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●星の音
 ――これは、この王国に伝わる逸話だ。

 星々に導かれる聖地、アストリヴァ。
 夜空に輝く星座を信仰し、星の魔法を使う者たちが集う場所。

 もしもあなたが征くべき道を見失った時は、星の音に耳を澄ませて。
 きらり、きらり。
 夜の空に煌めくひかりが、輝くように応える。
 その透き通る星の響きが、きっとあなたを導いてくれる筈だから――。

●冒険王国『アストリヴァ』
 √ドラゴンファンタジー、通称『アストリヴァ』と呼ばれる冒険王国。
 幾つものダンジョンが存在するこの地は初心者からベテラン冒険者まで、数多の√能力者たちが集まり、常に活気に満ち溢れていた。
 そんなアストリヴァでは、新年の祝祭も約ひと月に渡り盛大に行われる。
 大通りでは沢山の露店が並び、祝日ともなれば多くの観光客が押し寄せるほどだった。

 そして行き交うヒトを見れば、皆が揃って小さな鈴を手にしていた。
 ――チリン、と涼やかに響くその鈴は『アストリヴァの鈴』と云われている。
 この王国は星々に導かれる聖地。神聖な場所としても知られている。
 鈴が奏でる美しい音色には聖なる魔法が籠められ、邪気や悪しきものを遠ざけてくれるのだと。
 そんなこんなで、新たに清々しい年を迎えるにあたり、毎年この鈴を求めに訪れる者も多いという。

(……でも、なんで鈴なんだろう?)
 小さな手のひらの中で、きらりと光る銀の鈴を転がしながら無垢な少年は首を傾げた。
 けれども両親の呼ぶ声に、その考えは冬の空へと消えてゆく。

 ――きっと、本当の意味はもう誰も識らないのかもしれない。

●星の囁き
「――やあ、皆。今日は集まってくれてありがとう」
 酒場の一角に集う面々にそう切り出したのは、白き竜の青年 ノア・アストラだ。

「皆を呼んだのは他でもない、このアストリヴァに現れるダンジョンについてなんだ」
 ノアは手短に、掻い摘んで話を進めていく。

 このアストリヴァに、新たにダンジョンが出現する。
 それ自体は、この世界ではよくある当たり前の光景だ。
 ダンジョンはまるで意思を持つかの如く定期的に蠢き姿を変え、影響を受けた者をモンスター化させてしまう。
 だからこそ、√能力に覚醒できた冒険者が必要となる。
 幾つものダンジョンを抱えるアストリヴァには、そんな冒険者たちも数多く居るだろう。
 けれども今回現れるダンジョンは、普通のそれらとはどうにも違うようで。

「なんだか、嫌な予感がしてね」
 ノアは口許に手を当て、曖昧に言葉を零す。

「星詠みで視えた光景は、夜の闇、蒼白い星の光……。残念ながら詳しくは判らないが」
 それが何を意味するのか?
 確実に今言えるのは、ゾディアック・サインが告げた将来起こり得る事件や悲劇だということだ。
 このままだと何時もの調子で向かった冒険者たちに予期せぬ危険が降り掛かるかもしれない。

「だから皆には、そのダンジョンの調査を先行してほしいんだ」
 事前に何かが起こると判っていれば、慎重に進むことも出来るだろう。
 危険なモンスターが居れば討伐もお願いしたい、とノアは面々に向かって改めて頼んだ。

「……と、そのダンジョンが現れるのは、夜になってからみたいで」
 思い出したようにノアはテーブルに地図を広げ、出現するポイントを指で示した。
 けれどもまだ日はだいぶ高い、夜までは時間がたっぷりある。

「外、随分にぎやかだったろう? 僕も驚いたよ」
 せっかくだしダンジョンが現れる刻限まで、観光などどうだろうか? とノアは提案した。
 通りの露店で掘り出し物を見つけてもいいし、屋台で腹拵えをしておくのもいいだろう。

「それと、このアストリヴァの鈴も、もしかしたら役に立つかもしれない」
 ノアが徐ろに取り出したのは青いリボンで結われた、小さな銀色の鈴。
 どうやらこの辺に伝わる縁起物らしい、とノアが摘んだ紐を揺らせば。
 チリン、と小さく涼やかな音色が鳴り響いた。
 アストリヴァの鈴は王国の中央にある城、城内の星導きの間という場所で作られている。
 そちらに少し足を伸ばしてみるのも悪くないだろう。

「それじゃあ、改めて。皆、頼んだよ」
 白き竜の青年は今一度丁寧に頭を下げると、酒場を出ていく君たちを見送った。

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第1章 日常 『お祭りに行こう』


玉梓・言葉


 冬の澄み渡る空、白い雲。
 陽に輝く白い壁に、赤いレンガ屋根の群れ、踏み心地の好い石畳。
 中世の名残を残す街並みの美しさに目を奪われれば、玉梓・言葉の瞳はまるで少年のようにキラキラと輝いた。
 普段、身を置く妖怪たちの世界とはまるで違うその様子。
 ゆったりとした街並みの様子を眺めたり、ときに小走りで気になる路地裏の様子を覗いてみたり。
 付喪神として視てきた永い年月は確かにあれど、やはり真新しいモノに心動かされるのは幾つになっても変わることはない。

 そんな付喪神は足取り軽やか、ヒトの織り成す流れに乗って、星導きの間へと足を運んだ。
 祭りの主役とも言える『アストリヴァの鈴』
 確かにその周囲は他とは違う凛とした空気が漂い、神聖なる魔法が籠められているという話を言葉は肌で感じ取った。

 彩とりどりのリボンを着飾り、ころころと並ぶ銀色の小さな鈴たち。
 それぞれが手にしてくれる主を待ちわびながら、キラキラと小さな輝きを放っている。
 ふむ、と言葉はひやりと冷たく白い指を顎に添えた。
 ゆるりと泳ぐ硝子色の瞳に留まったのは、薄い藍染のような水縹色のリボンを結んだ鈴。
「儂の元にくるか」
 そっと手で掬い上げれば、チリンと応えるように鈴は鳴いた。
「愛い音色じゃ」
 その愛くるしい鈴の様子に言葉はころころと笑い、その鈴をそっと紐に結わえて迎え入れる事にした。

 再び賑やかな街中へと戻った言葉は、徐ろに空を見上げ柔く笑みを零す。
『――お主も、ここ数日で面白い情報があれば教えておくれ』
 ふわりと空を漂う“其れ”に声を掛ければ、透明な存在は虚ろだった意思を取り戻したかのように言葉の元に舞い降りてくる。
 元は何だかったのか判らない透明な存在、けれども確かにこの地に居た“モノ”ではあるのだ。
『例えば、美味い地酒の売っている場所とか知らんかのう』
 やがて薄れて消えゆくその前に、美味い酒と肴を手向けにするのも悪くない。

 行き交うヒトの声は賑やかで、澄みきる冬の空は実に清々しい。
 機嫌よく笑む言葉の様子を視て、紐に結わえた鈴も小さく優しい音を奏でた。
「……お主達が護る町は美しいのう」

雨夜・氷月


 ちりちり、きらきら。
 銀色の鈴たちが煌めくその様子に、雨夜・氷月も瞳を輝かせた。
「へぇ、これがアストリヴァの鈴か。とってもキレイな道標だね」

 ――縁起物、聖なる魔法。
 狂人、善悪の区別もつかぬ獣、厄災と、そんなレッテルを貼られ続けた自分とは両極端な存在。
 こんな機会でもなければ、繋がる縁もなかっただろうか。
 けれどその成り立ち自体には少し興味もある。
(タネが判れば打ち破る方法も……なんて)
 おっと、と。氷月は己の考えに思わず口許を歪ませて。
(いけない、いけない。そんなこと考えちゃあ、ね)
 悪いコトはしないって約束をして得られた自由、簡単に手放すわけにはいかない。
 きらきらと眩しく輝くアストリヴァの鈴に目を細め、氷月はくるりと振り返って遠くを仰ぐ。
 美しい街並みから伸びる道の先には、それはそれは立派な佇まいの中世風の城が聳え立っていた。
「……えーっと、たしか城内の星導きの間で作られてるんだっけ」

 普段はそう簡単には入れなさそうなお城だが、今は祝祭の真っ最中。
 一般の人々にもその門戸は広く開放されていて、もちろん氷月もその波に混じってすんなりと入ることが出来た。
 アストリヴァの鈴を作っているという星導きの間は、天井高く、床には星図のような不思議な紋章が描かれ、周囲には星のような魔法の光がふわふわと漂っている幻想的な空間だった。
 その中央では一つの台座に向かい、複数の魔術師たる人々が何やら呪文のようなものを唱えている。
 残念ながらその近く迄は寄れないようだが、儀式的な行いをしているようには見えた。
(――ふぅん、なるほどね)
 確かに聖なる魔法は籠められているようだ。
 けれどもそれは手順に則ってただ作業的に作られているだけ?
 鈴に籠めるモノの本当の意味、伝承の話。
 人々は今でもそれを信じているのだろうか? 忘れている?

