悪い女のしつけ方
●紅葉狩りの男
ひゅう、と、肌を撫でた風を追いかけるようにして。
男は|遊郭《いきつけ》に駆け込んだ。
男は生き急ぎの|プロ《●●》のようで、毎日毎日、働いては、働いては、稼いだ銭を|遊郭《いきつけ》に注ぐのが生き甲斐であった。しかし、男は最近マンネリに陥っているらしく。せっかく選んだ娼妓だとしても、ああ、すぐに飽いてしまうと謂うのだ。いったい、俺はどうしてしまったのか。俺は、まさか、つまらないと思ってしまったと……? なんともナンセンスなお悩みではあったが、男はひどく真剣な様子で、とある部屋の前に辿り着く。俺は……俺は、もう、ダメだ。こんなのじゃあ、生きる気力だって、失くしちまう。
わっちの部屋の前で、何をしているのです。
ほら、顔をあげて。わっちの封印を解いてくださるのであれば、ぬしの『マンネリ』、一晩で解消してみせましょう。
妖艶な気配にやられてしまった。魔性の予感に喰われてしまった。男は封印を落ち葉のように拭って、そうして、紅葉の色を思い出す。そうだ。俺は『もみじ』が見たかったんだ。頬でも、尻でも、何処でも構わない。俺は……それが、見たかったんだ。
●じんわりとあかい
「君達ぃ! ちょっと、無様をしてきてくれないか?」
星詠みである暗明・一五六の一言は八寒地獄のようであった。
「アッハッハ! いや、何。√妖怪百鬼夜行の話題さ。椿太夫の封印がまたしても破られたみたいだぜ。あとは、わかるだろう? 遊郭に入り浸っている男も詠めたのさ! これだから人間は! 最高ってやつだぜ」
「ああ、そうだねぇ。情念野郎を鎮めてから、椿太夫とお戯れするってのも良いぜ。バターにでもなってくるといい。アッハッハ!」
頭が痛くなりそうだが、依頼は完遂しなければならない。
第1章 日常 『遊郭の賑わい』
豪華絢爛――遊郭の中を描写するのであれば、只の一言で事足りる。されど、√能力者その他、君達が向かうべきは煌びやかとは真逆、実に真っ暗い、情念塗れな一室であった。いや、もちろん。君達が望むのであれば、豪華絢爛な場所で羽目を外すのも宜しいのだが。
古妖の封印を解いたと思われる男は――遊郭の常連様は――ひとつの部屋を貸し切りにしていた。お目当ての遊女を相手に何をしていたのかと言うと、そう、まったく、尊厳という尊厳を破壊し尽くす沙汰であったのだ。……お、俺は……俺は、オマエの主人だ。主人の命令を聞けない、悪い女にはしつけが必要だと思わないか……? さあ、その、柔らかいものを、恥ずかしがりながらでも構わない。俺の前に……。
君達の中には、成程、この台詞を目の前で謂われる『もの』もいるかもしれない。その場合、男の情念を満たす為に、紅葉狩りを受け入れざるを得なくなるのか。響く、響く、じんじんと、響く。響いて、響いて、赤くなる。悪い女だ。悪い男だとしても、俺は構わない。正直、俺は、俺の情念に気づけて良かったと、思えているのだから。
男から古妖の情報を聞き出す為には、などと。
説明しなくとも、わかる筈だ。
ごきげんよう、今日はなんだか、ジメジメしてるわ。
悲鳴、或いは、絶叫。静謐をぶち破った存在の姿は果たして、人のカタチをしていたのか。何もかもが曖昧な儘だ。何もかもが不明な儘だ。大きな、大きな、渦を描いていく人間災厄は、さて、如何様な|色《●》に誘われたのだろう。紅葉ですって? たしかにそんな季節だわ! ふらふら、ぬたぬた、愛らしくも這っていくカタツムリさんはいつの間にやら√入り。紅葉狩りって風流よね、わたしも行きたいわ。いいえ、もう、わたしは向かっている途中なのよ! 中途半端はいけないから、あなた、財布さん! 紅葉の『も』の字もないと謂うのに、部屋の片隅、情念にやられた男へのご命令か。いや……構わないさ。俺は最初から最後まで、女の財布さ。けれども、その代わりに、ご主人様の真似事をしてやれるのさ……。ぶつぶつ、ぶつぶつ、まるでテントウムシさんのようだ。……あら? なんて? 私の主人? だれが……どうして……??? 解せないものに出会ってしまった。筆舌に尽くし難い化け物に遭遇してしまった。成程、その印象はお互い様である。
ちょっと!! 何するのよウジ虫さん! カタツムリさんの殻を持ち上げようとするなんて、カタツムリさんの中身を晒そうとするなんて、赦し難い行いだ。いいえ、便所虫さん!! ゴミ虫さん!!!!! いつかの指切りとやらを、いつかの腕斬りとやらを、彷彿とさせる……いや、それ以上の屈辱だ。わからなさだ。伯父様! 助けて! 伯父様!!! わたし、いぢめられてるの!!! じんじんとヤカマシイ紅葉を一枚貰いつつも、ぷっくり、頬を膨らませる。……伯父様??? 伯父様は如何やらショッピングをしているらしい。勿論、これは憶測に過ぎないのだが、兎にも角にも、引っこ抜いたお野菜さん。
転がってきたマンドレイクの絶叫、牙を剥いたスイカ、なんだかとっても美味しそうなフォアグラさん。わたし、カタツムリさん!!! とってもご機嫌斜めなの! それにしたってひどいわ! 本当に、とっても※※虫さん! そんないぢわるして、ハエ叩きみたいな真似をして、あとで叩きつぶされるのはあなたのほうなのよ!
痛いところを隠したならば、ああ、その憤懣を懐で温めておくと良い。
ぷりぷりしながらほっぺに紅葉を百枚お返ししたいきぶんよ!!!
え……嬉しいですって……?
まぁ! マゾヒストさん!!!!!
