永縁御宴祭
●永き縁を願う祝宴
今年もひととせが巡り、日々が終わりゆく。
この時期、√妖怪百鬼夜行の一部では妖怪たちによる大宴会がひらかれる。年の瀬も年始めもひっくるめて飲めや歌えやで大賑わい。祭り好きな妖怪が屋台を出していたり、即席の舞台で歌ったり踊ったりする者もおり、その中心になっている商店街では大安売りも行われる。通りに用意された机と椅子は誰でも使って良いらしく、持ち寄った酒や飲み物、料理を分け合う人々も見られる。
数日以上も続く宴。
誰が呼んだか、その催しは『|永縁御宴祭《えいえんごえんさい》』という。
その年に繋がった縁を祝い、喜び、次の年も縁を紡いでいけるように願う。
もしも良縁が続くならば、永遠に。
そんな思いが込められている宴らしい。それゆえに妖怪も人も誰もが楽しそうに過ごし、今という時の幸せを満喫する。
近頃に流行っているのは『四辻広場の雪色柳』のお話。
その白い柳の木は祝福を齎してくれるとの噂がある。その下で誓いを立てることで己の意志と未来に言祝ぎの力を宿せるという。
●楽しい時間とハレの力
揚げたての天麩羅、焼き立てのお団子。
ふわふわの綿菓子に林檎飴、それから温かいお汁粉。景品がもらえる輪投げの屋台や、人々や妖怪が持ち寄った美味しい手作り料理が広げられた机。
古書や玩具、装飾品等の掘り出し物が見つかる大売り出し。お酒やジュースを飲みながら見る妖怪演劇や歌唱舞台などなど。
とにかく楽しいものがいっぱいの大宴会。それが――。
「永縁御宴祭なの! たくさんの人と想いが集って、言祝ぎが巡る宴よ!」
自分も大好きな催しだと語り、|幽谷・雛姫《ゆうこく・ひなき》 (載霊禍祓士・h04528)は楽しそうに笑った。星詠みである少女は今年も御宴祭で様々な縁や楽しみが繋がるのだと話した。
だが、宴会と祭りを壊そうとしている者がいる。
「誰かによって大妖『荒覇吐童子』の封印が解かれたのよ! このままじゃ周囲一帯、全部が壊されて滅茶苦茶になっちゃうわ!」
そうならないように協力してほしいと願い、雛姫は拳を強く握った。
されどいきなり標的を殴りにいくわけではない。
異変が訪れるのはもう暫し先のことであり、時間もある。余裕があるうちに御宴祭に参加しておき、存分に楽しむことができれば佳き巡り――即ち、ハレの力が強くなるという。そうなれば後の戦いにも良い影響が出ると予知された。
「難しく考えなくていいのよ。楽しいことがたくさんあれば悪いことも弱まるって寸法だから! だからみんな、おもいっきり宴を楽しんできてね!」
そうしていれば、いずれ封印を解いた者についてもわかってくるだろう。
だからこそ先ずは楽しむこと。
それが一番の重要事項だとして、雛姫は明るい笑みを浮かべた。現場に赴く能力者達が全てを解決してくれることを信じて――。
第1章 日常 『妖怪大宴怪!』

●百鬼夜行でハレの書を
聖夜に年の瀬、新たな年の始まり。
すべてを祝いながら縁を願い、大切に思う宴。
「ああ、永縁御宴祭だね」
もうそんな時期なんだ、と声にしたのは四辻広場の周辺に訪れた、夢野・きらら(獣妖「紙魚」の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h00004)だ。
師走に入って忙しくなっていたので忘れていたが、この活気を見て思い出した。
騒がしくも賑やかな通りを歩いていくと、そこかしこで宴会を楽しんでいる妖怪達の姿が見える。きららはああいった宴会の騒がしさは程々にしたいタイプだが、この光景自体は嫌いではなかった。
それに、この時期の大売り出しは見所がある。
「さて、いつものように普段は出ない古書は見つかるかな」
昔からよく古書店を中心に見て回ったことを思い出し、きららは歩を進める。毎年通りなら気兼ねなく色々と巡るのだが、今回は気掛かりなこともあった。
(誰かが大妖の封印を解いてしまったようだけれど……)
はたして、どのような理由でそうなってしまったのか。
古妖は情念を利用して封印を解かせる。タイミングとしては祭を台無しにしたり、より多くの犠牲者を望んでいるというところなのだろうが、今は予想するしかない。
そもそも誰が、というところが気になるが――。
「犯人探しは、うん。いいや」
きららは思考を切り替え、古書店が集まる通りへと進んでいく。
どうしてか、きららは封印を解いた主を責めるような考えを抱きたくなかった。理由や事象はそのときが来れば分かるだろうからだ。
それよりも今は、後に訪れる事態に備えてハレの力を溜めておくのが先決。
「うん、うん」
頷いたきららは次第に足早になっていった。
決して自分が買うべき古書や、狙っていた掛け軸を先に買われたくないから大売り出しに行きたいなんてことはない。絶対にそんなことはなくて、といったことを考えているきららの心は少し弾んでいた。
「√EDENの本も格別さ。けれどもこの√はこの√で他の√にはない味があるんだよ」
だから、はやくあの店々へ。
賑わいと心地好い喧騒に満ちた先にはきっと、望むものが待っているから。
そうして暫し後。
古書店通りでは、お目当ての書を手に入れて上機嫌なきららの姿が見られたという。
●希う祝福
「永縁御宴祭、か……」
末永く続く縁を願い、賑わう宴として祭る。
名前に込められている催しを思い、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は百鬼夜行の景色を眺めていく。
大安売り中の店、通りに並ぶ様々な屋台、持ち寄った料理で宴会を楽しむ妖怪達。
賑やかで楽しげな雰囲気であり、誰もが今を満喫している。アダンはその様子を暫し見つめた後、ゆっくりと歩き出した。
縁を大切にする想いは素晴らしいこと。
「斯様な祭りを楽しむのも悪くないな」
満足そうに言葉にしたアダン。彼が向かう先は決まっている。それは四辻広場と呼ばれる場所であり、そこに在る雪色柳が今日のアダンの目的だ。
アダンが広場に入ると、静かな風が吹き抜けた。さらりと揺れた柳の葉はまるでそこにだけ雪が降ったかのような印象を与えてくれる。
妖怪達の噂によると、この雪柳には不思議な力が宿っているらしい。
「ふっ……かつては覇王と呼ばれていた此の俺様が、祝福を求めるようになるとはな」
随分と人間臭くなったものだ。
そのように思いを馳せたアダンは雪柳の木を見上げてみた。
白き柳は何も語らないが、一人で静かに誓いを立てるのならば丁度良い雰囲気だ。アダンは一度、ゆっくりと瞼を閉じる。
「俺様の依代……否、結斗」
此の場ではそう呼ぼうとして呼び方を改めたアダンは、これまでに思いを馳せた。
結斗。そして、新たに結ばれし縁。
「我が同盟者、そして其の妹御。彼の者達の未来に――」
どうか、幸多からん事を願う。
此処で願えば祝福が得られる。されどアダンとてただ願うだけではない。己の誓いを示すのもまた大切なことだ。
この現世に在り続ける限り、己は進むことを止めない。
「俺様の幸福は、俺様自身が掴んでみせる」
なればこそ、己に近しい者達に祝福があらんことを、と思ってやまない。
縁とは大切なものだ。それを絶やすことなく、切れてしまうこともないように。
「もしも其の為に俺様の力が必要になった時は、全力を尽くそう」
誓いは今、此処で結ばれた。
それは己の裡で確固たる力となり、縁を繋ぎ続ける標にもなるだろう。
●お汁粉とりんご飴
街は今、飲めや歌えやの大賑わい。
明るく元気な笑い声、いらっしゃい! と店先で呼び込む声に、はしゃいで駆けていく人間と妖怪の子供たち。誰もが今しかない時を楽しみ、喜んでいる。
「ええ感じのお祭りやん!」
酒木・安寿(駄菓子屋でぃーゔぁ・h00626)は通りを歩きながら、周囲の楽しげな様子を眺めた。辺りには屋台から漂う良い香りが感じられ、持ち寄った料理を囲む妖怪たちが舌鼓を打つ声も響き続けている。
どこを見ても楽しいという感情が満ちており、見ているだけでも良い気分になれた。
「幼馴染も連れってきたったらよかったかなぁ……」
こんなに楽しそうなら、と考えた安寿は化け狸の青年のことを思い出す。しかし、今は大丈夫でもこの後に戦いが待ち受けていると分かっていた。彼を危ないことに巻き込むわけにはいかないので、留守番をして貰っていた方がいいだろう。
しかし、やはり自分だけお祭りを楽しむのでは不公平な気がした。
安寿は暫し考え、賑わう通りを進んでいく。
串焼きを売る屋台やメンコを並べている屋台、令和らしいポップでカラフルなクレープを売っている店もある中、安寿は或る屋台に視線を向けた。
そこはまんまるでつやつやのりんご飴が並んでいるちいさな屋台だ。
「そや、りんご飴! お土産に買っていったろ!」
安寿はこれが名案だとして屋台の前に駆けていく。大きくて真っ赤なりんご、可愛らしい姫りんご、青りんごなど種類は色々。その中でも特別に色艶のいい飴を手に取り、安寿は店主にお代を渡した。
とびきり美味しいよ、との店主お墨付きりんご飴を大切に持ちながら、安寿は暫し屋台通りを歩いた。そのとき、近くから呼び込みの声がした。
「お嬢ちゃん、寒いだろ! あたたかい汁粉はどうだい?」
「ええの? ありがとなぁ」
振る舞いのお汁粉が渡され、安寿は笑顔で礼を告げる。その傍らにあったベンチに腰を下ろした安寿は休憩に入った。お汁粉の椀からふんわりと立ち上る湯気を見つめつつ、安寿はほっと一息をつく。
その際に浮かんだのは、これまでに巡ってきた縁のこと。
「まぁ、ご縁にはいろいろ感謝やなぁ」
今までの地道な活動もあってか、自分のふぁんも少しずつ増えてきた気がする。この調子で来年も素敵なご縁が繋がり、楽しさが増えていくように。
そうなればとびきり嬉しくて、そして――。
「ふふふ、どうやハレの力いっぱい! やろ?」
この気持ちこそが力になるのだと信じて、安寿は大きく胸を張った。
●古書探しと不思議な縁
√妖怪百鬼夜行。
この世界に訪れたのは初めてだが、話は聞いたことはある。
タマミ・ハチクロ(TMAM896・h00625)は妖怪と人間が共に暮らす世界の様子を確かめつつ、宴の雰囲気を見つめていく。
「なるほど、ここが……小生にも歩きやすそうな場所であります」
アパートの隣人の出身地だと聞いていたこの世界。訪れているこの街では今、盛大な宴会がひらかれている。
どこを見ても笑顔、笑顔、笑顔。
楽しいという感情にあふれた街の様子はとても快い。
「永縁御宴祭、活気のあるお祭りでありますな」
タマミはふわふわと尻尾を揺らしていた。主に仕える身であるゆえ、外で髪や耳を出すわけにはいかないのだが、この尻尾だけ遠慮せず服から出してしまった。
賑わいに反応して、或いは期待で。可愛らしく揺れている尻尾はタマミの感情を如実にあらわしていた。
「ふふふ」
周囲の様子が微笑ましく、タマミは思わず笑みを浮かべる。
通り掛かった路地では天狗たちの集まりがあり、たくさんの料理を囲んでわいわいと賑わっていた。別の通りではりんご飴を真剣に選ぶ人や、お汁粉を配る気の良い妖怪の姿もあって良い雰囲気だ。
タマミは大売り出しが始まっている店舗の通りに向かい、今日の目当てである古書を探しに行った。お土産にはお菓子なども喜ばれるだろうが、それよりも
「今年の瀬には良きご縁を沢山頂いたでありますし、満足であります。どうか、それがずっと続きますように――」
そんな願いを込めて、タマミは隣人やご近所への土産を選んでいった。
きっとみんな、驚いてくれるはず。
「すみません、少しお聞きしたいのでありますが……」
「おや、いらっしゃい」
タマミは古書店の扉を開き、どのようなものがおすすめかを問う。するとそれまで新聞を呼んでいた猫又妖の店主が目を輝かせはじめた。
「珍しい古書がいいのであります」
「ほーう、なるほどね。それだったらこの辺に埋もれてるのがあるはずだよぉ」
「あ……そちら、崩れやすそうであります」
「うわあっ!?」
「大丈夫でありますか?」
店主が堆く積まれた本の方に行った際、タマミが危惧していたことが起きてしまう。手を伸ばして店主を助ければ、彼は恥ずかしそうに笑った。
「悪いね! すまないが古書探しついでに片付けも手伝ってくれるかい?」
「承知いたしました」
喜んで、と返したタマミは崩れた本を手に取った。これもまた縁のはずだ。
その後――タマミはお土産の古書を持ち、すっかり綺麗になった書店を後にした。
●縁を知り、繋ぐ日
此処は明るく愉快な世界、√妖怪百鬼夜行。
「わぁ……」
初めて訪れた世界はなんだか妖しい雰囲気。けれども自分が思っていた以上にオープンな場所だ。そのような印象を抱いた白皇・奏(運命は狂いゆく・h00125)は辺りを興味津々に見渡した。
「やっほー、こんにちは!」
「ここは初めて? 楽しんでいってね」
「う、うん。ありがとう……」
奏と偶然に視線があった妖怪たちは挨拶をしてくれ、陽気に手を振っている。あまりのフレンドリーさに驚いた奏だったが、誰もが仲良しなことは悪くない。きっとこの宴の雰囲気が普段以上に皆を明るくさせているのだろう。
「人間が好きな妖怪が多いのかな」
気兼ねしなくていいので助かると感じつつ、奏は周囲を歩き回ってみることにした。
自分のストロベリーブロンドの髪や、水色のロリータドレス姿が周りと比べて浮いていないか心配でもあったのだが、ここは百鬼夜行の世界。
大正めいた服装でいる者や、平成初期の派手目なファッション、令和的な最新の装いでまとめている者もいる。流行り廃りなど関係なく自分が好きなことをして、気に入った服装でいるのが当たり前らしい。
良かった、と安堵した奏は屋台通りの前で立ち止まった。
「おれ、お祭りとか参加するの初めてなんだよね。どうすればいいのかな」
そこかしこから漂ってくる良い香り。
屋台では食べ物だけではなくメンコやヨーヨーなどの玩具も売っている。たくさんのものが見られてワクワクするが、奏としてはどこから何を見ればいいか迷ってしまう。
誰か教えてくれる人か妖怪がいれば、と考えていると後ろから声がかけられた。
「どうした、迷子か?」
「わ、えっと……そうじゃないけど」
「それなら良かった! ちょいとオレに付き合ってくれねー?」
「付き合うって?」
「今から大量に飯を買って仲間の所に持ってくんだ。天狗サークルのさ!」
「……お兄さん、天狗なの?」
「おう、そうだ。あっちで仲間が宴会しててな。料理が足りねーんだよ」
だから荷物持ち、と語った青年はどうやら天狗のようだ。奏は少し戸惑っていたが、青年は「手伝ってくれたら一緒に飯を食わせてやる」と言った。そのついでに色々と教えてもらおうと考え、奏は手伝いを承諾した。
そして、暫し後。
宴会場と化した一角では楽しげな天狗たちと一緒に卓を囲む奏の姿があった。
そこで奏が何を知り、どう感じたのかは本人のみぞ知ること。
●一献の楽しみ
和気藹々、或いは宴も酣。
賑わいの中で響く声はどれもが楽しげであり、明るい笑い声や話し声が聞こえる。
「やっぱりここの√が一番落ち着くわぁ」
宴の真っ最中である街の様子を見遣り、八海・雨月(とこしえは・h00257)は上機嫌な声を紡いだ。獣妖としての自分が在るべき場所、といえば少しばかり大袈裟かもしれないが、この空気が一番肌に合っている気がする。
