年越し|神域戦争《セイクリッド・ウォー》
関東某所のその神社は、住宅街の中に見えてくる。
観光地というほどでもないが、縁結びの名所として知られていて、参拝者の数は多い。敷地内には慎ましいながら、披露宴が行える会館も併設されている。
心温まる光景が良く見られ、慕われている神社だった。
――神域が侵されたのは、凍てつく師走の夜。
夜闇の中で、鳥居の朱色が一層深みを増して見える。
神域と俗界を隔てるそれは、今宵、異界の扉と成り果てた。
√EDENと薄皮一枚隔てた世界から、招かれざる客人たちが訪れる。
鳥居を潜り、玉砂利を散らして。戦闘機械群が境内に列を成す。
「それなりの敷地に、目隠しの樹木。人間の居住地も近い。一時拠点には充分か」
指揮官の姿は一見、少女のようにも見えた。だが、物々しい機械装甲と冷徹な瞳は、戦闘機械である証左。
「『シュライク』たちよ。人間を連れ帰り、生体パーツを回収せよ。我らが|派閥《レリギオス》・ランページのために」
号令一下。|百舌鳥《シュライク》の名を持つ機械の群れが飛び立った。
●
「という予知が降りてきたんだよ。いくら戦闘機械群でも、年末年始くらい炬燵でゆっくりしてて欲しいよね」
ホット蜂蜜を口に運び、星詠みの|瑠璃《るり》・イクスピリエンス(赤色ソーダ・h02128)がぼやく。恐らく、炬燵に潜りたいのは自分だが。
√EDENの神社に降り立った戦闘機械群は、近隣の住人を端から襲い、ウォーゾーンに連れ帰って研究材料にするつもりだ。
当然、阻止しなければならない。
「幸い、まだ大晦日には数日あるからね。夜の神社なら誰もいない。境内で待ち伏せて、先制パンチしちゃえばいいと思うんだ!」
予知で見た戦闘機械群は、邪魔者がいる限りは排除を優先するようだ。能力者たちが留まって戦い続けている限り、一般人が襲われる心配はない……と、瑠璃は言う。
「集団戦になるから、数で押されないよう注意したいね。範囲攻撃で巻き込むか、一体ずつ確実に倒すか。とにかく、キミたちの得意な戦い方でいいけれど。
こちらが優勢すぎると、もしかしたら指揮官が出てくるかもしれない。こいつはすごく強いから、無理に倒さなくてもいい」
何故なら。
「今回の√ウォーゾーンからの通路だけど、短時間で消えそうなんだ。耐えて時間を稼げば撤退すると思うし、何なら鳥居の外に押し出して帰してやればいいよ!」
とにかく、無茶はするなと瑠璃は重ねた。
だってもうすぐ新年だ。
新しい年の始まりは、晴れやかな気持ちで迎えて欲しいから。
「無事に終わったらさ。新年のお参りに行ったらどうかな。そこ、『縁結び』の神社なんだってさ!」
縁結び──と聞けば、一番に思い浮かぶのは恋愛だろう。結婚式もできるのだし、神社側も強めに意識しているだろうが、『縁』とはそれだけではない。
新しい友人との縁や、憧れの仕事との縁を願っても良い。今ある縁に感謝して、祝福を願っても良い。
それと、
「ボクたち√能力者にとって大切な縁といえば、『Anker』かもね」
改めて、『Anker』への想いを深める機会にしてもいいかもしれない。
「あとは……露店がないから食事は無理だけど、お守りなら買えるかな。組紐のブレスレットなんかもおススメさ。形はシンプルだけど、いろんな色のがあるから、選ぶのも楽しいんじゃないかな」
組紐は、何本もの糸を組みあげて作る工芸品。着物の帯締めなどにも見られる美しい技法だ。複数の糸を重ねる作り方や、紐であることから、『縁を結ぶ』縁起物ともされている。
「ボクの縁はね。今はとりあえず、温かい飲み物と炬燵があれば充分かな」
もう一つ欲張るなら。
「キミたちがまた訪ねて来た時に、ハッピーニューイヤーを言わせてね」
そう言って、クマ耳の星詠みは微笑んだ。
第1章 集団戦 『シュライク』
●
はらり、と。冬枯れの枝から、なけなしの一葉が落ちた。
掃き清められた境内に、ぽつねんと痕が残る。
「キンコ殿、『クリスマス』はどう過ごされました?」
細い月だけでは、明かりには頼りない。念のためと石灯籠に火を入れて、|立岩・竜胆《たちいわ・りんどう》(今は古き災禍の龍・h01567)は、傍らの人妖に呼びかけた。
「クリスマスかい? 酒呑んでたねぇ」
金の瞳に金の髪。卒塔婆を担いで縁石に腰掛ける御倉・キンコ(泥酔警官・h01055)が、軽く答える。
「そうですか、楽しそうですね。では年末年始は?」
竜胆の微笑を、灯篭の火がほのかに照らす。その横顔にちらりと目をやって、
「年始も……酒だねえ」
「お好きなんですね、お酒が」
キンコは呵々と大仰に頷いた。好きも好きよ。特別な日も、そうでない日も、愛する酒と共にある。
「では、竜胆さんだったかな、お前さんはどうなんだい?」
「お酒を嗜むか、ですか?」
「予定の方だよ」
まあ、酒の好みも気にはなる。この後にキンコの呑む酒が、一人酒になるか二人酒になるかに関わるかも知れない。
「ワタシ、実は目覚めてから初めての年始なんですよ。なので友人とゆっくり過ごしたいんです」
竜胆の頬に当たる、光の温かみが増した気がした。
『目覚めた』という言い回しが微かに気に掛かるが、楽しげに未来を語る竜胆に、過去を追求するのは無粋に思えた。
元より、仲間を詮索している暇などない。
「そうかい、そりゃ、邪魔されちゃたまんないね」
ちゃり、と玉砂利を踏んでキンコが立ち上がる。
「はい。というわけで……」
竜胆の履く下駄先が向きを変える。
鳥居を通した景色が揺らぎ始めた。
√EDENを見守る聖域が、√ウォーゾーンの機械都市に描き代わる。
現れたのは予知通り、人を捕らえるクレーンを持つ|百舌鳥《シュライク》たち。
「招かれざる皆さんには、早々にお帰り願います──」
竜胆が吼えた。
ほとばしるのは強大な|龍の息吹《ブレス》。
余波で建造物が震え、枯れ葉が一枚消し飛んだ。
境内で列を整えていたシュライクたちも、衝撃を受けて一斉によろめく。
──敵襲。敵襲。
鳴き交わす百舌鳥の群れの中へ、キンコが卒塔婆を構えて跳び込んだ。
●
──√能力者を確認。敵と判断。
──『シュライクインペイラー』射程内に一体。優先排除。
キンコの接近を許したシュライクが、腰部から二本の金属槍を伸ばす。
金属槍は猫の尾のように自在にしなり、一本がキンコの肩を割く。
纏う『霊的防御』のおかげで傷は浅い。更にもう一本は空を切る。
だが、キンコが大振りした卒塔婆も当たらない。別機は既に攻撃態勢に入っている。
数秒命が延びただけ。多少の混乱を誘ったとはいえ、敵陣に単身で突入するなど無謀。
囲む百舌鳥たちも、そう判断しただろう。
バシィン!
