スパロボが来たのでお祭りは中止です
●屋根を3回交換して胴を4回交換した伝統の神輿。
√ウォーゾーン……ここは世界の覇権を握った機械群に対し、僅かに残った人類が生存権を保持しようと足掻く世界。人類が機械群から奪い返した都市の1つに、再び機械が溢れかえる。
「ああ……」
誰ともなく、嘆きの声が漏れた。
町中からかき集められた電飾で作った七色の提灯は引き千切られ、ありあわせの安全な食材で作った温かな料理が路面に散らばる。学生も大人もなりふり構わず抵抗したが、雷撃と光を放つ異様なロボットには敵わない!
この都市において辛うじて残っていた旧時代の遺物が雷を受けて燃えている。屋根を3回交換して胴を4回交換した伝統の神輿が、消える。
もしこの後、誰か生き残れた者がいても、祭りを続けられはしないだろう。
「無力な木片よりも勝者を讃えよ。最強はこのスーパーロボット『リュクルゴス』である」
厳かな声が人々の頭上に降った。
心を折られた人々を、リュクルゴス配下の機械が捕らえて遥か後方の『工場』へ輸送する。泣いている子供の手から離れた風船が光線によって割れた。
機械の横暴を止められる者は1人も残っていなかった。
●√ウォーゾーンにつかの間の祭日を。
「予知が降りました」
峰・千早が大樹の前に√能力者を集めた。
「事件が起きるのは√ウォーゾーンのとある戦闘機械都市です。この都市は人間が制圧してからしばらく平和で、定期的に神輿を使って小さな祭りを執り行っていました。が、戦闘機械群はこの都市の機能をハッキングして祭りの日を狙ったのです」
口調は常通りだが、峰の瞳に怒りが灯る。
「多くの人が活動的になっている日に大量のドローンで監視し、適当な人間を捕獲用機械群で拉致、強力な1体のロボットが仕上げとまでに人々の楽しみの象徴である神輿を破壊……という筋書きのようです」
峰が片手で示した樹の洞の奥が目当ての機械都市への入り口だ。
「皆様には、まず監視ドローンの排除をお願いします。目立たぬように排除すれば、敵はこちらの威力を測りかねて様子見し、少しだけでも祭りを楽しむ時間を作れるでしょう。逆に、あえて力を見せつけて派手にドローンを排除すれば増援が寄越されますが、こちらが迎え撃てばより多くの機械群を減滅しえる。神輿は町の人に早々に片づけてもらえますし、どちらも悪くない選択です」
静かに仕留めて祭りを実行する時間を作るか、派手に仕掛けてより多くの機械群を片付けるか。どちらにせよ最後に出てくるのは……。
「ええ、巨大派閥レリギオス・リュクルゴスの王。自らスーパーロボットと名乗るだけあり強力な機体です。あなた方でなければ、彼奴を倒せない……!」
峰はゆっくりと拳を解き、顔を上げた。
「生きていれば、象徴が残っていれば人間の営みは続けていけます。どうかお力添えをお願いします」
細い注連縄のかかった大樹を通じて、√能力者達は機械化された都市の祭りの只中に足を踏み入れた。
第1章 冒険 『ドローンを撃墜せよ』

集った√能力者達の心は、言葉を交わさずとも一つだった。この都市の祭りをやり遂げさせてやりたい。
一人ひとりが人ごみの中に静かに紛れ込む。
「おめでとう!」
「お祭り、おめでとう!」
交わされる祝いの言葉に特に季節性はなく、もはや何のための祭りかも忘れられて久しいのだろう。それでも集まった人々の表情は明るい。
十枯嵐・立花(白銀の猟狼ハウンドウルフ・h02130)は小さく口角を上げて学生達に会釈し、白い耳をふるると揺らしてから人ごみをかき分ける。
「なるべく静かに……」
祭りの雰囲気に水を差さないよう、静かに通りを歩きながら野生の勘を働かせて周囲を伺った。無防備な存在を静かにつけ狙うとしたらどこを狙うか……。
首を動かさず横目でビルの間を見上げれば、旧式のエアコンの室外機に張り付くようにして監視ドローンが小さなカメラを光らせていた。
十枯嵐は何食わぬ顔でビルの前を通り過ぎ、即座に路地裏へ回り込んだ。旧式の軍用小銃を取り出し、カメラの死角から咄嗟の一撃とは思えない正確な狙撃でドローンを破壊する。熊殺し七丁念仏の銃声は表通りの爆竹とロケット花火に搔き消されて違和感を与えない。
十枯嵐が屋台のごみ箱の陰から様子を伺うと、破壊されたドローンを確認しに来たか、ビル上空に数機のドローンが集まっていた。
即座に放つのは属性弾『爆炎核撃』。無属性の純然たる弾丸が狙った座標で爆ぜ、ビル上空に業火が広がった。
