シナリオ

愛を以ていと愛しき

#√妖怪百鬼夜行

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 #√妖怪百鬼夜行

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「呵々、|汝《なえ》の願い、わっちが叶えてあげんす」

 ぷかぷかと、くゆる紫煙を透かした向う。濡烏色の麗しいおんなに問うや、あまやかに。

「はい。あのひとともういちど共に在れるならば────如何様なかたちでも、構いません」

 妖しに希う眼の暗晦に、見愛づ丹花はあかいいと。たとえ、その絲の涯が幽世であろうとも、愛の煩いは難治なもので。

「汝は賢女でありんすなあ。殊、恋情恋慕はわっちが十八番。しあわせを、手向けてあげんしょう」

 深々と頭を垂れるおんなを見遣り、扇子に秘した太夫の口許が恍惚に歪む。

 ──────うふふ、おさらばえ。

●寒椿、萌ゆ
「皆さん、星の報せでございます。────古妖の、復活を」

 集う√能力者に目礼して、天籬・緒(戀鶺鴒・h02629)は言を紡ぎ始めた。穹に向けた掌上に浮ぶおおきなあぶくの水面は|液晶《スクリーン》となって、此度の仇を映し出す。銀糸のうつくしい、椿の女郎。かつて引く手あまたであった吉原の花が、今再び現世に萌えんとしていた。

「椿太夫……愉悦に運命を弄ぶ妖しです。我々星詠みと同じちからを持つと、危惧されています。野放しにしておけば、必ずやおおきな脅威になるに違いありません。皆さんには、彼女の封印をお願いしたく思います」

 くるり、泡沫の影が廻るように移ろい、新たに現れたのは艶やかな黒髪の女性。気遣わしげに眉を下げ、緒は続ける。

「彼女……|澪《みお》という名だそうですが、彼女こそ、封印が綻んだ糸口なのです。懸想に募らせた想い────邂逅を望む情念が、椿太夫の返り咲きを赦してしまったようです」

 澪は亡き情人と再び相見えることを切に願っていて、そのためには命の果てをも厭わないつもりらしい。彼女にとっては具象も現世も瑣末なこと。あまつさえ、逢瀬が叶うならば、其処が黄泉であれど構わないという心持ちのようだ。

「澪さんは、街の花屋にいらっしゃいます。なんでも、椿太夫に ‘’はなむけ‘’ を求められているようで。……わたし、よい契機だと、思っています。まず、皆さんには花屋で彼女に接触し、一緒に花を選ぶという名目でお話を伺って欲しいのです。彼女のこころを掴むことができたならば、情報を引き出せるかもしれません。それに……彼女のきもちを変えることもできたなら、と────」

 やがて、泡は宙に溶けるように弾けて消えた。錦の怪は微かに濡れた手を柔く握り締め、物憂げな瞳を隠すよう、朱い髪を揺らしてしずしずと一礼をし、今一度の謝意を示す。

「愛に解は無けれども、然しながら、それゆえにこの楽園を毀されてはなりません。どうか、皆さんのお力をお貸しくださいませ」

 ご武運を。
 そう添えた緒が導く手の先で、慎ましくも甘い花の芳香が貴方達を歓迎するだろう。

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第1章 日常 『君に捧げる花を』


●餞
 街角の小ぢんまりとした花屋で、澪は花々のかんばせに視線を巡らせていた。彼女の薄幸な眼差しは冴えないが、どこか穏やかなように見える。

「はなむけ……あのひとへ、の? それとも────」

 澪は色とりどりの瑞々しい生花を前に決めあぐねているようで、細い眉を静かに歪めた。食が細いのか身体は薄く痩せた頬には淡い陰が滲むも、悩ましげに揺蕩う睫は長く美しい。彼女は、華中でも色褪せぬ大和撫子のようだった。
広瀬・御影