乾いた打撃音が響く。
外れた卒塔婆が、境内の石畳を強かに叩いたのだ。
卒塔婆と石畳が触れた地点を中心に、膨れ上がるように衝撃波が走る。
「『禍祓大しばき』。|載霊禍祓士《さいれいまがばらいし》を相手にするなら、覚えておきな」
オイナリサマの人妖にして、酒浸りの汚職警官。そして、載霊禍祓士の一員でもあるキンコは、獰猛に笑った。
衝撃が届く範囲は彼女の結界、載霊無法地帯と化した。明らかに動きが鈍った槍の数々を、軽いフットワークでいなしてゆく。
「雑魚がそろいもそろってわらわらと……数を揃えたって無駄だってこと、わからせてやらなきゃあね!」
さあ、蹂躙の始まりだ。
土煙の立つ無法地帯を遠巻きに、駆けながら、竜胆が納得の一言。
「予め、『離れて戦ってくれ』とは言われていましたが」
一条の光線が、一瞬前まで竜胆のいた地点を穿つ。巻き上がる砂利は奇妙に逸れて、シュライクに道を空けた。
√EDENの重力すら操り、数体の百舌鳥が竜胆を追う。
対する竜胆には、陽炎のような揺らめきが宿っていた。
「かつてのワタシからすれば、微々たる力なのでしょうが」
|古龍再臨《コリュウサイリン》の業が、竜胆の機動力を跳ね上げていた。古に封じられた大妖の力。本人すら全容を知らぬ過去の一端が、竜胆の今と未来を守る加護となる。
幾条もの光線を躱し、不敬を詫びつつ巨樹の幹を借りる。重力に逆らい飛行する百舌鳥たちを捉えんと、幹を数歩で駆け登り、樹上から夜空へ踏み切った。
宙を舞う竜胆を、一斉放射が襲う。
空中移動で身を捻り、躱しきれぬものは胴で受ける。穿たれた着物の穴から、頑強な龍の鱗が覗く。
赤き太刀が夜気を裂き、シュライクを数体纏めて断ち切った。
●
境内に轟く大音声。
「ここから先にゃいかせないよ。この√の酒は気に入ってるんでね!」
無法地帯の主となったキンコの得物、『伊吹』の名を持つ大太刀は、なんと鞘に収まったまま。振り回し、薙ぎ払い、取り巻く百舌鳥を叩き潰す。掻い潜ってきた一体は、問答無用の喧嘩殺法で蹴り飛ばす。
大立ち回りの中で耳に届いたのは、枯れ葉にしては重すぎる落下音。
さすがのキンコも、何事かと鋭く振り向いて。
百舌鳥の欠片と知れば、軽く口笛を鳴らした。
「さあ、次にガラクタになりたいヤツはどいつだい!」
●
「ひええ、年末も侵略のための出張なんて、やっぱりウォーゾーンでもこの時期は時給いいのかな!?」
別√からの侵攻も、√EDENの現役大学生、|雪月《ゆきづき》・らぴか(えええっ!私が√能力者!?・h00312)からすれば、出張(徒歩)であるらしい。
そもそも機械に給料はいるのかなー?と、敵の労働環境に悩んだところで、ハッと気付いた。傍らに静かに控えている存在もまたロボット──戦闘機型のベルセルクマシンであると。
目で詫びるらぴかに対し、当の神威・参号機(元人類殲滅用神双槍・h00553)は平坦な音声を返した。
「問題ない。ただ、私は今回の敵性|組織《レリギオス》の給与形態に関する情報は持っていない」
「あはは、そ、そうだよねえ~。……まあもし給料が入るんだとしても、全部無駄にしちゃうのが私たちの役目だしね!」
らぴかが気合を入れなおせば、小さな声で応えがあった。
「えと、その通り……だと思う」
らぴかも大学生にしては幼く見えるほうだが、こちらは明らかに幼い少女。小学生か、中学生になりたてという風貌だ。
もし、彼女が、√EDENに生を受けていたならばの話だが。
|少女人形《レプリノイド》であるミア・セパルトゥラ(M7-Sepultura埋葬・h02990)の生きる世界は過酷で、今回の侵略者はそこからやって来る。恐ろしさも、よく知っている。
けど、私……ちゃんと自分で選んで考えて、ここに来たよ。
M7アサルトライフルを握る手に力を込めて、ミアは自分の分身たる12体の『バックアップ素体』たちと頷きあった。
「作戦開始まで残り二分。私は上空で待機する」
仲間たちに告げると、神威は戦闘機の本領を活かすために離陸する。
空に光るのは星々と、新月に向けて欠けゆく細い月。遙かな高度から見下ろせば、境内にもぽつり、ぽつりと橙の点がある。石灯籠を点けたのだろう。
参道に沿う誘導灯のようだと目で追うと、やがて鳥居に行き着いた。
上空からでも、鳥居の間の空間が揺らめき出すのが確認できる。|百舌鳥《シュライク》の名を持つ敵機が続々と、境内に整列を始める。
「任せてよ。ただぶっ壊すだけでいいなら一番の得意分野だからね!」
神威から零れたのは、先ほどまでの機械音声ではなかった。こちらもまるで少女のような、活き活きと張りのある声。
システム移行──|神威 殲滅飛行形態《カムイ ジェノサイドファイターフォーム》!