「ヒュー!」
「たまやー!」
「なんでたまやって言うんだ?」
「こらっ、デカい花火使ったやつ誰だ!?」
周囲の呑気なやりとりを聴き、作戦が成功したと確信した十枯嵐は重々しく頷いて歩きだす。
「完璧に静かにできたね……!」
金の瞳はとてもきりりとしていたそうな。
祭りの喧騒を遠くに聞き、静まりかえる居住区のビル内を歩く壮年の男は東條・時雨(東條探偵事務所の所長。・h05115)だ。
今は√能力を失った身だが、戦闘機械群への対抗手段は失われていない。
ビル内から非常階段へ、非常階段の手すりから隣接するビルの屋上へ。軽々と移動して手慣れた様子でPDWにサイレンサーを取り付ける。
ひらりと片手で構えて引き金を引けば、祭りに加わる若い男女を監視する低空のドローンがあっけなく落ちた。間髪入れずに、正確に、続けて2機め、3機め。
「……楽園√EDENや他の√世界からしたらちっぽけな祭りかもしれねぇけどよ、この世界√ウォーゾーンの奴らにとっちゃ大事な祭りなんだわ」
掠れた声がぼやいた。
ドローンに気づかれる前に場所を変えなくてはならない。東條はビルの階下から空中歩道に出て、人気のないビルの間を縫って歩く。
「だからよ、最後までやらせてやりてぇなぁ……」
男はかつて、√ウォーゾーンで生を授かった√能力者であった。厳しい情勢下で生きる人々の忍耐強さも、つかの間の楽しみの輝きも身に染みて知っている。
狙いの通り、まだ機械群の企みは皆に知られずに済んだだろう。
花火にはしゃぐ若者達の声が微かに届き、東條はフライフェイスの片側で小さく口角を上げた。
ドローンの他に祭りを興味深く見つめる者がいた。
「祭りか。こんな世界でも人々が生き抜こうとする象徴があるのだな」
寂れた鉄塔の上にそびえる黒き鉄塊、こと、腕組みをする2mの巨躯こそ、怪人、明星・暁子(鉄十字怪人・h00367)その人である。
「ドローンを排除しよう。……静寂なる殺神機」
作戦の遂行にうってつけの装備がある。彼女の呼びかけに答え、音もなく周囲に浮遊するのは半自律浮遊砲台・ゴルディオン1~3号機だ。
明星が目を細めれば、主と同じ黒鉄の鋼から成るそれらが三方に飛んでいく。遠隔操作されたそれらは、明星の眼下を飛び回る小蠅のようなドローンを見つけては正確に打ち抜いては闇の中に姿を隠す。他のドローンが被害に気付いて射手を探してもカメラは不鮮明な闇を映し出すばかりで、また別の方角から撃ち抜かれる。混乱したドローンが右往左往しながらただ数を減らしていった。
ほどなくしてドローンの姿は見えなくなった。子供たちが鉄塔の下を呑気に歩いて、合成甘味料キャンディの食べ比べをしている。明星の輝く瞳が、しばし穏やかに街を眺める。
「機械の群れには理解できなくても、それは人類の明日への活力になるだろう」
独白を残し、鉄塔の上からふつりと怪人の姿が消え去った。
不揃いな電飾の飾りも、この規模の都市では精いっぱいのもてなしなのだとクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)にはすぐに分かった。
凪いだ表情で電飾を見上げる冷静な様子から、彼の内心の激しさに気づく者はいないだろう。懸命に生きる人たちのささやかな楽しみの時間を守る決意をかため、青年は片手に砲を携えて進む。
物資のコンテナの陰からドローンを探し、射線を通すために出し物のステージ裏へ移動した。目当てのドローンはこれから始まるステージに集まる人々を監視しているようだ。一定の軌道を旋回するドローンが、こちらに気づかぬまま後ろを見せる。
「……ッ」
クラウスはすぐさまレイン砲を構え、ゴーグルが計算した軌道に沿って引き金を引く。髪の毛一筋ほどのレーザー粒子が瞬き、クラウスからドローンへと落ちる一筋の雨粒のように消える。中心部を破壊されたドローンはステージ近くのごみ箱の上に落下して段ボールに埋もれる。
落ちたドローンに気づいたか、ほどなくして別のドローンがステージに近寄ってきた。しかし今度のドローンは倒したものよりも遠く、中心部とプロペラが街灯の陰に入ってしまって直には撃ち抜けない。
ぐるりとドローンが回り、カメラにクラウスの姿が……。
「遅いッ!」
クラウスのハッキングが間に合った。コントロールを奪われたドローンは低空まで降り、カメラを地面に向けたままステージ裏まで動かされる。そこへ、一気にクラウスの手斧が叩きつけられた。
