シナリオ

夢叶えの虹

#√ドラゴンファンタジー

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●あの虹を目指して
 久しぶりの通り雨が上がったら、その冒険王国の人々は一斉に国の外へと飛び出す。
「早く早く!」
「もたもたしてたら虹が消えちゃうよ!」
 彼らは急かし合いながら、楽しそうに道を駆けていく。水溜まりを蹴れば声を上げ、ぬかるみに足取られそうになれば急ぎ抜け出して。その胸に、キラキラ輝く夢を抱いている。
 彼らの住まう冒険王国には、ある言い伝えがあった。王国の東側にある洞窟、そこで虹を見ると夢が叶うと言うのだ。いつからかあったその洞窟は、最奥にぽっかりと天に空いた穴がある。そこから美しい虹が見えるから、ジンクスとして伝えられるようになったらしい。
 俺の夢はもちろん冒険者! 私は恋を叶えたい――!
 それぞれが夢を語りながら急ぐ道、その先に待っているものを彼らは知らない。

●夢叶えの虹
「洞窟には、モンスターが。どうやら最近、ダンジョンへと姿を変えてしまったようなんです」
 アイオライトの瞳を悲しそうに伏せて、エルフの娘が告げる。すぐ近くに住む人々も、まだその場所が危険だとは知らない。知らずに虹を目指して洞窟に入り、そして命を落としてしまうのだ。
 そんなことになる前に、止めなければならない。集まった√能力者達にそう語り――銀髪の魔法使いは、ぱち、と瞳を瞬いた。
「あっ、自己紹介が遅れましたね。私、星詠みのアリス・アイオライトと申します。よろしくお願いしますね!」
 ぺこり、とお辞儀。顔を上げたアリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)は、改めて√能力者達に此度の事件を説明していく。
「行き先は√ドラゴンファンタジー、みなさんにお願いしたいのはダンジョンのモンスター退治です。先程お話ししました通り、こちらのダンジョンはつい最近できたもので、近くの冒険王国の方々ですらそれを知りません。……ゆえに、対応を急ぐんです」
 天然の洞窟であり、一般の人々も食料採取などに訪れる場所。さらに近い未来、この洞窟に虹がかかる光景が星詠みには視得た。虹が現れたら、人々は洞窟の中まで入ろうとするらしい。
「言い伝えがあるそうなんです。『洞窟の最奥から虹を見ると、夢が叶う』って」
 アリスは語る、今から向かえば、彼らが冒険王国を飛び出すところになんとか間に合うと。√能力者達が冒険者を名乗り説明すれば、人々は理解してくれるだろう。それでも、と無茶をしようとする者がいれば、夢がなんなのか語らせてやれば時間稼ぎになる。
「このダンジョンの攻略には、『夢』が重要になります。ですからぜひ――みなさんも、自身の『夢』がなんなのか、考えておいてくださいね」
 そう告げたアリスは、ダンジョンに到着してからの流れへと説明を移す。洞窟の中を進んでいくと、ドリームウィードの群生地がある。これは甘い香りと共に幻惑ガスを散布する植物で、此度は『夢』が『反転』した幻惑を見せるらしい。
「反転……ですから、冒険者になれなかったとか、想い人に振られてしまう、とかでしょうか。所詮幻惑ですしガスの薄い場所まで進めれば自然と消滅しますが、抱く夢が強い方ほど辛い想いをするかと思います。通り過ぎるまではなんとか耐えてくださいね」
 そうして群生地を抜けた先――洞窟の最奥は今も以前と同じ姿をしているようだが、その前に『何者か』の姿が視得た。恐らくこのダンジョンの主だろう、ゾディアック・サインは具体的な敵の姿を示さないが、そこに至れば自ずと理解できるはずだ。
「無事に戦闘を終えましたら、ぜひそのまま洞窟の最奥へ……夢が叶うよう、願掛けに行ってください」
 洞窟にぽっかりと空いた穴、切り取られた空に浮かぶ七色の橋。それはきっと美しく、√能力者達の夢を叶えてくれるから。
 私も、みなさんの夢が叶うようここで祈っていますね。ふわり微笑んだ星詠みは、目的地へ通じる道を√能力者達へ示すのだった。

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第1章 日常 『お話を聞いてみよう!』


●夢を描いて
 日差しが傾き始めた日暮れ前、ダンジョンへの道は雨上がりの緑の匂いに満たされている。
「早く早く!」
 夢を胸に駆ける人々が、√能力者達の横をすり抜け先に向かおうとする。
 √能力者達は知っている、この先に待つ脅威を。彼らをこのまま、ダンジョンと化した場所へ行かせるわけにはいかない。
 ある者は人々を呼び止めるかもしれない、またある者は先回りを考えるかもしれない。
 しかしどんなアプローチをとるにせよ、考えなければならないことがある。
 ――あなたは、どんな夢を思い描く?
エアリィ・ウィンディア

●憧れの道しるべ
 とん、と足を踏み出せば、水溜まりの水が小さく跳ねてブーツを濡らす。辿り着いた√ドラゴンファンタジー、馴染みの世界の雨上がりの空気を胸いっぱいに吸い込んで、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は冒険王国の方角へ視線向けた。
「洞窟の奥で虹を見たら願いが叶う、かぁ……。素敵なお話だよね。夢があっていいよねっ♪」
 この√の学生兼冒険者であるエアリィにとって、ダンジョン攻略は日常の一部だ。今までも様々なダンジョンに潜ってきたけれど、新たな冒険先の話を聞く時はいつだって心が弾む。
 しかし、だからこそ――駆けてくる人々を見れば思う。それが悲劇を呼び起こすのならば、止めないといけない。
「ねね、そんなに急いでどうしたの? この先に何かあるのかな?」
 エアリィは通りすがりを装って、横すり抜けようとする人々に尋ねる。ふわり、湿気をはらんだ風に少女の青い髪が揺れる。人々は急いだ様子でありながら、エアリィの問いには足止めて嬉々として答えてくれた。
「虹だよ! 虹を洞窟に見に行くんだ!」
「あっちの洞窟から虹を見ると、夢が叶うのよ!」
 それは、お気に入りのものを共有するように。ただの通りすがりであるエアリィにも教えてくれる優しさが、なんだかくすぐったい。
「へぇ、夢がかなう、か……」
 若葉色の円らな瞳を興味に輝かせれば、人々は楽しげに自身の夢を語り始めた。冒険者になりたい者、恋を叶えたい者。つられてエアリィも、自分の夢について考える。
「んー、夢……。あたしは、まだふわふわなものだけど……やっぱり、お母さんみたいに素敵な大人になりたいかな」
 ぽつり、語れば周囲の人々が興味深げに見つめてくる。『お母さん? やっぱり冒険者?』と誰かが問えば、エアリィは首を横に振った。でも声を大にして言いたい、|√能力者《冒険者》ではなくても、彼女のお母さんは大好きで憧れの存在なのだ。
「お母さん、凄いんだっ! 魔法もすごくて、優しくて、とっても強くて、お料理もおいしくて……。そんな、大人の女性になりたいっ!」
 エアリィは思う、憧れの人になるって、夢みたいに素敵なことだと。その人自身になれるわけではなくても、その人みたいになりたいと思う気持ちは将来の自分への道しるべになる。そして、そんな自分へ至れたら――。
「その先? その先は……素敵な人に出会って、幸せな家庭をもって……」
 そう、そんな特別ではないけれど素敵な未来が、エアリィの夢。愛情深く育ててくれる母の生き方こそが、彼女にとっての路なのだ。
(「子供っぽいって言われるかもだけど……。あたし、これは譲れない想いだから!」)
 改めて胸に決意の炎燃やせば、エアリィの表情見た人々が微笑み浮かべる。
「素敵だね」
「頑張ってね」
 かけられる言葉がみんな優しくて、だから少女は頷いて、もう一つだけ言葉を紡いだ。
「だから……大分先かもしれないけど、その夢に向かって、あたしは今できることを頑張っているんだ」
 ――それは、今この時も。この優しい人々が悲劇に巻き込まれないように、こうして足止めしたい。けれど同時に、彼らの夢も叶ってほしいと思うから、あの虹が消える前に全て解決できたらと思う。
 思考巡らせたエアリィは、ふと我に返って周囲を見た。人々は彼女の話を興味津々に聞いている、だってエアリィは冒険者で、その姿こそ彼らにとっては憧れなのだから。
「……あぅ、なんだかちょっと恥ずかしくなって来たかも」
 思わず小さく声を零して、エルフの長い耳を赤く染める。そんなエアリィの仕草をも微笑ましく見つめる人々は、しばし虹を忘れて夢語りを楽しむのだった。

