Riddleーriddle
ねえ、聞いてくださいよ冒険者さん。
通りがかった√能力者達にそうやって声をかけたのは、星詠みの一人。エプロンの名札に漆乃刃・千鳥(暗黒レジ打ち・h00324)と書かれた彼は、「困ってるんですよね」という顔で事件の資料を提示した。
「√ドラゴンファンタジーのとあるダンジョンがなんですけど、そこの攻略がちょっと難航しているようでして」
悩まし気な様子ではあるが、こういうことに慣れているのか、星詠みは世間話に近い調子で溜息を吐く。
「途中までは順調だったようですが、なんだかやたらと分厚い扉に行き当たって、そこから先に進めないらしいんですよ」
どうやら慎重派だったらしいその√能力者達は、そこまでの戦利品を持って一度帰還したのだとか。つまり、そこまでの道筋は確保されており、その先はモンスターも財宝も手付かず……ということになるだろうか。
「あっ、興味が湧いてきましたか?」
あなたの反応を気にした様子もなく、彼はそのまま喋り続ける。岩肌をくりぬいたような外観のそのダンジョンは、奥に向かうほど何かの遺跡めいた構造へと変わっていく。いくらか罠もあったようだが、それらは既に取り除かれており、その先に問題の扉がある。
謎の金属で作られた巨大な、そして分厚い扉は、押しても引いてもぴくりとも動かない。代わりに周囲を探索したところ、扉脇の壁にスイッチが隠されていたという。
「いかにもって感じでしょう? そこでそれを押してみると、なぞなぞ……みたいなものが出てきたみたいなんですけどね」
先行したそのパーティーの行程はここまで。それに明確な答えを返せず、道中の消耗もあり帰還を選んだという。
「どうでしょう、あなたならその先に進めるんじゃないですかね?」
にこにこと笑いながら、星詠みはそう口にした。
●ダンジョン深部
実際にダンジョンに踏み入れば、あの星詠みの言っていたことはそう間違ってもいなかったとわかるだろう。敵も罠も攻略済みの安全な道中、そしてその先に立ち塞がる厳めしい扉。
脇の壁には確かにスイッチらしきものが存在しており、いかにも怪しいそれを押すと、部屋の中に何者かの声が響く。
『深く地を揺るがし、空を叩き割る、この世で最も力強いものとはなにか?』
答えを示せと、その扉は言っている……ように見えるだろう。
そこから先は、あなた次第だ。
第1章 冒険 『魔法のパズル』

●Open Sesame
「なるほど、中はこうなっているわけだね」
踏み入った洞窟の様子を興味深げに見回しながら、星村・サツキ(厄災のセレネ・h00014)はそう呟く。ダンジョンという如何にもファンタジーな単語は、やはり好奇心をくすぐるもの。まあ、そう言っている|魔女《本人》もファンタジーに片足を突っ込んでいるような気もするが。
「道中は安全って話だったけど……」
岩肌をくりぬいたような自然の洞窟……に見えなくもないそこを、杖の先で確かめるようにしながら進む。注意深く観察しながら進んでいけば、先行したという√能力者の一党の足跡も何となく見えてくる。ここで敵と戦って、ここで罠を発見して――そんな感じで色々とあったようだが、先遣隊の探索過程において、大きな見落としは無いように見えた。むしろ、探索を重視するあまり、意味ありげな行き止まりにまで踏み込んで、要らぬ罠に引っ掛かった形跡も散見される。
彼等の軌跡を辿ることしばし、気が付いた頃には、ダンジョンの構造物はすっかり謎の金属体に代わっていた。件の大扉のある部屋も、もうすぐそこだ。
「ここまでは予定通り、かな?」
堅牢な作りの扉を見上げてサツキは言う。無骨ながら分厚く、頑丈そうなそれが、黙って行く手を塞いでいる。
「扉があるのに通れない、というのもおかしな話ね」
先遣隊がここで引き返したという、そんな状況を前にして、合流した別の√能力者、御剣・峰(蒼炎の獅子妃・h01206)が率直な感想を口にした。
「開かないわけでもないのなら行けば良いのに」
