融合|迷宮《ダンジョン》の先に待ち受けるものは
●√EDEN:三重県某所――とある中学校付近
海を臨む小高い丘に、夕陽が沈もうとしている頃。
丘の上に建っている中学校の校庭を、長袖のセーラー服を身に着けた少女が彷徨う様に歩いていた。
少女のセーラー服の袖口から見える腕やスカートから伸びる脚には、青痣がいくつか浮かんでいる。
そして、少女自身の顔には…何の感情も浮かんでいなかった。
――少女がいじめを受けるようになったのは、いつからだったか。
おそらく、きっかけはクラスメイトとの些細な言い争いからだろう。
だが、諍いがこじれにこじれた結果、気付いたらクラスのグループSNSから勝手に追い出され、他のグループSNSからも|追放《キック》されて孤立していた。
その後、グループSNSで結束した生徒たちから、教師の目を盗むように執拗にいじめられるようになり、私物を隠されたり壊されたり、時には胴や太ももを殴られることもあった。
教師にも何度か相談し、いじめの事実は把握してもらっているものの、SNSで結束した生徒たちの口は極めて固く、少女に味方してくれる生徒もいないため、なかなか決定的な証拠を掴めないらしい。
――もう、誰も私を助けてくれない。
完全に孤立し、絶望と諦観に囚われている少女の目の前に、突然怪しい影が現れる。
「――復讐したいか?」
現れるや否や、その影は男とも女とも判別つかぬ声で、少女に問いかけた。
「復讐……?」
思いもよらぬ言の葉に、少女は思わず顔をあげ、影を見つめる。
太陽を背にしているからか、怪しい影の表情は少女にはわからない。
だが、影は少女に救いを与えるかのように、ゆっくりと手を伸ばしてきた。
「もし、復讐したいなら手を貸そう――この手を取るがいい」
伸ばされたその手をじっと見つめながら、少女はしばし逡巡する。
だが、『復讐』という言の葉を聞いた少女の瞳は――少しずつ昏い感情に侵蝕され始めていた。
●融合ダンジョン、再び
「また星が激しく輝いているわね……これは以前視た星とよく似た事件のようよ」
街中を歩いていた星詠み、水尾・透子(人間(√EDEN)のルートブレイカー・h00083)が、空を見上げながら呟く。
その呟きを聞き留めた√能力者たちが足を止め、透子の話を聞こうと耳を傾け始めた。
「以前、√EDENの三重県にある小さな中学校の校舎に√ドラゴンファンタジーのダンジョンが融合した『融合ダンジョン』が現れたのだけど、覚えているかしら?」
実際に赴いたらしき数名の√能力者が首肯するのを見て、透子は事件の説明を始める。
――それは、ある日の夕刻、突然小さな中学校の校舎がダンジョン化した事件。
透子の依頼で駆けつけた√能力者たちがダンジョンに突入し、閉じ込められていた教師や生徒をほぼ全員救出したことで、ダンジョンは消滅し、一応の解決をみたはずだが……。
「そして今、星が語り掛けてきているの……『融合ダンジョン』事件が、また発生しようとしている、とね」
透子いわく、今回ダンジョンと化すのは、海を臨む高台に位置する、やや規模の大きい中学校の校舎内。
シチュエーションとしては前回と極めて酷似しているものの、一方で決定的に違う点があるという。
「以前はダンジョンに一般人が閉じ込められた後でしか介入できなかったけど、今回はまだ間に合いそうなの。少なくとも、最悪の事態となる前に介入できそう」
そこで、と透子は√能力者たちを見回し、頭を下げる。
「みんなにお願いがあるの。急いで事件の解決に向かってくれないかしら?」
その願いに応えるように、√能力者たちはそれぞれの想いを胸に頷いた。
「先ほども言った通り、今回は急いで向かえば、一般人が融合ダンジョンに足を踏み入れる前に追いつくことができるの」
今回、融合ダンジョンに足を踏み入れようとしているのは、何らかの事情で中学校内で孤立している女子生徒だという。
「詳しい事情はわからないにせよ、放っておけば少女は融合ダンジョンに入ってしまうの。だからまずは、少女を説得してダンジョン行きを思いとどまらせて頂戴」
情報を集めたり、事前に準備する時間はないため、言葉のみで説得することにはなるが、少女の心を揺り動かせればダンジョン行きを思いとどまってくれるはず。
説得できなかった場合は、少女はダンジョンに入ってしまうが、その場合も少女の後を追ってダンジョンに入り、救出してもらうことになるだろう。
なお、√能力などで無力化し、無理やりダンジョン行きを阻止することもできなくはないが、少女を取り巻く環境が変わらない限り、何れまた同じ悲劇が発生しかねないため、出来れば言葉で説得し、思いとどまらせてほしい。
「前回の融合ダンジョン事件では、他のダンジョンに突入した√能力者たちから、一般人が怪物に変化させられてしまう現象が報告されたわ」
その言の葉を聞いて、一部の√能力者の脳裏を過ったのは――|特定の一般人《・・・・・・》に強い恨みを持つゴブリンの存在。
「今回も、少女がダンジョンに入ってしまえば……少女は怪物に変化し、復讐に邁進しようとするかもしれない。そうなれば前のような悲劇が発生するかもしれないわ」
――だが、もし、この事件を未然に防げれば。
「融合ダンジョン事件に関わる√ドラゴンファンタジーの拠点を見つけて、こちらから攻撃することもできるはずなの」
そのためには、時に大胆な選択をする必要もあるかもしれないけど。
「私はみんながどのような選択をしても受け止めるわ。だから……事件の解決、頼むわね。
そう、呟く透子に見送られながら。
√能力者たちは、突然ダンジョン化した三重県の中学校に向かった。
第1章 冒険 『ダンジョンに誘われようとする一般人の説得』
●√EDEN:三重県某所――とある中学校、昇降口付近
中学校の校庭に足を踏み入れた√能力者たちは、昇降口付近にふたつの人影を発見する。
ひとりは、おそらく星詠みが言及していた「女子生徒」であろう、長袖のセーラー服を纏った、ショートヘアの少女。
そしてもうひとりは……少女を誘っているであろう、怪しいとしか形容のしようがない影だった。
√能力者が声をかけるより早く、怪しい影は昇降口を潜り抜け、校舎内に消える。
そして、少女もまた、影を追いかけるように昇降口から校舎内に足を踏み入れようとしていた。
――しかし、√能力者たちは気づいてしまう。
昇降口の奥、すなわち校舎内は――既に√ドラゴンファンタジーのダンジョンへと変貌していることに。
「……誰?」
突然現れた他者の気配に気づいたか、少女が足を止め後ろを向く。
誰何の声こそ平坦だが、√能力者を見つめる少女の瞳と表情には憎悪の色が濃く宿っていた。
一方、少女のセーラー服から覗く手首や脚には青痣が見え隠れしているが、顔や手には傷ひとつついていない。
少女のセーラー服に付けられている名札には「谷内 みやこ」と記されている。
彼女――みやここそが、『融合ダンジョンに足を踏み入れようとしている一般人』だと確信した√能力者たちは、みやこにダンジョン行きを思いとどまらせるべく、思考を巡らせ始めた。
※マスターより補足
第1章では、融合ダンジョンに足を踏み入れようとしている少女「|谷内《たにうち》・みやこ」に、ダンジョンに行かぬよう説得してください。
みやこにダンジョン行きを思いとどまらせれば、説得は成功となります。
マスターコメントに記した通り、説得の成否は2章の分岐のみに影響します。
成功の場合は√能力者たちだけで融合ダンジョンに突入できますが、失敗した場合はみやこと共に融合ダンジョンに突入することになります。
――それでは、悔いなき邂逅を。
●
√ドラゴンファンタジーと繋がり『融合ダンジョン』と化した中学校の校舎内に、表情に憎悪を宿らせている少女『|谷内《たにうち》・みやこ』が足を踏み入れようとしている。
昇降口の前で人の気配を察し、いったん足を止めたものの、すぐに足を踏み出そうとするみやこに、突然背後から大きな声がかけられた。
「ちょっと待ったー! ストーップ! そこから一歩も動かないで!」
その声に反射的に足を止めたみやこに、先制攻撃よろしく大声をかけたサン・アスペラ(ぶらり殴り旅・h07235)が駆け寄る。
(「人間を復讐に取りつかれたゴブリンに変えてしまう融合ダンジョン、か。噂には聞いていたけど、嫌らしいことを考える簒奪者もいたもんだね」)
――以前現れた融合ダンジョンでは、虐げられていた一般人がゴブリンへと変えられていた。
甘言を弄し一般人をモンスターに変えた簒奪者の所業には、サンも素直にムカついている。
すぐにでも怪しい影を追いたいところだが、一般人をダンジョン内に入れれば、あの時の二の舞だろう。
(「とにかく今はあの女の子を説得しないと!」)
サンはみやこを足止めすべく、大声で一気にまくしたてた。
「いきなりごめんね! でも、さっきのヤツに付いて行ったらダメ!」
「……え?」
「アレは悪い奴だから! あんな奴の口車に乗せられたら後悔するよ!」
とりあえず思ったままをぶつけてはみたものの、サンもこれで考え直してくれるなら苦労はしないとわかっていて。
(「止めるだけじゃなく、別の解決方法も提示してあげなきゃ」)
――ならば、何を?