大いなるバビロンの膝元にて、嗚呼、神への祈りを遂行するのか。此処までの冒涜とやらは、無秩序とやらは、なかなか、目にする事など出来ないだろう。それ程までにアリエル・リトルの存在は悪魔の側へ、ころころ、ころころ、転がされていた。がらがら、ぴしゃん! 勢いよく開いた戸口の先、男が見たのは|聖職者《おんな》であった。……何故、そのような服装で、遊女のような真似を……いや、そもそも、子供じゃないか……。まさか、こんな小娘の尻を叩いて、愉しめと、あの古妖は宣うのか。
「は~ぁ? つまりぃ? おじさまは遊郭通いでお金をぜんぶ、ぜ~んぶ貢いだ挙句、上手に楽しめなくなって変な趣味に目覚めた……ってことですかぁ?」
聖職者にあるまじき発言だ。ぷるぷる、ぷるぷる、お口を抑えている『フリ』をしているのが、余計に、腸を弄ってくるかのようだ。それにしても生意気な表情ではないか。これは、最早、オコサマでも小娘でもない。まったく立派なメスガキである。
「へ~んたい♥ メンタルざぁこ♥ メンタルもざこなら※※※※もざぁこ♥ 自分の尻でも叩いてろ♥」
そういうお戯れと考えれば、成程、間違いではない。耳元で罵倒してくるテンプレめいたメスガキはどのような桃を売ってくれるのか。ぶくぶくと想像力を武器としてみればこの|苛立ち《ムカムカ》も悪くはない。きっとメスガキは『煽ってもいい社会的ざこざこおじさま』だと本気で思っているのだろうが、それが、スパイスとなった。
ぐい、と、メスガキの身体を突き飛ばしてやった。転がしてしまえば、あとは『お仕置き』の時間である。全てはオマエがやったこと。全てはオマエが望んだこと。故に、男は堂々と自分の情念を叩き付ける事が出来た。ぐい、と、桃を剥いてやる。柔らかなそれを太鼓と認めてやったなら――パァン!!! リズミカル!!!
「痛っ……!? やめっ……私みたいな子供に……痛だぁっ!?」
社会性も理性もざこざこ♪ 煽る余裕は失われてしまったが、それでも、空想未来人、猫を殺しても後悔しない。このメスガキめ……絵に描いたようなメスガキめ……明日、明後日と残る、紅葉を喰らっていくといい。
「いた……痛ぁ♥ あんっ♥……ひぃん……ほ、他も、叩きたいですか?」
おかしい。痛みが徐々に和らいでいく。名状し難い感覚に包まれつつも、今度は、頭を差し出したって構わないほどに。……あ、あれ……わたし、こんな声……♥
メスガキをしつけるならば、今は、これで十分だ。
防衛本能が働かないと謂う事は――常であれば、過剰に反応してくれる影業なのだが――つまりは、害するつもりは有れども、命に届くほどの戯れではないと考えられよう。いや、それにしても天使よ。よくよくと、頭を使わなくとも『先生』にマイナスの感情を抱かれた際の痛痒に比べれば月と鼈ではなかろうか。……『いっておいで』と、適任だろうと、真顔で口にされました。紛れ込む術は……少しだけしか、学びませんでしたが。紛れ込むも何も、エウフェミア・アンブロシア。オマエは大歓迎をされるべき天使なのだ。仮に、星詠みの力で見破られていたのだとしても、相手は、飛んで火にいる夏の虫を追い返したりはしない。確かに……適任です。これは『懲悪』だ。悪を懲らしめる為の手段のひとつなのだ。その、有り様のひとつとして、天使は鵜呑みをしなければならない。私には、眩暈の残骸みたいなものしか、拾う事ができませんが。私の欠落に。ちょうどぴったり、嵌まりそうです。褥に向かって無言のご挨拶。ぬくもりなのか、冷たさなのか、わからない儘に這入り込んだ。わるいこです。私は、どうしようもないほどに、わるいこです。そう、自己紹介することすら、わるいこ……。男の肌に触れるか、触れないか。瀬戸際を攻めていく無垢は成程、天使と宣うよりかは――オマエは……そうか。俺が、思っているよりも、ハッキリと、性質が悪い女だ。純粋で、悪辣さの欠片も無いところが、実に、らしい……。
ん……。首を傾げたのか、身体諸共やられたのか。ともかく、アマルガムは晒された。オマエは、まずは服を選ぶべきだ。最初から露出タップリでは雰囲気も何も、あったものではない。男は文句を謂いながらも、垂れつつも、天使の|太鼓《●●●》を叩こうとする。痛くても、苦しくても、恥ずかしくても、涙やら、なにやらでくしゃくしゃでも、あなたはそれをお望みでしょう……どうぞ、私を、ご自由に。
掻っ攫われた身体なのだ。今更、唾のひとつやふたつ。
ああ……でも……手は痛みませんか。
手遅れだ。男の掌から脳髄へと、強烈に、伝わっていった痛み。まるで『鉱物』を勢いよく殴ったかのような。私の身体は少し特殊です。特殊ですし、ええ、残念なことに。耐えることができてしまいます。あなたの、手指は、無事ですか?
無事だろうと、無事でなかろうと、男は狂気であった。折れても、砕けても、執心し続けなければ、ダメなのだと。ねえ、そこまで紅葉が恋しいのは、なぜ? そんなに、罰したいひとが、いるのですか。それとも、お仕置きされたいと……。
後者だ。後者以外にない。男の情念とは、謂わば、裏側なのだ。
柘榴、川の底へ。
……ぇ……? 下着という概念はない。肌襦袢を纏ったならば、ぐるぐる、巻かれるように送り出されてやると良い。見習いさんには勿体ないような気もするが、ご指名なのだから、嗚呼、無碍にはできない。ベテランさんの文句を耳にしつつも、襖一枚。
エロ・グロ・ナンセンスの三つに挟まれて、四之宮・榴、オマエは如何様な時を過ごしたと謂うのか。心地の良いリズムに、筆舌に尽くし難い音色に、愈々、頭を抱えてしまいたくなるとは、まったく初心ではなかろうか。……僕は……な、なんで……こんな場所に……格好に……? 見習い女郎の真似事だ。いっそ、絡新婦めいて搦手を得意と出来れば良かったのだが、かわいらしく、琥珀色の飴をぐるぐる回している。……現実が……何もかもが……り、理解……できない……したくない……? すっかり出来上がっている。何処かの先輩サマはおそらく不満げな表情をするかもしれないが、きっと、焦りという意味での渦なのであれば、お客様はたいへん喜んでくださる。……ま、まだ……水揚げ前なので……そ、そういう、ことは……??? 四之宮・榴、カフェーの店員サマよ。せめて、深呼吸くらいは覚えて帰った方が良い。もっとも、易々とは帰る事など出来ないが。
……ぼ、僕は……わ、悪い子では……な、ないので……っ……。ぴしゃん! もじもじ、ウジウジ、襖の前で蠢いていたオマエ。しびれを切らしたお客様からのアプローチだ。オマエは……随分と、焦らすのが上手なのだな。俺は、オマエのような、良い子のフリをしている女が……けっこう、好きなのだよ。堂々とした告白だ。それに、良い子の方が、悪い子みたいにされた時、いい反応をしてくれる。……そ、そんな……無茶苦茶な……。右往左往と泳いでいる琥珀色。最早、水飴にカタチはなく。何を見ているのかもわからない。そんなにも、急いていても、忙しくしていても、もう、ダメだ。俺は、オマエの桃色に、紅葉に、用事があるのだから。……そんなに……叩くのが……好きなの……でっ……!?
