⚡️オーラム逆侵攻~一番危ないヤツだけ壊させて
羽田空港第四ターミナル。
存在しないはずの四番目のターミナルが、この√ウォーゾーン川崎市近郊、羽田空港地下にある。
もとは従業員の通路として使用されていたものだが、建て増しに次ぐ建て増しでいつしか街になった。混沌とした猥雑な街だ。コンクリートと鋼によって構成され、パイプやチューブが壁をのたくっており、オイルのにおいが鼻を突く、薄暗い街だ。
ここに住まう人々は機械と取引をしている。資材や食料を得る代わりに、技術を提供しているのだ。修理、改造はもちろん、機械たちの求めに応じた部品やパーツの製造を請け負っている。街というより闇市、と呼ぶほうが正しいかも知れない。
「ここまではわかった?」
星読みのミサキ・美間坂(人妖「九尾狐」の御伽使い・h02359)は、あなたへ地図を渡した。碁盤の目と蜘蛛の巣が渾然一体となった、しちめんどくさい地図だ。あなたは顔をしかめつつ地図を見つめる。ミサキはそんなあなたを応援するように両手をきゅっと結んだ。
「この第四ターミナルと今回の戦いの関連も説明しておくね」
√ウォーゾーンは、戦闘機械群ウォーゾーンと名乗る自立型機械兵器に、人類が敗北した世界だ。
戦闘機械群の目的は、『|完全機械《インテグラス・アニムス》』になること。しかし、そこへ至る方法は戦闘機械群のなかでも議論がかわされている。ある機械は「地球の完全なる機械化」を叫び、ある機械は「進化こそが唯一の道」と提唱し、ある機械は「人類より悪の概念を抽出すべき」とのたまう。機械群は主張の違いにより、『|派閥《レリギオス》』と称される複数の団体に分かれ、内輪もめをしている。
つまり、戦闘機械群の『派閥』とは、同じ宗教の宗派の違い、と考えるとしっくり来るかも知れない。そしていくつかの『派閥』が、人類はまだ利用価値がある、と判断しているがゆえに、かろうじて人類は滅亡していない、という状態だ。
そして羽田第四ターミナルは、人類社会からなんらかの理由で追い出された、あぶれ者が行き着く場所だ。機械へ媚びへつらい、ほめそやし、奴隷のように奉仕して、どうにか日々の糧を得る。いびつだが、それでもなお、どんな手段を使っても生き抜こうとする人々の執念の徒花、それが地下都市、羽田第四ターミナル、別名、ヨンタ。
しかし……。
ミサキは言う。
「オヤカタのウッラがね」
なんの話だ? と、くびをかしげたあなたへ、ミサキはあわててつけくわえる。
「あー、オヤカタってのは『|四タ《ヨンタ》』(羽田第四ターミナルのこと)の村長? 町長? 市長? なんかそんな感じの人だよ。ヨンタは地下に町工場がいっぱい集まったような街だから、いちばん腕がいい人がオヤカタって呼ばれて街を仕切るようになるんだって。で、そのオヤカタ、本名はウッラ・ギリーモンって人が……」
ミサキは眉尻を下げた。
「自分の安全と引き換えに、『派閥』オーラムに街を売り渡したんだ。人類抹殺を叫ぶ『派閥』オーラムだよ。そのせいで、オーラムの機械群が、ヨンタへなだれこんでる」
ミサキによると、一部の機械によってヨンタのインフラが制圧されたそうだ。たとえ殺戮を免れたとしても、人々は飢えと乾きでミイラになってしまうだろう。
「これまで必死に生き抜いてきた人たちが犠牲になっちゃう。おねがい、たすけてあげて」
ミサキはあなたへ頭を下げた。
「ボクの力で、ヨンタの中まで安全に案内できるよ。世界移動のおてつだいはさせてね」
そういうとミサキは指で宙へ四角を書いた。縦長の長方形が大きくひらき、ルートをつなぐ扉となる。扉をのぞくと、荒れた地下都市ヨンタが見えた。悲鳴が聞こえてくる。すぐにも旅立たねばならない。
第1章 冒険 『狂える戦闘機械都市』

老婆がいる。老婆の前ではいくつもの戦闘機械が威圧的なエンジン音を出している。老婆は覚悟の決まった目で胸元から手榴弾を取り出す。
「老い先短い身だ。ここで死んでも悔いはない。でもね、一人でいくのはごめんだよ。道連れにしてやる!」
老婆が手榴弾のピンを抜こうとした。その手をつかまれる。老婆は驚いて振り返った。
影が躍り出る。
黒のマント、黒の軍服、黒のアンダー、黒の手袋、そしてぬばたまの黒髪。後ろでひとつに結んだ髪が、薄暗い地下都市を背景に跳ねる。汚れた蛍光灯の光を受けて、ぴかり、反射した。
ものやわらかな青い瞳が、老婆を映す。
「助けに来ました」
簡潔に用件を述べるクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)。老婆は彼の周囲に精神感応型ドローンがいくつも浮いているのを見て取った。
「それは……局地偵察ドローンレギオン型だね。あんな扱いが難しいものを、よくもこれだけの数……!」
老婆はひと目でクラウスの実力を見抜き、手榴弾をおさめた。クラウスはそれでいいと言いたげにうなずく。
「ここは俺がどうにかします。安全なところへ逃げて。52ストリートはまだ侵略されていないから、そこを通っていってください」
「ありがとうね」
老婆は感謝の言葉を述べ、走り去っていく。
四体もの戦闘機械群が、標的をクラウスへ変える。それでもクラウスの心はさざなみひとつ立たなかった。戦場で敵意を向けられるのは慣れているし、自分が標的になればなっただけ、要救助者が安全になるのだから。
(大きな戦いとはいえ、いつもとやることは変わらないな)
うっすらと、余裕の笑みすらみせて、クラウスはレギオンへ命令を下す。
「|撃て《FIRE》」
周囲のレギオンからミサイルが発射される。ミサイルは白い煙を吐きながら戦闘機械群へ着弾する。小さな爆発が連鎖し、表皮をはぎとられた機械群が怒りの咆哮をあげた。力任せのパンチがクラウスへ向けて放たれる。だが見切りに長けたクラウスから見れば鈍重な動きだ。クラウスはわずかに体の軸を変えただけで機械の攻撃をかわす。
「どいてもらうよ」
クラウスは銃をかまえた。呼応したレギオンが彼の周囲へ集まる。
「このさきにインフラ設備があることはわかってるんだ。通してもらう。逆侵攻じゃなくて逆制圧だ」
