シナリオ

星燦と踊れ、英雄主義

#√マスクド・ヒーロー #シデレウスカード #ピスケス

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 #√マスクド・ヒーロー
 #シデレウスカード
 #ピスケス

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●星空
 如何なる√においても星は輝く。
 星の瞬きは、標。
 であれば、手にした一対のカードは偶然を重ねて必然に至るのだろう。
「やっぱりそうだ」
 小さく呟いた男がいた。
 男の手にあるのは、一対のカードだった。
 一枚には、女性の姿。
 もう一枚には、双魚の姿。
 それは『シレデウスカード』と呼ばれる変身の力を宿したカードであることを、男は知らなかった。

 偶然だったのは、彼が『十二星座』の『魚座』のカードを手に入れたこと。
 必然だったのは、彼が『英雄』の『アンティゴネ』のカードを手にしたこと。
「弟は確かに許されざることをしたのだろう。無辜なる人々を襲ったのだろうし、人を傷つけたし、騙した……けれど、俺にとっては唯一人の弟だった」
 彼はやはり小さくつぶやき続けていた。
 人の往来続く街中。
 彼に家族と呼べるものは、弟しかいなかった。

 確かに裕福とは言いがたかったし、お世辞にも良い家庭環境ではなかった。
 事故で他界した両親たちの代わりに幼い弟を懸命に守ってきたつもりだった。
 進学も諦めて働くことを選んだ。
 弟は負い目を感じているようだったが、それは己が選んだ道だったのだから、何も恥じることはなかったし、悔いることもなかった。
 もしも、弟が己の兄だったのならば、きっと己と同じようにしただろうと思えた。
「だから、だ。だから、弟が何故」
 両親から与えられなかった愛情を弟に与えようとした。
 人として横道に逸れるような弟ではなかった。

 けれど、弟は怪人として人を襲っていた。
 なんでそんなことをしたのかわからない。
 弟が怪人となったのならば、当然、ヒーローたちは戦うだろう。その結果、弟は死んだ。
 それは、結果でしかない。
 わかっている。
 理解もしている。だが、感情が理解を拒む。
 結局、最後まで弟が何故怪人となったのかはわからなかった。
 ヒーローたちも、わからないと言った。
 わかっている。
 これはお門違いな怒りだってことは。
 たった一人の肉親をヒーローに殺された。これから己がしようとしていることは、見当違いな復讐劇だっていうことは承知している。

「許せないんだ。ヒーロー。俺はお前たちが許せない。理屈じゃない。感情の話なんだ」
 復讐は何も生まないと言うものが居る。
 立派なことだと思う。
 その言葉で復讐を辞めるものだっているのだろう。
 わかっている。
 けれど、己は飲み込めなかった。飲み干せなかった。
 飲み干せなかった感情は、腹の底にたまり、また溢れ出していく。どうしようもない感情は吐き出すしかないのだ。

「だから、ヒーロー。俺をお前たちは許さなくていい。弟が死なねばならなかったこと、死んでしまったこと。納得したいだけなんだ――」

●星詠み
 満月のような金色の瞳だった。
 燃えるような赤い髪が揺れて、星詠みである レッド・ウーレン(赤羅紗の魔術師・h08903)は気だるげに、己の長い髪、その毛先を指先で弄び、息を吐き出した。
「ねえ、あなたたちは『シデレウスカード』って知ってるかしら?」
 その言葉に幾人かの√能力者たちは頷いただろう。

『シデレウスカード』。
 それは謎めいたゾーク12神の一柱『ドロッサス・タウラス』によって、変身の力を宿した一組のカードである。
 それを手にした男が事件を起こすことを彼女は予知したようだった。
「一対のカードってわけ。一枚では意味をなさないし、力も発揮しないもの。けれど、偶然か必然か『十二星座』と『英雄』のカードが揃ってしまったようなのよね」
 彼女は溜息をまた吐き出した。
「それで、その男ってのが、どうやら逆恨みでヒーローの家族を見つけ出して襲ってしまうらしいのよ」
 逆恨み? と√能力者たちは訝しむ。
 レッド・ウーレンは、はぁ、とまたつまらなそうに息を吐き出した。

「どうも男の肉親、弟というのが秘密結社『プラグマ』の怪人になってしまって、それをヒーローが倒したっていう経緯があるみたい。兄である男からすれば、怪人になってしまったとは言え、唯一の肉親である弟を殺されたってわけ。それで」
 どういう経緯からか、ヒーローの家族を見つけてしまったのだ。
 彼――『ピスケスアンティゴネ・シレデウス』は、ヒーローの家族を襲撃する。
 まずは、これを守らねばならない。
「もっと割り切れればよかったんでしょうけどね。まあ、それができないから感情なんてものを人間は捨てきれないのよね。まあ、そういうわけだから」
 レッド・ウーレンは、そう言ってひらひらと√能力者たちに手を振る。
「え? それだけか、って? しょうがないじゃない。私が視たのは、そこまでなんだから。後は、あなた達の選択次第。そうでしょう――?」

マスターより

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第1章 冒険 『ヒーローの家族を護れ!』


 眼の前には笑顔の一家族があった。
 街中には、家族で連れ立つものたちがいる。
 わかっている。
 これが、よくないことだということは。
 でも、止められないのだ。
 感情に蓋ができない。なぜなら、納得できていないからだ。
 まだ、弟が怪人になった理由がわからない。
 だから、己は納得できない。
 その限りにおいて、己は復讐者としての目的を得たのだ。そして、手段は、この手の中に一対のカードとして宿っている。

 腰に展開したカードアクセプターのスリットに男は二枚のカードを差し込んだ。
「あんたたちは、ヒーローの身内、なんだろう? だから、ヒーローにも納得してほしいんだ。俺が怪人であることを――変身……ッ」
 男の姿が光と共に変わっていく
 手にしたのは、一振りの巨大な槌。
 歪に歪んだ体躯は、赤と青とまだらに染まっていた。

 その姿は、星座と英雄の特徴を併せ持つ怪人『シデレウス』……『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』――。
アザレア・マーシー

 肉親というものがどんなものであるのかを、アザレア・マーシー(羅紗の聖戦士・h08890)は理屈でしかしらない。
 実感できない。
 なぜなら、彼女は『肉親』というものを欠落しているからだ。
 その欠落は埋まらない。
 彼女が√能力者である限り、決して埋まることはない。

 そんな彼女の眼の前には怪人がいる。
 シデレウスカード。
 英雄と十二星座のカードの力に寄って変身した男……今は『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』である。
 赤と青の斑模様の体躯。
 その身からほとばしる感情は、怒りだっただろうか。
「ヒーローは当然のこと、怪人にも家族はあってしかるべきですよね」
 生命として生まれたからには、当然親がいる。
 親無き生命などない。
 だから、と思う。
 例え、欠落していたとしても、それが大事なものなのだとアザレアは理屈で理解していた。
 実感はできない。

「あなたの怒りは私には理解できません。せめて、貴方との邂逅で何かをつかめれば良いのですが」
 その言葉に、あの嘗ての同僚であり、今も同志と思う星詠みならば、きっと「まじめすぎるわよねぇ。もっと肩の力抜いたら? 揉む?」と返してきそうなものだと思った。
 アザレアは既にヒーローの家族と接触していた。
 街中で怪人『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』が家族を狙うのならば、近くにいることが大事だと思ったのだ。
 それは正しい。
 それにアザレアは、ヒーローの家族の子供らと歳が親しい。
 近くにいても不自然さはないだろう。

「けれど、思った以上に早かったですね。そんなにも、あなたは」
「俺は納得したいだけだ。どうして弟が死なねばならなかったのか。何故怪人になってしまったのか。そして……」
 迫る赤と青の斑の怪人。
 踏み込んだ突進能力は常人のそれではない。
 やはりシデレウスカードによる身体能力の強化が及んでいるのだろう。
 正しく怪人と呼ばれるだけの存在であることをアザレアは知っただろう。

「知ってほしい! 家族を失う苦しみを! 哀しみを! 辛さを! 俺と共有してくれ!!」
 その言葉と共に迫る『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』にアザレアは被る。
 やはり、わからない。
 理解できない。
 理屈でわかっていても、という思いが彼女の中に駆け巡っていく。
 敵は己の存在で注意を引き付けることができる。だが、それでも暴れまわる怪人を抑え込むことはできない。
「この怪人は私が惹きつけます。あなたたちは、安全な場所へ」
 ヒーローの家族にアザレアは呼びかけながら、己を囮として逆恨みの激情にかられた怪人を引き付けるのだった――。

クラウス・イーザリー

 誰かの死は理屈ではないのだと知っている。
 感情を理屈で抑え込めることなどできない。仮にできたように見えたとして、それはやはり仮初めでしかないのだ。
 いつしか感情は理屈を凌駕する。
 人間とはそういうものだ。
 クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は、痛いほどにそれを理解していた。
 亡くした者がいる。
 彼にとっても、その事実は受け入れなければならないことだった。

「どうして自分の大切な人がしななければいけなかったのか」
 考えるしかない。
 ずっとずっと頭の隅で思考が巡っている。
「……どうして、自分じゃなかったのか」
 その問いかけは、頭の中で、どうして自分だったのか、という思考にすり替わっていく。
 どれだけ理屈と思考を重ねたとて、現実に残っているのは、大切な人が死んだという『事実』だけだ。
 だからこそ、クラウスは『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』へと変身した男を止めねばならないと思った。
 彼は言った。
 納得しただけだ、と。
 弟の死を納得したいのだ、と。
「どうしてあいつが死ななければならなかった。どうして怪人になってしまったのか。そして、どうしてヒーロー……お前たちの家族は生きていて、俺の家族は!」
 その言葉にクラウスは飛び込んだ。

 瞳にインビジブルの孤影が揺らめく。 
 引き出されたエネルギーと共に、クラウスは√能力である|氷の跳躍《フリーズリープ》によって『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』とヒーローの家族の間に揺蕩うインビジブルを入れ替え、割り込んだ。
 振るわれた拳をクラウスは腕を交差させて受け止めた。
「邪魔を!」
「俺では君を納得させることはできない」
「なら、どけよ! できないっていうんなら、間に入ってくるな! これは! 俺と!」
「……すまない」
 交差させた腕で受け止めた拳をクラウスは弾き返し、踏み込む。
「ただ、家族を喪って悲しむ人を出したくないんだ」
 これは感情と感情の話だ。
 だから、クラウスもまた理屈を捨てた。
 感情で向き合う。
 例え、それが愚かしいのだとしても、クラウスにできることあhそれだけだった。

