シナリオ

ハイレグ!ハイレグ!

#√マスクド・ヒーロー

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√マスクド・ヒーロー

※あなたはタグを編集できません。

 変態な……もとい大変なことが起きてしまった。
「ハイレグッ! ハイレグッ!」
「ハイレグッ! ハイレグッ!」
「ハイレグッ! ハイレグッ!」
 街を歩く住人たちが皆【ハイレグレオタード】一丁で奇声を上げているのである。
 男も女も、老若種族問わずだ。(一部は見苦し過ぎて放送規制ものである)

「作戦は順調デェス!! このまま防御力の全く無いハイレグを流行らせれば、世界征服を邪魔するヤツらも雑魚同然になるデェス!! さぁユーも洗脳音波でレッツハイレグデェス!!」
 全身タイツの変質者的な戦闘員が拡声器を構えると、ぽわわと怪音波が流れ出す。
 そこへ運悪く命中した一般女性A。
「い、いやぁぁ!! は、は、ハイレグッ! ハイレグッ!」
 彼女はすぐさま服を着替えて【ハイレグレオタード】の格好に。
 ハイレグのハイレグな部分を引っ張りながら、恥ずかしさも感じていないように一心不乱に叫び続けていた。
「そこのジジイもレッツハイレグデェス!(ぽわわ~)」
「ひぃぃ、こんな馬鹿みたいな恰好、部下の前で……は、ハイレグゥッ!」
「ぶ、部長!? おえッ……おっさんのメタボボディ見ちゃった……」

 なんと、なんと恐ろしい作戦であろうか。
 このままでは街中、いや世界中がハイレグだけの世界に塗り替えられてしまう!
 一刻も早く彼ら彼女らを解放し、邪悪な野望を阻止せねばなるまい!!
 たとえ己を犠牲にしてでも、立ち上がるのだヒーロー・ヒロインの諸君!!

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 冒険 『人々の洗脳を解け』


カトル・ファルツア

「まじかよ……」
 目の前に広がる異様な光景、耳にこびりつく奇怪な叫び。
 カトル・ファルツア(ラセン(使いを探す者・h01100)は絶句していた。
「レッツハイレグデェス!!」
「ハイレグッ! ハイレグッ!」
 変質者のような戦闘員が次々と一般市民を【ハイレグレオタード】姿にしているのだから。

「ハイレグってなんだよ……いや見れば分かるけど、意味が分からん……」
 常人の理解を超えるおバカ具合に、思わずカトルが羽毛に包まれた頭を抱える。
 カトルは人ではなく精霊憑依獣なのだ。
「ンンー?? そこにまだ洗脳されてないやつの気配がするデェス!!」
「しまった、俺の方へ来るぞ!!」
 野性的な直感が働いたのか、あるいはその特異な身体のせいか、敵意に人一倍敏感な彼はすぐさまハイレグの群れへ混ざり込む。

「ウーム? 確かにこの辺に居たはずデェスが……?」
「は、ハイレグ!」
「ホワァッツ!? 鳥!? 鳥がハイレグしてるデェス!? ナゼ!? ナゾ!? ワカラナーイ!?」
 そこには翼を必死にはためかせながら例のポーズを真似するカトルの姿。
 人間には分かりかねるが、その表情には羞恥に染まっていた。
 だが人ならざることが功を奏したのだろう、相手にはその違和感が伝わらなかったらしい。
「フゥム、この洗脳拡声器……まさか動物にまで効くとはスゴイデェス!! 早速他にも試してくるデェス!!」
 新しい玩具を見つけた子供のように、戦闘員が走り去っていった。

「ハイレ……ふぅ、敵は……もう居ねえな。 くそ、俺にこんな恥ずかしいことさせやがって……!! 頼むから、やるなら真面目に世界征服しやがれ!!」
 恥ずかしさを誤魔化すように愚痴ると、怒りのボルテージを活力へ変える。
「ハンティングチェイス!!」
 これ以上敵に行動を勘付かれぬため、√能力によりカトルのあらゆる行動を感知できないように隠蔽していく。
 例えば彼が人々を一か所へ集めようと、例えば彼が羽ばたきながらあちこち機敏に飛び回ろうとしてもだ。

「よし、これでこの辺りの被害者は保護できたな」
 このあまりにも大胆な救出行動、彼だからこそ出来た荒業だろう。 
 だがこれだけではハイレグは止まらない。奇声はまだまだ鳴り響いているのだ。
「待ってろ……今、その馬鹿げたポーズを止めてやるからな」
 カトルが√能力で弱まった回転する魔弾を放つと、人々が天地でもひっくり返ったようにコロンと転げていく。
 そのまま『ポフン』とクッションや段ボールなどに倒れ込み、動きがパタと止まってしまった。
 これらは、怪我しないようアフターケアも忘れないカトルの優しい心遣いだ。
「あ、あれ……私達、今まで何を……?」
「ピヨー」
「鳥さん? あなたが助けてくれたのかしら、何だか分からないけどありがとうございました」
「ピヨヨー」
 一般人には彼の言葉は分からない。
 だが、彼の優しいさえずりに、思わず笑みを浮かべるのであった。

夜風・イナミ

「ハイレグッ!」
「ひぃッ……!」
「ハイレグ、ハイレグ!!」
「ひぃぃん……!!」
 ハイレグポーズを繰り返す異様な一団、その中でも頭一つ飛びぬけた巨女が肩を縮こませ委縮していた。
 なお、それでも隠れ切れてはいないほどに彼女は(色々と)デカい。

「ひぃ……あの、だ、大丈夫……ですかぁ……?」
 情けない顔の夜風・イナミ(呪いの石化牛・h00003)が恐る恐ると周囲の洗脳者達へ声を掛ける。
 けれども返って来るのは「ハイグレ」の一点張り。
「────ではないですよね、そうですよね……」
 分かっていたことだがと落胆するものの、このままには出来ぬと虚勢のように胸を張る。
(本当はあんまり大きな声は出したくないんですが……ここにいる皆さんの恥ずかしさに比べたら……!!)

「スゥ……」
 身体を軽く仰け反らせた姿勢で、肺に目一杯の空気を詰め込む。
 その辺の一般人より遥かに大きいイナミのそれが膨らみきると、とんでもない胸囲に達していた。
 溜めに溜めると、一気にそれを吐き出し轟音へと作り変える。
『鎮マレ!!』
 ビリビリと空気が揺れ、まるでネコダマシでも喰らったように周囲の人間達がピタリと動きを止めてしまった。
 あれほど強力な洗脳であったにも関わらず、である。

 しばらくすると、例のポーズによる依存が解けたのか、被害者たちがポツポツと正気を取り戻していく。
「ん~~~~ふぅ、もぅ大丈夫、ですよね?」
 全身に力を入れているかのようにプルプルと小刻みに震えるイナミが大きく息を着く。
 同時に彼女の頭部で周囲を凝視(ギョ|ウシ《・・》)していた|牛《・》頭蓋の単眼の光も消えていた。
 だが、その異様な被り物が物珍しいのだろう。民衆は自分たちの恰好よりも彼女の方が気になっているようだ。
(ひぃん……今まで見向きもされなかったのに、皆さんこっちを物凄い見てます……!?)

 こうなっては仕方が無いと、√能力の代償で全身が甘く痺れる余韻に浸りながらも、イナミは正気に戻った者から事情を聴き出すことに。
 ところが、牛頭蓋の影響か、あるいは気を緩めすぎた影響なのか、彼女の視線は際どい【ハイレグレオタード】に吸い寄せられていた。
「あのー、大丈夫ですか?」
「ひいっ……だだだ、大丈夫です!!」
 駆け寄る女性の生足が、揺れる胸元が、イナミの心を揺さぶり興奮させていく。
 女同士ではあるはずなのに、頭のアレがエロ♂牛なばかりに性癖が引っ張られているらしい。
(もぅ、なにドキドキしちゃってるんです……!! 私は性……じゃなかった正義のヒロイン♀なんです! だめなんです……!!)
 ギュッと目を瞑って視界から外すと、なんとか己を鎮めて自制に成功。

「ふぅ、でもこのまま皆さんを置いていってもまた洗脳されちゃいますよね……? それなら……すみません、えいっ!!」
 牛頭蓋の単眼を光らせると、周囲の人間達がピシッと音を立てて石化していく。
「あとで解きますので、ここで待っていてくださいね……あら?」
 ふと足元を見ると、一着の【ハイレグレオタード】。
 目に付いた途端に眠っていたはずのムラムラが込み上げ、ゴクリと生唾を飲み込む。
(今なら皆さん見ていませんし……少しだけ……)
 あまりにも頼りない面積の布切れを手に取ると、しずしずと着替えてしまう。
 その感想は─────
「……食い込みがすごいです」
 彼女には小さかったのか、毛深さもものともせずに彼女の|身体の輪郭《シルエット》をクッキリと浮かべてしまうのであった。

星谷・瑞希
鳳崎・天麟

 街の影からコソコソと様子を見まわす子供が二人。
 この怪事件に巻き込まれたというより、解決に来たとばかりに真剣な眼差しだ。
「現場に来たらまずは状況把握が鉄則ですからね……さ、もう出て来ても良いですよ瑞希」
 その内の、手を引いて先導する鳳崎・天麟(大切な人を守る為に戦う狩人・h01498)が振り返る。
 すると隠れていた同い年くらいの子供がひょこりと顔を見せていた。
「もぉ、そんなに子供扱いしないでよね……って、ええ……何、これ……?」
 星谷・瑞希(大切な人を守る為に・h01477)の表情はポカンと口を開けて困惑した様子。
 無理もないだろう。目の前には【ハイレグレオタード】に身を包む奇妙な大人達が大勢いるのだから。
 普通の子供には刺激が強すぎるというもの。

「瑞希!? 瑞希、大丈夫!?」
「あ、ううん、へーきだよ! ちょっと驚いただけ。 と、とりあえず何とかしなきゃね!」
「良かった……それでは、|朱麟《シュリン》」行きます!」
「僕も、行くよ!」
 互いを信頼するように頷き合うと、二人は手分けして洗脳被害者の手当てに向かう。

 まずは160代目黄泉の回転使い「朱麟」を名乗る天麟が動く。
 相棒の瑞希に手本を見せるつもりなのだろう。
「ネガティブ・パラノイアの【支配の糸】を……こうして、出来ました。 これで止まるかな?」
 神業のような速さで糸を操作すると、程なくしてコートが編み上がる。
 それを被害者の一人に着せてみれば洗脳があっさり解けてくれた。

「わ、すごい……!! 僕も負けてられないね!」
 彼女の救出劇に見惚れていた瑞希も、自分を鼓舞して張り切り出す。
「ん~~出て~~霊気の腕!」
 彼女に比べると拙いながらも、たどたどしく能力を発現させていく。
 すると透き通った半透明の巨大な腕がぐにゃりと空間を歪めて生じ始めた。
「そおっと、そおっと……」
 腕は被害者を鷲掴むと、これ以上変な動きができないように取り押さえていた。
 さながら子供が玩具の可動フィギュアでポーズを作っているような微笑ましい光景である。
 だが、この方法であるなら時間を使わず効率よく正気に戻せるので理にかなっているらしい。

「流石は瑞希、やりますね。 なら、わたくしも真似させてもらいます!」
 一々コートを編むよりも、糸を張り巡らせて雁字搦めにしてしまう作戦に変更。
 天麟はあっという間に大勢を治療し、周囲には正気を取り戻した人々で溢れ出した。

 しかしその喧騒は敵を呼び寄せてしまう切っ掛けにもなる。
 案の定、騒ぎを聞きつけた戦闘員の一人がこの場へ飛んで来たようだ。
 対して二人はというと、お礼を言う民衆にもみくちゃにされてそれどころではない。
 このままでは洗脳拡声器に巻き込まれかねないだろう。
 そんな時、『ピィン』と弦の鳴るような音が天麟の耳に届く。

「瑞希、伏せて!」
「え……? あ、うん!」
 間一髪、頭上を『ぽわわ』と飛び行く洗脳光線が掠める。
 張り巡らせていた糸が反応しなければ、二人も巻き添えだったことだろう。
 幸いにも敵はまだコチラに気が付いていない。
 万が一にも視認されることを避けるため、迷彩服を二人で羽織り、身を寄せる。
(ありがとう……!)
(貴方のためですもの。 それより、アレが原因のようです……)
 小声で会話する天麟が指すのは、全身タイツの戦闘員。
 その手には怪しい【拡声器】が握られていた。

