年始めは野菜を食え
●√EDEN:日本、神田明神
「あけましておめでとうございます。早速ですけど正月早々怪人が動きました」
星詠み、|捌幡《やつはた》・|乙《おと》は言った。
「今回は√マスクド・ヒーローへ移動し、住宅街で暴れてる怪人を倒してください。
……まあ、問題はその作戦の内容が、「子供に玉ねぎを食べさせる」なんですけどね」
乙は両手を上向け、肩を竦めた。
「意味がわかりません。なんでも、「お正月はおせちなんかより玉ねぎを食べろ」って主張してるらしいです。言っておきますけど、ふざけてるのは私じゃないですからね。
こんなバカげた騒ぎでも、放っておいたら『プラグマ』の世界征服が進行してしまう……はず、です。多分」
星詠みは万能ではない。分かるのは発生した事件に関わるごく僅かな情報だ。
そして、こうやって脱力するような作戦の裏で、極悪非道な悪事が進んでいるかもしれない。
「なんだたいしたことないじゃん」と思わせること自体が、プラグマの陰謀かもしれないのだ! 恐るべし悪の組織!
「そもそもなんで玉ねぎなのか、一応調べてみたんです。バカバカしいですけど」
乙はタブレットを操作し、溜息をついた。
「主導者は悪の組織「仮面武闘バルマスケ」の怪人、『ブンナグリマスケ』。
こいつの主張は……「玉ねぎは身体にいいし、自分に似てるからもっと広めたい。そして自分が玉ねぎっぽい怪人としてチヤホヤされたい」だそうです。
あと、タマネギに限らず野菜全般をゴリ押ししてます……身体が、緑色だから」
乙は頭を抱えた。
「……私は関わりたくないですし、お正月はゆっくりしますから、あとは任せます。
住宅街での騒ぎを収めれば自然と向こうから出てくるはずなので、まあ、そんな感じで。
一応言っておきますけど、間違っても負けたり野放しにしないでくださいね。
それじゃ伝えた私まで恥をかいちゃいますから。このぐらい、余裕でしょう?」
言葉尻は刺々しいが、おそらくそれは√能力者への信頼の証……の、はずだ。多分。
第1章 冒険 『強引! ダイレクトマーケティング作戦!』
●√マスクド・ヒーロー:日本、東京都
「お前らぁ!! 正月だからってダラダラしてるんじゃねーどォ!」
メガホンを腰に引っ提げ、住宅街に大声を轟かせる『ブンナグリマスケ』。
その周りには、タマネギを始めほうれん草やピーマン、キャベツなどを持った明らかにステマ要員っぽい戦闘員達が群れている。
「野菜は身体にいいなあ!」
「タマネギを食べると血液がサラサラになるし、美味しい!」
「おせちなんかより生野菜のサラダを食べたい!」
「そうだど! 伊達巻だのカマボコだの、そんなもんよりタマネギを食えど!」
キーン! 選挙演説も裸足で逃げ出す大騒ぎは実に大迷惑だ。
もっと力押しのダイマに出ている奴もいる!
「なんだこの茶色い食卓は? こんなものはけしからん!」
家族団欒を楽しむご家庭に乗り込んだ『二刀化異人・武佐死』が、美味しいチキンやナゲットの乗ったテーブルをスパスパ切り裂いてしまった!
「こんなものより茄子を食え、茄子を。揚げ浸しとか色々あるぞ!
何? 喉が渇いた? ならキュウリでも食べろ! 水分が多いからな!」
とてつもないゴリ押しだ。お酒を取り上げて自分でグビグビ飲む始末!
年末年始はゆっくり休みたいお店に乗り込んで、勝手に売り場を改造しようとしている奴らもいる!
とにかくなんとかしないと大変だ!
●野菜なんてくだらねえ! 酒飲んでアイス食って肉を食え!
「どうしよう……大変! ……なのかな??」
澄月・澪は物陰に隠れ、様子を窺う。なんだか新年早々わけのわからない騒ぎが起きているようだ。いまいち危機感が湧いてこない。
だが彼女は星詠みの忠告を思い出した。こうやって脱力させることが、プラグマの……悪の組織の罠で策略なのかもしれないのだ!
(「そうだよ。一般家庭の皆さんだって困ってるんだ! 私がなんとかしなきゃ!」)
澪は緩みかけた気を引き締め、魔剣「オブリビオン」を構えた。
「魔剣執行。因果を断て、忘却の魔剣『オブリビオン』――!」
黒い髪と瞳が銀と青に変じる。これこそが魔剣執行者たる澪の姿。そしてついでに身バレを防ぐためのヒーローマスクめいたエチケットだ!
「行くぞ、私がやるんだ!」
澪は意気込み、怪人を止めるため飛び出した!
「メェ」
「えっ」
その前を、羊が通り過ぎた。っていうか、ふわ・もこが。
「メェメェ」
もこはトコトコお野菜の詰まった段ボールに近づき、美味しそうな新鮮なタマネギをシャクッと齧った。
「ペッ」
「吐いたー!?」
澪は思わず叫んでいた。どうやら辛かったらしい。ちなみに猫などが罹ることでおなじみのタマネギ中毒は、どうも羊も例外ではないようだ。まあ√能力者の羊に常識的な話してもしょうがねえけどな!
「貴様ァ!! せっかく農家の皆さんが手間ひまかけて育ててくれた野菜になんてことするんだどォ!!」
「ええ……?」
見咎めた怪人がぷんすか怒る! 攻撃してこないことに、澪はカッコいい魔剣を構えたままどうすりゃいいのか途方に暮れた。
「ダッテカライ」
もこは反論した。っていうか喋れるんだ。
「生のタマネギなんだから当たり前だどォ! てめー許しちゃおけ(ゴガッ!)」
怪人の後頭部から物凄い音がして、その場にずずんとうつ伏せに倒れた。巨体の横をコロコロと転がる……カボチャ!!
「まったく、なんてことするんですの! 農家に謝るべきはあなたですわ!」
と、怪人よりぷんすこ怒るテラコッタ・俑偶煉陶。その背中にはデカい植木鉢を背負っており……今もすんげえスピードでカボチャが育っていた。
「ウワーッ! 大丈夫ですか『ブンナグリマスケ』様ー!!」
戦闘員達が慌てて駆けつける。テラコッタは怒りの眼差しできりりと睨んだ!
「あなた達もですわ! 野菜の裁きを喰らいなさい!」
テラコッタは急速成長したばかりのカボチャをブチッと取り上げ、投擲した!
「投げたー!?」
「「「グワーッ!」」」
澪は再び叫んでいた。SMAAASH! 何故かボウリングのピンめいた三角形フォーメーションを組んでいた戦闘員達は、巨大カボチャに吹き飛ばされ宙を舞う! ストライク!
「野菜はこうやって食べるより遊ぶものなんですのよ!」
「そ、その理屈には問題しかないんじゃないかな!?」
「ウメェ」
澪のツッコミをよそに、もこはカボチャをもぐもぐ食べていた。甘くて美味しいんですね。
「き、貴様らァ! 次から次へとゆるせねーど!!」
頭にでっかいたんこぶをつけた怪人が起き上がり、怒りに飛び跳ねる。
「野菜は遊ぶもんじゃねーど! 食べるものだど!」
「か、完全に正論すぎて否定しようがないけど、えーと、えっと……」
澪は困った。もう完全にどっちが善玉かわからない。だがその時だ!
「いいえ! それは嘘です!!!」
「「「えっ!?」」」
力強い否定! 一同の視線がリズ・ダブルエックスに集まった!
「よく見てください! 怪人を!」
リズは怪人をビシッと指さした。集まった視線がそのままブンナグリマスケに注がれ、沈黙が訪れる。
「……お、おでがなんだっていうんだと!」
「その筋骨隆々で見事な肉体……まさか、それが野菜だけで形作られたとでもいうつもりですか?」
リズの青い瞳が閃いた。
「いいえ、そんなはずはありません。タマネギだけで筋肉を形成することは不可能! 仮に食べていてもちょっとだけに決まってます。
ならば、どうやってこの肉体を作り上げたのか? その答えは、すなわち――」
リズの名推理(?)がクライマックスに辿り着こうとした、まさにその瞬間だった。
「そいつは当然、肉に決まってる!」
ザッ! 実は出待ちしていた|七瀬・禄久《ななせ・ろく》が二の句を継いだ!
「そもそも野菜ってのはなぁ、肉とセットで食って初めて美味いもんだろうが! 栄養学的にも同」
「くだらないわ。野菜も肉も不正解よ」
「なんだと!?」
禄久はさらなる乱入者の否定に目を剥いた。現れたのは雪のような髪と瞳に冷たい光を宿した冷嶋・華子。雪女めいた褪めた瞳が、その場の全員を冷徹に見下し、ふう、と呆れに息を吐いた。
「いいこと、教えてあげる。正解は――アイスよ」
再び沈黙が訪れた。
「アイス……だと……!?」
「えっ!? そうだったんですか!?」
愕然とする禄久、言い出しっぺのはずなのにやっぱり驚くリズ! それも当然である。打ち合わせなんてしたわけでもなく、リズが適当なことを抜かしたのに勝手に乗っかってるからだ!(※それは禄久もそう)
「そう。アイスは乳製品から出来ている。牛乳やバターが身体にいいなんて、子供でも知っていることでしょう?」
「それ広告として打ち出したらなんかの法に触れる奴じゃねえか!?」
禄久は華子のあまりにも身も蓋もない屁理屈に戦慄した。年齢的(※禄久は37歳)に野菜は食べたほうがいいのはわかるけどでも身体に悪いもののが美味しいじゃん、みたいな彼の|理屈《ロジック》すらも超越する、究極のド偏食理論だ!
「いいえ、アイスは完全栄養食よ。野菜とかタマネギとか茄子とか、くだらないわ。揚げたり焼いたりなんて言語道断だわ。最低ね」
「それはそれでわれたちが聞き捨てならないのよ! 家庭菜園ティストのはしくれとして、野菜自体は尊重されるべきですわ!」
何故か味方のはずのテラコッタの地雷に触れてしまった! 一触即発!
「どうして√能力者同士で言い争ってるんです!? あ、あと冬にアイスはどうなんですか!?」
「冬こそがアイスがもっとも美味しくなる季節じゃないの。あなた何を言っているの?」
「ええ……?」
逆に呆れた顔で見られ、澪は自分の常識がグラグラと揺らぐのを感じた。
「アイススキ」
かぼちゃを食べ終えたもこはアイスが食べたくなっていた。なんなんだよこいつ。
「いえ、その理論は正しいです! 乳製品が原料なんですから医学的な裏付けもあります! つまり学問なんです!!」
リズは全力で乗っかった。ようは怪人どもを否定できればそれでいいのだ!
「あと私、アイス好きです! 暖房の前で食べると美味しいですよね!」
「は? 死にたいの??」
「えっ!?」
ついでに華子に同意しようと思ったら何故か(※華子は暖かいのが大嫌い)絶対零度の視線で睨まれ、リズは梯子を外されて途方に暮れる!
「このボケどもがァッ!!」
完全にとっちらかって行き場をなくした乱痴気騒ぎを、ブチギレ大音声がビリビリと引き締めた。
「な、何者だど!? また頭のおかしい奴が増えるど!?」
「こんな理屈を次々唱えてたら、そりゃ怪人でなくても怒るよね……」
ようやくまともなメンツが増えてくれた――澪は安堵したのを直後に強く後悔することとなる。
「テメェら! 新年早々騒がしいんだよ! そこのイカレ|菜食主義者《ヴィーガン》どもも!」
ビシィ! ずんずんと歩いてきたノーバディ・ノウズは怪人連中を指さした! その手に持っているのは!
「いいか! 教えてやる! 本当に必要なのは、こいつだ!!」
ノーバディは天高く掲げた――缶ビールを!!
「「「……えっ!?」」」
再び一同は困惑!
「つかこっちは酒盛り中だったんだよ! 人が久々に古巣に帰ってきてダラダラしてりゃ騒がしくしやがってよぉ!」
「お酒は! お酒はアイスよりも問題じゃないですか!?」
未成年の澪は(変身してるので大人めいた背丈だけど)泡を食った。
「うるせー!! 酒は百薬の……なんか日本にそういうコトワザあんだろ? それだそれ! んなことよりだなぁ!!」
ノーバディは意に介さない。何故なら彼はもうすでにかなりの量を飲んでいる! そしてヘルメットを外し、ビール缶を頭に装着!
すると√能力によって、彼はビール頭のビール男に変身した! 背中には巨大なビール樽型のサーバーを背負い、左右に伸びたビールサーバーのケーブルが両腕に絡みついている。野球場にいる人だこれ!!
「見ろ! これこそ正月の正しい過ごし方って奴だ! |頭なし《ヘッドレス》ならぬ|酔っ払い《レッグレス》ってな! ヒャハハハ!」
酔っ払ったノーバディは両手にビールサーバーガンを装備し、ビールを噴射!
「「「ガボボボーッ!?」」」
怪人の皆さんはビールかけめいたアルコールの濁流を強制的に飲まされダウンだ!
「ちょ、未成年! 私未成年です!」
澪はビールの雨を慌てて避ける! 飲んだら大変だ!(セキュリティ的に)
「せっかくのお酒が勿体ないのよ! 食べ物で遊ぶのはいけないのだわ!」
「カボチャ転がしてたあなたが言うの? まあ冷たいものをばらまくだけならなんでもいいわ、私は。ぬるいビールは許さないけど」
冷たいか暖かいかで物事を判断しない華子は動じない。というかその場でアイスを食べ始めた。
「メェ」
「あなたも食べたいの? 仕方ないわね、ほら◯ーパーカップあげるわ」
「ウメェ」
もこもこっそり同伴していた。だからなんなんだよこいつ。
「オイオイオイ……オイオイオイオイ! 正月早々からビールの雨だと!?」
もっとも劇的な反応を見せたのは禄久だった。
「こんなこともあろうかと用意しておいた、この唐揚げとマヨとレタスのセットやら、チーズとトマトとオリーブオイルをマリアージュさせたやつとか、野菜と鶏肉の炊き込みご飯や豚汁が合っちまうじゃねえか!」
「いいぞ、食え食え! 呑め呑め! 未成年はダメだがなァ!」
「そんな不謹慎なこと……!」
禄久はどこからともなくビールジョッキを取り出した。本来は怪人に食わせるつもりだったのだが何もかもがめちゃくちゃだ!
「「やろうぜ!!」」
意気投合した野郎どもはその場で酒盛り開始! 2章以降の戦闘は大丈夫なのか!?