機能停止を確認して、残骸をステージ下にそっと隠す。今はただ、皆が祭りを楽しめればいい。
「お前たちの企みは、絶対に止めてみせる」
「お祭りを邪魔するなんて悪趣味な方々ですね。ここは速やかにお引き取り願いましょう」
真剣な面持ちで小さな両手で拳を握るのは伏見・那奈璃(九尾狐の巫女さん霊剣士。・h01501)だった。文化のありかたが変わったとしても、巫女として祭事は大切なものである。
√ウォーゾーンの人々が祭りを完遂するために、彼女は彼女なりに戦いの備えをしてやってきた。神霊の加護による剣術は高速で決着がつくが、なにぶん神々しいため周りの耳目を集めすぎる。皆の信心を高めるためであればやぶさかでないが、ドローンの監視まで集めてしまいそうなのが珠に傷。
「では、ここは霊能者として……」
光るブレスレットやサングラスを売っている屋台の傍で呼吸を整え、体に淡く輝く霊気を纏わせる。紅の瞳がふっと焦点をずらし、折り重なる近しい√からこの√ウォーゾーンを覗き見る。
似た形の街、似た通り、神輿の準備がなされている辺りにどっしりとした大樹のオーラが見える。より深く集中すれば、人々の頭上に時折異物が見えた。
例えるなら、冷たい雷の針がちりちりと形を変え、時折人々に触ろうとしているような……。
「邪視と比べれば無機質ですね。まあ、観測機器と動力を潰せば落とせるでしょう」
霊派の揺らぎを雷の芯に当ててから伏見は顔を上げる。
√ウォーゾーンの様子を見直すと、ぷすん、と気の抜けた音と友に一機のドローンがへろへろと落ちてきた。この手順でもう何機か落とせそうだ。
確かな手応えを感じ、また伏見は霊気の輝きを帯びて術に集中する。
第2章 日常 『慰安訪問』

√能力者の尽力により、敵のドローンはこの都市の戦力が分からないまま排除された。
もうしばらく、この小さな祭りが終わるまでの間は敵襲を遅らせられるだろう。
年に一度の祭りが過ぎれば、明日からまた戦闘機械群の侵攻に備えて厳しい生活に耐える日々が続く。
だったら、せめてこのひと時は心底楽しいものになるべきだ。
様々な世界に介入できる√能力者だからこそ、祭りの盛り上げに一役買って、戦いと隣り合わせの日常を送る人々の慰めになれるかもしれない。
ステージも屋台も声をかければ気軽に参加させてくれるだろう。街の人々も、目新しい娯楽に飢えている!
「なんか珍しいWZだね」
「マットなダークカラーでちょい渋ってやつ?」
「下りないで調理するって言うのか!!??」
テンションの高い学生たちにも動じず調理器具を前に腕組みする漆黒の巨躯、それが鉄十字怪人、明星・暁子である。
ドローンと交戦しながら祭りの様子を垣間見るに、この√は生鮮食品や嗜好品が足らぬようだ。
「ならばカレー、カレーライスだ!」
用意したる鋼の巨大な寸胴に遠慮なく肉と野菜を放り込む。飲用水を量って足し、数種類のお手軽カレールーを組み合わせてよく混ぜる……これだけ。
「素人がややこしい料理を作っても失敗のもとだからな。√EDENの市販のカレールーは、美味いぞ?」
√EDENでは簡単な家庭料理でも、資源の限られた√ウォーゾーンでは得難いご馳走だ。
毎週食べている合成スパイスとは異なる複雑な香気、煮える野菜のくたくたとした音、薄切りの肉の脂がとろけて、明星が混ぜるお玉のふちでてらてらと輝く。
一升炊き釜の米がほこほこと湯気を立てて、大きな皿にふっくら盛られる。
「さあ、食べるが良い。生きることは食うことだ。しっかり食っておけば、人類はそう簡単に負けぬ!」
いつの間にかできた人だかりにカレーライスが行きわたる。
明星は目を輝かせてカレーを頬張る人々を眺め、ますます活気が満ちる様子に重々しく頷くのであった。
黒鉄の怪人がカレーを提供するなら、こちとら白ほわ系ほわほわハーフウルフの十枯嵐は当然シチューを提供するのが筋というもの。奇しくも真向いの屋台となった。
ふすんっとあどけなさ残す少女が胸を張って提供するシチューの中からは、その、あの、えっとな。……なんかナイロンの紐が見えているんスけど。
「現地調達で見栄えは悪いかもしれないけど、味は大丈夫なハズだよ」
本当に本当か!? 海がないのにエビのヒゲ的な物が見えるんスけど。
「探せば意外といるもんだね」
何が? ねえ、何が?