星月も霞む、眩く鋭い蒼の光が出現した。
地上の鳥には届かぬ高みから、神威はレーザーを解き放つ。
1ダースを優に超える雷撃が、神域を侵す簒奪者たちに降り注いだ。
「|殲滅開始《パーティータイム》」
●
まさに青天の霹靂だっただろう。
──敵襲。敵襲。
百舌鳥がけたたましく鳴き交わす。その只中に、数多の稲妻が着弾した。
たちまち大混乱に陥る戦場へ、らぴかは飛び出した。
「こういう出待ち狩りみたいなのって、ゲームでやるのは私としては面白くないんだよねー」
先端の珠が満月に似る、『雪月魔杖スノームーン』を両手でひらりと回転させる。淀みなく巧みな軌道は、まるでバトントワリング。踊る魔杖はやがて、両端に薄紅色の氷刃を宿す。
「でも、命もかかってる実戦ではそうも言ってられないよね!」
雷撃を逃れた数体のシュライクは、接近に気付き陣形を組み始めている。
けれど、らぴかはむしろ速度を上げて。
「二つの刃をクルクル回せば、私自身が猛吹雪! いくよっ! |両鎌氷刃《リョウレンヒョウジン》ブリザードスラッシャーッ!」
『魔杖両鎌形態』となったスノームーンを振り回し、旋風となって切り込んだ。あっという間に近接戦に持ち込まれたシュライクは、腰部に備えた武器パーツを展開し迎え撃つ。左右から伸びる二振りの金属槍がらぴかを襲う。
だが、遅い。
「一体目っ!」
風切り音を奏で、魔杖は槍ごとシュライクを切り払う。腰から断たれて崩れ落ちる相手を目の端に、勢いのまま二体目へ。
「二体っ……!?」
魔杖は過たず、狙った敵を切り裂いた。だが、シュライクは裂け目の入った腹部パーツを自ら切り離して逃れ、決死の反撃を放とうとしている。
「撃って……!」
正確に放たれたアサルトライフルの射撃が、手負いのシュライクに突き刺さった。
異なる方位から複数同時に撃ち込まれ、たまらず機能を停止する。
本体たるミアの指示で、12体の|バックアップ素体《少女たち》は境内に散っている。待ち伏せの利を活かし、物陰に伏せたのだ。
|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》は複数の自分と連携できる強力な手段。だがその分、全員の反応力が落ちる。敵集団に飛び込むのは得策ではない。
ゆえに、機を狙い、意識の外から狙い撃つ。
「ずるい、なんて……言ってる場合じゃないから」
フェアプレー精神は無論尊い。だが、それはルールのある場での話。
戦場では、全て戦術。
「うん、すっごい頼もしい! じゃあ私も、どんどん攻撃していくよ!」
射手の援護を得て、らぴかはますます加速する。師走の寒風が可愛く感じるほどの猛吹雪を巻き起こし、三体、四体と撃破に向かう。
「今年は除夜の鐘の代わりに戦闘機械群叩きだね! 斬るけど!」
止まるわけにはいかない。迫る物量に負けてしまうから。
吹雪の只中で、らぴかは汗を散らして舞った。
囲みができそうになれば、ライフルの弾が、必ず突破口を穿ってくれる。
「がんばるね。がんばろうね。私たち」
ミアが、ネットワークで自分たちに呼びかける。
この世界の人達にまで、悲しい想いをさせたくない。
誰も死なせない。今、戦っている仲間も。
願わくば自分自身も、誰一人欠けることなく──。
●
「同高度での殲滅に移行」
宙返りを挟んで高度を落とした神威は、戦況を素早く分析する。
前衛の仲間は奮戦しているが、多勢に無勢ではある。百舌鳥たちは、外堀から徐々に包囲を固めるよう動いている。
──狙い通りにはさせないけどね!
備えた機銃”雷弾”で、前方の広範囲を薙ぎ払う。威力は低いが、敵の統制を乱すには充分に過ぎた。
──いっぱい受け取ってね。お給料じゃなくて悪いけど!
ベルセルクマシンである神威の人格は、AIで作られたもの。
いや……そう見えるよう装っている、十二歳の少女なのだ。
共に戦う少女たちの会話にくすりと笑い、ほのかな親近感を感じる心だってある。
敵機を撃墜せよ!
百舌鳥たちの間を瞬時に駆け抜ける意思。脅威たる戦闘機を排除せよと、備えた銃の口が一斉に空を向く。予知情報によれば、『重力』を操る力が籠った弾丸。
「あれはあまり喰らいたくないな」
続々と放たれる弾丸を、機動力を活かし神威は回避する。直撃せずとも、着弾地点から広範囲に超重力を発生させるあの弾は、厄介極まりない。
アクロバット飛行を続けながら、攻勢に回るタイミングを探す内、百舌鳥の一体が弾丸の雨を浴びて沈黙した。
──ミア!?