雨月は辺りの様子を確かめ、そこかしこから聞こえる声に耳を澄ませた。
「永縁御宴祭ねぇ。こんなに賑やかなのは結構なことじゃないのぉ」
屋台に宴会、大売り出し。
どこにでも楽しみの欠片が落ちており、自ら掘り下げていけばもっと大きな嬉しいが巡る。そんな催しは快いものだ。
「わたし祭りは好きよぉ。盛り上がると良い霊力が巡るのよねぇ」
雨月は宴会を行っている天狗の集団を眺めた後、彼らが飲む酒を瞳に映した。見るに妖怪達はどこかから酒や料理を買ってきているようだった。それならばそう遠くはない場所に良い酒を出す店があるはず。
「さ、それじゃ早速一献傾けようかしらぁ……」
見たところ、目当ての店は弦付きで持ち歩ける大きな徳利で出してくれるようだ。さっそく酒屋との縁を繋ぎ当てた雨月は徳利を手にしていた。
「美味しいわねぇ」
こうして宴の様子を見て回りながら歩き飲む一杯は格別だ。
酒を手にしていることで周囲のテーブルで飲んでいる者たちが声をかけてくる。
「お姉さん、いいね!」
「後でこっちにおいでよ、何でも食べていいよぉ~!」
「おい、そのお姉さんはうちらのところに来てもらうんだ!」
「また後でねぇ」
みな気のいい大人のようだが如何せん、全員が酔っ払っている。雨月はひらひらと手を振って彼らをあしらい、気の向くままに歩を進めていった。
「まったく、大盛り上がりで最高ねぇ。人間も妖怪も垣根無くどいつもこいつも浮かれてるわぁ。それがこの宴のいいところかしらねぇ」
ほのかに酔いが回ってきたのか、雨月の気分もあがってきた。
そのときに見つけたのは野外舞台。
「ああ、妖怪演劇もやってるのねぇ。久しぶりに見ても良いわねぇ」
用意されていた長椅子へと向かい、雨月はそこに腰を下ろす。
演劇は妖怪たちがこの√の歴史について演じているものであり、古妖の封印や人間に抱く愛おしさが活き活きと語られていた。
祭りの活気と賑わいについ、普段は不愛想な雨月の口元が緩む。自然に浮かんだ笑みこそが、今の気分を示している。
「ほんと、どいつもこいつも浮かれてるわぁ……」
勿論、わたしも。
ちいさく零れ落ちた言の葉には、今を満喫している証が宿っていた。
●倖いを願う気持ち
楽しい気持ち、嬉しい想い、それから幸福。
たくさんの良い思いが巡っている街は今、賑わいの最中にあった。
「すごいねぇ、洸惺くん。人がいっぱいだよ!」
集真藍・命璃(|生命《いのち》の|理《ことわり》・h04610)はたくさんの妖怪や人間が行き交う通りを示し、花がひらくようにやわらかく微笑む。
「うん、賑やかですごく楽しいと思う!」
命璃に名を呼ばれ、振り返った月夜見・洸惺(北極星・h00065)も明るく笑った。
屋台が多く並んでいる通りや、宴会を始めている妖怪の話し声が聞こえる路地。それだけではなく演劇をしている広場や大売り出しを謳っている店々まで、どこにいっても楽しさでいっぱいだ。
約束が守れたね、と話した命璃は少し遠くを見ていた。
「三年越しくらいになっちゃったけど、果たせて良かったよ」
命璃が落とした言葉にはたとした洸惺だったが、すぐに首を横に振って答える。
「……気にしなくて良いよ」
「ううん、気になってたの。冬休みに皆とお出かけするって約束、あのときは守れなくてゴメンね。当日に死んじゃうなんて私も思わなくてさ」
すると命璃が申し訳無さそうに語る。
今でこそこうやって言えるが、当時を思えば複雑な気持ちも巡った。色々なことがあってここでは語り尽くせないほどだが、二人の間には絆がある。
過去よりも今だというように洸惺は命璃を見つめた。
「三年くらい待つし、待てるよ」
「ありがとう、洸惺くん」
「それに僕だけじゃない。他の|友達《みんな》も妖怪なんだから、さ」
――たとえ数十年や数百年だって、きっとすぐ。
だから大丈夫、と答えた洸惺。
彼の眼差しが真っ直ぐなものだったので命璃は安心し、もう一度微笑んだ。そうして、二人は賑わう通りを歩いていく。
その際に話すのは、これまでちゃんと伝えられていなかったこと。
「でもね、洸惺くんや洸惺くんのママには感謝してるんだよ。ホントだよ」
「もういっぱいありがとうを貰ってるよ」
「それでも! あの時に気づいてくれなかったら、私の身体はずっと放置されたままだったと思うから……」
何度、幾度、感謝を告げても足りないくらいだと命璃は話した。
そんな彼女が律儀で優しいと感じつつ、洸惺はふと思いを巡らせていく。命璃のことは好ましいが、やはり――。
(ニンゲンってちょっと苦手、かも)
彼女の母や義父のように残酷な人もいる。それに脆くて儚くて――すぐに死んでしまうから。そんなことを考えたが、勿論口には出さない。
今はお祭りを楽しむことが先決。
なんていったって、どこもかしこもあんなにも楽しそうなのだから。
そうやって暫く歩いていると、命璃が洸惺の袖をそっと引っ張った。
「洸惺くん、あのね」
「どうしたの?」
「ふわふわな……ケーキ? を売ってるお店が気になるんだぁ。ねね、行ってみよ?」
「いいよ、行ってみようか」
「やったぁ!」
無邪気で愛らしい視線が向けられた先には屋台通りがあった。洸惺は命璃がとてもわくわくしているのだと気付き、微笑ましく感じる。
「見てみて! こんなに美味しそうなお菓子もあるんだね。見てるだけで幸せな気持ちになっちゃう」
「見るだけじゃなくて食べてみようよ」
あのケーキのお店だけではなく、林檎飴やお汁粉、きらきらな装飾品。
ここにある全部を見て回ってもいいと示した洸惺は命璃を導いた。そうした理由は、あの過去を忘れるくらいに楽しくて素敵なものを見せてあげたいから。
そして――二人はたくさんのものを見て、味わい、大いに楽しんでゆく。
「命璃お姉ちゃん、疲れてない?」
「心配ないよ? もう痛くも苦しくもないの! 幽霊ってフシギだよねぇ」
「……よかった」
ときおりそっと気遣ってくれる洸惺に向けて、命璃はめいっぱいの笑顔をみせた。
それでも、洸惺は願ってやまない。
どうか|彼女《あなた》に。
安らかな眠りと倖せな|来世《みらい》が訪れる日が来ますように、と。
●咲く花の如く
屋台通りは賑わしく、商店街は大売り出し中。
甘い香りをはじめとした美味しそうな匂いが漂う街はどこも楽しげだ。
「わわ、なんて素敵な光景……!」
ハレの日だいすき、と言葉にした花片・朱娜(もう一度咲って・h03900)の瞳はきらきらと輝いていた。見渡す景色どれもが煌めいて見えており、今のようにただ歩いているだけでも楽しさが満ちてゆく。
雰囲気を味わいながら、ゆっくりと進む朱娜。
視線を巡らせた先にはわたあめを作っている屋台があり、とても興味をそそられた。
通りにはベーゴマやメンコなど、懐かしの玩具で遊んでいる妖怪もいて微笑ましい。そんな中でふと、朱娜はあることを思う。
自分は今、とても楽しい。
この身体を維持してくれているインビジブルたちも一緒に喜んでくれているのだろうか、と。そうだといいなぁ、とほんわりした気持ちになった朱娜は、はっとする。
「この気持ちは休日お出かけに連れてってくれるお父様のよう……!」
朱娜にとってはちょっとした発見。
けれども、もう催しに連れてきてもらうだけの子どもではないと感じたので、朱娜はうんうんと頷いた。少し大人ぶれる理由を見つけたことでなんだか誇らしい。
それにこの宴はとても良いものだと思っている。
朱娜は通りを抜け、四辻広場と呼ばれる開けた場所に辿り着いた。
この催しの名は永縁御宴祭。
永く続く縁を、と願って名付けれたものであり、参加している皆がそれを意識して楽しんでいるように見えた。
雪色柳という名の木が見えたことで朱娜は双眸を細めた。
朱娜これまでの自分の軌跡を思い返し、手のひらをそっと胸に当てる。
「今年はちょっとその、御縁があったわけじゃなかったり、一緒にいた人たちと離れ離れになっちゃったりなんだけど……」
――また巡り逢ってみせる。
朱娜は心の中で強い思いを抱き、大切な縁が途切れないようにと願った。そして、そっと柳に触れてみる。
「私が頑張るから、見守って下さい、神様」
瞼を閉じた朱娜は誓いという名の思いを固め、未来への気持ちを抱いた。
そのとき。
「む!」
近くの商店街で「安ーいよ!」という声が響いてきた。
それは最近の朱娜にとって最もときめく言葉である。顔をあげ、明るく柳に別れを告げた朱娜は声の方に向かっていき――。
「えっ、この値段でこんなに美味しそうなものが?! それくださーい!」
ふわりと咲いた笑みひとつ。
朱娜本人はまだ気付いていなかったが、揺蕩う花のインビジブルたちもまた、なんだか楽しそうにふわふわと揺らいでいた。
●何れ来たる刻を思ふ
活気と賑わい、そして楽しさ。
どこもかしこもお祭り騒ぎの街は今、最高潮であるように見えた。
「永縁御宴祭……ハレの気が巡る良い祭りだ」
なるほど、と頷いた誘七・神喰桜(神喰・h02104)は周囲の様子に目を向けていく。酒を酌み交わす妖怪と人間、大売り出しに誘われていく人々、はしゃぐ子供たちなど何処を見ても佳きものだ。
「なんて楽しいイースターなんだ! 最高だね!」
はしゃいでいるのはエオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)も々。
さっそく楽しもう、と駆け出していった彼の後に神喰桜がついていく。
「イースターではないがな」
いつもの一言も今日のエオストレには届いていない。何せ此処は楽しいことで満ちており、神喰桜もそれ以上は言わなかった。神喰桜はエオストレから目を離さないように気を付けながら、自分も屋台通りの賑わいを楽しんでいく。
(……子守りも慣れてきたものだ)
神喰桜はエオストレの後ろ姿を見つめ、不思議な感慨を覚えた。
すると彼がくるりと振り返って手を振ってくる。
「神喰桜! 僕はこの店の綿あめにするよ。一緒に食べるかい?」
「噫、どうするかな」
「他のものがいい? ほら、あっちの屋台とか!」
「む……ではそれで」
エオストレが示した先にあった天麩羅の店と団子屋が気になり、神喰桜はそちらに向かっていった。戻ってきた頃にエオストレが食べていたのは、彼の尾と同じくらいの大きさの綿菓子だった。
美味しそうに頬張る姿を見守った神喰桜も手にした屋台飯を食していく。
「天麩羅も美味しそうだね」
「食べるか?」
「うん!」
互いに好きなものを味わい、交換しあう。ただそれだけで楽しくて嬉しい気持ちが満ちていき、穏やかな気分になった。
それから二人は暫しの散策を経て、四辻広場に到着する。
其処には噂になっている雪色柳があり、他と比べて静かな場所になっていた。他の場所では宴会がたえず開かれているが、この周辺はどこか神聖に思える。きっと住民や妖怪達は敢えて穏やかなままにしてくれているのだろう。
「素晴らしい柳だね!」
「おいで、卯桜」
「む、卯桜じゃなくて、エオス――」
「今くらいは本名でいいだろう」
先に柳の下に着いた神喰桜が主を呼ぶ。普段と同じように呼び名を訂正しようとしたが、卯桜は続く言葉を聞いて少し黙った。
「……なら、今だけだよ」
卯桜は周囲に誰もいないことを確かめ、こくりと頷く。
この白い柳の木の下で誓いを立てれば言祝ぎが得られる。いつから云われ始めたのかは不明だが、皆がそう信じているという。
何を誓うかと神喰桜が視線で問うと、卯桜は迷わず答えていく。
「じゃあ、世界中がイ……」
「イースター以外で頼むぞ」
「え、イースターはだめなのかい?!」
すかさず言葉の先を封じる神喰桜。出鼻を挫かれた状態の卯桜はその先を紡げず、口許を不服そうに結んだ。
「ううん……じゃあ……」
それから暫し考えていく卯桜を、神喰桜はそっと見つめている。
「……僕は、まずはね。僕に……誇れる自分に、なる」
卯桜が静かに語ったはきっと、心からの本当の思いなのだろう。
普段は明るくイースターの裏に押し隠している、卯桜としての心。それが今、こうして言の葉となって紡がれた。
「神喰桜にもガッカリされたくない、から……」
「卯桜、よく言えたな」
消え入りそうな声だったが、神喰桜は然と聞き届けた。
よくできたと褒めてもらっているのだと感じた卯桜は少しだけ笑む。あどけない少年らしい表情こそが彼の本質だと感じ、神喰桜は卯桜の頭を撫でた。
「弱いことは悪いことでは無い、弱さを認めてこそ強くなれるのだ。……見返してやるのが楽しみだな」
優しく撫でられたことで卯桜の耳がふわりと揺れる。
「神喰桜はすぐに甘やかすんだから」
「そうか?」
「不出来な僕だけど……こわがりウサちゃん、ではいけないんだ」
「心配はない。お前はまだ、たまごの中の雛のようなものだ」
「たまご? それって僕が――」
「イースターエッグではないぞ」
「……むう」
また少し不服そうな卯桜だったが、神喰桜は構わずに微笑んだ。そうして卯桜は密かに兄のことを思いながらも、然りと誓いを立てた。
「誓えたか、卯桜」
「勿論。それと……違うよ、エオストレ!」
神喰桜からの問いかけに顔をあげたエオストレは、いつもの調子で名前を訂正しながら明るく笑ってみせた。
(嬉しい。神喰桜が、僕を信じてくれている。だから、頑張らなきゃな)
卯桜として、エオストレとしても。
どちらも自分であるならば、自分らしく生きていくことを誓おう。
そう考えたエオストレが満足そうな笑みを浮かべる傍ら、神喰桜も雪色柳を振り仰いでみる。風を受けてさやさやと揺れる柳からは不思議な雰囲気が感じられた。
其処に誓う神喰桜の思いはひとつ。
(私の誓いは……)
――必ずや。この主を、一人前にしてみせる。
いつになるかは彼次第でもあるが、此処に誓いを立てることで言祝ぎを。
そんな二人の思いを受け入れるように雪色の柳が優しく揺れた。
●夜天の魔女と白の誓い
聞こえてくるのは楽しげな響き。
耳を澄ませば、そこかしこから賑わいの声が届いてくる。
「こういう活気のある雰囲気は好きだな」
星村・サツキ(厄災の|月《セレネ》・h00014)は宴の様子を眺め、紫眼と金眼に人々や妖怪の姿を映した。
とくに目立つのは屋台通りと、その周辺に置かれた机や椅子がある一角。
美味しそうな香りを漂わせる屋台で買った食べ物を自由に飲み食いできるらしい。焼き鳥や揚げ物の串と持ち寄った酒を分け合い、笑いあう妖怪たちはとても楽しそうだ。
普段ならばサツキはそういった食べ物、特に食べ歩きをメインにしてしまうことが多いが、今日の目的は違う。
賑わいに満ちた通りを抜けた先、そこにある四辻広場が目指す場所だ。
「噂の雪色柳はこっちかな」
同時に街を巡って雰囲気を楽しむ目的も兼ねているサツキは、永縁御宴祭の様子を楽しんでゆく。そうして辿り着いたのは、こういった宴の最中にありながらも不思議と静かな一角だった。
「これが……なるほどね」
サツキはまず柳の下まで向かってみる。真下から柳を振り仰いでみると、吹き抜けてきた風によって白の柳がさやさやと揺れた。
まるでそれは柳がサツキを歓迎してくれているかのようだった。
出来れば雪色柳に触れてみたいと思っていたサツキは、まるですべてを許してくれているようだと感じ取る。