「あわわわわ……ついに酒盛りまで……!」
澪はゲラゲラ笑いながらつまみを食べて飲んでまたつまみを食べるダメ大人どもに「ああはなりたくねえな」と思った。そして思わず助けを求め、消去法で比較的まともそうなテラコッタを見た。
「よいこのみなさんたち! お酒を飲んだらいけないから、トマトでキャッチボールして遊ばなーい? ですわ~」
「「「やったー!」」」
子供を避難させているのはありがたいが、やっぱり野菜で遊んでいるのだ!
「あ、あの、このままだと大変なことになりませんか!?」
仕方ないのでさらに消去法でまともそうなリズに助けを求める。だが!
「ハーゲ◯ダッツあります?」
「もちろんよ。でもラムレーズンはあげないから」
「通ですねー。私クッキーアンドクリームが一番好きなんですよ」
なんか気がついたら和解していた華子のアイスを普通に食べていた!
「アマイ」
「冬空の下のアイスもこれはこれで乙なものですね!」
「わかってくれたみたいね。アイスはいつ食べたって美味しいのよ」
「おいおい最高だなこのチーズとトマト! 結構高いオイル使ってんだろ!?」
「わかるか、いい舌してんじゃねえか! あ、路上の飲酒制限とかは気にすんなよ、俺が警察だからな! 俺が力で法だ、ガハハ!」
酒盛り連中は最悪なことになっていた。
「お……おせちが何処にもない……!」
澪は戦慄した。正月らしさがゼロなのである。問題はもはやそこに留まらないような気がしなくもない。
「おせちには色んな願いが籠められていて、黒豆は健康祈願だとか、昆布巻きは「よろこぶ」の語呂合わせの縁起物とか、そういう色んな大事な想いが籠められてるんだよ。せめて騒ぐならおせちを食べようよ!」
「そんなことよりおねぎでチャンバラしませんこと? 楽しいですわよ~」
「の、農家の人(※テラコッタは土偶)が全力でコンプラ踏み抜いてる……!?」
もはや怪人より√能力者を止めた方がいいような気がしてきた澪だった。肝心の怪人の皆さんは、ビールで酔っ払ってぶっ倒れていた。
●許せないで、狼藉!
怪人の皆さんがビールまみれになって酩酊していたその頃、『二刀化異人・武佐死』の狼藉を見咎める者がいた。
「……肉を、バカにしたか?」
「ハッ!?」
怪人は恐ろしい声に振り向いた。ものすごい形相の録・メイクメモリアが、ギラギラと怪人を睨む。
「き、貴様どこから!? ここは一般住宅だぞ!」
「あ゛???」
録は山刀を構え、あらゆる道理を強引にねじ伏せた。肉を台無しにする……それは、録の地雷と言っていい。飽食の世に蔓延するフードロスとか、あとなんか産地偽装とか、そういうのはとにかく許せないのだ。それは敬愛する師譲りの拘り……いやアイデンティティであり、怪人を見逃すつもりはなかった。なお、ご家庭にどうやって迷い込んだのかは、答えるつもりはない。何故なら、家も外も同じ森だからだ(?)
「肉をバカにした奴の質問に答えてやるつもりはない。森の恵みだぞ」
「ま、待て! それはむしろ野菜」
「黙れーッ!!」
「グワーッ!?」
師譲りの山刀の一撃! 過程を欠落した録はツッコミという結果だけを与える! それが√能力ッ!(※そんなことはないし多分だけど数日前から計画もしてないと思うがこんなシナリオで道理を説いても何の意味があろうか)
「野菜も肉も等しく森の恵みだ。ありがたく、糧として頂くべきだ。
タマネギばかり食べてないで肉も敬え……さもないと森に還すぞ」
録の目は完全に据わっており、怪人をして怯むほどのキリングオーラを発していた。まるで獣だ。焼けた鉄にガラスを擦り付けるような唸り声も非常に耳障りで恐ろしい。
「わかったか」
「わ、わかった。だからこんな狭いご家庭ではせめて攻撃は」
「そうか。それはそれとして怪人は倒す(ズバッ)」
「グワーッ!?」
無慈悲! 万物は森に還り流転するというのも師の教えなのでそもそも道理で説くほうが無謀なのだ!
「「「アイエエエ!」」」
わけのわからない狂人がダブルで現れ、新年早々の団欒中の皆さんは戦慄!
「気にしないでね。僕が用があるのは、こいつだけだから」
録は怪人をグサグサ山刀で刺しながら言った。
「あ、あの……魚はどうなんですか……?」
「魚も、当然森の恵みだよ。だって海もだいたい森だからね」
「アイエエエ!」
会話が通じないことに一家のお父さんは恐怖した。助けてくれてるはずなんだけどなあ!
ビールの海に溺れ酔っ払った怪人達がむくりと立ち上がった。
「野菜を食えどぉおおお!!」
「「「野菜! 野菜! 野菜!」」」
いけない! 酔っ払ったせいでさらに暴力マーケティングに歯止めがかからなくなっている!
「なんなのコイツら? 話に聞いていたより暴れてるじゃない!?」
駆けつけた不破・鏡子は、あたりに充満する物凄いアルコール臭にマスクの下で顔を顰めた。
「おまけに酒臭い……! コイツらがダイマしてるのは野菜なんじゃ……!」
「その疑問! 俺様が答えてやるぜぇ!!」
KRAAASH! 空の彼方から吹っ飛んでくる砲弾! いや√能力者! ヒーロー着地したのは、鼻から上を覆うマスクを着けたセイウチの獣人、エリック・ヘマタイトだった。
「なんなのあなた!?」
「俺様は海の男……海の上じゃ些細な危険が死に繋がる! 潮風に紛れた魚のあぶくすら聞き分ける俺様の耳は確かに聴いていたぜ!」
エリックは目を見開いた。
「酒をバラまいたのは|怪人《やつら》じゃねぇ! |√能力者《なかま》だ!!」
「…………えっ??」
「クソッ! 俺様も酒盛りに参加したかったぜ! むしろ続いてるなら混ぜてほしいもんだ!」
「えっ???」
何もかもが狂っている情報しか入ってこないので、鏡子は完全に置いてけぼりになった。
「だがそれよりも今は奴らだぜ! この海の潮風も解らねえ酔っ払いどもがァ!!」
「「「グワーッ!」」」
KRAASH! エリックはたくましい身体でタックルを仕掛け、近隣住民の皆さんに迷惑をかけている怪人どもを吹き飛ばした! ストライク!
「お前らのそのダイ……ダイダイ? マーケティング?? よく知らんが、そんなものが船の上でどんな波風に耐えられるってんだァ!? 答えてみろオラァ!!」
「「「グワーッ!」」」
エリックは渦潮めいた回転ラリアットで怪人どもを吹き飛ばす! ポイント倍点!
「おい! てめーふざけたこと言ってんじゃねーど!」
「うるせェ! 俺様はイラついてんだよォ!」
「「「グワーッ!?」」」
ドパパパパパ! 大量のサメ型砲弾がブンナグリマスケを返り討ちだ!
「……ハッ!」
完全に狂った光景に思考停止していた鏡子は我に返った。
「そうよ、怪人ども! 私も怒っているのよ、信念をもって菜食を貫いている方々に泥を塗るような真似をするなんて!」
「そうだそうだ! 俺様だってなァ! 呑みてェってのによォ!!」
「ちょっとそこ黙っててくれる!? 話が逸れるのよ!」
完全に八つ当たりしているエリックに叫ぶ!
「うるせーど! 野菜を食えど野菜を!!」
「っていうか酔っ払ってもその主張は崩さないのね……いやそうじゃなくて」
鏡子は頭を振った。
「野菜は確かに身体にいい。けどそれは知識を持って食材を選んで、足りない栄養をどう補うかを考えないと逆効果なのよ!」
「知ってるぜ! PF……PFなんとかだ!」
「PFCバランスね。ちなみにそれ野菜はあんまり関係ないわ」
「だがそんなもんは海の上じゃ関係ねェ!」
「だからいちいち話を逸らすのやめてくれる!!?」
話の腰を折ってくる(※この間も暴れ続けている)エリックに、鏡子は気が狂いそうだった。もう既に周りは狂っているとも言う。
「とにかく! 私はヒーローのはしくれ、人々の自由を守るために戦うわ! そう、揚げ物やお菓子を食べる自由を守るために……!」
「おのれマスクド・ヒーロー、だったらおめーも酒を飲んで野菜を食べるど! 酒は身体に悪いけど野菜を食べればプラマイゼロだど!」
「なんてめちゃくちゃな理屈なの! あと私は遠慮しておくわ!(※未成年だから)」
鏡子は身構えた。
「……ところでポテトチップスって野菜に入る?」
「入るわけがねーど!」
「だったら喰らえヒーローランディングを応用したキーック!」
「グワーッ!!」
完全に酔っ払った怪人の顔面に飛び蹴りがド命中した!
●タマネギ中毒は危ないぜ!
いくら怪人どもが相手とはいえ、白昼堂々(しかも新年早々)住宅街で|銃撃戦《ドンパチ》をやらかすほど、タマミ・ハチクロは非常識ではない。彼女は|少女人形《レプリノイド》だが常識はあるのだ。
そのためまずは問答で説き伏せ敵の行動を妨害し、ついでに戦闘しやすいところへ誘導しようとタマミは考えていた。
「うおー! 野菜! 酒! 野菜! 酒!」
「酒は身体に悪いけど野菜を食べればマイナスがカバーされて健康!」
「むしろ酒は百薬の長なので掛け算されて健康になる!」
「なんでありますかこれ??」
だが怪人達は酔っ払っていた。こんな状況は星詠みからは聴いていない。一体何が起きたというのか? 答えは√能力者がビールをばらまき、唐揚げとかトマトとチーズのなんか冷製サラダとか、居酒屋にありそうなツマミを肴に呑みまくり、あとアイスとか色々愉しんだせいなのだ!
「もしかして小生らの方が一般市民の方々の平和を乱しておりませぬか??」
ごもっともだった。
「おいそこのシスター! おめーも野菜を食うど!」
顔面がギャグみたいに凹んだブンナグリマスケが近づいてきた。
そしてむんずとタマネギを掴み、タマミに突き出す!
「さっさと食えど! ちなみにオニオンリングにすると酒に合うど」
「小生見ての通り未成年なのでありますが。というか……」
タマミの尻尾が揺らめいた。
「小生に、タマネギを勧めるでありますか」
ギラリ。ネコ科動物めいた瞳が鋭くひらめく!
「いいでありますか? 猫がタマネギを食べるとでありますな、H2S2O3、すなわち有機チオ硫酸化合物と呼ばれる有害物質により赤血球が破壊されるのであります」
「えっ」
「くわえて急性腎不全をもたらす可能性もあり、つまりタマネギ食を共用することは殺人……いえ殺猫でありますよ」
「お、おう」
まさかのマジレスだった。
「で、でもそんなの加熱すれば大丈」
「甘いであります。有機チオ硫酸化合物は熱処理しても残留するのでありますよ。一般的な腹痛をもたらすウィルスやアニサキスのような寄生虫の類とは話が違うのでありますよ?」
「そ、そうなのかど」
「そういう無理解で、年々どれだけの|同胞《ねこ》が犠牲になっているのかご存知でありますか? 2022年のアメリカでは実に7000件を超える通報があったのでありますよ! その中で貧血に陥ったのは実に」
「わ、わかったど! おらが悪かったど!!」
「一欠片でもアウトになることだってあるのであります! そこんとこわかってるのでありますか!!!!」
「ごめんなさいだと!!!!」
ものすごい圧だ! なお、タマミは御存知の通り少女人形である。
「それでも食べさせると言うなら、生は苦手なので水に浸してマリネするかカレーに入れてほしいのであります」
「食べるのかど!?!?!?」
もはや目的はなんなんだ!
●野菜なんてくだらねえ! バナナとローストビーフと暴力を喰らえ!
「ひ、ひでえ目に遭ったど……」
ブンナグリマスケは頭を振り、アルコールの影響を振り払った。あたりには物凄い酒の臭いがプンプンしている。
「おいそこの筋骨隆々のたくましいヤツ! アタシと勝うわっ酒臭っ!!」
勢いよく突撃しようとした獅出谷魔・メイドウは、フレーメン反応にクワッと目を見開いた。
「お前、野菜が好きなんじゃねーのか!? 酒飲んでるじゃねーか!」
「何を言ってるど! これはお前ら√能力者がやったことだど!!」
「え……」
メイドウは言葉を失った。
「……そ、そんなわけねーだろ! アタシ達はお前らを止めにきたんだぞ!!」
「野菜をダイマしてるおで達が飲み会してダイマになると思うど?」
「…………」
メイドウは眉間に皺を寄せ考えた。おつむのよくない頭で考えに考えた。
「お? でもアタシらはお前らを止めに……」
「酔っ払うわアイス食い出すわツマミまで作るわおめーらが騒いでんだど!」
「……おお……???」
怪人:野菜をダイマしている。迷惑だが身体にいい。あと正月だからってダラダラしすぎるのはよくない。
√能力者:酒を飲んでいる。つまみも食べている。身体に悪い。アイスも食べている。身体に悪い。
「……おお……!?!?」
メイドウは迷った。一般住民の皆さんに迷惑をかけている点さえ除けば、どう考えても敵の方が正論を述べているのだ!
近所迷惑をかけているので論外なのだが、それを言い出すとその住宅街でビールバラまいて酒盛りしてる√能力者は比較的にもっと悪いことになってしまう! どうするメイドウ!
「待てぇい!!」
「お待ちなさい!」
「そこまでですわ!」
「許さないよ!」
「キャベツはあるか?」
言葉も話すタイミングもバラバラの五つの声!
「「「「……」」」」
四人は……具体的には上から順に八芭乃・ナナコ、久瀬・八雲、アルル・リリム、リア・カミリョウは顔を見合わせた。
「あーしに合わせろよ! ここはカッコよく「待てぇい!」のパターンだろ!」
ナナコは力説した。ヒーローに思い入れがあるので、こういうタイミングはしっかりしておきたいタイプなのだ。
「わ、わたしはちゃんとお待ちなさいって……」
「ていうか、リアそもそも揃って出てくるなんて聞いてないよ!」
躊躇いがちに反論する八雲に対し、リアは食ってかかった。
「何言ってんだ! そんな丁寧な言い方じゃダメだろ!
こういう時は男でも女でも、誰でも「待てぇい!」なんだよ!」
「丁寧な喋り方が多数派ですしそちらに合わせてもらうというのは……」
「そうだよ! 勝手にリーダーみたいな顔して決めないでよ!」
三人はぎゃあぎゃあと言い争う。早速チームワークがめちゃくちゃだ!