(うーんここからじゃ二人共動けないし……そうだ、これでどうかな?)
 救出した人々が脱ぎ捨てた【ハイレグレオタード】、その山に瑞希が手をかざす。
 呼応するように仄かな光が溢れ出し、気付けばピンク色のサイコメトリック・オーラソードが浮いていた。
 記憶と因縁から生み出されたその霊剣を霊の腕が握り締めると、槍投げのように戦闘員へ投擲。
「やぁっ!!」
「な、何ゴトデェス!? アウチ!?」
 グサリと肩を貫くものの、拡声器は手放さない。

 不意打ちの初撃で決まらなかった以上、敵の反撃は必須。
「クゥゥ!! 許さないデェス!! チルドレンだろうがレッツダンスデェス!!」
「危ないっ!」
 瑞希は咄嗟に天麟を突き出し、怪音波の範囲から逃す。
 だが逃した本人はモロに洗脳音波の間の手に掛かってしまった。
「う、ぅ、は……ハイレ……」
「……瑞希!?」
 必死に洗脳に抵抗しているものの、瑞希は服を着替えて変なポーズをしようとしていた。
 まだまだ性差のつかない年頃。瑞希は男の子ではあるもののやけに似合っている。
 だが天麟にそんなことは関係ない。
 大切な人が危険に晒されて頭に血が昇ってしまっているのだ。

「瑞希に何してんだ……てめぇぇ!!」
 魔力宝玉を取り出すと、フルスロットルでギュルギュルと回転。そのまま空を疾走するように跳び出していく。
 黄泉の回転が戦闘員のタイツを巻き込み錐揉み回転。
 続けざまに、ダーツでも射るように回転板代わりの敵の全身に魔弾をブチかましていった。
「アビャビャビ、アブブブビビ!?」
 言葉に鳴らない悲鳴を上げながら、ブーメランのように回転して天麟の足元に転がり落ちる。
 汚物でも見下すような彼女の瞳に怒りの炎が消えることは無い。
「これで許されたと思ってんのかオラァァ!!」
 トドメとばかりに金の玉を蹴飛ばすのであった。

米満・満代

 奇声飛び交い奇行がまかり通る世紀末。
 そんな地獄絵図の街にあってもなお、ドンと山のように構える肝の据わった少女が現れた。
「咎なき人々を無差別に襲うとは……」
 米満・満代(マウンテンセレブ・h00060)はすました顔で周囲を見渡しつつも、怒気こもった声を震わす。
「おのれプラグマ! 成敗してくれましょう!」
 まるで恐怖というものを知らないのだろう。
 少女は一瞬たりとも臆せず【ハイレグレオタード】の異様な集団の中へズカズカ脚を踏み入れていった。

「おいたわしい……このような使われ方ではせっかくの衣類も泣いているでしょう」
 老若男女問わず、ハイレグのハイレグな部分を無理に引っ張る奇妙なポーズ。
 それによりミチミチと悲鳴を上げる布の鳴き声が痛ましいのだ。
「ですがもう安心ですよ、さぁ全ての衣類に安らぎを──────」
 満代が空に手をかざすと、一陣の風がビュォと吹き荒れる。
 風に紛れて何かが地上に影を落とした。
 アレは鳥か、もしくは飛行機、はたまた待ちに待ったヒーローか。
 否──────太陽の光に包まれ輝くソレこそ『フライングビキニアーマー』だ。

 ●
 フライングビキニアーマーとは何なのか。
 それは誰も知る由が無い。
 だが少なくとも空を飛ぶビキニアーマーであることは疑いようがないだろう。
 見よ、まさに今、天女の羽衣よろしく舞い降りているではないか。
 おお神の御遣いよ!
 ●

「絵面は謎ですが……よく効くんですよねぇ……」
 満代にも原理はよく分かっていないらしいが、とにかくその力を発現させるべく手をかざす。
「さぁ癒して──────『フライングビキニアーマー』」
 呼びかけに応じ、ふよふよと浮かぶビキニアーマーが後光を発する。
 柔らかな黄金色が、苦しむハイレグ達を包み込んでいくと、やがて浸透するように収まっていった。
 よもや効果が無かったのかと思いきや、着用者がハッと目を覚ましていくではないか。
 中には心地よさそうにハイレグを摩るものまでいるほどである。
 なんという治癒力、奇跡としか表現のしようがない。

「わ、私達はいったい……?」
「災難でしたね。 悪い者に洗脳されていたんですよ」
 混乱する民衆を集めると、満代は事情を手早く説明する。
 彼女の語り口がするりと入るのだろう、被害者たちはすぐに理解し騒ぎには至らなかった。
「そんなことが……!! 助けていただき、ありがとうございます!! で……そのぉ、ぶしつけで申し訳ないんですが、安全に着替える場所とかあります?」
「ええもちろんです。 用意してありますので、こちらをどうぞ」

 満代が指す先には今時珍しい電話ボックスの行列。
 全面ガラスであり、とうてい着替えるのには向いていないようだが──────
『ベタッ! ベタタタタタ!!』
 突如、真っ赤な手形の血糊がガラスを覆っていく。
「キャァァァァ!!??」
 中が完全に隠れてはいるものの、もはやそれどころではない。
 真昼間からホラー映画が始まっているのだ。
「心配ないですよ、危害は加えませんので」
「そ、そういう問題じゃないですって!!」
「はぁ……? ですがホラ、向こうもこう言ってますし」
 満代がコツンとガラスの一面を叩くと、キュキュゥゥと気味の悪い音を響かせ血文字が浮かぶ。
【オ イ デ】
「絶対イヤァァァァ!!!!」
 恐怖心が無い満代と、普通の一般人達の感性が相容れることは無いのであった。

七菱・烈狗

 七菱・烈狗(半人半妖の妖怪探偵・h00697)は他世界の『都会』で目に映る全てが刺激的でハイセンスなことにいたく気を良くしていた。
「うんうん、どこも綺麗で美しいね。 何より、鏡のように磨かれたショーウィンドウが多いから……うん! やっぱり今日も私が一番!」
 ルンルンと鏡像の自分の髪を整えてあげると、ふと耳慣れない祭囃子が届く。
「ハイレグ! ハイレグ!」
「ハイレグ……? なんだろう、ハイカラみたいなものかな? なら私の知らない綺麗なモノがあるかも、ちょっと見てみよ……うっ!?」

 烈狗が絶句する。
 通りを一つ越えた先では、海水浴でも無いのに【ハイレグレオタード】に身を包む異様な集団が占拠していたからだ。
 それが美女コンテストなら盛り上がりもするのだが、よりにもよってオフィス街のおっさんが多く見られるものだからたまったものじゃない。
 毛の処理すらまともにしていない気持ちの悪い光景、そんなものを目に入れてしまって死ぬほど後悔したのか、烈狗は「うぅん」と眩暈を起こす。

 そこへ下心見え見えの青年がさっと背中に手を回して介抱する。
「お嬢さん、大丈夫かいっ!?」
「お嬢さん? あ、私のことね。 うん、もう大丈夫」
「無理もない……あんな悍ましいものは、キミのように可憐な女性には眼の毒だからね」
「やっぱりあの恰好って【キレイ】じゃないんだよね?」
「そりゃモチロンさ」
 目の前の一般的な青年がドン引きしている様子から、どうにもやはりハイレグ集団は奇異の存在で間違いないらしい。
 そのことを確認すると、辱しめにあっている彼らを憐れに感じてしまった。

「だったら早く何とかしてあげよう。 じゃないと元に戻った後の心の傷が大きそうだし……」
「はは、キミは優しい子だね。 でも何も手立ては──────」
 横でごちゃごちゃ煩い軟派な男を無視して考えを巡らせていると、烈狗の脳裏に電撃が迸る。
「ハッ──────あの恰好はいただけないけど、【皆でポーズを取りながら叫ぶ】って所は美しくない?」
「へ……?」
「セイシュンってヤツ、【美しい思い出】っていうもんね!」
「あの……?」
「ならやってみないとっ!」
「つ、ついていけない……なんなんだこの子!?」

 あんぐりと口を開けて呆ける青年を置き去りにして、烈狗はまさかの自分から洗脳者達のマネをし始めた。
「ハイレグっ! ハイレグっ!」
「ハイレグっ! ハイレグっ!」
 声を揃えて珍妙なポーズを繰り返す。
 流れる汗がキラキラと太陽を照り返し、まさに今、謎の一体感が烈狗を満たしていた。
 確認するが、烈狗は洗脳されていない。素面である。
 なぜこんなことになっているのだろうか。冷静に確認しても全く意味が分からないが、とにかく顔が良いので様になっていた。
 顔の良さは七難も八難も隠すのだ。

「ふぅ、案外いいね。 でもやっぱり皆のこの恰好がちょっとね……というわけで、じゃーん」
 いつの間に取り出したのか、その手には大量の暗幕やカーテンに溢れていた。
 どうもあの酔狂な行動はこれらを取り寄せる準備だったらしい。
「さ、私なりに着飾ってあげるね。 これでもセンスには自信あるんだよね、ほら私って世界一キレイだし」
 そう自慢すると、一枚繋がりのカーテンなどを巧みに巻いて衣服に変えていく。
 さながらパリコレの路上ライブだ。
 烈狗は鼻歌交じりに遊びながら、こうして多くの被害者たちを救っていくのであった。

第2章 集団戦 『戦闘員』


「なんてことデェス!? せっかく流行らせた【ハイレグレオタード】がどこにも見当たらないデェス!!」
 変質者じみた全身タイツの戦闘員が頭を抱える。
 街の大半をその手に納めたはずだというのに、気が付けばスタート地点に逆戻り。
 あまりの徒労感に敗北感すら覚えて来る。

「ムキィィ!! こうなったら実力行使デェス!! 全員力づくで監禁して再洗脳してやるまでデェス!! というわけで全員集合デェス!!」
 ピピィとホイッスルを鳴らすと、どこに潜んでいたのか戦闘員の群れが大挙する。
「ムムー? ちょっと人数が足りないデェス? なんか洗脳拡声器の数も合わないデェス? まぁ細かいことはドーデモいいデェス!!」
 わらわらと数の暴力に気を大きくした戦闘員が、街の避難所へと押しかけていく。
 このままでは助けた住民達が危ういだろう。
 避難所が襲われる前に、一人残らず駆逐してしまおう。

 ●
 一部の√能力者の活躍により、参加者には洗脳拡声器を得るチャンスが生まれたようです。
 √能力が足りないと感じた方はこれを武器にして大立ち回りしても構いません。
 あるいは戦闘員の服を奪ったことにして攪乱・奇襲もできるでしょう。
 ●
夜風・イナミ

 ひとしきり【ハイレグレオタード】の窮屈な食い込みを堪能した夜風・イナミ(呪いの石化牛・h00003)だったが、今になって沸々と羞恥心が込み上げて来る。
「んもうっ! わ、私……なんてはしたない恰好を……!?」
 なぜ自らこんな痴女のような服を手に取ってしまったのか。
 人目がないからといって、羽目を外し過ぎだと猛省する。
「名残惜し……じゃなくて時間が惜しいですし、早く着替えて事件の解決を──────」
 周囲で石化している民衆をいつまでもそのままにしておくわけにはいかないのだ。
 しかし彼女の思惑とは裏腹に、事件の方が彼女の元へとやってきてしまう。

「ワァオ!? 良かったデェス!! まだ洗脳されてるピーポーがいたデェス!!」
「ひぃっ、は、はいれぐ……はいれぐ……」
 背後から突然大声で呼ばれ、反射的にハイレグポーズを取ってしまった。
 おかげで怪しまれずには済んだものの、ぞろぞろと戦闘員達がイナミを囲んでしまい四面楚歌。
(ぬ、脱ぐまえだから思わす誤魔化しちゃいましたが……ひぃん! ど、どうすれば……!?)

