧な作戦で捕らえたはずの幼稚園児どもはどこだァー!?」
もぬけの殻のプレハブ小屋で叫んでいた。今のうちに各個撃破だ!
●斬り結べ! 死闘のゴング!
剣聖は目を細め、歩みだしたその者を見た。
全身から、激しい闘気が湯気の如く立ち上っているかの如き男を。
「嬉しいぜ……まともに|闘《や》れそうな奴が居てくれてよ」
戦闘員六十九号・ロックウェルもまた、獲物を前に目を細める狩猟動物じみた、笑んだ声で言った。
「お前が何者か、ンなことはどうでもいい……」
ロックウェルは比良坂を指さした。
「今すぐ! この俺と、闘えッ!」
真正面からの宣戦布告。
だが、剣聖はこれを涼やかに受け流す。
「くだらん。貴様のような猪武者は、我が一刀を耐えることすら出来ぬ。
私は何百人もそうした弱者を斬り伏せてきた。己の分を弁えるがいい」
「ハッ!」
ロックウェルは怒りも吠え返しもしなかった。
彼は己の武を示すため、まっすぐ全速力で駆け出したのだ!
「言ってもわからぬか。それもよくあること」
それでもなお、剣聖は動じない。張り詰めた空気がその手元に渦を巻いて集まるかの如く、柄に伸びた手が殺気を迸らせた。
まるでシリアスな戦闘シナリオのような極限の緊張感……いや最初から徹頭徹尾誰がどう見てもシリアスなのだが、とにかく凄まじい剣気!
「俺が見せるんじゃねぇ、俺に! お前が見せるんだよ!」
両者の制空圏が交わる。機先を制したのは、当然剣聖だった!
「――がッ」
もとより回避行動を取るつもりなど毛頭なかったロックウェルだが、そんな彼をして驚愕は避け得なかった。
斬撃は、認識した瞬間には終わっていた……いや、それどころではない。既に次の斬撃が来ている。一度に二度の斬撃を高速で放ったというだけならば、まだ一つの昇華された技として納得出来よう。
だが違うのだ。
剣聖の斬撃は無限じみて続いていた。一度目の斬撃の被弾を認識した時には二度目の斬撃が放たれており、来ると思った時には三度目の斬撃が終わっている。「終わっている」と脳が理解した時、四度目の斬撃が重なって始まっていた。物理的に有り得ないことだが、そう表現するしかなかった。
(「疾ェ……!!」)
単なる耐性で堪え続けられるものではなかった。肉体が屈服させられ、意地や拘りと無関係に平伏す。立っていることが、出来ない。そしてロックウェルが屈した後で、今更に膝を払う剣が地を嘗めようとした。
まさにひとつの技の極地、人外に堕ちねば辿り着けぬ悪魔の業! だが!
「……いいぞ、そうこなくてはなッ!」
「ぬうッ!?」
有り得ぬ事象がもう一つ起きた。斬り伏せたはずのロックウェルからの反撃だ。比良坂は刀の柄で拳を防いだが、強烈な鉄拳は防御を捻じ潰すようにこじ開けた!
「ぐ……!」
「どうした? もう終わりか? そんなはずはあるまい!」
ズタズタに切り裂いたロックウェルの肉体が、逆再生映像じみて急速に回復する。
「√能力か……!」
「なんでもいい! 俺は俺だ!」
1:5。ロックウェルと比良坂の攻撃をおおよそ割合として見ると、それほどまでに技量の差は圧倒的だった。
にも関わらず、ロックウェルは斃れることも、諦めることもなかった。
ギリギリまで攻撃を耐え抜き、そして反撃によって肉体を修復する。闘いは一方的な処刑から乱打戦へと移る!
「なるほど、ほざくだけはあるか」
「いつまでくだらんことを気にしてる、もっと俺を滾らせろォ!」
血と高揚が渦を巻き、地獄の如き闘争の中で二つの影が乱れ飛ぶ!
●冴えろ! バナナソードブレイザー
「場違いじゃね!?」
八芭乃・ナナコの叫びが、採石場に木霊した。
「……何を言っている?」
剣聖は睨み、達人と一目でわかる居合を構……。
「オッサンのことだよ! こんな……違うだろ!? なんていうかさぁ!」
「だから一体何を」
「アンタみたいなのが居たら、まるで殺伐とした殺し合いみたいじゃんか!」
寂しい風が吹いた。
「それ以外のなんだと思っているのだ貴様は」
「そりゃもちろん……」
ナナコは考え込んだ。
「……あれ? あーし何言ってんだ?
そりゃオッサンは殺しに来てんだし、コウモリプラグマやっつけるのがあーしらの目的なんだから何も間違ってないよな……??
それがなんでまるで、オッサンが間違ってるみたいなことを??」
何か宇宙的な力が流れ込んでいたような、己が己でない違和感にナナコは困惑した。
そう、彼女は……いやコウモリプラグマも他の√能力者も、誰もが最初から真面目にこの極めてシリアスで恐ろしい陰謀に向き合っているというのに!
「貴様はあのふざけた雇い主と同じタイプだな」
だが剣聖はわけのわからないことを言い、何故か殺気を強めた! 不可解!
凄まじい殺気は、まるで比良坂の背後に阿修羅めいた幻影を錯覚させる。そして段違いのスピードでナナコを翻弄するのだ!
「貴様がふざけたことをやる前に殺す!」
「うわーっ! なんだこのオッサン強ぇ!?」
リビングレジェンドの闘志がナナコを襲う! スーツがなんかこういい感じに攻撃され、バチバチと火花を散らして吹っ飛んで転がったりするのだ!
「終わりだ!」
比良坂はとどめを刺しに来た。阿修羅突き! それはすなわち、阿修羅めいて六度の突きを全く同時に思えるほどの高速で……いやなんかこれダメだな!
なんとなくだけど突きにそれぞれ「壱」とか「参」とか漢数字が振られてて六じゃなくて九回突くのが正しいように思えてしまうな! 6は逆さにすると9になるとかで破られそうな気がするな! 阿修羅ってそういう?(無限大に逸れ続ける横道)
(「って現実逃避してる場合じゃねぇ!」)
ナナコは我に返った。彼女は今、世界をスローモーションで認識していた。死の瀬戸際にあって、脳内に噴き出したアドレナリン、そしてバナナエナジー(バナナエナジーとは?)が、主観的な時間を限りなく遅くしているのだ。
(「やるしかねぇ……あーしが思いついた新たな必殺技を!」)
それはこんなこともあろうかと、この採石場に来る途中信号待ちしてたタイミングで「これかっこいいんじゃね?」と思って思いついたフェイバリットだった! それ使って大丈夫!?
「――死ね!」
阿修羅突きだ! 首・左右上腕・心臓・左右大腿と結構ガチで殺しに来てるポイントに刺突が迫る!
「あーしのこの手が|黄金《こがね》に光る!」
ナナコは右手を掲げ、叫んだ!
「バナナ食いてぇと轟き唸る! 今! 必殺のォ!」
そして右手を……伸ばした! 前に!
「バナナ! ブレイカァアアアーッ!!」
カッ! 光が二人を包んだ――!
「グワーッ!」
KRAAASH! なぜか垂直にきりもみ回転で吹き飛ばされた比良坂が地面に落下! その周りにはバナナのフレッシュな香り! 香水かな?
「くっ、やるじゃねえか、さすがは剣聖だぜ……!」
ナナコも無傷ではない。だがしかし、阿修羅突きを無力化しての反撃は確かに決まっていたのだ!
●爆ぜろ! ガナッシュ百裂斬!
剣聖、比良坂・源信。
伝説のリビングレジェンド、その名を畏怖とともに語られる職業暗殺者。
ギラリと鈍く輝く刀のような眼光は、バイザー越しにでも佐倉・ちよこを驚かせた。
(「なんだか空気が違いすぎるよ……!」)
別にちよこもふざけていたとか手を抜いていたとかそういうことは一切なく、勿論心の底からプラグマの卑劣な作戦に怒っているし人質を救いたいと本気で考えている。
いるのだが、それはそれとして剣聖はなんかこうすんげえ浮いているというか、敵だけどちょっと不憫に思えてきた。いや強そうなんだけど。
「……ふっ、なるほど。これは手強そうな用心棒だ」
だが、正義のヒーロー・ガナッシュが、そんな動揺(?)を表に出すことはない。こんな時はマスクがあってよかったと、ちよこは本気で思った。
「ならばこちらも、その流儀に倣うとしよう」
ガナッシュはカードデッキに一枚のカードをセットし、片手を突き上げた。そして!
「ブレード・デコレイト!」
見よ! 彼女の周囲に外付けアーマーが出現し、突き上げた腕に、もちろんもう片方の腕にも、両足、そして胴体に装着されていく!
「ほう……」
比良坂は腰を落とし居合を構えた。ガナッシュは彼ですら見切れないほどのスピードで、ブレードフォームへ|変身《デコレイト》したのだ!
「手合わせ願おう、比良坂・源信!」
その姿が風となり、消える!
次の瞬間、激しい金属音が響き、昼の空を火花が焦がした。
「ふ……いい踏み込みだ。だが甘い!」
ブレードフォームの初撃を悠々と受けた比良坂は、首を狙って斜めに刀を走らせた。ガナッシュはすぐさまブレードで斬撃を防ぎ、さらに斬りかかる!
(「やばいやばいやばい、これ本当に強いよ!?」)
マスクの下では、一瞬でも気を抜けば命はない本当の死闘に、ちよこの顔が恐怖に歪む。たとえ√能力者でヒーローであっても、彼女はまだ14歳の学生。当然の反応だ。それでも、逃げることはしないのだ!
「どうした、この程度か? ガナッシュとやら!」
(「どんどん速くなってるし、隙が見えない……!」)
ギャギィン! 斬撃を弾きカウンターを繰り出そうとすると、比良坂は既に次の斬撃を繰り出している。これこそが無明無限刃、終わることなき死の殺戮舞踏なのだ!
「その技、肉体にかかる負担は尋常ではあるまい……!」
ガナッシュは辛うじて被弾を防ぎながら指摘した。
「無理をしていていいのかな? 相手はこの私だけではないぞ」
「知れたこと。貴様を今すぐに殺し、次の敵を殺し、全て殺すまでよ!」
殺気! 殺しを生業とし、息を吸うかのごとく命を奪ってきた妄執の剣鬼の威圧感だ!
(「化け物みたいな奴……! こんなの、まともにつきあってられない!」)
ガナッシュは――ちよこは、賭けに出た!
「見えた! 終わりぞ!」
打ち合いの中、ガナッシュの一瞬の隙を突き、正中線を真っ二つに叩き割る斬撃が上から下へ走った。そしてマスクが真っ二つに割れ……おお、ガナッシュよ、此処までなのか!? 剣聖はニヤリと手応えに笑い……その表情が、驚愕に歪んだ!