 間に入ったクラウスを『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は睨めつける。
 許されざる闖入者に怒りを募らせているようだった。
「……説得、できたらよかったんだけどな」
「どけよ! 俺は……ッ」
 放たれたワイヤーと電撃鞭で『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』のうj誤記を阻みながら、クラウスはどうしようもない無力感に苛まれる。
 感情で感情に相対したように。
 力には力でしか阻止することしかできない。
 クラウスは歯噛みする。
 もしも、と思う。
 もしも、自分でなくて『彼』だったのならば、うまくやれたのだろうか、と。

 考えても詮無きことだ。
 けれど、それでもと思い続けてしまう。
 これもまた感情なのだ。クラウスは、歯噛みした己の歯列が軋む音を聞きながら怪人の猛攻からヒーローの家族を遠ざけるために立ち続けるしかなかった――。

常夢・ラディエ

 たった一人の弟だった。
 家族という繋がりは、結局の所言葉でしかないのだろう。
 それを実感できているからこそ、人は社会という箱の中にあっても孤独を感じなくて済む。
 けれど、それが失われてしまったのならば?
 もう二度と取り戻すことができないというのならば?
 狂おしい程の感情が込み上げてくる。
 この感情に振り回されて、これからも生きていかねばならないのか。 
「こんな悲しみばかりが、人にあるのなら、俺は……!」
『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』へと変貌した男は叫ぶ。

 慟哭と言ってもいい。
 その声を聞き、常夢・ラディエ(惰眠・h08858)は、眠るような……いや、事実眠ったまま寝言のように呟いた。
「そうだねぇ。大事な人がいなくなるのは悲しいね~」
 彼女はゆらりと夢遊病者のような足取りでヒーローの家族と『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の間に立った。
「だからって他の子を叩こうとするのは良くないと思うな~」
「知ったことかよ! 俺は!」
「でも、きみはそれがいけないことだってわかってるんだよね~?」
 眠っているような様子であるというのに、彼女は言い切った。
「……いけない、こと、だと? これが? 正当な、復讐だ! これは!」
「でも、だったらどうして」
 彼女は踏み込む。

 一歩。
 まるで散歩に出るような気安さで彼女は『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』に踏み込んだ。
 反射的に振るわれた拳を彼女は受け止めた。
「こうして拳を振るっているのかな? その大きな槌なら、簡単なはずだよ~なのに、それを使わないってことは~……落ち着くまで、ぼくと遊ぼうか~」
 受け止めた拳を握りしめ、もう片方の拳を握りしめた。
 振るう拳の一撃に『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の体が揺れる。
 だが、握りしめた拳が吹き飛ぶことを許さない。
「……ッ!!!」
「溜まったものは吐き出さないとねぇ」
 互いに殴打が応酬される。
 手で払い、受け止め、また離れる。
 距離を離しても、拳での応酬は変わらなかった。やはり、と思う。
「どうしようもないことってあるよね~」
「だったら、それを全部飲み込めというのかよ。全部、なかったことになんてできやしないっていうのに!」
「だからって、いじめていいことにはならないから~」
「この感情の置き場を教えてくれよ! どうすれば、この感情はなくなるんだよ! どうすれば、俺は!」
「うん。それは誰にもわからないことなんだよ。教えてあげられることかもしれないけれど、自分にしかわからないことだから~」
 そう、他人の心を全て理解することはできない。
 兄と弟がそうであったように。

 どうして弟は怪人になったのか。
 兄はどうしてそれを知ることができなかったのか。
 わからないことばかりだ。
 世界で唯一の血縁者であっても、全ては理解できない。
 だから、と彼女は拳を握りしめ、叩きつけた。
「その思いの丈を、ぼくが聞いてあげるね~」
 振るう一撃は赤と青の斑模様の体躯を吹き飛ばし、眠るように揺れる体躯が立ちはだかり続けた――。

真心・観千流

 ヒーローは怪人と戦う。
 怪人は、秘密結社『プラグマ』は人の絆を攻撃する。
 なぜなら、それが最も有効な手段であるからだ。確かにヒーローは巨大な力を持ち得るだろう。
 燃える正義の心で、人々を支配戦とする『プラグマ』に抗するだけの力を振るうのだろう。
 脅威であると言える。
 だからこそ、だ。
 ヒーローの心を折るためには、彼ら自身を攻撃する必要はない。
 彼らではなく、彼らの周囲にいる身近な者たちを攻撃すればいい。そして、怪人はどこからでも現れる。
 隣に歩く道行く人からも、隣人からも、同僚からも。
 彼らは『プラグマ』によって家族を人質に取られる。
 否応なしに、戦いに駆り立てられる。

『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』と変身した男の弟もそうだったのかもしれない。
 かもしれない、というのは、可能性の話でしかない。
 どれが正しくて、どれが正しくないのか。
 それは彼自身の脳を制御下においた真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)にもわからないことだった。
「苦しみを共有してほしいですか」
「ヒーローに、理解してほしいだけだ」
 動きが止まる。
 だが、怪人の体躯、その赤と青のまだら模様が蠢き、√能力による制御下を逃れようとしている。

 軋む体躯。
「では、させてあげましょう」
 今、『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の脳には幻影が見せられている。
 彼が達成しようとした目的――ヒーローの家族の惨殺である。
 血に塗れた手。
 怒りに燃える瞳。
 それを見やり、『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は、それが己自身であると知っただろう。
「次は、貴方が共有する番です」
 彼女の声が響く。
 見下ろせば、そこに倒れているのは、血まみれの弟だった。
 怪人となった姿。

 今まで見ていた幻影の全てが弟と重なる。
 自らの手で殺したのは弟だった。
 怪人となった弟。
 いくつもの感情が流れ込む。それは走馬灯と言ってもいいものだったかもしれない。
「好き好んで、ヒーローが殺しをしているとお思いですか?」
「お前に何がわかる」
「家族が怪人になれば自分の手で殺すしかない、そんな恐怖と戦っているんです」
「俺は、兄貴だ。もしも、俺がそうなら」
「殺せると? できますか? それがあなたに」
 彼女の言葉に『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は頷いた。
 殺せる、と。 
 それが怪人化による思考の先鋭化によるものなのかはわからない。
 兄として弟の不始末をつける、という意味があったのかもわからない。けれど、互いを理解するためには、多くを共有しなければならない。

 また同時に観千流は思う。
「勉強になりましたね」
 そこに真実はなかった。
 見せた幻影は真ではない。あり得たかも知れない可能性でしかない。
 怒りや憎しみは恐怖では薄れない。
 寄せ付けない。
 だが、それでも知ることはできるのだ――。

ケヴィン・ランツ・アブレイズ

「あァ、喪う苦しみってのは俺も覚えがあるぜ」
 ケヴィン・ランツ・アブレイズ(“総て碧”の・h00283)は過去を思う。
 それは年月にすれば三年という月日であった。
 僅かに陰ることもない記憶である。
 失われた者たちのことを誰一人として忘れることはできなかった。
 父親、母親、兄弟姉妹。
 同じく騎士見習いだった仲間たち。友人たち。そして。
 多くを喪った。
 喪って、喪って、喪い続けてなお、それでも己は生きているのだ。
「だったらなんだ。お前は俺のことを知らない。俺もお前のことなど知らない」
 怪人『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の言葉にケヴィンは頷いた。

 そうだ。 
 そのとおりだ。己は彼のことを知らない。
 だからこそ、この心に空いた穴のようなものの形を互いに見る事はできても、それを正しく伝えることができないのだ。
「それは確かにヒトとして当然の情だよな。その苦しみ、理不尽を『なぜ』と。糾してェのは、わかるよ」
「いいや、わからない。俺のことなど、誰も!」
「そうかな。本当にそうか? 全部理解できなければ、理解できていねぇってことだと思うか? 欠片とて理解しようと務めるからこそ、ヒトってのは他者を受け入れることができるんじゃあねェのか?」
 ケヴィンは『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』と組み合う。
 ぎりぎりと互いの腕が軋みを上げる。
 尋常ならざるパワー同士である。

 額を叩きつけ、火花が散る。
 ぐらりと揺れる視界。その中で互いに一歩も譲らなかった。
「だがよ、ソイツを他者に押し付けるのはいただけねェ」
「他人なんてのは、そういうものだろう。事情を知ったから、何かできると思うか? 慮ることができるか? そうでないから、怪人は排斥されるんだろうが!」
 打ち付けられる額。
 また火花が散った。
「歓喜より苦難が勝る人生に憤る気持ちに蓋をできねェだけならいざ知らず、他者の可能性ある未来を閉ざそうとするのは看過できねェ、そういう話だよ!」
 右目に竜漿が集約され、激しく燃え上がる。
 ケヴィンは一瞬の火花のうちに組み合った手を振りほどき、拳を握りしめた。
「どうあっても引き下がらねェってンなら……俺がアンタの相手になる。覚悟はいいかィ?」
 振るった一撃が『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の頬を打ち据える。
 痛む拳。
 それは同じ喪失を知った者同士、何故理解しあうことができなにのかという慟哭にも似ていた、ような、気がした――。

不破・鏡子

 復讐は、肯定されるべきものであっただろうか。
 失われたものがあって、それが贖うことのできぬものであった時、人は如何にするだろうか。
 対価か。
 それとも時間か。
 いずれにしても、戻っては来ない。
 生命とは、それほどまでに重たいものなのだ。
 奪ったものではなく、奪われたものに重くのしかかる。だからこそ、人は復讐を選ぶ。
 感情は荒れ狂う。
 怒りが満ちて、どうしようもなくなる。
 それ以外のことができなくなってしまう。
 そういうものなのだと不破・鏡子(人間(√マスクド・ヒーロー)のマスクド・ヒーロー・h00886)は理解していた。