 戦闘員達は品定めするようにイナミをじっくり鑑賞すると、うんうんと頷きながら拍手を鳴らす。
「ブラーボ! 見事なハイレグデェス!!」
「ヘイ、ナイスアイディア浮かんだデェス!! コイツを洗脳者の手本にしてやればメニメニ深い洗脳になりそうデェス!!」
「採用デェス!! それならもっと厳しく指導デェス!!」
(ひぃっ……なんだかどんどん変な方向に行ってるような……)

 トントン拍子に話が進み、イナミは名誉ハイレグダンサーとして戦闘員達の熱心な視線を一身に受けていく。
 四方八方、全身をくまなく見つめられ、辱しめを受けているような気持ちが込み上げてしまう。
(は、はずかしい……さっきは皆が石だったから平気だったのに、こんなに見られちゃうと……はぅ)
「もっと腰を捻るデェス!!」
「腿の開きが甘いデェス!! ほらこれくらい開くデェス!!」
 戦闘員達は洗脳済みと思い込んでいるものだから、遠慮も無しにイナミの身体を触って細かく指導を重ねる。
 彼らに無理矢理掴まれ乱暴される状況を僅かにでも愉しんでしまっている自分がさらに恥ずかしくなり、イナミの頭は沸騰寸前であった。

(ひぃん、限界です……! もしこんな所を誰かに視られたら……しんじゃいます……!!)
 流れ出る滴が隠し切れなくなる寸前、戦闘員が満足そうに声を上げる。
「オーケーデェス!! さぁ、コイツを使ってさらにディープな洗脳再開デェス!!」
「なら今度は治されないように、コイツにも洗脳を手伝わせるデェス!!」
 人質兼洗脳装置にする気なのだろう。
 イナミの手に洗脳拡声器を握らせようと迫って来る。
 だが、そのことがイナミの逆鱗に触れてしまった。

「そ、それはダメです!! 絶対にさせません……!!」
「ホワァッツ!? コイツ洗脳されてないデェス!?」
「洗脳されてないのにハイレグしてたデェス!?」
「んもうっ! それは言わないでください!!」
 ぶるんと身体を振るうを全身を使って戦闘員達を弾き飛ばしていく。
「ノーゥ!? コイツ強すぎるデェス!?」
 圧倒的な体躯の獣人の筋力を舐めてはいけないのだ。
 吹き飛んだ戦闘員の多くは石像に頭をぶつけて気を失っていく。

 だが運よく立ち上がることができた戦闘員が、よろよろと洗脳拡声器を取り出した。
「クゥゥ、だったら本当に洗脳してやるまでデェス!!」
「【させません】と言ったはずですよ……!! よいしょ……っ」
 イナミが石よりも固い自分の蹄を高く振り上げ四股を踏む姿勢。
 そのまま『ドガンッ』と地球を叩くと、地割れが生じて戦闘員の半身を飲み込んでいく。
「脚が飲まれたデェスッ!?」
「悪い人は……踏みつけ踏みつけ踏みつけです……!!」
「アビャ!? アビ!? ァ!?」
 出る杭打つように戦闘員の身体が地面へ潜っていき、最後にはすっかり見えなくなってしまうのだった。

七菱・烈狗

「オラオラー! そこのノーマルピーポー待つデェス!」
「嫌ぁぁぁ!!」
「ユー達にはもう一回ハイレグしてもらうデェス!」
「ひぃぃ!? あんな恥ずかしいのは、もう御免だぁ!!」
 戦闘員達が避難中の市民を見つけたらしく、執拗に追いまわしている様子が目に付いた。
 余程トラウマなのだろう、全力逃避する市民に洗脳音波が届いていないようだ。
 しかしこのままでは避難所に案内しているようなもの。
 遠からず甚大な被害になることは火を見るより明らかであった。

「むっ! あの騒ぎよう、どこからどう見ても【敵】だよね? ということは、この事件の黒幕ってやつなのかな」
 七菱・烈狗(半人半妖の妖怪探偵・h00697)が興味津々で成り行きを見ていると、市民の一人が躓いてしまう。
 あわや、洗脳音波の餌食となりそうな逼迫した瞬間──────

「あーだめだめ! 折角みんな元に戻ったんだから、そっとしておいてあげてよね!」
 声高々に烈狗が姿を現し、戦闘員達も思わずそちらへ注目。
 自信満々でよく通る声質だったのも功を奏したのかもしれない。
 躓いた市民がこれ幸いとその場を去る時間が稼げていた。
「せっかく盛り上がってたのに、ユーは何様デェス!?」
「え? 私? それはモチロン──────」
 もったいぶったように目を瞑り、ルンルンと脚を運ぶ。
 そのまま広場の少し高くなった場所に躍り出て可愛いポーズを取って一言。
「世界一【キレイ】な烈狗だよ」
「そんなこと聞いてな……うぉ、よく見たらベリービューティフォ……デェス……」
 頭に登った血も引いていくほどに非の打ちどころの無い美人なのである。
 唾を吐くどころか、思わず飲み込ませてしまった。
 気が付けばうっとりと恍惚した戦闘員達が、屋外ライブの観客よろしく整列しているではないか。

「って、そうじゃないデェス!! こうなったらお前でお楽しみタイム続行してやるデェス!!」
 ようやく正気に戻ったのか、戦闘員の一人が洗脳拡声器を振り上げる。
「残念だけど、お楽しみタイムは私の方なんだよね、それポチッっと──────」
 烈狗がスマホの画面をタップすると、上空から轟音が鳴り響く。
 そして瞬きも終わらない内に、『ズドン』と何か鉄の塊のようなものが広場へ降ってきた。

「ギャァァァ!? 敵襲デェス!?」
「ドワァァァ!? なにが起きてるデェス!?」
 まるで隕石のように戦闘員の集団目がけて落下したのだ。
 当然のように凄まじい衝撃波が彼らを吹き飛ばし、直下にいた者などは消し飛んでいた。
「あ、来た来た、私のウォーゾーン」
 先程の阿鼻叫喚など気にも留めず、烈狗は意気揚々と鉄の塊に身を包む。

「それじゃぁ、お楽しみタイムだよ。 決戦モード始動!」
 烈狗の言葉に呼応し、ウォーゾーンが真紅に染まる。
 そのままゆらぁっと蜃気楼のような【揺らぎ】を纏わせ、フッと視界の中から消えてしまう。 
「ど、何処に行ったデェス!?」
「迷彩に違いないデェス!! とにかく撃ちまくるデェス!!」
 奇襲と新手のエントリーによって現場は大混乱。
 戦闘員達は味方に攻撃が当たるのも構わず洗脳拡声器をデタラメに放っていた。

「そういう見苦しいの、【キレイ】じゃないかな」
「へ……? アビャッ!?」
 まるで気配も感じさせず、戦闘員の後ろにはソレが居た。
 何が起きたかも自覚する暇も与えず、烈狗の攻撃が敵を吹き飛ばす。
「ヒェッ!? ひ、怯むんじゃ無いデェス!! 姿さえ見えればこっちのものデェス!!」
 遅れて反応した他の戦闘員が拡声器を向ける頃には、熱のある残像だけが残される。

「こっち、こっち!」
「ムキィ!! 追うデェス!!」
 神出鬼没に場所を転々と変えるウォーゾーンを追って大通りへ誘い込まれていく。
 そうして真っ直ぐな直線に彼らが立つ頃には全てが決まっていた。
「【キレイ】な攻撃っていうのはね、こういうのだよ!」
 圧倒的な速度を誇る決戦モード、その真価は曲がることなく突き進む【直進】。
 迷いのない一文字が街を駆け、後には血飛沫の花畑が綺麗に咲き乱れるのであった。

ドミナス・ドミネート

 ヒーロー達が活躍する最中、摩天楼の屋上で見下ろす不敵な笑み。
「へぇ、これが【洗脳拡声器】ねぇ」
 蜂の群体を巧みに操り、軍隊のように規則正しく操作している女性の声。
 その忠実な手下たちが運んできた道具を受け取ると、ドミナス・ドミネート(リストリクト団首領代理・h02576)が興味深そうに弄っていた。

「これがこうだから……なるほどね。 音波という回避も防御もしにくい物を使い、さらには即時の洗脳に服の変換作用もあるなんて、プラグマも凄いのを開発するじゃない!」
 まるで味方を褒めるかのように親密な声色から察するに、少女は悪の組織と関わりがあることを仄めかす。
 続けて蜂達が運んできた黒いスーツを受け取ると、『ニヒ』っと悪い笑顔を見せた。
「リストリクト団のスーツに比べたらセンス無いけど、せっかくだからコッチも使わせて貰うわ!」
 怪人特有の場面転換早着替えをサッと済ませると、そこには眼下に群がる戦闘員と瓜二つの姿。
「さぁ……本当に仕えるべき首領は誰か、しっかり教えてあげないとね!」
 摩天楼を飛び降りると、彼女の影が蜂とともに消えていった。

「フィ~ヒヒ!! 何度でも洗脳してやるデェス!! プラグマは不滅なのデェス!!」
「そーだそーだ、でも……本当に不滅かな?」
「だ、誰デェス!? プラグマの忠誠を疑うヤツがいるデェス!?」
 広場で決起集会をしていた戦闘員達が互いの顔を見合わせ犯人捜し。
 とはいえどれも同じ顔なのだから分かるわけが無い。
 疑心暗鬼でピリついた空気の中、突如洗脳拡声器の『ぽわわ』という気の抜けた音が響く。

「は、ハイレグ! ハイレグ!」
「何やってるデェス!! 同士撃ちは危ないから止めろとあれだけ言ったデェス!!」
「あ、そうなの。 私は聞いてないんだよね。 それにパープル様以外に命令されるのってウザ……あなたも踊っちゃえ!(ぽわわ)」
「ぎゃ! ハイレグ! ハイレグ!」
「こ、コイツデェス!! コイツが犯人デェス!!」
 何人もの犠牲者が発覚して、ようやく紛れ込んでいた間者を見つけ出す。
 だが当の本人は別にどうということでもないようにマスクを脱ぎ去り正体を晒していた。

「アハハ! バレてしまってはしょうがない! 私は元プラグマの支配女王怪人ドミナス・ドミネート!」
「元プラグマデェス!? この裏切りモノ!!」
 衝撃の事実に憤慨する戦闘員だが、彼女はその様子を優越な表情で堪能。
 プラグマに【してやったり】とでも言いたげだ。
「洗脳や支配は私の本領よ! さあ、ハイレグ戦闘員は私の壁になるよう踊っていなさい! 生き残った奴は私が連れ帰ってあげてもいいわよ!」
 堂々とした名乗りは時間稼ぎ。
 先にハイレグ化した戦闘員が持っていた拡声器を蜂に回収させていたのか、彼女の周囲には無数のソレが浮かんでいた。
「それ、一斉攻撃!」
「「「アギャ!? ハイレグハイレグ!!」」」

 広場で無双していると、この地区の喧騒に気が付いたのか他地区の増援が大挙して押し寄せる。
「おのれ裏切りモノ!! 絶対に許さないデェス!!」
「あら、随分と大所帯ね。 でも気が付いてる? あなた達の数がいつもより多いって?」
「へ? アバー!! ハイレグ! ハイレグ!」
 増援の最後尾、その戦闘員達こそドミナスが用意していた蜂戦闘員であった。
 前後からの挟み撃ち。これにはひとたまりもなく、戦闘員は一人残らず自分たちの武器によって洗脳されてしまうのであった。

フロッシュ・ニッテカン

 避難所へ急ぐ市民達。その誰もがチラリと視線を送ってしまう相手がいた。
「ほらほら遅いよ、邪魔だから早く避難してねー」
 急かしているくせにのんびりとした口調のフロッシュ・ニッテカン(疾閃スピードホリック・h00667)のことだ。
 これから敵がやって来るということで、戦いやすい戦場にしようと避難誘導を買って出ていたのである。

 だが、避難者にとって彼女の【見た目】があまりにも問題であった。
 なぜならフロッシュのインナーは【ハイレグレオタード】に酷似していたからである。
(ひそひそ……まさかアイツも……?)
(しっ、良い人そうだし聞こえたら失礼よ……)
 どうも彼らにはフロッシュが洗脳されているのではないか、はたまたプラグマの手先ではないのかという疑念を持たれているようなのだ。
 その痛い視線は流石にのんびりしたフロッシュでも気が付いているらしい。
「くそー、確かにハイレグ寄りだからって酷い風評被害だ……!!」
 ギリリと奥歯を噛み締めると、まだ出会ってもいない戦闘員達への憎悪を募らせていく。

 そうこうしていると満を持して敵の影。
 コチラが見つかるよりも先にフロッシュが動くと、洗脳拡声器を構える。
 だが発せられたのは洗脳音波ではなく彼女の魂の叫びであった。
「ボクはおまえらに物もォーす!! おまえらの風評被害のせいで傷付いたボクの心が分かるかァー!!」

「ホワァッツ!? コイツなんなんデェス!?」
 戦闘員達は混乱した。なぜなら目の前には【ハイレグレオタード】の女が素面で何か叫んでいたからである。
 まさか常日頃からそんなものを着ているとは思わなかったのだろう。
(ぼそぼそ……なんで仲間でもないのに拡声器持ってるデェス?)
(洗脳されてないなら……アイツ、もしかして痴女ってやつデェス?)

