シナリオ

異端滅殺! √EDENを守る簒奪者!?

#√ドラゴンファンタジー #√EDEN

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●一騎当千の麗しき襲撃者
 ――グシャッ!
 巨大な|モーニングスター《棘付きハンマー》が強烈に振り下ろされると全身を漆黒の鎧に包んだ男が倒され、そのまま頭部が地面にめり込んでた。
 |聖職者《シスター》を思わせる女がまるで棒切れを拾い上げるように軽々とその巨大ハンマーを持ち上げると男の頭部はもはや原型をとどめておらず、斜面をまるで川のようにおびただしい量の血が流れていく。
「ひ、怯むな! たかが女一人! 囲んで一気に仕留めろ!」
 明らかに腰が引けている指揮官の必死の叱咤で、戦意喪失寸前の騎士団はかろうじて秩序を取り戻すと陣形を組み戦列を敷く。
 しかし――。
「異端者のみなさん、せっかくお越しいただいたのですが……ここで全員排除しますね♪」
 凄惨な光景にそぐわない慈愛に満ちた笑顔と優しい声で全員の処刑を宣告すると女は再びハンマーを構え、まるで美しい舞踏のような動きで振り回したと思うと、周囲を囲む騎士たちが薙ぎ払われ吹き飛んでいく。
 鎧袖一触とはこのことか。全身鎧の騎士だけに。
「安心してください。仲間外れは出しませんから。一人も逃がしませんよ」
 もはや意地とプライドだけで剣を構えて対峙している指揮官らしき騎士を見据えながら、また一人、さきほどまで彼の部下の騎士だった何かがハンマーに叩き潰された。

●ゾディアック・サインの導きのままに
「みんな、集まってくれてありがとう。早速だけど、また√EDENにダンジョンがつながっちゃったみたい」
 集まった√能力者に事件の発生を告げるのは『星詠み』のステラ・グラナート・ウェデマイヤー(|聖火竜の闘士《ケンプファー・フォン・デア・ハイリガーフォイアドラッヘ》・h00134)。
 抜群のスタイルを大胆に魅せる華やかなミスリルアーマーに身を包んだエルフの美少女闘士だ。
 なお『星詠み』とは特殊な√能力者で、十二星座から『ゾディアック・サイン』を得て、将来起こり得る事件や悲劇を予知することができる。
 今回ステラが予知した事件は√EDENのとある山に√ドラゴンファンタジーのダンジョンがつながってしまったというもの。
「現地はもう日が落ちて夜になってるわね。天候は曇り。気温も25度を下回らないから寒さ対策は不要よ」
 山には廃寺があり入り口もその廃寺の本堂につながったそうで、通常の登山に特別な装備も必要なく、いつも通りにダンジョンに突入して破壊してくる……と思いきや、今回はちょっと事情が違うらしい。
「すでに現地では√ドラゴンファンタジーからの簒奪者と何者かが戦闘をしているみたいね」
 √能力者たちから驚きの声が上がる。
 通常、事件は星詠みが予知をし、その対応に出向いた√能力者が簒奪者を撃退する。
 しかし今回は星詠みの要請で出向いた√能力者ではない何者かが簒奪者と戦っているのだ。
「既に山は簒奪者が確保してたけど、その何者かの攻撃で戦闘状態になってるの」
 作戦としてはこうだ。
 攻撃を受けて混乱している敵をかいくぐって本堂に突入、ダンジョンを破壊するというものだ。
 突入に成功すればそのままボスを撃破して作戦は完了。√ドラゴンファンタジーへの退路を断たれた残敵もほどなく掃討できる。
 もし簒奪者に発見された場合は簒奪者と戦闘になる。この場合でも外の簒奪者を撃破した後にやはりボスを撃破して作戦は完了となる。
 誰かが件の何者かについて何か情報はないのかと質問すると。
「よくわからないのよね。ただ『ゾディアック・サイン』はその何者かと共闘の目は無いことを伝えてきてるわ。もし出会ってしまったら、戦って倒すしかないとも」
 もしかしたら自分たちの知らない√EDEN防衛勢力かもという淡い希望もあったが、敵の敵はやっぱり敵のようだ。
「イレギュラーな状況だけど、よろしくお願いね」
 ステラは√能力者たちに予知の内容を伝えると現地へと送り出すのだった。

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第1章 冒険 『立ち入り禁止ダンジョン』


 人里離れた山の中。
 すっかり日は落ちて、あたりは闇に包まれ、目の前にはかつての参道であろう小径が不気味に森に吸い込まれていくように続いている。
 古い資料によると廃寺の本堂は山の中腹あたりにあり、なだらかな坂道が斜面に沿って右へ左へ曲がりくねって本堂へ至るようだ。
 途中にいくつか開けた場所があり、参拝者はそこで小休憩をとったとのこと。
 その他にはこの山からは川が流れており、本堂のそばを通過して麓まで流れているらしい。

 何事もなければ風や虫の音、獣の遠吠え、清流のせせらぎだけがただただ聞こえていたであろうが、今は簒奪者と件の何者かが戦っているのか、ときおり剣戟の音や怒号、爆発音が聞こえてくる。
 月は出ているようだが曇天ということもあり森の中は容易には見通せない。
 さて、どうしたものか。
満塁・一発