咲樂・祝光

●蕾はやがて芽吹く
 人々の明るい声が、近付いてくる。彼らが目指すは東の洞窟、その方角に浮かぶ虹を見るために――。
「夢叶えの虹、か」
 その七色を遠くに見て、|咲樂・祝光《。❀·̩͙꙳。サクラ シュリ。❀·̩͙꙳。》(曙光・h07945)は呟いた。想紫苑色の髪が雨上がりの風に揺れる。
(「夢を叶えてもらえると聞けば放ってはおけないのが人間なのかな」)
 彼は思う、夢とは慾望であり希望であり、道標でもあるのだと。夢があればどんな路も歩めるのが人間の強さ。しかし、その夢が潰えた時は――。
「……ふふ、人の夢と書いて儚い、と呼ぶのはまさにその通りでもあるね」
 言葉紡ぐ祝光の双眸には、優しい光が灯っていた。人々を慈しむ曙の稚龍。彼はその儚ささえも尊ぶから、駆けてくる人々へ視線向けて。
「ミコト、人々の夢を聞きに行こうか」
 語り掛けたのは、肩に乗せたふくよかな茶虎の猫又へと。無言で顔だけ人々へ向けたミコトに、祝光は続ける。
「この先は危険だよ、と教えるのは簡単だけど……夢を胸に叶えようと駆ける冒険者の足をとめるんだ」
 だから、彼の地へ向かえない彼らの夢だって、俺が一緒に連れて行けるようにしたい。想いを確かめるように紡ぎ出せば、彼は先急ぐ人々の前に立ち塞がった。
「君達の、夢は何?」
 春の穏やかな日差しのように、心地好い声。問いかければ、人々ははっとして足を止めた。|竜《ドラゴン》の祝福浴びしこの世界、未だ蕾と言えど龍の神性を持つ彼の姿に、人々は思わず注目してしまったのだ。そして、優しい問いに促されて彼らは自身の夢を語る。
「私は、冒険者になっていっぱい配信して人気者になりたい!」
「僕はクラスに好きな子がいて……」
「そりゃ俺はもちろん一攫千金! できれば働かないで――!」
 煌びやかなもの、可愛らしいもの、無謀なもの――夢の形は様々なれど、その一つ一つが綺羅星のようだ。祝光は柔らかく微笑み頷いて、彼らの話に耳を傾けていた。
(「……その夢を叶えるのは、神ではなく彼ら自身でなければならない」)
 胸に抱く想い、その考えは己が神性が花開いた先でも変わらない気がする。彼らの夢を大切に掬い取って、曙の稚龍は肩の猫を優しく撫でた。
「ミコトは、明日も大好物の大トロを山ほど食べたいんだってさ」
「えー、かわいい!」
「猫ちゃん撫でてもいい?」
 死霊猫だって夢を抱ける、そんな想いで口にした言葉を聞いたら、かわいいものに目がない様子の少女達が手を伸ばしてきた。気まぐれなミコトのことだ、うっとうしく思うこともあるかもしれない――ふくふくとした愛らしい猫の様子を伺いながら彼女達にも満足してもらい、祝光は己が夢を語り出す。
「俺にも、目覚めればさめてしまうような夢ではなく。然りと現に実現させたい夢がある」
 すっと立ち上がり、空を仰ぐ。東の空に浮かぶ虹、それよりも先を見つめるように――。
「俺は――龍王になりたいんだ」
「りゅう……ドラゴン? ドラゴンの王様?」
 強い想いを言霊に篭めて。祝光がゆっくりと語れば、ぱち、と瞬いた少女が尋ねる。だが残念ながら、彼が思う龍とはその在り方は異なる。彼は|迦楼羅《ガルーダ》の特徴をもつ、未熟な龍。神性だって不安定で未だ至らない身だけれど、いつかは高みに至りたいと思うのだ。
「なんか、すごいな」
 遠くを見つめる祝光の姿に、感嘆するように呟く者がいた。すると彼は微笑んで――春の宵と曙を宿した瞳で、はっきりと言葉を紡いだのだった。
「けどね、壮大だとは思わない。必ず叶える。……家族に誇れる、俺になるんだから」

ブランシュネージュ・クリスタリエ

●もう一度春を見るために
 夢を語る声に足止める者もいれば、未だ虹求めて駆ける者もいる。
 希望を胸に、洞窟目指す人々。その眼前へと一歩踏み出し、|ブランシュネージュ《Blanche-Neige》・|クリスタリエ《Crystallier》(雪華の慈愛・h06548)は両手を広げる。ふわり、銀雪色の服の上でアネモネが揺れた。
「なぁ、ちょっとだけ足を止めてくれ。虹は逃げないけど、危険は待ってくれないんだ」
「危険? どういうことだ、あの洞窟に危険なんてないはずだけど?」
 エルフの少女が凛と声響かせれば、人々は驚きその足を止めた。ほっと安堵の息を零しながら、ブランシュネージュは言葉を続ける。
「この先の洞窟は、ダンジョンになったんだ。冒険者じゃねぇと対処できない」
「なんだって!」
 ざわり、人々が動揺の声を上げる。ブランシュネージュの声は確かに彼らに届いた、このまま洞窟へ突入することはないだろう。それでも――彼らにも諦められない夢がある。
 自分に向けられるその瞳の真っ直ぐな輝きが胸に刺さるようで、ブランシュネージュはぎゅっと拳を握り締めた。先程まで彼らが浮かべていた、あの笑顔。それが、大切な人と重なって見える。
(「……オレの夢。それはもちろん双子の兄のことだ」)
 今も忘れない、大切な兄。ブランシュネージュが深雪に咲く花であれば、彼は春の陽だまりに咲き誇る花だった。彼との暖かな日々は、三年前彼が突然いなくなったことで終わってしまった。もう一度会いたい――その想いを胸に、ブランシュネージュは兄の痕跡を追って今も旅を続けているのだ。
(「あの日の『ただいま』を取り戻したい。あの頃みてぇに、くだらないことで笑い合って、肩を並べて歩きたい。春色の髪を陽に透かし、振り返って笑うあの人の姿を、この目でもう一度見たいんだ」)
 夢は、願いであり、誓いでもある。ブランシュネージュは俯きそうになった顔を上げて、その雪華の瞳で人々をもう一度見つめた。
 今は少し不安げな人々。彼らもブランシュネージュも、同じなのだ。諦められるような夢ではない。でも、それでも今は彼らの歩みを止めなければいけない。
「……命は一個しかねぇんだ」
 声を震わせて、エルフの少女が告げる。そして続ける、夢を守りたいって気持ちも本物なのだと。だから。
「虹が見たいなら、オレらが先に危険を片付けてくるのを待っていてほしい」
「片付ける……って、モンスターを倒してくれるの!?」
 人々の反応は、様々だった。素直によかったと喜ぶ者が多いが、虹が消えるまでなんて無茶しないでと心配する者もいる。そんな優しい人々を守らなければと思うから、ブランシュネージュは笑顔を浮かべて答えるのだ。
「大丈夫、オレらがなんとかするから! みんなで夢を叶えようぜ!」

兎沢・深琴

●星と薔薇の贖罪
 雨上がりの湿った風が、人々の声を届ける。夢を語り、危険を説いて。√能力者達が接したことで、人々の歩みは止まっていた。
 ならば、自分はダンジョンへと急ぎ先回りしよう――|兎沢・深琴《とざわ・みこと》(星華夢想・h00008)はそう考えると、水溜まりを避けながら道を歩き始めた。
「私の夢ね……」
 ぽつり、小さな声が落ちる。そんなの考えるまでもなかった。
(「姪の咲月、彼女の未来を護りたい、今の私が望むのはそれだけよ」)
 |紅薔薇《レジェンドオブルージュ》のように鮮やかな瞳が、洞窟の向こうにかかる虹を見つめる。まだ幼い咲月を残して、深琴の姉と義兄はあの日帰らぬ人となった。本来なら、姪は今も両親と共に幸せな日常を送っているはずだったのに――。
(「それを奪ったのは私、私の所為で二人は事故に巻き込まれた」)
 深琴は今も後悔し、そして考えてしまうのだ。
 ――私が二人の外出を思いつかなければ……。
 ――思いついても提案しなければ……。
 そんなたらればの物語を、今まで何度想像してきただろう。有り得ないこととわかっていても、考えずにはいられないのだ。だって、深琴の前には咲月がいるから。
 小学一年生になった姪は、今は義兄の実家で暮らしている。出会えば彼女は無邪気に笑顔を浮かべてくれるけれど、時折その瞳の奥に寂しさが垣間見えることも深琴は知っていた。まだ一年生、甘えたい年頃だ。両親を恋しく思わないはずがない。もっと幼い頃に喪くしていればまた違ったのかもしれないけれど、この幼子には愛された日々の記憶もちゃんとあるのだ。それが、余計に苦しくて。
『大丈夫だよ』
 周囲に心配かけまいと、健気に頑張る咲月の言葉。その一言でこんなにも胸が締め付けられるなんて――罪の意識は、姪が成長するごとに増していくような気さえする。
 ――だから。心の内に膨らむ想いに、呑まれないように。苦しくてもキッと前を見て、深琴は自身の願いを胸に刻む。
(「本当に願いたいのは姉と義兄が戻ってくることだけど、叶うわけないって知ってるわ」)
 時間は戻らない、居なくなった人は戻ってこない。それを願うのは、あまりにも夢物語に過ぎるから。だからせめて――。
「せめて、遺された姪が穏やかに過ごせるよう、力を尽くさないとね」
 シルバーブロンドの髪が、風に揺れる。それは神や不思議な存在への願いではなく、自身への誓いだ。
「夢で終わらせるつもりはない、成し遂げないといけないことなの」
 ぶわり、大きな風が外套を奪おうとする。向かい風に負けないよう一歩一歩進みながら、深琴は今も為すべきことを為すのだと、心に思う。
 ――だってそれが、私の贖罪だから。

