たい焼き屋さんを救え!
●妖怪商売あがったり
大正浪漫の面影残る√妖怪百鬼夜行。とある商店街の一角には、知る人ぞ知るたい焼き屋があった。
型は天然、生地にも餡にもこだわりを込めて、焼き加減に命をかける。
おまけに安いときたものだから、近所の皆さんの定番おやつとして愛されていた。
店主は妖怪、この道100年。ガタイの良い身体で、いかにも職人気質という顔つきだ。
お客さんから美味いと言われるだけで嬉しいんだと豪快に笑う姿が印象的だった。
けれど、店主にはまだまだでっかい夢があった。
「もっともっと俺のたい焼きを食ってもらいたいぜ」
だが、その情念がまさか古妖を蘇らせてしまうことになるとは――。
「あぁ、てめぇら!」
店の前を妖怪の群れがどたばたと走り去る。
「まぁた店のモンを盗んでいきやがって!」
だが、奴らの逃げ足は速い。カウンター越しに立つ店主にはとても追いつけなかった。
「畜生、あの時からだ。まさかこんなことになっちまうたぁなぁ……」
トホホと肩を落とす店主。
せっかく焼いたたい焼きも、焼けば焼くだけ妖怪たちが盗んでいってしまう。
おかげで商売あがったり。せっかく買いに来てくれた常連さんたちにも迷惑がかかってしまう。
「このままじゃ、おまんまの食い上げだ……」
困り果てる店主の姿はとても小さく見えた。
さて、何故こんなことになったのだろう。
「ほほほ、甘美でありんす」
件のたい焼き屋からほど近い隠れ家の中で、焼きたて盗みたてのたい焼きをぺろりと平らげて、豪奢で妖艶な女が笑う。
「甘味に興じるのもまた女の嗜み……どれもう一つ」
そういってもう一つのたい焼きをつまむと、あーん、と口を開く。
この女は星詠みの悪妖『椿太夫』。封印された肉片から蘇った彼女は、ふと店主の顔を思い出す。
(「約束が違うぜ!」)
「人聞きの悪いことをいうお人」
くすくすと笑う椿太夫。そんな時、ガララと襖が空いて、妖怪が再び山盛りのたい焼きを運んできた。
「こうしてわっちがたくさん食べているじゃありんせん」
くつくつと笑って、椿太夫はたい焼きを頭から食いつくのであった。
●さくかりふわあま、魅惑の甘味
「たい焼きって、おいしいよね」
突然、|雨深《あまみ》・|希海《のあ》が言った。
「かりかりふわふわな生地に、素朴な甘さのあんこ。クリームやチョコが入っているのも良いよね。アツアツ焼きたての状態は、特に寒い冬には最高だと思うんだ」
淡々と熱弁する希海。たい焼きへの思いを言い切って満足したのか、ふぅと一息入れて、√能力者たちに向き直った。
「√妖怪百鬼夜行で、すごい美味しいたい焼き屋さんが古妖を蘇らせてしまったんだ」
希海はそう言うと、ある商店街の地図を見せる。
「ここのお店。地元では結構有名なお店らしいんだけどね。店主がついつい、もっとたくさん自分のたい焼きを食べてほしいって願ってしまったみたいなんだ」
その情念を感じ取り、古妖が目覚めた。
「そして、願いを叶えてやるから封印を解け、と持ち掛けられた……」
そうして店主を唆し、見事に蘇った椿太夫は店主に約束を守ると告げたらしい。
「でもそれはね、お店のたい焼きを根こそぎ盗んで、椿太夫が独り占めしちゃうって形で果たされたんだ」
古妖との取引なんて、大体は散々な結果に終わるものだ。店主は弱り果て、店を閉めることすら考え始めているらしい。
「そんなことさせちゃいけない。元凶の古妖を倒して、お店の人を救おう」
ぐぐっと拳を握って希海は√能力者たちをまっすぐ見つめるのであった。
「まずは、たい焼き屋さんで待ち伏せして」
希海はお店を指さして告げた。
「古妖は手下を使って、定期的にたい焼きを盗んでいくんだ。人の目なんて気にしない。だから堂々とやってくると思うよ」
それを追うかとっ捕まえるか。どちらを選ぶにせよ、手下たちが古妖の潜んでいる場所に導いてくれるはずだ。
「あとは古妖をもう一度封印すればいいだけ。簡単だね」
古妖が封印されれば、手下たちも盗む理由を失って商店街から逃げ出すだろう。
「手下たちが来るまでの間、どうせならたい焼きを食べさせてもらったらどうかな。きっと、絶対、おいしいよ」
希海はキラキラした瞳で√能力者たちに告げる。
「さぁいってらっしゃい。たい焼き屋さんの未来、頼んだよ」
第1章 日常 『どえらい美味いたい焼き屋』

√妖怪百鬼夜行のとある商店街。
行き交う妖怪たちで賑わうその一角に、問題のたい焼き屋は居を構えていた。
看板も出してのれんも上げて、ふんわりと甘い匂いが漂ってはいるものの、その厨房に立つ店主はひどくうなだれていた。
その姿に|アリス・グラブズ《繧ウ繝溘Η繝九こ繝シ繧キ繝ァ繝ウ繝?ヰ繧、繧ケ $B%"%j%9(B》(平凡な自称妖怪(怪人見習い)・h03259)は憤慨する。
「ひどい! 店主さんを騙してたい焼きを独り占めするなん……」
が、そこで言葉を止める。そして閃いたというようにぱっと顔を上げる。
「いいえ、よく考えるのよアリス! 盗まれるたい焼きならワタシが全部食べてもいいということでは!?」
実際にはそんなことはない……と思うが、アリスはもう大張り切りだ。
たい焼き屋にいれば勝手に手下がやってくるのだ。なら、アリスはお店でどっしり構えて、たい焼きをひたすら食べてしまえばいい!
「店主さんの夢はかなう! ワタシも幸せ! 事件も解決する!」
そうやって言葉にすると、ますます名案だという実感が湧いてくる。
「完璧だわ!」
まさに『天才』。そんな風に自画自賛したアリスは、改めてたい焼き屋へと向き直る。
「ではさっそく……」
るんるん気分でたい焼き屋へ向かい、大きく手を振った。
「店主さーん! たい焼きくださーい!」
「あぁ、あいつらに喰われちまうくらいなら、どんどん食ってくれよ!」
しょんぼりとしていた店主も、アリスの姿にやや元気を取り戻したようだった。
今まさに型から外したばかりの、焼きたてあつあつの一つを袋に入れて、アリスに手渡す。
「さっそくいただきます!!」
アリスがあーん、と大きく口を開けたその瞬間。
そろり、そろり……と視界の外で何かが動いた。
「あっ」
「あっ」
小さめの猫又と目が合った。
猫又はカウンターの裏に手を伸ばして、作り置きされたたい焼きを今まさに奪おうとしているところだった。
しばし互いに見つめあう。猫又は汗をだらだらかきはじめている。そして。
「……にゃっ!!」
びゅん、と身体をばねのようにしてその場から逃げ出した。
「駄目よ!」
だが、アリスはすかさず手を巨大化させ、猫又をぎゅっと捕まえる。
「ワタシが食べてる間はそのまま待っていなさい!」
巨大化させた手で猫又の全身を拘束しながら、アリスは満を持して……という様子でたい焼きに瞳を輝かせる。
そして、あぐっと頭からかぶりつき、豪快にむしゃむしゃと食べ始めた。
「ん~~~っ」
甘くてアツアツで、薄めの生地のさっくり具合が絶妙だ。アリスは夢中でそれを平らげると、にっこにこで店主に「おかわり!」と叫ぶ。
「にゃ、にゃーは……」
拘束されている猫又が恐る恐る聞いた。『食べてる間』とはすなわち、アリスが満足するまでの間ってこと?
アリスはもちろん、当然という感じで頷いた。
「下手に動いたら握りつぶしちゃうわよ!」
「にゃー……」
たい焼き窃盗犯の一人は、アリスの巨大な手の中でぐったりうなだれるのであった。
はぐ。んぐ。もぐもぐ……。
賑やかな商店街の中でも、少し路地に入ればその喧噪も遠くなるというもの。
店の裏に立つ電柱の陰に隠れて、男がたい焼きをかっ喰らう。
「うん。美味ぇや」
紙袋に詰めてもらったたい焼きをもう一つ。彼の名は|護導《ごどう》・|桜騎《おうき》 (気ままに生きる者・h00327)。このたい焼き屋の事件を聞きつけ、やってきた√能力者の一人だ。
柱に背中を合わせ、じっと店を見つめる桜騎の姿は、警察官なだけあってとても板についている。その体勢はさながら狩りのようですらあって、気配はすっかりと消え失せていた。
きっとどんな者でさえ、今の彼のことを簡単に見つけることはできないだろう。
盗みを働く古妖の手下どもは、かなり頻繁に店に訪れているようだ。
それならばきっと、次の犯行まで時間はそうかからないはず。と思っていたところ。
「……ん」
早速来た。桜騎はきょろ、きょろとさりげなく周囲を伺う妖怪の姿を認め、じっと様子を伺う。
右を見、左を見、カウンターを見。今もせっせとたい焼きを焼いている店主を見。
ゆっくり腰を落として、姿を隠して、ほんの一瞬店主が目を離した瞬間。たい焼きに手を伸ばす!
