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まるうま、にじゅうろっぴき。
「やあ、新年あけましておめでとう、だ。」
ティーサロンのカウンタ席で貴方を待っていた星詠みのノイル・S・リース=ロスはひらりと白い手を振った。
「ふふ、そんなに警戒しないでも、依頼とは云え厄介事ではないから安心して欲しい。」
貴方の顔色を見てノイルは楽しそうに笑う。
「頼みたい事は、年神様の処にいる使い、みたいな子達の面倒を見る事なんだけど……先ずは折角だから年神様の処にご挨拶に行っておいで。」
件の年神様を祀る神社は√妖怪百鬼夜行の山の上。緩やかな石段沿いに色々な屋台も並んでいる。
「初詣、にしてはちょっと出遅れだけど、丁度年神様も各御家庭から帰ってくる頃だし。」
参拝者にはお神酒や甘酒が振舞われ、餅つき等の催し物も開かれると云う。
おみくじで新年を占い、お守りを頂くのも良いだろう。
そうして思い思いに過ごして午後からは。
「神社の山の裏手に、その年の神使を放牧してる場処が在って、」
神使を放牧。
余り聞かないワードが出たが一旦スルーする。
「まるっとした……馬……うまの様な……何か……。」
突然ノイルの言葉がぼんやりした。
「否、干支に倣っているから午の筈なんだけど……、」
一度考える素振りをしたが、諦めたのか言葉を続ける。
「馬を模したらしい、まるっともっちり小さな神使が26匹、放牧されていて。その子達の遊び相手兼、厩舎へ集める作業をお願いしたいんだよね。」
『まるうま』――名が体を表すその使い達は賢く温厚で、此方から手を出さなければ攻撃はしてこない。が26匹もいれば性格は色々。毛並みも色々。相性の合う子のお世話をして上げて欲しい。
「宮司さんの手が足りないらしくてね、お手伝いをお願いするよ。」
まるうま達と遊んで、お家に返して、ご飯を上げた後は自分達のお楽しみ。
「お仕事が終われば打ち上げだよ。」
新しい年を迎えたならば、憂いなく過ぎた年を見送らなければ。
昨年の干支の化身としての『八岐大蛇之姫巫女』を、2025年に思いを馳せながら見送るのだ。
「方法は何でも良いよ。|饗《もてな》すのでも、語り合うのでも、拳を交えるのでも。」
打ち上げ会場には、宴会仕出しの食事も用意されている。
「まぁ難しい事は考えず、昨年への思いを昇華して、今年をより良い年に出来る様に。――そんな思いで愉しめば良いと思うよ。」
そう云って黒い影は微笑んだ。
これまでのお話
第1章 日常 『初詣に行こう』
時折吹き抜ける風は少し冷たいが、柔らかな日差しは温かく、良く晴れた冬の空。
緩やかな石段を、高く結った黒髪を揺らし大きなリュックを背負って軽やかに上る女性の姿。
「空気が澄んでいて気持ち良いですね。天気も良くてお参りにぴったり。」
深く息を吸った見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)が気持ち良さそうに呟くと、背中のリュックから同意らしい声が控えめに聞こえた。
「わふ!」
犬が苦手な方に配慮して、リュックタイプのキャリーに大人しく収まっている見下・ハヤタ(弾丸黒柴号・h07903)も、中からふんふんと辺りの匂いを嗅いでいる。
そんな七三子達の後ろを、金の眼を細めながら付いて行くのは二足歩行の小柄な黒猫。
「……まあ、なんで私が巻き込まれたかはよくわからないが、まあ、いいか。」
呟くイヴォシル・フロイデ(|鷹追い《たかおい》・h06554)に七三子は振り返る。
「そうですよ、せっかくの新年なんですから。」
「ああ、年はじめくらいは神聖な気持ちで過ごそうか。」
境内へ続く石段は幅が広くて、初詣客を迎える色々な屋台が賑やかに並んでいた。
「わんわん!」
「ちゃんとハヤタさんのおやつも持ってきていますから、私たちのおやつ買ったら、一緒に休憩しましょうね。」
屋台から漂う食べ物の匂いに落ち着きをなくしているハヤタに、七三子は宥める様に声を掛ける。
「とはいうものの、君達、完全に初詣を楽しんでいるだけだね。」