「こんにちは、お姉さん。突然申し訳ないけど、お花には詳しい?」
 花に惑う澪の隣に歩み寄り、じぃと瞳を仰ぎ見て、広瀬・御影(半人半妖の狐耳少女不良警官・h00999)が問う。澪は幼気な少女に幾度か瞬いた後、目尻を下げて柔らかく微笑んだ。
「こんにちは、お嬢さん。えぇ、月並みには。どうしましたか?」
「実は、あんまり贈り物っぽくない花を贈りたくて探してる。いい花知らない?」
「贈り物っぽくない……? ……難しいお題ですが、沈丁花や金魚草は如何でしょうか。ささやかで、けれど愛らしくて、私は、澪は好きでございます」
 小首を傾げたのも束の間。澪は憶測逞しく、ひとり納得したように頷いて飾られた切り花の中でも肉厚な白花に目配せする。
「ありがとう。参考にする。……ねぇ、澪さんも花を探してるみたいだけど、だれかへの贈り物?」
 花々の勧めに謝辞を告げて視線をゆるりと戻し、本件の趣意である澪の用向きを尋ねれば、憂いに眉を下げながら彼女は語り出した。
「贈答のためでは、ありません。弔いの……きっと、あのひとへ手向ける花なのです。花があれば、あのひとに逢えると────」
「そっか。……餞ひとつで、そのひとに会えるの?」
 言葉はなく、故人を想うおんなはただ曖昧に首肯する。
「……僕には、澪さんのその気持ちはわからない。僕は愛を伝える気もない臆病者だから。だけど、長く生きていれば、死者に会いたいと思ったことは、何度もある。……でも、僕がそう想うあの人は、僕と共に同じ時間を生きたあの人だけだから。もう、何処にもいないから」  
 うら若く映る御影は、その実、妖しの血を引く長寿の命。故に悼む死を抱くのだと吐露すれば、澪の肩が微かに揺れた。たとえ楽園に|幽霊《インビジブル》が存在するとしても、御影の想う『あの人』はかつて分かち合った命に宿り、死してなお共に歩むことは叶わない。
「だから僕は、己をも死に委ねるより、あの人の思い出と共に生きていく事が愛だと思う」
「過去と共に生きていくことも、愛────」
 遺された生者に赦された権利は、思い出を守り、共に歩むこと。確かめるように澪は繰り返し、ちいさく息を吐き出した。
「……私は、愚かだったのかもしれません。少し、しゃんといたしました。ありがとうございます。ええと……」
「広瀬・御影。こちらこそ、ありがとう。お勧めの花、選んでみるよ」
 彼我の恋慕は色違えど、御影の腕に抱かれた花束は散り急ぐ心の手を引いて、日常の営みを継ぐ尊さを再び芽吹かせることができただろう。

ヴェーロ・ポータル

「もし。其処のあなた。墓花を選びたいのですが、少し助言をいただけませんか? どうにも決めかねてしまいまして」
 硬い面持ちを和らげながら、ヴェーロ・ポータル(紫炎・h02959)は澪を呼び止めた。異国情緒な壮年の吸血鬼を前に会釈を返した澪の顔は、墓花という言葉を前に悄然とする。
「奇遇でございますね。私も、そのようなものを探しているのですが、持て余しているところなのです」
「お悩みですか。……では、どうでしょう。似た者同士、少し私と話をしてみませんか? 想いを分かち合うことは、心を癒す一助になりますから」
「しかし……」
「貴女と話してみたいのです」
 辛苦の共有は精神的な負担を軽減しうる。一度は遠慮を示した澪も、ヴェーロの意志に後押しされてやんわりと肯いた。
「私、大切なひとに逢いたくて、その一心のために、愚昧な選択を犯したのかもしれません────いいえ、きっと、したのです」
 壁際の花に吐き出す独白の口ぶりは重い。長い髪は俯いた澪の横顔を隠してしまう。
「……私も、長い生の中で数多の友人を弔ってきました。喪う痛みはよくわかります」
「貴方も……でも私は、如何あれ、今生に未練はないと────」
 震える声で仄めかされた希死念慮に、ヴェーロは声の調子を一層柔らかくして理由を問う。
「それほどまでに、何が貴女を死に駆り立てるのでしょうか? もしお困りのことがあれば、どうか私にお聞かせ願えませんか?」
 情の深いヴェーロとの問答の絆されたのか、心神耗弱が故の綻びなのか、やがて澪は古妖の封印を解いてしまったことをぽつりと呟いた。浅慮と後悔を語る彼女曰く、己の願いはただ花を手折るような易しいものだと云う。
「────太夫は花をお求めになりましたが、肝要なことではないと思います。ほんとうに、ただの餞に過ぎないのでしょう。ですから、彼女が顕現する鍵は、きっと……私自身の心なのでございます」
「ありがとうございます、澪さん。故人を嘆じる貴女の心は美しいのでしょう。……ですが、生きる私たちが死者を思い出し続ける限り彼らはこの世から消えないと、私は思います」
 ヴェーロは慇懃に一礼した後、甘やかなカミツレを一把選び取り、澪に差し出した。彼女は慎ましく花を受け取りながら顔を上げて、困ったようにヴェーロの蒼眼を仰ぐ。
「……先のお嬢さんも、同じようなことを仰りました」
「えぇ、私も、貴女に生きて欲しいのです」
 癒しの願いを込めた花は可憐ながらに逞しい。その白は、澪の胸中に巣食う黒を幾許か塗り替えたようだった。

