いかさま くまさま
●You can't escape from death
カードを持つ指先が震えていた。
心臓が痛いほどに脈打って、鼓動がうるさい。
焦るな。追い込まれているのは相手も同じ。
残るカードは2枚。可能性は|50:50《フィフティ・フィフティ》。勝利と敗北、生と死が、二人の狭間で揺れている。
唾棄すべきは相手ではなく、臆病な自分。
彼は覚悟を決めた。
「くっくっくま……」
「何を笑ってる!?」
動揺するな。|はったり《ブラフ》だと自分に言い聞かせるが、嫌な予感がおさまらない。
「貴様の手の内など、既に読めているくま」
くっくっくま。くっくっくまくま。敵方のギャラリーからも笑いが起き、歪んだ輪唱となって会場内を反響する。
相手のモフモフした手が伸びる。彼の持つカードを選ぶために。
「さあ……すべてを失う覚悟は、できたくま?」
●Darkness Game
星詠みにしてキッチンカーの店主、|瑠璃《るり》・イクスピリエンス(赤色ソーダ・h02128)は、真剣な表情で唸っていた。
何のことはない、客の一人とカードゲーム……トランプに興じているのだが、どのカードを選ぶか決められないらしい。
「ああ、ごめんね。手が離せないから、やりながら話すけれど」
これは今回の予知に関わる重要なゲームなんだ。
「√マスクド・ヒーローで行われている、邪悪極まりない……言わば暗黒のゲームさ」
瑠璃は相手の差し出した数枚のカードから、一枚を選んで悲鳴を上げる。
「うわーん、またババだぁー!」
そして、「もうヤダー!」と癇癪をおこし、手持ちのカードを全て放り投げた。
事の発端は、√マスクド・ヒーローの商店街に、新しいおもちゃ屋がオープンしたこと。
長いこと空き店舗だったところに、いつの間にか『ホビーショップベアベア』というファンシーな看板が出ていたのだという。
「その実態は、悪の組織による闇の賭博場だったんだよ」
勝負放棄でしたたかに怒られた星詠みが、しょんぼりと続ける。
被害にあったのは、興味本位に訪れた数人の幼い少年少女。彼らは店舗に閉じ込められ、否応なしにゲームに参加させられた。
すなわち──『闇のババ抜き』に。
「勝ったら店のオモチャをタダであげるって言われたから、最初は乗り気だったみたい」
だが、相手は悪の怪人たち。まともに戦う訳がない。
ありとあらゆるイカサマを駆使して、子どもたちを追い詰めたのだ。
「奴らは本当に卑劣な手を使うんだ。カードの隅を折って印をつけたり! ハンドサインでカードを教えあったり! ババをちょっと突きだして取りやすくしたり!」
この辺で、集まった能力者は気付き始めた。
——あ、これ、子どもにしか通じないやつだ……と。
敗れた子どもたちは、代償を払わされた。『プリティムーンのステッキ』や、『スター戦隊の変身ベルト』など、大好きなヒーロー・ヒロインのオモチャをことごとく奪われたのだ。
それを取り戻すために、新たな子が自らのオモチャを持って挑み、それもまた奪われ……と、搾取され続けているらしい。
「何より醜悪なのは、その怪人たちがクマの姿をしていることさ! クマさんは子どもを幸せにするのが役目なのに!」
周囲との温度差をものともせず、星詠みは憤り、懇願する。
「みんなの力で、そいつらをけちょんけちょんにしてきてよ!」
そんなに怒っているのなら、自分も行けば良いのでは?と、思う者もいないでもなかったが。瑠璃は頑なに拒んだ。
なんでって?
「ボクはババ抜きが弱いからに決まってるだろ──!!」
感情全てが顔に出る星詠みは、半泣きで能力者たちを送り出すのだった。
第1章 冒険 『玩具で世界征服』

●Here comes a new challenger!
その時、爽やかな風が吹いた。
「ちょーっと待ったぁーっ!!」
大音声と共に入口の扉が開き、クマぐるみ怪人たちが一斉にゲームテーブルから立ち上がる。
そこには、外の光を背に、スタイリッシュに佇む男が一人。
「子どもと強制的に闇のゲームをし、大事なヒーロー達のグッズを奪う悪の組織だと?」
……久しぶりにキレたぜ!
「こういう悪行、俺がゆ゛る゛さ゛ん゛!!」
強烈なイントネーションと共に更なる風が巻き起こり、淀んだ室内の空気を一掃する。
「き、貴様はいったい」
「何者くま!?」
「悪党どもに名乗る名などない……と言いたいところだが。子どもたちの前だ!」
俺の名は、|八神・英守《やがみ・えーす》(|不屈の白狐《アームドライダーウルペース》・h01046)!
「またの名を──|博打の王《エース・オブ・ギャンブラー》──ッ!」
「なっ、何ィくま!」
「貴様があの|博打の王《エース・オブ・ギャンブラー》くまァ!?」
その異名に戦慄するクマぐるみたち。ただ、「あの」の先に具体的なエピソードが出てくることは特になく、しばし爽やかな風が吹き続けた。
「……そう。昔、暴れすぎて色々なカジノから出禁を食らった、エース・オブ・ギャンブラーの力を見せてやる!」
英守自らによる解説で、止まりかけた時が動き出す。「おおっ」っと、どよめきが起こる中、一匹のクマがおずおず挙手をした。
「そ、それは普通に、負けが込んで暴れたわけではないくま?」
「違うくま!!」
エース・オブ・ギャンブラーが食い気味で叫んだ。勢いで語尾がつられたが、コホンと空咳で取り直し、ゲームテーブルまで進み出る。
「とにかく子供たち、ここはヒーロに任せなさい」
英守が肩越しにそう告げると、子どもたちが歓声をあげる。
──ヒーローだ! ヒーローが来てくれた!
「ちなみに、もう一人いるよぉ」
するっと紛れ込んだのは、気負いのない女性の声。場の全員(英守以外)が、一斉に目線を向ければ、既にテーブルに着く山中・みどら(レンズの奥に潜むのは・h00207)の姿があった。
「ま、私は別に、子どもの味方のつもりも、ヒーローのつもりもないけどさ」
付喪神たる自身の本体も、クマのぬいぐるみ。ゆえに、
「クマの汚名返上。かっこいいとこ見せるさね」
みどらの手には、幼子が抱くのに丁度良いサイズの可愛いクマぐるみ。彼女はクマの手を持ち、子どもたちにふりふり振ってから、テーブルの上に寝かせる。
「私のチップはこの子さね。参加資格はあるかい?」
素晴らしい上玉……と、クマ界隈が若干下卑た雰囲気で息を呑む。それを了承の印とし、みどらは不敵に微笑んで、英守も椅子の背を引いた。
「圧倒的腕前の差を見せてやる。みんな目を離すなよ、一瞬で終わるからな!」
●Old Maid
とは言ったものの、ババ抜きの序盤は地味である。
隣席同士でカードを引いては捨ての繰り返し。
「真のエースは期を待つものだからな」
エース・オブ・ギャンブラーも根気強く、ちまちまとカードを減らしていった。
公正を期すために、ヒーロー(仮)側と怪人側2人ずつ、計4人の対決だ。上位2名の勝ち抜けとし、英守、クマ、みどら、クマと交互に座る。
だがそれは建前だ。
実際は、空中戦に場外戦、何でもありのバーリトゥード。
(子どもたちとの試合を少し見せてもらったけども)
みどらは目の端で状況をざっと浚う。
まず、ギャラリークマ怪人がテーブルを囲むように立ち、仲間クマがババに手をかけたら、下げた両腕の先をクロスしてバツを作っている。全員で。
(めちゃくちゃ露骨だね!)