イヴは普段とは違う場所の散歩を楽しんでいる様子の二人を眺めながら、まあ良いかと眼を瞑った。
「私はおやつ、何にしようかな……。」
並んだ屋台の商品を見比べつつ、七三子はちらりとイヴを窺う。
「ベビーカステラとかなら、分けられますかね。……イヴは買わない気がしますし。」
「そうだね、私は食べ物はいいかな。ああ、甘酒くらいはいただこうか。」
イヴは振舞い酒のテントを見付けてそう返した。
ベビーカステラの袋を受け取った七三子も、そちらを見てぱっと顔を輝かせる。
「私も甘酒を! ……お神酒ですか? いえあの、ハヤタさんもいるので、今日は我慢しますよ?」
「何も云っていないがね?」
係の女性にお神酒を進められて、しどろもどろに断る七三子の視線が此方を向いているのでイヴは首を傾けた。
おやつの調達を終えて更に石段の参道を進んでいると、途中の脇道が広場になっているのを見付ける。ベンチやテントが設置してあり休憩処になっている様だった。
「……うん? 休憩するなら、あちらのベンチが空いているよ。あそこなら、ハヤタを出しても問題ないだろう。」
イヴが示した広場の端のベンチにキャリーを下ろして、中からハヤタを開放する。
「わふっ、」
「はい、大人しく出来て良い子ですね。」
待ってましたとばかりに身体を震わせて伸びをするハヤタを撫でて、七三子はハヤタ用のおやつを取り出した。
「私達から離れたらだめですよ?」
「わん!」
元気なお返事に七三子は笑って、おやつを差し出す。
「はい、どうぞ。」
嬉しそうにおやつに喰い付くハヤタを見ながら、七三子も甘酒をこくりと飲んだ。
「ふふ、あったまりますね。」
ベビーカステラも焼き立てでほかほかだ。
イヴは甘酒を冷ましながら、おやつを美味しそうに頬張る二人を眺める。
「一息ついたら、お参りに行こうか。せっかく来たなら、ちゃんと挨拶に行かないとね。」
――本当なら、一息つく前に行くものだがね。と云うのは、新年早々小言もつまらないので、開き直って心の中に留めておく。
休憩を終えた三人は、境内に続く鳥居を潜る。参拝客の列に並び、本殿の前でご挨拶。
(今年も一年、いっぱい頑張れますように!)
それも無事に終えると、ぐるりと境内を散策する。
「あ、後は、おみくじも引きたいです!」
七三子は巫女さんの詰める社務所を見付け、思い出した様に声を上げた。ハヤタをイヴに預けて、みくじ筒を振る。
「いいのが出ればうれしいですし、悪い結果が出れば、これから頑張ればいいですしね!」
七三子は巫女さんから引いた番号のおみくじを受け取って、そっと内容を確認した。
「……わっ、大吉! 『今日のあなたは最高です。することなす事がすべて幸いの種となり、心配ごともなく嬉しい一日です。』ですって。」
「わんわん!」
えへへと笑う嬉しそうなご主人を見て、自分も嬉しくなったハヤタがぴょんことその足に飛びつく。
その光景に眼を細めて笑ったイヴは、ふいと視線を本殿の奥に移した。
「さて。挨拶が済んだら、次は本来の仕事だね。せいぜい働くとしようか。」
冬の澄んだ朝、お正月の空気は何処となく気持ちを厳かなものにさせる。
山の麓にある一の鳥居を潜り、緩やかな石段を見上げた一筆・双羽(群青世界・h10157)は白い息を吐く。
付喪神としては年若く、まだ気軽に誘える友人もいなくて今日は一人で初詣に訪れた。賑やかにひしめく出店を眺めつつ、石段を登っていく。
「まずはお参りを、」
楽しそうな空気を横目に、社の鳥居を潜り参拝客の列に並んだ。
「二礼二拍一礼、だよね。」
礼儀正しくしっかりと作法をなぞり、お願い事を神様に届ける。
――来年は友達ができていますように。
「そのためには、ボクも頑張らないと。」
双羽は最後の一礼を終えて顔を上げると、色んな人と出会える様に自分でも行動しないとな、と気を引き締めた。
「折角だしお守りを買おうかな。」
色も取り取り、様々なお守りが授与所に並んでいるのを眺めながら双羽は自分に合うお守りを探す。
「えーと……ボクの願いのお守りは……開運? 厄除け? 交通安全は違うよね。」