 氷月は浮かび上がる疑問の答えを探した。
 もちろん鈴を求めに来た有象無象の一般人ではなく、星導きの間に居て儀式を見守る城の者たちへだ。
 あまり馴れ馴れしすぎるのも、かと言って媚び諂うのも可怪しいか。
 さり気なく問う一般客を装い氷月は真意を問うてみた。

 ――果たして望んだ答えが得られたかどうかは、
 氷月の満足ゆかない曇った表情が物語っていただろう。

ツェイ・ユン・ルシャーガ


 冬の寒空のもと、行き交う人々は何処か嬉しげに弾んでいた。
 迎えた年を祝う、気分も新たに晴れやかに。
 そんな祝祭は陽気で好いものだ。

「祭りごと、というのは何処の世であっても心誘われるのう」
 龍の尾をゆらりと揺らし、ツェイ・ユン・ルシャーガは愉しげな祝祭の様子に柔く目を細める。
 このまま街歩きも悪くないが、まずは例の鈴に会いに行ってみようかと、ツェイは街の中央に聳え立つ城へと足を向けた。

 ――悪しきを祓う魔除けの鈴、と聞けば。
 思い浮かぶのは口数少ない意地な子狐の姿だ。
(ふふ、土産にしてやりとうなった)
 リボンで結ばれた銀の鈴をひとつ、白い手が掬い上げる。
 そぅっと耳元に寄せてみれば、チリンとささめきにも似る澄んだ音色が耳を擽った。

(……さて、この鈴たちは遠き日に何を負うてきたものか)
 その成り行きに思い巡らせば、異国の地にて執り行われる術式や祈念の場にも興味を惹かれるもので。
 ツェイはこの鈴たちに命吹き込まれる、星導きの間にも顔を覗かせてみた。

 ――そこは、夜のような空間だった。
 星図を模した幾重もの魔法陣、星のように浮かぶ光の数々。
 数名の魔術師が台座を囲み、呪文と祈りを捧げているようで。
 その日常離れした様相に心奪われれば、はたと我に返るようにツェイ瞳を瞬かせる。
(成る程、此処が祈りの場であるか。然し――)
 その執り行いは実に淡々と、手際よく熟されていく。
 まるで行いそのものが目的であり、その真には何も残されていない気がして。

 本来の鈴の役割は何であったのだろうか?
 この地で嘗て、星の座の者らは何に祈っていたのか?
 そして慕うものに何を齎さんとしたのか?

「……お主を連れゆけば、その答えが見つかるかの」
 チリンと手にした鈴を鳴らす、けれども澄んだ音色の主がその問いに応えることはない。
 ツェイはその様子にくつりと笑みを零し、鈴のリボンを指へと絡めた。
(真似事ばかりの身では分からぬ侭での、ふふ)
 只々穏やかに、妖と人の子は行き交う人々の波へと溶けて行った。

香住・花鳥


 星々に導かれる聖地、アストリヴァ。
 夜空に輝く星座を信仰し、星の魔法を使う者たちが集う場所。

「とてもステキな物語が伝わる場所なのね」
 香住・花鳥は夕焼け色の髪を靡かせて、中世風の美しい街並みと賑やかな人々の様子に思わず表情を綻ばせた。
(星の導き……。なんだか星詠みの方々のようにも想えるし、護霊アストラルのことも思い浮かべたりして……)
 ふわりふわりと空想に耽る花鳥は思い出したようにパチリ、宵色の瞳を瞬かせて。
「さ、今は祝祭で賑わう時間を楽しみましょうか」

 ちりり、きらきら。
 行き交う人々の身に付ける鈴の音は何処か懐かしく。
 まるで遠い季節、夏祭りの風鈴が奏でる音にも似ている気がして。
(季節も場所も違うのに、なんだか不思議ね)
 鈴の音も風鈴の音も、心に染み入るような、そんなおと。
 聖なる音色とは実のところ、人々のココロに届くそんな音色なのかもしれない。

 賑やかな街の通りを抜け、聳え立つ城の中、星導きの間へと花鳥は足を運んだ。
 目的はもちろん、アストリヴァの鈴。
 ころころとした愛らしい銀色の鈴たちが、花鳥を出迎えるように煌めいていた。
 そんな鈴たちの姿に花鳥もつられて笑みを零す。
「うーん、せっかくだしお土産に……?」
 銀色の鈴は色とりどりのリボンで結ばれている。
 凛とした雰囲気の銀色には、冷たい寒色のリボンが似合う気もしたけれど。
(やっぱり、この色。かなあ)
 リボンには敢えての夕焼け色を添えた。
 渡そうと想う其のひとにも、きっとこの音色が届くようにと願いながら。

白・琥珀


 祝の場は何処の世へ行っても賑やかで楽しいものだ。
 それが新年を祝うものであれば尚のこと晴れやかに、人々の笑顔も溢れている。
 通りには手軽に摘めそうなホットスナック、縁起物、真新しい食器や日用品を並べる露店商が色とりどりの天幕を構えて軒を連ねていた。
(――お祭りお祭り。新年は賑やかに、が一番だ、)
 映り変わる琥珀の瞳に白い髪を靡かせて、白・琥珀も足取り軽やかに通りを歩く。
 お祭りと言えば、やっぱり屋台。芳しい匂いに、鮮やかな色彩に。
 つい、ふらりと足を向けてしまいそうに成るけれど。
(でもまずは、縁起物の鈴ってやつを見に行こうかな)

「たしか、城内の星導きの間で手に入るって聞いたけれど……」
 そもそもお城ってそんな簡単に入れちゃうものなのかな? なんて素朴な疑問も抱きつつ。
 街の中央に聳える立派なお城へ向かってみれば、その門戸は広く開放されていて、琥珀も一般人と同様にすんなりと城の中へ入ることが出来た。
 流石に城内を巡ることは難しそうだけれど、少なくともエントランスホールと星導きの間までの道のりは自由に見て回れるらしい。
(んー、まぁ祝い事だからね。今だけは特別ってコトなのか)
 せっかくの機会だからと普段は見慣れない中世風の城の様子を見て触って肌で感じながら、星導きの間へと足を運ぶ。

 アストリヴァの鈴は琥珀を出迎えるように、ころころと小さな煌めきを放っていた。
 頭には小さなリボンを結って着飾って、そのお陰かひとつひとつの鈴の表情も不思議と違って見えてくる。
(本当に色とりどり、どれにしようかな)
 暫し悩んだ琥珀の白い手が伸びたのは黄褐色の、つまりは自身の本体と元は同じアンバーのような金褐色のリボンを結ぶ鈴。
 一見すると地味に見えるかもしれない色彩だけれど、だからこそ凛とした鈴の銀色が映えるだろうと思って。
 そっと掬い上げれば、チリンと涼やかな音色でそれは応えた。
(――さ、私といっしょに行こうか)

 琥珀は貰った鈴を大事に懐へしまい込み、再び街の通りへと足を向ける。
 夜になればもうひと仕事、その前に屋台を巡って軽く食事を済ませておこうか。
 ふわりと足取り軽やかに、琥珀は人の波へと紛れていった。

九・白


 星々に導かれる聖地、アストリヴァ。
 その名に相応しく、中世ヨーロッパ風の街並みが美しい冒険王国だ。
 祝祭が執り行われている今は行き交う人も賑やかで、楽しげな笑みや声が聴こえてくる。

「へぇ、此処が√ドラゴンファタンジーの冒険王国ってやつか」
 √EDEN出身の九・白にとっては中世のファンタジー感溢れるこの世界は少し物珍しく映っただろうか。
 けれどもゲームや創作でよくある世界観と思えば、意外とすんなり受け入れられたりもする。
 徐ろに空を仰げば、サングラス越しの太陽は未だ高い位置に鎮座していた。
(さあて、ダンジョンの出現まで時間、せっかくだし楽しませてもらおうかな)

 祭りと言えば、やはり屋台だ。
 冷やかしついでに巨漢の男は大通りの両脇を埋め尽くす屋台の様子を覗いていった。
 芳しい匂いに誘われるのは、片手で食べられるホットスナック、スープなどの店。
 他にも縁起物や日用品、食器を並べている露店もある。
 新年の祝祭に肖って、という感じだろう。

「……取り敢えず、軽く腹拵えでもしとくか」
 せっかくなら普段食べなさそうなモノがいいかと、幾つかの露店を巨漢の男が梯する。
 そんな中、白が選んだのはパンツェロッティ。揚げパンのようなホットスナックだ。
 具はトマトとチーズにハム、例えるならピザを丸めて包んで、表面をサクッと揚げた感じだろうか。
 お手軽に食べれてお腹も膨れるちょうどよい一品に満足しつつ。
 持ち歩きながら白は祭りの雰囲気を楽しみつつ、街の中央に聳える城へと向かった。

 アストリヴァの鈴は城内の星導きの間とやらで手に入るらしい。
 今は祝祭の真っ只中だからだろう、城の門戸は広く開放されており一般客と混じって白もすんなりと城内へ入ることが出来た。
 目的のアストリヴァの鈴はころりと小さな銀色の鈴で、手で摘んで揺らせばチリンと可愛く鳴いてみせた。
(そうだ、ついでに祭りの由来や伝承なんかも聞いておくか)
 星の導き、なぜ銀色の鈴なのか、
 けれどもそれらの問いには曖昧な応えしか返ってこなかった。
 大きく広まったアストリヴァの鈴の本当の意味は、やはり人々に忘れられてしまったのだろうか?

