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【王権決死戦】◆天使化事変◆第10章『絶対的な乙女』
四方八方を布に包まれた空間。
つい先ほどまで鳴動していたそれらはついに静まって、壁に空いた大穴へと塵を送り出した。
「……」
長い黒髪を、両耳の上でそれぞれ縛って垂らす10代半ばほどの少女。顔立ちは東洋人の特徴であり、その出身を強調するように真っ赤な着物を幾重にも羽織っている。
幼くも老獪さを感じる彼女は、一つ目の駆除を終えてすぐに、大穴に横たわる蛇へと視線をやった。
「|————《————》」
天使とその出来損ないを鱗とする歪な巨体。全長30mにもなるそれは、穴にはまって動けなくなっている。抜け出そうともがけば、大きいあまりに壁を更に崩していって、それを塔主が見て見ぬふりは出来ない。
「……」
羽織る赤い布で鋭く突き刺す。すると天使の体で出来た鱗が剥がれ落ち、巨体を少し小さくした。
繰り返される攻撃は容赦なく蛇を傷つけていき、その度に悲鳴のような声が上がる。
けれど淡々と、4代目塔主は異物の排除を続行した。
●
『4代目塔主フテミミの下には、変わり果ててしまったマルティナさんがいるようです。執拗な攻撃を受けてしまっているようで、このままでは殺されてしまうでしょう。しかし相手は、これまでよりも更に一つ飛びぬけた強大さです』
『戦術・|布帝耳神《フテミミノカミ》。布と神力を自由自在に操るみたいです。彼女の羽織る着物が主な武器であり、纏っているためにそれは防具としても優秀な役割を果たしています。神力の方は、エネルギー波をぶつけてくると言った単純なもののようですが、それ故威力が凄まじいです』
『領域・|布帯御霊《ヌノオビミミ》。その領域内においては、全ての布が、彼女の手中に収まるようです。部屋全体を包むものもそうですが、皆さんがまとう衣服でさえ、武器として使われてしまうでしょう』
『効果的な対処法は分かりませんでした。ただ、今のエドさんが率いる白いオルガノン・セラフィム達ならば、どうにか出来るかもしれません。しかし彼がその場に辿り着くのにはしばらく時間がかかってしまいそうです。マルティナさんを救うには、早く辿り着いた方たちに守ってもらわなければならないでしょうが、自分の守りをおろそかにするのは非情に危険な行為だと自覚しておいてください』
『エドさんと共に戦えば、多少の無茶もカバーしてもらえるはずです。私としては安全に進んでもらいたいので、入念な準備で挑んでいただきたいとは思っています。……彼女が救える保証もないですから。いえ、希望を持つべきですね。無理をしなくとも全て上手くいく可能性もありますから』
『それと、ダースの姿は見当たらないようです。もしかすると、既に倒されてしまったのかもしれません。彼が何を企んでいたのかは分かりませんが、どうかお気を付けて』
乙女は揺らがない。
その座を譲ることもなく、その身を侵すことも許さなかった。
それは力故。
その乙女は、絶対的だった。
第1章 冒険 『強行突破せよ』

◇◇◇◇◇
———……
鱗が剥がれ落ちていく。
それはかつて、自分の心だったもの。繰り返し重なって、行き場を失った末に排出されたものだ。
けれどまだ繋がってはいて、剥がれれば引き裂かれるような痛みが訪れる。どうにか逃れようとするものの、無駄に大きくなってしまった体のせいで上手く動けなかった。
だから蛇は考えた。
逃げられるよう、痛みを止められるよう。
心を戻そうと、体を小さくしようと。
鱗に散っているそれを再び重ねていって、一つの小さな体に押し込んでいく。
ただしそれには時間が必要だった。
心を失った鱗は簡単に剥がされてしまい、そして外部からの衝撃は徐々に奥へと迫ってきている。
蛇の思考はそれ以上回らない。
形を変えるための時間が、今のままでは足りないと計算することも出来なかった。
進化は、叶うだろうか。
◇◇◇◇◇
サティー・リドナーはマルティナを救うため、エドの到着を待たずにその戦場へと乗り込んだ。
兵装『決死戦専用WZ|『天元突破』《スペラーレ・リミテム・カエレステム》』へと搭乗しながら、布を扱う力に対して√能力【|キャンサーバトルフォーム《カニノイクサショウゾク》】を使用してその姿を変身させる。
ついでに強化されたスピードで迫る布を躱していき、作成された『ジャイアントシザースキャンサー』によって、邪魔な周囲の布を次々に切り裂いた。
「あなたに時間をかけている暇はないんです!」
彼女の頭には、変わり果てたマルティナを助ける事で埋め尽くされている。
エドが辿り着けば、結界を作った時のようにどうにかしてマルティナに血を飲ませれば眷属化させられるのではないか。それを実現するためにもサティー・リドナーは、早く終わらせようと決着を急ぐ。
