シナリオ

③星詠みアマランス最初の事件!

#√汎神解剖機関 #秋葉原荒覇吐戦 #秋葉原荒覇吐戦③

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⚔️王劍戦争:秋葉原荒覇吐戦

これは1章構成の戦争シナリオです。シナリオ毎の「プレイングボーナス」を満たすと、判定が有利になります!
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(毎日16時更新)

『ほう……私の動きを詠んでいる星読みがいるようだな。なかなかの手練れ……いや、これは』
 隻眼を鋭く光らせ、その男は冷ややかに言葉を吐いた。

『……アマランス・フューリーか。堕ちたものだな、かつて『羅紗の魔術塔』の中でもその人ありと知られた君が、今はEDENたちの走狗に成り下がったか。我らと羅紗は共に『新物質』を争奪する敵であったが、それとは別に君には敬意を払っていたのだがね……』

 ゆらり、と深い闇が蠢くような威圧感がその男の周囲で渦巻いた。
 ――リンドー・スミスと呼ばれるその男の。

『ふふふ……せいぜい指をくわえて無為に星を詠んでいるがいい、アマランス。私たち連邦怪異収容局が新物質を手に入れるところをな……』
「あなただって何度失敗したのよ。っていうか成功したことないでしょう、昔の私と同じに」
『ぐっ!』

 おお、気障にダンディに決めようとしていたリンドーが思わず咳き込む!
 それはそうだ、リンドーも昔のアマランスも、やること為すことだいたいEDENたちに邪魔されてきているのだから、今更そんなカッコつけても仕方ないのである!
 その情け容赦ないアマランスのツッコミに、リンドーは虚空に向かってムキになり叫ぶ! 星詠み同士の恐るべき読み合い合戦だ! 星読みってそんなんだっけ? と思わなくもないが!
『こ、今度こそは成功して見せるとも! EDENたちはアラハバキ来襲の対応に手一杯なのは承知だ。その隙を突いて』
「な、なんですって、その隙を突いて!?」
『ふはははは! 金網稲荷とやらからゴールデンストリングスの網を飛ばし、情報を収集してくれよう!』
「ありがとう、目的も手段も全部分かったわ」
『し、しまった!?』
「じゃあね、リンドー。がちゃん」
『待てアマランス! 星詠みってそんな電話をガチャ切りするように切れるものなのか!? おのれアマランス―!!』

「……というわけで」
 と、アマランス・フューリーは居並ぶEDENたちを見回した。

「リンドー・スミスは金網稲荷という場所にいて、新物質『ゴールデンストリングス』とやらいうものを使い、何らかの情報を収集しようとしているようなの。もちろん荒覇吐も放っては置けないけれど、かといってリンドーも捨て置くことはできないわ。……同じ√汎神解剖機関でかつて簒奪者と呼ばれた私としては、特に、ね……」

 そう、かつてアマランスはEDENたちの恐るべき敵として立ちはだかり、幾度となく激闘を繰り広げ……。
 そして毎回フルボッコにされてきた女性なのである。
 今はあの運命的な「王権決死戦」を乗り越えて和解し、EDENの一員となっているのだが。

「だからと言って私の罪が消えたわけではないことはよくわかっているわ。償いきれるものではないけれど、せめてあなたたちのために一緒に戦いたい。これはその……最初の星詠み」

 アマランスの薄紫の瞳は深い光を宿し、彼女の決意を如実に物語っていた。

「リンドーの収集しようとしている情報が何なのかはわからないけれど、どちらにせよ『ゴールデンストリングス』とやらを破壊してしまえばどんな情報も入手できないはず。皆は、リンドーと戦いながら『ゴールデンストリングス』の破壊もしくは撹乱に集中してほしいの。この作戦が成功すれば……ええと」
 と、アマランスは手元のメモに視線を落とした。

「…………トミーウォーカーが突発YouTubeを配信するんですって。………いや何よそのメタな話!? 私のデビュー戦なのに!?」

 だってそういう条件なんだから仕方ないじゃん!

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第1章 ボス戦 『連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』』


ディラン・ヴァルフリート

「ご挨拶をさせていただきましょう……ミスター・FBPC」
「……おやおや、また君かね、ミスター・エンプティ」

 ディラン・ヴァルフリート(|義善者《エンプティ》・h00631)の清廉でありつつも豊かな響きを持つ静かな声に、威厳と威圧感を込めた背中をゆっくり振り向かせながら、連邦怪異終局の恐るべき存在、リンドー・スミスは熾火をくゆらせるように言葉を吐いた。
 互いに幾度も戦場で邂逅した間柄であり、良くも悪くも顔見知りである。

「それほどに私に何度も会いたくば、いっそのこと我がFPBCに帰属したらどうかね。今なら私とのツーショット写真を付けてあげてもよいが」
「ありがたいお言葉です……。あなたの写真ならさぞかし……ダーツのいい的になることでしょう」
 ディランのその言葉は決して皮肉でも嫌味でも揶揄でもない。彼はただ淡々と落ち着いて、文字通りの事実を述べたに過ぎない。きっとリンドーの写真はいい的になる、というシンプルな事実だけを。……ゆえにまあ、考えようによってはそれは下手なジョークよりよっぽどきつい一言であるが。
 顔見知りだけにリンドーもそれを感じ取り一瞬顔をしかめたが、すぐに面倒くさそうに加えた煙草を投げ捨て、手を振った。
「……いずれにせよ私には君などに構っている暇はない」

 その言葉の響きも消えぬうち、先ほどリンドーが投げ捨てた煙草の煙の中から、おお! 揺らめくようにこの世のものならぬ異形の姿が湧きたち、リンドーの肉体に纏わりつくと、その姿を一瞬にして悍ましきシルエットへと変じせしめたではないか! 怪異をもって自らの武装そのものへと化す、これこそリンドーの能力、『武装化攻勢怪異』に他ならぬ!
 轟然と風を裂き大気を削ってリンドーの怪異がディランに襲い掛かる。僅か一撃の命中だけで、いや、かするだけでも鋼すらへし折るであろう猛撃が! それはリンドーの不興がもたらした怒りの爪牙!

 だがその凄まじい勢いこそがディランにとっては付け入る隙だ。ディランの周囲にはすでに緩やかに展開されたオーラが凪の海のように静かに広がり、猛り狂う怪異の殺気を敏感に感じ取る! オーラを伝う気配に反応し、紙一重、毛一筋の差でディランはリンドーの波状攻撃を幻影のようにかわしていく。それは動たるリンドーと静たるディランのあまりにも鮮やかな対比。
 だが、リンドーの鋼を削りだしたような口元には余裕の笑みが浮かぶ。

「さすがだな、ミスター・エンプティ。だが、今回の私の目的は君を倒すこと自体ではないのでね。いくらでも逃げてくれて良いとも、時間を掛けてくれて構わんよ、それだけ私の目的に近づくのだからね……」
 左様、リンドーの目的はあくまでも情報収集! ゴールデンストリングスと呼ばれる新物質を使って、戦争の騒ぎに紛れ周囲を探索し今後の活動につなげることであるのだ。ゆえに、戦闘が長引けばそれだけ情報探査の時間もかけられることになり、リンドーにとっては有利!

 ……けれど。
 ディランは軽やかに身をかわしながら、つぶやくように言葉を零した。
「そこに展開しているゴールデンストリングスのことですね……。もう既に破壊しましたが、お気づきではないようです……」
「……何っ!?」

 意外なディランの言にリンドーは一瞬惑う。気配を探ってみれば、おお、なんたることか! 確かにゴールデンストリングスの反応が薄まり、既にその存在がつかめぬ! まさか、いつの間にかディランが破壊工作を達成していたというのか、あるいはディランは囮で別動隊が? しかしそんな気配は……。
 動揺したリンドーが思わず微かに視線を泳がせた、時。

「……そこですか。ありがとう」

 ディランのそのただ一言が、すべてを物語っていた。
 リンドーは悟る。
 ――錯覚であったことを。
 ゴールデンストリングスが破壊されたという感覚自体がディランのもたらした偽りであり、リンドー自身にストリングスの場所を明かさせる手段であったことを。
 それこそが、ディランの力――『|響刻:夢幻詩騙《ロア・スウィンドル・ソング》』!

 同時にその錯覚は真と化して、ゴールデンストリングスはディランの手にした大剣によ鮮やかに両断されていた。

「おのれ、いつの間に……!?」
「僕の言葉の抑揚、静かな風を起こす仕草、吐息や足音、翼のはためき……そのすべてが共鳴した時、それは調べとなります……。あなたの聴覚と触覚から沁み込んで認識を狂わせる調べにね……」
「くっ、最初からか……!」
 邂逅した時と同じようにリンドーがディランを振り向く、しかし今度は激昂し憤怒の形相で。
 だがそれは、別れの時。
 リンドーの体内に『響刻』がしみ込んだということは、つまり。

「ぐっ!!! ぐおおおおっ!!??」
 リンドーの体が内部から超振動で破砕されるということであったからだ。
 もがき呻くリンドーは怪異を体内に取り込み、内部崩壊を防ごうと試みる。だがその彼の見事な仕立てのスーツに、静かに、そして無造作に突き立ったものは、ディランの大剣だった。

「写真はダーツの的に。そして本物のあなたは、……剣のいい的になるようです」

 そう、それは皮肉でも嫌味でもない、ただの真実に他ならなかった……。

ルスキニア・フローレンス・シノワズリ

「はじめまして。当機体は羅沙魔術運用型ナイチンゲール、ルスキニア・フローレンス・シノワズリと申します」

 慇懃に礼を示したルスキニア・フローレンス・シノワズリ(羅沙魔術運用型ナイチンゲール・h08845)の姿を見、恐るべき魔人、連邦怪異収容局のリンドー・スミスはやや興味深そうにその鋭い隻眼を光らせた。
「ほう、ウォーゾーン……羅紗魔術を使うWZかね」
 ルスキニアはWZでありつつも羅紗魔術を組み込まれた試験的機体であり、EDENとして覚醒したことで、魔術を操るマシンという特異にして希少な存在となっている。

「面白いものを見ることができた、それ自体も貴重な情報ではあるが……残念ながら今は君に構っている暇はない」
 リンドーは風化した岩石に彫り込まれた彫像のような厳めしい顔に皮肉な微笑を浮かべると、気障に指を鳴らした。それと同時、おお見よ、なんと彼の黒々とした影がのたうち蠢いて空中に屹立する! 膨れ上がり空間を圧するほどの巨大さを見せた影は、そのままリンドーの体に覆いかぶさると、彼の姿を異様なる化生へと作り変えたではないか。異形の怪異を自らの鎧とも為し武器とも為す、これこそがリンドーの能力、武装化攻勢怪異だ!

「|小夜鳴鳥《ナイチンゲール》の断末魔はどのようなものかね、聞かせてくれたまえ。我が偉大なアメリカにはナイチンゲールはいないのでね!」

 闇そのものが雪崩を打って襲い掛かるがごとく、リンドーと彼が纏った怪異は凄絶な勢いでルスキニアを一飲みにせんと猛撃を開始した!
 刹那の間隙にこれを回避したルスキニアの髪が僅かに切り飛ばされる。いや、それだけの絶対的な空間をルスキニアが見切ったのだ。武術の達人にも伍するその見切りこそはルスキニアの正確無比なWZとしてのアイセンサーがもたらす奇跡!