痛みはない。痒さもない。しかし、ちゃんと紅葉とやらはやってくる。叫んでやるものか。鳴いてやるものか。着物の端っこを噛んで、ぐっと、恥辱とやらを、耐えてみせる。……僕は……絶対に、泣いたりしません……ご、ご主人様は……もう、居ますので……。
心の中で思うと良い。
そのご主人様とやらは、いったい、何を望んでいる。
仏の周囲へと這い寄ってきた魔性、その群体具合とやらは、嘔気がするほどに甘ったるいものか。雁字搦めにされた蝶々は、肚を押された蝶々は、ああ、眩暈と共に溺死をしていく。飽き性なの? 贅沢ですよう、このこのこの。お座敷の真ん中で男二人、ないしょばなしとは不可思議な状況か。ぼくも紅葉好き。秋だもんね。葉っぱも、肌を彩るほうも! いいよね。桃栗三年柿八年、なんて言の葉が存在してはいるのだが、残念なことに、其処までの甲斐性など、ふたつの男には有りもしないか。ねえ、やっぱり、柔らかな桃をもぐのが、一番美味しいと思うよね。これは疑問ではない。同意を求めている言の葉だ。ぼくはおねーさんにぱぁん! されるのは好きですけど。にーさんも好き? 如何やら致命的な方向音痴らしい。ふたつの男、別々の道を往くしかないのか。え……? ぱぁんする方? 女の人に? それは非人道的では? 人非人です。それに、獣だってそんなことはしませんよ。さては人間じゃないですね! このこのこの! でも、しょうがないよね。情念てそんなもん。欲望てそんなもん。ね~。言の葉を挟ませないほどのお近づきだ。しかし、よくよく見ていると、黙している男は『きみ』を押し倒そうとしていた。
ぱぁんされるの? ぼくが? しっぽが可哀想でしょ! 愛らしい尻尾をぐい、引っ張ってやればご挨拶。ひとつ、素敵な桃とやらがちゃんと熟れているではないか。ぱぁん! いっっっったクソが!! まったく、知らなかったのか? 俺はな、オマエみたいな、女装が似合いそうな男も大好きなんだよ……。これには吃驚するしかない。目玉が飛び出てしまいそうなほどの衝撃だ。くっそ! いっっっ……! これで何度目だろうか。じんじん、紅葉の数は最早解せない。……も~……満足した?
ぼくもぱぁんしたい。悪い女をしつけるなら、ご自身で味わうのも一興では? 味わえば、より一層楽しめるって言わない? ね!!! もちろん、男はそのつもりだ。むしろ、其方がメインディッシュなのかもしれない。……ありがたい申し出だ。さあ、叩いてくれ……。
ぱぁん!!!
暗雲、泥濘の如くに蔓延し、あまねく情念を呑み込むかのように、任部・由里奈は常識の|檻《●》から解放された。いいや、より、正確に描写をするならば|澱《●》として解放されたのだろう。√妖怪百鬼夜行の何処かにて吐き出され、ぬるりと、お座敷の真ん中へ。もみじ、がり……? 紅葉を狩る、だなんて、物騒な言の葉ではないか。それなら、狩猟をしていた方が幾らかマトモにも思えてくる。よくわかんない、けど、なんだか、よくないかんじ。本能で、正気で、それの厭らしさとやらを察知できた。しかし、出来たと謂うのに、逃げなかったのは『おしごと』とやらに囚われていたから。そう。付き合わなければ、遊ばれなければ、簒奪者との邂逅はありえないのだ。そうするほうが、いいなら。がんばってみる。お座敷の真ん中でぺたんと座っている女の子。無知の状態ではお仕置きにも、躾にもならない。故に、男は懇切丁寧に『紅葉狩り』の正体を、女の子の頭に叩きつけた。
は……はぇ……? 教えられた。墨から隅まで、今からやるべき事を、狂気の沙汰を、完璧に理解出来てしまった。桃をもぎとられるほどの衝撃に、くらくらと、頭が熱くなってくる。……けど、やらなきゃいけない。やるんだ。がんばるって、きめたから。ぺたんと座っていた女の子、すくりと、立ち上がって、すうすうとする。むきだしにして、さしだすの。じこしょうかい……ゆりなの。からだはちっちゃいけど、おっきな、おしり。男は歓喜した。己の情念はようやく叶うのだ。古妖に感謝しながら、これを、叩いてやるのだ。
情けも、容赦も、一切を失くした連撃である。ちいさな女の子のおっきな桃が、嗚呼、何度も、何度も、太鼓にされる。ひ……い、いたい……もみじがじんじんして、いたい……。これは誰かの為のリズミカルであった。これは誰かに捧げる、女の子の想いでもあった。欠落したものを拾おうとして、嗚呼、ぐるんと、世界がひっくり返った。……あ……あれ……からだが、あつくなって、いきも、あつくなって……それで……? とろりと、にじんできた。如何しても、熱を逃がしたくなって、舌がこぼれる。もみじがり、たのしく……きもちよく……なんで……? 想定外の事態に男も目を丸くした。毒を食らわば皿まで。
もっと、もみじがり、して……おじ……おにいちゃん。
今、おじちゃん、と、口にしようとしたのか。男は『しつけ』の口実を見つけ、嘲りを湛えながら。おにいちゃん、ごめ……ごめんなさい……気がすむまで、なんかいも……ごめんなさい、するから……。ひどく腫れてしまいそうだ。
第2章 集団戦 『淫触花』
男の末路については、各自、考えておくとよろしい。
ともかく、男は去ったのだ。
叩き潰されたのか、満足して消えたのかは、置いておいて。
さて、お座敷に残された君達は、生まれてから今まで、感じた事のない『嫌悪』に抱かれた。お座敷の外から、じめじめと、ぬたぬたと、複数の何かしらが蠢いている音。いや、もしかしたら、ある種のお約束なのかもしれない。嗚々、これが本当に、この世界に存在していて良いものか。まったく、食料に難儀していないと謂うのに!
