シナリオ

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【王権決死戦】◆天使化事変◆第8章『蟹の両爪』

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 その部屋には空があった。
 建物の中であるという事を忘れるほどどこまでも広大で、陽の光すら降り注いでいる。
 それは、シチリア島のかつての姿。その人物が守り受け継いだ光景だ。
「……」
 一人立つ男性は、踏み入った√能力者たちを見つけて右手で剣を抜く。左手には古代文字の刻まれた布——羅紗が巻き付けてあった。
「順番的に考えたら、あれが6代目だよな……」
「魔術と剣術を使うって話だったし間違いないだろう」
 敵の素性を確認していると、それは動き出す。魔術で風を起こして一気に迫り、その鋭い刃を振り下ろした。
 ガキン、と先頭に立っていた者が受け止め、周囲の仲間達も即座に戦闘態勢へと移る。しかし敵は一人の人間、的に対して得物が多すぎた。
「人数が多くても邪魔になるだけだ! 先に行ける奴は先に行け!」
 初撃を受け止めた者が叫び、出遅れた者たちが上階への階段を探す。幸いにも異空間に思えたその領域も、本来の部屋ほどのスペースしかないようですぐに見つかった。
 宙へと伸びる階段で上階へと向かう侵入者を一瞥して、けれど6代目塔主は追おうとはしない。
「……父さんなら、心配はいらないな」
 ただ信頼して、目の前だけに集中した。



『6代目塔主フェルディナンド二世は、剣術と魔術共に秀でているようですね。こちらも、王劍によって強化された戦術と領域についての情報を詠む事が出来たのでお伝えしておきます』

『戦術・|魔剣《ドゥーエ》。剣術と羅紗魔術を組み合わせた戦い方のようですね。その恐ろしい点は、二つの連携を崩せないところにあるでしょう。剣術を抑え込んでも魔術が、魔術を抑え込んでも剣術が、常に互いを補い合うため、一方を封じて弱体化を狙う、と言う作戦がかなり難しいと思われます。加えて、剣と羅紗の破壊も限りなく不可能に近い。敵の攻撃を常に意識しながら対処をするほかありません』

『領域・|延命潜伏《ペルマンテネレ》。傷や状態異常と言った、身体に変化をもたらす症状が姿を隠すようです。ただ、蓄積はされているので限界が来れば一気に崩れてしまうでしょう。これは6代目塔主だけでなく皆さんにも当てはまります。最後の最後まで全力を出し切ることが出来る利点はありますが、傷に気付かず無理をしてしまう欠点があるため、十分に気を付けて下さい』

『それと、6代目塔主の純粋な能力として、かなり視野が広く頭が回るようです。連携をとっても先回りして対処されるでしょう。器用貧乏と言うべきか、彼が得意とする技術はどちらも先代と先々代に劣っていると言いますし、火力で押し切る事が鍵になるかもしれません』

『戦いはどんどんと苛烈さを増しています。残念な事に√能力者の方々にも死者が出てしまったようです。私に出来る事は少ないですが、皆さんの無事をお祈りしています。どうか、お気をつけて』

 先を急ぐ者たちは、その蟹に足を止めさせられた。
 素早い動きに硬い殻。ただしそれは無視をしてもいい存在だった。
 けれど英雄ならばそれを踏み潰す。彼らにはその資格が求められていた。
 蟹の振るう両爪は、決して小さくはない。砕き折るにはより大きな足でなければ。
 侮って、刺し貫かれることなかれ。