「おぉっとぉ」
「ひぇっ!?」
伸ばした手を、桜騎の腕ががっしりと掴んだ。
「美味いもん独り占めたァ、よくねェもんで」
桜騎に問い詰められて、妖怪は目をそらしてシラを切る。
「な、なに言ってるんだよ? 俺はただたい焼きを買いに……」
「親方、こいつァ見覚えあるかい?」
ぐぃ、と妖怪の顔を店主の前に向けて尋ねる。
すると店主はみるみる顔色を変えた。
「あ! テメェ昨日の!!」
「ひ、ひぃぃ~っ!」
怒鳴られ観念したか、妖怪はようやく罪を認めたのであった。
「さぁて、仲間はまだいるんだろ? とっとと捕まえちまおうじゃねェか」
桜騎は妖怪が逃げられないようにしっかりと縛り付けつつ、再び張り込みを開始するのであった。
たい焼き泥棒に悩まされるたい焼き屋を救うべく集まった√能力者達。
店主はその心意気に打たれ、奴らに食わせるくらいなら、とたい焼きを次々と作ってくれている。
「こんにちは」
そんな店の暖簾を新たにくぐる者がひとり。琥珀の瞳を携えた、真白な少年、|茶治《さじ》・レモン(魔女代行・h00071)であった。
「いらっしゃい!」
「こちらのたい焼きが美味しいと伺いました。是非、僕もたい焼きを頂戴したく……」
そう言ってからハッとして、レモンは財布を取り出す。
「あっ、お金はあるので、ご安心下さいね」
控えめに笑うレモンに、店主は豪快に笑って見せた。
「馬鹿言っちゃいけねぇ! ウチのことを助けてくれようって奴に金なんか頂けねえよ!」
そういうと、店主は有無を言わさず、焼きたてを一つ押し付けるように渡す。
「そ、そんな申し訳ないです……」
「いいからいいから、ほら、他には何が食べたい?」
そう聞いてくる店主にレモンはおずおずとしながら聞く。
「個数制限などは、ないのでしょうか」
「ははは、好きなだけ食ってくれ!」
そんな風に返されて、レモンはパァッと顔を明るくさせた。
「良かった! ではまずは……こしあんもう一つと、クリーム、チョコレート、チーズも一つずつ……」
メニューを眺めながら、レモンは気になるものを次々注文してゆく。
一通りめぼしいものの注文を終えると、レモンは店主に尋ねる。
「何か変わり種などございますか?」
「ならこのずんだ餡はどうだい」
「でしたら、それも一つお願いいたします!」
こうしてレモンは紙袋にたくさんのたい焼きを詰めてもらい、ほくほくとしながら店の前に設置されたベンチに座る。
まだ盗人らしい妖怪の姿はない。なら、今はただひたすらに楽しむ時だ。
「では、いただきます!」
レモンは袋の中からたい焼きを一つ取り出すと、それを両手で持つ。
(「たい焼きの食べ方は、頭派かしっぽ派が多いですが……」)
ぐっと、両手に力を込めて、左右に力を入れる。
(「僕は2つに割って真ん中から食べます!」)
生地がおなかから二つに割れて、ほわっと湯気が上がる。ほかほかの餡が薄めの皮にたっぷり詰まって、甘い匂いが立ち込める。
その見た目だけでもう涎が出てしまいそう。はやる気持ちを抑えて、レモンが言う。
「では早速、いただきます」
そうしてはふっと、餡の詰まったおなかにかじりつく。
「……んー!」
口の中でほっくりしたアツアツの餡がとろけるようだ。中身がぎっちり詰まった大ボリュームなたい焼きは、もうその一口だけで至福の時間。
べったりとしない口に残らない甘みが後を引いて、もう一口、もう一口と食が進んでしまう。
「ホクホク感がたまりません」
冬の寒い日に、身体がみるみる暖まってゆくのを感じる。
ほぅ、とため息をつけば、白い息が冷たい空気の中で舞った。
「幸せなひと時です……」
レモンはたい焼きを一つ食べきると、次は……と袋の中を物色する。
まだまだ盗人は来ていない。なら、それまでの間このひと時をたっぷりと楽しもう。
そうしてレモンは再び、たい焼きにかじりつくのであった。
「テンチョ、クリーム味くれる?」
たい焼き屋の前で、|煙谷《たばこや》・セン (フカシの・h00751)が言う。
「あいよ!」
まるで馴染みの店のよう。センはカウンターに寄りかかり、店主に向かって笑いかける。
「おれも飲み屋でバイトしててサ。食い逃げ犯許すまじの気持ち、超分かるヨ」
「おぉ、そうか!? そうだよなぁ!」
店主はセンの言葉に大きく頷きながら、たい焼きを手渡す。
アツアツのたい焼きを早速頬張ってみれば、ぱりぱりの生地に甘くて濃厚なクリームが口の中に広がってゆく。
そんなたい焼きに舌鼓を打ちつつ、センは告げる。
「あれだヨ。食い逃げは個人の努力でなくて周囲のコミュニティで防ぐモンだと思うのよ」
店主は腕を組んで、うむむ、と唸る。
「馴染みのお客サンにも相談してみ? 結構目ぇ光らせてくれるもんさ」
「そうだなァ……今までそんな輩はいなかったもんで、考えたこともなかったぜ」
店主の頭には、協力をしてくれそうな客の顔がいくつも浮かんでいるのだろう。
とはいえ、今回は古妖のしわざである。センはへらっと笑いながら付け加えた。
「マァ今回ばっかは裏にセコイのいるみたいだから、一般人が出しゃばらん方が良いのかもしらんけどね?」
「あぁ、悪いなァ……俺があんな願いを言っちまったばかりに、皆に苦労かけちまって……」
店主は深く反省した様子を見せた。とはいえ古妖は人の情念を揺さぶる。相当に意思が固くない限りはあらがうのも難しいところでもあるのだが。
「さぁて……?」
そんな時、センはピクリと眉を動かした。
ちょろ、ちょろ、と影に隠れながら用心深く近付いてくる妖怪の存在に気が付いたのだ。
センはそれを認めると、店主に注文をつける
「テンチョ、もう一つおくれよ。アンコの奴」
「おう、任せな」
突然の注文に店主は頷き、ほんのわずかにカウンターから目を逸らす。
その瞬間、ひゅっと一陣の風が吹いた。直後、たい焼きがふわっと宙に浮かぶ。が。
「ハイ現行犯」
がしゃん。
「えっ?」
足元に生えていた雑草が檻となり、盗人妖怪を閉じ込めていた。
あっという間の、そしてあっけない捕り物であった。
「薄利多売は売ってナンボなんだから、あんまテンチョを困らせちゃダメだヨ?」
檻の中で観念した様子の妖怪に、センはへらへらと笑うのであった。
|九途川《くずかわ》・のゑりは事件のあらましを聞き、憤っていた。
「ドロボーは犯罪ですよ! 必ずとっちめてやります!」
むふーっと鼻息も荒く、黒猫の姿をした妖怪が張り切ってしゅっしゅとシャドー猫ボクシングをしている。が。
「あっ、たい焼きのいい匂い……」
ふわっと香った甘い匂いに、のゑりはすっかりそっちに興味を奪われた。
「店主さん、このこしあんとつぶあんとクリーム……」
メニューを指さしながら、どんどん注文を続けてゆくのゑり。
「あとチョコをそれぞれ2つずつ、いただいてよろしいでしょうか」
「おぉ、よく食べるな」
店主は驚きつつも頷くと、それぞれのたい焼きを用意し始める。それを見守りながら、のゑりはぱちんと財布を出して聞く。
「おいくらでしょうか」
「あぁ、いいって! お前さんも古妖をとっちめてくれるために来たんだろ?」
出来るお礼はこのくらいだ、と豪快に笑って、店主はたっぷりたい焼きの詰まった紙袋を手渡した。
「いいのですか!」
「勿論だ。俺のせいで起っちまったことなんだからさ」
少しばつの悪そうな顔をした店主に、のゑりは「それでは遠慮なく!」とたい焼き受け取る。そして、そのうち一つを手に取って、あーんと大きく口を開けた。
「はふっ、んぐっ……むぐっ」
出来立てホカホカ、すっきりしつつも濃厚な甘みが口に広がって。
サックリとした生地の歯ごたえも、餡のなめらかな舌触りも、どれもこれもが最高級。
「ふはーっ♪」
たい焼きを一つ食べきったのゑりは、幸せそうに息をつく。
ひとまず甘味の補給もできた。のゑりはビシッとしたポーズで指さしして元気に言う。
「調査開始ヨシ!」
というわけで、のゑりは周囲を見渡した。周囲にはふわふわとインビジブルたちが漂っている。
「そこのインビジブルくん! ドロボーの来る時間帯を知っていますか!」
そうして尋ねられたインビジブルが徐々に姿を変え、老人の姿に変わる。
インビジブルを生前の姿に変え、協力を得るゴーストトークの力だ。
「あぁ、ここんところの盗人じゃろ? 店をやってる間中頻繁に来るからの……。きっともう少ししたら来ると思うぞ」
「なるほど、じゃあどんどん食べちゃいましょう!」
インビジブルに礼を言うと、のゑりはひょいと店の屋根の上へ登り、身を伏せた。
「ではでは、少しの間待ちましょうか」
紙袋の中のたい焼きをまた一つ取り出す。
手下が来るまであまりに時間がかかるなら、もっと食べるペースを落としても良いかと思ったが、すぐに来るなら冷めないうちに食べてしまおう! というわけで、二つ目のたい焼きをあぐっと頬張るのゑり。
「おっ?」
すると、何やら怪しげな妖怪の姿が目に映った。周囲をきょろきょろ伺って、お店の方の様子を見ている。
「あいつですね……!」
警戒してじっくり動きを観察していると……妖怪がカウンターに手を伸ばした!