触手である。
お出ししてはいけないタイプの触手である。
√能力スリーアウト。
如何してこうなった。
選択肢は三つ。蹂躙するか、蹂躙されるか。
美味しく調理していただくか。
網で焼こうと、炭で焼こうと、末路はたいして変わらない。
如何にして調理しようとも、ああ、犬も喰わない海産物か。
或いは、筆舌に尽くし難い、植物。
室内――換気が出来そうにない今を――蔓延している臭いに対して、地獄のような思いを抱いてくれ。右を見ても左を見ても、前を見ても後ろを見ても、上を見ても下を見ても、惨事なまでに蠢動である。軽度のめまいを切っ掛けに襲ってきそうなイメージだ。きっっっ……しょ、なんて言いませんとも。外見判断良くないよね。生きとし生けるもの万物平等。世界平和。多様性。昨日のおやつは紅葉饅頭で夕食はタコ焼き。呼吸を整えようと試みても、嗚呼、肺臓から頭蓋の中へと這い寄ってくるものが騒々しい。冷静な脳みそに切り替え……冷静に見てもアウトです。この世に存在してはいけません。悪霊退散! 悪霊退散! アウトしかねぇ~! 夢に出てきて終いそうな、ぐにゃっとしたフォルム。正直、こうして、同じ空間にいる事だって我慢できない。蹂躙するしか選択肢ありませんが? 牛なのだから、鬼なのだから、蛞蝓に敗北するワケにはいかない。素手? いやですが。ぼく、お嫁にいけない身体になんかなりたくありません。
握り締めた卒塔婆だって、本当は、あんなものに触れたくない。ここが触手の墓場ってことで。慈悲なんて微塵もありません!! もちろん、情けだってありえません!!! みしり、怪力がすぎて卒塔婆の方が悲鳴をあげそうだが、そんな些細は無視してやると良い。異物混入に殺されるよりも早く、魑魅魍魎に捕縛されるよりも前に、愈々、その混沌とやらを撲殺してやると宜しい。これは無慈悲です。ああ、卒塔婆が折れてしまった。おかわりだ。こ、こんなにドキドキする全力抵抗初めてかも! ほんと……。
続いて握り締めたのは錫杖である。ぶおんと、触手のど真ん中目掛けて投擲してやれ。串刺し!!! イカ焼きになぁれ! ぶしゅ、と、名状し難いものが噴出した。……あれを? 食べませんけど。フードロス推奨!!!
炙った結果も阿鼻叫喚なのだから。
正直病であったなら、凶暴化であったなら、まだ、存在を証明できたのか。植物なのか肉なのか解せない連中の発狂……いいや、狂っているのは、最初からだ。乱痴気騒ぎが冷静さを取り戻すなんて、嗚呼、万が一にも……。
塩辛い悪夢へと自ら、心身を投げ込む気味の悪さについて、無意識に思考をしていたのか。まるで強いられたのかと錯覚するほどに、強烈で、喜悦なサマとやらを歓迎しようとする。しかし、嗚呼、歓喜の影は如何やら、無差別に襲いかかってくる『沙汰』らしい。オーガスト・ヘリオドールはハート・マークを描いてみせた。呼ばれて飛び出……呼ばれてないし飛び出したくないこっそり失礼! だけど俺には、俺みたいな運び屋には、やらなきゃならない……いや……やりたいコトがあるんだ。これをヒトは「興味本位」、猫の殺し方って呼ぶんだけど。目の前に広がっているのは、最早、言の葉を濁せないほどに、触手。老若男女と差別なく、一切合切を楽園へと誘う、半ば強制的な魔物。では参ります。今日も昨日も無礼講なら明日も明後日も大いに愉快だ。惰性ではなく意図的にばら撒いてやれば――時計の針だって反対方向へ――『お憑かれさま』!
容赦は死んだ。情けも死んで、慈しみなど以ての外。それじゃ今宵も|無礼講《●●●》! 咲く花散る花如何なるものか見定めるのもまた一興! 肉々しい連中の|発情《ガス》を覗き込め。よくよくと考えなくとも同種とすべきだ。異種とのホニャララやるよりかは、きっと、健全で、正気である。それでは! 放たれた発煙弾。己の|生体反応《けはい》を巻きつつ、素早く、脱兎が如くに……? だめ……? ガスと煙に紛れていた脳内お花畑な一匹、するりと、触手を此方に伸ばしてきた。間に合わないならば、捕縛されるなら、いっそ、その前に自決とやらをすべきではないか。しかし……いや……ちょっとだけ、興味はある! けど男に……25歳の男に、そんな需要はなーい! ないよね? 何処を見て何を口にしているのか空想未来人。あっ……だめ俺にも効いてる理性理性! 理性!!!
蛇腹状として展開された電磁剣、薙ぎ払った先では、
より、濃厚となった、色欲の臭いとやら。
俺は地獄が見たいんだ。あいつらが疑心暗鬼になったらどうなるの?
仲間同士で喰らい、まぐわうのかな?
それとも、そういうことが出来なくなるのかな?
気に、なるよねぇ?