「そうよねぇ」
この先に何があるのかわからない、その不安と期待こそが冒険の醍醐味――そんな彼女の言葉に、ユッカ・アーエージュ(レディ・ヒッコリー・h00092)も頷いて返す。もっとも、その声には「若いっていいわねぇ」みたいな色合いが大いに乗ってはいたが。
「とはいえ、この扉は中々のものだよ」
試しに扉を小突いてみながら言うサツキに倣って、峰もその構造を把握しようと手を添える。無闇にでかい扉は前情報通り、隙間も見えなければ動く気配もない。
「やっぱり、これを押してみるしかないのかしら?」
扉の脇の壁に隠されていたというスイッチ、ユッカはそれに指を伸ばす。扉の周辺を確かめていたサツキが頷くのを見て、彼女はそれを押下した。
『深く地を揺るがし、空を叩き割る、この世で最も力強いものとはなにか?』
どこからともなく響く声。これが星詠みの言っていた『謎かけ』で間違いないだろう。
「あらぁ……」
ただ、それが予測していたものとは違っていたのか、ユッカが小首を傾げる。一方で、月見亭・大吾(芒に月・h00912)はすんなりとその問いの答えを思い付いたようだ。
「何ってそりゃあ、雷様だろう」
空を裂くような稲光、大地を打ち据えるようなその音色、先程の問いにある二つの要素を満たすものは、そう多くないはず。
「うーん……本当にそうかしら」
「ああ、結論付けるのはまだ早いかい?」
釈然としない様子のユッカの声を受けて、大吾は早速会議を始める。参加するのは居合わせた√能力者と、それから。
「ちょいとおまえさんたち。おまえさんだよゴーストの旦那さん。おたくはこいつをどう見る?」
『ゴーストトーク』によって漂っていたインビジブルを生前の姿へと変えて、扉の傍へと呼び寄せる。知性を得たその死者も、大吾の言う『雷』には異論があるようで。
「順番的に地を揺るがしてから空を割るもの? ははあん、雷様じゃあ逆だってのかい」
「そうよねぇ……それに、後半の文言も引っ掛かるわ」
のんびりとした調子で、ユッカがその後を継ぐ。見方を変えれば、そもそも物理現象に絞るという条件だってないはず。
例えば、『意志』。その力は誰にも止められないから。例えば、『時間』。万物は時の流れに逆らうことができないから。例えば、『因果』。蝶の羽撃きはいつか空も地も動かしうるから。
この辺りはなぞなぞ遊びのようなもの、にこにこと笑いながら例を挙げるユッカに、大吾は「ふーむ」ともう一つ鼻を鳴らす。すると、腕を組んで瞑目していたヘリヤ・ブラックダイヤ(元・壊滅の黒竜・h02493)が、おもむろに口を開いた。
「なに、難しく考える必要はないだろう」
私にはすぐにわかったぞ、と鋭い瞳で扉を見据える。その眼光には些かの迷いもなかった。
「答えは決まっている。『私たち』だ」
地を揺るがし、空を叩き割る、ドラゴンこそが最も力強い最強の種族であることに、疑う余地はないのだから。
「……火山の噴火ってのはどうだろう。そんなもん目にした日にゃあ、誰だって死んじまうだろうし、順序も合う」
「そうねぇ、ただ『この世で最も力強い』、とまでは言い切れないでしょう?」
「まぁなあ、そこそこ良い線はいってそうなんだが……」
「おい、私の言葉を無視してないか?」
気高き竜が眉根を寄せる一方で、とりあえずの回答が絞られていく。
とはいえ確証まではどうやっても得られないため、最終的には『気に入った』回答が選ばれることになるのだが。
「――深き地を裂く根のように、空を渡る鳥のように、どんな苦難も越えて広がり続ける力強きもの……」
にっこり微笑んで、ユッカは言う。
「答えは“生命”……っていうのは、どう?」
「まあ、それなら私たちドラゴンのことも含んでいる……か?」
少々悩ましいところだが、試してみる価値はあるだろう。もう一度壁のスイッチを押した彼女は、問い掛けにその答えを提示した。
「……壁の裏で何か動いているね。歯車かな?」