一つ一つ首を傾げながら選んでいた途中で、ふと眼が留まる。
「あ、この馬のお守り可愛いな。今年は午年だしこれにしよう。」
少し丸い馬が元気良く跳ねている姿を模したクリスタルの根付守。『|馬九行久《うまくいく》!』と添えられた通り、九色の馬が並んでいて、双羽は少し迷ってから夜明けの瑠璃色を手に取った。
「景気よく跳ねるような年になりそうだ。」
瑠璃色の馬を陽に翳して微笑む。きらきらと美しい色が零れた。
お守りを受け取った後は、のんびり屋台を見て歩くことにした。
定番の焼きそばやたこ焼き、串焼き等の食事系。ベビーカステラやクレープ、綿あめにフルーツ飴等の甘味系。
参拝者が思い思いにそれらを買い求めているのを見て、双羽は眼を細めた。
「色々な食べ物があるんだね……世界は本当に賑やかで綺麗だ。」
今年もまた一年、色々な世界に出会いたいなと思いながら。
麓の一の鳥居の前で、集まった友人達は和やかに新年の挨拶を交わしていた。
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いしますよう。」
「二人とも久しぶりだね~! 今日は遠くから……かな? あけましておめでとう!」
√妖怪百鬼夜行で暮らす野分・時雨(初嵐・h00536)と葵・慈雨(掃晴娘・h01028)が二人を迎えてお辞儀をする。
「明けましておめでとう~。妖怪の方々も程々によろしくお願いしまーす。」
「新年めでたいなぁと初詣である……! 年が変われば年神様を祀る神社へ向かう、ヒトらしい文化というヤツだなぁ。」
それを受けてゆるく挨拶を返す緇・カナト(hellhound・h02325)と、最早意識は鳥居の向こうへ飛んでいるトゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)。
「お参りに御神籤に甘酒に屋台や出店……! 目移りするほど色々あるなぁ。」
此処から眺めるだけでも楽しそうなものが沢山見えて、トールは眼を輝かせる。ここは地元の方々の例に倣うとして、とカナトの袖を握った。
「つれない態度の主のことは我が引っ張っていくのでお構いなく~。」
「……そこまで信心深いつもりもないンだが、集団行動を重んじる誰かサンらに合わせる協調性くらいは持ち合わせてるんで。」
はつ初詣なトールくん的には其れで満足かい? と顔を覗き込んでくるカナトにトールは笑顔で頷いた。
そんな二人の様子を微笑ましく眺めていた慈雨がぽんと手を叩く。
「ふふっ、じゃあ早速行きましょうか。」
皆で鳥居を潜って、緩やかな石段を上っていく。
美味しそうな湯気を漂わせている屋台達も気になるが、先ず眼に留まったのは参道にある授与所。通り沿いに様々なお守りが並べてある。
「あ、お守り見る? 今は色とりどりで綺麗よねぇ!」
慈雨が立ち寄るのに合わせて、皆で並んでいるお守りを覗き込んだ。
「……お、あの御守りは買うのに良さそうではないか? 主のようなイヌ姿~。」
「御守りって別に土産用途でもないんだケドな。」
シックなデザインの物から可愛らしい物まで。干支のお守りには十二支のイラストが描かれている。
十二支と今日のメンバーをちらと見比べてカナトが小さく笑った。
「何やかんや干支っぽいメンツが揃ってんのは愉快なモンで。」
「お守りって干支ごとに売ってるんだ。カナトさん、犬ので良いんじゃない。」
トールに同意する様に、時雨も黒い犬の描かれたお守りをカナトに見せる。
「みんな自分の干支わかるの? しぐちゃんは……牛さんだもんねぇ。見つけられた?」
時雨には「これしぐちゃんと同じ立派な角の牛さん!」と慈雨が見付けたお守りを渡された。
それぞれお守りを手に取りながら、自分に合うお守りを探す。
「エノくんは……馬? が一番近い? 自分の干支って気にしたことないかも。」
「そうか今年は午年か……ならば、我のように愛らしい馬でも探すかぁ。」
「麒麟の雷獣に神仏祈願を渡すのもなァ……。ああ、こども守なんて有るんなら、成長祈願くらいなら良いんじゃないの。」