 きっと『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』となった男の胸中は怒りで満たされているのだろう。
「……心が納得できないのね」
 彼女の言葉に『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は頷いたように思えた。
 赤と青の斑模様。
 その体躯を軋ませながら、一歩、また一歩とヒーローの家族に近づいていく。
 怪人になって悪事を働いたのならば、裁かれても仕方ない。
 それは理屈だ。
 ただの理屈で、ただの言葉でしかない。
 感情が、否と突きつけている。
 確かに復讐だけが、男の心を癒やしてくれるのだろう。
「けれど、余計な罪と実質無関係な人を傷つけた後悔が残るだけ」
「無関係な人間などいない。誰もが無関係でいられないのが社会だろう。お前たちは見てみぬふりをしただけだ。それもまた無関係といえるか? 己だけが正しい側にいられると思えるか!」

 振るわれる拳をフルフェイスのマスクが受け止める。
 亀裂が走るフェイスの奥で鏡子は瞳を輝かせた。
 そう、例え、そこにどんな因果があるのだとしても。
「あなたが取り返しのつかないことをする前に止める!」
「止めて見せろよ、ヒーロー! お前達のやっていることは、正義でもなんでもない。ただ、自分の我を通す! 俺となんら変わりなどないだろうが!」
 振るわれる拳と拳が交錯する。
 火花が散りながら拳が互いの体に叩きつけられる。
 鏡子は立ちふさがり続ける。
 これ以上傷つけさせはしない。

 変わりないと、『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は言った。
 ヒーローと怪人。
 そこには我しかないのだと。
 邪魔立てするのならば排除せんとする怪人と、それを力付くでも止めようとするヒーロー。
 確かに変わりはないのだろう。
 けれど、結果は違う。
 止めて救われる生命がある。
 なら、と鏡子は、インビジブルの孤影揺らめく瞳と共に|百錬自得拳《エアガイツ・コンビネーション》と共に『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』との拳の応酬を続け、火花を散らしながら、その誰も救わない道に踏み込もうとする彼を止めるのだった――。

八百夜・刑部

 兄というものは、後から生まれてくる者たちを守るために彼らより大きくて強いのだ。
 であれば、弟とはどれだけ図体が大きくなろうとも昔日の頃より何一つ変わらない存在であるとも言える。
 それは時として侮ることもあるだろう。
 まだまだだな、と認めたくないものもあるだろう。
 けれど、一貫して言えることがある。
 弟とは守らねばならない存在なのだ。
 どれだけ時が過ぎても、成長しても。

 だから『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は怒りに満ちていた。
 弟を殺されたこと。
 弟を守れなかったこと。
 一体どちらが先だったのかはわからない。わからないが、己の胸に渦巻く怒りだけが正しかったのだ。
 故に彼はヒーローの家族を襲う。
 逆恨みだということは明白である。
 語られたとおりだ。
 だからこそ。
「ヒーロー、俺を殺してみろよ。弟と同じように。怪人だと、そう言って殺してみろ!」
「……お前は生かす」
 立ちふさがる八百夜・刑部(半人半妖(化け狸)の汚職警官・h00547)は静かにそう言い切った。
 何故、と思うだろう。
「怪人になった理由も知らないんだろう? もしかすれば、強制的に怪人にさせられたかもしれないだろう?」
「その言葉に真実はあるのか? わからないだろう。お前達自身もわからないことだ。なら、この怒りは!」
「それでその怒りをヒーローの家族にぶつける、ってか? そんで恨み殺されて、一抜けしようってんだろう。あの世で弟に会えるってか? それは、楽な方に逃げただけだろ」
 刑部は言い切った。

 全て言い切った。
 それは痛烈な物言いであったし、指すような言葉だった。
「お前に何がわかる。知ったような口を、聞く!」
 振るわれる拳を刑部は頬で受け止めた。
 血が唇の端からこぼれた。
 鉄の味がする。苦々しい味だ。だが、この苦々しさが今は刑部にとっては救いであったのかもしれない。
 それでも何も、何一つ救われていないのだ。
「わかるか? オレがこんなことをいうのは。そりゃあな! オレのがもっと救われてねえからだよ!」
 振るわれるは巨大な狸の手だった。
 √能力で変化した腕。
 その一撃が『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の頭部をはたき落とす。

「グッ……!」
「お前の理屈じゃ、他人に同じ苦しみを理解してほしいってことだったか? わかったかよ! これで! だが、まだまだだ! とりあえず、ムカツクからもう一回殴られとけ!」
 振るわれる狸の手。
 ギ、と『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の瞳が輝く。
 どうして己よりお前が苦しいと言い切れる。
 己の感情は己しか理解できない。
 理解を求めておきながら、理解されないことを理解しているという矛盾。
 そして、刑部の言葉は彼の心の真芯を捉えていた。
 そのとおりだ。 
 復讐は楽な道だ。
 正しくないから、楽な道だとも言える。だが、人の心は流される。
 水が上から下に流れるのと同じように、ただの道理でしかない。
 だからこそ、この男のことが心底。
「気に入らないッ!!」
「だったら、やってみせろよ!」
 激突する互いの拳が火花を散らした――。

ラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん

 怪人となったものは、もう手遅れだったのだろう、とラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん(サティー・リドナーの元Ankerの「天使」・h06597)は思う。
 その力は、他者を害する力だ。
 使い道を誤れば強大な力とは常に誰かを害するものとなる。
 なぜなら、無秩序だからだ。
 怪人となった弟もまたその類だったのだろうと予想ができる。

 人々に危害を加え、悪事に手を染める。
 頼る兄に言えず、懊悩はただひたすらに彼の人間性を削っていったのかもしれない。
 後戻りできない道は、誰も手が届かない。
 進むしかないのだ。
 そうなった時、ヒーローができることは何か。
「止めてあげることだけなのかもしれないね」
「止める? 殺すことがか!」
 相対する『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の拳とラディールの拳が激突する。

「ヒーローは正当房ええいで生命を、周囲に脅かす危険を排除した。怪人となった時点で心は悪に染まり倒すしかない」
「そんな言い訳!」
「魂は救えなかったというのならば、確かにそうなのだろう」
 拳と拳がぶつかる音が重く周囲に響いている。
 背にはヒーローの家族たち。
 守らねばならない。
 ラディールは、ただそう思っていた。
 そう、弟と同じ罪を兄が為すというのならば、なんとしても彼らを守らねばならない。
 なぜなら、彼らは『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』となった男にとって、唯一現実に繋ぎ止めるものであったからだ。

 もしも、復讐を遂げてしまえば、男は戻れない。
 悪の道を邁進するという意味ではない。
 満たされてしまう。
 全てを投げ出してしまうという暴挙に出るかもしれない。
 だからこそ、ラディールは思う。
「開き直るなよ、ヒーロー! 救えなかったことを肯定するな! お前達自身が、それを!」
「そうだね。望まないで別の存在になってしまったボクは、絶望しなかった。なら、君の弟のことを理解できるとは思わない。けれど」
「弟のことを口にするな!」
「いいや、する。なぜなら、君は兄なのだろう。他ならぬ君こそが」
 √能力の発露。
 瞳にインビジブルの孤影がゆらめき、エネルギーを引き出した拳が『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の拳を弾き飛ばす。

「弟の心の弱さを、その意味を理解してあげれたら良かったんだ。どうして弟は身だけでなく、心まで怪人になってしまったんだろうね。それが秘密結社『プラグマ』の恐ろしさだよ。弱かっただけなら、弟は止まることができたんだ」
「あいつは、そんなんじゃない! そうじゃなかったんだ!」
「だろうね。だから、利用された。君が弟を思っていたように、弟も君を思っていたとは思わないかい。人の心には善性がある。確かに悪性を本質とするのかもしれない」
 けれど、とラディールは打ち合う拳が砕け散りながらも、互いに見つめた。
「今の君は、弱い。君よりも弱者を見つけて、踏みにじろうとしている」
 だから。
「覚悟して――」

第2章 冒険 『シデレウスカードの所有者を追え』


 怪人『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は赤と青の斑模様の体躯を震わせ、その手に巨槌を握りしめた。
 拳同士の激突。
 埒があかぬと思ったのだろう。
 その心は、弱さを肯定しながら強さを振りかざす。
 そう、弱いだけであったのならば、人は他者を害することなどない。
「俺は、俺自身が最も許せない。あいつを追い詰めてしまったのが、俺の強さだというのなら、俺は俺自身を殺さねばならない! だから、ヒーロー! これは正しい意味で逆恨みだ」
 彼はそう言った。

「真実なんていらない。例え、真実を知ったところで、もうあいつは、いない。だったら!」
 これはただの自暴自棄だ。
 感情に振り回され、怒りと共にひた走ることしかできない。
 人の正しさも。
 人の正しさを裁定する神の如きものの正しさも。
 いらないのだ。
 彼にとって必要なのは、どこまでいっても、罰でしかない。
 故に巨槌を振るう。
 周囲のインビジブルから引き出されるエネルギーが体躯に集約され、その発露と共に『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は強大な力を振るい、√能力者ごと、ヒーローの家族を抹殺せんと踏み出した――。
アザレア・マーシー

 巨槌が翻る。
 周囲のインビジブルのみならず、邪悪なインビジブルからも『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』はエネルギーを引き出していた。
 簒奪者。
 それは√能力者でありながら、出力、成長限界共に√能力者に勝る者たちである。
 アザレア・マーシー(羅紗の聖戦士・h08890)も嘗てはそうだった。
 だからこそ、見えるものがある。
「貴方がアンティゴネであるように、彼はオイデュプスだったのですね」
 愛とは真心。
 与えるものであり、与えられるものである。

「ですが、たった一人の家族に無理して愛情を与えようとすれば関係は遠からず破綻します」
「破綻など、外野が言う言葉。誰が信じる。真実は俺とあいつの間にしかない。だと言うのに、お前に何が見える!」
「……あなたに見えていなくて、彼に見えていたものがあったのでしょう。切っ掛けは、秘密結社『プラグマ』であったかもしれません。ですが、家族愛故に重石になることもあるでしょう」
「重石だと?」
「ええ、だからこそ、悪魔の囁きに耳を傾けてしまったのでしょう。それが秘密結社『プラグマ』が人の絆を攻撃するやり方の一つ。いずれにせよ、過ぎてしまったことです」
 アザレアの瞳にインビジブルの孤影が揺らめく。