「……」
けれど、4代目塔主にはまるで傷をつけられない。天井に張り付く布が、雨の要に降り注いで向かってくる攻撃を全て撃ち落してく。
そしてそれは、目の前の相手だけでなく、遠く離された蛇をも襲おうとしていた。
急ぎ足で到着したハコ・オーステナイトは、マルティナに降り注ぐ布の雨を、兵装『群竜銃』と√能力【レクタングル・モノリス】でギリギリのところを対処した。
「危なかったです。これが、マルティナさんですか……必ず守ります」
反応が遅ければ、変わり果てた少女はまた苦しみで泣いてしまっていただろう。そうはさせないと、引き続き波打つ周囲の布へと対応し、マルティナを拠点として仲間が来るまでの間守りへと徹した。
ハコ・オーステナイトの体は、モノリスを換装させて衣服と外を遮断するようにピッチリ纏っている。少しいつもと違う格好で動きにくかったが文句は言ってられない。
「しかし、戦いも止めずにこれほどの布を動かすとは、さすがに恐ろしいです」
4代目塔主は他の√能力者を捌きながらも、絶えず部屋中の布を操っていた。しかもまるで遠く離れたこちらが見えているように、布の雨はフェイントすら入れてくるのだ。
接近していればやられていたかもしれないと考えながら、守護対象に投げかける。
「エドさんと皆さんが到着するまで頑張りましょう」
聞こえてはいないかもしれなかったが、それは自分を奮起させるためのものでもあった。
「ハロー、マルティナ。あの時とは色々変わってしまったけれど……私は乙女の味方よぉ」
虚峰・サリィは|島上陸前《第3章》での少女との交流を思い出しながら、巨大な蛇へと語り掛けた。それから彼女を守るためにも、4代目塔主の注意を逸らそうと攻撃を仕掛けに向かう。
「やっぱり厄介な攻撃ねぇ」
敵の扱う布は、布と考えてはならない。鋭く硬化しては剣と同様に切り裂き、弾丸のように瞬間的に飛んでくる。しかも部屋中を既に覆っているのだからどこからも攻撃がやってくるのだ。
√能力者が次々とやってきているから、的が分散されてどうにかなっているが個人で敵う相手ではなかった。
どうにか回避を成功させた隙に攻撃を割り込ませていた虚峰・サリィだったが、突然、彼女の纏う衣服が波打つ。それすら操り、万力のように体を締め上げようとした。
「……用意しておいて正解だったわぁ」
けれど服の下、素肌に沿って縮小展開していた複数の防御で何とかしのぐ。すると今度は、服が伸びて地面へと突き刺さった。
「あら、動けないわね。まあそれなら、こっちで対応するわぁ」
まとう服が杭となってその場に足止めされた虚峰・サリィは、攻撃手段を√能力【|重奏・十重二十重に歌え聖なる日1224《ヘヴィーゴスペルワントゥートゥーフォー》】へと切り替えて、光の弾丸を生み出していく。
待ってくれない敵に対して3秒毎の創造は、かなりじれたかった。
アンジュー|夫妻《兄妹》は、巨大な蛇を一瞥して部屋の主へと向かう。
「皆に途中の相手を任せた分、かなり早く着けたな。蛇となった娘への攻撃を止めるためにも、私たちが戦端を開こう。いいな、兄さん?」
「もちろんそのつもりだよ。けど、ジェニーは危ないからこの中から出ないでね」
好戦的な妹に対して兄は心配性を発揮して、搭乗するWZを√能力【|最終決戦型WZ【セラフィム】《サイシュウケッセンガタウォーゾーン・セラフィム》】で変形させすぐにプロテクトバリアを展開し、同乗する妻を命に代えても守ろうとした。
Ankerを常に視界に収めて死を遠ざけて、力押しで新品の機体を突撃させる。ジュヌヴィエーヴ・アンジューは守られながら、無人機『ホーネット』の大群を発信させた。
兄のまき散らす破壊の炎が迫る布を燃やしていき、妹の操る無人機の翅状ブレードが切り刻んでいく。更には、先行した無人機たちが4代目塔主へと自爆攻撃を仕掛けていった。
「第4代塔主、あなたはなんのために戦うのです? 『羅紗の魔術塔』を守るため? ですが、あなた方の行動は魔術組織を崩壊させました。現塔主の世界統一に賛同しているんですか?」
「無為な争いは終わらせてもらいたいのだがな」
「……」
「受け答えをするつもりはないか」
兄弟の問いかけに、4代目塔主は応えない。何を言われても行動を変えるつもりはないと、黙々と侵入者の排除に努めていた。
そして、容赦もしなかった。
「ぐっ!?」
二人の搭乗するWZが、束となった布に弾き飛ばされる。死なない恩恵を受けたとてそれは無敵ではない。勢いも殺せずに壁に激突しバリアも砕かれ、破片を搭乗者たちに散らばらせた。
間を置くことなく、死神の手に握られる。
「この軍服まで操作するかっ。なるほど、首から下が動かない経験なら存分にしてきたが、これは——かはっ!?」
