秋想の花
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風はいつしか秋の気配を感じ、木々の葉も少しずつ紅や黄に染まり始める頃。
《|花想苑《かそうえん》》と呼ばれるその場所は、毎年秋になると秋桜が一面に咲き誇り、濃淡の桃色、赤、白、黄色と色とりどりの花は秋風に揺れながら、訪れた人々を楽しませてくれる。それだけでなく、スタッフに声をかければ秋桜をお土産に摘んで帰る事が出来るのだ。
|花想苑《かそうえん》のすぐ近くには様々なお店が立ち並び、お店ごとで摘んだ秋桜を使ったグッズやお菓子作りが出来る体験コーナーが。観光客も地元の人も、色んな形で秋の思い出を此処で形に残していく。
『素敵な思い出、僕にも分けてくれる?』
──囁く中性的な声。
気付いた時には思い出は奪われ、深い深い眠りへと誘われてしまう。一人、また一人と。
水晶に閉じ込めた思い出を大切に愛でながら、少年とも少女とも見える存在は柔らかく微笑んだ。
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「少しずつ涼しくなってきた、ね…。秋桜が綺麗に咲く花畑があるの、知ってる…?」
控えめな声量で話す雲路・秋桜羽(秋桜咲く渡り鳥・h06838)は軽く小首を傾げながら、自分で作ったであろうチラシを集まってくれた√能力者達に配る。そのチラシには手書きの秋桜と、ふわっとした字体で花畑やお店についての情報が書かれていた。
「|花想苑《かそうえん》っていう場所、季節ごとの花達に思い出が込めれるようにって、してるみたい…。今はちょうど秋桜が一面に咲いてて、摘んだ秋桜を使った体験も出来るみたいなの…」
きっと楽しめるはずだよと話した後、秋桜羽は少し心配そうに俯いて。
「……でも、ね。楽しい思い出、奪われちゃった人がいるみたい。思い出が奪われた人は眠ってしまって……今は少ないけど、このままだと…みんなの思い出が奪われちゃう。みんなの力で、たくさんの人の思い出を守って欲しいの…」
花畑を訪れた時の思い出だけでなく、全ての思い出が奪われてしまうのは悲しい事だから。軽く頭を下げて、改めて懇願するのは思い出を盗む古妖退治。
「少し心配だけど……怪我なく、無事に帰ってきて…ね」
心配そうにしながらも再び頭を軽く下げてから、√能力者達を見送るのだった。
第1章 日常 『四季折々の花祭り』
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《|花想苑《かそうえん》》に訪れれば、目の前に広がるのは色とりどりの秋桜。
花畑の中をゆったりと散歩出来るように道が舗装されていて、秋の風を感じながら多くの人達が華やかな景色を楽しんだり、写真を撮ったりと楽しんでいる。
管理スタッフに声かければ好きな色の秋桜を摘むことが出来て、花畑の近くに並ぶお店へと摘みたての秋桜を持っていくと花束にする事が出来る。その他にも、押し花にして栞やレジンを使ったグッズを作ったりも出来るようだ。
飲食スペースのお店もいくつかあり、秋の花や紅葉をイメージした和菓子やお茶を楽しむことも出来るので、秋桜を眺めながらゆったりと過ごしてみるのもいいかもしれない。
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星詠みが用意した可愛らしいチラシを片手に|花想苑《かそうえん》へと訪れたヤルキーヌ・オレワヤルゼ(万里鵬翼!・h06429)は、色とりどりの秋桜が咲き誇る風景にピンクの秋桜に似た瞳をキラキラさせて。
「可愛らしいチラシに誘われて来てみましたけれど、美しいお花畑ですわね本当に!」
ゆったり散策する人達の波に乗るように少し開けた場所まで歩いた後、広めの道で立ち止まれば邪魔にならないようにと端に立ってタブレットとペンを鞄から取り出した。
せっかく来たなら、この綺麗な景色をスケッチしたい。神絵師を目指すためには、コツコツと努力を重ねるのだって大切だから。
「アナログの画材も使いたいのですが、出先ですぐ描くのにはデジタルが便利ですわね!」