トールを眺めて難しい顔をしたカナトは隣にあった別のお守りに眼を付ける。
「私もかえるちゃん探そうかなぁ。」
「時雨殿のぶんは丑で見つかりそうなのは兎も角、慈雨殿は……無事かえる……?」
十二支にかえるはいなかったなあと、別の棚を探したトールは無難だが一番大事なご利益を選ぶことにした。
「皆んな纏めて健康祈願としておくか~。」
思い思いに選んだお守りを受け取った後、また参道を進みながらカナトが皆に問い掛ける。
「それで此の後は?」
「甘酒や屋台ご飯巡りな光景も楽しむぞう!」
境内まで伸びる道にはまだまだ賑やかな屋台が続いている。
「参道に惹かれるものが多くてお参りまで進まない……。」
どうしようかと苦笑する時雨は、隣にいた筈の慈雨の姿がない事に気付いた。
「……って慈雨さんもう買ってる。」
「屋台ご飯買ってきたよ~! オマケしてもらったからたくさん食べようね。」
持ち前の要領と器量の良さから店主達に色々増やして貰った慈雨は、両手いっぱいの袋を見せる。
「クロイヌさん……クロさんたくさん食べれるかな? トールくんは甘いもの好き?」
「串焼き系なら食べ歩くのも向いてそうだけど。」
「チョコバナナというのも美味しそうだな。」
カナトとトールはそれぞれ肉串とチョコバナナを受け取って頬張る。
「食べ歩きながらご挨拶に行きましょうか。人混みに気をつけて、参道に沿って歩いてください。」
「……は! 楽しんじゃった……!」
時雨の言葉にご挨拶がまだだったことを思い出した慈雨がはっとした。
チョコバナナを手に、他の屋台や珍しい出店を「あれは? これは?」と楽しそうに眼を輝かせるトールを、カナトは少し優しい眼で眺め。賑わうヒトの日常なんてこんなもんでしょう、と肉に齧り付いた。
「……変なところ行かないでくださいよ!」
好奇心旺盛でちょっと危なっかしいトールに声を掛けながら、時雨と慈雨は漸く見えて来た鳥居の社を示す。
「ご挨拶に行こう~! 今年はお馬さんの年にご挨拶!」
本殿の前に辿り着き、四人並んで鈴を鳴らした。カナトも空気を読んで作法に倣う。
手を合わせ、ご挨拶とそれぞれの願い事を神様に届けた。
きっと今年もうまくいくだろう。
冬の朝、お正月の空気は何処か華やいでいて。お社へと続く緩やかな石段は様々な屋台と参拝客で賑やかだ。
「年神様の使いってどんなやつなんだろー!」
そんな参道を軽やかに進む少年の姿がふたつ。
「年神の使いか。何やらやたら可愛らしい姿をしているようで楽しみだ。」
「不思議な存在に会えるのはこの√らしいよな。」
期待にわくわくと紅玉の瞳を輝かせるのは天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)。
その隣で異なる|青《碧》の瞳を細める神花・天藍(白魔・h07001)は、今の見目こそ勇希と同年代だが中身は人外らしく長い時を生きている。
初詣の時期故に、参道を行き来する人々は多い。
幼子ならばはぐれる心配もあるだろうが、自分達ならそれは無用だろうと天藍は目した。隣に並ぶ少年がしっかり者なのは十分承知している。
「まずはお参りで神様にご挨拶ってとこか。」
取り取りの屋台も気になるけれど、此処はやはりご挨拶してから。
行き交う人と偶に肩が触れそうになる程の盛況。
「よし天藍、人多いしはぐれないように……、」
勇希は天藍に向かって手を差し出してからはっとする。
「っておまえは大丈夫だよな、ついいつもの癖で。」
「むしろお前のところは師の方が危なっかしいのではないか?」
手を引っ込めた勇希に、天藍はくすりと笑った。
「そうなんだよすぐどっか行っちゃうから。」
ふわふわしているのに興味を持ったら一直線な師匠の事を思い出して勇希は口を尖らせる。
「今日は天藍とだからのんびりまわれるな。」
そう、少し冗談めかしてにかっと笑った勇希に、天藍も穏やかに眼を閉じた。
人の波に乗って、お社の鳥居を潜り、二人は拝殿の前に辿り着く。鈴を鳴らし、作法に倣い年神様にご挨拶をした。
(今年の願いは、もちろん強くてかっこいいヒーローになること!)
