スナッフフィルムに潜む悪魔
写真、動画、音楽……現代には様々な記録媒体が存在している。
過去にあった出来事をそのまま切り取り、保存できるこの発明は、常に我々の生活の隣に寄り添ってきた。それは、この世界であっても変わりはない。
また、それらを用いた娯楽も同様に発達している。そうして出来上がった「作品」は今日も人々の無聊を慰め、生きる活力を与えているのだ。
しかし……それらを利用する者たちの中には、誰かの不幸を悦び、刺激的で暴力的な内容を好んで求める者もいる。視聴者にも、投稿者にも。
「……どうやら最近、ネットに√能力を悪用して撮影されたスナッフフィルムが出回っているみたいなんだ。犯人は、その写真に写っている男。ただ、名前や素性までは分からなかった」
貴方たちに調査を依頼した高遠・宮古(世界を漂白するカメラマン・h05009)が、何枚かの写真を手渡してきた。どうやらこの写真が、彼女の未来予知の能力の表出の仕方らしい。
その写真には、一人の男と思わしき人物と、凄惨な現場が映されていた。その現場はどれも、普通の人間が意図的に造り出すのは限りなく不可能で、けれど偶然居合わせたとするには不自然なモノばかりだった。
貴方たちがそれらの内容をある程度確認したタイミングを見計らい、嫌なものを見せてごめんね、と写真を回収した宮古は、改めて今回の依頼内容を語り始めた。
「キミたちには、この男のスナッフフィルム撮影を止めてほしいんだ。そのために、まずは彼が今どこに潜伏しているのか調査してもらう必要がある。
不幸中の幸い……と言うべきかな。彼は高頻度で動画投稿をしているみたいだから、その動画で取り上げられている場所を探れば現在地を絞り込めるはずだよ」
もし動画を見れる媒体の手持ちがないならあたしのパソコンを貸すからね、と宮古は背中のバッグからパソコンを取り出して見せる。
「ただ……タチの悪いことに、彼には一定数の信者が居るっぽい。√能力に影響されたか、それとも本来の気質かは分からないけれど、動画に魅せられた信者たちが彼の投稿を心待ちにしてることは変わらない。だから、彼の動画投稿を阻止しようとしていることが知られれば、それを妨害しに来る可能性がある。
それに、もしも信者たちにバレなくても、追われている本人にはきっと気づかれる。その場合は、彼の方から仕掛けてくるかも。どちらにせよ、十分に気を付けて調査に臨んでね」
……宮古は、首から下げたカメラをぎゅっと握り締める。その様子からは、彼女の「写真」や「動画」に込められた誇りと、この事件に対する怒りが見て取れた。
「…………写真や動画は、人の笑顔を、人を笑顔にするために撮られるものなのに。それを人を傷付ける道具に使うなんて、許せない。だから、どうかお願い。この事件を解決して」
第1章 冒険 『インターネットの海へ』

「……これ、子供や気の弱い人が見たらトラウマになってしまいますね……。」
星詠みから差し出された写真を見て、見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)は顔を青ざめさせた。
「お世辞にも趣味がいいとは言えませんし、画面の向こうで、確かに被害にあっている方もいるはず。確かにこのままにしておけませんね。」
凄惨な現場と、それを作り出した者が賞賛されているという現状に、かつてヒーローのための敵役として搾取されていた己の姿が重なったのかもしれない。
しっかりと決意を固めた七三子は、手持ちのスマホを取り出して動画を確認しながら情報収集を始めた。
「……そうですね。事件があったなら少なくとも話題になっているはず。でも、表立って運営されているサイトですと、決定的な情報にたどり着くのも時間がかかりそうですし……。」
しばし考え込んだ七三子は、そのうち一つの結論に思い至ったようで、意気揚々とスマホを操作し始めた。
「それなら、ちょっときな臭そうな怪しいサイトにもアクセスしてみましょうか。こういう地道な作業も下っ端の役目でしたからね! ええ! 得意ですとも!」
人海戦術であれば、七三子の得意分野だ。彼女は√能力【|団結の力《カズノボウリョク》】を用いて、自分以外の沢山の者たちにも怪しいサイトの調査を進めさせていく。
けれど、同時に追っている本人やその信者たちに自分たちの行動がバレないようにしなければならない。そのために痕跡を残さないよう、慎重に情報収集をしていくのであった……。
「星詠みは『写真や動画を人を傷付ける道具に使うなんて許せない』と言っていたが……。全く同感だな。」
苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべながら、ベニー・タルホ(冒険記者・h00392)は写真を見やる。
彼女は冒険者であり、同時に新聞記者だ。星詠みとは職種こそ違うが、同じく写真や動画を扱う者として、この事件の犯人に対して怒りを覚えていることには違いなかった。
「さて、まずは情報収集か。それなら私は、実際に件の動画を視聴してみるとするかな。」
ベニーは自身のスマートフォンを手に取り、直接スナッフフィルムの視聴を試みる事とした。
内容が過激だったこともあり、中々実際の動画にたどり着くのは難しかったが……怪しいサイトをいくつか調査していくうちに、探していた目的のスナッフフィルムを発見することに成功した。
今回の事件において、この動画は犯行の最大の証拠品でもある。ベニーは動画の背景に映っているものから事件現場を絞り込むために、注意深く内容を観察し始める。
「……今はまだどうにもできないが、もし犠牲者の幽霊と話す機会があるなら、彼らの望む形で弔ってやりたいものだ。」
ふと、動画を眺めていたベニーは独り言をこぼす。その声色には、この事件の犠牲となった被害者たちへの同情の念が込められていた。
自分は冒険者であり、新聞記者でもあるが……その前に、|死者の声を聴く者《ゴーストトーカー》なのだから。無念の中で命を落としただろう者たちに思いをはせながら、ベニーは調査を再開するのであった。
「これは……酷いな」
写真を見て顔をしかめたクラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)の言葉には、怒りが滲んでいた。人の命が簡単に、無惨に散ることも珍しくない世界に生きる身として、まるで娯楽のように命を弄び、人を殺す相手は到底許せるものではなかった。
クラウスは星詠みからパソコンを借りると、早速件の動画を探し、情報収集を始める。
画面の中に広がる残酷な場面から目を背けず、その背景に映る光景までもを余さず観察する。建物の造りや日照の方向、窓の外の風景など、少しでも場所を割り出すヒントとなりそうなものを見つけては、それらを検索にかけて場所を割り出していく。
また、並行作業でスナッフフィルムの出回っている動画投稿サイトそのものにもハッキングを仕掛け、投稿者のIPアドレス等を調べられないかも試してみたが……どうやらこちらは√能力で妨害されているらしく、望んだ情報を手に入れるには時間がかかりそうだった。
それでも、動画によって得た情報を照らし合わせていけば、事件現場の大まかな地域を絞り込むのはそう難しい作業にはならないだろう。
「怪しい場所が判れば、周辺の監視カメラとかにもハッキングしてみたいけど……俺の力でどこまでできるかな」
未だ敵の実力も出方も未知数。己の力がどこまで通用するかわからないが……それでも、自分が何かの役に立てるのであれば、全力を尽くさなければ。クラウスはそう自分を鼓舞すると、再びパソコンの画面に向き直るのであった。
「なんという非道……。無惨に命を奪い、更にその過程を動画に晒すとは、相当心が歪んでいる奴のようだ」
写真に写された惨状を目にし、不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)は怒りをあらわに手を強く握り締める。彼がこの事件に対して、強い憤りを覚えていることは明らかだった。
「何としても止める。この忍務、必ず成し遂げる」
高らかに決意表明をした影丸は、まずはスマホで発端となったスナッフフィルムを調査し始める。掲示板の情報や、時には怪しいサイトも駆使し、幾つかの動画を探し当てることに成功した影丸は、建物の特徴や物音から凡その場所の見当をつけていった。
続いて影丸は、見当をつけた場所をそれぞれ地図にプロットしていく。そうして全ての場所を地図にプロットし終わると、次は実際にプロットされた場所の周辺へと探索に赴いていった。
更に影丸は√能力【|相棒はいつも傍に《アイボウハイツモカタワラニ》】を使用し、忍猫や忍鼠、忍犬等の忍獣たちと共に探索することで、一人で調査する時の何倍もの範囲を何倍もの速度で調査を進めていく。
忍獣たちは、人間では行けない場所や入れない場所も探し回ることができる。忍猫や忍鼠は僅かな隙間もくまなく探り、忍犬は事件現場のかすかな血痕のにおいから犯人の行き先を辿る。そして、忍鴉は絶えず上空を飛び回ることで、怪しい動きをする者がいないか監視するのだ。
「例えどこに隠れていたとしても、俺たちはお前を見つけ出すまで決して諦めない」