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第1章 冒険 『強行突破せよ』


アリエル・スチュアート

 アリエル・スチュアートは、戦場へ向かおうとするその女を呼び止める。
「まさかこうしてアマランスと共闘出来るとは思ってもみなかったわ」
「……私が眠っている間に、随分と世話になったみたいね」
 アマランス・フューリーは、その視線を同行する羅紗魔術師達へと向けていた。その全てが√能力者たちと肩を並べていて、少し前まで殺し合ったとは思えない光景だ。
「貴女に言いたいことはあるけどそれは後ね。まずは6代目との戦いに行く前に聞きたい事があるわ」
「フェリーチェの、7代目の記憶から得た情報を教えろってわけね」
「その通り、さすがは組織をまとめてるだけあって頭も回るわね。それじゃあ、特に情報の少ない5代目マルクス・フェルディナンドについて、教えてくれない?」
 こちらの考えをお見通しな元敵を褒めて、情報提供を促す。調子の良さを見抜かれながらも、すっかり敵意の抜けた簒奪者は素直に教えてくれた。
「7代目との直接な関わりはなかったから信憑性は薄いけど、いいかしら?」
「ええ、手掛かりなら何でも欲しいもの」
 確実な情報ででないことも丁寧に前置きして、それは語られる。
「5代目の死因は、怪異との戦いらしいわ。見逃した怪異に背中を刺されたとか。よっぽど人がいいみたいね。不意打ちとか、命乞いとか、そう言うのには弱いんじゃないかしら」
「……悪人になれってことね」
「出来ないなら、私がしてあげもいいわよ」
「それはとっても頼もしいわ」
 二人は冗談まで交わし合った。互いに笑みをこぼして、深まっていく関係性にもう少し踏み込めそうだとアリエル・スチュアートは追加する。
「ところで、個人的に6代目がフェリーチェに何を期待して塔主を託したのかも気になるんだけど……」
「島はずっと閉鎖的だったせいで、島民の身分に格差が生まれてしまっていたらしいわ。6代目は怪異を片付け、島外での活動を始めて暮らしを豊かにはしていったらしいけど、格差の改善までには至らなかったみたい。7代目にはそこを期待したんでしょう。彼女の出身は貧しかったし、他よりも熱量持って動いてくれると見込んでたのよ」
「なるほどね……」
 とすっかり戦いには関係のない話になっていって、そしてそれは更に続けられた。
「それじゃあついでに、羅紗魔術についてもう少し詳しく知りたいのよね。|見様見真似の羅紗魔術《これ》、貴女を助けるために折角覚えたんだから」
「どれだけ聞きたい事があるのよ。けど今は時間がないみたいね」
 尽きない問いにアマランス・フューリーはついに呆れて、でもその口元は微笑んでいる。ただ言葉の途中で、戦いの開始が聞こえてきて、その場は一旦切り上げられた。
 最後に、「戦いが終わった後でなら」と約束をして。

白石・明日香

 白石・明日香はその強大な敵を前にして真っ先に飛び出した。
「ふん、オレが相手するから先に行きたい奴は行きな!」
 一気に距離を縮めようと跨るバイクを走らせて、牽制として飛んでくる羅紗魔術は左右に車体を傾かせ回避していく。そうして間合いに入ってすかさず、ライダーキックを繰り出した。
「あいさつ代わりだ!」
 ピンと伸ばした脚部に熱を帯びさせ、空中できりもみ回転することで攻撃範囲を広げる。しかしその分、命中率が下がってしまい、羅紗魔術を駆使して機動力を上げている6代目当主には避けられてしまった。
「じゃあこいつだ!」
 攻撃を外しながらも白石・明日香は止まらない。むしろ勢いを増して、今度は銃撃へと切り替えた。
 √能力で鮮血属性の弾丸を込め、接近した敵の頭、足、腕をめがけて零距離からたたき込む。ほとんどは避けられあるいは剣に弾かれるものの、雨のように降らせた一発だけ確かに右肩を抉った。
 けれどそれが6代目塔主の動きを鈍らせることはなく反撃と切り返してくる。
「っとやられるつもりもないぜ!」
 迫る斬撃を、乗り捨てたバイクをとっさに持ち上げ盾として防ぎつつ、更なる射撃で牽制して後退する時間を稼ぎ仕切り直した。
 距離を取って一息ついて、相手の状況を観察する。通った攻撃もあったが、大した傷は負わせられていない。やはり畳みかけなければ崩せないかと理解して。白石・明日香は追撃を仕掛けていった。
「ところでさ、この戦いはあんたの意思かい?」
 至近距離からの羅紗魔術は気合で致命傷を避けながら、余裕を見せびらかすように問いかける。投げられた言葉にその瞳は確かに理性を持った反応を示して、しかし応える必要はないと口を閉ざしたまま。
「だとしたら何のために戦っているんだ? いや、愚問か。操られていようと自身の意思だろうと立ち塞がる敵に違いない」
 続ける白石・明日香もすぐに問答の無意味を悟って。
 そうして少しでも敵を消耗させるため、彼女は攻撃を繰り返し続けた。