モコ・ブラウン
史記守・陽

●二人で見つける『夢』
 水溜まりを飛び越えて、早く、疾く。ダンジョンへ先回りしようと走る二人に、湿った風が吹きつける。
 多少泥水が跳ねたって気にしない、だって自分は野良モグラだから――モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)は隣を走る青年と速度を合わせながら、ダンジョンの向こうにかかる虹を見上げた。
「夢モグねぇ……正直ピンと来ないモグね」
 ぽつりと零し、首を捻る。もちろん、欲しいものはいくらでもある。しかし、それは自分の力で勝ち取るものであって、願うものではないと思うのだ。
 例えばモコはギャンブルが好きだけれど、それは自らリスクを負った賭けに勝つことが好きなのだ。勝つことが夢、というのはどうにも違うように思えた。
(「……じゃあ、夢ってなんなのモグ?」)
 青い瞳の上で眉寄せて、思考に耽りながらも歩みは止めない。そんな彼女の隣で、自身の夢に想い馳せるのは|史記守・陽《しきもり はる》(黎明・h04400)だ。
「夢、か」
 悩むモコとは異なり、青年には明確な夢がある。改めて問われたって即答できる、昔からの夢が。
(「僕の夢は勿論、父さんみたいな立派な刑事になること」)
 物心ついた頃から、陽は将来は絶対警察官になるんだって決めていた。それを聞いた父さんが笑ってくれたのが、嬉しかった。
 ずっと、ずっと。それ以外の夢は見えてこなかったくらいに、ずっと希っていたのだ――父さんの分まで必ず立派な警察官にならないといけない、と。
 そして、大人になった今。陽は警察官になった。数々の数奇な運命に導かれ、子どもの頃描いた警察官とはまた違う日々の中で奮闘しているけれど、それでも――父さんみたいな立派な刑事には、なれていない。
(「こんな俺が……父さんみたいな立派な刑事を志していいのかは、正直わからない」)
 陽は揺らいでいた。ずっと希った夢もこの胸にあるけれど、それ以外に、自分に夢はあるのかと。
 遠く届かない夢の他に、もっと叶えたい夢があるんじゃないかと――。
 瞬間、陽の脳裏にある夏の日の光景がフラッシュバックした。夜空に咲く大輪の花火、光に照らされて柔らかく微笑むモコの顔。あの時、花火と共に胸に咲いた感情が確かにあったはずなのだ。
 記憶を辿るうち、陽の手は無意識に懐の『金烏』を握り締めていた。魔力水晶に互いの無事を願った、お揃いの懐中時計。今も傍にある宝物に触れれば、自然と視線もモコへ向かう。
 ――一方のモコも、思考を手繰ればその指は懐の懐中時計に伸ばされていた。服の上から確かめるようになぞる『玉兎』、これは今までのように自分が勝ち取ってきたものではない。けれど、モコにはとっても大事なもの。それが彼女の夢と関係があるかはわからないけれど――その存在を確かめるだけで、なんだか心がぽかぽかする。
 自然と口の端が上がるのを、モコは自覚できただろうか。彼女の瞳はそのままちらり、贈り主の方へと向けられて――そのまま、晴天色の陽の瞳とぱちり目が合う。
「えっ……も、モコさん……?」
「……!」
 視線が絡み合ったのは一瞬のこと。二人は慌てて目線を逸らし、互いに反対の方向を見る。
 ただ走る音だけが聞こえる中、モコの心は動揺にざわついていた。
(「なんで目線逸らしちゃったのモグ?」)
 疑問が浮かぶが、答えは見つけられない。けれど代わりに、ふと思い浮かぶ光景があった。
 それは、以前陽が|いなくなってしまった《インビジブル化した》時。とんでもない喪失感を味わった、あの時の記憶だ。
 ――早く帰ってきて欲しい。
 そう何度も何度も強く思ったのは、正しく『願い』だった気がする。だとすれば、それは『夢』と呼ぶものなのではないだろうか。
(「どこかにいなくならないでほしい、モグ」)
 モコの胸にかちりと嵌る、夢。それがこんなにも切実なのは、陽が大切な後輩だから。今までいなくなってしまった同僚達みたいには、ならないでほしいから。
 ――それだけ、なんだろうか?
(「わからない、モグ」)
 モコは未だ晴れぬ胸の内に唇を噛むけれど、そこで思考の海に潜ることを中断する。だって、目的地はもう目の前だ。
 ――対する陽は、彼女から目を逸らした後、慌ててこっそり深呼吸をしていた。
(「何でこんな俺は動揺しているんだ……?」)
 先程零れた声は、変に上擦ってはいなかっただろうか? 焦る陽は自身の心臓がバクバクと鳴っているのを感じて、胸元を手で押さえる。そうだ、陽は夢について考えていたのだ。そして、心の中に浮かんだのがモコだった。そんなこと恥ずかしくてとても言えないから、今自分は動揺しているのだ。
(「なんだろう……なぜかわからないけど、なんかいま、モコさんの顔が見られない……」)
 顔が熱い。こんな姿を見られたくないが、何も喋らないのもおかしいだろうか。混乱に頭がぐるぐる回る感覚に陥っていた陽だったが、その意識はモコの声に掬い上げられる。
「……シキくん、着いたモグよ」
 呼びかけられて、はっと顔上げれば二人の目の前にダンジョンがあった。恐らくその姿はダンジョン化する前の洞窟のままなのだろう、岩の壁にぽっかりと空いた穴はただそこに佇んでいた。
 この中に、危険な幻惑と、モンスターが待ち構えている。思えば心が引き締まるから、陽は改めて自分の夢について考えた。
(「――父さんみたいな立派な刑事には、俺の掌は届かないかもしれない。だけれど傍にある幸せなら、この掌で守れるんじゃないかな」)
 ――その幸せは、きっと|モコ《彼女》のようにあたたかい姿をしているのだ。思えば胸に込み上げてくるものがあって、陽は心に『夢』を描く。
(「夢というにはささやかだけど、叶ったらいいなって思うのは一緒にいられたらいいな、ってこと」)
 心に浮かぶ、想い、願い。その輪郭をなぞるように、陽は自身の内を確かめる。そうして、それを言葉にする。
(「……そして、彼女の隣に居ても恥ずかしくないようになれたら」)
 それくらいなら……今の俺でも叶えられるかな。
 心に咲いた夢は、先へと進む力になる。
 陽は隣に立つモコと顔を見合わせ、頷き合って――共に、ダンジョンへと足を踏み入れた。

第2章 冒険 『ドリームウィードの群生地を越えて』


●『反転』する世界
 虹の下、その洞窟はただそこに佇み、√能力者達を出迎えた。岩の壁にぽっかりと空いた穴。その姿はダンジョン化する前の洞窟のままなのだろう、一見危険はないように見える。
 けれど、それすらもが罠だと言うことを√能力者達は知っている。慎重に中へと踏み入って、警戒しながら奥へ奥へと進んでいく。
 ――ふわり、彼らの鼻孔を甘い香りがくすぐった。それは、ドリームウィードが散布する危険な幻惑ガスの香りだ。
 ダンジョンは一本道、幻惑ガスが漂う道を通り抜ける他に道はない。ならば幻惑に完全に囚われぬよう、この道を駆け抜けるしかない。
 『夢』が『反転』した幻惑を見せると言う道。ここを√能力者達が通る時、見る景色はどんなものだろう。
エアリィ・ウィンディア