影丸と忍獣たちによって張り巡らされた捜査網の中、集められた情報をまとめながら影丸は再び事件解決の決意を新たにするのであった。
「人の趣味や嗜好はそれぞれなんじゃが……秘するべくは秘してもらわんと。自分の楽しみは、周りに迷惑を掛けずが基本じゃろ。」
西院・由良(趣味人・h02099)は、呆れた様子で写真を眇めて見る。彼女もまた、此度の事件に難色を示す者の一人であった。
「兎にも角にも、まずはタブレットで配信動画のチェックじゃな。」
サブカルに聡い由良は、インターネットの大海を調査する術にも長けている。スナッフフィルムの出回っていそうなサイトを探してみれば、犯人の信者と思しき配信者が事件現場を巡っている配信の発見に成功した。とはいえ、取り上げられている題材はお世辞にも人前で見るようなものではない。人目を配慮し、視聴は怪しくない程度に物陰で行う事とした。
まずは、動画に映る物や柱や窓の位置から内装の見取り図等を書き出しては、該当する建築物に不動産サイト等で当たりをつける。他にも、丁度配信時間が日中であることを利用し日差しの向きから大体の方向を把握したり、配信者の声の合間から聞こえる環境音を拾って近辺の道路や水場の有無等の情報も探ったりし、新たに明らかになった情報があればその都度地図に目星をつける。そうした作業を繰り返し、由良は調査を進めていった。
「騒ぎが大きくなると、落ち着いてゲームが出来んくなるしの。」
……彼女の素振りは、一見すると周囲への悪影響を心配しているように映るが、実際のところは基本的に自己中心的な考えの比率が高い。それでも……否、だからこそ、この事件を解決するという目的に対する意気込みは確かだ。己の悠々自適な|サブカル生活《オタク趣味》を守るため、由良は黙々と情報収集を続けるのであった。
第2章 集団戦 『ポルターガイスト現象』

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────√能力者たちが各々の調査によって辿り着いた結論は、一様にとある場所を導き出していた。
件のスナッフフィルムを投稿し続けている犯人は、また新たな「事件」を引き起こそうとしており……その場所こそ、沢山の人々が行き来を繰り返す場所でありながらも「大規模な事故」が起こっても不思議ではない────大きな道路の交差点である、と。
早速√能力者たちは現場に向かう。犯行現場を押さえる事ができれば、新たな事件の発生を防ぎ犯人を捕らえる事も出来る、一石二鳥だ。
しかし……その交差点に向かう最中、突如として√能力者たちに車や橋、道の隆起などが襲い掛かってきた!
よく見れば飛んできた車の内部には運転手はおらず、崩れてきた橋や道には明らかに経年劣化のそれではない不自然な亀裂が入っている。それが他ならぬ犯人の√能力による妨害である事は、件のスナッフフィルムによって犯人の能力の特徴を知っていた√能力者たちには明らかだった。
貴方たちは襲い掛かってくる【ポルターガイスト現象】に対処し、一般人たちに被害が及ばないように一掃しながら、犯人のもとへ急行しなければならない。
出来るだけ速やかにこの妨害を突破する必要があるだろう。
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プレイング受付:即日
集団敵『ポルターガイスト現象』が現れました。
『ポルターガイスト現象』は、ボスのもとにたどり着かれないよう√能力者たちの妨害を最優先にして動きます。
この現象はプレイングが来る限り終わることがありません。
次章に行くまでは存在している扱いとなるため、存分に戦ってください。
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「さてと…お次は有象無象を蹴散らしにいくかのぉ。」
暴走車が飛び交い、橋や道路もいつ崩れるか分からない……そんな一歩間違えば大怪我を負いかねない空間の中でも、西院・由良(趣味人・h02099)は一切の恐れを見せることなく悠々と闊歩していた。
「この空間における『主人公』が誰なのか、教えてやる必要があるようじゃな。」
由良は√能力【|黙示録「七つの頭と十本の角持つ獣」《セプテム・モンテス》】を語り始める。この能力は、怪を語ることで周囲を影の獣が闊歩する空間に作り替え────自身をその空間の主人公へと変えるものだ。この現象に対する対抗策として、非常に相性がよかった。