 夜の闇の中で鬱蒼と木々が茂る廃寺への参道前に現れたのは、この鬱屈とした雰囲気を吹き飛ばすような鍛え上げられた大胸筋と割れた腹筋をイカした革ジャンから覗かせて、チェーンネックレスにアフロとサングラスという1970年代ファッションで決めた陽気な男、満塁・一発(|逆転!一発男《たたかえイッパツマン》・h04601)だ。
「コソコソするのは好きじゃねェが、美人星詠みの立てた作戦となりゃァ従わざるを得んな!」
 そしてお約束のように女好きで美人に弱かった。
「つってもまァ現場は夜の山らしいし戦闘中だそうだから、そう簡単に見つかりゃしねェだろ、多分」
 それでもデキる男は美人の話をちゃんと聞いている。山中の廃寺に簒奪者に気づかれずにたどり着くこと、簒奪者と何者かが戦闘中であること、現場が夜の山だということはちゃんと把握していた。
 どちらかというと夜の山中で足を滑らせての転倒や崖からの滑落をこそ警戒したほうが良い、アフロに包まれたイッパツ・ブレインはそう判断したのだ。
 しかし|太陽《サン》の出ていない暗い夜道でもトレードマークのサングラスは外さない。たとえ可視光透過率10%未満のサングラスでもだ。
「こいつはオレのトレードマークなんでね!」
 とは本人談。
 これまでもこいつと一緒に様々な修羅場をくぐってきた。今回も何とかなるだろう。
 既に参道に入る前から簒奪者と件の何者かとの戦闘音が山の上のほうから聞こえてくる。
(「音から察するに相当激しい戦いみてェだな!」)
 一発が山を登り始めると激しい戦いが繰り広げられていた証のようにそこかしこに何かで叩き潰されたような騎士の死体が転がっていた。
 さすがに比較的見通しが効く参道を馬鹿正直に進むのはリスクがあるので開けた場所を迂回しながら進むと休憩場所であったであろう空間にも騎士の死体が転がっているのが見て取れる。
 迂回路にも転がっているところを見るに。
「戦況はモーニングスター女の圧倒的優勢みてェだが、この様子だと思ったより戦域も広そうだ……な?」
 ここまで丁寧に倒して回ってるとなると件の何者かの目的は簒奪者の殲滅かもしれない。
 ふとそんなことを考えながら斜面を登っていたら一発は落ちている枝を踏み抜いてしまった。
 ――バキッ!
 静かな暗闇の中でひときわ大きく響いたような気がする。
「何者だ!?」
 そして運悪く近くに誰かがいたのか誰何の声が向けられた。
 近づいてくる足音の金属音から察するに、相手は|騎士《簒奪者》、しかも複数だろう。
(「ここで見つかっちまったら美人星詠みに合わせる顔がねェ」)
 作戦を説明してくれた星詠みの美貌を思い浮かべ、一発は最後の手段に打って出る。
「|ご、ごろにゃ~ご!《猫の鳴き真似》」
 これぞ周囲全員のウソ・デタラメへの抵抗力を下げる一発の√能力【|物事をウヤムヤにする話術《モノゴトヲウヤムヤニスルトーク》】だ!
「なんだ、猫か」
「そんなのに構うな。本堂が危ない。急ぐぞ」
 騎士たちは言うが早いが踵を返して山を登っていく。
(「ふぅ~。なんとか誤魔化せたぜ」)
 急場をしのいだ一発は|騎士《道案内》を追って本堂へと向かうのだった。

エーリカ・メーインヘイム
眞継・正信

「やれやれ、こんな老体に山登りなどさせないで欲しいものだ」
 参道前に立つステッキを手にした老紳士はそうボヤいて参道を進み始めるがその足取りは“老体”とは思えないほどしっかりとしており、山の上方を見つめる眼差しはしっかりと進むべき先を鋭く見据えている。
 それもそのはず、彼――眞継・正信(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)は吸血鬼であり、その身体能力はまったく衰えていないのだ。
 その横には女子高生のような姿をしたエーリカ・メーインヘイム(あなたの帰りを待つ母艦・h06669)がいる。
 夜風に長い黒髪やスカートがなびいている姿は絵になるが、こう見えて実は√ウォーゾーン出身のベルセルクマシンにして今は人類の味方だ。本来は8mもの巨体を誇るが今回は隠密行動ということで160cmの姿で参加している。
「ふむ。夜の山中を敵に見つからずに廃寺の本堂までたどり着けばいいのですよね」
「はい。√EDENを脅かす簒奪者は気になりますけど、星詠みさんはまずは本堂へって言ってましたね」
 作戦を正信が確認するとエーリカがそれを肯定する。
 しかも敵は別の敵に攻撃されている。
「せっかくどこかの誰かが親切に穴をあけてくれたのだから私はそのご厚意にあやからせてもらうとしよう」
 そう呟きつつステッキを手に進む正信の傍らにはいつの間にか灰色の大型犬の姿があった。
「あら、賢そうなワンちゃんですね。どうするんですか?」
「どこかの誰かが敵を倒しながら進んだなら、その道は安全と言えると思うのです。念のため、警戒はしていきますけれども」
 不意に現れた灰色の犬に興味津々なエーリカに正信は本堂までのプランを説明する。
「|Orge《オルジュ》、よろしく頼むよ」
 正信に|Orge《オルジュ》と呼ばれた大型犬は、隠密行動だということを理解しているのか返事を吠えることなく地面の臭いをかぎながら主人とエーリカを案内していく。
「それでしたらわたしもお手伝いしますね」
 今度はエーリカの周囲にいつの間にか小型無人兵器「レギオン」が|遊弋《ゆうよく》し、エーリカの指示を待っている。
「レギオンさんたち、いってらっしゃい!」
 エーリカが心の中で、頑張ってね、とエールを送るとレギオンたちも暗闇の山中に消えていく。
 暗闇の中を|Orge《オルジュ》の後について歩くふたりの視界にはそこかしこに騎士の死体が転がっているのが見て取れた。
「どこかの誰かは相当な手練れのようですね」
 どの死体も一撃で仕留められており、鈍器のようなもので殴打され鎧ごとぺしゃんこだった。
 正信が騎士の死体を確認して“件の何者か”の実力を推し量る。
「いったいどんな人なんでしょう?」
 エーリカが未だ見ぬ騎士たち敵に思いをはせると。
「本堂までたどり着けばきっと会えますよ」
「そうですね!」
 星詠みもよくわからないと言っていたのだ。
 この闇を抜ければその正体が判明するだろう。
 ふたりは敵を警戒しながら死体が続く山中をひたすら上へと登って行った。