紅葉狩りに遭った女の――爆ぜるほどに喰らってしまった四之宮・榴の――桃へのダメージについては、最早、筆舌に尽くし難いものとも謂えよう。ぷるぷる、庇うようにして無様を晒したサマは、ああ、男にとっての最大の栄養素と考えられる。きっと、満足してお帰りになったのだ。まさしく、カフェー店員冥利に……? いや、自嘲をしている場合ではない。たとえ、己が人擬きなのだとしても、ある意味で、危機についての察知能力は『人並』であるべきだ。……地味に、痛みで動けなくなったのですが……ぇ……っ……!? あれはなんだろうか。もちろん、右往左往と逃げ場を探している琥珀色、強制的な理解の所為で如何しようもなくなる。……あ……あれ……なんで……? 此処は√妖怪百鬼夜行。文字通りに、魑魅魍魎が蔓延る世界なのだ。しかし、だからと謂って、あのような色欲の悪夢に対しては、まったく覚悟など出来ていない。……人じゃなくって……怪物……? 怪物ならば、化け物ならば、慣れていた。怪異の類で在ったとしても、成程、対応策くらいは思いついたのか。……いや……今は……や、やめてくださ……は……這入って、こないで……。着物の中へと這入ってくる肉たらしさ、垂れてきた体液とやらに絶望を覚えた。……や、やだぁ……こんなの、いや……。余裕も、気力も、殺されつつあった。成程、悪い女のしつけ方としては最上位に値する、最悪――そうして、ただの人間は何を思う。
色欲の罪に対抗して揮うべきは憤怒、マグマを彷彿とさせる光速の一撃は根本とやらを|切断《ころ》したのか。俺の相棒に何しようとしてるんだ、ボケがー! 和田・辰巳、ギリギリのところで男の子の参戦だ。憎たらしい花の群れに手渡しすべきは歪んだ世界、あまねく√の黄泉へと繋がるソレは、愈々、帰ってくる事を赦さない。ばさり、一通り処理を終えたならばカードを引くと宜しい。必要だろう『すべて』を相棒さんに送ったならば、改めての確認だ。無事? 大丈夫? な……ななな……なんで……なんで、ここ、こ……こここ……??? 身体は無事らしいが、精神、混乱極まっていて、もう、おめめぐるんぐるん。……だ、だだ……だいじょ……たぶん、だいじょうぶ……です??? そんなの、相棒だからだよ! 大丈夫には見えないから、休んでて。
相棒の身体を、視界を、己で隠しつつも電信柱、放たれた物量とやらが|悪夢《はな》を刺していく。仲間がやられた所為なのか、何かのかは不明だが、触手の群れが一斉に※※とやらをぶち撒けた。相棒にかからないように細心の注意を払って抱きつつも躱していく。……榴、俺が、隠しておくから、目を瞑ってて。あとは、俺が全部やっておくから。……た、辰巳様、そ、その……服……着物……あ、ありがとう……ご、ござ……。
舌噛むよ? お礼はあとで聞くから。
火と硫黄、神罰よりも強烈に、|火雷《エネルギー》が迸る。地獄の釜がぬるく思えるほどの暴力が|淫触花《なまもの》を屠ってみせた。死骸を残してやる気もない。只、消滅させるのみ。炎と共に――失せてくれるなら、それで良い。
ここ、シワになってる。
……え……あ……?
身も心も整ったならば、そろそろ、仕置きの用意をしておくと宜しい。
ぬれた翼を毟り取った。こんなもの、こんなもの。
坂道を往くにはあまりにも急で、階段を往くにもひどく長い。上へ、上へと、目の玉を向けてやったならば、そのまま、ぐるぐるとひっくり返ってしまいそうになる。これが大人への第一歩なのであれば、眩暈なのであれば、天使は今すぐにでも、籠の中へと帰りたくなる。あ……嫌……。心臓が、水銀が、ぞわぞわと嗤っている。嗤笑をすると同時に一切のぬくもりが絶えていく。いや、元々、エウフェミア・アンブロシアの心身は冷えに冷え切っているのだが。……久々におぼえました、この気持ち、この感覚……! 勧善があるなら、欠落が埋まっていたなら、今頃「逃げろ」と口にしていたのか。しかし、そう、何もかもは喪失してしまったのだから、後にも先にもお祭りはない。……知りませんし、もう、知りたくもありません。それでも、立ち塞がるのは……私が、罰を望んでいるからでしょうか。まったくお約束が大好きな戦闘員ではなかろうか。刷り込まれて、刻み込まれて、大口を開けている雛ではないか。べつの|怪人《ひと》のものが、この身体にはありますので……お手柔らかに……は できません ね。お互い……。お疲れ様だと耳にした。ならば、嗚呼、憑かれたかのように――脳味噌のようなものを酷使してやると宜しい。
時間が稼げるのであれば、お戯れに付き合ってあげるのであれば、それこそお好きに。反応……? 私が? 期待しない方がいいです。もちろん、私も、私自身に期待なんか、できません。不慣れですので。まるで、摩耗するかのようだ。まるで、研磨されるかのようだ。懸命に磨かれたとしても、ああ、この痛痒だけは治まりようがない。……えっと、ごめんなさい。『センセ』はそう使えと仰ったので。
首を絞められるなんて、致命に晒されるなんて、それだけは拒んでおけ。
防衛本能によって千切れた触手、びちびち、土星の河のように。
気持ちいいです。けど、それだけ。天使を発狂させようと躍起に、どんどん拙さが増していく。「だけ」に価値はありますか。物言わぬあなたがたに訊いても、仕方ないですね。「おもしろ」くない。お人形になるつもりだったが、今日のオマエは悪い子だ。
さよなら、さよなら、食べてくれない、あなたがた。
千切れた触手を量産してやれ。幾ら、連中が溌剌していても、此処まで斬り払ってしまえば沈黙もする。ええ、働かせてこそです、よね? センセは、私に、目隠しの仕方を、何度も何度も、その身で教えてくださりました。
電車ごっこが大好きらしい。
呟くように、囁くように、紅葉の痛痒を愉しみながら、任部・由里奈は目を回していた。すっかり出来上がった身体は芯までものぼせており、頭の中に至っては如何しようもなくサウナ状態である。はうう……おしり、じんじんする……それに……むずむず、する……。天蓋に視線をやったとしても、嗚呼、何もかもが渦眩いていれば、上も下も関係がない。そうして、何処を抑えたのかと問われたならば、痴態、まさしく大切なところであった。うう……なんで……どうして、こんな……。そんな彼女の、女の子の、目と鼻の先。見せつけるようにして肉欲の化身が這ってくる。……うう……きもちわるい……。べちゃ、と、顔に落ちてきた粘性の何かしら。どくどくと、ぐつぐつと、暴力的なまでの|悪夢《にお》いがハッキリと、朦朧と。あの、さきっぽ……。何を考えているのか、何を欲しがっているのか、最早、悪魔の悪魔らしい部分でしか、争う事が出来そうにない。
