Anker護衛作戦〜Code:Fireworks
連取・佐(不死身の強面系百面相おじさん(婚活中)・h02739)は新たな予知を見た。すぐに√能力者達を招集して、今回の任務内容を伝え始める。
「とあるAnkerが謎めいた外星体同盟の刺客『サイコブレイド』の配下に襲われる予知を見た。前回は俺のAnker……|九十九《つくも》が狙われたが、今回はどうやらAnkerの素性はよく分からないんだ。しかも不特定多数の人数が狙われる可能性があるらしい」
佐の言葉に√能力者達は顔を見合わせる。随分と曖昧な予知だ。
だが次の言葉に彼らは戦慄した。
「それはつまり……みんなのAnkerが狙われるかもしれないって意味も含まれる」
不特定多数……そういう事か!
Ankerが特定できないということは、この任務に参加する√能力者のAnkerも狙われる可能性だって十分ある。そうではないかもしれないが、一応、頭の片隅に入れておくべきだろう。なんなら今回の任務に同行させたほうが安全かもしれない。
「んで、予知だと近々行われる√EDENでの花火大会に簒奪者が現れるらしい。Ankerが特定できない以上、みんなもその花火大会に参加するしかなさそうだ。……なんならAnkerと花火大会をウェイのウェイしてきても構わないんだ。モテないおっさんはみんなに青春を謳歌してほしいんだ……」
独身のおっさんは自嘲気味に乾いた笑いを浮かべつつ、みんなへえ花火大会の日程と場所が書かれた市のパンフレットを手渡した。
「それじゃ、しっかりAnkerを守ってきてくれ。頼んだぜ?」
独身男の羨望の眼差しを受けつつ、√能力者達は当日までどう動くか考え始めるのだった。
第1章 日常 『満天花火の宵祭り』
ヘカテイア・オリュンポス(三界神機・h04375)は、自身のAnkerにして√能力者である六条・レア(エルフの屠竜騎士ドラゴンスレイヤー・h07259)とともに予知現場の花火大会へ参加している。凄まじい人出と熱気は、未だ抜け得きれない残暑も合わさって秋祭りを盛り上げてゆく。
「Anker……√能力者の命を繋ぐ存在ですね。それを狙うのは戦術的には有効ですが……やらせる訳にはいきませんね」
ヘカテイアの言葉にレアが頷く。
「Ankerはわたし達の命を繋ぐ人達……わたしのankerは判らないけど……それでも誰かの助けになるなら、助けないと……!」
わずか10歳の少女が簒奪者へ立ち向かうのは、√能力者の中では珍しいことではない。それでもヘカテイアは絶対にレアを絶対に守り抜くと固く心に誓った。
(私のAnker……この子を守らないと……)
ヘカテイアはまだレアが自分のAnkerだと打ち明けていないようだ。ヘカテイアは直感で理解したようだが、レアは自身がAnkerだとは思ってもいないようだ。そもそもAnkerが能力者という事例は稀だ。
『Ankerは無能力ではければならない』
これは世界の大前提である。故にヘカテイアのようなケースは異例中の異例だ。
「ヘカテさんは手伝ってくれてありがとうね」
「ええ……手伝わせて貰いますよレア? でも今は花火を楽しみましょう、か……?」
ヘカテイアがレアへ向き直ったその時、目の前にいるはずのレアが忽然と姿を消していた。
「……って……え? レア……ちゃん? レアちゃん!?」
人混み。襲撃。迷子。暗殺。捜索。消滅……!
焦燥するヘカテイアがレアの名を連呼する。
「レアちゃん!? どこです? レアちゃーん!?」
「ヘカテさん、こっちこっち! この屋台、魔女っ娘☆ぷりんせすのグッズがある!」
「ズコーッ!」
ヘカテイアは自分の背後の屋台ではしゃぐレアを見付けて盛大に横転した。
「もう、驚かせないでください……ああ、紐を引いて景品をもらうくじですね。やってみますか?」
「……うん!」
こうしてレアはくじに挑戦して、ヘカテイアの権能で因果律をいじられた結果、お目当ての『魔女ぷり』のフィギィアを獲得できた。
「やった! ありがとう、ヘカテさん!」
「レアちゃんが喜んでくれるなら、いくらでも引いてよかったのですよ?」
どうせ全部当たるように因果律をいじれるし、とは流石に言えないが。
他愛のない話をしていると、頭上で閃光と爆音が轟いた。
「あ、花火……」
「きれいですね……」
見上げた二人は思わずその場で立ち止まってしまった。だが人混みの流れで二人は押し流され、あっという間に離れ離れになってしまう。
「レアちゃん!? そんな、はぐれてしまいます!」
「ヘカテさーん!?」
こうして、しばし2人は別行動となる。
レアはヘカテイアと合流するべくお祭り会場を彷徨っている。
「どこにいるんだろう……?」
キョロキョロと周囲を見渡していると、ひとりの女性に声をかけられた。
「どうしたの? 迷子かしら? ご家族は?」
黒煌・星妃(南海の龍王の妃・h07663)は心配そうにレアへ話しかける。その体からは香ばしく甘い香りが漂ってきた。
「はい、お友達と、ヘカテさんとはぐれてしまって……」
「そう……お友達とはぐれたのね……丁度私も花火を見に行く所だから一緒に行きましょうか。休憩時間も限られてるから、ずっとは難しいけれど……」
星妃はすぐそばで香ばしい香りを充満させている屋台を指さした。
「あそこでバイトをしているの。焼きまんじゅうと太田焼きそばのお店よ。後で寄ってね」
微笑む星妃。レアは直感で彼女が誰かのAnkerだと悟った。それに彼女の身体的特徴は馴染みのなるものだった。
「あの、お姉さんは、エルフなのですか?」
少し尖った耳はエルフ特有のものだ。だが星妃は首を傾げる。
「ごめんなさい。私、記憶喪失なの。あ、私は星妃っていうの。あなたは?」
「レア。六条 レアです」
「そう……レア、ちゃんね」
何故かレアの名を口にした瞬間、胸の奥が狂おしいざわつきを覚える星妃。
それはレアも同様であった。
(何だろう……この人を見てると、何だか凄く懐かしい気持ちになる……エルフ、だからかな?)