怪しい影に手を差し伸べられたみやこが求めているのは、おそらくいじめっ子たちへの復讐だろうが、今この場でいじめっ子への復讐と断ずるには圧倒的に情報が足りない。
ならば今は、感じ取ったみやこの雰囲気から畳みかけるだけだろう。
「復讐したいの? だったら私が力になるよ」
復讐、という言葉を聞いてかすかに眉を動かすみやこに、サンはさらに畳みかける。
「戦い方を教えてあげる。あと体の鍛え方も。あんな変なのより、私を信じてよ」
引き締まった二の腕を見せながら笑顔を見せるサンに、しかしみやこは怪訝な表情を浮かべながらぽつりとつぶやいた。
「……私にとっては、あなたも変な人なんだけど」
「うっ……」
(「そ、そう言われてみれば、突然現れてパッションで押し切ろうとしているようにも見えるわね……今の私」)
「悪い人には見えないけど、信じる理由もないわ」
思いのほか冷静なみやこからの指摘に、サンは言葉を詰まらせるしかなかった。
だが、ふたりが言葉を交わしている間に、他の√能力者たちが昇降口まで駆けつけ、様子を伺い始めている。
(「よかった、少しだけでも時間を稼げたようね」)
――ならば、後は彼らが上手くやってくれるはず。
そう判断してサンは少しだけ身を引き、他の√能力者たちに後を託した。
●
サン・アスペラがダンジョンに入ろうとしている女子生徒『谷内・みやこ』先に声をかけ足を止めている間に、シアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》・h02503)とエアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は校庭から昇降口に向け走っていた。
「あのダンジョンがまた出ようとしているけど、一般の人が入る前に接触できる機会は逃したくないよっ!」
「そうだよね。エアリィ先輩、急ごう!」
シアニとエアリィが校庭を走っていると、サンに話しかけられているみやこの顔が目に入る。
「……なんだろ、お姉さんの表情、あの時のゴブリンの感じに似ている」
「エアリィ先輩も、やっぱりそう思う?」
「うん、憎しみが強いっていうか……」
ふたりの脳裏に蘇るのは、以前現れた融合ダンジョンの内外で見かけた、憎悪と復讐に囚われたゴブリンの顔。
――あの時、シアニは最後までゴブリンとの対話を試みていた。
だが、憎悪と殺意に囚われ、しかし復讐を果たせていないゴブリンにシアニの声は届かず……討つしかなかった。
――だから、今度は。
(「必ず助けたい!」)
そう固く心に誓いながら、シアニはみやこに駆け寄り声をかけようとしたその時、みやこのセーラー服の袖やスカートから見え隠れする青痣が目に入る。
「……っ!!」
(「その怪我、誰かにつけられたものだよね。ひどいことするな……」)
みやこを止めなければいけないが、シアニは見え隠れする痣がどうしても気になって仕方ない。
出来れば先に妖精さんの力を借りて治療したいが、どうやってみやこに話を切り出そうか?
シアニが迷っていると、サンがふたりに気づいたのか一歩身を引く。
すかさずエアリィがサンと入れ替わるように前に出ながら、口を開いた。
「ね、おねえさん。そこに行く前にすこしおしゃべり――」
しない? とエアリィが口にしようとした、まさにその時。
「ちょぉーっと待ったぁ!!」
突然、シアニとエアリィの背後から、溌溂とした老人の声が響き渡った。
●
「……誰?」
突如響いた老人の制止の声に、みやこも再度誰何の声をあげる。
その声に応えるかのように、老人こと中村・無砂糖(自称仙人・h05327)は溌溂とした声で名乗りを上げた。
「『誰?』と聞かれれば! 応えてあげるのが世の情け! わしは仙人! 名を中村・無砂糖という!」
スキンヘッドにとても長い髭をたくわえ、仙人と称するには十分な説得力がある無砂糖の容姿を見て、みやこも目を丸くしていた。
「せ、仙人……!?」
「そう。仙人じゃ。そしてワケアリでとりあえずおぬしに会いに来た不審人物でもある! 谷内・みやこぉー……!」
みやこの胸の名札をチラ見して名前を確認しつつ、無砂糖はみやこにぱっと指を突き付け、畳みかける。
「仙人であるわしにはおぬしの名前などお見通しじゃ! そして! これからやろうとする事にもお見通しじゃ……!」
「さっき、名札に目を向けていなかったかしら……?」
「ぎくぅっ!?」
だが、逆にみやこに指摘され、無砂糖は思わず視線をあらぬ方向に彷徨わせながら誤魔化した。
(「ば、バレておる……この少女、よく見ておるのお」)
だが、一方で無砂糖は、みやこが憎悪に囚われながらも即座に視線の向きを把握し、指摘する冷静さを失っていないことにも気づく。
(「本来は冷静な少女のようじゃ。それならお話できる余地はありそうじゃの」)
無砂糖はそっとみやこの顔の高さまで視点を合わせるようにしゃがみ込み、話す。
「じゃが、その前にちょいとわしらとお話しようぞ」
「え?」
「おぬし、悩みがあろう? 仙人じゃからお見通しじゃが!」
「……」
みやこが沈黙している間に、エアリィが切り出す。
(「本当は名乗ってからのほうがいいだろうけど、今はお話を続ける時だね」)
「……単刀直入に聞くね。その表情、そして、ちらっと見えるアザとか。ただの打ち身とかじゃないよね」
思わず傷を隠そうとするみやこを見て、エアリィはさらに追究する。
「なにがあったか、教えて?」
「然り。それは言の葉に乗せねば意味がない……わしとお嬢ちゃんたちで全部聞いてあげるから、今この場でその全て吐き出してみるがよい」
「……聞いてくれるのね」
無砂糖にも促され、ようやくみやこは軽く頷いた。
(「これで少しはスッキリして、思いとどまってくれれば良いのじゃがのお」)
そう、無砂糖が思っている間に、エアリィとシアニはみやこに自己紹介をしていた。
「自己紹介が遅れてごめんね。あたしはエアリィっていうよ」
「あたしはシアニっていうんだ。少しだけ、その怪我を治させてくれないかな」
そう言いながら、シアニは人差し指の先から妖精を召喚する。
「なんか、不思議ねあなたたち」
「気になる? だったら妖精さん、彼女の傷を癒してあげて」
「お願い」
少しでも興味を惹けたと判断し、シアニは妖精さんたちにみやこの傷を癒すようお願いする。
妖精さんたちも、わかったよー、と言いながらくるくるみやこの周囲をまわり、傷を癒し始めた。
●
シアニの妖精さんに傷を癒されながら、みやこは少しずつ話し始める。
「私ね……友達にいじめられているの」
そのきっかけは、友達の些細とはいえ良からぬ行為を、みやこがそれとなく注意したこと。
しかし、それがきっかけで友達とは仲違いし、無視されるようになり――。