まさか……先程の男性が、私の紅葉を見て、紅葉をイメージしたボディペインティングにビジネスチャンスを見出し、起業の為に去っていくとは……。随分と説明口調な気もするが、アリエル・リトル、ある種の現実逃避にも思えてならない。成程、眼前で行われている、女の子とほにゃららのお戯れ、いっそ、見て見ぬふりをした方が精神に宜しいか。いや、違う。オマエも修道女めいた衣服を纏っているが、その内側、魅入られている者であれば、ごくりと唾液を飲む。……ねえ、ねぇ、ダメですよこんなの♥ おしまいだ。何がおしまいなのかと問われたら、そんなもの、健全さとやらのお終いだ。いや、そもそも、紅葉狩りの時点でおかしいのだが、これ以上突っ込むのはたいへん宜しくない。私相手にこんなの♥ 見せつけて♥ 歯止めが効かなくなっちゃいますよ? 誰も彼もが承知の上だ。理解をしているからこその臭気だ。どろどろと、まるで、大いなるバビロンの口腔の中、底無し。神様……これ、どこまでヤッちゃって良いんですか? どこまでヤッちゃってくれるんですか? 犬のように、奴隷のように、首輪の代わりに限度を失くせ。ああ、そんなふうに祈っているものだから、オマエの前に、かわいい女の子が捕まった。
な、なに……からだ、ふにゃふにゃになって……。水玉模様を彷彿とさせる有り様だ。衣服が役割を放棄して、余計に、雰囲気とやらを高めてくれる。……いや……そこは……。お掃除をされていると謂うのに、搾られていると謂うのに、汚れはまったく落ちそうにない。きもちわるい、のに……きもちよくって……そっちは、だめ……。何がダメなのだろうか。せめて、少しくらいは抗ってくれ。無理なのだろう。何故なら、オマエはこの混沌を過去にも味わっているのだから。おくまで、おく……ひびいて……もっと……。しつけ方としては正しいのかもしれないが、そろそろ、意識が飛んでしまいそう。そんな女の子の前に顕現した神様のとっても凄い光。そして、神は堕ちた。
より正確に描写するならば、修道女は堕ちた。
ひぃん……。映す価値がない? いいや、描写する価値なしだ。アリエル・リトルはボロ雑巾よりもひどい状態で土下座をしている。こ、殺さないで……殺さないで……。命乞いをするのは結構だがメスガキ、オマエは最早、期待を抱いている事を隠せていない。呼吸する事すらも忘れてしまいそうな臭いに、嗚呼、肺臓が膨れ上がってしまった。……ねぇこれ本当に大丈夫ですか? ダメですよ。遊郭の皆さん……は……あ、あれ??? 誰もいませんね??? なんで??? そりゃあもう突っ走るしかないからだ。合体をするしかないからだ。オマエは今から触手の奴隷であり、雪隠であり、苗床であるべきなのだから。死ぬ事なんて赦されない。
されるがままに、連結してくれ。
第3章 ボス戦 『星詠みの悪妖『椿太夫』』
星詠みの悪妖『椿太夫』――彼女は、この惨状を予知していた。
花の群れが去っていくのを見送りながらも、嗚呼、軽いめまいに襲われたのは、予想していても尚、おぞましいが故か。まさか、わっちが『このようなもの』に頼る事になるなんて、わっち自身も、吐き気がするほど……だが、ぬしら、かなり消耗してくれた様子。これなら、わっちにも『勝てる』可能性が出てくるものよ。
椿の香りが臭いを消していく。消していくと同時に、ああ、正直病が蔓延したのか。さて、わっちはここで見学しておるから、ぬしらは勝手にやってくれると良い。もしも、わっちと話をしたい、お座敷遊びがしたいと謂うのなら、付き合ってやらんこともないが……。
おまわりさん、だけは、勘弁して……。
何かしらのトラウマでもあるのだろうか。兎も角、君達は彼女と戦ってもいいし、お話をしてもいいし、勝手に盛り上がってくれていてもいい。
生命、尽きていくまで。
丸呑みされたのか。
冷たいものと、生温いもの、物々しい雰囲気とナンセンスさを同時に孕んではいたのだが、喧しさすらも最早ない。まるで、光っているものを発見した鴉のように椿色はくるりと嗤う。さて……わっちも、此処まで、泥濘のようにされてしまっては、掃除をする他にないのだが。椿太夫の言の葉を遮るようにして、古妖の艶やかさを阻むようにして、空想未来人、まるで途轍もない大きさのヴェールが如くに。まず、ダチに見せられないカッコなえうーを……いや、いつものだ。多少は綺麗にしてみたけどシュミ悪いよね~。椿太夫の視線が天使に移った。映したならば、成程、先程の肉欲の群れの所為で余計なツヤツヤ具合に晒されていた。しつれいです。人前に出せない娘というのですか、お嫁に行けないというのですか。……嫌。渋柿でも齧ってしまったのか。文句を垂れながらも、嫌がりながらも、タオルはちゃっかり借りておいた。……洗濯は、しておきます。洗濯のついでに選択肢は複数ある。だと謂うのに空想未来人、オーガスト・ヘリオドールは一つだけにしか興味がなかった。
|お嬢さん《椿ちゃん》はそう思わない? 香箱の中身にお憑かれ様と告げてやれ。正直に、正直に、と、まるで告解でもするかのような空気とやらに抱かれる。勿論、その飛び火とやらは天使にも届いており、きっと、鵺だって正体を暴かれてしまう。はい、いつもの。椿ちゃんも俺たちに何かひとつ、くれてもいいよ? 俺はお話がいいな! 酸欠になるほどね! 掻っ攫われた。また、拉致された。そんな気分に陥りながらも天使、未来へと囁く。勝手にお話に持っていかれました。確かに、頭がくらくらしそうですが、構いません。私は……わたし……椿太夫さん、ですか。私も、あまり、あなたと、戦いたくない。失せ物を探すのは得意なのだろう。見つけたものを運び込んでくれ。
ぬしら二人に挟まれるわっちの身にもなってほしい。そんな弱音がこぼれてしまった。椿太夫はたっぷりと正直病に浸かっており、疲れており、何かに憑かれているかのような様子であったのだ。さて、正直素直愚直美徳とされるそれがあるとして……楽しかった? 俺は見てて楽しかった! 惨状! 抗い! 堕落! 結果コレ……待って、思ったより『抗い』が少なかったかもね。でも、やっぱり、良いねヒトは。お嬢さんも愉快だった? 檻よりも、澱よりも、ドロドロとした、物理的な悪徳。とろけていくかのような魔性がツボとやらを押してくれる。……わっちは、過程を重視すべきだと思うのです。ぬしは、何処までも、ぬしを貫いてくれると良い。まだ『おまわりさん』で目を回していた方が幾らか健全だ。椿太夫は生娘のように、嗚呼、毒気を抜かれていた。「ツアー」のお値段に見合った結果、途中参加だけど得られたよ。……ぬし、いい加減、その仮面を取ったら、如何なのか。
未来も過去も容赦なく襲ってくるのだとしたら、視よ、現在こそが唯一の砦である。……センセも笑いそうな、悪趣味なひとは置いておいて。紅葉狩り、痛かったら、シュミにはなりそうですね。此方も此方でケッコウな業の深さだ。途中のあれは……私には、合いませんでした。もっと「つよい」のが好みです。羽根を毟りすぎて、翼を毟りすぎて、脳髄にまで達したのではなかろうか。……あの男の人は、そうでしたか? 罰がほしくて、罪をゆるしてほしくて。ふらふら、痛いのを、めまいを求めて、私みたい……聞きたいのは、それ……。ぬしも難儀な性格を……わっちは、正直なところ、ぬしらには「何もしなくてもよい」と思うのだが……。つまりは勝手に堕ちてくれ。いいや、既に堕ちているようなものだ。未来も天使も、まさしく、歯車のように回転するお人形。
ところで椿ちゃん一晩おいくら?