2人は花火がよく見える高台へ移動する。
そこにはうろたえるヘカテイアの姿があった。
「おおお落ち着いてこういう時は落ち着いて対処をしないと先ず行く場所は決まってましたねレアも聡明な子ですからきっと向かってる筈最悪此処のスタッフが保護してくれる筈……! ってレア!」
こうして合流を果たして3人は花火を楽しんだ。
「貴女は…そう…星妃さんというのですね。レアを保護して頂きありがとうございます
善ければ一緒に花火…見ます?」
プレジデント・クロノス(PR会社オリュンポスの|最高経営責任者《CEO》・h01907)はエンターテイメント系PR会社『オリュンポス』の最高経営責任者である。彼は無能力者であり、レア・マーテル(PR会社『オリュンポス』の|万能神官冥土秘書|●《スーパーエリートメイド》・h04368)のAnker、そして愛しい夫である。
「今回の花火大会は、我が社も協賛していてね。主催よりスポンサー席の区画を貰ったという訳だ」
「ここは本当に見晴らしのいい場所ですね、CEO。関係者以外立入禁止のプレミアム区画……これならば、襲撃者も人混みに紛れて近付くような姑息な真似ができません。もしやそれを見越して、ここを指定したのですか?」
「ああ。勿論だ。引き続き、周囲の警戒に当たりつつ、この夜空に浮かぶ大輪の輝きを独占使用ではないか」
クロノスは身につけている白い仮面越しに目を細めて笑い声を上げた。
「これも、社の業務の一環ではあるが、折角なので共に楽しみたいものだ。おお、次は我が社協賛の特大花火が上がるようだぞ」
ひときわ大きい発射音が夜空に轟くと、天井の闇を斬り裂くように万色の閃光が頭上で花開いた。
「うーむ、やはり、花火は単発10号玉に限るな! かつて、花火大会は飢饉や疫病による死者への鎮魂などがはじまりだったと言われているが、あの一つ一つが、そういう様々な意味が込められているのだろうな。実に趣がある」
クロノスは雅な知識にも造詣が深い。そんな完璧超人のクロノスを、レアは周囲を警戒しつつも花火を見上げて微笑む。
「花火が死者の鎮魂ですか。確かにこの時期の前後は(死者の國の)出入りが激しいですからね。これが秋の送り火と呼ぶならば、彼らもさぞ喜んでいる事でしょうね。ところで……」
レアはクロノスの手をぎゅっと握って告げる。
「以前、唐突に今回の花火大会に協賛すると言い出したので、何をお考えだったのか分かりませんでしたが、此度の星詠みの話を聞いて、まさか暗殺計画の案件を予見していたとは…。流石、私の|CEO《旦那様》です。またもや自身を囮にする事も厭わぬとは、きっと、是は私を信頼しているという事なのでしょう?」
問い掛けられたクロノスは仮面の下で決意に満ちた目をレアへ投げかけた。
「私が囮になれば、その分、他のAnkerへの注意が逸れるだろう。今回も頼りにしている」
「まあ。ならば、私もそれに応えなければなりませんね」
レアは秘書として、妻として、クロノスを改めて守り抜くと夜空の大輪の花束へ固く誓うのだった。
箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)はいつになく気合が入っている。不特定多数のAnkerが狙われると聞いて、使命感の強い彼は居ても立ってもいられないようだ。
「必ずやAnkerさん達を守りましょう。そのためにも、まずは花火を楽しまなくてはですね、サヴィさん♪」
箒星が語りかける相手は人間ではない。サヴィと呼ばれた音色の妖精……サヴィーネ・ヴァイゼンボルン(箒星・仄々のAnkerの精霊・h02518)は、小人の童女の姿でちょこんと箒星の肩の上に腰掛けていた。
「あ、仄々! あっちに穴場があると思うわ!」
次の瞬間、サヴィは肩から飛び降りると一気に姿が人間の子供くらいまで大きくなり、箒星の手を取って駆け出す。
「はやくはやく! こっちよ!」
小さな足で跳ねるように駆けて、出来るだけ人混みを避けて、細い路地裏を抜けて。
その先にあったのは、ビルの非常階段を登った先の屋上。
「ここよ! みんな花火大会の会場へ向かってるから、ここは意外と静かね!」
「夜風が心地よいですね、毛皮とお髭が風に揺れます」
ちょうどその時、特大単発10号弾が闇夜に炸裂する。猫の目と妖精の目に閃光の大輪っが映し出された。
「わあ、すっごくきれい! 独り占め、ううん二人占めね!」
「そうですね、そして演奏も迷惑がかからなそうです」
箒星はこんな時も手ばたき肉球ぽんの音でアコルディオンシャトンを呼び出して、いつでも演奏できるように携えている。最初からサヴィとセッションをするつもりだったらしい。サヴィも童女からウクレ羚羊の姿へ変身すれば、角の間に弦がある弦角で瞳の奥に音符の光が瞬いて、鳴くとウクレレの和音に変換される。
「今日はなんだかウクレ羚羊の気分なの。だって空に響く花火の音に合わせて、ウクレレの音色を響かせたくなったから。ねぇ、一緒に音色を奏でましょう?」
「はい、喜んで♪」
花火の色と音と遠くから聞こえるお祭りの雰囲気に合わせた音色を即効で協奏するふたり。
「楽しいわね、仄々!」
「そうですね、サヴィさん。楽しい時間がずっと続けばよいのですけれど」
穏やかな夜が、花火と音楽によって彩られてゆく……。
斯波・紫遠(くゆる・h03007)は襲撃者『サイコブレイド』の襲撃タイミングに難癖をつける。
「こんなイベントを狙わなくても良いだろうに。人がたくさん集まる方が確率が上がるっていうことなのかな……?」
祭り会場へ現着した紫遠は、警備とAnker捜索がてら花火大会会場を散策し始めた。開始まであと30分以上あるのに、既に観光客で周囲はごった返している。
「まだ時間はあるし、高台のほうへ行ってみようかな。ついでに周辺の情報も調べておこう。そうすれば避難誘導のしやすさや戦いやすい場所の目星もつけれるだろうし。それにしても人混みがすごい、すごすぎる。熱帯夜なのに人口密度がありすぎて余計に暑い。僕も飲み物買ってから行こうかな。軽食でもいいかも。あ、台湾スイーツの屋台だ、飲み物もあるのか……」