軋んだ音と振動、サツキはその出所を探して周囲を見回す。ユッカの『回答』によって訪れた変化、それは扉があるのとは別の壁から発していた。揺れは徐々に大きくなり、やがてそこの壁そのものがスライドし、裂け目のような隠し通路が姿を現した。
「あらまぁ、開いたわねぇ」
思っていた形とは違ったけれど、進路は開いたと言っていいだろう。が。
「……ちょっと待ってもらえるかな?」
ここまでの道中を観察してきたサツキには、少々引っ掛かるところがあったのか、制止の声をかける。『いかにも意味ありげな通路の先に』……という事例を、彼女は先程何度も目にしていた。実際のところは行ってみなければわからない、と言いたいところだが、今回は大吾のおかげでもう一つ情報源がある。
「ゴーストの旦那さん、おたくはこの先に行ったことはあるかい?」
隠し通路を示して問いかければ、インビジブルだったそれは首を縦に振った。曰く、その先の部屋には猛犬型のモンスターが多数居座っているのだとか。
「……ハズレ、ということかしら?」
「そりゃあつまり、さっきまでの答え探しに意味はなかったってのかい?」
だとすればろくでもない仕掛けだ。しかし、これは『回答』を求めていた大吾とユッカにこそ、納得の行く話でもあった。
「……まあそもそも、謎解きとしてはおかしかったからなあ」
「答えが一つに絞れないものねぇ」
謎にほとんど意味はなく、正解もない。それがこのダンジョンの核となったモンスターの特性でもあると、彼等が知るのはもう少し後の話になるだろうか。
「旦那さんもこっちの大扉の先は知らないそうだが」
「それじゃ、仕掛けも無いし力尽くで開けてみようか」
万が一とは思っていたけれど、それをやることになるとはね。そんな風に笑いながら、サツキは大扉の前へと進み出る。さすがにダンジョンの構造物ともなれば、普通の扉とは違い、一人ではどうにもならないかも知れないが。
「ドラゴンこそ最強である。そう示す時が来た、ということだな?」
「まぁ……そういうことでいいと思うよ」
「障害は斬り捨てて進む。最初からそうすればよかったのよ」
先程までに比べて明らかに生き生きし始めた彼女等の様子に、ユッカが「あらあら」と微笑みながら手を貸す。
「……ハティ、お願い出来るかい?」
サツキを護る月霊が顕現し、ヘリヤはその名の如き黒く輝く黒竜へと姿を変える。そして峰は、星の力を宿した霊刀に、古龍の力を纏わせた。
『古龍閃』、目にも止まらぬ一太刀で、開かぬ扉に裂け目を生み出す。続く月霊の一撃が、その中心を穿つ。そして。
「ひれ伏せ――!」
竜の吐息、黒の奔流がそこに叩き込まれ、黒き結晶に浸食された扉の中心部は、やがて砕け散り、大穴を開けるに至った。
こうして開かれたもう一つの道、慎重にそこを覗き込んで。
「――宝物庫か」
声が弾みそうになるのを堪えつつ、ヘリヤはそのまま視線を巡らせる。無造作に置かれた武具に、棚に収められた書物らしきもの、雑然としたそこには様々なものが転がっていた。恐らくここはボスモンスターの座す部屋の、裏側に当たる場所だろう。本来一方通行の扉を無理矢理こじ開けたことで、想定とは逆のルートを辿っているものと思われる。
まあ、それでも『ボスモンスターの討伐』という最終目的は変わらない。変わらない、が……。
「価値のある宝……遺産だったか、それもあるかも知れないな」
弱き姿に身を窶し、君臨する力を失った『壊滅の黒竜』としては、見過ごせないポイントでもある。
「明日の宿と食事代くらいには……」
生きていくためには糧が必要――そんな本音が一瞬漏れたが、とにかく。この部屋から先に進む以上探索は必要だ。もしかしたら、この先の道中、そしてボスとの戦闘で役に立つものが見つかるかもしれない。
第2章 冒険 『お宝を探せ!』

●宝さがし
厳めしい扉に空いた大穴を眺めて、ユッカが思わず、と言った調子で微笑む。扉の仕掛けに対して色々と答えを探してみたけれど、あれこれ考えずに行動した結果がこれというのはある種の示唆に飛んでいる。いや、実際のところ正解というよりはむしろ反則といった行動ではあるのだが、彼女にとってはそれがより愉快に感じられた。