 白は少しばかり残念そうに顔を曇らせつつ、けれどももう一度前を向いて。
「ま、時間にはまだ余裕もあるようだし、もう少し散策を続けようかね」

月夜見・洸惺


 星々に導かれる聖地、アストリヴァ。
 夜空に輝く星座を信仰し、星の魔法を使う者たちが集う場所。
 白い壁にレンガの赤い屋根、街の中央には立派なお城も聳え立つ。
 そんな中世ヨーロッパ風の名残を残した街は、まるでファンタジーに溢れるおとぎ話の世界に迷い込んだようで。
 悪魔の翼持つ漆黒の天馬、月夜見・洸惺の青い瞳もきらきらと輝いていた。

「わぁ、ここがアストリヴァ。僕にとっては夢みたいな国かも……!」
 自身の色に似た夜の空、そこに煌めく星々も大好きで。
「ふふ、つい、観光に来ちゃった!」
 祝祭で賑わう街の通りは様々な露店や屋台も立ち並ぶ。
 身体が温まりそうなスープやホットスナック、新年らしい縁起物や日用品、どれも気になってしまうものばかりだけど。
(でもまず見ておきたいのは、やっぱりアストリヴァの鈴かな)
 星の導く音色がどんなものか、今からワクワクしつつ。
 洸惺はお城へと足を運んでみた。

(見学とか、させて貰えたらとっても嬉しいけれど……)
 お城の人も祝祭で忙しいかもしれない、無理には言えないかな。なんて心配もしていたけれど。
 どうやら祭りの間は誰でも自由に入れるようで、エントランスホールと星導きの間も自由に見学して良いとのことだった。

(……わぁ、すごい……!)
 洸惺は昂ぶる感情を抑えつつ、大きな声は出さないように感嘆の声を上げた。
 星導きの間は、その名の通り夜のような空間だった。
 地面も天井も壁も、すべて夜色に染まり、小さな星の輝きを放っている。
 床には星図を模した魔法陣が描かれ、周囲にはふわふわと青く輝く惑星のような球体が浮かんでいる。
 その中央には何やら台座のような物があり、数名の魔術師たちが呪文や祈りの言葉を捧げているようだった。
(あれがアストリヴァの鈴なのかな? こんな風にして祈りを籠めてるんだ)

 きらきら、ころり。銀色の鈴たちは洸惺を待ちわびながら煌めいて。
「わ、小さなお星様みたいで綺麗……!」
 そっと手のひらで転がせてみれば、チリンと涼やかな音色が鳴り響く。
 心地好く音の余韻に洸惺は目を細め、もう一度手のひらを見つめ返す。
 そして偶然手にしたこの鈴を迎え入れることにした。
「あ、鈴につけるリボンは選べるんだね。どれにしようかな?」
 色合いも素材もさまざまで、一つに選ぶのもまた贅沢な悩みだけれど。
 洸惺の手が伸びたのは、シルク製の水色に染まったリボン。
「鈴と組み合わせたら……うん、まるで流れ星みたい」
 星は鈴、リボンは流れ星の尾に見立てて。

(そうだ、鈴に纏わる言い伝えや王国の伝承とかがあったら、是非お話を聴いてみたいけど……)
 それらは城の案内人が軽く説明を添えていた。
 が、そのどれもが何処かふんわりとした内容で要領を得ない。
 一般客たちの納得している様子に、天馬の少年は不思議そうに小首を傾げた。

五槌・惑


 迎えた年を祝う、晴れやかな日の祝祭。
 行き交う人々もまた嬉しげな笑顔を浮かべ、愉しく弾む声も聴こえてくる。

(仕事までの待ち時間と、分かっちゃいるが――、)
 路地裏の入口に独り佇みながら、五槌・惑は賑やかな通りの様子を眺めていた。
 冬の澄み切った空の明るさも相俟って、やたらと眩しく映るのはそのせいか。

(……然し、どうも暢気過ぎて気が抜ける)
 小さな欠伸をひとつ、このまま仕事の時間まで待つのは流石に退屈すぎる。
 ふらり、物見遊山に足を向けたのは街の中央に聳え立つ城、その中の星導きの間だ。
 怪異に憑かれている自分が魔除け道具を請うのも少々妙な話ではあるのだが、そのモノ自体に興味はあった。
 こんな小さな鈴一つ、本当に魔を祓う力が籠められているのかどうかも含めて、だ。

 眼の前に並ぶアストリヴァの鈴たちは色とりどりのリボンを結び、自らを着飾っていた。
 誰かに手に貰われる為に、使われる為に。
 惑はそんな鈴たちの様子に目を側めながら、端の方にぽつんと転がっていた黒いリボンを結ぶ鈴を手に取った。
 もし不要になった後は誰ぞへ譲ることも考えながら、何色にも染まらぬ黒色はそんな意味でも丁度いいと。
「……」
 惑は徐ろに、手にした鈴をゆっくりと揺らしてみた。
 ――チリンと涼やかな音色が鳴り響く。
 嫌な気はしない、ただ鈴の音が聴こえるだけだ。
 まだ自分が人間扱いされているのか、或いはこの鈴に何の効力もないのか。
 どちらにせよ自分に何の影響もないならば持ち歩くにも支障はなさそうだと、惑は手にした鈴を雑にポケットへと突っ込んでおいた。

 祭りには露店が付き物だ。
 歩きながら摘めそうな軽食や、新年らしい縁起物や日用品を取り揃える出店が多く立ち並ぶ。
 それらに興味を持てれば良い暇つぶしになったかもしれない。
 が、少なくとも惑はそれに該当しないようだった。
 賑わう通りを一歩抜け、酒場や武器防具を取り揃えるエリアへと足を踏み入れる。
 先程までのお祭りムードとは変わり、この辺りは冒険者たちが多く集う場所のようだった。
(この辺なら、何か見るものもあるかね)
 惑は手近な露店を覗き込む。武器をはじめ、防具や装飾品や携帯品など様々な商品が並んでいた。
「――店主、冒険の供になる仕入れはねえか」
 冷やかしついでに、気に入るものがあればと惑は店主の男に声を掛けた。
『なんだ、兄ちゃん。冒険初心者さんかぃ?』
 手ぶらに見える惑の装いが店主にはそう見えたのだろう、惑は軽く躊躇った後に頷き返す。
「まあ、ダンジョン探索って奴に慣れてる訳じゃねえのは確かだな。武器にしろ装飾にしろ、取り回し易い物が良いんだが」
『成る程ねぇ、それなら……』
 店主が取り出したのは小型のナイフに剣、確かに扱いやすそうなサイズ感ではある。けれどもそれらは竜漿兵器と呼ばれる特殊な武器であった。
(そういや、この世界にはそんなモノもあったか)
 他世界の出である自分が直ぐに使いこなせるかは判らないが、一先ず出されたものを手に取って見る。
『――あとは、ダンジョン探索なら灯りは必須だぜ。兄ちゃんが魔法を使えるってなら話は別だがな』
 店主がもう一つ差し出したのはランタンだ。
 魔法鉱により広範囲を照らし、充電にはソーラーバッテリーを採用している優れモノ。形を組み替えれば置き型にも、ベルトなどに固定する携帯型にも出来るという。
「へぇ、確かにこれは便利かもしれねえな」
 正直スマホのライトでも十分かと一瞬思ったが、両手が空くのは地味に有用でもある。
 そんなこんな。店主が次々と勧める商品を一通り見定めたあと、惑はランタンだけ購入することにした。

 ――あア、しかし、平和過ぎる。
 街の雰囲気も、心做しか愉快に買い物をしている自分にもだ。
 ランタンの充電がてら、人気の少ない河原の草むらで惑は寝転がり小さな欠伸を零した。