アナログ画にはアナログ画の良さがあるが、必要な道具は増えていく。場所によっては邪魔になってしまう事を考えると、タブレットとペンというシンプルな道具だけで描けるデジタルは便利なもので。最近はソフトやアプリも凝っているため、デジタルでありながらアナログのような絵を描けるようになっている。ヤルキーヌが今描いているのも、水彩画のような柔らかなタッチのものだ。
たまたま散歩をするのに近くを通り掛かった老夫婦が、ヤルキーヌの絵をチラリと見ると感嘆の声を洩らしながら声をかけてきた。
「あらあら、とっても上手ねぇ?」
「ふふ、ありがとうございますわ!」
スケッチをしながら、老夫婦とゆったり会話も楽しむ時間も楽しくて。絵を通して、こうした一期一会を楽しめるのも一つの楽しみだ。老夫婦も話し相手になってくれたのが嬉しくて、朗らかな笑みを浮かべながら雑談を楽しむ。
少しして老夫婦と別れた後、少し休憩しようと保存してから一旦タブレットとペンをカバンにしまうと、|花想苑《かそうえん》の近くにある茶屋に立ち寄ることに。
今は秋の味覚をふんだんに使った甘味が多く、どれにしようか悩んでしまう。
「ハーブティはありますかしら。それに合うお菓子もいただきますわ」
「今ですと、金盞花のハーブティーがオススメですよ!それに合うお菓子、紅葉饅頭はいかがでしょうか?」
「それは美味しそうですわね?では、それをお願いしようかしら」
注文を済ませ、外で食べれるテラス席を選ぶ。秋桜畑が見渡せる特等席に満足していると、ハーブティーと紅葉饅頭が運ばれてきた。
「とっても美味しそうですわ!綺麗な景色を楽しみながらのティータイムは最高ですわね」
金盞花のハーブティーの香りを楽しみながら早速飲んでみる。仄かな優しい甘さが広がり、そこに紅葉饅頭を一口食べてみると中にはリンゴを使った餡が入っていてフルーティ。
秋の景色に、秋の味覚。
この後のスケッチの続きも楽しみにしながら、ティータイムのひとときを楽しむのだった。
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|花想苑《かそうえん》に不穏な事件が起きるという情報を元に、クラウス・イーサリー(太陽を想う月・h05015)は秋桜畑を眺めながら静かに考える。
(思い出、奪われるのは嫌だな……)
かつて親友と過ごした日々の思い出も、今新しく増えている友人達と紡ぎ始めた思い出も、全てが大切なものばかり。それは、どの人にも当てはまる。ここに訪れている人達にもそれぞれ大切な思い出があり、どれも失っていいものではない。
だからこそ、何としてでも止めないと強い思いがあった。
だが今は、あまり深く考えずに秋の風景を楽しもうと気持ちを切り替えて。色んな世界にはまだ知らない楽しい事がたくさんあると教えてくれたからこそ、肩の力を抜く時間もまた大切なのも知ったから。
|花想苑《かそうえん》近くにある茶屋に入り、まずは何を食べようかと悩んでしまう。
「どれも美味しそう……あれ?これは」
クラウスの目に止まったのは、以前食べた事のある琥珀羹。今回は食用の秋桜が入っていたものに惹かれ、和菓子はこれに決まり。抹茶をセットにして注文すれば、テラス席で秋桜を眺めながら楽しむ事に。
「……ん。前にも食べて美味しかったけど、これもまた美味しいな。和菓子ってあんまり食べる機会が無いけど、洋菓子とはまた違った美味しさがあるね」
お店によって甘さ加減も違うのもあり、食べた事ある和菓子でもまた違った楽しさを感じられる。温かな抹茶のほろ苦さと和菓子の優しい甘さを交互に堪能しながら、楽しそうに秋の風景を楽しむ人達を眺めれば、不思議と微笑ましくなっていて。
時折そよぐ少し冷たく感じる秋の風を感じながら、最近何かと目まぐるしい日々を過ごしていたからこそ、こうした穏やかな時間は心地良い。
「こうして穏やかな時間を守るためにも、やれる事はやっていきたいな」
ついつい真面目に考えてしまうけれど。それでも、平和な日常を送る人々を眺めていれば、クラウスの中には守りたいという思いが強くなっていく。
失う悲しみを知っているから、もう失いたくないから。失わないために前を向き、そして歩み続けると空から見守ってくれる親友とも、新しく出来た友人達と約束を交わしたから。
(今俺が感じている穏やかな気持ちも、楽しそうに過ごす周囲の人たちの思い出も全部守りたい)