紫遠は様々な屋台を物色しながら、人の流れに従ってしばし歩いてゆく。
紫遠が立ち去った数分後、|斯波・紫園《Shion.Shiba》(斯波・紫遠のAnker・h03868)が同じ屋台に立ち寄っていた。
「やばい、友達とはぐれた……人が多いからか電波が悪くて電話も聞こえにくいし。とりあえず合流地点である高台に向かうかぁ」
カランコロンと下駄を鳴らしながら、ぎこちない歩様で人混みをかき分ける紫園。
「はぁ、慣れない浴衣と下駄でちょっとストレスすぎる……折角のお祭りだからって気合入れすぎたな」
苦笑いを浮かべながらも、この日のために新調した浴衣を纏えたので気分がアガる。
「ま、可愛くできたから良かったとしよう。こういうイベントは楽しんだもん勝ちだもんね、って合流前に水分と冷やしキュウリを買っていこ。あ、台湾スイーツ? そういうのもあるのか! 珍し!」
何故か多国籍な屋台が乱立する謎のエリアを抜けると、彼女は合流を果たすべく高台へ急ぐのだった。
「……少し予感がする…これがいいことであると、いいんだけどなぁ。お、今の花火でかっ!」
紫遠は買い込んだ屋台の『戦利品』を堪能しながら花火を楽しむ。
「わ、でっかい花火やばすぎ! なんか特別な事が起きそう!」
夜空を斬り裂くように花開いた単発特大10号玉を見上げて、紫園はにこやかに笑顔を咲かせた。
第2章 集団戦 『戦闘員『ブッカー』』
――祭り会場から少し離れた、廃業した印刷工場跡地にて。
「「ブック!!」」
頭が巨大な文庫本や新書、はたまた辞典などで出来た黒尽くめの書店員怪人達が、チャント・アイコトバを唱えて整列する。その中で、頭が『コージエン』で出来たリーダーが音頭を取る。
「我々の今回の司令は、サイコブレイド様の任務『Anker抹殺計画』のサポートである!」
「「ブック!!」」
「つまり、Ankerを探し出して拉致せよ! そして指示があるまで我々のアジトで監禁する! サイコブレイド様の部下へ引き渡して、報酬をもらうためにな!」
「「ブック!!」」
「ただし! 抵抗されたり、√能力者が介入した場合は、その場での殺害が許可されている! 勿論、√能力者も抹殺だ!!」
「「ブック!!」」
「では、現時刻を持って作戦を発動する! くれぐれも、湿気対策と火気厳禁はぬかるなよ? いいね?」
「「アッハイ!!」」
「そこは『ブック!!』だろが、バッキャローメー!!」
「「アイエッ!? ブック!!」」
リーダーのスラングとパワハラに震える怪人達!
すぐさま印刷所跡地から怪人達が各地へ散らばっていった。
Anker達に漆黒の偉業頭書店員怪人達の魔手が迫る……!
果たして、√能力者達はAnker達を守り抜く事ができるのだろうか?
頭が本になった書店員めいた黒尽くめの怪人達は花火会場で暴れ始める。
その魔手はビルの屋上にいる箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)のAnkerことサヴィーネ・ヴァイゼンボルン(箒星・仄々のAnkerの精霊・h02518)に及んできた。
「よもやサヴィさんが狙われるとは。今更ながらブレイドさんの力は脅威だと実感しました」
「本当にやんなっちゃう。私達は花火を見ながら音楽を奏でていたいの。あなたたちの騒ぎは雑音なのよ」
戦闘員『ブッカー』達がぞろぞろと出てきて増えていくのを見て、サヴィーネは顔をしかめる。
「大切な音楽を邪魔するなら覚悟してね」
ウクレ羚羊の姿のまま屋上を縦横無尽に駆ければ、角を吹き抜ける風が、蹄の音が、そして彼女のいななきが、ウクレレの明るくて軽やかな優しい音色を響かせる。いつしかサヴィーネは笑顔を取り戻し、ウキウキしながら屋上で軽やかなステップで踊り回る。
「数で勝負ならこっちも賑やかにいくのよ! 私たちの音色で踊らせてあげるわ!」
Ankerは大前提として無能力者である。サヴィーネもその大前提通り、√能力を持ち合わせていない。しかし彼女は音色の妖精だ。音楽魔法は呼吸のように扱えるし、箒星のサポートを行えるくらいの実力は備わっている。
「サヴィさんは只々守られるだけの存在ではありません。音色の精霊さんとして、いつも力を貸して下さっています。私たちはいつも一緒に戦っているのです」
箒星もサヴィーネの実力を認め、尊重し、共に肩を並べる相棒として愛用のアコルディオンシャトンで協奏を続ける。花火の音や光に合わせて拡がるアコーディオンとウクレレの柔らかな音色を、妖精の力を借りて箒星は音楽魔法として繰り出す。それは熱音響現象だ。音楽を熱エネルギーに変換して、物質が燃えやすい状況を作るのだ。
そうとは知らずに、ブッカー達はなんとか増援要請をアジトへ送り続けている。
「ブック!? 手が回らないのでなんとかしてくれだって?」
「ブック? この祭にそんな大勢のAnker共がいるってことなのか?」
「仕方ないな! 俺達だけでやるぞ、ブック!!」
どうやら増援要請は却下されたらしい。思いの外、他の√能力者達のAnkerが散らばっているらしく、敵は戦力が分散せざるを得ないらしい。
ならば好機だと箒星は演奏を高らかに奏でれば、音撃や光の音符の弾丸が実体化して怪人達をふっ飛ばした。
「「ブックゥ!?」」
吹っ飛んだ怪人達は音の振動による摩擦熱によって全身が炎上する!
「わあ! 燃え上がってもがく姿は、まるで踊ってるみたいね!」
サヴィーネが冷酷な笑みを浮かべながらも、炎が勢い付くように音色の魔法でアシストする。燃え上がる怪人達はたまらず屋上から飛び降り、そのまま命が尽きて爆発試算してしまった。
天空の花火の下、屋上でも火の花が次々と咲いていく。
「本を粗末に扱うようで、ちょっぴり心が痛みますけれども。こんな素敵な舞台での協奏に水をさすとはおいたが過ぎたようですね」
花火と光の音符の彩りが踊る空間で、サヴィーネは音色を響かせ、踊り続ける。
怪人達が散った命の火花が全輪咲き終わり、本物の花火と一緒に火の粉が舞う中で、箒星はしばし演奏を続けてみせる。二人だけの夜想曲は、もう少しだけ続いてゆく。
――まだ花火は続いていますから、ね?
