⑥俺より強いやつに会いにいく
●俺より強いやつに会いにいく
「王劍戦争第壱号『|秋葉原《あきはばら》|荒覇吐戦《あらはばきのいくさ》』が始まりましたね」
そう言って、周囲の√能力者達に声をかけるのは、星詠みの虞・無限(愛に生きる改造人間・h02759)だ。
「大妖『|禍津鬼荒覇吐《まがつおにあらはばき》』が王劍『|明呪倶利伽羅《みょうじゅくりから》』を手に、√EDENに侵攻してきました。それに呼応し、多くの王権執行者達もこの地へ侵攻してきている様子です」
冷静に無限は始まった王劍戦争について解説を入れる。
「私は√EDENの出ではありませんが、√EDENに何かあれば私のAnkerも悲しみます。この事態を看過することは出来ません。どうか、私の予知も参考に、敵の侵攻を挫きましょう」
「今回皆さんに行ってもらうのは、AKI-OKA ARTISANという商業施設です」
山手線の高架下にあるこのショップ街は、√マスクドヒーローの怪人『マンティコラ・ルベル』が正体を隠して通っており、ここに集う芸術家や職人達から得た新進気鋭のアイデアで、ここを密かに『√能力者を殺す殺人儀式場』に改造していたようだ、とヨーキィは語る。
「ここに配置された怪人は決して民間人を殺さず、静かに√能力者を待っている様子ですね」
今回相手をしてもらうのは『四凶トウコツ怪人』という怪人だ、と無限は語る。
「四凶トウコツ怪人について、率直にいえば、戦闘狂です。一対一で真正面から殴り合うのを好むようですね」
ここは一般人もいる場所だ。可能な限り相手の流儀に従って戦うのが好ましいだろう、と無限は続けた。
「怪人が密かに√EDENを出入りしていたとはゾッとしませんが。今発覚したのは僥倖です。このまま倒してしまいましょう」
第1章 ボス戦 『四凶トウコツ怪人』
「真正面からの一騎打ちを望むとは、敵ながら見事な流儀……」
そう言って、『四凶トウコツ怪人』の前に姿を晒すのは、√妖怪百鬼夜行にて、古妖・悪霊退治を生業とする朧谷家の三女、朧谷・十華(勇猛なる蒼・h07890)だ。
「リューギとかよく分からないのだ。早く殴り合って暴れ回りたいのだ!」
「……とはいえ、暴れたがりなのは頂けませんね。ここは大人しくして頂きましょう。私が相手です!」
朧谷家に代々伝わる妖を斬る為に鍛えられた太刀、|禍祓ノ太刀《まがばらいのたち》を十華が堂々と構える。
「気炎万丈───蒼き炎にて、斬り祓わん!」
太刀に蒼焔が纏わりつく。√能力『戦技・蒼焔斬破』だ。
「おぉ、かっこいい! じゃあ、こっちも行くよー!」
四凶トウコツ怪人が地面を蹴り、一気に十華へと肉薄する。
十華はその野生の勘で、攻撃の予兆を感じ取り、並外れた怪力から放たれる爪の一撃を的確にダッシュして飛び退いて回避していく。
回避しながら、十華は的確に太刀を振るって、確実に四凶トウコツ怪人に1.5倍ダメージを与えていく。
「おぉ、やるなぁー!」
四凶トウコツ怪人はそのダメージそのものさえ笑いながら、さらに攻撃を続ける。
だが、十華の方が確実に回避しダメージを与えていくので、四凶トウコツ怪人はむー、と唸る。
「だったら、こうだ!」
四凶トウコツ怪人が、トウコツジェムにエネルギーをチャージし始める。
対して、十華はあえて太刀を大振りに振り回す。
「ふん、そんなの当たらないよ!」
エネルギーをチャージしながらも、四凶トウコツ怪人はその一撃を容易く回避する。
だが、それで構わない。
(「本命は外す方にあります」)