話の流れをぶった切る。空想未来人の不意打ちに椿太夫、ため息と共に視線をやった。ぬし、わっちにも頭痛の種を埋め込むつもりか。……おばかさんと過ごしてもいいですけど、私は退室しますね。センセとか、おばかさんみたいに、|視て遊ぶ《視姦》趣味は……ないので。天使は羽ばたくかのように「さよなら」を口にした。そうして、未来は発狂するかの如くに明るい。俺ソッチのシュミそんなないけど美人なら浮気しようと一晩ご一緒したいもんだね! 叱られそう……? あはは!
良い度胸をしている。
椿太夫を相手に|一晩《●●》、木乃伊にでもなるつもりか。
あ……よければ|殺し《食っ》ておしまいにして?
おねがーい!
泡立つ脳味噌がシャワーの熱さにやられる。
のぼせて、倒れてしまいそう。
椿太夫は察していたのだ。この二人はもう、引き返せない。
荒縄か、強靭な糸か、ぐるぐる、ぐるぐる、巻きつけていくかのように、純心に見せかけた魔性にこそ『しつけ』とやらが相応しい。ひどく、ひどく、きつく縛ってやらなければ、おそらく勝手に泡沫の真似をしてくれそうで。そのような思いに、そのような想いに、囚われているからこその、ちょっとした力業であった。蚊帳の外に放り出されてしまった椿太夫、いや、勿論、彼女は――この堕落について、この悪徳について、情念については、観察だけと洒落込むだろうが。……そろそろ、お仕置きを考えないと駄目かな? まあ、僕も……俺も、似たような『もの』だけども。奈落の底へと身投げをしたのだ。地獄の底へと心中したのだ。まるで、ありがちな王子様の名シーンめいて、和田・辰巳は柘榴の花を摘もうとした。……ほら、黙ってないで、なにか、謂ってみたら? ゆっくりと、ゆっくりと、押し込むようにして、壁へと迫る。いいや、|柘榴《にく》に迫って魅せたのだから、あとの事は予想も容易い。……な、なんで……僕は……壁に追いやられて……? このお間抜けめ。この無辜のフリをしたヒトモドキめ。今直ぐに目を回すのがお似合いだ。……しかも、相棒に……そ、それに……お仕置き……? わからないのか。本当に、わかっていないのか。ならば、いっそ、行くところまで行って、決着をつけてくると良い。……いや、あの……落ち着いて、ください……れ、冷静になって……辰巳様……っ……。
未熟なのだろうか、熟しているのだろうか。青くなったり赤くなったりと忙しない柘榴の実を、やさしく、丁寧に、見つめてやる。落ち着いてるよ。落ち着いてるし、だからこそ、これをしているんだ。都合の良いものだけを通してやった。ある意味で、ワクチンなのかもしれない。もっと自分を大切にして。もっと自分を大事にして。心の底からの言の葉と共に、堂々と、情け容赦なく、額とやらに唇を押し付けてやった。……ぼ、僕は……これでも、まだ、マシに……ふ、ふふ、ふだ……普段と……??? 視線が、目の玉が、自然と上へ動いていた。自分は何をされている。四之宮・榴は何をされている。思考と共に一瞬、意識が飛んでいた。……た……辰巳様……ふざけ……っ……。
僕、榴がそういう事してるの、なんかヤダ。
可愛い反応だ。何度も、何度も、味わってみたい。強く、強く、抱きしめて己の想いを再確認する。真剣です。ふざけてません。これは、僕の、真剣です。顔を逸らすつもりだった。しかし、お仕置きなのだ。お仕置きなのだから、じっと、その目を覗き込んでやれ。汚れちゃったし、身を清められるところに行こう。幸い、これ以上悪さをするつもりは無いみたいだし。叫ぶ事も、逃げる事も、出来そうにない。ただ、されるが儘に、連れていかれる。
ぬしら……いや、わっちはもう、必要なさそうだ。
椿太夫が地図を用意してくれた。ゆっくりと背中を流してくるといい。
枕元に置いておいたミルク色、ちゃんと役立ってくれたのか。
布団の代わりに柔肌を探り当て、もう、逃がさない。
大いなるバビロンの奴隷として――アスモデウスの下僕として――散々な目に遭った。触手によって連結をさせられたのだから、淫欲によって目を回していたのだから、嗚呼、その脳味噌は最早、使い物にならないか。もう、へとへと。からだが、あたまが、ぐちゃぐちゃになって、どろどろになって、いまにも、とろけてしまいそう。そんな中で椿太夫、彼女の存在には気づいていたのだが、そろそろ、正気とやらとご挨拶をしなくてはならない。……ゆりなを……ゆりなを、だいて、ほしいの……。椿太夫はため息をその場に残して、ゆっくりと、オマエの方へと歩み寄った。ぬしは……わっちの事を母親か何かと勘違いしていないか。或いは、悪魔の肚の底へと、夢魔の胎の中へと、帰りたいとでも宣うのか。……もっと、もっと、きもちよく、なりたい。これは、たしかにゆりなのほんねだけど、それよりも……なんだか、つかれちゃった。いいや、憑かれたのだ。如何しようもなく正直になってしまったのだ。欠落を埋めたくて、埋めたくて、仕方のない少女は、藁にもなれそうにない、只の|茎《●》に縋っていた。……おんなのひとに、あまえたい、だけ、なのかな。ゆりなに、そんな思い出、ないから……。これだから√能力者は度し難い、と、椿太夫は視線を合わせた。ぬし、わっちは、ぬしを玩具にしたいだけの、古妖だと謂うのに。