「|災厄《ボク》が触れても、大丈夫かな?」
思わず問いかけてみたサツキに対し、柳は何も答えなかったが――それこそが返答そのものだと思えた。そっと手のひらを伸ばしたサツキは柳に触れた。
そうすると再び、雪色柳が風を受けて揺れる。
目を閉じたサツキは静かに誓う。
「細やかだけど繋いだ縁を、これからも大事にしていくよ」
それが自分を抑える一番の力。
だからこそ今日は、誓いを立てておきたいと思った。瞼を開き、顔を上げたサツキはこれからのことを考えていく。
縁を大切にすること。それから、もうひとつ。
「さて、次は向こうで楽しもう」
ぶらりと商店街の方を見て回ってみるのも、これからを紡ぐ行動となるはずだから。お目当ては珍しい本や古書、それから魔導書。
歩き出したサツキは賑わいの方へのんびりと向かっていく。
そうして――暫し後、サツキは解読しがいのありそうな古い魔導書を見つけた。
きっとこれもまた、新たなる縁なのかもしれない。
●摩訶不思議な呪い
「宴ですわ! 祭ですわ!」
賑わいと楽しさが満ちる宴の中、百蓮寺・めあり(木々蓮華・h00829)の明るい声が響き渡る。元気の良い声を聞いた妖怪達は彼女に優しい目を向け、手を振った。
「おう、宴だぜ!」
「祭だ、祭!」
「お嬢ちゃん達、楽しんでいけよ!」
「もちろんですわ!」
陽気な妖怪に手を振り返した後、めありはくるりと後ろに視線を向けた。
「わっ、ちょ待ってよめあちゃん!」
「はやくいらっしゃって!」
めありが手を伸ばした先にはコイン・スターフルーツ(人間(√EDEN)の妖怪探偵・h00001)がついてきている。少し困り気味のコインだったが、めありは敢えて気にすることなく引っ張っていく。
「こんなに楽しそうな催しなのですもの、折角ならあなたと行きたいのよ」
「わかったよ、めあちゃん。でもちょっと速いかも」
「コイン、ほら行きますわよー!」
「わあ……!」
今日も元気いっぱいのめありに引きずられながらも、コインは掴まれた手をしっかりと握り返した。そして、二人は賑わいの中心へ向かっていき――。
暫し後、コインとめありは屋台通りを歩いていた。
「楽しいね! こういうお祭りの空気とか超好き!」
「どこもかしこも賑やかで良いですわ」
「ここが故郷かってくらい雰囲気に合ってるねめあちゃん」
「そう見えるかしら」
明るく言葉を交わす二人の間には笑みが宿っている。そんな中でふと、コインはめありが手にしているものに目を向けた。
「さっきからずっと気になってはいたんだけどソレ何食べてたの?」
「蛸のまるごと天婦羅ですわ。足ごとに味も食感も違いますのよ」
両手に持っているものは先程、いつのまにかめありが購入していたものだ。
「タコ!?」
「そう、絶妙な味加減で好きですわこういうの。ひとついかが?」
「貰っていいなら、いただこうかな」
「このうねっているのがおすすめよ。一番活きがよさそうでしょ」
「いただきま――ウマイ!」
大食いを自負するコインとしては、すすめられたならば食べるが吉。めありが持っているうちの一本を貰ったコインは実食とほぼ同時に舌鼓を打った。
美味しいものは気分もよくしてくれる。そのまま屋台通りで食べ歩きをしていった二人は或る店を見つけた。
「あら射的! 面白そうですわ」
「やっていく?」
「もちろんやっていきますわー!」
食べかけの蛸天を片手に、めありは店主に遊びたい旨を告げた。片手が塞がっているがそれをものともせずにコルク獣を構えるめあり。
「狙うはあの不思議道具――投げても投げても戻って来る呪いのスーパーボール!」
絶対欲しいですわ、と気合いを入れためありは銃の引き金に指をかけた。
そして、次の瞬間。
「あら! 当たっ……」
「お嬢ちゃん、ざんねーん」
「えっ、待って店主さん。今、元の場所に戻りましたわよ!?」
「ウチではそういう仕掛けはしていないけどなぁ???」
結果は、店主も驚くほどの謎不発ぶり。
その様子を眺めていたコインはくすくすとおかしそうに笑った。
「相変わらずのおもしろお嬢様っぷりだねめあちゃん……。じゃ、次は私」
同じものを狙うと決めたコインは店主からコルクと銃を受け取り、照準を合わせる仕草をした。呪いのボールを何に使うんだろう、という疑問はさておき。
「こういうのはこうやってこの角度でこうやって――」
「コイン、頑張って!」
「ずばっとしてばしーんとすれば……ほら、当たった!」
めありの応援を受けたコインは感覚で一気に射撃を打ち込む。コルクの弾道は見事であり、景品へ吸い込まれるように飛んでいった。
「凄いですわ! 流石コイン!」
「はいっ! とれたからあげる~!」
「いいんですの? ではお礼に蛸天の足をもう一本いかが?」
景品を貰ったことでめありはとびきりの笑みを浮かべる。そうして、差し出されたお礼を受け取ったコインも笑顔になった。
だが、屋台通りを後にした二人は気になることがある。
「てかさ……怖いこと言っていい?」
「構いませんわ。きっと、わたくしも同じことを思っていますもの」
路地の前で立ち止まったコインは神妙な顔でめありを見つめた。めありもまた、先程とはうってかわった真剣な表情をしている。
そして、コインは口を開いた。
「やっぱこのタコ足ぜんぜん減ってないよ……ね?」
「そう――食べても食べても蛸の足が減りませんの」
「だいぶ私もいただいてるんだけど、これほんとにタコ?」
「……。わたくしたちは一体、何を食べていますの……?」
めありとコインは顔を見合わせる。
食べてもまったく減らない蛸。それはもしかすれば、投げても戻って来る呪いのスーパーボールよりも更に深い呪いに満ちていたのかもしれない。
その後――蛸は「ごちそうさま」と言えば再生を止めるものなのだと知った二人は、心の底から安堵したという。
●巡りを繋げて
宴祭、言い換えれば大宴会。
酒につまみに美味しい料理。騒ぎ、楽しむ理由なんてそれだけでいい。
刻・懐古(懐中時計の付喪神・h00369)はホクホクしながら、美味いお酒を目当てに通りを歩いていた。中でも一番賑わっている宴会場に辿り付けば、其処には――。
「おや、どうも」
「奇遇ですね」
「お二人も宴会目当て?」
見知った顔、六・磊(垂る墨・h03605)と壬生・縁(契・h00194)がいた。
二人も懐古を見つけ、偶然だといって声を掛け合う。
六磊にとっての二人は馴染みの店の店主。よく土産物を買いに訪れているので今や気安い関係だ。向こうからもお得意様だと思ってもらえているらしく関係は良好。
それゆえにこうして出会えたことは快いことだ。
それに此処で顔を合わせられたのもきっと御縁。この宴が永縁御宴祭という名であるがゆえの巡り合わせなのかもしれない。
空いている机と椅子を見つけた三人は、其処を宴の席にしようと決めた。
「お二人はお酒、大丈夫?」
「もちろん」
縁が問いかけたことで懐古が頷いた。実は酒好きなだけで隠れ下戸であることは敢えて言わない。言ってしまうと心配されてしまうだろうからだ。無用の遠慮などがないように、との懐古の気遣いでもある。
「酒は好く嗜む方ですから、ご心配無く。お二人ともそのようですね?」
六磊も問題ないと答え、縁と懐古に視線を向けた。
安堵した縁は首を縦に振り、近くの屋台で出していた天麩羅を買いに行く。六磊と懐古も好きなものを持ち寄っており、そのついでに酒も用意してきたようだ。
椅子に腰を下ろし、各々はお猪口に飲みたい酒を注ぐ。
「それにしても、まさか、六磊さんと懐古さんが知り合いだったなんて」
「ふふ、それは僕も驚きでした。縁さんと懐古さんがお知り合いとは……」
「うんうん、ほんとうに。世間は狭いと言うけどねぇ」
それぞれに繋がっていたことは驚きでありながらも、嬉しいことだった。
そうして、三人は乾杯を交わす。
縁は少しずつ嗜むように日本酒を味わい、懐古は飲んだことない銘柄の酒を中心に口にしており、六磊はゆったりと焼酎を飲んでいった。
各自の呑み方や好みに興味を示しつつ、縁はこの機会が佳きものだと語る。
「良縁を願う宴でご一緒出来ること、嬉しく思うわ」
「同じく嬉しいです。良緑は良緑を呼び結ぶということですね」
「ふふ、付喪神会ってところだね」
偶然に偶然が重なり、三人ともが付喪神である。
妖刀に懐中時計、結婚指輪。
どれも生きる世界が違っていたと語って過言ではないものだが、付喪神として顕現している今は同じ場所で酒を酌み交わすことができる。
交わすのは他愛もない話。
だが、こういった席ではそんな話の方が盛り上がるというもの。
「お、兄ちゃん達!」
「いい飲みっぷりだね、これはオレらからの差し入れだ!」
「ありがとうございます」
途中、三人の様子に気付いた気の良い妖怪達が料理を持ってきてくれた。アサリの酒蒸しや自家製佃煮、何処かの郷土料理など手作りの品が多かった。
六磊は妖怪達に礼を告げ、新たな酒を盃に注いでゆく。
これまでも結構な量を飲んでいるが、その顔色や意識は一向に変わらず、微笑むような糸目をにこにこと携えたままだ。
縁も手を振って去っていく妖怪達に会釈をして礼を示し、料理を机に並べていく。
「なんだかとっても豪華になってきたわね」
「うん、おいしい。これもおいしい」
「これは……不思議な味ですが、酒によく合いますね」
懐古はせっかくの好意を無駄にしないよう、ひとつずつを味わった。六磊も舌鼓を打ちつつ宴の良さを感じている。
料理も酒もどれも旨く、いくらでも進むように思えた。
あちこちから聞こえる笑い声や、楽しそうな声もまた酒のアテになるというもの。きっと、雰囲気を呑むという言葉が相応しい。
しかし、下戸でもある懐古がいつの間にかふにゃふにゃとした様子になってきた。
その様子に気付いた縁が首を傾げる。
「懐古さん、妙にふわふわしているわ」
「僕は瞼が重くなってきたよ……」
「何だか可愛らしい仕上がりになっていますが……懐古さん?」
六磊も彼の様子が気になって、そっと顔を覗き込む。何を思ったのか、というより酔っているのだろう。懐古はふらりと立ち上がった。
「お水を飲んで」
「う~ん、まだのめるのにねぇ~」
縁が水を勧めたが、懐古はそのままその場にしゃがみこんでしまった。とても気持ちよさそうな様子だが酔いが回りすぎてはいけない。
縁は手を差し伸べ、水の入った湯呑みを渡してみる。
「……立てる? 気持ち悪くはない?」
「だいじょうぶ、だいじょうぶだよ」
懐古は顔を上げ、平気だと語りつつ大人しく水をもらった。されど立てそうな様子はなく、少しばかり心配になってしまう。
「立てないなら、六磊さんに運んでもらいましょう」
「もう僕も歳なんですがねぇ」
「六磊さんに~?」
縁から話を振られたことで六磊は自らの腰を叩き、洒落を挟んでみせた。懐古の視線も注がれており、六磊は静かに微笑む。
「懐古さんなら構いませんよ」
「よろしくおねがいするねぇ」
「ほら、僕の肩に掴まってくださいな」
六磊が傍に来たことで懐古は素直に肩を借りた。酒を飲む場はそろそろお開きにして、違う場所でゆっくりと休むのもいいだろう。
そう考えた六磊は片手で縁を手招き、行きましょう、と告げた。
「お二人が親しくて良かった」
縁は肩を組んで歩く二人を見つめ、くすりと笑む。すると顔を上げた懐古が路地の向こう側に意識を向けた。
「おや……あっちの方が賑やかだねぇ」
「そうみたい。演劇をやっているようね」
「丁度いいですね、休みがてら観ていきましょうか」
舞台の一部が見えており、其処から聞こえてきたのは劇の台詞のような声。六磊の提案に懐古はふわふわと頷き、縁も酔い覚ましにいいとして同意した。
そして、三人は街を歩いてゆく。
偶然の御縁と賑やかな時間に各々の感謝を抱いて。
今日はまだもう少し、楽しみが続いていく。そんな今を大切に思い乍ら――。
●触れる誓いと絆ぐ縁
永縁御宴祭。
宴に付けられた名前は文字の意味がそのまま願いとして込められている。
「永遠の縁を願う宴……!」
賑やかな光景を前にして、香柄・鳰(玉緒御前・h00313)は心を弾ませていた。
その傍らには九鬼・ガクト(死ノ戦神憑き・h01363)がついており、鳰の言葉と様子を見てから軽く首を傾げる。
「永遠とな?」
ガクトとしては鳰がどうしてこのように嬉しそうなのかがわからないようだ。
縁とは偶然でもあり必然でもある。
世の中には様々な縁があり、繋げることもあれば解いていくことも可能だ。それがどうしたのかと考えたガクトは問いかけてみる。
「んー? なんだい? 鳰にしては珍しくはしゃいでいるね」
すると鳰は辺りを示し、縁を繋ぐことの大切さを実感しているのだと語った。
「だって私達に似合いではありませんか? ガクト様」
「そうだね、永遠の縁だと嬉しいね」
鳰はこれが自分達にぴったりの催しだと強く語ったが、ガクトはいつも通りの口調で答える。鳰としては、せめてもう少しくらいは同じ気持ちでいてほしかったらしい。もう、と声にした鳰は不服そうな仕草をした。
「そんな平坦なお声でお返事なさって!」
「嘘は言っていないよ」
「それなら……」
次に返された言葉を聞けば、鳰の怒ったフリも長くは続かなかった。
ガクトは彼女が怒っていると知っていたが、本気ではないことも理解している。それゆえに彼女の表情を見遣りつつ普段通りの穏やかさを保っていた。
きっと、変わらぬことがガクトなりの態度なのだろう。
そうしているとあちらこちらから声が聞こえてきた。
「見てお兄ちゃん、あれ美味しそう!」
「じゃあ行ってみようぜ!」
「ふふ、微笑ましい子たちですね」
「俺達も屋台に行ってみるかい?」
屋台通りの方へ駆けていく兄妹らしき人間。その姿を見て仲睦まじく手を繋いでいる者達は恋人同士だろうか。妖怪と人間のようだが、とても幸せそうだ。
たくさんの人で賑わう縁日通りもまた、わいわいと楽しげな声がしている。
蛸の天麩羅らしきものを食べ歩きしている者、景品付きの遊戯に興じる親子連れ、ひとりで飲み歩きをしているらしい者。
誰もが楽しそうであり、それぞれの時間を満喫しているようだった。
「ガクト様、私達も参りましょう」
「あーはいはい」
「こちらです」
そうして、鳰は行く先を促す。
まずは縁日通りを進んでいろいろなものを見てから、最終目的として四辻広場の雪色柳を目指す。それが鳰の考えた今日のルートだ。
行き交う人々は多く、二人は逸れてしまわないように距離を詰めて歩く。
隣同士でゆっくりと歩く時間も快く、鳰はガクトをそっと見上げた。
「賑わってますねえ」
「んー? 色々あるね」
「斯様にも魅力的な店の数々、何処に寄ろうか迷ってしまいますね」
鳰はとても楽しげであり、辺りを見渡している。多くの店があることに加え、他でもないガクトが隣りにいることが嬉しいようだ。
鳰とて目的地は忘れてはいないが、此処は寄らねば損というもの。
そうしているとガクトが或る店に目を向けた。
「この香りはお汁粉かな?」
「あら、甘やかないい香り! お汁粉?」
湯気が立ち上っている屋台を見つけたことで、二人の気持ちが一致する。鳰はガクトに此処で待っていてほしいと告げ、お汁粉の屋台へと進んでいった。
「おや、いらっしゃい! お嬢さんも食べていくかい?」
「では二杯頂けますか?」
