シナリオ

月影妖精奇譚

#√EDEN #√汎神解剖機関 #第三章受付終了

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 #√EDEN
 #√汎神解剖機関
 #第三章受付終了

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●御伽噺のやうな夜に
 おうちに帰ってもつまらない。
 おとうさんもおかあさんも、毎日おしごとがいそがしくて、眠たくなるまで帰ってきてくれないから。
 おとうさんもおかあさんも、わたしを大好きって言ってくれる。
 いつもさみしい思いをさせてごめんね、って抱きしめてくれる。
 わたしだって、おとうさんのことも、おかあさんのことも、大好き。

 でも、さみしいって気持ちはふさがらなくて。

 だからその日は少しおそく家に帰ることにした。
 夕やけ小やけが聞こえても、空がまっくらになっても、公園にいた。
 ジャングルジムのてっぺんまでのぼって、お空にのぼったお月さまを見る。
 今日のお月さまはお皿みたいにまんまるで、つやつやと白かったから、なんにも言わずに見つめていた。
 そうしたら、ひゅうと飛んできた黒い何かがお月さまをかくしちゃったの。

『ねえねえ!あなたひとり?』

 それは、絵本に出てくるようせいさんみたいな、小さくてかわいいたくさんの何か。
 おさとうみたいに甘い声で、わたしの周りにくるくると集まった。

『ひとりなの?さみしくない?』
『さみしいのは追い払わないと!』

 まっくろだけどやさしくて、たくさんだからさみしくなくて、ぽかぽかと心があったかくなって、うれしくなって。
 わたしはようせいさんの手をにぎって、ふんわりと空を飛んだ。

『『さあ、あなたもお友達になりましょう!』』

 これでもう、さみしくないのかなぁ。

●そして少女はいなくなった
「事件発生よ。至急、動いてもらいたいの」

 事件に関する情報をホワイトボードへと纏め終えると、色嶋・いろり(Standby・h00372)は集まった能力者達へと向き直った。
 配られた資料には彼女の視た『事件』の詳細が書き連ねられている。

「√EDENで行方不明が多発しているわ。それも、被害者は子どもばかり」

 一週間前、ひとりの少女が下校途中に行方をくらませた。
 少女を最後に目撃したのは学校の友達で、途中までは一緒に帰っていたのだという。
 道が分かれ、彼女と別れて以降の足取りは不明。
 その後も小学校低学年までの子どもが相次いで行方不明となるも、犯人の目星はつかないまま事件は迷宮入り。
 と、なるところだった。

「予知のおかげで実行犯は|視えた《・・・》わ。√汎神解剖機関からやって来た怪異で、『無邪気な黒妖精』って呼ばれてる存在よ」

 他√からの侵略者による犯行。
 それ故に、√EDENの人々は異常現象を『忘れる力』が強く作用してしまった。どの証言も曖昧で、正確な情報を得る事が出来なかったのだ。
 それでも集めた情報を精査し、比較的信憑性が高いものを吟味した結果、『被害者の名前』『事件発生区域』と『犯行は夕方から夜にかけてに行われている』事。
 この三点だけは特定できた。

「だから、あなた達にはこれからとにかく足で情報を稼いでもらうわ」

 いろりは追加で√能力者達へと指定区域の地図を渡す。
 赤いマーカーで囲われた区域のすぐ外には小学校が二箇所。被害者はいずれも、二つの小学校の生徒なのだという。
 区域内には数カ所、公園や芝生広場など子どもが立ち寄りやすい場所がある。
 次の犯行が行われるとするなら、小学生たちの通学路やこういった場所を中心に警戒すれば黒妖精達は見つかるだろう。
 少なくとも予知で見えた少女のひとりはどこかの公園でひとり、月を見ているらしい。
 彼女の他にも標的にされる子どもがいるかもしれないので、なるべく広い範囲を警戒してもらいたいらしい。

「それと、黒妖精達にはボスがいるみたいなの。攫われた子ども達はそっちに引き渡されていて、今のところ安否は不明よ」

 そこまで説明し終えて、女は眉根へ皺を寄せながら暗い口調で続ける。

「……だから、最悪の事態も考慮して、出来る限り救い出してちょうだい」

 そして叶うなら、より良い|結末《しらせ》を。
 祈る様に乞うた女が、現場へ向かう皆の背を見送った。

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第1章 冒険 『月夜の出来事』


●満ちた月の示す場所
 艶めく月の色はしろがね。
 星あかりを呑み込んだ雲の隙間から見え隠れしながら、虹の暈をかぶる。

 街を歩いてみると思いの外、子ども達の姿を見かける。
 習い事の帰り道か、それとも家に帰りたくないのか、理由は様々あるだろう。

 しかし、あなた達は|彼らに話し掛けてはいけない《・・・・・・・・・・・・・》。
 子どもを拐かす|怪異《はんにん》の存在よりも、突然話し掛けてくる|未知の存在《しらないひと》の方が彼らにとって脅威と認識しえないからだ。
 何より、黒妖精達を誘き出すためには彼らの存在が必要。
 怪異発見の為にも、彼らに避けられるような行動は取るべきではないだろう。

 あなた達に必要なのは彼らを見守る事、そして備える事だ。


●補足
 月見をしながら張り込みのターンです。
【子どもたちへ話し掛けてはいけません】のでご注意ください。

 それ以外の行動は問題ないので、見張りつつ英気を養ったり、ちょっと月見したり、囮になろうとしたり、不穏な気配を感じ取ったりしてください。
 調査箇所は自由ですが、どういった場所へ向かいたいか迷った際には下記を参考にどうぞ。

・公園
 人の気配も遊具も少ない公園です。
 指定区域の中に数カ所あり、そのいずれかに予知で見た攫われる予定の少女がいるかもしれません。
 彼女を見つけても話し掛けず、見守るようにしてください。

・芝生広場
 街灯の少ない芝生広場です。
 明るいうちはボール遊びや追いかけっこをしている子どもを多く見かけます。
 夜になってもまだ遊んでいる場合がありますので、警戒してもいいかもしれません。

・コンビニ
 いつでも明るい皆様の最寄り、コンビニエンスストアです。
 習い事帰りの子ども達が集まっているようです。
 怪異出現までの時間、補給が必要になったら立ち寄るといいでしょう。
桂木・伊澄


(子供ばかりを狙った事件か……)

 悪質だな、と|桂木《カツラギ》・伊澄《イズミ》(蒼眼の|超知覚者《サイコメトラー》・h07447)は眉間に深く皺を刻む。
 今回の事件、実行犯は分かっているものの黒幕の正体や足取りは掴めていない。
 星詠が特定したという情報もあくまで推測の域を超えず、物的証拠も目撃証言も存在していないのだ。
 ならば、それらを調べ上げ見つけ出すのが|警視庁異能捜査官《カミガリ》たる彼の仕事だ。
 事件の早期解決に尽力すべく、伊澄は現場と思わしき区域へと踏み込んだ。

 その道すがら、仲睦まじい小学生三人組とすれ違う。
 下校途中か、習い事の帰り道か。どちらにせよ、こんなに遅い時間まで子どもだけで歩いている。
 危険だ。本来ならこんな状況を見過ごせない。一言、「もう暗いのだから早く帰りなさい」と声を掛けるところだ。
 それが|出来ない《・・・・》。今は、してはならない。
 どんなにこちらが身を案じても、子どもからすると見知らぬ大人。
 警察官の制服を着ていたとしても、その声音が優しく柔らかなものであっても、知らないというだけで恐怖の対象と成り得ることもある。

(我慢しないと。今やるべきことは別にあるんだ)

 歯痒くとも、全てはこの先犠牲者を増やさないために。
 他人のことなど気に留めない楽しそうなお喋り。からかいあって笑って、跳ねるように遠ざかっていく足音を背に、伊澄は目的地へと向かう。

 伊澄の目指した公園は川沿いにあった。
 星詠の予知では時間帯こそ分からなかったが、少なからず拾える情報はある。
 見上げれば月が見える方角に遮蔽物が少なく、ジャングルジムのある公園。
 少女が攫われるはずの、黒妖精が現れるはずの場所と条件は一致している。
 
(よし、聞き込み開始だな)

 公園内には誰も居ない。好都合だ。何せ『忘れられる力』により√EDENの住人相手だと正確な情報は得られない。
 彼の捜査対象はインビジブル、この場に漂う見えない怪物達だ。伊澄には彼らから情報を得る手段がある。
 彼らの協力があれば他√からやって来た簒奪者も目撃しているだろう。
 が、|なぜか見当たらない《・・・・・・・・・》。
 この公園に至るまでの道には確かにいた。それが、この公園の周辺に限ってぽっかりと、不自然に見当たらない。
 疑念。
 どうしてインビジブル達はここを避けているのだろうか。そもそも、インビジブル達が避けたくなるような存在とは?
 不安を感じながらも公園内を注意深く探す。
 すると、遊具から離れた休憩場所、ベンチのすぐ横に植えられた名も分からない一本の木。
 枝の隙間に身体をねじ込むように二体のインビジブルが潜んでいる。その姿はクマノミに似ていた。
 ようやく見つけた安堵から息を吐く。ここからだ。伊澄は顔を上げると伊達眼鏡を外し、揺らめく二体へと瑠璃色の視線を送った。

「すみません、警察なのですが少々捜査にご協力いただけませんか?」

 眼差しに込めるは魔の力。合わせ、対象へと呼び掛けたならインビジブル達はゆらりと枝の隙間から抜け出してくる。
 |容貌《カタチ》は変わり、伊澄の目の前まで降りてくる頃には尾鰭は両脚へ、胸鰭は両腕へ。かつて生きていた時の姿を呼び戻す。
 
『わ!なになにこれー!?』
『ウッソやば、あたしら|生前《ムカシ》に戻ってんじゃん!』

 そこに現れたのは十代後半であろう二人の少女だ。
 学生服に身を包んだ彼女達は驚きを口にしつつ互いの姿を見比べていた。
 一瞬の戸惑いを見せつつも、伊澄は平静を装う。丁寧に、親切に、二人の女学生へと微笑みかけた。

「こんばんは。警察のものなのですが、最近この近隣で起きている子ども達の行方不明事件についてお伺いしてもよろしいですか?」
『あーもしかしてアレ?うんうんいいよー!』
『てかさっきもひとり黒いのに連れてかれてたんじゃん?』