「ちょっと待ったぁあ!」
「うぇっ!?」
屋根の上からのゑりが飛び降りてくる!
どしーん! と妖怪を押しつぶして、のゑりが叫ぶ。
「現行犯逮捕だ!」
「し、しまったぁ……!!」
観念した妖怪は、その場でシュンと項垂れるのであった。
「本当、古妖が絡むと碌なことが無いわね……」
事件のあらましを聞いて、|玖珠葉《くすは》・テルヴァハルユは頭を抱えた。
まさか店主の情念を悪用して、たい焼きを独り占めだなんて……。
「美味しいご飯を独り占めしたい気持ちは分からなくも無いけど、対価も払わず、配下に盗ませてってのは無粋だわ」
ふぅ、とため息をつく玖珠葉。美味しいものを作ってくれた人には相応の敬意と対価を支払うべき。そう思いながらたい焼き屋ののれんをくぐる。
「そういうわけで、たい焼き1個! もちろんお金は払うわよ?」
玖珠葉の言葉に、店主は有難そうに笑いながらも手を横に振った。
「いやいや、テメェの不始末をあんたらに任せるんだ。こんくらいは振舞わせてくれ」
店主は申し訳なさそうにしつつも笑って玖珠葉にたい焼きを手渡そうとする。
実際、古妖が元凶とはいえ、その呼び声に負けてしまったのは店主だ。店主は店主で負い目を感じているのだろう。
「んー、なら……」
玖珠葉は玖珠葉で悪そうにしながらもたい焼きを受け取る。そんな時。
「ん?」
玖珠葉の周囲を、黒い毛むくじゃらが飛び回る。
「クロ?」
それに、掌サイズの丸っこい妖怪も加わって玖珠葉にアピールをしてくる。
「モルも……二人も食べる?」
そう聞けば、クロとモルと呼ばれた玖珠葉のお供、二人の妖怪は嬉しそうにぴょこぴょこする。
「それじゃ、追加であと四つ!」
「あいよ! もちろんそっちもサービスだ!」
ほわっとアツアツのたい焼きは、寒い冬の空で冷えた身体を暖めてくれるよう。
一口齧ればさっくりした生地の歯触りと、なめらかな餡の甘みが広がってくる。
「んんーっ」
噂に違わぬ美味しさに、玖珠葉が思わず唸る。お供の妖怪たちもまぐまぐ夢中で食らいついている。合計5個になったたい焼きは、結局玖珠葉が3つも平らげた。
そんな風にたい焼きを堪能しているところに、怪しい妖怪の姿が目に入ってきた。
じろじろと何かを見回して、周囲を警戒しているような。
(「あいつね……」)
玖珠葉はその妖怪が古妖の手下であることを確信する。
その妖怪がたい焼き屋のカウンターに手を伸ばした……その瞬間!
「今よ!」
「げぇっ!?」
玖珠葉の号令とともに、どろろんと大量の配下妖怪たちが現れた。
「神妙にお縄につきなさい!!」
玖珠葉の呼んだ百鬼夜行にあっさりと制圧される手下の妖怪。
他の√能力者の仕事の甲斐もあって、かなりの数が捕獲された。
もうまもなく、古妖の仕向けた手下たちはみな捕まえられることになるだろう。
たい焼き屋の店主が願った『もっとたくさん食べてほしい』――。
「それって多分、いろんな人に食べてほしいってことだろ?」
|久遠《くおん》・|氷蓮《ひょうれん》(紅蓮の氷術師・h01405)は首を捻る。
古妖は自身の封印を解くことしか考えていない。したがって、願いが本来の意味からかけはなれることなど、ままあることだ。
「ともかく泥棒は許さないぜ!」
氷蓮はそう意気込むと、件のたい焼き屋へと向かうのだった。
「えぇっ、待ってる間本当にご馳走になっていいのか!?」
「あぁいいぞ、好きなだけ食ってくれ」
店主は焼きたてのたい焼きを差し出しながら笑う。古妖の封印を解いてしまったのは自分の責任だ。それを√能力者たちが解決してくれるというなら、この程度お礼のうちにも入らないと笑う。
「なら小豆にチョコにカスタードに……全種コンプリートを目指すぜ!」
「よっしゃ任せな!」
店主も威勢よく応じると、次々とたい焼きを作って氷蓮に手渡してゆく。
甘党な氷蓮はそんなたい焼きの群れに目を輝かせ、そのうち一つを手に取った。
「いただきます!」
食べる時は頭から! 豪快にがぶりと頭にかじりついた氷蓮は、むぐむぐと咀嚼をしながら、たい焼きを味わい始める。
さっくり食感の皮、餡はなめらか。やさしい甘さが口いっぱいに広がって、幸せそうに唸る。
「お兄さんのたい焼きは、温かくて甘くて、本当に美味しいな!」
にっと笑って店主を褒めると、そこでハッとなる。
「あっ、言ったそばから一人で食べすぎたかも……」
そんな風に申し訳なさそうにする氷蓮に、店主はがははと笑う。
「良いってことよ!」
そうは言うが、やっぱり悪い気もしてしまう。だから氷蓮はぐっと拳を握る。
「なら、食べた以上に働いて取り戻すぜ!」
「あぁ、頼もしいな、頼んだぜ!」
たい焼きを食べてエネルギーも十分。あとは泥棒を待つばかり。
きっともうすぐ相手はやってくる。他の√能力者達とどうように、ここで捕まえてしまえば悪さはできなくなるだろう。
おなかも満たされ満足した氷蓮は、これから起こる捕り物に向け気合十分で待ち構えるのであった。
くるん、ぱたん、くるん。
型が火にあぶられて、甘い匂いがふわっと香る。
がぱっと型が開かれれば、カリカリ皮の出来立てたい焼きが転がり出る。
それを眺め、|御兎丸《みとまる》・|絶兎《ぜっと》(碧雷ジャックラビット・h00199)は目を輝かせる。
絶兎もたい焼きは大好きだ。たくさん食べたい気持ちはよくわかる。
「でも、いくらスキでも独り占めはだめだって知ってる!」
泥棒をする妖怪達に怒りを覚えつつ、絶兎は店主に胸を張った。
「だいじょうぶだ、おっちゃん! ここにはオレさまと皆がいるからな!」
「頼んだぜ坊主! ほら、こいつ食べな」
店主はそう言って、今しがた出来上がったばかりのたい焼きを振舞う。
「わー! わー! ありがとおっちゃん!」
アチアチのたい焼きを手渡され、絶兎はさらに目を輝かせた。紙袋ごしに熱が伝わって、はやく食べなきゃって気持ちにさせてくる。
「よーし、いただきまーすっ!」
あーん、と大きく口を開け、絶兎は一気に頭にかじりつく。
「あぐっ……!」
さっくり生地の中から餡が飛び出す。熱~い餡が口の中に一気に広がり。
「あっぢい!」
絶兎が叫んだ。口の中のものをほふほふさせながら、ゆっくり咀嚼し飲み込んだ。
「でも……甘くてうまい~!」
その味わいはほっぺが落ちそうなほどで、喜ぶ絶兎に店主は嬉しそうに笑った。
熱さに気を付けながらはふ、はふと夢中で食べる絶兎は、食べながら決意する。
「きめたっ、あとでししょー達へのおみやげにする!」
そうと決まれば、この仕事は絶対に失敗できない。この絶品たい焼きを振舞ってくれた店主に報いるためにも、しっかり見張らねば!