アリス・グラブズ

「おっ花屋さーん!お花くーださいっ!」
 深沈たる花園に屈託のない少女の声が差す。アリス・グラブズ(平凡な自称妖怪(怪人見習い)・h03259)は天真爛漫な笑顔を浮かべながら、足取り軽く澪の傍へ駆け寄った。
「……あ、お姉さんもお花選び?もしかしてプレゼント?」
「ぁ、えぇ……そう、ね。贈り物といえば、そうでしょう」
 目映いほど明朗な乙女の登場にぱちくりと睫を揺らした澪だったが、アリスのあどけない様相に満更でもないようで、曇っていた顔を綻ばせる。
「おつかいかしら?」
「お世話になっている結社の部屋にお花を飾りたくて来たのよ!でも、老若男女いろんなひとがいて、選ぶのが難しくて。だから、お姉さん、もしよければ一緒に選んでくれないかな!」
 澪は相槌を打ち、幼気でありながら殊勝な来店理由を聞き遂げると、くすりとちいさく笑みを零した後、首を縦に振ってアリスの提案を是とした。
「ほんとう?ありがとう!ワタシ、結社のみんなの好みは分かんないけど、華やかなお花がいいわ!」
「ふふふ、貴女の笑顔もきっと引けを取らないと思いますけれど……牡丹は如何かしら。芍薬も、素敵ね」
 穏やかな眼差しの先に咲く国色天下の黄色が、ふたりを見つめ返す。華々しく品のある大輪は何人にも受けが良いだろうと、そう語る澪の表情は心なしか嬉しそうに見える。
「わ、確かにとても映えそうね!……ねぇねぇ、お姉さんも贈り物するんでしょう。それならやっぱり、そのひとの好きなお花を選ぶのが一番だと思うの!」
「……あのひと、は……私が好きと言ったならば、僕もそれが好きだと云うようなひとでしたから、何を選んでも、きっと喜んでくれるのでしょう。……噫、でも、芙蓉の花は私によく似合う、と────」
 アリスの見方に腹落ちしたのか、澪はそっと瞑目した。その瞼の裏に何が映るのか推し量ることはできない。ただ、彼女の口許が薄らと弧を描くだけだ。
「芙蓉、は……あのお花ね!あっちも華やかで素敵────うん!ワタシ、決めたわ。お姉さんのおかげ!ありがとう!」
「────いいえ。こちらこそ、楽しい時間をありがとう、華のようなお嬢さん」
 妖し少女は袖を振り、選り取る花を迎えに行くだろう。難解な腹案はなく、愛を語る恣意もない。けれど、アリスとの花摘みは確かな熱を以て、追憶の愛しさと交歓の喜びをまざまざと思い出させたのだった。

 それはまるで、陽だまりに似て────。

●雛菊は咲かず
 思い思いの色を抱き、花屋を後にする√能力者たち。その背中を、澪の一言が引き留める。

「皆さま。皆さまはもしや、総てご存じの上で────?」

 誰かが静かに首肯すれば、彼女は観念したように言葉を吐き出した。

「……太夫は、街の外れの、割れた大岩にいらっしゃるか、と。皆さまならば、きっと、封印できると思います。彼女を現に繋ぎ留める楔は、最早薄弱でしょうから」

 曰く、椿太夫の顕現を赦していた鍵とは、澪の精神が死を願うことで生じたゆらぎである。生者の魂が幽世に傾くことで現世に生じた“すきま”こそ依代だという。だが、そのゆらぎは貴方達の活躍により、閉じられようとしていた。

「逢いたいなどと、総て口実に過ぎなかったのです。ひとえに、あのひとの居ない世界に希望を見出せなかった、私の脆さなのでございます。……でも、私、もう少し生きたいと思ってしまいました。だって、あのひとを証を守ることができるのは、生きた私だけなのでしょう?」