 ひくり、と眉が動く。
 |さっき《・・・》、それも|黒いの《・・・》に。二つの単語から連想するのは予知の光景だ。
 一歩遅かったのか、淀む胸の内を隠しながらも少女達へと更に問う。

「黒い何かに連れて行かれる子どもを見かけたんですか?」
『うん!ホントさっき!男の子が黒いのに囲まれててー、でも楽しそうだったから別にいっかな?って』

 男の子。予知の少女の他にもうひとり、今日、攫われた子どもがいる。
 その事実が伊澄へと与える衝撃は大きい。だが同時にこれは好機でもある。
 犯行から間もないとなると追い付ける可能性はある。拠点があるなら他の子どもや予知の少女もそこへ連れ込まれるかもしれない。

「彼らがどちらへ向かったかは分かりますか?」
『たーしーかー……アッチの方に連れてかれてたよ。なんかあの黒いの、ヤな感じして近寄りたくなくて、アタシらここから見てたんだよね』

 少女達が指差した先には川沿いの遊歩道。街灯は住宅街と比べても少なく、今の時間は人通りもそれほど多くはない。
 その先にはコンビニの看板が煌々と光り、奥にはビルや工事現場も見える。
 黒幕がいるのならこういった場所に子ども達を匿っていてもおかしくはない。
 ならば善は急げ。他の|√能力《協力者》へ情報を共有しつつ、直ぐ様怪異の動向を追うべきだろうと伊澄は呼吸を整えた。
 二人の少女を前に姿勢を正すと深く一礼。頭を上げて笑みを見せたら彼女達とはお別れだ。

「……ありがとうございます。おかげで捜査が進みそうです」
『役に立てた?ならよかったー!頑張ってねお巡りさん!』
『アタシらまだここにいるし、このカッコでいられる間は力貸すからねー!』

 明るい金髪を並んで揺らす少女達に見送られ、伊澄は妖精達の足取りを追う。
 √能力の使用でエネルギー源とされたインビジブルもいるだろうし、彼女達のように簒奪者の気配から逃げたものもいるかもしれない。
 まだ間に合う。間に合わせる。
 逸る心を抑えて向かう先、夜闇に丸く見開いた月が伊澄を見下ろしていた。

花園・樹


 日が沈み、夜が深みを増していく中、薄暗い住宅街の道へと斑に光が落とされた。
 |花園《はなぞの》・|樹《たつき》(ペンを剣に持ち変えて・h02439)は等間隔で設置されている街灯を見上げる。いくつかは消え、中にはちかちかと点滅しているものもあった。
 事件が解決した後にでも街灯について道路の管理者へ報告しないと。そんな考えを浮かべつつ、くっきりと明るい光の下で地図を開く。
 赤いマーカーで囲まれた区域。行方不明となった子ども達がいたはずの、そしてこれから危険な怪異に拐かされるであろう子どもがいるはずの場所がこの先にある。

(最悪の事態、か)

 星詠は攫われた子ども達の安否までは見えなかったと言った。
 即ち、場合によっては犠牲が出ているかもしれないという不安。それが樹の歩みを急かせている。

 種族こそ半人半妖だが、樹は人生の殆どを√EDENで過ごしている。
 この地で育ち、学び、紆余曲折を経て己を受け入れ、現在は小学校教師として働いていた。
 昨年度は二年生の担任として一年間を過ごし、今年度は四年生を受け持つこととなった今。かつての教え子達は担任が変わって尚も自分を慕ってくれている。
 無邪気に笑って挨拶を交わしたあの子達と同じくらいの子どもが、今、あり得ざる危機に脅かされてるのだ。

(……急ごう。これ以上被害者を増やすわけにはいかない)

 唇を噛み締め、更に歩みを速めた。
 この道を直進し、突き当たりの角を右に曲がると一つ目の児童公園が見えてくるはずだ。
 今必要なのは一にも二にも情報。
 |警察官や探偵《ほんしょく》ではないにせよ、子ども達のために全力を注ぐ事なら自分にも出来るはずだ。
 足りない経験は足で稼げ、と樹は進んでいった。

 到着した公園には予知の少女らしき姿どころか人ひとりとしていなかった。 
 心の何処かで僅かな落胆を感じながらも、これから行う情報収集の手段を思うと人目につかない事は都合がいい。
 |シーソー、ジャングルジムつき滑り台、動物を象ったスプリング遊具《手前から奥へ》と順々に視線を巡らせて、ふと、目を留めたのはブランコ。
 そこには一体のインビジブルが漂って──否、留まっていた。座板を吊るすチェーンへとくるりと尾を巻く、タツノオトシゴに似た姿。
 別段ブランコへ干渉している訳でもないのに、|造形《かたち》に引っ張られたのだろうか、ゆらゆらと身体を左右に揺らしていた。

(ここに居着いている?だとしたら……)

 一歩、樹がブランコへ近付く。インビジブルに反応はない。二歩、三歩と接近してもその場で揺らめくだけ。
 ついには手の届くほど近くまでやって来ると、樹は息を薄く吸い、目を閉じて祈りを捧げた。これよりひと時、インビジブルに過去の姿を取り戻させるために。
 祈りに呼応し、インビジブルはガスが抜けていく風船のように落ちてくる。
 ゆっくり、ゆっくりと、ブランコの座板まで。
 降り立ったそこにはひとりの少年が腰掛けていた。樹の祈りが、インビジブルへ|生前《かつて》の姿を思い出させたのだ。

『……んん〜?』

 少し眠たげな榛色の眼差しがまっすぐに樹を捉える。
 状況を理解できたのか、それともこれが素なのか。少年はにこりと微笑んでマイペースに樹に話し掛けた。

『おはよぉ〜。お兄さん、ぼくに何か用?』
「ああ、おはよう。……ごめんね、眠たいところを邪魔して。どうしても聞きたいことがあって」
『ん〜、いいよぉ。眠いのはいつものことだし。何が聞きたいの〜?』

 ゆるりとまばたき。樹の言葉に頷いてから大きく伸びをした少年は、丸めていた姿勢をしゃんと正した。
 さあさあなんでも聞いて、と胸を張る様子に頬と気が緩む。

「そうだね……まず、この辺りで子どもがいなくなった話を聞いたことはないかな?ちょうど、夕方から今くらいの時間で」
『あ〜、それなら見たよぉ。うん。一昨日の夜だったかな、昨日かも?とにかく今日じゃないちょっと前』

 どうやらこの公園でも似たような事件が起きていたようだ。
 少年の話を纏めると、妖精が出現したのはほんの二、三日前。
 時間を気に掛けてはいなかったが空は随分と暗く、だというのに女の子はピンク色のランドセルを抱えて滑り台の上でひとり泣いていたという。
 そこへ黒い妖精に似た存在が複数体現れて彼女へ話し掛け、少女を公園から連れ出した。

『あやこ、って名乗ってたかなぁ……ここを出て行く時にはニコニコしてたよぉ』

 ここまで聞いて、樹の中に疑問が浮かぶ。
 妖精達は子どもを害していない。寧ろ泣いていたり、落ち込んでいる子どもへと手を差し伸べているようだ。
 話している内に子どもと妖精は親しくなり、結果、|子ども達は自ら望んで妖精について行っている《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》。
 妖精を信頼しているとなると、逆に自分達のような大人の事を信じてくれないかもしれない。
 一匙の不穏に顔も、身体も強張る。

『……大丈夫?お腹痛くなったぁ?』
「え。……ああ、いや。ごめんね、大丈夫だよ」

 やわらかな少年の声に引き戻される。
 そうだ、たとえ子どもに嫌われる事があろうとも、道を示し教えるのが教師の務めだ。
 樹は軽く頬を叩いて気持ちを切り替える。
 その後、少年へいくつかの質問をして、この公園から離れた。
 ひとつ、またひとつ。地域内の公園を歩いて巡る。中には既に他の|協力者《√能力者》がいる場所や、調査済みらしき場所もあった。
 それでもまだ予知の少女は見つかっていない。まだ彼女は連れ去られてはいない。
 地域内で探していない公園も残るは二箇所。次第に人の気配は減り始め、月も高く昇り始めていた。
 直進。そして遠目に見つけた遊具の奥、ジャングルジムに腰掛ける小さな姿を、樹は見つけた。

(……いた。あの子か)

 今すぐ助けに行きたい。
 迫る危機もさることながら、まだ幼い心へと蔓延る漠然とした寂しさはひとりで取り払えるものではないだろう。
 教師としては絶対に放っておけない場面だが今はまだ駄目だ。耐えねばならない。
 唇を結び、樹は少女に気づかれぬよう公園内には入らず、一番近い自動販売機の隣にひとり立って、ただその時が来るのを待っていた。

如月・縁


 きらり、ちかり。
 秋の夜風に運ばれた透明の花弁が月明かりを映す。
 道行く人々はそれに気づかない。否、その微かな神秘を見た次の瞬間には忘れゆき、|平常《いつもどおり》に戻ってゆく。
 頬を撫で、髪を撫で、人々の合間を過ぎてゆく中でひとり、黄色い通学帽を被った幼い少女がいた。

 ふわり。
 少女は何も気付かない。『忘れようとする力』が作用しての事ではない。俯き、道路と歩道を分ける白線だけを見つめて歩いているからだ。
 深い溜息、負の感情を溜め込んだ黒目がちな目。
 力なく狭い歩幅で向かう先には公園がある。

(ああ、あちらから近付いてくれるのなら、疑われることもないかしら?)