絶兎は用意されたベンチに腰掛け、残るたい焼きを食べ続ける。
今の絶兎はどこにでもいる普通のお客だ。きっと泥棒達は自分のことを警戒なんてしないはずだ。
その絶兎の狙いは見事に的中した。絶兎は残る尻尾をあーんと一口で食べようとしたとき、ふと妙な奴に目が留まる。
妙にきょろきょろして落ち着いていない。何か様子を伺っているようで……。
「……」
カウンターに近づいたそいつはひゅんっ、とカウンターに手を伸ばす!
「いまだっ!!」
「ぎゃっ!?」
絶兎が妖怪にとびついた!
妖怪は何もできないまま、そのまま地面に組み敷かれる。
「な、なんだお前っ!?」
「オレさまは! たい焼きを守るさいきょームテキのゼットさまだっ!!」
堂々と名乗りを上げる、絶兎の姿に、泥棒妖怪は観念するしかなかったのであった。
第2章 集団戦 『悪い百鬼夜行』

「おい、やばい! なんか皆捕まっちゃってんじゃん!」
「どうする? 逃げる?」
「馬鹿! そしたら椿太夫様に叱られちゃうだろ!!」
店の近くの陰で、もぞもぞと言い合いをしている一団がいた。
「それにあいつらも助けないと……あいつらきっとアジトのこと吐いちゃうぜ」
「………んん~~~……仕方ない!」
話がまとまったのか、その一団が√能力者たちの前に姿を現す。
「やいやいやい、おいら達の仲間になんてことしてやがんでぇ!」
「へへへ、おめーさんらをやっつけて、ダチを返してもらうぜ?」
「大丈夫かなぁ……」
そんな風にそれぞれ口々に喋りだす妖怪達。その名もずばり、悪い百鬼夜行!
こいつらを懲らしめて、元凶の居所を吐かせよう。
古妖の差し金で盗みを働いていたのは、悪い百鬼夜行だった!
いかにも悪そうな奴からひょうきんそうな奴、気弱そうな奴まで様々、百鬼夜行の列に連なっている。
「つまり! えーと! 悪い奴らね!」
アリスは『理解した』と大きく胸を張って元気に告げる。
「懲らしめてあげる!」
対する悪い百鬼夜行達もやる気いっぱいだ。
「よぅし、野郎どもいくぜぇ!」
「おーっ!」
リーダー格の掛け声とともに、妖怪達が一斉にアリスに襲い掛かる!
アリスはそんな様子にふふんと鼻を鳴らした。
「やっぱり!」
直後、アリスの身体から『ずるぅ』と何かが伸び出る。
現れたのは|今の《・・》アリスの姿にはやや似合わない『触腕』であった。アリスはその触腕を自由自在に動かして、鞭のように妖怪たちを薙ぎ払う!
「ぎゃぁー!?」
「なんでぇ!?」
吹き飛ばされた妖怪達が次々に驚きの声を上げる。
アリスから伸びた触腕は、迫る妖怪たちを片っ端からひっぱたき、掴み、締め、そして放り投げる。
この活躍はアリスの読みが的中した証でもあった。
「百鬼夜行といっても、この街中じゃそんなに一斉にはかかれないものね!」
「そ、そうだったぁー!」
どばぁーんと勢いよく吹っ飛ばされてゆく妖怪達は、自分達の数の多さが仇となったことを悟る。
おまけに、今この場には多数の√能力者も控えているのだ。どれだけ数がいたとしても、一人の√能力者に対して戦える数はそう多くない。
それを見越して、アリスは触腕で蹂躙力を増し、迫る妖怪たちを薙ぎ倒したのである。
「ち、ちくしょ……うおっ!?」
触腕で頭からひっぱたかれて妖怪が地面に叩き潰される。
「ぐへぇ!」
「にゃー!!」
触腕は妖怪たちを好き放題に叩きのめしているが、死んでしまっているものはいなかった。
どいつも、もう戦えないくらいに痛めつけられて、地面にぜぇぜぇと息をついて転がっている。
「やっている事がコソ泥程度だし……食べるのは勘弁してあげる!」
にこ、と笑うアリス。その可愛らしい笑顔とは裏腹に、妖怪たちはゾゾっと背筋が凍るのを感じていた。
その笑顔の下に隠された捕食者の瞳。それが妖怪達にアリスの言葉を実感として心に刻ませたのであった。
「おやまぁ、ちいけえのがガヤガヤと」
現れた悪い百鬼夜行の一団に、|護導《ごどう》・|桜騎《おうき》(気ままに生きる者・h00327)は呆れたように言う。
「ちいけえたぁご挨拶じゃねぇか!」
「オイラたちの力を舐めんじゃねぇぞ!」
そんな風に啖呵を切る妖怪達に、ますます呆れ顔になるのは|玖珠葉《くすは》・テルヴァハルユ年齢不詳の骨董小物屋・h02139)である。
「古妖の腰巾着が、随分な態度を取ってくれるじゃない?」
はぁー、と大きなため息を一つ。そしてジロリと妖怪達を睨んで告げる。
「こんな、妖怪の風上にも置けない連中に後れを取っては、妖怪大将の名が廃るわ」
半人半妖、妖怪大将の素質を持つ玖珠葉は、その使命感を燃やしつつ、自身の霊気を練り上げてゆく。纏った霊気は織り重なるように玖珠葉を包み、それは白銀の聖なる鎧へと姿を変えた。
そして、装着者となった玖珠葉の力を何倍にも膨れ上がらせる。
「ガッツリお仕置きしてあげるから、覚悟なさい!」
ビシッと決めた玖珠葉にたじろぐ妖怪達。中でも気弱な方の奴らは、裏でコソコソと相談を始めていた。
「おいどうする?」
「こいつらヤベェよ」
「ここはズラかろうぜ!」
しかし、もはやそんな選択が妖怪達に残されているわけはなかった。
「あばっ」
逃げ出した一匹が、いつの間にやらピンと張られていた鋼糸に切断されたのだ。
「逃がしゃしねェよ。こっちも色々と聞きたいことがありやすしね」
その鋼糸を張ったのは桜騎。桜騎は手にした傘をくるりと回して、にやりと笑う。
「こ、こんちくしょう!」
捨て鉢気味に妖怪が襲い掛かる。だが、その仕草を見るや桜騎はひょいと軽やかに跳び、襲い来る妖怪に鋼糸を絡み付けてその身体を切り裂く。
「い、いてぇ! こんにゃろ……アラ?」
妖怪が目をしぱしぱさせた。いつの間にやら桜騎の姿は闇に紛れて消えていたのだから。
「よそ見してていいわけ!?」
そこに、上空から玖珠葉の声が響いた。
聖なる鎧の力で高速飛翔能力を得た玖珠葉は、空から百鬼夜行の陣容を確認していたようだ。
そうして導き出した敵陣営の薄い箇所、それを狙って急降下を仕掛けたのだ。
「ひぇっ!?」
妖怪たちは身構える間もなく、仕込み刀による連続の斬撃で次々と斬り伏せられる。
「まだまだ、お仕置きはこれからよ!」
さらに玖珠葉は速度を落とすことなく離脱。その後即座に反転すると、再び刃を走らせる。
「ぐえーっ!」
「ぎゃぁー!」
妖怪たちは一撃離脱の戦法に右往左往。玖珠葉の全力攻撃に対抗する暇もなく、みるみるうちに数を減らしてゆく。
「と、突撃だぁ!」
よしんば反撃の突撃が来たとしても、玖珠葉の鎧と纏ったオーラがそれを跳ね返してくれる。
「このままやられてたまるかよぉ!」
もうこうなっては一か八かのやけくそだ。妖怪たちは大つづらを取り出し、それを桜騎に投げつけた。
「おぉっと」
桜騎はわざとらしく驚いてみせる。大つづらはそんな桜騎の身体をするりと抜けて、何もないところで無意味に爆ぜる。
「よぉく見ておくんなよ」
ぎくりと妖怪達が振り向くと、そこには桜騎の姿があった。
妖怪達の前にいたのは、ただの幻影。本物はすでに背後に忍び寄っていたのである。
「大人しくお縄についてもらいやすよ」
鋼糸をぐるりと巻いて、妖怪達を次々無力化する。