●失われるしるべ
 夢語る人々と別れ、道を急いで。ダンジョンへと辿り着いたエアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は、先程の会話を思い出してほんのり頬を赤く染めた。
「ちょ、ちょっと語りすぎちゃったなぁ……」
 人々も、冒険者であるエアリィに興味津々といった様子だったから、迷惑ではなかったと思うけれど。だからこそ聞き上手なみんなの前で、ついついたくさん語ってしまったと思う――でも、その想いは間違いなく本物なのだ。
「さぁ、それじゃ、洞窟の中へ出発っ!!」
 気持ちを切り替え、いざ冒険へ。エアリィはその足を洞窟へと踏み出す。ひんやりと、外とは異なる空気に満ちた洞窟の中をしばし歩けば――。
「あれ? 何だろ、この甘い匂い」
 ふわり、鼻をくすぐる甘い香り。脳にまで至るような蠱惑の香りは、しかしあまり好い感じはしない。エアリィは注意深く一本道の洞窟を進んでいき。
「あれ? 何か見える……」
 その先に、一人の小さな人影があることに気が付いた。目を凝らしてよく見てみる。肩口までの青い髪、青いマントに青いブーツ。小柄な少女冒険者――。
「これって、あたし?」
 エアリィは思わず呟く、けれどその自分自身は若葉色の瞳を暗く悲しい闇で染めている。一体何を見ているのか――その目線を追ってみれば、少女の喉が小さく鳴った。
「え? なんで血だらけでお母さんが倒れているのっ!?」
 もう一人の自分の目の前、そこには血溜まりの中倒れぴくりとも動かない母の姿があった。青く長い髪も、白い肌も、血に染まり赤くなっている。急いで助けないと、と駆け出そうとするが、その足は動かない。
「お母さんっ!」
 悲痛な声で呼ぶけれど、いつもの優しい笑顔はそこにない。大好きなあこがれの人。その命を目の前で奪われ、失ったとしたら――エアリィの心には、ぽっかりと大きな穴が空いてしまう。そうなればきっと彼女は自分を責めて、責めて、大切な憧れの想いすらも重くて暗いものに替えてしまう。
「そんなのやだっ! 憧れを奪われるだなんて、そんなのやだっ!」
 エアリィの円らな瞳から、涙があふれ零れ落ちる。
 あたしの大好きで憧れのお母さんを奪わないで――! その叫びは、小さな子どもが母を求めるように。
 膝をついたエアリィが泣きじゃくる前で、倒れた母を染める鮮血が急速に黒く変色していく。その変化と共に命まで消えていってしまうようで、少女は必死で手を伸ばした。
 ――けれどその瞬間、エアリィの脳裏には母の優しい笑顔が浮かんだ。手を伸ばす先はそっちではないと、教えてくれるようなあたたかな幻想。
「お母さん……」
 エアリィは涙を拭う、そして立ち上がる。未だ絶望の光景に足が震えるけれど、それを引き摺ってでも少女は進む。
(「この絶望を抜ける為の力をあたしに下さい」)
 足を何かに捕まれているような感覚だって、勇気を奮い立たせれば振り払えた。
 そうして懸命に|笑顔《ひかり》を求めたエアリィは――やがて、幻惑の道を抜けるのだった。

咲樂・祝光

●春はまだ来ず
 洞窟の中へと足を踏み入れ、少し。ふわり、漂う甘い香りを嗅ぎ取れば、|咲樂・祝光《。❀·̩͙꙳。サクラ シュリ。❀·̩͙꙳。》(曙光・h07945)は自身の鼻を塞いでガスから身を守る。
「甘い香りがするな……これが幻惑の。ミコト、君もガスを吸いすぎないように」
 ガスは口からも侵入してくる、できる限り言葉は発しない方がいいだろう。冷静に考えた祝光は手短に肩に乗る猫又へと語り掛けたのだけれど――。
(「……ものすごく、しょげている」)
 そこにいたのは、今まで見たこともないくらいに項垂れているミコトだった。死霊猫の夢は、大好物の大トロを山ほど食べることだった。ということは、今は恐らく夢が叶わなかった幻覚を見ているのだろう。
 祝光は思わず苦笑して、しょげ猫になっているミコトを撫でる。
「大トロ残念だったな」
 そう、優しく声をかけてやる曙の稚龍だったが――そこに、突然声が響き渡る。
『よりにもよって邪天の迦楼羅の息子、半端者のお前が龍王になぞなれるわけないだろう』
『お前達の存在こそが、龍の血と名誉を穢す厄災でしかないというのに』
 それは、とても冷たい声だった。侮蔑、嘲笑……憎悪もあるだろうか。いつかどこかで聞いたような謗りに、祝光は頭を振る。
(「曖昧で確かなものなどない。果てない道が鎖される可能性が高いことくらい俺にもわかってる」)
 だから、今も俺は前へと進む――強い意志で幻惑の声を振り払った祝光は、進む先にぼんやりと人影が見えることに気付く。はっきりとした像を結ばないけれど、それが父であることを彼は直感的に理解した。
『──残念だ。お前に期待したのが間違いだったな』
 父の声は、感情を殺したように。しかしそれも父ではない、幻惑であると稚龍の男は思う。
(「父上はそんなことは言わない……いや言うかもしれない」)
 考えたら、少し腹が立ってきた。けれど、祝光は迦楼羅天の父を超えるのだ、対抗できる龍になるのだ。その志のためには、彼の言葉に心を乱されるわけにはいかない。
 さらに進めば、今度は母の姿が浮かび上がった。失望したように顔を伏せる母親。その表情は昏くて、祝光は思わず眉を寄せる。
『あの子を……妹の事も見つけられなかったの?』
 それは、祝光を非難する色を持った言葉だった。声は確かに母のものだけれど、彼は知っている。
(「母上は、そんな顔をしない」)
 だから――祝光は、幻惑の母親と知りつつ、静かに言葉を紡ぎ出した。
「妹は俺が必ず見つけて連れて帰る。龍王にだって、成る」
 凛と宣言すれば、周囲をも照らす光で昏い幻惑を打ち破る。
 ――それでも、辺りを包む陰鬱な空気はまだそこに漂っていて。祝光は、幻惑ガスが届かぬ場所を探して歩き続ける。
(「警戒していたからかな」)
 彼は思う、幻惑の両親はリアリティに欠けていた。もしもにしても、有り得ない。だって祝光は、どんなことがあっても足を止めるわけにはいかないと思っているのだ。
(「苛まれても、足を止めるわけにはいかない。どんな道だって、未知だって! 諦めない」)
 光湛えた双眸で、祝光は自分が信じる先へと歩いていく。進む足が迷わないのは、ひとりではないからだ。
「ミコト、海に行って狩ってくればいい」
 肩の上でいまだしょんぼりしている茶虎の猫又に、わざと笑って声掛ける。続けて紡ぐ言葉は、きっと自分自身の背中も押すためのもの。
「叶わなかった位で諦められる夢なんて、寝てる間だけ見ればいい」
 そう、祝光の夢は決して諦められないもの――彼は、龍王になるのだ。
(「俺にとっての龍王とは──大切な人達を、その人達が生きる世界を、住む人々を、場所を、時を、然りと守れる存在のこと」)
 誇れる自分になるために、彼は今できることを為す。
 凛、と耳に届くは『誘桜』の鈴音。龍王を志す彼の想いに寄り添うよう、清涼な音を響かせて。
(「どんな痛みも糧にしてやる」)
 祝光は前を向く、確かな足取りで、幻惑の中を進む。
「絶望して挫けてる暇なんて俺にはない」
 はっきりと彼が告げた時――周囲の空気が一変した。
 それは、ドリームウィードが放出する幻惑ガスの範囲外へ出たということであり、彼の固い誓いが幻惑に勝った瞬間であった。

ブランシュネージュ・クリスタリエ

●雪融けに届かない
 甘い香りが漂ってきた、そう思った時には雪融けの野原に、|ブランシュネージュ《Blanche-Neige》・|クリスタリエ《Crystallier》(雪華の慈愛・h06548)は立っていた。
 ぎゅ、と踏みしめる雪は水を含みながらもまだ重く、感触までも惑わされた彼女はその光景を現実のものと錯覚する。
「ここは……。なあ、おい、いるのか――」
 ブランシュネージュの唇が、春色を宿す兄の名を呼ぶ。しかし瞬間、ごうと冷たい風が彼女の肌に吹き付けた。
 ――ああ、まだ春が来ない。ブランシュネージュの願いを嘲笑うかのように吹く冬の風に、雪華の瞳から色が喪われていく。
 雪融けが来たならば、そこには彼がいるはずなのだ。春色の髪を陽光に透けさせて、笑う大切な双子の兄が。
 でも、ここにはブランシュネージュただひとり。手を伸ばしたって何も掴めず、その指の間からはただ空気だけがすり抜ける。もしこれが現実なら、三年間追いかけてきた全てはなんだったというのか。
 あの日のただいまを取り戻すために。笑い合ったあの時間を、肩並べて歩けたあの場所を、もう一度取り戻す日をただ夢見て。ブランシュネージュは何度だって地図を辿り、いくつもの夜を越えてきた。
 ――それなのに、それでも。彼にはもう、会えないのだろうか?
 足元から冷気と共に絶望が這いあがってくるようで、足が震える。まるで、世界が彼女を取り残して静止するようで。色も音も、失っていく気がした。
「っ……」
 緩む膝に座り込めば、白いアネモネが揺れる。悔しさに詰めた息が苦しい。
(「もし本当にもう会えないのだとしたら、旅は何の意味もなくなるのか」)
 それが、オレの旅の結末なのか――失意のままに瞳を閉じるブランシュネージュだが、しかしその脳裏にはその旅路で見てきた光景が浮かぶ。
 たくさんの人々と出会った。夢追う人々の輝く瞳、幸福に溢れる笑顔。それらに、兄がいつか灯してくれた光と同じ温もりが重なる。
「――そうだ。夢は砕けたんじゃない。まだ叶っていないだけだ」
 温もりは、彼女の絶望を融かした。雪華の瞳に、色が戻る。再び立ち上がり、足を踏み出せば――きっと、オレはまだ走れる――!
 ブーツで踏み出した一歩に、ぱしゃんと水が跳ねる。水となり春に流れる雪融けの大地。その感触すらも急速に薄れていくのがわかって、彼女は走り出す。
(「必ず取り戻すから。どれほど遠回りをしても、どれほど傷ついても、進み続けるよ」)
 心に改めて誓う、彼女の願い。それをもう零さないようしっかりと抱き留めて、ブランシュネージュは幻惑の道を走り抜けるのだった。