 カミツレの花を愛おしく抱きながら咲う澪の面持ちは、些か影を残しているものの、予知で見たよりずっと清々しい。

「……それに、花を選ぶのは楽しいことだと、思い出しましたから」

 一輪紛れた芍薬を慈しむ眼には、生たる熱が宿っている。

「総て、総て。私の不徳でございます。ですが、私に力はございません。どうか……皆さまに太夫を鎮めていただきとうございます────」

 深々と頭を下げる澪の嘆願を背に受けて、貴方達は椿太夫の封印に向かうことになる。

 ────花屋から喧噪が去った頃。しめやかに降る雨が、芙蓉のひとひらを濡らしたのだった。

第2章 集団戦 『怪霊さわりめ』


 椿太夫の元へ急ぐ貴方達は、不愉快な音を立てて蠢く怪異の群れを目の当たりにする。『怪霊さわりめ』────ほどけた封印からまろびでたのかは定かではないが、彼奴等を退けなければ件の大岩に辿り着けそうにない。この肉腕の海の向うで、人心誘う名花が待つだろう。
アリス・グラブズ

 怪霊さわりめ。ぬらりと濡れた触腕の先には眼に見紛う青玉あれど、糸を引く顔貌の裡、真に爛と閃くあかい瞳が、アリス・グラブズを凝視する。寸胴の妖しに囲われながら、愉快と頬を綻ばせる少女は腕の感覚を確かめるよう、そのちいさな手を握り締めた。
「あは!なにかぬめぬめしてておもしろーい!けど、遊びにきたわけではないの。先に仕掛けさせてもらうわ───むーん!」
 怪異を前に仁王立ち。肩を上げて掲げた両腕はコの字を描き、しかと胸を張れば宿るは逆三角形のシルエット。
「|今から本気出す《異形化限定解除》───!」
 上腕を誇るポーズに呼応して、アリスの『うちゅうぱぁうぁー!!』が目を醒ます。玉肌の細腕はめきめきと音を立てて肥大化し、異形の腕が姿を現した。さわりめが鈍く蠢き出すより速く、アリスは地を踏み、自ら彼我を間合いに手招く。
 ぐ、と軸足で土を固めて上体諸共ちいさな躯に不釣り合いな腕を伸ばし、狙うは赫くあかい珠。アリスの碧い瞳が、ぎょろりと廻るさわりめの瞳孔を射止めた。
「つーかまーえ……たっ!」
 むんず。アリスの指先が半ば溶けた洞を抉るように縫い、その眼球を握り込む。細く、力強く、包むように。変貌させた腕は眼窩を捉えるための企図が込められた把握特化の代物で、狙い通りさわりめの粘性をものともせずに掴んだ。さわりめは眼前にいるであろうアリスを殴打せんと大きく腕を振りかぶる。が───
「一気に、戴くわ!」
 反撃の利を、アリスは赦さない。渾身の力で後方に跳躍。ぬめる感触を厭うことなく、全身を以て目玉を牽引すれば、ぶち、ぶち、と糸の弾ける音に、声にならないさわりめの叫喚が重なる。管も鞘も全て引き千切られ、眼が還納されていたはずの場所にぽっかりと残されたのは暗闇だけ。完全に視界を失ったさわりめの攻撃は空しく舞い、遂にアリスを捉えることはできずにいる。闇雲に振るわれていた腕は徐々に気迫を喪失し、やがてさわりめは小さく萎縮して物言わぬ肉塊と化した。
 アリスは手に入れた瞳を握り潰し、次なる獲物を狙う。否が応でも視界に溢れた目、目、目───
「……負い目引け目はできるだけ取り除かなくっちゃ、よね!」
 アリスの|摘眼《ぼうぎゃく》は、未だ終わりそうにない。