ゆえに対策も容易であった。相手に引かせる前に軽くシャッフルし、カードを伏せて差し出すだけである。
「お、お前、その持ち方は卑怯くまよ!?」
「どこがだい!?」
「おーっと! しまった手が滑ったくまぁああ!」
何度か攻防を重ねるうち、一匹のクマが椅子から滑り落ちた。「手とかいうレベルじゃないさね!」というみどらのツッコミを無視し、「大変くま」「手伝うくま」と他のクマが落ちた手札を拾い集める。
戻ったクマの手札。その一枚の片隅に、小さな『b』の文字。
能力者たちに戦慄が走る。
まさかBABAの『b』じゃあるまいな?
英守は試しに件のトランプに手をかける。すると、クマがニヤリと口の端をあげた。
……いやこれもう逆にない可能性があるのでは。
「ってババかよぉ!!」
鋭くカードを抜き取ったのち、思わず両拳を机に叩きつける英守。くっくまとクマ怪人たちはほくそ笑む。
裏の裏など読まなきゃよかった。悔しさに震えながら顔を上げると、みどらがアイコンタクトを送ってくる。
──気をつけな! こいつら……想像以上にアホだよ!
──ああ……身に染みて分かったぜ!
英守も真剣な表情で頷いた。
「ヒーローのお兄ちゃん、カード落としたよ」
「お、すまないな」
机を叩いたときに落としたカードを、応援と共に少女が届けてくれた。彼らのためにも負けるわけには……と思った瞬間、ハッとする。
少女の抱くぬいぐるみが、何故かペンを持っていて。貰った全部のカードに『b』が書いてあった。
みどらが予め、√能力で忍ばせておいたぬいぐるみたち──知性あるインビジブルの変身したもの──の仕業だ。
これで条件は対等。であれば|博打の王《エース・オブ・ギャンブラー》に負けはない。
何故なら、彼は気付いている。
クマは……引かれたくないカードを持たれたときに、異様に力を込めてくる!
「この程度のイカサマじゃ、俺を倒すことは出来ないぜ。……さぁ、ここからがクライマックスだ、今度こそ目を離すなよ!」
そして、クマ怪人の悲鳴が響き渡った。
A・O・G! A・O・G!
子どもたちの大歓声があがっている。コールは博打の王の略であり、英守は少し気恥しそうに爽やかな風を浴びている。
片や、能力者たちにワンツーフィニッシュを決められて、項垂れるクマ怪人たち。その眼前に、みどらは新たな|チップ《ぬいぐるみ》を差し出した。
「なっ……」
「まだ、やる気くま……?」
みどらのベットは止まらない。次々と、自宅から連れてきたぬいぐるみ仲間をテーブルに積み上げる。
そして、怯える怪人たちへ一喝。
「クマは度胸!」
びくっとする怪人一同。
「掛け金が不足ならまだ連れてきてるよ? ……コールかドロップか! ハッキリ言葉に出してもらおうッ!」
はわわわわ。負けたクマたちはたまらず椅子から退いてゆく。
相談の末、新たに出てきたクマたちにも、勝利の女神がついているようには見えなかった。
● Vampire Girl and Ghost Boy
「もうイヤくま! チェンジを要求するくまー!」
先の対戦者に連敗したクマ怪人が、とうとう難癖をつけ始めた。
「オッケー! 選手交代しようか!」
「はい! いたいけな子供達をカモにするなんて許せません! 行きますよ、怪人の皆さん!!」
そこで新たに登場したのは、ツェツィーリア・アステローペ(吸血鬼の職業暗殺者・h01153)。
「くっくっくまま。良かろう、認めてやるくま」
彼女の幼い容姿から、子どもたちの仲間だと思われたのだろう。それなら勝てる。と、クマの目が如実に語っている。
「ん? もう一人いなかったくま?」
「あっ、ここでーす! 見えますかー!」
快活な声と共に、手をふりふり。天井付近からふわりと現れたのは、|漆乃刃・千鳥《しちのは・ちどり》(暗黒レジ打ち・h00324)。実は幽霊である彼の姿は、一般人には見えず、子どもたちはきょとんとしていたが。
「あ、足が消えてるくまぁ!」
「お化けくまぁ!」
「ええ!? 悪の怪人が幽霊を怖がるってどうなんですか!?」
自分たちだって、動いて喋るクマぐるみっていう不思議存在じゃないですかー!
幽霊差別、反対。千鳥の申し立てに、クマたちはたじろぎ、小声で相談を始めた。確かに、問題は対戦相手の生死ではない。勝てそうかどうかだ。
円陣を組んだクマたちが、じーっと千鳥を観察する。
イカサマやギャンブルに縁遠そうな、いかにも人の好さそうな容貌。
「よし! 後で泣いても遅いくまよ!」
「じゃー決まりだね! ってことでわたしが賭けるオモチャはこのトランプ!」
ツェツィーリアが取り出したのは、未開封のトランプセット。箱にゴールドの箔押し加工がされていて、非常にラグジュアリーである。よく見れば、彼女の装いもどこか、名家の出を思わせる。
「折角だしこれでババ抜きしよっか!」
「ええー!? それ開封していいのくま!?」
一片の迷いもなくビニールカバーを破るツェツィーリアに、クマたちは悲鳴をあげた。謎の小市民マインドであった。
●Cheat Duel
高級トランプにクマが怯えるので、ツェツィーリアがそのままカードをシャッフル。|配布《ディール》を始めたところで、子供たちがざわめいた。千鳥の席が空席に見えるのだ。
「クマのぬいぐるみでも置いとく?」
ツェツィーリアの提案に、「子ども番組のアレ的な!?」と危機感を覚える千鳥。
ひとまず、『オモチャの精霊的なアレが降臨した』という説明でそれなりのアレに落ち着き、勝負が始まった。
ちなみに、能力者2名に対し、クマ3匹が間に入るというちょっと不利な布陣にされている。
「いやー、なんでもアリで遊ぶのも楽しそーだよね!」
「なんでも?」
「……なんでもなーい!」
笑顔で誤魔化すと、ツェツィーリアは流れるように眼鏡を装着した。怪しい。
(ふふ……実はこれ、セットのメガネをかけると、裏からカードが分かるインチキトランプだよ!)
マジシャンさながらのガチ仕込み。テーブル越しに視線を巡らせれば、見事に全員の手札が分かる。今の彼女はまさに千里眼、このゲームにおける超越者であった。
(これなら、スタートでよっぽど差がつかなければ勝てる! はず! さあ、よーしゃなく欲しいカードだけ貰っていくよー!)
と、そこでふと気づく。
自分の手札に、燦然と輝く『|Joker《ババ》』の文字に。
そう、最初の手札を操る……そこまでの手腕は流石になかった。
(……スタートでよっぽど差がついてたらどーなるんだろー!?)