「少し語りすぎましたね」
「なら、退け。俺は、俺自身を許さない。例え、お前の言う通りだったのだとしても!」
 振るわれる巨槌。
 その重さは、思いの重さであるとアザレアは知るだろう。
 身を滅ぼしかねない重さ。
 その一撃は触れれば、おそらく容易くアザレアの体を消し飛ばすように押しつぶすだろう。
 だからこそ、彼女は避けない。
 真正面から巨槌が迫る様を見上げる。
 走るは、光。
 彼女の羅紗に刻まれた古代√能力者の記憶が、解放される。
 それこそが√能力|羅紗の解放《アンロック・タペストリグリフ》。

 振るわれた一撃が大地を抉り、粉塵を巻き上げる。
『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の一撃は、間違いなくアザレアに放たれた。 
 だが、手応えがない。
「どこだ!」
 その言葉と共に『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は振り返ろうとして、地面に叩きつけた己の巨槌が持ち上げられない事を知る。
 持ち上げられない。
 何故。
 簡単な話だ。そこにはインビジブルしかいなかったからだ。
 アザレアの姿はなく、潰されたわけでも吹き飛ばされたわけでもない。
 彼女とインビジブルの位置が入れ替わっているのだ。そして、そのインビジブルが巨槌と地面を凍りつかせ、とどめているのだ。
 それが、|氷の跳躍《フリーズリープ》。
 インビジブルと己の位置を入れ替える√能力。

「羅紗に紡がれた物語のように、貴方の心の内を徹底的に吐き出してください」
 アザレアは『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の背後に跳躍していた。
 手にした槍が翻り、光を放つ。
 そう、吐き出すだけならば罪ではない。
 告解という人の罪を吐き出す場があるように。
 それ自体に罪はなく。
「それは罪ではありませんから」
 放たれた言葉と共に槍の一撃が『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の振り返った肩を切り裂いた――。

真心・観千流

 己の為すことが、逆恨みであることを『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』となった男は理解していた。
 だが、同時に己が弟を追い詰めたとも理解していた。
 どこまで行っても人間は無関係ではいられない。
 知らぬふりをすることができたとしても、素知らぬふりをした事自体で関係性を持ってしまう。
 だから、人はこじれるのだ。
 故に、男は叫んだ。
 これが己の罪だと。
 罰を受けるためには、罪を犯さねばならない。
 振り上げた巨槌は、凍結を振りほどくように破片を撒き散らし、また同時にエネルギーを吹き荒れさせていた。
「ヒーロー、俺は俺自身を許さない。だからこそ、止めてみせろ。そうして、お前たちも、この環の中に引きずり込む!」
「それほどの覚悟があるのならば、尚更その炎で燃やさせるわけにはいきません」
 立ち上る炎を 真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)は見ただろう。

 あれが感情の炎。
 怒りという名の感情。 
 その激烈さでもって、自分と他者とを灼く炎である。
 故に彼女は言い放つ。
「誰かにとっての大切な人も、貴方自身も。故に、残酷ですが、その根幹を絶ちます。それが貴方にとっての救いであり、最も重い罪になるでしょう」
「救いなどいらない。俺には、罰だけでいい! それが!!」
 振るわれる巨槌の一撃を彼女は交わす。
 すでに『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の脳は制御下においている。
 その中にあった情報を学習し、その攻撃を躱していた。
 炸裂する炎が周囲に撒き散らされる。

 引き出したエネルギーをただ破壊のために使っているのだ。
 故に加減などない。
 振るう端から『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の赤と青のまだら模様の駆体が軋んでいく。
 振るう力に体躯が釣り合っていないのだ。
「怒りの炎が貴方自身を滅ぼしていく。それは」
 誰も望んでいないだろう。 
 だからこそ、√能力で制御下においた彼の脳内から弟の存在と、その記憶と感情、さらには理由を忘れさせていく。 
 削除していると言ってもいい。
 削れていく思いは砕けていく。
 それがどんなに悪辣なことなのかは、言うまでもない。

 怒りの根源すら取り上げられては、最早『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は理由すら忘れてしまう。
 何も解決しない。
 環から切り離されて、昇華することなく打ち捨てられるだけだ。
 それを救いというのならば、生物としての在り方が違いすぎる。
「怒りの炎に焼かれて苦しむことはもうありません。孤独な安寧、それが貴方への残酷な救いです」
「救いなど、いらないんだよ! 俺は! 救いこそ必要だったのは、あいつの方だ! それを!」
 √能力の出力差。
 制御下に置かれて尚、『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の中に流入していく邪悪なインビジブルのエネルギーが√能力を弾き飛ばしていく。 
 それは光となって周囲を照らす。
 まるで炎だ。
 砕いても砕けぬものがあるように、『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は、その赤と青の斑模様の駆体から光を発露しながら巨槌をふるい続けた――。

真心・観千流

 砕いて砕けぬものがある。
 怪人『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の脳から確かに削除されていくものがあっただろう。
 だが、湧き上がる炎は、それらを拒む。
 出力差は歴然である。
 であるのならば、立ち上る炎は防火壁。
 手にした巨槌が翻り、 真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)へと叩き込まれる。
 衝撃が走り、その凄まじいエネルギーの奔流が吹き荒れた。
「言ったでしょう、救いであり『重い罰』だと。生命は助かるが、それ以外は全て失う、そういう類のものですよ……」
「一体誰に気遣っている。例え、俺自身が忘れたとしても、消えやしないだろう。事実っていうものは。俺の弟が死んだ。怪人になった。その事実は!」
 過去になれど、消えることはない。
 掠れていくかもしれないが、事実として残り続ける。
 例え、彼自身が忘れてしまったとしても世界には刻まれている。

 だから、意味などない。
 その無意味さに怒りが募るように『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は怒り燃える炎と共に巨槌をまた叩き込んだ。
「……とは言え、そうも言ってられませんね」
 √能力の発露。
 彼女の瞳にインビジブルの孤影が揺らめく。
 引き出されたエネルギーによって形成されたのは、無数の弾丸。
 千をゆうに越える弾丸が『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』を取り囲む。
「|N.B.Ver2.0:『極点掌握』《アドバンスド・バレット》――私は常に、進化すうr!」
 放たれる弾丸はインビジブルを崩壊させる。
 引き出すエネルギーの総量、その出力差が簒奪者と√能力者との違いだというのならば、引き出すインビジブルをなくしてしまえばいい。

 放たれる弾丸は、周囲のインビジブルを崩壊させながら、粒子崩壊と共に『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の放つ炎を退けながら叩き込まれる。
 赤と青の斑模様の駆体に亀裂が走りながらも、彼はさらに巨槌を振るう。
「恐怖を与えて心を折ろうとか、そういう話ではないんですよ。失う辛さを思い出して、それを誰かに押し付ける強さを理解してほしかった」
「思い出させる? 俺の中から消そうとした奴がいうことか!」
「そうですね。だから、今一度思い返してください。あなたの弟が、本当にこんなことを望んでいるのか」
 量子ハッキングによって観千流は削除した『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の記憶を復帰させる。
 それは、彼女にとっては苦々しいものであったかもしれない。

 復帰させた記憶に『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は今一度失う心の痛みを得るだろう。
 痛みは炎に変わる。
 炎は怒りの発露であった。
 踏み出した、その足が向かうのは破滅かもしれない。
 打ち込まれた弾丸によって軋む体躯が揺れる。
「……どうにも、思考が人からはずれてますね最近」
 観千流は、独りごちるように炎纏う『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』を見やり、呟くのだった――。

クラウス・イーザリー

「……そうだよな」
 クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は、今更だと思った。
 怪人『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は、正しさを不要と言った。
 それもそのはずだ。
 世界の正しさを決めるのは、いつだって人の社会でいうところの大多数だ。
 そこに個人の思想は必要ない。
 均一化し、肥大化したものだけが正しさと呼ぶのならば、確かに完全なる個である『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』には必要ないものだった。
 そして、同時に理解もしていた。
 正しさは人の心を救ってくれない。
 そればかりか、心を悪戯に傷つけるばかりだ。

 クラウスは共感する。
 ■■などない。
 だから、ずっと諦めたフリをしている。己にそれがないから、誰かの■■になることを望む。だから、人を助けることに没頭して、それらから目をそむけ続けている。
 そんな己と『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の本質は変わらない。
 進むべき道が対極なだけだ。
 根っこは一緒なのだ。
 感情のままに突き進み、八つ当たりの逆恨みを実行に映す男と。

 だからこそ、クラウスは『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の不j所に飛び込む。
 形成された魔力の兵装は、剣。
 振るわれた巨槌と打ち合い、砕ける。
 だが、さらにレーザーの一撃を叩き込むも、赤と青の斑模様の駆体に弾かれる。
 それでも再び魔力兵装を槍の形に錬成し、叩き込む。
「退けよ。俺は、俺自身が赦せない。お前らには無関係だろう!」
「……そうかもしれない」
 クラウスは巨槌と打ち合う。振るわれる度にあふれる炎の余波がエネルギーバリアと霊的防護を突き抜けてくる。
 躱すことはできない。
 もしも、ここで躱したのならば、背後のヒーローの家族たちに波及するかもしれない。

 それはさせてはならないことだ。
 例え、彼が心底望んでいたとしても、させてはならないことなのだ。
 だから、打ち合う。
 √能力の輝きが瞳に宿る。
 あるのは悲しみでもなんでもない。唯ひたすらに、クラウスは『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の胸の内に抱えるものを思った。
 だから、申し訳ないと思ったのだ。
 彼の心はきっと晴れないだろう。
 こうやって打ち合うだけでは、どうしたって。
 けれど、それでもクラウスは、こうすることしかできないのだ。彼がぶつけようとしているのは、無力なヒーローの家族だ。
 怯える彼らをクラウスは見捨てられない。
「そんな目で見るな!」
「……ごめん」
 クラウスは、己の胸の内が痛むのを感じながら、それでも力の限り『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の巨槌と打ち合い、心と同じく己の身も傷つけていく。
 それが自罰的だと知っていながらも、それはきっと『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』も同じなのだろうと、その鋼鉄の体躯の内を思うのだった――。

ラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん

 結局、どこまでいっても失われたものは戻ってこない。
 どんなに願っても。 
 どんなに望んでも。
 失われてしまったものは戻ってこないのだ。
 だから、人は懊悩する。
 それが正しいことなのか、と。
「退け……俺は、俺自身を赦せない。だから、もうこのまま進むしかない」
「もはや語るべき時はなし」
 ラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん(サティー・リドナーの元Ankerの「天使」・h06597)は、そう思った。
 振るわれる巨槌。
 害そうとするのは、ヒーローの家族。
 いずれもが無力な人々にほかならないだろう。

