シナリオ

1
終演アクアリウム

#√汎神解剖機関 #執筆中

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●あえぐ
 泡。

 ごぼり、ぶくり、がぼ、喉から奇妙な音が続いている。それが肺腑から泡を吐き出している音だと気づいたのは、水を飲んでからだった。
 空気を求めて喉を掻き、水面を求めて手を伸ばす。足りない。脚に纏わりついてくる腕が、浮き上がることを許してくれない。
 ぐ、ぎゅ、呼吸とも悲鳴とも呼べないものが口から溢れる。溢れて、こぼれて――。

「――きゃははっ、ようやく静かになったわ!」
 ……水中で動かなくなった『それ』を背に。キュイキュイ鳴くイルカのような声ではしゃぐ、黒と赤、華やかなドレスの少女。くるくるステップを踏んで、最期にぶくりと上がった泡を見てごきげんに。彼女は水槽へと手を伸ばした。
 分厚いアクリルに手をつけて。沈んでくる、物言わぬ|それ《死体》を見て、指を唇に当て。

「うるさすぎるのは嫌よ。静かすぎるのも嫌。どっちにしても|雑音《ノイズ》まみれのくせして。バカみたい♥」
 にんまり笑む顔がアクリルに反射する。――その少女の背後に。身動ぎひとつせず、瞬きと呼吸だけを繰り返す女性が、ひとり壁に背を預け、座り込んでいる。くるりと踵を返した少女、彼女の側に歩み寄り立ち、その顔を覗き込む。どこも見てはいない空虚な眼差し――彼女の頬を掴んで、無理矢理に視線を合わせ。

「静かね。とっても」

 ――その日、ある水族館から、ありとあらゆる生命の音が消えた。

 原因不明、生物の大量死。職員一名が水槽内で遺体となって発見。また、職員一名が行方不明となっており――。

●ごきげんよう。
「『ごきげんよう』、皆様。夜遅くに失礼」
 丁寧に一礼をしてみせるのは、輝く海洋生物のインビジブルに囲まれたデッドライト・シリル・クールベ(窓・h08786)。深夜、ひとびとが寝静まる頃――とある水族館の前にて、船霊は立っている。

「水族館での一幕。閉館時間を過ぎた深夜、職員二名と館内ほぼ全ての生物が死滅する――そのような」
 顎に指を当て目を細める|彼《彼女》。僅かだが、風が荒れている。塩の匂い――海浜公園の中にある、海に程近いその水族館。これから悲劇が起きる前兆か、それとも、目の前の災厄の権能か。ともあれ。

「自分たちが、先手を。館内は暗く、殆ど灯りがありません。足元にはご注意を。……首謀者をどう探すかは、お任せしますが」
 ふわふわと漂ってくる海月を手のひらに乗せて、そして、握るように。切り裂かれるも、分裂するインビジブル――きらきら。

「ご注意ください。くれぐれも、お静かに。――『あれら』も、それを望んでいます」
 瞬く黒が振り返る。見える長い階段の先に……水族館が、海が、待っている。

「どうか、『開演』に間に合いますように。よい航海を」

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第1章 冒険 『暗中模索』


 潮の匂いがする夜風を避けるように、館内へと足を踏み入れる。閉館時間を過ぎたアクアリウムは異様に静かだ。
 非常灯などの最低限の灯りだけが目立ち、他の光源は殆ど無い。

 星詠み曰く、事件が起こるのは館内の大水槽。灯りさえ用意できれば、順路に沿って様子を窺うことも容易いだろう。

 歩くついで、夜の海洋生物たちを観察するのも良いかもしれない。普段は賑やかなタッチプール、海月の水槽群、深海魚の水槽。どの場所も今は、黙している。
マギー・ヤスラ
寧・ネコ

 とりたてて、海の生き物が好きというわけではない。だからといって意味もなく――いや――簒奪者曰く、『喧しいから殺す』などと。かわいそう、という言葉で収まるのならよかったが。生き物は生きている限り、大なり小なり喧しいのだ。それは生活音や日常で出す音だけではない。呼吸音であったり、それこそ心音であったり、生きている限り、音と命は切っても切り離せぬ存在だ。

 マギー・ヤスラ(葬送・h07070)と、彼女に抱えられた寧・ネコ(鎮魂・h07071)は静かな館内に耳をすましながら、軽く周囲を見回す。
 ――入って早々に見えるは古代から生きる巨大なサメの標本であった。それを横目に先に進めば、水族館の近海の生物が展示されている。