全てを見通す千里眼が、ちょっとぐるぐるし始めた。
一方、オモチャの精霊こと千鳥は、念動力で浮かせたカードの陰で、ブツブツと何かを唱えていた。数秒ごとにボッと人魂が出現し、その度にクマたちがびくっとする。
「イカサマとかするからオモチャの精霊はお怒りなのです!」
ということにして、堂々と詠唱を続ける千鳥。まあ僕もイカサマしますけど。
とはいえ序盤は互いに、さほどやることもない。ツェツィーリアが「今日は不思議と負ける気がしない、なー……?」とやたら忙しく目を動かして……泳がせて?……いるのが気になるくらいだ。
静かに手番が回ること数巡。千鳥はババと初邂逅。
今のところ何の印もないが、前後のクマが露骨なアイコンタクトをとっている。ババの位置は筒抜けだろう。
千鳥は気づかぬふりをして、あえてカードをシャッフルせずに差し出した。クマ怪人はニヤリと笑い、違うカードを取ろうと──、
「ピカ──ッ!!」
「くま──!!?」
した瞬間、人魂が猛烈に輝いてクマの目を眩ませた。その隙にカードの並び順を変え、クマの指(?)の先にババを置く。一瞬の早業であった。
「あっ、すみません! うちの魂がやんちゃを!」
クマ怪人は「どゆことくま!?」と怯えながらカードを取り、そのまま硬直した。
● The Last Play
「やったー! 勝った──!!」
一抜けしたツェツィーリアが諸手を上げて歓喜する。来た! 座った! 勝った! と己の勝利を噛みしめている。
最初にババを引かせるまでは生きた心地がしなかったが、何しろ手札が全て見えているのだ。一度手を離れれば、二度とババを引くことはない。
「逃げてもしょーがない! から! 勢いで! 頑張った甲斐があったよー!」
イカサマしていたとは思えないほどの喜びように、自然と拍手が巻き起こる。
残るはクマ3匹と千鳥だ。
多勢に無勢の中、クマ同士のカードのやりとりを念動力で妨害したり、クマが勇気を出して折った高級トランプの端を修復したりと、力を尽くし。
千鳥のカードは、残り2枚。
そして、目の前で千鳥のドローを待つクマは、まず間違いなくババを持っている。
あがれる可能性は|50:50《フィフティ・フィフティ》よりずっと悪い。
けれど、千鳥は知っている。
結局、最後に必要なのは運だってこと。
そして、ここで運を引き寄せてこそ、真のギャンブラーだってことを!
「子供達の|願い《オモチャ》を背負ってドロー! です!」
はらり、と。
2枚の、ペアとなったトランプが。テーブルの上へ念動力で落ちた。
最後に残った一枚を、わなわな震えるクマに向けて。
「対戦、ありがとうございました!」
千鳥は輝くような営業スマイルを見せたのだった。
第2章 集団戦 『クマぐるみ怪人』

●Raging Bear
クマ怪人たちは激怒した。
「なんということくまー!!」
そのままトランプを蹴散ら……そうとして、一応、今後も使うかもしれないしと、せっせと片づけてから、能力者たちに向きなおる。
「こ、これでは『子どもたちの心を挫きながらヒーローたちのグッズを奪って応援する心も失わせ、なんやかんやで世界征服に繋げる』という計画が失敗してしまうくま!」
「そんなのコウモリさまに怒られてしまうくま!」
なんやかんやの中にどれだけの過程を見込んでいるのかはさておき。未来を担う子どもたちから希望を奪おうとするなど、紛れもない悪の所業。
更に、くまたちはもふもふの拳を振り回し、突撃してきた。
「こうなれば、力づくでもオモチャは置いてって貰うくまー!」
子どもたちの中には怯える者も少しいたが、大半はそのまま留まり、拳を振り上げている。
「頑張って! ヒーローたち!」
「クマ怪人なんかに負けるなー!!」
一度心を折られた子どもたちが、瞳に輝きを取り戻していた。
避難させる方が安全ではある。だが、カッコよく守り切ってあげるのも、ヒーロー(仮)の務めかもしれない。
とにもかくにも、クマ怪人たちとの第二ラウンドが始まった。
●KumaKuma Panic
「何や……かんや!?」
|漆乃刃・千鳥《しちのは・ちどり》(暗黒レジ打ち・h00324)は驚愕した。
「なるほど、かなりの深謀遠慮を巡らせていたようですね」
クマぐるみ怪人たちは困惑した。
「しんぼう……えんりょ……?」
振り上げた拳をいったん収め、丸耳を寄せ合って議論を始めた。やがて一匹が低学年用の国語辞典を持ってくる。
ページを捲る音に「あれ……?」「載って……?」と絶望の響きが混じり始めたところで、千鳥が鋭く啖呵を切った。
「ですが、その恐ろしい企みもここまでです! 僕たちが食い止めてみせます!」
「くままま! 貴様に我らが止められるくま!?」
クマたちが嬉々として飛びつき、なんやかんや戦いの火蓋が切って落とされた。
押し寄せるクマ怪人たちをひらりと躱し、千鳥は宙から彼らを見回す。
「オモチャの精霊の怒りを思い知るのです!」
クワッ!……と目を見開くと同時、『|地縛霊ごっこ《ポルターガイスト》』を発動。念動力によってオモチャたちが浮き上がり、クマの周囲を激しく乱舞する。
「「「ぴゃーっ!!!」」」
せっかく片付けたトランプも飛び出し、つぶらな目をバサバサ塞ぐ。まるでイカサマを咎めるように。お化け! 幽霊! 精霊!! とパニックだ。
千鳥の狙い通り、脅かすのは効果てきめん。
「整理整頓が身上ですが、散らかすのも楽しいですね!」
スーパーの店員という仕事柄、普段はできない悪戯に、ちょっと心が弾んでしまったりもする。
「み、みんな、歌うくま!」
しかし腐っても怪人か。クマたちはオモチャを払い、恐怖を押しのけ、合唱を始めた。曲名『くまくま行進曲』。キッズの心を揺さぶる熱いメロディで、れっきとした√能力。
うずうずし始めた少年少女の傍らに、ぽぽんっ! と、愛らしいミニサイズのクマたちが現れた。
「元気もでたし、仲間もでたくま!」
「ええ、子どもたちにも大うけでしたね!」
思わず拍手で応える千鳥。
「ですが、そのミニクマさんたちは利用させていただきます!」
千鳥のポルターガイストが、ふわりとミニクマを運び去る。ク、クマ攫いー! と怪人から上がる悲鳴をスルーして、他のオモチャと合流。
空中でくるくると回転させながら、ミニクマの右手に念動力でヒーローの剣を装着! 左手に盾代わりの|TCG《トレカ用》ディスクをじゃきん! 別のミニクマにはプリンセスのロッドをきゅぴーん! 子どもたちの瞳がきらららーん!!
「へ、変身だぁ──!!」
大声援に大喝采、演出をやりきった千鳥もふぅーと息をつき満足げ。心なしか、ミニクマたちもやる気の顔だ。千鳥の号令に従い、主たちに牙を剥く。
「かっこいいミニクマヒーローです! それいけー!」
剣でちくちくしないでくま! 痛い痛い! ブロック踏んだくま! ああー足の小指! 足の小指のあたりを執拗に責めないでくまー!