「……お待ちになって」
そんな彼女達の言い争いを、それまで黙っていたアルルが制した。三人は物言いたげながら、何か含みのある様子に彼女を見る。
「語彙だのタイミングだのはどうでもいいのだけれど、今一人変なのがいましたわよね?」
一同の視線が最後の一人に集まった。そいつの名は蕗谷・ネオン――彼女は、段ボールを抱えていた。
「なんだ? 言っておくが君達の分は君達が持参した入れ物を使え。この段ボール箱は私物なのでな」
ネオンは何故か溜息をつき、ぽかんとする怪人達に向き直る。
「というわけで、キャベツはあるか?」
「こいつ、おで達に物乞いしてるど!?!?」
あまりに当然に要求されたもんだから、ブンナグリマスケも事態を飲み込むのに数秒を要した!
「何がだ。この頃の物価高を鑑みれば、当然のことだろうが。
勿論じゃがいもや人参でも構わない。白菜は立てて入れてくれ」
「怪人がそんなスーパーみたいなことしてくれるわけないですよね!?」
思わず八雲がツッコミを入れた!
「待てよ! バナナならあるぜ!!」
「リアがお父様におねだりして用意してもらった国産和牛のローストビーフならありますわー!」
なぜか横から別のものを入れようとするナナコとリア!
「ローストビーフ!!? つまり肉か!? しかもバナナまであんのかよ! 食いてー!!」
アホなりに頑張って頭を使おうとしていたメイドウも食い気にやられてしまった!
「え? ダメよ。だってリアが食べるんだもの、お正月よ?」
「あなたさっき差し出そうとしたのはなんなんですの???」
アルルですらツッコミ側に回ってしまうボケの奔流である。
「肉でも果実でもなんでも構わん。くれるなら詰めてくれ」
ネオンはふてぶてしくも上から目線で要求した。
「私は一人暮らしだが、バイト先の店長(※コンビニ)やバイトの彼らにも配らないといけないからな。社会人のたしなみという奴だ」
「あーしバカだからわかんねえけどよぉ、バイトって社会人って言っていいのか!?」
ナナコはバナナを詰め込みながら言った。
「さあ君達、野菜をくれ」
「やるわけねーど! なんでこの流れでもらえると思ってんだど!?」
「ごちゃごちゃうるせー!! バナナを喰らえ!!」
「モゴゴーッ!?」
SMAAASH! ナナコのバナナパンチがブンナグリマスケの顔面に命中!
「き、貴様ァ! やったな!?」
「我々は野菜をダイマしているだけなんだぞ!」
怪人達の批判の声!
「そ、そうです! ようやく話がもとに戻りました」
何故か味方のせいで方向性を見失いかけていた八雲は、慌てて割り込んだ。
「いいですか、タマネギには欠点があります! まず第一に、正月はいたいけな子供達も料理のお手伝いを」
「うおー!! アタシにも勝負させろー!!」
「「「グワーッ!?」」」
SMAAASH! カオスに知恵熱を出したメイドウが痺れを切らせてドロップキックで戦闘員を薙ぎ払った!
「あの、今わたしがきちんと論破を……」
「考えてみれば怪人相手に舌戦を繰り広げる意味はありませんわね。さっさと片付けましょう」
アルルはパチンと指を鳴らし、|反転する水瓶《ネガ・アクアリウス》を降らせた! 体力を奪う雨が怪人達を襲う!
「「「グワーッ! 魔法の雨グワーッ!」」」
「野菜をモチーフにした怪人だというなら水分はよく吸うのではなくて?」
「待ってください! 奴らは勝手にそう言い張ってるだけで別に野菜をモチーフにした怪人では」
「タマネギはこれか? 茄子は何処にある?」
ネオンは勝手に野菜を詰め込み始めていた!
「む。この雨はいいな、耐性を下げる効果があるのか。野菜を過酷な環境に置くことで甘みを増す農法があるというが、心なしかキャベツが色艶を増したように思えるぞ」
「そんなことより見て! お父様とお兄様が用意してくれた最高級名古屋コーチンの卵と国産米を使ったこの超おゴージャスローストビーフ丼を!」
ピカピカ光そうな丼をアピールするリア!
「ちなみにリアは少食だけど、みんなにあげる分はないわ! だからリアの優勝だよ!」
「じゃあなんで見せつけたんです!?」
「そんなもんよりバナナを食えバナナを! バナナだって野菜みたいなもんだって聞いたことあるぜオラーッ!!」
「アタシにもやらせろ! 勝負だ勝負だ勝負だー!」
「「「グワーッ!」」」
薙ぎ払うナナコとメイドウ! セルフレジめいてせっせと野菜を頂くネオン! 美味しそうにローストビーフ丼を食べるリア! ガンガン範囲攻撃で追い詰めるアルル!
「あの……論破……」
八雲はただ独り取り残された。
「……よしわかりました!! ご家庭のペットにタマネギを食べさせてしまう危険性とか色々用意してましたがもう知りません!!」
八雲、キレた! そしてボコボコにしまくる武闘派連中に混ざる!
「肉体言語って奴を喰らえー!!」
「「「グワーッ!?」」」
「戦利品が大量だ。そして人助けによって人々から「美しいもの」を得る――まさに一石二鳥だな」
ネオンはパンパンの段ボールを抱えてドヤ顔をした。あたりは阿鼻叫喚の地獄絵図である。
●野菜なんてくだらねえということもないので貴様らは暴力を喰らえ!
じゅうう……じゅううう……。
「はい、焼けたよ少年少女諸君」
アルブレヒト・新渡戸がバーベキュー台から肉と野菜を紙皿に取り分け、子供達に配る。
「「「アッハイ」」」
子供達は視線を逸らしたまま受け取った。何故かというとアルブレヒトは全裸だからだ。彼女は服着たくない系人間災厄なのである。
「どう。野菜は美味しい?」
「美味しいです」
少年は目を逸らしながら答えた。
「このタマネギはどう?」
「よく焼けてて美味しいです」
少女は目を逸らしながら答えた。
「あなたにはこれね」
アルブレヒトはバカみたいな量の野菜を紙皿に取り分けた。
「ありがとうございますわ」
八隅・ころもはニコニコ笑顔で受け取り、モシャモシャ野菜を食べた。見た目からは想像できないほどの量とペースである。何故なら彼女はクラーケンの獣妖だからだ。
「ララはお肉多めがいいの」
ララ・キルシュネーテは紙皿を手に主張した。
「ダメだよ。子供でも野菜多め」
「お野菜は好きよ。でも今日はお肉が食べたい気分なの」
ララは強く主張した。
「ダメだよ。というわけではい、タマネギね」
「ララはお前を食べてもいいのよ?」
「ちょっと、やめてくださいません? イカ焼きは悪魔の所業ですのよ!」
もう野菜を食べ終えたころもがちょっとズレた主張を繰り出した。
「……ってお前ら何やってんだど!?!?!」
物凄く普通に過ぎていくバーベキュー風景に物凄く遅れたツッコミを入れるブンナグリマスケ!
「何ってバーベキューだけど? もしかして火とか怖がる系の筋肉バカ?」
「おでのこと原始人かなんかだと思ってねーかだど!? 行為の話してんじゃねーど!!」
このブンナグリマスケは他に比べてめちゃくちゃ知性が高い。ツッコミを入れないとダメだから。
「こんなとこで当然のようにバーベキューしてる理由を聞いてんだど!」
「学のない怪人ですわね……バーベキューは外でするものですわ」
ころもは新しい野菜を取り分けてもらいつつ呆れた。
「そうよ。ロケーションが味を引き立てるのよ。ところでララはもう少しお肉が食べたいのだけど」
「ダメだよ。はい、ピーマンね」
アルブレヒトは意に介さない。何故なら人間災厄だから。
「ララにも我慢の限度というものがあるのよ?」
「食べるなら怪人の方にしてね」
「さり気なくおで達の方に標的向けるんじゃねーど! 会話出来てんのか!?!?」
「そうね。考えてみればこいつらを食べればいいんだわ」
ジャキッ。ララはカトラリーを取り出した!
「えっ!? この流れでおで攻撃されるのかど!?」
「だってもともとララはそのつもりよ」
「や、野菜を食えど! 生で!!」
「そういうところだよ。子供にはまず美味しいお肉と付け合せで食べさせて、食わず嫌いを治さないと刺激が強すぎるんだから。はい野菜」
「「「アッハイありがとうございます」」」
少年少女達はもっと刺激の強いアルブレヒトの全裸から目を逸らしながら受け取った。
「ところでお野菜もうないんですの? 最近バカ高くなったと聞いているから今のうちに食べておきたいのですけれど」
ころもは食い意地を張っている! 「も」というべきかもしれない。
「だからおでが言いたいのはそういうことじゃ」
「お前達をお野菜にしてあげるわね。そう、このタマネギのように串刺しにして、キュウリのようにスライスし、茄子の煮浸しのようにしてやるわ」
「どうしてこいつら誰も会話できねーんだどグワーッ!?」
「「「アババババーッ!」」」
戦闘員の皆さんはララに美味しくいただかれた。特に性的でない意味で。
●「知恵」なのだった
「生野菜だど……生野菜の栄養で体力を回復するど……!」
√能力者にボコボコにされたブンナグリマスケの顔面には、モザイクがかかっている在り様だ。野菜食べた程度でなんとかなるものだろうか。
このままでは3章を待たずに死んでしまう。それは困る。せめて死ぬなら2章で分岐しない方の怪人であってほしい。ブンナグリマスケの願いは切実だった。
だが、そこに立ちはだかる少年が一人。
「生野菜は、ダメだ」
「えっ」
秋月・弥笛は腰に手を当て、ブンナグリマスケを見下ろした。
「生食で摂れる栄養価なんてたかが知れてるんだぜ!」
「そ……そんな! おで知ってるど、火にかけるとビタミン? とかなんかそういうのが壊れるんだど!
だから何も手を加えず生野菜を食べるのが、一番体にいいんだど!!」
「自然そのままのものが一番……か。ありがちだな!」
弥笛は小学六年生らしい渾身のドヤ顔をキメた!
「だが甘いぜ! なら聞くが、お前は海の水をそのままガブガブ飲めるのか!?」
「しょっぱくて飲めるわけが……ハッ!?」
「そう――食べ物ってのはなぁ、消化吸収しないとダメなんだぜ!」
弥笛は人差し指を突きつけ、叫んだ。
「だから野菜の持つ栄養を完璧に消化吸収するには、冷たい生野菜じゃダメなんだ。茹でたり炒めたり、火にかけるのが一番なんだよ!」
「な、なんてことだど……!!」
ブンナグリマスケは打ちひしがれた。タマネギをダイマしておきながら、こんな基本的な事実さえ知らなかったとは……!
「じゃ、じゃあもしかして、お前がおでに茹で野菜食べさせてくれるんだど?」
「え? いやむしろ俺は逆に凍らせることしかできないけど?」
「え?」
「……え? なんで不思議そうなの??」
弥笛は困惑した。
「だ、だって他の奴らはバーベキューしたり、酒盛りしたり、めちゃくちゃ食べたり飲んだりしてたど! おでだって食べていいんじゃないのかど!?」
「わけわかんねー! 敵なんだから攻撃するに決まってんだろ! お前ら凍りつけー!」
「「「グワーッ!?」」」
ごもっともな理屈だった。氷の弾丸によって戦闘員の皆さんは凍りつき、フリーズドライされた野菜めいて砕け散ったのである!
●これが新世代スタンダードエルフだ
「お、おのれ√能力者どもめ……!」
全身血まみれの怪人、『二刀化異人・武佐死』がよろよろと歩く。彼はある√能力者にいきなり襲われ、肉は森の恵みとかなんとかわけのわからない理屈を喚かれながら全身をグッサグサされたのである。
「タダで酒が飲める上に肉も肴も食い放題というから来てみれば、なんという始末……!
これ以上あの木偶の坊には付き合いきれん、さっさと撤退せねば……!」
どうやらかなり生臭な理由で作戦に参加していたらしい。
なお、そのブンナグリマスケはというと、酒を飲まされ酔っ払い、かと思えばボコボコにされ、むしろメチャクチャやらかす√能力者にツッコミを入れる側になっていた。可哀想。
そこへ、一人の女が現れた。
「お前も怪人ね」
彼女の名はリタ・スー。森の奥深く、孤独に奥ゆかしい暮らしを営むエルフである。
「……貴様、出来るな」
武佐死の瞳がギラリと剣豪のそれに変わり、二刀流の構えを取る。さながら西部劇の一騎打ちめいて、緊迫した空気があたりを包んだ。
「その装い、なるほど「えるふ」とやらか……聞いたことがあるぞ」
「……」
「森に住まい木々を守り、悠久の時を生きる狩人にして魔術師。
ふん、正月だからといって浮かれた人間どもとは違うようだな」
「……」
「しかしこうして我が前に現れた以上、もはや死合う他になし。
さあ、いざ尋常に勝負せよ。異種族の武技を味わわせてく」
「やかましいわ」
パッとリタの姿が消えた。
「えっ?」
武佐死はキョロキョロし、背後に殺気を感じて振り返る。そこには手斧を振り上げるリタ!
「オラァ!」
「グワーッ!?」
SMAAAASH! 問答無用の手斧が武佐死の頭部にめり込んだ!
「グワッ、アバーッ!? き、貴様何を」
「せい!」
リタは手斧を振り上げ再び叩きつけた!
「アバーッ!?」
武佐死の頭部がかち割れ血が吹き出す。スプラッタ!
「ベラベラとやかましい。私はね、誰かに何かを強いられるのが大嫌いなのよ」
リタは武佐死を蹴り飛ばし手斧を引き抜いた。返り血で染まる姿は完全にシリアルキラーだ。
「それに肉がどうとか酒がどうとか、やかましいことを抜かしてるでしょう?」
「そ、それは……貴様ら「えるふ」はむしろ我々の同胞なのでは!? 野菜……」
「あたしは食べたいものを食べるだけよ!」
SMAAASH! 手斧炸裂!
「アババババーッ! も、森に感謝とか、そんな慎ましさはないのか!?」
「は? 感謝ならしてるけど? だから森のものはあたしのもの、あたしのものはあたしのものよ」
リタは再び手斧を振り上げた。
「無駄にした命は命で償いなさい。つまり死ね!」
「アバーッ!」
無慈悲! そしてついでに言うとエルフっぽさの欠片もねえ蛮族だった!!