神威は心中で驚きの声をあげる。本体かバックアップ素体か。陰からの援護に徹していたミアが数人、突撃銃を構えて前進してくるのだ。
「射撃に集中すると視野も狭くなるし」
「こういう策も、相談してた……」
「囮役、できるよ」
突如標的が増えて、百舌鳥の狙いが割れた。その隙をついて、神威は高威力のレーザー”雷刀”を叩き込む。
殲滅を逃れた個体も、ミアたちのフルオート一斉掃射が薙ぎ払う。
「……行かせない」
「それ以上、出て来ては、ダメ」
「くまさんもくまっちゃう……っていってた……気がする」
くま、とは。恐らく、ミアたちをここへ案内した星詠みのことか。それを知っている彼女が、ミア本体だろう。
バックアップたちは何も言わない。
ただずっと、ジト目で本体を見ている。
「そ、そんな目で見ないで。私だって、あなた達なんだよ……」
星詠みが「くまったな~」と言っていたかには諸説あるが、彼女の援護は的確で。
戦いの趨勢は、もはや決していた。
第2章 ボス戦 『『ドクトル・ランページ』』
報告。報告。
奇襲により、投入したシュライクは壊滅寸前。
敵勢力の正体は不明。
「待ち伏せをされていた、ということか」
偵察機の報告を受け、指揮官は黙考する。
今までここ、√EDENに、防衛戦力はほぼ存在していなかった。
だが、もしや。少しずつだが……育ってきているのではないか?
この地を守る、√能力者たちが。
「元より、この通路が長く持たぬことは予知されていた」
ゆえに物量を投入し、迅速な資源回収を試みた訳だが、その予知を更に詠まれた。
こうなれば、目標を変えざるを得ないだろう。
資源の回収から、敵能力者たちの実力を計る──威力偵察へと。
指揮官はさらに思考する。
偵察機部隊をぶつけて、様子を見るべきか。
いや。
「敵は多数相手に特化した戦術を採っている。シュライクと同じ轍を踏むだけか」
となれば……結論は一つ。
「私自らが当たるしかあるまい」
いくら対策をとられようと関係ないほどの、圧倒的な力で押し通るまで。
そうして、巨大|派閥《レリギオス》・ランページを束ねる長、『ドクトル・ランページ』は動き出した。
情報という名の、資源を得るために。
●
どれくらいの時間が流れたのだろう。
月は細く、低く。その傾きで時を計るのは難しかった。
永久に続くかと思われた、|百舌鳥《シュライク》の波は引いていた。残るのは、火花を放つクレーンの破片に、折れた金属槍の残骸。
「お疲れ、何とか切り抜けたね!」
周囲を労う、御倉・キンコ(泥酔警官・h01055)の全身から、汗の湯気が上っていた。あとで|水分《さけ》を補給しなきゃと、手で扇いで笑う。
「ふひい、敵多かったね……せっかく神社の人が綺麗にしてたのに申し訳ないなー」
同じく、玉の汗をぬぐい、|雪月《ゆきづき》・らぴかが息をつく。必死の立ち回りの結果、愛用の魔杖『スノームーン』に纏わせていた氷も砕け、溶け始めていた。
太刀を鞘に納めた|立岩・竜胆《たちいわ・りんどう》(今は古き災禍の龍・h01567)も、肩の力を緩めて笑う。
「確かに、この惨状は忍びありませんね」
「片づけた方がいい……かな……」
おずおずと提案したのは、レプリノイドの少女、ミア・セパルトゥラ(M7-|Sepultura《埋葬》・h02990)だった。先ほどの戦闘で展開した、|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》を解除し、12体の『バックアップ素体』を帰投させたせいか、少し心細そうに。
「作戦は継続中。次の戦闘へ備えを優先すべき」
機械音声と共に、戦闘機型ベルセルクマシンの神威・参号機(元人類殲滅用神双槍・h00553)が降りてきた。上空を旋回し、撃ち漏らしや伏兵の探索をしていたのだ。
「そうだね、片付けは後で考えようか」
酒もね、と。卒塔婆で肩をトントンと、残念そうにキンコは同意。
今の静けさは小休止。台風の目に過ぎないのだから。
「そうだね、まだ集団が……」
来るんだもんねと言いかけた、らぴかの背筋が泡立った。
竜胆も瞬時に表情を引き締め、太刀の柄に手をかける。
「戦況変化を検知」
神威が周知を図り、高度を上げ始める。
僅かに遅れて、ミアもM7アサルトライフルのグリップを握り直す。
朱塗りの柱を潜り抜け、顕現した影は1つ。
左右に垂らした赤い髪。冷たく光る金の瞳。
華奢な全身を覆う機械装甲と、地響き立てて蠢く長大な尾。
予知にあった首魁そのもの。その名を『ドクトル・ランページ』
●
1人ー!? と、らぴかの頓狂な声が境内を駆け過ぎた。
「ってことは強いやつじゃん! さっきの私達は優秀だったんだね! やったー! ……って、それどころじゃないね! 気合入れていかないと!」
驚いたり喜んだり大忙しのらぴか。天真爛漫な様子に毒気を抜かれ、キンコも不敵に並び立つ。
「なるほど、大駒自らのご登場かい。つまり、お前さんをぶちのめせばこの場は終わりってことだ」
挑発にも似たキンコの言葉。ドクトルは眉毛の一筋たりとも動かさないが、微かに興味を向けている気配があった。
「……確かに。お前たちは優秀だ。ゆえに、私自らが戦うのが最善と判断した」
ゆるりと、ドクトル・ランページは能力者を見回した。その仕草は鷹揚として見えたが、隙として突くことは誰にもできなかった。
「作戦は既に阻まれている。副次的な目標として、お前たちの戦闘能力を学ばせていただこう」
──さて、指揮官ですか。ここからが本番ですね。
無理はするな、時間を稼げと星詠みは言った。
竜胆はいつでも仕掛けられるよう構えながら、慎重に様子を伺う。
「待って、ドクトル・ランページ」
一歩、進み出たのは、意外なことにミアだった。
名乗っていない名を呼ばれ、初めて、ドクトルの眉が動く。
「あなたのことは少し知ってるし、調べたよ……ドクトル」
ドクトルの率いるランページは、ウォーゾーンの巨大派閥であり、√EDENへの侵攻も一度や二度ではない。ミアは情報を集め、自分なりの分析を持って臨んでいたのだ。
──たぶんだけど、本来は単純な力押しより理論……知識や技術を重視するタイプ。
結果、分かり合えないとしても、会話を切って捨てる相手ではないはずだ。
「強くなる為、完全に至る為に。あなたは人間の持つ可能性に興味がある……でも、今のままでは片手落ち」
この場での目的が、情報収集に変わっているのならなおのこと。上手く話題を振れば、乗ってくるはずだ。
「あなたはこんな事するよりも今すぐ帰って……するべきことがある」
果たして、ドクトルは応えた。
「時間を稼ぐか。お前たちの疲労は癒えていないと見える」
──見抜かれていますか……。
竜胆は心中で臍を嚙む。
ミアの話の行先は読めないものの、時間稼ぎが目的だろうと推察し見守っていたが。
「レプリノイドよ、お前の話は興味深い。だが、残念ながら時間がない」
やはり、戦いは始まるのか。
ミアはアサルトライフルを抱え、ほんの僅か、悲しそうに目を伏せた。
確かに、作戦の一つでもあった。
だが、……純粋に、対話をしてみたかった。
──敵だとしても、相手の事をもっと知るべきなのは、私達もきっと同じだから……。
●
「戦闘継続」
戦端を開いたのは、上空にポジションを取った神威だった。
──数で攻めるのを諦めたみたいだね? それならこっちも、やり方を変えるだけ!