改めて決意を胸に秘めつつ、また一口と琥珀羹を楽しむ。
色々落ち着いたらお土産を見に行ってもいいかもと思いながら、秋の景色をのんびり楽しむのだった。
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桜に似た花が秋に咲くことから名付けられた、あきざくら。
春には桜で花見を、秋には秋桜で花見を楽しむ。人々はこうして移ろう季節を楽しんでいるのはとても良い事だと、深緋・悠都(妖籠目・h08187)は秋を楽しんでいる人々を慈しんでいた。
「そういえば此処に咲いている秋桜は、花束にすることも栞にもできると言ってたな」
花畑を楽しむだけでなく体験コーナーがあるという情報を思い出せば自分用とお土産用に持って帰ろうと、まずは|花想苑《かそうえん》へと入りお土産用の秋桜を摘みに行く事に。
紫、ピンク、赤、白。いろんな色がある中で、悠都が栞用に選んだのチョコレートコスモス。花束用には、ピンクや白、紫と明るめな色を選ぶ。
(男に花束くれる暇があるなら、休みをくれと文句いわれそうだが)
摘んだ秋桜を手に体験コーナーへと足を運べば、花束用はスタッフに預ける事で綺麗に仕上げてくれる様子。その間、悠都はチョコレートコスモスで栞作りをする事に。
一言で秋桜といっても濃淡含めて様々な色や形があり、一つとして同じ花はなく違う姿を見せてくれる。人も花も、個性豊かな一面を見せてくれるからこそ楽しくて、面白くて。だからこそ、愛でたくもなるのだ。
押し花にした秋桜を綺麗に加工してもらい、シックな色合いの栞が出来上がった。周りを見てみると作った栞も同じものはなく、自分だけの栞なんだと思えば、これを使って本を読むのが楽しみになる。
その頃には綺麗に束ねてくれた花束も完成していて、それを受け取り体験コーナーを後にする。
「さて。花も手に入ったことだし、あとはゆっくり休憩でもしようかな」
さっきは摘むだけにしてしまったが、のんびりと散策を兼ねて秋桜畑の遊歩道を歩き始めた。
秋桜の花言葉『調和』『謙虚』『乙女の真心』。可愛らしさを持ちながら、控えめな中でも美しく咲き誇るその姿はまさにその通りで。たまたま見かけた男女は恋人同士なのか、秋桜の花束を手に幸せそうに歩いている。
ヒトの子の全てを視て、全てを知りたい。今日のこの時間も、人の生活を知るキッカケとなった。この手に持つ花束を送った時、どんな反応を示すのだろう。休みが欲しいという文句以外に何を言うのかも興味が湧いている。
赤い瞳を細めてクスッと微笑んだ後、緩やかな足取りで花畑を散歩する。|太陽の使い《八咫烏》はまるで秋を導くように、静かな足取りで。
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秋を楽しめると聞いて、蓬平・藍花(彼誰行灯・h06110)は|花想苑《かそうえん》へと足を運んでいた。
(花を想う苑、かぁ…名前からして素敵だねぇ……)
一人ゆったりと秋桜畑を歩きながら、花畑に付けられた名前も素敵だなとほっこりして。
事前にスタッフへ声掛けた事もあり、借りた花鋏を片手に何色の花を摘もうかなと考える。色とりどりの秋桜はどれも綺麗に咲いているからこそ、何色にしようかと悩んでしまう。
「むむ……全部綺麗で、迷っちゃう…」
元気な赤色?華やかな紫?可愛らしいピンク?うーん、うーんと唸りながら悩んでいれば、ふと過ぎったのはこの場所を教えてくれた紫苑色の髪をした少女。名前にも秋桜が入る彼女に似合う色を見つけたい、そう思えば藍花は【|妖精猫の円舞曲《フェアリーズ・ワルツ》】を発動する。
「謡いましょう、舞いましょう、運命の糸を捕まえましょう」
藍花の呼ぶ声に応え姿を現したのは【|珠花《シュカ》】と名付けた翼を持つ妖精猫。
「|珠花《シュカ》、彼女に似合う秋桜…選んでくれる?」
こてんと首を傾げてお願いすると【|珠花《シュカ》】は『にゃあん』と一鳴きして、花畑の上を飛んで探し始める。藍花も一緒に探していると、見つけてくれたのは縁取りがピンク色の白い秋桜。
「わ、っ…とっても綺麗、ね? 見つけてくれてありがとう、|珠花《シュカ》」