 だからこそ、ラディールは、その瞳を√能力の発露に輝かせた。
 もう語る言葉など、彼には持ち得ない。
「俺に救いなんていらない」
 叩き込まれる巨槌が炎を纏って叩き込まれるのに合わせて、羅紗曼荼羅が走り、その柄に絡まる。
 動きを制するのではなく、その動きの行く先をコントロールする。
 地面に叩きつけられた一撃は標的を喪ったように炎を撒き散らし、ラディールの羅紗を焦がす。
 翻った羅紗を手に、彼は布片を『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』へと投げ放つ。
 瞬間、織り込まれた魔術文字が光輝いて爆発を巻き起こす。
 爆炎の中を『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は迷うことなく突き進んでくる。
 軋む赤と青の斑模様の体躯。
 それでも、依然『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は強大な力を纏うようにラディールの背に守るヒーローの家族へと迫っていた。

「『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』! 己の罪に向き合え!」
「そんなものは、とっくに見据えてんだよ。罪だと、罰だと。それに向き合ったからといって、あいつは還ってこない。お前たちにそれがどうにかできるのか? できやしないだろう。他の誰にもできることなどないんだ。だから」
 振るわれる巨槌の一撃とラディールの|破魔光線《タイマコウセン》の光条が激突して火花を散らす。
 周囲に飛び散った光が破壊をもたらし、炎が巻き起こる。
 巨槌に亀裂が走っていく。
 それは、彼の思いが揺らいでいるからではない。
 ぶつけ合う互いの信念同士が軋みを上げているのだ。

 譲れない道同士が真っ向からぶつかっている。
 軋むのは当然。
 拉げるのも当然。
 残された結末は、どちらかが倒れるのみ。
 光条の輝きと共にラディールは、『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』が陽炎の奥で、その瞳をさらに輝かせるのを見ただろう――。

ケヴィン・ランツ・アブレイズ

 炎が見せるゆらめき、陽炎の奥に怪人『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の姿があった。
 赤と青の斑模様。
 その体躯に亀裂走れど、しかしてまだ瞳には怒りが燃え盛っているようだった。
 剣呑な光。
 その光を見据え、ケヴィン・ランツ・アブレイズ(“総て碧”の・h00283)は息を吐き出した。
 やりにくい、と思ったのは、彼の気持ちがわかるからだ。
 あの姿を見れば、益々そう思ってしまう。
 彼は虚ろなのだ。
 その胸の内に空いた虚を完璧に埋めることのできるものは、すでにこの世から失われている。
 仮に、埋めることができるものがあったとしても、どこか隙間があるだろう。
 完全にもとには戻らない。
 僅かに空いたものが心を歪めていく。
 心を痛めていく。
 だからこそ、ケヴィンは理解できたのだ。

「これは俺の罪だ。他の誰も、俺の罪を解することなど許さない」
「……そうだな」
 ケヴィンは頷いた。
 護りたいものを守れず、喪った騎士。
 一生抱えていくしかない後悔だけが得られたものだった。その虚しさは言うまでもないだろう。
 だが、ケヴィンは『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』に相対している。
 同じ後悔を抱えているのに、だ。
 何が違うのか。
「今更喪った奴らに報いる術も、贖う道もありはしねェ。まして、それを他人にぶつけたところで、それこそ誰も救われねェよ。他ならぬアンタが救われたいとすら思っていないんだからな」
 悲嘆があった。
 苦悩があった。
 懊悩があった。
 だが、それは自分で背負うしかないものだとケヴィンは気づいている。
 故に当たり散らさない。逆恨みに意味などない。
 彼になく、ケヴィンにあったものは何か。

「アンタには道がない。だから、迷い続けている」
 叩き込まれる巨槌の一撃を|超絶化・化身舞闘《ドラゴンソウル・オーバーロード》によって変化した半人半竜の姿で受け止める。
 龍鱗すらもひしゃげさせる一撃を受けてなお、ケヴィンはたじろがなかった。
 受け流しきれない衝撃なれど、それでもケヴィンは一歩、また一歩と踏み込む。
「まァなンだ。だからこそ、その重みで迷い続けるアンタに肩を貸すことくらいはできるかもしれねェ……いや、今の俺にできるのは、それいくらいしかねェんだ」
 だから、とケヴィンは踏み込む。
 手にした巨槌が砕けるまで。
 その怒りの炎が鎮まるまで。
 ただひたすらに受け止める。
 往くべき道を見失ったのならば、導くこともできただろう。けれど、それは人の道の話ではない。
 人の道は、自らで見つけなければならない。

 どんな哀しみがあるのだとしても、真に出会った者に別れがこないのだと示さなければならない。
 ケヴィンは、身に走る衝撃を受け止めながら、そう思うのだった――。

常夢・ラディエ

 √能力者たちにはわかっていた。
 怪人『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』が抱える怒りや思いといったものが、どんなに言葉を尽くしても消え去ることがないことを。
 そう、人の思いというものは消えることはない。
 もしも、それが消えたように見えたのならば、それは昇華したことに違いないだろう。
 どんなものも消えない。
 だが、昇華するのだ。
 故に人は歩んでいくことができる。
 そのための手法の一つが、納得であった。
「納得なんて出来ないもんね~?」
 眠るように、いや、眠ったまま常夢・ラディエ(惰眠・h08858)は呟いた。

『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は納得を求めていた。
 何故、弟が死なねばならなかったのか。
 何故、怪人にならなければならなかったのか。
 真実一つあれば、納得もできただろう。けれど、真実を得る機会は失われているのだ。そこにどんな思いがあったにせよ、語られるべき者の口から語られぬのであれば、それは真ではない。
 真でないものからは、納得は生まれない。
 だからこそ、彼女は手にしたハンマーを担ぎ上げた。
「でもねぇ、やっぱり悪いことは良くないから、叩くならぼくにしておくといいよぉ? ……そういうのも嫌いじゃないしねぇ」
「悪いこと? これが? ああ、確かにそうなんだろう。これは悪いことだ。悪いことと認識していながら、俺は俺をtおめられない。だから」
「んふふ、どうせならとことんやろっか~」

 炎を撒き散らしながら『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の巨槌が振るわれる。
 打ち合うようにラディエのハンマーが激突し、火花を散らす。
 軋むように巨槌の表面に亀裂が走る。
「いいね~……でも、テンポが悪くなってないかな~?」
 そう、精彩を欠いている。
 少なくともラディエはそう思っただろう。揺らいでいる。
 赤と青の斑模様の駆体。
『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の体躯には、無数のヒビが走っているのだ。それが√能力者たちの攻撃に寄るものであっただろうし、また同時に彼自身が揺らいでいる証明でもあったことだろう。
 だからこそ、ラディエは|とっかえひっかえ《オーキードンキー》、手にしたハンマーではなく、死角からのバールを叩き込み、牽制する。

 揺らぐ体と共に釘バットを叩きつけ、放り投げる。
「きみが本当に悪い子にならないように、納得できるまで付き合ってあげるよ~」
 大きく振りかぶったスレッジハンマーの一撃が『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の頭部を強烈に打ち据える。
 走る亀裂が大きくなっていく。
 その奥から炎が立ち上る。
 ああ、それほどまでに抱えていたのかとラディエは思っただろう。

 哀しみも、憎しみも。
 全部抱えようとすれば、人の身はきっと燃え尽きてしまう。だから、あのような怪人のs姿で鎧わねばならなかったのだ。
 それはきっと人の心の弱さだろう。
 けれど、人は負けるようにはできていない。
 ラディエは、そう思う。だからこそ、振るったスレッジハンマーの一撃を振り抜き、あかぬ瞼の裏に見えるであろう炎の形を見据え、まどろむように笑むのだった――。

八百夜・刑部

 砕けた頭部から炎が立ち上る。 
 その奥にあるはずであろう人の顔はなかった。
 あったのは炎だけだ。
 怪人『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』は、その頭部から炎を噴出させ、その怒りを炎に変えている。
 身を焦がすような炎を覆っていた赤と青の斑模様の体躯が軋みながら、さらに前に進む。
 睨めつけるのは、あくまでヒーローの家族たちだった。
 殺されたのだから、殺さねばならない。
 そうしなければ心を鎧えないからだ。保っていられぬ程の悔恨と憎悪がないまぜになった炎を、八百夜・刑部(半人半妖(化け狸)の汚職警官・h00547)は見ただろう。
 
 だからこそ、言わねばならない。
「全く、やっぱりお前は逃げてる。ただのクソ野郎として殺されることが救いなんだよ」
「だからだ。だから俺は救われてはならない。誰かに唾棄されるような存在でなければならない」
「それならいつかは忘れ去られるからな」
「そうやって俺はもう上がりたいだけだ。だから、自分勝手で身勝手で逆恨みなんだ」
「それが誰かの大事なものを壊したかも知れないっていう答えのない罰として生きる辛さだ。だから、露悪的になる。誰かに冷たい眼で見られて、何より」
 鏡で見るようだった。
 眼の前にいるのは、本当に怪人なのか。
 それとも、己に言っているのか。
 どちらなのかわからない。
 わからない、が。
 振るわれた巨槌の一撃と刑部の拳が激突する。

 亀裂は知った巨槌が砕け、炎が散る。
 しかし、それでも振るわれた拳が彼の顔を打ち据えた。
 覚悟していたから、痛みは無視することができた。
「自分を鏡で見る度に思い出すよな!」
 炎が刑部の衣を焼き飛ばし、その背中の刺青があらわになる。
 翻るように刑部は『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の背に回り込み、その首元へと腕を回した。
 ぎりぎりと音がする。
 もがくように体が揺れる。
「教えてやるよ」
 己の中にあるもの。
 それを刑部は締め上げながら、『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の耳おとに囁く。

 兄と弟がいた。
 血を分けた兄弟ということは、いずれ家を分かつ。
 そういうものだ。
 古今東西、つまらない話だ。よくある話だ。そう言えたのならばよかったし、笑い飛ばせたのならば、お慰みであったことだろう。
 けれど、そうはならない。
 当事者にとって、それはあまりにも悲運であった。
 どちらかが上であるのか。血を分けたように上と下と、勝者と敗者とにならなければならなかった。
 だから逃げたのだ。
 手を引いた、というのは格好つけだって解っている。