兎沢・深琴

●贖罪のおわり
 洞窟へと足を踏み入れた|兎沢・深琴《とざわ・みこと》(星華夢想・h00008)は、漂う甘い香りに思わず眉を寄せた。
「夢を願うための道中に反転の幻惑とはね。夢は簡単には叶わないという暗示かしら」
 呟きながらも、歩みは止めない。かつん、とヒールの音を響かせながら進む先に『何か』が見えてくるが――深琴は真紅の瞳を逸らさずに、近付いていく。
(「夢の反転なら幻の内容にも予想がつく、心の準備は出来てるわ」)
 彼女の願いは、姪の未来を護ること。ならば、見えているのはきっと。
 最悪を思い描きながら、歩く。すると瞬間、景色が一変した。
 そこは、見慣れた√EDENの街中だった。目の前にはまだ新しいランドセルを背負った咲月の姿、それが突然――血を流して倒れてしまう。
『お姉ちゃん……』
 姪の唇が、助けを求めるように深琴を呼ぶ。瞳に灯るは命の光はあっという間に小さくなって――薔薇の娘は、ただそれを見ていることしかできなかった。
(「あぁ、やっぱりこうなるのね」)
 |紅薔薇《レジェンドオブルージュ》の瞳が揺れる。彼女の成長を見届けられずに深琴が命を落とすパターンの可能性も考えていたが、幻惑が見せるのは咲月の死だった。こっちの方が的確にダメージを与えられるものね、と妙に冷静な自分がいるが、同時に姉が亡くなった時の記憶が、感情が、深琴の頭にフラッシュバックする。
 あの時だって、震えて姉からの無事の報告を待つことしかできなかった。もう大切な人を失いたくないのに。護るって決めた、その為なら何だってする覚悟でいたのに――。
「能力者となり力を得ても、肝心な時には無力なのね」
 震える唇から零れたのは、自分でも驚くくらい弱々しい声だった。深琴は崩れ落ちるように、咲月の亡骸の前で座り込む。
(「この子にとっては両親の元へ行った方が幸せだったのかな。私のしてることは自己満足なのかな」)
 目の前の姪は、答えてくれない。そしてそれは、現実の姪に問うても変わらないのだ。じわじわと心を侵食する悪い想像に、全てを支配されそうで――深琴は、ぎゅっと拳を握り締めた。
「嫌だな、震えが止まらない」
 かすれる声でも言葉にするのは、己の状態を受け止め、そこから抜け出すため。
 甘い香りのガスが見せるものは幻、心乱されないように、そう自分に言い聞かせてきたはずでも、実際に見せられると心を呑まれそうになってしまった。それを、自覚する。
(「最初の余裕はどこへ行ったのかしら」)
 自嘲は、叱咤でもある。自分をこの場に縫い止めようとする幻惑を前に、深琴はぎゅっと瞳を閉じて頭を振った。これ以上いたら本当に囚われてしまいそうだから。
「|目の前の事《これ》を現実にさせない為に、立ち止まってるわけにはいかないの」
 再び開かれた真紅の瞳は、強い意志を湛えて。深琴は立ち上がり、未だ震えようとする足を自分で叩き、前へと進んでいく。
(「願いは自分で決めた事、もう後戻りはできない、さっさと抜けてしまいましょう」)
 幻惑も、己の内の不安も振り払って、深琴はガスに満たされた道を抜ける。進む先だけを見つめて――倒れた姪の姿に、決して振り返らずに。

モコ・ブラウン
史記守・陽

●二人だからこその『悪夢』
「……シキくん?」
 モコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)が声を上げたのは、幻惑ガスの只中へと進んでしばらくしてからのことだった。今さっきまで隣にいたはずの|史記守・陽《しきもり はる》(黎明・h04400)の姿が、どこにも見当たらない。おかしな幻覚を見せる洞窟なので気を付けなければならないとは聞いていたが――その話を思い出すより先に嫌な予感に支配されて、モコは震えそうな唇からいつも通りの声を出すのが精一杯だった。
「おーい、どこモグ?」
 何度も、何度も呼びかけた。洞窟の中を隈なく探して、それでも彼の姿も痕跡も、何も見つけることができなかった。モコは警察官であり、野良モグラでもある。モノ探しは得意だという自負もあったのに、陽は霞のように消えてしまった――。
 途端に覚えた焦燥感に、モコの心臓が早鐘を打つ。だって、これではまるで、何年探しても見つからない『師匠』のようだ。
 考えた瞬間、モグラの娘は踵を返し洞窟を出ていた。向かう先は彼女が所属する八曲署『捜査三課』。どうしたのかと問う同僚や|部長《ボス》に状況を報告し、頼もしい同僚達を引き連れ捜索隊を組む。そうして再び洞窟に入っての大捜索を開始したのだが――何日経っても、陽の姿は見つけられなかった。
(「もう、会えないかもしれない」)
 そんな不安が、モコの背中に重く圧し掛かってくる。
 かつて√妖怪百鬼夜行で警察の仲間が死んでしまった時は、『覚悟』ができていた。最初は悲しみに暮れたが、やがてはその死を受け入れることができた。それが『死ぬ』ということだし、自然の理だと理解できたのだ。
(「――でも、こんなふうにいなくなられたら」)
 ぎゅうっと、自分の胸を押さえる。これでは諦めることすらできない。師匠も、陽も、今でも苦しみながら自分の助けを待っているかもしれない――そんな可能性が、モコの心をいつまでも苛む。
 それは、一生残る呪いのようなものだと思った。モコが足掻くのをやめた瞬間、彼らの命を自身の選択で断ち切ってしまうような気がして――そんなことできないから、心をすり減らしながら待つことしかできない。
 考えれば考えるほど、気が遠くなっていく。例えばお腹の中のものを全て吐き出したとしたって、身体の中にはずっと重く何かが残っているような――そんな感覚が苦しかった。
(「こんな思いをするのなら、もういっそ楽になってしまいたい……」)
 針のむしろのような感覚に、モコの脳裏によぎった救済は『死』だった。懐の拳銃が、自分を苦しみから解放してくれる唯一の手段と錯覚する。だから、それがある場所へと手を伸ばし、縋ろうと――。
 その時、かつんと指先に触れたのは別の感触だった。
(「これは……」)
 それは、銀の懐中時計だった。震える指で取り出したそれを開けば、時計の音が耳に届く。四葉の魔力水晶が輝くその下で、カチカチと正確に時を刻む文字盤――それを見つめていると、急激に思考がクリアになっていく。
「これが、幻覚モグか」
 抜け出すための糸口が見つかれば、後は早い。長い長い時を苦しんだ感覚だったけれど、自分は洞窟を出てすらいなかったのだとすぐ理解できた。
 だからモコは、頬をぴしゃりと叩いて幻惑を打ち消す。そうして研ぎ澄まされたモグラの感覚センサーに集中すれば――。
(「いた」)
 モコは直感する、そう遠くないところに|陽《シキくん》がいる。その存在を感じた瞬間、彼女は駆け出していた。
 ――一方の陽は、幻惑が見せる赤い世界に身を浸していた。
 幻惑ガスの道へと入る前、陽は自分の『夢の反転』とはどんなものだろうかと考えていた。
 警察官になること――それは、半端な形だけれど叶っている。
 父さんのような刑事になること――届くかどうかすら怪しい夢、それが反転したら、どうなると言うのだろう?
 幻惑が見せるのが絶望への誘いなのだとしたら、きっと見せるのはそれではないと思った。だから、陽の視線は自然とモコの方を向いてしまったのだ。
 彼女に関することじゃなければいい。そう――願ってしまったからこそ、きっと今目の前にあの男の姿がある。
 血のように赤い、夕焼けの世界。夕日を背後に佇むのは、一番見たくないと思っていた男。
「俺を呼んでくれたんだね、シキくん? 嬉しいなあ」
 夜闇を融かしたような佇まいの中で、蜜を融かした月のような瞳だけが輝いている。それは陽の父の元親友と推測され、同時に父の仇でもある男だった。
「|月代・皐月《つきしろ・さつき》――」
 陽が名を呼べば、男は心底嬉しそうに顔を綻ばせる。その表情は一見友好的だけれど、右手に握られた禍々しいナイフを見れば油断などできるはずがない。
 ――陽は知っている、皐月が陽に執着していることを。理由はわからないし、あったとしても陽が理解できるようなことではないのかもしれない。ただ、陽はずっと恐れていたのだ、皐月が|父を殺した《あの日の》ように、また自分の大切な人を奪いに来るのではないかと――。
 皐月と対峙する陽の頬を、冷や汗が伝う。ぽたり、汗が落ちたと感じた瞬間に――皐月の傍の空間が揺らいだ。そうしてそこに現れたのは、さっきまで陽の隣にいたはずの人物で。
「……モコさん!」
「おっと、動いちゃだめだよシキくん」
 弾かれたように地を蹴り駆け出そうとした陽に、皐月は冷え上がるような瞳向けて左手をひらり払った。すると、陽の足元から影が伸びてその足首を掴む。ぐん、と引っ張る力は予想以上に強くて、バランス崩した陽はその場に引き倒されてしまった。
「っ……」
「この子が心配? ふふ、お父さんと同じ顔をするんだね。立派に成長してくれて、お父さんも嬉しいんじゃないかなあ」
 |落日《あの日》を仄めかすような言い方に、陽は全身の血が巡るのを感じる。やはりそうだ、眼前で繰り広げられている光景は、彼が取り戻した記憶をなぞっている。
 一番恐れていること。あってはならない最悪の光景。
 ――モコの身体が、皐月に引き寄せられて。男の手にした黒いナイフが、彼女の心臓を一突きにする。
「あっ……ああ、」
 思わず零れた声は苦しみに満ちて、陽はそれが己の声であると認識すらできない。それよりも、絶望に呑まれないよう己を律することに必死なのだ。
(「大丈夫だ、√能力者は滅多なことでなければ死なない。この身で何度も経験している事象じゃないか。大丈夫だ、落ち着け、冷静になれ――」)
 頭の中で何度も自身に言い聞かせるけれど、その言葉を感情が受け入れてくれない。それなのに、彼を戒めていた影がするりとその足を解放するから――陽はただ、感情のままに立ち上がり殺人鬼へと斬りかかった。
 ギィン、と金属のぶつかり合う音が、赤い空間に響く。黎明より前の空を映したような刀が、漆黒のナイフと鍔迫り合いになる――かと思いきや、一瞬のうちに皐月の方が押し切って、そのまま陽の身体に致命的な傷を刻み付けた。
「残念、君にオレは殺せないよ。何でだかわかる?」
 まるで面白がるように、皐月がよろめく陽へ声掛ける。しかしそれに答えることはせず、陽は晴天色の瞳で敵見据えて再び奔った。――√能力、|蕾琳顕現《ディシィデリウム・ジェネシス》。本来は心の力を根源とするはずのその能力を、陽は今ただ道具として揮う。即座に死後蘇生する、そのためだけに。
(「こうならないためにも、俺はモコさんの傍から離れた方がいいってそう思っていたのに」)
 胸に浮かぶのは、後悔ばかりだ。傍に居ても良いと言うような彼女の優しさに甘えてしまっていた。そんな自分が許せなくて、陽は我武者羅に『払暁』を揮う。その太刀筋は滅茶苦茶で、皐月が呆れるような顔をしている。それでも構わない。もう何も考えられない。苦しいとか悲しいとかそういうのはどうだってよくて、もう――どうにでもなってしまえばいい――!
 そうして、いっそこのまま果ててしまいたいと、陽は思う。またこうして、大切な人がいなくなって自分だけが生き残る。そんな事実に心が耐えられない。
(「どうしていつもこうなってしまうんだろう。大切に想う人なんて最初から作らなければよかった」)
 後悔の念が膨れ上がれば、瞳から溢れ頬を濡らす。
 それでも、|己を傷付ける《敵を倒す》ために更なる一撃を――。
「――シキくん!」
 そこで、陽の意識は呼び声に引き戻された。
 はっと気付いて前を見れば、そこにいたのは痛々し気な表情を浮かべたモコだ。しかしその身に外傷はなく、苦しんでいる様子もない。あれは、幻想だったのだと陽に教えるように。
「……モコさん……」
「よかった、気付いたモグね。もうすぐガスの道を抜けるから、こっちへ……」
 陽を導くモコが、陽の手へと指先を絡める。その温もりが、冷え切った指を――全身を温めてくれるようで、陽は張りつめていた息をそっと吐き出した。
 夢の反転は、陽の心に確かに後悔を残していた。けれど、その幻惑から彼を引き戻してくれたのも、モコという存在なのだ。
 改めて陽は思う、自分の夢は何だろう。その思考は未だぼんやりと纏まらないまま――二人は幻惑ガスの道を抜け、やがてダンジョンの最奥へと至る。

