This is the American Way
●これがアメリカのやり方
√Eden、東京のマンション街。寒風が吹き抜ける曇り空の昼下がりにて、1つの怒声が上がっていた。
「しゃあ、殴り込みじゃあ!」
マンションに集まっているのはヤクザたち。彼らは吉形会3次団体[神室信和会]である。
一方、襲撃を受けているのは西武組。彼らもまたアサルトライフルだのロケット砲だのを構えている。どうやら、彼らも同じ方法で装備を買い込んだのだろう。
襲撃しに来たヤクザ共へ向けて、ロケット砲をぶっ放した。それを迎撃せんとばかりに、銃弾の光が寒空を明るく染める!
「ヤローッ! 撃ち返せや!」
こうして、抗争の幕が上がった。流れ弾が次々とあちらこちらへ飛んで行く!
そんなドンパチ繰り広げる鉄火場の上空に、無機質で冷たいカメラレンズがその様子を見つめていた。
一方、所変わって廃棄された地下街。
背広を着た外国人らは神妙な顔つきで、ラップトップを見つめている。ドローンが送信しているのはどうやらヤクザ共の構想である。
背広の胸元にある|FBPC《連邦怪異収容局》のバッチが蛍光灯の光に照らされ、ピカピカと淡い輝きを放っている。
どうやら√汎神解剖機関から侵攻してきたらしい。しかし、目的は一体何なのだろうか。
『任務は問題なく進んでいるようだな』
リーダー格らしき背広の男はアメリカ訛りのある日本語で呟いた。しかしその後、不安の混じった声でこう付け足す。その際、キリキリと痛む腹を若干抑えながら。
『……前回よろしく無能な上司による無茶な命令だの……唐突に現れる乱入者共に潰されないだろうか……?』
一人の若い局員がこう答えた。その声には若者特有の根拠なき、無鉄砲な自信が籠っている。
『そんなら手持ちの|モンスター《怪異》とか新しく捕獲したインビジブルでも使いましょうかね?』
そう言って、局員はケージに入ったモノを見せる。
見せたのは眼球だの肉だので構成されたグロテスクな怪異とクラゲの姿を取ったインビジブルの二つだ。
リーダーはしばらく唸ったのちに、了承の意を見せた。しかし、彼の表情からして、納得している訳ではない。渋々許可を降ろした感じである。
(コイツは絶対しくじるな……)
リーダー――リンド―・スミスは確信した様子でそいつを見た。新人時代を見ているようで、到底直視しがたい、何とも言えない痒さに、更に表情を歪ませていた。
●昔からの手
一方その頃、√Eden、瓦谷異界文屋発行のバーに偽造されたセーフハウスにて。
メエプル・バッティー・キンドレドシープ(電気羊は新聞記者の夢を見るか?・h01425)は何とも言えない表情で、天を仰いでいた。椅子に大きくもたれたら、バランスを崩して倒れたような形である。
「――今日は……米帝による治安悪化工作の阻止です……というか、妨害……」
若干泣き顔に成りつつも、彼女は話を続ける。
「目的は……多分、治安悪化によって内戦だとかそういうのを煽る事が目的かと……昔の南米みたいに……」
彼女はボロボロ涙を流している。それ程痛むのか、それともなんだか急に泣きたくなったのか。そのどちらかだ。
「(ひぐっ)例の如く、あの局員も居ます……良い機会ですし……イイ感じになんか嫌がらせして来ても良いんじゃないですか……!」
言い切ったと思えば、唐突に立ち上がり――カウンターの下に潜り込んでしまった。こうなってしまったら、早々簡単に出て来ないだろう。
放っておくのが良い。
第1章 冒険 『火を煽るもの』

「いつの世もどの√でも、ヤクザのやることは変わんないか……」
御倉・キンコ(泥酔警官・h01055)は若干感心だか呆れだかが混じった呟きを漏らす。例え、別世界だろうと警察みたいな治安維持組織がどのルートでも無くならないのも納得だ。何せこういう事するのだから!