●オタク、大いに語る
「この手法、この"|傾向《ジャンル》"――間違いない」
叢雲・颯の目がギラリと鋭く閃いた。
「お前達はレトロ怪人だな!!! そうとなれば……とぉうっ!!」
意気揚々と高い建物から飛び降りる影!
「えっ!? なんだど!? レトロ!?」
これまで散々√能力者のわけのわからない主張に物理的にやられてきたあちらは完全にビビリ散らしており、明らかに尋常でない颯にちょっとヒいていた。世界征服の気概はどうしたのだろうか。
しかしそんな相手の反応などつゆ知らず、ヒーロー着地をキメた颯はゆっくりと立ち上がる。
「貴様の悪事! ブッダが許しても、俺は許さない!」
ビシッ、ビシィッ! 言葉の節々にキレのいい決めポーズだ! 心なしか声もちょっとダミ声っぽくなっている。そういうものなのだ。
「俺は真紅の電光石火――レッド! マスターッ!」
KA-BOOOM! 背後で色付きの爆発! なお、住宅街なのでちゃんと周囲に配慮されており爆発による地形ダメージとかはない。地形が変わったりしないし、破片が家々の窓にブチこまれたりもしないのだ。配慮!
チャチャラチャ~チャラチャララ~、おまけになんかレトロな感じのBGMまで流れ始める。ちなみにこれは、こっそりと設置しておいたラジカセから流れるレッドマスターのサントラ音源だ。もちろんイベント使用という名目で権利団体からも許諾を得ている。今の時代はそのへんマジで大変だからだ! 配慮!
……対する怪人達はというと、完全に静まりきっていた。
「え? あれもしかしてマスクド・ヒーローのつもりかど?」
「ちょっと聞いたことない名前ですね……」
ヒソヒソ。戦闘員となにやら話し合うブンナグリマスケ。相手がちゃんとしたヒーローなのか、ヒーローに憧れているだけの正義の√能力者なのか、ヒーローになりきっているやべーやつなのか、決めかねている。
というかもはや√能力者=やべーやつになりつつあるので、そのへんどう定義しても変わらない感じしかしないが、とりあえず自分達のダメージが一番小さくなる方法を全力で模索していた。
「フン……いまさら見逃してもらおうなどと、小癪な奴らめ」
だが、颯は気にしない。なぜなら今の彼女は、憧れのレッドマスターに完璧になりきっているのだから。
ヒーローが悪役相手にツッコんだり、コントみたいなやりとりをするなどありえ……いやそうでもねえな。割とある。というかそれもむしろ|昭和世代《レトロ》のヒーローっぽい。特に初期の路線ではウケなかったので路線変更目論んだ結果迷走したタイプの不遇な作品にありがち。
「貴様らのタマネギ浸透作戦には重大な間違いがある!!」
ビシィ! 颯は力技で話を本題に戻した!
「なっ!? お、お前ちゃんとそれを止めにきたのかど!?」
「当然だろう」
「いきなり宴会したり、わけわかんないこと言いながら問答無用でおで達を殴ったりしないかど!?」
「ヒーローがそんなリンチめいた真似をするわけがあるまい!」
ブンナグリマスケの怪人テンションがだんだん高まってきた!
「ふ……フッフッフ! こいつは驚いたど……レッドマスターとやら!
一体何故おで達が間違っているど? 野菜は身体にいいものだど!
タマネギを食べると血液がサラサラになるし、あと……美味しいど!」
「確かにタマネギは栄養価も高く、子供の成長にはうってつけだ」
颯は奥ゆかしく頷いた。
「しかし! それを強引に押し付けるのは間違っている!
お前が本当にタマネギを愛しているというのなら――」
ぎりぎりと、颯……いや、レッドマスターの握りしめた拳が軋んだ。
「北海道のご当地ヒーローに協力して、地域活性化に貢献すべきだろう!!」
せ、正論! しかも結構深刻になりつつある地方問題に切り込んでいる! レッドマスターにもそういう回があった……! 今では限界集落化している北海道のとある街を舞台にしたTVスペシャルとかが……!
「ええい、ふざけたことを! やってしまえど!」
「ヒョオーッ!」
そこへバック転で現れたのは『二刀化異人・武佐死』! なんかもうボロボロになっており、戦うために再改造されたので再生怪人みたいなアホさになっている!
「キエーッ!」
だがそのワザマエは健在だ。二刀が閃き、襲いかかる!
「甘いッ! とうッ!」
颯は両足を抱える回転ジャンプで回避! カメラ(?)が空中を飛ぶ颯に切り替わり、次の瞬間にはジャンプではとても届かなそうな場所に着地しているのだ。そしてBGMは「|斗《たたか》え! レッドマスター!」に切り替わる!(原曲はレッドマスターの演者が歌っている)
「レッドマスター! キィーック!」
「グワーッ!?」
華麗な飛び蹴りが決まった。幾度もVHSが擦り切れるまで繰り返し見た完璧なフォームは、もはや√能力にすら昇華されていたのだ。
「プ、プラグマ万歳ーッ!」
なぜかさっき颯が飛び降りた建物の屋上に上がった怪人は、両手を上げ落下しながら爆発四散した……!
第2章 集団戦 『潜入工作用改造人間『スニーク・スタッフ』』
「もうたくさんだど! 貴様ら! 奴らを排除しろどーッ!」
「「「キーッ!」」」
なんだかテンプレな甲高い鳴き声を上げ、側転やらバック転やらを連続して次々と現れる戦闘員、まだこんなにいたというのか!?
そう、すべてはタマネギダイマ作戦の第二段階……ご家庭だけでなく職場や公共空間にまで野菜を浸透させる、恐るべきベジタブルステマ作戦の秘密工作員たちなのだ!
「こいつら酒飲んだり肉食ったりお菓子食べたりそもそも会話出来ねえでやべーど!
野菜のもたらす健康の力を、貴様らの身体能力で思い知らせてやれどーッ!」
「「「キキーッ!」」」
なんということだ。相手はタマネギその他の野菜をもりもり食べており新年(※執筆当時1月上旬はとうに過ぎているが新年といったら新年である)から健康そのもの!
対してその主張を打破するため大騒ぎしていた√能力者は、食べたり飲んだりしたばっかりで動くと苦しい! っていうか下手すると戻してしまうかもしれない!
つまり大幅なデバフがかかってしまうのだ!(※別に判定ペナルティとかではない)
え? 自分はそもそも食べたり飲んだりしてない?
じゃあなんかもう普通にぶちのめしちゃえばいいんじゃないですか?
とにかくそんな感じで、胃袋に注意しつつ戦闘員をやっつけろ!
●食欲の底が抜けた√能力者が多すぎる(一部例外あり)
「野菜野菜うるせェーッ!!」
「キーッ!?」
獅出谷魔・メイドウの怒りのパンチを浴びた戦闘員はきりもみ回転して吹き飛び、壁にべしゃりと叩きつけられズルズルと地面に落ち、動かなくなった。
「え?」
「|本気《マジ》のやつ?」
「こんな流れで……?」
戦闘員達の一部が正気づいた……というか、あまりの破壊力にヒいた。ていうか喋れるんだこいつら。
「アタシはなァ! 肉もバナナも何も食えてねえし! 酒もねえんだよ!!」
メイドウはフレーメン反応めいた形相で叫んだ!
「それをなんだテメエらは! いちいち腹が減るようなこと言ってアタシのこと挑発して、おまけにいまさら戦う気になりやがってーッ!!」
「キーッ!?」
SMAAAASH! 大剣でぶった切られ雑にやられた戦闘員は雑に吹っ飛ぶ!
「そ、それはそちらの問題で」
「黙れーッ!!」
「キーッ!?」
もはやメイドウは聞く耳持たない! お腹空いてる時ってイライラするもんね!
「そうであります! こっちは色々配慮していたというのに!」
BLAMBLAMBLAM! タマミ・ハチクロもTMAM896を撃ちまくる!
「白昼堂々、しかも住宅街で銃を抜くのであれば、小生も銃を使わざるを得ないのであります」
「待て! それを言うなら我々顔負けなぐらい騒いでた奴らがお前の仲間に」
「最初に世間様を騒がせたのはそちらでありましょうがーッ!」
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM! 二発叩き込めば死ぬところを撃ちまくる! 怒りなのだ!
「キーッ!?」
「こんなこともあろうかと弾薬はたっぷり準備してあるであります。いくらでもかかってこいであります」
「あの小娘、何故ここまで機敏に動けるんだ!?」
「そうだ、あんなにたくさん食べてたはずなのに……!」
戦闘員達はダッシュしまくるタマミのスピードに翻弄された。タマネギダイマ作戦の術中にかかっていたなら、満腹で動けないはず……!
「だから! アタシは何も食べてねえんだよーッ!」
「小生そもそも猫でありますゆえ! まあカレーのほうが好きなんでありますがな!」
SMAAASH! BLAMBLAMBLAM! 怒れる空腹ライオンとそもそも別に食事はしていない猫系少女人形のコラボレーションだ!
「だいたい別に食べる目的で来ておりませぬからな小生。他の方もきっと……」
タマミは背後を見た。
「はふっはふはふ、もぐもぐ、むしゃむしゃ」
「…………」
「もがもが……ごくん。あのう、おかわ……えっ」
ジッと見つめられていることに気付いたリズ・ダブルエックスは困惑した。
「え? あの、これもしかして宴会の出し物とかじゃない感じです?」
「当たり前だろ! 戦ってんだよ! つーか人の前で美味そうに食べてんなよ!!」
ブチギレメイドウが叫ぶ! だがそもそも彼女の場合、食事そっちのけでバトルを求めていたのが原因ではあるのだ!(※別に前章は食べることが目的のフラグメントではないので特におかしくはない)
「えっと……すみませんちょっと今動くと苦しいもので!」
「ほら! 食べてるじゃないか! 食べてるじゃないか!!」
戦闘員がリズを指さして叫んだ。
「お、おのれプラグマー! これが対√能力者作戦なんですねー!」
澄月・澪は棒読み気味に割って入った。
「なんて狡猾で用意周到な計画なんだー! 許せません!」
「小生食べていないのでありますが?」
「アタシもだよ!!」
「……そ、そういうことにしておかないと、食べちゃった人達がコンプラ的に大変なことになるでしょ!?」
魔剣執行者はコンプラにも聡かった。世の中イメージというものは大事なのだ!
「もぐもぐ……そう、それです! 敵の陰謀! だから仕方ないんです!」
「とか言ってるその口でまた食べ始めないでぇ!?」
澪の説得力がゼロになっていく! タマミとメイドウの(醒めと怒りの)視線はなぜか澪に突き刺さった!
(「ううっ、これじゃまるで私が悪いみたいな感じになってる……! っていうかどうして野菜以外の食べ物が持ち込まれて……!?」)
これでは敵の野菜理論を否定するどころではない。まず素行不良の√能力者にお説教するところからではなかろうか!?
「き、きっと他にも真面目に戦ってる人がいるはず……!」
澪は謎の罪悪感と責任感に突き動かされ、雑に戦闘員をぶっ飛ばしながら戦場を見渡した。
「ふふ。お前達、ララと鬼ごっこしましょう?」
ザン! 妖しく笑うララ・キルシュネーテのカトラリーが、戦闘員を薙ぎ払う。
「元気いっぱいなお前達には、ぴったりでしょう!」
「「「キーッ!?」」」
吹き飛んだところを切断! まるで調理だ! 牡丹一華の嵐が吹きすさび、バラバラになった戦闘員をこんがりと焼き払う……!
「ああ、美味しそう。味見してみたいわ」
ララは串刺しにした戦闘員を見つめ、ちろりと妖しく唇を湿らせた。その美しくも恐ろしいかんばせには狂気の香り……。
(「あれは……比喩とかそういうものに違いないっ!」)
よかった! ちゃんと戦ってる√能力者もいたのだ!(※メイドウとタマミもちゃんと戦ってはいる)
澪は胸をなでおろし、ララをサポートするために近づいた。
「それにしても、ちょっとお肉が食べ足りないわ」
「えっ」
「おいしい肉おせちにもありつけていないし……野菜も好きだからよいのだけど」
「えっあれ!? 食べたんです!?」
「……? ララが食事をして何が悪いというの?」
ララは心底不思議そうに首を傾げた。
「ララは最初から|肉おせち食べる《その》つもりで来ているのよ? まあ、お野菜も好きだし野菜スイーツもすきだけれど」
「それはいいこと……じゃないですよ!? これ、戦う依頼ですよね!?」
「ほしいの? ララのだから、あげないわよ?」
「いやいらないですけど! ほ、他に真面目に戦ってる人は!?」
「キーッ!」
そこへ襲いかかる戦闘員! だが!
「そこ! 八つ裂きにしてやりますわ!」
「キーッ!」
ズバババ! 割っては言った白銀の剣が、戦闘員をバラバラにスライスしてしまった!
「あら美味しそう。ララが戴くわね」
「ご自由にどうぞ。私、サポートですので」
両手と八本のイカ触手を剣に変えた八隅・ころもは、不遜に言い放った。
「さあ、次はどなたです? 向かってくるならバラバラですわよ」
(「か、かっこいい……!!」)
澪はハッと我に返った。見た目は大人でも魔剣執行者は子供である。
「ええ、そうですね! さあ行きましょう、私達が食事をしながら戦ってる不真面目な√能力者だと思われないためにも!」
「え? 食事はしましたけれど??」
「えっ」
「正直食べ足りないのですよね……まあ美しくないので、食い意地を張ったりはしませんが」
ころもは涼やかに言った。
「この後の食事のためにも、邪魔者は蹴散らしますわ!」
「ララも食後の運動といこうかしら」
「ほらみろ! やっぱりアタシだけハブられてんだ! 許せねー!!」
「キーッ!?」
「……よ、よし! 悪い怪人をやっつけよう! そのことだけ考えよう!!」
澪は色々諦めた。
●一番怖いのは生きてる√能力者みたいな話?
「ワハハハ! どうだ、見たか間抜けな怪人ども!
こんなこともあろうかと前もってビールを用意しておいた甲斐があったぜ!」
グビグビグビ! ノーバディ・ノウズは背中のビールサーバーから注いだビールを自分で飲み干した。そしてふらつき、ビールジョッキ型の頭を振る。
「ヒック! つまりよォ、テメェらをぶちのめすため俺は……ウィー、正義のために身を粉にしてだなァ……」
グビグビグビ! ノーバディはさらに呑む? おいしい!