彼女の「終末空間」は、瞬く間にその場の支配権を上書きしていく。ポルターガイスト現象も果敢に由良の足を止めようと襲い掛かってくるが、何せ襲い掛かる物体は全て非常に大きなサイズをしており奇襲性に欠けるものばかり。そして、彼女の支配する空間内へと突入されれば、必中能力によって迎撃も撃墜も容易い。
攻撃と守備を器用に同時にこなしながら、由良は優雅ささえ感じさせる威風堂々とした様子で目的地へと足取りを進めていった。
「儂が、この程度の余興で満足する訳ないじゃろ。さぁ、さぁ、さぁ!もっともっと楽しませておくれ!」
次々と破壊されていく尖兵を見ながら、由良はどこか芝居がかった台詞を携えて両手を広げる。調査時とは異なり、面倒な作業もなく存分に|戦闘《お楽しみ》を満喫してさえいるその姿は……紛れもなくこの空間の支配者が彼女であることを、何よりも雄弁に語っていた。
「……邪魔だけど、放置していく訳にもいかないね」
暴走車たちによって荒れ狂う眼前の光景を見つめながら、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は少し今後の行動の予定を修正する。
本来はこのような足止めは出来る限り無視して通り抜けたいが、ポルターガイスト現象は√能力者・一般人の区別なく全てに襲い掛かっている。このまま放置するだけでは一般人への被害も発生しかねないため、彼は目標を敵の迅速な制圧へと切り替えた。
「とはいえ、真正面から相手するのは少し骨が折れそうだ」
そう呟くクラウスの隣に、一人の女性が並び立つ。彼女の名はルミナスティア・エアルネイヴ(|The Star of SkyDancer《空の魔女》・h00113)。彼女もまた、この事件の解決のために動いていた√能力者の一人だった。
「それならば、陽動を僕に任せてくれないかな! 僕が僕自身とこのスカイダンサーに浮遊の魔法をかけ、空を飛んで注意を引くから、君はその隙を突いて敵を撃破してほしい!」
「それは助かるな。俺も出来る限りサポートはする、頼んだよ」
そうして二人はポルターガイスト現象と対峙する。
ルミナスティアは大胆不敵にも敵の前に姿を現し、√能力【|自在浮遊空間《ウェイトレスネス》】を用いて重力に身を任せた巧妙な浮遊と落下を繰り返して注意を引く。突然現れた格好の獲物にこぞって暴走車や瓦礫たちは襲い掛かるが……空中戦こそが彼女の得意戦場、下手に浮き上がった物からルミナスティアの急降下による攻撃や浮遊魔法を込めた弾丸によって撃墜されていく。
そしてその傍ら、クラウスは敵と一定の距離を保ちつつ、最高の位置取りで致命の一手を注意深く狙い……ルミナスティアの陽動に気を取られて一か所に集まった物たちに向け、√能力【|紫電の弾丸《シデンノダンガン》】を放った。それにより、集まっていた物品たちは一瞬で一網打尽となる。同時にクラウスはルミナスティアに対しても帯電効果を付与し、彼女の撃墜性能を更に強化した。
そうして大部分が破壊された物たちは、最早二人にとって脅威ではない。クラウスは弾道計算とレーザー射撃による遠距離攻撃を主体に壊れかけとなった物品を次々破壊していき、死角からの奇襲にも第六感で警戒しつつ拳銃のクイックドロウによって撃ち落としていく。
多少物が当たっても怯まず、迅速に全てを壊すことを意識しながら、クラウスはルミナスティアと共に事件の元凶へと続く道筋を作っていくのだった。
不規則に飛び回るポルターガイスト現象の中、ベニー・タルホ(冒険記者・h00392)は対敵を見据える。
出鱈目に飛び回る暴走車や公共物から生じた瓦礫は、どんどん被害を広げていく。敵の√能力によって破壊されゆく道路、巻き込まれる一般人たち……。ベニーは決意する。これ以上の被害を出さないためにも、急いで奴らを片付けなくては!
何が何処から飛んでくるか分からない、一見すると対処の難しそうな状況。しかし、これを指揮しているのが人為的なものであればこそ、付け入る隙もあるものだ。
ヒトを含む動物は群れで狩りを行う時、獲物を追い立てる役と待ち伏せして仕留める役に分かれることが多い。それが効率の良い狩猟、言い換えれば効率良く標的を殺すための方法であるからだ。であれば、それを逆手に取ることが出来れば、戦況を大きく変えられるだろう。
「……敵の懐に飛び込む形になるが、きっと上手くやってみせる」
一つの作戦を思いついたベニーは、敢えてポルターガイスト一行の前にその姿を晒す。物品たちはまんまと彼女を標的に定め、追い回し始めた。
しかしベニーに焦りの色は見られない。敵からの攻撃を回避しながらも注意深く戦場を観察し────ある一点に向かって、√能力【|エレメンタルバレット『星旄電戟』《エレメンタルバレット『セイボウデンゲキ』》】を放つ!