天霧・碧流

 天霧・碧流は星詠みから聞いた情報を思い浮かべながら、その戦場を見渡していた。
「傷が隠れる領域ねぇ。まー俺は、そもそも痛みは感じないし? いつも通りだな」
 例えこの体に傷が刻み込まれたとしてもむしろ|主人格《碧流》への贈り物で心地いいと、彼も戦いに参加する。
 とはいえ、絶対死領域で死ぬつもりなど毛頭ない。ダメージに気付かないというのは確かに引き際を誤る致命的な状況ではあると、考えを改めて兵装の力を借りておいた。
「俺は死に顔と寝顔は他人に見られたくないからな、防御には気をつけるか。ちと歯痒いが」
 保険として優秀な軽装型強化外骨格を身に着けてから、天霧・碧流も6代目塔主の眼前へと躍り出る。
 早速その兵装の飛行機能も加えながら間合いを詰め、手数重視の攻撃を繰り返した。ダメージは大して与えられていない。けれど、機動力は上回っていて、僅かながらも蓄積させていった。
 当然、相手も相応の手練れ。ヒットアンドアウェイを続けていれば対応され始める。次第に避けきれない攻撃が迫って、しかし兵装の備えるエネルギーバリアで防ぎ切った。
 相手が対応するその前に、√能力【|FORGOTTEN BALLAD《ワスレラレタサケビ》】を叩きこむ。
「こいつぁ、どうだ!?」
 重く頑丈な金属バッドを、身体の限界まで振り切った。それは右腕の骨を折るほどの威力で、ただ領域の効果によってそれは十全な威力を発揮する。
「——ッ」
 6代目塔主は咄嗟に羅紗を撒いた左腕を割り込ませるが、その衝撃を抑え込めずに吹き飛んだ。勢い良く部屋の端まで飛ばして、ホームラン気分を味わう天霧・碧流だったが、ふとそれに気付く。
「なんだ? 糸?」
 バッドに繋がれる細い糸。視線をやったその瞬間、それはピンと張られる。
 そして、繋がる羅紗を一気に引き寄せた。
「ちっ!?」
 一瞬の肉薄。迫った刃を避け切るには時間が足りず、僅かに後退して致命傷を避けた。深々と切り裂かれて血が流れ、そこへ天霧・碧流は√能力【|溢れる想像力《オーバーフロー・イマジネーション》】でその戦術をコピーする。
「お前も痛みを感じないんだ、ならぶっ倒れるまで叩きつけ合うしかないよな、お互い!」
 右腕の状態は隠されて見えなかったが、それでもまだ振るえると拳を握り込む。そうしてコピーした急接近の術を駆使して、再び強大な一撃を叩きこむのだった。