いい子いい子と頭を撫でて褒めてあげると、ごろごろと喉を鳴らして得意げに『にゃん』と藍花に甘える。後でまた遊んであげると伝えれば願いを叶えたというのもあり、その姿は一旦見えなくなった。
見つけてくれた秋桜をちょきんと切って摘んでいき、綺麗に咲く秋桜を見て幸せそうに微笑みながら、藍花が次向かうのは体験コーナー。
「…あの、2つ作りたいのだけれど……良き?」
「もちろん、大丈夫ですよ!」
摘んだばかりの秋桜を押し花にしていき、作っていったのはお揃いの栞。喜んでくれるかな?というドキドキもあるけれど、友達とお揃いというのが嬉しくて自然と顔が笑顔になっていて。
「これ使って一緒に本を読むのもいいね…?次に会えた時、とっても楽しみ…♪」
出会いは偶然だったけれど、友達が増えていくのは嬉しくて。最近は飲み仲間も増えて、たくさんの人と過ごす時間が楽しいからこそ彼女にも楽しんでもらいたくて。
次の楽しみを胸に完成した栞を手に体験コーナーを後にする。
秋は、冬にかけて見れる花も少なくなったり、少し物寂しくなる季節でもあるけれど。そんな中で、新たに紡がれる出会いもある。
長く生きる付喪神は、そんな人の子達との出会いを大切に紡いでいきたいなと思いながら秋の桜を満喫していく。
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辿り着いた|花想苑《かそうえん》にて、一面のコスモス畑に「わぁ…!」とアリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)は紫秋桜のような瞳をキラキラと輝かせた。
「一面の秋桜……素敵ですね!気候も穏やか、こんな中で読書できたら……あ、今日は本を置いてきたんでした」
綺麗な景色を見ながらの読書は間違いなく楽しいはずと想像しながらも、読み始めてしまったら内容が気になって本に集中して動かなくなってしまうため、今日は敢えて置いてきたのだ。
読書の代わりに散策をしようとアリスはゆったりと花畑の遊歩道を歩くことに。様々な色の秋桜が出迎えてくれるかのように優しく咲く姿はとても可愛らしくて自然と表情が綻ぶ。普段はやや引き篭ってしまう気質があるため、こうして季節や風景を楽しむ散歩は大事だなぁとしみじみしてしまうけれど。
|花想苑《かそうえん》に咲く季節の花は種類によって摘み取りが可能というのもあり、スタッフに声掛けていたことから貸し出してくれた鋏を片手に、どの花にしようかなと厳選。
「どれも綺麗ですけど、ここはバランスよく……」
自身が営む魔法道具店『菫青堂』に飾るため、店内の雰囲気に合うようにと考える。どの色にしようか決めたアリスは、早速ちょきんと鋏で茎を切って小さな花束のように束ねていく。桃色、赤、白の秋桜が愛らしい花束が完成すれば、ほくほく満足そうに微笑んだ。
「飾る用はこんな感じですねっ!」
飾る用の秋桜を手にしながら引き続き散歩を楽しんだ後、どこかで休憩しようかなと辺りを見渡してみれば体験コーナーの小さな看板が視界に入った。そこでは、摘んだ秋桜を使った栞やレジンも使ったキーホルダー作りなどが体験出来るらしく、どんな感じだろうと気になって足を運んでみる。
サンプルにあった押し花の栞も普段本を読むアリスとしては気になったけど、もう一つレジンを使ったものは不思議そうに眺めていて。
「このレジンというものは何ですか?宝石のようなものもありますが?」
「合成樹脂を使ったものでして、UVライトで硬化させると宝石のようなグッズが作れるんですよ!」
「ふむふむ、合成樹脂なのですね、面白そうです!」
軽く作り方を教えてもらうと興味が惹かれ、初めてのレジンで何か作ってみようと考えたアリスは、お土産にもなると思いレジングッズ作りに挑戦してみることに。オーバルの宝石型を借りて、ワンポイントに秋桜の花弁を入れてみる。柔らかな紫を囲むように小さな星のパーツを入れてラメ入りのレジンを流し込めば、あとは専用のライトで照らして固めるだけ。
完全に固まり型から外し、お店の照明に照らしてみるとキラキラと本物の宝石のように輝いていて。
「完成です!ふふっ、魔法宝石とは違いますが、これも綺麗ですね!」
チャームとして使えるように金具を付ければ、キーホルダーとして鞄などに付けたり、ネックレスとして身に付けられるようになるとアリスは大満足!