斯波・紫園(斯波・紫遠のAnker・h03868)は花火大会の会場が騒がしくなってゆくのを肌で感じていた。周囲に広がる悲鳴、破壊音。明らかに祭の喧騒とは違う、生命を脅かす何かが迫ってくる。
「急に周りが騒がしくなってきたんだけど。え、暴動? てか何あの全身タイツ。頭が本担ってるし。怖……っ」
はじめは酔っ払った迷惑系動画配信者の悪ふざけかと思っていたが、逃げ遅れたヤンキーカップル2人の関節が可動域を超えてボキボキに折りたたまれる様子を目の当たりにした紫園はようやく緊急事態だと察した。
「ぎゃああああぁぁ!?」
「いだい、いだい、いだい、いだぁぁい!?」
本頭の怪人達はなにやら話し込んでいる。
「おい無関係な輩はあまり殺すなよ、後始末が面倒だろ」
「ブック! でもこいつら『喧嘩最強!』とかいいながら殴りかかってきたッス」
「だから√能力者かと思ってシメたら、ただの一般人だったブック!」
「なら殺しちまえ。首は最後に捻じれよ? それまで身体中の関節を全部畳んじまえ」
「自分がした行為がどれだけ愚かか、思い知らせてやるブック!」
紫園はそのままヤンキーカップルが『折り畳まれる』一部始終を目撃して恐怖する
(取り敢えず、逃げながら友達を探さなきゃ。ごめんね、ヤンキーカップル……)
流石にあれはもう助からない。本当は2人を助けたかったのに。
後悔しながらも逃げ出す紫園。しかし、その足は程なくして止まった。
「ママァァァァ! うバァァァァァ!!」
大号泣する幼い男の子がウロウロしているではないか。どうやら逃げている間に親とはぐれたらしい。
「ああもう、アタシの悪い癖だな、やっぱ困ってる人は見過ごせない! アタシの周りに全身タイツが来ない……行くなら今!」
紫園が駆け寄り、男の子の目線に合わせて語りかける。
「お姉ちゃんといっしょに、ママを探そう? ほら、おいで?」
「びえぇぇぇぇえ! しらないおねえさんこわいよー! ついていっちゃダメだっていわれたー!」
「えええ……親御さんの躾の賜物じゃん……」
思いの外リテラシーの高い男の子に困惑する紫園。
「おい、子供も鳴き声がしてたブック!」
「あの女、なんか雰囲気違うブック!」
「ブック! あいつ、Ankerじゃね??」
怪人達が紫園に気付いた。
「ちっ、気付かれた。この子だけでも逃さなきゃ。つかAnkerって何?」
カラテめいた構えで対峙する紫園。荒事には慣れているが、相手は人間の体を折り畳めるほどの腕力を持つ怪人。もはやこれまでか?
――その時、すみれ色の疾風が彼女の前に飛び出てきた。
「おい、能力者はここにいるぞ。お前達の計画の邪魔なんじゃないか?」
斯波・紫遠(くゆる・h03007)は無銘【香煙】の刃で手近な怪人へ一太刀浴びせる!
「グワー!」
不意討ちを食らった怪人がインクめいた黒い体液を噴出させながら果ててゆく。
「遅くなってごめんね。他のみんなを避難させてたんだ、あとはキミ達だけだよ」
紫遠は避難誘導を最優先として行動をしていた。襲撃者がサイコブレイド本人じゃない事を確認したからだ。
「まさか自ら喧嘩売ってくるヤンキーがいたなんてね。ごめんね助けられなくて……」
悔やむ横顔に、紫園は遠い記憶が呼び起こされた。
(……同じ色の髪、記憶よりは低い声、20年前より大人になった顔……なんで……!?)
目の前の男の特徴は、彼女が高校2年生の時に疾走した弟と瓜二つであった。男が手を差し伸べてくる。
「大丈夫ですか? ってキミ、僕と同じ髪色、似てる顔。この感覚……キミがAnker? いや……どっちかっていうと兄弟か、同位体か?」
「は? Anker? 同位体? なにそれ、知らんけど。その歳で中二病??」
首を傾げる紫園に紫遠が苦笑いを浮かべた。
「あはは、キミ、さっきから僕の顔を見て驚いている気がしてね? もしかして、僕達って昔からの知り合いだったりする?」
「この状況でナンパ? キモ……」
「いやそうじゃなくて! 僕、いわゆる記憶喪失者でさ、もっと色々聞きたいことあるけど……って、空気読んでよ戦闘員?」
襲いかかってくる怪人達を、紫遠が具現化させた狗神の炎をレーザーカッターめいて切り裂きながら彼はタバコを咥えた。
「ったく、話の腰を折る奴はモテないよ? ええと……まずは避難が最優先だ。その男の子のママも避難先にいるはずだ」
狗神の炎をライター代わりにして、紫煙をくゆらす男。得体が知れないが、何故か紫園は懐かしさを覚えるのだった。
「多分、アンタのこと、アタシは知ってると思う……今までどこで何をしていたのか、後でじっくり問い質してやるからな!?」
こうして紫園は、紫遠と合流を果たしたのだった。
プレジデント・クロノス(PR会社オリュンポスの|最高経営責任者《CEO》・h01907)は混乱の渦中の祭り会場で唯一平常心を保っていた。
「む、何だあの頭部に本の被り物を着た者達は?出版業界か何かのスポンサー集団だろうか。それにしても、こんな時に本のPRとは・・・…蛍雪の功ともでも言いたいのだろうか?」
「CEO、ここは危険です。私のそばから離れないでください」
自身のAnkerであり夫であり上司であるクロノスを守るべく、レア・マーテル
(PR会社『オリュンポス』の|万能神官冥土秘書《スーパーエリートメイド》・h04368)が身構える。
「折角の花火大会で、私とCEOの逢瀬を邪魔するとは……許せませんね」
ブック!という掛け声とともに襲いかかってくる戦闘員達を『一見すると何の変哲もない拳』で殴り飛ばす。だがレアの拳は異能者がみれば、憑依状態で異形化した『武器』であることは一目見れば明らかであった。幸い、クロノスは無能力者であるため、アクションスタントマンめいた華麗な殺陣を披露しているようにしか見えない。
「レア、君はどう思う? 花火の灯りで、わざわざ本を読むことを勧めるのはどうかと思うが……それにしても、彼らはまるで特撮の怪人のような暴れっぷりだな……。君も相変わらず体捌きが以前にもまして鋭いがな」
「お褒めに預かり光栄です、我がCEO」
ああ、この人はこんな状況でも仕事優先なのかと、レアは惚れ惚れしてしまう。クロノスは能力者とAnkerの関係性などの詳細な知識は乏しい。何かの特撮番組の設定くらいの認識程度でしかないらしい。だが、何度も自分の身を囮にして事件解決に乗り出している姿勢は、レアにとって守り甲斐があるかけがえのない存在である。
「ちょっと君たち、自分たちの企業の自己主張もいいが、花火大会で暴れるのは無粋だ。少し落ち着き給え!」
クロノスに掴みかかった戦闘員が、なんと軽々と宙を舞ったではないか!
無能力者ながらもクロノスは、合気道の要領で敵の攻撃の力を反転……投げ飛ばしたのだ!