「これは……!?」
確かに斬り伏せたはずの視覚情報に対し、手応えがないのだ。その矛盾の真実を、薄れゆくシルエットがすぐに明かした。
「まさか、残――」
「そのまさかだ!」
ガナッシュは背後! 比良坂の無明無限刃は途切れ、そして振り返りざまに剣を走らせようとする。が!
「行くぞ! ガナッシュ・十文字斬り!」
「ぐわぁっ!?」
まっすぐなガナッシュ・ブレードの横薙ぎが先んじ、斬撃を弾きながら剣聖を切り捨てたのである!
「爆・散ッ!」
斬撃によって駆け抜けたガナッシュが、ポーズを決めた。それと同時にブレードフォームは解除され、ノーマルフォームへと再変身する。
「なんという、技……! 十文字と言いながら一刀に全てを込めることで、この私の読みすらも眩ませたというのか……!」
剣聖は膝を突き、呻いた。
実際はただ単にブレードフォームの練度が足りてないのと、あと単純に決め技とかそういうのを考えてなくて咄嗟にでまかせを言っただけなのだが、彼は最初からずっとシリアスなので気付かなかった!
●打ち鳴らせ! 鋼の舞踏曲!
ガキィッ!
「……むう……!」
剣聖は呻いた。踏みしめた両足が土を削り、レールのような跡を刻む。それは強靭な脚力ですら威力を殺しきれず、押し返された証だ。
「"剣聖"なんていうからどれほどのものかと思ったけど、この程度?」
対する戦部・遥は平然と言う。だが、それは幾分かの見栄と強がりが入っていた。比良坂の剣は確実に効いている。アルガムと融合した遥の拳でさえ、無傷で耐えることは難しい。刀の硬度もあるが、最大の原因はその技の冴えである。
魔剣。そう言って差し支えない人外の技量だった。
「……あなた、職業暗殺者の間じゃ名が知られてるそうね」
しかして強敵を前に遥の胸に湧き上がるのは、恐怖や不安ではない。
「そんなふうに畏れられるまで、何人ぐらい殺してきたの?」
「さあな。数えることはとうに忘れた」
「……でしょうね」
眼差しが絶対零度の域に達した。宿るのは鋼鉄のように冷たい殺意だ。
「あなたみたいな悪党は、ブッ殺さないと気が済まない|性質《タチ》なの」
社会倫理や立場、主義信条など知ったことではない。
己が倒すべきだと決めた悪を倒す。遥はそのために戦うのだ!
「貴様のような戯言を抜かす輩も、山のように斬ってきたぞ!」
剣聖が仕掛けた。まっすぐに間合いを詰め、まず腕を切り落とそうとする。脆弱な関節を狙い、全ての力を籠めての振り下ろし……疾く、鋭く、そして重い。いかにアルガムの鋼鉄の防御とて、正面から受ければ耐えられない。
「そんなに片腕が欲しいなら――」
遥はいかに対応したか。避ける? 否、それでは次の斬撃に間に合わない。後の先を得て攻撃するようではあまりにも遅い。無明無限刃の無明とは、すなわち斬られる側に一切の救いの光明がないことを示している。
――ガキィッ!
「ぬ!?」
「こっちから、くれてやる」
遥は、拳で刀を弾き返した。無茶苦茶な芸当でその拳が割れ、血が吹き出す。しかしそれは次のブースト加速の呼び水となる!
「疾……」
無事な拳が剣聖の腹部にめり込み、猛烈な加速を伴ってその体を吹き飛ばした!
遥の表情に、苦痛はない。やると決めたら、彼女が諦めることも、迷うことも、決してないのだから。
さりとて剣聖もまた、|生ける伝説《リビングレジェンド》として君臨する男だ。
地面を転がり一回転した直後には、即座に体勢を取り直している。だがそこへ、戦部・遥が飛びかかった!
「来るか!」
縦に構えた刀の背に片手を添え、顔面を破壊するつもりで振り下ろされた拳を受ける。凄まじい衝撃が肩から両足に向けて駆け抜け、ズシン! と比良坂の両足をわずかに地面に埋めた。
「私を、悪党と言ったか。薄汚い人殺しといったところか?」
「そうね。事実でしょ?」
既に傷口はアルガムが覆い、かりそめに保護している。当然完全に治癒した訳ではないが、少なくともこの場での戦闘に支障はない。想像を絶する苦痛を除けば。
遥は平然と、その傷ついた拳でボディブローを繰り出した。剣聖は即座に狙いを看破し、手首の回転で刀を半円を描くように振るい受け流した。
「どのように思おうが、実に結構。だが敢えて言わせてもらおう」
再び攻防は一進一退の短打・牽制に移る。いくつもの火花がストロボライトめいて二人の周囲で瞬く。地面を滑り、背後を取ろうと同心円状を飛び、あるいは弾かれながら両者は攻め、攻め返し、そしてまた攻める。
「その私とここまで切り結び、なお平然としていられる貴様も似たようなものだぞ」
遥は耳を貸さない。拳の連打で一切の反撃の隙を与えずに攻め続ける。もとより持久戦では分がありすぎた。技量は上、力も上、唯一勝るのは防御力――否、もう一つ絶対の自信を以て、奴より上と言い切れるもの。
「あのガキどもがこの場にいれば、はたしてどう反応したろうな?
泣き叫んだか、はたまた怯えて罵ったか。勿体ないことではある!」
比良坂のオーラが阿修羅じみた幻影を生んだ。ジャブのコンビネーションを払い、心臓を狙う必殺の阿修羅突き。あまりにも疾い。拳で相殺するのも間に合わない!
(「――ッ」)
比良坂の挑発が隙を生んだ? それはない。こんな見え透いた戯言で揺らぐほど、彼女の信念は安くない。だが……。
「あそこだよ! あの人達だよ!」
声が聞こえた。それはどうやら、安全圏まで逃れた人質――つまり子供たちと、付き添いの大人たちのようだった。
一瞬が永遠に思える停滞した時間のなか、遥は見た。彼らの眼差し、そこにあるのは恐怖でも無知ゆえの憎悪でもない。
「貰った!」
捻りを加えた阿修羅突きが、迫る。遥は避けなかった。刀の切っ先が心臓を捉え――ない!
「何!?」
突き刺さった途端、突きは止まった。剣聖は戦闘者の直感で、何が起きたかを悟った。
「ああ、最初からこうしとけばよかった」
刀は抜けない。心臓を破壊することも出来ない。
なぜなら、突き刺さった傷口と心臓、その一点のみに集まったアルガムの硬質化によって、完全に挟み止められているからだ。
「これなら、思う存分あんたをブン殴れる――!」
言葉の証明は無数の拳打となって降り注いだ。痛みなど何ほどのものか。最終的に悪を殺し、立っていれば、それが己の勝利なのだ!
●笑え! 不屈のノッペラボウ!
「ようし。いいかチビども!」
プレハブ小屋から子供たちを誰よりも率先して救い出し、そして今、彼らの熱望を受け安全圏へ送り届けた男こそ、ノーバディ・ノウズである。
彼は腕を組み、子供たちに向き直った。
「ここから一歩でも動いたら、いくらなんでも助けられねえぞ。
バスんなかとは比べ物にならねえくらいビビって小便漏らすかもな!」
「えー! やだー!」
ある園児がけらけらと笑った。その意味が"正しく"わかる引率の先生などは青ざめている。√能力者の言うことが冗談のはずはないのだ。
「だったら大人しく、先生の言う事聞いてここで見てろ。いいな?」
「「「はーい!」」」
「いい返事だ!」
ノーバディは駆け出そうとし、振り返った。
「……ところで絵本ン中に「不幸な子供」選んだの先生じゃねえよな?」
「園長先生が「一生残る愛と勇気は一生残る恐怖と絶望がないとね」と……」
「その園長先生ピエロみたいな顔したハゲじゃねえか!? まあいいけどよ!」
今度こそノーバディは駆け出し、ジャンプした!
そしてノーバディが着地すると、そこには無数の拳打を受けゴロゴロと転がる比良坂が現れた。そういうことになっている。
「ようサムライガイ、少しはハンサムになったな。俺に似てよ」
「……フン、皮肉にしては切れ味が鈍いな、偽物めが」
比良坂は立ち上がり、壮絶な剣気を迸らせる。
「あの|ふざけた雇い主《コウモリプラグマ》は騙しおおせたようだが、私はそうはいかぬ。そんな軽口で手玉には取られまいぞ」
「そっちこそ口八丁で見事に爆死してたみてぇだがな?」
舌鋒鋭く、しかしてふわりと受け流す剽げたノーバディは、一切動じない。剣聖は舌打ちし、再び阿修羅じみたオーラを現出させる……!
「サムライってのは、正々堂々ブシドーハラキリなんだろ?
なら、俺も乗ってやる。真正面から、カウボーイみたいに一発だ」
ノーバディはバキボキと拳の骨を鳴らした。
「テメーは俺の首取るか、俺がテメェを討ち取るか。勝負と行こうや」
「……」
剣聖は無言で視線を鋭く細め、ノーバディの狙いを探ろうとする。だが、無個性な怪人マスクからでは、その意図は把握できないのだ。
実際のところ、これは挑発であり攻撃の布石でもあった。
剽げた態度の裏で、ノーバディの掌にはじわりと汗が滲む。
(「さあて……噂の伝説の殺し屋とやら、どこまで騙せるかね」)
出来ることはすべてやった。カードは伏せられ、命というチップは場にBETされている。オール・インだ。あとは賽の目、いやさカードの絵柄次第……一秒が一万年に思えるほどの、長い沈黙。
「優しい怪人のおじさん、がんばれー!」
あの笑っていた子供が無邪気に叫んだ。
「おい、俺ぁまだおじさんって歳じゃ――」
その瞬間、阿修羅の一撃が奔った!
「……っと、油断も隙もねぇとはこのことか?」
「な……」
突きは、止められていた。だが届いてはいた。怪人マスクを、鼻のあたりから後頭部やや上に向かって抜けている。|それが生身の人間であれば《・・・・・・・・・・・・》、確実に脳全体を破壊され即死している、殺し屋ゆえの致命的な一撃。
だが、ノーバディに頭はない。それが彼の欠落であり、特徴であり、強み!
「あいにく俺ぁ、|空っぽ頭《ホロウヘッド》なもんでよ!」
比良坂が刀を引くよりも、ノーバディが傷を厭わず刃を握りしめる力のほうが強い! そして貫かれた怪人マスクの代わり、コイントスめいて指で弾きあげた石の欠片がそこへ収まる!
「御礼だぜ、満額テメェで取っとけオラァッ!!」
「がぼ――ッ!!」
腹部へ抉るような、岩と化した拳のアッパーカット! 比良坂は砲弾じみて打ち上げられ、放物線を描いて落下した!
「……ああ、それともサムライにゃノッペラボウのが馴染みがあったか?」
ノーバディはいつもと同じように、皮肉混じりのジョークを飛ばした。
●回せ! 正義のエンジン!