彩音・レント
夢咲・紫雨


「わぁ、かわい~。アストリヴァの鈴っていうんだ」
 薄いピンク色のリボンを結んだ小さな鈴を空へと掲げ、夢咲・紫雨は嬉しげ鈴を揺らす。
 チリン、と可愛く鳴るおと。
 街中で聴いた音色がとても綺麗で気になって、まず最初に鈴を受け取りに来たのは正解だったみたい。
「よし、最初の目的は達成~っと。……あとは、どうしようかな?」
 星詠みの案内でふらりと立ち寄ってみたものの、此処はどこかも判らない異国の地。
 おまけに何処も彼処も人だらけ、そんな中に独りぽつんと佇む紫雨はちょっぴり心細くもなってきて。
 でも、そんなときだった。

「あれー、もしかして君、他の√から来た?」
「……えっ。あ、はい」
 急に声を掛けられ少し驚いたように振り向けば、目線は自然と上へあがる。
 鮮やかな紫とピンクの髪に、垂れた赤い瞳が印象的な男性だった。
 見たところ年上っぽいその彼に、紫雨は軽く会釈をした。
 そんな彼女に彩音・レントは柔く笑みを返して。
「あはは、そんな畏まらなくていーよ。たまたまキミが目に入って、ダンジョン慣れしてない雰囲気だなーって思ってさ……」
「ええと、そうですね。この国には始めて来ました」
「そっか、やっぱりねー。僕、この世界の人間だし、この国に来たこともあるから良かったら案内しようか?」
「案内、ですか?」
 レントはそんな紫雨の言葉に、にこやかに微笑んだ。
 見たところ悪い雰囲気の人ではなさそうだし、確かに同じ能力者のようでもある……何より見知らぬ土地を案内してもらえるのは有り難いのも事実ではあるのだが。

 紫雨が暫く言葉の続きに詰まっている様子を見て、レントも察したように慌てて手を振りつつ。
「あ、お兄さん決して怪しい者ではございません! って、自分でも言ったところで説得力もなんもないけれどさ」
「……ふふ、だいじょうぶです。お兄さん、優しそうですし」
 紫雨はそんなレントの様子を見て楽しそうに笑いつつ、改めて彼に向き直る。
「それじゃあ、お言葉に甘えて。よろしくお願いします」
「ん、ありがとー。こちらこそよろしくね、……っとまずは軽く自己紹介しとこうか」

「僕は、彩音・レントっていうよ。キミは?」
「わたしは、しう……夢咲・紫雨って言います。レントせんぱい、ですね」
「せんぱい、かあ」
「……この呼び方、イヤですか?」
「ううん、そんなコトないよ。なんかくすぐったいな~って思っただけ」

 というわけで、行こうか! とレントの先導のもと、ふたりは城下町をぐるりと巡る。
 中世ヨーロッパ風の街並みは宛らファンタジーなゲームの世界観に迷い込んだようで、紫雨の瞳には何処も物珍しく映し出される。
 まずは露店で軽く摘めそうなホットスナックを買ってお腹を満たしたあと、賑やかな露店に並ぶ品々を見ながら楽しげに話に花咲かす。
 不思議な魔法グッズがあるかと思えば、現代的なガジェットも売られていたりして。
 魔法文明と科学文明、双方が発達したこの世界らしくもあった。

「それにしても、本当に人が多いですね~」
「うん、これは新年のお祭りみたいなもので一カ月も続くんだって」
「えっ一ヶ月も? すごいな~、毎日楽しそう」
 そんな紫雨の楽しげな横顔をを見て、レントも嬉しそうに目を細めた。

「そーだ、紫雨ちゃん。音楽とか楽器とか、興味ある?」
「楽器ですか? はい、興味あります」
「そっか~、こーいう時は広場で楽器の演奏してる人も多いからさ。聴いていくのもオススメー」
「わぁ、ぜひ聴いてみたいです! ……あ、でもレントせんぱい、まだ時間大丈夫ですか?」
 気付けば長いこと時間を拘束している気がして、紫雨は少し心配そうにレントに尋ねる。
「え? 僕は暇だけど?」
 エルフであるレントの流れる時間は、永遠に近く酷くゆっくりだ。
 だからこうして見ず知らずの少女に街案内をするのだって、勿体ないだなんてひとつも思わない。
「……そうでしたか? だったらよかった」
 紫雨は後ろで手を組み、少しだけ恥ずかしそうに本音を零す。
「本当はひとりで、心細くて……まだご一緒してもらえたら、安心するなあ、なんて」
「そっかそっか、じゃあ時間になるまで一緒に見て回ろ!」
 時間はまだまだたっぷりあるんだからさ!

鴛海・ラズリ
椿紅・玲空


 星々に導かれる聖地、アストリヴァ。
 冬の晴天に映える白い壁と赤いレンガの屋根が立ち並ぶ中世ヨーロッパ風の街並みが美しい冒険王国だ。
 そして今は新年を祝う祭りの真っ只中でもある。

「――わあ、賑わってるのね……!」
 鴛海・ラズリは薄氷の双眸をきらきらと輝かせ、賑わう街の様子に心躍らせて。
「ほんと、凄い人。どの地でも新年は祝い事なんだね」
 その隣で、椿紅・玲空も思っていた以上の人の波に少し圧倒されていた。
「ふふ、折角の新年の祝祭だもの!」
 行き交う人々も幸せそうな笑顔と声に溢れていて、それにつられて自分たちもつい笑顔が零れてしまう。
「ね、玲空。せっかく時間もあることだし……」
「うん、遊びに行く?」
「そうしよ!」
 言葉が重なれば想いは一直線。けれどその前に、
「あ、玲空、こっち向いて!」
「ん? なに?」
 玲空が振り向けば、ふわりと視界がぬくもりに包まれる。
 ぬくぬくと首が温まるのを感じれば、それは彼女が巻いてくれたマフラーだということに気が付いた。
「ふふ、今日は寒いから、ね。うん、とっても似合うわ」
 黒みを帯びた艶やかな臙脂色のマフラーは玲空の白い肌によく映える。
「……あったかい。ありがと、」
 もそもそと玲空は口許までマフラーに埋めつつ、頬を染めてへにゃりと幸せそうな笑みを零した。

 大通りの両側には沢山の露店が軒を連ねていた。
 温まれるスープや手軽に摘めそうなホットスナック、新年に肖った縁起物や日用品を取り揃える店も多く見られる。
 露店に人の波に、たくさん目移りしてしまいそうになるけれど、それより何より気になるのは。
「好い匂い……」
「うん、良い匂いしかしない……」
 思えばお日様は天高く昇っている、ちょうどお腹も空く頃合いだ。
「何か食べる? ラズリは何食べたい?」
「うーん、どれも魅力的で迷っちゃうけど……あのポットシチューパイ、気になるの」
 ラズリが指差す方向、星柄の天幕が目を引く屋台から芳ばしい匂いが誘う。
「シチューパイ、いいよ。あったかいの食べよう」
「うん! あ、ビーフシチューとホワイトシチュー、2種類あるみたいだけど、どうしよう」
「うーん、私はどっちでもいい。ラズリが好きな方で」
「ええとそれじゃあ……両方美味しそうだから、玲空が良ければ半分こしない?」

 とろりと濃厚なホワイトシチュー、肉の旨味たっぷりのビーフシチュー。
 ふたつのパイシチューを手に、ふたりはベンチへ腰を下ろしサクサクとパイ生地を崩してゆく。
「このサクサクとパイを崩す瞬間、少し楽しい」
「うんうん、ふちの硬いところも美味しいんだよね」
 さくりとパイ生地を開けば、中のシチューが湯気とともに顔を覗かせた。
 ゴロゴロ大きめの具材は柔らかく煮込んだお肉にカラフルな野菜たち。
「わぁ、みてみて。星型のニンジン、かわいい」
「うん、星も肉も沢山入ってていいね」
 パイ生地とシチューをいっしょにスプーンで掬って口へと運べば、さっくりとろとろ、ふたつの食感と味わいが混ざり合って、思わずほっぺたが落ちそうになってしまう。
「ん~、おいしい! ね、玲空、」
 くるりと振り向けば、玲空はスプーンに乗せたシチューを未だ慎重に冷ましていた。
「……そういえば、玲空は虎さんだけれど猫舌……?」
「え、猫舌、ラズリに言ったっけ?」
 その様子を見れば、と敢えて言葉にはせず。ラズリはくすりと微笑んで。
「えへ、それならふーふーしてあげようかな、って」
「や、それは流石に恥ずかしい……ラズリにもやったげようか?」
「えー、恥ずかしがらなくても良いのに」

 二人の少女はお腹もココロも満足に充たしたあと、アストリヴァの鈴を求めて街に聳える大きな城へと足を運んだ。
 銀色の鈴たちは手に取って貰うのを待ちわびるように、コロコロと煌めき輝いていた。
「へえ、リボン選べるの」
「そうみたいだね。せっかくだし、特別なのを選びたいな」
 ラズリは真白に金の流れ星ラインが入った、上質なベルベットリボンを選んだ。
 そして玲空が手にしたのは白のベロアとオーロラのように色彩が移り変わる、夜色のオーガンジーリボン。
 選んだリボンを鈴へと結び、軽く揺らしてみれば、ちりんと澄んだ音色が重なった。
「可愛い、お揃いだね!」
「うん、かわいい。お揃い嬉しいね」
 お揃いの鈴、お守りと思えば不思議と愛着も沸いてくるもので。
「私が居ない時は、ラズリをよろしく」
「玲空を護ってくれますように」
 互いの鈴に、祈りを籠めて。
 離れていても、いつも想いは傍にあるようにと。