「――気づけばグループSNSからも追放されていて、クラス……いえ、学年の誰もが私を避けるようになっていた」
同級生のコミュニティからひとり弾かれ、如何なる場合でも無視され続けている……そう、みやこが零す。
それを聞いたシアニとエアリィが思わず口を挟もうとするが、無砂糖がそれとなく止めた。
「今はみやこの話を聞くのに集中するのじゃ」
「う、うん」
シアニとエアリィはぐっとこらえながら、みやこの話に耳を傾ける。
――無砂糖が試みているのは、『傾聴』というテクニック。
言葉を挟まずに相手の話にしっかりと耳を傾け、注意深く聞き取ることで、相手の感情や欲求、そして要望を汲み取るテクニックだ。
無砂糖たちが口を挟まぬと気づいたか、みやこはぽつぽつ話し続ける。
「それでも、私は私のしたことが間違っているとは思わなかったから、耐えていた」
だが、そんなみやこの態度が、首謀者たる生徒たちにとっては気に食わなかったのか、とうとうみやこを屈服させるべく暴力に訴えるようになったという。
「そこまで来てようやく先生たちも気づいてくれたけど、みんなSNSで口裏を合わせているみたいで、なかなか話を聞き出せていないみたいで」
(「そうじゃろうなあ……|閉鎖的な空間《クローズドなSNS》に教員たちが入り込むのは難しいじゃろうし」)
『閉鎖的な空間』の主導権が生徒側にある以上、教員が入り込める余地はほぼないだろう、と無砂糖は思う。
「もう、私は……限界だった。諦めるしかないのか、って」
声を絞り出すみやこに、シアニがあえて口を挟む。
「きっと……あなたも許せない人がいるんだよね」
「ええ、先生の前では良い子ぶりながら、その裏で私を屈服させようと暴力に訴えるクラスメイト達……許せないわ」
共感するシアニの言葉にそう漏らすみやこの瞳に、ゆらりと憎悪の炎が揺らめく。
――思春期の少年少女の心は、些細なきっかけで移ろい、惑うもの。
ゆえに、道を踏み外しそうになる者もいれば、ほんの少しの芯の強さで踏み外さず留まる者もいる。
おそらく、みやこは後者……芯が強い故踏みとどまれた者なのだろう。
それゆえに、みやこはほんの少しの正義感から、友達の行為を注意したのだが、それが友達と思っていた生徒の癇に障り――少しずつ無視されるようになっていった。
その中には、同調圧力からやむを得ずみやこを無視している生徒もいるかもしれないが、追い詰められたみやこにはわからないはずだ。
「私の話はこれで終わり。聞いてくれてありがとう」
「どうじゃ? 少しはスッキリしたかの?」
無砂糖に問われ、みやこはこくり、と頷く。
その瞳からは、憎悪が少し、薄れたようにも見えた。
「それなら、わしの仕事はここまでじゃ。今度はシアニとエアリィが話す番じゃぞ」
「無砂糖さん、ありがとう!」
「なぁに、わしはできることをしたまでじゃ」
無砂糖がシアニとエアリィに場を譲り、少しだけ後方に下がる。
「それじゃあ、今度はあたしたちの話を聞いてくれるかな」
代わりに前に出たシアニが、みやこに話しかける。
みやこもまた、話を聞いてくれたから、と小声でつぶやきつつこくりと頷いていた。
●
シアニは以前突入した融合ダンジョンで見聞きしたことを、全てみやこに話す。
――ある日突然、学校内がダンジョンへと変貌したこと。
――そのダンジョンに、憎悪と殺意に囚われた化け物がいたこと。
――その化け物の正体は……何らかの理由で虐げられていた生徒の可能性が高いこと。
――そして、化け物の狙いは……己を虐げていた悪人だったこと。
それら全てを、みやこは一切口を挟まず、聞いていた。
全てを話した上で、あえてシアニはみやこに問う。
「……どう? あなたは、許せない人の命を奪いたい? その為なら自分がどうなっても構わない?」
「……」
みやこは何も答えないが、拒絶しているようにも見えない。
(「おそらく、迷っているんだね」)
――実際のところ、「迷う」までに至らせたのは、傾聴の効果だ。
もし、誰も足止めせず、いきなり融合ダンジョンの話を切り出していたら、昏い感情に囚われたままのみやこは迷わず「構わない」と答え、シアニとエアリィの手を振り切っていただろう。
だが、サンがパッションで足止めし、無砂糖が傾聴の姿勢を見せ、シアニとエアリィも無砂糖と共に聞き手に回ったことが、みやこに考える――言い換えれば「迷う」時間を与えていた。
迷っている様子のみやこを見て、シアニはか細い声で零す。
「あたしはやだよ。痛かったよね、怖かったよね? そんな辛い想いをしてきたあなたが化け物になるなんて、嫌……」
「……!!」
『化け物』という言葉に思わず息を呑むみやこに、エアリィが昇降口の奥――すなわちダンジョンを指差しながら告げた。
「正直に言うね。ここから先は、違う世界につながっているよ」
「え……?」
「もしかしたら、戻ってこれないかもしれない。シアニさんの言う通り……化け物になってしまうかもしれない」
「戻って、これない……?」
衝撃だったのか、鸚鵡返しのようにエアリィに問うみやこ。
――確実に、みやこの憎悪は揺らいでいる。
そう見たエアリィは、さらに畳みかけた。
「それでもっていうのなら……あたしもついていくから。ダメって言われてもついていくから」
「……いいえ、大丈夫」
みやこは軽く首を振り、顔を上げる。
その視線が捉えているのは――ダンジョンと化した校舎内。
「そもそも、学校の中があのように変わっていること自体がおかしいから――今はやめておくわ」
どうやら、状況に対し疑問を持ったのか、みやこはダンジョン行きを思いとどまったようだ。
その様子を見て、エアリィと無砂糖が安堵の息をつき、シアニはさらにみやこに話す。
「思い止まってくれるなら、任せて。あたし達がどうにかしてみせる」
「どうにか、って?」
「ふふ、いくつか作戦は考えてあるんだ。念話で怖がらせたり、小型録音機で証拠を押さえたり」
だから、とシアニはみやこに微笑みかける。
「戦い方、一緒に考えよ? 絶対あなたを一人にしないから」
――お願い、あなたを助けさせて。
あの悲劇を繰り返させないとの想いを籠めて、シアニはみやこに呼びかける。
「……ありがとう」
みやこも憎悪の色がかなり薄まった瞳でシアニ達を見つめながら、話を聞き、共感し、その上で止めてくれた√能力者たちに向け、感謝の言葉を口にしていた。
●
融合ダンジョンに誘われようとしていた一般人、谷内・みやこは、中村・無砂糖やエアリィ・ウィンディア、そしてシアニ・レンツィの説得に応じ、融合ダンジョン行きを思い留まる。
その様子を少し離れて見守っていたヴォルフガング・ローゼンクロイツ(螺旋の錬金術師|『万物回天』《オムニア・レヴェルシオー》・h02692)は、今こそ自分の技術者としての力が必要になるのでは? と感じていた。