「ふふふ、何だか一本取られた感じ。若さの勝利だわ」
「ダンジョンを作った人も予想してなかったんじゃないかねえ」
そう応じながら、大吾もまた破壊された扉を抜けて、宝物庫へと足を踏み入れる。帰り道を破壊して先にお宝を手に入れられるとは、これはこれで中々体験できない状況かもしれない。
「宝物庫、ね? ふふ、こういうのってワクワクするわね」
「ほぉ……なかなかいい宝が置いてあるな」
こちらは路銀の足しとしてもありがたい、と光り物に目を付けたヘリヤに続いて、峰も正体不明の宝達を物色するべくそちらに向かう。とはいえ、彼女はその辺りの作業にはあまり熱心ではないようで。
「まぁ、あんまり興味ないんだけどな」
自分にとって重要な宝物は既に持っている。金や財宝なんかよりも、父や母、兄と過ごした日々の思い出の方がよほど大事なのだから。
「あたしゃ物の価値には疎いんだよねえ……」
一方、「うーん」と頭を悩ませた大吾は、振り返って先程の彼を呼ぶ。
「ゴーストの旦那さん、もうちょっと付き合っちゃあくれないかい。話し相手くらいで構わないからさ」
宝物の鑑定は難しく、武具は荷重、であれば書物の方だろうか。ゴーストと共に部屋をぐるりと見渡して、大吾は書棚の方へと足を向けた。
「奇遇だねボクもこちらの方が気になっていたところさ」
丁度サツキの興味もこちらに向いていたらしい、同じところに辿り着いた二人は、それぞれ本棚にくっついた蜘蛛の巣を払って、それぞれ反対の端から書物を引っ張り出した。
「ただ、危ないものが隠れてたりしないといいんだけれど……」
早速中身を確認しようとしたところで、離れた場所でのユッカの呟きが耳に入り、サツキの指が止まる。
「……まさか本を開いただけで食べられるなんてことはないよね?」
「ああ、そういうミミックも居るかもね。むしろそっちに期待しちゃうな、あたしは」
それなら躊躇なくこの刀を振れるのだろう。冗談ともつかない峰の言葉に渇いた笑みを返しながら、サツキは思い切ってそのページを開いた。
本棚にあったのはいくつもの種類の本。古びた書物や比較的新しいもの、それらのページをぱらぱらと捲って中身を確認していく。さすがにしっかりと読み耽るわけにもいかないので、書かれたものの方向性をざっくりと把握する程度になるが。
「……これは、謎掛けを集めた本?」
「ああ、そっちもかい」
なにこれ? とサツキが首を傾げたところに、大吾からもそう声がかかる。物語や眉唾な資料などを予想していた大吾だが、まあこれはこれで話のタネにはなるか、と受け入れたようで。
「私は形を持たず、止めることも触れることもできないが、私がいなければすべては停止する。私は何だ?」
「答えは時間、とかかな?」
またなぞなぞの本だったらしい。報告がてらのやりとりに続いて大吾が嘆息する。
「これを集めた奴は、よっぽどこういうのが好きだったんだねえ」
「確かに。宝物と一緒に仕舞ってるくらいだものね」
好きなのか大事なのか、その辺りの想像は膨らむが、さすがにそればかりでは困る。
「魔術書があったら持って帰っても良いかな、今後の参考にさせてもらいたいんだけど」
「ああ、猫には不要なもんさ、お嬢さん方で役立てるといいよ」
これだけ書物があるなら一冊くらいはあるだろう、たぶん。サツキに対してそう返答しながら、大吾は次の書物を手に取る。暇つぶしには良いかもしれないが、今度はできれば有用な書物がほしいところだ。とはいえ、この調子ではそれも望み薄かと思えてしまう。
「親玉の情報でもありゃ良いんだが、本来倒した後に入るはずの部屋に、そんなもんがあるかどうか……」
「あら、でも自分にとって都合の悪いものこそ、隠しておきたいんじゃないかしら?」