第3章 ボス戦 『夢紡ギのメルル』


●夢を狙う簒奪者
 幻惑ガスの道を通り抜けた先――√能力者達は、洞窟の最奥へと到達した。
 ぽっかりと開けた空間には、うっすらと水が溜まっている。滑りやすそうだから、進む時は気を付けなければならないだろう。
 なぜ最奥に水があるのか、見上げればその原因はすぐにわかった。岩壁の洞窟のその天井に、大きく穴が空いているのだ。恐らく、先程の通り雨が降り込んで地面に残っているのだろう。
 そうしてその穴の先には、はっきりと七色の虹が見える。まるで天然の額縁に切り取られたようなそれは、確かに特別な祝福をもたらしてくれるような気がした。
 あの虹に願えば、夢が叶う――√能力者達が近付こうとしたその時、彼らの前に突如黒い影が現れる。
「あらあら? √能力者かしら。残念、弱い人の夢をいっぱい食べようと思ったのに」
 言葉を紡ぐ影は、無邪気な少女の形を成す。『夢紡ギのメルル』――それが、このダンジョンに巣食う簒奪者の正体だ。この少女に夢を完全に食べられてしまうと、『夢が叶った』という記憶だけを植え付けられて、その夢は忘れてしまうと言う。しかし彼女を倒せば食べられた夢は帰ってくるのだ、完全に食べられる前に倒してしまえばいい――!
 黒いワンピースを揺らして、メルルは√能力者達を見つめる。
「ふふ、お目当てはあの虹でしょう? みんなとっても美味しそう」
 少女は影狼を伴って、夢を狙い近付いてくる。夢を奪われないため、そして美しい虹へと願うため。彼女とは戦わなければならないのだ。
エアリィ・ウィンディア
ブランシュネージュ・クリスタリエ
モコ・ブラウン
史記守・陽
兎沢・深琴
常夢・ラディエ
咲樂・祝光