「ジェニー!!!」
ジュヌヴィエーヴ・アンジューの纏う衣服が、強烈に締め上げられていた。それは動きを止めるだけではない。無慈悲にその身を押し潰そうとしていって、ジルベール・アンジューは咄嗟にバリアを張り直し、布を引き裂こうとするがもう遅い。
——バキっ。
骨の砕ける音。肉がねじれ、血が搾られる。このままでは妹が死んでしまう、と兄は敵を討って解決しようとして、
「……っ?」
その胸を、後ろから突き刺された。
振り返れば、妹の胸から伸びた布が自分の背中へと繋がっていて。
唯一、元の形を保っている顔はもう動かない。
「ジェ、ニー……」
最後の呟きも呑みこんで、二人は一緒に包まれる。
小さく一つとなって、真っ赤な布の玉が転がった。
森屋・巳琥は間近でその死を見てしまう。
「っ。ですが、止まってはいられません……!」
仲間を救えなかったことを悔やみながらも自分のやるべきことを思い出して、兵装『決死戦専用WZ|『天元突破』《スペラーレ・リミテム・カエレステム》』を操った。
エドだけでなく、多くの仲間達がこちらに向かおうとしてくれているという。ならそれまでの時間を稼ごうと、4代目塔主の非情な攻撃を自ら受けに行く。
肌に密着した戦闘服は、幸いにも敵の手に落ちていない。その事にホッとしつつ、持ち得る防御手段を注ぎ込んで、無数の布を阻んだ。
相殺目当てで射撃も実施するが、勢いは止まらない。ならばとエネルギーバリアにオーラ防御を重ね、盾受けの技術で受け流してどうにか機体の消耗を減らしていく。
待つ先があるとしても、ひたすら攻撃を受け耐え凌ぐのはかなり精神的にきつかった。それに、考えるべきは見えている範囲のことだけでもない。
「……まさかダースさん、死ぬと王劍に巻き取られるからと、インビジブルで直接乗り込みました?」
さすがに賭けが過ぎるんじゃないかと浮かべながら、森屋・巳琥は守り続けるのだった。
■
「こいつだ」
粗暴な言動が目立つ男に連れて来られたのは、小さな部屋。そこにいたのは、5歳程度の少女だった。
その容姿は島の人間とは異なるもので、着用する衣服も珍しい。一繋ぎの真っ赤な布を体に巻き付けていて、髪は黒く両耳の上で縛られている。
そして少女はずぶ濡れだった。
ここに来るまで何の手当てもしなかったのかと呆れつつも、青年はしゃがんで視線を合わせる。すると少女は濡れている事を気にした様子もなく首を傾げた。
「フテミミ様は、どこ?」
それは知らない言語だった。初めて聞く異国の言葉に、青年は戸惑って男を見る。
「……なんて、言ってるんですか?」
「さてな。ただ、やたらと『フテミミ』って単語を繰り返してるし、それが名前なんじゃないか?」
少女もこちらの言葉を理解していないのだろう。自分を見つめて話している大人二人にきょとんと首を傾げたまま。青年はとりあえずと手近にあったタオルで体を拭いてやる。
「それで、この子はどこから来たって言うんですか?」
「なんでも、海に流れ着いてきたんだとよ。しかも真っ赤な布にくるまれて。どっかの国の親が面倒見切れなくなって海に流したんじゃないのか?」
「いや、島の周りには塔主様の結界があるんですよ? 普通の人間が入ってこれるわけが……」
「だから不思議なんだろう? まあ何かあれば塔主様に聞けばいいだろ」
それはお前にしか出来ない事だと男は肩に手を置いてきて、そしてすぐに部屋を出ていってしまう。
「それじゃあな。育てるでも捨てるでも、お前の勝手にしろ」
「ちょっ……はあ」
青年は去っていく男を呼び止めようとするが、すぐに諦めてため息をついた。こうして押し付けられるのはよくある事だった。
それから改めて少女に向き直る。
「フテミミ、でいいの?」
「フテミミ様、ここにいるの?」
「やっぱり何言ってるか分かんないな……」
言葉の通じていない様子に青年は肩を落とし、けれど見捨てることは出来ないからと手を引っ張ってやるのだった。
結月・思葉と久瀬・千影は、その空間に踏み入る前に立ち止まる。
「布という布は置いておくしかないわ」
「兵装を着て上から隠すじゃダメなのか?」
「万が一にも操られたら即死よ?」
「……まあ、命には代えられないか」
この先に待っている無慈悲な領域に備えて、二人は一旦着替える事にした。敵の手中に落ちかねない物は全て手放し、その代わりに兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を身に着ける。
準備を整えた二人は再び合流して、部屋へと踏み入った。
「見た目は割と大丈夫だけど、直接肌に触れてんのが気になるなぁ」
「私はサポートに回るわ。手が空けば情報収集に行くから、引き続き護衛をお願い」
「……おう」