斬撃が灰色の地面を爪痕じみて切り裂く。数宮・多喜の動体視力で見えたのは最後の斬撃が|終わる《・・・》瞬間のみだった。つまり、その前に繰り出された斬撃は結果しか見えなかった。回避できたのはバイクという乗り物ゆえの機動力と加速力が上回ったおかげだろう。
「いやあ、アンタ強いねぇ」
土埃を巻き上げてドリフトし、敵を睨む。比良坂は既に負傷、だがそれが奴の能力を損なっているとはとても思えない……√能力者は死から見放された存在であるとはいえ、ここまで苦痛を心身から切り離すことが人間に出来るものなのか? 奴は精神まで化け物に成り果てているらしい。
「用心棒の仕事すんなら、もっと仕事選んだらどうなんだい?
その腕じゃ、アンタが組むのに相応しい奴は他にいくらでもいるだろ」
「己の技量に胡座をかき、仕事を選り好みするのは二流のやることだ」
剣聖の眼差しがギラリと鈍く輝いた。それは刀よりも鋭い。
「時として、くだらん仕事に場違いな強者が現れることもあるものよ」
「……伝説とやらに褒めていただけて光栄だよ」
多喜のこめかみを汗が伝う。敵は油断していなかった。
「ああ、けどギャランティは教えてほしいね。具体的な取り分とか!」
「私がまるごとくれてやれば、寝返ってくれるとでも? 戯言を」
空気が張り詰める。
「もう暖気は十分であろう。来い」
「……軽口を叩く余裕ぐらいは欲しいもんだがね」
刀。多喜はあまりいい思い出がなかった。そも武器の圧倒的な強みは、何よりもそのリーチにある。|徒手空拳《ステゴロ》が基本の多喜にとっては、実にやりづらいシチュエーションだ。
だが、道具ならこちらも使っている。バイクの強みは先にも証明された通り、圧倒的な機動力と加速――つまりスピードだ。むろん、攻撃そのものの速度は間違いなく敵のほうが疾い。次に奴の間合いに踏み込んだ時がチャンスであり、その次はないだろう……どちらが斃れるにせよ。
それは比良坂の側も心得ていた。
(「二度は逃さん。ここで仕留める」)
多喜は刀が何倍にも大きく膨れ上がったように思えた。じわりと、空気そのものが凝縮され風景がレンズのように歪む錯覚。奴の手元から放たれる殺気が見せた幻だ。さりとて刀に集中しているようでは……死ぬ。
「参るぞ」
剣聖の姿が霞んだ。最速の踏み込み。瞬間的にはもはや機動力と加速力ですら――否!
「おっかないねぇ、なら……虎穴に入らずんば、って奴でいこうかい!」
多喜もまたロケットスタートしていた。首を狙い刀が走る。膝頭が地面に触れるほどのセルフステアでくぐり抜けた。敵はそれを読んでいた。同時斬撃じみた速度で返す刀が背後から迫る!
「おっと!」
ギギギギッ! 驚くべきことに、多喜はジャックナイフで斬撃を受け止めていた。高速回転する後輪と刃が噛み合い、グラインダーじみた火花を撒き散らす。前輪がガリガリと地面を削り、掘り下げる!
「ぬう!」
比良坂はその場に残ったマシンを注視した。だが気付く。座席に多喜が、いない!?
「こっちだよ!」
声ははるか彼方から。多喜自身は遠間へ!
何が起きた。比良坂の疑問は、彼自身の動体視力と優れた戦闘経験で看破される。多喜はジャックナイフの体勢を取ると同時にシートを蹴った。前方への加速ベクトルをジャンプ力に変えて。向かう先には、当然採石場であるがゆえに岩山だ――奴はそれをさらに蹴った。二度の蹴りが三倍の加速を生む! きりもみ回転する蹴り足が摩擦熱で燃えた!
「こいつは――追いつけないだろ!」
言葉通りだった。変則的ライダー反転キックが、比良坂の胸部を打ち抜き、地面と平行に吹き飛ばしたのである!
●囲め! 途中シリアスでも最後はこうなる!
「少し遊びましょうか、"剣聖"――」
場面はいきなり黒栖・鳳華の回想シーンから始まった。場面ってなんだ? 回想シーンとは? まあとりあえずカメラは√能力者たちが坂の上で岩投げたり投げられたりしてたところまで戻るのだ。
「面白い。ならばせいぜい、私の"戯れ事"に付き合え」
「ッ!」
鳳華は眼前に立つ比良坂を認識。斬撃! 苛烈という言葉では生ぬるい連続斬撃が、メイド服をところどころ年齢制限とかそういうのが引っかからずそれでいてダメージ感はある程度に切り裂く!
「クッ……!」
なんという凄絶な攻撃。これほどまでの練度に到達するのに、一体どれだけの屍を積み重ねたというのか!?
「どうして……」
鳳華は敵を睨んだ。敵意と疑問を籠めて。
「どうして、アナタはここまでして戦う!?」
「教えてやろう。そう、あれは私がまだ若い頃……」
「はぁっ!」
拳! 敵の話は最後まで聞かない! じゃあなぜ聞いたんだ!
(「そう、敵にだって過去はある。なら私にだって――」)
だが自分の回想はしっかり挟む! 燃える家! 改造手術! オペ用の照明に逆光で映る邪悪なシルエット! そしてさっきメイド姿で配慮した意味があんまなさそうな露出度の鉄十字怪人時代の姿!
「それでも……私は!」
謎の爆発が二人を包み込む……!
「……ぐっ!」
まあそんなこんなで鳳華は今現在かなりやられており、がくりと膝を突いた。
彼女が比良坂を抑え込んでいるからこそ、ハーピーの群れを倒すことが出来たのだ。そんでもって一旦消耗を回復するために撤退している間にこれまでの√能力者が戦って、でもってまた鳳華の番が来て、今に至る。忙しいなオイ。
「フン、なかなか耐えたものだ……だが今度こそ、これで終わりだ!」
比良坂が何故かここでだけ隙がめっちゃある大振りな構えを取る! 特に整合性とかそれっぽい理由はない! そういうものだからだ!
……その時である!
「メェー」
「グワーッ!?」
空から突然もふっとした毛の塊が落ちてきた!
見た目からしてふわふわで凄く心地いい気しかしないが、なぜか比良坂はダメージを受けて吹き飛ぶ! あとこう火花とかも出る。特に被弾してない箇所から。なぜ? そういうものだからだ!
「メー」
ぼふんとバウンドし、転がるふわ・もこ。全身がふわふわなのでノーダメージだ! じゃあなんで今比良坂は吹き飛んだのか? そういうものだからだ!
「あ、あなたは! 助けに来てくれたの!?」
「おっと、彼女(?)だけじゃないよ!」
鳳華の問いかけに、颯爽を姿を現すルミナスティア・エアルネイヴ! ピンチに駆けつける仲間……実に美味しいシチュエーションだ。キマった! ルミナスティアは心のなかでぐっとガッツポーズした。
「さあ、剣聖よ。もう終わりさ。この天才である僕と、頼れる仲間がここにいるのだからね! 行くよ、ひつじく」
「メェ~~~~」
「「……」」
鳳華とルミナスティアは、ごろごろと転がっていくひつじを見つめた。
「メェ~~~~~~~……(ドップラー効果)」
遠のいていく姿。一向に止まる気配のない回転……やがて、ふわふわした姿は彼方に消えた。具体的にはプレハブ小屋方面に。
「……えっ、止めないの!?」
「止まると思うだろう!? 普通!!」
ルミナスティアは思わず反論した。
「っていうか彼女(?)、一応僕と同じタイミングに空に舞い上がったはずなんだけど、今の今までずっと浮遊していたのかな……??」
空中戦には一家言あるルミナスティアは、あのひつじがどうやって浮力を維持していたのかが気になって仕方ない。そういう√能力なのか? 残念ながら彼女(?マークを何度かつけているがもこはれっきとした|女《メス》である)が指定していたのはルートブレイカーである。あいつなんなんだよ!
「…………あなたたち、来てくれたのね!」
色々と苦しくなった鳳華はやり直した。この世にはTAKE2が許される状況というものがある。主に鉄砲玉が志半ばで倒れた時などだ。
「……おほん、そうとも! この天才である僕が!」
ルミナスティアも堂々とやり直した。この世にはTAKE2が許される状況というものがある。駅のホームで電車に突き落とされた時などだ。
「ふふ……柔らかさなら私も負けてはいませんよ」
「楽しい楽しいヒーローショーの始まりにしましょうか」
「「って増えてるー!?」」
ものすごく平然とした顔で、さっきまでいなかったはずのと米満・満代と川霧・ゆきが混ざっていた。これには二人も思わずツッコまざるを得ない!
「増えている? なんのことですか?」
満代は堂々としらを切った。そして、大変ふくよかな身体を揺らした。
「私のこの|体型《すがた》は昔からですが……?」
「そこじゃないと思うのよね」
ゆきが隣でツッコんだ。
「今の時代は確実に需要があると思うのですが」
「そういうことでもないと思うのよね」
「ダメだ! 無限に話が逸れていく……!!」
どちらかというとシチュ的には|一章《さっき》のがこうなりそうだったのに、というかこれまでにシリアスに戦ってる√能力者もけっこういたはずなのに、かなり脱力している|雰囲気《ノリ》にルミナスティアは恐怖!
「はいはい、そこまで」
ぴこっ。五ツ花・ウツギのピコハンが満代を小突いた。
「若いからってやんちゃしすぎだよ、見なよ向こうも困ってるじゃないか」
と、ピコハンで棒立ちの比良坂を指し示した。
「……ああ、これはいけませんでした」
満代は反省し、頭を振った。
「私としたことが……敵の中にも、当然そういう需要はあるという当たり前の事実を見落としてしまっていましたね」
「そういう話じゃないんじゃないかしら?」
完全にゆきがツッコミ装置になってしまっている! いけない!
「すまないねえ、あんたは真っ当に|殺《や》りあいたいんだろうけどもね」
ウツギはなぜか比良坂を気遣わしげに見た。
「まあでも、あんな雇い主を選んだ時点でそこは……ねぇ?」
「なぜ私が説教をされねばならんのだ!!」
耐えきれず比良坂もツッコんだ。もうダメだ!
「――待ちなさい!!」
そこで立ち上がり、叫んだのは鳳華である。
「私は……とても待たされたのよ」
「完全に置いてけぼりだものね」
「そうじゃないわ! みんな何故かあの坂を登ろうとして頑張ってるし、なんだか私一人だけ別の√に取り残されたような気持ちがして……!」
たったひとりで比良坂を相手取り、足止めしていた鳳華の心には、色々と爆発寸前の想いがあったらしい。
そして、今。なんとなく(あくまで認識の問題だが)バトルも物凄く待たされた感じがしなくもなく、ようやく順番(順番って何?)が回ってきた(回ってきたって何?)と思ったらこれである。
「比良坂・源信! 今こそ決着をつけましょう!」
「そ、そうとも!」
ここぞとばかりにルミナスティアも乗っかった。どちらかといえば彼女も|ウツギの言ってる《そちら》側なのだ!