「はいよ、毎度! そっちに席があるから座って食べな」
「ありがとうございます」
店主から二杯分のお汁粉を受け取り、鳰は軽く会釈をする。片方は自分、もう片方は勿論、己が主――ガクトの分だ。
「はい、ガクト様。お席はこちらへ」
「ありがとう、じゃ一杯頂くよ」
「お身体を冷やしてはいけませんからね」
鳰に導かれ、ガクトは屋台横に用意されている席に腰を下ろした。ほわほわと湯気が立つ器からは、最初に感じた甘い香りがしている。
いただきます、と二人で声を揃えて、まずは一口。
「ん、美味しいね」
「とても温まります」
ガクトはすぐに感想を零し、鳰は身体に沁みる熱さと甘さに、ほう、と息をついた。
「確かに……温かいな」
「ゆっくり食べていきましょう」
主もお汁粉の美味しさを実感しているのだと分かり、鳰の心も温まっていく。
そうして、のんびりとお汁粉を食べ終わった二人は席を立ち、屋台通りを再び進んでいった。輪投げの遊戯屋台の横を通り、林檎飴が並んでいる店に興味をひかれ、次は硝子細工を置いている店の前へ。
「ガクト様、こちらへ。まぁ、あちらも素敵ですよ」
「あぁ、いいね」
鳰はあれこれと足を止めていき、その姿をガクトが見守る。嬉しそうに報告してくる鳰は年相応に見えた。その様子を見られたことで、ガクトもまた楽しんでいるようだ。
(鳰はしっかりさんだから、はしゃぐのは珍しいねぇ)
きっと思ったことを声に出せば、鳰は気にしてしまうだろう。在るがまま、楽しんでほしいと願ったガクトは敢えて何も言わなかった。
そうしていると、鳰が主の腕へと指を伸ばす。
「ん?」
にこりと笑みを向けたガクトの視線を受け、鳰は少しだけ声を潜めて語った。ガクトが腕に温もりを感じたのは彼女がそのままぎゅっと身を寄せたからだ。
「これだけの人出です。私の頼りない目では逸れたら大変ですから、ね?」
「んー、そうだね。迷子にならないようにしようか」
ガクトは鳰を見つめ、空いている方の手で頭をぽんぽんと撫でてやった。
まるであやすようなガクトの仕草の奥には、すべてを分かっているような雰囲気が感じられる。おそらく、迷子が口実だということは彼にもばれているはず。
鳰はそっと思いを抱く。
(私の如何にも其れらしい言い訳など、お見通しなのでしょうが……)
今はその優しさに甘えたい。
鳰とガクトは寄り添い合い、人々と妖怪が行き交う大通りを歩いていった。
そして――。
縁日を楽しんだ二人は今、四辻広場に到着していた。
他の場所よりも穏やかな様子の広場は不思議な雰囲気がした。周囲の賑やかさが聞こえないわけではないが、静かな印象を受ける。
「これが柳で?」
ガクト様、と鳰が呼ぶと彼が頷いた。
「白い柳の木だね。んー、他にはなさそうだしそうみたいだよ」
「雪色柳、ですか」
鳰はさやさやと揺れる柳の音を聞きながら、木を見上げてみる。鳰の瞳では明瞭に姿を見ることは叶わないが、美しい白であることは分かった。
その視界の補助となれるよう、ガクトは目の前の木がどんなものか語る。
「とても美しく立派な姿だよ」
「はい、触ってみるとよくわかりますね」
鳰は主の優しい言葉を聞きながら木に触れてみた。その説明通りに本当に立派であると感じた鳰は、この柳が誓いを立てるのに相応しいと実感する。
「それでは、」
始めます、と宣言した鳰はガクトの前に膝をついた。
ガクトから伸ばされた腕を取り、そのまま手の甲に口づける鳰。花唇を其処から話した鳰は、誓いの言葉を声にする。
「今後も心を込めてお仕えします」
――いつか死が私を見初め、分かつまで。
強く誓った鳰の姿を見つめたガクトは静かに頷いた。暫しの沈黙があったのは両者が誓いの意味を噛み締め、縁を想ったゆえ。
そうして、鳰が立ち上がる。ガクトは双眸を細めた後、少し冗談めかして笑んだ。
「本当に物好きだよね、こんなオジさんを主人にするとは」
「あら、オジさんという程のお歳でもないでしょうに」
「死は身近なものだけど……でも、君に死なれたら困るから死なないでね」
「ふふ……それは神のみぞ知る、ですよ」
「確かにね」
穏やかな言の葉を交わし、二人は雪色柳を振り仰いだ。
ガクトは識っている。いずれ解かれる縁もあるということを。それでも、この縁が硬く結ばれ続けることを望みたい。
どうかこの誓いが永遠となるように。今という時と共に、希おう。
第2章 集団戦 『悪い百鬼夜行』

●少女の過ち
『我の封印を解けば、願いを叶えてやろう』
「本当に? だったら――」
悲しみの底にあった少女は古妖の力に縋った。
些細な喧嘩をしてしまった後、仲直りをすることなく永遠の別れを迎えてしまった相手がいたからだ。少女にとって大切な人は、身寄りのない自分を本当の孫のように思い、優しくしてくれた老婆のこと。
天邪鬼である自分を嫌わず、ずっと真正面から向き合ってくれた。
毎年、一緒に手を繋いで永縁御宴祭を回る。
それが二人の間の約束であり一番の楽しみだった。しかし彼女は老衰であっさりと逝ってしまった。その前に、一言だけでも謝りたかった。
それすら出来なくなってしまったことで少女は絶望を抱いた。
そして、近付いてはいけない古妖の封印祠まで向かい、|それ《古妖》に願った。
――もう一度、婆ちゃんに会いたい、と。
だが、その願いが叶えられることはなかった。
老婆は蘇ることなどなく、古妖だけが復活した。それによって正気を失った妖怪達が悪い百鬼夜行の群れとして暴れ出している。
「ごめん、ごめんね、婆ちゃん……!!」
大粒の涙を零しながら、天邪鬼の少女・アマリは走っていた。
向かう先は人気のない方だ。
「あたし、ただ婆ちゃんとの約束を果たしたかっただけ。でも、そんなの望んじゃいけなかった! 死んだ人に会いたいなんて、願っちゃいけないんだ!」
古妖が願いを叶えてくれるなんて嘘。
その代わりに|みんな《小妖怪》がおかしくなっていっただけで、今は自分だけが狙われている。凶暴になった小妖怪達に追われながら、少女は懺悔を口にする。
「あたしが悪いんだ。変な意地を張って『今年の御宴祭には一緒にいかない』なんて言っちゃって……毎年の約束だったのに……!!」
婆ちゃんは永縁御宴祭が大好きだった。
だから気落ちして、生きる気持ちが弱くなってしまったのかもしれない。
もう一緒にお祭りを巡ることは叶わないけれど、大好きな人をこれ以上悲しませてしまうことはしたくない。
そのように考えたアマリは宴の中心とは別方向に走っていた。
百鬼夜行が自分を追いかけてくるなら、自らが囮になればいいと思ったらしい。
「婆ちゃん……あたし、宴だけでも守るよ!」
たとえ殺されてしまっても、婆ちゃんが大好きだった祭だけは壊させない。
アマリは泣きながら駆けていく。怖くて怖くて仕方ない。けれど、これが封印を解いてしまった自分への罰だと覚悟して――。
●守るための戦い
永縁御宴祭の最中、√能力者達は異変に気付いた。
古妖の復活によって、正気を失ってしまった小妖怪達がいること。
そして、それらが天邪鬼の少女を狙って追いかけていることを。
幸いにも、騒ぎは宴の中心地から離れているので祭を楽しむ人々は気付いていない。
能力者がすべきことはひとつ。
そっと御縁祭を抜け出し、異変を解決しに向かうこと。
悪い百鬼夜行は倒せば正気を取り戻し、少女を追うことを止めるだろう。ただし妖怪の数はかなりのものになっている。
ひとつの場所で少女を守るのではなく、常に逃がしながら妖怪を倒していくことが重要だ。一部の妖怪の足止め、或いは引き付けての一網打尽。どんな策でもいい、まずは少女を庇って違う場所へ逃がすことの連続が好ましい。
封印を解いたことに対しての叱責や言葉は後でも構わない。
今はただ、彼女を守る。さすれば未来への道がひらけてゆくはずだ。
●妖怪追跡道中
「始まったみたいねぇ……」
人は脆く、儚い。
そのことを八海・雨月(とこしえは・h00257)はよく識っている。
短い生の最中で容易く過ちを犯し、正すための永い命も持っていない。
しかし、その中であがく姿こそ――。
「何と美しいことかしらぁ」
雨月は双眸を緩やかに細め、地を蹴った。
その覚悟を汲んで苦境から救い出す。そのために挑むのが今だ。雨月は素早く路地を駆けていき、件の少女が叫んでいる場面に出くわした。
「こっちだよ、こっち!」
早く来い、というように天邪鬼の少女が百鬼夜行を引き付けている。
本当は怖くて仕方がないのだろうが、街の人に近付けさせまいとしている姿は懸命だった。だが、そうやって逃げているため追い付かれやすいのも確か。
「わっ!」
小妖怪の伸ばした腕が少女を掴もうとした、そのとき。
「させないわよぉ」
百鬼夜行の間に割って入った雨月が蹴撃を放ち、その手を払い除けた。驚いた天邪鬼の少女は「助かったの?」というような顔をしており、雨月はそっと笑む。
「安心するのはまだ早いわよぉ。ほら、走りなさいなぁ」
「う、うんっ!」
「精々足元に気を付けることねぇ……」
そして、雨月は持って来た徳利の酒を飲み干す。それを横に捨てた彼女は両手を鋏角に変えていき、百鬼夜行を食い止めにかかった。
――|最敵採餌理論《ネクロファジーフルミール》。
「行くわよぉ」
あちらは古妖の気にあてられて正気を失っているだけ。切断するのは相手の武器に絞り、雨月は素早く相手を斬り払っていく。
だが、その間も少女を追う為に動く妖怪がいた。
「行かせないわぁ」
自分に寄って来た個体を蹴散らしながら、雨月は少女に追い付いていく。
「きゃっ!」
「慌てないで落ち着きなさいねぇ」
「あ、ありがと……」
「大丈夫、あなたは宴だけ守りなさいなぁ、そしたらわたしはあなただけ守るわぁ」
「……! わかった!」
転びそうになった少女は雨月に支えられ、少し落ち着きを取り戻したようだ。
されど百鬼夜行はまだ追いかけてきている。雨月は少女を先に行かせると同時に振り返り、更に鋏角を振るった。
行きなさいなぁ、と告げた雨月。その背から少女の声が響く。
「あたし、アマリ! あなたの名前は?」
「八海・雨月よぉ」
「雨月さん……! もしあたしが生きてたら、後でちゃんとお礼を言わせてね!」
その言葉を最後に、少女は路地の向こう側に走っていった。
細かな路地があるため、妖怪の何体かは少女を追っていった。だが、雨月は自分が立ち塞がった道の敵だけを食い止めればいいと分かっている。
「そっちは任せたわねぇ」
何故ならその先には、自分と同じ護るための意思を抱く√能力者がいるのだから。
●闇色の魔焔
封印を解いた者の正体。
それは大切な相手との永遠の別れを経験した少女妖怪だと分かった。
「……其れを悪事だと断ずるのは酷であろうな」
喪失からの深い悲しみ。そして、何かに縋りたかった心境。それらを慮ったアダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)は頭を振った。
向かう先には少女を追いかける百鬼夜行の姿がある。
狙いを定めながら、アダンは思う。
(其れでも尚、己を赦せぬと。そして、亡くなった者が大切にしていた祭を守りたいと希うのであれば――)
逃げる天邪鬼の少女の背に、小妖怪が迫る。
次の瞬間。
「此の覇王である俺様がお前の勇気に敬意を表して、助太刀しようではないか!」
「……っ!」
少女を襲おうとしていた妖怪が魔焔に包まれ、地に伏す。
手荒ではあるが妖怪は元より頑丈だ。気を失った妖怪も目を覚ませば正気に戻っているだろう。アダンの声に振り向いたアマリはアダンに問いかける。
「あなたも助けてくれるの?」
「ああ、故にアマリよ。兎に角、お前は此処から疾く離れよ」
「なんであたしの名前を……?」
「先程に名乗っていただろう」
「そっか、じゃああなたもあのヒトの仲間なんだね!」
アマリが首を傾げると、アダンは少し前のことを示す。別の√能力者に彼女が名乗った声を聞いていたのだと告げると、アマリは納得してくれた。
しかし、その間にも新たな妖怪が襲いかかってくる。
「急げ!」
「うん!」
「全てを足止めすると確約は出来ぬが、最善を尽くす」
――だからこそ、お前は征け。
アダンが百鬼夜行の前に立ち塞がったことで、アマリが逃げる隙も出来ている。少女が頷いた気配を感じ取ったアダンは妖怪達に向けて両手を広げ、ここから先にはいかせまい、というように身体と行動で示した。
背後では駆けていく足音が聞こえる。
もし打ち漏らしたとしても他の√能力者が繋いでくれるだろう。アダンは悪い百鬼夜行を見据え、漆黒の光線砲を構えた。
一先ずは戦力を削ることが優先。羽影から放たれた闇色の光線が周囲に広がり、一斉攻撃を行おうとした妖怪達の勢いを削いでいった。
それによって、次の攻撃が迫る前に動く好機を得られた。アダンはすべての着弾を確認すると同時に能力を発動させる。
「古妖の気にあてられているだけならば、お前達も正気に戻してやろう」
刹那、黒狼の鋭利な爪を模した黒炎が小妖怪達を貫いた。
裂いて、焼いて、すべてを打ち倒して――。
目指す先は、この街にとってのいつもと変わらぬ日常。取り戻すべき物の形を思いながら、アダンは次々と敵を蹴散らしていった。
●信じて駆ける道
賑わいからは遠く、|人気《ひとけ》のない方角。
街の者達はまだ気付いていないが、異変は既に起こっている。
「急にざわついてきたな……?」
白皇・奏(運命は狂いゆく・h00125)は小妖達が正気を失い、天邪鬼の少女を追っている事態に気が付いた。
百鬼夜行が彼女を追い、殺そうとしているのならば止めるべきだ。
「何かあったかは後だ!」
急がなければならないと判断した奏は駆け出す。
されど、ただ追うだけは後手に回ってしまうことも理解していた。それゆえに奏は入り組んだ路地を確かめていき、作戦を練っていく。
同じ頃。
異変に気付いた酒木・安寿(駄菓子屋でぃーゔぁ・h00626)も動き出していた。
「うう……助けてくれるヒトにも迷惑かけて……あたし……」
逃げる少女、アマリは苦しんでいる様子だ。
既に別の√能力者が逃げる手伝いをしているが、そのことに申し訳なさを抱いているらしい。だが、その声を聞きつけた安寿が建物の上から姿をあらわした。
安寿は着地と同時に少女を見つめ、しかと語る。
「亡くなった人に会いたいやなんて誰にでもある思いや。ましてそれが大好きな人やったんなら当然や。それに付け込んだ古妖が悪いんや!」
「え……?」
安寿は屋根伝いに駆け、百鬼夜行を追っていたようだ。
少女が戸惑いの声をあげると、笑顔を見せた安寿はその背を軽く叩いた。
「せやからアンタはシャキッとしぃ!」
「しゃきっと……!」
「アンタの事もお祭りもうちらがしっかり守るよって!」
守られていることに気負いはしなくていい。安寿の言葉はしっかりと少女アマリに届いたらしく、確かな頷きが返ってきた。
だが、その間も百鬼夜行は少女を襲うために迫ってきていた。めいっぱい走ってや、と告げた安寿は己の力を巡らせていく。
「うちもできる限りのことをするで〜」
――√能力、コックリさん。
その力は現在で最も必要な力が底上げされるというもの。
走り疲れているであろうアマリが求めているのは駆ける速度だろう。わ、という驚きが少女からあがったのは急に走る速さが変わったからだ。