ここは√ウォーゾーン。右も左も上も下も人工物に囲まれた戦闘機械都市で人々は乏しい物資をやりくりしながら生活している……。
時に厳しい環境下で何日も狩りを行うハンターの十枯嵐なりに、√ウォーゾーンで生まれた有機物を利用し、環境へ敬意を表したシチューなのかもしれない。
どうかな。
金色の瞳を覗いてみなよ。
この美少女そこまで考えてないかも。
「なんだと思う?」
「考えたくねえけど、食えるなら……食えるだろ」
「ジャンケンで負けた奴大盛りで一気な!」
度胸試しに使われ始めたようだ。これはこれで、青年たちの忘れられない思い出になっただろう。
白籍・ヌル(まだ無名・h05334)も料理を提供した一人だ。
メニューは焼きおにぎり。シンプルゆえに屋台で次々と提供するのに向き、シンプルゆえに味のごまかしが効かない。
仕込んできた握り飯を鉄板に並べ、香ばしくおこげができた所でひっくり返す。仕上げにさっと塗られた醤油が食欲をそそる。
「はい、できたよ。どんどん配って?」
白籍がてきぱきと手渡した相手はレプリカントの傭兵少女達だ。
姉と慕う十六夜・月魅(たぶんゆるふわ系・h02867)の計らいで今日は焼きおにぎり屋台のお手伝いをしている。
十六夜本人は打ち合わせと言ってどこかへ去ったが、何をしているやら。
「ひと段落したら、隣の惺奈さんのお手伝いも行こうね。錬金術で設営手伝ってもらったもの」
思案しつつも手元は止めずに、あつあつの焼きおにぎりが仕上げていく。お客様ができたてを待っているのだから!
「さて……!」
望月・惺奈(存在証明の令嬢錬金術士・h04064)は自身に割り当てられた屋台で両手を翳し、簡易な錬金術を発動する。
ふわりと輝きが散った後は、テーブルの上には曲線の美しい金属のブレスレットや、未来的な合皮素材のバッグチャームが並ぶ。
「惺奈の出張アトリエです。ってね」
月や星、花をモチーフにした雑貨に手書きの値札をつける段になってはたと気づいた。このくらいの雑貨の、庶民的なお値段っていくらが相場でしょう……。
「お祭りだし、皆に手に取って貰いたいし……」
のんびりと女性客と歓談しながら雑貨を売り、錬金術で仕立て、繰り返していると隣の屋台から白籍が手を拭きつつ手伝いに来た。
「惺奈さん、手伝えることある?」
「ありがとう! 今商品を作っているから、お待ちの方のお会計をお願いします」
「はーい!」
元気に応対した白籍だが、小さな石のはめこまれたブレスレットを手に取り、値札を見て、また商品を見て震えた。
「惺奈さん、これ、本物の宝石では?」
「はい、簡易だと小さなくず石しか作れませんが」
「お値段が……!」
√ウォーゾーンの皆様は大変お得なお買い物ができたようです。
ドローンの完全排除を確認した後も、クラウスはつい空を見上げてしまう。この祭りが終わる頃には更なる強敵が現れる。予知は絶対だが……。
「えーと、あ、いたいた。クラウスさん、出番だよ!」
「はい……!」
小さな祭りは出し物の数も足りないと見えて、青年の申し出はすぐに通り、ステージの使用時間が割り当てられた。
今クラウスの手に輝くのは武装ではなくハーモニカだ。子供も歌える、みんな知っている簡単なフレーズの楽しい曲は……。ハッキングを応用し、ステージ設備から選んだ曲を流す。
「この歌、知っているか?」
呼びかけに子供たちが答える。
「知ってるー!」
一斉に声が上がった。イントロから歌い始める子もいる。
合わせてクラウスもハーモニカを鳴らす。走るように、跳ぶように、おどけるように。表情よりも音の方が雄弁に、柔らかく癒しの祈りを街の人々に届けた。
「……っ、ありがとう、ございました」
二度のアンコールの後にクラウスは深く一礼する。力いっぱいの拍手に見送られて次の演者にステージを譲る。
続いて現れたのは、白い小袖に緋袴の伏見だ。皆の前で恭しく一礼すれば、廃材を寄せ集めたステージが一瞬檜の舞台に見える。神も仏も廃れた世界ではあるが、何か畏敬めいたものを感じたか、観客席から息を飲む音が聞こえた。
やはり、伏見からすればお祭りといえば舞。ただ、伝統に倣うだけでなく……。
顔を上げた伏見は悪戯っぽくにこりと笑う。ととと、と小刻みに前に出て、手で狐を作って高く跳躍。
「コン!」
「あ、きつねだ! 配信で見た!」
伏見は視線で肯定して、次は袖を大きく翻して両手をしならせる。