「この天才である僕の華麗なテクニックで、君の鍛え上げられた剣技を」
「魅せて――『フライングビキニアーマー』」
「「「フライングビキニアーマー!!!?!?!?」」」
もはや鳳華・ルミナスティア・ゆきが声を揃わざるを得なかった!
フライングビキニアーマー! それは満代の√能力!
フライングビキニアタック(アタックって何?)やフライングビキニヒール(ヒールって何?)や敵との融合(これだけいろんな意味で殺意が高くない?)を使い分けることの出来る都市伝説なのだ!
……都市伝説フライングビキニってなんだよ!! 秘密が空欄なのはなんでだよ!!
「なんだこれは!?」
比良坂は空飛ぶビキニアーマーに驚いた。いや、もはや恐怖した! 三倍のスピードを発揮し融合攻撃から逃げ回る剣聖! だがビキニアーマーはどこまでも追いかけ回す! 恐怖!
「ビキニアーマーを着せてくる相手と戦うのは初めてですか?」
「戦ったことがあるわけなかろうが!」
正論!
「フフ、お可愛らしい……ですが、甘いですね」
満代は油断ならない笑みを浮かべた。
「√能力者の闘いとは、すなわち心を抓むこと。
死から見放され、蘇生し続ける私たちに出来るのは、こうして地獄のように争い続けることだけなのですから……」
もう適当なAnkerに小突かれて死んでしまえばいいのではないかというレベルの暴論である。何が厭って割と合理的なところだ。
「あなたがもう闘いたくないと思うまで、私は何度でもビキニアーマーを着せ続けます。これは予言ではなく、確定された運命です。
あなたも……いいえ、私すらも想像し得ない能力を持った|√能力者《へんたい》が、いずれ必ず現れ」
「阿修羅突き(ぶすり)」
比良坂の刀が満代のふくよかな胸を貫いた! なんでって? そりゃお前、都市伝説(だから都市伝説フライングビキニアーマーって何?)に攻撃を任せてあることないこと吹き込むのに徹してるからだよ!
「クスクス……本当にお可愛らしいこと……」
「フンッ!(突き刺したままの刀をひねる)」
「リビングレジェンドと言われたあなたでもこんなことグフゥ」
蘇生能力があるとしてもその場で殺されりゃ当然ダウンはするので、満代は血を吐きそして死んだ。ビキニアーマーも地面にぺしゃっと落ちた。
その場に沈黙が訪れた。
「……この天才である僕の華麗なテクニックで、君の鍛え上げられた剣技を凌駕してみせよう!」
あっ! ルミナスティアは全力でなかったことにするつもりだ! 卑劣!
だがこの世にはTAKE3が許される状況がある。たとえば気の狂った都市伝説が当然のように出てきた時などだ。
「あれはもう若いとか若くないとかそういうレベルじゃない狂気だねぇ」
「あの、私の爆発寸前のこの想い……」
「じゃあそろそろ、私も――いいえ、ワタシも真の力を発揮しましょうか」
ゆきは(鳳華の台詞を一切聞かず)妖しく微笑んだ。そして!
「行くわよ、変身――解除ぉ♪」
そう、ゆきはマスクド・ヒーローではなく怪人ミストサウナオーガ! その姿は偽りのもの!
変身を解除したことで、怪人たる真の姿へと回帰するのである!
……冷静に考えるとミストサウナのオーガってなんだよと思わなくもないが、空飛ぶビキニアーマーに比べるとこっちはまだ一貫しており、まあちょっと迷走した感じのレンジャーな作品ならいなくもない感じがあるので問題ないのではなかろうか! 空から落ちてくるひつじよりはマシだし。
その途端、周囲を霧が包み込む。ゆきの身体にある噴出孔から吹き出すミストだ!
「そのご自慢のスピードで、避けれるものなら避けてみなさぁい!」
それはたちまちに色濃くなり、濃霧じみて視界を覆う! 死んだままの満代とかも隠す。都合がいい!
「ふん、視界を遮った程度でなんとかなると思ったか……!」
しかし、比良坂は目を閉じていても人を殺せる生粋の殺し屋だ。気配を読み、√能力者を仕留めることなど朝飯前!
「そこだ!」
薄く浮かぶミストサウナオーガのシルエットに、無慈悲な突きを繰り出した!
……だが!
「ば、馬鹿な! これは!?」
比良坂は自らの刀が貫いたものを見て、驚愕した。それは――ビキニアーマーである!!
「ふ、ふふ……本当にお可愛らしいこと……」
足元で不敵に意味もなく笑うのは満代!
「貴様、生きて!?」
「いいえ、死んでいましたよ……√能力者なので普通に蘇生しました」
厄介すぎる! もはや比良坂は恐怖した!
「さあ、今度こそビキニアーマーと融合を」
「阿修羅突き(ぶすり)」
「アバーッ!」
ビキニアーマーもろとも突き刺され再び死! ……蘇生能力があるってこういうことでいいのかな!?
「本当に悪いねぇ、あんたの望みは叶えてあげられないよ!」
ごう! 濃霧を焼き払い、何処からかウツギの放った破壊の炎が迫る! だが比良坂は突き刺さったビキニアーマーを真っ二つにしつつついでに破壊の炎も両断!
「否、これはフェイントか!?」
手応えのなさを敵は訝しんだ。背後、ウツギが右手に破壊の炎を渦巻かせ出現!
「遅い――!」
剣聖はそれをも読み、振り返りざまの斬撃を繰り出そうとする。だが!
「悪いね、あたしは荒事が不得意なんだ」
「……!?」
比良坂は見た。ウツギの手からこぼれ落ちるもの――すなわち、ピコハンを。それは彼の足の甲へ吸い込まれるように落ちていく。
(「まさか、呪いの器物か!?」)
比良坂の脳裏に最悪の予想が駆け巡った。こんな子供のおもちゃじみた情けない武器が、しかも足の甲という実に情けないポイントに激突し、しかもこれまでのダメージで耐久力が減ってるもんだから呪いによって自爆する姿を。
有り得ない。しかもなぜかその未来予知じみた幻覚の中では、自分はビキニアーマーを着せられている。あいつどんだけしつこいんだよ。仮に蘇生したところで、もう二度と√能力者としてまともに闘いたくなくなるほどの醜態! まさに心を抓む闘い! というか仮にそれで勝利してこいつらは納得できるのか!? さらに満代の植え付けた恐怖の種が育っていく! 恐怖しねえ奴いたらもうそいつが優勝でいいよ!
「……させん!!」
比良坂には矜持があった。それはいわば見栄、誇り、あるいは√能力者以前に人間として当然の羞恥という概念であり、それゆえに全ての力を振り絞りピコハンを切り払う!
「おっと残念」
ウツギは笑った。
「でも、隙だらけだね?」
然り。全力で回避するということは、つまり他のあらゆる事柄への注意が逸れるということ。攻撃を回避させた時点で意味はある!
「しまッ――」
剣聖は警戒を新たにしようとした。だが遅い!
「見えないでしょお? そのための技だもの!」
「ぐっ!?」
濃霧に紛れたゆきの剛腕が、比良坂の腹部に痛烈なボディブロー! さらなるダメージを与え吹き飛ばす!
「おのれ……!」
「見るがいいさ、この天才の一撃を!」
ルミナスティアの声。剣聖は頭上に目を向けた。一流の殺し屋であるがゆえに、あの華麗な空中戦を当然目撃し警戒しているからだ! 視界が不明瞭であろうと、濃霧が滞留しているのは当然地面に近い。上から来るならばむしろ視界は晴れている! そして銃声! 伝説と謳われし剣が、ほとんど自動的に刃で斬り伏せる。弾丸はむなしくも足元に跳ねた。
次の瞬間、比良坂は|空に浮かんでいた《・・・・・・・・》。
「なッ!?」
「判断を誤ったね。キミが本当にすべきだったのは、さっきと同じように足元を注意することだったんだよ」
ルミナスティアは不敵に言い放った。比良坂の思い違い――それは彼女が「空を飛ぶ魔女」であると考えたこと……だが、違う。ルミナスティアの魔法は!
「僕が使えるのは、「浮遊」の魔法だけさ。だから、その力を籠めた|自在浮遊弾《エアリアルブリット》をキミの足元に撃ち込んだ」
先の射撃は、比良坂自身に命中させるためではない。防御したと思い込ませ、その実浮遊の魔力で|足払い《・・・》するための……!
呪いのピコハンを防ぎ、それで足元への注意は終わったと考えたがゆえの油断! 油断? 有り得ぬ! 比良坂は驚愕した。方向性はともかく、恐怖を与えられた精神ではこの動揺は押し殺せない!
(「いかん、このままでは!」)
そしてさらなる恐怖が比良坂を襲う。空に浮かぶ――おお、三度来る恐怖! それは霧を突き抜け迫る……ビキニアーマー! もはや逃げ場なし!
「――閃光ッ!!」
だがその時、霧を貫くように跳んだもう一つの姿! それは変身した鳳華だった!
「今度こそ、今度の今度の今度こそ! 遊んでもらうわよ、源信ッ!!」
あまりにも想いの籠もりに籠もった叫び! 二人は空中で激しく切り結ぶ。だがこれまでの連撃で消耗し、そして恐怖と動揺、なにより意図せぬ浮遊状態の剣聖では、鬼気迫る鳳華の打ち込みを凌げぬ!
「ぬ、うううう……!」
「どうやら伝説の終焉の時のようね!」
比良坂にはもう一つ焦りがあった。ビキニアーマーである。鳳華の相手をしているだけでは融合され……なんかもうとんでもないことになる! いっそ霧で隠れていたほうがいいのではないかという悪夢!
「残念だけど、その高さじゃ隠してあげられないわねぇ」
無慈悲なゆきの追撃! そして剣が……乱れた!
その時、鳳華は比良坂の背後に着地していた。
「今のあなたなら、私の方が一手早いわ」
|光波展張実体剣《レーザーブレード》の剣閃が斜めに走り、剣聖の身体を真っ二つに切り裂いた。
「死闘を繰り広げた者としての、慈悲よ。せめて情けない姿を晒すことなく、堂々と逝きなさい」
「バカな……!!」
「|必殺の《シャイン》――|一撃《ハレーション》ッ!」
鳳華がレーザーブレードを構えた瞬間、大爆発!
「この、私がァーッ!!」
屈辱と絶望の断末魔を上げ、剣聖はビキニアーマーとともに消滅したのである……!
「「「やったー!」」」
安全圏でその闘いを見守っていた子供たちは、引率の先生さんなどと一緒に快哉!
「ね? 楽しいヒーローショーだったでしょお?」
ゆきは遠くから微笑み返し、そして鋭く見た。最後に残る敵のいる方角を。
「けどクライマックスは、まだまだよぉ?」
――その頃、プレハブ小屋では!?
「な、何ィ~! あの比良坂・源信がァ~!?」
コウモリプラグマは爆炎を愕然と見上げていた。そして、邪悪な殺意を全身から吹き出す!