「これでへべれけになったオメーらの足並みは大混……大根か、おでん食いてェな……」
でもそれなら日本酒のほうがいいなあ。ノーバディはビールを呑みながらそう思った。
「えっ、何これは……」
ご家庭の皆さんを(かなり歪んだやり方で)レスキューして駆けつけた録・メイクメモリアは、ほうぼうで騒ぎまくる√能力者達にドン引きしていた。
あれ? これもしかして敵の方がまともじゃねえか? 特にあのへべれけンなってる奴、自分が千鳥足だし戦えそうになくねえか?
野菜だけではよくない。しかしそれ以前に暴飲暴食は論外だ。食事とは健康的でなければ……!
「まあいっか。"病"祓うべし、慈悲はない」
それでもやるべきことは変わらないあたり、芯のしっかりした子である。教育がよかったんじゃないでしょうか。
ともあれ録が勇んで戦闘員達を蹴散らそうとした、その時である。
「野菜なんて食べると大変なことになるのよ」
「「えっ」」
ノーバディすらもが声を揃え、冷嶋・華子の発言に真顔になった(ビールジョッキみてえな頭してるけど)
「聞いたことがあるでしょう? スイカを食べたら、お腹からスイカの芽が出たという話を」
「それ都市伝説だよね??」
「マジかよ!? やべー!! そ、それいつぐらいまでなら大丈夫なんだ!? 実は夏に食ったウォーターメロンが潜伏して発芽するとかねーよな!?」
「ええ……信じてる……」
森に詳しい(当社比)録は、そんなことがありえないと知っている。ピアス穴を開けたら耳から白い糸が出てきたとか、フジツボが傷の中に入って身体の中で成長とか、あの手のバイオな怪談は大体嘘だ。体内で植物が芽吹くわけがない! だが!
「タマネギだってナスだってそう――ほら、御覧なさい」
「「「アバーッ!?」」」
苦しみ悶える戦闘員達の口からニョキニョキ生えるタマネギの芽! コワイ!
「オーマイガー! なんてこった! マジじゃねえか!!」
「絵面が悪役すぎる……!」
もちろんこれは華子の√能力、|心霊現象災害《こわいはなし》の効果である。存在しない怪異を語ることによって、それを現実化せしめた……味方さえも聞き入ってしまう語り口は抜群の効果を与えたわけである。絵面がグロすぎるけどな!
「ま、待てよ? なあ、ビールって麦で出来てるよな?」
ノーバディはガタガタ震え始めた。
「フ●ックオフ! ガッデム! 俺はどれだけのビールを呑んだ!?
つまり野菜を食いまくってたようなもんじゃねえか! もうおしまいだ!」
「よし、あの酔っぱらいは放っておこう」
酒くせえし絡み酒してきそうだしなんかわけわかんないことを喚いているノーバディから全力で目を逸らす録。一方ノーバディは近くにいた戦闘員に掴みかかった!
「なあ助けてくれ! 一体どうすればいいんだ! 仲間だろ!?」
「キ、キー……えっと、ゲーゲーしちゃうとか……」
「そうか! つまり飲めばいいんだな!!!!」
敵と味方を間違えているし話を聞いていない! ノーバディはさらにグビグビとビールを呑みまくる!
「オラオラテメェも飲め! 生き延びるためだぜ!」
「ガボボーッ!?」
さらに無理やり戦闘員に飲ませる! 溺れる! 死ぬ! まあある意味幸せなんじゃないですかね。
「テメェも呑ヴォエッ」
「「「ギャー!!」」」
見せられないよ! 絵面が二重の意味で酷すぎますからね!
「よし、焼こう。全力で」
なんかもしかしたら味方も病な気がしてきた録は、一切合切焼き払うことで解決を試みた。あれっこの子も大概な頭してんな??
「数が多いだけの連中になんて、負けないよ。そもそも酔ってるし」
雷火が燃え上がり、炎と雷でもって邪悪な戦闘員を焼き払っていく!
「「「キーッ!?」」」
タマネギの芽が出ちゃわないか不安がってブルブルしていた戦闘員達は回避できない!
「グワーッ!?」
ついでに絡み酒しまくったりキラキラしたものをゲロっていたノーバディも避けられない!
「お前達には速度とか人に迷惑をかけない心配りとか、なによりバランスの取れた健康的食事が足りていない――!」
「まったくね。それにしてもラムレーズンは美味しいわ」
華子はどこ吹く風でアイスを食べていた。こいつ無敵か!?
●すごいぜ……野菜!
「「「キキーッ!」」」
往年の昭和特撮に出てくる戦闘員みたいに、キレのあるアクロバットな動きで√能力者を包囲する戦闘員達。ステマっぽさはどこへやら、誰がどう見ても戦闘員とわかる怪しい動きと怪しくて甲高い声だ!
「うおっ!? 撃ってきやがったぜぇ!」
BRATATATA! 降り注ぐ弾幕を、エリック・ヘマタイトの召喚した鮫の群れが身を挺して防ぐ! 鮫の加護だ!(鮫の加護って何?)
「喰らいやがれですわー!!」
テラコッタ・|俑偶煉陶《よーぐれっと》が失敗作の土器を弾丸代わりに撃ち出す。しかし敵はバック転したり側転したり、やけにぐるぐる回転して躱してしまうのだ!
「ガーハハハハ! 見たかど! これこそ野菜パワーだど!」
後ろで高みの見物をするブンナグリマスケが高笑いする!
「くっそぉ、ナメるなよ! あーしだってバナナ食べてんだぞ!!
野菜なんかよりバナナの方がすげーってこと教えてやるぜ!!」
八芭乃・ナナコはバナナブレイザーを構え突撃した!
「「「キキーッ!」」」
「グワーッ!」
物陰から新たな戦闘員がシュバババと現れてナナコを集中攻撃し、囲みの中へ叩き返す! 次から次へと現れるのだ! 数だけは沢山である。
「お前達は食べたり呑んだり好き放題してたから動けねーはずだど、これでもうおしまいだど!」
「甘いわね。リアはちゃんと健康的な食事量に抑えているのよ!」
リア・カミリョウは米粒一つ残さず食べ終えたローストビーフ丼を手に勝ち誇った。
「それにリア太りたくないもの。腹八分目で絶好調だわ! お行きなさいウィルスちゃん達!」
「「「キキーッ!?」」」
目に見えない電脳霊体ウィルスに感染した戦闘員達の動きが鈍った。そこにリアは、何故か背負っていたダブルアックスを振り上げ突撃!
「死ねーッ!!」
「「「キキィーッ!!」」」
まさかの|力技で解決《パワープレイ》である! てっきりなんかこう搦手でやっつけるのかと思ったらすんげえ|物理《フィジカル》だ!
「な、何故だど!? あんなに乱痴気騒ぎしておいてどうしてここまで動けるど!?」
「そもそも俺様ァここに来てから一口も酒を飲めてねえんだよォ! 喰らいやがれ!」
エリックは鮫の弾丸(鮫の弾丸って何?)でブンナグリマスケを直接攻撃! 撃ち出された鮫は空中で成体になり噛みつくのだ。コワイ!
「うおおお! お、お前達! 応戦するどーッ!」
「「「キキーッ!」」」
やはり大量の戦闘員がどこからともなく出現だ。これではきりがない!
その時、一人で酒をカパカパ呑んでいた|七瀬《ななせ》・|禄久《ろく》がゆらりと立ち上がった。
「なあ、戦闘員の皆よぉ……ちゃんと給与や休みある?」
「「「キ??」」」
身構えていた戦闘員の皆さんは予想外の言葉に顔を見合わせた。
「おい急に何言ってんだよ!? 戦闘中だぞ! バナナ食うか!?」
「ツッコミ入れてるようでこちらの方も混乱してますわ~!」
「いや、いいことじゃねえか。そのぐらいバナナが好きなんだろ?」
テラコッタをよそに禄久はサングラスを外し、ナナコを見た。ナナコは物凄くいい笑顔を浮かべ、頷いた。
「そりゃもう大好きだぜ! あーしと言えばバナナ、バナナと言えばあーしだからな!」
「そうやって自分の好きなものをアピール出来るのはいいことだぜお嬢ちゃん。けどな……」
禄久は悲しげに戦闘員達を見た。
「大人ってのァ、歳を取ると好きなものがなんなのかわからなくなり、言いたいことも簡単に言えなくなっちまう……そして、自分がどれだけストレスで苦しんでいるのかさえ自覚出来なくなるのさ」
禄久は埠頭でたそがれる船乗りのように遠い目をした。
「ねえ、リアよくわかんないんだけどこれ何の話??」
「とりあえずアイツが酔っ払ってンのは間違いねえなァ。羨ましいぜ」
リアとエリックはヒソヒソと言葉をかわす。
「いいか戦闘員諸君! ブラック労働ってのはな、働いてしまう側にも問題があんだよ!」
禄久はビール缶を手に説教を始めた。めんどくさい絡み方だ!
「怪人に労基法があるか? ねえだろ! お前達はストレスまみれなんだ! そうに決まってる! 残業にパワハラ、連続勤務! どれも長生きできねえぜ!」
「「「キ……」」」
戦闘員達は後ろのブンナグリマスケを盗み見た。
そして、何やらヒソヒソと小さな声で密談を始めた。
「言われてみるとちょっとここの労働環境よくないよな」
「前哨作戦で野菜食べさせられたのもキツかったしなぁ……」
「普通に肉とか食べたいよな。あとおせち」
「そうだろう? いいか、野菜だけ食べたって長生きは出来ねえんだ」
禄久はズカズカと会話に割って入り、酒臭い息を吹きかけた。
「お前らの気持ちはわかる、宴会に混ざれなくてキレちゃったんだろ? カワイイねぇ~!」
「リア知ってる! あれってセクハラって言うんですわ!」
「でも敵は動きを止めてるぜ! うおおお今度こそ喰らえ|実芭蕉狐倍力術《ふしぎなバナナパワー》ッ!!」
ナナコは突撃し、職場変えようか悩んでる戦闘員達をバナナソードブレイザーでぶった切った!
「「「キキーッ!?」」」
未来へのぼんやりとした不安や将来設計で頭が一杯になった戦闘員達は、回避できずにふっとばされた! 効果ありだ!
「見たか! これが若者のパワーだぜ! あとバナナのおかげだ!」
「なんだか野菜が逆にディスられている気がしてきましたわ。われたちだって野菜自体は好きですのよ!」
テラコッタは対抗心を燃やした。農業系ヒーローとしてバナナにいいところを独り占め(?)されるわけにはいかない!
そこでテラコッタがずしんと取り出したのは、背負っていた植木鉢……いや、それは大砲である。なぜなら砲口に見立てた部分には、大量の弾丸が詰め込まれていたからだ。
「あなた達に、ホットでエキサイティングなスパイスを味わわせてあげますわ! 発射ー! ですわ!」
KBAM! 発射されたのは……赤い! マジ赤い! それは大量の……唐辛子だった!
「「「キキーッ!?」」」
榴弾めいてぶちまけられた大量の唐辛子シャワーが直撃した戦闘員達は、凄まじい激痛で飛び上がった! 言うまでもないが唐辛子は目とか鼻に触れるとヤバい! おまけにまず絶望的に辛いので呼吸しただけで大ダメージなのだ!
「こりゃいいぜェ! そういや野菜って案外酒のつまみになるよなァ! もっと酒が飲みたくなってきちまったァ!」
エリックはタフな海のセイウチ獣人なので、持ち前の強靭さで辛味をいい感じに克服。身体がぽかぽかしてパワーアップした!
「茹でた枝豆にトマトの輪切り、ネギの網焼き……チッ! 考えれば考えるほど呑みたくて仕方ねェぞ! テメェらをとっとと倒して宴会しねえとなァ~!」
BLAMBLAMBLAM! エリックは鮫弾丸を撃ちまくり、次から次へと現れる戦闘員をヘッドショットで倒していく!
「なんかよくわかんないけど、リアもちょっと汗ばんでさらに体調よくなってきたかも! 食後の運動ですわー!」
「「「キキーッ!?」」」
ダブルアックスがぶおんぶおんと空気を切り裂く! ウィルス攻撃で動きを止めてフルスイングで叩き伏せていく! パワープレイだ!
「ど、どうなってんだど!? お前らちゃんと働けどォ!」
「職場環境づくりを怠ったお前の負けだな! それはそれとして喰らえ弐式装填吹っ飛んでちねーィ!!」
「だどォーッ!?」
禄久の烈風攻撃でブンナグリマスケも吹き飛ばされる! 人の不安を煽るだけ煽っといて特に改善のための相談に乗ったりはしないという一番タチの悪い奴だった!
●どちらが怪人かと言われると判断が難しいかもしれない
「出たな! プラグマの戦闘員ッ!!」
叢雲・颯……もといレッドマスター、あるいは怪異スレイヤー(もう本人が完全にそのつもりになっているので表記もそれに倣う)は拳を強く握りしめ、ワンテンポ置いて叫んだ。
その声は割と無理をしたダミ声であり、「ン゛ンッ!」と咳払いする始末。結構喉の負担が大きい。あとで喉飴とか舐めたほうがいいかもしれない。ヒーローは楽ではないのだ。
「「「キキーッ!」」」
生き残りの戦闘員達は、かえ……じゃなくて怪異スレイヤーを取り囲むようにバック転したり側転したり忙しない。そんなことせずに普通にサイドステップすればいいだろというのは、野暮な指摘だ。なぜなら、ヒーローと戦闘員はそういうものなのだから!
大体5メートルぐらいの間隔を空け、怪異スレイヤーは完全に包囲された。そんな彼女はというと、握りしめた拳をカッコよく構えたまま、周囲の敵を仮面の下で睨み渡す……脳内では「今この方向から時計回りにカメラがぐるりと回っている!」という、かなり詳細な妄想が捗っていた。
(特撮)ヒーローたるもの、台詞はなるべく子供達が聞き取りやすく、かつカメラワークを意識してはきはきと喋るものだ。どこに対する配慮??
「とうっ!」
「キーッ!」
怪異スレイヤーの攻撃を左右に側転して躱す戦闘員達。特に反撃はしない。その代わりに後ろからかなり隙のある構えで戦闘員が襲いかかる!
「キキーッ!」
「せいっ! やあっ!」
後ろ回し蹴りだ! やけに大振りで武術というより殺陣に近い(というかまんま)なスピードだが、戦闘員は「キキーッ!」と叫んでゴロゴロと地面を転がった。その時、怪異スレイヤーの両腕を左右から二人の戦闘員が掴んだ。
「「キキーッ!」」
怪異スレイヤーはちらりと左右を交互に一瞥した。まるで「これから投げ飛ばすので準備よろしくね」とアイコンタクトをしているようなテンポが生じる。そして!