「あんたたちもそこで大人しくしてなさい!」
玖珠葉もまた、生け捕りにした妖怪達を一か所に集めてゆく。
こうして、悪い百鬼夜行の一味は、その多くが捕らえられたのであった。
「さぁて、お前さんらには聞きてぇことがあるんですよ」
「古妖のアジトはどこかしら?」
桜騎と玖珠葉に気圧されて、妖怪たちが青白い顔をする。
もう間もなくで、アジトの場所は割れるだろう。
それまでもう少し、百鬼夜行を懲らしめてやろう。
「来たなたい焼き泥棒……まずはたい焼き屋の兄さんに謝るんだ!」
氷蓮はとうとう現れた悪い百鬼夜行の前に立つと、堂々とした態度で告げた。
「うっ……」
妖怪たちはそんな氷蓮の姿にたじろぎ、一部は顔を見合わせた。
百鬼夜行といっても、寄せ集めなのだろう。妖怪達の統制はあまり取れているわけではなく、罪悪感を覚える者もチラホラと見られた。
その様子に、氷蓮はさらに言葉を続ける。
「それから、取った分お代払うとか働くとかして……それで悪いことをしないって約束するんだ! そしたらお前たちの友達も返してもらえるようにお願いしてみる!」
そんな氷蓮の言葉は、あまりに眩しかった。眩しかったからこそ、後ろ暗い妖怪達は言い返す術もなく、ただ顔を赤くするばかり。
「あ、できればアジトの場所も教えてくれ!」
「う、うっせー! 信じられるかよぉ!」
氷蓮の最後の言葉で、とうとう逆上してしまった。
「くっそー、駄目か……!」
残念そうな氷蓮だったが、もともと説得・交渉は苦手だと自覚していた。だから気持ちを切り替えて、魔力を集中させる。
百鬼夜行に連なる妖怪たちがより集まっている場所に狙いを定め、一息で呪文を紡ぐ。
「凍り潰れろ! ヘイルストーム!」
「ほぉれ、妖怪料理を……あ?」
妖怪料理を振舞ってパワーアップを図っていた妖怪は、頭上にコツンと何かが当たったのに違和感を覚え、空を見上げた。
「なんだ? 雪か?」
否、それは『雹』であった。
「あ、あだあだだだっ!!?」
気付いた時にはもう遅い。大量の雹が妖怪達に降り注ぎ、積み重なって押し潰す!
「むぎゅぅぅっ……」
雹の下敷きになった妖怪達をふん縛れば、彼らも観念して項垂れる。
まだまだ健在の妖怪達も多いが、こうして数を減らしていけば、アジトの位置も割れるだろう。
「そうしたら、次は殴り込みってやつだな」
ふふんとやり遂げた表情の氷蓮は、今回の首謀者に思いをはせる。
「ボスにもちゃんと謝らせないとな!」
現れた悪い百鬼夜行が切った啖呵。
だがそれは彼ら本位のものでしかなく。
「オマエたちこそ! 人のたい焼きを取るなんて悪いことだぞ!」
絶兎はびしっと指を突き付けて、妖怪達に威勢良く言い放った。
妖怪達は痛いところを突かれたか、思わずむかっと腹を立てて言い返す。
「う、うるさいうるさい!」
が、語彙はない。なので妖怪達はすぐに実力行使に移行した。
「こ、こーなったらこいつで……!」
取り出したの大つづら。投げつけると爆発して、いろんな効果が及ぶ。
だが、絶兎はまったく慌てる様子もなく、ふふんと鼻を鳴らす。
「くらえぇっ!!」
妖怪が絶兎めがけてつづらを投げつける!
それに合わせて絶兎も大ジャンプ、爆風の範囲を超えて、高く上空へと跳ね上がる。
「ふふーん、オレさまやっぱりさいきょー!」
さらに、爆風のエネルギーが追い風となって、絶兎はさらに高く昇ってゆく!
絶兎は手にしたマジックハンドをかざして叫ぶ。
「アライズ・アップ!!」
上空で一瞬、稲妻が閃いた。
「ど、どこいった!?」
妖怪達が右往左往する中、一人が空を見上げて叫ぶ。
「う、上だっ!」
「えっ!?」
驚いて上を見上げる妖怪。その直後。
「こーれーなーらーどうだーっ!」
超上空から落下してきた絶兎が、|超雷神の手《トールズハンド》を顔面に叩きつけた!
「しびびびびびびびびっっ!?」
超絶びりびりにしびれてその場で倒れる妖怪。その姿を見て、ふふんと得意げに笑う絶兎は地面に着地するや再び跳躍する。
「は、早く捕まえろっ、おぼぼぼっ!!?」
指示する妖怪の背後から超絶びりびり。そして今度はダッシュ!
「あばばばば!」
「ぎゃべべべべべっ!」
妖怪達が、絶兎の超雷神の手によって次々痺れてゆく。何とか捕まえたいと思いながらもまったく追いつけないまま、絶兎はさらに速度を上げて妖怪達を翻弄する。
「へへーん、オレさまのスピードについてこれないだろー!」
1体1体ではあるが、痺れて倒れる妖怪達の数は着実に増えてゆく。そうしてある程度が痺れて倒れたところで、絶兎は超雷神の手を妖怪に触れる直前でピタリと止めた。
「オマエたちに命令したヤツ、どこだ! オレさまがぶっ飛ばしてやる!」
妖怪は、冷や汗を垂らしながらもへへっと笑って、しらを切ろうとした。が
「教えないと……やっつけた後めっちゃくすぐるぞ!」
「ひいぃぃっ!?」
その後この妖怪がどうなったかは……推して知るべし。
「おっと、集団のお出ましですね。ここで一丁、食後の運動でもしますか」
たい焼きをお腹に収めたのゑりは、手足のストレッチをしつつ悪い百鬼夜行に対峙する。
「仲間を討ち取られて見捨てて逃げ出さなかったのは良いと思います!」
百鬼夜行の正面に立って、のゑりは堂々と告げた。
「え、あ、そうかなあ?」
思わぬ言葉に照れる妖怪。えへへ、と互いに顔を見合わせる。
「なので、全力で叩きのめして差し上げます!」
「や、やっぱりお前ら敵だぁーっ!」
感情表現豊かな妖怪達に構わず、のゑりはその群れに一気に突っ込んでゆくのであった。
「こいつでもくらいやがれっ!」
妖怪の一人がお盆を投げる。そこには妖気溢れるぷりぷりのお刺身が!
「うっ……!」
これは『万夜大宴会』。妖怪達の妖気から創造された妖怪料理だ。当たってしまえば身動きが取れなくなるのだ。
わかっちゃいる、わかっちゃいるが。
「じゅるっ……」
黒猫妖怪(?)のサガか、どうしても気になる!
それに、ご飯を無駄にするのはひじょーに心苦しい!
しかし、しかしとのゑりは心を鬼にする。
「黒猫の……そしてご飯を粗末にする祟りを御見舞いじゃ~!!」
旧き祖霊|九灯禍《くとうが》様の加護を受け、のゑりは駆ける。まるで黒い疾風のように戦場に吹き荒れ、お刺身を避けて妖怪に迫る。
「炎の爪アッパー喰らえやオラぁ!」
「おぎゃーっ!」
鋭い爪が伸びて、その先端から炎が燃える。その爪ごとアッパーカットを繰り出せば、喰らった妖怪はひとたまりもなく吹っ飛ばされる。
「お、おい早く次の料理を……」
「ジェットねこパーンチ!」
「あぎゅっ!!」
妖怪達が次の攻撃をする暇も与えず、スナップを効かせた猫パンチが炸裂する。
「ぎょはぁっ」
「ぼひゅーっ!?」
ちぎっては投げ、ちぎっては投げ。黒い疾風は炎を噴き上げながら、戦場のど真ん中を荒らしまわる。
「さあさ、悪いことをするあんたらの親玉、元凶の古妖の居場所吐いて貰いましょうか」
「お、教えるもんかふっ!?」
妖怪が猫パンチに薙ぎ払われてすっ飛んでゆく。
「言うまで攻撃は止めませんよ!!」
「ひ、ひぇえっ!」
爪で綺麗に傷跡を刻み、叩きつける!