クラウスが引き金を引く。それに合わせてレギオンたちからミサイルが発射される。点ではなく面での攻撃。しかもただ弾をばらまいているだけではない。相手の防具の隙間、関節部分を狙っている。大量の薬莢が落ち、戦闘機械群もまた崩れ落ちる。クラウスはクリアリングをするとインフラ中枢めがけて走り出した。
扉をくぐったシンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は、ぱちんと両手を合わせた。
「知られざる第四ターミナル! アングラな町並みにワクワクします。この自然美と対極の、雑然とした通り。野放図で、それでいて生命の力強さを感じさせる生活が織りなした美。すてきですね!」
興奮に目をキラキラさせたシンシアは、何のために自分がここに来たのかを思い出し、肩をすくめてしゅんとした。
「ごめんなさい。他√で聞かない地名につい心ときめく性分なのですが……ちょっと観光どころではなさそうですね」
「そうですね。僕も正直な所いろいろと見て回りたいですが、状況がそれを許さないみたいです」
赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)が、赤い髪をなでつけながら言う。彼の視線は油断なく周囲をとらえている。索敵しているのだ。
シンシアはそれなら私も心得があると言い、クラゲ型のインビジブルを呼び出す。
「雑用係です。あっちがエクレア、こっちがタルト、この子は……」
(どうしよう、見分けがつかない)
リツは深刻な顔で眉間を押さえた。
シンシアはそれには気づかないまま、インビジブルたちへ要救助者を探すよう言った。そしてリツと共に走り出す。悲鳴はそこここから聞こえている。リツは胸に痛みを感じた。
(声が遠い。いやでも、全員助け出してみせる)
シンシアがリツを振り向いた。
「月あたりの角を右です!」
リツは走るスピードを上げる。四つ辻へ飛びこむと、右へ体を向けた。
「やだあああ! たすけてえ! ぱぱ、ままあ!」
泣きじゃくる少女をライオンを思わせる機械がアームで持ち上げている。クラゲ型インビジブルが懸命にアームへ体当たりしているが、びくともしない。
リツは通路の傍らに乱雑に置かれていた木箱へ飛び乗った。それを足場に、獅子型機械の頭頂部へ飛び移る。
「ギョロ!」
己の右腕へ呼びかけるリツ。右手がドクンと波打ち、鋭い爪を盛った赤黒い異形へと変貌する。3倍ほどに膨れ上がった異形の腕の、手の甲に当たる部分が開眼する。ぎょろりとした目玉がリツを見た。その目はまかせろと言っているようだった。
リツは獅子型機械の反撃を避けつつ、機械の中枢があるであろう頭頂部へ腕を振り下ろす。がつんと重い手応え。だがまだ足りない。そう感じたリツは瞬時に深く息を吸う。それから肺の中が空っぽになるまで呼気を吐き出す。吐き出された息に炎がまじる。
「力を貸してほしい」
炎の吐息が分かたれ、紅い蝶へ変わる。邪気を払う吉兆の証だ。リツは舞い踊るように狭い足場でステップを踏み、頭頂部へ攻撃を重ねる。同じところを狙って炎の蝶が突撃する。数万度の熱量でもって頭頂部を殴打された獅子型機械は、ついにぐらりと揺れて倒れ、少女を放した。
少女の小さな体が地面へ激突しそうになる。そのとき、目に見えない優しいぬくもりに、少女は包まれた。
「だれ?」
ぽかんとしたまま少女は宙を滑り、安全圏で移動する。そこでようやく、少女は自分を助けてくれた相手を視認することができた。
「何があるかわかりませんから、姿を消していたのです。おどろかせちゃいましたね」
半透明の一人旅を解除したシンシアは、やさしい笑みを少女へ向ける。少女は大粒の涙を流して泣きだした。
「よしよし、安心したのですね。でもだいじょうぶ。はぐれてしまったお父さんとお母さんは、私の雑用係が見つけてくれました。今こちらへ向かっています」
「ぱぱ、ふえ、まぁま……」
少女の背をぽんぽんと叩いたシンシアは、視界の隅に蜂型機械を見つけた。シンシアは少女をおろし、片手で少女の手をしっかり握ったまま、魔導書を開いた。
「ひらけ、朝日よ。ほとばしれ、輝きよ。いと尊き、そは光。神が最初に所望されたもの。影を灼け、照らし出せ」
能力ほど強力ではないものの、シンシアの光魔法は蜂型機械をひるませるには十分だった。ふたたび気配を隠し、シンシアは蜂型機械へ張り手をした。霊障が直接流し込まれ、蜂型機械が苦悶しオイルを撒き散らして壊れていく。
「ミネア!」
「パパ! まま!」
「ああ、あなたがたがミネアを護ってくださったのですね。ありがとうございます!」
少女の両親は、リツとシンシアへ泣きながら礼を言う。
「あら、礼には及びませんわ。いつかこの街案内してくださいね」
笑顔で会釈するシンシア。
リツは真剣な顔のまま、少女の両親へ近づく。
「インフラまでの道のりをクラウス君が開いてくれている。あとは修理をすればいいだけなんだけど、どうだろう、得意な人、心当たりない?」
「おおありがたい、私達とて技術者の端くれ、インフラの復旧に全力を尽くします。幸いにも、倒された機械がごろごろしていますから、資材には困らないでしょう」
「了解、頼んだよ」
リツは安堵の笑みを浮かべる。そしてシンシアと拳をこつんとぶつけあった。
地図を片手に、三珂薙・律(はずれもの・h01989)は細い通路を走っていた。
悲鳴がここまで響き渡っていて、律は顔をしかめる。
「主義主張を論じても和解出来ず、機械群の抗争に巻き込まれる人間が居た堪れんよ」
律は半妖だ。父は大妖怪、母は退魔師の家系。その両親は、妖怪戦争で失ってしまった。律にしてみればくだらない戦争だった。それゆえにいっそう父母の死が重くのしかかる。そのせいか、『派閥』に翻弄される√ウォーゾーンの人々が、他人事とは思えない。
「派閥オーラムによって四タが危機に扮するならば俺も黙ってはいられん。飼い猫ならぬ羊がめぇめぇ鳴いてしまうのでな」
角を曲がると、広場に出る。金の瞳が逃げ惑う人々の姿を捉えた。人々は完全にパニックに陥っており、てんでばらばらな動きで逃げ回っては機械に脅されて悲鳴を上げている。律には、機械どもが人々の恐怖を楽しんでいるのがわかった。