「はあっ!」
「「キーッ!」」
二体の戦闘員は掴んだ腕を支点にぐるりと縦に回転し、やけに見事な受け身を取って地面に仰向けに倒れた。ヒーローが両腕を掴まれたら、こうやって投げ飛ばされる。それが世の常(?)なのだ。なお、特にダウン追い打ちはしない。そんな卑劣な真似をヒーローはしないからだ!
「あ、あいつら、何やってんだど……!?」
遠巻きに戦闘員をけしかけるブンナグリマスケは困惑した。
まるで怪異スレイヤーを中心に、独特のルールが敷かれているかのようだ。まさかそういう√能力なのか? だとすれば、警戒が必要だろう。
しかしブンナグリマスケが足りない知性を働かせてもあまり意味はなかった。なぜならこの奇妙な雰囲気は、特に√能力とかではなく醸成されていたからだ。完全な狂気!
『たたかえ~レッドマスター! その胸に赤きBRAVE真っ赤に燃やし~♪』
「あとこの曲どっから流れてんだど!? これも√能力かど!?」
特にそんなことはなかった。怪異スレイヤーが持参し、こっそり近くの植木の陰にセットしておいたラジカセから流れているのだ!
一応プロ歌手の|孤門雅人《こもんまさひと》が歌ったちゃんとした(?)バージョンもあるのだが、怪異スレイヤーが持ち込んだのはレッドマスターの主演俳優が歌うちょっと音c……もとい、独特の味わいのある音源なのだ! こだわりである。
「ええい! いつまで遊んでるんだど、さっさとやっつけろど!」
「「「キキーッ!」」」
さらなる新手の戦闘員だ! なぜか横列に並んだ戦闘員は、これまた特に回避せず仁王立ちする怪異スレイヤーに向け無数の弾丸を発射!
「ぐわああっ!」
KBAM! KBAM! 怪異スレイヤーの身体のあちこちで火花が爆ぜ、ついでになぜか周りの地面や背後の壁なども同様の火花が散った。そしてただの弾幕のはずなのに、怪異スレイヤーからちょっと離れた位置にそれなりの高さの火柱も爆発炎上する! とにかく絵面が派手なのだ!
「ぐっ! な、なんて強さだ、今までの奴らとは違う……!」
怪異スレイヤーは吹き飛ばされ、地面をゴロゴロ転がり、苦しんだ。あと一歩で変身解除させられてしまうところだった。変身解除されるとその時点で敗北も同然で、もっと重いダメージを受けるとどこからともなく出現した川に落下してしまうのがセオリーだ。紙一重といったところか。
怪異スレイヤーは起き上がろうと両腕に力を込める。やけにブルブルと震え、しかし力が抜けて再び倒れ伏してしまった。
「こ、ここまで、なにか……!」
「お前ら早くそいつを倒すど! なんでゆっくりにじり寄ってんだど!?」
ブンナグリマスケの指示はなぜか届かず、戦闘員達はゆっくりと怪異スレイヤーに近づく。倒れたところを撃ちまくるとか、そういうことはしない。そういうものだからだ!
『がんばれー! レッドマスター!』
『まけないでー!』
『たちあがってくれー!』
その時、どこからともなくいたいけな少年少女の声が届いた。もちろん近隣の住民のものではない。これまた別のポイントに仕込んでおいた録音済みのテープ音声である。どこまで仕込んでるの??
「……そうだ、オレは負けない……ここで負けるわけにはいかないんだ!」
怪異スレイヤーはさっきまでのダメージが嘘のように立ち上がった。ここで挿入歌テープが『紅蓮の戦士レッドマスター!』に切り替わる!
『オーオーレッドマスター! 太陽のように輝く勇姿! 今、駆けろ!』
「だからこの歌なんなんだど!?」
「うおおお! 子供達の願いが、オレに力をくれる!」
怪異スレイヤーはここでようやく『火喰鳥』と『八咫烏』を抜いた。そして、弾幕! またしても地面に仕掛けられた火薬が爆発した感じの火柱が上がるなか、彼女は走る! 特に弾丸は命中しない! そういうものだからだ!
『正義の怒りを拳に籠めて~♪ この世の悪を打ち倒し焼き尽くせ~♪』
挿入歌が盛り上がる中、怒涛のラッシュ!
「とうっ!」
「キーッ!」
「でやぁっ!」
「キキーッ!」
戦闘員を殴り飛ばし、投げ飛ばし、撃ち抜く! ゴロゴロと転がる戦闘員の皆さんはなぜか一箇所に集まり、たたらを踏む! 特に散開とかはしない。そういうものだからだ!
「お前らなんで一箇所に固まってんだど!?」
「必殺! 電光――!」
握りしめた拳が真っ赤に燃え、スパークが迸りオーラが噴き上がる。そして!
「ライトニング! パァァァーーンチッ!!」
怪異スレイヤーは光そのものになったかの如く、猛烈なスピードで戦闘員の皆さんに拳を……叩き込んだ!
『悪を許さぬ仮面の戦士~♪ オーオーレッドマスター! たーたーかーえー!』
「「「キーッ!?」」」
ひときわ盛大な爆発! パンチ一発のはずなのに全員巻き込まれた戦闘員の皆さんはボウリングのピンのように吹き飛び、そして全員爆発四散した!
「これ√能力じゃないのかど? どうなってんだど!?」
ただ一人、ブンナグリマスケだけが困惑していた。怖いね。
第3章 ボス戦 『ブンナグリマスケ』
「お前ら全員イカれてるど! 野菜の前になんか虹色の薬飲んだほうがいいど!!」
最後に残った邪悪な怪人『ブンナグリマスケ』の叫びなど、もはや相手する必要はない。
今こそ、悪の組織の危険な野菜ダイマ作戦を打ち砕くときだ。皆でブンナグリマスケを囲んでぶん殴って蹴っ飛ばして撃ち抜いて消し飛ばしてしまおう!
リンチ? オーバーキル? 正義のやることなので問題ない。最初に一般人を巻き込んだのはあっちだし、わけのわかんねえ作戦を本気で動かしてたのもあっちなのだ!
「もういいど! おでが自ら、野菜のパワーを教えてやるど!!
お前ら全員、ブンブンぶん殴りまくってめちゃくちゃにしてやるど!!!」
向こうもブチギレモードだ! とっとと倒してこの乱痴気騒ぎを終わらせよう!
●言いがかりどころの話ではないが諸悪の根源なのは事実である
「あなたねぇ! われたちこそ我慢の限界ですのよ!」
プンスコという|擬音《オノマトペ》がよく似合う感じでご立腹のテラコッタ・俑偶煉陶が、ビシッとブンナグリマスケを指さした。
「え……? お、おでなんかしたど?」
「してますわよ! そもそも騒ぎを起こしたのはあなたでしょうに!」
正論である!
「しかも食べて飲んでふざけてばっかり……! とんだ騒動ですわ!」
「ん!? ちょっと待つど! それおで達がやったことじゃないんじゃないかど!?」
「いいですの? お野菜はね、誰にも邪魔されず自由で、なんというか救われてなきゃあダメなのよ」
テラコッタは聞く耳持たずでなんか語り始めた!
√能力者はね、話なんて聞かないし、敵の正論なんて耳を貸さないし、やること全部がめちゃくちゃでなきゃいけない――わけもないのだが、もはやここまで来るとゴリ押しどころの話ではなかった。
「お前らやっぱ頭おかしいど! 野菜食って頭冷やせど!!」
「ガハハハ! なーにが野菜を食えじゃ!」
八芭乃・ナナコは豪快に笑い飛ばした。どっちが悪役かな??
「どうせ食うならバナナを食え! 三途の川を渡る前の最後の晩餐だぜぇ~!
それによぉ、悪の組織の怪人なんて悪い奴だから何やってもいいんだよ!」
どっちが悪役かな???
「ひ、ひどいど……! おで達をなんだと思ってんだど!?」
「これからぶっ殺す敵以外の何者でもねーだろうが!!」
正論! だがもうなんか大義名分とかヒーローとしての一応の体裁とか、そういうのはないのかナナコよ!?
「さっきから頭がおかしいだのイカれてるだの、タマネギ狂信者のくせに言ってくれるでありますな……!」
タマミ・ハチクロの目は何時になく据わり、ブチギレていた。シャーッと毛を逆立て尻尾を膨らませるその姿はまさに猫である。
「もはや容赦なしであります。小生らの全能力・全火力を以て速やかに抹殺であります! カモン|少女分隊《レプリノイド・スクワッド》!」
パチン! タマミがフィンガースナップすると、どこからともなくぞろぞろとタマミの同型機が馳せ参じた!
「おせちまだ食べちゃダメでありますか?」
「さっきからお肉とかのいい匂いがしてお腹すいたであります」
「ジュースとかも飲みたいですにゃー」
万が一に備えて待機し、近隣住民の皆さんに被害が出ないよう備えていた同型機達は口々に不満を訴えた。あれこの構図ついこないだ見た気がするぞ??
「終わったら全員でカレーパーティーしてやるから今は我慢であります!」
「「「やったにゃー!」」」
「いや待て! 今こそバナナを食え!!」
ササッ! すかさずナナコが大量のバナナをどこからともなくとりだし配った! ちなみにバナナは猫が食べても大丈夫なのである!(※タマミはそもそも少女人形でありネコ・ソ・ノモノではないので問題ないが)
「「「バナナ美味しいであります」」」
「ずるいでありますよ!? この怒り怪人にぶつけるしかないであります!」
「だからなんでおでに責任押し付けられんだど!?」
「その玉ねぎ頭にえだまめショーット!」
SMAAASH! テラコッタの野菜キャノンが命中!
「グワーッ!?」
「本当のお野菜ってもんを教えてやりますわ! つづけてオクラバズーカカモン! ですわ!」
KA-BOOOM! 容赦ない追撃だ!
「グワーッ!? おのれやられたままではいられないどォ!!」
ブンナグリマスケはテンションを跳ね上げた。その巨体がさらにパンプアップしてムッキムキになり、お野菜キャノンを弾いてしまう!
「援護射撃開始であります! 野菜の次は鉛玉をくれてやるでありますよ!」
BLAMBLAMBLAM! タマミおよび少女分隊の追撃! だが!
「だーどどどど! そんな豆鉄砲効かないどぉ!」
バルクアップしたブンナグリマスケの筋肉はこれすなわち鋼! 防御すらせずカキンカキンと弾いてしまうのだ!
「ここはあーしに任せろ! 見ていてください! あーしの! 変身!!」
その時である。ナナコがポーズを決めるとバナナめいた黄金の光に包まれた!
「こ……これは、どうしたことでありますにゃー!?」
「眩しくて何も見えないですわ~~~!」
「だどぉ~!?」
敵味方問わず視界を焼くバナナの輝き。そしてその中から現れたのは……!
「どうだ、これこそが|実芭蕉超変身《バナナブレイカーフォーム》だぜぇ!」
ドン! ナナコはカッコいいポーズを決め……ようとして、なんか動きづらさに首を傾げた。
「あれ? ん? ……んんんんん!?」
そして彼女は気付いた。バナナそのものの着ぐるみを着ていることに!
「えっダサいであります……」
「うおおおお!? しまったぁあ!! これは新年会用のバナナ着ぐるみじゃねえかぁ!!」
「どういうつもりでそんなの着ようと思ったんですの!?」
おまけに完璧なるバナナのため、手足すらも出ていないのである! それはもう着ぐるみではなくて寝袋ではなかろうか?
「おのれ怪人! よくもあーしのかっこいい強化フォームを台無しにしやがったな!」
「何言ってんだど!?」
「だが見ろよ! あーしの気合ならぁああ!!」
ナナコは身体を折り曲げ、伸ばした! そして反動で跳躍!
「だどぉ!?」
「喰らえ! バナナロケットチャーーーーージ!!」
SMAAAASH! ミサイルめいた上方向からの落下攻撃が決まった!
「グワーッ!?」
「これがバナナの力だ! 野菜なんかよりバナナを食え!」
「いいえ! お野菜だってちゃんとしたものなら栄養ありますのよ! 具体的にはこんな風にぃ!」
テラコッタは両手にニガ菜を巻き、突撃!
「その名前通りブンナグリまくってやりますわぁああ!」
「グワーーーーッ!?」
右! 左! 右! 左! 右左右左右左右左! ニガさとパワーを叩き込むニガ菜ックルのスパートだ!
「一応市街地でありますゆえ周りとあとフレンドリーファイアに注意するでありますよ!」
「「「バナナの着ぐるみで防げる気がするであります」」」
「その通りだ! あーしごとやれぇええ!!」
「……だそうなので遠慮なく制圧射撃であります!」
BLAMBLAMBLAMBLAMBLAM! 防御が崩れたところに再びの弾幕!
「なんでこいつら狂ってんのにコンビネーションは抜群なんだどぉおお!?」
「うおおおおいってぇええ!! だがバナナパワーで耐えるぜぇ!!」
「普通に着ぐるみ貫通してますわー!?」
バナナってすごい。テラコッタはそう思った。
●パワータイプにはパワータイプをぶつけんだよ!
ズガガガガ! 大型ドリルが岩盤を砕くような轟音が立て続けに響く。それは、両腕をグルグルさせる原始的なパンチと、エリック・ヘマタイトの撃ち出すシャーク弾幕のぶつかり合う音だ!
「だどどどどどどどど!!」
「ガッハッハァ! 野郎ども! もっともっとぶっ放せェい!」
エリックはレイン砲台の砲列のど真ん中で、サメのアタッチメントがついたマスケット型精霊銃をサーベルめいて掲げる。弾幕の攻撃回数、およそ300回。奇しくもグルグルパンチもまた同じスピード! どちらも譲らぬ手数勝負だ。
「だぁどどどどどどォ!!」
ブンナグリマスケはキレていた。その怒りのパワーで、雨あられと降り注ぐサメの弾幕を切り開くように少しずつ前へ。しかし、エリックはでっぷりとした腹を誇示するように胸を張り、一歩も退かない!
「そうら、もう少しだぜタマネギ野郎! 俺様の牙を折ってみやがれ!」
「めちゃくちゃにしてやるどぉおおお!!」
そしてついに、ブンナグリマスケの怒りの拳がエリックの眼前まで届いた……その時!
「うぉらぁあああ!!」
「だどォーッ!?」
SMAAASH! 真横からミサイルのようなスピードで突撃した獅出谷魔・メイドウのグーパンが、ブンナグリマスケの顔面にヒット!
完全に意識外から痛烈な一撃を受けたブンナグリマスケは、ボールのように地面を跳ねた。当然そこにエリックのサメ弾幕が降り注ぐ!