第2章 冒険 『モンスターの呪い』



 ――そのダンジョンは、ぽっかりと大きな口を開けていた。
 まるで深淵まで落ちていきそうな暗い大穴に足を踏み入れれば、足音さえも闇に呑まれる。
 けれども見上げる天には、星のような光が微かに瞬いていた。
 その静かな光はダンジョンに踏み入る者を見守るように、監視するように。

 暗闇の奥から、不思議な視線を感じる。
 鈍く光る青い眸。憎悪と悲哀に満ちた、酷く冷たい眼差し。
 その視線と目が合えば、あなたの脳裡に嘗ての心象が蘇る。

 亡くして、失って、置き去りにしてきた筈のあの日の光景が。
 それらは唐突に訪れた。忘れよう、考えまいとしても直ぐには頭から離れない。
 青い視線の主が踏み入る者を拒んでいるのか、このダンジョンから去れば解放されるのだろうか。
 奥へと進むには、この焦燥感に耐えなければならない。

 ――ふいに、あの銀色の鈴が揺れた。
 チリンと虚空に小さな音を響かせる。その瞬間、不思議とあなたの心も落ち着きを取り戻す。
 それはきっと、気の所為ではない。
 あの酷く冷たい眼差しが、鈴の音によって幾ばくか和らいだ気がしたからだ。

『もしもあなたが征くべき道を見失った時は、星の音に耳を澄ませて。
 きらり、きらり。
 夜の空に煌めくひかりが、輝くように応えるだろう。
 その透き通る星の響きが、きっとあなたを導いてくれる筈だ――』

 * * *

●マスターより
 2章では踏み入る者の心を蝕む呪いがあなたを拒みます。
 トラウマ・心的外傷が思い当たらない方はとにかく此処から去りたい焦燥感に襲われます。
 それらを耐え払い除け、先へと進んでください。
 ※同行者がいらっしゃる場合は同じ心象が見えても良いですし、別々でも大丈夫です。

●アストリヴァの鈴
 1章にご参加した方、プレイングで入手した旨を記述されている方は
 自動的に装備している判定となります。
 実際に使用されるかどうかはプレイングでご指定ください。

 詳細、説明は以上となります。
 それでは、よろしくお願い致します。
白・琥珀


 暗闇の中に、白き琥珀が足を踏み入れる。
 ひたり、ひたり。
 虚空に足音が呑み込まれる。
(――あぁ、奥に進むほどきつくなるのか)
 ココロがざわざわする、落ち着かない。
 普段の自分ならこんな落ち着かない場所は立ち入ろうなんて考えもしないだろう。
 大抵、こういった場所は神域だったり他の誰かの場所だったり。
 他者が踏み入っては行けない場所だと、琥珀は自分の経験から感じ取っていた。

(……嗚呼、本当にイヤな気分だ)
 カタチのない闇に触れるたびに、自我が薄れていく、正気を保てなくなる。
 琥珀は進めていた歩みを止め、静かに瞼を閉じた。
 懐に常に有る、勾玉を手のひらへと取り出す。
 この暗い闇の中でも、勾玉は淡く輝いていた。

(……そうだ、俺は、)
 誰かの願いで生まれた存在だ。
 数多有る石から削り出され、形造られ、そして大切に持ち続けてくれた人。
 この形そのものに意味を見出した、見出そうとした人々。
 沢山の人々の願いや想い、永い月日が今こうして自分を存在させている。
(そう、それらが俺を成す全てだ)
 刻まれた記憶と想いを呼び起こせば確信出来る、自分が何で在ったかを。

(だからこの焦燥感は存在しない。俺が持つものじゃない)
 琥珀は再び瞼を開けた、闇の中に一筋の光が射したような気がした。
 腰に結んだアストリヴァの鈴が、チリンと静かに鳴り響く。
「……道案内、してくれるのか?」
 鈴の音の導く方へ、薄らと視えた光の先へ。
 琥珀はゆっくりと歩みを進めていった。

彩音・レント
夢咲・紫雨


「う、わぁ……まっくらですね」
 初めてのダンジョンを目の前に、紫雨は不安と好奇心いっぱいに足を一歩踏み出した。
「うん、足元気をつけてねー」
 そんな紫雨の様子を気に掛けつつ、レントは何処かから取り出した懐中電灯で先を照らす。
「あ、レントせんぱい用意いいなあ」
「まあ、こんなコトもあろうかと思ってね」
「……ふふ」
「ん? どうかした」
 紫雨が何やら嬉しそうに笑う様子に、レントは軽く首を傾げて。
「こうしてダンジョンにも一緒に来てくれて、優しい人だなぁって思ってたんです」
「ん~、まあ夜のダンジョンに女の子独りは危ないからね?」
 観光気分の延長で話に花咲かせる2人は、不意にぴたりと足を止めた。
 暗闇の中から誰かが此方を見ている、此処に居てはいけない気がする。
 紫雨は感じたことのない焦燥感に、思わずふるりと身震いをした。
「……せんぱい、わたし、ここから早く出ないといけない気が……」
「レントせんぱい?」
 そう伝えようとレントの方へ振り向けば、彼の様子が可怪しいことに気付く。

(あー……これはヤバいやつかも)
 レントは眼の前に浮かんだその光景に、思わず顔を歪ませた。

 自分と出会った人たちは、大抵みんな先に逝ってしまうんだ。
 永遠の時を生きるエルフの宿命だ。それはわかっている。
 だから何時からか、何者にも執着せずにただ時の流れに身を任せることにした。
 出会いも別れも瑣末事と思うようにした。自分自身の心を護るために……。
(けれどやっぱり、完全には慣れないもんなのかな?)
 こうして思い出しては、不安と寂しさでいっぱいになるんだから。

 チリン、と不意に涼やかな音が鳴り響く。
(鈴の音……?)
 レントが俯いていた顔を漸くあげれば、瞬く星空が瞳に映った。
 同時に蘇る、懐かしくて大切な想い出。
 いつかの昔に自分と音楽を出逢わせてくれた、朧気な誰かの記憶。
(もう覚えてないもんだと、思ってたけど、)
 それは確かに、レントの心の奥底へと大切に仕舞われていた。
 あの日、満天の星空の下で聴かせてくれたあの歌が聴こえてくる。
 口遊んでみよう、あのヒトと一緒に。
 重なる歌声が心地好く響く、澄んだ音色が心に染み入るように――。

「――レントせんぱい!」
 不意に耳へ飛び込んできた少女の声に、ぱちりとレントは瞳を瞬いた。
「あ、れ……紫雨ちゃん?」
「はい、せんぱい、大丈夫ですか?」
 心配そうに顔を覗き込む紫雨に、レントは漸く状況を理解し、軽く頷くと先程までの笑みを返して。
「うん、もう……平気みたい。紫雨ちゃんは大丈夫?」
「よかった……わたしは平気です!」
 ほっと安心したように紫雨は満面の笑みを零す。
 レントもつられて笑いながら、ふとさっき視ていた光景を思い出した。

「――君、歌は好き?」
「歌ですか? はい、好きですよ!」
「そっか、じゃあ……こういう時は一曲いかが? なんて」
 歌うと余計なこと、イヤなこと、全部考えなくても良くなっちゃうからさ。
「わ、確かにそうかもしれません!」
 それならと、紫雨は一呼吸おき、その澄んだ歌声で優しい旋律を口遊んでみた。
「へえ……いいな。君の歌声、寄り添ってくれる感じで優しいね」
「えへへ、ありがとうございます。せんぱいも……一緒に歌いましょ?」
「うん、そーしよっか」
 重なる歌声は暗闇に反響し、冷たく不安な空気を温かなものへと変えていくように。
 二人の歌声が、ダンジョン中へと響き渡っていった。

玉梓・言葉


(――嗚呼、厄介な)
 罅割れた右目が疼く、呪いで受けたこの傷が周囲の呪いに干渉するように。
 静謐な願いと祈りだけでは防ぎ切ることも難しい。
 言葉は右目に掛けた補助硝子を外すと、傷痕を手で覆った。

 暗がりから聴こえてくるのはあの時の聲。
『――貴女さえいなければ』
 嫉妬と恨み、怨念の籠もった呪いの言葉。
 何代目かの主が己を使い、まじないの文字を書き綴った。
 強い想いは簡単なまじないすら呪いへと変貌させる。
 そして、心得の無い者がそれを使えばどうなるか……。
 人を呪わば穴二つ、なんて言葉はよく聞くもので。
 無意識に呪いへと成り代わった力は倍となって返ってきた。
 呪い返し。それは己の本体を割き、そして我が主をも切り裂いたのだ。