「だから、親方日の丸、国家の犬の出番てぇわけだ」
とりあえず、御倉は遠巻きにドンパチの様子を観察し始めた。
ヤクザたちが持っているのは分隊支援火器だのアサルトライフルなど。長物と呼ばれる銃器である。
「しかもまあ、トーシローが扱うには重い物ばっかりで……」
しかし構えは非常にぎこちない。訓練は受けていないのか、リロードもモタつきが見られる。動きからして素人丸出しだ。
「それじゃあ、片腕使えなくなったら持てなくなるだろうに、ねぇ?」
彼女は非常に人の悪そうな笑みを浮かべている。悪い事思いついたような顔だ。
ドンパチしている両組織の間に、御倉は割り込む形で現れた。
彼らは唐突に現れたこの女に困惑の表情を浮かべている。
「御用改めってやつだぜ。お前ら全員臭い飯くわしてやるから覚悟しときなよ?」
しかし、その台詞で理性を取り戻したようだ。
「コイツ、サツだ!」
「御上にゃあお帰り願うぞ!」
まるで息を合わせたような連携で、警官に向けて銃弾が殺到する――が、撃った頃にはもういない! 銃弾が空を通り過ぎるのみ!
「あんたら、あたしについて来られるかい?」
「なんだお前ッ――!?」
先程の弾幕を|御倉流巫女神楽『狐走』《ミクラリュウミコカグラ・キツネバシリ》で避けたかと思えば、警棒で銃を叩き落とし、腕を容赦なくへし折ってゆく!
それを抗争中のヤクザ共に繰り返してゆく度に銃声は消え、代わりに犠牲者の声が。
「いてぇ……腕の骨が折れた……」
腕を抑えるチンピラに対し、警官は一つ慰めを掛けた。
「大丈夫大丈夫! 人間には200本ぐらい骨があんだからね。1本くらいどうってこたあない!」
よくねえよぉ、とチンピラは逆にキレている。しかし怒りよりも腕の痛みが勝るようで、結局反撃も反論も返さなかった。
「テメェ、何処の組のもんじゃあ!?」
ヤクザの狼狽えた声に、スキンヘッドの大男はこう返した。
「九・白(壊し屋・h01980)。東條探偵事務所、所長代理兼荒ごと担当ってところだね」
彼が質問に答えるその間、銃を持ったヤクザが三人、またしても倒されてしまった。今度は素手でだ。
「それで。君たちはどうする? |一般人《堅気》に迷惑かけ続けるか、それともそのオモチャを置いて大人しくするか……どっちがいいかな?」
互いに敵対している筈の、チンピラ二人は――大人しく武器を置いた。
「オイ、茶公!」
「テメェ、西! 何チャカ捨ててんだ、エェ!」
しかし、チンピラの兄貴分らしきヤクザ二人がまたしても現れた。一方、チンピラ二人は手でやめてくださいとと制している。
「西から離れやがれってんだ!」
「茶公はやらせはせん、やらせはせんぞォ!」
研ぎ澄まされた殺気も、弟分を守るためには無視出来るのだ。それが兄貴という物である! 何ともほれぼれするような漢気であろうか!
「砕けろッ!」
「「ごふッ……」」
まあ、ひたすらで圧倒的な暴力には無意味なのだが。腹に一発、両腕に腕に二発。ついでに倒れた隙に両ひざを二度踏みつけておく。
「安心するといいよ。殺さないよう、適度に壊す事には慣れているからね」
「「あ、アニキィイイイイイイ!!?」」
チンピラ二人は瀕死の兄貴分へ駆け寄って、咄嗟に戦場から引き摺って撤退してゆく。火事場のクソ力で駆け出した二人は兄貴を背負って、病院へと駆け出して行った。
「……スゴイな」
チンピラ二人の颯爽とした走りに呆気に取られた九はそう呟く他ないだろう。
「|あいつ《九》から連絡を受けて来てみたが、容赦ねぇなぁおい」
東條・時雨(東條探偵事務所の所長。・h05115)は部下の所業に若干引き気味に呟いた。ヤクザ共は死んではいない。ただし、死んではいないだけである。手脚は小枝の様にへし折られてしまったのだから、誰一人も動けないのだ。その為、助けを求める悲鳴が非常に喧しい限りである。
しかし、彼らの傷口に塩を塗りたくろうなどとは思えなかった。流石にそこまでされる謂れもないし、何より東條はこのヤクザ共に追い打ちを掛けるのは忍びない。
「おい、お前ら。武器を捨てて戦いをやめるってならここから連れ出してやるぞ。なんならそのまま病院にまで行ってやろうか?」