もはやハチの巣をつついたような大騒ぎ。
「実はこの攻撃あんまり強くないんですけど、地味な痛みを味わってくださいね!」
そんな阿鼻叫喚の現場を、笑顔で見守る千鳥なのだった。
● Children's Rebellion!
「なんやかんやー……?」
少女の吸血鬼、ツェツィーリア・アステローペ(吸血鬼の職業暗殺者・h01153)は、愛らしく小首を傾げてみせる。
「つまり、しんぼーえんりょ、くま!」
「しんぼー……?」
ツェツィーリアの首の角度が深まった。
「ともあれ襲ってくるなら返り討ちだよー!」
「なんだとやってみろくまー!」
日本語の難しさを噛みしめたところで、互いに気を取り直して戦闘開始。クマたちの威勢が良いのは、幼いツェツィーリアになら勝てると踏んでのことだろう。
ツェツィーリアは薄く目を閉じて、お腹に軽く手を添えて、深く息を吸う。
「おもちゃは巻き込まないようにしてー……」
すぅ。
弾むような歌声が、溢れた。
──|雨《れいん》 |雨《れいん》 |降れ《きーぷふぉーりん》 |降れ《もああんもあー》♪
雨が降る。
ここは屋内、屋根の下。なのに雨粒が、照明にきらめきながら降ってくる。
「この雨粒、いたいくまー!」
慌てているのはクマ怪人だけ。散らばったオモチャも、部屋の端に寄った子どもたちも、まるで無事。
『決戦気象兵器「レイン」』を自在に操り、少女はご機嫌にくるりと回転。
……しながら、掛けていた眼鏡をしゅっと右手で抜き放つ。
「おっとめがねがすべったー!」
そのまま躊躇なく、床に向かって眼鏡をシュート! あまりの棒読みかつ暴論に、「えーっ!?」と子どもたちが叫ぶがお構いなし。眼鏡は高速で滑り、|雨《レイン》に打たれて大破した。
(ふっ、これで透視めがねを処理できたよ! わたしったら、なんてみごとなしょーこいんめつ!)
ぽかーんとする周囲を置き去りに、心の中で自画自賛。
「ねえねえ、ところで、こーもりさんってだあれ?」
更に、クマたちが発した名前を憶えていた彼女は、情報を引き出そうと交渉を開始。
「教えてくれたらねー……」
「く、くれたら?」
「優しく倒してあげるかもー!」
「結局倒すくまー!?」
クマたちは雨から逃げ回りつつ一斉にイヤイヤ。残念ながら交渉は決裂らしい。
そしてツェツィーリアの歌声に対抗せんと、行進曲を歌い始めた。
元気の出る旋律に、思わず少年少女の肩が弾む。歌の効果でしれっと現れたミニクマもノリノリだ。
「みんなの力の高まりを感じる! これはもしかして!」
歌に必死なクマたちの隙をつき、ツェツィーリアは滑るように子どもたちの元へ。
あのね、雨はもうすぐ止むよ。
そしたら、合図をするから……。
三百発のレインが止んだ。
クマ怪人は恐る恐る顔を上げ、「我らの歌が勝ったくま!」とツェツィーリアへ向き直る。吸血鬼の少女は両腕を上げ、威嚇で応えた。
「来るなら来いだよ! くまー!!」
「くまがなってないくまー!」
クマ怪人の闘志に火が付き、ツェツィーリアに向けて殺到する。
彼女はまるで怯まず、さっきの歌声くらいに大きな、弾む声で。
「今だよみんなっ! 自分のおもちゃを取り返せ──!」
歓声上げて、子どもたちが走り出した。なぜかミニクマに応援されながら。
クマ怪人たちは虚を突かれ、慌てたところで、ツェツィーリアに足を払われる。一匹が転べば、ドミノのように転倒が連鎖。更に子どもたちに踏まれたりして散々だ。
あはは!
高らかに響き渡ったのは、吸血鬼の少女の勝利宣言!
「子どもを、なめるな──!」
●The hero has come!
「こんなに負けるなんておかしいくま!」
「お前たちイカサマをしてるくまー!」
抗議の声をあげるクマぐるみ怪人たち。限りなく『お前が言うな』案件であるし、|八神・英守《やがみ・えーす》(|不屈の白狐《アームドライダーウルペース》・h01046)に至っては、何一つ不正をせずに勝った唯一の人物なのだが。
言いがかりをつけられた英守は慌てるどころか、予想通り過ぎて感心すらしていた。
「おお、やっぱこう来たか。子供たち、下がっていてね」
オモチャを取り戻した子どもらは、素直に入口付近へ退避。だが外に逃げるつもりはないらしく、壁際に留まり、英守の挙動を一心に見守っている。
英守は両手を同時にポケットに差し入れ、二つのアイテムを取り出した。片方は、腰に装着する金属ベルト。赤地に白で、狐に似た意匠が施されている。
「ディードドライバー! セット!」
ベルト──ドライバーを腰に回し、反対の手に持ったカードを挿入。双方が合わさって力を発揮する、英守専用の変身アイテム。
『Set,Ready?』
AI音声が問いかける。
答えは、無論”Yes”。
「ここからは、ヒーローの出番だ。よく見てな」
肩越しに子どもたちへ告げると、クマ怪人たちへ向け、中指と親指でフィンガースナップ。指先が弾ける寸前、その手が模っていたのは、紛れもない“狐”のサイン。
──変身。
『Alright! Get ready for |Vulpes, The Armed Rider《アームドライダー・ウルペース》!』
最後のボタンを押した瞬間、ドライバーから光が溢れた。光は瞬時に全身を包み、やがて眩い輝きが弾けると、立っていたのは一人のヒーロー。
黒のスーツに、輝く白狐面。紅白のマフラーをなびかせた、その名はアームドライダーウルペース!
「ヒーローだ! 兄ちゃん、やっぱりヒーローだったんだね!!」
子どもたちから上がる大歓声。駆け寄ってきたのは、予知でクマ怪人たちに挑んでいた少年だ。英守たちが乱入しなければ、たった一人で戦っていたはずの、比較的年長の少年。
その子が今、希望に満ちた瞳でウルペースを見上げている。
「ああ。俺が来るまでよく頑張ったな、少年!」
ウルペースの手袋が、少年の髪をくしゃくしゃ混ぜる。少年はくすぐったそうに笑ってから、ヒーローの背を押す声援を残して下がっていった。
「頑張ってね、|博打の王《エースオブギャンブラー》!」
「俺の名はウルペースなんだが……」
まあ訂正は後で良いかと開き直り、|博打の王《エースオブギャンブラー》ことアームドライダーウルペースは、怪人の前に進み出た。
「変身完了、ここからは全力で行くぞ! クマども!」
「狐がなんだくまー!」
「こっちはクマだくまー!」
威勢は良いが、特に攻撃方法を持たないクマ怪人たちが徒手空拳で挑んでくる。ウルペースは「さぁ、行くぞ」と気合の一声。十数体の小型無人動物形ビット兵器を展開。
「|白狐眷属《コマンドシステム》作動! 行け、俺の眷属達、その力を奴らに示せ!」
「「「くままー!!?」」」
肉弾戦で行く気満々だったクマ怪人たちを、ビット兵器がレーザーで一斉に迎撃。正直弱い。なんか申し訳なるくらい弱い、が。
「まあ仕置き程度には倒しておかないとな!」
彼らが子どもたちを傷つけたのは紛れもない事実であるからして、ウルペースは頷き、眷属に追撃を命じるのだった。
●Ghost Rampage!
