4
華麗なる?|鍛冶職人《ブラックスミス》の戦い方
●Anker候補『鍛冶職人』
「ねえ、知ってる? 鍛治って『かぬち』とも読むらしいよ。律令制のあった時代……平安とかだと、鍛冶司って役所での仕事だって」
|亜双義《あそうぎ》・|幸雄《ゆきお》(ペストマスクの男・h01143)の知識マウント……もとい、話を聞いて『だからどうした?』という感想が大半だろう。
いわく、この前置きは必要なものだとか。
「√ウォーゾーンにも居るのよ。由緒ある『|鍛冶職人《ブラックスミス》』のAnker候補がね、そいつがAnker抹殺計画のターゲットになった。サイコブレイドの“Ankerを探知する能力”ってのは、見分けがつかないハズの人、物、概念からAnker候補を見抜く」
厄介なモンだ、と呟きながら電子タバコの蒸気を吹きだす。
今回発見された人物は、√ウォーゾーンで鍛冶技術を受け継ぐドイツ人の一族だという。
「名前は『ギルベルダ・シュミーデ・ローゼンハイム』、10代女性だよ。ドイツの人類居住区にいる学徒兵で、兵科は『工兵』だね。技術班の一人として、WZや武装製造に関わってるよ……本人は鍛冶に向いてないと思ってるけどね」
戦闘機械群によって母と兄を奪われ、今や父娘の二人家族。
残されたギルベルダは、後継者の重責を感じていた。
「実際は、お父さんも臨時講師の一人として、鍛冶技術を兵員に教えてるのよ。技術は広めないと残らない。引き継がないと断絶しちゃうからね。娘の|本音《苦悩》に気付いている、ってのが一番だろう」
だが、鍛冶とは金属を赤熱させるほどの、高熱をもちいる危険作業。
|不幸な事故《・・・・・》が起きても、おかしくはない。
「実行部隊は、ギルベルダが鍛造機械を操作してるときに、誤作動を誘発するつもりだ。鍛造機械……ドロップハンマー、スプリングハンマー、それにプレス機。当たれば即死だ、頭蓋骨が陥没しちまう」
ギルベルダにとって、それが職務である以上、持ち場から離れさせることは出来ない。
であれば、√能力者が持ち場に入ればいい。
一時的に学徒兵に加わってもいいし、気付かれないように潜りこんで、サポートしてもいい。
「抹殺計画が失敗したとなれば、指揮官も黙ってないだろう。最終手段として、ギルベルダへの直接攻撃を狙うから、あとは√能力者が守りながら指揮官を撃破してくれ」
各√は分岐した世界そのもの、と言える。国外にも危険がある。
「ギルベルダのいる人類居住区はドイツ語圏だけど、多言語翻訳ツールがあればどうにかなる。意思疎通する気があれば、相手も理解に努めるもんよ……魚心あれば水心あり、だね」
心配することはない、と幸雄は保証する。
「√ウォーゾーンだから観光も食事も楽しめないけど、学徒兵に混ざって遅いアオハルを体験したり、WZ開発メソッドを学ぶ機会もある。一番大切なことは……“日常にさりげなく紛れこむこと”だから、ね?」
これまでのお話
第1章 日常 『格納庫清掃』
●独逸圏・第×人類居住区
法で定めてきた、歴史ある美しい街並みも、今や無粋な金属によって塗り潰された。
あの美しい伝統建築も、|保存記録《アーカイブ》を閲覧しなければ見られない。
だが、まだ誇りが残っている。
ルールに忠実で、時間厳守。静穏な生活と、家族と過ごす時間を大切にする。
それは、戦闘機械群が現れてからも変わらない――少なくとも、|Anker《ギルベルダ》の属する独逸人類居住区では。
ドイツ人の朝は早い。
企業すら8時前には始業しているなど、日本人には考えられないことだろう。
代わりに終業時間も極めて早く、飲食店すら閉店後は休息を優先し、客を相手にしない。
――それでも『“ルール”なら従う』というのが、ドイツ人の傾向だ。
そのルールこそ、ギルベルダ・シュミーデ・ローゼンハイムを悩ませている原因でもある。
「あのWZの駆動部、モーターが異音を出すのをどうにかしないと。機械って量産には向いてるけど、微調整がイメージ通りにいかないんだよね」
朝8時に始まる朝礼に向け、通学する学徒兵の中にAnker候補・ギルベルダの姿があった。
どうやら機体部品の改善を考えているようだが、
「出来るか解らないけど……手作業で調整してみるか、試運転を手伝ってくれる人が見つかるといいけど」
憂鬱そうな顔で溜め息をこぼし、ギルベルダは校門を通り抜けていく。
観光資源は潰えた。食糧供給は運び屋次第、運任せ。
これがかつての経済大国にして、職人大国ドイツの名残の一部分。
人類最盛期の30%を下回るうちの、数%の|欧羅巴《ヨーロッパ》系が寄せ集まった人類居住区である。
とはいえ、ごく少数ながらアジア系の人員も在籍するようだ。
訪れた√能力者は、この人類居住区へ|さりげなく《・・・・・》溶け込めるだろうか?