すると四肢をへし折られた彼らは蜘蛛の糸に群がる地獄の亡者の様に集まった。これ程集まられると、もはや気分はお釈迦様。
一方のヤクザ共は地獄に仏と言わんばかりに拝んでる。これならば脅しも説得も要らない。
「んじゃ、行くとするか。念の為言っておくが、これ以上暴れようなんて思うなよ?」
そもそも四肢が使えない彼らにそんな気力があるかは分からないが……釘を刺しておくのは大事だ。ひとまず兵員輸送車へ載せておく。まるで荷物の様に詰まれてしまったが、これは人数が多いモノだから仕方がないのだろう。
あとは病院に連れて行くのみ。まるで末期の野戦病院と化した後方座席から目を背け、彼はアクセルを踏んだ。
第2章 集団戦 『さまよう眼球』

リンドー・スミスは若い局員に向けて、ひたすらに冷たい目線を向けた。目は静かにこう語っている。
(しくじったじゃあねえかよこのボケッ!)と。それも丁寧に殺意が籠った視線で。
『……まあまあまあ、まだ大丈夫ですって!』
今すぐコイツの襟元を掴んで殴り飛ばしたい。そんな衝動を抑え、リンド―は部下を見遣る。
『……それじゃあどのように解決するか、教えてもらえるか?』
すると局員はドヤ顔でさまよう眼球を呼び出した。
『……そうか。これで邪魔者を消すと。そういう事か?』
リンドーの問いに部下は大きく自信ありげに頷いた。そういう事らしい。
(しくじるな。次も)
確信的予感は彼の脳から離れずにいた。
さまよう眼球たちはとりあえず解き放たれてしまった。
『……?』
主人らの命令によると……とりあえずそこらの人間食べてヨシって事らしい。もちろん彼らに複雑な命令を解する事など出来やしない。なので、ひたすらに単純な命令を入れたのだ。
今回の場合は虐殺である。目的はもみ消しの為の時間稼ぎか、あるいは陽動だろう。
『!!』
何はともあれ、この眼球どもを止めねばならない。さもなければ、東京が彼らの晩御飯になるのだから。
「|東條《所長》。サイレンサーをつけるとかもう少し近隣に配慮しなよ」
九・白(壊し屋・h01980)は次々と卒塔婆を突き刺したり、牙をへし折ったりの残虐ファイトを集団相手に行っていた。
「うっせ。今はそんな場合じゃぁねぇだろ!」
咎める声に対し、東條・時雨(東條探偵事務所の所長。・h05115)は怒鳴る様に答える。PDWで制圧射撃をしているものだから、怒鳴らねばまともに会話も出来やしない。
しかし、目玉たちは仲間がやられているのを意に介していないようだ。
『……!』
突然、眼球の一匹が姿を消した。代わりに残されているのは次なるさまよう眼球。目的は――東條の頭上! 弾幕を張っている相手を不意打ちで頭を丸かじるつもりである!
『キシャ――ァ?』
飛び掛かった眼球は声を上げた途端、穴が三つ拵えられた。
東條は硝煙を上げているリボルバーに弾丸を込め直している。その手付きに焦りやら驚愕の様子はない。慣れた作業を落ち着いて行っている手付きだ。
「ったく。弾だってただじゃねぇんだよ……!」
そうぼやきながら、また弾幕を張り始める。今度は的確に眼球どもを撃ち抜くつもりで。
「徹底的に潰すとしようじゃないか」
弾幕のお次は壊し屋による殴って潰し、蹴って砕き……たまに鋭い肘の一撃が眼球の集合体を貫く!
その様は正しく怪力乱神と言っても良いだろう。
「さあ、残り何体だい?」
しかし、彼らはただ本能的欲求と衝動でしか動けない存在に過ぎない彼らは次々と数だけ揃えて無策に蠢いてくる!
「頭数だけは一丁前に揃えてんのが質悪いもんだな……!」
所長は大いに青筋を立てていた。考える脳味噌すら持ち合わせていない眼球どもと言えども、ここまで多いと何かと困る。弾薬費もそうだが、薬莢集めも大変なのだ!
「|東條《所長》。これは任せて」
しかし、目玉の津波に九が歩み出た。|邪魔する者は薙ぎ払え《ガイシュウイッショク》の構えを取りながら、バッター席へ立つ打者の様に構えた。
「失せろッ!」
そして握り締めていた卒塔婆をフルスウィング!
『――!!?』
目玉の津波は激しい風圧と圧倒的暴力の前に、チリの様に吹き飛ばされた。場外ホームランである!