(「俺は技術者だから、説得はできんが、別の解決方法は示せる」)
「解決する方法はある。要はいじめの証拠が必要なんだろ? 俺が力になろう」
みやこの周囲の大人が動けぬ事情を察したヴォルフガングは、証拠集めのための協力を申し出る。
「本当に、できるの?」
「ああ、任せておけ」
思わぬ申し出に驚くみやこを前に、ヴォルフガングは魔導電脳籠手『万物流転』を起動し、画面を空中に投影しながら頷いた。
みやこたちの学校の生徒が集まるグループSNSは、この中学校の生徒しか招待されない、クローズドなSNS。
教師も存在は把握しているものの、招待は決してされないらしく、完全に生徒だけの世界だ。
だが、如何にクローズドであっても、URLが判明すれば――潜入のチャンスは生じる。
「君をいじめている生徒たちのSNSアカウントを教えてもらえないか」
「ええ、これよ」
ヴォルフガングは、みやこからSNSのURLと複数のSNSアカウントを教えてもらい、さらに√能力でハッキング能力を上げた上でSNSにハッキングを仕掛け、パスワードを探り始める。
やがて、SNSアカウントのパスワードを突き止めたヴォルフガングは、そのままSNSにログインし、SNSの会話ログに目を通し始めた。
ヴォルフガングが睨んだ通り、会話にはみやこへの悪口が溢れかえっている。
中には――みやこの腕や腿につけられた青痣の写真を載せている者もいた。
(「これはグロいな……」)
SNS全体に満ちる悪意の数々に、ヴォルフガングも思わず眉を顰めるが、同時にみやこへのいじめを煽動しているのが、みやこに教えてもらったSNSアカウントの持ち主だけだと気づく。
加害者の声をサンプリングし再現するつもりでいたが、今はそこまでせずとも、ここに並んでいる発言や写真だけで、みやこに対するいじめの『動かぬ証拠』としては十分過ぎるだろう。
ヴォルフガングは可能な限りログと写真をUSBメモリーなどに収め、己の痕跡を出来るだけ消去しログアウトした。
(「あとはこの証拠を、学校に突き出せば――」)
そこまで考えて、ふとヴォルフガングの目に、ダンジョンの入口と化した昇降口が目に入った。
(「――いや、学校がダンジョンと化しているなら、今すぐに突き出すのは無理か」)
校内への別の出入り口を探すか、校外に出て街中で学校関係者を探しだせば、その場で突き出せそうではあるが、事を終えて昇降口に戻る頃にはダンジョンの入口は閉ざされている可能性もある。
――今、√能力者が優先すべきは、融合ダンジョン事件の解決。
だからヴォルフガングは、みやこにログを保存したUSBメモリーを渡し、こう告げた。
「これを持っておけ。いつか君の力になるはずだ」
「……本当に、いいの?」
「ああ。できればクラウド等にもバックアップをしておけ」
それに、と前置きした上で、ヴォルフガングはさらに告げる。
「親御さんの協力は必要だが、SNS側に情報開示を求めて民事裁判で戦う方法もある」
もちろん、この方法はあくまでもひとつの戦い方であり、実際にこの情報を利用するかどうかはみやこと彼女の両親次第にはなるが。
「解決の道は必ずある。諦めるな」
「……ありがとう」
ヴォルフガングに励まされたみやこは、USBメモリーを手に礼をする。
その瞳からは、宿っていた憎悪の色は殆ど消えていた。
第2章 冒険 『融合ダンジョンの探索』
●√EDEN:三重県某所――とある中学校、昇降口付近
融合ダンジョンに向かおうとしていた少女、谷内・みやこにダンジョン行きを諦めさせた√能力者たちは、彼女が学校を出るのを見届けてから、再び昇降口を観察する。
先程はみやこに気を取られていたゆえ、気づけなかったが、どうやら学校の昇降口が異世界への入口となっており、√ドラゴンファンタジーのダンジョンと繋がっているようだ。
つまり、この先は校舎内の見取り図を用意していたとしても、おそらく当てにはならないだろう。
それでも、今は行くしかないと腹をくくった√能力者たちは、意を決しダンジョンに足を踏み入れた。
●√ドラゴンファンタジー:三重県某所――融合ダンジョン
ダンジョンに足を踏み入れると、周囲の風景と空気が一変した。
踏みしめた地面や周囲の壁、そして天井は全て、どこか無機質な印象を与えるコンクリートから、所々苔むした土へと変化していた。
ダンジョンの入口から奥に伸びる道は、所々脇道があるものの、少しずつ下っていっているようで、途中から闇に包まれている。
そして、ダンジョンの中には様々なモンスターが蠢いているが、その中にひとつ、明確にダンジョンを徘徊していると思われる強力なモンスターの気配が混ざっていた。
――さて。
この先は事前の情報がほとんどない、未知の空間となっている。
ここが本当に√ドラゴンファンタジーのダンジョンであれば、おそらく最奥部にはダンジョンのボスがいるだろう。
ならば、ダンジョン内を徘徊するモンスターを排除し、あるいはうまく避けるかして最奥部まで辿り着けば、ボスと対峙できるはずだ。
……もっとも、ボスがこのダンジョンについて何か情報を齎してくれる保証はないのだが。
あるいは、最奥部を目指さず、このダンジョン自体を調査しても良いだろう。
入口からでも小部屋に通じている脇道が複数確認できるが、脇道の奥に何があるかは入ってみないとわからない。
だが、数々のモンスターの気配の中に強力なモンスターの気配が混ざっている以上、調べられるのは強力なモンスターに遭遇するまでになるだろう。
限られた時間で如何に調査し、情報を得るかがカギとなりそうだ。
ボスと接触すべく、一直線に最奥部を目指すか。
あるいは、ダンジョンの情報を得るべく、調査を行うか。
――選択は、√能力者たちに委ねられた。
※マスターより補足
第2章では、「ダンジョンの調査(WIZ)」か「調査を放棄し最奥部を目指す(POW/SPD)」かの二択となります。
どちらの行動方針を選んでも3章はボス戦になりますが、全員最奥部に辿り着けたか否かでボスの性質が変わりますので、皆様の目的に応じて選択いただけますと幸いです。
○「ダンジョンの調査」を選んだ場合
最奥部を目指すのを諦める代わりに、ダンジョンの調査を行う事ができます。
あれもこれもと調べるのではなく、調べたい内容を絞って調査するほうが情報は得られやすいですが、調査内容によっては全く情報が出ない場合もあります。
ただし、調査を行った場合、最奥部に到達する前に強力なモンスターに発見されるため、最奥部へは向かえません。
○「調査を放棄し最奥部を目指す」場合