「先刻の言葉は、お主が零したモノかのう」
 ゆらりと背後に浮かぶ“其れ”に、言葉は声を掛ける。
 ヒトの形に似た其れは、嘗ての主。最初の主の血を継ぐ、己を使った最後の主だ。
 呪い返しを受けた人の子は死んだ。
 けれどもヒトは、肉体が滅びても霊魂として生き続ける。
 生前抱いた願いや想いが強ければ強いほど、魂の成仏は容易ではない。
(そんな主を、<彼ノ人>を。今こうして良い様に扱っている己は、醜いだろうか)
 だが、あのまま悪霊と化すのを指を咥えて見ている事など出来なかった。
 悪霊となるくらいならば――、己が使役して、傍に置いておきたかったのだ。

「……だから、そんな悪い顔をするなて」
 <彼ノ人>へと振り返れば、紐に結わえた鈴の音が静かに鳴り響く。
 清らかなその音が、<彼ノ人>の荒ぶる魂をほんの少しだけ落ち着かせたような気もした。
「……儂が後悔しておるのは、あの時お主を護る言葉がなかったことじゃ」
 早く人型として顕現出来ていれば、他に伝えられる手段があれば、
 すべては仮定の話、過ぎ去った現実を捻じ曲げる事は八百万の神々でさえ叶わない。
「だからのう……いつか成仏できる様、こきつこうてやろうと思うておる」
 いつか呪われたこの魂が、安かに成仏出来るその時まで。
 癒えないこの傷痕と共に征こうじゃないか。
 くふり、笑顔を浮かべながら。
 言葉は<彼ノ人>の頭を優しく撫でてやった。

ツェイ・ユン・ルシャーガ


 暗闇に潜む“其の”視線に、去れと告げるその聲に。
 ツェイの翠青の双眸が鈍く細められた。
 視線と聲は確かに闇の奥から、けれども其の主は未だ姿を現さない。
(――妖を化かそうとは、見上げたものよ)
 余程この場へ他者を寄せ付けたくないのか、それとも捕って喰おうとでも云うのだろうか。

『■■■■■■』
 不意に先程までの遠い聲とは別の、自分の直ぐ傍で声が聴こえた。
 それは聞こえぬはずの。いいや、とうに聞き飽きた言葉だった。
 闇の中から伸びる手に、裾を掴まれている気がした。
(先に征くな、置いてゆくな、と言いたいのか)
 留める其の存在に揺らいでいたのは何時の頃だっただろうか、それすらも記憶に怪しい。
 もう揺らいで歩みを止めるほどには、若くもない。
「ああ、それなら我が一番よく知っておるよ、」
 ツェイは気怠げにそう云うと、振り向かずに笑い返した。
 背中越し、其の存在が遠ざかってゆく感覚に何の感情も浮かばない。

 そう、何の感情も。嗚呼、でも。
(あの聡い子狐が知れば、果たして如何に思うものか)
 同じ言葉を向けたくもなるだろうか、それとも……。
「今の我には……はて、分からぬな」
 思考を巡らせてみても、ぽっかりと何かが抜け落ちているような気がした。
 自然と溜息が吐いて出る。

 チリン、と手の中で鈴が鳴った。
 ああ、と思い出したようにツェイは鈴を手のひらで転がす。
「お主には、わかるか?」
 揺らした鈴音は何も答えない、けれども其の音を耳にすれば、歪んだ視界の向こう側が少しだけ透けて視える気がした。
 今度は代わりにと、子狐の拗ねた顔と台詞が浮かぶ。
(うむ、確かにな、)
 こんな様子では、また何時ものように怒らせてしまいそうだ。

 ツェイはもう一度、鈴を揺らした。
 虚空に響き渡る鈴の音に耳澄ます、余計な音がもう聴こえないようにと。

九・白


「ここが件のダンジョンだね」
 白は星詠みの予知通り出現したダンジョンへと足を踏み入れた。
 祭りではさして有意義な情報は得られなかった、今回現れたダンジョンと鈴の伝承に何か関係性があるのではと思ったが……。
「まあ、コイツを連れて行ってみるしか無いな」
 街で手に入れたアストリヴァの鈴を手に、暗い闇の中へと歩んでゆく。

(……あー、なんだ。この感覚、ヤな感じだな)
 闇へ入り込めば、何処かから視線を感じる、去れと云う聲が聴こえる気がする。
 まるで空間そのものに拒絶されるような焦燥感。
 それを跳ね除けるには、同等の強靭な理性が必要だ。
 押し寄せる不安や葛藤を物ともしない精神力が。
「なるほど……。なかなかに痛烈な歓迎じゃぁないか」
 白は気付けば歯を食い縛り、額には汗が滲んでいた。
 一歩一歩、前へ進んでいる筈の足が重くなってゆく。

(――いや、そうだ。無理に逆らう必要はない)
 濁流を掻き分けるより、流れの緩やかな場所を探し、擦り抜けるように進む。
 闇へと混ざり、けれども取り込まれないように、確りと自我は保ったまま。
「深淵を覗く時、深淵もまたこちらを覗いている、……だったかね」
 闇を覗けば、闇も此方を覗いている。
 吸い込まれそうなその深さに、白は懐から銀の鈴を取り出した。

 チリン、と静かにアストリヴァの鈴を鳴らす。
 鈴の音は闇の虚空へと響き渡り、揺らいだ音の波紋が微かな道筋を示す。
「行くべき方向は、あっちでいいのかな?」
 鈴に問うても応えは返らない、けれどもその音色は確かに闇の奥へと響いてゆく。
 白は鈴の導きを頼りに、確実に一歩ずつ探索を進めて行った。

入谷・飛彩


 ちりり、きらきら。
 星の名を冠する銀の鈴を携えて。
 入谷・飛彩は闇から現れたダンジョンを眼の前にしていた。
(……あの娘が言ってたダンジョンは、此処かな)
 きゅっと夕焼けリボンで結ばれた鈴を握りしめる。
 あの娘はこの先へと進んでいったんだろうか、今なら未だ追いつけるかもしれない。
(危険なのはわかってる、でも)
 飛彩は琥珀色の双眸に覚悟の彩を宿し、慎重にダンジョンの中へと足を踏み入れていった。

(……わ、)
 暗闇を進み、目が慣れれば天を覆う星のような光に気付く。
 それ以外は何処を向いても闇ばかり。
 黒い淀みが身体に纏わりつく、実体の無い闇に触れ、生温い水の中にいるような不思議な心地だった。
 不意に視界が淡く歪む、次いで聴こえてくる聲に飛彩の顔は自然と俯いていた。
『お前は──の為に造られたのだから、』
 耳にこびり付く程に聞かされ続けてきた言葉だ。
 あの子のために、そう、自分はあの子のために居る存在。
(……)
 ……わかっているとも、そんなこと。
 何れはやって来る、自分が存在する意味を果たす日が来ることを。
 その刻に、あの子がどんな顔をするのかも容易に想像出来る。
 けれど今はまだ、その時ではない。
 自分自身の足で、自分の意志で動くことが出来るのだから。

 見上げた闇は、暗く深い。
 淀む視界と聲を打ち消すように、あの子から受け取った銀の鈴を鳴らす。
「この先に、居るだろうか」
 飛彩はまた一歩ずつ歩みを進めた、あの子の、夕暮色の色彩を探しながら。
 例え後ろ姿は見失っていたとしても、きっとその先には――。

五槌・惑


 暗く、深い闇に足を落とす。
 虚空に満ちる生温い空気が肌に纏わり付く。
 闇の奥から感じる視線、悲哀と憎悪に塗れたその気配に、惑は訝しげに目を細めた。

 視線を感じた段階で既に浮かぶものの予想はついている。
(――こう言う手合か、鬱陶しい)
 脳裡に視えるのは嘗ての記憶。
 終わりと、始まりの日の記憶。

 十も届かない子供が、悲鳴を上げていた。
 劈くような叫び聲、胸を焼く熱と痛みに苦しむ姿。
(……嗚呼、そういえばこんな感じだったか)
 呪毒に憑かれたあの日を境に、世界は一変した。
 静かで平穏だった日常は、苦痛と狂気、そして孤独に彩られる事になった。
 あれからどれ程の年月が経っただろうか。
 あの頃とはもう、姿も違えば中身も違う。
 自分の過去だと理解はしているが、眼の前に流れる光景は最早他人事に過ぎなかった。

 このまま無視するのは造作もない、だがこびり付く聲はどうにも煩く耳障りだ。
(子供の泣き声なんぞ、楽しむ趣味もねえ)
 惑は思い出したように懐から取り出した魔除けの鈴を一鳴らしした。
 虚空に澄んだ音色が鳴り響く。
 あの煩わしかった聲も、忌まわしき光景も、魔を祓う音と共に柔く薄らいで行った。

 己の過去を偲んでやる気はない、今は目当ての場所へただ進むだけだ。
 人が織り成す欲望も、熱情も、感傷も、全て興味は無い。
 なにも考えずに無心で戦っている時間が好きだ。
 だから、只管に力で捻じ伏せる祓師の仕事も気に入っている。

 気が付けば、脳裡に視えていた光景も鬱陶しかった聲も消え去っていた。
 纏わり付いていた闇を振り解き、惑は奥へと歩みを進めていく。

 ――そのうち、こう言う搦め手を煩わしいとすら思わなくなるのだろうか。
 そうなれば、己は人の形を模した何かに成り下るのだろうか。
「まア、きっと、悪くねえ」
 あれこれと考えるのは面倒臭え、そうだろう?