「ふん、他愛もない。黒帯レベルなら束になってかかってきても私には敵わないぞ?」
挑発するクロノスに戦闘員が一気に押しかける。
「「ブック!」」
しかしそれを、突如出現したメイド姿のおぞましき鬼女達達がブロック! そのまま戦闘員たちをバリバリと捕食してしまう。レアの冷笑が垣間見える。
「そのまま虫に食われるが如く、ボロボロになりなさいな」
「なるほど、本の保管の重要さまでも説くPRも兼ねているのか、なかなかよく出来ているじゃないか。しかし周りに迷惑をかけるのは感心しないな!」
鎧通しの一撃を叩き込んだクロノスに、戦闘員は嗚咽を漏らしながら逃げ帰ってゆく。
「お前みたいなAnkerがいてたまるかブックゥ!」
こうして、クロノスとレアは窮地を脱したのだった。
混乱する花火大会会場。次々とAnkerが狙われる中、ヘカテイア・オリュンポス(三界神機・h04375)は、自身のAnkerこと六条・レア(エルフの屠竜騎士ドラゴンスレイヤー・h07259)と共に黒煌・星妃(南海の龍王の妃・h07663)を守護する。
「ついに来たっ! ヘカテさん!」
「ええ、分かってますわ! 星妃さんは私達の後ろに下がってください!」
「……な、何この人達!? あ、貴方達……何する気っ!?」
頭が本になった黒尽くめの書店員怪人達は「ブック!」の掛け声とともにレアと星妃へ襲いかかる。迷いのない襲撃に、星妃は自分とレアが標的であることを察した。すると、星妃は意外な行動に出た。
「あ、あなた達! レアさんへは指一本触れさせないわ……!」
なんと、カラテめいた構えで戦闘員達を威嚇し始めたではないか! 更にレアを庇うように前へずんずん出ていくので、レアは全身から一気に冷や汗が吹き出す。
「星妃さん! ここはわたし達に任せ……えっ!? 戻ってきて!?」
「ちょ、えぇ……!? 星妃さーん!? あなたでは無理です! 前に出ないで!!」
ヘカテイアは星妃の勇敢な行動に困惑してしまう。だが星妃は覚悟がガンギマリしていた。
「それは、あなた達だって同じはずです……! 分かってます、私では……むざむざ殺されるだけだって……でも、その間に二人は逃げてくれば、助けを求めることだって出来るはずですから」
「何を言ってるの、星妃さん! 無能力者が怪人相手に勝てるわけないよ……!」
レアが制止するが、星妃はなんと自ら戦闘員達へ突っ込んでいった!
「さよなら、おふたりとも。早く逃げて! イヤーッ!」
裂帛の咆哮! 星妃のカミカゼ・バンザイ・アタックだ! 足がハヤイ!
「くっ! 間に合わないよ!」
「本当に一般人なのですか!?」
レアとヘカテイアは星妃の身体能力に驚愕しつつ、彼女を守るために√能力を行使。特にレアは直前に覚醒した√能力を効果もわからぬまま、ぶっつけ本番で放った。
「CHAIN OF MEMORIE! よく分からないけど、間に合って!」
「|重力戦闘機構『十字路の神《ヘカテグラビティアーツ》! グラビティフィールド展開……行かせていただきます!」
すると、レアの√能力によって星妃の姿が全身スーツに鎧をまとったような星の竜拳闘士へ変身を果たしたではないか。一方、ヘカテイアは超重力フィールドを纏って高速移動すると戦闘員達を具現化した超重力剣で薙ぎ払った。
「すごい……力が溢れてくる! これなら! イヤーッ! イヤーッ! イヤーッ!」
星の竜拳闘士化した星妃は、常人離れした身のこなしからワンツーパンチからのハイキックで戦闘員達を圧倒してゆく。カラテ!
「「グワーッ!?」」
星妃の鬼神覚醒めいた近接格闘技に、戦闘員達は次々とぶっ飛ばされていく。その様子にレアとヘカテイアは再び困惑してしまう。
「嘘ぉ……? コレって……わたしの√能力のせいだよね……?」
「んん、コホン。どうやらレアさんを強化する√能力だったようですね? やはり星妃さんはレアのAnkerということなのでしょうね……」
ヘカテイアは自分の推察は正しいと確信する一方で、何故かこの光景に既視感を抱いていた。
(これは……? 私は、この光景を知ってる……? 記憶バイナリ、破損につき参照不能……過去のデータベースにアクセスできない……どういうことなの?)
ヘカテイアは自身の記憶領域にブラックボックスがあることに気付く。それがどうやら星妃と関わりがあるのではないか、と彼女の神性と直感が囁いた。
「……いえ、今は星妃さんを守らねば。レア、囲まれましたよ……どうしますか?」
「わたしが星妃さんの『フォロー』をするね? って、フォロー? んん……?」
レアも自分の発言の違和感に首を傾げていた。
そこへ、星妃が2人へ指示を飛ばす。
「レアさんは『おれ』と共に血路を開くぞ! ヘカテは|殿《しんがり》を頼む! って、あれ? この口調は……? ううん、今はそんな事を言ってる場合じゃないな! いくぞ!」
急に勇ましい口調になった星妃は、迫る戦闘員達を殴り飛ばしてずんずんと前へ進んでゆく。そんな彼女に、レアとヘカテイアは『知らない記憶』が蘇る。
……かつて、3人で別の世界を冒険していた記憶……|三位一体《スリーマンセル》でどんな強敵でも討ち果たした戦闘の光景……。
「っ!? これは……何?」
「レア、あなたも見たのですね……? もしかしたら、星妃さんは……元々は能力者だったのかもしれませんね」
「でも、私達の身になにかがあって……3人とも、記憶を失ってる……?」
「ええ、そう考えるのが自然な結論です……とりあえず、今は戦闘中です」
「2人とも! 何話し込んでるんだ!? 置いてゆくぞ!」
星妃はまるで人格すら豹変してしまったかのように好戦的な態度になっている。ヘカテイアはそれに微笑み返して答えた。
「星妃さん……判りました。では背中を預けます。レア、薙ぎ払いますよ!」
この台詞を口にした瞬間、ヘカテイアは奇妙な安心感を得た。やはり、かつて星妃とは何度も共闘したことがある。
「来たれ破壊を司りし闇の獣。我が身に宿りその権能を示しなさい!」
ヘカテイアが召喚した黒い竜巻の如き形状の模倣超越魔獣と融合を果たすと、戦場を広大なない宇宙空間に置換する。更に超重力で戦闘員達を引き寄せ、ブラックホールめいた力場でまとめて超圧殺してゆく!