 その数メートル先、公園のベンチに座りビールの空き缶を手に月を見上げているのは|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》だ。
 美しい月夜にひとり晩酌を……と言うわけではない。空き缶は|小道具《フェイク》、この場で飲んだのではなくわざわざ自宅から空のものを持ち出してきたのだ。

(普段はお酒を飲む時間ですが、子ども達が行方不明になっているなんて大変ですもの)

 今は我慢、と缶を揺らして目を閉じる。
 縁が公園に到着したのはつい先程の事。|透光の花《√能力》を展開しながら通学路を歩いている最中、偶然予知の少女と思わしき小学生が一区画離れた道を歩いているのを見つけた。
 少女が向かう先にはちょうど良く公園があった。縁は先回りして公園へとたどり着き、それとなく目につきにくいベンチへと腰掛けてひとり酒を飲む振りをしていた。

(とは言え、あの子がここに着くのはもう少し時間が掛かるでしょうね)

 まぶたの裏に映る、飛ばした花から伝わる情報を見る限り、少女には迷いがあった。
 数歩ごとに立ち止まってはため息をつき、時折来た道を戻ろうかと後ろを見ては|公園《こちら》へと向き直り歩き始める。この繰り返し。
 こんなに暗いのだから家に帰らなければと囁く天使と、どうせ気付かれないからまだ遊んでいようと唆す悪魔が、少女の内側で対立しているのだろう。
 今のところ予知通り、悪魔側に軍配が上がりそうだ。

 それにしても、と縁はまぶたを開いて空を見上げた。
 この後に少女も見上げる事になるであろうその場所に、見事な満月が輝いている。

(おとぎ話のかぐや姫様は、月の世界に帰れたんですよね)

 月からやって来たお姫様。地球という牢獄へと|流刑に処さ《おくら》れた異界の住人。
 彼女のように自力では帰りつけないほど遠く引き離されたなら、帰りたいと望むのだろうか。
 それほど恋しく思う程に愛おしい場所であるのなら、この目で見てみたいものだと天より墜ちた女神は微笑む。

(月の世界……ちょっと憧れるなぁ)

 なんて、ね。
 ビール缶へと口をつけ、飲む振りをする。喉を鳴らす仕草をすれども乾き切った缶の中には残り香すらない。
 この仕事が無事に終わったのなら、あの見事な月を肴に今度こそ一杯を。
 その為にも。顔を動かさずに公園の入り口へと翡翠の視線を向ける。
 間違いない、予知の少女だ。

(子どもの前ですしね。そろそろ飲む振りはやめて、別の偽装へ切り替えましょうか)

 空き缶を片付け、代わりに金時計を取り出す。時間を気にして、誰かと待ち合わせをしているかのように振る舞う。
 ここに少女がやって来るまでに通り過ぎていった大人達と同じだ。無関心を装えば、相手もまたこちらを気にすることはない。
 目論見は的中したのか、少女は縁の事など気にも留めずに遊具へまっしぐら。
 本当に遊びたいわけではないのだろう、あちらこちらと迷ってからジャングルジムへと登り、空を見上げ始める。
 これだけ距離が離れているなら気づかれることもないだろう。

(あとは妖精が現れるのを待つだけ)

 宛ら、かぐや姫の帰還を阻む帝の軍勢のようだとひとり笑って、縁は再び月へと視線を映す。
 雲の隙間からこちらを見下ろすその様子は、地上を値踏みしているようにも見えた。

ナンナンナ・クルルギ・バルドルフルス


 神秘、幻想。存在しないはずの|架空《フィクション》の生物。√EDENにおける妖精とはそういった存在だ。
 他√であるなら妖精や類似した存在に対しての警戒心は多少はあるが、ここではそうならない。
 
(夜は寄り道せずにお家に帰らないといたずら妖精に攫われるよ──って、|√EDEN《こっち》では言わないんだもんね)

 文化の違いを柔らかに受け止め、ナンナンナ・クルルギ・バルドルフルス(|嵐夜の《ワイルドハント》・|竜騎兵《ドラグーン》・h00165)は哨戒を続ける。
 彼女が探すのは予知に現れた子どもではなく、犯人たる黒妖精だ。
 しかし調査の為に降り立ったのは初めての地だ。土地は生き物。潜り慣れたダンジョンへだっていつ変化しているか分からない。
 土地勘もないまま無闇矢鱈に探し回る事を、|依頼《バイト》経験豊富なナンナンナは良しとしなかった。下調べは大事だ。

 星詠から受け取った地図と見比べながら実際の道をつぶさに観察する。
 人の往来、戦闘になった場合に有利な空間、戦闘中に敵を誘導しやすい道、逆に通行を避けるべき道。
 地図へ追加で書き込みながら、ナンナンナは|仕込み《・・・》も進めていく。

「こんばんは。君はこの辺りに詳しい?」

 話し掛ける相手は人間ではない。小動物の形を取っている幽霊達だ。
 インコにハムスター、猫にうさぎ。土地柄なのか、ペットとして飼われていたらしき動物霊の姿を多く見かける。
 そんな|現地の存在《かれら》だからこそ、ナンナンナでは見落としてしまうものに気付けるかもしれない。

「うん。探して欲しいのは黒い妖精。……見たことある?なら探しやすいかな?」

 対象は簒奪者、場合によってはエネルギー源を得るべく|幽霊《インビジブル》達を狙う可能性もある。
 攻撃はせずに索敵だけに留め、見つけ次第連絡をするように。
 次いで、子ども達を見掛けてもこっそりと見張っているようにとお願いしたら、幽霊達を見送った。

(よし、こんなところでいいかな)

 一巡りしたら今回の調査拠点として目を付けていた場所へと向かう。
 道を曲がり、大通りへ。ナンナンナの姿を見た人々は一度大きく目を見開いた。
 彼女の身体──より正確に示すなら腰より下。|√EDEN《この地》においては異質である、美しく鍛え抜かれた馬体の影響だろう。ナンナンナへ向けられる視線の数は老若男女問わず多い。
 だが、それも一瞬の出来事。『忘れようとする力』によって彼女への奇異も好奇も薄れゆく。
 歩みを進めれば進めるだけ、彼女の存在はこの地の常識へと均され、慣れさせられ、浸透した。
 当人はと言うと、視線のことは気に留めずまっすぐに目的地を目指す。

(僕ぐらいの年頃の人間が長時間居座っても怪しまれにくい場所)

 日も暮れて、人々の大半は帰路へと着く時間。学生であるナンナンナが出入りしても違和感を与えない場所となると限られてくる。
 だからといって人目につきにくい建物へ許可なく立ち入れば犯罪者扱い、不必要に目立ってしまう危険もあった。

(ってなると、ファミレスが一番だよね)

 足を止める。通り沿いへ面した広い店舗を覗き込めば、同年代らしい学生グループが教科書とノートを開いて勉強を教え合う姿が見えた。
 ここならばひとりで過ごしていても疑われにくいだろう。
 入店し、出迎えた店員へ席の希望を伝えたら、大通りに面した窓際の空席へと案内してもらえた。
 案内の最中にざっと店内を確認。妖精に狙われそうな年代の子どもはいるが、どの子も家族と一緒にいる。
 彼らは大丈夫だろう。案内された席──ごく自然に、彼女が過ごしやすいように人間用の座席は撤去されていた──に着いたなら、今度は外の様子を眺める。
 車道を挟んだ向かい側の通りには揃いのユニフォームを着た少年達。点滅し始めた青信号を見て駆け出そうとしたのを引率の大人が止めている。
 ビルのエレベーターからは出てきたのは二組の親子連れ。はしゃぐ子ども達の手を繋いだ親達は会話しながら駅の方へと向かっていった。
 人通りは多いが、今のところひとりきりで歩く子どもの姿はない。

(ここなら監視しやすいかな)

 小さく頷くとナンナンナは一度テーブルへと視線を移す。席を利用する以上、食事を摂らねばならない。
 先程見た学生達のようにドリンクバーだけで注文すれば、多少店員からの視線は痛くなるが安上がりに済むだろう。
 が、そこまで生活を切り詰める必要もないし、この後に戦闘することも踏まえると栄養補給は必要だ。

(うん、軽く食べておこう)

 メニュー表を開く。まず目に飛び込んでくるのは季節のおすすめメニューだ。
 若鶏のグリルには真っ白なソースがかけられて、数種のキノコソテーが秋色を添える。
 和風メニューにはイクラと焼き鮭の出汁茶漬けをメインに、カキフライと小鉢が追加された豪華な御膳。値段は二度見した。
 定番メニューのページへ移ればチーズインハンバーグの写真が目を引いた。
 半分に切り分けられたハンバーグの中心からはとろりと蕩けたチーズが溢れ鉄板へと流れ出している。
 捲れば捲るだけ、腹の虫が不満を訴えかけてくる。

「……軽く、だよ。軽く」

 律するように呟いて、ナンナンナは蒸し鶏のサラダとミートソースパスタ、ドリンクバーのセットを注文する。
 彼女の元へ小さな天使たちが目撃情報を携えやって来たのは、それらをちょうど食べ終えた頃だった。

第2章 集団戦 『無邪気な黒妖精』


◯泉は満ちて光を繋ぐ
 銀の月に照らされて、小さな影が踊る。
 夜より暗いつやつやとした黒い髪、ふんわりと広がる灰色のワンピース。
 目元を花で隠した愛らしい妖精が子ども達の前へと舞い降りる。

『ごきげんよう!ひとりぼっちでどうしたの?』
『ごきげんよう!嫌なことばかりの世界はいやでしょう?』
『ごきげんよう!さあ、わたしたちと一緒に行きましょう!』

 蜜のように甘い言の葉。
 蝋のように蕩けた笑顔。
 絵本から飛び出した神秘を前に子ども達の頬も緩む。
 だが、これを見過ごすわけにはいかない。
 あなた達は機を見計らい、妖精達の前へと姿を現す。

『だぁれ?あなたもお友達になってくれるの?』
『ちがうわ。あの人はわたしたちの邪魔をしようとしてるの!』
『ひどい!わたしたちはお友達を増やしたいだけなのに!』

 棘のように鋭い言の葉。
 嵐のように激しい感情。
 理解し合えない常識で動く怪異はあなた達を強く睨む。
 幼心に夢見た姿との乖離、悍ましい気配に子ども達は怯え、その場から逃げ出していった。
 少なくともあなた達がこの場で妖精を引き止めている限り、子ども達は無事だろう。

『わたしたちの邪魔するなら追い払っちゃえ』

 ぶわり、妖精の形をしたそれらが襲い掛かってくる。
 為すべきは一つ、目の前の脅威を打ち払うことだけだ。


※補足
 戦場となる場所は幾つかあります。
 第一章にご参加の方は前回の行動結果に合わせた戦場で戦闘開始。
 それ以外の方は連絡を受けてそれぞれの戦場へ駆け付けた形での参戦になります。

 また、子ども達はあなた達の介入により現状に気づき、自主的に戦場から遠ざかっています。
 戦闘の邪魔や、目の届かないところで人質として囚えられる事もありません。

 思いっきり妖精達と戦ってください!
透羽・花羅


 びゅうっ!と、強く吹き付ける夜風と共に、桃色が駆け抜ける。
 子どもと妖精達の間へと割って入ったのは、彼らに比べれば少しお姉さんな女の子。
 颯爽と現れた|透羽《とうわ》・|花羅 《から》(天翔ける唐紅・h00280)はブレーキ代わりに小さくステップ。
 残る勢いでぐるっと妖精達へと向き直るとびしりと指を差した。

「見つけたよ!なんとか間に合ったね!」

 駆け回って駆け回ってようやく辿り着けた公園にはひとりの子ども。
 花羅の姿と相対する妖精達を見てはっと目が覚めたようにその場を去ろうとする。

『あっ、待って待って!』
『行かないで、わたしたちとお友達になりましょう!』
『こわいものも、さみしいものも、なにもないところへ行きましょう!』

 立ちはだかる花羅を見ないふりして、徐ろに子どもへと近付こうとする黒妖精達。
 しかし、どこからか吹き荒ぶ風が妖精達を阻み、ここから離れようとする子ども達の背を押した。
 渦巻く風の中心にいるのは花羅だ。

「そんな風に甘い言葉で誘惑するのは良くない!」
『えっ』
『なによなによ』

 仁王立ちする花羅の言葉に妖精達は困惑していた。
 妖精達の様子を気に留めずに花羅は堂々と思うままに言葉を続ける。

「ひとりぼっちは確かに寂しいよ。でも寂しいからって抱え込んでちゃダメ」

 子ども達のために手を差し伸べることは時に必要。しかし、現実逃避のために手を貸すというのなら話は別だ。

「自分から、本当に欲しいものは何か、気付いて行動するのが大事だと思うんだ」

 ね、|白日《ハクヒ》、|夕日《ユウヒ》?
 従者の如くに控えていた二羽の烏へと問いかける。が、二羽は不満そうに鳴く。子を諭す親のような、妹へ言い聞かせる兄のような、そんな響きだ。
 二羽の心が伝わったのか花羅は難しい顔。

「……私は思った事を言葉にしすぎ? えー? そうかなぁ?」

 二羽の心は伝われど、その意図までは伝わらず。
 二羽は両側から花羅の頭を軽く嘴でつついたり、きれいに整えられていたポニーテールを引っ張った。

「あいて!なんでつつくの引っ張るのーー!?」

 つつかれている花羅を前に、妖精達は怒りを覚えていた。
 何せ、妖精達は自身の言葉に|酸いも甘いも感じていない《・・・・・・・・・・・・》。
 そこにあるのは純粋で、無垢で、ひとかけらの邪念もない彼女たちなりの善意。本能に従った行動だ。
 故に、花羅へ抱いたのはある種の同族嫌悪、異なる常識の中にある無邪気さへ対する苛立ちだ。

『知らない知らない!!なによ、勝手なこと言って!』
『いらないいらない!もう怒ったんだから!!』
『かえさない、かえさない、逃してあげない!!』

 否定し合った以上、そう容易くは相容れない。
 怒りの赴くままに黒妖精達は数を増やした。微弱な力でも集まれば脅威。四方から飛び掛かり、花羅へと襲い掛かる。
 怒り心頭の黒妖精達を前に小競り合いも一時中断。
 
「子供達を狙う悪ーい妖精達には、私が相手だよ!!」
 
 靴のつま先で地面を叩くと双子烏が空を舞う。夜闇に眩しい一対の白は妖精達を花羅へ近づけさせない。
 
──天に降り注ぐ陽の光、疾く現ること願い奉る──

 祝詞を唱えたなら双子烏の片割れ、白昼を司りし烏が弧を描いて舞い上がる。くるりと旋回、陽射しの鋭さで花羅へ突進した。
 狙いを外したか?──否、白烏は彼女の身体へと溶け込むと、その輝きと共に花羅へと宿った。
 瞬間、花羅は光を纏う。星が落ちてきたかのような眩さに妖精達は目を細めるばかり。
 これは何か危険だ。本能的に察したのか、妖精達は花羅から一度離れようとした。

「逃さない、はこっちのセリフだよ!」

 ごうっ!!
 巻き上がる風と共に花羅が全力で駆け出す。黒妖精達も懸命に羽ばたくが風圧に負けて身動きひとつ取れない。
 それらを、光を纏った腕の一振りで叩き落とす。
 最高速度を維持しているのだ。通り過ぎるだけでも圧を与え、踊るように手足を振り回せば速度を乗せた一撃が敵を打ち滅ぼす。
 今はまだ、白昼の烏をその身に宿し神威を纏った時にのみ使える極意を思う儘に繰り出していた。
 公園の端から端、そこから更にぐるりと駆け回り半周したところで一度足を止める。
 先ほど増えた妖精は倒し切り、残すところは数体。
 気を抜くなと言わんばかりにもう一羽の白烏が鳴くと、緩みそうになった精神をきゅっと引き締め不敵に笑う。

「ほらほら妖精達!まだまだ私は元気だよ!鬼さんこちら!」

 逃げているのか、追っているのか、夜中の鬼ごっこはもう暫く続く。

桂木・伊澄


「……予知の少女は見つかったんだな」

 他協力者からの通信を受ける。どうやら件の彼女は別働隊により発見されたようだ。
 合流したい気持ちを抑え、|桂木《カツラギ》・|伊澄《イズミ》(蒼眼の|超知覚者《サイコメトラー》・h07447)は通信を切る。物陰に潜む彼の視線の先にもまたひとり、少年が黒妖精と楽しそうに笑っていた。
 先程公園での聞き込みにより発覚した事件。予知の少女の他に連れ出されていた、妖精に拐かされようとしている少年だ。
 黒妖精達は無邪気を装えど本質は簒奪者、悪意ある存在。彼を救うこともまた、伊澄の為さねばならない事なのだろう。
 数は十五体前後と言ったところか。隠し持つ|弾倉《マガジン》を確認する。通常弾、心霊弾、どちらも十二分にある。

「出動だ」

 |安全装置《セーフティ》を外し、黒妖精達の前へと姿を現す。
 笑み一つ浮かべない突然の乱入者へ対して黒妖精達は友好的な様子を崩さない。
 新たな『お友達』候補が現れたのだと嬉しそうに飛び回り、口々に伊澄を歓迎していた。

『まあまあ!今度はおとなのお友達ね!』
『大丈夫よ、大丈夫。あなたもお友達になりましょう!』
「へー、友達になってくれるのか。……実は昔っから友達の類を作るのが苦手でね」

 ちらりと少年へと視線を向ける。
 |見知らぬ大人《しらないひと》の姿を見て少年の目も覚めたのだろう。目配せの意味に気付いた少年は、妖精達の興味が伊澄へと向いている隙にその場を離れていく。
 少年が離脱するまでの僅かな時間、伊澄は妖精達の気を引くように会話を続けた。

『おとなになったら嫌なことがたくさん、たくさんあるのでしょう?』
『それなら、わたしたちと一緒に行きましょう!お友達ならわたしたちの世界へ連れて行ってあげられるわ!』
「その申し出は有難いが……」
『そうでしょう!』
『さあ、さあ、お友達になりましょう!』

 妖精達の姦しいやり取りを聞きながら、時間を掛けた相槌。
 僅か、思考の揺らぎが発生していたが微々たるもの。妖精達の甘い誘惑は伊澄に届かない。
 視線の先、少年が戦場となりうるこの区画からは離脱したと判断すれば、伊澄はジャケットのボタンを外した。

「遠慮被る」
『えっ!?いやなの!?』
『なんでなんで!!』
「なんだかあんたら面倒くさそうだし」
『面倒臭いってなによーー!』

 その下へ隠し持つ拳銃へと手を伸ばし、

「俺はボッチで十分だ。邪魔してくるなら排除させて貰うよ」

 二丁の拳銃を同時に抜き放つ。
 標的捕捉、構え、発砲。一連の動作にかけた時間は一秒に満たない。
 弾丸は狙い通り、隊列の奥側にいた二体の妖精へ着弾。弾けるように霧となって消えていった。

『きゃあ!なんてこと!!』
『冷たい鉄をこっちに向けないで!』
『お友達にもなってくれないし、ひどいひどい!!』 

 敵意を察してようやく黒妖精は動き出す。が、全てが遅い。

「まぁ、お詫びにこいつをくれてやる!」

 横一列、面で制圧するように連射する。
 大半は蹴散らせただろうか、命中した黒妖精達は小さな悲鳴を漏らしながら消えていった。
 隙を見て空になった弾倉を交換する。攻撃を上手く避けた二体の妖精が伊澄へ向かい突進してくるも、交換を終えた二丁拳銃が弾丸を吐き出す方が速かった。
 が、その奥。黒い粒子となり消え行く二体の妖精を突き抜けて、一体の妖精が伊澄へと急接近する。

『ゆるさない!ゆるさない!ひどいことをするあなたの事なんて嫌いよ!!』
「同感だな」

 ゼロ距離。小さな顔面へ突き付けた銃口から冷たい鉄が撃ち貫いた。
 それが最後。追加戦力の導入があるか警戒するが、反応無し。この場に集まっていた黒妖精は殲滅しきれただろう。
 念の為、戦場周辺も確認したが敵はいない。脅威となる存在が消えたからか、インビジブルがゆらゆらと漂うのみだ。
 先程の少年もどうやら無事離脱できたらしい。

(まだ黒幕も残っている。急いで合流しなければ)

 予知があった以上、黒幕が現れる切っ掛けとなりうるは件の少女だろう。
 残弾を確認し終えると、伊澄は次の現場へと急いだ。

花園・樹
如月・縁


『ねえねえ!あなたひとり?』
「えっ」

 ジャングルジムの上にいる少女へと語り掛ける黒い妖精。
 困惑する少女を置き去りにその数を増やしながら、自分達の心のままに言葉を連ねていく。

『ひとりなの?さみしくない?』
『さみしいのは追い払わないと!』

 少女は寂しかった。愛されていないわけではなくとも、拭い去れない不安があった。
 少女は嬉しかった。言いつけを破ることで、親の──本当は誰でもよかった──の気を引きたかった。
 だから、自分を見つけてくれた存在はどんなものでも特別だった。
 導かれるようにジャングルジムを降りて、自分を囲んで笑う黒妖精達に惑わされ、陶酔。
 望まれた通りに手を伸ばす。エスコートを受けるお姫様のように……

「だめですよ、甘言で人をさらうなんて悪い子のすることです」

 何者かの声がそれを阻んだ。
 少女を甘やかに浸す|優越感《せかい》が壊れ、引き戻された現実。
 一斉に向けられた視線の先にいたのは御伽噺の悪い魔女ではない。
 月の光を背に浴びる美しき女神、|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)の姿だ。
 天界より堕ちれども変わらぬ神性、妖精を超える神秘を前に少女は目を丸くし、輝かせた。
 憧憬の籠もった少女からの視線に縁は穏やかに笑う。

「こんばんは。月が綺麗だからってこんな時間に出歩いたらいけないわ」
「えっ……で、でも……」

 女神の威光を前にして黒妖精達が狼狽える中、少女は少しずつ正気を取り戻していく。
 けれど迷いはあった。
 家に帰っても誰もいない。お父さんもお母さんも帰ってきていない。「ただいま」へ「おかえり」を返してくれない。
 蟠りを消し切れないまま言葉を濁しているともう一人、少女へと近付き目線を合わせて話し掛けてきた大人がいた。

「ここは先生達に任せて。明るい道を選んで帰るんだよ?」

 優しく諭すように|花園《はなぞの》・|樹《たつき》(ペンを剣に持ち変えて・h02439)は少女へと微笑みかける。
 ついまろび出てしまった樹の|一人称《ことば》は、少女へ不思議な安心感を与えていた。
 例え自分の担任でなくても、小学生にとって『先生』という存在は大きく、頼もしい。
 少女は僅かに不安を残しながらも、樹の言葉を素直に信じて頷いた。

「わ、わかりました。その……先生、さようなら!」

 公園の出入り口まで駆けていくと立ち止まり、振り返って深々と一礼。
 職員室を出て行く時のように去っていくその背中を見送ってから樹は妖精達へと向き直った。

(確かに。実際には怖い結末を迎える童話や、友好的に見えて実は怖い一面がある架空の生物の話は多い)

 異なる√に現存するものもいるように、妖精のような神秘の中には教訓として語られるものもある。
 水辺に住み着き近付くものを引き込む獣、自分の住処へ近付く人間に襲い掛かる妖精など、子ども達が危険な場所へ近づかないよう様々な形で伝えられている。
 されど、√EDENにおいては全て|御伽噺《空想》の話だ。

(実際に……となれば黙ってはいられないな)

 樹の見据える先、黒妖精達はようやっと少女がいなくなったことに気づき、騒ぎ始める。
 しかしとうに公園から離れた少女を見つけられるはずもなく、探すのに飽きたのかその場へ残ったふたりへ標的を変更してきた。

『あの子がいないならしょうがないわ』
『そうね、しょうがないわ。わたしたち、お友達を増やさなきゃいけないもの』
『『さあ、さあ、遊びましょう!!』』

 ぶわり、黒妖精達はふたりのお友達候補を連れ出すに見合うよう数を増やす。
 くすくす、あははと谺する笑い声。やはり攫われた子どもの居場所を知る為には、妖精達と|遊ば《戦わ》なければならないようだ。
 仕方がない。樹は妖精達の群れを挟んで向こう側に立つ縁へ視線と言葉を投げかけた。

「すみません。少々|強力な範囲攻撃《無茶》をします。巻き込まれないようお気をつけください」

 それを聞き、縁は笑みを見せて軽く手を振り了承を示す。静かに樹から距離を取った。
 黒妖精達は見る見るうちに数を増やし、あっという間に樹を取り囲む。
 楽しそうに、嬉しそうに、手を繋いで歌うように何かを口遊びながら踊り出す。

『何して| 《遊》ぶ?何し| 《て》遊ぼう?』
『|  《仲良》くなる|  《なら》踊りま|   《しょう》』
『手を|    《取って輪》になって踊|    《りましょ》う』

 ぷつぷつと、妖精達が手を繋ぐほどに聴こえなくなる話し声。見える景色は暗くも賑やかだというのに、恐ろしく静かだ。
 ついには黒妖精達から発する音が完全に消え、口の動きだけでは何を話しているのかが分からなくなった。
 それどころか、これだけの数がいるというのに、見えているのに、気配一つも感じない。

「視覚以外に頼れないのは……厄介だな」

 なればと樹は目を閉じて、己の内に響き渡る鼓動へ耳を傾けた。
 解放。
 脈打ち流れ続けるそれから真神の力を呼び起こし、融合。溢れる力の奔流は旧き畏れの形となり、樹の周囲へとずらりと群れ成した。
 夜闇に紛れる妖精達に対し、カミたる獣達の毛並みは月光と同じ純白だ。

「我等は楽園の護り手。善を護り、悪を滅せよ!」

 咆哮。
 樹の号令を聞き、狼真神の一匹が眼前へと爪を振るう。攻撃は空を切るも、正面にいた妖精達がぐんと引き寄せられる。
 次の狼真神が横から飛び付いて黒妖精の一体へと牙を剥く。喰い付かれた黒妖精は大きく口を開いてそのまま消え去った。
 まだ声は聴こえない。こうして妨害されている以上、彼女達から子ども達の行方を引き出す事は至難の業だ。
 ならば兎にも角にも輪を崩し、和を乱す。

「無理矢理にでもこちらに来てお話ししてもらおうか……!」

 同じ舞台へ引き寄せるべく、樹もまた狼真神達と共に妖精達へと立ち向かった。

「まあ素敵」

 太刀を手に駆ける姿は舞い踊るかのよう。
 飛んできた攻撃の余波をひらりと躱して、縁は樹の戦いぶりへ感嘆の声を漏らした。
 獰猛な狼真神達だが敵味方の区別はついているらしく、黒妖精達へと荒れ狂うように喰らいつき爪を振り翳すも、縁へは視線一つと向けていない。
 時折感じる引力に気を付けながら、縁はその白い手に握る酒精の槍を構え直した。

「なら、私も一緒に踊りましょう」

 ふわりと酒に似た香りを漂わせながら、踊るように一振り。
 妖精達は香りに酔う間もなく、その身へ連撃を叩き込まれて消えていく。
 縁の視点から見る彼女達は、餌を求める鯉にも似て、はくはくと口を開いては閉じてを繰り返していた。

『|─────────《いやよいやよやめて》!』
「どうしたの?『お友達』になって遊ぶんでしょう?」

 違うの?と問い掛けても無音。
 羽音一つ聴こえない中で縁は靭やかに槍を持ち替え刺突。何かを叫んでいたらしい黒妖精の一体が霧散する。

『|───────────────《どうしてこんな酷いことをするの》!』
「何を言っているかは聴こえないけれど……ダメよ。あの人間の女の子にもまた、還る場所があるのだから」

 更に持ち替え、構え直して。

「いるべき所へ還りなさい」

 雷の如くに鋭く穿ち貫く。
 その一撃により、彼女の周辺に集まっていた黒妖精達は正しく沈黙した。

ナンナンナ・クルルギ・バルドルフルス


 予知の少女が無事に家路へ着いた事を遠目に確認する。どうやら彼女の事は心配しなくても良さそうだ。
 なれば、と先程近隣の動物霊達から教えられた異変を探るべく、ナンナンナ・クルルギ・バルドルフルス(|嵐夜の《ワイルドハント》・|竜騎兵《ドラグーン》・h00165)は緩い坂道を駆け登っていた。
 目指す先にあるのは遊具を設置しているような子ども達の遊び場ではない。とあるビルの公開空地だ。
 坂の多い広い敷地をうまく利用して造られた遊歩道は近隣住民から人気の散歩コースとして親しまれており、桜に囲まれた大広場は花見スポットとしても有名だ。

(ここに集まってるって聞いていたけど……)

 動物霊達によると、ここに他よりも多くの|変なやつ《黒妖精》が集まっているらしい。
 坂上の入口から敷地に入ると設置された地図を確認し、大広場へと向かい、下る。
 歩きながら観察していると、塀はないものの所狭しと木が植えられていることもあり、敷地外の建物はあまり見えない。
 こういう場所なら子ども達を連れてきて集めても見つけにくいだろう。
 ぽつりぽつりと光を落とす照明を辿るように遊歩道を進んでいくと、次第にいくつもの声が聞こえてきた。

『あははは!』『うふふふ!』
『もうすぐね、もうすぐよ!』
『あの子がもうすぐこっちに来るわ!』

 同一の声色が重なり合う。木々の隙間から広場を覗き見ると、そこには|√EDEN《この世界》では想像し得ない光景が広がっていた。
 月の光に照らされた芝生の上に広がる影、影、影。それらは全て黒妖精達だ。
 楽しそうに笑いながらインビジブル達からエネルギーを吸い取って、数える事さえ億劫になる程に増えて、群れて、蠢いている。
 月下に踊る妖精達。これとよく似た光景をナンナンナもダンジョン内で見かけたことはあった。

(ここが|√ドラゴンファンタジー《うちの世界》とかなら、僕も強く邪魔はしないけど──)

 ここは違う。異なる理の中に生まれた異常はいずれ世界を喰い破る。
 そうなる前に動かなければ。姿勢を正し、ナンナンナは黒妖精の犇めく大広場へと足を踏み入れた。白く、月明かりを帯びた馬体と長く編んだ黒髪が艶めく。

『あら、あなたはだぁれ?新しいお友達?』
『まあまあ、とってもキレイなお馬さん!』
『さあさあ、こっちに来て。一緒に遊びましょう!』

 突然現れた乱入者へ敵意を見せるどころか、好意を口々に紡ぐ。
 友好的な笑みを浮かべているがナンナンナは知っている。彼女達が見せる優しさは表面だけ。
 妖精達にとって、自分達以外は等しく|どうでもいい存在《おともだち》なのだ。

「ここは、君たちが本来いるべき場所じゃないから。ね」

 対話は不要。
 彼女達の言葉は会話しているように聞こえはするが、実際には自分達の要求を押し付けているのみ。互いに歩み寄り、理解し合う事を放棄している。
 全て自分達の望む通りに進めるのだから、ナンナンナの|返事《ことば》を求めることはない。
 それをよく分かっているからこそ、ナンナンナは片手に精霊銃を握り、応えた。

「代わりに、僕|たち《・・》があそんであげる」

 腕の一振り。
 何処からともなく強く風が吹き付け、通り過ぎたその場所には十九のしろがねが並び立つ。
 全身を鎧う死霊猟兵団、その一部がナンナンナの後方へ隊列を組んだ。
 黒妖精達は驚きはしたものの、直ぐに機嫌よく不愉快な声音で歌い始め、ナンナンナ達の周囲に集まってきた。
 手を繋ぎ、輪になって、声が途切れ、その存在が希薄になっていくのを肌で感じる。

「……これが。うん、厄介だね」

 見えている。黒妖精達が楽しげに笑い、ナンナンナ達を取り囲み逃げ道を閉ざす姿が。
 なのに|笑い声が聴こえ《音で距離感が掴め》ない。微量の魔力も感じ取れない。
 死霊ならどうか?呼び起こした彼らの様子を見る限りナンナンナと同じのようだ。
 肉眼以外のあらゆる探知が効かないというのは存外に不便なのだと痛感する。
 不便だが、それだけだ。
 右腕を水平に構えた後に直角に曲げ、前方を指す。腕の動きに合わせて死霊達は散開。|ナンナンナ《後衛》を護るように陣取った。  

「妖精狩りの時間だよ」

 ナンナンナの号令に合わせ、|嵐夜の軍勢《ワイルドハント》が夜を駆ける。
 手にした武器を大振りに振るい、空振り。亡霊猟兵の切っ先では小さな妖精達を捉えられない。
 が、これでいい。剣が、槍が、斧が、盾が、妖精達の嫌う|鉄《モノ》に似たそれらが振るわれたことで、慌てた妖精達は手を離して逃げ惑う。
 多重に形成された輪が途切れ、乱されていくと、次第に感覚に揺らぎが生まれてきた。

(うん。少しはマシになってきた)

 それでも完璧に取り戻せたとは言えない。
 声は遠く近く、魔力を辿れど数が多く、あちこちに動き回って狙いを定めるのも困難だ。
 ならば、面で攻める。広範囲を同時に捩じ伏せればいい。

「|きみたちの力《・・・・・・》、見せてあげよう」
『え』

 瞬間。
 ぞぶ、と黒妖精達の身体から何かが抜き取られた。
 ナンナンナの構える精霊銃へ、無色の魔力弾が集められ、装填される。材料となるのはその場に最も多く、強く満ちている精霊の力だ。
 対象は?──言わずもがな。
 自ら望んで喰らい続け増え続けたのは黒妖精達自身だ。

『えっ、なに、なに、これ』
『いや。気持ち悪い、気持ち悪い!』
『かえして、かえしてかえしてかえして!!』

 奪われる、という行為自体が黒妖精達には効果抜群だったようだ。
 激しい嫌悪感と倦怠感に襲われて、黒妖精達は癇癪を起こしたように暴れ回る。
 が、ナンナンナには近付けない。死霊の猟兵達が振るう武器が風を巻き起こし、行く手を阻んでいた。

 発射。
 一発の弾丸は幾重にも分かたれ、増えていった。あるべき場所へと還るように黒妖精達へと吸い寄せられ、全弾命中。
 悲鳴、悲鳴、悲鳴、霧散。その数を瞬く間に減らしていく。
 
「まだまだ行くよ」

 装填。残る黒妖精達から新たな弾丸を作り出し、再び発射。
 こちらがあちらより少数である限り弾切れの心配はない。必要があるなら、死霊達を幾人か退去させて調整すればいい。
 繰り返し、装填。発射。分裂した魔力弾が最後の輪を圧し潰し、沈黙。残るは僅か、三体となった。
 三体は身を寄せ合い、身体と声を震わせていた。

『あ、あ、あ、だめよ、だめ』
『あの子が来る、あの子が来るのに』
『増やさなきゃ、お友達を増やさないと』

 と、怯えた様子の黒妖精達にナンナンナは違和感を覚えた。
 最初はてっきりこの広場へ子ども達が連れてこられるのかと思った。黒妖精の出現場所には必ずひとりは子どもがいて、彼らはどこかへと連れ去られている。
 なのにここには異常な数に増えた黒妖精だけがいた。勿論、他√能力者によって子ども達が護られたというのも理由のひとつにあるだろう。
 だが何故?子ども達をここに集めるのなら、妖精達があれだけ増える理由は?
 お友達と遊ぶにしては殺風景なこの場所を選んだ理由は?
 思考を整理していくにつれて、絶妙に噛み合っていなかった歯車をひとつ見つけた。正しく嵌め込むようにナンナンナは問う。

「ねえ、|あの子って誰のこと《・・・・・・・・・》?」

 その言葉へ妖精達が答えようとしていたその時、不穏な気配が広場へと近付いていた。

第3章 ボス戦 『『普通の少女』』



 殖やすことは生物の本能である。
 自分の種を残すため、より優秀な種を生み出すため、或いはただそう在るべくして生物は殖える、増やす。
 では、何故、急激に増やさねばならなかったのか。
 単純明快、その種がより強大な存在により滅ぼされようとしているからだ。
 黒妖精達は|それ《・・》と出会い、自分たちの世界へと|連れ去った《まねいた》。連れ出したそれもまた無垢で素直な子どもだったからだ。
 最初は良かった、妖精達とそれは『お友達』となって楽しく遊んでいた。

──嗚呼、連れてきてはいけなかった。

 全てはそれが無邪気に黒妖精達を壊し始めてから一変した。
 群れの半分がそれにより壊され、食われて黒妖精達はやっと気が付いた。
 自分達が攫ってきたモノが|玩具《おともだち》ではなく捕食者であることに。
 黒妖精達は考える。自分達が生き残る為には急いで増えなけばならない。増える為には|餌《インビジブル》が必要だ。
 黒妖精達は考える。増えるだけでは駄目だ。自分達に代わってあれと遊ぶ、より良い|お友達《いけにえ》が必要だ。
 だから黒妖精達はそれと取引した。

『次の満月までにもっと素敵なお友達を、たくさん呼んでくるわ!』
『だからそれまでいい子に待っててくれる?』

 それは笑う。

「うん!ゆびきりげんまんね!」



「妖精さん、妖精さん。約束の満月よ」

 少女の無邪気な声が夜の大広場に響き、√能力者達は声の主へと視線を向けた。
 くるりと外巻きに跳ねる髪、澄んだ青い目は柔らかに細められ、頬は薄桃色に色付く。
 肉の丸みを帯びた両の手が元気いっぱいに広げられるその様子だけを見ていれば、過去に攫われた子どもが現れたのだと思うだろう。
 しかし、少女の片目があるはずの場所や胸から下に生える歪で不気味なそれらを見ても言えるだろうか。
 蟷螂に似た外骨格の四肢には充血した赤い目玉がぎょろりと浮き上がり、√能力者達を値踏みするかのように見つめている。

「妖精さん!お約束守ってくれたんだね!ありがと!!」
『あ、あ、ええ、ええ!』
『そうよ!わたしたち、お友達を増やしたの!』

 見るからに黒妖精達は怯えている。この異形の少女が、黒妖精達へと子供の誘拐を指示していた黒幕なのだろう。
 その証拠と言わんばかりに、少女は異形化した腕の何本かで気を失った子ども達を引きずっていた。
 生きているようだがかなり衰弱しており、危険な状態であることに代わりはないだろう。

『ねえ、その子達は?』
「ん?んー……それがね、遊んでたらみんな疲れたーって。寝ちゃった」
『そう……なら、あの子達と遊ぶといいわ!』
『そうよそうよ!とっても強くて、たくさん遊んでくれるわ』
「うふふ!そうね、そうしてもーらお!それじゃあ妖精さん!」

 スキップでもしているように身体を弾ませて、人間の両腕を広げて、

「ばいばい!」

 刈り取る。
 残っていた黒妖精達は皆、異形の腕によりとどめを刺され、霧散した。
 少女は消えていく妖精達を笑顔で見送る。まるで自分が彼女達の命を屠った事に気付いていないかのような自然さで。
 それを見て√能力者達は気構えた。間違いない、この少女は|√EDEN《この世界》にいてはならない怪異だ。

「ねえねえ、なにして遊ぶ?わたし、たくさんたくさんたーっくさん遊びたいの!!」

 悪意の欠片も感じさせないまま笑う少女の、歪な目玉すべてがその場にいる|√能力者《お友達》へと向けられた。


※捕捉
攫われていた子ども達は衰弱していますが無事なようです。
戦場から自力で脱出が難しいので、子ども達を護りながらの戦闘を行うか、何名かが子ども達を戦場から離脱させる必要があるでしょう。

もし救出をメインに行う場合は、プレイングの最初に🚑️の記号か【救】の文字をご記載願います。
多数のご応募があった場合は、記載の方のうち二名様を採用予定です。
花園・樹


 この怪異がどのような理由により出現したのか、誰にも知る由もない。
 疑似餌的に少女の姿を生やした状態で自然発生したのか、或いは人為的に少女と何かを組み合わせ変えられたのか。
 前者であるのなら、少なくとも|花園《はなぞの》・|樹《たつき》(ペンを剣に持ち変えて・h02439)の心を揺さぶる事には成功した。

 が、樹の思考は一瞬で切り替わる。
 少女が|引き摺って《つれて》来た子ども達は皆、青褪めた顔をしていた。
 思えば最初に起きた誘拐は一週間前、そこから子ども達はこの少女の“遊び”に付き合わされていたのだろうか。
 まともな食事や休息が取れていたかも不明だ。

(すぐに助けなければ……!)

 頬を叩き、|怪異《少女》を見据える。すぐさま駆け付けたいが、少女の異形の四肢が未だ子ども達を見放さない、手放さない。
 ならばと樹は『白気』を展開。これで少なくとも子ども達の状態は悪化しないだろう。
 問題は保護と離脱だ。
 じりじりと背面へ回ろうとしているものの、思いのほか隙がない。
 ならば陽動を。樹は口内で素早くまじないを唱えて増援。現れたのは二十を超える白き犬だ。
 そのうち一頭が鼻を鳴らしながら樹の前へと歩み出る。狗神達の中では最も古くから樹に従っている個体だ。

「……半数を引き連れてあの子の気を引いてくれるかい?攻撃は……しなくてもいい」

 イヌガミは低く短く唸り、了承の意を示す。
 指示通りに群れの半数を率いて少女の前へと躍り出た。異形の四肢に生える目玉がぎょろりぎょろりと狗神達の動きを追う。

「わあ!わんちゃんたくさんだー!」

 真っ白ふわふわな犬の群れ、少女には彼らが愛らしく見えたのだろうか。
 嬉しそうに触れようと手を──鎌のような前脚を狗神達へと伸ばす。振り下ろされた前脚が捉えたのは狗神ではなく地面だ。

「鬼ごっこ?わたしが鬼なの?っふふ!いいよいいよ!」

 遊びのお誘いにぱっと喜んだ少女は子ども達をその場に置いて、狗神達へと興味と視線を向け、歩み寄っていく。
 狗神達を追い掛ける様子は本当に普通の、|この世界《√EDEN》の子どもと変わりない。
 イヌガミは積極的に少女の前へと躍り出てはひらりと攻撃を躱し、動き回って視線を集めた。

(今だ!)

 静かに、けれど迅速に。
 狗神達へと興味が向いている内に樹は子ども達の元へと駆け付ける。
 柔らかに声を掛け、一番顔色の悪い少女を優しく抱き上げた。軽い。脱力した子どもの体重を知っている樹ですらそう感じるほどにだ。

「大丈夫……必ずみんなを守るからね」

 これ以上、誰も傷つけさせない。
 樹は子ども達を運び出す為に残る狗神の群れへと指示を送った。
 体躯に恵まれたとは言え、樹自身が安全に運べる人数は限られている。
 子ども達に無理をさせないように狗神達へ運搬役と誘導役を振り分け、いよいよ戦線を離脱できるまで整えられた。
 その時だった。

「……あれ?帰っちゃうの?」

 いずれかの目玉が樹達を見つけたのだろう。少女はくるりと振り返って樹達へと問いかけて来た。

「ねー、お兄ちゃんは遊んでくれないの?」
「私は……君とは遊べない」
「そうなの?」

 警戒の唸り声が四方八方から聞こえる。いざという時には身を呈して護れるよう、樹は半身を向けて少女へ応えた。
 少女本体の眼差しからは遊び相手にならない事への苛立ちや寂しさと言った負の感情は見えない。
 樹へ、心に浮かんだ素朴な疑問を投げかけただけのようだ。
 教師という仕事柄、子ども達が大人へと向けるこの表情をよく知っていた。
 樹の教える生徒達も純粋な「なぜ」や「どうして」を教師へと幾度となく繰り返し問いかけてくる。
 この子も同じだ。害意のない眼差しを受けていると、敵対すべき怪異であろうと|やりづらい《手をあげづらい》気持ちが湧き上がる。
 しかし腕の中、浅い呼吸を繰り返す子ども達が薄れている意識で助けを求めていた。

「……遊ぶ事と、他人を傷つける事は違うんだ」
「?」

 少女に樹の言葉は理解できていない。
 教え導く事が出来ない歯痒さを噛み締めながらも樹は立ち上がる。少女はじっと、子どもを抱き抱える樹を見つめているだけだ。
 攻撃を仕掛けてくるのなら覚悟を決めねば。一歩、足を引いて備える。
 しかし、少女は想定外の行動を取った。

「んー。よくわかんないからいいや。帰るならばいばい!お兄ちゃん!」

 大きく手を振り、少女はあっさりと樹達の退却を許した。
 |衰弱して遊べない子ども達《壊れかけの玩具》への興味を無くしたからか、新たな遊び相手に夢中なのか、彼女の心中は計り知れない。
 少なくともこの気紛れが、子ども達の生存率を上げた。樹は狗神達と協力しながら子ども達を連れて戦場を離脱する。
 その尽力により子ども達は安全に、然るべき施設まで送り届けられた。

如月・縁
透羽・花羅


 怖い。
 異形の少女を前に|透羽《とうわ》・|花羅 《から》(天翔ける唐紅・h00280)の心中を埋め尽くしたのは純粋な恐怖だった。
 種族の異なる誰かと対面する時にはこんな感情が湧き上がらない。
 黒妖精達と相対していた時とも違う、常識が違うという感覚もない。
 言葉を交わせる。感情が見える。それなのに絶対的に理解出来ない異質へと花羅の視線は釘付けになっていた。

(わかってたはずだけど、やっぱり少し怖いや)

 蛇に睨まれた蛙のように身動きが取れない。実戦経験の少なさも相まってすぐに感情を切り替えきれず、なんとか気を取り直した時には子ども達の退避は完了していた。
 このまま、何もできないで終わる……?
 自分を見つめる赤い目玉から、|現実《てき》から逃げるように少女から目を逸らし──花羅は気付いてしまった。
 |いる《・・》。草叢に隠れるように、こちらの様子を窺う子どもが、ひとり。
 あの少女が連れてきた子どもとは違うのだろう。肌に色つやがあり、健康的。黒妖精が今日連れてきた子どもなのかもしれない。
 ただ、その表情は先程までの花羅と同じく恐怖に支配されていた。

(そうだ、私、あの子よりお姉ちゃんなんだ)

 かつて兄が自分を護ってくれたように、戦えない誰かを護る存在に。
 そして何より、|八咫烏の力を継承する者として一人前《家族へ誇れる自分》になる為に決意を固め直した。

(私もあの子を護るんだ!)

 気を引き締めて周囲の確認。先程この戦場から離脱した|他√能力者《なかま》が使った道を追い掛ければ安全に脱出できるだろう。
 双子烏の片割れを憑依させて、最高速で連れ出せればいいのだが、問題はあの異形の少女だ。

(元気のない子には興味がなさそうだけど、あの子は遊び相手って思われちゃうかも……)

 少女が草叢の子どもに気付くのも時間の問題。だからといって気付かれずに動くのは難しいし、どうしよう!
 そんな花羅の百面相に気付いた人物がいた。

「あら、まあ。あの子達を帰して良かったの?」

 子ども達を見送る異形の少女の背中へと|如月《きさらぎ》・|縁《ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)が緩やかに問い掛ける。
 四方八方を忙しなく見回していた複数の目玉が一斉に縁へと向けられ、その後にゆっくりと、少女が振り返り笑みを向けた。

「うん。寝てる子を起こして遊んで!っていうの、かわいそうだもん」
「まあ優しい。でも……もう夜も遅いわ」

 一歩前へ、歪の視線の全てを受け止めながらも、会話の合間に花羅へと翡翠の眼差しを向けた。
 ぱちりと目が合い、|微笑んでウインク《援護は任せて》。
 その視線の意味に気付けば、花羅の顔も明るくなった。

「あなたもお還りの時間よ。夜はオトナの時間なんだから」
「かえる?……どこに?」
「還るべき場所に、よ」

 |遊び《戦い》に応じると言わんばかりにするりとその手へ|酒精女神の槍《アテナ》を構える。
 同時に花羅もまた白烏を呼び出した。本日二度目、白日・宿霊の儀により移動速度をぐんと上げる。

「いっくよーー!!びゅーんと飛ばしてくから!!」

 一歩目から最高速。まずは草叢の子どもに意識が向かないよう、真逆の方へと走り出す。
 目論見通り、少女の持つ全ての目がより速く動く花羅を追った。

「今度はあなたが逃げるのね。ふふっ!つかまえるぞー!」

 鬼役になったのだと笑ったなら、少女は花羅を追い掛ける。
 本人はスキップしているつもりなのだろうが、異形の手脚は視線を四方へ向けながら蜘蛛のように大地を蹴った。
 ちらりと背後を見る。目玉が、目玉が、目玉が、こちらを向いて追い掛けてくる。怖い。それでも少女を草叢の子どもから遠ざける事ができた。
 広場の端までやって来たならブレーキ、ステップ、ストップ。

「ふふ、楽しいね、楽しいね!次はあなたが鬼になって!」
「……遊びは相手と一緒に楽しむもの! 自分だけ楽しんじゃ意味無いもん!」

 進む道は決まってる。ここからぐるっと、他の√能力者達の後ろを大きく回り込みながら草叢へ。
 |再加速《駆け出す》。
 距離は僅かに少女の射程範囲内。鋭い鎌を持つ右の|前脚《て》が花羅へと向けられ──

「あら、私とは遊んでくれないの?」

 穿つ。
 少女の前脚に痛みが走り、動きが止まる。その隙をついて花羅は想定通りのコースを駆け抜けていく。
 少女を射抜いたのは縁の放った一矢だ。先程まで手にしていた槍は姿を変え、|宝赤《ほうせき》の収まる美しい弓へと転じていた。

「こっちを見て。それとも、オトナはお友達になれないかしら?」
「……、ううん、オトナもこどもも関係ないよ!」

 興味が花羅から|縁へ《それて》、少女はがちゃがちゃと四肢を揺らして縁の元へ走り寄ってくる。
 すかさず矢をつがえ、放つ。今度は脚に生えている目玉のひとつへ命中。
 少女自身は痛みを訴えないが、目玉のひとつを潰されたからかその場に立ち止まって身体を震わせて──何処からか濁り掠れた絶叫が吐き出された。
 少女はそれにも気付かない。異形箇所に起こる全ては、まるで彼女の|認識《せかい》から切り離されているようだ。
 だが、認識していなくとも影響はある。

「なに?なんで?右手、少し重たい?」

 それは先程縁が射抜いた箇所。
 宝赤の竜爪弓より放たれる矢には、彼女にのみ効く唯一の毒が宿っている。
 即効性に優れたそれが僅かな時間で右前脚を侵食し、動きを阻害しているのだ。
 自身に起きた変化に理解が及ばないまま立ち止まる少女。
 そうしている間に花羅は無事に草叢の子どもの元へと辿り着けていた。