「あァー!! おまえらも今、勘違いしただろォー!! パーカーも着てるのに変態扱いするんじゃなァーい!! 屈辱だァー!!」
 ムガーっと地団太を踏み、全身で遺憾の意を示す。
「お言葉デェスが、そんな【ハイレグレオタード】で乳を揺らすのはへn──────」
「おまえらに分かりますかァァァーー!!! 分からないならぶッたおォーすッ!!!」
 都合の悪い言葉が聞こえそうになったので、魂のシャウトで掻き消しておく。
 あとは有無も言わせず戦闘開始のゴングとばかりに拡声器を叩き割った。

「まずは──────風評被害の元凶を潰すッ!!」
 フロッシュが手斧を構えると、ブーメランのように水平投擲。
 クルクルと回転する刃が次々と【洗脳拡声器】をぶった切り、悪事の根源は潰えた。
「ノーゥ!! なにするデェス!! 通信装置も兼ねてたのに酷い出落ちデェス!?」
「なら今度はその煩い首ごと潰すッ!!」
 戻ってきた手斧を再び投げるも、今度は戦闘員達も地に伏せて回避。
「ひぃ……フゥハハ! 何度も同じ手にひっかから──────」
「わざわざ簀巻きにしやすい姿勢になってくれてありがとねっと!!」
 いつの間にかフロッシュが両手に雷の鎖を垂らし疾走していた。
 鎖は敵の身体を次々拘束し、ブライダルカーの空き缶よろしく引きずっていく。
「アビャビャビ!? 顔が削れるデェス!!!」
 舗装道路は天然のすりおろし器になっており、血みどろレッドカーペットを敷いていく。

「おらァァァ!! まだ名誉は回復してないぞォー!!!」
 鎖を一纏めに握ると、ハンマー投げのようにグルグルとその場で回転。
 鎖の範囲外にいた敵もろとも戦闘員の団子で殴り倒していってしまう。
「ふゥー!! ふゥー!! まったく、なにが【ハイレグ】だこんにゃろ」
 憤慨してはいても、ちゃっかりポーズは決めていた。
「……いや今のはノリだよ! なァにがハイレグだよォ!」
 フロッシュは照れ隠しのように、まだ息のある戦闘員を足蹴にするのであった。

米満・満代

 悪気は無いものの、市民を恐怖のどん底に陥れた米満・満代(マウンテンセレブ・h00060)が「ふぅ」と一息入れていた。
 彼らを避難させるさせるのにも、これまた一騒動あったためだ。
「【首なしライダー】も【朧車】もみなさん協力的なのに、どうしてあんなに嫌がられるのでしょうね……?」
 一般人からすれば地獄行きの片道切符にしか見えないからなのだが、やはり満代には微塵も怖くはないのだろう。
 感性の擦れ違いによる溝はマリアナ海溝よりも深まっていくのであった。

 そうこうして時間を取られすぎたのだろう。
 満代が休憩する間も無く、敵の集団がワッと押し寄せてしまう。
「キィィ!! 見つけたデェス!! ユーが洗脳を解いた不届き者デェスね!!」
 覆面で表情は分からないが、その声色から激昂しているのは間違いない。
 あまりの怒気に気圧されそうなものであるが、そこは満代が相手である──────彼女はケロっとした様子で一人立ち向かっていた。
「うーん……あなた方があの【ハイレグレオタード】を推進しているのですよね?」
「ハァン? そんなもん言うまでもないデェス!!」
「それなのに、自らは全身タイツを纏うというのはいかがなものかと……正直フェチが足りていないですね」
「なんかいきなりダメ出しされたデェス!?」

 どきもを抜かれたのはまさかの戦闘員達の方であった。
 目の前の少女は物怖じせずに正論でぶつかって来たのである。
 だがここで言い負かされては士気に関わる、リーダーらしき戦闘員が前に出て|口喧嘩《ディベート》に対抗する。
「こ、このタイツはプラグマへの忠誠の証デェス!! アイツ等に施しているのは支配の証だから問題ないのデェス!!」
「それならなおのことタイツを与えるべきですよね? なんで中途半端なことをするんですか?」
「ム、グググ……ムキィ!! 五月蠅いガキデェス!!」
 結果は秒でついた。
 語ることに秀でた彼女にあっけなく言い負けされてしまったのだ。

「ユーのような生意気チルドレンは大人パワーで黙らせるデェス!!」
 リーダー役が合図を出すと、仲間たちが彼の元へと集結し陣形を組んでいく。
「はぁ……口で勝てないからと力で迫るのはカッコ悪いですよ」
「煩い煩いデェス!! これを観てもまだそんな減らず口を叩けるデェスか? |同調強化《シンクロパワーアップ》デェス!!」
 リーダー役の背中からコードが伸びると、周囲の戦闘員達に接続。
 瞬く間に動きが変わり、ただの雑魚から恐ろしい戦闘マシーン軍団へと変貌した。

「フゥハハ!! ナウでユーのことをフルボッコにしてやるデェス!! 今更泣いて謝っても許さないデェス!!」
 勝ち誇るその声に被せるように、満代がふと疑問を投げかける。
「同調と言いましたか? ということはあなたを狙えば一網打尽ということですよね?」
「へ? ちょ、ちょっと何言ってるか、わわ分からないデェス……プヒープピ(下手な口笛)」
 明らかに動揺している。間違いなく図星だ。
 答えを聞くまでも無いと判断し、満代は√能力を発動する。
「なるほどそうですか。 ではあなただけを確実に当てに行きましょう」
「こ、この肉壁の数でそんなこと出来るわけ──────」

 言葉を詰まらせ、ふとリーダー役が空を見上げる。
 そこには【強制改心砲】の砲身を直下に向けた状態でスタンバイされているではないか。
「な、ィ……」
「さぁ、いつまでも馬鹿な事言ってないで真面目に働いて普通に生活してください」
 気付いた時にはもう遅く、叫び声もないまま改心されてしまう。
「お、おぅふ……今まで一体なんてことを……」
 まるで憑物が落ちた様に綺麗な声が漏れ出る。
 さらにはコードで繋がった戦闘員達も全員まとめて心を洗われたようで、すっかり温和な雰囲気が漂っていた。

 毒気の抜けた彼らは、満代に今後どうすればいいのかと相談する。
「いいことをすればスカっとしますよ! ということで、まずは街の皆さんへの謝罪もこめてハイレグしましょう!」
 いつの間に用意していたのか、スッと取り出した【洗脳拡声器】を向けて無慈悲な音波が発せられるのであった。

カトル・ファルツア

「オラァ! さっさと出て来るデェス!! 何度でも洗脳してやるデェス!!」
 避難所のバリケードを乱暴に叩く戦闘員達。
 その気になればすぐにでも破れそうなものだが、あえて恐怖を植え付けているようにも見える。
「絶対許さねえ……覚悟しな……!!」
 プルプルと身体を震わせ、彼らを睨み付けるカトル・ファルツア(ラセン使いを探す者・h01100)。
 換毛期だから震えているわけではない。
 奴らのあまりにも悪趣味で人の心が無い行為に、一人の……もとい一羽のヒーローとして唸っているのだ。

 そんなカトルの現在地は住宅の屋根の上。
 人目を避けながらも敵を監視するにはうってつけであり、特に彼の【身体】であれば違和感なく滞在していられるスポットだ。
 そして今、絶好の好機を見つけ出す。
「ん? 集団から何人か抜け出していってるな……もしや増援要請か? そうはさせるか! 分散したことを後悔させてやるぜ!!」
 タンッと勢いよく飛び立つと、荒鷹の如く急降下で獲物へ接近。

『ガチン』
「ふげぶッ!? ホワァッツ!? 突然脚が動かなくなったデェス!?」
 増援要請組の少数、その全員が突然一斉に転がってしまう。
 あまりにも不可解な出来事に混乱しながらも足元をみやると、【手錠】が彼らを縛り付けていた。
「な、なんなんデェス!? こんなものさっきまで──────」
「ふん! 犯罪者にはお似合いだぜ!」
 パタパタと滞空するカトルが見下しながら言い放つ。
 満足に立ち上がることも出来ない戦闘員達には手も届かない位置だ。
 下から見上げる彼の姿はさぞ憎たらしかったに違いない。

「ムキィ!! ちっぽけな鳥に舐められてたまるかデェス!!」
「舐めるだとォ!? 舐めてるのはソッチだろうが! なんてったって、テメェらのせいで屈辱的なポーズをしなきゃならなかったんだからなぁ……!!」
「あんなにスタイリッシュなポーズのどこが気に喰わないんデェス!?」
「うるせぇ! 犯罪者の感性と一緒にすんなオラァ!!」
 ホバリングから一転、銃弾のように飛び出したカトルの拳が戦闘員の減らず口を殴り抜く。

「ブベラァ!?」
 殴り飛ばされた戦闘員がビリヤードのように他の戦闘員を弾き飛ばしていく。
 気が付けば増援要請組は一瞬で壊滅していた。
 しかし、その騒音を聞きつけたか本隊がカトルを視認してしまう。
「て、敵襲デェス!! お前ら、この装置に繋いで戦闘態勢を──────」
 背中から伸びるコードを他の仲間に伸ばし接続する一瞬の出来事。
 だがカトルの鋭い瞳がそれを見逃すはずもなく、彼の【勘】が警鐘を鳴らしていた。
 あれを放置してはダメだ、そう告げているのである。

「おい、何してんだ? そんなこと許すわけねぇだろ!」
 まずは風雷で敵の周囲を覆い逃げ場を塞ぐ。
 そして怪しい動きをしたリーダー格に向けて破壊の炎を吹き出した。
「テメェらには仲良く炎を伝播させてる方がお似合いだぜ! 地獄まで一緒に踊ってな!!」
「ギィェェェ!? 熱いデェス!?」
「ヒィィ!! は、早く抜かないと……ギャァ!?」
 コードを伝って炎が燃え移っていく。
 そうして火達磨の一蓮托生が始まると、ハイレグの代わりに苦悶の踊りをさせられてしまう。

「アヒィィ!! 後生だから介錯を──────」
「こ、殺してくれデェス!!」
 死にきれず苦しみもがく戦闘員達の悲痛な叫び。
 たとえ怒りに燃えてはいても、悪鬼羅刹ではないカトルが『はぁ』とため息をつく。
「仕方ねぇ……ならラセンの力味わいな!」
 ラセンを込めた爪弾が彼らにトドメを刺すと、怨嗟の声が鎮まっていった。

「後味が悪いぜクソ……こんな雑魚じゃいくら倒してもダメだ、親玉がいるはず! もうお前らに用はねえ、最期くらい安らかに眠れよ、じゃあな」
 悲し気な表情を浮かべたカトルは、真に倒すべき敵を探すため避難所を飛び立っていくのであった。

星谷・瑞希
鳳崎・天麟

 コテンパンにのした戦闘員を踏みつけながら、鳳崎・天麟(大切な人を守る為に戦う狩人・h01498)は相棒を心配そうに見つめていた。
「瑞希、大丈夫……?」
「はいれ……あれ、もう平気みたい! ありがとう天麟のおかげだね!」
 視線の先で星谷・瑞希(大切な人を守る為に・h01477)がはにかみながら返す。
 その眩しい顔にほっと息をつきながらも天麟は首を振った。
「そんなことない──────貴方が庇ってくれたおかげですもの」
「なら二人の勝利だね!」
「ええ!」

 少年少女の和やかな一幕。
 その片方が【ハイレグレオタード】姿でなければ、の話ではあるのだが。
「あはは……これじゃ格好付かないね。 ちょっと待ってて、すぐ着替えるから──────」
「着替え……ねぇ瑞希、どうせならコイツ等の服に着替えて敵を騙しましょう!」
 言うが早いか、天麟は足蹴にしていた戦闘員から引っぺがす。
 それをおもむろに瑞希へ手渡し、期待に満ちた目が無言の圧力を迫っていた。

「これって大人用じゃないの? うーん、よいしょ……あれ、なんだかすごくフィットする? これでどうかな、天麟?」
 最初は訝しげに受け取った瑞希だが、袖を通せば謎の材質パワーで子供の身体にも違和感なく密着してくれた。 
 むしろ密着しすぎているかもしれない。
 瑞希の華奢な身体のラインがクッキリと強調されており、思わず加護欲を掻き立てられてしまうのだ。
「似合ってます!!」
「もぅ、天麟は何を着てもそう言うよね」
「瑞希は素材が良いですからね!」
 興奮気味にそう捲くし立てると、彼女もその辺に転がっている戦闘員から頂戴する。
 
 処変わって避難所の前。
 そこには襲撃しようと張り切る戦闘員達が群がっていた。
「そろそろ全員集まったデェス? あとから仲間外れにされたと泣いても知らないデェスよ?」
 イライラと腕時計を確認するような真似をする。
 そこへ見計らってか、小柄な戦闘員の二人組が駆けつけた。
「ソーリー! ソーリー! 遅れてごめんデェース!」
「遅いデェス! 何やってたんデェスか!?」
「そ……ソーリーデェス! トイレに行ってましたデェス!」
「フゥム? まぁ生理現象なら仕方ないデェス。 プラグマはアットホームな秘密組織デェス、理由があるなら怒らないのデェス」
 適当に口調を合わせているだけで、敵は露ほども疑わない。
 あまりにも杜撰な管理だが、潜入している二人には都合が良い。

「揃ったことだし、いざ突撃デェス──────」
 リーダー役が号令を出そうと背を向けた瞬間。
 二人は互いに眼を交わして以心伝心に頷く。
(瑞希……!!)
(うん、今だね……!!)