広瀬・御影

「さて、真面目モードは終わり。……ここからはお巡りさんの時間だニャン」
 広瀬・御影の三角耳がぴこぴこと揺れる。先の澄ました態度は一変し、愛すべき獣の色が顕わにするが、真摯な瞳の奥は変わらない。
 ゆらり尾を揺らし出方を窺う御影を目掛けて、さわりめの腕が蠢き迫る。刹那、御影は下腿に力を籠め、勢いよく地を抉り、跳躍。発条の如く弾き出された身体は低く宙を舞い、一瞬にしてさわりめに肉薄する。
「───遅いニャ」
 濡れた腕が御影を捉えるより速く、さわりめの懐に使い込まれた手斧を薙ぐ。√能力による韋駄天の一撃が命中し、不快な粘音を立てて柔い腕たちが斬り落とされた。横一閃を受けたさわりめは体勢を崩してたたらを踏み、一拍置いて腕を振り下ろすが、既に御影は間合いの外。闇を纏い、後退した彼女に攻撃は届かない。
 ならば、とさわりめは語らず。されど、敵愾心は未だ衰えず、佇むさわりめの傷口から、昏い瘴気がまろびでた。瘴気は澱となって漂うかと思えば、緩慢な動きで御影を取り込まんと迫ってくる。痺れるような叫声を放つそれは、近接するだけでも耳朶を毀しかねないと悟るに易い。で、あれば、遠方から破壊してしまうのが賢明だ。
 御影がハチェットを警棒に持ち替えて前方に突き出せば、警棒がぐん、とたちまち伸長して、漂う澱を打ち砕く。愛用の得物は妖力なる神秘を纏い、靄のような記憶を捉えるに至るだろう。自在に伸び縮みする棍棒は惨劇の過去を叩き伏せ、彼等の声も涙も牽制し、接近を赦さない。
 ───記憶の滂沱たるを祓い、討ち果たしていれば、いずれ終わりが見えてくる。有限の懐古を吐き出したさわりめは、激情を燃やし尽くした残火に等しく、煙のように靄を燻らせるだけ
「……散々泣いて、楽になったかニャ?」
 御影は憔悴したさわりめに真直ぐ銃口を向け、矯めて見遣り───引鉄を引く。銃弾は冬の寒風を裂いて、揺蕩う澱をも穿ち、さわりめの瞳孔を貫いた。どろり、と容を失ってゆく姿を一瞥した後、緑の海に相対し、愛銃の撃鉄を起こしてやる。
「まだまだ、しっかり、確実に、始末するワン」
 さながら、目明かし。御影は今に縋る過去たちを次々と取り締まるのであった。

ヴェーロ・ポータル

「全く……随分と趣味の悪い」
 どろどろと毀れかけの体躯で蠢くさわりめの群れに臨み、ヴェーロ・ポータルは嘆息を吐き出す。斯様に醜悪な肉塊で迫られるなど考えるだけで悍ましい。一族の矜持に障るというものだ。諸々と間合いを詰めるさわりめに眦を細め、動きを見定める。
 愚鈍に進行するさわりめのひとつが腕を撓らせて、ヴェーロ目掛けて横薙ぎを放つ。ヴェーロは上体を反らせ、眼前を掠めた触腕に眉を顰めて、数歩後ろへ跳び退いた。
「鬱陶しい。纏めて燃やし尽くしてあげましょう」
 ヴェーロが宙に手を翳せば、顕現するは紫にくゆるちいさな焔。炎は無数の短剣の形を模して、今正に降り注がんと指揮を待つ。
「───我が炎よ、闇を裂け」
 目標は群れの中央部。ヴェーロの目配せにより、さわりめの海を火の雨が焦がし始めた。紫焔の刃は緑肌に突き立てられ、内部からその肉を燃やし、夥しい火種を以てさわりめを薪とする。熱に悶えるさわりめの滅多矢鱈な触手攻撃に対し、耳を、眼を、気配を掴み、触手の射程を見定め、兎角、動き続ける。さわりめの能力によるものか、彼等の攻撃は一層に烈しさを増しているが、届かなければ無意味。ヴェーロは舞うように身を翻して回避を重ねながら、次第に距離を離していく。
 群集が仇となったか、ヴェーロの放った炎は振るわれるさわりめの腕から腕へ伝播し、そして、群れそのものを炎が包む。たとえ小さな火種であれ、一度燃え広がれば鎮まるところを知らず。轟と盛る大火の中に妖しの阿鼻叫喚が木霊するが、遠く火を眺めるヴェーロの耳には届かないだろう。
「私達は急いでいるんです。そこを退きなさい」
 障害を祓う火焔を以て、燼滅の灰が募る。さわりめはみるみるうちに数を減らし、ヴェーロの言葉の通り、路は拓けようとしていた。