(やれやれ……自分のことを絶対強者だと思っているのだね。まあいいよ、そのまま油断したままでいてくれ)
律は半眼になった。浄化の剣をすらりと抜き放つ。そのまま大きく刀で円を描く。油を塗ったような刀身が蠱惑的に光り、律の美貌をさらに際立たせる。機械どもの注意が律へ縫い止められる。おびき寄せは上手くいったようだった。律は斜めに剣をかまえ、挑発をのせた声を出す。
「三下が相手であろうと、礼儀は守ろう。俺の名は三珂薙・律、主ら、早々にご退場願おう」
色めき立った機械群に、律はあでやかな笑みを見せる。
「ほらおいで、数多の機械群ども。それとも、こんな男ひとりですら手に余るか?」
砲台を三門据え付けたいびつな戦車が、律めがけて体当たりをしかける。第六感でその攻撃を予知していた律は、なんなくそれを避ける。ほかの機械群が次々と律相手に攻撃を始めた。第六感と、これまで培ってきた経験で、律は飛び跳ね、宙を舞う。すべてを避けきるのはいかに律といえど困難だ、浅い傷が律の体を這う。白い肌にうっすらと血が滲む。それを見たヨンタの人々が顔を真っ青にする。
律は空中で三回転しながら軽く手を振ってみせる。人々を安心させるために。
「今の内に逃げよ。此処で命尽きる事は、俺が許さないからね」
ありがとう、すまない、感謝する。人々は口々に礼を言い、安全な場所へ去っていく。律はさらに跳躍を続け、機械群をいらだたせる。
「さて」
砲撃を受けた律は、寸前で地へ降り、回転して勢いを殺す。口元からたれた細い血のあとを、律は袖でぬぐった。
「俺がただ逃げ回っていたように見えたか、機械ども?」
いつしか機械群は広場の真ん中へ集められていた。一網打尽になると人工知能が判断する前に、律は霊剣で次元を切り裂く。次元の裂け目から、大量の妖怪が姿を表す。
「文明開化の音高く、百鬼夜行のデモクラシィ。進んで潰して踏みにじれ。乱痴気騒ぎはこれからだ」
背の高い妖怪の上へゆうゆうと腰掛け、律は微笑んだ。
天井まで伸びていた鉄塔が引き攣れた音をたてて倒れる。
ずしん。あまりの衝撃に地面が揺れた。
かろうじて圧死を免れた人たちが、全力疾走で逃げていく。けれど、少年イコの母は瓦礫に足を挟まれてしまった。
「母ちゃん、だいじょうぶだから、俺が助けるから!」
「ほっときな! あんただけでも逃げるんだよ!」
ずしん。
巨大な機械群が、イコとその母へ迫る。それでもイコは母の手を握ったまま離そうとしない。懸命に力を込めて、母を瓦礫の下から引きずり出そうとしている。
ずしん。
象を思わせる機械が、アームを振り上げた。
「逃げなイコ! どうしていつもわがままばっかり言うんだい! 最後くらい母ちゃんの言う事を聞きな!」
「やだ、やだあ! 俺、母ちゃんといっしょに死ぬ!」
無情にもアームが振り下ろされる。
ずどん。
親子は死を悟って身を固くした。が、そこへ明るい声が聞こえてきた。
「危なかったね、少年! それとお母さん!」
イコと母が視線を上げていくと、青い肌の、白い髪の少女が、片手でアームを受け止めていた。大きくてまるっとした緑の瞳が、イコと母を見つめていた。笑みすら浮かべて。その周りにはミニドラゴンの幻影の群れが浮いている。
「ちょーっと危なかったね。座標入替ができなきゃぺちゃんこになっちゃうところだったよ。でもダイジョブだよ、あたしが来たからね」
シアニ・レンツィ(不完全な竜人・h02503)は、にっと歯を見せて笑った。そして間髪入れず、アームを蹴り上げた。ぼきりとアームが折れ、吹っ飛んでいく。
「シアニハンマー!」
シアニが愛用のハンマーを振りかざす。溜めを作り、一気に象型機械へ叩きつける。前足が一本破壊され、胸にまでヒビが入る。象型機械はモーターのうめきをあげて、突進の体勢を取る。
「おっ、来るね来るね? いいよ、こいっ!」
バッターボックスの選手のように、シアニはハンマーをかまえる。象型機械がつっこんできた。前足を一本失っているとは思えないほど速い。機械の背後にブースターがあるのを見て取ったシアニは、武者震いをした。
「ユア!」
「ぴきー!」
緑の竜が象型機械へつっこむ。ぺちんとかわいい音がして、同時にユアが敵と融合する。ブースターがぷすんと切れた。しかし象型機械は止まれない、止まらない。
「ホームラーン!」
シアニがおもいっきりハンマーで迎え撃った。象型機械が砕け散る。部品がばらばらになり、パーツが吹っ飛んでいく。ひとまずの脅威は去った。シアニはハンマーを大地におろし、ふんと鼻を鳴らす。そのあいだに、イコは母を助け出していた。
「ありがとう、ありがとうございます。なんとお礼を言ったらいいか」
「気にしないで。能力者として当然のことだよ。それよりちょっと聞かせてほしいな。……ウッラさんのこと」
母は眉を寄せて語りだした。
第2章 集団戦 『潜入工作特化機械『スワンプマン』』

「え、ウッラさんがオヤカタになったのは、ごく最近のこと?」
リツは目を見開いた。情報をもたらしたシアニも深刻な顔をする。
「じつは先代オヤカタ、ミカ・タダヨ先輩が行方不明になってるんだって。ウッラはミカ先輩が見つかるまでのつなぎとしてオヤカタになったって話だった」
顔を曇らせるシアニに、クラウスも難しい顔をする。
「はれてオヤカタになったウッラは、これ幸いと機械に街を売り飛ばしたというわけか」
「ひどい話です」
シンシアが祈るように両手をあわせる。
「ウッラさんの取引相手はオーラム。人類抹殺のため動く『派閥』そんなところと取引をしたところで、ろくな結果にならないでしょう」
「まこと、欲に目がくらんだ人間は何をするやらわからない」
律が腕を組んだ。
「これからどうする?」
リツの問いかけに、クラウスが応える。
「作戦2:オーラム派機械群の壊滅を目指そう。幸いここは、ゼーロットの足元だ。叩くだけ叩いておけば、のちのちいい結果に繋がるだろう」
「ということは、四テを通って川崎市中心部へ向かうのかな」
律の返事にクラウスは深く頷く。
「あ、それなんだけど!」
シアニが人差し指を立てた。
「ミカ先輩は川崎市方面へ向かう途中で行方不明になったって聞いたよ。もしかしたら途中で助け出すことができるかも」
「しかしそう簡単にことが運ぶでしょうか」