「星よ────お願い!」
ベニーの弾丸は、まるで定められていたかのように大型トラックへと命中する。恐らくはベニーに致命的な一撃を与えるべく待ち伏せしていた伏兵だったのだろう。しかし、不意を突かれた先制攻撃によって重度の損傷を負ったトラックは、最早後詰めを行うに足る馬力を失ったと見えた。
ベニーによる自らを囮とした伏兵の炙り出しは、見事成功した。しかし未だ戦闘そのものが終わったわけではない。ベニーは十分な警戒と余裕を持ちながら、残党たちを仕留めに向かうのであった。
「全く、とんでもない事をする輩がおったもんじゃのう!」
襲い掛かるポルターガイストたちの眼前に、一切怯まず仁王立ちをする影が一つ。山梨・平三(野良モグラの|屠竜騎士《ドラゴンスレイヤー》・h02659)は気合いを入れ直すように、自らの額に巻かれた白い鉢巻をギュッと締めた。
「わしの攻撃───受けてみるがよい!」
高らかに攻撃を宣言した平三に、挑発に乗った暴走車たちが強大な質量を伴って飛び掛かる。しかし平三は焦らず、寧ろ多少の怪我は厭わないとばかりに身にまとっていた防具を脱ぎ捨てた。
まずは先鋒と言わんばかりに、数多の細かな瓦礫が平三の動きを阻害しようと降り注ぐ。それらからは「まだ足りない、もっともっと破壊したい」といった負の念が渦巻いていたが、平三はその念に惑わされる事なく冷静にその動きを観察する。幾つかの礫が彼の肉体を傷付けたものの、努めて冷静に平三は攻撃を弾いていった。
ならば、と次は巨大な車が正面から何台も迫ってくる。……しかし、既に平三の準備は整っている。彼の√能力【屠竜宣誓撃】はいくつもの制約が存在するが、それらの条件を全て満たした時の爆発力はすさまじい。そして、平三が【屠龍大剣】を構えた今、√能力を発動するために必要な条件が全て整ったのだ。
「舐めるなよ、わしは沢山の(土)竜を倒してきた者じゃ。たかだか鉄の塊なんぞに負ける道理などないわい!」
平三は奮起の声と共に、大きく大剣を振りかぶって近接攻撃をお見舞いする。すると、強大な質量を伴っていた筈の車体が、いとも簡単に彼とその大剣によって押し留められた。
間髪入れず、平三はその大剣を振り回し……襲い掛かってきたポルターガイストを全てぶった斬ったのであった。
「忘れようとする力があるとは言え、人目の多い交差点で惨劇を起こそうとは……。随分と√能力に驕り高ぶっているようだな」
敵の暴虐を目の当たりにし、最早怒気を隠す様子も無くなった不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)は、√能力【|不動明王利剣呪《フドウミョウオウリケンジュ》】を発動する。すると、彼の怒りを体現するが如き焔が影丸の身体に纏いついた。
「絶対に止めてみせる。そのためにも、まずはここを突破しなければ」
周囲そのものが武器と化しているこの状況では、まともに相手をするだけ不要な消耗をしてしまうと判断した影丸は、この場を一気に駆け抜けるという方法を選択する。
宙に身に纏った焔の紅蓮の残光を残しながら、彼は素早く走り始めた。基本的に図体の大きい物品ばかりを武器としているポルターガイストたちはその動きについていけないものも多く居たが、それでも幾つかは影丸を補足し、追跡・攻撃してくる。しかし影丸はそれらを忍者らしい軽快な動きで回避し、時には信号機に忍蟲・ミノ実の糸を巻き付けウェブスイングによって軌道を逸らして間をすり抜けていく。
とはいえ前方に進む事だけに注力するとなると、どうしても後方をはじめとした死角は生じてしまうものだ。しかし影丸はそのカバーも忘れない。死角から飛来する瓦礫への対処は、√能力【|口寄・忍獣召喚《クチヨセニンジュウショウカン》】で呼び出した忍獣たちや、影絵の蝦蟇・ゲコ丸に任せる事で、自身は目の前に立ち塞がる邪魔な障害物を利剣呪で両断し、道を切り拓くことに専念する。己と仲間たちとの連携を以て、影丸はひたすらに交差点を目指し続けた。
物理的な妨害では影丸の進撃を止められないと察したか、ポルターガイストたちは攻撃方法を切り替える。「もっともっと破壊したい」、そのような負の念がどこからか影丸を襲うが、影丸は瞬時に取り出した灰青の音色で打ち消した。
しかし、巧妙にも怨念の声が一つ、音色をすり抜けて影丸に届いてしまう。ほんの一瞬、己の脚が麻痺するような感覚を覚えた影丸だったが……。
「こんな物で、俺を止められると思うな……!」
影丸はすぐさま真言を心の内で唱え、纏う迦楼羅炎の火力を上げる。迦楼羅炎は破魔の炎、たちまち彼に取り憑こうとしていた負の念は焼却された。
「待っていろ、すぐに届く。笑っていられるのも今のうちだけだ」
すぐさま影丸は再び駆け出す。結果として、彼の足が止まっていた時間は一秒にも満たなかった。
そして────彼の刃が黒幕に届く時間も、目前に迫っていた。
第3章 ボス戦 『ヴィジョン・シャドウ』

√能力者たちはポルターガイスト現象による妨害を潜り抜け、ついにスナッフフィルム事件の元凶のもとへと駆けつける。
そこには、一人の男性と思わしき人影が待ち構えていた。いくつものテレビを足元に携えて佇む姿からは、まるで√能力者たちによる妨害さえも演出の一環だとでも言いたげな余裕を漂わせている。しかし、その表情だけは……まるでノイズがかかっているかのように不鮮明だった。