津波の後処理をし始めた頃合いに、所長は言い出した。
「こいつらが片付いたら……俺は帰るからな! 絶対に帰るからな!」
所長は大いにご機嫌斜めにしていた。タダでさえ燃え盛りそうな家計簿を燃え盛らせかねない、新たな燃料が投下されたのだ。そりゃあ当然の話である。
「……それじゃあ、手早く片付けようか」
所長の機嫌を直す為、とりあえず片付けを手伝い始めた。まずは薬莢の回収から。
「お……俺は……」
似瀬野・一色(悲劇の偽物英雄怪人・h01523)は戦隊ヒーローのパチモン怪人である。怪人の彼は本来であれば、ヒーローとして振舞う道理はない筈だ。
「た、助けて……!」
例え子供の声が聞こえて来たとしても。無視して見ないフリをすればよかっただろう。
似瀬野はお払い箱となった怪人である。しかし彼はまがい物の偽物とはいえヒーローとして作られたのだ。無用の長物となった彼にとってヒーローとはアイデンティティである。
「……俺だって正義の怪人……ヒーローなんです!」
気弱な怪人はやけっぱちの勇気を奮い立たせ、駆け出した! あぁ、何してるんだよと今更ながら思うが、駆け出す脚は止まらない!
さまよう眼球は腹を空かせていた。例えなんであろうとも、腹を満たせる獲物を欲している。
「ひ……!」
眼前に居るのは小さな子供。空腹を満たすにはやや足りないが、おやつ程度には丁度いい大きさだろう。
『……!』
「わ……わあ!」
眼球は新たなる牙ですり替わって、頭上から丸呑みにせんと飛び掛かり――唐突に吹き飛んだ!
子供は目を開く。そこに立っていたのは――
「ヒーロー参上!」
テレビの中でずっと見て来たヒーローだ。戦隊ヒーローが目の前に居る。
「う……うん!」
子供は安堵したのか、笑みを返す。
『……!』
眼球は忌々しい邪魔者を見る眼で睨みつけた。食事の邪魔をされれば、そりゃあ腹も立つだろう。しかし、すぐに目の色を変えた。
せっかくだ。コイツも食ってやろう。恐らくそう企んでいる目だ。嫌らしい目線を向けている。そして眼球は懲りずにまた飛び掛かる!
「踏み込みが甘い!」
しかし、眼球はヒーローマルチ百徳ガンブレードに切り裂かれ、霧散した。敵はこれだけだったようで、他に襲って来そうな気配はない。
「君、ケガはないか?」
震える手を隠しながら、似瀬野はヒーローとして接する。
「大丈夫! ありがとう、お兄さん!」
怪人はその礼に対し、こう返す。
「当然の事だ――私は、ヒーローなのだからな!」
「目撃者が消えれば証拠はゼロってか? 雑な仕事しやがるねぇホント」
下手人のやり口に対し、御倉・キンコ(泥酔警官・h01055)は辛辣に吐き捨てた。
しかしそう吐き捨てた時、ふと彼女の脳裏にもう一つの考えが浮かぶ。
その雑な手段も時間稼ぎであったならば――?
「――何はともあれ……解き放たれちまったもんはしょうがない」
いや、考えなど後で幾らでも出来る事だ。今行うべきは一つ。
「きっちりあたしらが始末つけるとしますか」
外敵の排除。それだけだ。
彷徨う眼球どもは己の目を口に変え、強酸を勢いよく吐き出しては辺りの通行人やら店舗を次々と襲撃していた。
酸を射出している彼らは効率的なエネルギー補給を必要としている。それ故に無差別に襲うのだ。
しかし、ふと何やら視界に入って来た。無視しようとも思ったが、何やら本能的に目が離せない。ソイツは鞘に納められている大太刀をこちらへ向けてくる。
「おまえさんみたいなのは東京には必要ないんでな。さくっと滅んでもらおうか」
彼らは本能的に理解した。コイツは敵であると!
眼球どもはさっそく強酸を次々と吐き出して、その敵をデロデロにせんと試みる。
だが、酸はどういう訳か当たらなかった。見れば酸の飛んだ位置は敵の手前である。
「あんたら、一体どこを見てるんだい?」
眼球はまたしても酸を飛ばす。しかし、当らない。いくら撃てどもかすりもせず、見当違いの方へと飛んで行く。
彼らは既に御倉流巫女神楽『狐走』の策中にまんまとハマっているのだ。その為、まともな反撃を行えないままに、次々と卒塔婆やら大太刀のフルスウィングに巻き込まれてゆく!