 まずは天麟が目の前の間抜けに【支配の糸】を括りつけると、巧みに操り人形にして【洗脳拡声器】を使わせる。
「はれ……身体がいうことを……効かない、デェス!?」
 狙いはどこでもいい、突然味方が暴れ出したことによる攪乱が目的だ。
「ホワァッツ!? いきなりどうしt……は、ハイレグ!」
「ななな、何が起きてるデェス!?」
 この細い糸は注意深く見なければバレることは無い。
 誰も天麟が黒幕だとは思いもよらないだろう。
 目論見通り、現場は阿鼻叫喚の隙だらけであった。

「よぉし、さっきのお返しだよ! これが僕の力……!!」
 瑞希が叫ぶと、マスク越しに紅い瞳が爛々と輝きだす。
 次いで両手にはファンシーな星をあしらった霊気の剣が二本握られていた。
「アァ!? コイツ変な武器持ってるデェス!! コイツが犯人デェスね!!」
 天麟とは違い流石に瑞希の正体はバレてしまう。
 しかし、この間合いにまでこの星剣を持ち込めたのであれば、今更どうということはない。
「何人でも来い! やあ!!」
 10人をも超える戦闘員が一斉に飛び掛かるも、たったの一薙ぎで返り討ち。
 一瞬にして敵の陣形に大穴を空けていた。

 無双の剣戟を目の当たりにすれば、誰もが警戒し距離を取るだろう。
 武で勝てぬと悟った戦闘員が次々に【洗脳拡声器】で動きを止めようと画策する。
「残念でしたね、もう一人、ここにいるんですよ! さぁ、瑞希にあんなポーズをさせた報いを受けてもらいましょうか!」
「アウチッ!?」
 声と共に、どこからともなく回転する宝珠が【洗脳拡声器】を敵の手から弾いていく。
 遠距離と近距離を互いにカバーする連携プレーの前には、数だけを誇る戦闘員では手も脚もでなかった。

「こ、ここはいったん、勇気の撤退デェス!!」
 形勢逆転されたことで、クモの子を散らすように方々へ駆けだしていく。
「逃がさないよ! エネルギーバリア!」
 バリアの応用で敵を封じ込めると、【洗脳拡声器】でまとめて動きを止めていく。
「だめだ……数が多いよ……天麟!」
「任せてください!」

 彼女が糸のようなものに包まれていくと、まるで羽化するように姿を変えた少女が現れる。
「あーやだやだ、こんな頭のおかしい連中を相手にしなければならないなんて……憂鬱です」
 誠実で気の強かった彼女が、今ではネガティブでダウナーな雰囲気に様変わりしている。
 それだけではない、背中からは蜘蛛の脚と龍の羽根が生えているではないか。
 あまりの変容ぶりに戦闘員達の背もゾクリと死の吐息を感じ取る。
「はぁ……面倒なので、一気にいきます──────」
 蜘蛛のような一振りの剣を握ると、背中の異形を駆使してビルを空を縦横無尽に突き抜け一瞬の内に全方位の敵を屠るのであった。

第3章 ボス戦 『『コウモリプラグマ』』


「ヒャーヒャヒャヒャ! 無駄な努力、滑稽だったぞヒーローども!」
 物凄く三下っぽい喋り方のコウモリプラグマの声が街中に響く。
 出所は何処だと探してみるも、その姿は何処にもない。
 声はスピーカーから鳴っていたのだ。

「ウヒャヒャ! これが何か分かるかなぁ? そう! 【洗脳拡声器】ィ!! 気が付かなかっただろうォ? お前らが雑魚と遊んでる間に、頑張って街中に仕込んできたのさ!!」
 偉そうなことをのたまうクセに、やることはかなり地道で地味であった。

「アヒャーヒャヒャ!! これを一斉に起動させたら、どうなるか分かるな? 止めたいだろう! そうだろう! 俺様は電波塔にいる! 止めたければここへ来るんだな! 罠をたぁっぷり用意して待ってるぜ、ヒャヒャー!!」


ボス戦です。戦闘は弱そうですが、そのぶん搦め手を使う気らしいですね。
具体的には√能力の他に色んな所へ隠した【洗脳拡声器】を使うつもりのようです。
よく調べるなり、肉盾となる戦闘員をつれていくなりすれば、罠は簡単に回避はできそうですが気を付けてください。
また、音に敏感なようなのでそれを弱点として攻める、あるいは音を消す方法を考えれば奇襲のチャンスも生まれそうです。

フロッシュ・ニッテカン

 この街で【ハイレグレオタード】が差別対象になった原因、【洗脳拡声器】をあらかた破壊し尽くしたハイレグの女性。
 そのフロッシュ・ニッテカン(疾閃スピードホリック・h00667)が息も荒いまま、憎たらしそうに公共放送を聴いていた。

「何が無駄な努力だプラグマ怪人めェ!! 誰のせいでこんなに苦労してると思ってるんだァ!!」
 恨めしく睨み付ける視線の先にあるのは、コッソリスピーカーに偽装された【洗脳拡声器】。
 戦闘員が持っていたモノだけではなかったらしい。
「けど無言で起動させてれば勝てたろォに……酔狂なヤツ。 よほど【罠】ってのに自信があるみたいだねェ」
 肩でしていた息を整えると、フロッシュは振り返りざまのノールックでスピーカーに斧を投げつける。
 『バキリ』と命中する音をバックに、彼女は面白くなってきたとばかりに歯を見せた。
「ま、ボクの怒りは収まってないから良し。 ぶっころ!」



 電波塔内部。その一角にて。
「へーこれが例の【罠】ってやつ」
 先程見掛けた偽装スピーカーと同様の仕掛けを発見したらしい。
 中身をほじくり出してみると、その構造が判明した。
「対人感知式かァ……ずっと音波を流し続けたら誰も引っ掛からないから当たり前か」
 自動ドアとかのアレである。
 なんというか随分とハンドメイド感が強い地味な改造だ。

「けどさァ、これってつまり【物質】を検知するわけでしょ? 残念だけど、ボクの武器の材質は特異な【稲妻】! これじゃ上手く動かないよねー?」
 ニヤリと悪い顔を浮かべると、反則スレスレの正面から脳筋プレーで突破するという荒業を決行。
「じゃッ! 切断祭りの始まりだァー!!」
 件の偽装【洗脳拡声器】は電源式、必ず近くに電源がある。
 そして電気の通った場所が感覚的に分かるのか、電子部品などに偽装されたそれらを【稲妻】の武器でバッサバッサと切り伏せていってしまう。
「無駄な努力はそッちの方だったなプラグマ怪人ッ! ざまぁみろッ!!」

 あまりにも強引なその戦法に、誰よりも早く彼女が辿りついていた。
「ひゃ、ヒャーヒャヒャ……よく来たな……ちょっと早すぎるけど」
 せっかくの苦労を水の泡にされたことが余程ショックだったらしく、その声は涙ぐんでいた。
「なんなら、このまま速攻で倒してもいいんだけどォ?」
 対するフロッシュは完全に確信した自身に満ちていた。
 あまりにも敵にとって相性が悪すぎたのだ。もはや事故である。

「ヒャハ、この手だけはとっておきたかった切り札だが──────」
「もういいって、そういう時間稼ぎはさァ。 どうせ無駄な努力なんだよね」
「アヒャ♪ これを観てもそう言えるかァ?」
 不敵な笑みのコウモリプラグマはスイッチを押すと、電波塔の管理室から幼稚園児達が泣きながら飛び出してくる。
「アヒャヒャヒャ!! 俺様は石橋を叩いて壊す慎重派!! こんなこともあろうかと幼稚園バスをハイジャックして拉致ってきたのよォ!!」
「ハイジャックゥ!? 幼稚園児ィ!?」
 突然洪水のようにワッと押し寄せる衝撃情報の波。 
 面食らったフロッシュが狼狽え、隙を見せてしまう。

「ウッヒャヒャ! もし余計な動きをすれば、コイツ等をハイレグにしてやるぜェ、どうだ嫌だろう日頃からハイレグの変態さんよォ!!」
「いや、園児をハイレグって、変態はそッちじゃないか!?」
「う、うるせぇ! 気に喰わんから、お前はハイレグにしてやるぜヒャヒャー!!」
 洗脳音波が成す術の無いフロッシュを襲う。
「あ……ハイレグ! ハイレグッ!」
「勝った!! ヒャッハー!! 第三章、完ッ!!」

 園児に視られながらハイレグのハイレグな部分を引っ張るフロッシュ。
 あまりにも悲惨な状況だが、その時、不思議なことが起こった──────
「ハイレグゥ! ハイ……?」
 ハイレグの引っ張られた摩擦が起こす微量の静電気。
 たかがそれだけだが、彼女の特殊な服はそれを増幅したパルスへ変換、脳に干渉する洗脳を打ち消したのである。
 そのまま正気を取り戻し、すぐに戦闘態勢に入る。

「ヒャヒィ!? な、なんで解けてるんだコイツ!? まさか普段から露出の高い食い込み趣味の変態だから……!?」
「ムゥガアァー!! そんなわけあるか馬鹿野郎ォー!!!」
 羞恥心と怒りが混ざった複雑な感情のフロッシュが、鎌鉈を振り回して怪人を捕まえる。
 グイと引き寄せると、ハラワタをブチ抜くような菫雷の拳が制裁するのであった。

夜風・イナミ

 放送を聴いた夜風・イナミ(呪いの石化牛・h00003)は激怒した。
 まるで使い捨て扱いの戦闘員達へ吐き捨てた『雑魚』という言葉。
 さらには無差別に攻撃するという強迫。
「あなたが黒幕……んもう許せません、絶対に許せません……っ!!」
 ダンジョン攻略でその街を得るという世界の出身ゆえか、他人をないがしろにする輩へは人一倍敏感なのだろう。

 猛牛のように鼻息荒く憤慨すると、【止まれの標識】をズズズと引き抜く。
 まっこと常人離れした怪力は獣人の身体こそだろう。
 あるいは、単に赤い標識だったからだろうか。
「んもう【止められ】ませんよ! 殴り込みです! 悪いことばかり考える頭なんて【止めて】あげますから覚悟してください!」
 怒れるイナミは我を忘れているのか、自分の服に着替えることも置いて【ハイレグレオタード】姿で猛進していく。
 もはや胸が零れ落ちそうな(というか半分ほど零れ落ちてる)レオタードが悲鳴を上げてようとお構いなし。



 電波塔が見えると、その展望エリアにコウモリプラグマの姿が映る。
「ヒャーヒャヒャ! 随分と脚に自信があるようだがァ、無事に上がってこれるかなァ?」
 わざと長髪するような口調。
 急かすことで罠に掛かりやすくしようという魂胆が見え見えだ。
 そんな下心は露知らず、イナミの侵攻は全く緩まない。
「見ぃつけましたぁぁぁ!!!」
 彼女の血走った目もさることながら、厳つい牛の頭蓋に光る怪しい瞳が背筋を凍らせるほど気味が悪い。
 まるでこの世の埒外から見られているような気さえしてくるのだ。