「残念だったなァ! ガッハッハァ!」
「負、負けねぇど! もう一度グルグルパンチで耐え抜いてやるど!」
ブンナグリマスケは絶望的物量を前にファイティングポーズを取った。あれ? どっちが善玉かな??(n回目の疑問)
「ガオオオオオ!!」
「なんかサメじゃない奴いるどーーー!?」
弾幕に紛れ、凄まじい形相で飛びかかるメイドウ! ブンナグリマスケは意表を突かれ、攻撃が遅れる。そして再び!
「アタシにも! 何か! 食わせろぉおおお!!」
「だどォーッ!!」
怒りのグーパン再び炸裂! ブンナグリマスケはきりもみ回転して吹っ飛び、空中でサメ弾幕にもてあそばれる!
……と、散々な有様の戦いを、|七瀬・禄久《ななせ・ろく》は缶ビール片手に眺めていた。
「いやぁ、どいつもこいつも元気だねぇ。俺もう疲れちまったよ」
ぐびぐび。禄久は缶ビールを一気飲みした。なお、これは1章で酒盛りした時の余りである。
「くーっ! この気の抜けたぬるいビールも、それはそれで味があるんだよなぁ!」
「おう、なかなか渋い趣味してるじゃねぇか! まだあるなら俺様にもくれ」
エリックがのっそのっそと近づいてきた。
「いいぜ、ほらよ!」
投げ渡された缶ビールを、エリックはぐびぐびと一気飲みした。
「ガハハハハ! ちと早いが勝利の美酒って奴だなぁ!」
「真っ昼間から呑んでも怒られないのが、正月のいいところだな!」
「違うねェや! ガッハッハッハァ!」
オヤジどもはすっかり意気投合していた。もう打ち上げ気分だ。
「ってぇ!! 何やってんだどおめーら!!!」
サメを蹴り飛ばし起き上がったボロボロのブンナグリマスケがキレた!
「そうだぞォ!! アタシにもなんか食わせろ!!!!」
めちゃくちゃ空腹のメイドウがその隣で吠える!
「おいお前! あいつらをおでと一緒にやっつけ」
「うるせー!!」
「だどォ!?」
SMAAASH! 三度目のグーパン炸裂!
「アタシは戦うのは大好きだ! だけど腹が減ってイライラもするんだよ!! 野菜!? お前を食うぞ!! ステーキにして!!!」
「おでにキレるのはおかしいど!! あいつらにキレるべきだど!!!」
ブンナグリマスケもまくし立て対抗する。敵味方なので当たり前だが、懐柔が成功するわけもなかった。
「なあ見ろよ、あいつなんかキレてるぞ。ナンデ?」
禄久はブンナグリマスケを指差した。
「野菜ばっか食ってるヴィーガンだからじゃねェかァ?」
「正解です。なんてな。ワハハハハ!」
「ガッハッハァ!」
またしても大笑いする酔っ払いども!
「どこまでおでのことバカにしてんだどおめー!!」
ブンナグリマスケはその場で飛び跳ねて怒りをアピールした!
「あれか? キレる若者って奴? あ、ごめん若くないか(笑)」
「だ、だ、だどぉおおお!!」
ブンナグリマスケの頭に血管が浮かび、プシューと血が噴き出した!
「カルシウムとか肉とかよ、そういうのをバランスよく摂らないからそんな怒りっぽくなるんだぞ❤」
「どこまでバカにするんだどこいつ!!」
ブンナグリマスケはもはや全身を震わせて湯気を立てる勢いだ。
「肉だと!? だったら肉出せよ!! 食べさせろよアタシにィ!!」
くわわっ! メイドウもキレる!(空腹だから)
「えっそっちもキレた!? わかったわかった、じゃあ終わったら焼き肉連れてくから!」
噛みつかんばかりの勢いで詰め寄ってきたメイドウが、ピタリと動きを止めた。
「……焼き肉?」
「た、食べ放題のとこな。高いとこはダメだぞ」
「…………」
メイドウはくるりと振り返った。
「だど?」
「ガオオオオーーーーッ!! 出来るだけ早く死ねーッ!!」
「だどォーッ!?」
さっきまでの勢いが嘘のような本気パンチの連続だ!
「ぐわはははは! 肉! 肉だぞ! 終わらせれば肉だ!! こうなりゃ全力で楽しむしかないよなぁああ!!」
「だ、だどぉおおお!!」
「うわぁ……カウンターかまそうと思ったらなんか別の意味でひでえことんなったなぁ……」
ブンナグリマスケをキレさせて攻撃を誘うつもりだった禄久は、結果的により効果的になったものの、メイドウの狂戦士ぶりにちょっとヒいていた。
「さぁて、|酒《オイル》のチャージも済んだどころで俺様も加勢するぜぇ!」
エリックは再び砲列を組んだ。
「さあ、サメどもの餌になっちまいなァ! ガハハハハ!」
サメ弾幕が降り注ぐ! メイドウを巻き込む形になるが、その攻撃の勢いから彼女がフレンドリーファイアを気にしていないことを読み取ったのだ。細かいことは気にしないとも言う。
「オラオラオラァ! どうだァタマネギ野郎! 砲撃続けェい!」
「お、おのれェ! おでだってやられてばかりじゃないどォ!!」
怒りのパワーをチャージし、ダメージを無視して特大の反撃を繰り出そうとするブンナグリマスケ。だが!
「うるせー!! アタシの肉食い放題のために倒れろォーッ!!」
アーマーパージして物凄いスピードとパワーを瞬間的に発揮したメイドウは、起死回生の拳を弾いた!
「アタシは百獣の王だ! 肉食動物ナメんなァーッ!!」
「だどォーッ!?」
ロケット砲のような勢いで吹き飛ばされるブンナグリマスケ! 禄久はいつの間にか、その落下地点に回り込んでいた。
「一応ちゃんと戦闘には参加しとかねえとな。こいつはてめぇに正月を邪魔された、ご近所様の分だ!」
SMAAASH! 炎を纏う左の機械拳が、アッパーカットを決めた! 壱式・穢心浄火の構えだ!
「だどォオオオ!!」
ブンナグリマスケは火だるまになり、星のようにキランと空に輝いた……。
●野菜野菜言うけど野菜以外もちゃんと美味しい
荒野のように張り詰めた空気の中、睨み合うリズ・ダブルエックスとブンナグリマスケの間に、乾いた風が吹いた。
「共に食の道を追求しようとした者同士、こんな形で争うことになるとは――少しだけ、悲しいであります」
リズは頭を振った。
しかし再び顔を上げた時、彼女は既に戦士の|貌《かお》になっていた。
「ですが、これも戦いの|宿命《さだめ》。
あなたが成し得なかった野菜の道は、この私が受け継ぎましょう。
けれどそれは、あなたが望んだものとは違う形であります。
なぜならお肉やお菓子だって、美味しいのでありますから……」
リズは身構えた。
「さあ、決着をつけましょう。我が半身の如き友よ!」
今、全ての運命が決しようとしている……!
もういっぺん風が吹いた。
「この雰囲気、一体どういうことですの……?」
大人しく様子を窺っていたリア・カミリョウが、おずおずと口を開いた。
「リアが知らないだけで、君はあの怪人と深い繋がりがあったの?
もしかして、例の宿敵という奴なのかしら……??」
「え? いえ別に、そういうわけではないでありますね」
「え???」
リアは再び首を傾げた。
そう、リズは特にブンナグリマスケと不倶戴天の敵とかじゃないし、なんか食の道を追求したとか言ってたけど、特にそんな設定がシナリオ中に生えた覚えもない。
ただなんとなく運命の決着みたいな雰囲気を出しているだけの、明らかにヤバイ人だったの……!!
「ほら! ほらぁ!!!」
ブンナグリマスケはリズを指差し、腕をブンブン振った。
「やっぱおめーらおかしいど!! 絶対頭いかれてるど!!」
「失礼な。全員はいかれてないぞ」
録・メイクメモリアが割って入り、反論した。そして、「何かおかしいですか?」みたいな面をするリズと、何もかもがおかしい気がしてどう言えばいいかわからないリアを交互に見た。
もう一度リズを見た。
「一部については……」
録は目を逸らした。
「まぁ……その、うん。少なくとも僕と|彼女《リア》はおかしくない。絶対に」
「おめーもうちの怪人なんか襲ってなかったかど!?」
ブンナグリマスケは正論で指摘! 何故かご家庭のリビングで本来2章に出るはずだった怪人をぶん殴っていたのも事実なのだ!
「いいや、それもこれも全てお前たちが悪い! 許さないぞ|病《プラグマ》め!!」
「物凄い勢いで話を強引に進めてますわ!?」
リアは驚き、しかし気を取り直した。
「でも大体おっしゃってる通りなの。というわけで君をやっつけちゃうわね!」
そして小さなカバンから、おもむろにクールな骸骨マイクを取り出した。だいぶノリで押し切られているが、ふたりとも言ってることが確かなのは事実なのだ!
「そうであります! そして天から私達のお正月を見守っていてください!」
リズはやっぱり頭がおかしかったが、それはそれとして戦闘に関してはピカイチなのも事実なのだ! 逆に怖い? それはそう。
「おめーら相手にしてるとおでまで頭おかしくなるど! 全員ブンブンぶん殴りだどぉ~~~!!」
ブンナグリマスケは両腕をグルグルと振り回し、突撃した。そのスピードはタンクローリー、いや全てをミンチにするバケットホイールエクスカベーターじみていた! たとえがよくわからないかもしれないが、とにかくパワフルで当たるとヤバいということだ!
「これが野菜の力だどぉ!!」
「お野菜に罪はないの。でも、押しつけはよくないわ!」
リアは骸骨マイクを掴み、叫んだ――いや、歌った! 勇壮なる戦いの歌を!
「人によってはアレルギーとかあるんだし、栄養バランスが大事。何事もほどほどですわよ!」
「グワーッ!?」
またしても正論! はまあ置いといて、マイクで増幅された戦いのリズムは、脳を揺さぶる大音量となり、指向性によってブンナグリマスケだけを苦しめるのだ! これにより集中が削がれ、グルグルパンチ突撃が解除!
「今ですわ! あれなら近づいても、大丈夫なはずなの!」
「助かります! |LXF・LXM並列起動《デュアルアームズ》、高出力モード!」
ゴウ! リズは猛スピードで一気に接近した。その背中に光の翼が広がり、三倍を超えるスピードで間合いを詰める。
「|LZXX《ベルセルクマシン》の力、見せてやります!」
「だどぉおおおおッ!?」
ブンナグリマスケの周囲を高速回転し、斬る斬る斬る斬る! プラズマブレイドが光のジグザグ模様めいた剣閃を残し、筋肉をずたずたにしていくではないか! 限界を超えた出力による圧倒的近接攻撃!
「な、なら……こうしてやるどぉ!!」
ブンナグリマスケは両拳を握りしめ、あえてダメージに耐えた。そして全てを後回しにして、感情の力をチャージした反撃でリズを叩き潰すつもりだ! これではリアの音波攻撃で集中を削ぐのも難しい。
「だったら僕の出番だ――|演算照明・開始《へんしん》ッ!!」
カッ! 録はマスクド・ヒーローめいて、長距離狙撃形態への変身を決めた。光が晴れた瞬間、熱線銃「Kastor」の銃口がブンナグリマスケに照準を合わせる。
「怒れば怒るほど力が増すって? いいだろう」
ガコン。装填された弾丸は、"|記録《ログ》"を損傷させる凪いだ海の如き影の魔力を宿す。そして!
「病はすべからく灼くべし――慈悲はない!」
BLAMN――弾丸が、ブンナグリマスケを貫く!
その瞬間、高まっていた感情のエネルギーは、虚無めいて雲散霧消した。
「だ、ど?」
「バランスが大事だと、言いましたわよ! てぇいっ!!」
そこへすかさず、武器をマイクから斧に持ち替えていたリアの振り下ろした脳天命中! SMAAASH!
「グワーッ!?」
「あなたを、料理してさしあげます!」
プラズマブレイドの剣閃がきらめき、ブンナグリマスケをさらに深々と切り裂いた……!
●冷静に考えるとその頭のどこからキラキラキラしたのだろうか
「オエ゛ェ」
ノーバディ・ノウズはキラキラ光る虹色の滝を作り出した。その姿を、冷嶋・華子は絶対零度の眼差しで見ていた。
「ふー、一発ゲロったらスッキリ……あ? なんだ、見世物じゃねえぞ!」
まるで悪党みたいな台詞である。華子は一歩後ろに退いた。
「それ以上近寄らないでね? あと風上にも立たないで。あと1ミリでも近づいたら凍らせるから」
「辛辣だなオイ!?」
「……」
華子の視線が和らいだ――といっても軟化したわけではない。|別の何かに興味を惹かれた《・・・・・・・・・・・・》。そういう表情だ。
「貴方、変わってるのね」
「あ?」
ノーバディはボリボリ(というか材質的にゴリゴリ)と頭を掻いた。
「ご覧の通りだぜ。変わった頭だろ? よく言われる」
「いえ、そうではないわ」
言いかけてから、華子はふむ、と思案した。
「……そう、自覚はないみたいね」
「あぁ? なんだそりゃ、食えんのか?」
「いえ、こちらの話よ」
華子は意味ありげな流し目を残しつつ、怪人を見た。
なお、怪人と言ってもノーバディのことではない。ブンナグリマスケである。
「だどォッ!!」
ズシン! なんか|地球《ガイア》のパワーで戦いそうな感じの土煙が舞い上がる着地!
「かなりダメージを受けてるみたいだけど、その分追い詰められて感情のパワーも高まっているみたいね」
「たく、あのグーパン食らわせられるってか? せめて胃に優しいモンにしてほしいんだがな」
ノーバディはいつもどおりの軽口を叩き、立ち上がった。
「ところで貴方、名前は?」
「さあね。生憎本名は俺も知らねえんだ。役所に問い合わせても不明だってんでね。
だからみんないろいろな名で俺を呼ぶ。ホロウヘッド、デュラハン、ヘッドレス、カバンダ――ま、様々さ。好きな名前で呼べばいい」
「まさに|無貌の怪物《フリークス》、といったところかしら」
「……あのよ」
ノーバディは大げさに溜息を付くようなジェスチャーをした。
「人様を怪物呼ばわりするテメェは、どこのどちら様だ? あ?」
「名乗るほどの者じゃないわ。ただの人間災厄よ」
「おいおい、言ってくれるじゃねえか。|災厄《カラミティ》が言えた台詞かよ」
「貴方、面白いわね」
僅かにだが、華子の声に笑声――めいた、少なくともこのやりとりを面白がっているような色が、ごく微かに生まれた。
「いいわ。力を貸してあげる」
「返すあてはねえが、そういうことなら借りとくぜ。金以外はもらえるもんはもらえる主義でよ!」
二人は肩を並べ、ゆっくりと立ち上がるブンナグリマスケに相対した!