 ひらりとまさに鳥のように華奢で美しい体を翻しながら、ルスキニアは銃砲を構え爆裂するかのような火力を至近距離から叩きつけた! 煌めく爆炎が赤々と闇を照らし出し影を撃ち抜く、だがその銃弾は影の中で勢いを失いリンドーの本体までは僅かに届かぬ。とはいえリンドーもさすがにやや警戒し、飛びのいて距離を置いた。
 押さば引き、引かば押すが戦の定理!! 今度はルスキニアが軽やかに身を舞わせつつリンドーに迫りつつ言い放つ!

「認識誤認。当機体はナイチンゲールと呼称されるWZであり同名の鳥類ではないため、地域によって生息数に変化はありません」
「おやおや、ジョークが通じない、確かに君はWZだな」
「認識誤認。対象のジョークがつまらないだけです」
「言ってくれるね!」

 にやりと笑んだリンドーは即座に薙がれた影を組み立て直し、今度は豪槍のごとくにルスキニアに叩きつけた! 一閃、血飛沫のように影が舞い散る、ルスキニアの振るった魔導杖が影の槍を打ち払い巻き上げたのだ。だが影の槍は一本にあらず、のたうつ触手のように荒れ狂い殺到する。しかし華麗なるウォーゾーンはこれを身に纏う羅紗で優雅に捌き、天空に舞い上がった。

(……此処は日本の聖なる地という情報です。ならば戦闘被害を出さないようにすることが要請されます……)
 それはマシンならではの機械的な計算というより、繊細な人の心を持った優しき配慮であった。ルスキニアは戦場に選ばれてしまった金綱稲荷への被害を配慮しつつ戦おうと努めていたのだ。
 だが、その彼女の配慮をリンドーも当然察する。彼は嘲るように唇を酷薄に歪めた。

「逃げ回ってばかりでは仕方があるまい、小鳥よ。まあ私はそれでも構わんよ、君が逃げている間にも私の目的は達成されつつあるのだから」
「肯定。リンドー・スミスの言うとおり、当機体にはゴールデンストリングスによる情報収集をこれ以上妨げることはできません……」

 おお、なんということか、ルスキニアはこれ以上自分には打つ手がないことを認めてしまったというのだろうか!? リンドーは勝利を確信したように哄笑する。
「ははは! 素直でよろしい、私の勝利を君の歌で飾るが良い!」
「否定。リンドー・スミスに勝利はありません」

 だがそのとき、静かにつぶやいたルスキニアの声がリンドーを愕然とさせた。
 リンドーは感じたのだ。
 まぎれもなく集めたはずの情報の蓄積が。
 一瞬にして減少し、跡形も残らぬことを!
「な、何っ!?」
「時間を遡行させ、蓄積された情報を逆流させることですべて初期化しました。当機体はあなたが情報を集めることを妨げることはできませんが、あなたが情報を手にすることは防げます。それがこの戦いの戦略的勝利」
「き、貴様!!」

 羅紗魔術の奥義がまさにそこにある! ルスキニアの能力『|羅紗魔術式飛翔機能・砂と杖と銃の三重奏《ナイチンゲールマジック・パワーオブスリー》』は既に発動していたのだ。時を操り事象を転回させる恐るべき力が!

「情報さえ持ち帰らせなければ、こちらにイニシアチブが回ってくる。コレが、羅沙魔術運用型ナイチンゲールの戦い方ですよ」

 ルスキニアの声は、動揺し棒立ちになったリンドー目掛け叩き込まれた無限火力の銃声の中でも美しく透き通るように響き、彼の最期を飾っていったのだった……。

鬼灯・睡蓮

「……ふにゅ……見つけたのですよ、リンドーさん……」

 可憐な顔を眠たげにこすりながら、鬼灯・睡蓮(人間災厄「白昼夢」の護霊「カダス」・h07498)はゆらゆらと春風のようにおぼめいて金綱神社に現れた。

「今度は君かね。なんとも顔見知りがよくあらわれることだ」
 やや苛立たしげに隻眼を光らせて睡蓮を見据えたのは、毅然とした威風溢れる長身を上等なスーツに包んだ男。その男こそは連邦怪異収容局にその人ありと知られた魔人、リンドー・スミス、EDENたちとはこれまでにも幾度となく激戦を繰り広げてきた恐るべき相手である。その中のいくつかの戦場では、睡蓮とも会戦したことがあったのだ。

「君はただ安らかな安眠場所を探しているだけなのだろう。ならば静かに眠っていればよくはないかね。今回は、別に私たちはこの世界に危害を加えようというのではない。君たちのよくわからぬ自称正義感が刺激されることもあるまいよ」
「……僕はアマランスさんのお仕事のお手伝いなのです。アマランスさんはお昼寝友達なのですよ」
 そう、睡蓮は星詠みアマランスとも親しい仲で、共に夢の中でお昼寝したこともあるほどなのだ。夢の中でお昼寝ってちょっと難しい概念だけど。
 リンドーは不可解気に首を振り、広い肩を竦める。

「やれやれ、アマランスもよくわからぬ懐柔手段を用いたものだ。ならば今度はこちらが君の昼寝の相手をしてあげよう……私の怪異が、死という名の永遠の昼寝をね!」
 言い捨てると同時、おお。リンドーの周囲の空間が軋みひび割れ、硝子のように砕けて、その言い知れぬ奥果て、言葉にできぬ間隙から異形のものたちが波を打って現れたではないか。異形たちはリンドーの体に纏わりつくと、その姿を言いようもなく名状しがたき何かに変えていく。怪異を自らの武装として用いる、これがリンドーの能力なのだ!

「ふにゅ……あなたの厄介さは知っていますし、同じ戦う仲間として、アマランスさんの迷惑になるのはこちらとしては不本意です……ですので」
 とろりと蕩ける蜜のようだった睡蓮の少女のような瞳が、その時。
 瞬転したかのごとく精悍に見開かれた!

「――少し本気で、起きて、挑みましょう」

 泥のような大海が津波のごとくに押し寄せるリンドーの怪異の猛攻は腐臭に満ち、触れたものは空気さえも腐らせるほどの穢れた呪詛に溢れ、けれど。
 次の瞬間、その悍ましき攻撃が睡蓮の華奢な体を包み込む寸前に、同じく波打ち放たれた煌めく光の奔流に食い止められていた。虹色に美しく瞬くその輝きは、怪異の流れとは対照的に軽やかで明るい希望と安らぎを振りまいて踊り舞う。

「カダス、戦闘準備です――『大いなる夢』!!」

 睡蓮の言葉は大いなる護霊を示す言葉。それこそは夢を操り夢をしろしめす、幻夢なるものカダス!
 リンドーが穢れし怪異を召喚し使役するならば、睡蓮は夢にきらめくものカダスを呼び出しこれと共に力を合わせる。恐るべき超常の力同士が睡蓮とリンドーの二人を起点として荒れ狂い、渦巻いて天地に響き渡った。二つの力が激しく相撃つたび、虚空が悲鳴を上げるように波打ち、周囲の光景があり得ざる角度に歪んで、物理法則と幾何学が消え去っていく。それはまさに破滅的にして終局的な悪夢というべき光景!
 リンドーの攻撃はその能力により多重多層に広がり広範囲を包み込む。だがそれは睡蓮にとってはむしろ僥倖。そう、生命力を吸い取る彼にとっては獲物が増えたことに他ならぬゆえに!
「ちっ、やるではないか、少年」
「あなたもやっぱり強いのですねー……でも負けないのですよー」
 一進一退、睡蓮とリンドーの力は虚空を圧しひしめいて譲らない。
 恐るべき簒奪者リンドーと互角に拮抗しうる睡蓮とカダスの能力こそまさに侮りがたし。両者相譲ることなく、このままでは未来永劫勝負はつかぬのではないか、と思えて。
 だが、……けれど先に歯噛みをしたのはリンドーの方だった。

「しまった、影響が大きすぎる……これではゴールデンストリングスが……!」

 そう、両者の激突の規模はあまりにも巨大すぎ、凄絶に過ぎた。リンドーが周囲に展開していたゴールデンストリングスを巻き込み拡散してしまうほどに。
 それは単に物理的な影響だけではない、怪異の呪力も夢の奔流もどちらも霊的な力を根源とし、ゆえにこそ、その凄まじい激突による霊的力場の乱れは、霊力を媒介にしたゴールデンストリングスに破滅的な影響を与えてしまうのだ!
 そして――
 両者拮抗の場において、一瞬でも気を緩めたものの末路は言うまでもない。

「夢の大海に沈むといいですよ……!」
「しまった……!?」
 睡蓮の言葉と共に、あらぶり輝く夢の大波は怪異ごとリンドーを飲み込み、果てさえ知れぬ幽世の奥底まで引きずり込んでいったのだった。

「ふにゃ……これで今夜もいい夢が見られるですね……すぴー」

セシリア・ナインボール

「……その澄ました態度、|クソ蠍《シャウラ》と性質が同じで不愉快ですね」
「いきなり何の話かね!?」

 セシリア・ナインボール(羅紗のビリヤードプレイヤー・h08849)が出会い頭に放った、まさにブレイクショットともいうべき一言には、さしもの連邦怪異収容局の恐るべき魔人リンドー・スミスもツッコまざるを得ない!

「だからあのクソ蠍……あらごめんなさいね、言葉が少々汚かったでしょうか。言い直しますわ、あのクソジジイと」
「大して変わっていないのではないかね!?」
「そのすべてを見通して自分の手の内だというような尊大で傲慢な態度が実にいけ好かないというのです。あのダースのように」
「だから知らぬのだがね!? いや、確か、情報にあったか……王権決死戦にかかわった人物だったな」

 さすがにリンドー、王権決死戦に置いて繰り広げられたあの凄絶な戦いのことも、ある程度調査が及んでいるらしい。彼は口元に嘲笑を浮かべ、斜め上からセシリアを見下ろす。
「確か、野望を巡らせていたものの、無様に志半ばで散ったのだったか。ふん、そのような小人物に手玉に取られていたとは、羅紗の魔術塔も大したことはなかったn」
 
 ごん!

 言い終る間もなく、ビリヤードの球が真正面からリンドーを襲った! 何の小細工もなく、ただ燃え上がる瞳に憤怒を宿したセシリアの渾身の一撃は球速160㎞ど真ん中ストレートを記録するほどだ!
「|痛《いった》!? いや物理かね!? 君も魔術士ならせめて何らかの術とか魔力で戦いたまえ!? ボール投げるとかそんな原始的n」
 ごん!ごん!!ごん!!! ボールは続けざまにリンドーを目掛け降り注ぐ!
「あいた! 痛い! 待ちたまえ! 子供の喧嘩……」
 ばしぃ!
 次いで大きく振り上げられたセシリアのキューがおもっきりリンドーのケツをブッ叩いた! 無慈悲!
「いってええ!!」
 ついにリンドーもなりふり構わず紳士的な態度をかなぐり捨て、隻眼にちょっと涙をためて大きく飛びのく。もちろん恐るべき戦士たるリンドーがそんなことで大きくダメージを受けはしないが、なんかこう、精神的な衝撃は決して小さくない!