神威としての機体の内側に秘めた、少女の決意が吼える。
「広域自動照準誘導電撃光線”雷撃”! 収束、放てッ!」
集団戦では複数に別れて戦場を蹂躙した稲妻型レーザーが、一体目掛けて集中する。
「分析。解体」
ドクトル・ランページは装甲を翼のように開き、刃に変えた。
目も眩む光線を、刃が受ける。雷撃が切り裂かれ分かたれて、周囲に着弾し土砂を巻き上げる。
「戦闘機か。シュライクのグラビティビームを回避する性能は侮れんな」
独りごちるドクトルへ向け、土煙を割いて飛び出したのは、この場で随一の元気娘。
「こいこい集まれ吹雪の力っ! ズバッと一発れっつごー!」
猛烈な冷気が、ドクトルの全身を洗う。吹雪の力を集めた魔杖の戦端を、らぴかが突き出す。
ドクトルは腕の装甲をクロスし、難なく受け止めたが、
「──ッ」
ぴしりと軋む音がする。ドクトル・ランページの防御装甲に僅かなヒビが入る。
「一度でダメならっ!」
らぴかが大きく、左の拳を引いた。氷雪纏う風が、付き従うように渦を巻く。
「威力をあげて殴るだけだ──────っ!」
必殺! |雪風強打《せっぷうきょうだ》サイクロンストレートっ!
らぴかの拳が、ガードを貫き装甲を叩き割った。今度こそ、ドクトルが瞳を見開いた。
杖の殴打もなかなか力業だが、間髪入れずに素手で殴り掛かってくるとは想定外。
「ならばこちらも、物理でお応えしよう」
ドクトルの機械尾が呻りをあげる。横薙ぎに放たれた尾は境内を撫で、百舌鳥の残骸を消し飛ばす。らぴかを捉えて弾き飛ばし、接近していたキンコをも巻き込んでゆく。
はず、だった。
「でかい図体の割に俊敏だね!」
気が付けば尾は通り過ぎ、人妖は変わらずそこに居る。
ドクトルにとっては、またも想定外。
「この私が、目測を見誤ったと?」
「さあね。もう一度やってみるかい!」
キンコが誘う。罠にも見えるが、彼女の手の内を暴きたいという探求心が勝った。
ドクトルの全身が光を纏う。装甲に積もる氷雪を溶かし、ドーム状のビームと成して周囲に展開させる。
──これは避けられないね。
判断したキンコは、正面から光を潜り抜ける。
ダメージは、ない。
ドクトルの本命は、やはり尾だ。キンコに狙いをつけて、頭上から叩きつける。
そして今度こそ、見えた。
舞うような身軽さで、風に踊る葉のように無軌道に、キンコが尾を躱して接近するのが。
|御倉流巫女神楽『狐走』《ミクラリュウミコカグラ・キツネバシリ》。
「成程、独特な技だ。このデータは持ち帰る価値がある」
「お褒めに預かり光栄だね!」
仲間が装甲を剥いだ腕を狙い、大太刀『伊吹』を叩きつける。
先ほどドクトル・ランページが放った『|物質崩壊光線《マテリアルキラー》』は、範囲内の全員の『打撃に対する抵抗力』を大幅に下げる効果があった。その対象には、自身を含む。
ゆえに、キンコの一撃は、ドクトルの片腕を砕くに至った。
「大丈夫……!?」
アサルトライフルでの援護を入れながら、ミアは倒れるらぴかに寄り添う。
「あは、は。すっごく、痛い」
むせた口から、赤い液体が零れる。
竜胆も駆け寄り、庇うように前に立つ。その背には、龍の黒い尾が伸びていた。
「らぴか殿、無茶はなさらないでください。……耐えて時間を稼ぐ手もあります」
「そう、かも、だけど。正直、さっきも持久戦みたいな感じだったのに……また粘るのは厳しそうだから」
全身を軋ませて、ミアに支えられて、それでもらぴかは立ち上がる。
薄紅色の瞳は、戦意を失っていなかった。
「倒しにいくよ」
竜胆は一度目を瞬くと、頷く代わりに、前を見据えた。
「であれば、ワタシも全力で参りましょう」
●
「敵機の攻撃を分析」
ドクトル・ランページの攻撃範囲は広いが、基本的には近接攻撃。
飛行する神威のことも気にはしているようだが、飛び道具を出す様子はない。
「下手に距離を詰めなければ避ける必要すら無い、ってのは……」
甘く見過ぎだよね、と、神威は自嘲する。
確かに、現状ならば狙われることはなさそうだ。だが、地上の仲間が全滅すれば、その後は分からない。そもそも、みすみすを仲間を倒させるほど、神威は寛容ではない。
「|あのビーム《マテリアルキラー》は避けようが無い感じだけど」
直接ダメージを与える効果はないようだ。
──なら、ほかの攻撃に当たらなきゃいいだけ!