第2章 ボス戦 『シスター『ファナ・テイカー』』


 ――グシャッ!
 |巨大なモーニングスター《棘付きハンマー》が強烈に振り下ろされると全身をひときわ豪華な鎧に包んだ指揮官らしき男が倒され、そのまま頭部が地面にめり込んでいた。
 |聖職者《シスター》を思わせる女がまるで棒切れを拾い上げるように軽々とその巨大ハンマーを持ち上げると男の頭部はもはや原型をとどめておらず、斜面をまるで川のようにおびただしい量の血が流れていく。
 その周囲には指揮官が率いていたであろう騎士の死体が幾重にも折り重なっていた。
「あら、新しいお客さんかしら?」
 そう言うと女はハンマーを肩に担いで本堂に現れた√能力者たちに向き直る。
「……みなさん、人間の姿をしていますけど、|ただの“人間”じゃない《異端者》ですね」
 凄惨な光景にそぐわない慈愛に満ちた笑顔と優しい声で|乱入者《√能力者たち》の正体を看破すると女はハンマーをまるで美しい舞踏のような動きで振り回したと思うと、√能力者たちに向かって構える。
「新たな異端者のみなさん、せっかくお越しいただいたのですが……ここで全員排除しますね♪」
 √ドラゴンファンタジーから√EDENに侵入してきた簒奪者はどうやら全員倒されたようだが、目の前にいるこの女は√能力者たちも敵と認定したようだ。
 √能力者たちは星詠みの言葉を思い出す。

「よくわからないのよね。ただ『ゾディアック・サイン』はその何者かと共闘の目は無いことを伝えてきてるわ。もし出会ってしまったら、戦って倒すしかないとも」

 本命のダンジョン破壊をするためにもここでこの女を倒すしかないようだ。
 これ以上の問答は無用とばかりに、変わらぬ笑顔で|聖職者《シスター》は|巨大なモーニングスター《棘付きハンマー》を振り上げた!
眞継・正信