「成功や。さぁ、そのまま止まらず行くんやで!」
「うん、ありがと……!」
「うちはこいつらを正気に戻してからいくから、安心してや!」
安寿は小妖怪の行く手を遮り、強化された力で以て攻撃を与えていった。
だが――。
安寿に見送られたアマリは、焦るあまりに袋小路に向かってしまっていた。
「しまった……!」
行き止まりだと気付いた少女は驚き、疲れもあったのか転んでしまう。もう駄目かも、と呟いたアマリだったが、そこに少年の声が響いた。
「まだ終わりじゃないよ!」
その声の主は奏。凛と言い放った奏が見計らっていたのは、このタイミングだ。
百鬼夜行が天邪鬼の少女を袋小路に追い詰めるとき。上手く逃げるにしても道を塞がれてしまい、いずれは行き止まりに追い込まれることもあると奏は考えた。
それゆえに追い詰められやすい場所に先回りしていたわけだ。
「大丈夫かい、キミ?」
「うん、こんなのかすり傷だから!」
奏が手を差し伸べると少女はその手を取って立ち上がった。
百鬼夜行は迫ってきているが、奏はこのために待ち受けていたので問題はない。
――|拝聴必須の噂の時間《ウワサノジカン》。
「ねぇ、知ってる? この噂は……」
百鬼夜行が暴れるその瞬間、正義の猫又くノ一が目覚める、というもの。
少女の悲鳴を、涙を。この手で救う。
奏がそのように語り終えた瞬間、彼は正義の猫又くノ一の姿へと変わった。鋼糸を広げた猫又は瞬く間に百鬼夜行を切り裂いていく。
それでも百鬼夜行は止まる気配がなく、正義の猫又はありったけの苦無を投げた。
「よし、これで戻る道が開いたよ」
奏が小妖怪を蹴散らした次の瞬間、追いついてきた安寿の声が響く。
「見つけた、こんなところまで追いかけてたんやな!」
「さっきの妖狐ちゃん!」
「あっちの道にいた子は気を失わせてきたから、早く向こうへ!」
「あなたたちはどうするの?」
安寿が逃げる先を促すと、アマリは心配そうに奏達を見つめた。静かに微笑んで見せた安寿と奏はここに残ると示す。
「この子達も助けてあげないといけないからね」
「そや! さっきも、うちらがしっかり守るって言ったやろ?」
助ける対象は、アマリだけではなく操られている小妖怪達のことも含めている。
それぞれに微笑んで見せた奏と安寿。
その姿と言葉に胸を締め付けられたらしいアマリは、ぎゅっと拳を握った。
「わかった……でも、どうか無事で!」
「もちろんだよ」
「ありがとなぁ、うちらは絶対に大丈夫や!」
「うんっ!!」
そうして、少女は懸命に駆けていく。能力者達に大きな感謝を抱きながら――。
●護霊と共に
御宴祭の余韻は心地好く、嬉しい気持ちも継続中。
「あぁ、楽しかった」
しかし、次にするべきことがある。星村・サツキ(厄災の|月《セレネ》・h00014)は祭で買った魔導書を大事に抱き、そっと語りかけた。
「キミとの縁も楽しい祭りの中で出会ったままにしたいからね」
このまま何もしなければ異変が大事になる。百鬼夜行を狂わせた古妖が暴れ出し、祭はおろか街一帯が破壊し尽くされてしまうだろう。
「さぁ、急いで向かおうか」
サツキはまだ祭を楽しんでいる妖怪や人々を見つめた後、駆け出した。
彼らは何も知らないままでいい。
ハレの日を悲しい出来事で染めてしまわぬように。何事もなかったことにするのが、能力者としての役目なのだから。
そして、サツキは異変の中心へと迫ってゆく。
目指すは小妖怪達の向かう先。既に何人もの能力者が悪い百鬼夜行を散らしているようだが、天邪鬼の少女はまだ追いかけられている。
「もう、しつこいっ!」
「――見つけた」
少女アマリの声がはっきり聞こえたことでサツキは月霊の加護を巡らせる。
ハティと呼ばれた護霊が傍に現れ、百鬼夜行に狙いを定めた。
「お願いできるかな」
主であるサツキの声に応えるが如く、ハティは少女を狙っている妖怪に牙撃をくらわせにいった。まずはアマリに危険を及ぼす可能性が高い相手から攻撃していく流れだ。
ぴ、という悲鳴が聞こえたかと思うと小妖怪がその場に倒れる。
彼らは古妖の悪い氣を受けているだけ。それゆえにこうして気絶させればいずれ目覚めたときに正気に戻っているだろう。
「痛いだろうけど、眠ってもらうだけだからね」
サツキは宣言と同時に自らも小妖怪を攻撃した。それによって少女と百鬼夜行の間に入ったサツキは、一先ずの危機が去ったことを確かめる。
その際、別の個体がサツキに爪を振るってきた。アマリが傷つけられぬように庇ったサツキは鋭い痛みを感じる。
「わあっ、今ので怪我したんじゃないの!?」
「大丈夫だよ」
驚いたアマリが問いかけてきたが、サツキは優しく笑いかけた。少女にとってサツキは突然の乱入者ではあるが、混乱よりも先に心配をしてくれたことが嬉しかった。
百鬼夜行から逃げながら、少女は更に問いかける。
「ねぇ、どうしてあたしを助けてくれるの? みんな誰なの?」
サツキだけではなく、他の能力者もアマリを助けて逃がしていた。そのことに対してサツキは少しだけ考え、そっと答える。
「そうだなぁ、この宴が好きな一人とでも答えておこうかな?」
守りたい気持ちは同じ。
同じ思いを抱く相手を助けるのに理由は必要ない。
サツキが語ったことを聞き、アマリは涙ぐんだ。その背を優しく押したサツキは再び微笑みを見せ、少女の進むべき先を示した。
逃げるのもあと少し。ハティが散らしている百鬼夜行がすべて倒れるとき。
それまでの辛抱だとして――。
●情報収集で一網打尽
悪い百鬼夜行は天邪鬼の子を追う。
彼女らが永縁御宴祭から離れていくということは、つまりこれは――。
「故意で引き起こされた事件じゃなかった訳だ」
夢野・きらら(獣妖「紙魚」の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h00004)は現状について考えながら、異変が起きている場所へと向かっていく。
その隣にはタマミ・ハチクロ(TMAM896・h00625)がいる。タマミもまた、百鬼夜行の異変に気付いて現場に向かう最中だ。
「急ぐであります」
「ああ、タマちゃん」
二人は隣人同士。
タマミが購入した古書はきららに渡そうと思っていたものでもある。
「お土産買ってあるでありますよ」
「ありがとう。このお話の読後感を良くする為に――お土産は後でいただくね」
「はい、この事態が落ち着いたらお渡ししますゆえ」
視線を交わした二人の言葉は穏やかだ。
その理由は自分達が必ず、この異変と事件を解決すると心に決めているから。きららとタマミは路地を駆け抜けていき、騒ぎの中心に近付いていった。
そこで聞こえたのは少女の声。
「まだまだ、街から遠くまでいかないと……!」
天邪鬼の少女、アマリは百鬼夜行を引き付けながら逃げ続けている。息が切れていても妖怪として持ち前の力を振り絞り、なんとか捕まらずにいるようだ。
だが、まだ接触はしない。
闇雲に敵陣に突っ込んでいくだけでは一時凌ぎにしかならないことを、タマミときららは知っているからだ。
「仕事の時間であります」
――招集、少女分隊。
――|召喚《サモン》、決戦型WZ「マスコバイト」。
「やろうか」
タマミは事前に自由行動させていた少女分隊を呼び、きららはWZ小隊を召喚する。
その目的は百鬼夜行の動きを計算していくため。タマミもきららが行う情報収集をサポートすることを決め、少女分隊と共に進む。
幸いにもレーダーやセンサーを邪魔するようなものは近くにない。メカニックの力を駆使していくタマミは工兵としてメンテや強化を図り、万が一に備えてバックアップを斥候役にするべく動き出した。
「見えたであります」
「……ぼく達の |√能力《とっておき》は反応がどうしても遅れてしまうけど。こういう使い方なら有効活用できるってわけさ」
狙い通り、二人は敵の動きとルートを割り出した。
天邪鬼の少女を逃がすために路地を塞ぎ、うまく立ち塞がることができれば敵の分散も防げる。ひとつの場所に敵を集め理由は、勿論。
「一網打尽にするであります」
「一斉攻撃だね、いいとも」
タマミときららは身構え、自分達のもとに現れた百鬼夜行を見据えた。
先ずは制圧射撃による足止め。
それだけが頼りにならぬようにタマミは小回りを効かせて戦うようにしていく。
きららもそこに続き、出力を弱めたハウリングキャノンの衝撃波を放っていった。今は敵として戦わなければならないが、相手は正気を失っただけの妖怪だ。耳を攻撃されたことで小妖怪は目を回して倒れていく。
この戦い方ならば彼らを過度に傷付けることもないだろう。
「頼むよ、マスコバイトたち」
量産型WZに視線を向けたきららは、取りこぼしがないよう頑張って、と声を掛けた。タマミの少女分隊達も果敢に戦い、妖怪達を気絶させていった。
「さてと、こんなものかな」
「正気を取り戻してないなら、間違っても宴会に混ざるんじゃないでありますよ!」
この道から訪れた小妖怪は倒せたとして、きららは攻撃の手を止めた。タマミは気を失った妖怪達を見渡す。彼らがちゃんと正気になったならば宴会に向かえばよく、深追いはしないと決めていた。
そして、きららとタマミは駆けていく。
きっと今頃は別の√能力者が少女を助けているだろう。
百鬼夜行が力を失うのも、きっとあと僅か。その後に戦うことになる古妖の話を聞きにいくべく、能力者達は先を目指していった。
●繋いでゆく思い
酔いも醒め、心地好い時間が流れていく。
人を愛するようになった妖怪達の過去が描かれた劇。得意な曲を披露するための演奏や、朗読劇など舞台での楽しみもめいっぱいに味わった。
宴はまだ終わる気配はなく、楽しいひとときはこれからも続くだろう。
だが――。
宴の最中、一行は或る予感を覚えた。
刻・懐古(旨い物は宵のうち・h00369)は顔を上げ、同行者と視線を交わす。壬生・縁(契・h00194)と六・磊(垂る墨・h03605)も同様に異変を感じていたようだ。
「訪れたようだね」
「宴は楽しいものでなくては」
「向かいましょうか」
直ぐに立ち上がった懐古に続いて縁が頷き、六磊は笑顔を崩さぬまま先を示した。
未だ街の妖怪や人々は気が付いていないが、能力者にはわかっている。街外れの方に進んでいく百鬼夜行の気配が強まっていることを。
そして――それらを引き付け、自ら囮になっている妖怪の少女がいる、と。
駆ける三人は異変を追う。
狭い路地を抜けていき、ざわつくような気配がする方を目指す。時には屋根へと飛び乗って上から探し、更に距離を詰めていく。
途中、異変に気付いた他の能力者が倒したであろう小妖怪が倒れていた。
彼らは古妖の氣にあてられているだけであるため、皆が手加減をしたのだろう。小妖怪達が気絶しているだけだった。
そうして、痕跡と気配を追っていくこと暫く。
「見つけたよ」
懐古がはっきりとした敵影を捉え、二人に呼び掛けた。縁は更にその先へ目を向け、逃げ続けている少女、アマリの姿を瞳に映す。
だが、後方から追いかけているゆえに百鬼夜行が邪魔をしていた。
それを即座に察知した六磊が前に踏み込んだ。
「此の場はお任せくださいな」
抜刀した六磊が小妖怪を蹴散らし、一筋の道を作り出した。其処へ駆けた縁と懐古が群れを抜け、先を走っていた少女に追いつく。
「――ほら、早くお逃げなさい」
「う、うんっ!」
「これはまた、度胸のあるお嬢さんだ」
アマリは息を切らしながらも深く頷く。縁と懐古は疲れ始めている少女の両側を支え、慌てさせぬよう言葉をかけていった。
「どうして、あなたたちは……」
「君を助けに来たんだよ。理由はそうだね、皆と同じかな」
少しでも安堵できるように、と願って懐古は優しい声を紡ぐ。これまで辿ってきた道に倒れていた小妖怪達をみるに、他の能力者もアマリを助けてここまでの逃走路を繋いできたのだろう。
六磊も百鬼夜行を散らし、少女と敵の間へと参じた。六磊にとって未だ人の心の機微や移ろいは解らないことの方が多い。だが、これだけは言える。
「きっと貴方が囮になどなって、傷ついてしまったら……其れこそ貴方を大切に想っていた人が哀しむのでしょうから」
「……っ!」
六磊が語りかけると、アマリが息を呑んだ。
おそらく親しかった老婆のことを思い出したのだろう。そして、縁もそっと少女に語りかけていった。
「そうよ。逃げ行く貴女が見えなくなるよう、隠しましょう」
刹那、赤い糸で形成された拘束付与の結界が小妖怪との間に張り巡らされていく。それによって敵の行く手が隠された形になり、少女が逃げていくための隙もできた。
「ここは引き受けるからお逃げ。この鴉たちはお守りだよ」
更に懐古が召喚の力を巡らせる。
――烏雲の陣。
禍鳥が呼び出されたことで、その数羽は少女の護衛としてついていった。これで遠くから見守ることができ、いざとなれば敵の足止めを行うことも可能だ。
その間、縁は赤い糸から成る力で小妖怪を穿っていた。妖怪達の攻撃に加えて呪詛返しによる衝撃が周囲に広がったが、縁は果敢に耐えている。
護るための戦いが巡る最中、少女は懐古に信頼の眼差しを向けていた。
「この鴉さんが守ってくれるんだ……。ありがとう!」
「さ、いっておいで」
「うんっ!」
そうして、少女は路地の向こう側に駆けていった。その声に不安はなく、たったこれだけの間で安心を与えられたようだ。少女の天邪鬼であるゆえの性質――即ち、何にでも反発してしまうような部分もみられなかった。
これは懐古の持つ雰囲気のおかげでもあるだろうと感じ、縁は静かに笑む。
「懐古さんは安心させるのがお上手ね。素敵だわ」
縁としても、この状況ならば安泰だと信じられた。鴉達を御守りにしているのならば、万が一の危機も訪れにくいはず。懐古に信頼の言葉を向けた縁は、私ももう少し声掛けを勉強しなくては、とちいさく呟いた。
三人が少女を逃がしたことで小妖怪達はこちらを邪魔者だと判断したようだ。
向けられた敵意は強いが誰も怯んだりはしなかった。寧ろただ操られているだけの状態である小妖怪達もまた、救うべき対象だ。
「あとは全力で止めるだけだね」
「ありがとうございます、なれば存分に」
懐古たちの手際に六磊が感謝を伝え、妖怪達を手招いた。
きっと小妖怪らも、どうして自分達が少女を追うのか深く考えられていない。古妖の命じたままに動いているだけだ。
「どうぞ此方へ、いらっしゃって」
妖刀として、戦いにおいてそんな相手に押し負けることなどない。襲いかかってきた妖怪に向け、無影の斬撃を放った六磊の一閃は鋭い。
――受け止めましょう、受け入れましょう、貴方の嘆きも全て。
斬っても斬っても湧いて出る其れに心が昂る。その思いを抑えながらも六磊は妖刀らしき動きで以て敵を斬り伏せた。
「僕の前で運が好かったですね」
逃さず仕留めて、すべてを正気に戻す。されど容赦はなく。当初の勢いを消さぬまま、六磊は更に刃を振り上げていった。
「う~ん、さすが六磊さん」
懐古は妖刀たる彼の戦い方に感心しながら、我々も援護しますか、と縁へ声をかけた。口調も佇まいも穏やかではあるが、相対する者には冷ややかに振る舞う。そんな懐古の傍ら、縁も更に力を巡らせていった。
「六磊さん、無理はなさらないで……なんて、要らぬ心配かしら」