「くっ……これだけやってもまだまだ元気そうですね!」
幽霊ながらに息を呑み、|漆乃刃・千鳥《しちのは・ちどり》(暗黒レジ打ち・h00324)が眼差しを鋭くする。
「「「ええー!!?」」」
対してクマぐるみ怪人たちは、まん丸の瞳を限界突破で見開いた。
「割と満身創痍くまよ!?」
「さすがファンシーとはいえ悪の怪人! 侮れません!」
「見えてる? ボロボロのクマたちが見えてるくま!?」
「でしたら僕も、どこまでもお相手しましょう!」
「聞いて! 我らの話を聞いてくま!?」
深慮遠謀は分からないが、満身創痍を知っているあたり、クマ怪人たちの不憫な日常が垣間見える。しかし彼らの悪事で苦しんできた無辜の民を思えば、ここで手を緩めるわけにはいかない。リアクションのキレを見るに、元気は元気だし。
「という訳で、こちらをご用意しました!」
千鳥が両手で指し示したのは、主婦&主夫の強い味方、ショッピングカートだ。ただし、どう考えても買い回りに必要とは思えない刃物やトゲトゲを備えている。
「僕の乗り物こと、自走式ショッピングカートです!」
「「「ひええー!!!」」」
これが音もなく出現していたのはなかなかの怪奇現象だ。クマ怪人のみならず、子どもたちも若干引いている。
「こ、これはダメくま! 世界観が世紀末ショッピング列伝になってしまうくま!」
ファンシーフィーールドッ!
謎の使命感に燃えたクマ怪人が、力を合わせて謎のバリアーを張り巡らせる。すると、カートの厳ついトゲトゲ部分が、全て愛らしいハリネズミさんに変わってしまったではないか。
「ああっ、僕の武装ショッピングカートがファンシーにっ!」
ちなみに刃物はカニさん(ハサミ)になっている。
とはいえ、お子さん達も見てるし丁度良いでしょう! と、結果オーライで気を取り直した千鳥は、精神を集中する。
先ほど召喚されて以来、なしくずしに味方っぽくなっているミニクマヒーローたちを念動力で集め、武装ファンシーショッピングカートに次々搭載。次いで自分も乗り込んだ。
「さあ、行きますよー! 3・2・1……!」
──GO!!
エンジンを吹かす代わりに、動力たるインビジブルが震え、武装(略)カートはスタートを切った。瞬時に加速すると、キャスターから火花を散らし、ゲームテーブルの向こうへドリフトで回り込む。逃げていたクマ怪人が、「くまー!」と跳ね飛ばされて宙を舞う。
説明しよう! 千鳥は自身のカートに誰かが同乗している間、なんやかんやで戦闘力が増すのだ!
そして説明するまでもないが! ショッピングカートのバスケット部分は本来、商品を載せるところだ!
「だから良い子は真似しちゃいけませんよヒャッホー!!」
小売業従事者としてきちんと注意を促しつつ、千鳥もミニクマもノリノリで快走した。√能力『爆走ショッピングカート』の名に恥じぬ暴れぶりに、成すすべなく蹂躙されるクマぐるみ怪人たち。
「……なんという暴挙くま」
「……世紀末くま……」
ハア、ハア。二匹のクマ怪人が、商品棚の上で身を寄せ合っていた。
床を見下ろせば死屍累々。倒れ伏した仲間の背にはハリネズミの針が刺さり、もふもふピンクッションの様相を呈している。
「でで、でも、ここにいればだいじょう……」
──もしもし……?
そんな彼らの丸耳に、背後から届くウィスパーボイス。
二匹のモヘアが総毛だった。ガタガタ高速で震えながら、ゆっくりと、後ろを、振り、向い、て……。
「僕、千鳥さん。……今、あなたたちの後ろに居まーす!!」
「「ぎゃーーーーっ!!」」
幽霊からはそう簡単に逃げられない。
√能力『|背後霊ごっこ《プラスワン・エフェクト》』により、『周辺にある最も殺傷力の高い物体』を引き寄せる力を得た千鳥が、二匹のクマ怪人に迫る。
そして、この場における『最も殺傷力の高い物体』が何かなど、考えるまでもなかった。
「ほーらほら、祟りですよー!!」
一切の慈悲なく、希望なく、ハリネズミさんとカニさんを備えた武装ファンシーショッピングカートが棚の上に召喚される。まとめて撥ねられたクマ怪人は、一回天井にぶつかった後で落下していった。
ふう。
棚の上に浮遊して、レーサー千鳥は一息ピットイン。
「うちのスーパーですらここまでの爆走はしていませんからね、他所のお店でこの手の迷惑行為をするのは罪悪感がありますが……」
そもそもスーパー内での爆走行為は、程度に寄らずご遠慮いただくべきではないのだろうか。店員がするなら良いのだろうか。
彼の呟きを聞きとがめ、疑問に思った者はいたかも知れない。ただ、千鳥に問いかける勇気のある者はいなかった。
「でももう一回轢いておきましょうか! 恐ろしい敵ですから、容赦はできません!!」
「「「ええー!!?」」」
倒れたクマ怪人たちが叫んだ。とんでもない悲壮感が籠った絶叫だった。しかし、無慈悲にショッピングカートは走り出す。
ハリネズミさんもカニさんも、ミニクマさんも、やる気満々。
「いやあ、背徳感がちょっと気持ちよくなってきましたねー!」
カートの速度も、千鳥の心変わりの速度もすさまじく。
この蹂躙は、全てのクマぐるみ怪人が「もう悪事はこりごりくまー!!」と泣いて謝ったとき、ようやく終わりを告げたのだった。
第3章 ボス戦 『『コウモリプラグマ』』

●Raging Bat
怪人のボスは激怒した。
「なんという体たらくだ、クマどもー!」
「コ、コウモリさまくまー!」
どかーん! と、店の天井が突き破られた。降り注ぐ建材から子どもたちを庇い、√能力者たちは後退する。
開いた大穴から覗く青空に、一体の怪人が飛んでいる。悪魔のような翼で羽ばたいて、上からクマぐるみ怪人たちをねめつける。
「元よりクマぐるみどもに大した期待などしていなかったが、それにしても酷い! 酷すぎる! ガキどもの心を挫くどころか、自分らがめちゃくちゃに挫かれてるじゃないか!!」
クマぐるみ怪人は全員正座か、もしくは膝を抱えて泣いていた。いろいろ辛い目に遭ったのだ。
「もう貴様らなんぞクビだー!」
「ガーン! くまー!」
上司からの解雇宣言にとどめを刺され、クマ怪人は力尽きた。
「これでは『子どもたちの心を挫きながらヒーローたちのグッズを奪って応援する心も失わせ、なんやかんやで世界征服に繋げる』計画がヒーローどもに知られただけ……!」
どうやら作戦はそれが正式名称だったらしい。流暢に言い切ると、コウモリ怪人は「いや、まだだ!」とひときわ激しく羽ばたいて、哄笑する。
「知ったヤツらが全員いなくなればいいのだ! ヒャーッヒャヒャヒャ! 恐れおののけ、雑魚ども──この、コウモリプラグマさまがまとめて始末してやるぞ!!」
●Attention!