「おのれェ……かくなる上は俺様自らが相手してくれるわァ~! ヒャーッヒャヒャヒャ!」
「メェー」
その隣で、ひつじがもぐもぐと実は残っていたドーナツを食べていた。
「なんだ貴様はァ!?!?!?」
「ウメェ」
ひつじはご満悦だった。だからなんなの!?!?
第3章 ボス戦 『『コウモリプラグマ』』

「ヒャーッヒャヒャヒャ! ここまでやるとは思っていなかったぞ√能力者ァ!」
プレハブ小屋から出てきたコウモリプラグマが高笑いした。
「だが、このコウモリプラグマ様を倒すまで、√EDEN征服作戦は終わらないのだァ!
貴様らのその戦いぶりに免じ、俺様自らが相手をしてくれる! ヒャヒャーッ!」
コウモリプラグマはジャンプした! そして√能力者たちも!
着地すると、そこは採石場近くのアリーナだ!
……採石場の近くに、アリーナが? いや細かいことを考えてはいけない!
とにかく√能力者はジャンプしたし、アリーナに移動した! そういうことになったのだ! そういうものなのだから!
「ここを貴様らの墓場にしてくれるわァ~! ヒャーッヒャヒャヒャ!」
「「「がんばえ~!」」」
安全なところで観戦……じゃなくて見守る幼稚園児たちの声が√能力者を鼓舞する! さあ、闘いだ!
●応えろ! 全てのバナナの未来のために!
「とうっ!」
色艶のいいバナナを思わせる見事な回転ジャンプを決めた八芭乃・ナナコは、やはり堂々たる三点着地からゆっくりと立ち上がった。
「追い詰めたぜ、コウモリプラグマ……ここが年貢の納め時だ!」
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 味なことを言うではないか√能力者ァ~!」
「へっ、ネングってよくわかんないけどな!」
ナナコは自信満々に言った。自信満々に言うことではない。
「年貢とは|日本《この国》の古くから使われてきた租税の一形態だァ~!
主に米で納めるのが有名だが、当然金銭や畑の作物というケースもあるのだぞォ~!」
「なかなかやるじゃねえか……さすがはコウモリプラグマだぜ!」
敵の恐ろしさに、ナナコはごくりと息を呑む。だが負けてはいられない。
「ちなみに年貢制度が終わったのは明治時代に入ってからのことだァ~!
貴様が愛するバナナが輸入されるようになったのも同じ時代なのだ!」
「マジかよ……くっ、負けていられねぇ!」
バナナのことに触れられた以上、もはや待ったなし!
今はバナナを食べ、糖分を補給して脳の回転を高めねば!
というわけでナナコはバナナを取り出し、むきむきした。
「いっただっきまー」
大きく口を開け、幸せそうな表情で食べようとする。だが!
「ぁ~~~~って、あぁああああ!?」
なんということだ! 思わず握りしめたせいで、バナナは皮の中からすっぽ抜けて飛んでしまった! そして!
「ヒャヒャーッ!」
「あーーーーー!?」
すかさず回転ジャンプでナナコを飛び越えたコウモリプラグマが、食べてしまったのである!
「ヒャーッヒャヒャヒャ! いい熟れ具合のバナナだァ……!
せっかくのドーナツが食べられなくてイライラしていたからなァ!
おかげさまで糖分が補給されて、冷静さを取り戻したぞ! ヒャーヒャヒャ!」
「そ、そんな……あーしが、バナナを食べられなかっ、た……!?」
ナナコは絶望に打ち震えた。そう、これこそがコウモリプラグマの√能力!
全てはこのために……幼稚園バスジャックが複雑な因果を経て結実したのだ!
……いやそれでやったのがバナナの盗み食いってどうなんだ??
「許せねぇ……キレちまったぜ、久々によぉ!!」
ナナコは右拳を握りしめた! 輝くはバナナ色の鋼鉄ナックルダスター!
「喰らえ! バナナへの愛と! 食われた怒りと! 哀しみのォ!」
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 来るがいい!」
コウモリプラグマはあえて待ち受ける。バナナソードブレイザーの攻撃は見切られてしまうぞ、どうするナナコ!
「バナナ!」
「ヒャヒャーッ!」
コウモリプラグマは白刃取りした……が、ぱちんと拍手しただけだった。なぜならそもそも、ナナコはバナナソードブレイザーを持ってすらいないのだ!
「な、何ィ!?」
「ブレイ、カァァァア!!」
SMAAAASH! ナックルダスターがコウモリプラグマの顔面に命中!
「その口上で剣を使わないなどとバカナーッ!?」
「「「やったー!」」」
「みんな! バナナの食べ過ぎには気をつけろよな!」
歓声を上げる子供たちに、ナナコはサムズアップした!
●決めろ! 怒りの鉄拳!
「……さっさと終わらそう」
戦部・遥は端的に呟き、ボキボキと拳を鳴らした。コウモリプラグマがどれだけふざけた怪人であろうが、子供たちを怯えさせたのは事実。向こうのペースに惑わされ、ダラダラと付き合ってやるほど遥は甘くなかった。
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 裏切り者めが、この俺様を倒せるつもりか!」
「倒すんじゃない、殺すんだよ」
遥は拳を硬質化させ、一気に攻める。必殺の|百錬自得拳《エアガイツ・コンビネーション》で終わらせる構えだ!
「チィーッ! 小癪なァ……!」
人類には不可能な速度の連撃を、コウモリプラグマはなんとか防ぐ。パワー、スピード、どちらも遥のそれは極まっていた。同じ土俵に立って勝負するのは非効率的。ならば。
「しゅッ……!」
「ぐおッ!?」
アルガムの質量を右拳に集めた一撃が、コウモリプラグマを大きく後退させる。見かけでは解らない極めて重い一撃だ。遥は地面を蹴った。
「これで、終わり!」
そしてとどめの拳を振りかぶる……!
――だが!
「びえええ~~~!!」
「ッ!?」
遥は拳を振り下ろせなかった。コウモリプラグマは一人の泣きじゃくる子供を抱え、人質に取っていたのだ!
まさか一度解放したはずの園児か? 否、彼らは巻き込まれないよう注意深く距離を取っている。そんな本末転倒なことになるような愚策を、|√能力者《なかまたち》がするはずがない。ならば偶然こんなところにぽつんといたというのか? 迷子にしてもこんな偶然は……!
(「ダメだ!」)
己の鉄拳を、常人の、ましてや子供が耐えられるはずがない。遥は攻撃を中断せざるを得なかった。
「ヒャーッヒャヒャヒャア!」
「……ッ!!」
そして当然、その隙を見逃すコウモリプラグマではない。刃物じみた鋭い指骨で、空中の遥を切り裂く!
「く、そ……!」
「ヒャーッヒャヒャヒャ! どうしたァ? さっきまでの威勢は!」
通常では有り得ない事態。間違いない、奴の√能力によって引き起こされた偶然だ。己の攻撃を確実に失敗させる、因果を無視した卑劣な……!
立ち上がろうとする遥の腹に、無慈悲なサッカーボールキックが突き刺さる。彼女はゴロゴロと丸太めいてアリーナの通路を転がった。
「怖いよおおお……!」
「ヒャーッヒャヒャヒャ! |√能力者《きさまら》にはやはり|人質《これ》が効果覿面だなァ!」
「がふっ、げ、ほ……!」
さらなる追い打ち! コウモリプラグマに抱きかかえられた子供は泣き叫ぶばかりだ。遥は反撃が出来ない! このまま一方的にやられる他ないのか!?
「……れた」
「あァん? いまさら悪の組織に戻ろうとしたところで手遅れ……」
「呆れた、よ……お前はとことんプラズマの怪人らしいクソ野郎だって、ね!」
コウモリプラグマは折れぬ瞳に嫌悪を浮かべた。
「ならもう構わん、このガキは殺す」
そして指骨が子供の喉を掻き切ろうとしたその瞬間、遥は己を踏みしめるコウモリプラグマの足首を掴み、一瞬にして|関節技《グラップル》に持ち込んだ!
「ぬぅおっ!?」
拘束が緩んでいたため、子供は宙に舞う。コウモリプラグマが脱出し羽ばたくよりも速く、鉄槌の一撃が顔面に叩き込まれた!
ぐしゃん!! と、後頭部を叩きつけられたコウモリプラグマを中心に、アリーナの通路にヒビが広がる。遥は振り返らずジャンプし、子供を受け止めていた。
「ほら、もう大丈夫だから。あっちへ行ってな」
「あ、ありがとう……!」
遥はゆっくりと立ち上がり、振り向いた。
「このぐらいじゃ私、満足してないから」
「ゴボッ、おのれェ……!」
双方怒りを燃やし、さらなる闘志を剥き出しながら再びぶつかり合う……!
●抉れ! 敵の心!
戦闘員六十九号・ロックウェルがやけに重々しい着地を決めると、ここはアリーナのはずなのにものすごい勢いで土砂が舞い上がった。
それはまるで、溢れる闘志に|大地《ガイア》が震え上がっているかの如く。コウモリプラグマもおそらくギリギリまで頑張るだろう!(やられるまでは)
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 来たな裏切り者! この俺様が貴様を処」
「……そうか、お前がいたんだったな」
「ヒャ?」
バトルモード準備万端だったコウモリプラグマは、まさに駆け出そうとした姿勢のままぴたりと止まった。
「ちょっと待て、今の呟きはどういう意味だ貴様ァ!!」
「いや、なんでもない。忘れろ。ちょっと漏れただけだ」
「まさか貴様……あの職業暗殺者とバトルするのが楽しすぎて、俺様のことを忘れていたとかじゃないだろうなァ~~~!?」
「さあ闘るぞ、えーと……プラグマの怪人ッ!」
「名前もうろ覚えな感じだろ貴様ァ~~~!!」
コウモリプラグマは怒り狂った! 当然だが彼はプライドが高い! ある意味どんな攻撃よりも効く!
だがそんなコウモリプラグマの抗議の声をかき消す、バイクのエンジン音!
「ヒャヒャーッ!?」
コウモリプラグマは羽ばたき、背後から猛然と突っ込んできた大質量を躱した。疾走するシルエットはまっすぐとロックウェルのもとへ!
「はっ!」
ロックウェルは華麗な回転ジャンプを決め、愛機XR-T12グレーターデーモンのシートに着地! そして大きくUターンする!
「ヒャヒャヒャーッ! 裏切り者めが、そんなガラクタに乗ったからなんだというのだァ~!?」
コウモリプラグマはバサバサと羽ばたき、アリーナを舞台に激しい機動戦を繰り広げる!
「ケケーッ!」
超音波だ! 直撃すればロックウェルとて無事では済まない! その時だ! マシンのチャンバーがスライドし、薬莢めいて排出されたのは!
「たかが音の波で俺を殺すつもりか? 甘いなッ!」
ギャ――キィンッ! |炸薬式高速震動剣《ファイアリング・ブレイド》の刃が超音波を切り裂いた!