外れた刀はその場所から地面を破魔の炎にて焼かれた領域へと変化させる。この領域内では四凶トウコツ怪人の行動成功率を半減させる。
(「一度でも凌げば付け入る隙が生まれる筈」)
六十秒が経過。四凶トウコツ怪人の拳にエネルギーがチャージされ、燃え盛る拳が放たれる。
渾身の大振りの一撃は、しかし、破魔の炎により命中せずに終わる。
狙い通り、大きな隙が生じる。
「我が身に宿りしは、闇夜を祓う破魔の炎。貴方の熱き拳をも焼き尽くしてみせます!」
再び大振りな一撃が四凶トウコツ怪人に振り翳される。
今度は、四凶トウコツ怪人も回避出来なかった。
猛烈な痛打が、四凶トウコツ怪人を襲った。
「あら、一対一で真正面から殴り合いたいだなんて。そういうの嫌いじゃないわよ」
『四凶トウコツ怪人』にそう言って声をかけるのは、不思議なおもちゃ屋『おもちゃのハウザー』の店主、柳檀峰・祇雅乃(おもちゃ屋の魔女・h00217)だ。
「おぉ、お前も真正面から殴り合ってくれるのか?」
「えぇ。じゃあそちらの流儀に則って、いっちょ殴り合いましょうか!」
「おぉー! やろうー!」
祇雅乃の言葉に、四凶トウコツ怪人が構えを取る。
「一対一で殴り合うって言ってるのに、魔法なんか使ったらしらけちゃうわよね? だから今回は、近接格闘のみを用いて戦わせてもらうわ! でも、ちょっと待ってね」
そう言うと、祇雅乃は、レザースーツを腰まで脱いで、邪魔にならないように腰で結び、そして、堂々と宣言する。
「今から、貴方を、全力でぶん殴るわね?」
「おぉ、もういいのか? いくぞ!」
爪を握り込んだ四凶トウコツ怪人が祇雅乃に殴りかかる。
対する祇雅乃も得意な喧嘩殺法で応じる。
「へぇ、いいじゃん! もっともっと殴り合おう!!」
回避は考えず殴り合う。
互いに怪力自慢。互いに殴り合いが続く。
しかし、重量を生かした攻撃、掴みかかっての攻撃、踏みつけ攻撃と言った、多種多様な攻撃手段を持つのは祇雅乃の方。
戦闘はどんどん祇雅乃有利に進んでいく。
「くぅ、こうなったら……!」
四凶トウコツ怪人はトウコツジェムにエネルギーを蓄え始める。
祇雅乃の多種多様な喧嘩殺法で、四凶トウコツ怪人を攻撃していく。
それに耐えながら、四凶トウコツ怪人が六十秒間エネルギーをチャージ。
大振りの燃え盛る拳を放つ。それは十八倍ものダメージを与える恐るべし攻撃。
「そんな大振りの攻撃じゃ、私は捉えられないわよ!」
しかし、祇雅乃はその分かりやすい大振りな攻撃をこそ待っていた。
見え見えのその攻撃を、祇雅乃は容易く攻撃を弾く。
そして、祇雅乃の√能力が発動する。
攻撃は既に宣言されている。
防具は脱いでいる。
今、敵の攻撃を弾いた。
戦いは今、正面から行おうとしている。
ならば、この√能力は効力を発するだろう『全力でぶん殴る』。
祇雅乃渾身の拳による強烈な痛打が、四凶トウコツ怪人に襲い掛かり、一気に遠くへと弾き飛ばした。
「戦いに望む者ならば、我もそうだ」
そう『四凶トウコツ怪人』に声をかけるのは、地を這い、時を越えし、武を極めし者、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)だ。
「おぉ、お前も戦いを望むのか?」
「あぁ。さあ、どちらがより純粋か。確かめ合おう」
互いにファイティングポーズを取る四凶トウコツ怪人と蜚廉。
「行くぞ。殻は苦を包み、苦は力となりて我を動かす」
蜚廉は初手で、√能力を発動。
殻裂転導による鋭い一撃が四凶トウコツ怪人に突き刺さる。その名も、√能力『殻劫』。