秋の景色を楽しみ、お店に秋を持って帰れるのが嬉しくて、笑みを浮かべながら体験コーナーを後にするのだった。
第2章 冒険 『誰かのために東奔西走』
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秋花を楽しもうと訪れた人々は、それぞれに思い出を作っていく。そのどれもが鮮やかに彩り、とても大切な宝物。この宝物を胸に、次の楽しみを語り合う事だってするだろう。
だがしかし……一人、また一人と倒れていく。
倒れた人の殆どは鮮やかな宝物を奪われ、深い深い夢の中へと堕ちる。
『綺麗だね。ボクも、その宝物をくれる?』
密かに暗躍する古妖は√能力者達の目を掻い潜り、思い出を奪っていく。
これ以上の被害が出ないよう、行方を探したり何を盗まれてしまったのか、何を目的としているのかなど調査をする必要がある。
──大切な思い出を守るために。
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綺麗な秋桜の花束に秋を閉じ込めたレジンのチャームと素敵なお土産が出来たところで、ここからお仕事タイム!とアリスはよしっと気合を入れて。
思い出が盗まれるという漠然な情報はあっても、どんな思い出を狙うのか、何を目的にしているのか調べる必要がある。
「まずは、被害者の共通点を洗い出すべきでしょうか」
そう考えたアリスは、被害者の共通点を探すために目撃者が居ないか探してみることに。
秋を楽しみに来ていた人は多く、もしかしたら何か見てる人がいるかもと探していると、とある男性が眠る女性を抱き寄せて悲しそうにしているのが視界に入った。被害者かもと思えば早速男性の元へと近付き、アリスは心配そうに声をかけてみる。
「大丈夫ですか?何かありましたか?」
「うぅ……彼女が急に倒れて。どれだけ呼びかけても起きてくれないんだ」
二人は恋人らしく、彼女が突然倒れてしまった事にどうしたらいいんだと不安を滲ませていた。きゅっと心が痛みながらも彼のためにも古妖をどうにかしなくちゃと思い、申し訳無さそうに質問を続ける。
「眠ったままの方が心配だとは思いますが……その時のこと、聞かせていただけませんか?」
「彼女とデートでここに来たんだ。思い出作ろうってお揃いの栞を作って、花束もプレゼントして……そしたら、急に声かけられたんだ。その後、彼女に贈ったものと一緒に消えちゃって……」
声をかけると同時に、持ち主の心に残るモノを選んで盗んでいったのたろう。そう予想しながら、アリスは任せてくださいと微笑みかけて。
「私がお二人の大切なものを取り戻してきます!だから、安全なところで待っていてくれますか?」
「本当かい?頼む、彼女のために……取り戻してくれ!」
必ず取り戻すと約束し、男性は彼女を抱き抱えて安全な場所へと移動する。その様子を見送ってから、インビジブルも目撃してるかもしれないと考えて【|時廻《アメジストリインカーネイト》】を発動する。
「アメジストよ、時を逆巻き彼の者に在りし日の姿を与え給え」
アリスが魔法宝石『アメジスト』を翳すと、優しい光に照らされたインビジブルは女性の姿へと変えて目の前に現れた。
《ふぁあ……私に何か用事?》
「あの、ここで起きている古妖が起こした事件について聞きたいんですけど、何か見ていたり知ってたりしますか?」
《うーん、そうだなぁ。あ、男の子?女の子?の見た目した古妖が、色んなものを持っていたのを見たわ》
いろんなもの。もしかすると盗まれた思い出の品々かもしれないと思えば、古妖が向かったであろう場所を尋ねてみる。
《確か、向こうの……花畑より奥のちょっとした森の中に行っちゃっだと思う》
「ありがとうございます!教えてくれた方、探してみますね!」
ばいばーいと手を振るインビジブルに見送られ、アリスは教えてもらった森の方向へと向かう。
思い出とは、人それぞれが大切にするもの。その一つ一つに込められた記憶や思いを他者が奪っていいものではない。
「きちんと全部、返してもらわないとですね」
そして目覚めたら、新しい思い出を紡いで欲しいから。みんなの大切な|思い出《心の宝石》を取り戻すべく、古妖が隠れているであろう森へと向かう。
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(動き出したか……|俺達《√能力者》の目を盗んで事を起こすなんて大胆な奴だ)
あちこちで悲鳴や呼び掛ける声が聞こえれば、古妖が動き出した証拠となる。思い出を奪われたままにならないよう、クラウスは早速【レギオンスウォーム】を発動し、レギオンを呼び出すと周辺に痕跡などが無いか探すよう指示を出した。
その間、被害に遭ってしまった人達の様子を探るため、近くにいた親子が視界に入ると近付いて声をかけてみる。