レアも星妃の無双ぶりを見て、激しく精神を揺さぶられ続けている。
(星妃お姉さん……あの戦い方、やっぱり『知ってる』気がする……って、ええ? 遠距離攻撃まで出来ちゃうの!?)
星妃は後ろ回し蹴りに超重力魔法を乗せて、波濤めいて目の前の空間を歪ませて戦闘員達を押し潰していた。
「はぁ……はぁ……そうか、思い出したぞ! わたしは……いや、『おれ』は……能力者だったんだ……今は、もうほとんど魔力を行使できなくなってるが……レアの√能力があれば、一時的にその制約から解放されるようだ……」
とはいえ、技能は全く何も復活していないので、本来使えたであろう超重力魔法は不発に終わってしまった。
「ちぃ! |超重力波砲《グラビティ・ブラスト》が使えるほど魔力が戻ってないか! まぁいい……だったら、ぶん殴るだけだな!」
レアの√能力で竜言語魔法と超重力魔法を行使できるようになってはいるが、星妃本人にその素養がなければ無意味であった。まだ力を完全に取り戻せていない星妃だが、レアと同じ戦闘力を獲得しているのでただただ敵を殴殺するだけで事足りるのだった。
「何となく分かる……そうか……此奴らは簒奪者! この……何処よりも平和な√を狙う……脅威! つまり敵だ!」
鉄山靠で戦闘員をふっ飛ばしながら、√能力で超高速連撃を繰り出すレアとも即興で連携を取ってみせる星妃。ヘカテイアは思わず舌を巻いた。
「まさか全員重力使い……本当に不思議な縁ですね……」
すこし因果律をイジりすぎたかしら?と不安になるヘカテイア。
「レア! ヘカテ! とどめを刺すぞ!」
星妃が今現在で出せる最大出力の重力魔法を解放! 高々と跳躍!
これにレアも大跳躍し、ヘカテイアは√能力で敵を根こそぎ吸引してゆく。
「レア、おれにあわせろ……! 敵だからっておまたは蹴り上げるなよ!?」
「え、あ、うん……! なんか、久々にそれ言われた気がする……!」
二人は超重力フィールドを纏ったまま、押しくら饅頭状態の戦闘員の塊へドロップキックを炸裂させた!
「「ブックゥゥゥゥゥ!?」」
哀れ本の異形頭の黒尽くめ戦闘員達はしめやかに爆発四散! サヨナラ!!
「何故だろう……星妃お姉さんとの連携、凄く安心出来る気がする……! わたしも星妃お姉さんの戦い方を勉強しようかな……!」
レアは自分の記憶になにか蓋がされているような感覚を抱えつつも、戦闘の手応えに興奮気味に喜ぶのだった。
第3章 ボス戦 『マスクド・ブレイカー』
「……戦闘員達がやられたか。使えない奴らめ」
花火会場に殺気に満ちたヒーロー、否、ヒーローめいた簒奪者が現れる。
「だが、おかげでAnkerの所在は割れた。今こそ、このサイコブレイドの力を解放する時だ! ふんッ!」
簒奪者は一振りの剣を大地に突き刺した。すると、花火会場に点在するAnkerの身体を地面から生えた漆黒の触手で拘束すると、彼らを大地へ飲み込んで自身の下へとテレポートさせてみせたのだ。
「よく来たな、Anker達。貴様らは人質だ。いずれ殺す予定だが、もう少し貴様らを利用させてもらおう」
簒奪者は人気がなくなった花火打ち上げ区画にAnker達を触手で掻き集めて拘束することで、√能力達を誘き寄せて抹殺するつもりなのだ。勿論、Anker達は体の動きを封じられて全く抵抗ができない状態だ。しかも縛り付けられているのは花火の発射台だ! 少しでも扱いを間違えれば、Anker全員が爆発四散、全滅してしまう! 勿論、√能力者達はAnkerを失えばインビジブルとなってしまって世界から消えてしまう……! 火気厳禁、衝撃厳禁、圧縮なんて愚の骨頂だ!
この戦い、一筋縄ではいかないだろう。果たして、√能力者達は自身のAnker達を救出できるのだろうか?
プレジデント・クロノス(PR会社オリュンポスの最高経営責任者CEO・h01907)は気が付くと花火の発射台に自分の身体が括り付けられている事に驚いた。しかも自身音体を締め付ける触手は、どくどくと脈を打ち続けている。
……しかし、彼は√能力者とAnkerの関係の事情を深く知らない一般人である。なので、この『演出』も自治体とテレビ局による『番組の演出』だと思い込んでいた。
(いつの間にか縛られてる。ふむ……あの悪のヒーローのような恰好の彼女は、新手のイリュージョニストだろうか? それに身体を拘束するこのゴムっぽい新素材は、中々、面白い。まるで本物の生物のようなリアリティーだ、素材はなんだろうか? 実によく出来ている。ところで……この拘束、やろうと思えば抜け出せそうだ。武術の心得を知っている私にかかれば、犯人役の彼女の不意をついて脱出してみせる展開もなかなか見栄えはしそうだ、いや待て……この後ろの花火の発射台を見れば、昭和のバラエティーを思い起こさせる。つまりこれは、懐古主義的な爆破脱出の撮影も兼ねているのだろうか!? 最近の若者には昭和要素がウケているらしいからな。となれば、ははは……私はCEO! こういうアドリブ的展開も空気が読めるので、撮影が進行するまで大人しく待つととしよう!)