√汎神解剖機関に存在する怪異『ヴィジョン・シャドウ』────それが、此度の事件の黒幕の名。
どうやら彼はこの世界に存在する様々な記録媒体と、人間に突如襲い掛かる「悲劇」に興味を示したようで、その両方に対する興味を満たす方法としてスナッフフィルムを作り上げているようだった。
ヴィジョン・シャドウは、まるで役者のように大仰な身振りで一礼をする。だが、それは√能力者たちに対するものではない、「画面の前」に向けるようなものだった。彼はこの決戦さえも、娯楽として貶めようとしているのだろう。
彼の好奇心と興味は、未だ満たされていない。そして、それが満たされることは永遠にない。√能力者たちが彼を直接討伐しなければ、これからもスナッフフィルムを撮り続けるのだ。
そして、どうやらタチの悪いことに、彼はこれまでに撮影してきたスナッフフィルムの映像を全て己の本体であるテレビの中に取り込んでいるようだった。
ヴィジョン・シャドウは、テレビから見せるものや発するもので攻撃を行うという特性がある。つまり、今まで撮影してきた映像の数だけ相手の手札も多いということであり、今ここで仕留めなければ被害規模も討伐難易度もどんどんと跳ね上がっていくのだ。
即ち、今こそが最も討伐の好機ということ。
今こそ────人の不幸を蜜として啜る者に、鉄槌を下す時だ!
「これ以上の酷い行いは許さないよ!」
ヴィジョン・シャドウの挑発的な態度にも動揺することなく、クレア・霧月・メルク―シナ(能天気災厄「ねくろのみこん」・h04420)は堂々と啖呵を切る。
クレアの姿を捉えたヴィジョン・シャドウは√能力【放送】を使用し、たちまち周囲一帯が、かつて彼が撮影したスナッフフィルムの一幕────「鉄骨の崩落」を再現した【撮影スタジオ】へと変貌する。
この空間における主人はヴィジョン・シャドウだ。そしてこの空間で起こる出来事もかつての再現……即ち、決して外れる事のない必中の攻撃となって、クレアの頭上から鉄骨が降り注いだ。
だが、相手はかつてこの「悲劇」で傷付けた一般人ではない。この事件を解決せんと望む√能力者だ。故に当然、タダで「再現」されてやる筈も無かった。
「おっとっと! いきなり鉄骨を降らしてくるとは危ないなぁ。そーれっ、選手交代!」
彼女が手を叩くと、鉄骨が落下するはずだった地点から一瞬の間にクレアの姿が消える。その代わりに、一体のインビジブルが立っていた。
それでも無情に鉄骨は降り注ぐ。しかし、その鉄骨は「シナリオ通り」にインビジブルを潰すことは無かった。否、出来なかったと言った方が正しい。インビジブルの身体からは、その身を守るようにいくつものトゲが生えており、そのトゲが鉄骨を弾き飛ばしたのだ。
「背中ががら空きだよ、ヴィジョン・シャドウさん!」
想定とは異なった結果に動揺するヴィジョン・シャドウの背後から、女性の声が聞こえる。そこには、いつの間にか彼の背面へと回り込んでいたクレアの姿があった。
クレアは√能力【シャドウ・スイッチ】を用いる事によって、鉄骨が降り注ぐ直前にヴィジョン・シャドウの背面にいたインビジブルと己の位置を入れ替え、回避と回り込みを同時にこなしたのだ。
不意打ちで咄嗟の判断が遅れたヴィジョン・シャドウに、クレアは渾身の一撃を叩きこんだ。
「お前の悪行もここまでだ。残虐な娯楽は、ここで終わらせる」
「あなたの手にかかった被害者たちの無念は、ここで晴らさせてもらいます」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)、ベニー・タルホ(冒険記者・h00392)、両名は並び立ち、遂に対面した今事件の黒幕であるヴィジョン・シャドウへと戦意を向ける。
悪趣味な永久機関を築こうとしている彼を、実益的にも感情的にもこれ以上好きにさせておくわけにはいかない。もっと強くなる前に、これ以上の被害者を増やさないために、何としてでもここで倒す。その決意は、クラウスもベニーも同じだった。
ヴィジョン・シャドウは√能力【放送禁止】を使用する。彼の指が鳴ると同時に、いくつもの【影の波動が出るテレビ】が現れた。そこに映されていたのは、彼がかつて起こした惨劇の一つ……「電車事故」。それが最初に攻撃の対象に選んだのは、ベニーだった。
「本当に悪趣味な事をする。いつか公表できる時が来たら、必ず記事にしてやるからな」
悪態をつきながら、ベニーは愛用のパーカーを脱ぎ捨て階梯3の姿へと変身する。√能力【サヴェイジ・ビースト】の発現だ。
巨大なミミズクの身体に、その頭部を切り落としてヒトの上半身を継いだような姿────この姿は、親族から揶揄い混じりに「ハーピーモドキ」と言われることもある。しかしベニーはその姿に誇りを持っていた。この身体は冒険の、とりわけ戦闘の最中に腕と翼と鉤爪を同時に使えるという利点があるのだと。
ベニーは、敢えて敵の攻撃の眼前に飛び込む。相手の攻撃が自らの√能力を強化するトリガーとなるのだから、多少の怪我は覚悟の上。死ななければ問題ないのだ。そうして相手の攻撃を利用して鉤爪の威力を上げつつ、相手に回避されないようにと本体目掛けて照明弾を放つ。
明日のように輝く星の光に、ヴィジョン・シャドウは思わず怯む。その隙を逃さず、ベニーは空中ダッシュをしながら鉤爪による攻撃を命中させた!
