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白紙の|恋歌《ラブレター》

#√EDEN #ノベル #企画:夢鏡花イリアス

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継歌・うつろ

 人前で歌うことが夢だった。誰かにわたしの歌を届けることが願いだった。
 わたしは歌うために生まれた存在だから――ごく自然なことよね。

 爽やかな風が深緑の木の葉を揺らす初夏の午後。
 よろよろとした足取りで裏庭に生える一本の木のもとにやってきたブレザー服姿の少女――うつろは木の幹に手をあててがっくりと肩を落とした。
「うぅ……やっぱ、だめだね」
 思い起こされたのはつい数十分前のこと。その日の音楽の授業は皆の前で歌を発表することだった。
 でも、歌えなかった。歌いたかったけれど、いざ皆を目の前にしてしまうとどうしても口がうまく動かない。
 いつもそうだ。いつも、わたしはみんなの前で失敗してしまう。
 みんなの不思議そうな視線が――なんで、歌わないのと悪意のない尋問のような無数の視線を思い出して、うつろはどうにも身を強ばらせてしまう。
「歌うことは好きなのに、どうしてみんなに聞いてもらおうとするとうまく口が動かないのかな」
 見上げた木に訊ねるようにうつろはそんな言葉を投げかけてみたけれど、原因なんて解りきっている。
 うつろは、極度のあがり症だったのだ。
 幼い頃から歌うことが大好きで、うつろの『うたが好き』という才能を見抜いた両親は歌の教室へ通わせてくれた。
 教室の先生もうつろの才能をすぐに見抜いて期待してくれた。嬉しかった。でも、先生がかけてくれた期待は次第に|重責《プレッシャー》となりうつろの心を蝕んでいった。
 そうして幾許かの時が経ち、うつろは歌を本格的に学ぶことができる音楽学校に入学することができた。
 だけれど、人前で歌おうとするとどうしてもあの頃に感じた重責を思い出してしまう。思い出してしまうと上手く歌えなくなってしまう。
 歌えないことで余計に思い詰めてしまって何もできなくなる。もう、そんな悪循環をずっと続けている。
 期待してくれる人達のためにも自分は克服をしなければならないのに、中々うまくいかなくて自分が嫌になりそうだ。
「ここで、ちょっとくらいは練習していこうかな……?」
 人気のない裏庭。誰もいないし、誰にもみつからないこの場所はうつろにとってのレッスン場。
「……すぅ」
 大きく息を吸い込んだ後、心のままに歌を口ずさむ。
 透き通る歌が五月の御空に溶け込むように拡がるこの時が、うつろの一番好きな時間だった。
「……! うたえた。よかった。でも、みんなの前でうたえないと、いけない、よね……」
 そう、ひとりの場で歌えても何の意味もないし前進もない。今と同じ様にみんなの前で歌えなければ何の成長にもならない。意味がない。
「今と同じような形で歌えたらいいのにな……」
 再びうつろが肩を落とそうとしたその時だった。ぱちぱちぱちと、手を叩くような音が聞こえる。
 いや、それは実際に拍手の音だった。恐る恐るうつろがその音の方向へ視線をやると上機嫌そうな男子生徒がこちらに近付いてくるのが見えた。
「すごいじゃないか!」
「え、えぇっと…………あ、ありがとう……」
 男子生徒の姿には見覚えがあった。同じクラスの相葉くん。
 顔は知っているけれど、ほとんど話したことはない。いつもクラスの中心で笑っていて、自分と程遠い人だと思っていた。
「継歌さん、歌うまかったんだね。クラスの誰よりも歌がうまいと思うのに、なんでみんなの前で歌わないの?」
「あ、えっと……その、みんなの前だと緊張しちゃって、うまく歌がうたえないの」
 うつろは相葉に軽く経緯を説明する。期待に応えられる歌を歌えるかどうか思い悩むうちに他人の前でうまく歌えなくなってしまっていたこと。
 そんな自分を変えたくて、此処でひとりで練習していたことを。相葉はただ黙って真剣にうつろの話を聞いてくれていた。
 だからこそ、うつろも思いの丈を彼に打ち明けられたのかも知れない。
 うつろから事情を聞いた相葉はうーんと考えるように首を捻ってから、さも良いことを思いついたと言わんばかりの表情を浮かべた。
「うーん、じゃあ一緒に歌おうよ。そうしたらいくらか気が紛れるんじゃない?」
「そ、そうかな……? う、ん。でも、わかった。一緒に歌おう」
 ふたりは同じ|五線譜《スコア》を取り出して、並んで歌う。するすると音を紡ぎ歌を為す己の声にうつろは驚きながらも、心地のいいハーモニーに身を任せた。
 そうして辿る五線譜の旅もあっという間に終わる。旅の終わりに残ったのは達成感と興奮と、やっぱり自分は歌うのが好きなんだという歓喜の感情。
「継歌さん、すごいよ。すごくよかった!」
「う、うん! でも相葉くんが一緒にうたってくれたから……ありがとう」
 うつろがほわりと微笑むと相葉はちょっと照れ臭そうに頭をポリポリと掻いた。
「あのさ、もしよかったら一緒にここで練習しない?」
 相葉の申し出はうつろにとっても願ったり叶ったりのものだった。
 斯くして、うつろと相葉の秘密の歌特訓ははじまったのだ。
 夏は蝉の大合唱の中で歌った。
 蝉に負けじとばかりに声を張ったお陰か、それとも相葉が一緒にいてくれたお陰か裏庭の木の葉が色付き秋を迎える頃にはうつろのあがり症もすっかりと完治していた。
 そのことに気が付いた日はふたり手を取り合って喜び合ったっけ。
 全部、全部、彼のお陰だ。
 この頃は彼のことばかりを考えてしまう自分がいることにうつろは気づきはじめている。
 赤く甘く実る感情をどう処理すればいいか――そのことばかりに思考をとられてしまううつろに、相葉はなんだか遠慮がちに声をかけた。
「あ、あのさ……今度の文化祭。俺、継歌さんとまわりたいんだよ。それで、ちょっと伝えたいこともあってさ」
 相葉がなんだか言いだし難そうに細切れの言葉を口にしている。まるで前の自分みたいだとうつろは思った。
 いつもよりその顔が赤く見えたのは、きっと秋となって益々赤く色付いてきた夕焼けのせいだろう。