●あるいは
人類存亡の最中に、転入、および編入制度は残っているのだろうか。
今回は学校が舞台とあって、レナ・マイヤー(設計された子供・h00030)が、溶け込みやすい環境には違いない。
(「転校生気分を味わえるなんて、新鮮ですね。ワクワクします」)
レギオンに対する大部分の認識は“戦闘機械群の放った、人類殲滅兵器”だろう。
大勢のレギオンを連れると目立ってしまうため、潜入中はリーダー機のみに留めることに。
ぬいぐるみのように抱え、レナもAnker・ギルベルダが在籍する学舎へ向かう。
ひとまずレナは工兵科に編入すると、同級生の少女たちに声をかけられた。
「他にもいっぱいレギオンが?」
「制御するだけでも命懸けなのに、もしかして心臓がクロム製なの?」
物珍しさもあっただろうが、声をかけてくれたなら興味があることは間違いなく、レナも笑顔で応対する。
「無理やり制御しようとした訳ではなく……目が合ったから、でしょうか。今では家族のような存在ですよ」
よしよし、とレナがレギオンを撫でると、単眼を一文字にしてご満悦。
あまりピンと来なかったのか、少女達は不思議そうに顔を見合わせる。
「レナが“大物”ってことはよく解った、これから頼りにさせてもらうね!」
その一言にレナの青い瞳が僅かに見開いた。
誰かに認めてもらえることは、それだけで自信に繋がる。
(「私自身は、できることが少ないと思っていたのですが……」)
「はい! みんなと一緒にがんばろう、ね?」
眩しいほどに可憐な笑みを、レナがレギオンに向ける。
これは潜入なのだと、つい忘れてしまうほどに。
――そして、朝礼を告げる呼子が鳴らされた。
●体力育成
(「世を忍ぶ仮の姿、いつ如何なる時も保てなければヒーローは務まらぬのじゃ」)
√ウォーゾーン、しかも欧州圏での活動であっても、マイティー・ソル(正義の秘密組織オリュンポスのヒーロー・h02117)の立ち振る舞いは変わらない。
目立つ耳と尻尾は、帽子や上着を腰に巻いて隠しつつ、歩兵科の教育課程を受けていた。
次は別クラスとの合同ワークアウトで、教官から「ペアを組んで」と指示される。
誰と組むか迷っていたマイティー・ソルだが、護衛対象のAnker候補・ギルベルダの存在に気付く。
「もし。まだ相手がおらぬなら、妾と組まぬか?」
いまは本名の『ヒミコ』を名乗り、編入生として振る舞い続ける。
隠れた善行なれど、ペア探しに難航していたギルベルダは、マイティー・ソルの声がけに感謝していた。
パートナーを肩に担いでグラウンド10周、というメニューをマイティー・ソルは軽々とこなし、息切れもなくギルベルダを下ろす。
「す、すごい……ヒミコって、実は優秀な学徒動員兵?」
「修練は欠かしておらぬよ、それよりギルベルダの番じゃ」
適当にはぐらかしつつ、マイティー・ソルが担ぐよう促す。
ギルベルダの初速はお世辞にも速いとは言い難く、どうやら肉付きの悪い体質のようだ。
「ハァ、ぅ……っ」
「足が重かろうと歩みを止めてはならぬ。前進し続けるのじゃ!」
戦場では気力が尽きた瞬間、死の恐怖に屈してしまう。
マイティー・ソルが叱咤激励し続け、授業が終わる直前にギルベルダも完走。
「は、初めて、授業時間に、終わったぁ……!」
膝に手をつき、荒い呼吸を整えるギルベルダは、汗だくで笑みを浮かべる。
「努力の賜物じゃな、妾も負けておれぬのう」
「ふふ、ヒミコが励ましてくれたからよ。……そうだ、今日の放課後って予定ある?」
『WZの部品改良を行うので、試運転に協力してくれる人を探している』
まさしく困っている人なのだが、果たしてマイティー・ソルはどう動くか。
●聞き込み
|紙蚊帳吊《かみがやつり》・スズコ(人妖「ハシビロコウ」紙と万年筆専門ネットショップ「紙葦カミイ」店主・h00760)は運び屋を装い、資材搬入として整備区画に訪れていた。