「こい。俺の爪の鋭さを見せてやる」
対する四凶トウコツ怪人は両腕の爪『アバランスラッシャー』を振り回し反撃する。
(「爪の反撃か。初撃はあえて受けよう」)
その反撃を蜚廉はあえて受け止める。
すると、四凶トウコツ怪人は先ほど受けたダメージが全て回復してしまう。
「なんだ、これを避けないなら、俺の勝ちだな」
「我が、殻劫。繰り出すだけ威力は増す。次の技が、同じ威力とは思わぬ事だ」
調子に乗った四凶トウコツ怪人はそのまま、さらに『アバランスラッシャー』による攻撃を重ねる。対して、蜚廉は微細な気配を拾う体内の振動器官である潜響骨と、空間に残る痕跡を、匂いのように読み取る嗅覚器である翳嗅盤を組み合わせてその動きを読み切る。
「純度の澄んだ相手は、無駄がなくて良い」
そう言いながら、四凶トウコツ怪人の攻撃を回避する蜚廉。
「さて、反撃は済んだな。ここからは、我のカウンターだ」
再び蜚廉が攻撃の姿勢をとる。
「っ! さっきより早い!?」
繰り返すごとに速度と威力が上がるのが殻劫の特徴。
躊躇なく自身の部位を破壊し、再行動を繰り返し、四凶トウコツ怪人の『アバランスラッシャー』による攻撃を回避しながら、自身の攻撃を命中させていく。
移動は芽の様に隠された副脚的な跳躍爪である跳爪鉤を用いれば可能だし、視覚はそもそも充分に発達していないため、先に語った感覚器官と勘があれば充分に補える。
「くぅ、やる……! だけど、もう片腕しか残っていないはず! そうなればこっちの番……」
四凶トウコツ怪人は追い詰められてはいたが、まだ『アバランスラッシャー』による攻撃を当てれば、と言う希望が残っていた。蜚廉も腕一本では十分な攻撃は行えないはずだった。
「我が腕が。人のソレと同じとは思わぬ事だ。対の二本を、隠しているのだぞ」
だが、四凶トウコツ怪人の想定より、蜚廉は二手多く手を持っていた。物理的な意味で。
「能ある鷹…いや、蟲にも爪はあるのだぞ」
全ての破壊可能な部位を破壊し、最大威力となった蜚廉の攻撃が、四凶トウコツ怪人を派手に吹き飛ばした。
「この付近の敵は、一般人の殺害より、√能力者の排除を優先しているのですね」
周囲の他の怪人達も最後まで一般人を巻き込まなかったのを見て、そう呟くのは古いパソコンの付喪神、青木・緋翠(ほんわかパソコン・h00827)だ。
「うん、ルベル様がそう言ってたぞ。けど、俺に関しては一般人と戦っても楽しくないからしてないだけだ」
「そうでしたか。まぁ、理由がなんであれ、1対1の勝負、誰も悲しまないのであれば、異論はありません。その勝負お受けします」
モニターライト型トンファーガンを構え、緋翠が戦闘態勢を取るのを見て、『四凶トウコツ怪人』も構える。
トンファーガンの銃身となっている棒部分から射撃を行い牽制しつつ、一気に緋翠が地面を蹴って、四凶トウコツ怪人の元へ肉薄する。
古代語魔法により高速飛行と安定した姿勢制御を両立したジェットパックである電動ジェットパックを起動し、空中に飛び上がると、そのまま三次元的に機動しながら、四凶トウコツ怪人を狙う。
「飛ぶとは厄介なぁ!」
四凶トウコツ怪人は空中を飛び回りながらトンファーを振るってくる緋翠の攻撃を爪で受け止め、防御しつつ、攻撃の機会を伺う。
緋翠は攻撃すると同時、装備したスマートグラスで敵の動きを分析しており、緋翠の攻撃は次々に鋭く、四凶トウコツ怪人には防御不能なものへと変わっていく。
「くぅ、こうなったら……」
一発逆転を試みる四凶トウコツ怪人はトウコツジェムにエネルギーし始める。