かなりの痛手を負ったヴィジョン・シャドウだが、ただでやられる訳にはいかないと眼前のベニーに向けて【影の波動が出るテレビ】を再装填する。
しかし、彼が再び√能力を放つ前に、ベニーとヴィジョン・シャドウの間に割り込む一つの影があった。
「遅いッ!」
クラウスはヴィジョン・シャドウの攻撃に対し、√能力【|先手必勝《センテヒッショウ》】を発動させる。ダッシュで接近して二人の間に割り込み、斧で召喚されたテレビを砕いて攻撃を阻止したのだ。
「助かりました、ありがとうございます」
「礼には及ばない」
クラウスはそのまま光学迷彩で身を隠すと、敵が混乱している隙に本体となるテレビを優先して鎧砕きや居合で攻撃を始めた。
当然本体を攻撃されてはたまらないとヴィジョン・シャドウは対敵の姿を探すが、常に死角を陣取るクラウスの姿は見つけられない。業を煮やしたヴィジョン・シャドウは、下手な鉄砲もなんとやらとばかりに【放送禁止】の一斉発射を乱発し始めた。しかし数頼みの無差別射撃故にその精度は激しく落ちており、クラウスは光学迷彩の効果もあって難なく全ての攻撃を見切りとダッシュで回避してみせた。
クラウスは相手の攻撃を掻い潜りながら、攻撃に用いられているスナッフフィルムとその向こうにあるかつて起こった事件にふと思いを巡らす。
このような理不尽な力で害された者たちが居たことに怒りを覚えながらも、同時にそれが起こってしまったという事実を今から変えることは出来ない、と冷静に思考してもいた。
それならば、むしろこの怒りは闘志への燃料として焚べてしまおう。これ以上の被害を出さないために、映像から目を逸らさずに戦い続けるために。
そして────二人は共に、ヴィジョン・シャドウの本体であるテレビに向けて渾身の一撃を見舞わせたのだった!
「ようやく見つけたぞ、ヴィジョン・シャドウ。これ以上の非道は決して赦さん」
激しい怒りを込めて宣戦布告した不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)は、いっそ歓喜にも似たぎらつきを宿した眼光を対敵へと向けた。
影丸は一際この忍務解決に対する熱意を燃やしており、こうして悪趣味な事件を引き起こした者に天誅を下すこの瞬間をずっと待っていた。無論、その熱意はヴィジョン・シャドウ及びその信者となった者たちとは違う。犠牲者たちの不幸を悼み、命を弄ぶ者への怒りを伴った義憤の焔だった。
ヴィジョン・シャドウが√能力【放送休止】を用いてテレビを召喚するのに呼応して、影丸も鋭く指笛を鳴らす。すると、何処からともなく沢山の忍獣たちが現れた。影丸の√能力【|口寄・忍獣召喚《クチヨセニンジュウショウカン》】の力だ。
影の力は強力だが避けやすく、逆にこちらの攻撃は当たりやすい。その能力を活かし、影丸たちは素早く動き回ってのヒットアンドアウェイを心掛ける。攻撃を与えた者はすぐに距離を取ったり障害物に隠れたりすることで相手に的を絞らせないようにさせ、その隙に背後や死角からまた別の忍獣が襲う。
沢山召喚できるとは言っても、【放送休止】によって相手取れるのは1人だけ。対多への攻め手に欠けたこの攻撃では敵う筈もなく、忍獣たちの連携攻撃によってテレビが一台また一台と撃破されていった。
「彼らは俺の頼もしき相棒達であり、共に師匠の厳しい修行を潜り抜けた猛者達だ。そこらの者とは鍛え方が違う。その爪や牙は鋼さえ切り裂き砕くぞ」
他ならぬ影丸も忍獣たちと呼吸を合わせて攻撃を行う。影絵の蝦蟇・ゲコ丸の舌によって動きを封じられた相手に倶利伽羅剣で攻撃を行い、手裏剣による牽制で忍獣たちの補助をし、次々に敵の戦力を削っていく。