「すいません、大丈夫ですか?」
「うぇえん……ママぁ、おきないよぉ…」
小さな女の子の近くで眠るように倒れている母親に視線を向ければ、怪我が無いかを確認してみる。幸いにも外傷は無く、ただ眠っているようで。だが、こうして眠ってるということは思い出を盗まれたという事。クラウスは泣いている少女を安心させるように声をかけながら、盗まれたものが無いか聞いてみる。
「君のママは大丈夫、眠ってるだけだよ。ママに何かプレゼントしたりしたのか、聞いてもいいかな?」
「きょう、ママのたんじょーびなの……だから、きれいなおはなプレゼントしたけど、しらないひとにとられちゃった……」
そう話しながら、再び泣き始めてしまった少女。
幼い頃に家族を殺されてしまったクラウスとしても、このまま失うような事にさせたくない。寂しい思いにさせないよう、優しく頭を撫でながら大丈夫だと微笑みかける。
「大丈夫、俺が取り戻してくるよ」
「ほんと……?」
「うん、約束するよ。だから、ここでママと待っててくれる?」
「……!うんっ、ここでママとまってる!」
やくそく!と指切りげんまん。
丁度そのタイミングでレギオンが痕跡を掴めば、行ってくるねと少女の元を離れて追跡を始める。
レギオンが送ってくれた情報によれば、|花想苑《かそうえん》の近くにある森へと逃げていったのを僅かに散らされた秋桜の花弁が示していたようで。
両親を失った頃の寂しさを少しばかり思い出してしまったけれど、少女に同じ思いをして欲しくないという強い思いがクラウスを突き動かす。小さな指と絡めた約束を守る、そのために。
「奪ったものを返して貰った上で、眠ってしまった人も目覚めさせて貰わないと困る」
花弁が示した道を辿って行けば、古妖が隠れているであろう森へと辿り着く。眠ってしまった人を目覚めさせるため、大切な思い出を取り戻すため。
彼らを救うために、クラウスは古妖が隠れる森の中へと進んで行くのだった。
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可愛いお揃いの栞が出来たと、藍花はホクホク顔でのんびり散歩しようと|花想苑《かそうえん》内をゆったり歩いていた。
秋風が心地良いなと思いながら散策していれば、ふらりと目の前に歩いていた人が崩れ落ちるように倒れそうに。藍花は慌てて滑り込むように支えてあげるけれど、耐え切れずに一緒に倒れてしまった。
「いたた……キミ、大丈…」
大丈夫?と問うつもりだった言葉は、倒れてしまった人の様子を見て途切れてしまう。星詠みから聞いていた情報通り、何らかの思い出を奪われ眠りについてしまったのだ。
(嗚呼、これが……)
思い出を取り返さねば、この人は永遠に眠ったまま。ぽっかりと空いてしまった記憶の空白が埋まらないまま、暗い闇の中を彷徨う夢。
もしも、もしもアノ子との|事《想い出》を奪われてしまったら? それだけじゃない。たくさんの親しい人達との|事《想い出》を奪われてしまったら──そう考えるだけでも、藍花は恐怖のあまり小さく震えてしまう。
このヒトもきっと今、奪われて覚えていなかったとしても寂しさや悲しさを感じながら夢の中を彷徨っているに違いない。こんな事はあってはいけない。大切な大切な想い出の全てが宝物だから。
「おいで…|珠花《シュカ》」
【|妖精猫の円舞曲《フェアリーズ・ワルツ》】を発動し、小さく震える声で|珠花《猫妖精》を顕現させる。『にゃぅん?』と心配そうな声で鳴きながら、安心してもらえるようにと擦り寄ってくれれば、藍花はありがとうと柔らかく微笑んで。
「ありがと、ボクは大丈夫。お願い、この子の|想い出《宝物》を探してあげて……?」
膝の上で眠るヒトの頭を撫でながら願いを伝えれば、|珠花《シュカ》は『にゃあん』と鳴いて古妖が奪った想い出の痕跡を探しに行く。見つかりますようにと強く願いながら、藍花は猫妖精が戻ってくるまで待つばかり。
少しの時間待っていれば、ふわりと夜色の翼を羽ばたかせながら|珠花《シュカ》が戻ってきた。秋桜の花の香りを辿れば見つかるというように自身の体に残る秋の香りを藍花に伝えて。
「この香りの先に、いるんだね…?」
ありがとね?と伝えれば『にゃん』と一鳴きし、猫妖精は姿を消す。近くを通り掛かった人に眠ってしまったヒトを任せ、藍花は香る秋の痕跡を辿って歩き始める。
(…大切な想い出、守らなきゃ……)
秋桜の押し花を見れば緩く胸に抱き締める。この想い出も、今までの想い出も全部が宝物。
ヒトの子達に笑顔が戻るように、藍花は森の中へと入っていく。
第3章 ボス戦 『冥紫紡』
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|花想苑《かそうえん》から少し離れた場所にある小さな森。