「神の御名において! |楽園《√EDEN》に蔓延る異端に裁きの|鉄槌《ハンマー》を!」
 ――ズドンッ!
 正確に眞継・正信(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)を狙った|聖職者《シスター》の巨大な|モーニングスター《棘付きハンマー》は、しかし正信の老紳士の姿からは想像できない素早いバク転宙返りで躱され文字通り空を切った。いや、叩いたというべきか。
 すぐに間合いを取った正信は目の前の|聖職者《シスター》を冷静に観察する。
(「ふむ……聖職者に見えるが、血に濡れるというのなら然程信仰に篤い者でもなさそうだね」)
 正信の知っている聖職者は『血を流すことを禁じる』戒律がある。だが目の前の聖職者はすでに川のように血を流していた。自分たちを異端と断じて襲ってくるあたり、相手が異端であれば例外と考えるような手合いだろうか。一応、|鈍器《ハンマー》を使っているあたり、信仰を捨てているわけではないのだろう。
 その|鈍器《ハンマー》であるが、明らかに普通の人間が軽々と振り回せるような代物ではない。
(「戦いぶりを見るに、膂力に優れているタイプだろう。こちらも力で応じるのは悪手だ」)
 外見通りの老練さで相手の土俵で勝負する必要はないと判断すると、強力な一撃が武器の相手が苦手とするであろう攻撃を繰り出す。
「闇の翼よ、刃となれ」
 ステッキを左手に持ちつつ中折れ帽に右手を添えて詠唱すれば正信の影から一斉に湧き出すのは視界を埋め尽くすほどの蝙蝠の群れ。
 数百匹はいるであろう蝙蝠は瞬く間に正信の姿を隠すと猛然と|聖職者《シスター》に向かって突進していく。
 突然現れた無数の蝙蝠に襲われたまらず|聖職者《シスター》はハンマーを振り回して何匹かを叩き落とすが残る数百匹が次々と敵に喰らいつく。
 さすがに分が悪いと悟ったか、|聖職者《シスター》は聖水瓶を取り出すと蝙蝠の群れに向かって投げつける。
「聖なる炎よ! 邪悪を焼き払いたまえ!」
 神の奇跡か信仰の力か、聖水瓶が破裂すると猛烈な炎に蝙蝠を巻き込み燃え上がらせていく。
「っ! 聖水……!?」
 よもや外見ばかりの|聖職者《シスター》と思っていた相手が聖水を持ち出したことに正信は驚愕するが。
「この化学製品独特の臭いは……聖水ではなく、手榴弾か。焦らせるな」
 吸血鬼の正信は聖水やニンニクといった吸血鬼の弱点といわれている物に苦手意識があるが、|純粋な現代兵器《焼夷手榴弾》となれば何の問題もない。
 さらに蝙蝠をけしかけ炎を覆っていくと、それでも|聖職者《シスター》はわずかに見える正信の姿と異端の気配を頼りにモーニングスターで強行した。
 しかし完全に見えていた一撃すら躱した正信に当たるはずもなく、またしても虚しく空を切る。
「あららー残念♪ ――がっ!?」
 相変わらずの明るい声で攻撃失敗を残念がるが、次の瞬間、苦悶の呻きが蝙蝠の鳴き声に混じって漏れ聞こえた。
 この視界の悪い中で強行した隙をついて正信が使役する大型犬の死霊|Orge《オルジュ》に、その喉元に喰らいつかせ、えぐらせたのだ。
 とっさに腕で庇ったのか、喉を喰いちぎれはしなかったが、シスター服の首元から赤い染みが広がっていく。
「君には申し訳ないが、刃には刃で応じるまでだ」
 常ならばまずは対話の正信だったが、その暇もなく襲ってくるのであれば相応の対応を返すのだ。

雨夜・憂

 まるでオカルトやホラー映画の一場面のような派手な異能の攻防が繰り広げられた戦場は一転して静まり返り、√能力者たちと|聖職者《シスター》は仕切り直しとばかりにお互いの間合いを測るように対峙していた。
 それぞれが手に持つ獲物が立てるわずかな音や慎重に位置どりを直す静かな戦いで大地を擦る靴音だけが響いていたが、不意に曇り空が積み重なった死者への嘆きのように大地へ涙を降らせ始める。
「あららー? 今日は曇りと聞いていたんですけどねー?」
 先ほどの戦闘で負傷した首元の|ギンプ《Guimpe》を血に染めたまま|聖職者《シスター》はハンマーを手に平常通りの笑顔で、張り詰めた空気の中、おっとりと誰に向けるでもなくよく通る優しい声で降り始めた雨の話を始める。
「やっぱり降ってきたよ。これじゃ帰りに足元がぬかるんで歩きにくくなるね」
 |聖職者《シスター》への返事ともつかぬ呟きは、雨音だけの山中に不思議なほどよく響いた。
「初めまして。警視庁特務課地域警ら隊、警部補の雨夜です。簒奪者の排除協力に感謝します」
 コートを雨に濡らしながら警察官然とした男――雨夜・憂(百鬼斬り・h00096)――はそう名乗ると簒奪者を全て撃破した|聖職者《シスター》に御礼を述べる。
「しかし|市民《√能力者》への暴行はいただけませんね。申し訳ありませんが署までご同行願います」
 警察官としてあくまで容疑者へ任意同行という形式を取るが、星詠みの説明を聞いているのだからこの行為はただの茶番でしかない。あるいは憂もあえて慇懃無礼に振る舞うことを楽しんでいるのかもしれない。
「お断りしますね。異端者を全て排除しないといけませんもの」
 案の定、|聖職者《シスター》は相変わらずの張り付いたような笑顔で拒否。お前も排除対象だと言わんばかりに憂へ向かってハンマーを構える。
「では……公務執行妨害ということで」
『そこは傷害の現行犯ではないのか?』
 どこか楽しさを孕んだ憂の言葉に、地獄の番犬を模した喋る魔道具ケルベールがツッコむが。
「この際、どっちでもいいよ」
 結局戦うのだし最後は生きてないのだから。
「それでは参りますね♪」
 相手の|聖職者《シスター》も|聖職者《シスター》で嬉々として|武器《ハンマー》を構えて楽しそうだった。
「良い暇つぶしだ。やったれ」
 憂の命令一下、彼の従えている犬型、猿型、雉型のロボットたちが一斉に|聖職者《シスター》に襲いかかる。
 猿型が石つぶてならぬ脚部の火砲から発砲したかと思うと雉型が閃光手榴弾を思わせる轟音と強烈なストロボで|聖職者《シスター》の動きと|感覚《視覚と聴覚》を鈍らせる。
 発砲は予想していただろうが、音と光はまさかといったところだろう。
 その隙に犬型が突進すると警察犬による犯人制圧よろしく|聖職者《シスター》の右腕に喰らいつく。
「また犬ですかー」
 さっきも犬に喉元を喰いちぎられそうになった|聖職者《シスター》が犬型の攻撃で切り裂かれた右腕に、うんざりしたように漏らす。
「せっかくの服がボロボロです。でも|異端者《あなた》を排除しなければいけません」
 腕を負傷しつつもやはり笑顔で戦意を示すと、左手でシスター服の肩口に手をやり。
「ふふ……私、脱いでもすごいんです!」
 一気にシスター服を引っ張ったかと思うと、目眩しのように憂の視界を遮り、再び視界が開けた先にいたのは純白のランジェリー姿の|聖職者《シスター》だった。
 異様な光景と雰囲気に主人を守ろうと犬型が襲いかかるが、その刃をハンマーで弾くと憂に向かって振り上げ、その威力を増した一撃を渾身の力を込めて振り下ろした。
 その瞬間、憂の視界内にまるでゲーム画面にあるようなガードボタンが光ったような気がした。
 反射的に防御壁機能を起動してハンマーを受け止める。
 必殺を期した一撃は鈍い衝突音とともに憂を下がらせその勢いで地面に足跡の線を2本引いたが、必殺からは程遠い。
 憂は佇まいを正すと|聖職者《シスター》に自身の無事を誇示するように微笑むのだった。