第3章 ボス戦 『ジャンパー・イン・ザ・ダーク『ロクヨウ』』



 星々に導かれる聖地、アストリヴァ。
 嘗てこの地には『神』と呼ばれる者が居た。
 けれどその者の正体は神でも何でもない、一匹の獣であった。
 獣は、星々を通して不思議な力を使うことが出来ただけ。
 夜空に輝く星座で征く先を示し、その煌めきで悪しき存在を遠ざける。
 そんな『神』のような力に、人々は感謝の意を込め、『神』を崇め奉った。
 獣もそんな人々の想いに報いろうと、様々な願いを叶えてやった。

「……嗚呼、神の御姿。一目で良いので見てみたい」
 ある時、誰かがそう願った。
 今まで密かに人々へ力を貸していた獣は、喜んでその姿を現した。
 ――その身は星のように輝いていたか?
 いや。
 夜色の身体に浮かぶ青い斑点、生気の無い眞白の肌と髪。
 虚ろに開かれた黒い眸は瞬きすらせず、此方を射貫くような蒼白い光を灯していた。
 獣は無表情のまま此方を見つめる。
 人々の顔色は、見つめられた眸と同じ様に蒼白く表層を変えた。
「なんて不気味な」「悍ましい」「ばけものだ」
 “コレ”が我々が崇めていた『神』か?
 いいや、違う。お前は『神』などではない!
 獣は人々の怒りを買い、その地から追い遣られた。
(なぜ? どうして?)
 獣には判らなかった、人々の豹変と、自分が此の地から追い遣られる理由に。
 暗い闇夜の下、獣は乾いた眸で静かに天を仰ぐしかなかった。

 ――こうしてアストリヴァには、中身のない伝承だけが遺った。
 薄っぺらい逸話の本当の意味を識る者は居ない。
 もうこの地に『神』は存在しないのだから。

 既に人々の記憶からも消え去った、――遠く、悠く、昔の話だ。


 闇夜を抜けた先は、薄らと蒼白く光る空間だった。
 天井から輝く星のような光が淡く周囲を照らし出している。
 その中央に、一匹の獣が居た。
 鈍く光る青い眸。憎悪と悲哀に満ちた、酷く冷たい眼差し。
 それは嘗て築いた栄光と、脆く崩れ去った哀しみと、追い遣った人々への憎しみと、
 すべてが交ざり合い、混沌と虚無を宿した姿。
 天上界の遺産に呑み込まれ本当の異形と化してしまった、獣であり神だった者。

 ダンジョンと共にこの地に現れたのは偶然か必然か。
 獣はゆらりと此方を目視すると、鹿の蹄をカツカツと鳴らす。
 どうやら話し合いをしている余裕は無さそうだ。
 獣は地を蹴り、勢いよく宙へと跳躍する。それが戦いの始まる合図だった。

 * * *

●マスターより
 3章ボス戦です。
 嘗てアストリヴァで崇められ、人々に忘れ去られた獣であり神だった者。
『鹿曜(ロクヨウ)』はその見た目からの呼称です。

・アストリヴァの鈴
 鳴らすことで、汎ゆる意味で敵の興味を惹くことが出来るかもしれません。

・心情を織り交ぜていただいても、真っ向勝負を挑んでもどうぞ。
 √能力の設定忘れにご注意ください。
 周囲は星のような光で薄明るく、戦闘に支障はきたしません。

 また、今章では参加者さま同士の併せや連携描写をさせていただく場合があります。
 単独の描写を希望される方はプレイングにその旨をご記載ください。


 詳細、説明は以上となります。
 それでは、よろしくお願い致します。
 
 
五槌・惑
九・白
白・琥珀


 輝く星の光が淡く周囲を照らし出す、それは虚ろうように淀む世界の朝焼けに似ていて。
(この景色ばかりは、悪くねえんだがな)
 微睡む薄明かりに僅かばかり目を細め、五槌・惑は鹿の怪物を見遣る。
 映える青を宿した鹿の両眸が此方を睨みつける。
(――そう、視線ばかりで訴えるなよ)
 傍から化物扱いされるのは身に覚えがある、憑き物を宿す自分も、ある意味似たようなものだ。
 然りとて、敵に同情する気も起きはしないのだが。

 人は好奇心が旺盛で、そしてとても残酷で。
 それが望んだ『神』の姿だというのに、あるのものは刺され死に、また別の話では神の方から去っていった。
 そして神は、神とは人々の信仰という想いの上に成り立つもの。
 白・琥珀は勾玉を忍ばせている胸元にそっと手をやった。
 己もその信仰や願いから生まれた存在、人の愚かさや醜さ、けれどその内に秘める輝きが有ることも識っている。
 眼の前の獣も、一時は人々の想いで神と云われた者。
 けれどもその人々の想いに振り回され、遅かれ早かれ、遺産の影響が有り無しにも、何れは似たような姿に変わっていたかもしれない。

「――イロイロと、訳アリみたいだがな、あの獣がダンジョンのボス、か」
 九・白は漸く辿り着いた最奥、そこに居たダンジョンの主を眼の前に軽く首を鳴らしながら、気怠そうに卒塔婆を担いだ肩をぐるりと回した。
 此方に視線を送り続けていた獣が地を蹴った。それと同時に、白も地面を蹴り上げる。
 獣の後の先を取り空中で胴回し回転蹴りを叩き込むと、獣を地面へと撃ち落とす。
「まずはさっきまでの呪いのお返しだ。――それじゃあ、本番と行こうか」

 地面へと伏せられた獣は直ぐ様四本脚で立ち上がり距離を取った。痛みや苦痛による呻きも叫びもせずに。
(……叫ぶ声も無いか、だがある種厄介でもあるな)
 惑は警戒と共に霊剣を抜き、獣の動きに注視した。
 四つ足の生き物なら余程こちらよりは動きが速そうだ、視界だけで完全に捕捉することは難しいかもしれない。
 であれば、相手からの攻撃は真正面から受け取る他に選択肢は無い。
 距離を取った獣が再び跳躍する、その鋭い蹄が狙うのは惑の持つ白き霊剣。
 獣が身体ごと伸し掛るように惑へと襲い掛かる。惑は剣を咄嗟に盾代わりとし、獣の攻撃を受け止めた。腕と体に鈍い衝撃が奔りつつも、体制を反らし攻撃を凌ぎ切る。
 けれども獣の蹄が掠めたのか、右手に痺れるような痛みを感じた。
 裂けた手袋の隙間から毒の鮮血がぽたりと落ちる。
 惑は軽く舌打鳴らし、霊剣を左手に持ち替えた。両の腕、どちらか残っていれば剣は握れる。
 獣は闇を纏い、一時的に姿を晦ました。闇から奇襲を掛ける算段なのだろう。
「姿を隠したのか、それなら――」
 月降ろしにより自身の本体である勾玉と融合した琥珀は、月神の剣を構えて獣が消えた先の空間をスラリと切り裂いた。月の弧を描く剣筋が闇の空間を引き裂き、其の内を引き寄せる。
(鈴の音で注意を惹ければ、隙が生まれるかもしれない)
 琥珀は腰に付けたアストリヴァの鈴をわざと鳴らすように動く。
 人々の記憶から消された存在であったとしても、籠められた祈りや願いの音には何かしら反応を示すはずだ。
 虚空に澄んだ鈴の音が響く、それに呼応するように、闇の中に潜む獣の影も揺らいだ。
「――捉えた」
 瞬間、獣に火柱が降り注ぐ。惑が闇に向かって放った火の流星だ。
 闇に隠れたとて、その存在が消える訳ではない。炎は確りと獣の輪郭を捉える。
 捕捉出来てしまえれば、後は容易い。鈴の音で動揺し、動きの鈍った獣へと惑と琥珀の剣先が放たれた。
 そして二人に続くように、白は自身の魂の炎を燃やし灼いた肉体に変化させ、汎ゆる身体能力を研ぎ澄ます。獣が苦し紛れに放った光の波も躱し、懐へと潜り込み敵の二の腕を掴んで捻り伏せる。
「……どういう理由があるのか、知りもしないし興味もない。が、これも仕事なんでね。処理させてもらうよ」
 白は倒れ伏した獣に一瞬憐れむよう目を細め、担いだ卒塔婆を振り下ろした。