シンシアのもっともな分析に、シアニは続けた。
「じつは、ヨンテにはスワンプマンっていうスパイ機械が紛れ込んでいるって噂だよ。川崎市方面へ向かう途中で、スワンプマンが不自然に集まってるところがあれば、ミカ先輩がいると見ていいんじゃないかな?」
「そうか、情報感謝する。シアニ」
クラウスが礼を言う。
「では、まずはヨンテに紛れ込んでいるスワンプマンを探し出して倒し、ヨンテの安全を盤石なものにする。そして余裕があればミカを探す。いいだろうか」
皆はしずかにうなずいた。
========
システムメッセージ
このシナリオは作戦2:オーラム派機械群の壊滅へ派生しました。ニ章、三章とも集団戦となります。
現状:戦闘機械群を退けましたが、ヨンテにはまだスパイ機械群スワンプマンがまぎれこんでいます。スワンプマンを何らかの方法で見つけ出し、倒しましょう。
プレイングしだいで、味方NPCミカ・タダヨが合流します。彼女がいれば上手くことが進むでしょう。
ヨンタの大通りを、シアニ・レンツィ(不完全な竜人・h02503)が歩いている。
手痛い侵略を受けたヨンタだったが、ここに住まう人はまだ明日を信じている。それは行動にも現れており、すでに瓦礫の撤去が始まっていた。
「はあ……」
シアニは浮かない顔だ。足取りもいつものように元気ではない。
(……ウッラさんのこと、残念だな。寂しい気持ちになっちゃうや)
人間は、我が身可愛さゆえに凶行へ走ってしまう弱さを持つ。シアニはそれを知っていた。だからこそ、ウッラのことを、悲しく思ってしまう。
(今頃どうしてるんだろ。やっぱり、ろくでもないことになってるのかな。せめてそうでないことを祈ろう……)
強い人ばかりじゃないもんね。
ぽつりとそうつぶやく。シアニは人間が大好きだ。人類に幸あれといつも願っている。だからだろうか、人を助けたくなるのは。それは危機にさらされた人だけでなく、道に惑ったウッラのような人であってもだ。
立ち止まり、じっと手を見るシアニ。
「うん、わかってる。あたしのおててだけじゃ、限界はあるんだってこと。わかってる、うん、わかってるから、せいいっぱいやんなくっちゃ! えいえいおー!」
「ぴきー!」
シアニの瞳がいつもの輝きを取り戻す。隣に浮いていた緑の幼竜ユアとハイタッチ。やる気チャージ完了。スイッチオン。
「スパイってことなら今回の襲撃も予め知ってたかもしれないね」
あらためてぐるりとあたりを見回すと、人々はきびきびと瓦礫の撤去をしている。その動きに気持ちの良さを感じ、シアニは微笑んだ。巨大な瓦礫を前に、悪戦苦闘している人たちを見つけ、シアニは近寄る。
「手伝おっか?」
「おお、街を救ってくれた英雄じゃないか、その節はありがとさん! 重ねて世話になってわるいが、このデカブツをハンマーでドカンと砕いてくれないかね。奥に誰かいるらしいんだが、助けようにもこの瓦礫が邪魔で……」
「お安い御用だよ、おやっさん」
シアニはハンマーを振りかざした。周囲に被害が及ばないよう慎重に狙いをつけ、一撃を加える。ガランガランと瓦礫が崩れていく。土煙の向こうにはたしかに、へたりこんで震える人たちがいた。
「ん?」
シアニの野生の勘が、違和感を抱く。
(奥の方の、ひとりだけ立ってるあの子……)
血が、青い。
頬へ、おそらく本人も気づいていないかすり傷をおっている少女がいる。その傷から、あきらかに人間ではない色が覗いている。シアニがもっとよく傷跡を見ようと目を凝らす。だがその少女はシアニを見るなり、ぱっと逃げ出した。
「みんな集合! おやっさん、救助は任せたよ!」
ユアをはじめとするミニドラゴンの幻影を呼び出し、少女の後を追わせる。あえて距離を取って少女を追跡するシアニへ、ミニドラゴンから情報が念話でもたらされる。
(5mの高さを飛び越えたって!?)
当たりだ。シアニは足へ力を込め加速した。曲がり角を直角に曲がり、ミニドラゴンたちと力を合わせて袋小路へ少女を追い詰める。少女は無表情のままシアニへ銃口を向ける。
「ねえ、ミカ先輩を知ってる?」
ハンマーで牽制しながら近づくシアニ。少女は自分が逃れられないとわかると、躊躇せずこめかみへ拳銃をあてた。ぽっかりと開いたまなこには何の感情もない。軽い破裂音が響き、少女がくずおれる。滴る血が青に染まっていく。シアニは口元を抑えた。
「……そんな、自分で死を選ぶなんて……」
倒すべき相手ではあった。だが、せめてよき来世をと祈りを込めて倒そう。我知らずそう考えていたシアニは、首をふると少女へ近づき、そっと開いたままの目を閉じてやり、黙祷した。
「人間に擬態してまぎれこむ機械か……厄介だね」
赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)は顎へ手をやった。
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)もうなずいて続ける。
「現時点で最も恐ろしいのは、スワンプマンによってヨンタの人々の恐怖心が煽られることだ。疑心暗鬼に陥ってしまったら、復興はおろかオーラムに再度目をつけられる事態になりかねない」
「やだよ。せっかく救った街がまた蹂躙されるなんて……」
リツが顔をしかめ、軽くうなる。鋭い眼光がさらに鋭くなる。リツはポケットへ手を突っ込み、手のひらに乗るサイズの鳥の模型を取り出した。クラウスがそれを見てほうと感嘆の吐息をこぼす。
「精巧な作りだね。ミニチュアマシンカスタムタイプBD1323、ハチドリ型か」
「クラウス君、僕よりくわしい」
「すまない、マシンを見ると、つい。ほかにもあるだろうか」
「うん、色んなタイプがあって気分と用途で使い分けてるんだ。今日は見ての通り、地味な色のハチドリ。こいつはホバリングもできて便利。これで人混みを探ろうと思ってる」
「いい案だ」
「クラウス君はどうする?」
「……こうする」
クラウスが突然ナイフを壁に向かって投げた。リツが驚いていると、クラウスは壁へ近寄り、無造作にヤモリを捕まえる。ナイフで首をやられたヤモリが、クラウスの手の中でもぞもぞ動いている。