「ヒャヒッ!? な、なんだアイツ!? 頭プッツンしてやがる……コワ、近寄らんとこ……代わりに行ってこいサーヴァント・バットどもォ!!」
 展望室で高みの見物を決め込むコウモリプラグマが、忠実な手下たちを呼び出していく。
 コウモリ達が窓から飛び降りると、地面スレスレで羽ばたきイナミに群がっていった。
「ヒャヒャ! その眼が気に喰わねぇ! 食い破っちまいな!!」
 吸血に適した鋭い牙が、無数の刃となって彼女の急所に迫る。
 だが、一向にその差は縮まらない。まるで時でも【止まった】かのように。
「んもう煩いですね! 外野は黙っていてください!」
 『キッ』とイナミの両目が睨みつけていたからだ。
 石化の呪いが振りかかる火の粉を防いでいたのである。

「ギャヒィ!? そ、そんなのアリィ!? く、くそ! こうなったら捨て身で武器だけでもゴミにしちまえ! 石にすればするほど重くなって邪魔になんだろォ!!」
 無慈悲な命令に逆らわず、コウモリ達が標識に掴まっていく。
 イナミも思わずそれを石化してしうと、ゴテゴテと持ちにくい形状になってしまった。
 うっかり自分の握り手までコウモリで固定される前にパッと手放す。
「なんて酷いことを……あなたは人の心がないんですか!! 私は身体が人でなくなっても心まで(今のところ)失くしたりはしてませんよ!!」
「ヒャッハー! うるせぇ! そんなもん、生み出した俺様の勝手だろうが! それより手ぶらで【罠】を超えられるのかよ、アァン?」

 遮るモノも無く、裸一貫の今のイナミには確かに無謀だろう。
 だが、彼女がおもむろに地面へ手をかざすと、地面から巨大な釘のようなものがせり上がる。
「ん~~はぁっ!!」
 『ポン』と子気味良い音と共に釘が抜かれた。
 続けて、噴水のように大量の温水が吹き出し始めたではないか。
「アヒャィ!? なんじゃこりゃ!? くんくん……これは、温泉……?」
 立ち昇る湯気が鼻をくすぐる。独特な香りは間違いなくそれだ。

「着きましたっ!!!」
「ヒャッ!??? 早ッ!? え、何で!? 嘘!? 罠は!?」
 コウモリプラグマが慌てふためき腰を抜かす。
 目の前にはつい数秒前まで下にいたはずのイナミがいるのだから仕方ない。
「流水は音を吸収してくれるんです! あなたの音波は効きませんよ!! 間欠泉でショートカットもできましたからね!」
「ヒャァァ!? んな反則だろ!!」
「卑怯者に言われたくありません!! これはあなたの身勝手で不幸にあった皆の分のお返しです、てりゃぁ!!」
 彼の頭より大きく凶悪な釘。それは罪の重さか、恨みの呪詛が集まったのか。
 因果応報、怪人のドタマをブスリと貫くのでであった。

七菱・烈狗

 街に響く不穏な放送。その内容を耳にしては七菱・烈狗(半人半妖の妖怪探偵・h00697)も驚愕の顔を隠せないようだ。
「えー!? あれもこれも全部洗脳拡声器だったの!?」
 周囲を注意深く眼で探ってみれば、確かに違和感のある位置にスピーカーなどが増設されていることに気が付く。
「いまから街中の隠された拡声器を探しても間に合わないし……そんなの一斉に使われたら、また皆がおかしくなっちゃう!」
 そう叫ぶと、烈狗の脳裏に封印していたはずの【おっさんの汚いハイレグ姿】がよぎる。
 思わずブルルと身震いすると、並々ならぬやる気を見せて拳を握った。
「折角助けたんだから、絶対に、絶対に止めないとダメだよね!!」



 電波塔に着いてみれば、思わずその大きさに天を仰ぐ。
「えー、思ってたよりも広いんだね。 これは一人じゃ無理そう……?」
「ヒャヒャヒャ! ほれほれどうしたァ! 間に合わなくなっても知らんぞォ! おおっと、手が滑ってスイッチを押してしまいそうだなァ!!」
「うーわ……性格悪いね……」
 遥か上の展望室から烈狗を見下ろすコウモリプラグマ。
 性格も悪ければ顔も悪い。その歪んだ表情は烈狗の美意識的にNG評価だ。
「あれ? もしかしてアレが……?」
 その手には、これ見よがしに起動スイッチが握られていた。
 恐らくはアレが街中の一斉起動キーなのだろう。

「うん、とにかくゴールは見えたね。 なら手数で手早く済ましちゃおうか、みんな出ておいで」
 烈狗が『パンパン』と二拍手すると、周囲には『ヒュ~ドロ』と古典的な妖怪囃子が奏でだす。
 すると、周囲の雑貨から家具、道行く犬猫までもがぐにゃりと形を変えて正体を見せる。
「やぁっと出番だ」
「きたぞきた」
「めでたや祭りや」
「それ踊れ」
 現れたのはなんともひょうきんで親しみ深い妖怪たち。
 頼んでもいないのに、楽しそうに盆踊りの列で烈狗を囲んでいた。
 それほどまでに出会えるのが嬉しいらしい。
 よほど好かれやすい体質なのだろう。あるいはその美形ゆえか。

「さぁさぁみんな、もっと楽しい事しようね。 ここに隠してある【洗脳拡声器】を探して、一番見つけた子にはご褒美を上げちゃおうかな」
「褒美とな」
「やれ嬉しや」
「われさき急げ」
 子供をあやすように手懐けると、彼らは一目散に電波塔の秘密を暴いていく。
 恐ろしいのは彼らが洗脳音波を喰らってもピンピンしていることだ。
 正確には、ハイレグ姿で踊りながらもおどけて動き回るのである。
 生来のひょうきんもの共には姿も形も関係ないらしい。
「わぁ! みんな楽しそう! やっぱり頼んで正解だったね!」

「ウヒャッ!? なんじゃありゃァ!? クソォ、あんな化物どもは無視だ無視!! こうなりゃ、大元の人間だけでも洗脳すれば消えるだろォ!!」
 忌々しそうに眼下を見張っていたコウモリプラグマだが、【罠】が機能しないとみるや痺れを切らして舞い降りる。
「ヒャッハー!! ダイレクトアタックだぜェ!! 手下を散らした今ならテメェは無防備だろォ!!」
「あっズルい! そっちから来るなんて聞いてないんだけど!」

 コウモリプラグマの両脚にそれぞれ握られた【洗脳拡声器】。
 何かの間違いでもない限り、絶対に防げない二連音波が烈狗を襲う。
 だがしかし何も変化も無い、気まずい空気が流れた。
「──────ヒャ? なんで平気なんだァ?」
「えーと、さぁ?」
 ところが当の烈狗もキョトンとした様子で互いに見つめ合っていた。

 その時、ひょこりと烈狗の着物のしたから妖怪が一匹転がり出してきた。
「エート、サァ?」
 烈狗の言葉をオウム返しするようなその妖怪こそ【山彦】。
 音を飲み込み、そして吐き出す妖怪だ。
 そう、敵の音波攻撃はコイツがまるっと吸収していたのである。
「あー山彦くんのおかげだったんだね。 ならさっきのお返しもお願いできるかな?」
 コクリと頷くと、喉袋をカエルのように一気に膨らませ、増幅した音波をコウモリプラグマへと吐き返した。

『ぽわわわわ~ん』
「ヒャギャァァァッ!? は、ハイレグ! ハイレ──────」
 空中でもろに食らった敵は、その場でハイレグポーズを繰り返す。
 それは同時に羽ばたくことを止めたことも意味する。
 真っ逆さまに落ちていくと、アスファルトに頭から突き刺さり動かなくなってしまった。
「やったね、お手柄! そうだ、みんなも戻っておいで! ご褒美を上げなくちゃね」
 勝利に喜ぶ烈狗とその仲間たちは、今日も楽しそうに笑い合うのであった。

カトル・ファルツア

 怪人の挑発的な放送が終わる。
 燻る燃えカスを悲し気に見つめていたカトル・ファルツア(ラセン使いを探す者・h01100)が顔を上げると、やるせないなとばかりにポツリと呟いた。
「仕方ねえな、まずはその隠してある拡声器ってやつをどうにかするか……」
 頭上で鳴り響いていたスピーカー。
 あれと同様に電波塔にも【罠】が待ち受けているのだろうと思案する。
「だが、どうやって罠を起動する気だ? まさか鳴りっぱなしじゃねえだろ?」
 そこで一つの仮説に辿り着く。
「そうか、【監視】してるって可能性があるな。 わざわざ電波塔を選んだのも、監視カメラの映像情報を集めるためなのかもしれねえ」
 そうに違いないと頷くと、カトルは広場に置いてきた【あるもの】を取りに羽ばたいていった。



 物静かな電波塔、誰もいないのではないかという静けさの中でジっと眼下を睨み付ける瞳があった。
「ヒャヒャ、誰ァも来やがらねェ。 まさか俺様の罠にビビってんのかァ? ヒャッヒャッヒャ、こんな腰抜けヒーローしかいないならここまでする必要もなかったかもなァ!!」
 卑怯にも展望室へ篭るコウモリプラグマが悦に入る。
 だが、彼は知らなかった。
 既にこの難攻不落の城には【侵入者】がいるということに──────

『ズルズル……』
 床を滑るように動く【ダンボール】。
 持ち手用に空いた小さな穴からは、周囲の気配を探るようにこれまた小さな瞳が覗いていた。
「やっぱりか、戦闘員とか手下は配置してねえ。 そして、起動ランプの点いた監視カメラ、予想的中だな」
 姿こそ見えないが、その声はまさにカトル本人。
 身体の小さな彼だからこそできる潜入術だ。

「見つけたぞ……! 遠隔操作しやすいよう、カメラの横につけてやがる」
 注意深く観察した結果、技能の法則性を完全に読み解く。
 そのまま、カメラの死角の外からスピリットガンを放ち、回転する魔弾が装置を破壊。
 それだけではない。特徴的なのはその破壊方法にあった。
 回転の力は捻じれを産み、破片などが落ちないようにしていたのである。
「このまま何も映らないカメラの画像に満足でもしておくんだな」
 壁の向こうにいる悪党に向かって吐き捨てると、カトルは再び潜入を進めていく。



「ヒャッハー!! もう我慢できねェ!! 根性無しのヒーローなんざ待っても無駄だァ!!」
 監視カメラと睨めっこしていたのか血走った目を擦る。
 コウモリプラグマが痺れを切らしたのだろう、起動スイッチに手を掛けていた。
「スイッチをッ! 押すぜ、今ここでェ!!」
 街がハイレグに侵食される、その瞬間──────

「させるかよ……行くぜ」
 怪人の背後から光の一線が奔る。
 破裂するような|衝撃音《ソニックブーム》が聞こえる頃には、コウモリプラグマが展望室のガラスを突き破って吹き飛んでいた。
「ヒャギャァァァァ!?」
 何が起きたのかも分からない怪人が錐揉み回転する身体をなんとか制御し滞空。
 しかしその羽根はボロボロに破け、折れ曲がった腰がそのダメージを物語っている。

「ひゃ、ひゃひ……何が……おき、たんだァ……?」
「お待ちかねのヒーローだよ。 さあ観念しな」
「ウヒャッ!? こ、こんな化け物とやってられっかァ!! 俺様は逃げるぜェ!! スイッチさえありゃ、この街はお終いだからなァ!! 外に出したことを後悔してな! ヒャヒャヒャ!!」
 よろよろと飛行しながらも、コウモリプラグマが煙幕を炊いて姿をくらまそうと試みる。

「しゃらくせえ……俺から逃げられると思うなよ!!」
 カトルが羽ばたくと、風雷が煙幕を包み込む。
「アビャビャビャ!? なんじゃこりゃァ!?」
 姿の有無など関係ない、範囲攻撃で確実に敵を拘束したのだ。
「テメェみてえな悪党は絶対に許さねえ!! ラセンの力だ! くたばりやがれ!!」
 風雷ごと真っ二つに叩き割る爪の弾丸が一閃。
「アギャァァァァ!!」
 切り身になった怪人はそれでもなおしぶとく叫んでいた。
「止めだ! 燃えやがれ、下衆野郎!!」
 汚物を焼却でもするように破壊の炎を二つ放つと、コウモリプラグマは跡形もなく消え去った。
 塵の一つも残らず、彼が居たという痕跡を完全に焼き払ったのだ。
「テメェ慈悲なんかくれてやらねえ」
 キッと鋭く細めたカトルの瞳は燃えている。悪を嫌う憎悪の眼だ。
 彼に見守られ、こうして街は徐々に平和を取り戻していくのであった。