「ふっ、思い知りましたか、羅紗魔術を馬鹿にするとそうなるのです」
「魔術かね!? 今の魔術かね!?」
「羅紗魔術を馬鹿にするということはアマランス様を馬鹿にするということです。あなただってアマランス様よりはいくらか負けた回数が少ないだけが取り柄の男ではないですか、遠慮なく邪魔をします。アマランス様の痛みを思い知っていただきましょう」
「だって公式からもポンコツ扱いされてるではないかねあの女……痛い! やめたまえボール乱れ投げるのマジやめたまえ!!」
「あなただって昨日の生放送でポンコツの片鱗が見えたではないですか! 『リンドー先輩』とか言って、きっと甘酸っぱい高校時代の思い出とかあるんでしょう! このラブコメ男!」
「そういう先輩ではないぞ! ……多分! ってか情報取り入れるの早いな!?」
 まあこうやってイジれるの今だけだからね。

 ともあれ、ぜーはーと息を付きながらかろうじてボールの雨を凌いだリンドーは、仕切り直しとばかりに力を集中させる。この世のものならぬ怪異を呼び出し自らの武装とする恐るべき能力の発動だ!

「これ以上君に構っている暇はない。私には重要な任務があるのだからね。さあおとなしく、そのシャウラだかダースだかの後を追いたまえ」
「だからその名前出すなって私言ってますよね? と言いますか既にあなたは負けていますので」
「いやそんなこと言われたことない……なんだと?」

 リンドーは思わずさらっと述べられた衝撃の事実に二度聞きの挙を免れ得ない!
 だがセシリアは平然と、指で地面を指し示した。

「すでに布陣は完成しています。気づきませんでしたか」

 おお、驚愕したリンドーが見回した、その視界に入ったものとは。
 自らの足元に、美しく自分を囲むように散布されたビリヤードのボールであったのだ!
 雑に適当に投げつけていたと見えたセシリアのボール、しかしそれは既に最初の一投から――リンドーを包囲すべく計算された攻撃の一手であった!

「馬鹿な!?」
「言ったでしょう、羅紗魔術を馬鹿にするとこうなると。ではアマランス様の負け数にまた一つ追いついていただきましょう……『|撞球魔術文字連撃《ショット・スペル・コンビネーション》』!!!」

 セシリアが魔力を込め撃ち放った最後の一球は、リンドーを包囲し魔法陣を構築していた他の球と激突し、瞬時に魔術の発動と同時に無限の連鎖を発生させる! あたかも大地から豪雨が立ち昇るかのごとき奇跡の姿は、まさに羅紗魔術の奥義と呼ぶにふさわしき凄絶な一手!

「ぐわああああああああっ!!??」

 リンドーは無数のボールによる撃滅と魔術の嵐に包まれ、情報を手にすることも叶わず撃ち砕かれていったのだった。

「フッ、思い知りましたかラブコメ男」
「だから違うって多分……がくり」

真心・観千流

「嫌がらせをします」
「嬉しそうだな君!?」

 開口一番きっぱり迷うことなく言い放った|真心・観千流《 まごころ みちる》(最果てと希望を宿す者・h00289)に、さしもの連邦怪異収容局の恐るべき魔人たるリンドー・スミスも思わず隻眼を器用に白黒させずにはいられない!

「正義の名の元に正々堂々と公明正大に全力全開で徹底的に悪人に嫌がらせをする。こんな楽しいことがありますか?」
「うーわ……やっぱ人類は我らが指導してやらないとダメだわこれ」
 口元を引きつらせドン引いたリンドーを、しかし観千流はびしっと叱りつけた!

「何を言うんです! 私一人の問題を人類全体の問題にすり替えないでください!」
「いやそうだけどそれ君自身が言うことかね!?」
「自分自身のことだから言えるのです! ということで、サクッとやらせてもらいましょうか!」
「ええい、邪魔をするのなら……」
 目を怒らせ観千流に攻撃を仕掛けようとしたリンドーだったが、しかしその時!

「『ええっ、意地悪しないでくださいよ、リンドーせ・ん・ぱ・い♪』」
「げほっごほっ!?」

 唐突にシナを作った観千流に思わずリンドーは咳き込みむせて体勢を崩す! その隙に観千流は宙に舞い上がり、大きく相手と距離を取りざま、抜く手も見せぬ速射連撃を放つ! 目標はリンドーにあらず、彼が張り巡らせた情報収集システム、ゴールデンストリングスだ。
 破断さればらばらと黄金の雨のように降り注ぐストリングスの残骸を目に、観千流は笑みを浮かべる。

「ふっ、やはり『リンドー先輩』攻撃は効くようですね」
「君ら情報を取り込むの早すぎないかね!?」
「は? 火事場泥棒で情報を盗みに来たあなたが何言ってるんですか。自分がされて嫌なことを他の人にしていいとでも?」
「おのれ正論を……!」

 リンドーは思わず歯噛みせざるを得ない。いかにも情報窃盗に来たリンドーが、いきなり生放送で公開された情報にイジられているのは自業自得! 因果応報! よくできてるねこの戦争!

「ええい勝手にすればよい! 私は情報を持ち帰ることができればよいのだからな!」
 半ば自棄になったようなリンドーは既に無数の情報を収集していたゴールデンストリングスを手に取る。ストリングスはかなりの量が観千流に銃撃されたが、まだ全壊はしていない。ゆえに、いかにボコられようともイジられようとも、ストリングスの残骸だけでも持ち帰って正確な情報を入手できれば、その時点でリンドーの目的は達成され戦略勝利となるのだ。
「フッ、EDENの諸君、ではこの情報は確かに頂いたよ、ふふふふ……」

『お弁当作ってきましたよリンドー先輩♪』

「げほっごほっぐふっ!!??」
 ゴールデンストリングスを手に取りその中の情報を吟味しようとしたリンドーは、紛れ込んでいた異質な音声情報に再び咳き込む!
「なんだねこれは!?」
「フッ、数日前からすでに今回の生放送の内容は読んでいましたよ。天体式羅紗魔術ってすごいですね! まあとにかく、既に情報の中にはノイズを仕込んであります。どうですかリンドーさん! この情報を収容局に持ち帰って、スタッフ全員の前で再生する勇気はありますか!! この甘ったるい『リンドーせんぱい』ボイスを!」

 それこそは観千流の能力『レベル1兵装・|羅紗星図《ミスティック・スターホイール》』だ! いくつもの力の流れを織り為すという羅紗魔術の原理を天体の配列に応用することで未来を読み取る驚異の力である。
 おお、それはなんたる恐るべき観千流の罠か! 情報自体はもしかしたらホンモノかもしれない! ゆえに簡単に隠蔽したり破棄するわけにもいかないという高度な情報汚染だ!
 リンドーは顔を真っ赤にし口角泡を飛ばす勢いで必死に否定する!

「ち、違う! これはフェイクだ! そんな手作り弁当とか手編みのマフラーなどというカンケイの訳がないだろう常識で考えたまえ!」
「手編みマフラーなんて言ってませんが」
「……………」
「語るに落ちましたね?」
「違う今のは言葉の弾みだ! 断じて違うとも!」
「でもほんとかもしれないじゃないですか。何があっても違うと言いきれますか?」
「………………」
「さあ? さあさあさあ?」
「う……ぐぐっ……お、おのれ!! 覚えておきたまえEDEN!!」

 ついにリンドーはゴールデンストリングスを放棄し踵を返して逃走に入った! 任務に失敗した方がまだマシだという賢明な判断である。
 その小さくなっていく後ろ姿に、観千流はのんびりと声を掛けた。

「『覚えておけ』? 覚えていていいんですか?」
「……忘れたまえ!」
「やです。覚えました。嫌がらせしに来たんですから」
「………じんるいのばかー!!」

森屋・巳琥

「『ゴールデンストリングス』調査の補助……それが今回の目的です」
「「「「おおお……本体ちゃんカッコいいのです!!!」」」

|森屋・巳琥 《もりや・みこ》(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)の言葉に、集結した12体の素体が一斉に小さな手をぱちぱちと叩いた。実際かわいい。

 巳琥の能力『|蜃気楼の分隊《ミラージュ・スカッド》』は相似した容姿を持つ一分隊。本体である巳琥の指示と指揮に従い、縦横に戦場を駆けるのだ。皆6歳相応の可憐な姿であり、まさにそれは天使の乱舞というほかあるまい!

 巳琥は分隊たちの尊敬のまなざしに顔を赤くし、はわわ、と若干舞い上がりながら続ける。
「こ、こほん、敵は目前です。全員そろっているか点呼を取りますよ!」
「「「てんこ??」」」「「「どんどん叩く奴です!」」」「「「それはたいこなのです?」」」
「落ち着いてください分隊ちゃんたち! 全員で数を数えることを難しい言葉で点呼というんです!」
「「「おおお……本体ちゃん大人なのです!!!」」」
「では行きますよ、順番に数を数えてください。いーち!」
「「「にー! さーん! しー!」」」
「いや全員で同じ数数えても仕方ないんですよ!?」
「「「えええ?? てんこってむずかしいのです……」」」

 分隊たちは一斉に小鳥のように首をかしげる。可愛いけど。なにせ6歳相当なのである、難しいことはちょっと苦手なのだ。はあ、と吐息をつき、巳琥は方法を変えることにする。

「じゃあ4人ずつ3列に並んでください、いいですね?」
「「「はーい!! でも、これで何をするのです?」」」
「フッ……大人の証、「掛け算」を使います!!」
「「「な、なんだってー!! 本体ちゃんはかけざんができるのですか!!!???」

 繰り返すが巳琥や分隊ちゃんたちは6歳相当、その年齢で掛け算ができるのは大したものだと言わざるを得ない!

「5の段までは余裕です!」
「「「おおお! 本体ちゃんすごいのです!!」」」
「……6と7の段は少し苦手です……」
「「「おおお……よくわかりませんがきっとすごいむずかしいのですね?」」」
 まあ6とか7はね。難しいよね。
 それはともかく、巳琥と分隊ちゃんたちは綺麗に整列した。4人が3列! これはつまり!
「12人です! ぴったりですね!!」
 どやっ! と巳琥が小さな胸を張った時。しかし、分隊ちゃんの一人が首をかしげた。
「……本体ちゃんが一人、そして私たちが12人ですから……13人いないといけないんじゃないです?」
 しばし見つめ合う顔と顔。次の瞬間慌てた巳琥が周囲を見回す!
「…………いけない! 掛け算ではなく足し算の問題でした!」

 あたふたと行方不明のもう一人を探し始めた巳琥たちの前に、その時。

「この迷子は君たちの友達かね?ここは大人の場所なのであっちで遊びたまえ」

 長身をゆらりと揺らめかせ眉をしかめて、迷子になって泣きべそをかいていた分隊ちゃんを連れて現れたものこそは!