「おのれ! 小賢しい真似を! ヒャアアーッ!」
再びの超音波! だが返す刀でやはり相殺! 音波とはすなわち音の振動であり、ファイアリング・ブレイドならば逆位相で打ち消せるのだ!
「「「かっこいいー!」」」
どこから見てるかはわからないがとにかく安全なところにいる(これが一番重要)園児たちも盛り上がる!
「フン……」
ロックウェルは鼻を鳴らし、クルクルと回転させたファイアリング・ブレイドを地面に突き立てた。
さながらコンパスの如く、アスファルトを削りドリフト回転だ! そして回転スピードは引き抜かれたファイアリング・ブレイドの斬撃をも加速させる!
「死ね、裏切り者が! ヒャヒャーッ!」
そこへコウモリプラグマの滑空攻撃! アスファルトを鞘に見立てた超音速斬撃がカウンター!
「ギャハァーッ!?」
「俺の疾さを見せてやる、その魂に刻め!」
バウンッ! ウィリー突撃したグレーターデーモンの大質量がコウモリプラグマに命中!
「ギギャアアア!! な、なんて瞬発力……」
「まだだ!」
ロックウェルはシートの上に両足を乗せ、さらにジャンプ! マシンのスピードを乗せ三倍、いやもはや百倍の加速だ!
「裏切りだの、くだらん――受けろ! 俺の|炸裂する怒り《フューリアス・ブラスト》を! うおおおおおッ!!」
そして踵にヘビースタンダーに凝縮された爆圧が、必殺の蹴りによってコウモリプラグマの胴体に叩き込まれた!
「ヒャ、ヒャヒャアーッ!?」
コウモリプラグマはもがき逃れようとするが、KBAM! 蹴りの着弾点で爆発が発生! ロックウェルは反動で回転離脱し、そして当然コウモリプラグマは斜めに地面に叩きつけられ――|大爆発《KA-BOOM》!!
「いくら俺でも、|場にあった振る舞い《ドレスコード》ぐらいは弁えてるんだよ。お前と違ってな」
着地を決めたロックウェルは、涼やかに言い放った!
●満ちろ! 光条の雨!
「グワーッ!」
立ち込める爆炎の中から転がり出るコウモリプラグマ。並の怪人ならばとうに戦闘不能になっておかしくないダメージだ。マスクド・ヒーローなら変身が解除されているだろう。なにせ爆発してゴロゴロしているのだから、そのダメージは推し量るまでもない。しかしコウモリプラグマは狡猾で強大な簒奪者なのだ!
「おのれ√能力者めェ、この俺様をここまでコケにしてくれるとは……!」
「あらぁ、まだそんな三下ムーブしてるのねぇ?」
怪人ミストサウナオーガ、あるいは川霧・ゆきの嘲笑に、コウモリプラグマはブルブルと肩を震わせる。
「三下ムーブ、だと? この俺様に対して!?」
「そうよぉ。墓場がどうとか……くっくっく、強い言葉を使うと自分に跳ね返ってくるって学べたかしら?」
「き、貴様ァ!!」
コウモリプラグマがバサバサと羽ばたくと、身体から離れた炎が小型のサーヴァント・バットとなって周囲を舞う。
「俺様の愛するコウモリの群れに襲われ、死ぬがいい! ヒャヒャーッ!」
時間を与えれば与えるほど敵の手勢は増えていくのだ!
ゆえに、ゆきはダッシュで近づき格闘戦に持ち込んだ!
「そんなの、黙って見てるわけがないでしょお!」
「ヒャヒャーッ!」
コウモリプラグマは素早く離陸。剛腕の一撃を回避し、さらにサーヴァント・バットを生み出す。これでは攻撃が届かない!
「どうしたミストサウナオーガ! 悔しければここまで飛んでくるがいい!
霧を噴き出すのがせいぜいの貴様では、とても届かんだろうがなァ!」
「そうねぇ……でも、ワタシが出せるのは霧だけじゃないのよ?」
「何!?」
その瞬間、ゆきの周りに無数の光点が生じた。決戦気象兵器「レイン」の一斉攻撃だ!
格闘攻撃を回避し油断していたコウモリプラグマは、生み出したばかりのサーヴァント・バットを盾にせざるを得ない。当然、その数は300回という驚異的攻撃回数にはとても足らない! 微小な攻撃を打ち消し、バットは次々に消滅!
「し、しまった……ヒャギャアーッ!?」
翼で自分を守るコウモリプラグマに、攻撃の雨、雨、雨! 包み込む霧が回避を難しくさせている。一発一発は弱くとも、全てを喰らえば話は別だ! コウモリプラグマは、再び地面に叩き落された!
「アナタ、怪人としての性能はまあまあね。ま、うちの組織には不要だけどぉ」
子供たちの歓声を浴びながら、ミストサウナオーガは勝ち誇った!
●切り裂け! 絶対切断糸!
√マスクド・ヒーローでは、なぜかアリーナや採石場、あるいはダム大規模な作戦が企てられることが多かったという。あとは廃工場とか、なんか階段のある砦みたいなモニュメントの公園などである。
「個人的には地下放水路の方が好みなのですが……」
米満・満代はブツブツ呟いた。なんとなくだが、相当強力な|王権執行者《レガリアアグレイド》とかが出てきそうな気がする。あと、よくわかんないけどでけぇナマズとか出てきそう。全然わかんないけど!
しかしここはアリーナである。なお、現在いるのは例の(?)階段だ。
「これを見ろォ、√能力者!」
コウモリプラグマが羽交い締めにするのは……なんてことだ、偶然アリーナにいた迷子の少年ではないか!
「うえーん、こわいよー!」
幼稚園児たちはみんな安全なところから見ているので大丈夫だが、ワンダリング迷子が出現する可能性はゼロではない! なんという狡猾さ……!
「それ以上近づけば、このガキの命はないぞォ!」
「……ああ、そういうことしちゃうんですね」
満代の顔から笑みが消えた。
その瞬間、コウモリプラグマは首を刎ねられる自分の姿を幻視した。
「ヒャ、ヒャヒャーッ!?」
本能的な恐怖に子供を突き飛ばし、バサバサと羽ばたいて離脱する。だが、それこそが満代の狙った動きであることに気付かない!
「ヒャ……!?」
「結んで――」
子供を(そのふくよかなボディで)受け止めた満代の冷たい視線が、コウモリプラグマを射竦めた。
「"絶対切断糸"」
コウモリプラグマの首から血が噴き出した。既に、攻撃はそこに「置かれて」いたのだ。
「ウギャアーッ!?」
「む。今ので首を落とすつもりだったのですが……さすがに昭和に寄りすぎていたでしょうか。そもそもヒーローの種類が等身大より巨大系に寄ってる気もしますね」
満代はまた謎の台詞をブツブツと呟く。よくわかんないけど、多分バーチカルに切断されたり、ホリゾンタルに切断されたり、バラバラんなって爆発したりすることもありえるんだろう。もちろん断面はグログロである。
「まあ最終的に殺せれば問題ありません。愚行の報いを、味わってもらいますよ」
「ギ……ギャアアアーッ!!」
文字通り結界の如く張り巡らされた都市伝説の糸が、コウモリプラグマに無様な死のダンスを踊らせる……!
●舞い踊れ! 空の支配者!
空中に張り巡らされた糸の結界の中、コウモリプラグマは全身を切り裂かれ悶絶する。当然ながら、羽ばたいて脱出することなど出来ない。しかし喉への一撃により、少なくとも今この場で超音波を発生することは不可能!
「な、ならばァ……!」
見よ。コウモリプラグマの傷口から飛び散った血が、ひとりでに羽ばたくコウモリの群れに変じていくではないか。
「出でよ、我がしもべどもォ~! 俺様の身代わりとなれぇ~!」
サーヴァント・バットを生み出し、絶対切断糸を身代わりさせることで結界を脱出したコウモリプラグマ。インビジブルを吸収し、傷口を癒やしながら次の打開策を探る……否。もはやリスクマネジメントの段階か。
「こ、この作戦は放棄せざるを得ん……! 再び幼稚園バスをジャックして力を溜めねば……!」
なんでバスジャックからなんだよ、と思われるかもしれないが、そういう√能力なんだから仕方ないのである。
だが、しかし!
「そうはさせないよ、コウモリプラグマ!」
「ヒャヒャーッ!?」
羽ばたき空からの逃走を目論むコウモリプラグマに、さらに頭上からの声! それは先んじて空中に待機していたルミナスティア・エアルネイヴのものだった!
「き、貴様まさか最初から!?」
「その通り!」
ルミナスティアは勝ち誇った。
「君は狡猾で堅実な怪人だ。劣勢を悟れば、おそらくその飛行能力で逃げ出す……少なくとも、そのぐらい自らの飛行能力に自信と信頼を置いていることはわかっていたさ」
魔女帽子のつばを指で押し上げ、ニヤリと不敵な笑み!
「だから皆がなぜかジャンプで移動した時から、こうして待ち構えていたのだよ!」
「も、もし俺様の翼がただの飾りだったら、どうするつもりだったのだァ!?」
「……それはその時さ!!」
なんという柔軟な思考! 行き当たりばったりとも言わなくもないが、強く当たってあとは流れでなんとかしてこその天才!
そして、事実ルミナスティアは空という絶対の|領域《フィールド》で、敵と対峙することに成功していた!
「さあ、再び見せてあげようじゃないか。|空の魔女《ザ・スター・オブ・スカイダンサー》たる所以をね!」
ルミナスティアは見事な体重移動で、きりもみ回転しながら落下! 激しく上下左右が入れ替わるため、攻撃すべき箇所とタイミングが読みづらい!
「ゲヒャアーッ!?」
超音波攻撃を封じられた今、コウモリプラグマに成すすべはなかった。胸部に痛烈な蹴りを受け、体勢を崩す。ルミナスティアはその反動で再び浮力と高度を確保!
「し、しまったァ! 今のこの俺様では、むしろ空中戦が……不利ィイーッ!」
「違うね。君の最大の失敗は、この天才である僕の存在を忘れて舞い上がったことさ!」
ルミナスティアは鋭角的軌道で加速。斜めに滑空した、そして!
「|大空《ここ》は僕の居場所、君にはご退場願おう――!」
「ウギャアーッ!!」
|落星穿撃《メテオクラッシュ》、炸裂! コウモリプラグマは二倍のスピードで落下し、反動で軽やかに離れたルミナスティアとは対照的に、受け身を取ることすら出来ず地面に叩きつけられた!
●投げつけろ! 無茶と羊と必殺の一撃!
ムシャ……ムシャ……。
もはや無人と化した採石場……さらに正しくはプレハブ小屋に響く謎の咀嚼音。
薄暗い室内に伸びる影法師。その正体は……!
「ウメェ」
ふわ・もこだった。こいつまだ食ってる!