きっと、本職の戦いに心配は無用。
縁は懐古と共に援護に回り、襲い来る妖怪達を地に伏せさせてゆく。あと少しで全てを蹴散らして、救うべきものを助けられる。
希望に続く予感を覚え乍ら、三人は戦い続けていった。
●華の香
後悔、意地、焦燥。そして、親愛。
縺れる感情は目に見えないもの。だが、確かにそこに存在している。
「目に見えないものって苦手ですの」
情念という存在を思い、百蓮寺・めあり(木々蓮華・h00829)は呟いた。向かう先は百鬼夜行が追いかけている少女のもと。
古妖に惑わされ、封印を解くかわりに願いを叶えてもらおうとしたこと。その心情も善し悪しも、めありにはよくわからない。
しかし、涙する少女をよってたかって追いかけているものが悪いのは一目瞭然。
「止めるしかありませんわね」
救出対象の背を見つけたことで、めありは駆ける速度を速めた。
百鬼夜行は手を伸ばし、アマリという少女を捕まえようとしている。地を蹴っためありは双方の横を通り抜けざま、一気に割って入った。
「しつこい輩は嫌われますわよ」
同時に放った攻撃は先頭の小妖怪に当たり、相手の体勢が崩れた。それによってアマリは百鬼夜行との距離を離し、先に駆けてゆく。
「あなたも助けてくれるのね。ありがとう!」
その際にアマリが振り返り、めありに礼を告げた。
きっとこれまでに他の√能力者にも助けられてっきたのだろう。その瞳には信頼が宿っていた。少女が足を止めずに逃げていく様を見届け、めありは双眸を細めた。
「いいえ、どういたしまして。わたくしは大丈夫ですわ」
だから逃げて、とめありが意思を向ければアマリは頷いて駆けてゆく。これでこの場は安心だと感じためありは、くるりと振り返ることで百鬼夜行に狙いを定めた。
「――そこの者たち、|この目《わたくし》を見よ」
見開いた両の目から、誘梅の香と釈紅の火が揺らめいてゆく。
それは目に余る妖怪達を見咎めるための力。それはめあり本人の瞳、二つに非ず。それ以上に多く、応じた数のまなざしが相手を貫くように突き刺さる。
視線と香りを感じたが最後。
揺らめき、近付く火が咎を包み込んで燃え盛っていくのみ。
梅擺の力が周囲を揺らがせていく中、めありはふと宴祭のことを思い出す。
思えば、射的のときもそうだった。
「そうね。わたくし、たった一つを狙うのは苦手みたい」
けれども、今のように多くを見るのは得手だ。
瞬きもせずに甘い香りで気を惹き、赤い火をつけて目を惹く。小妖怪達はめありの瞳にとらわれ、動きを止めた。
「釘付けにしてさしあげますわ」
宣言の後、小妖怪達がその場に倒れていく。
彼らもまた操られている身。直視しなければ死にはしないとして、めありは動きを止めることに専念していった。
いずれ対峙するであろう、この事件の黒幕の気配をひしひしと感じながら――。
●イースターの約束
駆けゆく先、其処には百鬼夜行の群れがいる。
これまでに能力者によって随分と散らされて数は減っているものの、力なき少女を追い詰めていくには十分な数がいる。
「神喰桜!! みて! 小妖イースターだ!!」
エオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)は前方を示し、共に駆ける誘七・神喰桜(神喰・h02104)を呼んだ。
「随分と和風なイースターもあったものだな」
「これは賑やかなパレードだね」
「……彼奴もおかしくなっているようだ。大事になる前にとめてやるのが、イースターに似合う行いだろう」
「神喰桜、今これをイースターだって!」
「そうは言っていない」
百鬼夜行を示したエオストレに対し、神喰桜は首を横に振ってみせた。イースターらしい祝福を、と考えるならばという話であって、百鬼夜行がイースターであるわけではないという意思表示だ。
エオストレは少しだけ唇を尖らせた後、囮となって逃げる少女を思う。
「あの少女の勇気は偉大だね」
「全くだな」
神喰桜も頷き、少女の気持ちを慮った。
死人に逢いたい。
誰かを恋しく思うことは人も妖も――そして、神も同じことなのだろう。
過ちを犯してしまっても自分の出来ることをする。怖くても立ち向かう。
自分に、弱さに。罪に向き合うことが出来る心。そういったものを持っていると感じたエオストレは拳を握った。
「僕も見習わなきゃな!」
「噫、それでこそだ」
過ちを然り償おうとしている姿勢を責めることなど出来ようか。神喰桜もまた、その心意気を認めたいと願っていた。
明るくしっかりと決意を表明した卯桜もまた褒めてやる対象。神喰桜がそっと撫でてやったことでエオストレは笑みを浮かべる。
「あんないい子に怪我なんてさせられない。いこう、神喰桜!」
「行こうか、卯桜」
なれば先ずは百鬼夜行を止めることから。
神喰桜は少女を追いかける妖の邪魔をするべく、霊能震動波を解き放った。その間にエオストレが敵を引き付け、脱兎の如く逃げることで気を逸らす。
「イースターをお見舞してあげるよ!」
――|DREAM♡ESTAR《メルヒェン・イースター》!
宴会もいいけれど宴会はやはりイースターのパーティーのようにするのがエオストレの好みだ。桜吹雪を花嵐のように翔けさせたエオストレは、イースターエッグを投擲しながら花火のよう爆発させていった。
「賑やかでハッピー! 最高のイースターでもてなそう!」
「わあ! なにこれ?」
すると逃げている少女アマリが驚きを見せた。
足止めを担うエオストレに続き、神喰桜はアマリを守るかたちで側につく。小妖怪への攻撃も忘れず、一網打尽にするように追い込みながら桜吹雪のオーラを少女とエオストレに向かわせる。
「美しいだろう。我が主の力だ」
「うん、綺麗……」
「我が主が話があるようだぞ。じっくり聴いていくがいい」
アマリが素直に頷いたことで神喰桜は薄く笑み、迫る妖怪を斬るために駆ける速度を落とした。霊震の力は妖怪達を貫き、その動きを止めていく。
されどトドメまでは刺さない。この妖達もいわば被害者であり、古妖の氣にあてられて正気を失っているだけであるからだ。
エオストレのイースターエッグが爆発し、神喰桜の起こす揺れが加わっていった。
その間、エオストレは走り疲れてきたらしい少女を励ましていた。その内容は無事に終わった後にイースターについてじっくりと教えるというもの。
約束しようと語ったエオストレは、もう少し頑張れ、とウインクを送ってみせた。そして、エオストレは少女の背を押す。
「勇敢なる少女よ! 春疾風のように駆け抜けるがいい!」
「ほら、行け。ここは私達が引き受ける」
「わかった……!」
少女の背を見送り、エオストレと神喰桜は百鬼夜行の方に向き直る。いつしか少女の涙は止まっていた。今はそれが希望の証だとして、二人は身構え直す。
駆ける先。其処に待つのは絶望ではない。
生きて意思を繋ぐという、新たな道であるはずなのだから。
●主従連携
亡くした人に会いたい。
たった一度でも良いから、また言葉を交わしたい。
そう願ってしまうのはきっと、情を抱く存在としては当たり前のこと。
「アマリさんの切なる願いを利用する輩がいると。……成程」
香柄・鳰(玉緒御前・h00313)は現状を理解しており、刀を握る手に力を込めた。今は百鬼夜行の残党の気配を追っている時。
「刀を振るうこの腕にも力が入るというものです」
「んー、そうだね」
九鬼・ガクト(死ノ戦神憑き・h01363)も鳰と共に狭い路地を駆けており、先を見据えながら今の状況を整理していく。
亡くなった人に逢いたくなる気持ちは分からないわけではない。もし強い念や力を持っているならば幽霊などに変わるのだろうが、大抵はそうならないだろう。
「願っても普通は叶わない夢だからね。古妖や悪い人は哀しみや願いの隙間から入ってくるのが上手だよね」
言葉巧みに封印を解かせた古妖のことを思い、ガクトは肩を竦めた。
結局、天邪鬼の少女は会いたかった故人に会えていない。古妖の氣に当てられた周囲の小妖怪は正気を失って暴れており、そのうえ少女は狙われなくてもいい命まで奪われそうになっている状態だ。
「彼女を殺されては、それこそお婆様の望まぬ結果になってしまいます」
「コレであの娘さんが死んだらお婆さんに逢えることになるのかな」
「死後の世界とて都合の良いものではないでしょうから、そう何もかもが上手くいくようなものではないと思います」
「きっとあの娘さんの魂も悔やまれるだろうね」
鳰とガクトは言葉と思いを交わし、やはりこの状況はよくないものだと確かめあった。何より少女が願ったのは、この現世でまた会いたい、という事柄だろう。
「ガクト様」
「うん、何かな」
「共にあの小妖達を止めに行く事をお許し頂けますか」
鳰は従者として、主に許可を願った。
ガクトは勿論だと頷き、そうでなければこうして百鬼夜行を追っていないと示す。
「んー、鳰はいつでも真っ直ぐだね、良い子」
「そうでしょうか」
「でも君はすぐに前に出ちゃうから無理なく、怪我しないように、ね?」
「まあ! 従者たるもの戦場で主の前に出なくて如何します?」
ガクトの言葉に、ふふ、と笑みを返した鳰。そうした理由は主が自分を心配しての言葉だと分かっていたからだ。
前に出ることは当然であり遠慮はしないが、無理なくという部分は守れる。
鳰はガクトにそっと頷き、駆ける速度をあげた。
異様な雰囲気、息遣いに足音。多勢の荒々しい物音ならば追うのは容易。
鳰が音を頼りに駆けていくと、前方に小妖怪の群れをみつけた。
この先に少女がいるのだと察した鳰は、軒先に置いてあった樽のようなものへと跳躍した。勢いのまま更に上に跳んだ鳰は屋根を伝い、百鬼夜行と少女の間に割り入る。
「そこまでです」
その際、ガクトと繋いだのはサイバー・リンケージ・ワイヤー。
ガクトが直ぐに追いつけるように仕込みながら、鳰は百鬼夜行を玉緒之大太刀で斬り裂いていった。彼女が太刀を大きく振り払う姿を眺め、ガクトも打って出る。
「んー、いつ観ても豪快でスッキリするね」
瞬く間に散り散りになる敵。
その間をすり抜けながら、ガクトは何度か柏手を打ってみせた。
「鬼さんこちら、手のなる方へ」
敵の気を引きながら自分の方に手招くガクト。彼は敢えて自分が妖怪達よりも弱い者のように振る舞った。それによって、百鬼夜行はどうやらこちらを倒しやすい敵だと認識してくれたようだった。
ガクトが百鬼夜行の相手をしてくれている間に、鳰はアマリに声をかける。
「大丈夫でしたか?」
「もうヘトヘト……だけど、助けてくれた人もいるからまだがんばる……!」
「あの一団を倒して正気に戻せば、もう逃げる必要はありません」
「そうなの?」
少女はこれまでにも√能力者に助けられて逃げてきた故、突然あらわれた鳰とガクトにも驚かなかった。寧ろ同じ仲間だと察してくれたようで信頼を抱いてくれている。
鳰の言葉を聞いたアマリは安堵した。
だが、最後まで気を抜けないことも分かっているらしい。
「あたしはあっちに向かうね!」
「では、あの妖怪達をそちらには行かせません」
「ココは任せてくれていいよ」
アマリが示したのは追い風が吹いていく路地の方。鳰とガクトは少女に応え、その路地に小妖怪を向かわせないことと、ここで全てを止めることを誓った。
アマリの足音が遠くなっていくのを聞きながら、鳰は敵の方に振り返る。
「皆々さま、私達とも遊んで頂けませんか」
「気を失うまで存分に相手してあげるよ」
玉緒之大太刀の切っ先が百鬼夜行に向けられ、猫神を降ろしたガクトもハチェットを構えてみせた。其処からガクトが発動させたのはオートキラーの力。
飛びかかってくる凶暴な猫又の爪をハチェットで受け、一体ずつ丁寧に気絶させては闇へと消えるガクト。
その合間を縫い、死角と隙をなくすために動く鳰。
彼女は集団と切り結びながら耳を澄ませていき、敵の攻撃を防ぎながら払う。更に鷯の能力を発動させるべく、鳰は短刀の鷦鷯で相手を刺し返す。
そして、鳰は更に警戒と攻勢を強めた。
突然の音には反響の変化などで対応し、新たな熱源の出現にも注意を払う。ときに飛び退いて回避し、機会を得ればすぐに大太刀で対象を切り裂いた。
ガクトも彼女が動きやすいよう闇に紛れ、鋭い一閃で妖怪を地に伏せさせる。
主と従者同士。其処に会話は不要だった。
やるべきことは変わりなく、鳰は凶化の兆しを見せながら更に太刀を振り上げる。
「次はどの方? さあ――」
「ステイ、鳰」
鳰が倒れた妖怪にまで刃を向けた時、すかさずガクトが名前を呼んだ。はたとした鳰は、いつのまにか自分がガクトに抱え込まれていることに気付く。
「――あら、ガクト様」
「んー、良い子だね」
「つい何時ものように……失礼致しました」
ガクトは鳰を叱るでもなく普段通りに褒めながら手を離した。彼が自分を止めてくれたのだと知った鳰は恭しく頭を垂れる。
改めて見渡した周囲には、倒れて気を失っている妖怪達の姿があった。
「これでもうあの子を追う妖怪はいないね」
「そのようです。ひとまずは安心ですね」
ガクトと鳰は頷きを交わし、危険なものはもう倒しきったのだと確かめる。倒れた妖怪達も暫くすれば正気を取り戻し、それぞれの日常に戻っていくだろう。
「それじゃあ、次は……」
「はい。あの子に話を聞いて、諸悪の根源のもとへ参りましょう」
少女を救いたいと願った皆で繋いで成し遂げたのが今の状況だ。最良の結果が訪れたことを誇りに思いながら、二人はアマリのもとへ歩を進めていった。
第3章 ボス戦 『大妖『荒覇吐童子』』

●救われた少女
「――それでね、街の方はキラキラした光があふれていてね。邪気をまとった小妖怪達はそっちに行きたくないみたいだったから、とっさに街外れに走ったの……!」
能力者に助けられた少女・天邪鬼のアマリは語る。
百鬼夜行に追いかけられる最中、ハレの力が邪気を押し留めた気がする、と。
少女自身には何かわかっていないのだろうが、きっとその光は御宴祭を楽しんだ者達の眩い軌跡だったのだろう。
状況を語った後、アマリは改めて礼を告げた。
「本当にありがとう。あなたたちがいなかったら、あたしは絶対に死んでた」
罰だなんて思っていたけれど、やはり死にたくなかった。
今ここで生きていることが何よりも嬉しいのだと話した少女は深々と頭を下げた。それはもう心底から悔やみ、反省していることがわかる姿だ。
その瞳には涙が浮かんでいる。
能力者ひとりずつから名前を聞いたアマリは、絶対にその名を忘れないと誓った。
「婆ちゃんのことは悲しいけど……あたし、ちゃんとお墓参りにいくよ」
これが自分のケジメだと伝え、アマリは拳を強く握る。
少女は能力者に教えてくれた。
天邪鬼の性質ゆえに、行ってはいけないと言われた場所ばかりを巡っていた時期があり、偶然に秘密の地を見つけてしまったこと。
そして、自分が封印を解いてしまった古妖――『荒覇吐童子』の居場所を。
●荒ぶる大妖
|目隠《メカクシ》番地の奥より更に奥。
ぐるぐる、ぐるりと廻る|妖回廊《ヨウカイロウ》通り。一番底と呼ばれる処に目立たない広場があり、その中心に祠がある。
それは街の住民でも知らない者が多い場所であり、大妖が封印された秘密の地。
妖の名は|荒覇吐童子《あらはばきどうじ》。
彼は嘗て衝動の赴くまま、ありとあらゆる敵対者を滅ぼし続けた者。