「り、リンドー・スミスさん!?」

 そう、恐るべき連邦怪異収容局の魔人、リンドー・スミスその人であった!
 だが、リンドーは忙しそうなそぶりで、巳琥たちが誰なのかは気づいていない様子! さもあろう、まさか重要な戦地で迷子になってべそをかいている小さな女の子が敵勢力だとは思うまい。
「ん? 何か言ったかね? ……何だか君たちはお互いそっくりなような気がするが……まあ東洋人というものは大体似た顔つきだからな……とにかく気を付けたまえ」

 そのまま長い脚でとっとと歩み去るリンドーを、巳琥たちはすかさず追尾した!
「ついていけば、ゴールデンストリングスの場所がわかります。そのまま情報収集の妨害、できれば媒体の破壊まで狙いたいところです!」
 ゴールデンストリングスとはどういったものなのか、戦場によって千変万化のようだ。あたかも光が波であると同時に粒子であるがごとく、ストリングスも物理的な性質を持つ場合も、霊的な性質を持つ場合もあるらしい。果たしてこの戦場のストリングスはどのような性質を備えているのであろうか!
 巳琥たちはそっと木陰からリンドーの様子を注視する。
 リンドーはそれに気づかず、優雅に手を舞わせると、その指先に輝く黄金の糸を掴み取った。
「あれがストリングスですね! 光ケーブルでしょうか、それともなんらかの霊的な通信?」
 ごくりと生唾を飲む巳琥たちの前で、リンドーはついに――。

 ストリングスの端っこについていた紙コップを耳に当てたのだった。

「「「「………糸電話だこれ―!!???」」」」

 ……まあ、アナログ通話はデジタルよりも撹乱されにくく霊的な不安定さもないという優位性はなくもないかもしれない。

「………いやだからって……まあ、もういいです……分隊ちゃんたち、あの糸電話取っちゃってください」
「「「わーい、糸電話遊びなのですー!!!!」」」

 なんか疲れたように指示した巳琥と対照的に、大はしゃぎでそこら中の糸電話の端末たる紙コップを回収していく分隊ちゃんたちはまさに天使。
 その一方で、急に通信ができなくなったリンドーはわけもわからずパニックになっていたという……。

アリス・アストレアハート

「あなたがリンドーさんですね。びしっとおしおきですっ!」

 アリス・アストレアハート(不思議の国の天司神姫アリス・h00831)の美しく澄んだ瞳は今、超新星のごとく輝きを増して爛々と相手を射竦める。たとえその相手がおそるべき連邦怪異収容局の魔人、リンドー・スミスであろうとも、アリスに一切の怯懦はない!

『いつになくやる気ね、アリス☆』
 そんなアリスの姿を、彼女と同じ姿を持つもう一人のアリスともいうべき護霊、メアリーアンは物珍しそうに見つめた。通常はどちらかと言えばおとなしく物静かなアリスが、今回は青白い炎のような闘志が燃え上がるがごとくハイテンションだ!
「だって、アマランスさんからの初めてのご依頼です……頑張らなきゃですっ……☆」

「ふむ、君もアマランスに誑かされた口かね。あのような女のために身を粉にしても意味はなかろうに」
 だが、リンドーはその鋭い隻眼を軽侮の色に染めた。
「羅紗の魔術塔は新物質を巡る競争相手ではあったが、同時に、互いにそれぞれ国の為に身命を賭す覚悟のある者同士とも思っていた。それが、君たちのようなわけもわからぬものたちと行動を共にするとはね」
「アマランスさんを馬鹿にするのは許しません!」
 リンドーの嘲笑するような言葉に、アリスはきっと桜色の唇を一文字に引き結んだ。
『そうよそうよ、言ってやりなさいアリス☆』
 共に声をはげますメアリーアンに頷き、アリスははっきりと宣言する!

「アマランスさんは確かに昔悪い子でしたが! 私たちがビシバシってしてあげたらそれを喜んで味方になってくれたんです!!」

『待ちなさいアリス!? めっちゃ語弊がある言い方よ!?』
 ああ、だがしかしメアリーアンの制止は一手遅い! ぽかんとしたリンドーの厳めしい顔に、巨大なクエスチョンマークが浮かぶ!
「………よくわからんが、アマランスはそういう趣味なのかね?」
「そうです!」
『待ってアリス!? 断言しないで!?』
「そうか……まあ、あんな格好をしている女だからな……納得できる」
『あんたも納得しないでリンドー!!??』
 なんかどんどん話が悲しい方向にズレている。ちなみにアマランスは離れた場所でこの状況の星を詠みながらひとりで悶え苦しんでいた。

「とにかく、そんなアマランスさんのためにも、あなたをやっつけちゃいますよ!」
「やれやれ、厄介なお嬢さんだ」
 いきさつはともかく両者の凄まじいバトルはここに切って落とされたのだった!

 悍ましき虫の翅を生やし天空に飛翔したリンドーを追い、アリスは夜空をも白く染め上げるような美しい翼を持って空を舞う。宙空に大きく相互に弧を描き、激突した二人の間から星々をも欺くような火花が散る! リンドーが容赦なく振るった刃腕と、アリスが華麗に薙ぎ払った神秘の刃ヴォーパルソードが激しく打ち合ったそれは火花だ。
 だが膂力においてはリンドーに分があるか。僅かに押し込まれそうになったアリスの背後から、しかしその瞬間。
 流星のごとくに降り注ぎリンドーを襲ったもの、それはメアリーアンの放ったトランプの雨、ハートのA!
 さすがのリンドーもこれを座して受けるわけにはいかぬ、鋭く舌打ちしつつ身を翻し距離を取る。アリスとメアリーアンを分断せんとする間合いを確保しようとする試みを、しかしアリスの超越的な霊感は的確に察知しその機先を制してリンドーの優位を許さない。花が舞い散るがごとく優雅に鮮やかに空間を支配し、アリスはリンドーを追い詰めていく。

『ふふん、リンドーはゴールデンストリングスとやらを巻き込みたくないから空間を十分に使えないんでしょう、そのために空間戦闘に持ち込むとはアリスもやるわね☆』
「……えっ?」
『えっ?』

 ぽかんとしたアリスにその時、慌てた様子でリンドーが口を挟む!
「いや全然! まったくもってこの空間にストリングスが張り巡らされていたりはしないから、ここで戦っても君たちに利益は何もないのだ。うむ、此処で戦っても仕方がないなー!あー無意味だなー!」
『いやわざとらしすぎるわリンドー……』
 ジト目になったメアリーアンの隣でアリスが感心したようにポンと手を叩く。
「そっかー、ここにストリングスはないんですね―」
『いやこっちは素直すぎるわアリス!? どう考えてもここにストリングスがあるってことでしょう!?』
「でも、どこにストリングスがあるかわかんないです」
『だからつまり』
 
 メアリーアンはニヤリと笑みを浮かべ、ビシッと虚空を指さした。
『リンドーもろとも範囲攻撃しちゃえばついでにストリングスも破壊できるってことよ☆』
「なるほどです。ではいきましょう、セラフィックミルキーウェイッ!!」

 アリスの可憐な声は彼女が纏う神秘の天幕、羅紗の名で呼ばれる魔術を行使する宣言だ。
 天女の羽衣を思わせる薄絹を身に付け、アリスの魔力は飛躍的に増大!
 高まり膨れ上がった魔力は弾けるように一気に放出される――!

「『フラワリーズ・フェイトストーム』!!!」

 凄烈な気勢が響いた時、空を覆い尽くす花の吹雪が艶やかに広まり、目に見えなかった黄金の糸を巻き込んで、リンドーの野望を消し飛ばしていくのだった。

「これがストリングスなんですね……」
 吹き飛んでいく煌めく金糸の欠片を手に取り、アリスは大きな目をぱちくりとさせる。メアリーアンもそれを覗き込み、ふと思いついたように細い指を立てた。
『持って帰れば羅紗を織るのにも使えるかもね☆』

与田・宗次郎

「あのアマランスさんが星詠みかぁ……人生、何が起こるかわからないねぇ」

|与田・宗次郎 《よだ・そうじろう》(半人半妖の汚職警官・h01067)は駄菓子の袋を手でちぎりながらしみじみと述解した。
 宗次郎の脳裏によぎるのは、さほどまでに遠くはない往時の記憶。一人の少年を巡って銃火を交えた、美しき魔女の姿が蘇る。……その魔女の名は、アマランス・フューリーといった。
 そう、かつて、天使化事変と呼ばれる一連の事件の中で、彼はアマランスと敵として相対したことがあったのだ。その時のアマランスは紛れもない邪悪な簒奪者でしかなかったが、今の彼女は……。

「………うん、何が起こるかわからないよねえ……」
 その一言ですべてを察していただきたい。いや別に今のアマランスがポンコツだとかそういうわけではないのだ。たぶん。きっと。彼女はいつだって一生懸命で、ただそれがちょこっと……すこーし……空回りすることがあるだけなのだから。

「ま、大丈夫、おいちゃんが来たからには、ただの不憫キャラにはさせやしないよ。ちゃんと戦果を持って帰るさ」
 駄菓子で腹ごしらえを完了し、宗次郎は飄々とした、しかし不思議と頼り甲斐のある笑みをその頬に浮かべるのだった。

「ということで、ぬらりの旦那。出番ですよ。ほい、濡れ煎餅どうぞ」
『……わしゃあ、これでも妖怪の総大将とか呼ばれとるんじゃがの。そのわしを駄菓子ひとつで呼びつけるとは、宗の字にはかなわんわい』

 やれやれ、といった表情を浮かべ、どこからともなく湧き出たようにいつのまにかそこにいたのは、奇妙に長い頭を持った好好爺然とした老人だった。その名をぬらりひょんと聞けば、驚くものも多いだろう。……まあ、主に、それだけの大物を煎餅で呼び出せる宗次郎の胆力に対して、だが。

「はっはっは、いいじゃないですか。この場所はお稲荷さんだ、妖怪の皆さんにとっても大事な場所でしょう。そこを好き勝手されちゃあ、ぬらりの旦那たちもいい気持ちはせんでしょう?」
『……相変わらず宗の字は口が上手いのう。ま、それも一理あるがの』

 ぬらりひょんは宗次郎を伴い、空間に溶けるように姿を消す。いつの間にか現れいつの間にか消えるぬらりひょんの能力は、まさに潜入捜査にはうってつけだ。
 亜空間から覗き込む宗次郎の視界には、思念を凝らす長身の人影の姿が映る。それこそは連邦怪異収容局の恐るべき魔人、リンドー・スミス。だがさしものリンドーも、ぬらりひょんの認識阻害能力には及ばぬと見えてこちらには気づいていないようだ。

「うん、このまま家宅捜索と行こうかねえ。さぁさ皆、宝探しの時間だよ! 手分けして、ゴールデンなストリングス……ええと、金色の網みたいなものを探すんだ。見つけた子には、好きなお菓子をおごっちゃうよ!」
 わっと沸き立つように、無数の気配がざわめいた。宗次郎の呼びかけに応じ、異界の彼方からこの世のものならぬ住人たち、すなわち妖怪たちが一斉に馳せ参じたのだ。

「む……? なんだ、一瞬異様な気配がしたような……いや、気のせいか」
 一方、リンドーは精神を集中しストリングスの操作を行っていたところで、不意に背筋に冷たいものが奔るような感覚を覚えた。かといって、周囲を見回したところで誰がいるはずもない。
「うむ、気のせいだな。気のせい……うひゃひゃ! なんだ急にすねがくすぐったく!?」
 すねこすり。
「なんだズボンのすそに風でも入ったの……ぐわっ!? なんだ頭の上に急に……何かの木の実が落ちてきたのか?」
 たんころりん。
「なんなのだ、先ほどまでは静かだったというのに急に……これでは集中してストリングスを操作できんではないか。くっ、何か急に空腹になっても来た……目が回る……」
 ヒダル神。
 ……そりゃあ妖怪たちが一斉に嫌がらせをしようと思えばとんでもない連携ができてしまうわけである。

 リンドーの集中力が途切れた隙を狙い、妖怪たちはここぞとばかりにストリングスを捜索する! 無数の目を持つ目目連と百々目鬼の夢の共演! 木々の間を探し回るじゅぼっこ! 空を舞うえんらえんら! まさに百鬼夜行そのものがここに現出した!