陽の光はそこそこに差し込むものの、やや薄暗いその場所で『冥紫紡』は一人。ひっそりと静かに、多くの人から奪った思い出を眺めていた。
『ボクに何か用?』
奪ったものを奪わせないようにと古妖は身構える。
綺麗な思い出は全て自分のモノだというように。
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森の中で見つけた古妖『冥紫紡』の姿を捉えたクラウス。ここで戦うことも可能だが、まずは交渉をしてみようと考えていた。素直に応じてくれるかどうかという確証は無いけれど、試さずに終わるわけにはいかなかった。
「君が思い出泥棒、だね。奪ったものを、それぞれの人達に返してほしい」
『なんでかな?こんなにも素敵な思い出達、ボクはずっと愛でていたいだけだよ』
よく分からないというように『冥紫紡』は首を傾げる。どんなに素敵な思い出を手に入れたとしても、輝くのは本人の元にあるからこそなはず。それは、クラウスの中にある親友との思い出や新しく出来た友人や仲間達との思い出が証拠だから。
「思い出は、本人達の元にあるのが一番輝くと思うんだ」
人の思い出を奪ったとて満たされないはずだから、と。彼というべきか、彼女というべきか見た目で判断しかねる古妖を真っ直ぐ見つめながら説得を続ける。
「そんなに思い出が欲しいのなら、君自身の思い出を作ればいい」
以前の依頼で、猫の古妖と一緒に夏の和菓子を楽しんだ事がある。全てが同じように上手くいくかは分からないけれど、もし叶うなら──戦わずにいられるなら。
これは紛れもなく、クラウスの本心だ。
『ボクの、思い出……?』
「そう、君の思い出。この近くに花想苑って場所があるんだ。綺麗な景色も見られるし、どうかな?」
『冥紫紡』は不思議そうにしながら、少し考える仕草を見せる。その後少し警戒は残るものの、クラウスの元へ近付いた。
『よく分からないけど、思い出作り?やってみてもいいよ』
「ありがとう。もし楽しいって感じてくれたら、奪ったものは返してあげてくれるかな?」
『うーん、綺麗だったら約束してもいいよ』
約束を交わせればクラウスは、古妖と共に花想苑へと戻る事に。秋桜が秋風に吹かれ、ふわりゆらり。そんな景色の中を散歩しながら、『冥紫紡』の様子を気にかけていた。
『歩いてるだけで、特に何も無いよ?』
「そうでもないよ。ここに咲いてる秋桜、すごく綺麗な景色を楽しみながら歩くの結構落ち着くんだよ」
二人で秋桜畑を眺めれば、古妖は静かに景色を見ていた。無表情なままに見えていた『冥紫紡』の表情は、僅かに柔らかくなったような気がする。
『|もらった《奪った》思い出にも、この景色があったよ。みんなが笑顔で、幸せそうな顔してた。言ってたのは、分かるような分からないような……』
「嫌な感じはする?」
『今のところ、悪くない気がする?』
眠ってしまった人達を思うと急がなければいけない気持ちもあるけれど、思い出の大切さを知って欲しい気持ちも大きいからこそ焦らずに。
──秋桜の花言葉〈調和〉
人と古妖が親しくなれるかどうか。けれど少しずつ、何かが変わろうとしている。
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(ふむ……お話が通じそうな相手ですね……?)
仲間が対話し始めると、古妖がそれに応えてくれる様子が見受けられた。これは話が伝わるかもしれないと思えば、念のためと【|水晶魔杖《クリスタルロッド》】を使えるようにしながらも、アリスはにこやかな笑みを浮かべて『冥紫紡』へ声をかけた。
「こんにちは、あなたが冥紫紡ですね。私はアリス、栞と花束と思い出をなくして悲しんでいる人に頼まれてここに来ました」
『あれはもうボクの、だよ?』
警戒されないように優しい声色で。どうしたら思い出の大切さを分かってもらえるだろう?「うーん」と少しばかり考えた後、ハッと何か閃いたアリスは両手の平を合わせて、こんな提案を。
「その思い出も、品物も、彼らのものです。ですから……私と一緒に、花想苑で同じものを用意しませんか?」
『おなじ、もの……?』
お散歩の次に新たな提案を受ければ、キョトンと紫秋桜に似た瞳をまん丸にさせた『冥紫紡』。そうと決まれば善は急げ!とアリスは古妖の手を取り、まずは秋桜畑へ。
「まずは、冥紫紡が一目惚れする花を摘みましょう!」
『えっと……花を、選べばいいの?』
「はいっ!これだけ綺麗な花はたくさん咲いてるから、きっとお気に入りが見つかると思いますっ」
アリスの力説に『なるほど?』と首傾げながら、とりあえずどの花にしようかと選んでみることに。いろんな色の秋桜が秋風に揺られ、そんな穏やかな景色の中。ゆったり二人で歩きながら探していると、ふと『冥紫紡』の足が止まった。視線の先、そこに咲いていたのは白の秋桜。