見方を変えれば、そういうこともあるかもしれない。飽くまで前向きな姿勢、というかこういう作業を楽しむのが得意なのか、ユッカはうきうきとした笑顔で品物を手に取っていた。
「例えば私たちの身を守ってくれるアイテムだったり、ボスの苦手なものだったり……」
「私としては価値の高い物が見つかってほしいんだが」
そうヘリカが続ける。特に『遺産』、ダンジョンを生み出す種である以上必ずこのダンジョンにも存在するであろうそれが見つかる、というのが理想だ。
「いや、先の謎かけが遺産の性質でもあるなら、謎かけや知識に関連する遺産か……?」
そうなると本棚の方にありそうなものだが、大吾と目を合わせたサツキは、肩を竦めてヘリヤの視線に答えた。
「さあ、こっちの方はどうかしら」
ダンジョンに満ちる精霊たちに呼び掛けて、ユッカは気になった財宝を選んで手に取っていく。危険な兵器や、罠の可能性も考慮し、慎重に。宝石や金貨、見た目から明らかな武具よりも、彼女の興味を引くのは用途不明の物品達だ。結局何もわからず、「ただの置物かしら」と棚に戻すこともあるけれど。
「何だか、さっきから蜘蛛の巣が多いわね……?」
引っ掛かってくるそれらを手で払っていたところで、ユッカはそれに気付いた。精霊たちの導くままに、メイスと独鈷杵の中間みたいな棒状のそれを手に取る。
「ふふ、面白いものが見つかったわ」
魔力を帯びたそれを振ってみると、先端部が回転をはじめ、僅かな風が起きる。それによって引き寄せられた蜘蛛の巣が触れると、回転部分に巻き込まれる形で、みるみる内にほどけていった。
「……何だこれは?」
「魔道具の類かしらねぇ」
自動で糸を引き寄せ、巻き込む能力を持った、魔法の糸巻きといったところか。そういう職業の者には便利かもしれないが、使いどころが限られ過ぎている、とヘリヤは眉根を寄せた。機織りをする予定もないこの場所では、邪魔な蜘蛛の巣を巻き取るくらいの役にしか立たないだろう。やはりこの手の目利き、鑑定は難しい。
向いていないなと結論付けて、ヘリヤはとりあえず当たりを付けた宝だけを懐に入れて、腰を上げた。
「もういいの?」
「ああ、これ以上持ち歩いてもな」
嵩張るばかりで動きが鈍ってしまう。お宝を持ってこのまま引き返すのならそれでも良いのだが、今回の目的は飽くまでボスの討伐によるダンジョンの消滅だ。戦いが控えている以上、備えを怠るわけにもいかない。
「それに――目利きよりも、番人を蹂躙し根こそぎ私の物にする方が性に合う」
そう、ここで頑張らなくても、ボスを倒してからまとめて持って帰れば済む話ではあるのだから。ヘリヤのそんな言葉に、「それもそうね」とユッカも続く。丁度その頃に、本棚を漁っていた者達が、それを発見した。
「あったよ、いかにもって感じのスイッチだ」
サツキがいかにも怪し気なボタンを押し込むと、本棚の一部がスライドし、後ろに隠されていた扉が開く。
音もなく生まれたその道を抜ければ、ボスモンスターの居室に辿り着くことになるだろう。
「少しは斬り甲斐のある相手だといいんだけど」
「ふふ、みんな頼もしいわぁ」
ようやく出番か、と手に馴染む霊刀の柄を握った峰を先頭に、√能力者達は先へと進んでいった。
第3章 ボス戦 『『アンドロスフィンクス』』

●不意打ち
その尖った爪先が床を打ち、カチャカチャと硬質な音が響く。特徴的な爪の音は四つ、このダンジョンの主であるモンスターは、虫のような四本の足を備えていた。
重そうな体躯を軽々と運ぶその姿から、敵の戦闘能力の高さは察せられる。幸いなのは、現状こちらに全く気付いていないことだろうか。
大扉の仕掛けを強引に破り、宝物庫を通って侵入してきた√能力者達は、結果的に敵の想定の逆――つまり、ボスモンスターの背後から部屋に辿り着くことになった。
『歌わず、走らず、待ち続ける。だが私が一度手を伸ばせば、飛ぶ者さえも逃れられない。私は誰?』
口から零れるそれに、答えてやる必要はないだろう。今ならば先制の一撃を加えることができるはず――!