古衛・早希

「最近の若い子はすごいわね……」
 シスター服を脱ぎ去り、ランジェリー姿で戦う|聖職者《シスター》に驚嘆の声を漏らすのは古衛・早希(重甲老兵・h00480)、御年100歳にしてヒーローとして戦う老婆だ。
 そんな彼女がまとうのは赤きヒーロースーツ。
 引退から幾星霜、まさかもう一度身にまとう日が来ようとは思わなかったが、ある日にどこかの誰かの戦いを見かけ、まだ戦えるのだから自分も戦おうと復帰を果たしたのだ。
 脱いでもすごいと自称するだけに目の前のランジェリー姿の|聖職者《シスター》のプロポーションは目を見張るものがあるが、ヒーローの早希も負けてはいない。
 ヒーロースーツが描く曲線は在りし日のヒロインの美しさをしっかりと今に伝えていた。
 だがここはミスコン会場ではない。
 暴風のごとき謎の|聖職者《シスター》との戦場なのだ。
「ここは、私がなんとかしましょうかね……」
 こんなのをいつまでものさばらせておくわけにはいかない。次の世代のため、老骨に鞭打って早希は敵に対峙する。
「警察の次は正義の|味方《ヒーロー》でしょうか? 本当に異端者は節操がありませんねー。ここで神の御名において滅します!」
 進み出てきた早希を次なる標的と定め、攻撃を宣言し、|右足のガーターリングを投げ捨てる《防具を脱ぐ》と、かかってきなさいとばかりにハンマーを突きつける。
 そういえば昔、こんな感じにハンマーを振り回す怪人と戦ったようなことがあったような。
 そんな遠い記憶を思い起こしながら早希はブローバック・ブラスター・ライフルを構えると小手調べとばかりに|聖職者《シスター》にライフル弾をお見舞いする。
 案の定、ハンマーで弾かれるが、それに続く|聖職者《シスター》の突進は早希が期待していた行動だった。
 一方、|聖職者《シスター》にとってもこれは予定通り。この攻撃は√能力であり、その効果によって8倍の威力をもたらす。
 早希のヒーロースーツがどれほどの強度を持っていようとも、諸共叩き潰す! そんな気迫を乗せた一撃は、しかし、これあるを予想していた早希にあっさりと躱されてしまう。
 接近戦用の武器と思われていたスタンビュートは鞭のようにも伸縮する特殊警棒。
 近くの木に巻きつけて縮めれば素早い移動手段にもなるのだ。
 瞬間的に早希を見失った|聖職者《シスター》が再び早希を捉えた直後、ブローバック・ブラスター・ライフルの弾丸が|聖職者《シスター》を撃ち抜いていた。