零した愚痴に、結月・思葉は特に反応することもなく今後の作戦について語っていて、久瀬・千影はそれを聞きながらも、男として自分と同じ格好をしている女性に何か浮かべざるを得なかった。とはいえ、口にはせずに飲み込んで、敵の方を見つめる。
「倒すには至らないかもしれないが、結月は絶対に守ってやるよ」
「期待してる。それじゃあ|少年《ヴィト》を呼ぶわ」
男らしい宣言を信じて、結月・思葉はその背中を押すためにも√能力【|永遠の夜に誘う夢を《ユメミルショウネンノシンジルツバサ》】を発動し、護衛の戦闘力強化を施す。それとともに情報収集も始め、その時間を稼ぐため、久瀬・千影は飛び出した。
「何かしら反撃への糸口は掴まねぇとな」
接近を開始するとすぐに空間を包み込む布が迎撃へと打って出る。それらを見切って捌き、√能力【|疾駆《シック》】で一気に距離を縮めた。
そして、刀を鞘の中で走らせる。
居合の一刀が、その少女の体を確かに切り裂いた。当然、その一撃では倒れない。挑発するように立ち回って、視線を誘導しようとすると、4代目塔主は神力を放った。
「おいおい、兵装のバリアが一撃でダメになったぞ……」
√能力で強化されていないそれは、神力の勢いを大きく削るものの砕かれてしまう。二度目は受けられないなと立ち回り、注意を引き続ける。
その間に、結月・思葉はマルティナの体の仕組みを知ろうとしていた。
「マルティナのこの姿はどうして、どういう原理でこうなっているのかしら……助ける為にも、一つでも多くの情報を得たいわね」
鱗のように重なるのは、オルガノン・セラフィムや天使の体を形どった金属。全てに少女の面影があって、冒涜的な何かを感じてしまう。それに目を逸らさず調べていると、確かな鼓動を感じた。
「内側で、何か変化が起きているみたい……」
そう呟いた時、目の前の鱗がずるりと奥に引きずり込まれていく。それはまるで呑み込むようで、その奥に異様な気配を感じてしまうのだった。
アリス・セカンドカラーは全裸でその部屋に乗り込んだ。しかし世界の歪みでぼやけていて周囲からは、ハッキリと見ることが出来ない。
「さて、マルティナちゃんを助けるためにも頑張りましょうか」
そうして料理を開始する。彼女にとってその家事は、大きく三つに分けられた。
①調理。②物事を上手く処理する。③悪者を懲らしめる。今回は主に②と③だ。即ち運命の|調律《料理》。
「あらゆる存在、行為にはエネルギーが伴うわよね? それじゃあそのエネルギーを料理していきましょう」
敵の武器は部屋中を包み、いつでもどこでも扱えてしまっている。それを少しでも妨害しようと、周囲のインビジブルを吸収しては戦いを停滞化させていった。
動き回っていれば当然、培った|生存技法《サバイバル》で回避を試みるが、布をフェイントにした神力波がアリス・セカンドカラーの体を強く叩く。大きく吹き飛び、吹き飛んだ先で布の壁が槍となって出迎える。それが突き刺さるすんでのところで|『夜』《デモン》を駆使して対処した。
彼女の体は仮初の肉体。傷付いても料理で簡単に異常を排除できる。そうしてすぐに戦いへと復帰して、ふとたまたま近くにいたその巨体を一瞥した。
「マルティナちゃんの異常も料理したいけど、まだ条件不足ね」
一夜塚・燐五姫がその領域に臆することは一切なかった。
「布がダメ? 別にいーよ。ヒメ、裸一貫でやったげる」
突入前、仲間にそのままでは危険だと止められるが、そんな制限は自分には関係ないと言ってのける。少女の言葉に顔を赤くする√能力者ではあったが、たちまち変わっていく姿にむしろ青くなっていた。
「はい、これで布面積0だよっ」
そこにいたのは鎖鋸の角と尾を持つ大型肉食恐竜の骸骨。異形となりながらも変わらない無邪気な声が聞こえて、心配した√能力者は混乱している様子だ。その間に一夜塚・燐五姫は、背中に兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』は装備していた。
そうして戦場へと乗り込む。彼女はマルティナを守るように、『テイルチェーンソー』をぶん回した。
「蛇になる女の子って親近感湧くじゃん――だから助けるっ!」
敵の対処は味方に任せ、身動きの取れない巨大蛇の守護に集中する。√能力【|絶技:界を裂く連刃《フェイタリティ・ワールドスレイヤー》】を放って、支配下とされている布をまとめて切断した。
布に巻き付かれようとも角と尾の回転鋸刃を廻し続けて寸断していく。体全てが武器である彼女は、自由に立ち回るのだった。
「あまりこういうことはしたくないのですが」
誉川・晴迪は渋々と服、目隠、髪留を外した全裸でその部屋へと踏み入った。とはいえ幻影で姿は見えない。厳しい戦いを続けている空気を壊さないように、仲間達の助太刀へと向かった。