ドミナス・ドミネート

 不穏な内容を電波に乗せるコウモリプラグマの挑戦状。
 それをまるで同業の仕事ぶりでも評価するようにドミナス・ドミネート(リストリクト団首領代理・h02576)の嬉しそうな声が聞こえて来る。
「どこからともなく響く不気味な声、そしてお約束のように最後は電波塔を占拠と……うーん、流石は腐ってもプラグマの怪人ね! 悪の組織としての流儀はきちんと弁えてるみたい!」
 どうやら彼女のお眼鏡にかなったらしく、うんうんとプロは多くは語らないとばかりに頷いていた。
「とはいえ、こちらも新興組織として負けてられないわね。 観ていてくださいパープル様! 貴方様の|僕《しもべ》こそ真の悪に相応しいと証明してみせますっ!!」
 空に浮かべた愛しき人の御姿に誓いを立てると、女幹部らしく背後の戦闘員達へ号令を上げる。
「さぁ行くわよ、あなた達!」
「ハイレグ! ハイレグ!」
「フフフ、いい子ね。 倒さずに生かしておいた甲斐があったわ」
 【洗脳拡声器】によって逆に洗脳されてしまった戦闘員達の気味悪い合唱が響くのであった。



 電波塔前、その入り口を戦闘員達が強引に蹴破っていく。
「ハイレグ!!」
「さぁ進みなさい。 ただの肉盾なんて勿体ない、こうして最後まで絞り尽くすくらい働いてもらうわ。 女王の働き蜂になれて嬉しいでしょう」
「ハイレグ! ハイレグ!」
 戦闘員達の真意は分からない。
 しかしその声は元気良く、滅私奉公の精神だけしか感じられぬ不自然さが不気味であった。

 ぞろぞろと先行部隊が進んでいくと、急に『ぽわわ』と怪音波が流れ出す。
 もしかしなくとも、偽装して隠してあった【洗脳拡声器】だ。
「ハイレェグ!?」
「は、ハイレグゥ!!」
 もろに食らった先行部隊が敵の洗脳に上書きされたのか、コチラへ敵意を向けて立ちはだかる。
 それを視たドミナスの支配下にある戦闘員は戸惑っているようだ。
 洗脳されていても同士討ちは本能的に嫌なのだろう。

「あらそう……でも関係ないわ、行きなさい。 女王に逆らった不穏分子なんていらないもの」
「は、ハイィ……」
 冷酷非情の命令に逆らえず、涙声の戦闘員達が敵の戦闘員達と血で血を洗う醜い争いを初めてしまった。
 狭い通路、対峙できる人数は限られる。
 その上で両者能力は同じ、互角の闘いのために中々決着は付かない。
「あなた達はそこで食い止めてないさい。 他は私に着いて来るように」
 拮抗しているとみるや、加勢もさせずドミナスは先を急ぐ。

 そのあまりにも人の心が無い冷徹ぶりには、監視カメラで覗いていたコウモリプラグマもドン引きしていた。
「ヒャヒ……あ、アイツやべェ……悪魔だぜ……」
 ガクガクと歯を鳴らし怯えていると、彼のいる展望室の扉から奇声が漏れ出して来た。
『ハイレグ! ハイレグ!』 
「ギャヒィィ!? もう来てるッ!?」
 悲鳴を上げると同時に扉が吹き飛び、奥からはヒールの音を鋭く鳴らす女王の姿。

「情けない鳴き声ね。 少しは評価してたのだけど、取り消しかしら。 それとも弁解の言葉でも聴かせてくれてもいいのだけど?」
「ギャヒャ!! て、テメェ、そんなに聞きてェなら俺の超音波をくら──────」
 挑発にのせられたコウモリプラグマが口を大きく開けた瞬間、ドミナスがクイと顎で指示を出す。
 すると彼女の背後からズラリと戦闘員達が躍り出て整列し、合唱のように声を合わせてハイレグコールを始めた。
『ハイレグ! ハイレグ!』
 ビリビリと空気を震わす大合唱にはさしものコウモリプラグマ一人では太刀打ちできず、耳を押さえて苦しみだした。

「ヒギャァァァ!! 俺様の耳はデリケートなんだぞ!! なにしやがんだァ!?」
 うずくまる怪人だが、それでもコチラをキッと睨み隙を見せない。
 だが、耳の聞こえない彼には死角があった。
 背後から忍び寄る不吉な影には気が付けなかったのである。
「フフフ、さぁパープル様の威光に平伏しなさい! リストリクト戦闘員の力を示すのよ!」
「ヒャ? ここにはプラグマの戦闘員し、ギャハァッ!?」
 不意打ちでケツを蹴られて情けなく転がるコウモリプラグマ。
 ドミナスの足元で突っ伏すと、トドメとばかりに鋭いヒールが彼を襲う。
「アヒャギィ!?」
「あらあら可哀想に……今からパープル様をお慕いするのであれば助けてあげなくもないけど?」
「あ、ギャ、プ、プラグマに栄光あれェェェェ!!」
「フフフ、まぁ! その忠誠心だけは合格点をあげようかしら。 じゃあね──────」
 ドミナスが別れの言葉を告げた途端、彼はリストリクトとプラグマの戦闘員達に惨たらしいリンチされるのであった。

星谷・瑞希
鳳崎・天麟

 怪人の放送、そのくぐもった声が壁の外から漏れ出して来る。
 そこは避難所の一画。着替えを済ませるために一時的に立ち寄っている場所だ。
「よし……と、着替え完了! お待たせ天麟!」
「はふぅ……やっぱり、いつも通りの格好も可愛いですね~!」
 そこに居たのはハイレグ服から解放された星谷・瑞希(大切な人を守る為に・h01477)と、その姿に恍惚な表情で見惚れる鳳崎・天麟(大切な人を守る為に戦う狩人・h01498)の仲良しコンビだ。
 激しい戦闘の後だというのに、二人の児童は何事も無かったかのような平時の笑顔を見せ合っている。
 特に天麟の方はネガティブだった頃の面影などウソのようにハイテンションで褒めちぎりまくり、これには瑞希も照れた様子ではにかんでしまう。

「あは♪ でも嬉しいけど、いつも見てるでしょ?」
「いーえ! 365日、瑞希はいつも違った魅力を見せてくれますから! 昨日の瑞希よりも今日の瑞希の方が強くて可愛いんです!」
「えへへ、そっか。 ちょっとは認めて貰えてるってことかな?」
「まぁ、もしも危ない時はわたくしが瑞希を守りますけどね!」
「んもう、やっぱりそうやって子供扱いするんだから」

 お決まりのようにそんなやり取りをすると、どちらが先というでもなく笑いが漏れ出る。
 互いの笑いにつられてクスクスと止め時の無い幸せな時間を過ごしていると、『ゴトゴト』と不審な物音が響き出してきた。
「あ、そうだ天麟……あの人達どうするの?」
 瑞希が扉を開いて、そこに転がっている音の正体を指差す。
『ムゴゴ、ムガァ!!』
 猿ぐつわをされて拘束された戦闘員達だ。
 未だに諦め悪く抜け出そうともがいているのが目に入る。

「もちろん、社会貢献させます。 悪事を働いたのなら罪を償わなければいけませんから」
「なるほど~。 天麟がそう言うなら頑張ってね皆! さぁ気を付けて進もう!」
 純粋無垢な瑞希がニコリと微笑むと、なんと邪気が払われるように戦闘員達も素直に言うことを聞き始めた。
 ただし、一部は天麟の態度へ抗議を示すように、あるいは散歩中の犬のように頑として動こうとはしない。
「あ、待ってください! まったく、さっさと行きますよ! 瑞希だけでは心配ですから、おらっ!」
 対する天麟は愚図る戦闘員のケツを蹴飛ばし、ズルズルと強引に引きずりながら追うのであった。



 電波塔に着くと、急に戦闘員達がソワソワと落ち着かない様子を見せ始めた。
 天麟はしっかりとその機微を感じ取り訝しでいたが、瑞希は気が付いていないようだ。
「この上に黒幕がいるんだよね? なら急がなきゃね天麟!」
 人のため平和のためと張り切る健気な瑞希だったが、そんな背中に待ったが掛かる。
「怪しいですね……瑞希、ここはコイツの出番ですよ」
 そう言うと、ゲシッと戦闘員を蹴飛ばし入り口へ踏み込ませる。
 すると『ぽわわ』という聞き馴染んだ怪音波が流れ出した。
「モゴッ!? モゴグレッ! モゴグレッ!」
 猿ぐつわの戦闘員は拘束されているのも構わず例の恥ずかしいポーズをし始める。
 天麟の予想的中、感応式のセンサーで【洗脳拡声器】が作動したらしい。

「わっ! 危なかった~、ありがとう天麟!」
「いいんですよ。 それにこうやってわたくし達の身代わりになれて、彼らも悦んでるみたいですし」
 その言葉通り、ハイレグポーズを繰り返す戦闘員の顔は清々しかった。
 逆に正気の戦闘員達は危機を感じて震えている。
 自業自得、自分たちが開発した兵器の威力だ。

「それなら良かった! でも音波は何処から出てたんだろう……? あっ、見つけた!」
 犠牲になった戦闘員の上方、アナウンス用のスピーカーに偽装していたのだ。 
 入り口側からでは死角になっており、手も出せなければ見つけにくいという厭らしい配置場所。
 いかにもあの性格悪いコウモリプラグマがやりそうなことである。
「困りましたね、あの場所では手出しできそうもありません。 壁にでも穴を開けましょうか?」
「大丈夫、ここは僕に任せてね!」
 意気揚々と瑞希が念を込めると、霊気の腕がにょきっと生えてくる。
 それは物質を任意で透過でもしているのか、入り口の壁越しに腕を突っ込み装置を直接握りつぶしてしまった。

「えへへ、どうかな?」
「なるほど、流石は瑞希ですね! その柔軟な発想、わたくしも参考にしましょう。 応えてください、ネガティブ・インビジブル!」
 天麟が目を瞑り問いかけると、壁の向こうから『どんより』と黒ずんだ珍しいインビジブルが沢山湧いてきた。
 霊体であるならば【洗脳拡声器】の影響を受けないのだろう。
「来ましたね……では、この囮を使って【罠】を見つけ次第破壊してください」
 天麟の言葉に頷くと、インビジブル達はふよふよと泳ぎ出す。
 そして彼らは尻尾を器用に戦闘員達へと巻き付け、連行しながら電波塔を探査していった。

『ぽわわ~』
 しばらくすると、例の音がいたるところで鳴り出していた。
 鳴ってもすぐに止むところをみるに、破壊も順調なようである。
「あらかた見つけたようですね。 さぁ瑞希、これなら安全に進めますよ」
「わぁ~、やっぱり天麟にはまだまだ敵わないね。 僕ももっと頑張らないと! 次は良い所を見せるからね!」
「ふふ、もう十分見せて貰ってますけどね」
 順調すぎる程の成功に、敵の本陣にいるとは思えない程穏やかな空気が流れる。
 だが、そんなことを敵もみすみす許すはずはなかった──────

『ヒャハハ!! オアツイねェお二人さん!!』
「これは怪人の声!? いったいどこから……!?」
 姿の見えない敵を探していると、入り口の大モニターに電源が入る。
『ヒャーハー! ここだよ、ここォ! 俺様のことを忘れてんじゃねぇっつの!!』
「わ! スピーカーだけじゃなかったんだね!」
「覗き見とは趣味が悪いですよ!」
 どうにも二人の世界に浸っているのが癪に障っていたらしい。
 嫉妬に燃えるコウモリプラグマは憎たらしそうに、さらに言葉を加えた。

『ヒャヒャヒャ! この俺様がお子様ごときに突破される【罠】なんて用意すると思ってんのかァ?』
「ふん、現に突破していますけど?」
「天麟はすごいからね!」
『ブワァカ! そいつは囮だよォ! テメェらの貴重なリソースを割くためのなァ!! 後ろを見てろォ!!』
 振り返ると、【洗脳拡声器】をぶら下げた無数の【コウモリ】が飛来しているところであった。

「そんな!?」
「あんなにいっぱい、どうしよう天麟!?」
「……このままでは囲まれ逃げられません……ならば一気に駆け抜けますよ! 変身!!」
 天麟の叫びとともに、いつぞやの異形へと姿を変えていく。
 丈夫な竜の翼、そして人を乗せても支えられる逞しい蜘蛛の脚。
「あーやだやだ……可愛い瑞希と楽しんでいたのに、怪人退治なんて……憂鬱ですね……せめて一緒にいてください」
 本音ともとれる愚痴をこぼしながら瑞希を背負うと、コウモリプラグマまでの最短距離、つまり電波塔の壁を駆け登り出す。