満塁・一発
白帽・燕

 満塁・一発(|逆転!一発男《たたかえイッパツマン》・h04601)が道案内に利用した|騎士《簒奪者》たちはあえなく謎の|聖職者《シスター》に倒され、その勢いのままに|聖職者《シスター》は√能力者全員を|排除《倒し》にかかってきている。
 途中、見応え抜群な聖職者《シスター》の純白ランジェリー姿も披露されたが。
「だからといって、悪いがこんな所でくたばるワケにゃいかねェのよ!」
 確かになかなかのものだったが冥土の土産には安すぎだろう。
「戦勝報告を手土産に、美人星詠みに祝福のキスを頂戴しに行かにゃならんもんでね!」
 一発の中では勝利したら祝福のキスの構図が出来上がっていた。
 大丈夫か? あの美人星詠みは|人妻《未亡人》だぞ? 世の中には人妻の方が燃えるってタイプもいるみたいだが。
 それはそれとして実際に勝たないことには話にならない。あのランジェリー姿が本当に冥土の土産になってしまうかもしれないのだ。
 普段なら大雑把な一発だが珍しく立ち止まってあの|聖職者《シスター》攻略法を思案する。
 ちなみに口説き落とすのではなく物理的に倒す意味での攻略法だ。
(「あの重量が相手でも、通常攻撃は通常攻撃!」)
 ここへきてまるでゲーム攻略のような発想で一発は作戦を考え始めた。
(「オレさまのスーパーなボディならば一撃には問題なく耐えられる! だが……二撃目まではちょっと遠慮してェなァ。ただまァ長柄の常というやつで、必然大振りになる所と密着間合いでは無力っつー所に弱点があると見た!」)
 そして出来上がった作戦はやっぱり大雑把だった!
 だが作戦が立案されたところで即座に作戦決行するあたり、一発が一発たる所以である。
 作戦通り、|聖職者《シスター》から一撃目を撃たせるべく両手をわきわきと蠢かしながらにじり寄っていく一発。
 ランジェリー姿の|若い女性《シスター》に怪しい動作でにじり寄っていく一発の姿は、はたから見れば完全に事案だがこれも敵を倒すための作戦なのだ。
 そんな一発の出方を伺っていた|聖職者《シスター》だが。
「何をするつもりなのかと思っていましたが、不埒な不届きものがよくやるアレですねー」
 どうやら経験豊富な|聖職者《シスター》らしく、こういうことは日常茶飯事らしい。ただ、彼女に“アレ”をやった側がどうなったのかは知らないほうが良いかもしれない。
「そんな不埒な不届きものの目を覚まさせてあげますね。おはようございます。そしておやすみなさいませ!」
 狙い通り、一発が待っていた一撃目が来た!
(「一撃目は甘んじて受ける!」)
 作戦通りその一撃目を甘んじてそのスーパーなボディで受け止めるが。
(「|痛《いて》ェ!!!」)
 想像以上の衝撃と激痛が一発を襲い、今すぐのたうち回りたい衝動にかられたが、この隙に攻撃を叩き込むのが作戦だ。
 痛みに耐えながら一気に間合いを詰めると、|聖職者《シスター》の胸ぐらを――。
(「|無《ね》ぇ!?」)
 そういえば掴むはずのシスター服はもう無くなっていた!
 ブラならあるが引き千切れて大変なことになりそうだ。
(「仕方ねェ。かくなるうえは――」)
 まだ首元に残っていた|ギンプ《Guimpe》を引っ掴むと全身全霊を込めた渾身のヘッドバットを|聖職者《シスター》に叩き込んだ。
 ゴキッっと何かが砕ける音が響き渡る。
「隙だらけだぜ。少しはアタマを使えや」
 白目をむいた|聖職者《シスター》に勝利を確信すると一発はキメ顔でドヤる。
「ま、なんだな……そんじょそこいらの連中とは、|頭《ココ》の出来が違うってことさ!」
 だが、|聖職者《シスター》はそのまま倒れるかと思いきや、白目をむいたままなんとハンマーを振り回し二撃目を振るってきたのだ!
「ちょ、話が違うぜ!」
 一発は文句を言うが、この攻撃は√能力によるもの。本当に通常攻撃だったら一発の予想通りだったかもしれない。しかし√能力による攻撃のため、強制的に2回攻撃かつ範囲攻撃となっていたのだ。
 一発の目論見は外れ見事に二撃目を喰らう羽目になった。ただ、嬉しい誤算もあった。一発のスーパーなボディは二撃目にも耐えたのだった。
 |聖職者《シスター》は事切れたのか、白目をむいたまま倒れ、二度と立ち上がることはなかったが、一発もまた、気がつくと地面に倒れていた。
「あれ……?」
 攻撃に使った√能力で頭蓋骨を骨折した一発は大変なことになってしまっていたのである。
「やべ……マジで冥土の土産になっちまうのかよ」
 薄れゆく意識の中、一発にはほのかに鳥の羽ばたきが聞こえたような気がした。
「しゃんとしな! まだ諦めるには早いよ!」
 そんな一発の危機に駆け付けたのは文字通り燕の白帽・燕(声義疾行・h00638)。
 √能力【生義発破】で一発の生きようとする力を増幅する。
「美……星詠み、祝福……キス……」
「まったく。どこぞの女のことでも思い浮かべてるのかね。幸せなこった」
 この√能力は10分以内に範囲内の対象を全快させる効果がある。
 一発の中で死へ抗う生への執着が増幅され、何やら燕には窺い知れない夢を見ているようだが、燕には他にもやることがあった。
 |聖職者《シスター》の死亡を確認すると燕の姿を活かして廃寺の本堂の屋根に止まり、周囲に敵が潜んでいないかを捜索。
 安全を確認するとその場にいる√能力者たちにそのことを告げた。
「さぁて、最後はいよいよ本堂に繋がったダンジョンの破壊だよ。何が潜んでいるのやら」
 10分が経ち、全員が全快したところで燕が今回の最終目的地へ促す。
 雨が降りしきる夜の山中で廃寺の本堂が文字通り異界への入口のようにほのかな光を放ちながら浮かび上がっていた。