「戦闘機!」
「白鳥!」
「鶴?」
ステージの端から端へ白鳥が羽ばたき、眠り、焔が燃え、朝を迎えて花が咲く。伏見の演目は伝統に寄りすぎず、街の人々が楽しめるように構成されていた。その表現力を支えるのは、剣術によって練られた全身のバネの強さだ。
まるで重力の重さを感じさせず軽やかに神輿へ舞を捧げ終える。
言葉に出さずとも、観客は“何か”を共有したという満足感に拍手を送った。
祭りの会場は最高潮に暖まった。さあ、神輿の出番だ。
「わっしょい! わっしょい!」
男も女も区別なく、勢いのいい街の住人が古びた木の神輿を担ぐ。
今年の祭りは、神輿にかけられる声援の他に何やら異質なざわめきも含まれていた。
「オンステージですよぉ!」
通りの逆側から声を張るのは十六夜・月魅(たぶんゆるふわ系・h02867)だ。
15人乗っても大丈夫、な頑丈な多脚重機の上で音頭を取る。
「ららら、皆さんご一緒に☆」
√能力による衣装変更でチェック柄のアイドル制服に変身。十六夜のバックで踊る傭兵少女もお揃いにして、更に白籍と望月にも手を差し伸べた。
白籍は黒髪をさらさらと横に振って及び腰だ。
「え? 私も参加? いやいやいや、ムリムリ! ……って思ってたんだけど、あれ?」
十六夜の瞳に魅了されたか、ぐるぐると目を回しながら重機の上で手を振る白籍。
羞恥心を忘れさせられているので、白籍の衣装だけ背側が肩甲骨の下まで見えていることに気づかないのだった。
重機に引っ張り上げられた望月もおろおろとうろたえていたが……。
「私、ダンスの心得はありますがそれは社交ダンス等であって、こういった舞台で踊るダンスでは……!?」
「あらあらぁ、じゃあ衣装もそれらしく私が見立てて差し上げますねえ」
「ええっ、確かに浮いてるかもって心配でしたが……!」
十六夜の催眠によってごまかされて断り切れず、望月もたちまち衣装変更完了! 上着が短くおへそが見えているアイドル衣装に変えられてしまう。
今年の神輿は去年と違う。何せ張り合う相手がいるのだ。負けじと神輿を担ぐ人々も気合が入るというものだ。
「わっしょい! わっしょい!」
「神輿も負けていませんよー!」
伏見が両手に扇を翳してやんやと舞い、クラウスも近くのスピーカーから神輿に合う和風EDMを流す。
「なんだか背筋がすーすーするけど、歌って踊るの……楽しいかも?」
白籍の無邪気な笑顔に声援が飛ぶ。
一方、望月はというと踊っている内に洗脳が解けてしまい、人知れず恥じらいを覚えていた。それでも培った社交ダンスの経験は裏切らず、内心の動揺を表に出さないで洗練されたステップを踏む。
「あらぁ?」
重機のリモコン操作に専念していた十六夜の手を望月が借りてくるりとターン。
通りの中央で神輿と重機が向かい合い、誰が舞うやら担ぐやら、混沌とした盛り上がりを見せた。
「やあ、動いて腹減ったよ」
「カレーはまだあるかな」
神輿を倉庫に片付け、担いだ者も踊った者も明星や十枯嵐の屋台の前で和やかに歓談している。
「みなさぁん。可愛かったですよお!」
プロデュースした十六夜もほくほく顔になろうというものだ。
魅了から素面に戻った白籍だけが、なだめる望月の背後に隠れて悶絶していた。
第3章 ボス戦 『スーパーロボット『リュクルゴス』』

このまま祭りの余韻を味わっていたかったが、√能力者達は早く撤収するように水を向ける。神輿を倉庫に格納してシャッターを下ろし、皆で屋台を畳み……。
警報が鳴った。
空より、白と金で構成された機体が降りる。先ほどまで祭りを執り行っていた通りの真ん中で声を発する。
「我はレリギオス・リュクルゴスの王、リュクルゴスである。祭りなどに現を抜かす腑抜けた街かと思えば、手勢を隠しつつ偵察を妨害する手腕、なかなかであった」
感情の薄い機械音声の中に、微かに楽しんでいるような色が混じっている。
「その努力も、我により今から無意味となる。強者こそ前に出よ。最強がこのスーパーロボット『リュクルゴス』であると理解し、ひれ伏す時間を与えよう」
この戦闘機械、避難した都市の人々が遠くから様子を伺っているのを知った上で、√能力者を叩き潰して絶望を与えるつもりのようだ。
配下も連れずにやってきたのはリュクルゴスの自信の表れだろう。
それを逆手に取り、皆が見守る中でリュクルゴスを撃破してこの祭りのフィナーレとしよう!