「カウント開始」
同時、緋翠はスマートグラスに六十秒のカウントダウンを表示させる。
エネルギーをチャージする四凶トウコツ怪人に対し、緋翠は攻撃を重ねていく。
そして、五十五秒経過。
緋翠は空中で急速反転し、一気に距離を取る。
「あ、待て!」
四凶トウコツ怪人はそれを追って、地面を蹴る。
大振りなる燃え盛る拳が放たれる。
念の為、緋翠はエネルギーを膜状にした電磁バリアを展開したが、結局、空中を高速で逃れる緋翠に四凶トウコツ怪人は追いつけず、攻撃をから振る。
「今ですね」
再び緋翠がトンファーガンを構える。
【>|起動《start》 "トンファーガン三連撃】
トンファーガンからの銃撃で牽制しつつ、一気に接近。棒部分から放電を放って動きを止める。
「ぐっ!?」
そこへ強烈な突きが突き刺さる。
強烈な痛打に、思わず四凶トウコツ怪人がもんどりうって倒れるのであった。
(「秋葉原駅前とは違い今回は基本的に個としての対峙ですね」)
そう考えながら、戦場である商業施設『AKI-OKA ARTISAN』に姿を現すのは√ウォーゾーンではあるいはどこにでもいる普通の女の子かもしれない、森屋・巳琥(人間(√ウォーゾーン)の量産型WZ「ウォズ」・h02210)だ。
(「護る為に、ただ奪われない為には力が必要で、ただ少しWZもうまく使えたからと√を渡り歩いてきましたが、どこまで通じるかな」)
量産型WZ「ウォズ」に騎乗した巳琥が深呼吸する。
「もう始めていいか?」
『四凶トウコツ怪人』がファイティングポーズを取る。
(「地力でぶつかるには格上相手ですが引く訳にもいきませんね」)
「はい」
覚悟を決めて、巳琥が頷く。
「なら、いくぞ。その鉄の塊を文字通り鉄の塊に変えてやる」
先手を取ったのは四凶トウコツ怪人。地面を蹴って、一気に巳琥へと肉薄する。
飛んでくる鋭い爪の一撃を、しかし、巳琥は√間交流で得た強素材を改良した複層の追加装甲、ドラゴンガーダーを用いて受け止め、そして受け流す。
「へぇ」
その行動に面白そうに四凶トウコツ怪人が笑う。だが、四凶トウコツ怪人には余裕を持った大振りな動きをしている暇はなかった。
爪の一撃を受け流した巳琥は速やかに自動拳銃、B-WZ-Vulcanを構え、四凶トウコツ怪人に接射を放つ。
四凶トウコツ怪人は咄嗟にその攻撃を後方に飛んで回避、だが、完全に回避は出来ず、わずかに頬を出血する。
「小さいタッパだから、本当に戦えるのかと思ってたけど、意外とやるみたいだな」
その血を爪で救って舐め取ってから、再び地面を蹴る四凶トウコツ怪人。
巳琥に肉薄した四凶トウコツ怪人は今度は爪による連続攻撃を仕掛ける。
「!」
対する巳琥も冷静にそれらをドラゴンガーダーで受け止め、受け流していく。
「どこまで受け止められるかなぁ!」
背の低い巳琥を威圧するように振る舞う四凶トウコツ怪人に、巳琥もまた負けじと威圧感をかもし出す。
決して、四凶トウコツ怪人のペースには呑まれず、冷静に連続攻撃を受け流しきる。
「っ!」
B-WZ-Vulcanの接射が四凶トウコツ怪人の胴体を貫く。
「おのれ……ならば、こうだ!」
トウコツジェムにエネルギーがチャージされ始める。
(「必殺の√能力は、チャージ六十秒ですね」)
その様子を巳琥は冷静に分析し、B-WZ-Vulcanで攻撃をしながら、六十秒を計る。
「喰らえっ、これでお前の負けだ!」
四凶トウコツ怪人が燃え盛る拳で攻撃を放つ。
「私は負けません。のんびりできる日を目指して、望む|未来《先》を掴むために」