「なんだ!? 何かが起きている……!?」
 さすがにリンドーもここまで騒ぎが大きくなっては察せずにはいられない、血相を変えて戦闘態勢に入ろうとした瞬間に。
「ぶふわぁっ!? ぺっぺっ!? す、砂!?」
 砂かけ婆の砂がまともに顔面に直撃! 隻眼のリンドーにとってはその視界が閉ざされてはいかんともしがたい!
「い、いかん、何が何やらわからないが、ストリングスを回収して一時待避しなければ……」
 よろよろとよろめきながらリンドーが手を伸ばす、そこだ! そこがストリングスの場所だ!

「よし見つけたよ! 髪切りちゃん、鎌鼬ちゃん、おいちゃんと一緒にやっつけちゃえ!」
 宗次郎はすかさず探偵刀をすらりと抜き放ち、同じく切断能力を備える妖怪たちと共にストリングスへ殺到! これを粉みじんに斬り裂いたのだった。
「な、何者だ!?」
 リンドーが混乱し攻撃を仕掛けようとしたのは全く別の方向。「蜃」の幻がすでに彼を惑わせていたのである。
 かくして宗次郎と妖怪たちは見事ストリングス破壊に成功し、再びぬらりひょんの能力で悠々と戦場を後にしたのだった。

「いやー、今回もみんなご苦労さん。今回はちょいと大盤振る舞いだ。駄菓子祭りと行こうじゃないの。……来月はボーナスあるしねえ」

エーファ・コシュタ

「ついにこの時がきたんですねえ……」

 エーファ・コシュタ(突撃|飛頭騎士《デュラハン》・h01928)はいくつもの頭で同時に感慨にふける。
 この事件の星を詠んだアマランス・フューリー。彼女とエーファとは、以前からのいわば知り合いだ。だが、その最初の出会いは非情なる戦場、相譲れぬ敵としての邂逅であった。
 その時のアマランスは冷酷な魔女、騎士たるエーファにとっては許してはおけない相手だったがゆえに、全力で戦い抜いたことは記憶に新しい。全力で……ドッジボールをして。
「……まあドッジボールはともかくです。今のアマランスさんはワタシたちの心強い味方となってくれました。ならば! 騎士として、この予知を詠んで下さったアマランスさんの為にも頑張りますよ!」
 
 ふんす、と息は荒く決意は固く、エーファは凛然と勇気を奮い起こして恐るべき敵に立ち向かう! その相手こそは、連邦怪異収容局の恐るべき魔人、リンドー・スミスだ!

「ということでリンドーさん! あなたの野望はワタシたちが騎士として騎士らしく騎士の名のもとに撃ち砕きます!」
「ふむ。そうか、君は騎士か」
「騎士ですとも!」
「だが、私は今回はこの世界に危害を加えに来たわけではないよ?」
「えっ」
 リンドーが淡々と述べた言葉に、エーファは一瞬毒気を抜かれる。そう、リンドーが今回現れたのは情報収集のためであって、√EDENに害意を及ぼすために来たわけではなかった!

「戦う気がない相手に暴力を振るうのは騎士らしくない行為ではないかね?」
「えっ……あれっ?」

 おお、なんたることか! 考えてみればエーファは今回騎士として戦う大義名分を持たぬのではないか? これは騎士たるエーファにとって最大最悪の弱点その1であり、もっとも危険なピンチと言っても過言ではないかもしれぬ! エーファのいくつもの頭が一斉に首を捻り、傾げ、悩み込む。この局面を打開する術はあるのか!

「……た、確かにあなたの言う通りです……戦う意思がない相手と戦うことは騎士としてできません……!」

 がっくりとうなだれるエーファ。まさかここで彼女の任務は終わりを告げてしまうというのか! ニヤリとリンドーの酷薄な口元に笑みが浮かぶ。しかし次の瞬間。

「……ですが、別に戦わなくてもいいのです。ワタシはここにお掃除に来ただけですからね!」
「……なんだと!?」
 鮮やかなる逆転だ! 今回ニヤリと笑むのはエーファの方であった!
「ゴールデンストリングスとか言いましたか、本来この神社にないものがばら撒かれているわけですから、ワタシは騎士として綺麗にお掃除をするだけです。それは全く騎士として正当な行為ですよね!」
 いうが早いか、エーファは無数のアタマたちを指揮し一斉にその大きな瞳から鮮烈なる輝きを撃ち放つ! 目的はリンドーではない、上空遥か、天に向けての乱射だ!

「眼から! ビィィィィム!!!」
「な、なにをしているのだ!?」
「私には正直ゴールデンストリングスというものが何だかよく分かりませんが、まあ、電波? だとかそういう物のような気がします。ならば電波に対抗するには電波、こちらは光線で妨害させてもらいましょう!」

 おお、見事なまでに美しく林立し屹立する光の柱の群れはあたかもエーファの騎士たる信念を讃える金字塔の如しだ! 天空に昇る光の雨を思わせるその光景は、一幅の絵画のように幻想的でさえあった。

「光線と余波で情報網を滅茶苦茶にします! 仮にストリングスが物理的な網でも光線で焼き切れるはずですしね!」
「くっ……ええい。やめたまえ!」

 ついに我慢できず、リンドーは自ら肉体を変異させエーファに対し襲い掛かった。虚空を引き裂き風を喰らって怪異の爪牙が唸りを上げる! だがそれこそがエーファの真ッていた瞬間だ!

「ワタシに攻撃してきましたね! ならばこの瞬間、騎士としての正当な戦闘が成立します!」
 リンドーの岩をも穿つほどの刃腕による突進を、エーファはそのまま真後ろに倒れて回避する。……いや、倒れたのではない、エーファの体は他のアタマたちによって宙で支えられ、逆にリンドーの体勢は泳いだままだ! 突進の勢いのままエーファの真上を通り過ぎていくリンドーの目に一瞬の焦りが浮かび、それと同時に。

「騎士アタァァァック!!!!」

 エーファの槍が真下から真っ直ぐにリンドーの体を突き刺し貫いていた!
「ぐおおおおっ!!??」
 隻眼の焦点を失ってリンドーはまっしぐらに大地に突っ込み、岩山が崩れるように倒れ伏した。
 ひゅん、と風を切る槍で残心するエーファの周囲には、天空に向かって伸びるいくつもの|光の柱《目からビーム》が彼女を讃えるようにきらめいているのだった。

「………それはそれとしてこう……目薬とかほしくなりますね、この技……」
 エーファの弱点その2、目薬代が高い。いっぱい頭があるから。

星河・あくあ

「思うんだけどね、あるまちゃん」
『どうしたの、あくあちゃん?』

 星河・あくあとその番であるあるま(零を上書き歩む【始発点】/ 零で塗り潰し辿る【終着点】・h05769)は、二人そろって目の前の戦場になるべき地点を澄んだ瞳で眺めていた。美しいアクアリウムを思わせる彼女たちの透けた体は、スライムであるその素性を雄弁に物語る。

「ゴールデンストリングスって奴なんだけど」
『長いよね。省略形とかないのかな』
「うん長いよね。タイプするの大変だよね。ってそうじゃなくてね?」
『ゴルストとかでもいいよね』
「いいね、じゃあそうしようか。いや、だからね?」
『うんうん』

 どこか掴みどころがなく、それでいて実はちゃんと目的地に向かって進んでいる、まさにふわふわと揺れて流れる水の滴のような会話。

「ゴルストはあの神社の霊力を使ってるってことだよね」
『あー、ということは』
「その霊力を使い切っちゃえば止められるんじゃない?」

 その発想はなかった! 実際ゴールデン……ゴルストは金綱神社の霊力に上乗せする形で展開されている新素材であるのだから、そもそもの神社の霊力がなくなれば展開できないはずである。理論上は。

『でも、神社よ。つまり神様よ。その霊力を使い切るなんてことはできないんじゃない?』
「もちろんそれはそう。だからね……」
『なるほど』

 二人そろって頷くと、あくあとあるまは神社の境内に足を踏み入れた。

「これは珍しい御客人だね。だがあいにくと私の方ではおもてなしの準備ができていない。またの機会にしてもらえるかね」
 鋭い隻眼に好奇心に満ちた光を宿らせ、その長身の男は慇懃無礼に二人に相対していた。彼の名こそリンドー・スミス、連邦怪異収容局の恐るべき魔人である。

「そうやって自分の都合だけ押し付けるの良くないと思うな。嫌われるよ」
『あなた友達いないタイプでしょう』

 そしてそんな魔人に対してもあくあとあるまは容赦なかった!

「………君たちなかなか失敬だね。まあ、友人なるものが価値観の上位に来るという幼稚な考えはある意味微笑ましいが」
「あ、ごめん、図星だったみたい」
『あなたがそんなに傷つくとは思わなくて。ごめんね傷つけて』
「図星ではないし傷ついてもいないがね!!」

 リンドー、なんか怒った。意外に繊細かもしれない。もっとも、これもまたあくあとあるまの狙い通りではあったのだが。
「そう、そんなに私とあるまちゃんとの友情が妬ましいの」
『かわいそうなぼっちリンドーさん』
「ええい、いい加減にしたまえ! 少し神経に触ってきたぞ。もちろんぼっちとかそういうことではなく私が集中してゴールデンストリングスを操作する邪魔になるというだけの話だ、それだけだとも!」

 ついにキレたリンドーは二人に向かって怪異の群れを解き放つ!猛然と襲い来る怪異に対し、あくあとあるまは――。

「光と一緒にぜーんぶ!」『ぶっ飛んじゃえ!!』「『|吶喊・蒼碧色の星燈疾走《スターライトアーマー・オーバードライブ》!!!』」

 いきなり超必をブッパ! 巻き起こった閃光の奔流は周囲の空間を捻じ曲げ虚空を引き裂き、さしもの恐るべき怪異たちさえも大きく退けることに成功した!
 だがさすがにリンドーは咄嗟に怪異を盾に防御、その身には傷を負わず、纏った闇の中から隻眼を鋭く光らせる。
「ふん、戦術の組み立てもなく大技だけで……」
「『オーバードラーイブ!!』」
「何っ!?」

 おお、リンドーが体勢を立て直す間もなく再びオーバードライブが炸裂した!
 リンドーは大きく退きながら認識する、最初の爆発はあくあ、続いてはあるま。二人が交互に光爆を巻き起こしていることを! その間にもう一人が身体部位の代償を支払い回復、これならば持続的に攻撃可能だ! しかもスライムである二人の体はすぐに修復される!