伏見の引き結ばれた唇から固い声が漏れる。
「本当に、こんなタイミングでやってくるだなんて、風情が有りませんね……」
機体に負けじと光る白刃は霊剣のもの。鞘から解かれた剣を構えて神霊を降ろす。
「神霊来りて、顕現せよ……麒麟」
先ほどまで楽し気に舞っていた肢体のすみずみにまでも、伏見は神聖な気を纏う。
そして、一気に加速して一筋の風のごとくリュクルゴスの元へ迫った。
逆巻く風の余波が明星の鋼の装甲を撫でた。
「スーパーロボットか。何度かぶつかり合ったことがあるが、皆誇りの高い連中だった」
明星は未だ微動だにせず、厳かにリュクルゴスへ告げる。
「お前の存在も、私の胸に刻もう」
勝つのは我らと、露ほどにも疑わない佇まいがリュクルゴスの関心を引いた。
「王を前にして不遜であるぞ?」
リュクルゴスはわずかに首を傾けて2人を見下ろし、黄金の角にエネルギーを集める。
電撃放射角ケリュネイアホーン……広範囲へ万遍なく幾百回の電撃を浴びせる必殺技が、今まさに放たれようとしている!
「……!」
この好機を待っていた……明星の目がチカチカと点滅したのが合図だった。
「む……これは!?」
リュクルゴスの驚きの声の直後、落雷の爆音と閃光が辺りを包む!
しかし、誰一人電撃を受けた√能力者はいない。閃光の後に見えたのは、千切れて火花を放つ付近の高圧電線と、リュクルゴスの角の右端が焦げ付き折れて立ち上る煙だ。
「こんなこともあろうかと」
明星が淡々と語る。
「この機械都市のインフラを支えている上流の水力発電所を制圧していたのだ。襲撃に合わせて発電所をフル稼働し、お前の真横の高圧電線に膨大な電力を一気にかけた。雷撃を封じる為にだ」
「……見事な歓迎であった。ならば我も応じねばならん」
リュクルゴスが耳鳴りのような機械音を発すると、√能力者達を取り囲むように6基の巨大な砲台が召喚された。
「リュクルゴス・レイの力、全身で味わうがいい」
全ての砲がエネルギーをチャージして輝き始めた。
「はぁぁぁぁぁぁっっ!」
神速と呼ぶにふさわしい機動で躍り出たのは伏見だ。リュクルゴスの正面にひらりと跳び、砲台の標的を買って出る。
「味方に献身して死ぬか。けなげなことだ」
冷たく誉めそやすリュクルゴスへと、乙女の唇が弧を描く。
「その傲慢さ、悔やみながら疾く逝きなさい」
6方向から照射される死の光線を、前に跳び、横へくぐり、伏見は舞うように避けてみせる。
緋袴を追うように光線が建物を砕き路面を抉ったが、恐るべき破壊力が彼女を傷つけることは叶わなかった。
「ふ、あとの武器は、知恵と勇気だな」
明星は狙われた伏見に一度手を伸ばしかけたが、彼女が難なく避ける様に小さく笑い、愛用の武骨なブローバック・ブラスター・ライフルを担ぐ。こちらもゴルディオン1~3号機を展開し、自身の守りとしてエネルギーバリアを設置。砕けた建物の遮蔽を利用してリュクルゴスへ特製の弾丸をお見舞いしつつ、ゴルディオン達に砲台の相手を任せて味方を支援する。
重い音を立てて弾丸を受けるリュクルゴスも、悠々と浮遊する余裕を見せつけつつ常に移動し直撃を避けていた。
そこへ再度伏見が襲い来る。
「ひれ伏すのは、私達ではありません! 雷光閃ッッ!!」
駆け上がった重機の上から跳び、天からリュクルゴスの頭へと雷のごとき渾身の一閃が降る!