広瀬・御影

 広瀬・御影は兵装『お守り(カレー味)』の効果が切れていないかを確かめるように匂いを嗅いでから、これから戦う敵を見やった。
「限界まで削り切れって話かニャ。火力勝負って僕向かないワンけど、まぁやるしかないか」
 お守りをしまって拳銃を取り出し、6代目塔主の注意を引き付ける。
「覚悟はしているけど犠牲を出したい訳ではニャイのでね。みーくんは、無事戦闘終えられるよう注意深く足場固めしようかワン」
 深追いせず深追いさせずをモットーに、適度に距離を取りながら攻撃を繰り出していき、それと共に√能力【|捕捉完了《ターゲット》】で周囲の味方へと雷妖による支援も行った。
「とりあえず右手を狙うニャン」
 効果的な戦術は思いつかなかった。けれど後続の者たちにも繋げられるよう、一カ所に攻撃を集中してダメージの蓄積を狙っていく。
 そうしながらも敵の動きを常に把握して、大きな動きをしようとすればすぐに仲間達へと警告。広瀬・御影は宣言通りに、仲間達が有利に戦えるよう足場を固めていくのだった。

アイラザード・ゲヘナ

「さすがに、ボクの力では厳しくなってきました」
 アイラザード・ゲヘナは相対する敵の強大さに己の力不足を感じていた。共に戦っている√能力者たちとは違って、彼女はその特殊な力を持っていない。
 その身を強化する術も、強力な一撃も、他に比べてしまえばかなり劣る。
 それでも、と敗北の未来から背いて足を一歩前に踏み出した。
「騎士道大原則ひと~つ。騎士たるもの敵に後ろを見せてはならない。!!」
 例え非力だとしてもそれが屈する理由にはならないからと、勇気を奮い立たせる。
「ボクの騎士道は折れないのです。行きますよレオ!!」
「素直に強行突破と言え」
 両手に構える大剣は相変わらずの口の悪さで応えて、それに構わずアイラザード・ゲヘナは刃を振るった。
 存在感ある残像を囮にしてダッシュで駆け抜け、ギリギリのところで相手の攻撃をかわし、隙が出来たその瞬間に大剣を叩きこむ。
「てぁああっ!!!」
 簡単に受け止められてしまう。追撃も間に合わず吹き飛ばされた。
 けれど天使として、この戦いから退くわけにはいかないとアイラザード・ゲヘナは、戦い続けるのだった。

ルイ・ラクリマトイオ
眞継・正信

 ルイ・ラクリマトイオは、建物の中とは思えないその光景に思わず見とれる。
「シチリア、本来はこのように美しい場所なのですね。…いえ、今は目の前の戦い、そして先に進む方たちの為に」
 黄昏を迎える前の√汎神解剖機関の町並みは、人の気配がなくとも活気があった。けれど今は気を取られている場合ではないと、敵の動向に集中する。
 その隣で、眞継・正信は人を探すようにキョロキョロと辺りを見渡していた。
「……ヴォルフガング君たちと動くつもりだったが、どうやら少し早く着き過ぎたみたいだね」
「下の階で兵装の調整をしているのではなかったですか?」
「そうだったか。それならば彼らが活躍できるよう、場を整えておいてあげよう」
「はい。この身は惜しまず、使ってください」
 そう言うと、ルイ・ラクリマトイオは√能力【|付喪八百万の儀【牙筆】《バンブツヲシルスモノ》】を使用して神器となる。それを手に収めた眞継・正信も√能力【|漆黒の外套《クロノガイトウ》】を発動し、『Orge』とのインビジブル融合も果たした上で、戦いの準備を整えた。
 神器から発せられるバリアによる防御が相手の攻撃を阻む。近接では向こうに分があると考え距離を取り、神器『牙筆』による魔法を素早く詠唱して放っていった。
 当然、敵は自分の得意へと誘い込もうとする。6代目塔主は一気に距離を縮めてきてその剣を振り下ろした。近接戦となって眞継・正信は咄嗟に武器を持ち換えて、鉤爪で敵の装甲を貫いていく。
「……しかし、どれほどのダメージを与えられているか分からないな」
「やはり戦い難い領域ですね。こちらも早めの撤退を意識したほうがいいでしょう」
 負傷を隠してしまう空間において、確かに攻撃は入っているはずだが敵は手を緩めない。相手以上に領域の力の厄介さを、二人は覚えていた。
「知らぬ間のダメージもあるだろう。そちらも和らげなければな」
「可能な限りはこちらで注意しておきます」
 優勢へと傾き切らない状況に、徐々に手堅い戦術を取らざるを得なくなるのだった。