●
ボスの待ち受けるダンジョンの最奥、そこになんと裏側から侵入した√能力者達は、ボスの後ろ姿を眺めることになる。そこに居るのは教会のシスターを思わせる服装の女性……なのだが、その下半身は巨大な蜘蛛のそれだ。アンドロスフィンクス、便宜上そう呼ばれている類のモンスターだと察して、峰が独り言ちる。
「スフィンクス、確かエジプトの神獣だったな」
なるほど。謎掛けを集めていたのはそういうことか。そう頷く彼女に続いて、サツキも相手の背中を覗き込む。
「一応小声で……ね?」
せっかくの好機、仕掛ける前から居場所がバレては仕方がない。しかしながら、ボスを後ろから見る、というのは貴重な機会でもある。注意すべきは巨大な蜘蛛足による攻撃と、蜘蛛であれば糸もそうか――などと事前に予測を立てられるのは思ったよりも有益だ。
「ん、何か言ってる……?」
ついでに耳を済ませれば、アンドロスフィンクスの口にする言葉も聞こえてくる。
「独り言の謎掛け……かしら?」
その内容に、ユッカも首を傾げる。こちらに気付いている様子はなく、付近に手下が居る様子もない、ならばやはり彼女の言うように、独り言ということになるのだが。
「なぞかけが好きな子供……みたいなもんかねぇ」
わざわざ宝物庫に集めるくらいなのだから筋金入りだろう、そう考えれば少し微笑ましくもなるが。
「答えは蜘蛛の巣……かしら?」
「手を伸ばす、と言ってるから蜘蛛そのものかもね」
ユッカと大吾が吟味を始めたところで、ヘリヤは小さく鼻を鳴らした。何しろ、このまま話していたらいつまで経っても始まらない。
「知ったことではない」
この問いもまた最初の仕掛けと同じこと、蜘蛛だろうと蜘蛛の巣だろうと、正解にはなりえない。なぜならば。
「私たちの翼は、糸如きで絡め取ることなどはできない」
進み出た彼女の背で黒翼が広がり、その姿が竜のものへと変わっていく。
「私たちの羽ばたきは、お前たちの巣など容易に吹き飛ばす」
そして何よりも、|私たち《ドラゴン》は逃げない。逃げる必要がないのだから。雄々しき絶対存在、竜の矜持を胸に。敵対する者は、ただ蹂躙するのみ――!
「せっかちだねぇ」
「丁度良いかな、先陣を切るのは苦手なんでね」
「あらまぁ、それじゃ合わせて行きましょうか」
ひれ伏せ。黒く輝くブレスに続いて、ユッカの呼び掛けに応じた精霊達の属性弾が、大吾の放った鬼火が、一斉にアンドロスフィンクスへと襲い掛かる。
『――!?!?』
背後から浴びせられた突然の攻撃に、敵は大きく姿勢を崩した。次々と襲いかかる弾丸、そしてブレスに呑まれ黒水晶に包まれた半身、傷付きながらもすぐに体勢を整えようとするアンドロスフィンクスに向け、さらなる追撃が向かう。
「ハティ、行けるかい?」
「悪いな、謎掛けは得意じゃない。代わりに、私の剣で答えてやる」
サツキの召喚した黒狼の護霊が駆けて、さらにそれを上回るスピードで峰が斬り掛かった。身体能力の限界を超え、急加速急制動で敵の視線を振り切るようにして、魔力を込めた霊刀の一振りを見舞う。鋭い一閃に続いて牙が敵を穿つ。一連の連撃、奇襲を受けて、しかしアンドロスフィンクスは倒れることなく、その厳めしい足で自らを支える。水晶化した表面部分を引き剥がすようにしながら身を捩り、それは敵へと向けて声を上げた。