「ドラ―イブ!」『ドラ―イブ!』「『どっらぁーいぶっ!!!』」
 爆裂!撃滅!炸裂! 輝きの波濤が荒れ狂いうねり猛る!

「くっ、いい加減にしたまえ! 別に君たちの相手をしたいわけではない、こちらの目的としては……」
「うん、ゴルストを使いたいんだよね」
『使えればだけど』
「……ごるすと?」

 不可解気な表情を浮かべ一瞬リンドーの動きが止まる。次の瞬間その票がこわばった。
 ゴールデンストリングスから何の情報も伝わってこないことに気づいて!

「こ、これは!?」
「さっきからのオーバードライブ、神社の霊力を燃料にさせてもらっちゃった」
『霊力が使えるのはあなただけじゃないの。もちろん、神様だから霊力が空っぽになったりはしないけれど……急速に霊力が大量消費されたことで、いわばブレーカーが落ちたの』

 これこそが二人の作戦! 何も霊力を空っぽにする必要はないしそれはできない。一時的に霊力を使えない状況に追い込めばいいだけなのだ。結果、ゴールデンストリングスは何のエネルギーも使えない作動停止に追い込まれた!
「おのれ……我が計画をよくも」
歯噛みするリンドーに、二人は揃って最後の一発を叩き込んだのだった。

「『オーバードラーイブッ!!!!』」
 
 断末魔を残すこともできず消えていくリンドーを尻目に、二人はゴルストの残滓を興味深げに手に取る。
「あるまちゃん、霊力通信、私たちも真似できるかな?」
『やってみましょ、あくあちゃん、何か聞こえるかも?』
 ゴルストをそっと耳に当てた二人が聞いたものとは。

「あ、はい……ご協力ありがとうございました、お稲荷様……」
『あとでちゃんと油揚げ持ってきますね、あはは……』

ルナリア・ヴァイスヘイム

「こんにちは元気ですか! さあとっとと頭ァ出してください!」
「何がなんだと!?」
 ルナリア・ヴァイスヘイム(白の|魔術師《ウィッチ》/朱に染める者・h01577)が満面の笑みでにこやかに元気に快活に宣言した言葉に、さしものリンドー・スミスもツッコまざるを得ない! いかに彼が連邦怪異収容局にその人ありと知られた恐るべき使い手たる魔人であろうともだ!

「はっ倒してやりますので頭出してくださいってんですよリンドーさん! あの迂闊で残念なアマランスちゃんのように!」

『狡猾で残忍!!』

 どっかから謎の声が聞こえた気がするが、別にルナリアは気にしない。
「ん-? とんかつでタンメン?」
『重いわ! 狡猾で残忍!』
「復活の安珍?」
『清姫どうしたのよ! そうじゃなくて!』
「狡猾で残忍?」
『違う、迂闊で残念! ………あら?』
「はい綺麗にオチが付いたところでね、さあ頭出しやがってくださいリンド-さん」

 と向き直ったルナリアに、さすがにリンドーもわけわからない感が丸出しだ。っていうか多分地上の誰もがわけわからない。

「いやさっきから何やってるのだね君たちは」
「小鳥のさえずりのような可憐で微笑ましいやりとりを少々」
「そうか病院の紹介書が欲しいというのだね」
「えっリンドーさんどっか悪いんですか。そういえば顔色が悪いです。あと顔も悪いです」
「君だよ! 君の頭だよ! っていうか顔は悪くないぞ私は多分!」
「うーわなにこいつ」
「くっ、これ以上君と関わっているとおかしくなりそうだ! 退場してくれたまえ!」

 多分リンドーが正しい。かくしてリンドーは自己の正気と尊厳と平和を守るべく果敢にルナリアに戦いを挑むのであった。主役どっちだっけ。
「生き残った方が主役に決まってます! おらあああ死ねええええ!!!!」
 ぶん! 大気が焦げ臭くなるほどの凄絶な勢いで振り下ろされたのはルナリアの棍棒だ!
「魔法の杖です」
 棍棒だ!
「まあ殴れればどっちでもいいですが」
「大工にでもなればいいのではないかね君は!」

 振り下ろされた棍棒が深々と大地を叩き割り岩盤を微塵に破砕する! ルナリアの棍棒に掠りでもしたもの、一切ことごとく滅ぶべし! ぶわっと噴き上がった爆風がリンドーの影さえも消し飛ばしたかと思うほどの勢いだ!

「何言ってんですか馬鹿ですか釘を叩いて釘が悲鳴を上げますか? 人の方が面白いに決まってるでしょうがまったく頭おかしい」
「君だよ!!! もう何回目かわからんが君だよ!!!」
 危うく難を逃れたリンドーと惜しくも標的を逃したルナリアが互いに息を荒げながら睨み合う。うねうねとその身に怪異を融合させるリンドーの方が何となくマシに思えるような光景!

「……一応聞いておくがね、ゴールデンストリンg」
「どうでもいいです!」
「よくないんじゃないかね! シナリオの目的をだね!」
「だってどーせ大本は恐らくリンドーさんなので、リンドーさんを叩いて壊せばよいのでしょう! これぞエルフの叡智です!」
 むふー、と鼻息荒く語気鋭く目元血走らせながら吐き捨てるエルフ。忘れていたがルナリアはエルフである。忘れたままでいたかった。

「ええい、ならば武装化攻勢怪異の奥義を喰らうがいい!!」
 轟然! 実態を持つまでに圧縮された闇そのものが波を打つがごとく、リンドーの纏った怪異は唸りを上げてルナリアに襲い掛かった! 仮にルナリアの棍棒がこれを食い止めても同時にリンドー自身の攻撃が相手を襲う、隙を生じぬ二段構え!
 おお、だがしかし。
 怪異の攻撃をルナリアの棍棒が受け止めた、そこまでは確かにリンドーの計算通りだった。次にはリンドーの一撃がルナリアを襲う……はずだったが。

「魔導書アタック―!!!」
「いてえええ!!!????」

 右手に棍棒、左手に分厚い魔導書を持ったルナリアがその魔導書の角で思いきりリンドーをブッ叩いていたのである!
「君っ……魔導書ってそういう使い方をするものではないだろう!?」
「アイテムの説明欄に書いてあります『力ある魔法の書物』って」
「力あるってそういう意味違う!」
 涙目になったリンドーの抗議などルナリアが聞き入れるはずもない。

「おらぁお釣りです!こっちは三回攻撃だっコラァ!!! 突き! 崩し! 破壊ぃぃぃぃ!!!!!ウ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!!!!」
「人の心」
「エルフなので」

 その言葉を現世の聞き納めとして。
 殴られ殴られそしてもう一回殴られたリンドーは、めでたくリンドーだったものになったのだった。

「ん-、簒奪者だからほっとけばまた生き返るんですよね?」
 ルナリアはわくわくしながら棍棒を振り上げた姿勢のままでその肉汁の前で待ち構える。
 リンドー復活まであと少し。
 ……そしてまた棍棒が振り下ろされるまでもう少し。
 以下エンドレス。

アンミタート・アケーディア

「お久しぶりですね、リンドー・スミス」
「ほう、君は……」

 緩やかに長髪を秋風になびかせ、優美な長身を現したアンミタート・アケーディア(愛を求める羅紗魔術士・h08844)の姿に、相手はその鋭い隻眼をやや細めた。その男こそは、かつては√汎神解剖機関の世界においては三大組織と呼ばれたうちの一つである、連保怪異収容局に所属する恐るべき魔人、リンドー・スミスである。

「また私の前に立ち塞がるのかね。失敬ではあるが……」
「ええ、確かに以前はそちらに譲りました。ですが、私もあれから羅紗を鍛えました。今度は負けません」

 アンミタートの言葉に、リンドーはニヤリと厳めしい口元に笑みを刷く。そう、怪異収容局と、アンミタートの属していた「羅紗の魔術塔」はかつての競合組織。ゆえに二人は以前にも激しく干戈を交えたことがあったのだ。

「ふむ。相当な自信のようだ。まあ、以前の戦いも、最終的には私が優位を取ったとはいえ、それなりに拮抗した戦いであったことは確かだからな。だが……あの時、君は一般人を救おうとしてみすみす勝機を逃がした」
「……そうです」

 アンミタートは静かにやや目を伏せる、あの激烈な戦いを想起して。
「足首をくじき逃げ遅れた『井上スミコさん(87歳)、趣味は書道』のお方をお助けしたためでした」
「……詳しいな? まあいいが、そしてその次は……」
「ご両親とはぐれた『庄司夢芽ちゃん(4歳)、好きな動物は飼っている猫のミャ―』を救うために後れを取りました」
「本当に詳しいな? そしてそのあとは……」
「戦いを写メろうとしていたJKの『大塚レイナさん(16歳)、マジパリピって感じ』を避難させるために時間を取られました」
「いや本当に詳しいなっていうか全員女性だな? 女好きかね?」
「もちろんです」
「言い切ったね!?」
「まあ男性と比べて体力的な差異はありますから要救助対象としては優先されますからね。それに」

 と、アンミタートは自らの中に溢れる確信と信念を口にする。

「私は羅紗魔術士ですから」
「関係あるのかねそれ!?」
「羅紗とは無数の糸を織り為して一つの織布として完成させるもの、つまり多くの命を繋ぎ新たな世界と未来を織り為していくことができる女性は羅紗の思想を体現するものでもあるのです!」
「………理論的なような、そうでもないような……」
「あと私の運命の人がいるかもしれませんから!」
「私的な理由ではないかね!?」
「ともあれ!」
 ビシッとリンドーに指をさし、アンミタートは言い放つ!

「アマランス様のお詠みになった事件です。参加せねば、旧羅紗の魔術塔の一員として嘘というものでしょう。行きますよ、リンドー・スミス!!」

 軽やかに身を翻し間合いを取ったアンミタートはすかさず羅紗を展開! その身から放たれた風に舞う薄絹は虚空に漂い天へと舞い上がる! 上古より連綿と伝えられし魔術の深奥は今アンミタートの手に寄って結実した!