香住・花鳥
彩音・レント
夢咲・紫雨


 暗い、暗い洞窟の奥に居たのは一匹の獣。
 いや、独りぼっちの夜空を映す者だ。
 ぽつりと佇むその姿に、香住・花鳥はきゅっと心を傷める。
(……誰も、傷つけ合わずに済んだらよかったのにね)
 嘗て神と呼ばれた獣の、人々を守ろうとした眼差しは今や憎悪の色に歪んでいる。
 歩んだ過去はもう元には戻らない。
 それならば、自分たちに出来ることは見送ってやることだけだ。
 どうか在るべきところに帰れるようにと。

「そっか……神様だって心があるなら傷付くよね」
 彩音・レントがぽつりと零す。感情があるならば、それはきっと当然だ。
 崇められ神格化されて、嘗ての人々はそんな当たり前にすら気付けなかったのだろう。
 暗闇に浮かぶ青い眸は此方を憎むように見据えてくる。
(……でも、さ)
 闇に囚われそうになったあの時、視えた星の光と鈴の音は僕を助けてくれた。
 心も全て闇に染まってしまったなら、何故あんな風に優しく導いてくれるのか。
(どうして?)
 その疑問は、この鈴の音にあるんだろうか。
 鈴を鳴らせば神様の心の行方が分かるのかな?

 ――姿を見たいっていう気持ちに応えただけなのに。
 きっと人々の喜ぶ顔がもっと見たかった、それだけなのに。
「そんな風に言われたら、傷ついちゃうよね……」
 夢咲・紫雨も神であった眼の前の鹿を見つめて、ぎゅっと胸に手を当てた。
 優しくて、かわいそうな神様。その傷が簡単に癒えることはないかもしれないけれど。
 それならせめて安らかに眠って欲しい、そう思いながら。

「――ま、色々考えちゃうけどさ」
 静まり返る空気に、レントが敢えて明るい一声を上げる。
「今僕らにできるのは闇から解放してあげることくらいだね……準備はオッケー?」
 左右の二人を軽く見て示し合わせれば、花鳥と紫雨もコクリと小さく頷いて。
「闇から解放してあげる……そうですね! はい、心の準備も大丈夫です。行きましょ!」
「はい。私に、私たちに出来ることを」
 それぞれが自らの得物を手に、神であった獣へと向き直る。
 獣もその意志を感じ取ってか、蹄を鳴らしながら臨戦態勢を取った。

 花鳥がアカネ色、コガネ色、群れなす小鳥の描かれた御守りを手に掲げ、護霊を召喚する。
 ふわりと現れたのは、夜空を見守る護霊アストラル。
 アストラルは花鳥たちを守るように前に立ち塞がり、獣の放った光の波を受け止めた。
 星のように輝く毛皮はアストラルのように綺麗で美しくて、動きを止める光も不思議と温かく感じられて。
(……でも、どうしてだろうね、少し哀しい気持ちも抱いてしまう)
 花鳥とアストラルが攻撃を凌ぐ後方で、レントは精霊銃を構えていた。
 白と黒とが対と成る二丁の精霊銃。音を魔弾とし、様々な属性へと変化させる。
「うん、やっぱり良い声してる」
 魔弾に込めるのは紫雨の歌声。
 紫雨はアストリヴァの鈴を時折揺らしながら、白にゆめかわデコレーションがお気に入りのマイクで柔らかく優しい歌声を響かせた。
 その歌声と鈴の音を破魔の力として弾丸に宿し、レントと紫雨は獣へ向かって同時に解き放つ。花鳥のアストラルの傍らを擦り抜け、音の魔弾は光の波を打ち破る。
 破られた光の波は、眩い光を撒き散らした。
 獣の目は眩み、四本の脚が縺れる。態勢を立て直そうと、ふわりと周辺の闇を掬って纏おうとする。
「――ごめんね、逃さないよ」
 紫雨は隠れようとする獣と自分の位置を咄嗟に入れ替えた、ひとときの夢のような残響を残して。その柔らかい音色が、獣の纏う闇を祓ってゆく。
 その隙を逃さず、花鳥のアストラルが星の軌跡を残す光線で畳み掛け、レントは双銃を併せた緋色に輝く剣を構えて地を蹴り、瞬時に獣の懐へと潜り込む。
「ごめんね……こういう方法しかなくて」
 慈悲と優しさと、複雑な感情を籠めて。
 レントは緋色の剣の切先を獣へと向けた。

ツェイ・ユン・ルシャーガ
玉梓・言葉


 追い遣られ、逃げ回った先。
 こんな真っ暗な闇の中で独りぼっちになってしまった獣。
「嗚呼……哀れな姿になってしもうて」
 玉梓・言葉は星宿す獣を前に、惨むよう目を細める。
 人は必要な時のみ神を頼り、必要が無くなれば忘れる生き物。
 そして力がないから自分たちと異なる異形を畏怖する、浅はかで気紛れで、愚かな生物だ。
 けれどもそんな欠点だらけゆえ、愛おしく思える事もある。
 然りとて、人間の身勝手に翻弄された者を見て憐れむ情が沸くのも事実。

 此方を見据える獣の眸は、憎悪の念に溢れていた。
 ツェイ・ユン・ルシャーガは闇に光る青を静かに見つめ返し、慮るように小さく頷く。
 人々の都合で望まれ、其のかたちに成れたとて、本質は其の者に成る事はない。
 何時の時代どの世も変わらぬ不条理な世界。数多有る物語の断片に過ぎないが。
「そうか……お主もまた、そうしたものの一人であったか」
 その裡には善意があったとて、届かなければ何の意味も無かった。
 今は只、ただのひとりの獣として、無念も恨みも存分に叩きつけてくれれば良い。
 それで少しでも無念が晴らせるならば、その役を買って出ようではないか。

「――おいで、星色の仔よ」
 ツェイは手首に揺れる銀の鈴鳴らし、獣を誘うようにひらりと宙へ舞った。
 白き霊糸を闇夜の虚空に這わせ、時に爆ぜる呪符を織り交ぜながら囮とし、包囲し易い場所へと誘き寄せる。充分に惹き付けたなら、攻勢へと転じる時。
「此処に来たものとしての礼節ゆえ、悪いが手心までは加えられぬ」
 だがせめて、其の終わりは名残無く散れるようにと。迷いなく力を籠めて。
 呪符を構え直し、その手に白き炎を纏わせる。揺らめく白き輝きは星火と成って獣の脚元に円環を描き出す、その内に囚われた獣は炎火に焼かれ、悶えるように蠢きまわる。
 獣が声を発せなかったのはある意味、この場では救いであったろうか。
 ツェイは静かに天色の眸を閉じ、獣が塗炭に苦しむ様子を静観した。

「神とは、悲しいものよな」
 その傍らで、言葉は水縹色が柔く広がるガラスペンを手に虚空へ文字を綴ってゆく。
 空のインク瓶に満たすは星の彩。夜色に青い星の光を灯す、かの獣が宿す色彩に似た。
 せめてその瞳に憎しみだけ灯したままに終わらぬよう、見送ってやらねばと。星を描く筆跡はゆらりと波打ち、言祝ぎの詞を紡ぐ。
「可哀想に、だが苦しみももうすぐ終わる」
 言葉はペンを奔らせ、その最後の一筆を虚空に抜いた時。円環描く白き炎と共に、獣の身体は虚空へと消え去った。

(人の弱きを助け、望みを叶えても報われぬ……)
 ――本当にそうだったろうか?
 巡った街の中、そこかしこに神の恩恵を感じた。
 それはかたちを変え、本来の意味とは違うものに、人に都合の良い伝承へと成っていても。人々の抱く想いは、嘗て神へ向けられたそれと同じだったのではないか。
(そうさな。鈴も、想いも全てが無に還ったわけではない)
 言葉の袖に結われたアストリヴァの鈴が、優しい音色を響かせた。
「お主が護っていたこの地は、今も美しいよ」

●終幕
 ――獣は討たれた。
 主を失った天上界の遺産は急速に崩壊を始め、その大きな口を閉ざしていく。
 閉ざされたダンジョンは程なくして虚空へと消え去る事となる。
 また新たな場所、新たな宿主を求めるように世界を蠢いていくのだろう。
 能力者たちは、ある者は後腐れなくその場を去り、ある者は祈りや詞、歌を捧げていった。

 凍てつく夜風が頬を冷たく撫でる。
 見上げれば、冬の澄んだ空に星々の輝き。
 それは先程見た光景に似た、美しい夜空だった。

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