「くっ、美しい技術だが……!」
リュクルゴスが左の翼の1枚を掲げて受ける!
ギィン……と重い響きが大気を震わせ、裂けた翼が重力に引かれて地面に突き刺さった。
「人類ながら天晴れ。だが何度も食らう訳にはいかぬ……」
尚も迫る伏見の斬撃と明星のライフルから逃れ、白い面に一筋の傷を刻まれたリュクルゴスは一気に退き距離を取った。
路面を踏みしめれば靴の下で砂利が鳴る。祭りの最中と同じ、凪いだ瞳でクラウスが呟いた。
負傷してなお泰然としたリュクルゴスは並大抵の敵ではない。しかし、奴を倒さなければこの祭りはハッピーエンドで終われないから。
「遠慮なく行かせてもらうよ」
青年が前のめりに構えた次の瞬間、急加速して一気にリュクルゴスへ距離を詰める。
させまいとリュクルゴスの砲台がクラウスに向けられるが、並行して進めていたハッキングが成功して光線の発射が遅延された。レーザーがアスファルトを焼く頃にはクラウスはそこにいない。
リュクルゴスの輝く威容をとっくり眺め、テンションがだだ下がりしている女子が一人。十枯嵐である。
「なんか思ってたのと違う……。スーパーロボットっていうくらいだからもっとこう
合体したり変形したりずんぐりむっくりしてるのだと思ってたのに……」
子供の夢を壊した責任は重い。相応しい報いを与えるため、十枯嵐も相応の大技を用意してきた。とっておきの竜漿火薬が星を零したように輝く。
「1、2、3、……」
弾薬盒から繊細な取り扱いを要する特別な弾丸を選び小銃の弾倉に込める。
「スーパーロボットの必殺技を見せてやろう。斬光飛翔翼……アポロニアウィングッッ!!」
身を低くしたリュクルゴスが、エネルギーフィールドを全身に纏い翼を広げて突っ込んでくる!
「殺せなかったら、必殺技じゃない……!」
十枯嵐は鋭い勘で敵の動向を読んだ。高速で遅いかかる翼を跳ねたりスライディングしたり縦横無尽に逃げる。その最中でも手はよどみなく動き続けた。
「19、……。ん、装填完了」
十枯嵐が攻勢に転じる。
「あらあらまあまあ。魅了が利かなそうですねえ。困りましたあ」
先ほどまでステージとして運用していた多脚重機でリュクルゴスを遠まきに観測し、十六夜は目を細めた。困ったと言いつつ、既に傭兵少女分隊を支給装備に換装させててきぱきと指揮している。
残るは自身の備えだ。十六夜が精神を集中させると、ゆっくりと己の存在を変質させる。緩く巻く艶やかな髪、均整の取れた女性らしい肢体、まつ毛に縁どられた月光の瞳の下に万人を魅了する泣き黒子が白い肌の上にぽつりと残り印象を焼き付ける。今、十六夜は愛と美の女神(仮)となった。
「別世界とはいえ、未来世界から来た身としては、スーパーロボットがこのように人類の敵になっている所を見るのは心が痛みますね……」
技術が絶望を産んだ√の有様に憂う望月。十六夜は彼女の横顔をしばし見つめ、桜色の髪がこぼれる頬に手を伸ばしかけた。
触れるより先に望月が顔を上げる。
「楽しかったお祭りを邪魔するようなロボットを、倒しましょう」
望月は次々と錬金術による兵器を自身の周囲に展開する。飛行迎撃ユニット、ロケットランチャー、巨大な砲に近接対応の杖と剣……。
「月魅さんとヌルさんと、2人と一緒に戦います!」
「ええ、あちらは見た目は良くてもお心が不足しておりますねえ。スーパーロボットに大切なのは愛と勇気と優しさですよお」
笑顔で頷き、十六夜は両手で銃を構えなおして下に向けた。
範囲と効果が倍加した状態で愛の弾丸を多脚重機の足元に穿つ。弾丸の半径20M内へもたらされる十六夜の愛により範囲内の味方は力を増す。
「あれが今回の親玉か……迷惑スパロボには早々にご退場願うよ!」
十六夜の支援を受けた白籍は軽く手を握り開きして力を確かめ、味方の射線を妨害しないように気を付けて街を走る。
「「のセナちゃんとヌルちゃんの方が、ずっと……持ち合わせておりますねえ。さあ皆さん一斉射撃ですよお」
多脚重機を頑丈な建物の間に置き、拠点と遮蔽を兼ねさせて一斉にリュクルゴスを狙撃する。望月のロケットランチャーも火を噴いた。