霧島・光希

 霧島・光希は先を急ぐ者たちを見つめて剣を抜く。
「やる事はさっきと同じだ。『ここは任された』──悪いが、押し通るぞッ!!」
 歴代塔主との戦いが続いている。彼らが何者なのか、そもそもなぜ戦わなければいけないのか、霧島・光希は分からないでいた。
 それでもここで足を止めてしまえば、助けられない者がいる。みんなで生きて帰ると誓ったのだから迷ってはいられないと強引に前へと進んだ。
 複数の√能力者たちを相手に器用な立ち回りを見せる6代目塔主。それに対応するため、√能力【|“接続”《アクセス》】を発動し、自身の周囲の空間から滲み出る奇怪な暗影の触手を8本呼び出した上で、この身に宿る謎めいたエネルギーの出力を上げ、己だけでなく護衛・影の騎士の機動力、戦闘力も増加させる。
 その直後に、√能力【|双騎士連撃《デュアルナイツ・コンボ》】を繰り出した。
「(——捉えたッ)」
 先ほど出現させた暗影の触手を投射するとともに自身も突貫し、|左右の竜血武器《イグニス&ステラ》から属性弾を放つ。相手の体で弾けたと同時、影の騎士が『暗影の襲撃』による強襲を仕掛け、敵の対処が一瞬でも綻んだ隙へと霧島・光希自身と影の騎士、二人で息を合わせた強撃を叩きこんだ。
 確かな感触があって、しかしそれは自分だけ。
「(影の騎士の方だけ、攻撃のタイミングがずらされた……!?)」
 全く同タイミングで振り下ろした剣だったはずが、騎士の方は力の乗り切る前に魔術で勢いを減衰させられ、十分な威力を発揮出来ずにあしらわれていた。一人分の膂力であれば6代目塔主はその剣で受け止めてしまっていて、すぐに反撃を繰り出してくる。
 咄嗟に飛び退り、影の騎士との連携を確認した。
「(影の騎士は自分にしか見えていないはずだけど、これまでの動きで見抜かれたのかな……この短時間でこっちの癖を読まれ始めているのかもしれない)」
 さすがに一筋縄ではいかないなと相手の力量を再認識して、霧島・光希は再び剣を振るうのだった。 

角隈・礼文

 角隈・礼文は悠々とその空間へと足を踏み入れる。
「ほっほっほ。歴代塔主と対面できるとは興味深い! 再現性があれば過去の人物たちと対談が叶う……うむ、楽しみですぞ!」
 高らかな笑いを上げるその後ろでは、これまでと同様に羅紗魔術師のミーナとカイもついてきていた。|先ほど《第7章で》、長々と講義を聞かされた二人はすっかり疲弊しきった表情を見せている。
「さて、先に進むためにも。フェルディナンド二世との戦いに入りましょう。ミーナさん、カイさんは後方支援を頼みます。ええ、命を大事に」
 力有する書物を二人が変わらず持っている事を確認してからそう指示を出して、それから角隈・礼文の視線はもう一人へと向いた。
「此度は呉越同舟。よろしく頼みますぞ、アマランスさん」
「え、ええ……」
 アマランス・フューリーは、輝く眼にどこか引き気味で応える。
 どうにも彼女と別の√能力者が交わしていた会話を角隈・礼文は漏れ聞いてしまったようで、戦いが終わった後に羅紗魔術を教わるという約束を強引に取り付けられたらしい。
 だからこそその研究者はウキウキと、早い決着を望んで前へと出る。
「……魔剣。武力に秀でる方は強敵だと理解しておりますとも。ですのでこちらは出し惜しみなく、初手に全力魔法の一撃に注ぎます!」
 駆け引きも何もなく、√能力【|小魔力相互供給《オド・パス・ファインド》】で共有し、溜めた魔力を込めた純粋なエネルギーの塊を対象へとただ向けた。
 マジックブラストと名付けたそれにより、敵の剣と羅紗をまとめて攻撃する。直撃するも、6代目塔主はひるむ様子は見せなかったが、確かなダメージは与えられただろうとすぐに後ろへと下がって味方への支援役に加わった。
 それから回復用ケーキを√能力【怪異解剖執刀術】で切り分け味方の救助活動に勤しみながらふと零す。
「ああ、戦いが終わった後が楽しみですなぁ!」
「………」
 聞こえてきた声にアマランス・フューリーは気が重くなっていて、その研究者の一端を知った羅紗魔術師達も、離反しようとした上司ながらに同情を向けるのだった。

