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そう在りたい君たちのために

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天霧・碧流

 人は想像する。なりたい自分を想像する。
 鳥になれたらいいのにな──翼なんてないのにね。
 友達になれたらいいのにな──声をかける勇気もないのにね。
 ××は想像した。なりたい自分を想像した。
 手が届かないから夢想した。今ここにないから憧れた。
 根を張った地面から、想像の枝を伸ばし続ける。
 いつか鳥の高さに届いたなら、想像は創造に至ると信じていいのかな。

●クマ、かく語りき
 平穏な、ルートエデンの夏の夜。暮れたばかりの宵の内。川べりの土手道だったからかな、珍しく風が涼しい夜だった。ボクはキッチンカーの窓を開けて、ゆっくり風を浴びながら走らせてた。
 ──助けてぇ! 化け物!
 なんて悲鳴が、クマ耳に届いたのはそのおかげ。
 ボクは慌てて車を停めて、お巡りさんに怒られませんように! って祈りながら、運転席から飛び出した。騒ぎは河原で起こっているみたい。化け物なんて穏やかじゃないね。もしかして、エデンを狙う簒奪者かも。
 夜目はちょっと効くほうだから、様子はすぐに見て取れた。十人くらいの団体が、こちらに向かって逃げてくる。小さい子を抱いた親もいて、とっても必死の表情だった。バーベキューをしていたんだね。同時に漂ってきたのは、美味しそうなお肉の臭い。それと、隠しきれない血の香り。
 彼らと上手くすれ違い、河原に向かうと、相手はすぐに見つかった。ジュウジュウ唸るグリルの下で、燃え続けてる焚き火が、明らかな異形を照らし出してた。
 ひとことで言えば──黒い人魚。
 もっと神秘的な表現をしたいけど、ボクの頭じゃ浮かばなかった。
 人の頭と、上半身。人のものではない、|鰓《えら》と|鱗《うろこ》。全身がしっとり濡れていて、艶めく長い黒髪が、ぬらりと肌に張り付いていた。腰から下は人魚の尾。長くて、大きくて、恐ろしい。さっきすれ違った子どもなら、ぐるりと数人纏めて抱き込めそうだ。
 全体的に宵闇の色をしていたけれど。尾を伝う背びれと、開いた瞳の赤色だけが、ルビーみたいに光ってた。それが綺麗で、魅入られた。
「化け物ねぇ……」
 キミが身じろぎをしたら、血の香りがむわっと増した。ボクも我に返って、「あっ!」って気付いた。大丈夫か尋ねようとしたら、「返り血だよ」って先に言われた。むむ、察しがいいんだね。
「ったく、失礼だよな。世の中には、端正な顔をして平気で殺す人間もいるってのにねぇ」
 ──なぁ、✕✕?
 キミが呼んだ名前は、多分、ボクじゃなかったよね。でも、つい答えちゃった。
「うーん、確かに。顔の綺麗さに関係なく、怖い人は怖いだろうけど……でも、外見の印象も大事さ!」
 化け物は酷いけど、さっきの人たちがびっくりしたのも分かるんだ。ボクも驚いたもんね。声をかけてくれたから、すぐに気付いたのが幸いだ。
「その点、クマさんは可愛くて優しくて、安心安全。好印象間違いなしだよ!」
 だから──、
「|碧流《あおる》さんも、クマ耳どう!?」
 ばばーん。蜂蜜色のまん丸耳をアピールしながら誘うと、いつもと違うキミは、いつものように、ニィと口の端を上げた。
「そりゃ勘弁してくれよ、|瑠璃《るり》ちゃん」

 √能力者がそれぞれトクベツな、『インビジブル形態』になれること、知識としては勿論知ってる。見たのは初めてだったけど。だってそれ、戦いで追い詰められた時に起こるんだよね?
「今回は大した相手じゃなかったさ。こっちが一人だったってくらいで……まぁ、結果、物足りなかったな」
 何の味を思い出しているのかな。キミは舌舐めずりをした。黒に近い、群青色の舌で、ペロリ。
 あの人たちを助けるために、頑張ったんだね。
「助けた訳じゃない。簒奪者を追った先に居ただけで、どちらかと言うと巻き込んだんじゃないか?」
 赤い瞳を細めて、露悪的な笑いをクツクツ漏らすキミ。
 でもね。見捨てなかったんだから、助けたのと同じことだよ。
 ボクが言うと、眉根を寄せて渋い顔になる。否定っていうより、『理解できない』って風に見えた。
「少なくとも向こうは、助けられたとは思ってないさ。化け物同士が喰い合ってる……くらいの認識だろ?」
 放置されたバーベキューの跡に、誰かが戻る気配はない。ひとまず、具材だけ火から下ろして、焚き火は灯したままにした。ボクたちがいる間はね。
 あのさ、化け物って言われて、悲しかった?
 問いかければ、キミはゆるりと首を横に振る。黒い毛束もふるりと揺れて──ああ、濃緑色なのかも。陽の光の下で見てみたかったな。
「この姿を見て化け物だと言うなら、それは俺が『ヌシ』にはまだまだ及ばないってことだ」
 それだけさ。ふいっと顔をそらして、キミは焚き火から遠ざかる。まるで水音に誘われてるみたいに、静かに川へ向かってゆく。
 ……ぬし?
 ピンとこないボクが、呟きながら着いて行くと、キミは川べりに腰を下ろした。
「キャンプ場で釣りをしただろう?」
 ああ! ぽんと手を打てば、キミの喉も楽しげに鳴る。
 初夏にあった、キャンプ場での釣り大会。キッチンカーを営業していたボク、たまたま居合わせたキミ、それから他の友達と──みんなでわいわい大騒ぎした。楽しかったね。
 改めて、優勝おめでとう碧流さん!
 拍手を贈ると、キミは長い尾で川の水を叩いた。もしやこれは、照れてるな?
「クク、瑠璃ちゃんもなかなか上手だったぜ。釣りも……水浴びもな」
 返す刀でおちょくられた。くまぱんちをお見舞いだ。浴びたくて浴びたんじゃないもん。
 ボクの拳を適当にいなして、ひとしきり笑うと、キミは暗い川へ向き直った。
「あの時見た、川のヌシが忘れられなかったんだ」
 そう言った時は、どんな顔をしていたんだろう。ちょっと、見えなかったな。
 