「ん? それ、ほんとうにヤモリ? マシンだよね?」
リツに向かってクラウスがうなずく。
「お察しの通り、スパイボットだ。九分九厘、スワンプマンが放ったものだね。こちらの動きが読まれる前に仕掛けてしまおう」
「仕掛けるって、なにを?」
「ハッキング」
こともなげにそういうと、クラウスはヤモリ型スパイボットを分解しはじめた。カメラアイを中心にした簡単な作りだ。クラウスはボットへ情報処理端末を接続し、手のひらサイズのモニタへデータを吐き出させる。ぶつぎりになった情報が端末の表面を流れていく。……侵入……南部エリア……3体……定時連絡……5分後……リツさんTOPおめ……。
「なんか違うの混じってなかった?」
「なんか違うの混じってたけど、よくあることだね」
クラウスは熱心にコードを書き換えていく。
「信号を書き換えれば、スワンプマンの視界をジャックできそう。5分後に定時連絡とあったから、他の個体と接触する可能性が高い」
「了解、がんばって。その間は偵察を兼ねてこっちもミニチュアバードを飛ばしておくよ」
すいとリツの手から鳥が飛び上がる。鳥は忙しなく行き交う人々の上を飛んでいく。リツは鳥からの情報をスマホに転送させ、つぶさに観察する。その横でクラウスが手を止めた。
「……コンプリート。南東、第4交差点近くにこのボットを操っているスワンプマンがいる。行こう」
「うん」
クラウスとリツは走り出した。二人の前を案内するようにミニチュアバードが飛んでいく。人混みに入った二人は、不自然にならないように流れを横切る。
「いた」
スマホに映った映像を拡大しながら、リツがつぶやく。
「髪型は違うけど、同じ顔の女の子が3人いるよ。二人ならまあ考えられなくもないけど、三人はさすがにあやしいね」
「そのうち4時の方向にいるのが、俺のハッキングしたスワンプマンだ」
「接触する? クラウス君、どうする?」
「人混みで戦闘はまずい」
「そうだね」
リツとクラウスが見守る中で、三体のスワンプマンがつかのま動きを止め、視線を交わしあう。情報を共有しているのだろう。そしてまた、それぞれが別の方向に散っていく。
「ハッキングできたやつは泳がす。ミカの居所を特定できるかもしれない」
「よし、僕たちはハックできてないやつを倒そう。右へ行く!」
「俺は左へ」
クラウスが人混みに溶ける。最初から居なかったかのように気配が消える。忍び足も駆使しているのだろうが、それにしてもと、リツは内心舌を巻いた。兵隊としてこの√ウォーゾーンで叩き上げられてきた成果だろう、クラウスの過ごしてきた日々を思うと、リツも背筋が伸びる思いになる。
「負けてられないな」
リツは、ふいと路地裏へ入ったスワンプマンを追う。少女の見た目の機械が、ようやくリツに気づく。一目散に逃げ出した彼女を追って、リツも走る。少女はごみごみした細い通りを走り抜ける。女を突き飛ばし、子どもを蹴り、障害物を飛び越えながら。ようやく通りを抜けると、スワンプマンは振り向いた。
「やあ」
スワンプマンが目を見開く。あれほどの障害物がありながら、リツはすでにスワンプマンの背後へ迫っていた。
「種明かしをしようか、僕、空中ダッシュが得意でね」
異形化した腕がスワンプマンの腹へ叩き込まれた。粘液質な重い音と金属がすれあう甲高い音、両方がたつ。腹を破かれた少女型機械は、青く酸化する血を撒き散らしながら地へ伏せた。
「ふう……」
人間の形をしたものを壊すのは、うしろめたい気分になるものだ。リツは肩をすくめ、倒れた機械の着ている服を整えてやった。
「待たせた」
「わあっ!」
ぬっとクラウスが現れる。片手にはスワンプマンの首を持っていた。
「あるかないかわかんない心臓がバクバク言ってるよ」
「すまないリツ、驚かせてしまって。この生首は、倒したスワンプマンのデータを解析するのに使っているんだ」
「……そう」
容赦の無さは、さすが√ウォーゾーン出身とリツは感じた。クラウスは端末の表面をたぐりながら、口を開く。
「ミカだが、死んだという情報が無い。まだ生きていると考えて差し支えないだろう」
「そっか、ほっとしたよ」
リツのスマホがぴろんと鳴る。メッセージの着信だ。クラウスがうなずく。
「情報共有のため、仲間全員へ詳細を送った。今回は特に頼れる仲間達だ、しっかり協力しよう」
静かに見えるクラウスの青い瞳には、信頼が浮かんでいた。
「うーん……」
三珂薙・律(はずれもの・h01989)が真剣な顔のまま固まっている。シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は彼の背をぽんと叩いた。
「どうしました?」
「じつは俺は機械音痴でだね」
「あら、私もです!」
「不安が強くなるから冗談はやめてほしい」
冗談じゃないのに、とシンシアは思ったが、口には出さなかった。律はあごをつまむ。
「スワンプマンを探すとのことだが、どんな姿見をしているのやら、見当がつかない。間者ゆえ当然のことではあるが、何を目星にすればいいやら……ん?」
「あら」
律とシンシアが同時にこめかみをおさえた。両者は視線を合わせる。
「……これは、クラウスさんからですね」
「なるほど、視覚イメェジというやつだな。同じ顔の少女。なるほど、この姿見を探せばいいのか。かたじけない」
「ミカさんは生きているとの情報もありますよ。うれしいですね。がんばりましょう」
クラウスはメッセージを飛ばしたに過ぎないのだが、第六感と幸運にめぐまれたふたりはそれをおのおのの方法で無事受信できたようだった。ミカの生存は特にありがたい情報だ。闇雲に探る必要がなくなったのもおおいに助かる。
律は高ぶる闘志をおくびにもださず低い声を出す。
「間者は恐らく四タを通り川崎市中心部を狙うとの事、抜け道等がないか、見落とさずに捜索したいところだ」
シンシアもかるく拳を握る。
「倒せば倒すほど、四タの皆さんを守れる上に、ミカさんへも近づけるという状況ですね。かたっぱしからいきましょう」
ふわりと淑女の金髪が浮かび上がる。クラゲのようなインビジブルがシンシアの周囲へ集う。インビジブルは、普段からそこここに存在してはいるものだ。姿形が見えるということはシンシアのオーラをすすって力をつけたということ。