ダンジョンの調査は行わず、モンスターを排除するか戦闘を避けるかして、ダンジョンの最奥部を目指すこともできます。無事に最奥部に辿り着けた場合、3章はこのダンジョンのボスとの戦闘となります。
なお、最奥部に向かう途中で少しでも調査を行った場合は、かなりの確率で途中で強力なモンスターに発見され、最奥部に辿り着けなかったと判定します。ご了承ください。
参加者間の相談が必要な場合は、一言雑談をご利用ください。
――それでは、皆様にとっての最善の結果を求めて。
●
√EDENの中学校のそばを、暁・千翼(幻狼の騎士・h00266)が通りがかる。
「……ん?」
ふと、千翼が中学校の校舎を見てみると、昇降口の奥が√ドラゴンファンタジーのダンジョンに変化していることに気が付いた。
「ああ、噂の融合ダンジョン、かな?」
ダンジョンの散策動画投稿を主に行う投稿者としての顔を持つ千翼にとって、突然√EDENの建物に融合するかのように現れた√ドラゴンファンタジーのダンジョンは、またとない散策対象。
早速探索と意気込みつつ、千翼はこの中学校の生徒らしき少女とすれ違いながら昇降口付近に向かった。
昇降口の付近には、少女を説得し、ダンジョン行きを思い留まらせたと思われる√能力者たちが、今後の方針を話し合っている。
どうやら、√能力者たちは途中でダンジョンの調査を行わず、一直線に最奥部へ向かう方針らしい。
「それなら、僕は先に安全な道を調べて来ようかな?」
これも何かの縁だろうから、と呟きながら。
千翼は探索向けジャケットを確りと着込み、撮影用カメラを手に、一足先にダンジョンに突入した。
ダンジョンの内部は、思ったより薄暗く、どこか陰鬱な空気が漂っている。
先に進むに連れ、幾度となくモンスターと遭遇するが、千翼は冒険者学園で学んだ知識と動画撮影のために何度もダンジョンに出入りした経験をもとに、モンスターをやり過ごしながら安全な道を探っていった。
(「このダンジョンは、見た目も構造も、まごうことなき√ドラゴンファンタジーのダンジョンだよね」)
――ではなぜ、ダンジョンの入口が√EDENの建物の入口と繋がってしまったのか?
(「正直、謎は多いけど、解き明かすのは他の√能力者に任せた方がよさそうかな?」)
――だから今は、先に進む道を開拓しよう。
そう、自分に言い聞かせながら。
千翼はカメラを回しつつ、安全と思われる経路に目印をつけていった。
●
「よかった……今度は助けられた……」
融合ダンジョン行きを思い留まり、校庭を横切り帰路につく谷内・みやこの後ろ姿を見送りながら、シアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》・h02503)はほっと一息ついていた。
「……なんて安堵してる場合じゃないよね」
だが、一息ついた後には、すぐに表情を引き締め、気合を入れ直している。
――シアニの心の片隅を支配するのは、怪しい影への怒り。
(「あの影、ダンジョンに入ったら振り返りもしなかった」)
――いじめを受け、弱ってる心を煽るだけ煽り、誘うだけ誘い。
(「1度誘いに乗ったら、あとはもうどうでもいい存在だと思ってるんだ」)
「あの子はきっとあなたを信じて手を取ったんだよ? ……許せない」
「うん、そうだよね」
シアニの怒りの矛先を察し、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)も頷く。
一瞬、陰鬱な空気が支配しかけるが、すぐにエアリィがぐっと拳を握り込み、元気に宣言した。
「さぁ、それじゃこのダンジョンの奥にいる敵をぶっ飛ばしに行こうかっ!」
「エアリィ先輩、そうだね!」
「中も気になるけど、調べたいことが思いつかないから……とりあえずぶっ飛ばすっ!!」
「うん!」
ふたりを始めとする√能力者たちの方針は、『調査を放棄し最奥部を目指す』で一致している。
ならば、一刻も早く最奥部へ到達すべきと心を決めたふたりは、いざ行かんとダンジョンへと足を踏み入れた。
●
ダンジョンに入った瞬間、コンクリートの無機質な壁や天井から苔むした土のそれへと変化する。
一応、最低限の灯りはあるらしく、移動に支障はないが、奥に行けば行くほど闇が濃くなっていた。
(「そういえば、車でダンジョンに入るって聞こえて来たけど、車だとこのダンジョンでは身動き取れないよね?」)
――それ以前に、車に乗ったままでは√EDENから√ドラゴンファンタジーには移動出来ないのでは?
そんな疑問を抱えつつ、シアニとエアリィは安全な道を探りつつ、いかにも最奥部に続いているであろう緩やかな坂を下っていく。
今のところ、モンスターには遭遇していないが、いつどこで遭遇してもおかしくないし、最奥部に向かうのにあまり時間もかけていられない。
「ダッシュで駆け抜けるけど……速度を出すなら普通にしてたらだめだよね?」
「ボスのもとへ向かうなら、そうなるかな……」
「それならっ!! 『世界を司る六界の精霊達よ、あたしに力を……。精霊達とのコンビネーション、じっくり味わってねっ!』」
エアリィは素早く詠唱を終え、√能力【|六芒星増幅術精霊斬《ヘキサドライブ・ブースト・スラッシュ》】を起動し、火・水・風・土・光・闇の精霊達の力を自身に纏う。
纏っている間は攻撃手段を得るが、今回は移動速度の上昇が目的だ。
「これなら、素早く行けるっ!!」
六属性の精霊の加護を得たエアリィは、移動速度3倍の状態で走り出す。
「あ、エアリィ先輩待って!!」
シアニが呼び止めるも既に遅く、あっという間にその後姿を見失ってしまった。
移動速度が3倍となると、シアニが全力で走ったとしても追いつけない。
止む無くシアニは、妖精さん達を召喚すると、行く手に耳を澄まし、時には野生の勘を働かせて敵の気配を避けながら、ボスの大きな気配がしそうな方向へと歩き出した。
時に妖精さん達に安全なルートを探索させつつ歩いていると、壁に真新しい目印が描かれていることに気づく。
目印をよく観察してみると、安全そうな道を指し示しているように見えた。
「そういえば、先にダンジョン探索に向かった冒険者さんがいたけど、その人がつけてくれたのかな?」
先行してくれた√能力者に感謝を捧げながら、シアニは目印に従い、歩いて行く。
目印と異なる方向からは、モンスターの濃い気配が漂ってきていた。
シアニが慎重に進んでいる間に、エアリィは残像を生み出しつつ、奥へ奥へと走る。
そんなエアリィの行く手を、悪意に満ちた黒犬の妖精のようなモンスターが遮った。
「グゥルルルルルル……」
モンスターはエアリィを侵入者と見做したか、喉を鳴らし、飛び掛かろうとする。
避けるべきか、あるいは撃退するか。
だが、エアリィの決断は早かった。
「邪魔するならずんばらりんっ!!」
――ザクッ!!