身鴨川・すてみ

「みかもちゃんが来たよー!」
 大和に降り立つ羅刹はひとり。高襟な外套に身を包む身鴨川・すてみ(デスマキシマム・天中殺・h00885)はさわりめの海を見遣り、ぱちくりを瞬く。彼女の経験からするに、これは正しく怪物の群れから生き果せる|舞台《ステージ》といったところだろうか。慎重を期すも肝要だが、こういう場合、物量には質量を宛がうのがよい。
「なのでー……田島さーん!」
 すてみの喚び声に呼応して虚空から田島・陽郎(捨てるものあれば拾うものあり・h01676)が姿を現す。陽郎は片手で腰を掻き寝惚け眼で周囲を見回しながら、厳冬の寒さに身震いをした。
「今度はなんだ」
「や、あのね?なんか此処を通りたいんだけど、あいつ等が邪魔でね? 田島さんならどうにかできるかなー! って思ったんだよ」
「いや……ああいう旧い怪異はいけるのか?」
「そこは田島さんの十八番があるでしょ! ね! 一生のお願い!」
 すてみはぱちんと手を合わせ、陽郎を仰ぎ見て嘆願を。その大柄な体躯が故に、果たして上目遣いが成立しているのかは兎も角、耳に胼胝ができるほど聞き飽きたその言葉は|陽郎《ほごしゃ》を鼓舞する引鉄だった。
「ったく……しょうがねえな」
 腰に手を当て上体を反らす陽郎に|すてみに匹敵する力《やるき》が充ちて、同時に、何処からともなく軽トラックが現れる。陽郎は車のフロントドアを開け放ち、運転席に乗り込んだ。すてみも助手席に座り込む。
「シートベルト、しっかり締めとけよ」
 エンジンが嘶き、さわりめ目掛けて勢いよく軽トラが発進。鉄鋼の塊は強引に粘物達を弾き飛ばし、次々と蹴散らしていく。旧き神秘は、時に文明の利器に呑まれるものだ。
 遂に、車両が完走した轍には『路』が切り拓かれたのであった。
「さっすが田島さん!」
「あー、あー……妖怪とはいえこんなになって。酷いもんだ」