●狂奏者、かく語りき
 ぱしゃりと、己の尾びれが川面を叩く。その軌跡に、碧流は追想を重ねてゆく。
 ──能力者が束になって、ようやく釣り上げたあのヌシの尾は。
 地上に引き上げられてなお、力強くしなっていた。
「人間の大人を軽く凌駕する巨大な体躯。捕らえられても、びくともしない膂力」
 どれほどの年月を生きてきたのだろう。古代魚のような威容を誇りながら、鱗は活き活きと瑞々しく、初夏の陽を跳ね返していた。
「川に引きずりこんでくる力強さと、水面に現れた瞬間の美しさに」
 ──見惚れてた。
 意地があるのか、ただ本能だけなのか。抗って抗って。堂々たるその姿は、神だと仰がれるのも理解できた。
「あんな風になりたいと思ったから願った」
 率直な言葉が|零《こぼ》れた。少年のような羨望が|溢《あふ》れた。
 先程。碧流は、遭遇した簒奪者と戦って、反撃を受けた。衝撃で地面に倒れた己を自覚した瞬間、思考がカッと白熱した。痛みを感じぬはずの自分が、一体何を感じたのだろう。
 もっと強く、もっと。
 あのヌシのように堂々と。
 見せつけられるくらいに。
 引きずり込めるくらいに──!
 意志が膨らみ、|想像力《イマジネーション》が破裂する。新たな姿となった碧流は、川を軽々と越え、簒奪者を追い詰めて引き裂いた。
「ふふ、悪くない姿だと思ったんだが、化け物と言われるようじゃダメだな」
 ……何故なら、ヌシはあんなに美しいのだから。
 切ないほどの憧憬が籠る声。
 あの巨大魚の鮮烈な生命力に、自分はきっと、及んでいないのだ。
「一体、何が違うんだろうな?」
 見せつけるように腕を広げ、大きく身を捻って振り向いた。
 瑠璃はきょとりと、目を丸くしていた。
「ヌシさまと何が違うかは分からないけど……碧流さん、いつもと違うよ?」
「そりゃそうだろ」
 ズレた答えに渋面を作ると、クマ耳の星詠みは慌てて言い直す。違うよ、インビジブル化してるからじゃなくてさ!
「なんか、とっても……一生懸命で。いいなって思ったんだ」
 今度は碧流の目と、合わせて口も、ぽっかり丸く。「は?」と、開かれる番だった。

●××は、語らず
 化け物と呼ばれた。
 相手は、子どもを必死に守ろうとする母親だった。
 まぁ、別に良いんじゃない? 助けてやった訳でもないしな。
 
 化け物と呼ばれた。
 相手は、自分を必死に守ろうとする化け物だった。
 はは、お前が言うなよサイコ野郎。
 でもまぁ、良いんじゃない? 俺だって、狂ってるのはおんなじだ。
 お前と違って自覚はあるんで、今更気にしやしない。

「うん、そうだね。ボク、碧流さんがヌシさまに憧れてるって気付いてなかったし」
 あまり理解できてないから。違うとも、違ってないよとも、言ってあげられないけれど。
「何かに憧れて、それに近づきたいって頑張っている碧流さんは、ひたむきで」
 とっても素敵だと思ったよ。
 クマ耳の星詠みは瑠璃色の目を細め、碧流の内心など気付かず気にせず、ニコニコと見上げてくる。
 それを見返す自分は、どんな顔をしているのか。暗い水面は、映さない。
「なのに化け物とか言われてさ! 誤解でも、嫌だったら怒りなよ。ボクも一緒に怒ってあげる!」
 形だけ頬を膨らませ、小さな拳を振り上げる滑稽な姿に、多少笑ったかも知れない。
 ──ありがとう、瑠璃ちゃん。
 舌に乗せたのは、話に付き合ってくれたことへの礼。
 それ以上の意味はない。思うこともきっとない。碧流は長い尾をくねらせて、ゆっくりと、夜の川へ身を沈めてゆく。
「夜に長々とすまなかったな。……俺はちょっと潜って来る。瑠璃ちゃんも、警察が来る前に帰った方がいいぜ」
 多分あそこ、駐車禁止だろう?
 水の上に顔だけ出して、悪戯っぽく顎で示したのは、土手の上のキッチンカー。
 とたん、間の抜けた悲鳴と共に、クマ耳が大きく跳ねた。
「うわあ、そうだそうだまずい! じゃあ、またね──碧流さん!」
 慌てて遠ざかってゆく背に向けて、水中から贈った言葉は気泡に溶けた。
 水の飛沫できっちり焚火を消すと、碧流も夜の川に消えてゆく。
 流れに逆らうような波跡を残して。

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