「だァどォオオオオッ!!」
タマネギめいた(自称)頭を怒りで一杯にしたブンナグリマスケは、両腕を車輪めいてグルグル回転させながら怒涛の勢いで突進!
「で、どうするってんだ? 頑丈な鎧と盾でもくれんのか?」
「いいえ。貴方に相応しいのはもっと別にあるわ」
ぞるりと、ノーバディの足元の影が立体的に立ち上がった。それは帳めいてノーバディを覆った。
「なんだこりゃ――」
「ブンブン! ぶん殴るどォ!!!」
SMAAAAASH!! 怒りの鉄槌が叩きつけられ、影もろとも地面を粉砕した!
だが、ノーバディの残骸はその中に紛れていなかった。
「だと……!? 女、何をしたど!」
「怖い話をしてあげましょうか」
華子は謎めいて言った。
「ヘッドレス・ホースマン。闇夜から闇夜を渡り、影闇を纏って命を脅かす、首無しの騎士の噂を聞いたことはある?」
「何をわけのわからないことを言って……」
その時だ。ブンナグリマスケの背後、蹄の音が鳴り響いた。
ブンナグリマスケは振り返った。そこには白昼堂々の住宅地とは思えない、薄暗がり――濃密な影がわだかまっていた。
「な」
「暗がりをそのまま形としたような鎧と首なし馬は、影が形になったものだそうよ」
影が、膨らみ、爆ぜた。中から飛び出したのは、死神さながらに禍々しい剣を担いだノーバディだ!
その素っ首! 頂戴するぜェッ!!」
「だどォッ!!?」
SMASH! 影の首なし馬が拳を受け砕けた。だがノーバディはその時、馬体を蹴り跳んでいる!
「おらァッ!!」
「グワーッ!?」
くるくると縦回転しながらの斬撃が、すれ違いざまにブンナグリマスケをざっくりと深々切り裂いた!
ノーバディは軽やかに着地し、地面を滑りながら華子の隣で停止した。
「ヒュウ、こりゃ馴染むな! 大した語り部じゃねえか、災厄さんよ!」
言ってから彼は、とぼけた仕草をした。
「ところでこれ、飲酒運転にゃならねえよな?」
「さぁ。影なんだし、大丈夫じゃないかしら」
華子はノーバディがやっていたように、剽げた態度で肩を竦めた。
●そもそも野菜要素はほとんどなかった
「私、最初から思っていたのですけれど」
八隅・ころもは鋭い眼差しでブンナグリマスケを射抜いた。
「――貴方、タマネギのマスコット怪人を名乗るには、緑色過ぎません?」
その場に沈黙の帳が降りた。
「う……うるさいどッ!! おでは誰がなんと言おうと、野菜の化身なんだどォ!!」
苦しいところを突かれたブンナグリマスケは逆ギレした!
「おでのこの肉体! 健康的な野菜で作られた、100%オーガニック筋肉だど! これを見てもまだ変なことを言うのかど!?」
「あなたみたいな|脳筋《タイプ》は野菜より肉を推すものでしょうに……そもそも色合い的に、せいぜい腐ったタマネギがいいところですわ」
あまりの物言いに、ブンナグリマスケの全身に血管が浮かんだ!
「ゆ、ゆ、許せないど! だったらお前はぶん殴って叩き潰して、トマトみたいなシミにしてやるどォ~~~!!」
怒りのテンションを最大まで高めたブンナグリマスケは、戦車の如き勢いで突撃した。
いかなるダメージも後回しにして、やられる前にころもを叩き潰すつもりだ。
……だが!
「さっきからだどだど、うるさいですわ!」
「グワーッ!?」
SMASH! 人化を解いたころもの触腕が頭部をビンタした。吸盤にはいくつもの牙が生え、物凄く長く伸び、そしてビンタというより衝突と表現するのが相応しい重たい轟音が響いた!
「な、何すんだど!? いくら攻撃されようが回復」
「だから、やかましいですわ」
SMAAASH!
「グワーッ!!」
ビンタされるたびに牙が突き刺さる! 重量も増していて、つまり重く痛い! 最悪のビンタだ!
「ま、待てど! もう少し善玉らしい攻撃」
「せっかくのバーベキューももう終わりなんですのよ? だいたい私達は、新年早々こんな仕事に駆り出されていましてよ。ご自覚はあるのかしら?」
「グワーッ! グワーッ!」
正論とともに浴びせられる強化ビンタが、回復があろうがなかろうが苦痛と恐怖という形でブンナグリマスケの心を折りに行く!
ころも、恐ろしい子……!(白目になるブンナグリマスケのイメージ)
●もう2月? 知りません、新年と言ったら新年
澄月・澪は、迷っていた。
「……私は、頭がおかしい……?」
そんなはずはないと、理性は否定する。だがよくよく考えてみると、この新年早々(※何度でも書くが今は新年である)せっかく出撃したのに、今日はまだ一回も剣をブンブンしてないし、やってることと言ったらツッコミかリアクションだ。魔剣執行者って漫才コンビの芸名かなんかだったのか?
いいや、そんなわけがない。何故なら、澪は最初から真面目なのだ。
「私は、最初からずっとちゃんとあなた達の企みを叩き潰そうと頑張ってるよ……!
大体、こんな年明け(※何度でも何度でも書くがここは新年である)から、野菜がどうとか大騒ぎして、みんなに迷惑をかけてるのは……あなた達の方だよっ!!」
澪はストレートに論破した。その舌鋒は、まさに魔剣執行者に相応しい切れ味だった。そう、澪は剣の腕前だけでなく、レスポンスバトルにおいても一刀両断なのだ!
……だが。
「ぐっふっふ……お前は一つ勘違いしているど」
不気味な笑みを浮かべるブンナグリマスケが、ゆっくりと澪を指さした。
「勘違い、ですって? それは一体……」
「おで達は……悪の組織の怪人だど!!」
ブンナグリマスケの両目が、光った!
「だからおで達が街の人達に迷惑をかけたりするのは、至極当然のこと!
つまり怪人的に見ると、迷惑をかけてる時点でごく普通のことだど!
それに対してお前達はどうだど? そもそも止める気がなさそうな奴らも割といるど!」
そんな方々もちゃんと(大半は)この章ではバトルしているのだが、それはそれである。
「おで達は好き勝手出来るど、なぜならそれが怪人というものだからど!
お前達は自分で自分を縛りプレイしてるから、苦しんでいるんだど。
お前達がおで達悪の組織やプラグマに敵対する限り、それは変わらないど!」
「な……っ!?」
狂っている。あまりにも前提がおかしい! 澪は絶句した。
大体こいつ、パワーの代わりに頭が足りないのが特徴の|怪人《キャラ》じゃないのか?(破綻してるけど)理路整然と反論してくるようなタイプの奴には見えないというのに、屁理屈はしっかりしているのだ!
「それでも狂人の誹りは嫌と言うなら、いい解決法があるど」
ブンナグリマスケはマスクの下でにやりと笑った。
「お前もいますぐ、くだらない正義など捨てて怪人になればいいど!!」
「こ、この流れで……!?」
まさかの悪堕ち勧誘である。澪はどうかこれが新年の悪い夢であってくれと願い、やっぱりよく考えるとこんな初夢は最悪すぎるので、もう新年であるということすら嘘であってほしいと思った。色々タスクも溜まってるのに。
悪とは甘美なものだ。正義を捨て邪悪に身を委ねれば、倫理も道徳も無関係になる。それはきっと、とても楽で魅力的なのだろう。
それでも澪は、ぐっと剣の柄を握る力を強めた。
「私はそんな誘いには屈さない。だって私は……魔剣執行者なんだから!」
その目に燃えるもの、それは正義! 高潔なる闘争の覚悟と決意!
「たとえあなた達がどんな詭弁を弄したとしても――私は、その全てを断ち切ってみせる!」
気高きその意思は、悪の誘惑になど屈さなかった。たとえ、「野菜パワーってそもそもなんだよ」という、気の抜けそうな疑問が脳裏を掠めているとしても――!
「ヒーローよ、よく言った!!」
その時、朗々たる声が響いた。
「だ、誰!?」
「問われたならば答えよう――とうっ!」
クルクルと回転着地したのは、まるでマスクド・ヒーローのような仮面を着けた女だった。一応補足しておくと、彼女はジョブもちゃんとマスクド・ヒーローであり、そこ自体は間違っていない。
しかし問題は、その仮面がオリジナルのものではなく、レッドマスターという既存特撮ヒーロー番組のものであることだ。
「オレの名は、レッドマスター! 悪を打ち砕く真紅の戦士!」
ビシィ! レッドマスター――否、叢雲・颯は、何百回何千回と繰り返してきた決めポーズを完璧にキメ、マスクの下でほくそ笑んだ。
「名も知らぬヒーローよ、オレはお前のその覚悟に敬意を表する」
「えっ? あの、私マスクド・ヒーローじゃなくて魔剣執行者……」
「大丈夫! 最近は聖剣や魔剣がメインのヒーロー番組もやっていた!」
レッドマスターを名乗る狂人は、サムズアップした。何が大丈夫なのかまるでわからないが、少なくとも敵対的存在ではないらしい(だから厄介とも言う)。
「と、とにかく……そういうことなら、早く倒しましょう!」
澪は話を進めることにした。この狂人に自由にさせるとまた話が脱線すると、魔剣執行者としての勘が告げていたのだ。
だが、しかし。
「ところで怪人よ、お前に一つ言っておくことがある」
「あの、私いま戦うの促しましたよね!?」
話を聞いていない! √能力者は大体いつもこうだ! 話ちゃんと聞いてしまう澪が普通なのだがこの場ではイレギュラーだった!
「お前はひとつ、致命的なミスを犯している」
「なんだどォ!? 一体おでが、どんなミスを犯しているというんだど!」
「お前は――格好が! アウトなんだよッ!!」
バァーン! ブンナグリマスケの全身を衝撃が走る!
「な、何ィーッ!?」
「確かに昨今は、多様性とかコンプラとか、そういうものが尊ばれている。いわゆるホワイト社会というやつだ」
「怪人の格好とホワイト社会って関係あるの……??」
「何年か前には、お色気系の女幹部がボンテージっぽい格好をしていた番組もあった! だが!!」
くわわっ! レッドマスター(になりきっている狂人)はマスクの下で目を見開いた!
「その格好は許されん。もし番組に出てみろ、SNSで批判殺到だぞ!」
「どうして特撮番組の枠で語ろうとするの???」
「ゆえにお前はその格好の時点で、計画を頓挫させているのだ!
そんな格好で、よい子やお父さんお母さんに認められると思っているのか!!」
「向こうは怪人だよ! 犯罪者だよ!!」
ガシャン! 颯は言うだけ言って『金糸雀』と『火喰鳥』を義手に装填した。澪のツッコミという名の指摘はスルーされていた!
「お、おのれぇ! おでのこの格好に文句をつけるとは許さんど!!!!」
ところでブンナグリマスケはキレている! 本人的にはイカしたコーデだったらしい。
「おでのこの筋肉をバカにするやつは許さないどぉー!!」
「許さないのはこっちの台詞だよ!!!」
「グワーッ!?」
疾い! 圧倒的スピードの澪の斬撃が、ブンナグリマスケを駆け抜けた!
「野菜パワーとかなんとか! と思ったら筋肉をアピールするし!
単細胞系の怪人なのかと思ったら、妙な理論武装してるし!」
ざん、ざん、ざんざんざんざんざん! 澪の斬撃のスピードは、一撃ごとに加速していく!
「そもそも街の皆に迷惑をかけるのは! 駄目です!!」
「グワーッ!」
「そこだ! 喰らえ、レッドパァーンチ!」
SMAAASH! KBAM! 颯の鉄拳が命中した瞬間盛大な爆発を起こした! スピードとパワーのコンビネーションだ! ブンナグリマスケは大きく吹き飛んだ!
「まだまだ! さあ、因果を断て! オブリビオンッ!」
猛スピードで吹き飛ぶブンナグリマスケに一瞬で追いついた澪は、さらなる斬撃を浴びせる!
「だ、だどォ!」
ブンナグリマスケは苦し紛れのカウンター。だが、忘却の銘を持つ魔剣は、一撃でも触れればその結果自体を忘れてしまう。ゆえに拳はてんで見当違いの方向を空振るだけだ。そもそも澪のスピードには、今のブンナグリマスケは覚えていない!
「ひとつ、ふたつ、みっつ!」
「ど、どこだど!? どこから攻撃してくるんだどーッ!?」
痛みすらも存在しない魔剣斬撃の嵐に、ブンナグリマスケは本能的恐怖を抱いた!
一方その間に距離を取った颯は、ゆっくりと腰を落とした。ヂャキン! 『火食鳥』が|点火《イグニッション》し、バチバチと火花が散る!
「残念だったな、ブンナグリマスケ――ヒーローとヒーローが力を合わせる時、悪の怪人は必ず負ける! それが特撮の|絶対法則《ルール》なんだッ!!」
「なんだか物凄い誤解をされてる気がするけど……でも、倒すのは変わらない、だから!」
澪は嵐の如き斬撃を、決めた!
「これで、300――あなたは気付いていないだろうし、数えることもないだろうけどね!」
「グワーーーーーッ!」
全身から噴き出す血! そして!
「必殺!! 電光――ライトニング! キィイイーック!!」
エフェクトつきで飛び蹴りを繰り出した颯の蹴りが、胸部に命中!
「バ、バカなー!? このおでが……お、おでがァーッ!!」
ブンナグリマスケは身悶えした。
「プ、プラグマに……栄光あれーッ!」
いつの間にかその姿は廃工場にまで飛んでおり、そして颯はくるりと空中バック転して着地!
背後で苦しむブンナグリマスケが爆発四散した……!
「ありがとう、魔剣執行者。これで街の平和は掬われた」
「えっ……あ、は、はい」
なんかEDテーマとか流れてきそうな感じで歩み寄ってきた颯を警戒しつつ、澪は差し出された手をおずおずと握り返し握手した。
かくして新年の平和は守られた……一部の√能力者がイカれていることに関して、澪はもはや論ずるための言葉もスタミナも残っていなかったが、敵が倒れたのでよしとすべきなのだろう……!
(「なんだか疲れたから、あとで自分へのご褒美に甘いものでも食べようかな……」)
なにやら爽やかに(そしてやけにゆっくりと)歩き去っていく狂人を見送り、澪は心からそう思ったという。