そして、破壊されたテレビのいくつかが爆発を始める。影丸はそこから立ち昇る白煙を利用し、姿を隠しながら忍蟲・ミノ実の糸を使用したスウィングキックで一気にシャドウ・ヴィジョンに接敵した。
集団戦に翻弄されるヴィジョン・シャドウは、ならばと√能力【放送休止】を発動する。
一台のテレビ、そこに映しだされたのは……かつて彼が引き起こした惨劇の一つ、「道の崩落」。ヴィジョン・シャドウを中心とした周囲一帯を激しい振動が襲い、その揺れに連動して次々と足場が崩落していく。
しかし、それは影丸にとって己の不利を意味するものではない。相手に「その一手」を切らせたことが重要なのだ。「男性の分身に怪を語らせる」【放送】でも、「幾つものテレビの分身を召喚させて攻撃に用いる」【放送禁止】でもなく────「本体であるテレビが直接攻撃を仕掛けてくる」【放送休止】を使わせたことこそが、影丸、そして彼の手足である忍獣たちの狙い。
本体が直接攻撃を行うということは、その攻撃の出どころにこそ本体が居るということ。つまり今この瞬間こそ、男性体の分身と幾つものテレビの分身を使って居場所を攪乱してくる相手の「本体」を叩ける絶好のチャンスなのだ。
「隙を見せたな。『ドォマキ・サラ! ムウン! 光出でよ、汝、倶利伽羅龍王!』」
影丸は鋭く詠唱を行い、地に手を付ける。すると、本体であるテレビの真下に曼荼羅めいた魔法陣が浮かび上がる。そして────その魔法陣から【倶利伽羅龍王】が飛び出す!
【倶利伽羅龍王】はそれを逃がさぬように口に咥えると、テレビに対して【黒龍の轟炎】を放つ。その炎によって内側から焼かれていくヴィジョン・シャドウは、不意に自らの内部へと内蔵されたフィルムが焼かれていっていることに気付く。
『このままではマズい』。自分の力がどんどん奪われる恐怖、何よりもこれまで集めてきた「コレクション」が焼失する事への焦燥感を覚えたヴィジョン・シャドウだったが、力の大部分を失い倶利伽羅龍王に囚われている今、なす術は何もない。
そして────引導を渡すため、黒い影が躍り出る。せめて本体に攻撃は届かせまいと立ちふさがった沢山の|分身《テレビ》さえも想定内だったかのように、影丸の身体は一切の迷いなく翻った。
「『ジ! クガ! イフリズ! 出よ、倶利伽羅龍王剣!』……これで、お前も年貢の納め時だ。犠牲者たちの無念、ここで晴らさせてもらう!」
√能力【倶利伽羅龍王剣】によって倶利伽羅龍王と融合した影丸は、逆手持ちした倶利伽羅剣と【焔纏う倶利伽羅龍王剣】の二刀を以て眼前の全てを切り捨てる。分身ごと両断されたテレビは、不快なノイズ音を暫く響かせた後に沈黙した。
そして、周囲の状態も次第に元の形へと戻っていく。それきり、風景が変貌することは二度となかった。
「……終わった、か。犠牲者たちよ、仇は討ち取った。どうか、安らかに眠ってくれ」
戦闘を終えた影丸は、ヴィジョン・シャドウの犠牲となった者たちに思いをはせ、片合掌をする。
失われてしまった命は戻ることは無いが……せめて、安らかに。影丸の鎮魂を願う気持ちは、澄み切った青い空に溶けていった。
●終幕
スナッフフィルムと√能力、そして怪異と一般人を巻き込んだこの事件は終幕を迎えた。
この悲劇も、いずれ√EDENの者たちは忘れていくのだろう。
ヴィジョン・シャドウの悪意によって害された者たちも、ヴィジョン・シャドウの悪意に魅せられた者たちも、みな平等に彼を忘れ、日常へと還っていく。それは皮肉なことかもしれないし、一種の救いかもしれない。
ただ一つ確かなことは……もう二度とヴィジョン・シャドウによるスナッフフィルムが「作成」されるようなことは起こらないということ。
√能力者たちの奮闘は、無事にこの事件を解決し、√EDENの平穏を守ることに成功したのだ。