 静寂。水の音だけが響く中、彼女の歌は、ゆりかごのうたは館内に反響するように、小さくともよく響いた。ネコへと送られる祝福の歌。唇から紡がれる優しい声、揺籃、たゆたう水のように響く歌。
「……いってらっしゃい」
 マギーの腕から降りたネコ、静かな足音を立てながら先へと、トットッ、と軽い足音を立てながら早足で歩いていく。鼻をひくひく、細かな匂いを――潮や水の匂いではないものを探るため、逃さぬようにひくつかせながら。消灯された館内、暗い足元を照らすスマートフォンのライト。魚たちを驚かせないよう、光量を絞ったそれが床を照らす。

 ……身勝手で理不尽な簒奪者よりも、獣のほうが合理的だ。いや、獣ではないからこそ、非合理的な――己の欲求を「より深く」満たすための手段を取るのかもしれない。ネコは先を歩きながら、周囲の水槽に泳ぐ魚を見て思う。
「(|勿体ない《美味しそうな》ことこの上ない)」
 ――ふと、巨大なクエと目があった。あれもさばいてしまえば美味しい美味しいさかなであるが。どうせ殺すのならば、食ってやったほうがずっと善いはずだ……。

「ネコ、美味しそうなおさかながいるかもしれないけど、依頼が終わるまで我慢、ね?」
 その視線に気づいたか、遠くから聞こえてきたマギーの声。小さなけものの唇をちろっと舐める舌。歩くのを再開する。いや。別に。
「(腹が減っているわけではないぞ、マギー)」
 無言の抗議はちらりと振り返って、尻尾を振ることで。ああ、そうか、終わらせた後には、美味しいさかなが待っているかもしれない。

 ――この水族館が好きなひと。維持するために頑張っているひと。これから起きる――「はずだった」悲劇を考え、マギーは目を細める。人々に愛された末が、この『美しい世界』だ。そう、水槽に敷かれているこの砂ひとつぶにすら、誰かの思いが詰まっている。ネコの姿を見失わぬように歩きながら、薄っすらと明かりが灯っている水槽と中で泳ぐ魚たちを見る。
「……静かね」
 まるで、海の底にいるみたい。もちろん、海底に沈んだことはないし、溺れてしまいそうでいやだけれど。
 だって、泳げないのだから、|底《・》に辿り着いてしまったら、|そこ《・・》から浮き上がれる気がしないのだ。ほんのりと香る、雨とは違う水の匂いと音――。

 ふん。ネコの鼻が鳴る。――捕らえた。
 人々のものに混ざる、異なる匂い。それはどこか……石粉や、ビニールなどを含む、人のものとは異なる匂いだ。そう、まるで『おもちゃ』や『人形』のような匂い。……向かう先は、大水槽だ。
 にゃあ、と鳴いたネコ。察したマギーが歩く速度を早める。
 ネコは彼女に速度を合わせながらも、先を急ぐ。夜目が利く彼のあとを追い、一人と一匹の足音が館内に響く。

クラウス・イーザリー

 レギオンの駆動音。散開するそれらの行方は、順路を逆走するもの、沿うもの、上空から探るもの。
 暗視ゴーグルを着用し、前を見るクラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)。水の音とその反響だけが聞こえてくる館内。
 水族館自体、殆ど来たことがない。それはクラウスの出身もあってのことだろうか。ともあれ夜の水族館となれば尚更。
 近年であれば、連休等のタイミングで夜間にイベントとして営業することはあっても、それはこのような無人の世界とは程遠く。
 ――今は、だあれもいない。非常灯等の最低限の明かりだけが、『ここは人類の生活圏である』と証明しているかのようで。その僅かな光を受けてきらり、ぎんいろの鱗が輝いた。
 綺麗だ、と、ゴーグル越しでも見える魚体を見て思う。その視界を横切っていく魚群、薄っすらとした輪郭のインビジブルたち――この世のものではないような光景であった。

 しかしそれも、簒奪者が動き出せば失われてしまう光景。ありとあらゆる命は死に絶え、ここを泳ぐインビジブルたちも同様、『|それ《・・》』の養分となり消えていくことだろう。
 それを阻止するために、今、自分はここにいる。口を結び、己の目と、レギオンたちの反応を窺いながら歩みを進める。
 トンネル水槽を通れば、水底のような波紋が足元に映る。暗闇にふと映える鮮やかな水の反射と蒼。物言わぬ魚たちはクラウスの様子を気にすることなく、自由に……そう。自由に泳いで、ぐるりと頭上を魚影が過ぎ去った。

 ……少し先を進ませていたレギオンが感知したのは、人の気配。人間か、先行している√能力者か、それとも災厄か。ともあれ放って置くわけにはいかない。クラウスは歩く速度を早めて進む。
 できれば次は、明るい光の中で。賑やかさという波に揉まれながら、館内を見回りたい、なんて。
 ――耳元で、小さなビープ音が響く。他のレギオンからの反応。――館内にいるはずの人間よりも、『人型』が多いようだ。