「羅紗よ、雨となりて敵の元へ降り注げ――『|羅紗の雨《ラシャ・レイン》』!!」

 瞬時! 鮮烈なる閃光が豪雨のごとくに天より降り注いだ! 一滴一滴の威力は僅かなりと言えども、それが驟雨となった時、束ねた魔力の凄絶なる猛威は大地をも破壊しつくす!

「チッ、確かに力をつけてきたようだね!」
 だがリンドーもさるもの、その身からは闇に蠢く畏怖すべく名状しがたき塊がどろりと溶け落ちるように現れ、彼の体を覆い尽くす! 怪異を操るリンドーの生体装甲だ!
纏った怪異による悍ましき翅が羽ばたいて、腐臭を漂わせる風のように飛翔するリンドーは激烈なる光の雨を抜けてアンミタートに迫る!
 だが単なるスピードだけでは嵐のごとき光雨の中を簡単に潜り抜けられるはずもない。その秘密は……おお見よ、鏡だ! リンドーの腕に煌めく生体刃が鏡のごとくに、輝く光の雨を反射しているではないか! まさに恐るべきはリンドーの力! その刃が遂にアンミタートの首元に迫ろうとしたとき、しかし!

「音に聞く通りたいした怪異制御術ですが、——お前の強化など、私の羅紗の暴雨が覆い尽くします!」

 アンミタートの手に翻ったのは羅紗! 幾星霜なる古の想いの込められた霊布は生き物のごとく蠢いてリンドーの動きを一瞬絡めとる。そう、リンドーの生体刃に巻き付いてその鏡面を塞いだのだ! 光を反射する術を失ったリンドーの元へ、今度こそ輝き満ちる魔力の嵐雨が一斉に降り注いだ!
「しまっ……ぐあああああ!!!!」

 リンドーの断末魔さえも降りしきる雨の中に木霊となって消えていき、一瞬の後にはただ静寂の中に立つアンミタートの優美なシルエットが残るのみだった。

「今度は私の勝ちでしたね。そう、人は歴史という糸を織り為して成長するのです。羅紗のようにね……」

シアニ・レンツィ

「ねえ……『新物質』って本当に必要なのかな?」

 シアニ・レンツィ(|不完全な竜人《フォルスドラゴンプロトコル》の羅紗魔術士見習い・h02503)のぽつんと漏らした問いかけに、その男は、幾万年を経た岩石に彫り込んだような厳めしい顔つきに、不審そうな表情を浮かべた。隻眼に鋭い光を宿し、この世のものならざるような畏怖すべき雰囲気を漂わせたその男こそは、連邦怪異収容局の魔人、リンドー・スミスである。
 今まさにリンドーと対峙しようとしていたシアニは、しかし激しい戦火よりもまず言葉を選んだのだ。それはシアニの無垢で清らかな魂が響かせた小さな歌ともいうべき声。
 リンドーは侮蔑するように小さく鼻を鳴らし、無知な子供をあやすように両手を広げる。

「君と問答をするつもりはないが、理解の及ばぬことには適当な口を出すものではないよお嬢さん」
「ううん。適当なこと言ってるわけじゃないよ。あたしはあの――『決死戦』に行ったんだ」
「……ほう」
 リンドーの隻眼が一瞬細められた。
 羅紗の魔術塔で繰り広げられた『王劒』を巡る凄絶にして運命的な戦い……「王権決死戦」が起こってから、まだ記憶がセピア色に染まるほどの間さえ経ってはいない。あの戦いにシアニは参加し、そして……、今、ここにいる。
「……決死戦の生き残り。それだけで確かに敬意に値するとは認めよう」
 リンドーの口調が僅かに変わる。眼前の相手が、まぎれもない真の戦士であることの、それは何よりの証。
 澄んだ瞳に熱意を湛えて、シアニは強く語気を励ました。
「EDENの人たちだけじゃない。天使の子に、アマランスさんに、羅紗魔術士のみんな。送り出してくれた歴代塔主さん。王劍を止める為に手を取り合って駆け抜けてる時、ものすごく大きな力を感じたから」
 リンドーは隻眼を軽く閉じ、軽く顎をしゃくる。続けろ、と示すかのように。
 シアニの胸の奥に、もしかしたらと微かな明かりがともる。もしかしたら。もしかしたら、リンドーは自分の言葉に耳を傾けてくれるのではないかと。それは多分とても小さな可能性で、でもきっとゼロではない。ゼロではないのなら、――あたしはそれを信じたい。

「だから。だから……ひどいやり方で新物質を手に入れなくても、やり方次第で黄昏を乗り越えられるんじゃないかなって。みんなの力で……」
「幼いな」

 重く分厚い断罪の刃が虚空から真っ直ぐ落ちるような言葉がシアニの声を遮った。そのたった一言に、シアニは寸前まで灯りかけていた心の明かりが無惨に圧し潰されたことを知った……。
 ゆっくりと開眼したリンドーは重厚な息と共に言葉を吐く。

「君は子供だね。夢を見ている。理想を求めている。それを否定はせんよ、子供は夢を見るべきだ。理想を求めるべきだ。……だがそれを今すぐに性急に求めてはならん。大人は、夢と理想だけで現実は変えられぬことを知っている。だからこそ、いずれ子供が素直に夢を見られる世の中を作るのが我ら大人の役目なのだ。そのために手を汚すのが大人の役割なのだ。ゆえに、……今は大人に任せたまえ」
「違うよ!」
 シアニは叫んでいた、胸の奥からこみ上げる熱い塊がそのまま声になったかのように。

「あなたは夢から逃げて、現実を言い訳にしてるんだ。……偉そうなこと言ってごめんなさい、でも!」
「もうよい。我らの話がかみ合うことはない。分かっていたことだがね……」

 静寂がその場に満ち、どこか遠くで落ち葉がただひとひら、乾いた音を立てたようだった。
 その瞬間に、空間に亀裂が走る。シアニとリンドーとの間に、深く深く、埋められない溝が。目に見えずとも確かに存在する、断絶が。

「……あなたを倒すよリンドーさん! あなたという個人に対してじゃなく、あなたのような……夢に絶望した大人に対して! あたしは戦うっ!!」

 歯を食いしばり、シアニは猛然と突進した。大地を蹴立て砂塵を巻き上げ、ただひたすらに未来へ向かうがごとくに! 翻るは見習い羅紗魔術士の証たる鮮やかなマフラーだ!
「『|羅紗魔術・反響障壁《タペストリグリフ・リフレクション》』っ!!」
 リンドーの放った怪異の宿った触腕をシアニの舞わせた羅紗は軽やかに華やかに弾き返し、一気呵成に相手に迫った!
 リンドーは目を細め、無言でこれを迎え撃つ。彼の背後で膨れ上がった闇が世界を覆い尽くすかのような圧力を持ってシアニの心を包み込もうと蠢いた。
 シアニが放つ牽制の魔術弾は、しかし牽制以上の効果を生みえない! いやむしろ、魔術弾を飲み込んだ巨大なる闇は膨大な一つの小宇宙とさえ思えるほどに成り果て、シアニの視界全てを妨げて、どこにリンドー本人がいるのかさえ最早定かではないほどだ。
 暗黒の中に落ちているのか舞い上がっているのかさえも判別できない奈落の中にシアニは囚われたかのような混乱に囚われかけて……。
 
 そのとき。
 ほんの微かな光が、シアニの惑いかけた目に映り込んだ。

 その僅かな光を道しるべとして――
 シアニの剛腕が唸った。

「あなたはそこだよ、リンドーさんっ!!!!フォルス・ドラグスタンプバーストォォォォォッ!!!」
「……何っ!!??」

 全力を込めて叩きつけられた轟絶のハンマーは、天地開闢の爆発的な威力! それはシアニの心の、魂の一撃! そして――未来を切り開く剛撃に他ならぬ!
 ゆえにこそ、その絶対的な一閃はこの世ならぬ暗黒空間そのものさえも圧壊し崩壊させ、その中心にいたリンドーを巻き込んで爆縮せしめた!

「ぐ、ぐああああああっ!!!」

 破局的破滅的的な一撃に吹き飛ぶリンドーは、そのとき。何故シアニが暗黒の中の己を見出だすことができたかを知る。
 それは……。
 黄金の糸。
 リンドー自身に巻き付いていたゴールデンストリングスが放った、か細く、しかし確かな光だったのだ。

「私の糸が……私の敗因だったというのか」
「そうだね。あなたの糸が……大人が用意した糸があたしを導いてくれた、あなたという大人を倒すために。なんだかすごく……すごく、切ない」
 苦し気に息を吐くシアニに、崩れ行きながらリンドーは微かに笑む。
「ふふ、そんな顔をするな、君は……大人に勝ったのだから」

 消え果てていくリンドーを風に乗せ、シアニは顔を上げて視線に力を込めた。
 そのまなざしに映るものは、――明日。

「……そうだね、あたしは勝った、勝ったから責任があるんだよね。……夢をあきらめない責任が」

ルメル・グリザイユ

「あ、リンドーくんだあ、久しぶり~。元気してたあ?」
「いや誰だね」
「やだなあ、僕だよ僕僕」
「僕僕詐欺かね?」
「じつはそうなんだ僕は君の息子でね急な事故にあったんでお金を貸してくれないかな」
「最初から詐欺と名乗っておいて引っかかると思うのかね!」
「偉い! 偉いなあリンドーくん。けーさつのPRポスターに登場すべきだと思うね!」
「日本の警察のポスターに連邦怪異収容局が出演したら大事故ではないかね!」

 ルメル・グリザイユ(寂滅を抱く影・h01485)は口角泡を飛ばしてまくしたてたリンドー・スミスの姿に面白そうに手を叩いた。何せ相手は連邦怪異収容局、すなわち√汎神解剖機関の三大勢力の一つである大組織のちトップエースの一人。まさに恐るべき怪人……であるはずなのだが。
 しかしそのリンドーですら軽々と舌先三寸で転がしまくるルメルの舌鋒こそまさに恐るべきだ!

「意外にノリいいんだねえリンちゃん」
「いや誰だね」
「やだなあリンちゃんはリンちゃんだよリンちゃん」
「……ひとつ提案なのだが、私のノリがいいのではなく君がウザ絡みしてくるだけだという可能性を考えないかね?」
「えっだれがー? だれにー? まさかそんなばかなー?」
「棒読みすぎるわ……」

 頭痛を抑えるかのようにリンドーはこめかみを抱えてしまったが、しかしそれも一瞬。何せ彼は連邦怪異収容局のエース! この程度のことで挫けてはならないのだ! リンドーは隻眼を光らせ、再び不屈の闘志で立ち上がり、なんとか紳士然たる態度を取り戻そうと試みる! 

「……こほん、ともあれ、君に関する情報は思い出したよ。この金綱稲荷における数々の作戦に出没し、我が配下を撃破してきたのは君だね」
「おー、僕ゆうめいじーん」
「悪名だがね」
「いやーリンちゃんの悪名には負けるよ―、よっ、悪名のてんさい! 悪名のたつじん! むしろ悪名しかない男!」
「………君は口から生まれてきたようだ」
「ってことでさ、これだけの数を総動員してもどうせ僕らには勝てないんだから、もう諦めたら良いのに~」
「あーそうかそうかわかった。では諦めよう。諦めたとも。ほんとに。さあ、これならば君ももうここには用がないはず、帰りたまえ」
「何言ってんだよリンちゃんがそう簡単に諦めるわけないじゃんばかだなあ」
「どっちなのだね!!!!!!!」

 なんかもうさすがにリンドーかわいそくない?
 というか実際リンドーも限界を超え、むがー!と頭から湯気を噴き出しつつ猛然たる勢いでルメルに向け襲い掛かった!