もはやこうなっては止められるものは誰もいない!
「猫の俊敏さ、とくと食らいなア!」
こうして妖怪達は一気に蹂躙されてしまうのであった。
現れた妖怪達、その名もズバリ『悪い百鬼夜行』。
「悪い子はいねぇかぁ!」
なんてレモンは言うが「おっと」と気付いてにこやかに笑う。
「失礼、皆さん悪い子でしたね」
そう言われれば、妖怪達も普段よりずっと悪ぶりたくなって、へへんと鼻を高くする。
「では、ここからはお仕置きの時間です」
「はぁ?」
悪ぶりたい妖怪達は、侮った様子でレモンを睨む。
「お前みたいなガキがかぁ? へへへ、そんなの……」
言いかけて、じりりと肌が焼けるような暑さに違和感を覚えた。
冬空の下だってのに、なんだってこんなに暑いんだ、と汗をぬぐおうとした瞬間。その手にしゅるりと何かが絡む。
「うぇっ……?」
それは蔦だった。いつの間にやら周辺に花やら蔦がにょきにょきと伸びているではないか。
「花よ謳え、優美に遊べ」
魔導書を開きながら静かに言葉を紡ぐレモン。その詠唱に応じて、空に浮かぶ太陽が燦々と輝いた。
「あ、ありゃぁ、太陽が二つ……!?」
気付いた時にはもう遅い。周辺はレモンの呼びだした疑似太陽によって照らされ、その陽光に誘われた花々が咲き誇っていたからだ。
「う、わっ、ちょっ……」
花々は妖怪達に絡みつき、組み敷き、そして。
「べふっ!?」
花弁を思いっきり頬に叩きつける!
「ちょ、ちょっと待てっ、あ、だめっ」
思い切りお尻を突き出され、そこを蔦で叩く!
どちらも乾いた心地よい音を奏でて、妖怪達は痛みと恥ずかしさで色んなところを赤くする。
「人間でも情けないと思うんですけど……」
それを指示するレモンが尋ねる。
「妖怪の皆さんはいかがですか?」
「や、やめてぇーっ」
お尻を叩かれながら顔を覆っている妖怪の姿を見れば、はっきりとした答えを聞く必要はないだろう。
そんなお仕置きを受ける妖怪達にレモンは告げた。
「ただ食いは悪いことです。覚えて帰って下さい」
しかし妖怪達もただでは転ばない。
「ち、ちくしょう、こうなったら今は身を守るぞっ!」
そんな号令とともに、妖気が集まる。それが集まり、絡まり、その場に新たな何かが創造されてゆく。
「出来上がるぞ、妖怪料理がっ」
「待ってください」
妖怪達の間に、レモンが割って入る。
「妖怪料理ってなんですか?」
「えっ、な、何って言われても……ねぇ?」
突然会話に入られて、えへへ、と仲間同士で愛想笑いをする妖怪達。
「僕、食べたことないんです! 僕も食べたい!」
「い、いやいやいや、これはダメ!」
レモンの突然のお願いに妖怪は全力で首を振る。だがそれで引き下がるレモンじゃない。
「なんで僕はダメなんですか!」
「だ、だってさぁ……?」
曖昧に誤魔化す妖怪達に、レモンはぷんっと拗ねてそっぽを向いた。
「良いですよ! じゃあ僕、この戦いが終わったら一人でたい焼きパーティーしますから!」
そんなわけで妖怪達はそれぞれ自分の身を守るため妖怪料理を口にしたわけだが……。
「い、痛くないのはいいけど……これからどうしよ……?」
防御力は10倍のカッチカチ。もはやビンタもお尻ぺんぺんも効かないが、レモンが呼び出した草花は引き続き青々と茂っていて、絡みつく蔦はまだまだ怪達を捕らえ続ける。おまけに、妖怪達は行動不能になってしまったので抵抗できなくなってしまった。
「……これ、詰んだ?」
というわけで、間抜けな妖怪達は結局全員捕まってしまうのであった。
第3章 ボス戦 『星詠みの悪妖『椿太夫』』

「おやおや、帰りが遅いと思ってみれば、お客さんでありんすか?」
路地裏の薄暗いあばら家の、その中央で椿太夫は悠々とくつろいでいた。
外見に似つかわしくないきらびやかな装飾で彩られたアジトの中で、√能力者を見てもふふ、と小さく笑うばかり。
悪い百鬼夜行は皆捕らえられ、とうとうアジトの場所が暴かれた。
そこで待つ椿太夫はこのことを予見していたかのよう。
「わっちも星詠み。こんくらい芸事よりも容易うござりんす」
吸った煙草をふぅ、と吐いて、椿太夫はしゃなりと立ち上がる。
「さぁ、おいでなんし」
星詠みの力を持つ古妖……この椿太夫を再び封印するために、√能力者たちの戦いが始まる。
古妖のアジトに踏み込んだ桜騎は、椿太夫を見て飄々と笑った。
「こいつはまた別嬪さんだ」
しかし桜騎はこうも付け加える。
「好みじゃねぇですがね」
「ほほ、それは残念」
椿太夫も口元を扇子で隠して目元で笑う。
互いに所作は穏やかに、しかし空気は張りつめて。
「ま、さっさとおかえり願いやしょうか」
その言葉を鼻で笑って椿太夫が返す。
「あらあら、一見さんはどちらさんが帰るかも知らないでありんす?」
キセルで指すのは桜騎の背後。足元には、妖しい香りの漂う香箱。
「野暮はお土産持っておかえりなんし」
「おぉっと」
桜騎は咄嗟に蛇の目傘を下げる。瞬間、香箱が破裂した。ぶわっと香りが溢れ、あたりに充満し始める。
「なら代わりにこいつらの相手しちゃくれやせんか」
その香りを切り裂くように、影が現れ椿太夫に迫る。それらは桜騎の呼び出した配下の妖怪達であった。
「ほほ、野暮も野暮でありんすなぁ……」
扇子を手にその影を払おうとしたその瞬間、ふと椿太夫が目を見開く。
「……主さん?」
桜騎の姿がそこになかったのだ。香箱の爆破のその一発で桜騎が倒れるなど考えにくい。それならば。
「はっ……!」
「お帰りはどちらに?」
背後に気配。その直後に椿太夫の首が引き裂かれた。
「あぐぅっ……!」
柔らかな肌、そして喉元に鋼糸が食いついて、鮮血が噴き出る。桜騎は配下妖怪達を仕向けたと同時に闇に紛れ、椿太夫の死角に潜り込んでいたのだ。
そして隙をついて放たれた鋼糸は命を奪う暗殺の糸。それが椿太夫の命を削り取る。
「ごほっ……!」
しかし椿太夫も力づくで糸を引きちぎり、どくどくと垂れる血を手で抑える。
「女の商売道具をよくも……!」
「そんなら商売あがったりでしょう。改めて、早くお帰りになっちゃどうです?」
怒る椿太夫に、桜騎は飄々と笑うのであった。
悠々とした態度で√能力者たちの前に立ちはだかる椿太夫。しかしセンはどうにも気になった。
「そもそもさぁ。なーんかセコいよネ、オネーサン」
ぴくりと眉を震わせつつ、椿太夫は笑って返す。
「セコい……?」
その言葉にセンは頷いた。
「さっき捕まえた倫理も分かんねーようなおチビちゃん達が食い逃げすんのと、星詠みサマともあろうヒトがやっすい食べもん盗ませてくるのとじゃセコさの度合いが違うっツーカ」
ぴくぴく、再び眉が動く。口を開きかけたところで、センはさらに牽制をかける。
「おっと、間違っても怒んなヨ?」
その言葉に、椿太夫は言葉を詰まらせた。
「星詠みを誇ったのはアンタだ。あんたのセコが際立つ限りその称号も堕ちる……てなもんだ」
言い切ったセンを見て、椿太夫が笑う。しかしその顔は引きつって、わなわなと肩を震わせていた。
「……わっちは、あの御人の願いを叶えているだけでありんす」
ふふ、ふふふ、と少し自棄気味に笑う。そして、ギロリとセンを見据えて告げる。
「そして、主さん方みたいに釣られて来た御人を殺して喰ろうてやるんです」
やや強引な気もする、と思ったのは椿太夫が言い返せないまま散々コケにされたからだろうか。
だが、蘇った古妖が目的とするところの大半は、確かに今椿太夫が口にしたとおり。
センは身構えると、突如として戦場に椿の花が咲き誇った。
「死んでおくんなんし」
「おぉっとぉ」
へらっと笑いながら、センは煙草を一服。すん、と鼻を甘い香りと、煙草の香りがくすぐった。
オーラを張り巡らせていてもなお、椿の妖気はセンを惑わす。それでもセンは余裕の笑みで、椿太夫に一気に駆ける。
「ハハン。吸ってるタバコのニコチンのほうがよっぽど毒だネげふぁ」
言ってるそばからセンが喀血する。大口を叩きながらも、椿太夫の妖気はセンの肉体を惑わし、命を削っていたらしい。
「無理はしないでおくんなんし」
にやりと笑って、椿太夫はさらに椿を生み出した。追い打ちとばかりに妖気を膨れ上がらせる。
「……っ」
椿の花に、センが埋もれた。彼の吸っていたタバコの香りも、もう椿太夫には届かない。
かと思いきや。
「はっ……!?」
一面真っ赤な花畑から、拳が突き上げられた。
その一撃が椿太夫を打ち据えると、センが椿の花の中から現れて、一気に肉薄する。
ふぅっ……。
「うっ!?」
鼻をつくのは花の甘い香りとはまるで違う、煙草のにおい。
センの吐いた煙であった。椿太夫が思わず顔をしかめると、センはすかさず、もう一度拳をぐっと握って踏み込んだ。
そして、全力のストレート!