ここで説明しよう!
まず、ボス怪人の名は『コウモリプラグマ』という。下っ端っぽい雰囲気がぷんぷんするが、実は高い戦闘能力を持ち、普段は狡猾で理性的な作戦も立案するらしい。
続いて状況に関してだ。先の戦いの間に、子どもたちは全員無事に自分のオモチャを取り返し、ヒーローを信じる心も取り戻している!
クマぐるみ怪人たちは、心身共にボロボロで泣いているので脅威にはならない! もし何か利用したければ策を講じてもいいだろう!
あとは天井に穴が開き、床は瓦礫で足場が悪くなっている。代わりに、広く空中を使った戦いもできるようになったぞ!
以上だ!
クマぐるみ怪人のように楽勝ではないだろうが、ここまで戦い抜いた力があれば、きっと勝利を掴めるはず!
さあ、存分にボコそう!!
●You're fired!
前回までのあらすじ。
コウモリプラグマが降りてきません。
「おーい! 戦わないのー?」
ツェツィーリア・アステローペ(吸血鬼の職業暗殺者・h01153)が上空へ呼びかける。
するとコウモリは、数匹の小さな蝙蝠──いや、コウモリプラグマと比べればであって、動物としては普通サイズ──を召喚した。
「ヒャヒャヒャ、貴様らごとき直接相手をするまでもない! 行け! 我がしもべ、サーヴァント・バットよ!」
「台詞がいちいち小物っぽいねぇ……」
太刀を抜き、迎撃態勢を整えながら呆れているのは山中・みどら(レンズの奥に潜むのは・h00207)。サングラスの奥のつぶらな瞳もジト目になっている。
「何より、作戦名がシリアスぶち壊しさね……」
五十二文字もあるくせに肝心な部分が省かれている、おふざけ極まりない作戦。そんなのに振り回される身にもなって欲しい。
「……コウモリさまは、普段はもっと恐ろしくて卑怯な作戦を立ててるくま」
「……幼稚園バスジャックとかしてるくま」
しくしくしく、ま。
短足なりに頑張って膝を抱えているクマぐるみ怪人たちがフォローを入れた。上司、いや、元上司のために健気だ。
「ふだんは……?」
ツェツィーリアは愛らしく、頬に手をあて首傾げ。
「ふだんは……」
それから、召喚の詠唱を続けるコウモリを見た。器用に、高笑いを挟んでいる。
よく見ると、けっこう怖い。
「なるほどー!」
「納得してる場合じゃないさね!?」
魔力を込めた太刀で蝙蝠を切り払つつ、みどらが律儀にツッコんだ。ツェツィーリアはてへーっと照れている。
みどらは気付いた。真面目にやると損だと。
「それならあたしもふざけさせて貰おうじゃないか、本気でね!」
ひとまず、蝙蝠の第一陣は退けた。太刀は抜き身のまま、魔力だけを収めてクマ怪人たちに向き直る。そして、湿っぽくうずくまっている所に一喝。
「クマは度胸!」
「くま!?」
反射的に背筋を伸ばしたクマ怪人たちへ、今度は声音を幾分柔らかくして。
「……情けなさはあるが、クマ達が頑張ったのは、戦った同じクマぐるみのあたしが知ってる。なのに後から出てきて、いきなりクビってのは不当じゃないかい?」
サングラスを挟んで、つぶらな瞳と瞳が見つめあう。
「立てよクマ達! これはパワハラのモラハラ、いやクマハラだ!」
クマ……。
ハラ……!?
大ハラスメント時代とも言われるこの時代に、新たなハラスメントが生まれた瞬間であった。
「そーだ、クマたちぜーいんクビー?」
ツェツィーリアがポンと手を叩き、八重歯を見せて笑う。
「じゃー何人か……何くまか? ハウスメイドやらないー?」
思いがけないリクルートに、クマ怪人たちがざわめく。
対する九歳は「お屋敷が広すぎて、管理に困ってるんだよねー」と、気負いもなく言ってのけた。庶民派のクマ怪人たちは改めて震えつつも、興味はある様子。
「ほら、認めてくれる人もいるさね!」
見る人は見てるもんさ。みどらがここぞとばかりに盛り上げる。『言いくるめ』の技能が火を噴いている。
「このままだと纏めて始末されそーだし……こっちにつくのがいーんじゃないかな!」
敵対するなら、わたしたちも……するかもだし。という言葉をこっそり付け足しつつ、ツェツィーリアも手招きするのだった。
●Working Bear
「クマども、まさか裏切るつもりか!?」
ここでようやくコウモリがキレた。クマ怪人ごと殲滅する気か、第二陣、第三陣のサーヴァント・バットを怒涛のように送り込んでくる。
「れいんれいんきーぷふぉーりんもああんもあー」
──あめあめ、ふれふれ、もっとふれー。
楽し気な歌声と共に、雨が降りだした。青空を埋め尽くす|お天気雨《レーザー》が、蝙蝠の群れを打ち据え、何匹かはそのまま地に落ちて消えた。
「あたしの手は少ないけど、『レイン』が相性悪くなさそう、だね!」
無論、雨を潜り抜け、あるいは跳ね返して向かってくる蝙蝠もいた。数匹が頬を掠め、ツェツィーリアの白い肌に赤い筋が走る。
反射的に悲鳴が漏れそうになる。でも、ぐっと堪えた。何故なら、後ろには子どもたちがいるからだ。
吸血鬼の少女は血を拳でぬぐうと、ふっとクマ怪人たちに微笑みかける。
「とりあえず子どもたち守っといてほしいなー」
クマ怪人たちは、絶句した。
子どもに過ぎぬと侮り続けた相手が、身を張って他者を守り、戦う、その姿に。
「どうだい、まだ迷ってるつもりかい?」
みどらの太刀が、雨を逃れた蝙蝠を的確に叩き落してゆく。
コウモリプラグマ自身はさしたるダメージを受けていないようだが、鬱陶しそうに翼で雨を防いでおり、詠唱も止んでいる。
クマ怪人たちは、丸顔を見合わせた。口を引き結び、手の先を握り込む。
「あんたらが優秀であることを、あのコウモリに示してやりな!」
クマは──!!
「「「度胸くまー!!」」」
クマたちがコウモリに向けて殺到した。空中の相手にどうするのかと思えば、なんと、スクラムを組んだ仲間の上に次々乗ってゆく。
「わ、くまタワーだ!」
ツェツィーリアが手を叩いた。みどらも軽く口笛を吹く。そして、一番上のクマの手が、コウモリの足を掴んだ。蹴り落されても次々と別のクマの手が伸び、コウモリを引きずり下ろしてもみくちゃにしてゆく。
「攻撃もろくにできんくせに! この程度の拘束、すぐに……!」
「いや、上出来さね!」
快活な称賛は、上から聞こえた。コウモリプラグマが、クマを押しのけ天を振り仰ぐ。『空中移動』で飛翔したクマぐるみ──みどらが。青空を背負い、太刀の切っ先を真下に向けて、落下してくるところだった。
──妖精流針技『一寸通し』っ!