(「Ankerのことは少し解ったけれど、犯行現場について解っていないのよね。内情が解れば、有利に進められると思うけれど」)
WZや装甲車を整備するブルーカラーが顔を突きあわせる中、小休憩していた整備兵を見つけると、スズコは柔らかな微笑とともに声をかける。
《|無有表裏《キョゾウコウチク》》の煙管をとりだし、一服しているよう装いつつ、整備兵に探りを入れ始めた。
「ここって大きな施設があるようね。こんなに車両が揃った居住区は初めて見るわ」
「デカい鍛造施設があるからな、屑鉄も装甲に早変わりだぞ」
「確かに下手な工場より立派そうだわ。どんな設備があるの?」
気だるげな仕草を見せつつ、スズコがおだて気味に促すと、気を良くした整備兵の口が軽くなる。
「金属の|靭性《粘り強さ》を高める鍛造プレス機とか、成形用のハンマーとか……あと、部品に使う歯車の転造盤もあるんだ。事故が多いし、これもある意味“戦場”って呼べるかもな」
それ以外にもありそうだが、おそらくよく使うモノは上記の三種だろう。
スズコ自身が気になったのは、その中で暗殺計画に組み込まれそうな機械だった。
「危険作業だものね、ヒヤッとすることもあるでしょ?」
心配そうな表情を浮かべるスズコに、整備兵は気まずそうに頬を掻く。
「まあ、ね? 上着が巻き込まれたときはさすがに焦ったなぁ……|ウィンチ《巻上機》のチェーンに引っかかってさ。咄嗟に脱ぎ捨てて、事なきを得たけど、あやうく歯車に挽き潰されるとこだった」
今でこそ笑い話なのだろうが、巻き込まれていたら大怪我を負ったかもしれない。
――それも、原形を留めていたか怪しいほどに。
話もそこそこに切り上げ、スズコは建物の陰に入ると、情報を手書きで書きだしていく。
すると、聞き込み内容に妙な繋がりを感じた。
(「歯車、チェーン、巻き込まれ――どうも気になるわね」)
第2章 冒険 『危険物質の広がりを止めろ!』
●完全犯罪計画
警報がなることなく、平穏な1日を過ごした学徒兵は校舎を出ると、各々の時間を過ごすことになる。
ある者は自主学習に励み。ある者は自己研鑽に精を出し……ある者は、責務を全うするために時間を費やす。
|護衛対象《ギルベルダ》は施設前で、手書きの資料とにらめっこしていた。
施設そのものは体育館ほどだが、窓はないし、鉄の箱のように見える。
「異音の原因はモーターだと思うけど、接続異常かもしれないし……どのみちパーツを手直しするしかないよね」
資材もそう多くはない。
ムダ遣いを防ぐためにも、WZから部品を外すつもりのようだ――だが。
「まさか、予備の作業着が持ち出されるなんて……変な趣味の人でもいるのかな?」
実行部隊に持ち去られてしまったのか。
ギルベルダの服装は厚手のツナギではなく、体育で着るためのジャージ。
危険作業であることは、ギルベルダも自認していたが、
「……外して再調整するだけだし、すぐに終わるよね」
大仕事ではないから――そう判断して、ギルベルダは鍛造施設に入ってしまった。
多くの鍛造機械は重厚な外観で、WZの規格に合わせるためか、数メートルはある大型機械も備えられている。
沈黙する機械達は、次の職務を静かに待つ。さながら寡黙な職人のよう。
「まずは――」
施設に入った直後、ギルベルダめがけて脚立が傾く。
慌てて飛び退いたものの、それが“抹殺計画”の始まりだった。
「な、なにこれ? ……え?」
誰かが故意に備え付けた、鉄の枷や首輪がギルベルダを捕まえる。
ギョッとしている間に、今度はウィンチが独りでに動き始め――手枷や首輪を引っぱり出す。
為す術なく引き寄せられる先には、やはり稼働し始めた鍛造機械の数々。
機械は壊されても復旧という手段が残るが、生命は壊されたら元に戻らない。
鍛造機械の|強制停止《破壊》。シンプルだからこそ、これが最速の救出手段となるだろう。