御剣・峰
ルメル・グリザイユ

 御剣・峰は6代目塔主の振り下ろす剣を受け止めた。つばぜり合いをしながら連れを一瞥する。
「私の連れは臆病者でな。だから私が相手をしてやる。なに、騙し討ちや不意打ちは嫌いだ。私はしない。私は、な」
「ふふ、臆病者だなんて失礼だなあ~。僕はただ、その時々で一番手っ取り早い手段を選んでいるだけだよお」
 距離を置きながらもしっかりと聞こえていたルメル・グリザイユはニコニコと訂正をしながら、準備を整えようとしていた。
「さて…それじゃさっさと終わらせよっか」
 攻撃を宣言した後に上着を脱ぎ、右手にナイフ、左手に改造したマチェット状の詠唱錬成剣を握り、自らも戦いへと加わる。
 御剣・峰と刃を交わして硬直状態でいた6代目塔主は、痺れを切らしたかのように左手で魔術を行使した。御剣・峰は自分でその対処をしようとしたが、割り込むようにしてルメル・グリザイユが庇う。
「峰ちゃん、先にやらせてもらうよ」
「仕方ないな」
 入れ替わるようにして6代目塔主の前に立ち、続く剣術を詠唱錬成剣で見切り受け流し、挟み込んでくる魔術には兵装『お守り(カレー味)』の霊的防護で弾いた。そうして手番が巡ってきて、魔術での爆破で目眩ましをする。
 一瞬、敵の視界が塞がれたその隙に、正面から左手の剣を振りかぶって、ただしそれは囮だった。
 右手を敵の死角へと転移させ、不意打ちの一撃を忍ばせる。ナイフが6代目塔主の首を狙って、だがそれは受け流された。
「えー? 視野広すぎない?」
「それじゃあ次はあたしの番だなっ」
 先鋒の失敗を知るや否や、御剣・峰が次鋒として飛び出す。魔法で肉体を改造して能力を限界以上に引き上げた彼女は、第六感で相手の攻撃の起こりを感じ軌道を見切って、対処していった。
 「楽しいなぁ。楽しいなぁ。おい! 戦場に男も女もない! 立てば皆平等に戦士だ! 女が男に劣るから闘わないなんて興醒めなことは言うなよ!」
 残像を残す速さで無駄を省いた最小限の動きで、剣が来るなら捌いて受け流し、カウンターへとつなげ、魔法が来るなら魔力を溜めた刀で切り捨てた。
「……」
 魔法を駆使する剣士との戦いに、6代目塔主は口を開かないながらも僅かに縁でいるように見え。そんな風に楽しむ根っからの戦士二人を、ルメル・グリザイユは少し遠巻きに眺めるのだった。