『私は安全と引き換えに孤独を受け入れる。外は敵、内は希望。血と汗で築かれた私の名前は何か?』
さあ、私の問いに答えなさい! アンドロスフィンクスの力ある言葉、そしてその眼が√能力者達の動きをまとめて縛る。だがその中でも最も巨大な影、黒竜は一切動きを鈍らせぬまま敵へと襲い掛かった。
「もう一度言うぞ――知ったことか!」
黒竜として覚醒したヘリヤには外部からの干渉の一切が通用しない。アンドロスフィンクスの爪の一撃、力ずくのそれさえも簡単に弾き、逆にその足をひしゃげさせる。相手の抵抗を完全に無視した暴虐の一撃、たまらず後退したアンドロスフィンクスに、続けて宙を舞う炎が殺到する。
「そら、鬼火が行くよ、目を焼かれなさんな」
ほらほら嫌なら目を閉じて。大吾の放った鬼火が言葉通りその顔を掠め、視線を切らせる事で√能力者達が拘束を脱する。数の多寡、自らの振りを悟ったか、アンドロスフィンクスは残った脚で床を蹴り、壁面に爪を突き立てるようにして距離を取った。
「敵わぬと悟ったか? だが、逃げても無駄だ!」
逃げる敵を追い立てる、かつて抱いたであろうその感覚に、哄笑しつつヘリヤが行く。その間に、サツキはハティに命じて味方の負傷を癒しにかかった。
「まぁ、ありがとう」
「せっかくここまで来たんだ、皆で無事に帰りたいじゃないか」
礼を言うユッカにそう返しつつ、サツキは敵の動きを横目で追う。蜘蛛のような脚を活かし、壁伝いに逃れるアンドロスフィンクスは、ヘリヤのブレスを躱しながら周辺へと糸を張っているようだ。とはいえ相変わらず、口を開けば出てくるのは謎掛けの類のようで。
「あのボスはずっとクイズでも考えてるのかな」
続けて大吾を回復させつつ、サツキは呆れたように言う。いかにも意味ありげだが――最初に一度、肩透かしのような仕掛けを見ているため、中々素直には受け取れない。
「さっきの答えはお城かい?」
「砦、なんてどうかしら」
「ううん、それもどうとでも取れそうな気がするんだけど……?」
相変わらずなぞなぞの答えを探す大吾とユッカに応じつつ、サツキは首を傾げてみせた。ダンジョンの大扉で聞いた謎掛けが最たるものだが、敵の口にするそれはどこか曖昧で、完璧なひとつの答えが出せるようにはできていないように思える。
「……解のないクイズって、三流じゃない?」
正解もなければ不正解による罰もない、となるとそういう結論に至ってしまうが。
「まあ、せめておしゃべりに付き合ってやろうってだけだね」
肩を竦めるような気配を漂わせつつ、大吾がそう応じた。
伸び来る糸を、霊刀が素早く断ち切る。攻撃の射程を見切り、切り込む隙を窺う峰と共に、壁を這う敵を睥睨したヘリヤが、蔑むように言う。
「ちょこまかと――いつまでそうしているつもりだ?」
こちらに有効打を見いだせず、無様に逃げ回っていた敵だが、いつの間にか部屋の周囲はばら撒かれた蜘蛛の巣に覆われている。先の言葉通り、そんなもので竜の翼は捕らえられないが、敵の足場と攻撃手段が増えて言っている状況なのもまた事実。
ここまでの交戦を経てなお、外部干渉の一切を遮断する竜は全くの無傷。とはいえ消耗ゼロでそんなことが成せるはずもなく、攻撃を無効化する毎にヘリヤの竜漿は急激に減少しているはずだ。
「ハティ、次は彼女を――」
と、後方から指示を出しかけたところでサツキが思いとどまった。『外部からのあらゆる干渉を完全無効化する』?