「…………………アレッ」
そして物凄くいまさら人気がなくなったことに気付き、トコトコ外に出た。もちろん誰もいない。だってみんなジャンプして、アリーナで戦ってるから。なんならこのプレイング出した時点で章が移行して数日経ってるから。
「メェ……」
ひつじはさみしくてウロウロし始めた。その口元にはドーナツの食べかすがついたままである。単にお腹が空いて餌を探してるだけじゃないのか――そう思わせる意地汚さがあった。いやもうドーナツねえし、そう感じるであろう人も誰もいねえんだけど。
「メェ……?」
そんなひつじが見つけたのはドーナツの空き箱……ではなく、なんか赤いスイッチである。ガラスケースに収まったスイッチの表面にはドクロマークと「押すな!!」の文字が12ヶ国語で書き込まれていた。なにこれ? 連打すると収容違反起こすやつ? なおこれは別にひつじの√能力でもなんでもない。いよいよなんなんだよ!
「オミヤゲニモッテコ」
ひつじはスイッチを咥えて歩き出した。あれっこいつ喋れる!?(当然ではある)
……という、特に平成第一期(?)の夏にありがち(?)なよくわからない場面転換はさておき、コウモリプラグマの現状に目を向けねばならない!
「ヒャヒャーッ!」
「くっ……こいつ、やるじゃないか!」
コウモリプラグマと激しい格闘戦を繰り広げるのは、数宮・多喜である。これまで無数の猛攻を受けコウモリプラグマは全身に傷を帯びていたが、その戦闘力はいささかも落ちていなかった。だが、ダメージがあるからこそ、ここで多喜がたった一人で白兵戦に持ち込むことが出来ているのだ。
「貴様ら√能力者の結束とそのパワーは、俺様も認めてやろう!
だが、もはや俺様は迷いを捨てた! なんとしてでもここで貴様らを殺す!」
「なるほど、追い詰められて腹ァくくったってことかい。上等だよ!」
真上から振り下ろされた指骨の切り裂き攻撃をガードした多喜は、腰の入ったパンチを腹部に叩き込む!
「ゲヒャアーッ!」
コウモリプラグマは悶絶し、後退した。しかし追撃は、超音波攻撃で妨害! お互いに一進一退の攻防だ!
「ほらご覧、お姉さんが頑張ってるよ。応援してあげとくれ」
「「「おねえさん、がんばえー!」」」
元気よく声援を送る幼稚園児たち! ……ん? マイク持ったお姉さんみたいな感じで先導してんのは誰ですか??
「もっと大きな声で、元気よく声援を送るんだ。それが一番の力になるんだからねぇ」
「「「がんばえー!!」」」
物凄く堂に入ったアナウンスだ! 五ツ花・ウツギはピコハンをマイク代わりに左手に持ち、子供たちの頭を撫でながら呼びかける。二昔前ならどこかのデパートの屋上で、現代ならショッピングモールなどの仮設ステージでよく見かけられるいつもの光景だ!
「あ、あの……子供たちの面倒を見てくださるのはありがたいんですけど、戦わなくていいんですか?」
後ろで見守っていた引率の先生が、おもわず質問した。
「ふふん、そう見えるかい?」
ウツギはにこりと謎めいて微笑む。
「ああいう変に律儀な奴はね、|不文律《おやくそく》ってもんに意外と弱いのさ。
だから追い詰められれば、きっとこの子たちを利用しようとするだろう?」
「つまりもっと離れたほうが……?」
「いいや、そういうことじゃない。まあ、あんたにはわからなくていいことだよ」
ウツギは先生の肩をぽんと叩いた。
「それより、どうかあんたもみんなを応援してあげてくれ。それもまた、お約束ってやつだからねぇ」
「は、はぁ……?」
√能力者ならざる常人は、ただただ首を傾げるばかりである。
「ヒャヒャーッ!」
「……ッ!」
一方多喜は、クロスガードに強烈な蹴りを受け、地面に両足の焦げ跡を残し大きく後退した。コウモリプラグマはあえて追撃せず、ムーンサルト回転でさらに距離を取る。そして、回復した超音波攻撃を全力で放つため、大きく力を溜めた!
「おいで!」
エンジン恩が高らかに応えた。垂直ジャンプした多喜は、後ろから猛スピードで駆けつけたバイクに乗り込み、フルスロットル!
「ヒャーヒャヒャヒャ! 貴様の奥の手は、既に見ているぞ! √能力者ァ!」
「どうだろうね? やってみようじゃないか!」
多喜はウィリーし、さらに加速! コウモリプラグマは回避しない。その目が妖しく光った!
「ヒャヒャーッ! 貴様のその攻撃は通用せん! そのマシンもろとも消えるがいい!」
そう、幼稚園バスジャック作戦により得た謎のパワーで、マシン走行を失敗させるつもりなのだ。そしてマシンは不可思議な因果により爆発!
……しなかった!
「な、何ィーッ!? バカな……ゲヒャアーッ!?」
SMAAASH! バイク突撃を受け、コウモリプラグマはゴロゴロと地面を転がった。そして見た。子供たちと引率の先生を!
「ま、まさか、貴様ァ!」
「悪いね。もう布石は打っておいてあるのさ」
一体何が? その答えはウツギの手にある! 彼女は左手でピコハンを握っていた、ということは子供たちや引率の先生に触れたのは「右掌」である! すなわち、ルートブレイカーによって、幼稚園バスジャックによる謎めいたエネルギーを無力化していたのだ!
「き、き、貴様よくもォー!」
コウモリプラグマはハッと我に返った。空中、バイクといっしょに突撃したはずの多喜の影がその身体を覆う!
「アタシのこた忘れてたのかい? おかげで、十分サイキックエナジーを練り上げることが出来たよ!」
「ヒャヒャアーッ!」
咄嗟に超音波攻撃で迎え撃つが、ダメージはほぼ無! チャージ状態の多喜にはどのみち通用しない!
「練って、整え――オラッ、喰らいなァ!!」
18倍の威力を籠めた掌底が、コウモリプラグマを直撃した!
「ウギャアアアーッ!!」
コウモリプラグマは連続爆発を起こし吹き飛ぶ!
「ミンナイタ」
そこへトコトコひつじが出現!
「おや、いいもの持ってるじゃないか」
「メェ?」
ウツギはひょいとスイッチを取り上げた。
「ついでだ、あんたも言っておいで」
「メェ!?」
そんでもってひつじを持ち上げぶん投げた! ……ぶん投げた!?
「メェエエエエ!?」
「はい、ポチッとな」
ひつじは空中のコウモリプラグマと激突――そして、KA-BOOOM!!
「「|ウギャーッ!!《メェエエエ!??!?》」」
空に、二つの断末魔が木霊した……。
●呼んでみろ! 超次元潜航母艦ドルグラン!
もう三度目ぐらいになるが、大爆発の中からコウモリプラグマが飛び出しゴロゴロと地面を転がった。そのダメージは凄まじく、ゴロゴロ具合から一目瞭然だ。しかしゴロゴロしているがゆえに未だ戦闘可能!
「お、お、おのれェ……!」
「どうやら、お前の頼みの綱の幼稚園バスジャック作戦は無力化されたようね」
黒栖・鳳華は無邪気に喜ぶ子供たちを見、優しく微笑んだ。
しかし敵を再び睨むその顔は戦士だ!
「諦めて潔く負けなさい、コウモリプラグマ。もうお前に勝ち目はない!」
「ヒャーッヒャヒャヒャ、それはどうかなァ~!? 来い!」
コウモリプラグマは飛翔した! そしてアリーナに駆けつけたのは!
「そ、そんな――!」
それは……新たな幼稚園バスである!
「まさか、自分の√能力を無効化されることすら見越していたというの!?」
「ヒャーッヒャヒャヒャ、その通り!」
「させないわ、とうっ!」
鳳華は幼稚園バスの前に着地し、両手で車体を抑え込んだ。踏みしめた両足がガリガリと地面を削る!
「止めて……みせる! 怪人にだって友情は、あるんだから!!」
√能力が無力化されていなければ、この行動は必ず失敗していたはず。あとは鳳華の火事場の馬鹿力が頼りだ!
「うおおおおおお!!」
雄叫び! そして……!
唸りを上げるバスのエンジンが……エンストした。車体が停止!
「「「やったー!」」」
安全な場所で声援を送る子供たちが快哉!
「もう大丈夫よ、安心して!」
鳳華は幼稚園バスの中に呼びかけた。
車内は無人だった。
「えっ??」
「貴様、早とちりがすぎるぞォ!」
空のコウモリプラグマが叫んだ。
「そのバスはこれから幼稚園児を詰め込むための空きバスなのだ!」
「は?? どういうこと???」
「つまり! 幼稚園児を詰め込めば逆説的にバスジャック成立!
登園中のガキどもを拐わなくても済むというわけよ! ヒャーヒャヒャ!」
「……」
鳳華の拳が、震える。
「……紛らわしいことしてんじゃないわよォーッ!!」
「ヒャッ!?」
「もういいわ、ブチのめす! 来い、ドルグランッ!!」
プーペペプーペペー ペーペプペー プーペペペープペー プペプペー……謎のトランペットサウンドとともに空の彼方に立ち込める青いスモーク! 稲妻の中から現れたのは、超巨大な謎の空中艦だ!
「そんなふざけたプランBなんて、こうしてやるわ!」
ドルグランはクローアームで幼稚園バスを持ち上げてしまった!
「な、何ィーッ!?」
「お前は地獄の果てまで追いかけて、息の根を止めてやる!」
鳳華の顔が怪人モードへ!
「ライト! キャリバーッ!」
ポーズを決めると実体剣を光波が覆う! 鳳華はドルグランの背からジャンプし、コウモリプラグマに光の剣を突き刺した!
「ウギャアアアーッ!!」
「死ねェーッ!」
悶え苦しむコウモリプラグマ! 背中から噴き出す火花! 鳳華はライトキャリバーの柄を握り念入りに突き刺す! そして勢いよく引き抜き背中を向けポーズを決めると……地形が変わりそうな大爆発が再び発生した!
●負けるな! √能力者の矜持!
「グワーッ!」
爆炎の中からコウモリプラグマが吹っ飛び、ゴロゴロと転がった。このゴロゴロは主に鉄十字怪人やプラグマの作った悪の戦士などに見られる特徴で、とにかくダメージが入っているがまだ倒せていない証拠だ。類例として水の中にボチャンと落ちるケースもあり、この場合は確実に生き延びてしまう。アリーナに水場はないので、その点は√能力者が地の利を得ていた(?)
「しぶとい奴だぜ。だが元ボス、そろそろおしまいだな」
ツカツカとノーバディ・ノウズが近づき、アイテムポケットに手を突っ込む。
「元部下としてのよしみだ、俺がこの手でとどめを」
すぽっ。取り出したのは靴下(片方だけ)。
「……」
ノーバディは無言で靴下を戻した。
「俺がこの手でとどめを刺して」
すぽっ。取り出したのは100円ライター(飲み屋でお土産に配られるやつ)。
「……」
ノーバディは無言でライターを戻した。
「俺がこの手でとどめを刺してやるぜ!」
すぽっ。取り出したのは万国旗(ちょっと汚れてる)。
「……」
ノーバディは万国旗を引っ張り出した!