椿太夫の身体に腕を絡ませて、頭、ぐりぐりと押し付ける。探るように、弄るように、欲しいものに吸い付いてみた。……ぬし、わっちのそれは、味気ないと思うが。構わない。なにかをされるなら、それでも、いい。なにかをされなくたって、もう、びしゃびしゃだ。こころも、からだも、きもちよくなって、あたたかくなって……。不意にやってきた強烈な眠気。それこそ、母の腕の中で堕ちていく、胎児のような。
安堵だ。未曾有の安堵の中で、女の子は息をする。
きっと、すぐさめるゆめだけど。
いまだけは、どうか……。
わっちは……わっちは、独楽ではない……。
敗者はお酒を飲む決まりだ。
皮を剥ぐかのように、骨を取り除くかのように、世界がひどくハッキリと見えてきた。鼻腔を擽ってきたのは、成程、悪い女の嗜みとやらで、ファム・ファタールの真似事こそが椿太夫の真骨頂とも考えられた。椿の良い香り~。だけど……もう! あんなのに頼っちゃダメですよ。もっと素敵な部下さんか、遊女さんを使ってください! それに関しては√能力者、オマエの言の葉通りではないか。椿太夫はこくりと頷いて、じっと、オマエの瞳に合わせてみせた。ぬし、わっちが思っているよりも、男の側なのではないか? あ~疲れた。それとも、憑かれた? え、もしかしてわかってくれてる? じゃ、ちょっと。ぱぁん! してもらっても良いですか? ほっぺを、どうぞ。そこは、ぬし、臀部ではないのか……。おしりぺんぺんも捨て難いが、此処はやはり王道で往くべきだ。ねーさんの白魚のようなお手手で。……白魚? ああ、ぬし、酢醤油でつるりとやりたい類か。パァン!!!
椿太夫のビンタ、その威力は首がもげそうな程度であった。しかし、成程、手加減はしてくれたらしく。オマエの首はちゃんと繋がっている。じんじん、素晴らしい紅葉狩りだ。あざっす。やっぱ叩かれるなら美しいねーさんに、頬に紅葉を咲かせていただかないとね。悪い女を躾けるだなんて、お仕置きをするなんて、とんでもない! 悪い女に叩かれるほうが昂りましょう。ね~? 誰に言の葉を投げつけているのか。兎にも角にも、目的は達成。満足しました!!! ……この後どうしよ。ねーさんの予定は?
ぬし……わっちも、実は疲れているのだが……。
殴り合いします?
椿太夫、頭を抱えた。ぬし……いや、最早、何も謂うまい。それで、わっちと戦う気力が残っているとでも。……お座敷遊びする? 膝枕してくれる? それとも、他に良いこと……。棚から落ちてきたのは渦眩く情念。……回る?
ま、待て、ぬし、それだけは……。
よいではないか。よいではないか。
あ~れ~……。
わからされたメスガキの末路については、ざぁこ♥ざぁこ♥と啼いていたメスガキのお終いについては、最早、描写をする必要もないだろう。穴という穴から|体液《異物》を散らかしつつ、未だに|連結《●●》をされている姿は無様の一言でしかない。私は……わ、私は……触手様の奴隷で♥肉雪隠で♥苗床です♥♥♥ そろそろギャグめいて来たのではなかろうか。堕ちに堕ちた『それ』を目にした椿太夫、まるで、蛞蝓を見ているかのような面であった。ぬし……どうして、そこまで堕ちることが……いや、そういう星詠みではあったのだが。そう、椿太夫はアリエル・リトルの醜態をはっきりと詠んでいたのだ。だからこそ今まで放置をし続けていたのだが、流石に、部屋を掃除しなければお客様が困ってしまう。ぬし、無理やり引っこ抜いても、問題はなかろう。そうして、さっさと失せるが良い……。椿太夫の言の葉など、嗚呼、まさしく塵に同じ。奴隷にとって、雪隠にとって、苗床にとって、この邂逅は只の天啓でしかないのだ。そうか……これは……そういう事ですね?
椿太夫様……どうか、どうか、この雪隠に、プロの手練手管をご教授ください……! 対価にどんな事でも致します! 触手様の奴隷にしていただいたからには、触手様を悦ばせる為の技術が必要なんです! 恐ろしいほどに綺麗な土下座だ。生まれた儘の姿で、ひくひくと、桃を痙攣させている。……ぬし、粗相をするな。掃除をしても、臭いが染みついたままになってしまう。一生懸命だ。一所懸命だ。なんとも不愉快な笛の音に古妖は流してやろうかと睨めつけた。ご奉仕でも見世物にでも召使にでも、封印を解く役割でも、なんでもしますので……! もうダメだ。それを口にしてしまっては、愈々、EDENとしてもおしまいだ。しょ、触手様……もっと、私を、使ってください……! この機会を逃したら二度とない。いや、オマエが再起する事はおそらく、最早ない。
わ、わた、わたし……わたしは……。
ぐしゃ、と、力なく、死んだ蛙のようになった。
ぬしのことは……もう、忘れる事にしよう。
悪い女のしつけ方は知っている。しかし、痴女につける薬はない。
椿太夫は何処かへ消えた。