「くままぁ!?」
進路上にいたクマが、間一髪で飛び退いてゆく。突き出された太刀は、コウモリプラグマだけを貫いて。暫し、耳をつんざくような絶叫が場を支配した。
「い、いま絶対、クマごとやる気だったくま!?」
心臓があるのだろうか。胸を押さえて抗議の声を上げるクマに、みどらは呵々と笑って。
「これも仕事だからねぇ!」
──騙して悪いが、お互い様さ!
●Retail Warrior!
前回までのあらすじ。
クマ怪人たちがクビになって、こっち側に寝返りました。
「えーと……状況を教えてもらいたいのです」
サポートとして駆け付けたばかりの|森屋・巳琥《もりや・みこ》(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)が、困惑した様子で周りを見ている。
√ウォーゾーンに生を受け、六歳の少女でありながら多彩な戦闘技能を持つ巳琥だ。此度も、子どもの命と尊厳を守る戦いと聞いて馳せ参じた、筈なのに。
「なんか想像した戦場と違うのです。……間違えました?」
プロ店員の|漆乃刃・千鳥《しちのは・ちどり》(暗黒レジ打ち・h00324)がすかさず、親切丁寧に状況説明を開始。
「大丈夫です、合ってます! 熱い戦いと説得の結果、クマぐるみ怪人さんたちは仲間になりました! 子どもたちもそこで無事です! あとは、あのコウモリさんを倒せば勝利です!」
かなり端折ったがだいたいそんな感じだ。コウモリプラグマさまと呼べ! などと、本人から直々にお怒りの声が届いているが些末である。
「なるほど。じゃあ、コウモリプラグマがボスってこと? なのね?」
噛みしめるように頷く巳琥に、千鳥は「はて?」と首傾げ。
「そう言われると……ボスなんですか?」
クマぐるみ怪人たちに確認する。
「確かに今回の、『子どもたちの心を挫きながらヒーローたちのグッズを奪って応援する心も失わせ、なんやかんやで世界征服に繋げる』計画を立てたのは、コウモリさまくま、が」
「組織にはもっと偉い方がいるくまね」
「作戦名、ながいね」
通過儀礼的なツッコミを済ませる巳琥に対し、千鳥は思考を一歩先へ進めていた。
組織のボスではなく、現場を回す立場ということ。つまり──。
「……バイトリーダー的なひとですね!?」
千鳥は社会を知る幽霊であった。バイトリーダーの権力は、現場において、時に社員を凌駕する。豊富な経験こそが彼らの力。侮れる相手ではない。
先の戦いで地に引きずり降ろされつつも、再び空へ舞い戻ったコウモリプラグマを、千鳥はビシッと指差した。
「作戦の進捗悪くても諦めないその意気や良しです!」
「誰の立場で物を言っとるんだ小僧!」
憤るコウモリ。
「ちなみになんで天井壊して入ってきたんですか? ここ賃貸だったりしません?」
社会を知る幽霊が、小売り業仲間として真っ当な心配を差し挟む。商店街の空き店舗だったというから、恐らくその想像は当たっているし、コウモリの表情も若干渋い。
「こ、このコウモリプラグマさまの戦場に、屋内など狭いからだ!」
──あと、その方が格好良いと思ったんだ!
心の声が重なって聞こえた。悪には悪の美学があるのだろう。
●Corporate Warrior!
「状況は理解できました。ありがとうなのです」
巳琥は|ウォーゾーン《パワードスーツ》に乗り込んだ。量産型に類する機体ではあるが、「カッケェ―!」と壁際に避難している子どもから歓声が上がる。
「もともと、あらゆる状況に対応できるように用意してきてます。作戦に合わせて、私は後方から手助けします」
お役に立てれば幸いです。
がしょん。音を立てて身を折り、銃を構える巳琥。
「頼もしくて礼儀正しくて臨機応変ですって!? これは|社会《スーパー》で重宝されますよ!」
幼い逸材に感動を覚えながら、千鳥も√能力を発動。ここは十八番、ポルターガイストで、周囲に散った建物の瓦礫を浮かせてゆく。
「良い感じに瓦礫を増やしてくれたので、こちらをぶんぶんしていきます! 多分さっきのミニクマアタックより痛いですよ!!」
なにしろこちらは完璧で究極の鈍器である。ミニクマに足の小指を執拗に突かれるのとは比になるまい。ミニトマトからドリアンまで、よりどりみどりのサイズがコウモリを襲う。
「サーヴァント・バットよ、迎え撃て!」
しかしそこはバイトリーダーの意地。詠唱で呼び出した小さな蝙蝠を、瓦礫にぶつけ相殺してゆく。さすが、人材の使い捨てが半端ない。
召喚した蝙蝠を使い切ると、コウモリプラグマは細い体をしならせて大きく息を吸い、広範囲を襲う超音波を吐き出した。
「子どもたちもクマ怪人さんたちも危なーい!」
千鳥は咄嗟に、全力魔法で|結界《バリア》を展開。
「対装甲侵食弾『ヴェノム・バレット』。装填します!」
加えて、巳琥の√能力が発動。
狙うはコウモリ──ではなく、自分たちの周囲だ。着弾地点を中心に、半径約20mに存在するあらゆる仲間や子ども、クマに、耐衝撃性を持った装甲を付与。防御力を強化してゆく。
「これで大丈夫。クマ怪人さんの毛皮もカッチカチだよ」
「おなかのモヘアが六つに割れたくま!」
ファンシーさを引き換えに力を得たクマ怪人たちが、仕上がったポーズを決めている。バリアも合わせて、これだけクマ壁がいれば防御は万全そうだ、が。
「今ので操った瓦礫も全部吹っ飛ばされましたし、決め手に欠けますね……」
──ということで!
「不当解雇されたクマ怪人の皆さん!」
突然、千鳥に声をかけられて、バルクアップを喜んでいたクマたちは背筋を伸ばした。若干怯えた様子で、ハイッ! とても良いお返事。
「あの元雇用主の弱点とかご存知ないですか!?」
「存じないくま!」
即答であった。敬礼であった。
「なんかぁ、今思えばぁ、コウモリさまとは距離があったっていうかぁ、くまぁ」
「現場でどんな|仕事《たたかい》してるか、あんまり知らないっていうかぁ、くまぁ」
風通しの悪い職場はこれだからー!
頭を抱えた千鳥と、これを機に元職場の文句が止まらなくなったクマ怪人。
巳琥は深刻な表情で見守っている。大人って大変なのですね、としか言えない。
「元気出してください! 年端いかないのは確かですが、私も一人の兵士として尽力するのですー!」
精一杯明るく励まし、銃を構え直す幼い少女に、千鳥はハッとした。心配をかけている。
ああ。ネガティブになるなんて、自分らしくないではないか!
千鳥はぐっと拳を握る。前を向き、みんなを鼓舞するように叫ぶ。
「大丈夫、僕達が勝ちますよ! なんやかんやで!!」
そう、勝利への道筋は必ずある。なんやかんやあるのだ!!
●Nanya Kanya
前回までのあらすじ。
ブラック企業のパワハラ上司に、弱点はありませんでした。
「いやあ、バイトならではの関係性の薄さは盲点でしたね!」
しかし勝ちます、なんやかんやで!!