「おいなんでこんなの入ってんだよ! もっとなんかあるだろ!?」
身体ごと飛び込む勢いでアイテムポケットの中を漁る!
丸まったレシート!
一口お菓子の包装紙!
なんかよくわかんないどっかの会社が作ったぼんやりしたゆるキャラのキーホルダー!
就職説明会とかでよく配ってるボールペン!
ちょっと挟む力が弱くなってるバインダークリップ!
「ゴミかガラクタしかねえのかよ誰のせいだオイ!」
とどめに出てくる期限切れの会員証! その名前欄に書いてあったのは!
「俺だわ」
それ以外にあるわけがなかった。万国旗はともかく。
「ヒャ、ヒャヒャァ……!」
コウモリプラグマはよろめき、立ち上がる。物凄いダメージが入っているが、どうやらまだ動けるらしい。ゴロゴロ転がっていたので一発でわかる。
「まずいぜ、何かないか何かないか!」
どっかの青いタヌキみたいに慌てるノーバディ! その時、まるで天の恵みめいてふわりと目の前に何かが落ちてきた!
「こ、これは――!」
ノーバディはそれを拾い上げた。そう――フライングビキニアーマーを!
時間が凍りついた。
「ってこンなの使えるかァーッ!!」
スパーン! ノーバディはビキニアーマーを叩きつける! まだ都市伝説パワーが残っているのか、ビキニアーマーはふわりと浮かんだ。
「自己主張すんなや!? 絶対イヤだわ!!」
ビキニアーマーはそれでもノーバディの目の前でゆっくりと浮遊回転した。言うなれば、メトなんとかニア系のアクションゲームで手に入るパワーアップアイテムみたいな感じでアピールしてくる! まるでフライングビキニアーマーが「さあ俺を使え」と語りかけているかの如く!
「フザけんな他にもっと何かあるだろ!! せめて|コウモリ野郎《あいつ》にくっついてこいや!!」
フライングビキニアーマーはゆっくりとコウモリプラグマに向かって近づ「待て今のナシ!!」ノーバディはフライングビキニアーマーをキャッチ!
「アイツに融合するのもダメだ! 頭がブーメランパンツの変態なんかブッ倒したくねえ!! 敵も味方もどっちもダメだ!」
フライングビキニアーマーはゆっくりとノーバディの頭部に収まろうとする!
「おい! こいつ侵食しようとしてきてんだけどォ!?」
危うしノーバディ! 多分数値的に見ると無駄にすごく強くなるけど確実に心が死ぬタイプの装備だ! 彼の社会的地位と名誉はここまでなのか!?
「キキャアアアーッ!」
「グワーッ!?」
その時! コウモリプラグマの超音波攻撃が命中し、フライングビキニアーマーは完全に砕け散った!
「こ、コウモリ野郎……いや、元ボス!」
「ヒャーッヒャヒャヒャ! 勘違いするなよ戦闘員、いや……ノッペラボウ!
貴様と同じだ……俺様もビキニアーマーのヒーローなど御免だからなァ!」
「元ボス……!!」
まるでいいところでピンチに助太刀する孤高のライバルキャラみたいな雰囲気が二人を包んだ。たとえ敵同士でも、譲れない一線、ある種の融和……共感、そういうものが生まれるものなのだ!
「ついでだ! これを使えぃ!」
おまけとばかりにコウモリプラグマが投げたのは、ビキニアーマーといっしょに飛んできた剣聖の刀だった!
「……へっ、まさか敵に塩を送られちまうとは、な」
ノーバディの頭部は、まるで刀で串刺しにされたような異形に変じていた。さらに両肘、両肩、拳、踵……身体の各部位から自在に刀を展開出来る、|剣頭《ソードヘッド》形態だ。
「容赦はしねえぞ、それが俺の手向けだぜ!」
「キキャアーッ!」
コウモリプラグマは超音波を放つ!
「喰らうかよ! これが音を断つ剣だッ!!」
ノーバディは高速回転! 全身から生えた刃で音の波を切り裂き無効化、そのスピードで一気に激突した!
「ウギャアアーッ!! こ、これが貴様の√能力……なのかァーッ!?」
全身を切り裂かれたコウモリプラグマは、火花を爆発させながら吹き飛ぶ!
「なかなかイカした面構えになったんじゃねぇか? 俺には劣るがな!」
カッコよく決めるノーバディの背後にビキニアーマーの残骸が舞い散り、スパンコールのように光を放った……!
●決着! コウモリプラグマの最期!
地面をゴロゴロ転がるコウモリプラグマの全身で断続的な火花! これはプラグマの怪人やマスクド・ヒーローに共通して見られる特殊な現象で、つまりとてもダメージを受けている証拠だ。マスクド・ヒーローの場合、一時的に変身が解除されてしまうケースもある。
「追い詰めたぞコウモリプラグマ、とどめだ!」
決着の時は近い。チャンスを見出した佐倉・ちよこもといガナッシュは、ガナッシュ・ブレードを手にダッシュした!
「キ、ヒャヒャ……黙れェ! ヒーローごときがァーッ!」
「ぐ……!?」
起死回生の音波攻撃がガナッシュを襲う。金縛りにあったかの如く全身が動けない。そして、火花だ!
「ぐわあっ!」
ガナッシュは吹き飛んだ! 身体のあちこちで火花が爆ぜ、先ほどのコウモリプラグマめいてゴロゴロ転がるガナッシュは、|通常《ノーマル》フォームへと逆変身してしまっていた……!
ガナッシュはアリーナ前の長い階段を転がり落ち、立ち上がろうとして力尽きた。
「……ぐ、ぁ……!」
カードデッキから排出されたプラグインカードは色褪せ、光を失っている。ブレードフォームの力を取り戻すには、しばらく時間が要るだろう。
「ヒャーッヒャヒャヒャ……! どうやら貴様のパワーアップは時間制限があるようだな!」
階段をゆっくりと降りるコウモリプラグマ。一瞬にして攻守は逆転し、今やガナッシュの方が処刑を待つ死刑囚のような状況!
「さあ、どうしたヒーローォ! 性懲りもなく立ち上がるかァ?
貴様らは砂糖菓子のように甘く、そしてゴキブリじみてしぶとい!
この俺様も、幾度となく煮え湯を飲まされてきたものだァ……」
「……砂糖菓子のように、か」
ガナッシュは地面に腕を突き立て、ゆっくりと立ち上がった。満身創痍の身体は、いつ崩れ落ちてもおかしくなかった。
「言い得て妙だ。私自身、自分がシビアな人間だとは思っていない」
「ヒャーッヒャヒャヒャ! そう、それゆえに貴様は死ぬのだ!
たとえ死から蘇るのが√能力者だとしても……見るがいい!」
コウモリプラグマは、固唾を呑んで闘いを見守る子供たちを示した。
「あのガキどもに素顔を見られて、貴様はまだ戦えるかな……?」
「……!」
ガナッシュ・マスクの下、ちよこの全身から血の気が引いた。
やはりコウモリプラグマは邪悪な怪人だ。人類が、マスクド・ヒーローがなんのために戦い、そして弱みとするかを知り尽くしている。
もちろん、誰もがちよこのように素顔を隠しているわけではない。堂々と己をアピールし、むしろ広めようとするヒーローもいるだろう。
だが、|ガナッシュ《ちよこ》は違う。その姿を知られてしまえば……たとえ√が違うとしても、いずれ必ず弟の耳に伝わってしまうだろう。そうなれば、終わりだ。もう決して戦えない。
(「ここで退くわけには、いかないよね。けどもうパワーが残り少ししかない……チャンスは一度だけ!」)
一か八か、失敗の許されない一発勝負である。かつてのちよこならば、臆してしまったかもしれない。だが……。
「「「ガナッシュ、がんばれー!」」」
「……!」
子供たちの声が、ちよこを……いや、マスクド・ヒーロー、ガナッシュを奮い立たせた!
「……愚問だな、コウモリプラグマよ」
もはや武器のない拳を握りしめ、ファイティングポーズを決める。
「私はマスクド・ヒーローだ。お前のような悪の怪人が……プラグマのこの√EDENにまで伸びるというなら、見過ごしはしない!」
「その意気、敵ながら褒めてやる! だがァ!」
コウモリプラグマは空へ羽ばたいた!
「死ぬのは貴様だ、ガナッシュ! ケケェーッ!」
危険な音波攻撃が降り注いだ! どうする、ガナッシュ!? まともに喰らえば変身解除は確実である!
「――チェンジ・デコレイト!」
見よ! ガナッシュの握りしめた拳を! 光が集まり消えると、新たな武器が!
「ガナッシュ・ナックルッ!」
降り注ぐ見えない音の波に、ガナッシュは拳を突き出した! ガラスが砕け散るような甲高い音が響き渡り、相殺された音波が風となって吹き荒れたではないか!
「何ィーッ!? おのれェ!」
コウモリプラグマはさらなる音波を発するため力を溜める。その時、彼方からさっそうたるエンジン音!
「来たか、ノワール・ヴィークル!」
無人モードで疾走する黒きシルエットを振り返り頷くと、ガナッシュは跳んだ。そしてノワール・ヴィークルのハンドルを掴み、フルスロットル!
「キィイイ……ヒャヒャァーッ!」
再びの音波だ! だがウィリージャンプで高速回転する前輪が一度目の音波を相殺! コウモリプラグマは続けざまに二度目の攻撃を放とうとする。その一瞬の隙を、ガナッシュは見逃さなかった!
「とうッ!」
ガナッシュは跳んだ! ノワール・ヴィークルのスピードを乗せたジャンプはいわばスペースシャトルと同じ原理だ! 二段階の加速を経た今、ガナッシュのスピードは音をも超える!
「ヒャ……!?」
「トドメだ! ガナッシュ・キィーック!!」
手首のスナップでブラスト・カードをセット! 右足が白熱する!
空気を焦がす必殺の一撃が、コウモリプラグマの腹部に……命中!
「ぎ、ギギャアアアッ!? バカな、この俺様が! コウモリプラグマ様がァーッ!?」
「たっぷりと味わえ――メルト・インパクトォッ!!」
ドウ! 右足に凝縮された熱エネルギーが爆発し、コウモリプラグマを逆向きの流星めいて吹き飛ばした!
「噛みしめろ。忘れられない、敗北の苦みというやつをな」
ガナッシュはコウモリプラグマに背を向け、着地した。
「だ、大首領様、万歳ーッ!!」
大爆発! コウモリプラグマは完全に消滅し、ついに√EDEN侵略作戦は潰えた!
「「「やったー!」」」
ガナッシュは子供たちの無事な姿に頷き、ノワール・ヴィークルに飛び乗ると、風のように去っていく。
(「……危ないところだったけど、なんとかなって本当によかった……!」)
疲れ果てたその素顔を誰にも見せることなく、しかし平和を守り抜けた達成感と安堵に胸を貼り、ちよこは次の戦場へと駆けていく――。