エアリィは複合魔力を束ねた六芒星精霊収束斬で、ざくっとモンスターを斬り捨てる。
真正面から攻撃を受けたモンスターは、六属性を束ねた一撃で両断され、消滅した。
モンスターの消滅を確かめることなく、エアリィはそのまま一気に走り抜ける。
「エアリィ先輩の声だ!!」
その声を聞きつけたか、シアニも妖精さんを先行させながらエアリィに追いつこうと走った。
道中、モンスターが襲ってこないか心配だったが、エアリィが片っ端からずんばらりんとモンスターを斬り捨てているのか、全くその様子はない。
(「本当は安全な道を探りながらのつもりだったけど、思ったより敵が多いね」)
何体目かのモンスターを収束斬で斬り捨てたエアリィは、ふと足を止め首を傾げる。
――おそらく、最奥部に近づいているのだろうか。
「それなら、むしろ勢いよく突撃しつつ斬り捨てて行けば、後続の安全も確保できるか」
そう考え直したエアリィは、道すがらモンスターを斬り捨てつつ、どんどん先へと進んでいった。
●
やがて、ふたりの行く手に、丈夫な木製の扉が現れる。
「ここが最奥部のようだね」
「いこう!」
ふたりは顔を見合わせ頷き合うと、勢いよく扉を開け放ち、中へと駆け込んだ。
「おまたせっ! このダンジョンを攻略しに来たよっ!!」
エアリィの元気な声に反応したか、扉の奥にいたモンスターがのそり、と振り向く。
(「あの怪しい影はいない、か」)
シアニもまた、妖精さんをいったん戻しながら、警戒心を強める。
ふたりの目の前にいたのは――いかにも謎かけをしてきそうなモンスターだった。
第3章 ボス戦 『『アンドロスフィンクス』』
●√ドラゴンファンタジー:三重県某所――融合ダンジョン、最奥部
ダンジョン最奥部の部屋に入った√能力者たちの目に、1体の強そうなモンスターが目に入る。
そのモンスターは、蜘蛛の足を持つスフィンクスのような見た目をしていた。
「おや……少々意外な来客のようですね。てっきり私の部下に食いちぎられるか斬り捨てられると思っていたのですが」
モンスターは蜘蛛足を操りながら、闖入者たる√能力者たちに向き直り、にぃと笑う。
「ですが、ここまで辿り着かれた以上、私は全力でお前達を屠らねばなりません」
ならば、と僅かに蜘蛛足を上げながら、モンスターは√能力者たちに宣言する。
「お前達を絡め取り、麻痺させゆっくりと屠った後、使命をゆるりと果たさせてもらうとしましょう」
口角を吊り上げ、はっきりと抹殺すると告げながら。
このダンジョンのボス『アンドロスフィンクス』は、蜘蛛足を大きく振り上げながら√能力者たちに襲い掛かった。
※マスターより補足
第3章はボス戦、『アンドロスフィンクス』との戦闘です。
説得はできませんので、撃破一択となります。強敵ですので全力で相対してください。
この章では、会話しつつ情報収集を試みることも可能です。
ですが、会話に力を入れすぎると戦闘が疎かになりやすいため、戦闘と会話のバランスには気を配った方がいいでしょう。
また、全ての質問に答えてくれるとは限らないため、場合によっては全く情報を得られない可能性もあります。会話を試みる際は、空振りの可能性を承知いただいた上での挑戦をお願いします。
ちなみに、時々謎かけのような言葉を吐くかもしれませんが、ほぼ意味も正解もないので、謎かけ対策はしなくても大丈夫です。
――それでは、最善の結果を目指して。
●
ダンジョンの最奥部のボス部屋に辿り着いた√能力者たちが、ダンジョンのボスである『アンドロスフィンクス』に襲われる直前、サン・アスペラ(ぶらり殴り旅・h07235)が勢いよく部屋に駆け込んできた。
「やっと追い付いた! ごめんね!!」
(「といっても入口で何が起こっていたかは絶対言えないけど!!」)
ダンジョンの入口で予想外のアクシデントに見舞われた後、徒歩で突入し一気にダンジョンを駆けて来たにも関わらず、サンの息はほとんど上がっていない。
「あら、闖入者がまだいるようね」
「屠れるものなら屠ってみなよ!」
開口一番、サンは両の拳を握り締めながらアンドロスフィンクスの懐に飛び込む。
己が能力を底上げし、二度拳を叩き込もうとしたその時、鋭い蜘蛛足が思いっきり振り上げられた。
「それを待ってた!!」
サンは右拳で鋭い蜘蛛足を牽制しつつ、左手から緋環拳のワイヤーを放ち蜘蛛足の1本に巻きつかせる。
ワイヤーにほんの少し、アンドロスフィンクスが気を取られた隙に、サンは右拳を地につけた蜘蛛足のうちの1本に叩き込んだ。
拳の先が淡く光り、脚に弱点と化す刻印が付与される。
これで蜘蛛足による近接攻撃も無効化、とサンが確信した、その時。
――ザクッ!!!