第3章 ボス戦 『星詠みの悪妖『椿太夫』』


●理想、美徳にして
 さわりめの群れをいなし、遂に√能力者達は丹花と相見える。

 破れ岩の前に、妖艶なおんなが、ひとり。艶やかな銀絲を兵庫髷に束ね、絢爛たる簪を挿し、打掛をゆうらり揺らして、婀娜な目つきで、貴方達を迎える。

「まあ、まあ。こりゃ、此処迄よう来んしたなあ。……散々と、想いに想いを甚振って、楽しゅうござりんしたか?」

 袖几帳嫋やかに椿太夫は瞳を細め、くつりと笑んだ。その口振りは、澪に、さわりめに───あらゆる情念を掃いてきた貴方達を批すよう。

「汝等は野暮と云うもの……けれど、汝等には汝等の "正義" がありんしょう。その為には、よそのきもちを踏み躙るも厭わぬ、と、よう判りんした」

 こん、と岩の淵に煙管の灰を零し、白魚の指先に臙脂色の扇子を咲かせて、ゆらりと立ち上がる影は高く、気高く。

「汝等を下したあとに、わっちが、もっと巧う遣ってあげんしょう」

 凛、と。あまやかに椿が薫り出す。

「ハレには少し物寂しゅうござりんすが、折角の舞台───よおく、見ていきなんし───?」
アリス・グラブズ
ヴェーロ・ポータル
広瀬・御影

「……なるほど、貴女にとっては私達が悪役というわけですか」
「然様なことは、決して。只々、彼我の齟齬は自明だ、と。左様なだけでござりんす」
「そうだとしても、貴女のような妖の理屈は、私には受け入れられるものではないのです」
「まあ、非道いことを。汝にも、妖し怪異のひとりふたり、縁がありんしょう。……そも、汝自身、ひとに非ざる身で在るというのに、佳く云う」
 言ノ葉を交えど、御心は交わらず。夜の支配者が妖以外を語るなど厚顔だと、椿太夫は眦を細めてヴェーロを睨めつける。それでも、彼女の生を唾棄する所業は、ヴェーロにとっての正道には成り得ない。彼は、辛苦に苛まれようと、過去に身を窶そうと、尚咲き続ける命の尊さを知っているから。
「あら、アナタは嫌いそうね?でも、ワタシは結構好きよ!だって、分かり易いでしょう!」
 黒衣の襟を正すヴェーロの背後から顔を出したアリスは頬笑を浮かべながら衣裳の裾を揺らす。彼我の正義が相容れぬのならば、為すべきことは単純明快だ。
 アリスは逸早く地を蹴り、戦場へ飛び出した。その背を追ってヴェーロも己が身を投じる。
「行くわ!」
 アリスの御髪に紛れた触腕が肉々しくうねり、巨大化。分岐して『肉壁』を成す。
「ほほ。あいらしいめのこだこと。まっこと───おろかしくて、あいらしい」
 椿太夫が掌にふう、と息を吹きかけると、進路を阻むよう無数の丹花が咲き乱れる。花々は妖気を宿し、花園を侵す者の心身を蕩かす結界を成した。
 成る程確かに、アリスの触腕は花弁による軽微な裂傷を受け止めながら進む壁として機能するだろう。ただし、それは物理的な干渉に対してのみ、だ。花の香に融け合う妖気は、幾ら触腕で覆おうとも防ぎきることは難しい。
 アリスの足取りが鈍る。思考が曇る。あまたるい香が、妖気が、意志を惑わせる。が、刹那。
「路は私が拓こう」
 アリスの視界が一層のあかに燃ゆる。椿の赤を上塗りするような焔が、次々と花を焼いて結界を毀してゆく。焔転によるチェンジリングとインビジブルの発火による九重椿の焼灼を兼ねた攻防一体のヴェーロの御業だ。ヴェーロはアリスに目配せした後、徐々に正面から外れるように進路を変えてゆく。
「まだまだ、このまま!」
「おのれ……では、これならば如何とす?」
 再び駆け出したアリスに眉を顰めながら、椿太夫が扇子を一振りすると、蒔絵の美しい香箱達がぽぽぽんと顕現する。破壊すればたちまち病魔の瘴気を振り撒く匣───破壊すべきか、弾き飛ばすべきか。アリスの剛力による解は何かと思案した、その時。
 織り重なる銃声。見れば、寸分違いなく放たれた弾丸が、香箱の蓋を打ち抜き歪め、その開放を強制的に封じていた。
 狙撃主───御影は澄ました顔で弾倉を替えながら、嘆息混じりに言を紡ぎ出す。
「……まあ、僕個人としては想いや情念を抱いて身を滅ぼすってのは分からなくもないのさ。でもみーくんはお巡りさんだから、その想いが何かを引き起こすなら取り締まるだけニャン。それが僕の正義だワン」
 御影は拳銃を腰に挿し、代わりに警棒を中段に構え、椿太夫を見据える。椿太夫は如何にも不愉快と御影を睨めつけた。
「斯様な小童共に……」
「……おや、詠みが冴えませんね」
「……っ?!」
 その背中にひたりとヴェーロの掌が充てがわれる。椿太夫が反応するよりも早く、ヴェーロは掌に霊気を集約させ、渾身の一撃を叩き込んだ。ヴェーロ不意打ちに体勢を崩した虚を突いて、畳み掛けるように椿太夫の白い首筋へ鋭い八重歯を突き立てる。
「不遜、な……っ!!」
 頸から肩口へ滴る鮮赤の煌きに、妖力が零れていく。だが、最早彼女に反撃する暇は赦されていないのだ。何故なら、既に眼前にふたりの少女が迫っているのだから。
 アリスは傷を顧みず、道理よりも誇りを胸に駆け抜けた。御影は九重椿の残花を『オートキラー』の対象とすることで、瞬時に全線へ跳躍してきたのである。ふたりの予備動作に合わせ、ヴェーロは後方へ跳び退いた。
「これで……!」
「トドメ!よ!」
 アリスの拳と御影の手斧が炸裂。衝撃と斬撃に穿たれて、椿太夫は短い息を吐いた後、よろめいて背中から地面に倒れ込んだ。
「……貴女のお気に召さぬ理屈でしょうが、生憎、私には斯様な持ち合せしかありません。もうご退場ねがいましょう。ここは貴女の舞台ではありませんから」
 満身創痍の椿太夫にヴェーロの封印陣が刻まれていく。魔導書から展開されたそれは、およそ東洋の意趣ではないが、たとえ不服と云われようとも因果応報という他ない。
「最後まで気に障るおとこよ……だが、努々忘れなんすな。汝等もまた、総てを掬い上げること等できはしないのでありんす……ふふふ、呵々、あはは───!!!」
 置土産虚しく、椿太夫の声も身体もやがて縮んでゆき、遂にその姿を消した。此処に、椿太夫の封印は相成ったのである。

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