そしてそうこうしている間に口から強酸が出なくなった。
『……!』
恐れていた事態の一つ、それは燃料切れである! 眼球たちは次々と目を閉じては地面へと雪の様に落ちてゆく。
「おまえさんみたいなのは東京には必要ないんでな。さくっと滅んでもらおうか」
そして御倉は太刀を眼球らへと次々と振り下ろす。
そして眼球らは己の死すらも認識できないまま、スイカの様に呆気なく砕け散った。
第3章 ボス戦 『連邦怪異収容局員『リンドー・スミス』』

リンドー・スミスはただ一人、拠点の中にて腰掛け襲撃を待ち侘びていた。本来であれば、連邦怪異収容局員の一人や二人は居そうなものである。
しかし、この男の他に誰も居ない。というのも雑な作戦に対し、遂に堪忍袋が切れたリンドーはルーキー局員らに対しこう言い放ったのだ。
『このような作戦を受理されるお上もそうだが、貴様らも対外だ。とっとと国にでも帰って家業でも継いだ方がマシではないか! ここはXファイルでもなければ、メン・イン・ブラックでもない! 遊びじゃあないんだ、理解しているのか!?』
その結果、彼以外には誰も居ない。彼らはあまりにも打たれ弱かったのだ。自信を失ってしまった彼らはさっさと退職届をその場で書き出し、リンドーへ雑に投げ付けた。投げ捨てたともいうだろう。
と言う訳で彼は一人、この異世界の異国、その地下街にて黄昏ていた。
『やはり、私も家業を継ぐべきだったかもしれないな……』
祖国アメリカの大地が脳裏に浮かぶ度、何やら目頭に熱がこもるのをしみじみと感じながらも、彼は敵を待ち続ける。
『|Take Me Home, Country Roads《私を故郷へ連れて行ってくれないだろうか》……』
震える声でお国の歌を口ずさみながら。
「ううむ。背中が煤けているというかなんというか……」
哀愁漂うその姿に九・白(壊し屋・h01980)は何とも言えない感情を抱いた。宮仕えは宮仕えで苦労しているのだろう。
『……あぁ、そうか。君は、敵だな?』
黄昏ていた局員は徐に立ち上がり、怪異制御術式を解放。蟲翅、刃腕、液状変異脚を増殖させた。
その姿に哀愁は残っていない。あるのはたった独りの侵略者の姿である。
「あぁ、そうさ。|√EDEN《こちらの世界》に攻め入ったのなら、報いを受けるべきだ。そうだろう?」
リンドーは軽く嘲笑し、こう返す。
『あぁ、そうだな。侵略者であり、殺戮者である私には必要だろう……』
彼はただ嘲笑う。笑う度に使えん部下やら無茶ばかりの上司の顔が浮かんでは消えてゆく。
『|In our time of utter madness《すっかり狂った我らの時代に》!』
怒りとも嘆きとも取れる叫びを上げながら、リンドーは虫脚で斬りかかる!
それに対し、九は虫脚を掴んで止めて捥ぎ取った! 捥いだそれを|邪魔する者は薙ぎ払え《 ガイシュウイッショク》で振り回す! その際、防御などは度外視し、ひたすらに殴り続ける! すると脚も羽根も捥いだ虫脚で一気に砕かれた!
『ぐ……しかし、だ。私は居るぞ……生きているぞ!』
しかし、局員は生きている。多少のダメージは響いているが、それでも致命的とは言えないらしい。
「やはり、この程度じゃ倒せそうにない、か……なら、次の一手といこう」
彼は力ある言葉を唱える。
「ナウマク サマンダ バザラ ダン カン……」
唱えたのは真言だ。しかしただの真言ではなく、|我、明王の化身と為りて《フシャクシンミョウ》のトリガーである!
そして唱え終わった途端、こちらへと向かって来る! 速い。まるで暴走機関車めいた速度だ!
『成程、|Buddhism《仏教》か……』
あの体と倶利伽羅剣らしき剣、そして唱えた真言から見て宿ったのは不動明王の化身だろう。
猛攻を続けてはいるものの、速度と動きで捌かれており、刺すも払うも当たらない。
そして彼は迫る。既に距離は剣の刃が届くあたりにまで寄っていた!