まず最初に、自らで作った兵装『最も望まぬ責め苦を与える粉塵毒』を『夜の微風』に乗せて振りまく。しかし毒を吸っても相手が止まる様子はなかった。それでも積み重なれば必ず優位に傾くだろうと続けていく。
そして更に、接近して戦う味方をサポートするように『魂魄炎』を周囲に飛ばして服を纏った√能力者の姿を映したり、本物を炎や影や不可視にしたりと惑わしていった。
まんまと騙され、布を操ろうとするがそれは実体のない幻。無駄な一手を使わせて隙を作り、すかさず√能力【|鈴鳴りの夕暮れ《スズナリノユウグレ》】を発動した。
「二兎を追う者は一兎をも得ず……欲深く手を伸ばせば、元は掴めていた物も掴めなくなるでしょう……」
呪詛たっぷりの怪談を語り、範囲攻撃の威力を落とす。神力が飛んでくれば霊的防護を込めた『ヒトダマ死霊』を飛ばして打ち消していった。
暗殺は狙ったが防がれて、しかしそれなりに成果は出せただろうと誉川・晴迪は引き続き仲間のサポートを続けるのだった。
■■
「フテミミ―」
自分を呼ぶ声に、少女は作業の手を止めて振り向く。
「なに?」
「いや、ご飯の時間、ってこれ……」
部屋の中に育ての親が顔を覗かせてきて。その光景を見た彼は、言葉を止めた。
そこでは、椅子が浮いていたのだ。何かに吊るされていると言う訳でもなく宙を揺蕩っていて、その影が落ちる部分には不思議な文字が刻まれた布が敷いてあった。
それに注目していると気付いて、少女は淡々と成果を披露する。
「塔主様の魔術、真似て作ってみた」
「塔主、様の……」
島で何百年も統治を続ける長。その座を誰にも譲らないのは圧倒的な力故であり、その魔術を盗める者も今まで現れたことがなかった。
しかし、目の前にいるまだ10歳にも満たない少女は、教わる事もなく再現してみせている。
「でもやっぱり、適当に作った文字だから力がいまいち籠ってないの。その分は布で補ってる」
どうやらその試行錯誤で時間を忘れてしまっていたらしい。育ての親は協調性のなさを説教しようと部屋に踏み込んでいたはずが、その考えはすっかり吹き飛んでいた。
「フテミミは、すごいな……」
思わず零れた称賛に、少女はほんの少し嬉しそうにする。
その集団は足を止める事なくそれぞれに散らばる。
「フテミミさんの注意を逸らします!」
不動院・覚悟が先行して4代目塔主へと向かい。
「マルティナを全力で守るぞ!」
ウィズ・ザーは戦場を見渡せるよう配置。
「……」
アゥロラ・ルテクは後方で支援に回り。
「頑張ります!」
シスピ・エスは意気込みを告げてバイクに跨る。
「必ず成し遂げましょう!」
レナ・マイヤーはレギオンの準備をして。
「(よく分かんねーけどやってやるぜー!)」
その肩の上でレギオン・リーダーが機械音で声を上げた。
この戦いを早く終わらせるため、一人の少女を救うため、彼らは全力を尽くそうとする。
√能力【|守護する炎《シュゴスルホノオ》】で先陣を切った不動院・覚悟は、兵装『対魔式随伴ドローン』と共に4代目塔主の前に立った。
「フテミミさん、あなたの想いは分かりませんが、仲間達を殺させはしません!」
敵対する相手であっても礼節は忘れずに挑む。続く仲間達が立ち回りやすくなるよう、敵の戦闘方法から情報を得られるよう心がけて戦闘を開始した。
迫る布を銃撃で対処する。さすがに一撃では抑えきれずに繰り返し叩き込んでどうにか押し返し、しかし物量が多く、本体を狙う隙間が現れない。
攻めあぐねていれば天井からも布が降ってきて、咄嗟に防御に専念する。体術や装備品のバリア、あるいは幸運にも助けられながら何とかしのぎつつ、出来る限り相手の力を引き出させた。
この戦いの様子を観察してくれている仲間が生かせるようにと、相手を消耗させられなくとも不動院・覚悟は前線に立ち続けるのだった。
先陣を切った仲間を眺めながら、ウィズ・ザーは最大の懸念を解消させる。
「よし、精霊置換は問題ねェな」
彼はこの空間に踏み込む前に、チームの仲間全ての所有する織物を『|装闇《ソウアン》』によって精霊と置換して対策をしておいた。もし仮に敵が拡大解釈して衣服全てを操ろうものなら、急ぎ仲間達の服を剥がなければならなかったがその必要はなかったことにほっと安堵する。
とそんな暇はないと気を取り直して、『闇顎』を天井一面へと配置していった。
彼が狙うのは4代目塔主ではなく、それが操る部屋全体を包む布だ。雨のように大量の酒を振りまき吹きかけ、布へと侵食させて鈍化を狙う。更には兵装『群竜銃』と共に水属性のレーザーで反撃に打って出る布たちを切断していった。
自身は空中に浮遊しながら、√能力【|闇獰《アンネイ》】を使用して安全を確保し、マルティナを中心としながら動きの遅くなった布を次々と飲み込んでいった。
「酒がしみ込んでるおかげで、食べ飽きねェな!」