「いらっしゃい、私の頼れる皆さま。点呼しますよー。エクレア、タルト、マカロン、タルト、ロールケーキ、タルト、シャーベット、タルト……」
タルトが食べたいんだな、と律は思った。常にふわふわして見えるシンシアだが、彼女のインビジブル操作は一級品。その点は律も高く評価している。だが、手数という点では律も負けてはいない。
「さあ来い、やれ来い、いざ来い、今宵。デモクラシィの夜がくる。百鬼夜行の夜がくる。……おいで、ちょっとばかり、手を貸してくれないかい?」
ぞろりと影という影、隙間という隙間から妖怪が姿を表す。狸、狐、河童、人に化けるのがうまく、まぎれるのも上手な妖怪たちだ。彼らは視線だけで了承の意を律へ告げる。
「心強い味方ですね」
「ああ、俺の粒ぞろいの配下たちだ。川崎方面へ向けて、しらみつぶしに参ろう」
「では妖怪さんたちの目の届きにくいところを、私の頼れる皆様にお願いしましょう。ではみなさーん、高度の柔軟性を維持しつつ臨機応変にいきましょう、スワンプマンを発見した方へはごほうびにちゅうしてさしあげます」
いろめきたったクラゲ型インビジブルがすいっと上空へあがっていく。地下都市においても、やはり上からの索敵は強い。律も律で、影を渡り歩く妖怪たちの力を借りている。あとは追い詰めるだけだ。
……スワンプマン03は、思考回路に違和感の火花を感じていた。合流地点へたどりついても、定時連絡を取るべき相手が見つからない。この場で5体の同型種と落ち合うはずだったのに、予定が崩壊した。
緊急事態。頭の中でアラートが鳴る。03はすぐに川崎方面へ向かう路地裏へ入る。周囲をクリアリングしつつ、人間では不可能な速さで路地を駆け抜ける。非常時専用の回線を開き、同型種へ呼びかける。応答せよ。応答せよ。しかしいらえはない。03はますます警戒を強くし、走るスピードをあげた。周囲を気にしつつも、人気のない場所へと移動していく。
やがてヨンタ外郭部、打ち捨てられた工事現場へ03はたどり着いた。ここにある人物が捕縛されているのだ。現在の優先度最上位を検索すれば、その人物を羽田神社へ移動させるべきとある。
しくじった。03はそう考えた。その人物を使ったヨンタの恐喝は未遂のまま終わった。かくなるうえはすぐにもその人物、ミカ・タダヨを羽田神社まで移動させなければ。
03は銃をかまえ、すり足で前進する。03は機械だ。それでいて非論理的な、不吉な感覚に支配されていた。虫の知らせ、とでも言うべきものが、彼女に引き返せと告げている。
03が立ち止まった。思考回路がうまく噛み合わない。判断ができない。こんなことは初めてだ。ミカを放棄しすぐにこの場を去るべし、ミカを確保し羽田神社へ移動させるべし。ふたつの思考がうなりをあげてぶつかっている。
ガチリ。
足元から音がした。03はすぐさま足元へ銃を向ける。
03の眼の前で、マンホールの蓋が動く。邪険に横へ跳ね除けられた蓋の下から、人間ではない何かが這い出してくる。03の銃が火を吹いた。何かは身を震わせてうめき、マンホールの底へ戻っていく。03はほっとしてマンホールから離れる。
ふわ、となにかが視界を横切る。白い、女の姿のような。03は必死に脳内を検索する。高度な知能が弾き出したのは、心霊現象、などというばかげた結論だった。
03はいらだちを覚え、白い影に向かって銃を乱射した。
「引き付けご苦労」
03の思考が停止する。いつのまにだろう。劔が03の首元にあった。誰かが背後に立っている。
「もう逃げられんよ」
それが三珂薙・律だと認識する直前で、03の首は落とされ、機能を停止した。
「これで最後、か」
律はうしろを振り返る。そこではシンシアが白髪をひっつめた老婆に肩を貸していた。
「御婦人ミカ、ご無事で何よりです」
やわらかな笑みを浮かべ、シンシアはミカを勇気づける。
「まずはお水と甘いもので英気を養ってください。タルトなんていかが?」
ミカは渋い笑みを浮かべた。
「酒ぇ、持ってきな。あたしゃ辛党なんだよ」
第3章 集団戦 『火炎機械虫『フライボム』』

一同は、ミカ・タダヨと合流した。
彼女に外傷はなく、シンシアが魔法で取り出したキッシュを食べると、ミカの足取りはしっかりしたものとなった。
「まずは助けてくれてありがとう。あたし個人として、そしてヨンタの正式なオヤカタとして、礼を言う」
「元気そうでよかった!」
ぎゅっとシアニがミカの腕へ抱きつく。
「かわいいおじょうちゃんだね。ふふ、あたしの孫を思い出すよ」
「お孫さんがいらっしゃるのですか?」
リツの言葉にミカはうなずく。
「ああ。ナカ・マッダーヨって子さ。あたしのたったひとりの孫だとも。羽田神社に囚われているんだ。そのせいで判断をミスっちまってね。ナカを助けたくば一人で来い、なんて甘言にノッちまってこのザマさ」
おまえさんたちにもヨンタの人たちにも迷惑をかけたね。ミカは苦しげにそう言う。
律が首を振った。
「うかつではあったかもしれないが、悪いのは人の弱みに付け込むオーラムだろう。戦う相手を間違えてはならない」
「しみるねぇ。ありがとうよ」
ミカはあらためて頭を下げた。シンシアが口を開く。
「羽田神社のナカの件はどうします?」
「助けに行ってもらいたいのが本音さ。だけど、まず、あたしらはウッラの野郎からヨンタを守らなきゃならないようだよ」
「ウッラから?」
クラウスが怪訝そうに言う。ミカが口から炎を吐いた。
「あの野郎、ほんとうにバカな男だよ。オーラムとの取引なんて真っ赤な嘘、あいつ、騙されて機械の体にされちまったのさ!」
「そうか、機械に……」
クラウスがうつむく。おそらく、ウッラは身の安全を求めて抜け駆けした結果、オーラムに殺害されてしまったのだ。そして記憶と人格だけが取り出され、機械に移植されているのだろう。悲しいことだが、√ウォーゾーンにおいて、なくはない話だ。
ミカが続ける。
「盗み聞いたんだけどね、ウッラは、いや、元ウッラの精神をコピーした『フライボム』は、川崎市方面第八ゲートから侵入するらしい。ヨンタが危ない、お願いだ。助けてほしい。それから、あたしが言えた義理じゃないかも知れないが……ウッラを機械の体から解放してやっとくれ」