こうして、クロノスは勘違いと常人よりも優れた気配りの結果、その場で大人しく助けを待つことにしたのだ。
「そこの仮面の男……妙な真似はするなよ?」
首謀者のマスクド・ブレイカーも、クロノスの奇妙な違和感が気になって仕方がない様子。
「ははは……なんのことやら、さっぱりだ! おっと、手荒な真似は勘弁願いたいな、コンプライアンス的にまずいのでは?」
クロノスの配慮をマスクド・ブレイカーは理解が追いつけずに沈黙せざるを得なかった。
一方、急に視界から愛する|CEO《夫》を連れ去られたレア・マーテル
(PR会社『オリュンポス』の|万能神官冥土秘書《スーパーエリートメイド》・h04368)は、自分の不注意さを呪っていた。
「花火に気を取られて油断していました……CEOが攫われてしまうなんて。このレア・マーテル、一生の不覚です」
ぎりり、と奥歯を噛み締めるレア。だが今までのAnker襲撃事件を思い浮かべ、ある傾向を思い出す。
「恐らく、CEOは他のAnkerの皆さんと一緒に囚われているはずです。そしてこの感覚……あちらの方向ですね、CEOとの絆の力が導いてくれるでしょう」
レアは直感を頼りに祭り会場を疾走してゆく。すぐにその直感は確信へと変わった。クロノスほかAnker達が、花火の発射台に括り付けられているのだ。
「ああ、CEO、ご顕在で安心しました。にしても……敵も花火の発射台に拘束するとは、人質の意味をよく考えた物です。ですが、流石はCEO。あの自身の救出は不要と言わんばかりの意思表示と存在感、拘束されていてもあの余裕の笑みから感じられます」
クロノスも駆けつけたレアに気付いたようだ。何度かコクコクと首を縦に振る合図を送られれば、レアの行動はまさに速戦即決だ。
「なるほど、さすがはCEOのご判断。ならば私は然るべき機を待つべく『|黄泉ノ国唱|《ニライカナイカ》』を唱え、CEOの活躍の華と添えられるように立ち回ると致しましょう」
レアが√能力の歌唱を届ける。それは死者の国の安寧を謳い、理想郷を謡う言霊だ。これにクロノスは身構えた。
(どれ、我が秘書も応援歌らしきものを唱えているという事は、私の出番もそろそろなのかな……? 爆破のセットは、暴発しないよう縄抜けの要領でここから抜け出すとして、この花火筒は、どうするか?)
クロノスの脇にレアの√能力で出現した不可視の手が出現して拘束を解く手伝いをするのだが、クロノスは自力で脱出したと勘違いしている。
「妙な真似をするなと言っているだろう!?」
首謀者は√能力で自分のAnkerを背部の ヴィークルロボットに格納すると、合体ロボに変身!
クロノスは閃いた。
「なるほど、撮影スタッフが足りていないようなので、花火は悪役の彼女が用意した悪の合体ロボの近くへとこっそりと運ぶとしよう。爆破オチのシナリオか!」
「あのヴィークルロボットが合体ロボになった時こそ、敵にとっての此度の最後ともいえましょう。どうぞ貴方CEOの路が、何者にも阻まれませんように」
次の瞬間、敵は花火となって高々と打ち上がっていった。
斯波・紫園(Chamaimelon・h03868)は気が付くと、全身が触手に絡め取られていた。しかも花火の発射台に括り付けられ、点火されたらこの身体は木っ端微塵になってしまうだろう。
「え? 何コレ……は? ここ何処? てかなんで捕まってんの?! ああもう! クッソ硬いなぁこの拘束! ぜんっぜんほどけない!」
もがく紫園の様子に気が付いた首謀者ことマスクド・ブレイカーが、割れたマスク越しにほくそ笑む。
「無駄だ。無能力者がこの拘束を解除することなど不可能だ。大人しく√能力者を釣るエサになってもらうぞ」
マスク越しの視線は凍えそうなほど冷え切っている。相手を見下しているのがありありと伝わってくる。そんな首謀者の言動に、紫園は思わず声を荒らげた。
「ねぇ、さっきから都合のいい御託を並べて……アンタ何様? 急に巻き込まれて、人が…死んでて……ほんと迷惑なんだけどっ? アンタの都合があるみたいにコッチにも都合があんの。殺しと暴力で解決するもんなんて、大抵碌なことになんないよ」
見下される相手に、紫園は見上げて睨み付ける。一歩も引かない姿勢は周りで拘束されているAnker達も固唾を呑んで見守るほど魅入られていた。
「ほら、早く解放してよ、アンタにはくっそ怒るけど、状況はなんとかなるかもじゃん」
「無理な相談だ。これ以上喚くなら、口をきけなくしてやろうか? 命を取らずに黙らせることくらい、この場で10を優に超えて実行できるのだぞ?」
錆びついた大鎌の先端が紫園の眼球の僅か数mm先まで迫る。紫園はこれ以上の発言は危険だと察し、恨めしそうに敵を睨み付けることしかできなくなってしまった。
一方。斯波・紫遠(くゆる・h03007)は忽然と目の前から消失した自身のAnkerこと紫園の身を案じて、花火大会の発射場へ急行していた。
「これが噂のワープ能力……油断した。でも僕の身体が透き通ってるわけではなさそうだし、Ankerはまだ無事のはず。つまり√能力者を誘い出しているのかな」
その予想は正しく、紫遠は発射台に触手で括り付けられているAnker達……もちろん紫園の姿も確認した。触手で雁字搦めになっている様子に思わず紫遠は眉をひそめるも、すぐに彼らを救出するべく動いた。
「お望み通り、助けに来たぞ簒奪者!」
「あ! オマエ、来るの遅すぎん!?」
紫園は紫遠の姿を見るなり怒鳴り散らす。その手厳しい態度に、妙な懐かしさが込み上げる紫遠は、苦笑いを浮かべながら無銘【香煙】の鞘から直刃を引き抜く。
「あはは……思ってた以上に元気そうで何よりだ。待ってて、今助けるから」
紫遠は身を低く前傾姿勢になると、だんっと大きく踏み込んで敵との距離を一気に詰める。まるで瞬間移動めいたダッシュにマスクド・ブレイカーは驚愕する。
「なんと、一瞬でここまで!?」
咄嗟に振るった大鎌で直刃の刀を受け止めると、そのまま紫遠と鍔迫り合いにもつれ込む。
「だが、まんまと誘き出されてきたな! その首、貰い受ける!」
「ねぇ、キミも……Ankerを人質に取られているの?」
紫遠の唐突な質問に、割れたマスク越しの簒奪者の目つきが揺らぐ。紫遠の質問は続く。
「とても手際が良かったから、誰か後ろについているのかな? その剣の持ち主……サイコブレイドに入れ知恵されたのかな? それとも、ただの愉快犯? だとするなら中々お粗末だね。……ああ、だからその恰好なのか」
「貴様の下らぬ感想など耳障りだ! 私のAnkerは……ここにいるぞ!」