√能力『貫き通す意地』を発動し、四凶トウコツ怪人に右掌で触れる。
直後、四凶トウコツ怪人の√能力が無力化され、四凶トウコツ怪人の拳が空を切る。
「これで、私の勝ちです」
空を切り、完全に死に体となった四凶トウコツ怪人にB-WZ-Vulcanの弾丸が突き刺さった。
「最近は、悪の組織の幹部や怪人のような恰好をした者達がここには多いな」
何も知らず、AKI-OKA ARTISANを訪れ、見かける怪人達にそんな言葉を呟くのはエンターテイメント系大企業、PR会社『オリュンポス』のCEO、プレジデント・クロノス
(PR会社オリュンポスの|最高経営責任者《CEO》・h01907)こと高天原・伊弉だ。
「む、アレもコスプレストリートファイターかな? ブームなのかあの手の無差別格闘作家が多いようだ……」
プレジデントは既にこのAKI-OKA ARTISANで既に何度か怪人と遭遇していた。とはいえ、彼は√EDENの一般人。それを他√からの侵略とは知らずにいた。
「一対一形式の試合なのかな? ふむ、中々見応えがあるな」
故に彼には、√EDENを守る√能力者と『四凶トウコツ怪人』との戦いは、一対一のコスプレストリートファイターのように見えていた。
「おい、そこの仮面。お前もなかなかやりそうに見えるぞ。やるか?」
そんな中、プレジデントは四凶トウコツ怪人に声をかけられた。四凶トウコツ怪人は一般人を傷つけるなと言われていたが、怪しい白い仮面、しかも実力者のように見えるプレジデントが、その実、一般人の無能力者だとは見抜けなかったようだ。
「ご指名かね?私はただのCEOなんだが……最近の若者は血気盛んだ」
「何が、ただのしーいーおー? だ! やるのかやらないのか、どっちなんだ」
「やるとも。まぁ、武道で目くらましのイリュージョンに頼ってる間はただの暴力だ」
プレジデントが立ち上がり、ファイティングポーズを取る。ちなみに、イリュージョンとは√能力のことである。当然のように√能力のことも知らない彼は、√能力のこともただのイリュージョン、演出だと思っていた。
「いうじゃんか。なら、こっちもただのブドウで戦ってやるよ」
四凶トウコツ怪人はプレジデントの言葉にムッとしつつ、爪を握ってファイティングポーズを取る。
先手を取ったのは四凶トウコツ怪人。地面を蹴り、一気にプレジデントへ肉薄する。
ただの一般人であれば一撃で無力化出来る鋭い爪がプレジデントに迫る。
だが、プレジデントは動じない。柔道を応用した受け流しで四凶トウコツ怪人の攻撃を次々にいなしていく。
「くっ、こいつ……!」
悔しげに四凶トウコツ怪人が呻いた、次の瞬間、プレジデントが四凶トウコツ怪人を掴み、一気にその怪力でもって、身体全体への強い衝撃波を与えた。
「な、なんだ、立って……いられない……?」
四凶トウコツ怪人が膝から倒れる。
「なんだこれ、なんの√能力だ」
「言っただろう。武道にイリュージョンはいらない。これはシンプルに実力の差だ」
プレジデントは組付により乱れたビジネスエリートスーツを正しながら、そう言った。
「一対一で真正面から……か。シンプルで分かりやすい流儀でいいな。殴り合いってことなら、このフォームで行かせてもらうぜ」
そう言って、カメラ型バックルの変身ベルトを腰に巻くのは、カメラ型のベルトバックルに各√の記憶を収めた「ルートフィルム」を装填することで、「フィルム・アクセプター ポライズ」へと変身する√EDENのヒーロー、空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)だ。