『フライボム』か、とあなたは感じた。自分だけ助かりたいと願ったウッラが自爆と特攻を繰り返す『フライボム』にされてしまうとは、皮肉がすぎる。
あなたはうなずいた。『フライボム』を破壊し尽くす。それが、ヨンタを守ることになり、そしてウッラを救うことになるのだ。
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システムメッセージ
作戦2:オーラム派機械群の壊滅、第三章です。
あなたはヨンタ川崎市方面第八ゲートへ移動しました。戦闘に問題のないエリアです。フライボムを可能な限り多く倒しましょう。
恨みに狂ったウッラは罵詈雑言を吐きながらあなたへ襲いかかってきます。余裕があれば説教してやりましょう。やったことは許されませんが、ウッラもオーラムに騙された、ある意味哀れな男です。きっちり引導を渡してあげてください。
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システムメッセージ
新規シナリオ「⚡オーラム逆侵攻~一番大事なコトだけ覚えてて」が発生しました。羽田神社でナカ・マッダーヨたちと共に戦うシナリオです。気が向いたらご覧になってください。
羽田空港第四ターミナル、川崎市方面、第八ゲート。
破壊されたシャッターの向こうに青空が見える。悲しいくらい透き通った夏の空色だ。まばゆい太陽光が歪んだ鋼で乱反射していて、場違いに幻想的な雰囲気を醸し出していた。
その空の青に溶けゆきそうな、青い肌の少女が進み出る。
「出ておいでよ」
少女は静かに言う。逆光で黒く染まった第八ゲートの輪郭が、ぞわりとうごめく。気配を消していたフライボムが活動を始めたのだ。
うひひひ、ひいひいひい、ぐるおおおおお。
うつろな空間へ、フライボムから放たれた声が広がっていく。やけっぱちな笑い、悲嘆にくれた泣き声、憎しみと怒りで煮えたぎった唸り。たかが自爆兵器が、こんなにも感情豊かであるはずがない。少女、シアニ・レンツィ(不完全な竜人・h02503)は理解する。ミツバチのようにうごめいているこのフライボムこそは、ヨンタを売り飛ばしたウッラ・ギリーモンの成れの果てだと。
(ひどい、許せない)
シアニは片足を後ろへ下げ、重心を落として竜脈の魔杖をかまえる。深い青の宝玉は厳かな空気をまとっていた。杖で彼我の距離を測りながら、シアニは思う。
(そりゃ、ウッラさんは許されないことをしたと思う。叱られても、やり返されても仕方ないのかもしれないよ)
目の前でせわしなく動く回るフライボムの群れは、昆虫にしか見えない。人間の尊厳などみじんも感じさせない姿。
(罪は裁かれるべき。でもそれをしていいのはヨンタの人たちだ。嘘つきの機械たちなんかが、死んじゃったあとも苦しめるような真似しないでよ…!)
シアニは息を吸う。空気が揺れて、ミニドラゴンたちが姿をあらわす。最初に来てくれたのは、やっぱりユア。緑のうろこがきらめいている。ミニドラゴンたちはシアニの友人だ。そして同じ心を分かち合っている。小さな竜は、どの個体もシアニの抱く悲しみを共有していた。
もぞもぞしていたフライボムが動きを止める。死んだように固まったままのフライボムから、シアニは視線を感じた。恨みと憎しみと嘆きが混じった視線が、敵意もあらわにシアニへ突き刺さる。
シアニは自分の腕をひっかく。にじみだした血を杖が吸う。青い宝玉がぼんやりと光りだした。シアニは杖をバトンのようにまわし、切っ先をぴたりとフライボムへ向ける。
「……シアニビーム!」
極太レーザーがはなたれる。すさまじい破壊の嵐が空間を歪曲させ、フライボムの視界を焼いた。
言葉はいらない。生半可な言葉はきっと、ウッラへさらに惨めな思いをさせるだろう。シアニは続けてミニドラゴンたちへ突撃を指示する。小さな竜が火の玉を吐く。着弾し、爆発するたびに、フライボムが砕けていく。シアニは杖を一回転させてハンマーに変える。
(仇はきっととるから。ゆっくり眠ってね。助けられなくてごめんなさい)
ハンマーでとどめをさし、フライボムの機能を停止させる。シアニは駆けた。引導を渡すために、ウッラを解放するために。
「ヨンタの皆さんを見捨てて自分だけ助かろうなどという浅ましい考えがいけないのです」
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)が片手に魔導書を抱えたまま声をあげる。いつもやわらかな表情のシンシアが、本気で怒っている。激怒している。
「だいたい戦闘機械群がまともに人類と交渉してくれる訳ないじゃないですか!」
感情が高まりすぎたのか、シンシアの瞳には涙が浮いている。真珠のように美しい涙が、頬を伝う。シンシアはそれをぬぐいもせず、言葉を吐き出す。
「愚かです、愚かです、あまりにも! 四タを捨て、人々を見殺しにし、自分だけが助かろうなどと! その結果がこれですよ、反省すらできない体にされて……!」
ウッラの所業については、情状酌量の余地はない。だからといって、あまりにあんまりではなかろうかと、シンシアは感じていた。
シンシアは深呼吸をし、高ぶりすぎた感情をおさえる。涙の痕もそのままにフライボムをにらみつける。
「せめてもの弔いとして……今ヨンタで生きる皆さんのためにも、ここはしっかり戦うしかありませんね」
赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)もまた、沈鬱な表情を隠しきれない。
(疑って申し訳なかったな……ウッラが他にも何か企んでたらどうしようと心配したけど……ウッラも騙されていたんだね)
√ウォーゾーンは人の命が軽い。死と隣り合わせの日常、それがどれほど心身を疲弊させるか、考えただけでリツは悲しくなる。
「ギョロ」
リツがガラス瓶を取り出す。赤い物がたっぷり詰まった瓶の蓋を開ける。それを左腕へそそいでいく。とくとくとそそがれる、それは血だ。血液だ。力と意思の媒介だ。血をそそがれた左腕が不自然に膨れ上がり、みちりと赤黒い肉の塊へ変わる。手の甲に生まれた目玉がにんまりと笑う。