第3章 ボス戦 『白月の幻主』


 |聖職者《シスター》を倒し、雨の降りしきる闇の中、意を決して本堂に突入すると、不意に月明かりが√能力者たちを優しく照らした。
 地下にありながらまるで入り口の本堂とは鏡写しのような場所に出ると、先ほどまでの雨が嘘のように晴れ渡り、空には満月が明るく輝いているではないか。
 入る前は廃寺のように朽ちていた本堂はまるで在りし日の堂々たる姿でそこにあり、その脇には鐘楼堂に講堂、回廊で囲まれた敷地内の傍には小さな池が静かに澄んだ水をたたえている。門の外は鬱蒼とした森に覆われており、どうやらすぐ行ける範囲としては境内までのようで、境内には人の気配はなく、ただただ寺がここにあるのみだ。
 しかし、ここはダンジョン内。通常であれば満月が空に浮かんでいるはずはない。
 そう、この満月は自然の満月にあらず、『白月の幻主』と呼ばれる、人々の月への願いを糧とする月の幻影だ。
 簒奪者の姿もない今、ただただ消滅を願えばこの|月《ダンジョンのボス》は静かに消え、ダンジョンも崩れ去る。
 あっけない幕切れに拍子抜けした者もいるかもしれないが、山中ではあいにくの雨で見逃した月をここで眺めて一息つくのもいいかもしれない。

※敵の消滅をプレイングで願う必要はありません。
 特に言及がなくてもそう願ったていで最後に敵は消滅します。
満塁・一発

「ふィィ~~~~ッッまったくエライ目に遭ったぜ! 流石のオレさまも今回ばかりは助からんと思ったが、まァ結果オーライだ!」
 ダンジョンに突入し陽気な声を上げるのは、先ほどの戦闘で|若い女性《シスター》のランジェリー姿を冥土の土産に頭蓋骨骨折からの脳挫傷で危うく三途の川を渡りかけた満塁・一発(|逆転!一発男《たたかえイッパツマン》・h04601)だ。
 だが、仲間の√能力のおかげで今や傷は完全回復し、ダンジョンのボスに挑まんと意気揚々と本堂に飛び込んできたのだが、そんな一発の前に現れたのは境内を照らす満月だった。
「あ? 月? そんなモンに用はねェぜ! なんせ……月の女神も嫉妬しちまう程の美女を待たせているんでね!」
 ガハハ! と豪快に笑う一発は美人星詠みからの祝福のキスのため、とっととこの|ボスモンスター《月》を始末するべく金属バットを構える。
「過去も未来も男ってなァ馬鹿な生き物でね! 美女のキスの為ならば、命のひとつやふたつ、いつでも張れちまうモンなのさ!」
 ガハハハハハハ!! と豪快な笑いで一発が狙うはトドメのイッパツ、満塁ホームラン。
 特大のをぶちかましてやんよとばかりに4番バッターよろしくフルスイングだ。
「さあ、イッパツいってみようかぁ!!」
 ――ひらり。
 一発がヒッティングに移ろうかというその刹那、不意に一発の周囲を花弁が舞い始める。
「ン? まだ何かあンのか?」
 一発は知るよしもなかったが、これは白月の幻主による|願《ねがい》結びの幻花、音もなく灯る夢映しの花弁。その花弁には一発が祝福のキスを乞い願う美人星詠みの姿が鮮やかに彩られる。
 そのとても不思議で美しくて幻想的な光景を眺めながら一発はなぜか理解してしまった。
 なんかよくわからないけどわかった! みたいな奴だ。
「……え? 100歳超えの未亡人? 子持ちで、その子供も100歳超えてる……だと……?」
 にわかには信じがたい話だったが、一発にはなぜかそれが本当のことだと信じられた。信じられてしまった。
「え? マジ? 何? そ、そんな馬鹿な?」
 てっきり17歳の美少女だと思っていた相手が既婚子持ちで100歳超えに一発のメンタルは限界を超える。
「なんてこった……ふ、奮い起こした最後の気力がががが――」
 傷はいえたがメンタルに受けた衝撃を受け止めきれず一発は再び大地に沈むのだった。

眞継・正信

 静まり返った本堂にゆっくりと、しかし警戒を怠らずに足を踏み入れた老紳士は、待ち構えていた“敵”の正体を確認して、呆れとも安堵ともつかぬ溜息を漏らした。
「あの|聖職者《シスター》の後だ、どのような困難が待ち受けているのかと思えば……」
 本堂前で|聖職者《シスター》と戦闘を繰り広げた眞継・正信(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)にしてみれば、ダンジョン内部にどんな強大なモンスターが潜んでいるのかと身構えていたのだが。
「拍子抜けもしたが、戦わずに済むのならば幸いだった。こうしたダンジョンのボスもいるのだね……」
 簒奪者と戦ったあの|聖職者《シスター》のように、ダンジョンにもこういった風変わりなモンスターがいてもおかしくないのかもしれない。
 自然の月ではないだけに、むしろその姿は美しく神秘的でさえあった。何も知らずに出会っていたならば吸血鬼の正信でさえ思わず願いをかけてしまいそうなほどに。
「いつかはこのダンジョンも崩れてしまうのだろうが、願いを糧として浮かぶ月とは風情がある。消えてしまうと分かっているからこそ、もの惜しくも感じるね」
 形あるものはいつか滅びる。それが自然の摂理だ。花は散るからこそ、その美しさがより際立つ。
 それでもその美しさを永遠に残そうと願って人は絵を描き歌を詠んだ。最近は写真や動画でも残せるが、やはり実物の美しさにはかなわない。
「このダンジョンが廃寺のようであるのも、|あの《簒奪者と戦った》|聖職者《シスター》が現れたことも、誰かの願いの結果なのかもしれないな」
 在りし日の寺を知る者が、もう一度と、そしてこの地に平穏あれと。
 そう考えると私がここへ来たのは偶然ではないかもしれないね、などと目の前に浮かぶ月に語りかける。
「私が願うことと言えば、ただ一つ。√EDENが平穏であるように、だが……。……それを見届ける前に、この月は消えてしまうのだろうね」
 つい最近も√EDENは√ウォーゾーンのレリギオス・オーラムから狙われたばかり。√EDENの平穏は遥か遠く、この月は夜明けまでもつまい。
 それでも今回の勝利がこの月への願いによるものならば、その願いを糧にひとまず去り行く月に別れを告げ、再会を楽しみに待つとしよう。
「おやすみ、良い夢を」
 正信が別れを告げると、名残惜しむように|Orge《オルジュ》が月へ向かって、どこか寂しさを孕んだ遠吠えを境内に響かせるのだった。