力強く拳を突き上げるのは|漆乃刃・千鳥《しちのは・ちどり》(暗黒レジ打ち・h00324)。幽霊でありながら活き活きと|働く《たたかう》その姿に心打たれつつ、「我々はバイトだったのくま……」と今更ながらに気付くクマ怪人たちが痛ましい。
「なるほど、君がこいつらの上司ってやつか」
落ち込むクマバイターを庇うように、一歩前に進み出たのは|八神・英守《やがみ・えーす》(|不屈の白狐《アームドライダー・ウルペース》・h01046)。いや、今の姿は、銀の狐面とライダースーツに身を包んだ、正義のヒーロー、ウルペースだ。
「しかもコウモリって……蝙蝠なら大人しく夜で出ろ!」
「やかましいぞヒーローめ! こっちだって昼間っから来たくなかったわ!」
コウモリプラグマとて想定外の早出だったのかも知れない。燦燦たる日光を翼に受け、怒りと共に超音波を吐き出す。
「喰らえ! コウモリブラスター!」
必殺技名を叫ぶのは、対ヒーローの様式美か。
超音波は着弾した瞬間に衝撃波へと変わり、英守と千鳥、さらに周囲にいる全ての者たちに襲いかかる。そこをどうにか、全力魔法とエネルギーバリアの合わせ技で受け止めて。
「くっ……残念ながら、今の俺には対空中戦の手段がない。しかも範囲攻撃持ちとはな……」
地味に相性が悪い。英守はギリッと拳を握り締める。
「くっ……僕も使えそうな搦め手はもうネタ切れです……」
ここまで誰よりも長く戦ってきた千鳥も、忸怩たる思いで魔導書を握り締める。
やられ尽くしたクマ怪人からは「逆によくあれだけ手があったくまね」と称賛されているが。
あと、握り締めている書物の表紙に『業務マニュアル』と記してあって、もしかしたらこれ社外秘。
ヒーローと幽霊。不思議な取り合わせの二人は、僅かな黙考ののち。
「こうなれば、もう──」
「──正面からやるしかないでしょう!」
図らずも、意見を一致させた。
●Grand Finale
「どうした! こちらには幾らでも駒がいるぞ!」
コウモリプラグマが詠唱を始める。サーヴァント・バットが次々と呼び出されて、地上へと攻め来たる。
「こちらだっていきますよ!」
開け、僕のスーパー|魔導書《の業務マニュアル》──!
気合の一声と共に、千鳥の書物が光を放つ。頁に刻まれしは、連綿と受け継がれた先人の英知。小売業に従事せし者共の、命と尊厳を守り続ける智慧の集積。即ち。
「迷惑客にお帰り頂くための魔法!」
書物から炎が噴き上がった。数秒ごとに火球が飛び立って、迫り来るサーヴァント・バットを迎撃してゆく。
とても頼もしいが、気のせいか効果が、すごく……|ウィザード・フレイム《ゆうめいなまほう》っぽい。
「要するにウィザードフレイムですけど!」
本人も言っちゃった。
「ええい小癪な!」
さておき、送り出した蝙蝠たちを余さず墜とされて、コウモリプラグマも意気込んだ。
そこで、千鳥は気付く。
(呼び出せるペースが互角なんですが!)
もしやこれ、将棋で言うところの千日手では。
(とはいえ、こっちが動くと火の玉消えちゃうので!)
ここはぐっと我慢の子。恐らく、同じタイミングで同じ考えに至ったらしきコウモリプラグマも、躍起になって詠唱合戦を続けている。
勝負を決めるのは果たして互いの喉の強さか、それとも。
(……いえ、ここは頼りましょう)
千鳥が待つのは、そう。
「「「くま?」」」
寝返りクマ怪人たち……も、まあ、いるけど。
更に相応しい者が、他にいる。
「敵の動きを封じるとは、さすがだぜ!」
そう、ヒーロー! アームドライダー・ウルペース!
「ここで一気に決める! 来い、マグナムストライカーQB9!」
呼びかければ即座に、力強いエンジン音が応える。開いた扉を潜り抜け、表から飛び込んできたのは鮮烈なバイク。狐を模ったモデルで、赤地に白のラインが眩しい英守の愛車。
「いざ、突撃!」
速度を緩める暇もなく。英守はバイクに跨り、発進させた。
しかし眼前は、蝙蝠の群れと火球の束が対消滅を繰り返すデンジャラスゾーン。ヒーローとはいえ回避は困難。
だがなんと、ウルペースはハンドルを切って壁に向かう。
「壁をバイクで駆け回るキツネだ、レアなシーンだろ?」
そして、賃貸の壁面にタイヤ痕でトドメを刺しつつ、天井に空いた大穴へ向かう。
「あとは『超音波』が来るタイミングだ。『エリシア』、予測は任せた」
──OK、ウルペース!
エリシアは、変身ベルト『ディードドライバー』に搭載されたアシスタントAIにして心強い相棒。コウモリブラスターの情報も、先ほどしっかり学習済みだ。
『予備動作を確認。カウントダウン』
まだだ。
『3……2……』
まだだ。英守はギリギリを見極める。
『……1』
──今っ!
用意していた必殺のカードをドライバーに挿入し、壁面を使って一気に加速。大穴の向こうへ跳躍した。
コウモリプラグマの口から超音波が生まれ、拡大する直前。一瞬の隙間を、英守はすり抜ける。
「チャンスは一度きり、ここで決めて見せる!」
更に、超音波の隙を待っていたのは千鳥も同じ。
この機に、寝返りクマさんの力も借りて一気にサーヴァント・バットを殲滅。余った炎を全力で、ヒーローと怪人が交差する空へ差し向けた。
確かに、逆光に浮かぶ彼らは格好良い。だから、
「天井壊して登場したい気持ちはわかりますが!」
分かっても、それでも。言いたいことがある。
──FINAL BOOST! VULPES GRAND FINALE!
バイクを足場に、英守は更に跳躍。太陽に届かんばかりに飛翔して、全身に炎を纏う。
その火勢を、千鳥のウィザード・フレイムがブーストした。
「この一撃で終わりだ! |白狐蹴烈弾《ウルペースグランドフィナーレ》──!!」
「この|賃貸《みせ》も終わりです! お帰り下さい迷惑客──!!」
英守ことウルペースは流星と化し、放った強烈なキックがコウモリプラグマを貫いて──何故か全身を爆散させた。
●Epilogue
こうして、悪の怪人たちによる『子どもたちの心を挫きながらヒーローたちのグッズを奪って応援する心も失わせ、なんやかんやで世界征服に繋げる』作戦は阻まれた。
子どもたちは愛するオモチャを取り戻し、その時出会った新たなヒーローたちの話に熱中した。
√能力者でない彼らはやがて、それなりに詳細を忘れていったようだが、貰った勇気は胸に残り続けただろう。
半壊した店舗は、綺麗に解体されて更地となった。
店舗の家主以外はみんな綺麗に救われて、事件は幕を閉じる。
……いや、未解決部分が一つだけ。
「『みんな仲良く明るい職場』って本当なのくま?」
「履歴書の書き方、悩むくまね~」
コンビニの前で求人誌を開き、丸い頭を突き合わせる彼らの行き先だ。
全員無事に決まるまでは、長い戦いになる、かもしれない。