エネルギーフィールドを纏ったままクラウスと近接攻撃の応酬を楽しんでいたリュクルゴスが、己のエネルギーフィールド上でバチバチと爆ぜる射撃に気づいた。ぐるりと滑らかに顔を向け、十六夜の陣地まで高速で寄った。傭兵達をケリュネイアホーンの範囲に巻き込もうと欠けた角にエネルギーを集める。
リュクルゴスの左側から鈴の鳴るような声が聞こえた。
「其はあやかしの御業。真円を欠くが如く、彼のものを蝕め……」
刀を鞘に納めたままの白籍が、ガレージの上からリュクルゴスに飛びかかる。
リュクルゴスの判断は遅れた。この女はまだ武器を抜いていない。格闘術だとしたら射程に入るまでに電撃を放射できる……。瞬時の事だが、その判断は誤りだった。
「ふぅ……っ」
秘伝・月蝕。白籍の居合いがリュクルゴスの左角を断った。完全ではない放電が周囲を襲い、減衰したもののまばゆい光が百度も輝いた。
「これくらいで、倒れるもんですか!」
電撃の痛みよりも、十六夜の愛が勝る。白籍は軽く負傷しながらも気丈に返す刀を振るい、リュクルゴスの推進翼にも傷を入れた。
「いい太刀筋だ。しかし、同じ手は……!」
リュクルゴスはその場でぐるんと大振りに回転して連撃を振り払う。
その隙に十六夜が投げキッスで愛を充填する。
「ヌルちゃん、がんばれ、がんばれえっ」
「うん、ありがとう!」
再度エネルギーフィールドを纏いなおし離れようとするリュクルゴス。奴は加速がつく前にほんの一瞬、腹部の球体を無防備にさらした。
十枯嵐がトリガーを引くには十分な時間があった。
「そこ。いかにも弱点って感じ」
鍛えられた鎧を砕き、ダンジョンの壁すら貫通すると評判の真竜撃弾。間近から食らえば真竜ブレス再現砲撃として周囲を焼き砕く!
ドウ……と風が鳴り、祭りで出たゴミの集積所ごと周辺が燃えカスと化す。リュクルゴスのどてっ腹の球体に穴が開いた。
「ガガッ……素晴らしい威力だ……!」
ノイズ交じりの歓喜を上げるスーパーロボットにクラウスが再び食らいつき、間断なく拳を浴びせる。
「ザザ……しつこい、ぞ、人間!」
「諦める理由はないからな。負ける理由も……!」
クラウスの瞳に希望はない。だが、胸の中にはまだ先ほどの祭りの賑わいが残響になって残っている。ここで負ければ、この街の人々は絶望するしかないだろう。だから……。
「負けられないんだ、絶対に」
クラウスが一気に畳みかける。刃を短く展開したバトルグローブを握りこみ、殴りぬける。リュクルゴスの肩口に鋼と鋼の軋みが響き、音が消える前に即座にロボットの脇腹に二度蹴りを入れる。重心を立て直し、クラウスを掴もうとする腕を拳で払い、グローブの仕込み刃を一気に最長まで展開する居合をリュクルゴスの手首に突き立てた。装甲の隙間を狙い、軍式の素早いパンチからストリートファイトのアクロバティックな急所狙いまで、あらゆる技術を出し尽くしてただ殴る!
クラウスの猛襲にリュクルゴスの外装が歪み、割れる。もはやノイズにしか聞こえない電子音を響かせてリュクルゴスは高笑いした。雷撃を放とうとしても、角が折れて弱いエネルギーが装甲の周りに散るだけだ。
「2人が作ってくれた絶好の機会! 絶対に外しません!」
白籍が敵の力を弱め、十六夜が望月に力をくれた。
今、望月の掲げた両手の中で、小型の錬金式百花繚乱砲が、錬金式必滅兵装『星火燎原砲』に生まれ変わる。
未来の希望に満ちた錬金術……勝利へ導く旗幟の錬金は、己の力に驕り民を嬲るためにあらず。この輝きは、皆を守り戦う為にある。
「これで、おしまいです!」
「終わりだ……!」
望月の砲から奔る浄化の光と、クラウスの渾身の拳が交錯する。
次の瞬間に起きた大爆発の中で、確かにリュクルゴスは√能力者達へ手を叩いて賛辞を送っていた……。
戦いの熱が過ぎ去り、街に平穏が戻った。祭りの終わりはなんとも静かなものだ。
しかし、また来年へと引き継がれていくだろう。どんなに脆く厳しい世界でも、神輿に多くの希望を乗せて。