「あっぐぅっ……!!」
拳は椿太夫に深くめり込み、パンっと周囲の椿が散る。
椿の香りは、みな煙草の香りにかき消され、椿太夫は膝をつくのであった。
待ち構えていた椿太夫。そんな彼女の姿に、アリスは堂々と胸を張って告げる。
「残念だったわね!」
はて、と首を傾げた椿太夫に、アリスはどーんとおなかをさする。
「アナタのたい焼きは既にワタシのおなかの中よ!」
さらにアリスは椿太夫の脇に置かれた籠を指さし、威勢よく宣言した。
「ここでアナタを打倒し、残りのたい焼きも全て頂くわ!」
「…………」
椿太夫は無言で、かつ無表情だった。
ひゅぅ、とアリスに冬の空っ風が吹く。
……それもそのはず。
今アリスが立っているのは、椿太夫のアジトから結構離れた小高い丘の上だったのだから。
「よし、行くわ!」
誰に聞かせるでもない宣言を終えたアリスは、唸り声をあげた。
「|繧ェ繧ェ繧ェ繧ェ繧ゥ繧ゥ繧ゥ繧ゥ《オオオオォォォォ》」
続けて、唸り声とともにアリスの姿が細くねじれた姿に変わってゆく。
既にそこに可愛らしい少女の面影は無く、さらに指が増え、顎が割れてゆく。
その指でずぶりと地面を穿ち、増えた顎で土を喰らう。そうしてできた穴に、捻じれた身体がずぶずぶと埋まってゆく。
地面を喰らい進むアリスが目指すは、もちろん椿太夫。視界からも射程からも大きく離れたところから突き進むアリスのことを、彼女は知る由もない。
だからこそ、完全に意識の外だった。だって、いくら星詠みでも床下から異形が突き破ってくるなんて読めなかったんだから!
「ぎゃぁあぁあーーーっ!?」
ドーン、と現れたアリスに、椿太夫が絶叫した。
「|繧ェ繧ェ繧ェ繧ェ繧ゥ繧ゥ繧ゥ繧ゥ《オオオオォォォォ》」
その隙を逃さない。アリスはすかさず触腕を伸ばし、椿太夫を絡めとる。
「な、なんざんす!?」
不意を突かれた椿太夫は抵抗もままならず、まるでアリスにおもちゃのように扱われる。
ぶん!
「ぎゃっ!!」
ぶん!
「ひぇっ!」
べちーん!
「ぎゃふぅっ……!」
アジトの土壁に叩きつけられ、壁ごと崩れて埋もれてしまう。
それでもアリスは触腕を離さず、椿太夫を引きずり出して床に叩きつける。
「|繧ェ繧ェ繧ェ繧ェ繧ゥ繧ゥ繧ゥ繧ゥ《オオオオォォォォ》」
「ちょ、ちょっとまっておくんなん……!」
どがーん!
思い切り投げつけられて、椿太夫は吹き飛んでゆくのであった。
怒涛の攻撃を受けた椿太夫は、みるみるうちに満身創痍。どうやらアリスの奇襲攻撃は効果覿面だったようだ。
悠然と構える椿太夫の姿には、これまで戦ってきた妖怪とはまるで違う威圧感のようなものがあった。
これぞ古妖、封印されていただけはあるということか。
「今度の相手はちゃんと強い……」
そんな空気に、絶兎もぶるると身体を振るわせた。
「でもだいじょうぶだ!」
そう、これは武者震い。
「オレさまの方がもっと強い!」
絶兎がそう元気に意気込んだが、そこで何か気付いたように「あっ」と呟く。
「ちがった。オレさまと……オレさまの相棒の方が、だ!」
大きく手をかざして、絶兎が叫ぶ。
「来い、“ラビスタ”!」
その叫びとともに現れたのは、ぽよよんと大きなライドスライム。
「こいつ、オレさまのペットで相棒!」
そう言って絶兎はラビスタに飛び乗ると、椿太夫を指さした。
「いくぞラビスタ、突っ込めー!」
絶兎の指示に従って、ラビスタがぼいんと跳ねて椿太夫に突っ込んでゆく。
しかし椿太夫も動じない。しゃなりと扇子で口元を隠しながら、絶兎を見て笑う。
「元気なお子でござりんす」
すぅ、と流れるようなしぐさで取り出すのは、香箱の爆弾だ。
「来たぞ、ラビスタ!」
絶兎がラビスタに言うと、ラビスタは阿吽の呼吸で身体を縮め、思いっきり空高く跳ね上がる。
「これは……?」
香箱がぼん、ぼんぼんと次々破裂する。だが、その爆風は空高く跳ね上がった絶兎とラビスタには届かない。
「へへーん、言ったろ! オレさま達のほうがもっと強いって!」
絶兎は上空から椿太夫の位置を見定め、得意げに笑う。
「ここからぁ……」
絶兎とラビスタが一気に急降下する。狙いを定めて足を突き出せば、その脚に電撃が宿る。
「超絶びりびりキィーーーック!!」
「今! 今一度爆発でありんすよ!」
椿太夫も負けてはいない。届かないなら、届く距離になってから爆発させればいいのだ。
どん、どどん、と香箱が破裂する。その都度、箱の中から噴き出す香りが、絶兎の心を惑わす。
「うおおおーーっ!!」
だが、絶兎は構わずまっすぐ突っ込んでゆく。既にキックを始めているなら、心がどうなっていようが問題ないと踏んだのだ。
「オレさまは絶対超すごい、超すごいからすごいんだー!!」
さらに、どうやら正直病を発病したようだ。なので、あんまり変わらない。
「うぅっ……!」
狼狽える椿太夫に、絶兎が叫ぶ。
「たい焼きはーっ! みんなのものだーっ!!」
超絶びりびりの効いたキックが炸裂した!
「あぁぁああーっ!!」
叫び、吹き飛んでゆく椿太夫。その姿に絶兎はふふんと鼻を鳴らした。
絶兎の純粋さが、椿太夫の全てを凌いだのだった。
「でたーっ! 古妖!」
椿太夫の姿に、のゑりは大仰に驚いてみせた。
√妖怪百鬼夜行にとって古妖とは厄介者。凶暴で凶悪、人との暮らしに馴染もうとしないばかりか、封印されてもなお全然懲りた様子がない。
「私たち若いモンに迷惑ばかりかけて、もーっ」
のゑり達、若い妖怪にとってはまさしく老害だ。
「こらしめてやります!」
というわけで、のゑりはぐぐっと身構え、臨戦態勢をとった。
「ほほ、それはわっちらの台詞でありんす」
椿太夫がくすりと笑うと、直後、周囲に椿の花が咲き誇った。
「ややっ、これは……!」
のゑりが周囲に咲いた椿の花を見渡す。その花からは惑わしの妖気が立ち上り、のゑりを蝕み始めたのだ。
「これは、邪魔ですねぇ」
ぼぅ、とのゑりの周囲に炎が上がる。
「私の炎で燃やしてしまいます! |焔顎《ひのあぎと》!」
燃え盛る炎は徐々に巨大な鰐の顎のように形を変えて、大きく口を開けて椿の花を喰らってゆく。
焔顎は喰らった椿を燃やしなら、攻撃などもお構いなしにバクバク突き進んでゆくと、一転、周囲は火の海に。椿太夫とのゑりを阻むものは何もなくなった。
「風情がないでありんすなぁ」
扇子を口元に充てて非難する椿太夫。だがのゑりもまた言い返す。
「あなた達がアチコチ悪さしてるから、迷惑してるんですよっ」
そう言いながら取り出したのはのゑりの火車輪。そこに繋がれた縄をしっかり両手で握って、ギラリと椿太夫を睨みつける。
「いっきますよぉー!!」
のゑりが縄を振り回し始める。繋がれた火車輪は鋭く風を切り、その軌跡自体が大きな炎の輪と化してゆく。
「うぅっ!?」
「勢いつけてぇぇ~……」
ぶんぶんと力強く回される縄は妖力で紡がれたもの。千切れることなく、その力を火車輪に伝えてくれる。そして。
「ドッカーン!!!」
のゑりが火車輪を投げ飛ばす!