望月・惺奈
マルザウアーン・ノーンテッレト
冬夜・響

 ダンジョンのボス『白月の幻主』は依然として空にあり、境内に|願《ねがい》結びの幻花を降らせ続けている。
 具体的な効果の程は不明だがボスの√能力である以上、何らかの影響があるかもしれない。
 なので冬夜・響(ルートブレイカー・h00516)はその√能力を無効化することにした。
 満月の白い光が反射して月夜にキラキラと輝く髪をそよ風になびかせて、響は右掌で花弁に触れるとルートブレイカーをそっと発動する。
 もしここに一般人がいたらまるで手品のように花弁が消えたように見えたろう。
 だが√能力者には彼の手で燃え盛る|全てを消し去る炎の幻《破壊の炎》が花弁を焼き尽くしていく様がはっきりと見えた。
 √能力者にだけ見える大掛かりなイリュージョンは境内に降り注ぐ花弁を全て巻き込んで華麗な炎の舞を見せ、瞬く間に消え去っていく。
「とっても見応えのあるイリュージョンでしたね」
 不意にかけられた声に響が振り返ると、ピンクの長い髪の可憐な少女がひとり。月光のごとき白く美しい肌が印象的で、宝石のような青い瞳が一際目を引く。
「ご機嫌よう。錬金術士の望月惺奈です」
 そう名乗った望月・惺奈(存在証明の令嬢錬金術士・h04064)は響に軽く会釈をすると、月だけとなった空を眺めながら。
「せっかくの綺麗な満月ですし、このままただお別れするのも少し惜しいですね」
 響の沈黙を肯定ととった惺奈は月夜らしい催しの提案を。
「というわけで、ここでお月見をしませんか?」
 ちゃんと道具の用意もありますよ、と続けた惺奈の後ろには調理台や熱々の餅米が入った臼と杵が。
「あとはどなたか力持ちの方が餅をついていただけると助かるのですけれども」
「それならオレに任せろッ!!!!!」
 突如として大声が響いたかと思うと言うが早いか通りすがりのマッチョが杵を持ち上げ餅つきをするべく構えた。
 彼はマルザウアーン・ノーンテッレト(銀の星・h08719)、筋骨隆々、サラサラストレートの銀髪で堂々とした笑顔を振り撒く明るい銀狼獣人だ。獣人だがヒトの顔貌に狼の耳と尻尾が生えている姿なので銀髪とケモみみを三角巾で覆って食品衛生法的な問題はクリアしている。
 惺奈が調理台前にスタンバイし、何となく響が合いの手役を期待されているようだ。
 響は「僕がするべき事は、|あの一撃《ルートブレイカー》のみ……!」と思っていたが、せっかくなのでこのお月見に付き合うことにした。
 響が配置につくとマルザウアーンが威勢よく餅つきを始める。
「それじゃいくぞッ!!!!! よいしょッ!!!!!」
 パァン!
「はいっ」
 マルザウアーンが杵を振り下ろすと響が合いの手を入れて餅をひっくり返す。
「はぁーよいしょッ!!!!!」
 パァン!
「はいっ」
 男手2人が餅をついている間、惺奈は手際よく盛り付ける器やお茶の用意をしていく。場に合わせた割烹着姿も良家のお嬢様がお料理挑戦中のように可愛く様になっていた。
 やがて餅が突きあがるとマルザウアーンがマッチョパワーで調理台へ移し、惺奈が丸いお団子に整えて綺麗に積み上げていく。
 一方の響は「僕の役割は、ここまでだ」とばかりに腰掛けで休んでいる。
 合いの手は楽そうに見えて結構大変なのだ。マルザウアーンのようなマッチョでなければ一休みしたいところだろう。
 やがてお月見の準備も整い、3人は並んでダンジョンでの月見と洒落込む。
 苦労して突いた餅だけに美味しさもひとしおだろう。
 お月見を終え、消滅の願いに応え消えていく月を見送ると、√能力者たちは崩れ始めたダンジョンを後にする。
 突入前と同じ姿のままの廃寺の本堂を出ると、いつの間にか雨が上がったのか、綺麗な満月が√能力者たちの勝利を祝うように空に浮かんでいた。

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挿絵イラスト