「現像!」
バックルにルートフィルムを装填し、その掛け声で、√妖怪百鬼夜行の力を纏い、フィルム・アクセプターポライズ √妖怪百鬼夜行フォームへと変身する。
「おぉ、お前、アクセプターか! 面白い勝負ができそうだ!」
その様子を見て『四凶トウコツ怪人』が面白そうに歯を見せて笑う。
「最初から全力で行くぞ! あ゛ーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
四凶トウコツ怪人の口から闘志を込めた凄まじい咆哮が放たれ、海人に対し、強烈な震動が襲いかかる。
海人は攻撃を回避しようと、何度かステップを踏むが、震動は止まらない。
「……大声で震動させてるのか? だったら、こっちも音で対抗してやる」
√妖怪百鬼夜行フォームの専用武器である透鏡籠手・焦点覇迅甲を構え、風属性を纏わせる。
激しい風切り音が生じ、四凶トウコツ怪人の咆哮とぶつかりあう。
音と音がぶつかり合い、相殺されることで、四凶トウコツ怪人の咆哮による震動が無力化される。
直後、海人が地面を蹴って、四凶トウコツ怪人に向けて突撃する。
「なっ!?」
四凶トウコツ怪人が驚愕する。暴れん坊なだけの頭の悪い彼には、音と音が相殺されれば音が消える、などという知識はない。
故に、突然相手が風切音を放ったかと思えば、まるで震動を無視したかのようにかけだしたように見えた。
そして、その虚は、√妖怪百鬼夜行フォームにより移動速度が三倍になっている海人にとって、あまりに大きな隙だった。
「さあ、一発KO狙わせてもらうぜ!」
風を纏った透鏡籠手・焦点覇迅甲が一気に四凶トウコツ怪人を貫く。
装甲さえ容易に貫くその必殺技「ポライズ穿孔パンチ・風」の前に、四凶トウコツ怪人は猛烈な痛打を受けることを余儀なくされたのであった。
(「1対1、ですか。シンプルで実に良いですね」)
そう独白しながら『四凶トウコツ怪人』の前に姿を晒すのはいつも物憂げな表情をしている少女、哘・廓(射干玉の夜の夢・h00090)だ。
「三皇五帝の子孫……という訳ではないでしょうが、その名の通り愚かかどうか……確かめさせて貰います」
「サンコーゴテー? ……って、何なのだ?」
廓の言葉に四凶トウコツ怪人が首を傾げる。
「……敵とおしゃべりするつもりはありませんので」
「そっか。まぁ、俺も話すより戦う方が好きだ」
つれない返事の廓にも動じず、四凶トウコツ怪人が頷き、ファイティングポーズを取る。
先手を取ったのは、廓。地面を蹴って、一気に四凶トウコツ怪人へと肉薄する。
佩いた打刀は抜かず、徒手空拳の右腕で、四凶トウコツ怪人に殴りかかった。
「お、刀でくるかと思ったが、拳と拳の殴り合いか? それなら俺も大好きだ!」
爪を握り込み、四凶トウコツ怪人が応じる。
共に我流の喧嘩殺法。怪力の分だけ、四凶トウコツ怪人の方が有利のようにも思えるが、大振りな一撃を繰り返す四凶トウコツ怪人に対し、廓は確実にその一撃を左腕で受け流し、右腕で少しずつダメージを稼いでいく。
「オマエすごいな! 俺の一撃を腕一つで捌くのか!」
そんな廓の様子に四凶トウコツ怪人が興奮した様子で叫ぶ。
「だったら、これはどうかな?」
四凶トウコツ怪人はこれまで通りの戦闘を繰り返しつつ、トウコツジェムにエネルギーをチャージし始める。
ダメージが後ろ送りされることによって、廓の殴りが効果を発しにくくなり、四凶トウコツ怪人の殴りがより苛烈になる。