「弟は逃がしちゃくれなかった。世界の掟とオレに向かい合おうとしていたんだ。不義理だったのは、オレだけだ。でも、生きていてほしかった」
 眼の前で消えた弟を今でも覚えている。
 だから、苦しいのだ。
 忘れられないから。
 消え去ることがないから。
 自身を見る度に思い出して突きつけて、追いかけてくるからだ。

 もしも、少しでもボタンが掛け違えていたのなら、結末は違ったのかも知れない。
「オレの為にアイツは消えたんだよ! 理由がはっきりしてるんだよ……」
 だから、言い訳ができない。
 誰かのせいにもできない。 
 誰にも、だ。
 己すらごまかせないのだから、どうしようもない。
「だから、救われちゃいけねぇんだ。オレも今も向き合わなかったお前も」
 死ぬことが救いなのならば。
 生きて、救われないままでいなければならない。
「だから、殺さねぇ!」
 妖力で生み出した電磁警棒が絞め技を振りほどいた『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』に叩き込まれる。

「俺は、ヒーローに殺されなくちゃあならない。そのためには、理由がいるだろう。そのために」
 殺さなくてはならない。
 自分が復讐の環の中に踏み込むためには罪がいる。
 だが、その罪を。
「痛みがわかるなら、偽善と言われても他の同じ痛みの誰かを救ってみろ。そうしなければ、いつまでたっても人の心から痛みはなくならない。苦しみも哀しみも、全部だ!」
 ネットランチャーが駆体を絡め取り、引きずり込むようにして刑部が『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』の体を背負いあげる。
 それは強烈な一本背負い。
 叩きつけた赤と青の斑模様の駆体が砕け、炎が融けるように散る。

 その先にある男の姿を認め、刑部は吐き出すよう睨めつけた。
「やってみろよ、クソ野郎。兄貴だろう、お前は――」

第3章 ボス戦 『『ドロッサス・タウラス』』


 赤と青の斑模様の駆体が砕け、炎が散った。
 その内側から飛び出したのは、二枚のカードだった。
 即ち、『英雄』――『アンティゴネ』と『十二星座』――『ピスケス』。
 男の怒りは暴走の果てに融けて消えた。

 √能力者たちは、その二枚のカードが飛び出した先を見た。
 そこに居たのは、鋼鉄の牡牛――『ドロッサス・タウラス』。
 彼は侮蔑の視線を『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』であった男へと向けた。
「不甲斐なし。力に溺れ、感情に振り回され、暴走することしかできなかったか。貴様のような弱者に、シデレウスカードは意味をなさない。恥を知れ」
 完全なる侮蔑であった。
 彼にとって、シデレウスカードは力である。
 その力を制御するために感情を扱うことは認められても、その感情に振り回されて暴走する存在を弱者そのものとして侮蔑しているのだ。
 唾棄すべき存在としてしか彼は見ていない。
 そこに人の弱さを認めない。
 弱さがあるからこそ、強さもまた存在しうるのだということを断じて認めていない。
「だが、汝らは違う。これまで貴様らを見くびっていたことを詫びよう」
 彼はそう言って√能力者たちに向きなおった。

「汝らは強い。それを認めるからこそ、全力で打ち合おう」
 漲る重圧。
 これまでの比ではない。
 本気の『ドロッサス・タウラス』がそこにはあった――。
真心・観千流

 心のなかにあったのは思考。
 考え続けている。
 殺したくはなかった。
 殺さなければならないと、それが己を救うことになるのだと言った男のことを考えていた。
「心ここにあらずだな。そのようなことでは!」
 真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)は簒奪者『ドロッサス・タウラス』を前にして、心を思う。
 怪人となった男。
 彼の思考は危険そのものだった。
 生命を軽んじていないのに、生命を軽々と捨てようとしていたし、奪おうとしていた。
 その重さを知りながら、怒りだけに尽き動かされていたから、どうにかしたかった。
 それ自体は尊ぶべきものであっただろう。
 だが、届かぬ者はいる。
 届けようにも炎の壁のように阻まれてしまうことだってあるだろう。

 失った苦しみを知りながらも、それを他者に押し付けようとする。
 それに対して彼女は怒りを覚えた。
 だが、その怒りもまた鏡でしかない。
 知っているからこそ、押し付けるのだ。それは強烈な思いだ。
 己とおなじになってほしい、という思いでしかない。だからこそ、あの男は怪人となったし、力に暴走を重ねたのだ。
「それでもあなたを打ち倒すことはできます」
 √能力の発露と共に周囲の熱が奪われていく。
 観千流の手のひらに熱が集まっていく。
 圧縮された熱は、周囲の熱を奪ったがゆえである。

 凍てつく空気が『ドロッサス・タウラス』の身を閉じ込めるようにして阻み、彼女に接近を許さない。
 鋼鉄の牡牛。
 その荒々しさは、どれだけ阻むのだとしても、例え、牛歩なのだとしても確かに彼女に迫っていた。
「何故そう思えるのか。それもまた強者である驕りだ。驕った強者は、弱者にすら足元を掬われる。だからこそ」
 踏み込んだ『ドロッサス・タウラス』が戦場を激震させる。
 空気の牢屋すらもぶち抜くようにして振るわれた金棒が衝撃を生み出しながら、観千流に迫る。

「凍りついているはず。それを強引に」
「出来ぬわけがない。なぜなら、我は強者だからだ。強者とは! あらゆる障害、あらゆる理念、あらゆる思想、あらゆる情念をも凌駕してこそ! 絶対的な存在へと迫る者のことをいう! 故に!」
 振るわれた金棒とレイン砲台から放たれた、覇竜大紅蓮斬の一撃が激突する。
 熱を圧縮した光条の一撃。
 冷やされた空気が膨張し、凄まじい衝撃波を生み出す。
 それは彼女の体をも吹き飛ばし、『ドロッサス・タウラス』の身を打ち据える。
 吹きすさぶ大気の中、揺らめくように鋼鉄の牡牛は立つ。
 戦いは、まだ先駆けが一陣の風となって駆け抜けただけだ。
 ここからだ。
 まだ、終わらない。
 そういうように、鋼鉄の駆体が軋む音と共に『ドロッサス・タウラス』の咆哮が轟いた――。

クラウス・イーザリー

 強者こそが、存在を許されるのならば、弱者とは如何なる存在であっただろうか。
 強者に打倒されるだけの存在を弱者と呼ぶのならば、世界はもっと単純だったはずだ。
 クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は、膨張した空気が衝撃波となって走る戦場を切り裂くようにして、簒奪者『ドロッサス・タウラス』へと肉薄する。
「弱いとか強いとか、そんなのはお前が勝手に押し付けている指標だろう」
「そうだ。それはただの指標でしかない。だが、どんな物事に対しても、指標は必要だ」
 確かにそうかもしれない。
 指標なくば、人は何事も決められない。
 どうするべきか、と考えることすらできない。
 だからこそ、その強弱の観念は、価値を持つように思えてならない。

 だったら、とクラウスは思う。
 怪人『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』を『ドロッサス・タウラス』は侮蔑した。
 感情に飲まれ、力を暴走させた。
 それは彼にとって弱い、と断じるに値することだったのだろう。
 けれど、クラウスは違う。
「そうかもしれない。けど、少なくとも彼は弱いだけではなかったと思うよ」
「いいや、事実、脆弱だった。それは事実だろう。であれば、あらたなカードアクセプターとして、あの男は強者となり得た。だが、そうでなかったのならば!」
 弱者である。
 しかし、クラウスは月光纏う己の魔力の槍を作り上げ、『ドロッサス・タウラス』へと叩きつけた。

 鋼鉄の駆体に弾かれる槍。
 しかし、クラウスは踏み込む。
「人は、強いだけではいられない。けれど、弱いだけでもいられないんだ。強さと弱さとを内在させるからこそ、人は成長することができる。今は弱さしか持ち得ないのだとしても、それはこれから強さを持ち得る可能性だ!」
「詭弁を!」
 振るわれる金棒の一撃はクラウスを捉えることはなかった。
 かすめるように衝撃波が走り抜ける。
 それでもクラウスは止まらない。
 思念で操るレイン砲台の光条が走り、『ドロッサス・タウラス』を撹乱する。

「まさしく弱者の詭弁! それを汝のような強者が語るとは!」
「お前のいうところの強者でなくても、俺はいい。俺が思う強さは!」
 振りかぶった金棒。
 その一撃は痛烈なものとなるだろう。引き出されたインビジブルからのエネルギーの激流がそのままにクラウスへと襲いかかる。
 振り抜かれたドロッサス・スマッシュの一撃が彼の体を吹き飛ばした。
 エネルギーバリアを砕き、霊的防護すら無意味にする苛烈なる一撃。
 クラウスの骨が砕けた。

 跳ねるようにクラウスの体が地面に打ち据えられながらも、その瞳は光を灯す。
 彼の背後には『ピスケスアンティゴネ・シデレウス』だった男がいる。
「生き残って、辛く、苦しくとも、前を向いて生きることだ!」
 そう、それこそが人の生きる強さ。
 どれだけ間違えても、どれだけ哀しみに沈んでも、どれだけ怒りに狂わされても。
 それでも生きていく。
 過ちのない人間などいない。
 肝心なのは、間違えないことなんかではないのだ。何が正しいのか、何が強さなのか。それを生きている限り、問いかけ続けること。
 己に問いかけ、生きて行く。
 だから、人は殺されてしまうかも知れないが、負けるようにはできていないのだ。

 それを証明するようにクラウスは、ひしゃげた腕をかばう『ドロッサス・タウラス』を見据え、叫んだのだった――。

アザレア・マーシー

 赤と青の斑模様の駆体は、心を鎧うものだった。
 そして、その内に秘めたる炎は家族愛故であった。
「だが、弱さ故にあの男は力に屈したのだ。制御できぬ力など、強者にあってはならぬ。強者とは、力を従えるに足り得る何かを持ちえなければならぬのだ」
 簒奪者『ドロッサス・タウラス』の言葉にアザレア・マーシー(羅紗の聖戦士・h08890)は頷いた。
「そのとおりなのでしょう。もしも、あぁ、弟が堕ちなければピスケスたる彼は愛と弱さを内に持つがゆえに、外なる剛さを支える力を持つヒーローとなれたでしょう」
「然り。だが、それは成されなかった。如何に道程が輝かしいものであったとしても、それを乗り越える力を保たぬのならば、所詮その程度」
 侮蔑の視線を男に向ける『ドロッサス・タウラス』を前にアザレアは立っていた。
 彼女の中にある欠落は、男の強さを理屈と想像でしか理解させない。