 爆発するような怒りの覇気はリンドーの周囲の空気をもひび割れさせたかと錯覚さえさせるほどだ。……いや、おお見よ、それは錯覚ではない! まぎれもない事実として、リンドーの周囲の光景が歪み軋み砕け落ち、その深奥、うかがい知れぬ暗黒の陥穽の果てより、のたうちながら蠢き出てきたものがある! それこそはこの世ならぬ世界より這い出る怪異すらもその身に纏い武装と為す悍ましきリンドーの能力だ!
 大気をも腐り果てさせるほどの瘴気を纏い、怪異の爪牙が狂気じみた殺意を持って津波の様にルメルに殺到する。僅かでも降れれば鋼すら浸食し食らいつくすほどのそれは脅威!
 だが。

「ほらほら―、キレちゃってるから狙いがブレてるよーリンちゃん!」

 眼差しは鋭く相手を見据え、けれどその瀟洒な口元には余裕の笑みを湛えて、ルメルの姿が陽炎のように揺らめいた。
 どろりと世界を溶かすような怪異の触腕がギリギリでルメルの頭頂をかすめ、その髪を巻き上げる。リンドーは一瞬勝機を見たかもしれぬ、だがその瞬間、天地が逆転する!

「何っ!?」
 リンドーの声が驚愕を持って反転した。空間そのものが意志を持って逆らったかのように彼の体を怪異ごと持ち上げ、意識が躍った次の瞬間、凄まじい衝撃がリンドーを襲ったのだ!
 大地に大穴が穿たれる、それはリンドーが地面に叩きつけられた証!
 見下ろすルメルの周囲の景色が歪んでいる、それは超重力場が彼の周りに発生していることを示すもの。そう、ルメルの能力『|Nexus Gravitor《ネクサス・グラヴィトール》』は重力操作によって敵の体勢を崩す技だ!

「貴様……!」
「余裕なくなってるよーリンちゃん、紳士はいつだって紳士らしくいようよ、具体的には僕みたいに」
「ほざくな!」

 叩きつけられた体勢のまま、しかしリンドーもその程度で終わるわけはない。真下から無数の触腕が天に向かって昇る豪雨のようにルメルに向かって注ぎ込まれる! その触腕が残酷にして無慈悲にルメルの体躯を貫いたと見えた時――!

「ぐはああっ!」

 血反吐を吐いたのはルメルにあらず、リンドーに他ならなかった。
 怪紳士の頑健な肉体を刺し貫いていたのは――
 リンドー自身の触腕であったのだ。
 リンドーがルメルに向かって打ち出した触腕が、おお、あろうことか……ルメルの体に接触する寸前で虚空に消えていたのだ!

「Nexus Gravitorの真髄は……相手の身体部位の亜空間転移。そう、リンちゃんのそのこわーい触手は、おいたをする前にお引越ししてもらったよ。……リンちゃんの体の真下にね」

 然り。
 リンドーの触腕はルメルに届く直前に亜空間に飲み込まれ、次の瞬間リンドー自身の身体の真下に転移! 形を為した殺意そのものともいえるほどの猛然たる攻撃をそのまま宿主の体に振るう結果となったのだ!

「貴様……!」
 足掻き、もがきながらもなお自らの首に手を伸ばそうとするリンドーの姿を淡々と見下ろし、ルメルは淡々と告げる、
「ほおらね、キミの攻撃なんて簡単にいなされちゃうんだから。無駄に痛い目に遭わないうちに、寝返っちゃえば良かったのに」

 とん、と。
 冷ややかな感触がリンドーの臓腑を貫いた。
 ルメルが丁寧に、そして優しく穏やかに……その腹部へと差し込んだナイフの刃が。

「こんな風に……ね」

 そのまま捻る。あまりにも容易く。
 ルメルのナイフはリンドーの存在そのものを無造作に断っていた。

「リンドーくん少し真面目すぎたねえ……もう少し気軽に気楽にいこうよ」
 洒脱に言い捨て鼻歌交じりで去っていくルメルの言葉と態度の、どこまでが彼の真の姿なのか、知るものは少ない。
 いや、あるいは、……もしかしたなら、彼自身でさえも。

黒後家蜘蛛・やつで

「ええっ遂にアマランス様がYOUTUBERデビューを!?」

 できらあ!

 ――いやそんな話ではない。たぶん。
 思わずガタッと椅子を蹴立てて立ち上がりかけた|黒後家蜘蛛・やつで 《くろごけぐも・やつで》(|畏き蜘蛛の仔《スペリアー・スパイダー》・h02043)を謎の思念が押さえつけた。いやどこに座ってたんだよ。
 ……まあ、ともあれ、星詠みは過度に現場に干渉してはいけないので直接ツッコミを入れることは許されないのだ。
「つまり言いたい放題で何言っても自由なんですね?」
 しまった燃料を与えてしまった!

「ほほう、彼女がYouTuberに? ……ふふふ、これは面白い。歌ってみたとか踊ってみたとかかね。それともゲーム実況かね。彼女はゲーム下手そうだが」
「あっそれは確かに。でもそこが萌えアピって感じじゃないです?」
 しかもなんかリンドー・スミスまでもが乗っかり始めた! お前ラスボスなんだぞ、どこか遠くでアマランスが死にそうな顔になってるので許してあげてほしい!

「って、ちがうんですか? ……どうやら戦争の勢いで混線が発生してちょっと不思議な電波を受信してしまったようです」
 こほん、と咳払いし、やつではようやく仕切り直してくれた。そう、あくまでもやつで対リンドーの鬼気迫り激烈にして風雲急を告げる最後の戦いこそが本番なのだ!

「……でも星詠みとしてアマランス様が活躍していけばいずれはアイドル衣装で歌って踊ることもあるでしょう!」

 どっかでアマランスが本気で死んでるから許してあげて!

「まあとにかく√汎神解剖機関はやつでの地元でもありますので、素っ頓狂なリンドーさんにお仕置きをするのは一石二鳥なのです!」
「素っ頓狂なのは君のような気がするのだが」
「では行きますよ素っ頓ドーさん! あなたの素っ頓狂な野望もここまでだと知るがいいでしょう!」
「一字一句言ってることがわからんのだが……私の、いや我が組織と偉大なるUSAの邪魔をするのならば相応の覚悟をしてもらおう」
 若干の頭痛を抑えているような表情を浮かべつつ、それでも律義にちゃんと悪役をやってくれるリンドーの周囲には恐るべき重圧と威迫が満ち溢れる。さもあろう、√汎神解剖機関の闇を統べるかつての三大組織の一角たる連邦怪異収容局、そのエースでもあるリンドーはまさに恐るべき魔人なのだから!
 リンドーの隻眼に鋭く凝視されつつ、しかしやつでも一歩も引かぬ!
「ふっ、いいのですかそんなことを言って……やつでの力をご覧に入れますよ!」
「きたまえ!」
「みなみうしろ!」
「……なんて?」
「それーっ!」
「にげた-!!??」

 そう、逃げた! やつでは見事な口八丁によりリンドーの機先を制し一瞬の意識の隙を作り出して鮮やかなエスケープを決めたのだ! 
「今回のお仕事の目的はゴールデンストリングスを何とかすることですからねー、リンドーさんをやっつけることではないのです! さあリンドーさんを置いてきぼりにした隙に、ゴールデンストリングスを見つけちゃいますよ!!」

 素晴らしいフェイントだ! 唖然となったリンドーが我に返って追ってくる前に、ストリングスを見つけ出し、破壊してしまえばよいのだ。やつでの胸の奥に秘められたゴールデンストリングス発見作戦とは!
「特にありません!」
 なかった!
 ないのかい。
「だっていきなりそんな新物質のことなんか言われたって心当たりありませんよ。もし関係ないやつでに何かの心当たりがあるのなら、それは「新物質」とは言わないでしょう?」
 そらまあそうである。

「とはいえです。やつでも糸使い、その名誉にかけて、この糸問題を見事解決して見せますとも。さあ皆さん、出番ですよ!――『|壁の下の蜘蛛の群れ《ミエザルキョウフ》』!!」

 やつでの号令一下、彼女の影の中から這い出てきたのは八本の脚を持つやつでの同胞にして友人たち、蜘蛛の一群。しかしその形状は通常のそれにあらず、次元の檻をXとYにしか持たぬ二次元存在だ。ゆえにこそ二次元の蜘蛛たちは三次元の凹凸に囚われず自在に駆け抜け走りゆき、周辺を探索していく。蜘蛛たちが張り巡らせた二次元の糸が縦横に伸びて、空間をあまねく走査していくのだ。

「名付けて、でたことまかせ・いきあたりばったり方式です!」

 そうともいう!
 一見雑に見える、っていうか実際雑だが!
 しかし情報を収集するためにリンドーが展開したゴールデンストリングスは当然多方面・広範囲に広がっており、そうであればやつでの蜘蛛たちがそこら中に糸を吐きまくれば、その中のどこかにストリングスが引っかかることは、当然高い確率としてありうるのである。意外に巧緻にして精妙な計画であったのだ!
「ふっ、糸を使う点においてやつでが人に後れを取るわけにはいきませんからね! ……はっ、そんなことをしている間に反応が!」
 やつでは蜘蛛たちの知らせに鋭く応じる。一匹の吐いた糸が、見事に自分たちのものとは異なる糸に引っかかったのだ! すなわちそれこそがゴールデンストリングス! あとはそこを起点にストリングスを破壊していけばよい!

「続いて『|引っかけていた蜘蛛の糸《ギロチン》』!!」

 そして目標を発見した瞬間、探索の糸は転瞬し断罪の糸と化す。鋭い糸は無情の刃と化してあらゆるものを斬り裂くのだ!

「さあ、ストリングスをスパーンと切断しちゃいましょ……」
「はあ、はあ……み、見つけたぞEDEN! 先ほどはまんまと出し抜かれたが今度はそうは」
「あっ」
「えっ?」

 その瞬間現れたのは……ああ、なんたる運命の悲劇か。必死の面持ちでやつでに追いついてきたリンドー・スミスそのひとであった。
 ………そう、ギロチンの糸刃が落ちてくる瞬間に。
 
「あーあ………やつでのせいじゃないですからね………しーらない」

 すぱーん。
 まさに文字通り、リンドーはすぱーんと、「リン」と「ドー」に変わり果てたのだった……。

「……ま、まあこれはこれで後腐れなくていいでしょう。さて、ではこの土産話をネタに、アマランス様には写メを撮らせてもらうのです。推しとは写メを撮るものだとやつでは学びましたゆえ!!」

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挿絵イラスト