「わかった! 近付くコウモリのことは僕がサポートするね!」
 瑞希の眼が赤く灯ると、その両手に星の剣が出現。
 それを超人的な反応速度て放るとコウモリを貫通し引き裂いていく。
 さらに、空中で剣が霧散したかと思えば再び瑞希の手元に還っていた。
「瑞希は僕が守るんだ!!」
 尽きることの無い無限投擲が二人を守り続け、ついには難攻不落にも思われた展望室まで無事に到達を果たすことが出来た。



『ガシャン』
 窓をブチ破る侵入者を示す音。
 コウモリプラグマが振り返ると、そこには異形になったネガティブ・パラノイアとその背に跨る瑞希があった。
「ヒャハ!? ガキだと侮ってたが、どうも本気を出さなきゃならねェみたいだなァ!!」
「あー面倒ですね……まだ自分が勝てるとでも思ってるのですか……」
「僕と瑞希が揃えば超えられないものはないんだからね!」
「ケッ、甘酸っぱい惚気は飽き飽きなんだよォ!! 死ねェ!!」
 コウモリプラグマの全力の攻撃。
 物質を破壊し尽くす超音波だ。

「天麟は守るといったはずだよ! 今だ! 霊力解放!!」
 二人を包み込む大きなエネルギーバリアが張られ、周囲の床だけがひび割れ捲れていく。
 その対比が音波を完全に防げていると一目で分かった。
 これは赤い目の瑞希がバリアを書き換え続けているおかげなのだろう。 
 しかし、それでもコウモリプラグマは攻撃を緩めなかった。
 本人たちは無事でも建物ごと破壊してやろうという目論見に違いない。

「おっと……そろそろ床も限界ですね……はぁ情けない床……」
「う、く……このままじゃ僕達落ちちゃうのかな……?」
「瑞希……わたくしに力を……【アレ】を……」
「でも──────」
 絶体絶命のピンチ、その解決の糸口を示唆するように天麟が優しく語り掛ける。
 だが瑞希は戸惑うような仕草を見せていた。
 まるで彼女の負担を案じているようだ。
 それでも天麟の決意の籠った瞳に悟ったのだろう、瑞希は覚悟を決めて彼女のことを抱きしめた。

『ヒャハハハハ!! 最期のお別れかァ? 泣けるねェ!!』
 怪音波に混じる下卑た野次。
 だが、その声はすぐに恐怖に染まることになる。
「お願い……力を貸して、霊王シュリン!!」
 二人を包むエネルギーバリアは螺旋の模様を描く球体に変容し、やがて黄金三角形の高速回転へと至る。
 光が臨界へと達すると、それを突き破って神々しい姿へとさらなる進化を遂げた天麟が現れた。

「……回転の神髄、回転の心理、その到達点、お見せします……!!」
 霊王が黄金球を回転させて放つと、【空気の波】にすら干渉し己のものとしながら音波を掻き消していく。 
『ギャヒィ!? そんなのアリかよォ!? ガボッ!?』
 黄金球はその煩い口を塞いでギュルギュルと舌の根を巻き取る勢いで回転し続け止まらない。
『アガガガガガ!?』
 脳震盪では済まない継続ダメージが彼を襲い、攻撃の手が止んでいた。

「止めだ! てやぁぁぁぁ!!」
 霊王の背で星剣を構えた瑞希が迫る。
 光速で擦れ違いざまに切り伏せると、時差を生みながらコウモリプラグマの身体が真っ二つに割れていく。
『ギッ、ガハッ…プラグマに栄光あれェ!!!』
 断末魔を残し怪人は爆発四散。悪は完全に世を去った。



 まだ足場が無事なエリアに着地した二人。
 瑞希も天麟も普段の姿に戻っており、互いを支えるように肩を抱き合っていた。
「身体は大丈夫? かっこよかったよ、天麟」
「ええ、もう落ち着きました。 でも、もうちょっとだけ肩を貸してもらいますね」
 そう言うと、天麟が瑞希の方に頭を乗せ身体を預ける。
 ゆっくりと握った手の温もりを分け合いながら、電波塔から街を見下ろすのであった。

米満・満代

 公共電波をジャックして私利私欲にまみれた挑戦状を叩き付けるコウモリプラグマの声。
 だが憎たらしいソレを耳にしても米満・満代(マウンテンセレブ・h00060)は平然とした佇まいを崩さない。
 むしろ『やってしまいましたね』とばかりに憐みすら浮かべていた。
「【放送用】のスピーカーですか……あえてそれを使ってしまうとは運が無いですね」
 勝負する前から既に決したとばかりに溜息をこぼす。
 そして介錯してやるとばかりにキッと眼を細めて電波塔を睨み付けた。
「とはいえ、一般人に被害を出すわけにはいきませんし、一切の手加減はいたしません。 速攻で勝負を決めて差し上げましょう!」
 せめてもの敬意を払ってか、あるいは勝負への真剣さを示すものなのか、満代はスカートをつまんで深々とカーテシーを行っていた。

「まずは──────この【スピーカー】を拝借いたしましょうか」
 小柄な彼女がスッと手を伸ばし、届きもしないスピーカーに手を伸ばす。
 そして口を僅かに開いたかと思えば、聞き取れない【何か】を囁き始めた。
 呪文とも祝詞とも違う、ストーリーめいていてしかし支離滅裂で荒唐無稽な言葉の波。
 やがて彼女の言葉が【スピーカー】からも反響し始め、あろうことか周囲にある音の出る機器の全てに電波していった。

 当然ながら避難所もその範囲内。
 避難放送のスピーカーはもちろん、テレビに携帯スマホ、電子時計からカーナビにいたるまで、ありとあらゆるものが怪奇現象を引き起こしていたのである。
 現代社会だからこそ、強く、色濃く、その異変はぬるりと顔を見せていた。
「ひぃッ!? な、なんだこの不気味な声は!?」
「待って、他にも変な音が聞こえてこない……?」
「そんなバカな!? 敵は電波塔にいるんじゃなかったのか!?」
 中に居た者達は突然の怪現象に戸惑い恐怖し、混乱でもしたのか見えない敵を作りだしてしまう。

 だが、満代は否定することなくゆっくりと振り向いた。
「いいえ、【います】よ。 都市伝説は、そこに【ある】んです」
 影を落としたように表情の読めない彼女がボソリと呟く。
「怪奇、幽霊、妖怪、それらは人々が【認知】して初めて存在するのです。 ですので、あなた方がいると思ってしまったのなら──────」
 にたり、と普段の満代らしくない不敵な笑みを浮かべると、避難所の窓には魑魅魍魎の怪しい影がチラチラと過ぎっていた。

「イヤァァァァ!?」
「ば、バケモノ達に囲まれているぞ!?」
 多感な時期には誰もが通った怪談話。
 その【本物】を眼にしたとあれば、住民達の心の奥にしまっていた拭い切れない恐怖心が這い上がってきてしまう。
 大人になれば平気になるのではない、蓋をして見ないフリをしていただけなのだ。
 ただ一人を除いて──────
「どうして皆さんそんなに取り乱しているのですか? そんなことをしても【彼ら】を悦ばせるだけですよ?」
 満代の言葉通り、人々が泣き叫ぶほどに強く認知され、記憶に刻まれ、都市伝説達は力を増していく。
 恐怖を知らない満代だけが【彼ら】を制御できるのだ。

「ひぃぃ、頼む、助けてくれ! なぁアンタ! さっきみたいにさぁ!!」
 戦闘員から救われたことを例に持ち出し、避難所の住民が満代のもとへ殺到。
 口々に自分勝手な自己保身を述べていた。
「【彼ら】は別に危害を加えたりしないのですが……ではつまり、怖くなくなればいいんですね……?」
「やれるならサッサとやってくれ!!」
「本当にいいんですね? それでしたら──────」
 切羽詰まった人間達は後先も考えず無茶振りを強要。
 そこまで言われればと満代も渋々ながら解決策を施してやることに。

「繋いで──────『ラジオウェーブ』」
 そう囁くと、周囲の人間から鳴き声はピタリと止んだ。
 しかし代わりにブツブツと気味の悪い音声が流れだした。
 機器に伝播していたあの声だ。
「ラジオと皆さんを【繋げ】ました。 これでもう怖くないはずですよ」
 ニコリと微笑む満代。
 対称的に住民達は引きつった笑顔で謎の言葉を吐き続けていた。
 怖いのに怖くない、矛盾したような表情なのである。

「人は知らないもの、よく分からなかったものを恐怖の対象にするんです。 ですので、ご自身で語れば深く理解できますよね? ふふ」
 ラジオ人間にされた者達の顔は徐々に恍惚し、狂ったように興奮しだす。
 皆、狂気の沙汰としか思えない異常行動を起こし始めたのだ。
「あらまぁ良かったです。 みなさん元気が出たようですので、早速電波塔へ向かいましょうか」
 音頭を取ると、無数に蔓延る都市伝説とラジオ人間達を束ね、百鬼夜行が街を練り歩いて行った。



 コウモリプラグマは慄いていた。
 電波塔の展望室、その眼下には街を埋め尽くす異形の波が押し寄せているのだから。
「ヒャヒィ!? なんじゃありゃァ!?」
 正気を失った人間達。明らかに人ではないナニカ。そして先導する小柄な少女。
 思わず自分の眼を疑わずにはいられない光景である。
「ギャヒィ!? こ、こんなもんまともにやってられっかっつのォ!! 逆に洗脳して手駒にしちゃるわァ!!」
 電波塔にて待つと宣言しておきながら、不利を悟るや卑怯にも洗脳装置を起動。
 街中への無差別【洗脳拡声器】攻撃が始まる……はずであった。
「これで終わりだぜ! ヒャヒャヒャ! ヒャーヒャッヒャッ──────ヒャ?」

 一向に始まらない放送。
 むしろ彼のいる展望室のスピーカーが声を発し始めた。
『残念ですが、無駄ですよ』
「ヒャッ!? な、なんだこのガキの声!?」
 ハッとして思わず下を見ると、ジッと見つめ返す満代と視線が交差する。
「が、ガキ……コイツがやってんのかァ!? なんなんだよコイツはよォ!?」
 全ての機器は彼女によって都市伝説放送用に乗っ取られてしまっていたのだ。
 そうとは知らないコウモリプラグマは青ざめ冷や汗を滝のように零してしまう。

「クソッたれ!! 【罠】が効かねェなら直接テメェをぶっ潰すぜェ!!」
 窓を蹴破り飛び出すと、コウモリプラグマは一直線に満代へダイブ。
 鷹もビックリの急降下で鋭い爪を光らせた。
 ろくな武器も持たない彼女には成す術が無いだろう。
 彼女には、だが。

「──────」
 ブツブツと呟くラジオ人間達は、脳のリミッターでも外れているのか恐ろしい速度で人垣を築き、ドームのように満代を覆う。
 さらには空を漂う都市伝説達がコウモリプラグマを捕えて、雁字搦めに拘束してしまった。
「チックショウ、離しやがれェ!!」
「繰り返しになりますが、残念でしたね。 それも無駄なようです」
「こンのガキがァ!!」
 どれだけ藻掻こうと、彼女の身体には指一本たりと届かない。
 非力なはずの小娘など普段なら一瞬で蹴散らせるのにと、怪人は歯がゆさに顔を醜く歪める。
 だが、急に不敵な顔へと変貌し『あんぐり』と喉を見せつけた。

「ヒャッハー!! 手は届かねェが、俺様にはコレがあんのよォ!! 死ねェ!!」
 殺人音波で直接トドメを刺す作戦を隠し持っていたのだ。
「本当に残念でしたね、私に【声】で勝負したのは間違いでしたよ」
「ヒャ……?」
 彼女を守るラジオ人間達が、まるでチューニングでもしているように身体を小刻みに震わせる。
 そして今まで聴いたことの無い音波を発し始めた。
「|逆位相音波《ノイズキャンセリング》、これであなたの切り札も潰えました。 これで最期です……さぁ、お命頂戴いたします!!」
 満代が指を鳴らすと、コウモリプラグマに取りついていた都市伝説達が彼を貪っていく。
「ヒャギャァァァァ!!」
 彼に許されたのは、その断末魔のみであった。

「これで、あなたも新しい都市伝説の一つになれましたね。 大丈夫です、寂しくはありませんよ、私が【語って】あげますから──────」
 後日、正気に戻った住民達の間では、怪音波を発する怪異の話が流行ったのだという。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト