別離と再会と
あれは――大学三年目を迎えた春だったか。
俺が法学部、あちらは経済学部と専攻こそ違えど、進路に選んだ大学は同じ。アイツが俺に合わせたのか俺から誘ったのか……今更過ぎてもう覚えちゃいない。
大学二年の秋に育ての親同然の爺さんを亡くした実。遺された店を継いで早く再開させてやりたい……と積極的に講義を受けていたから、その気になれば飛び級だって出来そうなもんだったが。
それをしないのは、例によって講義を休みがちで単位取得もギリギリな俺を待つかの様に見えた。一緒に卒業式を迎えて一緒に社会人として飛び立とう、だなんて冗談めかして笑ってたし。
――その願いが叶わなくなるなんて、この時はこれっぽっちも思ってなかった。
大学から一人暮らしを始めた俺。アイツの親も相変わらず海外暮らしで、爺さんの葬儀が済んですぐに蜻蛉返りしたから、実も今は一人暮らし。
成人してもお互いの家を行き来するのは子供の時から何も変わらない。学校とか何処かに出掛ける時は必ず声をかけ、誘って行くのも当たり前だった。
春は季節の変わり目だから体調を崩しがちな俺だけど、あの日は過ごしやすい曇り空。身体もラクだったから俺の方から迎えに行こうとスマホからメッセージを送るも、既読が付かないどころか返事も来ず。
珍しい、と思うと同時に何故か胸騒ぎを覚えた。俺は早々に支度を済ませ真っ直ぐ彼の家に向かう。裏通りに面した店舗は爺さんが亡くなってからずっと閉店中。降りたままのシャッターに寂しさが過るのは、俺も孫の様に可愛がって貰えたから、かな。
裏口に回って住居としての薄野家の玄関へ。チャイム鳴らすも反応は無し。何度か鳴らしてみるも同じ。留守なのか?と出直しを考え始めたその時。……漸くドアがゆっくり開き、様子窺うようにそっと隙間から実が顔見せた。
「あ、なんだ、いるじゃないか」
「……来たんだ。ごめん、返事も出来なくて」
その時の実は、本当に申し訳ないって顔してた。いつもなら苦笑い浮かべながらも許してくれる?って暗に問うてきたのに。
違和感を口に出す前に、その理由が実の後ろから現れた。奥から姿見せた見知らぬ男。彼は俺を見つめるなり首傾げて言葉を投げかけて来た。
「豊水氏のお孫さんのお友達かね?」
屈強な身体をスーツで覆う精悍な中年男性。如何にもデキるビジネスマン的な雰囲気を纏う男は白い歯を見せて笑顔を俺達に向けて言う。
「失礼、雨龍と言う者だ。実君のお爺さんとは商売の上で付き合いがあってね。彼が豊水氏の店を継いでくれると小耳に挟んだもので。仕事の話をしにお邪魔していたんだよ」
「ああ、そうなんですね。実、凄いじゃないか。爺さんの跡継ぎって認められてるようなものだろ?」
「……うん。だから、ごめん。僕は……行けないかな」
暫しの沈黙を置き、実はそう告げた。彼の理由で一緒に行けない時は残念がるのが常だったのでその時は気に留めなかった。
「短い青春の時を奪う様で済まないが、私もビジネスの合間を縫って来ているものでね。本日の所はお引き取り願えるだろうか」
雨龍と言う男は俺にそう告げた。紳士的な態度ではあったが、暗に邪魔だと言われてると俺でも流石に理解はした。
「大事な話なら仕方ない事だしな。じゃあ今日の講義は俺が実の分まで聞いておく。いつもと逆だな?」
冗談のつもりで笑って言う。アイツもいつもなら笑って返してた筈だけど。
「ああ……お願いするよ……。じゃあ、ね」
どこか神妙な顔で呟いた実は。玄関の外に出た俺を追い出す様に扉を閉めてしまった。
爺さんの知人を前に緊張でもしてるのか、どこかよそよそしさを感じながらも。そのまま大学に向かう為に俺は通りに戻った。
しばらく駅に向かって歩いていたら、懐かしい建物の前を横切る。俺と実が通った……アイツと出会った幼稚園。園児達がヒーローごっこなんてしてる姿に昔を思い出して――あの時の事が記憶に蘇った。
同級生に弄られて、我慢して、今にも泣きそうな実のあの表情――。
「……あ」
そうだ。さっき実がしていた顔は、まさにあの時の表情と同じだった。そんな所だけは大人になっても全く変わらない。本当はとても辛くて心は助けを求めているのに、それを隠そうと我慢してる時の顔……!
いてもたってもいられず、俺は即座に引き返す。今日の講義なんてどうでも良い。あの雨龍とか言う男は恐らく良からぬ人物だ。何か脅迫されているのかも知れない。ならば無理にでも実を助けないと、逃がさないと。
必死に走って彼の家の前まで戻る。気管がヤバいくらいヒューヒュー音立てて鳴ってるけれども、倒れるにはまだ早い。発作も何もかも気力で押し込めながら、俺は玄関のある裏に回る。
そこで――俺の見たものは。
「……!? なんで、戻って来――!!」
『はは、折角友を上手く遠ざけたのに水の泡となったな、豊水の孫よ』
青銀色の龍の如き姿の屈強な……怪人! そして覆面で顔を隠した不気味な戦闘服の男達が、実を拘束して大型のライトバンに押し込もうとしている場面だった。
「誠、逃げて! 帰って!!」
『ほら、友もこう言っているだろう。何も見なかった事にすれば見逃してやる。さもなくば……』
「見ぬ振りなんか出来るか!」
実の叫びも怪人の警告も無視して俺は彼らに向かって駆けだしていた。後になって思うと無謀にも程がある。武器になる物も無く素手のままで、がむしゃらに実を助けようと彼目掛けてただただ突っ込んでいた。
『ふふ、勇敢だな。だが勇気と無謀は紙一重よ』
龍怪人が指を俺に向けると稲妻が走る。全身を貫いた電流は相当手加減したんだろうが、俺の足を止めて軽く吹き飛ばすには充分だった。
『イーッ!!』
戦闘員達が俺に群がる様に集まり、両手両足を抑えつけられる。振り払おうとするも強化されてる戦闘員の腕力には到底敵わない。
『我らアルコル……ひいてはプラグマに楯突く者は弱者であっても容赦はせぬ。さて、貴様は……』
助けるつもりがあっさり返り討ちにあった。怪人が告げるは改造洗脳か抹殺か。だが俺はどうなったとて構わない。実は……彼だけは……!
「待て、|白青龍《プラチナムドラゴン》」
それは実の声だった。アイツは決意を固めた様に龍の怪人を睨み付けていた。
「……取引を、しよう」
『取引、だと?』
「そう、お前が爺さんと交わした様に」
何を言ってるんだ……? やめろ、と言う言葉も呼吸が苦しく発せられない。視線による制止を振り払い、実は怪人に告げる。
「彼とその家族には金輪際、危害を加えるな。その代わり、さっきのお前の要求は呑んでやる」
『く、はは!! 流石は豊水の孫、胆力だけは見事よ』
龍は愉快だと肩を大きく揺らし笑うと、俺を、そして実を見つめ告げた。
『このディーファ、取引に応じよう。その青年と一族にはこの先、我は一切手を出さぬ。代わりに――』
ディーファと名乗った怪人は実に近寄るとその顎に指をかけ、小さくニヤリと笑う。
『……の適合者よ、やっと見つけたお前には役に立って貰わねば、な』
龍怪人は実を掴み、車に放り込むと戦闘員達に行くぞと一声かけ。俺をそのまま置き捨ててバンは走り出す。
「みのる……!」
「…………!!」
車の窓越しにアイツは、恐らく俺の名を呼んでいた。それが、最後に見た彼の姿だった。
「何でだ!? 俺に解るように理由を説明してくれ!!」
直後。警察に駆け込んだ俺の話を聞いた警官は、そのまま待機するようにと告げた。しばらくして現れた刑事の言葉に、俺は唖然とすると同時に怒りをぶつけるより他無かった。
捜索願も被害届も受理出来ない、と。実際に人が誘拐されたと言うのに。確かに怪人とか悪の組織とか滑稽な話と思われて仕方ないかもだが。
「……他言しない、と誓えるか」
刑事は溜め息を一つ吐くと、ゆっくり説明してくれた。
この世界の裏より征服せんと企てる悪の秘密結社『プラグマ』――その存在は秘匿され、政府や警察も表向きは下手に手出しが出来ないのだと。
「そんな……誰も悪に立ち向かう気は無いのか!?」
「無論、我々も奴らに完全に屈した訳じゃない」
警察の中でも秘密裏に立ち向かう者はいると。非公表の部署・部隊も存在し、戦っているのだと。
「君の友人については警察組織として大きく動く事は出来ないが……俺が出来る限りの手は尽くす」
愕然とする俺に、刑事は真摯にそう告げた。俺は悔しさに涙が溢れ、同時に願い誓った。
悪の組織の仕業ならば、俺が正義となって立ち向かう。そして実は俺が、自分の手で見つけ出す――と。
――それから二年後。一人で大学を卒業した俺は、司法試験の代わりに警察官採用試験を受験していた。
体力試験はギリギリだったけど、プラグマの存在を認知してた事情も汲まれたらしく。任官後は間もなく対簒奪者の部署に配属された。
アイツがいなくなってから、俺にも色々あったが……特に大きいのは『欠落』と引き換えに√能力を身に着けた事。
時に並行世界の警察へ出張を命じられ、時にプラグマが裏で糸を引いてると思しき事件を追い。時に――……――して。
慌ただしい社会人生活。二年なんてあっという間。実が俺の前から姿を消して四年もの月日が経つ。
その間も俺はプラグマ――特に実を攫っていった『暗黒商社アルコル』の事件を追い、彼の行方をずっと捜し続けていた。
そんなある日。怪人のアジト壊滅と言う大きな任務に関わった俺は例によって体力尽き、数日は家でぶっ倒れていた。
食い物のストックはゼロ。俺は重い身体を引き摺り、外で簡単に飯を済ませつつ買い出しに向かう。
「…………」
スーパーに向かうには少し外れれば、そこは子供の頃から見慣れた道と店。『薄野古雑貨店』の古びた看板の文字は昔から何も変わらない。
と、そこで俺は目を見開いた。
「……は?」
シャッターが開いている。業者の様な作業服の男達が店の中から忙しなくダンボールやら何やらを運び出す姿。
今更、あの店で何を? もしやアルコルの者があの店の品を、こんな白昼堂々と?
近くの路地に身を隠し、そっと様子を窺う。暗く見えない店の奥、作業員達に指示を出す誰かがいる。
「……それ、気を付けて運んで下さい。中味は壊れやすい物ですので……」
――聞き覚えのある声。まさかそんな。俺は店の前を素早く横切る。奥の存在は知った姿……あの頃と変わらぬ彼の姿に見えた。
アイツを捜し求めるが故の見間違いでは? いや、確かめねば。俺は迷う事無く店の裏に回る。あの時と同じ玄関扉。俺は緊張に震える指でチャイムを鳴らす。
「……どなたです? 今、忙しいんですけど」
ガチャリと開いた扉。玄関の灯りが点き、応対に出た男の顔が今度こそはっきりと俺の網膜に映った。
「……みの、る?」
「――は?」
呼ばれた名に彼は一瞬怪訝な表情を見せた。俺は構わずに前に詰め寄り彼の両腕を掴み、その顔を真っ直ぐ見詰め、半ば叫ぶ様に声上げた。
「実、だろ!? お前、今まで何処に……!!」
「え、あ、その……」
まくし立てる俺を彼は戸惑いながら見詰めていた。が、不意に――夢から目覚めたかの様にハッとした表情を見せ、ポツリと搾り出す様に俺の名を呼んだ。
「まこ、と……??」
「俺が、本当に、どれだけ、心配したと……!」
「誠……腕、痛い。落ち着いて、泣かないで……」
掴んだ手を振り払う事もせずに実が言った事で。俺は自分が涙零しながら力の加減も無く彼の腕を掴んでいたと漸く気が付いた。
その途端、どこか気まずさに襲われた俺は慌てて両手を離すと乱暴に目を拭い、改めて実を見ると。最初に応対に出た時とは違い、彼は昔と変わらない穏やかな笑みを俺に向け――申し訳無さそうに一言告げた。
「――ただいま、誠」
「ああ、おかえりだ、実」
数日後、追っていた事件に大きな進展が生じた。それにアイツが関わっているのかどうか――詳しい事は解らない。
実も実で、この四年の間に何処で何をしていたか語る事は無かった。ただアイツも何らかの『欠落』が生じ、√能力を得たと。多少ながら、組織に人在らざる力を植え付けられたと。それだけは告げられた。
言いたくないなら言わなくて良い。俺もアイツに言えない事は抱えてる。お互い様だと思うから。
そして今――俺と実は。
四年の空白など無かったかの様に。
変わらぬ友情を胸に、日常を歩む。