冗談も交えながら、ウィズ・ザーは救助活動を行っていく。
「……」
アゥロラ・ルテクもまたマルティナ周辺を中心として防御と回復に専念していた。
チーム行動している仲間の装備を精霊置換したウィズ・ザーと同じ要領で、先に戦場へとやってきた者たちにも同様の措置を施して戦いやすくする。布の対処は他に任せているが、常にエネルギーバリアや霊的防護は張りつつ、救助活動に精を出していた。
「……」
傷付いた者を見つければ、すかさず√能力【忘れようとする力】を使用して癒していく。それに加えてウィズ・ザーへ『竜漿石』の補給も忘れない。
そのすぐ傍で、シスピ・エスは魔導バイクを乗り回して布の対処をしていた。
「どこか、他よりも動きの鈍い個所はないでしょうか……」
戦場全体を包む布の、弱点を探すように走り回り、見つければすぐに仲間達へと情報共有をしていく。それと共に『変若水』を振りまいて、毛細管現象を利用し侵食を拾て湿度も上げていって、布の動きを阻害しようとしていた。
しかしそれだけでは完全な対処にはならない。布を吹き飛ばそうにも彼の技量では少し足らず、目立たない迷彩を纏っても、バイクの振動を布が感じ取って的確に攻撃を仕掛けてきてしまう。何とかなっているのは兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』のおかげだっただろう。
そろそろ一人での限界を感じ始めた時、シスピ・エスはアゥロラ・ルテクと合流する。
「アゥロラさん!」
「……」
呼びかけると答えてくれて、すぐに√能力【|星脈精霊術【虹霓】《ポゼス・アトラス》】を行使した。氷の精狼である彼女と完全融合を果たし、絶対零度の力を得る。多少の無茶もきくようになって、少し大胆な行動へと移った。
破魔と除霊の力を乗せた絶対零度で布を切り裂き、凍り固め、安全地帯を増やせるように意識していく。布は次から次へと生まれてくるが、繰り返せば相手も消耗するはずと信じて、凍らせ続けた。
他√能力者の負傷を見付ければすぐに引き寄せ運搬し、一番安全なマルティナの傍まで運ぶ。引き続き忘れようとする力によつ治療を行って。そうしてこれ以上の死者を出さないようにと、全力を尽くしていった。
レナ・マイヤーは√能力【レギオンマーチ】を発動する。
「さあ、大量のレギオンを伴って参戦です!」
通常型の半分とミサイル専門の特技兵型『レギオン・ミサイリア』、刀剣を備えた軽歩兵型『レギオン・レンジャー』、電磁砲を備えた砲兵型『レギオン・シューター』、魔力で動く魔術師型『レギオン・ソーサラー』の管理権限を、肩に乗せるレギオン・リーダーへと委譲して、レナ・マイヤー自身は味方の防御へと専念した。
「(よっしゃ任せろ!)」
意気揚々と答えるその小さなAnkerを信頼しつつ、マザーに乗って空中移動をして床や壁からの距離を取る。
そうしてマルティナへと近寄って、その周囲に霊的防護に特化した、神秘家型レギオンの『レギオン・ミスティック』を展開して様々な影響から保護していった。
他の仲間達も同様に少女を守っているため、もうその巨体の傍が一番の安全地帯となっている。
敵の攻撃は通常型レギオンのセンサーで検知し、それに合わせてバリアを発生させる護衛兵型レギオンで守り、輸送専門の輜重兵型レギオンで物資を味方に送って継戦能力を確保する。
「エネルギーは惜しみません! 守り切ります!」
何よりもここをしのぎ切る事が大事だからと、後のことは一旦置いておいた。自身の|レギオン捌き《ドローン操縦》は今が見せ所だと披露していくのだった。
その愛する者の健気な姿に心打たれるレギオン・リーダーは託されたまま、半数のレギオンを動かしていく。
「(ご存じ愛の戦士! レギオン・リーダーの、さ、惨状だ…)」
機械音の奥から響く声は、相変わらずの過酷な戦場を忘れた陽気さを発揮して、けれどその言葉は途中で変換された。カメラが見渡すのは、水浸しの酒浸しな周囲の布だ。仲間が敵の攻撃を鈍化させるために仕組んだことではあったが、機械としてどうしても苦手意識が出てきてしまう。
とは言っても、きちんと仲間に被害は出ないよう避けられているから、それほど気にしないでもよさげだった。
「(まぁなんとかなるか! 俺達レギオンの|耐水性《環境耐性》なめんなよ!)」
すぐに気を取り直して早速移譲されたレギオンを用いて敵へ波状攻撃を仕掛けていく。まずは4代目塔主を囲むように各種レギオンを配置し、ミサイリアと通常型の|レギオンミサイル《誘導弾》で牽制。敵が全方向に防御を展開したところでソーサラーの出番。破魔の力で防御用の魔術をレジストして、柔らかくなった布を、レンジャーに切断させて出来る限りの無力化を狙っていた。
「(ほんで、空いた穴からシューターの貫通射撃でズドンよ!)」