『ボク、これが好き』
「白の秋桜、冥紫紡の髪と同じ色で素敵だと思います!」
「それなら私も」とアリスは古妖のために一際綺麗に咲き誇る白秋桜を、もう一輪ピンクの秋桜をそれぞれ摘んでいく。そして今度は、先程レジンチャームを作った体験コーナーへと向かう事に。
「ここで、一緒に栞を作りましょう。ふふ、実はほしいと思っていたのでちょうどよかったです!」
先程の体験でも、どっちも捨て難いと悩んでいたアリスとしては嬉しい限り。スタッフからも説明を受けながら、二人は早速栞作りにチャレンジ。
慣れない作業ばかりで苦戦する『冥紫紡』を手伝ってあげながら、頑張って作ってる姿が微笑ましくて。少し時間はかかったけれど、無事に白秋桜の栞が完成!アリスもまた、桃秋桜の栞が完成すると満足そうに微笑んだ。
『出来た……!これが、ボクの…』
「あなたの栞もとっても素敵ですね!あっ、よければ交換しませんか?」
『交換?ん、いいよ』
アリスの提案にこくりと頷いた後、白と桃の秋桜を交換し合う。手に持つ栞を見る古妖の眼差しはどこかキラキラと輝いていた。
「どうですか?あなたが奪ったものと、今持っているもの……違うでしょう?」
『見た目は似てるのに、何か……違う。どうして?』
「それは特別な想いと、私達と過ごした思い出が込められてるからです。それは間違いなく、あなただけの特別ですから」
『ボクだけの、特別……』
少しずつ、思い出の大切さを理解し始めたようだ。盗んだ思い出や物を封じた水晶をチラリと見つめ、どこか葛藤している。
きっと何も知らないから盗んでしまうのかもしれない。
“純潔”な心があるのなら、と。今回の体験で少しでも分かってもらえたらいいなと願う。
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秋桜の香りが導く先、そして仲間達との様々な関わりを持った古妖を見つけた藍花。ふんわりと微笑み、敵意が無いことを見せながら近くへ行くと「ご機嫌よう…?」と声掛けた。
無表情には見えるけれど、どこか微かに柔らかいような──きっと大丈夫と思えたから。
「ボクは藍花……あなたのお名前は?」
『冥紫紡。ボクの名前』
名前を教えてくれればニッコリと微笑んで。こてりと小首を傾げながら、藍花は古妖に優しく話を続けていく。
「あなたの|宝物《想い出》……見つけるお手伝い、したいと言ったら…迷惑、かな?」
『ボクの|宝物《想い出》?』
その言葉を聞くと、作ったばかりの手に持っている桃秋桜の栞を見てから藍花へと視線を向ける。宝物、何となく理解し始めているけれど、まだ少し曖昧で。藍花は『冥紫紡』の手を取り、言葉でもしっかり伝えようと真っ直ぐ見つめる。
「誰かの想い出も綺麗かもだけれど……あなただけの想い出は、きっと…もっと素敵だと思うの」
「ボクだけの想い出。さっき、これをつくった。何となく、これは|貰った《奪った》モノより大事なのがわかった気がする」
見せてくれた栞を見れば嬉しそうに、幸せそうな笑みを浮かべる。嗚呼、少しずつ分かってきてるんだと。それが凄く嬉しくて。それならば、その大切さをもっともっと伝えたい。
ヒトの子の|生き方《ルール》はヒトの子らのもの。人ならざるモノとなれば、全てが通じるわけではない。藍花もまた付喪神だからこそ、ヒトの世界での生き方を教えてくれる人がいなければ知る事は叶わなかったかもしれないけど、ヒトの子達と暮らしていく中で確かに学んできた。
素敵な事もたくさんあるんだというのも含めて教えてあげたい、そんな一心で。
「お花を誰かと見ること…好きな色を見つけたり、選んだりすること…それを使って何かを作ること……きっと、どれも素敵な|宝物《想い出》に、なると思うの」
『素敵な、宝物……』
藍花の言葉一つ一つ聞いてく中で、花畑を散歩してくれた人や一緒に栞作りをしてくれた人達を思い浮かべる。あの時間も含めて|宝物《想い出》になるのだと漸く繋がった古妖は、水晶に手を翳すと奪った想い出の欠片や品々を取り出す。そして、それらは光となって元の持ち主達へと戻っていった。
『藍花の言葉、少し分かった気がする。今日もらったものは、返してあげる』
「ありがと……きっと、みんなも喜ぶ、よ」
そう話していく中で、花想苑で倒れた人々は想い出が戻ってきた事で深い眠りから目覚める。多くの人達に笑顔が戻ってきた事に、藍花はホッと胸を撫で下ろした。
「良かった……みんな、起きてくれた、ね。そうだ、もう少し、ボクと一緒に過ごしてみない……? 一緒にお茶、しよ」
『…ん、いいよ。もう少し、知ってみたいから』
それならと藍花は『冥紫紡』の手を取り、新しい事を知ってもらおうと二人で茶屋へ向かう事に。
花が繋ぐ想い、思い出をつくれる花想苑。
今日もまた、新たな|宝物《想い出》が咲き誇るだろう。