全力でぶん回した火車輪は、椿太夫に一直線! その速度は椿太夫の想定よりももっともっと速く、椿太夫はハッと表情を変えたまま、火車輪に押し潰される。
「ぐっ、うあああっ!?」
衝撃が椿太夫の全身を揺さぶって、炎が肌を焼く。
「どうですか!」
縄をヨーヨーのように巻き上げて、火車輪を手元に戻すのゑり。その下から、圧し潰された椿太夫が立ち上がってきた。
「や、やるじゃないで、ありんすか……」
ヘロヘロになりながら、目を回す椿太夫。
√能力者の立て続けの攻撃に、椿太夫は満身創痍。もう間もなく再封印が可能となるだろう。
「お前がボスだな!」
氷蓮が椿太夫にびしっと指さし、大きな声で告げる。
「お兄さんが頑張って作ったたい焼きを独り占めなんて、悪いことなんだぞ!」
純粋すぎるほどにまっすぐな言葉だ。
そんな言葉に、椿太夫は煙草を一服。√能力者との戦いで傷つき、埃を被った着物をぱた、ぱたと払って、ふぅーっと長く煙を吐く。
いかにも当然と言わんばかり。しかし、氷蓮は構わずにまっすぐな視線を向けて言葉を続得る。
「ちゃんと謝って、とった分も何かでちゃんと返してもらうぞ!」
ふふ、と思わず笑う椿太夫。口元を扇子で隠して、言葉を返す。
「わっちは願いを叶えているだけでありんす。とったことを怒るなんて筋違いじゃござりんせん?」
当然、そんな願いは歪められた願いだ。だが氷蓮は「むむむ」と唸ってしまう。
「まぁ、もうこんな願いを叶える必要もなくなりんせん。わっちのところに来たお客さんは……そろそろお帰り願いとうござんす」
直後、周囲にぶわっと椿の花が咲いた。惑わしの妖気を放ち命を削る美しい花々だ。
「やっぱり戦うことになっちゃうか……!」
咲き誇った椿の花々を見て、氷蓮は身構える。手にした魔導書をばららと開き、高速で呪文を紡ぐ。
「凍り続けろ! エターナル・アイス・コンビネーション!」
その呼び声とともに、戦場にひやりとした風が吹き込んだ。直後、氷蓮のもとから氷弾が生まれ、椿の花へと放たれる。
「早いっ……!」
氷弾に椿の花が散ってゆく。その様子に焦りを覚えた椿太夫は椿の花弁を飛ばし、氷蓮へと反撃を放つ。だが、それは氷蓮の前に突如せり上がってきた氷の壁に阻まれる。
「そんなの効かないぜ!」
その氷塊を魔力で吹き飛ばし、椿太夫へ絶え間ない連続攻撃を繰り出してゆく。
「こういうのはほら……頭を冷や、ってやつだ!」
「ひぇっ!?」
氷塊が椿太夫の眼前に迫る。
がつん! と鈍い音とともに椿太夫の頭に氷塊が直撃して、椿太夫は吹っ飛ばされてゆく。
「しっかり反省してもらうぞ!」
続けて、無数の氷塊が椿太夫を襲う。氷の礫に押しつぶされて、椿太夫は大きなダメージを負うこととなった。
「あと……お使いばっかりじゃなくて自分で買いに行った方が俺はいいと思う!」
最後に、氷蓮が付け加える。
「う、うぅぅ~……!」
椿太夫は氷の中で悔しそうに唸るのであった。
椿太夫に付き従って盗みを働いた妖怪達は、彼女にそそのかされた普通の若い妖怪達であった。
そいつらは十分懲らしめたとは思うが、玖珠葉の頭痛は続いていた。
「ま、あんたみたいなのにホイホイ従う連中も大概どうかとは思うんだけどね」
そんな言葉を椿太夫に向けながら、玖珠葉はため息を一つ。
「それでも、そんな連中をそそのかして、善良な商いを行ってる人を困らせるのはやりすぎだわ」
玖珠葉の言葉に、椿太夫がくすくす笑う。
「善良? 妖怪が?」
古妖にとっては、妖怪というものにおよそ善良という概念など無いと考えているのだろう。
「わっちの身体が完全に復活した暁には、そんな世迷言言えないようにしなんす」
「復活、復活ね……」
玖珠葉は反芻するように言葉を繰り返し、刀に手をとった。
「あんた達古妖の辞書に『反省』の文字はない……そんなことは分かり切ってるから……」
するりと鞘から刃が現れ、ギラリと煌めき椿太夫を映す。
「精々丁重に、再封印してあげる」
そして刀を構え、玖珠葉は叫んだ。
「さあ、終わりの刻よ!」
手裏剣が舞い、刀が火花を散らす。
玖珠葉の刀の一撃は扇子の骨で受け止められて、手裏剣はまるで椿太夫を避けるかのように椿太夫を通り抜けた。
「わっちの力を教えた筈でありんしょう?」
勝ち誇ったように告げる椿太夫。そう、彼女は星詠み。その力を使って、戦いに入る前から既に準備が整えられていたのだ。
「けどね、そんなのはこっちだって織り込み済みよ!」
刀で切り結びながら、玖珠葉は再び手裏剣を放つ。やはり手裏剣は椿太夫の頬をかすめて当たらない。だが。
「――っ」
僅かに険しい顔をした椿太夫の表情を玖珠葉は見逃さなかった。
「今っ!」
玖珠葉が間合いを取った瞬間、凝縮された霊気の刃が一斉に椿太夫を襲った。
もし星詠みの予知が味方についていようと、それは決して万能ではない。
300もの刃が椿太夫を襲い、それらは間違いなく椿太夫に突き刺さる――筈だった。
「危なかったでありんす」
アジトの屋根が崩れ、椿太夫と刃の間に落ちたのだ。屋根が盾となり、霊気の刃は一本とて椿太夫には届いていない。その様子に、椿太夫は余裕の笑みで煙草をふかす。
これこそが星詠みによって得た予知。施した細工が今ここで発動したのだ。
つまり、手裏剣も刀も、椿太夫はただ高い判断力と実力でいなしていただけだった、ということになる。
「流石ね――。けど、織り込み済みって言ったでしょ!」
壁となった屋根の向こうから玖珠葉の声がする。びりり、と肌に感じる、強い霊気。
「……しまっ」
「如何に深い闇であっても、一握の希望で全てを斬り拓く。虚空に刻まれた人々の意志を、此処に全て解き放つ!」
白銀の鳳が屋根を突き破り、椿太夫を襲った。
玖珠葉の全身全霊の霊気、それを織り上げ生まれた白銀の鳳。それは何物をも貫く一閃の光となったのだ。
「あっ……う……!」
鳳に貫かれ、椿太夫が喀血する。誰が見ても明らかな致命傷であった。
「悪いけど…貴女の居場所は、もうこの時代には存在しないわ。大人しく眠ってなさい」
玖珠葉の言葉に、椿太夫は笑う。
「ふ、ふふ……そんなことはござりんせん」
消えゆく肉体で、言葉を紡ぐ。
「なけりゃ、作ればいいんでありんすよ」
そう言い残し、椿太夫は再び封印された。
「……懲りないわね」
誰もいなくなった戦場を見渡して、玖珠葉はふぅ、と息をつくのだった。
――後日。
「おう嬢ちゃんたち、古妖を封印してくれてありがとうな!」
店主は忙しそうに店に立っていた。店にはひっきりなしに客が訪れ、店主は笑顔でたい焼きを手渡している。
その後ろには、悪さをしていた百鬼夜行の面々が雑用をしている姿があった。
「こいつらも反省したみたいで、食った分色々働いてくれてるぜ」
「食べたのは姐さんですけど……もう悪さなんてしませんにゃー」
まぁ、それは怪しいもんだが……ともかく。√能力者達は一つのたい焼き屋を救った。
それはまた、その店が生み出す数々の笑顔も救ったのだ。
たい焼きを頬張る人々の表情が、それを物語っていた。