と、レギオン集団を巧みに使って追い詰めようとしていくのだったが、予想以上に敵の防御は硬かった。連携は圧倒的にこちらの方が上回っているのに、ひとつひとつの出力が大きい。火力がない分それを超えることが出来ず、致命傷は与えられない。
それでも4代目塔主の攻撃頻度は減っていき、被害はかなり抑えられるようになっていた。
■■■
10代半ばの少女が、不釣り合いな空間に座らされている。
彼女の周囲では、いかめしい顔の老人たちが延々と議論を交わしていた。
「それで結局、次の塔主はどうするのだ。不在と言う訳にはいくまい」
「順当に考えるのならこの中、と言う事になりますが」
「譲る者はいないだろうな。ましてや島民に決めさせるなんてのはあり得ない」
「全く、好き勝手しおって」
先日、島を治める塔主が命を落とした。突然の空白によって、塔の上層部は慌ただしくなっている。次が決まらずに何度も揉めて、長引く度に島民たちからは不満が溢れていた。
しかしこの場で手を取り合う者はいない。候補者たちは誰もが己の利益を狙っては弁を尽くす。
ただ、少女だけを除いて。
じっと動かないその子供に、決着のつかない老人たちは視線を寄せる。
「……仕方ない。次が決まるまで、書かれた通りにしておこう」
「それが無難ですか。にしてもなぜ、こんな子供に……」
「我が子を優遇したいと思うのはそう変でもないだろう。だがやはり、先を考えられない馬鹿なのは間違いない」
「ああ、どうせ子供だ。我々が動かしてやればいい」
議論は妥協に終わって、けれど欲を渦巻かせながら、ようやく少女へと声がかけられた。
遠回りはしたものの、先代の遺志通りにその者へと受け継がれる。
「フテミミ、今日からお前が塔主だ」
「うん、分かった」
相手が長となっても老人たちの不遜な態度は変わらない。対して少女も無礼を貫いた。
それからすぐに長を抜いた会議は続けられて。
けれど少女は、その座に座り続けるのだった。
兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を身に着け、服をゴム構造へと改造した真心・観千流は量子ハッキングで連携を取る。
「インビジブル無効化空間を張ります!」
味方へとこれからの行動を伝え、幻影を作りながらジャマーで紛れて宙を駆け、4代目塔主へと突撃していった。
迫る布を避けながら目標距離に敵を捕らえ、√能力【|レベル2兵装・断罪執行《レガリア・カーテナー》】を発動する。
その途端、彼女を突き刺そうとした布が鋭さを失って地に落ちた。
「さあ、これでインビジブルは使えないですよ。さすがにあなたまでは消し飛ばせないようですが」
真心・観千流を中心とした半径33m内からインビジブルが消失する。既に万能エネルギーを変換して形作られた4代目塔主や布自体が消える事はなかったが、大きくその力を減少させているのは確かだ。
数秒、布が上手く操れない事に困惑している少女に対して、真心・観千流は容赦なく必中攻撃を叩きこむ。改良型レイン叢雲から干渉弾頭を放ち、4代目塔主の衣服だけでなく室内の布も破壊して回った。
「……」
4代目塔主は着用する着物に神力を纏わせて防御するも、しのぎ切れずに切れ端が舞った。眼前の√能力者の近くにいれば分が悪いと判断して追撃を待たずに後退する。
「皆さん、追い詰めてください!」
広いとはいえ建物の中。角に追いやれば逃げ場はすぐになくなるはず。そう見込んで真心・観千流は仲間へと呼びかけた。
チラリと後方、マルティナの方を見て、小さく呟く。
「助けますよ、今度こそ」
ディラン・ヴァルフリートは部屋に踏み入る前から予め√能力【|畏刻:黄昏を招く翼《ロア・リーサル・ドラグーン》】を行使していた。
水銀の巨竜と化して布を支配してしまう敵の領域に対処。そしてその巨躯の使い道が早速現れた。
「任せて下さい…観千流さん!」
味方の展開した弱体化させる空間から逃げ回る4代目塔主。それが選択する道を狭めようと巨躯で邪魔をした。
尾を囮にした攻撃に加えて強酸の性質を持つ水銀の体で、自身を超えさせないようにと立ち回る。彼を超えなければ危ういと敵も悟っているのか、執拗な攻撃を仕掛けてきて、けれどどきはしない。
かち合ったその隙に、情報も聞き出そうと問いかけていた。
「三代目が先代を殺す程の魔術について…天使は天に向かったという憶測の真相…これらについて教えては貰いませんか?」
「……」
4代目塔主は応えない。問答が自分の利にはならないと理解しているのだ。黙々と障害を排除しようとしていて。
「それなら…倒してしまうしかありませんね」
「っ」
対話出来ないのならとディラン・ヴァルフリートは竜由来の怪力で、4代目塔主の体を一気に押し込んだ。そこへ畳みかけるよう他の仲間達が向かっていく。