悪名高き犯罪妖怪の総大将たる古妖だ。
封印の場所を聞き、アマリを安全な場所に送ってから別れた能力者達。
一行は現在、荒覇吐童子の前に訪れていた。
「もう暫し、力を回復しておきたかったが……我に挑む者が来たか」
荒覇吐童子は祠がある広場の前に佇んでいる。
どうやら封印から復活したばかりで調子を取り戻せていないらしく、ここでじっと機会を窺っていたらしい。荒覇吐童子が弱体化しているのは、永縁御宴祭から巡ったハレの力が要因なのだろう。
「まぁいい。今の状態でもお前達を斬り刻み、殺すことくらい容易い」
鬼爪に力を巡らせた敵の眼が爛々と光る。
好戦的な眼差しは冷たく、とても鋭いものだが怯む必要はない。今こそ荒覇吐童子を封印し直す好機であるからだ。
現在は封印が解かれている状態だが、荒覇吐童子が戦えなくなるほどに力を削げば、背後にある祠に吸い込まれていくだろう。
完全に倒すことは叶わずとも、再封印が成されればこの街の平和は守られる。
弱体化しているとはいえど相手は強敵。決して油断や容赦はせず、全力で挑むべき相手であることは間違いない。
そして、荒覇吐童子は激しく燃える腕と爪をこちらに見せつけながら手招いた。
「力こそが古妖の故よ。さぁ、来い!」
●衝突する猛威
――荒覇吐童子。
過去に名を馳せた凶悪な古妖と相見え、アダン・ベルゼビュート(魔蠅を統べる覇王・h02258)はその言葉を自分でもなぞってみる。
「力こそが古妖の故、か」
「その通り」
「嗚呼、貴様とは話が合いそうだ」
呟いたことを聞いたのか荒覇吐童子が頷く。アダンは相手を見つめながら不敵な笑みを浮かべたが、すぐに真剣な表情に変わった。
「……等と言う訳がなかろう」
衝動の赴く儘に敵を屠るまでは良いだろう。生まれ持った闘争本能とは抑えられぬものであり、強者と渡り合う戦いは血湧き肉躍るものだ。
しかし、アダンには許せないことがある。
「自身の封印を解かせる為に、喪失の悲しみに溺れている無辜の妖怪を利用した事……俺様は、其れが看過出来ぬ!」
アダンは怒りに震えていた。
間違いを犯したのはあの少女でもあるが、諸悪の根源は荒覇吐童子だ。当の本人はこうして自分のことしか考えていない様子を見るに叙情酌量の余地もない。
「犯罪妖怪の総大将が聞いて呆れるわ!」
「我は我の力を誇示するべく動くだけだ」
「それが今というわけか」
アダンと荒覇吐童子の視線が交錯し、激しい火花が散ったような感覚が走った。荒覇吐童子はこちらを睨み付けながら、激しく燃え上がる右腕を振り上げた。
「貴様、よほど死にたいらしいな」
「此の覇王たる俺様を殺す?」
対するアダンの影から現れてゆくのは黒狼の群れ。
「我の邪魔をするならば屠るのみ」
「フハハッ! 出来るものならばやってみせるがいい!」
影の鎖を荒覇吐童子に差し向けながらアダンは笑ってみせた。迫る爪がアダンの身を掠めた。無痛覚である故にアダンは急所に攻撃が当たらぬ限りは受けてみせる。
「どうした、避けられもしないか?」
「貴様の狙いは想定内だ」
相手は最初からこちらの隙を見ているゆえ、それを理解して動けばいい。アダンは魔界と現世を繋ぐ門として影を揺らがせ、黒狼と鎖を解き放った。
「さて……貴様の腕の炎、俺様の黒炎」
昏い黒炎の波が迸り、鬼の右手が更に振るわれる。
アダンと荒覇吐童子の力が真正面からぶつかりあっていった。
「何方が苛烈か、火力勝負をしようではないか……!」
「いいだろう!!」
戦いは激しさを増し、此処からも続いていく。
どちらか倒れるまで――否、古妖が再び封印されるまで。
●目は口ほどに
「血なまぐさい……嫌な光り」
百蓮寺・めあり(白鼠のゆめ・h00829)が感じたのは忌々しさにも似た感情。
無論、それが邪悪な古妖から発せられることはわかっている。荒覇吐童子は既に封印されし過去のもの。
抗おうとしている姿勢は理解できるが、何であれ――。
「在るべきところに在るのが一番。|祠《おうち》に帰してさしあげますわ」
めありは敵からの睨めつけるような視線を感じた。
「一つ二つの眼差しを恐れるわたくしではないの。けれど、」
だが、そんなもので怯むようなめありではない。
めありは荒覇吐童子をしかと捉え、宣戦布告代わりの言葉を述べてゆく。
「お前にこの目は勿体ないわ。人でこそ火をして照らすのだもの」
目の前の存在は邪悪そのもの。
ここにあるのはまことに綺麗なこの右目ではあるが、今はこの色を見せてやらない。そう決めためありは、その代わりとしての力を発動していく。
――闇迣。
同類同士で明けない夜に暮れたらいいとして、めありは荒覇吐童子に力を放った。振り上げられていた鬼の爪に火が宿り、激しく揺らめいていく。
相手の力もかなりのものだが、めありは一歩も引くことなく対抗した。
「腕も爪もよく燃えること。わたくしも焚べていいかしら」
速く速く煙に巻き、強く強く炎を下す。
古妖との力の差は理解しているが、めありは負ける気など欠片もなかった。何故なら此処には仲間がいる。
今もそれぞれに全力を振るい、封印のために戦っているからだ。
「この通り、わたくしも人と妖のはしくれ。刻むのはそちら側ばかりではないと、せめて教えてあげますわ」
「小娘風情が。格の違いを見せてやろう」
めありが荒覇吐童子に語れば、相手は殺気を隠すことなく向けてくる。荒々しい動きだが素早く鋭い一閃がめありに迫り、一瞬後――。
痛みが身体に走り、めありはよろめいた。されどすぐに体勢を立て直しためありは追撃を受けないように立て直す。
「……今日は一人じゃ帰られないわね」
あの子に迎えに来てもらいましょ、と考えためありは目を細めた。
(のこって夜遊びしていたの、ばれてしまうわね)
それでも不安はない。
もし怒られてしまってもあの声を聞けることが、無事に帰れた証だから。
そして、めありは更に荒覇吐童子に立ち向かうべく身構え直す。
「在るべきところ……ふふ、どの目がいうのやら」
めありの花唇から溢れた言葉は風に乗り、戦いの最中に消えていった。
●ハレとケと生き抜く気持ち
目隠番地の最奥。
妖回廊通りの一番底にある広場にて。
「あの少女……アマリ殿は、けじめを付けたのでありますな」
「そうだね、立派だったよ」
先程に別れた少女を思い、タマミ・ハチクロ(TMAM896・h00625)は一度だけ瞼を閉じた。隣には夢野・きらら(獣妖「紙魚」の|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h00004)が立っており、荒覇吐童子を見つめている。
相手は強大な古妖。
こうして姿を見ているだけで強さが感じ取れるが、怯む者は誰も居ない。
「ならば、仕上げは小生らの仕事であります」
「ぼくたちが来たからには好き勝手はさせないよ」
「大妖、荒覇吐童子。違えた約束の代償、ここで支払って貰うでありますよ」
タマミときららは敵を見つめる。
その瞳には必ず封印を成し遂げる意志が宿っていた。
きららは警戒しながら周囲を見渡し、広場の様子を確かめていく。
「荒覇吐童子、古妖の力も厄介だけれど――」
肝心の祠を巻き込むような攻撃はできないだろう。それゆえにWZから降りることをきめたきららはタマミにそっと語りかける。
「ぼくができるのは支援だけだ。無理はしないでよ」
「任せるであります」
タマミは力強く応え、荒覇吐童子との距離をはかった。
すると相手がきらら達を見つめ、不敵かつ不遜な言葉を放つ。
「誰から死にたいか、選ばせてやる」
「選ぶことはないよ」
「そうであります。誰も死など迎えないのでありますから!」
否定したタマミはTMAM896とフェザーレインを連射していき、敵への制圧射撃を行っていく。これで少しでも動きを封じながら距離を詰める作戦である。
駆けたタマミが放つのは|決死の連撃《オーバードライブ》。
肉体の限界稼働まで力を解き放ち、間髪いれずに敵を圧倒していく狙いだ。
「小生、蹴りならちょっとしたものでありますゆえ」
「ぼくも遠慮はしないよ。タマちゃん、いけるかい?」
「勿論であります」
きららはウィザード・フレイムを唱え、連続で攻撃を放ち続ける。きららの信頼に応えるべくタマミも荒覇吐童子を穿っていった。
相手が放つ瞬迅拳は√能力としては同等のもの。違うのはその威力だろう。
「あちらも条件は同じようでありますが……」
「潰し合いになったら最悪一方的にやられる事だってあり得るね」
「生憎、小生はひとりではありませぬ」
「そう、ぼくがさせないけれどね」
タマミときららは意思を交わしあい、自らの行動で以て勝利への道を描いていく。
きららの援護を受け、タマミは荒覇吐童子を狙い撃った。
目も、腕も、腹も、背も、皮も。
「ぐ……!」
「まだまだであります!」
次々と潰していけば普段以上の連続攻撃が叶う。最後は脚も潰すとして、タマミは肉体のリミッターを解除していく。
「我がやられてばかりと思うな。くらえ!」
荒覇吐童子の一撃を受けようともタマミは止まらない。無理やりにでも、今一度だけでも――痛む体を動かして蹴飛ばすのみ。
きららはタマミの連撃が繋がるようウィザード・フレイムに攻撃か反射か目潰しを使わせていき、敵の妨害に徹していた。
たとえ荒覇吐童子に解体されようとも修理するウィザード・フレイムで即座に直しかえすことで対抗している。
だが、きららには気になることがあった。
それはタマミが行っている自らを犠牲にするような戦い方のことだ。
「死ぬような無茶、復活できるにしても……」
「……無茶をやって申し訳ないであります、きら殿」
壊れかけながらその呟きに応えたタマミは、きららが複雑な思いを抱えていることを感じている。きららもこれがタマミの戦い方だとは分かっているのだが――。
「ごめんね、非合理をうまく説明できない」
「人形の命は軽いものゆえ、どうかご心配なさらず。この小生が死のうと、次の小生は全部覚えているでありますから」
「……けれど」
TMAM896としての在り方を語ったタマミは一度、敵から距離を取った。
攻撃の機会をうかがいながら僅かに俯いたきららは、傍に立つタマミに告げる。
「無事に終わらせて、二人で祭をハレの気持ちで迎えたいと思ったんだ」
「でも、そうでありますな……そう言って下さるのなら」
体勢を立て直したタマミは静かに頷く。
きららは彼女の瞳を見つめ、そっと問いかけた。
「それじゃダメかな」
「ダメじゃ、ないであります」
タマミは後の雨を自分ときららに降らせていき、治療を行う。
ハレの気持ちに死は似合わない。
そのことを深く実感したタマミの双眸はどこか嬉しげに細められていた。暁の光雨は傷を癒やし、戦うための力を潤わせた。
戦いの先に待つのが平穏であるように。
この願いは自ら叶えるものだとして、タマミときららは戦い続けてゆく。
●祝詞と鋏角
「ありゃ、これは強そうな古妖さんやね」
「折角の宴を邪魔し、剰え巧言を弄して|小さな命《アマリ》を騙す。大した総大将ねぇ」
殺気を向けてくる荒覇吐童子を前に酒木・安寿(駄菓子屋でぃーゔぁ・h00626)と八海・雨月(とこしえは・h00257)はそれぞれの思いと言葉を声にした。
平和な街の雰囲気も、少女の想いも。
すべてを壊そうとしているのならば容赦など出来ない。
対する荒覇吐童子はこちらを見遣り、ちいさく笑うような仕草をみせた。おそらく能力者達を簡単に殺せるとでも感じたのだろう。
「血祭りにあげてやろう」
「これはなかなかな闘気や。せやけどうちらも負けてはおられへん」
「負ける気はないわよぉ」
安寿は相手の覇気にも似た圧に押されぬよう地を踏みしめた。雨月も身構え、後れを取らないように力を巡らせていく。
「古き盟により……と」
――発動、耶彌討奇神。
途端に鋏角が燃え上がり、雨月の金眼が煌めいていく。
「何よりわたしが気に食わないから。荒覇吐童子、祠に還る時間よぉ」
「むざむざと封印されると思うなよ!」
刹那、鬼道怪腕撃が相手から繰り出される。
互いに隙を視る力を発動させた者同士、一瞬の油断が命取りなる。いうなれば距離と好機を掴むことだけならば互角。
真剣かつ気の抜けない空気が廻る中、安寿も気合を入れる。
「これはうちも本気を出さないかんな……言うてうちはガッツリ戦うタイプやないんやけど、幸いにも今はひとりやない!」
頼むな、と雨月に告げた安寿は仲間を信じて動いていく。
霊的防御は全開。どんなに強い攻撃が向かって来ようとも耐えてみせると決め、安寿は能力を発動させていった。
「行くで!」
唄うように唱えるのは稲荷祝詞。
それは稲荷大神の加護を纏う力。素早く動き回っていく安寿は敵からの攻撃を受けないように計算していく。
そして、稲妻を纏った霊鍵が手元に納まった瞬間。
「後は一撃喰らわすだけや〜!」
安寿は全力を振るい、荒覇吐童子を穿った。相手も鬼爪微塵撃で反撃を行ってきたが爪の一閃は安寿のすぐ傍を掠めたのみ。
「危なっ! こんなんくらってしまったらひとたまりもないやろな。けど……みんなの大事なお祭りやもん! これくらいやらんとな!」
安寿は敵の力の強さを実感したが、恐怖など不要だとして心を強く持つ。
その間、雨月が荒覇吐童子との距離を詰めた。
敢えて突っ込んでいけるのは自分に見えている隙を狙えるがゆえ。雨月の鋏角、それは肉を切ることに特化しているものだ。
「肉を裂き、臓を焼いてやるわぁ」
「蠍か。喰らうには拙そうだが……裂かれるのは貴様の方だと思え!」
「あら、解るのねぇ」
荒覇吐童子は獣妖である雨月の本性を見破ったようだ。雨月は回避を最低限で済ませ、骨を断たれて命を喰う気概で立ち向かった。
それは敢えて打たせた方が隙が出来ると読んでのこと。どのような攻撃に対しても決して退かぬ姿勢を見せ、相手を威圧することになる。
次の瞬間、鋭い一閃が荒覇吐童子を穿った。
「……不味い肉ねぇ」
斬り裂いた肉片を口にした雨月の口許が僅かに緩められた。まだ相手は健在だが、今の一撃で相当なダメージを与えられたことは確かだ。
「やるやん! この調子で行こか」
「えぇ。本当は封印した後に祠から引っ張り出して全てを喰らい尽くしてやりたいくらいだけど……今日は宴、勘弁してあげるわぁ」
祝詞を紡ぎ続ける安寿。
彼女からの呼び掛けを聞き、雨月は更なる一撃を与えにかかる。
この戦いを終えれば、先程まで過ごしていためでたい宴の地に戻れるだろう。
「無事に帰れたら飲み直したいわぁ」
万事解決したことをアマリにも教えてあげるためにも、勝利を目指すことが先決。
荒覇吐童子の封印の時――それは間もなく、訪れる。
●斬り拓く明日
立ちはだかるのは強敵。
その名も大妖・荒覇吐童子。その力で非道を成してきた過去の存在だ。
「あれは……鬼イースター!?」
「ほぉ、奴はそう来たか。そのまんまだな」
エオストレ・イースター(桜のソワレ・h00475)は荒覇吐童子を見つめ、驚きの声を上げた。誘七・神喰桜(神喰・h02104)はエオストレの物言いに頷き、鬼の威圧的な姿を瞳に映す。だが、今回のエオストレの反応はいつもと違った。
「いや、違うね」
「……というと?」
「皆を傷つけるものがイースターであっていいわけがない!」