マスクド・ブレイカーは血まみれのヘルメット……否、ヘルメットに収まった生首を背部に召喚した ヴィークルロボットに格納する。そのまま簒奪者は合体ロボに変身して戦闘力が3倍になる。
「蹴散らしてやるッ!」
巨大な鉄拳が紫遠へ襲いかかる! だが彼はしたり顔でそこから微動だにしない。
「そうか、ソレがオマエなのか」
彼はその言葉を発した瞬間、世界は殺伐とした荒野へ転換される。半径39m以内の領域型√能力……この範囲内ならば、紫遠の思いのままに事象が動く。
「あ、拘束が勝手に解けた!?」
例えば、視界に入っただけで紫園の拘束が解除されたり。
「ぐはッ!? 何故、自分の攻撃が跳ね返ってきた!?」
敵の攻撃をノーモーションで弾き返したり。この領域は紫遠が主人公の世界なので、彼の思うがままなのだ。
「早く逃げて! あとで一緒にかき氷食べようね?」
紫園へ避難を促す紫遠。
「しれっとナンパすんな! その顔で言われると余計に腹立つ! ……でも、ありがと。助けてくれて」
紫園は記憶にある疾走した弟の面影に似た男性に手を振り、領域から逃げ出してゆく。その周りには黒いオオカミの群れが護衛するかのようにまとわりつくが、それに紫園自身が気付いていないようだ。
「守ってあげてね、みんな。さて、これで火薬の心配はなくなったね。Anker達を助けるためにも、手早く済ませようか」
自身が送り出した影のオオカミに護衛を託した紫遠は、直刃の刀で何度もロボへ斬りかかりつつ、繰り出される鉄拳を回避してからのカウンターを繰り出す。
「そこ弱点? がら空きだよ」
周囲をたゆたう紫煙が、急に砲台の形になって具現化する。そして分厚い巨大ロボの装甲を一撃で爆発四散させて粉砕してみせたのだった。
箒星・仄々(アコーディオン弾きの黒猫ケットシー・h02251)は突如として視界からこつ然と消えた自身のAnkerことサヴィーネ・ヴァイゼンボルン(箒星・仄々のAnkerの精霊・h02518)の行方を探すべく、愛用のアクロディオンシャトンを奏で続けていた。
「ふむふむ。サヴィーネさんの歌声が聞こえてきます。私の演奏に反応しているのでしょう。待っててくださいね、今向かいます!」
演奏しながら花火大会の発射場まで急行する箒星。彼女が泣かないように、明るく楽しい、コミカルな楽曲を選んだ。
一方、サヴィーネはかすかに聞こえてくる馴染みの音色に耳を傾け、歌を唄ってた。
♪La〜Lalala〜 Lanla〜La〜
いきなり視界が暗転し、気が付けば触手で雁字搦めにされて拘束されていた彼女。最初は恐怖で泣き出しそうだったが、箒星の演奏が聞こえたことで恐怖心は薄れていった。
(私はここよ! おねがい、助けて!)
その願いを乗せた歌声が街中に響く。音色を司る妖精の歌声は、箒星にしか分からない波長の音として広がっていく。お陰でマスクド・ブレイカーに気付かれることはなかった。
「サヴィーネさん、助けに来ましたよ!」
箒星は発射場に駆け込むやいなや、芝居じみた口調でサヴィーネへ語りかける。
「さあ、私たちのセッションを始めましょう。どこに囚われていても、音色を消し去ることは決して出来ないことを見せつけちゃいましょう」
サヴィーネも箒星のノリ似合わせて演技がかった口調を真似た。
「そうよね、音色を止めることは出来ないのよ! どんなに離れていても、音楽があれば私達は繋がれるわ!」
この瞬間、箒星の√能力が発動し、周囲がオペラ劇場に早変わりする。主役は箒星とサヴィーネ、観客はマスクド・ブレイカーだ。
「何が起きている? ええい、こんなもの、破壊すればいいだけだ!」
マスクド・ブレイカーは自身の重甲を闇色に輝く暴走モードへ移行させると、通常の4倍の攻撃速度で攻撃を仕掛ける。更に自身のAnker(生首)を背部のメカに収納すると、巨大ロボに変身してみせる。
「この劇場もろとも、貴様らはおしまい、だ……?」
突如、マスクド・ブレイカーの身体が自然と動き、椅子に着席してしまう。混乱するマスクド・ブレイカーへ、箒星が壇上から語りかけた。
「お客様? 上演中は席を立たず、お静かに願いますね」
ここは箒星が主人公の世界だ。世界のルールは箒星が決められる。マスクド・ブレイカーは観客として、二人の演目を強制観覧しなくてはならないのだ。そして繰り広げられる演目は「ロミオとジュリエット」!
「おお、ジュリ恵! 今すぐそちらへゆくよ〜」
箒星が木をよじ登ってベランダに居るサヴィーネ演じるジュリ恵の下へゆこうとする。対してジュリ恵は狼狽しながら制止を促す。
「無理よ〜! そんな高い木に登れるわけがないわ〜! ロミ雄〜!」
しかしロミ雄はケットシー、スイスイと木を登ってベランダへ空中三回転着地を決める!
「まぁ! バルコニーに~忍び込むなんて~どうかしてるわ~」
「だって~君の声が星のように美しいから〜!」
「警備の人が来たらどうするの~?」
「心配しないで! 愛は翼をくれるのさ~!」
演奏される音楽は弾丸となってマスクド・ブレイカーを攻撃し続ける。強制着席をゴム付けられているので回避できない上に、演技が素人のそれで精神的にもストレスMAXだ。
そうとは知らない二人は、更に盛り上がってゆく。
♪愛はジャンプ! ときめきダイブ! 星々に誓うよ〜(え、ちょっと高くない?)
♪愛はゴーゴー! ときめきスリップ! 落ちそうな愛のバルコニー(星空が見てる~)
いつの間にかサヴィーネの拘束は解けているし、演出は奇想天外でカオスだ。しかも奏でられる音楽とこのオペラ劇場こそが攻撃そのものなので、マスクド・ブレイカーは何も出来ずに体力と精神力を削られ続けている。
そしてついにクライマックス!
「みてて! 音色は闇をも照らすのよ!」
サヴィーネは両手を掲げてくるくると回りだすと、眩い星屑のような光が指先からあふれて彼女の身体を弦キツネへと変えてみせる。尾が七色にきらめき、一本一本の毛が音を紡ぐ弦となる。
「この爪弾く音色があなたの心を浄化するわ! スターバースト・カデンツァ!!」
なおサヴィーネ自身に特出した技能はないため、√能力は使用できない。しかし箒星の√能力によってそれは現実となり、マスクド・ブレイカーの巨大ロボが砂塵となって少雨室していってしまう。
「闇のコードなんて、私たちのハーモニーで書き換えちゃうのよ!」
「ええ、そのとおりですジュリ恵。音色が響く限り、ロミ雄とジュリ恵はハッピーエンドなんです♪」
溢れ出る七色の音符の洪水がオペラ劇場で巨大な渦となって簒奪者を飲み込んでゆく。
「理不尽すぎるだろうがぁぁ!?」
マスクド・ブレイカーは為す術なく、一方的に箒星とサヴィーネの連携に敗れ去っていった。