「……あれ、もしかして回復も効かない?」
「あたしの援護も効果があるか怪しいねぇ」
そもそもドラゴンとは力ある者、群れることなく単独でその力を振るう方向に行きがちなのは、ある意味当然の流れか。だが残念ながら、今のヘリヤはその頃の力を失ったドラゴンプロトコルである。
「ええい、全盛期であればお前のような小物風情……!」
「大変なのねぇ、ドラゴンって」
本来は最初の一撃で終わっていたであろうこの状況、ままならぬ現実に歯噛みするような声が響く。そんな彼女に同情するように、ユッカは溜息を吐いた。
「それじゃ行こうか、お嬢さん方」
「まぁ、お嬢さんだなんて」
さあさ、お化けが出るよ。大吾のもたらす妖怪の力が後方の仲間達に強化を与えて、応じるようにユッカがそれを掲げる。
「でも任せて。おばあちゃん、ぴーんときちゃったのよ」
偶然居合わせた、即席のパーティである以上、密な連携は難しいが、それでもやれることはある。
「|多重恩寵《エレオス》――」
彼女の呼び掛けに精霊たちが応え、その背に薄く輝く翼を形作る。ふわりと浮き上がったそこで、ユッカは一息に飛び立った。
「――|夏《セーロス》!」
力に力を重ねて、急加速した彼女が振り翳したのは、先程宝物庫で見つけた魔道具、魔法の糸巻きである。
回転し、糸を引き寄せ綺麗に絡め取る、たったそれだけの品ではあるが、その一点が有効に作用することもある。触れたものを切り裂くほど鋭利な糸も、魔道具にかかればこの通り……だから宝物庫に仕舞って、隠していたんでしょう?
「さっきの謎解きが大ヒントになったわねぇ」
正面突破が有効にはたらくこともあるけれど、迷って考えて答えを出すこともまた、間違いではない。これはこれで示唆に富んでいるわね、と笑って、ユッカは蜘蛛の巣をどんどん巻き取っていく。敵の足場と砦を兼ねたそれらを奪い去り、そのまま飛翔の勢いを活かして一撃を加えた。速度の乗った一撃にぐらつく相手へと、続けて大吾とサツキが追撃にかかる。
「今度はあたしからもなぞなぞを出してあげよう。猫や犬が尻尾を隠すとどうなると思う?」
ぎ、と軋むような音を立てて、アンドロスフィンクスが動きを止めた。……まさか、問い返されるのは初めてなのか? 考え込むようなその沈黙を、サツキは驚いたような、呆れたような表情で眺める。まったく、何が役に立つかなんて分からないもので。
「まあ、でも、こっちは待ってあげないよ」
手を止めることなく『それ』を喚ぶ。使うことに抵抗のある力だが、災厄を抑えるための奥の手として。
零れ落ちた『星の涙』、魔力によって生成されたその雫は、無数の小隕石となって敵を襲う。膨大な数を活かした範囲攻撃を避ける術はなく、全身を打たれ、そして最後に足場としていた壁面をまとめて穿たれ、アンドロスフィンクスは自らを支えることができず、落下を始める。
「……答えは尾、仕舞い。おしまい、ってね」
足場を失い、糸も張れず、成す術もなく落下する。翼無き者のその様こそ、ヘリヤが待ち受けていた状況だった。
「言ったはずだ、逃げる必要などないと!」
これまでの鬱憤を込めたように、言葉と共に牙の間から黒が零れる。さあ、今度こそ。
吐き出されたブレスは空中のアンドロスフィンクスを包み、ついにその全身を黒水晶に変える。そして最後に、最短距離で飛び込んだ峰の一刀が、それを真っ二つに斬り裂いた。
「謎掛けは不得手だが、剣の方は得意でな。目の覚める一撃だったろう?」
二つに割れた水晶はそのまま落下し、叩きつけられたそこで粉々に砕け散った。ダンジョンを統べる主、ボスモンスターは、こうして√能力者達によって駆逐された。
元来た道を辿り、改めて宝物庫を一巡りしてから、一行はダンジョンを後にする。主を失ったことで、このダンジョンは遠からず消滅するだろう。当初の目的は果たされた。ついでに価値ある宝、路銀の足し、それなりの収穫を得たところで。
「……冒険者も悪くないな」
そう満更でもない様子で呟くヘリヤに、サツキも聞きかじった冒険者知識を口にする。
「|ここ《√ドラゴンファンタジー》では、帰りにラーメンを食べるんだっけ?」
「……ほう?」
それもまた人間の、冒険者の流儀なのだろうか? 長く生きた者達にとっても、未知の謎はまだまだ多く、新雪の野は遥かに広い。彼等の旅路は、きっとここから続いていくのだろう。