 普通の人間で、普通の女の子で、普通の学生生活を送れていたのなら――こんな|恋歌《ラブレター》も紡げたのかな。
 災厄じゃない、優しい歌を――。

●夢の終わり
 ふわりと頬を撫でる朝風に揺り起こされるようにうつろは深紅の双眸をゆるりと開いた。
「此処は……」
 目が醒めたら見知らぬ花畑。空は徐々に薄らいで間もなく朝を迎えるだろう。
 か細い薄明の光に周囲に咲く硝子の花々は急速に輝きを失っていく――そんな気がした。
 違う、この花はもっと美しい色彩を浮かべていたはずなのだ。もっとプリズムのような柔らかな七彩を。
「ああ、そっか。わたし、ここで夢を見ていたんだ」
 眠りに就く以前の記憶を取り戻すと同時に、昇る朝陽と共に朧になる夢の記憶。
 もう何の夢を見ていたのか思い出せない。だけど、忘れてしまうことは何だかとても寂しい。理由もわからないのにうつろの心を占めるのは寂寞感だった。
 傍らに散らばる白紙の五線譜。風に飛ばされて消えてしまわないようにぎゅっと抱き締める。
 ――どうか、消えてしまわないで。

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アイテム名:|白紙の五線譜《ブランク・スコア》
種別:コレクション
設定:確かに歌が刻まれていたはずの白紙の五線譜。夢の跡は名残ひとつなく。
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