「ふっ……!」
そして恐るべき怪力による抜刀が局員を切り裂いた。しかし、局員は苦しむ様な顔をしていない。
『……そうか。やはり私も……臆病者として……|故郷《くに》へ……帰るべきだった……な……』
後悔と諦めの交わった表情を浮かべながら、彼は地面へと倒れてゆく。
「泣くなよ、リンドー。凛としろって!」
不酒・杉留(巫山戯過ぎる・h05097)は慰めのつもりか、何とも言えないギャグを投げ掛ける。
『……ふざけているのか!?』
しかしどうやら逆効果だったようだ。立ち直るのには成功したかもしれないが、武装化攻性怪異を活性化させており、完全にやる気である。肉体融合武装と化した怪異を振りかざし、彼は大いに暴れ出す!
もはや大振りなその一撃は地下街の壁やテナントを次々とぶち壊してゆく!
「おっとっと……そうそうカッカするなよ……総統閣下みたいに怒鳴るとドナルドみたいにしゃがれ声になるぞ?」
不酒は何処かふざけながらも、忘れようとする力をそれとなく垂れ流す。徐々に辺りは直ってゆくが、リンドーはそんな事など気にもしない。今はただ、あのふざけた輩をぶち殺す以外に頭に浮かぶ事がないのだ!
『――!!』
そして煽られた事に時間差で気が付いたのか、更に彼は暴れ回っている。なお、彼が暴れているあたりに不酒の姿は見当たらない。
「こんなモナカ……じゃなかった、もんか……」
能力をお試しした彼は去り際ですら、ギャグを挟んでいた。
「失礼ながら、我輩が思うに……君の計画は破綻しているのではないかね?」
角隈・礼文(『教授』・h00226)は皮肉を込め、高圧的に言い放った。
『ご指摘ありがとう。その点はごもっともだ。だが、一つ訂正しよう。私ではない。我々の計画は立案時点で破綻済みだ!』
カッとなったリンドーは迷いなく、怪異制御術式を解放。すると彼の肉体から蟲翅だとか刃腕やら液状変異脚が次々と身体を突き破って増えてゆく!
「なるほど、実に運が悪いのだな。君」
皮肉を交えながら、|次元を彷徨う怪物たち《トゥエルブ・ディメンショナル・シャンブラー》を呼び出した。そいつらは黒い体毛と鋭いかぎ爪を持った生き物である。
だがリンドーは酷い錆びた匂いが鼻に入った途端、すぐさま察した。
『空鬼かッ……!』
角隈が呼び出したのはラブクラフト作品に登場する怪物、次元をさまようものだと看過したのだ。しかし、看過した所で特に状況は変わらない。
「それでは、状況を開始しましょう」
リンドーは怪物らへ怪異を振るう。だが、硬いその皮膚に爪も脚も弾かれた!
更に追い打ちとばかりに火の玉めいたインビジブルが襲い掛かる!
『えぇい……多勢に無勢かッ!』
そして怪物らに取り囲まれたリンドーは鉤爪に引き裂かれた!
『えぇい、どこに居る……!』
謎の気配を察知したのか、リンドーは周囲を何度も見渡している。武装化攻性怪異も構えており、見つけ次第に振り回すつもりである。
そんな中、通報を聞きつけた安藤・ポチ(野良豆柴の豆柴パンチ|格闘者《エアガイツ》・h02478)は不審者の様子を観察していた。ソイツはどう見たって不審者である。何やらバッチらしきものを身に着けているあたり、恐らく政府関係者なのだろう。更に見渡せば、複数人居たであろう痕跡も見つかった。
逃げ遅れたのだろうか。などと思いつつ、豆柴は警官として確保する手段を考え――先手必勝の体当たり! 小さなその身体は非常に非力なモノに見えるだろう。
『……?』
しかし、リンドーは一瞬の判断を誤った。この小さく可愛らしい子犬などヒラリと躱せば良かったというのに、飛んで来たこの犬をもろに受けてしまった。
『ゴッ……?』
ポチの前脚はリンドーのどてっぱらを貫いた。見た目とは裏腹に、威力は少しばかりも可愛らしさなどありはしない。
「えー……とにかくあなたを外患誘致の疑いで拘束します」
倒れた局員に対し、豆柴は組み付く事で取り押さえる。しばらくして、警察官も次々とやって来た。そして気絶しているリンドーへ手錠をかけた。