「急降下開始」
流星の軌跡を描き、神威は降下を始めた。
腰に差した二刀、『牙刀』と『霊剣』を両手で繰り、竜胆は斬撃兵器と斬り結ぶ。
──全てを捌き切るには至りませんが。
皆が倒す意気で行くというのなら、全力で援護すると決めていた。
最も脅威となっているのは、広範囲攻撃の機械尾だ。竜胆は、龍の尾でそれを絡め取り、自由を奪い軌道を逸らす。
だが、力比べでは分が悪い。
数度目の尾による叩きつけが、とうとうキンコを捉えた。
「がっ……!」
元々の力量差に加え、打撃への耐性が落ちていたことが災いした。キンコは地面に叩きつけられ、衝撃で石畳がめくれ上がる。
「まずは、一人」
トドメの連撃を放とうと、ドクトルの尾がキンコの上に影を落とす。
そこに、アサルトライフルのフルオート射撃が叩き込まれた。尾に外傷は殆どないが、何故か動きが緩やかに止まり、キンコが力を振り絞って転がり除く。空振りの尾が地面を叩き割った。
ミアの弾丸が、機械装甲の電磁パルスを遮断し、挙動を妨害したのだ。
「先ほどのレプリノイドか。会話の途中だったな」
回路修復開始、ドクトルが宣言する。
「聞かせてもらおう。|完全機械《インテグラル・アニムス》になるために、私がするべきこととは、なんだ」
戦闘態勢は解かないまま、ドクトル・ランページがミアに問う。
ミアは必死に思考を巡らせる。猶予は、数秒しかないだろう。
自分の頭に、いや、心に湧いたこの気持ちを、どう伝えたらいいか。
「あなたは……」
ミアの花唇が、震えた。
ドクトル・あなたは、
「今すぐ帰って……雨に濡れてる子犬を拾って、育てるべき」
「────────……は?」
あまりにも。
あまりにも虚を突かれたのだろう。
ドクトル・ランページは、ぽかんと口を開いてミアを見た。
とても『人間らしい』様子で。
●
戦闘機械群たちの目標は、『完全機械』に到達することだという。
その到達方法には様々な説があり、中には「堕落した人間の中にある『悪』の抽出」など、人間の心に着目している派閥もあるという。
あっけにとられるドクトル・ランページへ向けて、ミアは言葉を紡ぐ。
そうして、人間の中の『悪』を重んじるならば。
「『善』についても……身をもって知っておく事も……大事なんじゃないかな」
例えば、他者を、弱き者を思いやり、助け、愛おしむ心。
「あと……私達の社会は犬を養ってあげる余裕がもうない……けど。ドクトル達なら……面倒見てあげられ……そう」
「家畜を殖やすことで、我らに得るものがあると?」
ドクトルは瞬時に計算し、反論する。
生物の生育にかかる時間と物資。既にある生体パーツの回収と比較しての効率。
「そういうことじゃ……なくて……」
例え物質的な見返りがなかったとしても、尽くすことのできる心。
恐らく、それは──。
「理解不能だな。しかし、一見意味不明なデータも、長期的には糧になることがある」
有難く参考にさせて貰う。と、ドクトルは氷のような目に戻り、再び物質崩壊光線を展開する。
問答は終わりの気配がした。
残り時間は少ない。
ここからは間違いなく、全力のぶつかり合い。
隕石の欠片のように、銃弾が降り注ぐ。
ドクトルの尻尾までを含める全長を射程にした|広範囲射撃《ワイドショット》。その弾道を遡れば、機首を直下に向け、戦場に落下する神威が見える。
「|起動《マニューバ》実行」
目標の低高度に至ったところで、メインブースターをカット。サイドスラスターを全開に。速度を保ったまま水平飛行に移行し、ドクトルを殲滅せんと迫る。
「排除実行」
──これが私の主兵装! 前方直進型殲滅光線ッ”雷刀”!
神威が全霊を込めて解き放った、雷光纏う主砲がドクトルを襲う。
雷撃の時のように、ドクトルも真正面から受けはしない。何枚かの装甲をパージして身軽になり、躱しきれなかった分を切り崩す。
仕留められなかったと気付くや、神威は宙返りで方向転換を試みる。瞬間、ドクトルの返す刃が機体に触れ、火花が散った。
らぴかが、左手から氷結と鮮血を散らして挑みかかる。
「うふふ、苦戦するとなんか、楽しくなってきちゃうよね!」
「お前さんもなかなか|数奇者《すきもの》だねえ……」
骨が何本か折れているのだろう。顔をしかめながら、キンコも大太刀を担ぐ。
皆、決死の攻勢に出ている。
いったいあと、どれくらいだ。
誰かが倒れるのは、時間の問題なのに。
「私も……私、が……」
ミアが抱きしめたのは、アサルトライフルではなく、一本のナイフだった。
赤黒く、どこか冒涜的で禍々しい。仲間が振るう剣に比べれば、あまりに短いダガー。
ミアはその奇妙な得物を構え、能力を、
「ミア殿」
ナイフを握る小さな手を、そっと覆ったのは、龍の剣士の手だった。
「これから少し、暴れます。サポートをお願いできますか」
爆音と打撃音が轟く戦場で、あまりにも穏やかに、竜胆は微笑んだ。
前衛の二人は武器を支えに、どうにか立っている。
神威が仲間を守るように、旋回と雷弾での射撃を繰り返している。
「我は龍。今は古き、災禍の龍」
謡うような声がした。
他の音が消えた気がした。
そして聖域に、古のあやかしたる、強大な存在──古龍が顕現した。
●
まるで神話の一説のような光景だった。
ドクトル・ランページが瞠目する。災禍の龍めがけて、斬撃兵器を一斉に解き放つ。
しかし、古き龍神の強靭な鱗が、迫る刃のことごとくを弾き飛ばした。
機械尾が阻みにかかれば、こちらも雄大な龍の尾で跳ね返した。
衝撃に、離れた本殿すら揺れる。まるで神の威に共鳴しているように。
龍の口が大きく開いた。岩をも砕く牙の威容が覗く。
スゥと師走の夜気を吸うと、闇色の業火が放たれた。
ドクトルは全てを防御に集中する。反撃する暇もなく、凍った瞳が苦し気に揺れる。
龍の力は強大で、援護などは不要に見えた。
けれど、火勢が徐々に落ちているのに気付く。竜胆の霊力が枯れてゆく。
闇色の炎を、稲妻が貫いた。
神威は今度こそ、全力の雷刀を直撃させた。
雷光が弾け、昼よりも明るく白く染まる中、ドクトル・ランページは押されてゆく。
足で参道の石畳みを剥ぎ取り、二筋の溝を穿って、堪えきれずに後へ後へ。
轟音が聞こえたはずだが、まるで意識に入らなかった。
それより、最後に聞こえた人妖の声の方が、印象深かった。
「今はまだ滅ぼすとまではいかないかもしれんが……容易く思い通りになるとは思わないことだね」
──それだけ覚えて、帰っていきな!!