「行こう」
「ええ」
リツにうながされ、シンシアは魔導書を開く。
「遠き空にて星が砕ける。知る由もない、私たち誰とて。あまりに遠き、遠きゆえ。なれどここにその片鱗を、輝きの最後のひとかけらを」
崩壊の呪句がことわりを曲げ、超新星爆発と空間をつなげる。それは大河の一滴にも等しい規模ではあったが、フライボムを吹き飛ばすには十分だった。さんざめく輝きがフライボムを穿つ。星の最後の命の証が、死と破壊をもたらす。再生への祈りを込めて。
シンシアの読みどおり、フライボムの数は多い。広範囲をカバーする攻撃が有効だった。
ぴいいいいぎいいい! があああああ! あちこちでフライボムの、いやウッラの悲鳴が響く。
『くそあ! しね、しねしねしねえ! 畜生、なんで俺だけが! ああああ!』
フライボムがシンシアへ向けて突進する。しかしシンシアは動かない。戦場を同じくするリツへ信頼を置いている。その信頼へ応えて、リツは異形の剛腕を振るい、シンシアへ近づくフライボムを叩き落としていく。
壊れかけのフライボムが赤いナノマシンの結晶体を作り出す。リツは腕を伸ばした。結晶体ごとフライボムを握り締め、重圧をかけていく。へしゃげていくフライボムをながめながら、リツはギョロを通して手のひらに伝わるささくれた感情を探知した。
「そっか……怖かったんだね。ウッラも」
くしゃりと、フライボムを握りつぶす。
「たくさん攻め込んでくると知ったら怖いと思うのは仕方ない。いつ終わるかわからない闘争にさらされる苦しみはわかる。でもだからといって、一緒に暮らしてきた人達を泣かせていい事にはならないよ……」
手のひらを開き、バラバラの部品となったフライボムを解放する。落ちていく金属パーツが、ウッラの涙のように見える。
「どうか、安らかに」
リツは短く祈りをささげ、さらに剛腕を振るう。
いやだ、もうこんなのは。俺は安全な場所へ行きたかっただけなのに。
くそおくそおお、ヨンタのやつら、俺をみくびりやがって。
帰りたい、帰りたいよお。こんなことになるなんて思わなかったんだよお。
戦場全体を悲痛な声が覆っている。わがままで、自己中心的で、自分のことしか考えていないとわかる嘆きを耳にし、三珂薙・律(はずれもの・h01989)は鼻で笑った。
「はっは、よく吠える元気はあるようだ。因果応報というやつではないかな? 墓穴を掘ったものはたいてい、こんなはずではなかったと言うものだ」
そのとなりで、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)はいつもの静かな視線で戦場を俯瞰していた。
(可哀想、だな)
フライボムが恨み言を吐けば吐くほど、その哀れさが極まっていく。
(こんな終わりはウッラ自身も望んでいなかった筈だ。許されないことをしたとしても、最期は人として死なせてやりたいな)
クラウスが一歩前へ出る。その背を守るように、律が退魔劔珠月をかまえる。背中合わせのままふたりは機をうかがう。緊張感がふくれあがっていく。耐えられなかったのはフライボムのほうだった、なだれのように二人へ襲いかかる。
「ふっ」
クラウスが跳ねる。手近なフライボムの上へ着地。衝撃に耐えきれなかったフライボムが地面へ落ち、コンクリートを削りながら壊れていく。クラウスはさらに次のフライボムへ狙いをつける。跳んで、落として、さらに蹴りとばす。クラウスの動きは俊敏で、数の多いフライボムは同士討ちを誘われる。
「ウッラ」
自爆用量産機体がクラウス目掛けて襲いかかる。それらを正確に撃ち落としながら、クラウスはフライボムへ声をかける。
「お前が売ったヨンタの街は無事だよ」
一瞬、フライボムの動きが止まった。クラウスが雷光弾を装填する。着弾後、稲妻による範囲攻撃を行う特殊弾頭だ。
「だから、安心して眠るといい」
引き金を引く。発射された雷光弾が空気を引き裂く。二体のフライボムを貫通し、三体目へ着弾、炸裂。稲妻がドーム状に走り、巻き込まれたフライボムがショートする。
律はその稲妻を珠月で巻き取り、刃にいかづちを宿らせる。
「ウッラ……否、其の精神を持つ物よ。俺は君に対して同情の余地はないと思っている。ただ、半人故に人間の弱さも解ってしまうのだ」
律がその端正な顔立ちをゆがめる。笑み、そう呼ばれるであろう表情で、律はフライボムを見やる。
「……時は戻らん。しかし過ちを認め人間として更生すると云うならば助力しよう。ミカの頼みでもあるからな」
フライボムがざわめく。
ミカ、ミカ、ミカ! あの女が! ちくしょう、俺の目の上の瘤! ざけるな! くそったれが! お前も爆ぜて内臓ぶちまけろ!
律は薄く笑う。悲しみと自嘲のこもった視線を、フライボムへ投げかける。
「すでに憎悪に狂っていたか。度し難い。そして……愚かで愛い生き物よ」
クラウスのいかづちによって強化された珠月を水平にかまえ、律は宣言した。
「……此処で斬り伏せる」
律の背後にゆらりとなにかが現れた。巨大なそれは、天井につく勢いだ。餓娑髑髏の力を借り、律は踏みこむ。
(速い!)
クラウスですら目を見開く素早さでもって、律はフライボムを両断する。怨念をまとい、フライボムの怨念を吸い、さらに力を得て、律は水を得た魚のように回転しながら剣舞を舞う。
「さらばだ」
最後のフライボムが切り裂かれ、爆発した。
しんと静かになる。瓦礫まみれになった第八ゲートを眺めながら、クラウスはつぶやく。
「反攻作戦が上手く行ったら、この世界の人達は僅かにでも希望を抱くんだろうか。そうなれば、こんな悲劇も減るのかな」
「希望、か」
律が珠月を鞘へ納める。
「人は愚かで、情けなく、それでいてときに星のように輝く。どちらも人の本性だ。分かてるものではない。だからこそ、俺たちは歩まねばならない。人々の心に希望をともす道を」
「そうだね」
クラウスは小さく笑う。
「まだ俺たちは、何も成し遂げちゃいない。結果を出さないと」
クラウスが顔をあげる。律もまた。
「まずはこの壊れたシャッターを直してもらわなきゃだね」
「違いない」
シャッターの破れ目から、青空が見える。きれいな、夏の色が。