振り下ろされた鋭い蜘蛛足が、サンの右の二の腕を深く斬り裂いた。
「……っ!!」
オーラで軽減されたとはいえ、二の腕に走る激痛に、サンは驚愕の色を隠せない。
(「噓でしょ!? 敵の√能力が無効化されていない!?」)
「これはこれはまた、珍しい術の使い手だこと」
驚くサンに、アンドロスフィンクスは脚の刻印を眺めつつ、骨折した脚をぶらぶらと揺らしながら嗤いかける。
サンも痛みを我慢しながら後退し、無理やり笑みを浮かべながら言い放った。
「その刻印、なんだと思う? 気になるよね?」
「さあ、どうでしょうね?」
「私の質問に答えたら教えてあげるよ。どうやって√EDENの建物と√ドラゴンファンタジーのダンジョンを融合させたの?」
サンの質問に対し、アンドロスフィンクスは微笑むだけ。
(「もともと、この問いに答えてくれるかどうかは分からなかったけど」)
知らない、というわけではないだろう。
だが、それだけで教えてくれる気はなさそうだ。
――なら。
「刻印については教えてあげよう!」
サンは再度ダッシュし、刻印を付与した脚を左拳で思いっきり殴り飛ばす。
ガン! と鉄を殴ったような音と共に、脚が激しく揺れたが、アンドロスフィンクスは顔色ひとつ変えることなくサンに告げた。
「――刻印が弱点を付与するものだとは、とっくに気づいておりましたわよ」
(「殴られたら気づくとは思っていたけど、先に刻印の正体を見破られていた!?」)
驚愕のいろを隠せぬままバックステップで後退するサンに向け、アンドロスフィンクスはさらに告げる。
「刻印が弱点となる――その程度の情報が、あなたからの質問の対価になるとでも?」
情報を求めるなら、それに応じた対価を提供するか、相手が話したくなるような材料を提示しろ、ということなのだろう。
(「これは、情報を引き出すのも一筋縄ではいかなそうだね」)
敵に告げられた一言に、この後如何に情報を引き出そうかと必死に思案するサンを前に。
アンドロスフィンクスは骨折した脚を揺らしながら、√能力者たちの次の一手を静かに微笑みながら待ち受けている……。
●
「さて、俺からもいくつか質問をさせてもらおうか」
妹分のサン・アスペラが思案しているのを見て、ヴォルフガング・ローゼンクロイツ(螺旋の錬金術師|『万物回天』《オムニア・レヴェルシオー》・h02692)が前に進み出る。
(「とはいえ、まともに返答するとも限らないのは想定の内だからな」)
こそりとある秘儀を用いて己が速度を2倍に引き上げ、なおかつ思考と記憶を読めるようにしておいた上で、ヴォルフガングは用意していた質問をアンドロスフィンクスに投げかけた。
「単刀直入に聞く。√EDENの校舎と√ドラゴンファンタジーのダンジョンを融合させたのはお前か?」
「さて、どうでしょう?」
「黒幕がいるのか? 何が目的だ?」
「私が口にするとでも?」
「生徒達が誘いに乗ったらどうするつもりだった?」
「それは実際に見た方が早かったでしょうね?」
矢継ぎ早に質問するヴォルフガングに、アンドロスフィンクスは口端に薄く笑みを浮かべながらのらりくらりと言い逃れる。
勿論、まともな答えが得られないのは最初から予想済みゆえ、ヴォルフガングは秘儀を発動させた上で言葉で思考を誘い、記憶と共に読もうとしたのだが――。
(「――思考そのものも意味のない謎かけばかりだな。これではまともに読めないか」)
おそらく、ヴォルフガングの知りたい答えは、無数の意味を成さぬ謎かけの海のどこかに潜んでいるのだろう。
(「質問内容をひとつに絞れば、思考の中から答えを探し出せたかもしれないが、仕方ないか」)
「では、私から……」
「謎かけに付き合う気はない。大して意味もないだろう?」
質問はここまで、と口にする代わりに、ヴォルフガングは魔導機巧錬成剣『終極淵源』を構え、柄に内蔵した魔導装置を起動する。
(『餓狼の牙は肉体を喰らい、魂の煤すらをも食らう。満ちるまで錬喰せよ、ヴォルフラムス・フラス!』)
ヴォルフガングが小声で起動の詠唱を終えると同時に、『終極淵源』の柄から雷が凝縮した刃がすらりと伸びる。
「これはこれは――ッ!?」
刃に興味を持ったか、アンドロスフィンクスが蜘蛛足を操りながら、静かにヴォルフガングに近づいて来た。
アンドロスフィンクスが蜘蛛足を折り曲げ、雷刃に目を近づける。
刹那、ヴォルフガングは、無数の雷が迸る刃を地面と水平に力強く薙いだ。
アンドロスフィンクスも反射的に身を引くが、秘儀で強化された肉体から振るわれる刃はそれより早くモンスターの両眼を潰すかのように両断していた。
「……っ! これでは!!」
目前に稲妻が走ると同時に視界を閉ざされ、狼狽するアンドロスフィンクス。
僅かに身を引いたためか、両眼の完全な切断だけは逃れたが、これではしばらく両眼は使えず、謎かけをしつつヴォルフガングを見つめ麻痺させることもできない。
「さて、此方からも最後に謎かけをしようか」
ヴォルフガングは己が竜漿を触媒に、11体の蒼焔狼と11本の皓氷槍、そして13個の紫影円月輪を錬成しながら、謎かけという名の宣言をする。
「分子運動操作と重力操作を利用した3つの力を同時に喰らったらどうなるか?」
「それは謎かけではないでしょう?」
「――行け!!」
アンドロスフィンクスの答を得るより早く、11体の極熱喰尽の蒼焔狼が熱気を振りまきながらモンスターの捕食を狙い、一斉に飛び掛かった。
目は見えずとも吹き付ける熱気で存在に気づいたか、アンドロスフィンクスも鋭い蜘蛛足を一振りし、蒼焔狼を斬り捨てる。
だが、攻撃に用いた蜘蛛足は、骨折すると同時に蒼き焔に巻かれ、跡形もなく焼失した。
「……ッ! なんて、こと――」
脚を失い狼狽する間もなく、皓氷槍が虚空を斬り裂きながらアンドロスフィンクスの胴を貫き、紫影円月輪が首筋を直撃する。
これが謎かけの答、とアンドロスフィンクスが理解するより早く、紫影円月輪が生み出す超重力場がアンドロスフィンクスを地面に縫い止めるように押しつぶし、時間凍結を伴う絶対零度の氷が地面ごと全身を凍らせていった。
「これなら確実に――」
倒せたはずだ、とヴォルフガングが踵を返そうとしたその時、氷が割れる音が響く。
見れば、アンドロスフィンクスは残った蜘蛛足を懸命に動かし、絶対零度の氷を強引に割りながら自由を取り戻していた。
「――とはまでいかなかったか。ボスだからか?」
しぶといダンジョンのボスを目にしながら、ふといじめと戦うための|情報《武器》を渡した少女のことを思う。
(「みやこはどうするかな。彼女自身が決めることだが」)
この後、彼女自身が自身の選択で自由と尊厳を守ることを願いながら。
ヴォルフガングは確実にアンドロスフィンクスを追い詰めるべく、再度雷刃を錬成し斬りかかった。
●
ヴォルフガング・ローゼンクロイツが雷刃で斬りつけ後退するのに合わせ、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)とシアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》・h02503)が前に出る。
「ふふ、あなたの配下は、あたしがずんばらりんっ! ってしてきたよ。だから、今度はあなたの番だからっ!」
「あらあら。威勢のいいこと」
目を細めて出迎えるアンドロスフィンクスに、エアリィは遠慮なく左手の精霊銃の銃口を突き付ける。
一方、シアニは神妙な表情をしながら、口を開いた。
「前の事件ではさ、ゴブリンにされちゃった子にあたし何もしてあげられなかったんだ」
シアニの脳裏を巡るのは――以前の融合ダンジョン事件で邂逅した、憎悪と殺意を滾らせたゴブリンの存在。
――どんな辛い日々を過ごしてたんだろう。
――騙されて何をされたんだろう。
シアニが想いを巡らせても、ゴブリンにされた彼が如何なる日々を送っていたかは知る術がない。
ただ、彼を|騙した《・・・》のが誰かは……今回の事件全般を通し判明した。
「へぇ、そうなの」
シアニの後悔を耳にしても、アンドロスフィンクスはただ嗤うだけ。
もちろん、シアニもこの話でアンドロスフィンクスの心を揺らがせるとは思っていない。
「……あなたに言っても仕方ないけどさ。もう、苦しい心を利用される人を増やしたくないんだ」
――だから
「今は止めるよ」
シアニが決意を口にし、愛用のハンマーをぎゅっと握り締めるのに合わせて、エアリィも精霊銃の引金に指をかけた。
●
エアリィが精霊銃を乱射しながら牽制するのに合わせ、シアニがハンマーを振り回し、アンドロスフィンクスの脚を怪力任せにぶっ叩いて行く。
力任せの一撃を受け、アンドロスフィンクスが僅かによろめいたのを見て、エアリィが右手の精霊剣を一閃し、脚に少しずつ傷を増やしていった。
シアニもまた、ひたすらハンマーを振り回し、脚を中心に攻め立てる。
先にサンとヴォルフガングを相手に屍、既にかなり体力を削られていたアンドロスフィンクスが息を荒げるのを見て、エアリィが精霊剣で斬りつけながら質問した。
「ところで……ジェヴォーダンも結構雑な計画たてるんだね」
――『龍の悪魔』ジェヴォーダン。
それは、各地の融合ダンジョンを回り、探索して来たエアリィが掴んだ、黒幕の名。
だが、アンドロスフィンクスは、その名を聞いても薄く笑うだけ。
「雑、ですか」
「だって、戦力が欲しいなら、直接人を攫ってモンスターにすればいいのに。わざわざまどろっこいいことしない方が効率が良くない?」
(「それか、憎悪が必要な何かがあるのかもしれないけど……」)
エアリィの的確とも言える指摘に、しかしアンドロスフィンクスは薄く笑うのみ。
「ふふふ、ただの戦力ならば、その通りよ。そして、そのようにしているじゃない」
「その通り?」
「ええ。この地で戦力を整え、√EDENに向かう。順番通りじゃない?」
今さら何を聞くのか、と言わんばかりに、アンドロスフィンクスは小首を傾げながらエアリィに言の葉を投げかける。
問いかけが的外れだからだろうか?