だが、廓は動じない。今殴り続ければ、そのダメージは全てチャージ後に適応される。その時にこそ、隙が出来ると廓には分かっていた。一撃死するわけでないなら、怯えるには当たらない。
廓はまだまだ前進しつつの攻撃を続ける。
「まだ向かってくるのか!」
覚悟がキマったその様子に四凶トウコツ怪人が思わず舌を巻く。
「けど、こっちは準備完了だ。オマエの負けだな!」
猛烈な威力の燃え盛る拳が放たれる。
「…………っ、死なないなら、勝ちは掴めるんですよ……!」
対して、廓は左腕を犠牲にその一撃を防御。
そのまま、蓄積されたダメージを受けて怯んだ四凶トウコツ怪人に向かって右腕を上段から振りかざす。
「今が好機……!」
ぶん殴って牽制して、さらに怯んだ四凶トウコツ怪人に対し、タックルからの馬乗りになり、右拳を乱打する。√能力『|乾坤一擲《ナックルレイン》』。
その強撃の連続攻撃を、四凶トウコツ怪人は防ぐ術を持たなかった。
「一対一の勝負を所望とはな。ショップ街を『殺人儀式場』への改造、などという物騒なモノに加担している相手にあまりこう言う言い方はしたくないが──潔い相手は嫌いではない」
そう言って、澪崎・遼馬(地摺烏・h00878)が『四凶トウコツ怪人』の前に姿を晒す。
「イサギヨイ? 俺はただ、強いやつと真正面から戦いたいだけだぞ」
「……そうか。まぁ、少なくとも一般人を巻き込まない戦いはこちらにとっても有り難くはある」
「うん、そこは安心してくれ。一般人を巻き込む気はないぞ。弱い奴に興味はないし、ルベル様からも言われてるからな」
遼馬の言葉に四凶トウコツ怪人が頷く。
「その潔さには敬意を表するとも──望み通り一騎討ちといこう」
夜風が遼馬を優しく包み込む。
「良い風だ。そう思わないか、我が友」
√能力『|夜の風《カウィル》』が、誰よりも早くこの章に参加した遼馬の能力値と技能レベルを大幅に高める。
「もういいか? いくぞ!」
両腕の爪を展開し、四凶トウコツ怪人が地面を蹴って、遼馬に向けて飛び込む。
「冠の用意はできたか?」
「王冠なら被ってるぞ!」
両手に構えた二丁の魔銃、彼岸と此岸から弾丸が放たれる。
「銃使いか!」
飛んでくる弾丸を回避しながら、四凶トウコツ怪人がさらに遼馬へと肉薄する。
「ふん、どこを狙ってる!」
弾丸は四凶トウコツ怪人が大きく回避するまでもなく、四凶トウコツ怪人の中心を避けて飛んでいく。
それもそのはず、遼馬が狙っているのは、四凶トウコツ怪人の腕であった。
移動している相手の、それも動いている腕を狙うのは極めて難しいが、夜風はそんな遼馬を優しく包んでくれる。
だから。
「今に分かる」
直後、二丁の魔銃から放たれた二つの弾丸がそれぞれ四凶トウコツ怪人の腕を穿ち、切断した。
√能力『|魔法の弾丸《フライクーゲル》』だ。
これで、四十分近く、四凶トウコツ怪人は腕を使えない。
「腕が使えないなら、頭突きで!」
腕がなくとも四凶トウコツ怪人は諦めない。遼馬に肉薄し、頭突きを仕掛ける。
「っ!」
遼馬はそれをバックステップで回避しながら、彼岸で制圧射撃を敢行。
「くぅっ!」
四凶トウコツ怪人がこれをステップで回避したその場所へ、一気に肉薄した遼馬が、その額へ此岸を突きつける。
もう『アバランスラッシャー』によるカウンターに怯える心配はない。
「終わりだ」
此岸から放たれた弾丸が、四凶トウコツ怪人の額を撃ち抜き、四凶トウコツ怪人は倒れた。
この戦い、√EDENの√能力者達の勝利であった。