トドメの一撃とばかりに、ドクトル・ランページは鳥居の外に蹴りだされた。
同時に√をつなぐ通路が消えて──
√EDENの神域に、夜の帳と、音が戻ってきた。
●
「もう限界だー! がんばったー!」
ボロボロの境内に、同じくらいボロボロのらぴかが倒れて叫んでいる。
竜胆は気力を使い果たして木にもたれかかっているし、神威は損傷個所を分析するといって黙ってしまった。キンコは傷が治るまで酒を止められてしまうと嘆いている。
まさに満身創痍だった。
けれど誰一人欠けずに、強敵を撃退せしめたのだ──。
「あ、ええと……私、皆の傷、癒せるよ」
本当かと期待を寄せて、仲間たちが一斉にミアを向く。
「うん、何分か貰うけど……任せて欲しい……な」
そして、詠唱が始まった。
それは全てを癒す歌。生きて、闘い、愛し続ける|勇気《ちから》を讃える歌。
「嵐が去ったあとには透き通った空。陽だまりを見つけることが出来るから……」
その歌を、『|透明な者たちへの讃歌《カガヤケルダレカノイキザマ》』を聞きながら、誰ともなしにふと思う。
彼女が言葉を尽くして、簒奪者に伝えたかったもの。
それは、人間の持つ善性のひとつ。
『愛』と呼ばれるものではないだろうか、と。
第3章 日常 『新年のお詣り』
****【システムメッセージ】****
大変お手数ですが、もし良ければ、『マスターより』の3章についての補足と
MSページの『お知らせ』に軽くお目通しいただけると幸いです。
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●
激闘の夜が明けた後。
『忘れようとする力』が、境内に刻まれた傷も痛みも、師走と共に拭い去った。
そして、全ての√は、新しい年を迎える。
どこからか、神楽の音が響く。
新年を迎えたばかりの神社は、詣でる人々で賑わいつつも、清浄な気に満ちていた。
あるいは家族の、あるいは愛しい人の手を引いて。
晴れやかな表情の人々が、参道を連れだって行く。
お祭りのような屋台がここにはないので、子どもは少し退屈そうだ。
それでも神前に至れば、一心に何かを願っているのが微笑ましい。
ゆっくりと参拝して、新年の空気を味わうのもいいだろう。
御神籤を引いて、今年の運勢を計ってみるのもいいだろう。
星詠みの薦めたお守り……組紐のブレスレットを選ぶのも楽しいかも知れない。
さあ、新しい年の初めに、キミは何を祈るだろう。
夜は明け、空は青い。
|天色《あまいろ》から瑠璃色へ、昇るほどに色を変えながら、どこまでも続く。|天蓋大聖堂《カテドラル》に遮られず、戦闘機械都市を遥か地上へ置き去りに。雲すら超えて、神威・参号機(元人類殲滅用神双槍・h00553)は、√ウォーゾーンの空を自在に駆ける。
高高度飛行も、神威にとっては慣れたもの。人間でいうところの散歩のようなものだ。心地よく風を切りながら、機体の調子を──体調を確認してゆく。
(願い事、ねぇ)
ふと、昨年末に臨んだ、√EDENでの任務を思い出す。
自分たちが守った神社は、今頃、初詣の人々で賑わっている頃だろうか。平和な世界で新しい年を迎え、各々の決意や願いを神に託しているのだろうか。
でも、神威の──私の願いは……。
もう叶ってるんだよね。
「こうやって思いっきり飛べるなんて、贅沢過ぎるよ!」
誰もいない空で、自分のための歓喜の声をあげて。
神威は推力増強装置を全開にした。
陽光を反射して機体が輝く。まるで太陽も祝福をくれているかのように。
神威は……いや、神威になる前の私は、12歳で死んだ。
類稀なる力を宿しながらも、ベッドの上だけで生きていた私。
(この世界では、いや、どんな世界であっても適する事は無い不自由な身体……)
あのまま生を繋いだとしても、恐らく、部屋の外に出ることすら儘ならなかっただろう。どんな形でも生は尊いという考えもある。だが、己の人生を真に評価するのは自分とすれば、神威は容赦なくこう思う。
──つまらない人生。
「自由に飛べる事も知らないなんて」
人としての生を終えて、彼女は『神威』の制御チップに加工された。本来はその際に失われるはずだった少女の人格を、内に秘めたまま、機械の翼を得た。
彼女は神威となって、初めて知ったのだ。
世界の広さを。空の高さを。自分自身の、価値を。
(きっと私はこうなる為に産まれて、こうなる為に死んだんだ。享年12歳の私は)
地上に縛り付けられていた少女の魂は解放されて、こうして無限を翔けている。幸も不幸も、願いも希望も、自分で選びながら。
(ああ、でも、知ってる。私は知っている。この世界に自由なんか無い)
神威のシステムが警告を鳴らす。地上でチカリと光ったのは、迎撃兵器の兆候。
彼女は瞬時に、戦闘機型ベルセルクマシンとしての自身に立ち戻る。
「あれ、何かに引っ掛かったかな? じゃあ、始めるね!」
──メインシステム、戦闘モード起動!