――否。
|言っていることが、あまりにも正し過ぎるから《・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・》、このような反応しかできないのだろう。
(「確かに、√EDENに侵攻する方法として『ダンジョンを融合させる』という手順は手間がかかっているように見えるけど、このくらいの手間はしょうがないのかも?」)
おそらく、√EDENの一般人の扱いは、『ダンジョンを融合させる呼び水』なのだろう、とエアリィが見当をつけたところで、アンドロスフィンクスが急に距離を取った。
「さて、おしゃべりはこのくらいかしら。そろそろ死んでもらうわね」
アンドロスフィンクスはターゲットをシアニに切り替え、勢いよく鋭い蜘蛛足を振り上げる。
「こっち!?」
「その見た目が気に入らないのよ」
|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》のシアニの脳天に向け、アンドロスフィンクスは鋭さを増した蜘蛛足を振り下ろした。
だがシアニは、干渉に合わせて変質する魔力をオーラとして纏いながら、蜘蛛足の振り下ろしをタイミングを合わせてガードし、弾き飛す。
ジャストガードされアンドロスフィンクスも大きく体勢を崩すが、それでも再度蜘蛛足を振り下ろし、シアニの頭から胴を貫こうとした。
蜘蛛足が頭からシアニの纏ったオーラに触れる。
その瞬間、オーラから|蜘蛛足《・・・》が飛び出した。
「!?」
アンドロスフィンクスが驚く間もなく、シアニのオーラから伸びた蜘蛛足がアンドロスフィンクスの胴を貫く。
「が、あっ……!!」
致命とも言える一撃を胴に受け、アンドロスフィンクスが身をよじらせている間に、シアニが己の身体の外に漏れ出ている竜漿魔力を黒い短剣に変形し、蜘蛛足に斬りつけた。
斬りつけた箇所が、魔力でじわりと黒く変色する。
それを見て、シアニはあえて冷たい声音で言い放つように質問した。
「あたしからも質問。あなたの言った使命って、なに?」
「それは愚問ね――あなたたちを倒し、√EDENに侵攻する」
「それを命じた相手の拠点はどこにある? 知らないならあなたの予想を聞かせて」
「さあ、それを話すとでも?」
蜘蛛足で胴を貫かれてもなお、アンドロスフィンクスはのらりくらりと言い逃れている。
その様子からは、饒舌の呪いが効いているようには見えない。
(「呪いを受けたと気づいて、あえて顔にも声にも出さないようにしているのか、それとも口が固いのか……どっちなんだろうな」)
いずれにせよ、引き出せる情報はこの程度が限界だろう。
「あなた達だって嫌がる人の身体を勝手に弄ってきたんだから……許さない!」
「まぁ、なんにせよ……そのたくらみは全部邪魔してあげるよっ!!」
シアニがハンマーを振り上げ、至近距離からアンドロスフィンクスを力いっぱいぶん殴ると同時に、エアリィが牽制も兼ねて精霊銃を乱射する。
「ふふふ、これを避けられるかしら?」
アンドロスフィンクスが薄く笑うと同時に、エアリィの足元から突然蜘蛛の糸が噴き出し、室内全体を覆った。
噴き出した蜘蛛の糸は、見た目の柔らかさとは裏腹に、1本1本が刃のように光っている。
(「触れるだけならさほどダメージはないだろうけど、300回も斬られたらバラバラにされちゃう!!」)
「避けるのが難しいのなら!!」
エアリィは蒼く澄んだオーラを纏い、さらに魔術によるエネルギーバリアで致命的な部位だけ護りながら、高速詠唱で火・水・風・土・光・闇の精霊達の力を纏い、一気に加速する。
「それだけでこの蜘蛛の糸からは逃れられませんわよ?」
「それはどうかな?」
残像を生み出し撹乱しながら、エアリィは精霊銃を乱射し、一気に距離を詰める。
アンドロスフィンクスの目が精霊銃に向いた隙に、エアリィは手のひらに魔力を集め、刃となして一息に振り抜いた。
――斬ッ!!
「ぎゃああああああああああ!!」
六属性を束ねた収束斬に胴をずんばらりんと切断され、アンドロスフィンクスはよろめくように後退する。
その頭上を取るように飛び上がりながら、エアリィは再度【六芒星増幅術精霊斬】を起動する。
アンドロスフィンクスが再度蜘蛛の糸を空中から放ち、エアリィを切り刻もうとするが、それより早くエアリィが空中で回転しながら、再度六属性を束ねた精霊の刃で斬りつける。
――斬ッ!!!
空中から振るわれた収束斬は、アンドロスフィンクスの頭から首にかけて両断する。
「あ、あ……」
問答無用で頭を両断されたアンドロスフィンクスは、何も言葉を残さずその場に頽れ、動きを止めた。
●
シアニとエアリィの目の前で、アンドロスフィンクスの肉体が消滅する。
だが、ダンジョンのボスが倒されたにも関わらず、ダンジョンが消える気配はない。
「……ダンジョンが消える気配がない?」
「まだ融合していなかった、ってことかな?」
おそらく、融合する前に事件を解決した、と考えていいだろう。
「ふぅ、これで行けたようだね。じゃ、帰ろっ」
「そうだね、エアリィ先輩」
エアリィがボス部屋を出るのに合わせ、シアニも踵を返し、部屋を出る。
「『龍の悪魔』……ジェヴォーダン。絶対に捕まえてやる」
部屋を出ざまにシアニが口にした決意の言の葉は、主のいなくなった部屋にいつまでも木霊していた。