「もう大丈夫。さあ、一緒に行こう!」
「っ……! う、うん!ありがとう、お姉ちゃん!」

 年の頃は花羅より少し下か、暗く怯えた眼差しに光が灯り、子どもは花羅の手を取った。
 少女らこちらに気付いていない。今のうちだ、と子どもを連れて花羅は広場から去ってゆく。
 足留めに成功し、子ども達を無事に送り出せた縁は遠ざかっていく二つの背中に優しく微笑んだ。
 けれど、まだ終わらない。

「……ええ、鬼ごっこはまだ終わらないわ」

 少女との距離を調整し、手早く、美しい所作で矢をつがえた。
 狩猟と貞潔の女神にも近しいその姿は月夜に一際眩しく、神々しく立ち塞がる。

「今度の鬼は私達ね」

桂木・伊澄


「そうか、すべての元凶はあんただったんだな」

 元凶。妖精達を従えていた怪異。この児童誘拐事件の黒幕。
 邪悪な簒奪者であり敵対者──そうなのだが、|桂木《カツラギ》・|伊澄《イズミ》(蒼眼の|超知覚者《サイコメトラー》・h07447)は独り言ち、眉根を寄せて少女を睨む。

(その無邪気さは本心からなのかもしれないがやはりは怪異……相容れることはないだろうな)

 どのような経緯で妖精達を従えるに至ったか、伊澄は知らない。問うても正しい情報など得られないだろう。
 どのような事件においても加害者は余程のことがない限り己の主張を美化し、正当化させる。
 それが意図的であれ無自覚であれ、|簒奪者《かれら》である以上真実は明かされにくく、相互理解は難しい。

 だが、と思考を遮る。
 心中で淀み濁るこれはなんだろう。
 じわりと、傷口が膿んでゆくような苦く鈍く微かな濁り。何に起因して生まれたものかを伊澄自身が理解出来ない。
 しかし、と感情を切り捨てる。
 今自分に必要な事はただ一つだと振り払い、思考と視界を晴らした。
 状況を整理。子ども達を護りながらの戦闘ならばこちらへ気を引く必要があったが、彼ら彼女らは他√能力者により戦場から連れ出されて、残るは異形の少女と√能力者のみ。
 ならば、今遂行すべきは怪異の討伐。一刻も早くこの|√EDEN《せかい》から危険を排除する事だ。
|手加減《えんりょ》はいらない。
 有り難い事に今回の戦闘は単騎ではない。同じ志を持つ頼もしい仲間達がいるのだ。
 冷静に、鮮明に。戦況を把握したなら伊澄は近くにいた仲間へと声をかけた。

「一分、頼んだ」

 短く応援を要請。仲間達が少女の気を引いている間に、伊澄は眼鏡を外して片手に握る拳銃を注視した。
 伊澄の目に宿る力、人間災厄認定手前と見做された魔眼の力を手にした拳銃へと惜しみなく注ぐ。
 広場に響く戦闘音。髪を、頬を撫でて吹き抜ける強風。全てに気を取られる事なく集中していた。
 その時。

「……ねえ!お兄ちゃん!」

 幸か不幸か、少女の興味が伊澄へと移った。
 ぎょろりと集まる数多の視線は物欲しそうに、舐るように伊澄を見つめる。
 
「お兄ちゃんから美味しそうな匂いがするー!ねえね、何を持ってるの?」
「そうか。生憎飴玉じゃなく銃弾しかなくてね」

 素っ気無い返事。近付く足音。
 凝縮された魔眼の|力《エネルギー》は少女には|甘くて美味しそう《ハイカロリー》だと認識されたようだ。
 振り上げる大鎌の腕、餌を前に愉悦に歪む眼差し。

「なんだかお腹すいちゃった!ちょうだいちょうだい!」
「……おなか空いた、か」

 |好都合だ《充填完了》。
 伊澄はすかさず少女の懐へと潜り込む。大鎌による一撃は当たらないだろうが、何らかの反撃を喰らいかねない至近距離。
 なら、|反撃されない程に体勢を崩す強烈な一撃をお見舞いしたなら《・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・》?

「それじゃあ、特大のをくれてやるよ」

 銃口から撃ち出された轟音。零の衝撃が少女へと致命傷とも言える大打撃を与えた。
 衝撃は鋭く、少女の身体は弾けるように後方へと吹き飛ばされ──るも、衝撃を殺すように転がり着地。
 異形化した四肢に護られて、少女の部分に傷らしい傷はないように見える。
 が、立ち上がろうとするその身体は震えており、確実にダメージが蓄積されていた。

(もう一押しか)

 次なる一手に向けて伊澄は体勢を整え、銃口を少女へと向けた。

ナンナンナ・クルルギ・バルドルフルス


 |こちら《お友達》へと向ける花咲くような笑顔。この世の害悪など知らない素振りで、花畑の中を駆ける無邪気さを振り撒く。
 素直で元気で、誰からも愛されるであろう普通の女の子。
 |そうあるはずだった《・・・・・・・・・》女の子。

(……本当なら、|孤児院《うち》のちびども同じくらいの年、かな)

 第二の我が家で健やかに過ごしている家族の事を思いながら、ナンナンナ・クルルギ・バルドルフルス(|嵐夜の《ワイルドハント》・|竜騎兵《ドラグーン》・h00165)は少女と能力者達による“鬼ごっこ”を見つめていた。
 この少女の成り立ちがどういったものかは分からない。しかし、仮に自然発生した存在であっても|参照元《モデル》となった子どもはいたはずだ。
 その子どもがどのような理由で、あれほどの異形へと転じたのか。嫌な想像ばかりが先に現れる。
 例えば──誘拐、改造、カルト教団による儀式の贄。死を間際にした彼女の為にと両親が異端な何かへと縋った末路、など。

(もし、攫われなかったら“普通の女の子”でいられたのかも……)

 なんて。
 どんな理由があったところで最早全ては過ぎ去った出来事。
 そうはならなかった。だからあの少女は|怪異と《こう》なった。これが結論で、覆しようのない事実だ。
 いくら考えたところで過去の彼女は救えない。ならば。

(どんな姿であっても手加減はしない。僕がしてあげられるのは、それだけ)

 ナンナンナは精霊銃を握り、策を練る。
 異形の少女を観察している内に戦いのクセは見えてきた。
 頑強な肉体で攻撃を受け止めつつ、多種多様な反撃を繰り出すことで相手を苦しめる戦闘スタイル。
 受けた√能力を複製する、反撃と共に回復を行う、そしてこちらの√能力を無効化する異形箇所。
 これらを上手く躱しながら本体である少女へ攻撃する必要がある。
 ……が、他√能力者の活躍もあり、ダメージは相当蓄積されていた。
 後一押し。後一押しで彼女を|解放してあげられ《倒せ》る。

(そうと決まれば──飽和攻撃でいこう)

 ナンナンナは竜漿を精霊銃へと集めることで、先程も呼び掛けた自然霊達を自身の周囲に集めた。

「みんな。追いかけっこの時間だよ。あの女の子と遊んできて」

 軽めの|ちょっかい《攻撃》も、今日はしていいよ。
 そう伝えれば、自然霊達は鈴を転がすような声を響かせる。|りりりん《おっけー》、|りりん《任せて》。
 一体がひゅおんと風のように少女の横を通り過ぎた。風のいたずらに少女は振り返る。
 次いでもう一体、同じように少女が目で追える速度で飛んでいく。遊び相手の登場に気付き、破顔。

(今の内に)

 自然霊達が気を引いている間にナンナンナは精霊銃へと更に竜漿を籠める。
 少女を倒し切るため、弾丸へと籠めるのは精霊達の力。|協力要請《かたらい》が承諾されたならナンナンナは照準を定め、引き金へと指をかけた。
 
 一発。
 少女の足元へと放つ牽制の弾丸。着弾と同時に広がり溢れ出す、水の精霊達の賑やかな笑い声と大きな大きな水溜り。

「わ、なになに?おみず……?」

 ぐっしょりと濡れた足元を見て不思議そうに首を傾げていると、また二体、少女の両側から突然飛び出して去っていく。驚いた少女が後ずさると脚を取られて体勢を崩した。

 一発。
 少女の胴体へと放つ捕縛の弾丸。着弾と同時に駆け抜けて迸る、雷の精霊達の荒々しい雄叫びと動きを縛る稲光の網。

「え、これ、なに……おねえ、ちゃん……?」

 二度の銃撃。その場から動いていなかったナンナンナの存在をようやく認識した少女が小さく声を震わせる。
 照準。
 その先で怯える少女の顔。びきり、びきりと増え始めた異形の手脚。
 外骨格を狙うことも出来る。しかし、致命傷を与えるには至らないだろう。
 どんなに苦しんでいても、どんなに可哀想でも、狙うべき場所はただ一つ。
 ナンナンナはこちらを射抜くように見つめる少女の額へと狙いを定めた。

「──|またね《・・・》。今度は……」

 一発。
 放たれた弾丸は螺旋を描き、少女の額へ着弾する。
 同時に、一足早い凩が少女を中心に渦巻いた。呼び起こされたのは氷の精霊。穏やかな眠りへと誘う、絶対零度の呼び声。
 少女が、異形の手脚が、見る見るうちに凍り付いて──限界が来たのだろう。砕けて、弾けた。



 月明かりの下で少女だった氷の粒が虹色を帯びて煌めいた。
 遊びの時間が終わり、御伽噺のような夜に幕が下りる。
 後に知ることになるが、攫われていた子ども達は皆後遺症なく回復し、親元へと返された。
 怪異に関わった数日の記憶はいずれ忘却され、日常へと戻る。
 全ては終わり、記録として綴じられ、然るべき場所にて保管されることだろう。

 ただ、あなた達は覚えていられる。
 美しい月夜に現れた危険な妖精と、遊びたがりな少女の事を。
 |めでたしめでたし《エバー・アフター》とは言えない終わりを迎えた物語があったことを。
 そしてあなた達は知っている。彼女達が完璧に倒され潰えた訳では無いと。
 |√能力者《どうるい》である以上変えられない、死ぬことができないという運命。
 頁を開けばまたお話が始まるように、いずれ彼女達は目覚め、同じ過ちを繰り返すかもしれない。

 それでも、叶うなら次こそは。
 ナンナンナは銃口を向けたまま最後に、少女へと告げた。

「今度は、|霊《みんな》といっしょに、遊びにおいで」

 凍りゆく手前、少女は笑っていた。

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