√ウォーゾーンの空は、まだまだ……狭い。
だからきっと、神威の願いも、まだ広がってゆく。
●
拝殿へ向かう人波に沿って、ゆったり歩く男性の姿があった。
日常着にしている着物も、今日は特に、周囲に馴染んで見える。
数日前は戦場だった参道の様子を穏やかに眺めながら、|立岩・竜胆《たちいわ・りんどう》(今は古き災禍の龍・h01567)はふと自問した。
「ワタシのような者が参拝しても、良いものでしょうか」
呟きは、周囲の賑わいに溶けて消えてゆく。
かつては様々な√を荒らし回ったという自分。また、その古の龍の姿を、境内で露わにした身でもある。
どちらかというと、寺社仏閣は……封じられる地という印象だ。
軽く顎を下げ悩んでいると、竜胆の黒髪をはたく手があった。驚いて振り向けば、父親に肩車された幼子と目が合う。
きょとんとする竜胆に、幼子の二親が謝ってきた。当の幼子はあまり分かっていない様子だが、親に促されて「ごめさぁい」と舌足らずに謝罪する。
快く謝罪を受けると、子はにっこりと笑い、手を振っていった。
遠ざかる親子連れを見送ると、肩の力が抜けた。竜胆は一人、苦笑して。
「まあ、今回くらいは許して下さるでしょう」
過去はどうあれ、今は己もこの場所を──ここに集う彼らの笑顔を守る一助になれたのだから。
祀られている神も見ていて下さったろうと信じ、竜胆は改めて参詣に向かった。
●
数刻遅れて、同じ道を辿る少女の姿があった。
ふわふわとしたその足取りは、ミア・セパルトゥラ(M7-|Sepultura《埋葬》・h02990)のものだ。
「さっき通り過ぎた花嫁さん、キレイだったねぇー!」
「縁結びのご利益分けて貰えそうー!」
参詣を終えて戻ってきたらしき女性たちとすれ違うと、何やら盛り上がっている様子。かしましくも微笑ましい一団の会話に耳を寄せ、ミアは知識を手繰った。
「縁結び……結婚の秘跡?」
そうでもあるし、それだけでもない。『縁』の豊富さは、神社に集った人々の多種多様な絆を見ているだけでも分かった。
彼女たちのような友人同士、親子に恋人……もしかしたら、自分と|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》たちのような関係さえも、縁なのかもしれない。
やがて拝殿に着いたミアは、両隣の人に合わせて二礼二拍手。
手を合わせて、心の内で、まずは「うれしいご縁をいただけたこと」への感謝を述べて。
願わくば。
──あなたが、そして私達が祝福した絆が、いたずらに引き裂かれることがありませんように。
──そして、もし、神さまがご縁を結んだり守ってくれているなら、私にもそのお手伝いができますように。
今までに会い、これからも会う多くの人々の縁が、健やかに紡がれていくように。自分もそれを守れるように。少女は深く、異邦の神に祈った。
気が付けば、左右の人が入れ替わっていて、ハッとなる。
「あんまりたくさんお願いすると、神さまもくまっ……困っちゃうかもしれないね」
くま? っと、人目がこちらを向き、慌ててミアは順を譲った。
●
寺社仏閣で、お守りなどを求める場所を『授与所』という。
その授与所も、新年ならではの賑わいを見せていた。
立ち尽くす竜胆の脇から皆、次々と、希望のものを授かってゆく。
参拝の後、お神籤を引こうかとも思ったが。それは、どんな結果が出ても笑いあえる友が傍らにいる時にしようと思い直し、お土産を選ぶことにしたものの、どうも勝手が分からない。
「あ、竜胆さん……来てたんだね」
聞き覚えのある声に振り向くと、共に戦った|少女人形《レプリノイド》の姿。
「これはミア殿。あけましておめでとうございます」
あけましておめでとう。ミアも照れたように挨拶を返し、授与所を覗いて目を輝かせた。
「あった……! くまさんおすすめの……組紐のブレスレット」
一本一本丁寧に、色とりどりのブレスレットが飾られている。
形はシンプルだが、同じ色のものが一つとない。青ならば青で、少しずつ色味の違う青同士を組み合わせて編まれており、その合わせ方が千差万別なのだ。
「すごい……色彩が……無限にありそう」
ミアは巫女さんに許可を貰い、気になるものを手に取って、ためつすがめつ。合間に竜胆を見れば、彼も同じようにしている。
「そうなんです、困ってしまって。自分の分だけなら、まだ選べるのですが」
「ということは……誰かにあげるの……?」
はい。と頷いた竜胆の表情は、一転してほころんだ。
「共に生きる、ワタシの大切な友人に。感謝を込めて贈ろうと」
「……それは……素敵な縁だね」
自分に選ぶより、誰かに選ぶ方が、ずっと難しくて、楽しい。
二人は結局たっぷり時間をかけて、品を決めた。
初穂料を納めて、竜胆が受け取ったのは、金・銀・赤・黒のブレスレット。
……他、両手に余る、大量のお守りだった。
「それって……一人分?」
ミアが目をぱちくりして問いかけると、竜胆は首を傾げ、
「ワタシの分も入ってるので……二人分、でしょうか」
特に奇をてらった様子もなく答えたので、ミアもそういうものかと納得しておく。
何しろ、ミアの方も、どっさりとブレスレットを受け取っていたのだから。
色は大きく分けて二種類。青空のような色と、お日さまみたいな色。
どちらもきれいだと、ミアはうっとり微笑んだ。一つは自分に、そして残りは……少女分隊の面々、自らのバックアップ素体たちにあげるのだ。
目の前の黒き龍にも、はちみつ色の星詠みにも。次に会うときは、もしかして、今の自分ではないかもしれないけれど。
──もし次の私になっても、おぼえていられますように。
大切な縁と、想いを込めて。ミアはブレスレットを手首に巻いた。