●この夢は奪わせない
 くすくすと笑う少女姿の簒奪者を、|紅薔薇《レジェンドオブルージュ》の瞳に映して。|兎沢・深琴《とざわ・みこと》(星華夢想・h00008)は、夜色に輝く投げナイフ『shooting star』を握り締めた。
(「夢の内容を忘れ、更に偽の記憶まで植え付けられて、そんなのただ虚しいだけね」)
 植え付けられるのは、『夢が叶った』という記憶だけ。しかしその夢が何だったかは食べられてしまい思い出せない。そんなことに意味はないと、深琴は思う。一時的には満たされた感覚があったとしても、きっと心のどこかに喪失感は残り続けるはず。
 だから、薔薇の娘は『夢紡ギのメルル』へと一歩近付いて、唇を開く。
「夢は一歩を踏み出す切っ掛け、その人自身の可能性を広げる物。誰かに利用される材料であってはならないのよ」
「うふふ、そうね。だからこそとっても美味しいの!」
 深琴の紡ぐ言葉には、しっかりと否定の色が篭められていた。けれどそれをまるで意に介さずに、簒奪者の少女はうっとりと語る。会話が通じる相手ではない――察した深琴は、藍色に輝く輝石を取り出した。『satellite』、護霊と繋いだ絆の証。夜空に瞬く星を閉じ込めたような石を手に、娘は凛と前を向いて。
「貴女の時間はもうお終い、奪った夢は返してもらうわね」
 |星に願いを《ウィッシュアポンアスター》――深琴の願いに即座に応え、足元に夜色が現れ黒猫の形をとっていく。すっと背筋を伸ばし、簒奪者を見据える。その身体は動く度に星空を想わせる光に煌めいていた。
「あら、かわいい猫さんね」
「そう、そちらが狼なら、私はこの子。力を貸して頂戴」
 薔薇の娘が言葉紡ぐけれど、星の深淵は動かない。敵への警戒は怠らないまま何か思うところがある様子に、深琴は思わず小さく笑ってしまった。
「なぁに、幻の時に頼ってくれなかったのが不満なの」
 尋ねれば、ぱたりと揺れる尻尾だけでそうだと訴える黒猫。けれど護霊は身体を持ち上げている、会話は戯れだ。だから、深琴は投げナイフを構えて続ける。
「あれは自分だけで突破したかったのよ、分かってるんでしょ」
 ――その言葉を発した瞬間、黒猫は奔り出した。その身体を追い越すように、深琴は夜色のナイフを投げつける。刃が狙うは、メルルが生み出した夢蝕む影狼。それは、流れて落ちる空の星のように――ナイフは√能力受けて幾筋にも増殖し、影狼とメルルを同時に斬りつけた。
「きゃあ!?」
 驚きよろめくメルルのその隙に、星の深淵が飛び掛かる。鋭い爪は、昏き深淵の力を宿して。少女の黒いワンピースにそれを深々と突き立てれば、簒奪者は悲鳴を上げて飛び退いた。
「もうっ! 邪魔なナイフね!」
「移動速度を上げても威力を上げた攻撃をしようとも、思うように動けなければ意味がないでしょ」
 深琴が冷静に告げれば、メルルの青い瞳が不満げに歪む。その表情を後方から観察しているのは、|ブランシュネージュ《Blanche-Neige》・|クリスタリエ《Crystallier》(雪華の慈愛・h06548)だ。戦場の後ろには未だくっきりとかかる七色の虹。その美しさに見惚れたいけれど、簒奪者の声が届けば脳裏に浮かぶは兄の面影で。
「夢を奪う者をこれ以上見過ごすわけにはいかないよな」
 戦う意志を、言葉にして。雪華の瞳を敵へと向けて、ブランシュネージュは唇を開いた。
「儚き光よ、白夢に宿れ――スノウルミナ!」
 その場を離れず、そのまま詠唱を続ける。すると、彼女の周囲に光の結晶が次々に現れる。それらは仲間の√能力者達に寄り添うときらり煌めいた。
「防御は任せてくれ、|光の結晶《そいつ》がついてく!」
「ありがとう、ブランシュネージュさんっ!」
 彼女の呼びかけに応えたのは、明るい声。エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は追従する光の結晶を頼もしく思いながら、軽やかに地を蹴り精霊銃『エレメンタル・シューター』を構える。連続で発砲するのは、√能力の多重詠唱時間を稼ぐため――けれどその前にどうしても一言いいたくて、エアリィは若草色の瞳で真っ直ぐに敵を見据えた。
「お姉さん、他人の夢を食べるのはダメだと思うの。夢って、なりたい自分に向って突き進む、すっごく大切な原動力だから」
 語れば、先程まで見ていた『夢』と、反転し見せられた『悪夢』の記憶が蘇る。思い出したら泣きそうになるけれど――それでも手放したくない、大切な夢だ。
「それを奪うだなんて……。そんなの、絶対にだめだからっ!!」
 凛と声を響かせたエアリィは、そのまま多重詠唱を開始した。夢を奪われたくないから、少女は全力で戦うのだ。
 そんな彼女の銃撃に紛れるように、戦場に飛び込む少女がいる。|常夢・ラディエ《とこゆめ ラディエ》(惰眠・h08858)だ。
「んふふ、ぼく知ってる~。これは夢バトル勃発だね~」
 桃色の髪を揺らしながら乱入した少女は、瞳を閉じたままで言葉紡ぐ。
「夢を食べるきみと夢の中に居るぼく、どっちが強いかな~? さあ、み〜んな寝かしつけてあげるよ〜」
 メルルへと向けた言葉の後、発動の言葉も紡げば少女の身体がたちまち変化していく。ハイパーあくまモードへと変身したラディエは、そのまま簒奪者の少女へ向け睡眠ブレスを放った。
「あらあら、まだ隠れてたのね!」
 夢紡ギのメルルが、ブレスから逃れようと夢を纏う。狙い通りだ、サキュバス姿のラディエはブレスでうまくメルルを誘い込む。逃げ切るのは無理と悟ったのか、方向転換してラディエへと接近する敵。簒奪者は高威力の攻撃を持っているが――近接攻撃であるのなら、敵は必ず接近してくると思っていた。
「一発くらいならたぶん大丈夫だよね~」
 瞳閉じたままで呟いて、ラディエがメルルを待ち構える。一瞬警戒する素振りを見せる夢紡ギのメルルだったが、彼女はそのまま拳を振り上げた。
「行くわよ、スーパーメルルパンチ!」
 それは、装甲すらも貫通する一撃。勢い乗せたそれがラディエの身体へ叩き込まれそうになるが――眠りの少女は避けることなく、その腕を受け止めた。
「なっ……!?」
「んふふ、捕まえちゃった~」
 ガッチリ掴んじゃえば逃げられないよね~。変わらぬ調子で言葉紡ぎながら、その見た目からは想像のつかない力でラディエがメルルの身体を振り回す。簒奪者の少女は慌てて影狼を繰り出そうとするが、もう手遅れだ。ふわり、黒衣の身体が宙に浮かび上がったかと思うと、次の瞬間彼女は地面に叩きつけられた。
「きゃあああっ!」
 ダンジョン内に響くメルルの悲鳴。そこを好機と見て、詠唱終えたエアリィが精霊銃を構えた。敵の隙を自分で作り出すなら武器は手放そうと思っていたが、今なら、これでしっかり敵を狙える。チャージしたのは火・水・風・土・光・闇の精霊六属性の魔力。それらを編み上げ、銃へと篭めて――。
「闇を、夜を払う光をここに。|六芒星精霊収束砲・零式《ヘキサドライブ・エレメンタル・ブラスト・ゼロ》、いっけーーっ!!」
 凛と声を張り上げれば、六色の光が放たれる。それは起き上がりかけていた夢紡ギのメルルを穿ち、彼女は再び地面へ倒れ込んだ。
「うぅ……っ! 意外とやるじゃない」
 鮮やかな連携攻撃に伏したメルルが、それでも敵意の篭もった表情で身体を起こす――と、瞬間、ひらりと薄紅の花弁が舞った。
「……桜……?」
 メルルが思わず目を奪われた、それは|咲樂・祝光《。?・???。サクラ シュリ。?・???。》(曙光・h07945)が身体に纏う、破魔の桜吹雪だった。
「夢を食べてしまうなんて、悪食だね」
 祝光が言葉を紡ぎながら、『桜護龍符』を手に取る。破魔の霊力篭めた護符は花弁のように舞い、くるくる回って嵐へと変わる。そして、祝光が宵と曙の双眸で簒奪者の少女見れば――桜吹雪が、彼女へ襲い掛かった。
「きゃ……あああっ!」
「残念だけど君に食べさせられるような夢は何一つ、ないんだよ」
 祝光の拒絶を耳にしながら、よろめくメルル。そんな敵を青い瞳で見据えて、傍らの青年に声掛けるのはモコ・ブラウン(化けモグラ・h00344)だった。
「さて……モグたちの心を弄んだ輩にはたっぷりとお仕置きをしないとモグよねぇ?」
 不敵に笑って紡いだ言葉に、しかし返事はなかった。どうしたのかと|史記守・陽《しきもり はる》(黎明・h04400)の顔を伺ったモコは、陽がどこか遠くを見つめていることに気が付く。
「シキくん……?」
 モコは呼びかけるが、反応がない。一体彼はどんな幻影を見させられたのか――それはわからないけれど、自身が見た悪夢のような幻を思い返せば、ろくでもないものだったことは想像に難くない。
 今の陽に、言葉で呼びかけるのは逆効果になるかもしれない。思うモコは、そっとその指先を伸ばした。
 一方の陽は、未だ脳裏に過ぎる先程までの光景について考えていた。振り払おうとしても纏わり付いてくる光景に、眩暈がしそうだ。
(「……それだけあの光景が恐ろしくて、俺の心も弱いという証拠で」)
 思考が囚われれば、胃の中がぐるぐるとしてくる。けれど、陽はその気持ちの根源が未だわからない。
 何を自分はそんなに恐れているのだろうか。何故こんなにも動揺しているのか――。見つからぬ答えにもがく陽だったが、ふとその時、掌からぬくもりが伝った。
 遠い異国の森の中で、花火が咲く夏空の下で――いつだって、陽を勇気付けてくれる確かなぬくもり。はっとして顔を上げる。見れば、そこにいたのは自分を気遣うモコだった。
 自覚する、悪夢のせいで挫けそうになる心があったことを。でも、彼女のぬくもりが陽の心を奮い立たせてくれる。
 彼の手へと熱を分け与えながら、モコは敵へ警戒を向けていた。先程と同じ、陽の冷え切った指の感覚。幻覚を見せたこのダンジョン、その主が目の前にいると思えば――なんだか無性にムカムカと怒りが湧いてきた。
(「可愛い後輩を守らなくては――」)
 そのためには、先に一人仕掛けようか。考えるモコだったが、その矢先に陽がすっと前衛に立ってくれる。
「嘆くのも、挫けるのも、後から出来る。今は他の人のためにも戦わなきゃいけませんよね」
 頼もしい彼の背中に、モコは思わずニヤリと微笑む。出会った頃より、その背中は大きくなった。期間としてはまだ僅かなのに、その成長が誇らしい。
「手加減は無用モグよ。やっちゃえ、シキくん」
 言葉紡ぎながら、拳銃を構える。まずは一発牽制に、引き金を引いて。すると先制を取りたがる敵が、即座に影狼を仕掛けてくる。カウンター合戦は、先に√能力を使った方が負けだ。誘いに乗ってしまった時点で、メルルよりモコの攻撃が早く届くことが確定する。
「反応が遅いモグっ!」
 鋭く言葉を発して、本命の射撃。それはまっすぐメルルの心臓を狙ったが、少女は横に滑るように動くことで急所への命中を避ける。そして、そのまま夢を纏えば前に立つ陽へと接近して――。
「邪魔なあなたから片付けてあげる!」
 振り上げた拳が、降ろされようとする。けれど陽はその前に、右掌を眼前に伸ばしてメルルの拳を受け止めた。瞬間、ぱちりと空間が割れるような音がして、メルルの攻撃は止められていた。
「……ルートブレイカー……!」
 敵も即座に、何をされたのか理解したようだ。けれどもう遅い。陽の左手はすでに自身の髪紐を掴んでいる。しゅるり、と赤い一本を解けば、柔らかな髪が風に躍る。陽は、これを触媒に――今度こそ、正しく√能力を使う。
「これより高みへ行くために、力を貸してくれますか」
 言葉紡げば、自然と口が笑みの形を作るのを本人は自覚できただろうか。想いが篭められた、モコからの誕生日プレゼント。その赤を自身と融合させ、喪失の恐怖を克服し――すらり抜いた剣『払暁』を振り上げ、勇気を力にして敵にぶつける。
「想いを奪わせるわけにはいかないんだ!」
「あっ……あああっ!」
 袈裟に斬れば、悲鳴を上げる夢紡ギのメルル。その後ろでは、彼女が従える影狼を形保てなくなってきたのかグズグズと床に落ちそうになっている。
 それ見て、追撃にいち早く動いたのはブランシュネージュだった。
「凍てつく刃よ、氷晶となりて穿て――氷晶穿天!」
 声と共に凍れる弾丸を射出すれば、崩れかけの影狼が先制取ろうと襲い掛かってくる。しかし鋭い爪が届くより先に、その身は氷に閉ざされた。
(「夢を誰にも奪わせない」)
 決意を胸に敵を見据えれば、メルルは闇を纏い隠れてやりすごそうとしている。スノウルミナできらりきらりと照らしてみせれば、隠密の効果は薄れて。見つかり焦るメルルは――祝光目掛けて新たな影狼を召喚してけしかけた。
「あの人の夢を食べちゃって! 回復を……!」
 猛る影狼が牙剥けば、奪われる夢。祝光は、啄まれる度に襲い来る空虚さと戦っていた。
 俺は何を志していたのか。なりたいものになれたのか。君を救うことが叶ったのか?
「……俺はなんの為に」
 弱っていても、メルルの夢食べる力は健在だ。胸に残る空虚な達成感に思わず顔を顰めると、祝光はそれ以上喰われないように√能力を発動する。桜吹雪の|結界《バリア》を纏いながら、破魔の呪を宿した『破:桜禍絢爛』を操れば、破邪の桜護龍符が強化される。足を止めたりなんてしない、今は影狼ごと、彼女を絶つのみだ。
「俺の夢は美味しかった? 返してもらうよ。誰にも穢すことは許さない」
「あっ……あああ!」
 傷の痛みが苦しいのか、悶えるメルルが再び夜へ潜ろうとする。けれどそれはさせてはならないと、彼女の体にぎゅっと抱き着いたのはエアリィだ。エルフの少女はそのまま、詠唱を済ませておいた精霊術を簒奪者の体へ叩き込む。
「これがあたしの奥の手っ!」
 叫びながら力の全てを注ぎ込めば、さすがにエアリィの体もふらりとよろめく。けれどその攻撃は間違いなく敵へ痛手を負わせた――もう一息だ。
「あっ、ああ、夢、夢を食べなきゃ! 食べれば、私まだ戦える……!」
 メルルが悲鳴を上げながら、新たな影狼を生み出す。それは深琴へ鋭い爪で傷付けようと言うものだったが、深琴は薔薇の花片で応戦する。
「艶やかな花を魅せてあげる」
 幾筋にも舞う鮮紅の薔薇。それは当たらなくても視界を遮っていればいい。そうして――深琴は星の深淵をメルルへと向かわせる。
(「護霊の星が戦う姿を見てると気づかされる。私は一人じゃない、こうして傍に居てくれる存在がいるんだって」)
 心強い存在に、心の中で感謝する。そうして深琴は、星と共にもう一度√能力を発動し――。
「あああ、悔しい、悔しいわ! せっかく素敵な狩場を見つけたのに……!」
 そんな恨み言を残すメルル目掛けて、深琴は最後の攻撃を叩きつけたのだった。