「よかった、お前の愛するイースターは血に染まってはならないのだ」
エオストレが首を振ったことで神喰桜は同意した。
あのようなものを祝福としてはいけないとして、エオストレは心持ちを強くした。
「vs荒覇吐童子、華麗に勝利してみせようじゃないか!」
「よく言ったぞ、卯桜! 私は安心した……いや、まだ安心できんか」
とても勇ましい主の様子に神喰桜は安堵した。だが、その言葉通りに此度の敵を倒すまでは終わりではない。
エオストレは真剣な瞳を敵に向け、思いを零す。
「うん。それに……アマリがちゃんと墓参りにいけるようにさ」
「そうだな……その為にも奴を再び封じなければ」
もし古妖が野放しになってしまってはアマリも責任を感じたままだろう。現実を受け入れ、正当なお別れを言えるようにするためにも、能力者の力が必要だ。
「ほう、お前達も我の餌食になりたいか」
「……!」
エオストレとしては燃えている荒覇吐童子が少しばかり怖い。しかし、己のイースター愛とて燃えているのだと奮起した。それに神喰桜がいてくれる。
「さくら、さくら、徒桜――」
エオストレは先制攻撃として桜吹雪に身を変え、桜龍神の加護を力にしていく。
勇気を振り絞り、敵を薙ぎ払う。相手の格闘術がどのようなものであれど受け止めて、ひといきに反撃に移った。
「鬼になんて、負けない!」
「いくぞ、卯桜! 今はイースター愛でもなんでも燃やしていけ!」
神喰桜は彼の気持ちを感じ取り、励ましの言葉と共に援護に入った。エオストレがやる気になっているのならば支援するのが己の役目だろう。
朱桜のオーラで彼を守った神喰桜は、咄嗟の一撃を狙って切り込みにいく。荒覇吐童子に一閃を与え、即座に離れることで自分に視線を向けさせた神喰桜。その狙いはエオストレだけを標的にさせぬことだ。
「面白い、その体をへし折ってやろう!」
「させるか!」
次の瞬間、鬼爪微塵撃が神喰桜に向けられる。相手は強敵であると理解し、油断していなかったため神喰桜はしかと受け身を取った。
そして、彼は主を呼ぶ。
「卯桜、その刀ではなく私を使え!」
「神喰桜!」
――神刀『喰桜』。
エオストレは咲き染めESTARを放り、代わりに喰桜となった彼を手にする。
「重いね、喰桜は」
『そうだ! 重みは、未来を切り拓くゆえにだ』
「わかった!」
この重みは明日を担うがゆえのもの。即ち悪しき敵を屠るには丁度良い重量だ。
神喰桜の聲を聞き、エオストレは刃を振り上げた。
『悪鬼の古妖に劣るものなど何も無い。このまま、斬れ!』
「もう一度、おねんねの時間だよ!」
そして――エオストレは思い切り喰桜を振るう。それは真っ直ぐに荒覇吐童子を貫き、封印するための一閃となっていく。
「君の齎す厄災ごと切り祓ってやる!!」
凛とした声が響き渡った刹那、荒覇吐童子の体が揺らぐ。
この一撃は好機を齎すものとなり、終幕が近いことを報せる合図となった。
●好転の兆し
それは禍々しい気を放つ大妖怪。
過去、その名を馳せた荒覇吐童子の纏う殺気は鋭さを増している。
「あれが古妖…なるほど、その名に偽りなしと言うやつだね」
星村・サツキ(厄災の月セレネ・h00014)は触れるだけで斬られてしまいそうな相手の強さを感じ取り、気を引き締めた。
敵は大勢を相手取っても息切れすらしていない。
サツキはハティに願って攻撃の余波を防いで貰っており、その間に相手の動きの癖やパターンなどを読もうと試みていた。
「侮る気も油断する気もない。だからこそ、無意味に仕掛けすぎないよ」
それに――|彼女《アマリ》の為にも全力でお帰り願いたい。
間違いを犯したとはいっても、あの少女はただ騙されただけだ。サツキはアマリが甘言につられたことを悔やんでいた様子を思い出す。
少女は泣いていた。
だが、それ以上に強い気持ちを抱いているのがわかった。
「封印してみせるよ、必ず」
サツキは荒覇吐童子を見据え、隙が出来るのを待つ。
強敵とはいえど相手は一人。こちらの連携で畳み掛ければ好機は必ず訪れる。
「連戦でお疲れのところ申し訳ないけれどハティ、もう少し頑張ってくれる?」
サツキは月霊の加護を更に巡らせ、荒覇吐童子を狙い打った。
仕掛けると決めたのは敵がうめき声をあげたからだ。仲間である他の√能力者の連撃によって荒覇吐童子は揺らいでいる。
もちろんサツキとて、ここで慢心してはいけないとわかっていた。
「倒すことは無理かもしれないけれど、倒すつもりで戦わないと」
古妖はあまりに強大な力を持っているゆえに封印しなければならない。寧ろ今の状態が弱体化しているのだとすれば本領を発揮できた場合はどうなるのだろうか。
サツキは想像を巡らせそうになったが、すぐに頭を振った。
「ハティ、次々頼むよ」
今は護霊と共に目の前のことに全力を賭すのみ。
相手がハティに気を取られてくれたならば好機。サツキは一気に踏み出し、護霊が荒覇吐童子を攻撃した瞬間に続いた。
「これはあの子の分。騙して傷付けた罪は重いよ」
無論、杖の一撃が荒覇吐童子を追い詰めるものにはならないと知っている。
それでもサツキは一発でも殴ってやりたかったのだ。
すると荒覇吐童子は喉を鳴らして笑い、あの天邪鬼のことか、と呟いた。
「くく……我は騙したわけではない。件の魂はもうここにはいないがな」
「……どういうこと?」
相手から溢れた言葉に違和感を覚えたサツキはすぐさま後方に下がる。次の瞬間に荒覇吐童子の攻撃が来ると予測していたからだ。
疑問は残るが立ち止まっているのは危うい。もし動けなくなるような怪我をしてしまえばこれまで以上にハティに頼りきりになるほかない。
回復も可能であるが、そこまで追い詰められれば命の危機すらあった。
幸いにも周囲には果敢に戦う仲間がいる。魔力で生成した小隕石を降らせつつ、体勢を立て直したサツキは先程の違和と疑問について思いを巡らせた。
(アマリが亡くした人……『婆ちゃん』と呼ばれていた人の魂。約束通り、荒覇吐童子はその魂を呼んでいたということかな。それがここにいない……となると?)
そうして、サツキは或る仮説を立てた。
されどそれを確かめるのはこの戦いが終わってからだ。無事に再封印することが出来たならば、アマリに教えてあげなければいけないことがある。
(大丈夫、もう終わったよって。それから……)
きっと笑顔で伝えられるはず。
天邪鬼だが健気な少女が、罪を背負って生きるような苦しい未来は訪れない。
そのことを確信したサツキはハティと共に戦い、封印を目指してゆく。
そして、間もなく――その時は訪れる。
●封印の刻
アマリの決意を見送り、残すは封印の戦いのみ。
別れ際のことを思い返した香柄・鳰(玉緒御前・h00313)は、ふふ、と笑む。
「……アマリさんがお婆様に会いに行く事、それが一番だわ」
――貴女は会いに行けるのだから。
鳰が少しばかり気になる物言いをしたのを察していた九鬼・ガクト(死ノ戦神憑き・h01363)だが、今は言及するときではない。
「墓前に会いに来てくれたら喜ぶだろうね」
代わりにガクトはアマリへの思いを言葉にしていき、目の前の存在に視線を移す。
鳰もガクトと共に、少女を言葉巧みに誘った古妖――荒覇吐童子に意識を向けた。
「さて! 後はあの方をお還しすればいいだけね」
荒覇吐童子は強大であるゆえに完全に屠ることはまだ出来ない。それゆえに再び封印を施し、眠りについてもらうしか方法がないと言われていた。
ガクトは鳰の言葉に敢えて首を傾げてみせ、肩を竦める。
「んー?」
「もう少しお勤め頑張りましょうね、ガクト様」
わざと彼がとぼけているのだと知っている鳰は、従者として声をかけた。
「やっぱり、アレをどうにかしなきゃダメかね?」
「ダメに決まっているでしょう」
ガクトとしては戦いたい相手ではないらしい。
だが、鳰は首を横に振ってみせた。ここまで訪れた以上、何もしないで帰ることなどできない。無論、ガクトがそんな人物ではないことも鳰はよく分かっている。
「正直めんどくさそうなんだけど」
「帰ったらお茶を淹れてさしあげますから」
「怒られちゃったね。仕方ない、鳰の美味しいお茶で我慢しようか」
言葉は優しくともぴしゃりと言い放った鳰。
ガクトもそれが彼女の怒り方だと理解しているゆえ、これ以上のお巫山戯はやめておこうと決めた。もちろん、これもまた主従間での普段の会話だ。
既に戦いを始めた仲間もおり、二人は頷きあう。
まず感じたのは――。
「どうやら全回復されてないみたいだね」
「ええ、そのようですね。とは言え勿論甘くは見る訳にはいきません」
相手は完全ではない、ということ。
ガクトの見立てに鳰は同意を示しつつ、今こそ気を引き締めるときだと示す。窮鼠が猫を噛むとも云われている通り、相手が弱っている時分が油断ならない。
それに荒覇吐童子は鼠などではなく、恐ろしき鬼そのものだ。
「ではお先に失礼、ガクト様」
「はい、いってらっしゃい」
鳰が素早く前へ駆けた姿を見送り、ガクトも身構える。
従者は主人を護るのが仕事だとして攻撃を始めた彼女はどこまでも凛々しい。その後ろ姿を眺めたガクトは少しぼんやりしていた。
その理由はそこに見惚れる要素が多々あるからだ。
鈴音を鳴らして方向を定めた彼女は、鵤で距離を保ちながら荒覇吐童子に挑む。
「いつ観ても優美だね」
ガクトが零した言葉は鳰本人には届かなかったが、それこそ彼女が真剣な証だ。
鳰は敵に向けて衝撃波を放ち、すぐさま身を翻す。
この攻撃が直撃せずとも構わない。この能力ならば多少の衝撃を入れ続けられる。つまり本調子ではない荒覇吐童子を弱らせることも叶うはず。
それに加えて神気を巡らせることでガクトを守れるだろう。だが、荒覇吐童子とてやられてばかりではなかった。
「良い動きだ。然れども我から見れば未だ甘い!」
全力で振るわれた瞬迅拳が鳰に迫り、鬼の力が鋭い衝撃と共に迸る。
そのとき、鳰の脳裏に相手が語った言葉が浮かんでいった。
――力こそが古妖の故、と。
「力こそ、……ええ。その理はようく存じておりますよ」
痛みに耐えながら鳰は構えを直す。
理解しているからこそ。故に|能力者《わたしたち》が居るのだから。
鳰の強い眼差しを受けた荒覇吐童子。
その眼光は鋭く、視線は後方のガクトに向けられた。
「高みの見物のつもりか? 気に入らぬ」
「……! ガクト様、そちらに行きました」
荒覇吐童子は鳰の隙を突き、ガクトの方に向かってくる。自分が狙われているのだと気が付いたガクトはやれやれと溜め息をついた。
「力こそ、か。どうして上に立つ人はそういう考えなんだろうね」
「くらうがいい!」
「まぁ、斯く云う俺も昔はそうだったけどな」
――発動、オートキラー。
迫りくる攻撃を前に、ガクトはハチェットを振り上げた。自分に近寄る敵をただかち割るだけ。そのような動きで以て目指すのは敵にトドメを刺すこと。
自分のものか、それとも他者か。
周囲に飛び散る血を気にすることなどなく、纏う闇に紛れるガクト。
「貴様……!」
「あぁ?」
「その力は――」
「力ね。……力ってウザいんだよ」
そういって古の格闘術を振るう敵とやりあい、ガクトは攻防を繰り広げた。その様子を気配と音から察している鳰は薄く口許を緩める。
「あら、あらあら。楽しそうになさって」
「古いだけの鬼はさっさと消えな」
「では従者たるもの、主の後に続きませんとね」
ガクトが敵に向けて冷たく言い放つ言葉を聞き、鳰もハチェットを手にした。主従で息を合わせ、幾重にも切り込む斬撃。
その一閃ずつが、そして√能力者の一撃が、徐々に荒覇吐童子を押し戻してゆく。
「ぐ……ぅ……!!」
敵の背が祠に近付く度に、その反撃の手が弱まった。
幾つもの攻撃が次々と見舞われていく中、鳰とガクトは荒覇吐童子に言い放つ。
「終わりと致しましょう」
「今の君が還るのは封印の祠だ」
「おのれ……忌々しい……! だが、我は此れで終わらぬ! 封印はまたいずれ解かれるだろう。ヒトに情念が在る限り……!」
禍々しい言葉が響き渡った、刹那。
祠に吸い込まれていった荒覇吐童子の気配は消え去り、その場に静寂が訪れた。
戦いは無事に終わり、鳰はガクトを見上げる。
「あら、ガクト様。顔が汚れて……」
「んー? これかい? 大したことはないけど、ありがとう」
「どういたしまして」
袖で主の顔を拭った鳰は穏やかに微笑んだ。
大人しく汚れを拭かれつつ、帰ったら茶菓子でも食べようか、と鳰に語りかけるガクト。その様子は戦闘中と打って変わり、普段のぼんやり具合へと戻っていて――。
こうしてまた、日常のひとつが取り戻された。
●縁と再会
永縁御宴祭はまだ終わっていない。
人々や妖怪、街は変わらぬ賑わいを宿しており、祝いの時間が流れていく。
能力者から古妖が再封印されたことを報された少女、アマリは安堵していた。めいっぱいの感謝をまた告げようと決めた彼女は現在、或る墓地に訪れている。
「婆ちゃん、会いに来たよ」
そこはアマリが誰よりも慕っていた故人の墓前。
現状を推察した能力者から「何よりも先に墓前に行った方がいい。きっと――」という旨を聞いたアマリは墓の前で両手を合わせた。
(どういうことだったのかな? 確かに墓参りは早い方がいいけど……)
目を閉じた少女は疑問を抱いている。
そして、アマリが瞼を開いた瞬間に、|彼女《・・》は現れた。
『やっと来たねぇ、アマリ』
「えっ……………トヨネ婆ちゃん? ゆ、ゆゆゆ幽霊になってる!?」
『そうさ、成仏するんだと思ったのに。魂を呼び戻されてしまってねぇ』
墓の上に現れたのは故人である|老女《トヨネ》その人――もとい、霊だった。
驚いて目を白黒させたアマリは問いかける。
「魂を……あの荒覇吐童子が?」
『みたいだねぇ。けれど、あんな悪いやつからはすぐに離れてやったさ』
トヨネ婆はそっと笑いながら語った。
曰く、無理に魂を呼ばれたこと。そのまま鬼の言うことを聞けば危険だとわかったため、自分も全力で逃げていたという。古妖の支配下に置かれることはなくなったが、幽霊として彷徨うことになってしまったそうだ。
だが、今ある未練を断ち切ればいつか成仏できることもわかった。
『私の未練はアンタみたいだよ、アマリ』
「婆ちゃん……」
『アマリが一人前になるまで、死んでなんていられないと思い直してね』
「それって、あたしが立派になるまで一緒にいてくれるってこと?」
『そうなるねぇ。ほらアマリ、いつも通り二人で永縁御宴祭を巡るんだろう?』
「……! うん……うんっ!! 毎年の約束だったからね……!」
トヨネ婆の手が差し伸べられ、そこにアマリの掌が重なった。生前のように触れられていなくとも、二人の手は確かに繋がれている。
『もう、そんなに泣くんじゃないよ』
「泣いてない……泣いてないもんっ!」
『ふふ、本当にアンタは天邪鬼だねぇ……』
少女と幽霊は寄り添い、賑やかな街の方へ進んでいく。
それから少し先の未来。
妖怪・天邪鬼のアマリと幽霊になったトヨネ婆。
確かな絆を紡いだ二人が此度の百鬼夜行の小妖怪達と仲良くなり、この街を賑わせる名物となっていったのは――また別の|物語《おはなし》。
此処は妖怪百鬼夜行。
不思議なことが起こっても少しもおかしくはない世界。
√能力者達が守りきった縁と平和は今、果たされた約束に繋がっている。