それを見届けながら、彼は周囲の布を捕食して回復に利用するのだった。
機神・鴉鉄は真心・観千流の追い詰めを援護するように射撃を繰り返している。その身を包む服はゴム製だ。
4代目塔主は、着実に部屋の隅へと追いやられていた。このままいけば倒しきれると考えながら、最悪を想定することは怠らない。
遠距離からの攻撃故に、敵を追い詰めている仲間達には見えない部分を補う。何よりもマルティナを殺されてしまえば、危険を冒してまで急いだ意味がなくなってしまう。
巨大蛇は随分と小さくなり、その身を覆っていた鱗もほとんどがなくなっていた。そしてそれはもう蛇と言う形ですらなく、卵のようになっている。
見るだけでもその殻は柔らかく、外から衝撃を受けてしまえば破られてしまいそうだった。だからこそ絶対に攻撃を通してはならないと注意深く観察して、とその時、天井の布が鳴動する。
それはマルティナを確実に狙っていて。しかしさせはしないとすぐに撃ち落とした。
相手も、こちらがマルティナを守っていると理解しているのだ。だからこそ狙えば逆転があると判断して、インビジブルの通り道が出来た一瞬を逃さず後方にまで手を伸ばしてくる。
たった一人ながら、戦場の全てを見渡している。けれどこちらには仲間がいた。
機神・鴉鉄は√能力【|平和を作る兵器《ピースメーカー》】に兵装『CSLM(Combat System for Lethal Missions』を格納し、マルティナを守る盾を作り出す。
その後も何度か降ってくる布の槍。けれどそれの全てを打ち落とし、決して傷つけさせはしなかった。
4代目塔主は、部屋の隅へと追いやられていた。インビジブルの消失した領域内において弱体化した彼女が扱えるのはその身に宿る神力程度。身に纏う着物も随分と消耗させられて、彼女の方が衣服を剥がれていた。
そして、和田・辰巳が対峙する。
「神力は任せろ!」
同郷で同系統の力を使う相手。ならこの自分が相応しいはずだと飛び出した。
相手の技の起こりを見極め自身の力で妨害し、『海淵流』『雷』加速させた『火雷』で防御を許さず攻撃を叩きこんでいった。
それらはインビジブル無効化空間へと踏み入る前に、√能力【|天羽々矢《アストラ》】によって加速を与えている。相手と同じく、既に形を変えたものならばインビジブルが枯渇していようが扱うことが出来た。
光速をも超えた弾丸が、4代目塔主の体を貫いて。
右肩、左ふくらはぎ、腹部に胸。防ぎきれずに少女の体に穴をあけて、ついに4代目塔主は崩れ落ちた。
「やったのでしょうか……?」
戦いに一息がついて口調も丁寧さを取り戻し、和田・辰巳は散り散りとなっていく敵の姿を見つめている。
ついにそれは何も残さずに消え、胸を撫で下ろそうとしたその時。
背後に気配を感じた。
急いで振り返れば、少し離れた後方で当たり前のように布が荒ぶっていて。
防御の態勢を取っていた仲間達を蹴散らしていっている。
確かに倒したはず。ただし、見つめた先にいた人物は、散りとなった姿とは少し異なっていた。
「……」
歳は20代後半ほど。背丈も随分と大きくなって、その分、背中を流れる黒髪も伸びていた。ただし身を包む真っ赤な着物は、脅威だった時と変わらず。
打ち倒したはずの少女をそのまま成長させたような姿。
そして彼女はやはり、布を操り神力を放った。
歴代塔主は、全盛期の姿で立ちはだかる。
4代目塔主フテミミは、その座に着いてから降りるまで、力が衰える事は一切なかった。
どの時代の彼女が一番恐ろしかったか、島民の中ではそんな話題で盛り上がる事も多く。
塔主の座に就いた少女の時代だけでなく、塔での地位を確立した青年期も、反乱を強引に抑えつけた壮年期も、闇討ちを返り討ちにした老年期も、等しく力の象徴であった。
彼女は消耗を取り消し、領域まで再構築する。当然、その身に纏う着物には傷一つなかった。
ただし、敵の知識は得たまま。
最たる弱点を見抜いて、無数の布は、柔らかな卵へと降り注いだ。
◆◇◆◇◆
「マルティナッ!!」
エドと、彼が引きつれる白いオルガノン・セラフィムは遅れてその部屋へと到達する。
そして状況を理解する間もなく、戦いへと身を投じた。
面影などない柔らかな卵を幼馴染の少女だとすぐに分かって、その殻を突き破らんと降り注ぐ布の槍を、白騎士たちに食い止めさせた。
そのまま部屋中の布の対処を白騎士たちに任せ、エドはその身一つで4代目塔主と相対する。
「……マルティナを、傷つけさせはしない」
その呟きと共に、彼の体は形を変える。その身を構成する金属が、戦いに適した形態をとっていった。
殺傷力の増した拳を握り、少年は周囲を一瞥して√能力者たちへと告げる。
「皆さん! 僕も一緒に戦います!」
その右腕は、容易く布を薙ぎ払った。
◆◇◆◇◆