 それが正しいのかもわからない。
 間違っていると言われても否定もできないかもしれない。
 けれど、彼女はその瞳を輝かせた。
 インビジブルの孤影がゆらめき、エネルギーが身に満ちていく。
 手にした槍は、誓いそのもの。
「それでも尚、解ることがあります」
 大地が揺れる。
『ドロッサス・タウラス』が踏み込んできたのだと、アザレアは瞬時に理解した。

 彼の体躯に満ちるのは、星界の力。
 漲るような力は、重圧そのものとなって彼女の肩にのしかかるようだった。
「それは如何なるか」
「頑なな思考に囚われた貴方よりは、彼はよほど強い存在だと言うことです」
「よくもほざいた。我とアレを比べることすら許しがたい!」
 光が満ちて一瞬の明滅が引き起こされた瞬間、アザレアの聖槍が輝く。
 連なる歴史により紡がれてきた羅紗。
 その魔術文字は列をなし、聖槍の穂先から刀身に走る。
 石突でもって、大地を穿つ。

 瞬間、周囲は知られざる古代の聖戦の決闘場へと変貌を遂げる。
 突進する『ドロッサス・タウラス』の一撃をアザレアは手にした聖槍でもっていなした。
 初撃を外した『ドロッサス・タウラス』の身から放たれるは一等星の如き光満ちる戦場。
 互いの√能力に寄る戦場という名のテクスチャを塗り替える力が拮抗する。
「ぬぅ……!」
「聖槍よ、秘文字を紡げ。勝利の栄光を齎さん」
 そして、|聖槍は悉く敵を穿つ《ホーリー・ランス》のだ。
 彼女はためらいなく踏み出す。
 戦場を一等星の如き強烈な光が包み込もうとも、恐れを捨てる。そう、恐れを抱きながら捨てることができるからこそ、人は勇気という灯火を抱えることができる。
 弱さを持つがゆえに強さを渇望するように。
「一廉の戦士であるならば立場が違うとは言え同じ戦士を嗤うものではありません。恥を知りなさい」
「アレは戦士ですらなかった。強者になれず、弱者に己を押し付けるだけのものを、戦士など!」
「いいえ、弱さを知り、弱さを認め、弱さ故に傷つく。それでも尚、彼が生きていること、それが強さを得たことと同義! それを知らず、認めず、そしるだけだというのならば!」
 それこそが『ドロッサス・タウラス』の頑なさであるというようにアザレアの聖槍の一撃は、その頑強なる鋼鉄の体躯へと風穴を開けるように叩き込まれたのだった――。

八百夜・刑部

 八百夜・刑部(半人半妖(化け狸)の汚職警官・h00547)は、覚悟を求めた。
 覚悟とは、何か。
 自分で決定できるものの一つだ。
 それがあれば、人はどんな道だって歩むことができる。
 我が身、我が生命。
 それを賭けて臨むのだから、当然とも言える。その推進力というものがどれほどものであるのかを彼は痛いほどに理解していただろう。
 心に突き立てられた覚悟の痛みは、癒えぬ傷痕になるであろう。
 どうしようもない。
 己の心の内に刻み込まれたものを埋めるためには、刻み込んだ者と再び会わねばならない。だが、それができぬ者はどうすればいいのか。
 永遠に埋めることのできぬ傷を眺め続けるしかない。

「タウラスだっけか? 確かにお前さんみたいに、そのバカは何言われても演り切る覚悟も、本当に冷酷な戦士として殉じる根性もなかったな」
「そのとおりだ。半端者だ。それ故、力に振り回されて暴走する。カードアクセプターになれず、さりとて怪人として中途半端。唾棄すべき存在である。汝らとは違う」
「ああ、そうだな。オレもそう思うよ」
 刑部は相対する『ドロッサス・タウラス』の言葉を認めた。
 怪人となった男。
 力に振り回され、同じ傷に迷い続けている。
 だから、敗れたのだと言えば、そのとおりだ。
「だがオレは、このバカの上の、やり切る覚悟のある大馬鹿なんでな。その弱虫に教えるのも上の役目なんで一勝負めんどいがやらせてもらうぞ」
「強者の申し出を無下に断る理由等なし」
 ひしゃげた片腕をかばうでもなく、『ドロッサス・タウラス』は金棒を手にし、構えた。

 ただそれだけで重圧が襲いかかる。 
 簒奪者を簒奪者足らしめているのは、邪悪なインビジブルからもエネルギーを引き出すことができる点にある。
 即ち、刑部たち√能力者と一線を画す出力があるのだ。
 本来ならば。
 そう、本来ならば、もっと楽な戦い方があるんだろう。
 けれど、刑部は息を吸い込んだ。己がしなければならないことは、背中を見せることだ。
 道を歩くものに必要なのは篝火だ。
 そして、時に人の背中は他者に示す事のできる最大の光となることもある。
 √能力の発露に輝く瞳と共に刑部は、その姿をハイカラ将校変化によって若き将校姿へと変身する。
「この姿に頼り切りたくねえが……ここで切って勝つッ!」
「スピードで翻弄するか。だが、おいきれぬほどではない!」
『ドロッサス・タウラス』の周囲を目まぐるしく駆け抜ける刑部を『ドロッサス・タウラス』は見据えていた。
 わかっている。 
 刑部には解っていた。
 覚悟がある。

 傷つく覚悟は、勇気に裏付けられているのか?
 否である。 
 それを勇気とは言わないし、覚悟とは言わない。
 ただの捨鉢でしかない。しかし、その捨鉢を捨鉢でなくするのは、一体なんであったのかを『ドロッサス・タウラス』は知らないだろう。
 振るう金棒の一撃を受け止める。
 我が身が砕けるのかと思うほどの衝撃が刑部の中に走り抜ける。
「わかったかよ、バカ野郎」
 血反吐を撒き散らしながら、刑部は『ドロッサス・タウラス』の振り抜いた一撃を受け止めきっていた。
 背には、男。
「魔剣隠神……!」
 走るのは、他の√能力者たちが与えた傷口。
「まさか、捨て身……!」
「捨て身? 馬鹿言うな。これが捨て身に見えたんなら、アンタ、相当な節穴だぜ?」
「何?」
「少しは何か伝わったかよ。答えは……どっちでもいいや」
 走る魔剣隠神が『ドロッサス・タウラス』の鋼鉄の駆体を切り裂く。

 ほとばしる力の奔流。
 その輝きを背に刑部は、男に告げる。
「お前の求めるものはこっちにゃ無い、あばよ――」

ラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん

 鋼鉄の牡牛は傷を得て尚、その身を星界の光を灯す。
 圧倒的な光。
 戦場を塗りつぶしていく光は、ただそれだけで『ドロッサス・タウラス』の力を示すものであった。
 圧倒的な重圧が、光となって視界を灼く。
 ラディール・メイソン・らでぃーる・めいそん(サティー・リドナーの元Ankerの「天使」・h06597)は視ただろう。
 その脅威を。
 だが、だからとて退ける理由などあるわけもなし。
「人の弱みや哀しみ、絶望を利用して偽りの力を与え、今迄に何人が犠牲にされたのか計り知れない暴虐の王者」
「違うな。弱さや哀しみを言い訳にしているだけだ。絶望は力になり得ない。ただ、そこにある事実でしかない。そして、力に偽りなどない。力とは純然たる真である。そして、犠牲というのも違うだろう」
「あの兄の姿を見ても、そういうのですか」
「然り。犠牲とは、無辜なる者のことをいうのだ。自ら手にした力を如何に振るうのか、その選択なき者ではなかった。常に人は選択している。あの男もそうだ。あの男は、自ら選択したのだ」
 だが、√能力者達によって、あの男は解放されている。
 むしろ、それはありがたいとさえ思った。
 なぜなら、あの力でヒーローの家族を害することはなくなった。
 だからこそ、ラディールは告げる。

「だから、自業自得だと?」
「情けなし、と言った。覚悟だ。やはり覚悟が足りなかったから、あの男はお前たちに止められた。自らの力を御することのできに不出来さが!」
「なら、問答なんていらない。こいよ、暴れ牛。暴れたりなんだろう。存分に戦おうぜ!」
 ラディールは踏み込む。
 放たれる√能力による拳の殴打。
 だが、叩き込まれた拳が逆に砕ける。それほどの頑強さ。
 他の√能力者たちの攻撃にひび割れていながら、まだここまで強固。
 両腕を砕けて近接攻撃が不可能となった『ドロッサス・タウラス』に如何にしてここまで脅威を感じるのか。
 言うまでもない。
 残されているものがあるからだ。
 踏み込む『ドロッサス・タウラス』の突進の一撃がラディールの体を打ち据える。
 オーラの防御も鉄壁たる体も、突き抜けてくるような衝撃が脳を揺らす。
 放たれる羅紗爆弾の爆発も囮だろうとなんだろうと、関係がないと言わんばかりにラディールの体を吹き飛ばすのだ。

「弱いことは、罪だ。ただそれだけで周囲を巻き込む。巻き込んだことを、むしろ誇らしげに語る。如何に己が弱く、如何に守られるべき存在であるのかを喧伝する。弱者であることを特権とする愚劣さ! そこにどれだけの正しさがある!」
「ぐっ……けど、それでも!」
「強さこそが、真なのだ! それを!」
 咆哮するように星炎のブレスが解き放たれる。
 強烈な熱波を受けて、ラディールの体が燃える。
 だが、その炎の中を切り裂くのは、|羅紗の解放《アンロック・タペストリグリウフ》の輝きであった。
 羅紗に刻まれた古代√能力者の記憶と融合し、融合魔術体へと変貌したラディールが放つのは、模倣されし、聖槍の輝き。
 放たれた槍の一撃が『ドロッサス・タウラス』へと叩き込まれる。