●あの虹に願いを
 夢狙う簒奪者が倒されると、ダンジョン内が静かになる。深琴はため息をひとつ吐き出すと、もう一度天井を仰いだ。
「虹は……まだ残ってるわね、よかった」
 洞窟にぽっかりと空いた穴。そこから見える虹は今もはっきりアーチを描いている。戦闘前よりもくっきりと見えるようになったそれに、感嘆の声を漏らすのはエアリィだ。
「わぁ、凄い綺麗な虹……」
 若葉色の瞳が、七色を捉えてキラキラと輝く。その美しさは、見せられた悪夢の光景を消し去ってくれそうで、願えば夢が叶うのもわかる気がした。
 だからエアリィはそっと手を組み合わせ、瞳を閉じて願う。
(「……優しく強いお母さん。そんな素敵な人になりたいって、あたしは改めて思うよ」)
 反転の夢にも惑わされず、それこそが自分の夢なのだとエアリィは思う。もしかしたら、この先もっと素敵な夢が見つかるのかもしれないけれど――今のエアリィにとっては、これがかけがえのない大切な夢なのだ。
 エアリィが祈る姿を見て、深琴も虹をじっと見つめる。こんなにはっきりした虹、なかなか見られるものではない。だからこそ、本当に夢が叶うのではと思えたから、自身も願いをかけようと。
(「私の夢は変わってない。姪の咲月、彼女の未来を護りたい」)
 ――でも、それだけが願いではないと、深琴は思う。彼女は一度、天に向けていた視線を落とす。足元には黒猫の姿した護霊、星が戦闘終えた今も深琴に寄り添ってくれている。
(「星、貴方がずっと傍にいてくれますようにって」)
 新たに胸に浮かんだ願いに、深琴は自覚する。そう思えるほど、この護霊の存在が大きくなっているのだ。
 二つの願いを胸に、改めて虹を見つめる深琴。美しい七色を目にすれば、彼女の心は不思議と晴れ渡るのだった。
「願い事~? うーん、ぼくは人類贔屓だからね~」
 途中参戦であったラディエは、そう呟いて自身の願いを考える。
「|人類《みんな》が平和に過ごせるようになって欲しいな~。気兼ねなくぐっすり眠れると良いよね~」
 人間災厄である彼女にとって、人類は愛すべき隣人とでも言うべきか。自分の願いより、彼らが共に在れることを願って、夢の悪魔はにっこりと笑った。――ついでに、ベッドとか枕とかアロマとか、人類がもっとすごいものを発明してくれれば、言うことはない。
 仲間達が虹に願いをかける中、モコだけは冷静な顔で空を見上げている。
「夢を叶えてくれる……ね、そんな上手い話はないってことモグ」
 モコは思う、人々が夢を託したこの洞窟内の虹は、ダンジョン化した今もう彼らには届かぬ存在となってしまった。つまり、いずれ遺産を封印するその時まで、虹は夢を叶えてくれないということになる。だがしかし、それで落胆する必要はないこともモコは知っている。
「モグたちの夢は、モグたち自身で叶えるものモグよ!」
「そう、かもしれませんね」
 陽もまた、くっきりと空に浮かぶ虹を見上げながら相槌を打つ。もしかしたら、夢は、未来は、|自分以外《誰か》に決められるようなものじゃないのかもしれない。
 そしてふと、そこで疑問が浮かんだ。陽は小さく首を傾げながら、晴天色の瞳をモコへ向けて問いかける。
「……そういえばモコさんの夢ってどんな夢だったんですか? 師匠が、見つかるように……とか?」
「……え? モグの夢?」
 返答を待つ陽を見て、モコは一瞬考える。自分の内に抱く『願い』はあるけれど――。
「……別に、人に話すような立派な夢はないモグ」
 結局、モコはそうはぐらかして、そのまま問いを投げ返す。
「そういうシキくんは? 夢はあるのモグ?」
「俺? 俺は……その……」
 今度は陽が言い淀む番だ。幻惑に見せられた悪夢のおかげで、よりくっきりとした『夢』。けれどそれを素直に言うのはなんだか憚られるから。
「……立派な警察官」
 そっぽ向いて誤魔化すように建前の夢を語ったら、モコはにっこりと笑顔を浮かべた。だって彼女は、陽がそのために努力していることを傍で見ていて知っているのだ。
「ふふ、きっとなれるモグよ。モグが保証してあげるのモグ!」
 二人が語り合うすぐ横では、祝光が静かに虹を見上げている。あの七色に、願いをかけるならばと考えて。
(「――そうだな。俺が夢を叶えられるように見守っていてくれ、だろうか」)
 夢が叶うこと自体を、虹に委ねるのではない。しかし七つの彩に見守られているのだと思えれば、どんな時も頑張れる気がしたのだ。
 だから、祝光は七色の光に誓いを立てる。
 目指すものは変わらない。抱く夢は、変わらない。祝光は祝光の――頂をただ目指し続けると。
(「自分の願いも叶えられず、誰の願いを叶えられるというんだ?」)
 ふっと笑みを浮かべれば、春のようにあたたかな風が一瞬吹き抜ける。
 この夢を抱いたきっかけは、仄暗いものでも。七彩の虹のように煌めく夢として叶えてみせると、そう祝光は虹と自身に誓うのだ。
 ブランシュネージュは、雪華の瞳に七色の虹を映してその手を思わず伸ばした。美しいそれは、遠すぎて手が届かないけれど。そんな距離だからこそ、願いを叶えてくれる気がしたのだ。
 彼女の願いは、ただひとつ。
(「いつかまた、あの日のように笑い合えますように」)
 そっと胸中で願い呟けば、きらきらと輝く虹の光が頬を照らすようで。ブランシュネージュは希望を抱き、そっと瞳を閉じる。笑み浮かべる彼女が静かに零す吐息。そこには、もう一つの願いが篭められていた。
 ――この光が、隣で戦った仲間の頬にも、そっと届いていますように。

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