空地・海人

 空地・海人は先の戦いから息を整える間もなくその部屋に踏み入った。『√汎神解剖機関フォーム』の解除もせずに、緑の装甲を纏ったまま臨む。
 星詠みの情報から、ここよりも上階の敵を脅威と捉え素通りしようとしたが、ふとそこで聞き覚えのある声に足を止めた。
「ここを生き抜いて、オレもヒーローになるんだっ!」
「お姉さまと帰るために、頑張るわっ!」
 アマランス・フューリーが引きつれる羅紗魔術師達。6代目塔主に応戦しているその集団の中に、空地・海人が|島外《第3章》で勧誘した羅紗魔術師二人がいたのだ。
 てっきり、もう命を落としてしまっていたのかと思っていた。ここに来るまでその顔を見る事はなかったし、何よりもあの羅紗の爆発があった。けれど未成年で未熟なはずの二人はが、幸いにも生き残ってくれていた。
「生きてたのか…良かった…。…上の階に急ぐつもりだったけど、ちょっと手伝っていくかな」
 魔術師の集団を見かけるたびに気にかかっていた。ようやく見つけることが出来てその不安を下ろす。それから空地・海人は、せっかく見かけたのならと、声はかけずにコッソリと手助けをすることにした。
 アマランス・フューリーを中心とした羅紗魔術師達が6代目塔主を抑え込もうとしている。なら近付いては邪魔になるだろうと距離を保ちながら、√能力【オブスクラアシスト】を発動した。
 こちらの行動が相手に通りやすくして、今の相手に有効に思える状態異常を齎す瘴気を獲得する。
「領域の効果で状態異常の症状が隠れるのなら、気づかれずに瘴気を蓄積させられるだろう」
 そう考えて『イチGUN』による射撃で、兵装『最も望まぬ責め苦を与える粉塵毒』を混ぜ込んだ瘴気を放ち、6代目塔主へと攻撃していく。
 遠距離からもその敵は反応し、魔術を返してくるが、咄嗟に空撮爆弾を盾にしてやり過ごした。
 領域内もあって瘴気がどれほど効いているかは分からないが、とりあえず自分に出来る事はこのくらいだろうと切り上げる。魔術師二人が無事であることを再度確認して、空地・海人は次の敵へと向かう事にした。
「……6代目塔主の何か物品を得られれば、武装化記憶で5代目に通じるかもしれないな」
 背を向けようとした所でふと気づいて、丁度よさそうなものを探す。するとタイミングよく、ヒーロー志望の魔術師の攻撃が、6代目塔主の衣服を切り裂いていて、その切れ端を空間引き寄せ能力で回収しておいた。
「ありがとな。最後まで生き残れよ」
 そう言い残して空地・海人は、ダッシュでその戦場を離脱して上階を目指すのだった。

赫夜・リツ

「6代目当主。私はアマランス・フューリーと言うわ」
「……フェリーチェによく似ているな」
「ええ、少しお世話になったわ」
 アマランス・フューリーは、6代目塔主へ語り掛けていた。7代目塔主の記憶を見た彼女だからこそ、何か話しておきたい事があったのだろう。その邪魔にならないよう、赫夜・リツは見守っていた。
「正直、フェリーチェが尊敬していたあなたを倒すのは忍びないけれど、頂上にふんぞり返ってる人に色々問いただしてやらないと気が済まないのよっ」
「なら先を急げばいい。お前たちには仲間がいるんだ」
「……ええ、そうさせてもらうわ」
 後継者と似た容姿の相手に、6代目塔主もやりにくさを覚えていたのか、攻撃をの手を止める。それにアマランス・フューリーは持ち前の性格でムッとなるが、そこで無理に戦おうとはしなかった。
 背を向けて、けれど最後に一言告げる。
「フェリーチェは、島を確実に良くしたわ。あなたの見る目は大したものね」
「彼女ならそうしてくれると思ったよ」
 称賛じみた言葉に当然だと返しながらも嬉しそうにしていて、6代目塔主はやはり振り返らなかった。そのやり取りを眺めていた赫夜・リツは、とりあえずとアマランス・フューリーの隣に並んで護衛を務める。
「アマランスさん、あの人たちはなぜ僕たちと戦うんでしょうか」
「……これが、試練だからよ」
 ふと気になったことを尋ねると、彼女は曖昧にそう応えるのだった。