「その弱さを、もう一度見つめ直して進むことができるのか。それは彼だけに与えられた権利だ。何者にもおかされず、操り人形にされることもなく!」
 星炎のブレスを聖槍の光が激突する。
 吹き荒れる衝撃の中、ラディールは『ドロッサス・タウラス』へと痛烈なる一撃を叩き込む。
「それを決めることができるのも、人間でしょう。弱さを認め、弱さを是正する事のできる強さも!」
 振り抜いた身が転がる。
 自分で決めること。
 それがただ一つ。
 誰にも阻まれることのない、正しさなのだとラディールは振り抜いた拳の痛みを忘れて天に突き上げた――。

ケヴィン・ランツ・アブレイズ

「弱さを肯定してどうなる」
 簒奪者『ドロッサス・タウラス』は立っていた。
 その身は満身創痍ながらも、それでも圧倒的な強者としての風格さえ感じさせる姿であった。
 両腕はひしゃげている。
 だが、吹き荒れるは星界の光に満ちた体躯は健在であった。
「弱さを認めることになんの意味がある。弱さを弱さのままにすることなど、あってはならない。あの男は、それすらできなんだ。ただ力に振り回され、暴走する。あまりにも不出来。あまりにも未熟。あまりにも害悪」
「いやァ、そいつはいくらなンでもヒトを見る目がなさすぎじゃねェかィ?」
 ケヴィン・ランツ・アブレイズ(“総て碧”の・h00283)は、『ドロッサス・タウラス』に相対し、そう告げた。

「強者としての矜持であるのならば、その言葉は否定を意味しない。ただの傲慢である」
「そうか? 俺ァ別段自分の力なンぞ誇る気はさらさら無ェ。他に道がなかった。それだけだ」
「それが傲慢なのだ。強者は力を示し続けねばならなぬ。憧憬であろうとなんであろうと、その力の在り方を示し続けるからこそ、誇るからこそ、強者こそが標になるのだ。それを弱さを肯定するために使うなど」
「そうかィ。だがよ、あの男を諦めるには騎士として、|竜《ヒト》として未熟に過ぎただけだぜ?」
「未熟さをよく語る。いずれ、その言葉が汝自身を滅ぼすだろう。己の未熟を己が語るなど、それこそ己が身を正しく測れぬ者の言葉だ。いつか汝自身が、己の語る未熟さに取り返しのつかぬことを得るであろう」
「……そうかもしれねェがな。だが、お前の言葉は、今弱いやつがいつまでも弱いままだという前提でしかねェんだよ。眼の前のやつをぶちのめすことだけが強さじゃねェ」
「ならば、示してみせろ!」
 一等星の如き輝き満ちる戦場を鋼鉄の牡牛が駆け抜ける。

 強烈な突進の一撃にケヴィンの体が軋む。
 踏ん張ることすら許されぬ強烈な一撃に骨身が砕ける。だが、それでもケヴィンは右手を掲げた。
「|自分《テメェ》の弱さを認めた上で、『それでも』と崖っぷちで肚ァ括って、その弱さを乗り越えていく……そういう奴の底力っていうモンを侮っちゃいけねェぜ」
「ほざけ!」
「ハッ! 俺もその一人ってことだよ!」
 ルートブレイカー。
 その右掌は√能力を打ち消す。
 即ち、この戦場に満ちる一等星の輝きを消し飛ばすのだ。
「これはお返しだ。もってけよ!」
 振るうハルバードの一撃が『ドロッサス・タウラス』へと叩き込まれる。
 例え、どれだけ傷ついても。
 弱さを認めて進むことで強さに手を伸ばすことができる。
 証明するように、ケヴィンは己が身を持って、圧倒的強者へと、その一撃を打ち込んだのだった――。

常夢・ラディエ

 強さと弱さとが一元的なものであるというのならば、人の心は揺れ動くことなどなかっただろう。
 力の強弱ではなく、力の有無にこそ焦点が当てられるはずだった。
 だが、現実には強者と弱者とに分かたれる。
「弱さは否定されるべきものだ」
 簒奪者『ドロッサス・タウラス』はひしゃげた両腕をだらりと落としながらも、しかし、その腕が軋み始めているのを常夢・ラディエ(惰眠・h08858)は認めただろう。
 瞳伏せ、眠る彼女。
 それでも彼女は、『ドロッサス・タウラス』の言葉を飲み込んだ。
「そうだねぇ。あの子は弱いのかもしれないね~」
 それは認めなければならないことだった。

 もしも、あの男が強かったのならば。
 このような事件はそもそもが起こり得なかったのだ。手にした一対のカード。
 シデレウスカードは、手にした者を怪人にもカードアクセプターにも変える。だが、あの男は『ドロッサス・タウラス』の語る通り、中途半端だった。
 揺らいでいた。
 だから、この結果だ。
「でも弱いけど強い、ってこともあるんだよ~」
「言葉遊びをするつもりはない」
「まあ、付き合ってよ。怖く立って前に進む子もいるし、怖いから前に進む子もいるからさ~だから、人間って」
 興味深い存在なんだよ、と彼女は眠りながら声を発した。
 瞬間、飛び込んだのは『ドロッサス・タウラス』だった。

 彼女が眠っているように思えるからと言って、一つの加減もない突進の一撃であった。
 翻る鎖と共にラディエはベッドを盾にして突進を受け止めた。
 盾にして受け止めても、凄まじい衝撃が体に突き抜けてくる。
「きみは『弱いこと』を侮らない方が良いかもね~」
「弱者であることに甘んじて、強者の庇護を甘んじて受け入れ続けるような者など、生きているとは言えない。死んでいるように生きているのならば、疾く死ねばいい! その潔さすらないというのならば!」
「んふふ」
 ラディエの手が掴んだ鎖が翻り、彼女の身が『ドロッサス・タウラス』の上を飛ぶ。
 振り返りざまにベッドが放り投げられ、『ドロッサス・タウラス』が再び突進する。その痛烈な一撃……角をラディエはつかみ、受け止めた。

「あの子はねぇ」
 掴んだ角ごと『ドロッサス・タウラス』をラディエは持ち上げた。
「……ッ!?」
「今は弱くても、そのうちきみより強くなれるって僕は思うな~」
 弱さを知る。
 強さに憧れる。
 強いだけの者に意味はない。弱さを知り、強さに憧れる中途半端さ。
 それは人としての優しさだ。
 己を罰するのも、人の優しさの発露。
 人の優しさは武器だ。力を振るう意味を知るためには、弱さを知らねばならない。
 誰かを思いやることのできるのならば、それは計測不能な強さにほかならない。
 だから、とラディエは、|つかんでたたく《グラブ》。
「だから、ちょっとごめんね~」
『ドロッサス・タウラス』の巨体を彼女は大地へと叩きつけた。
 それは、彼女の腕がへし折れるほどの衝撃。
 だが、まるで鉄槌のように『ドロッサス・タウラス』は打ち付けられ、ラディエの掴んだ角がへし折れ吹き飛ぶしかなったのだった――。

不破・鏡子

 双角はへし折れ、両腕はひしゃげた。
 打ち付けられた体躯は満身創痍であったが、その身からあふれる星界の光は湛えられていた。
 簒奪者『ドロッサス・タウラス』は√能力者の猛攻を受けて尚立っている。
 身に渦巻く力を発露を示すようにひび割れた鋼鉄の駆体から光が溢れ、ほとばしるように星炎のブレスとなって周囲に撒き散らされる。
「弱さは是正されるものではない。そんなことに意味はない。否定しなければならない。否定し続け、完膚なきまでも潰えさせねばならないのだ!」
 その言葉に不破・鏡子(人間(√マスクド・ヒーロー)のマスクド・ヒーロー・h00886)は立つ。

「どうやらあなたの方とは遠慮なく戦えそうね」
「遠慮? 戦いに遠慮など!」
 星炎が吹き荒れ、鏡子を襲う。
 走る。疾駆する。疾走する。
 鏡子は迷わなかった。エネルギーバリアすらも星炎は出力差で押しのけてくる。
 力の差は歴然である。
 だが、それでも『ドロッサス・タウラス』の身に刻まれた傷は浅いものではない。これまで√能力者たちが刻み込んできたのだ。
 その軌跡を無駄にするつもりなんてない。
「さっきの彼について語ったところであなたには響かないでしょう。私も納得させようなんて思ってない。だから、正面から打ち崩して、ここで終わらせてあげる」
 重甲型爆芯靴 のヒールが爆発を引き起こす。
 彼女の体が飛ぶようにして加速し、『ドロッサス・タウラス』へと肉薄する。

「無駄だ、この無敵の力は!」
「そうね。けれど、その無敵……どこまで持つかしら」
 そう、これまで幾度となく星炎のブレスでもって√能力者たちを退けてきた。
 そして、その無敵の体は、攻撃を防ぐ度に星界の力を消耗していく。無限ではない。だから、その駆体に亀裂が走っているのだ。
「グラビティ・コンバット――スタートッ!!」
 加速する。
 更に加速する。
 もっと、もっと、もっと速く。
 鏡子は『ドロッサス・タウラス』へと攻撃を叩き込む。
 拳で、蹴りで、連打と乱打をかけ合わせたように叩き込み、その鋼鉄の牡牛を釘付けにする。
 星炎が吹き荒れる中、彼女は構わず己が身が灼けても攻撃を叩き込み続けた。
「ぐ、ぬ、ウッ!! まさか、この我を!」
「釘付けにする! 無敵のままではいられないでしょう! 星界の力とやらは、そこまで万能じゃないと視た! なら!」
「クッ! このままでは……!」
 砕けるように光が散った瞬間を鏡子は見逃さなかった。

 再び、もう片方の重甲型爆芯靴のヒールが爆ぜた。
 踏み込む。
「逃さない! そのご自慢の力も装甲も全部、蹴っ飛ばしてやる! 」
 纏った重力制御場。
 加速した彼女の体が砲弾のように『ドロッサス・タウラス』の鋼鉄の駆体を貫通する。
「重爆撃!」
 貫いた彼女が空中で翻り、撃ち抜かれた『ドロッサス・タウラス』が爆散する姿を認める。
 戦いは終わった。
「あなたにはわからないでしょう。だから、これで終わりよ」
 鏡子は、そう呟き、立ち上る炎の下に降り立つのだった――。

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