手を合わせた侭眼を瞑り、勇希は神様に願掛けをする。
(もっともっと強くなって、大切な人みんな守りたいんだ!)
天藍は自分の立場で神に願掛けというのもおかしいので、純粋に挨拶だけして顔を上げた。
順番を譲る為に脇へ避けた時にちらと眼に入った、強く目を閉じる勇希の表情に同じ位強い願いとその内容も察せられて微笑ましく思う。
そうしてお参りを終えた二人が境内を回っていると、お神酒と甘酒を配っている振舞い酒のテントを見付けた。
「甘酒ならアルコールなしだよな、いただきます!」
「神酒を……否、今はこの姿ゆえよくない。」
現代ではそのあたりは厳しいと警察官の同居人に聞いている、と今の姿を思い出した天藍はすんとした。
「ゆえに我も甘酒も飲もう。」
「体があったまるしうまい!」
にこにこ笑顔の勇希の隣で、天藍も温かい紙コップを受け取る。
「む……折角暖かかったのに身纏う冷気のせいで冷えてしまった。仕方ないが残念だ……。」
「え! じゃあ俺のと交換……しても意味ないのか、」
冷えた紙コップを手にしょんぼりしている天藍を見て、咄嗟にそう申し出ようとした勇希も、それでは解決にならないことに気付いてしゅんとする。
「気にするな。その気持ちだけで十分だ。」
小春日の様な少年に、天藍は眩しそうに眼を細めた。
甘酒を飲み終えて、次はどうしようかと二人は当てなく歩き出す。
「あとはおみくじとかお守りとか? 天藍は気になるものあるか?」
「行いたいことか……正直何があるかわからぬゆえ勇希が行きたいところに向かおう。」
天藍の言葉に勇希はじゃあ、と言葉を返した。
「まるうまにちなんだお守りとかないかなー? お土産にしたい!」
「まるっこい形をしているとのことだから鈴などあったらよいな。」
そうして次の目的地が決まった二人は、また賑やかな人波に飲まれていく。
二人を呼ぶ様に澄んだ鈴の音が響いていた。
新年を迎えた冬の朝、厳かな気持ちで参拝の列に並ぶのはルイ・ラクリマトイオ(涙壺の付喪神・h05291)。
今日は大切な人と過ごすのだが、お相手は祈願と縁がないとのことで先ずはルイ一人でお参りをすることにした。
作法に倣い、柏手を打った後手を合わせた侭祈る。
(皆さんの無病息災と、その方たちのお役に立てますように。)
身近な人々を思いながら願いを綴った。
(それと……正信さんとともに過ごす時間を、今年も重ねられますように。)
そして大切な人を想い、此からの時間が増える事を願う。
参り終えて拝殿を離れたルイは、此から会える人を思ってふと顔を綻ばせた。
○
「馬に関わると聞いてきたのだが、年神に神使とは新年らしいことだね。」
眞継・正信(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)は屋台や出店が立ち並ぶ賑やかな石段をゆるりと進む。
今日待ち合わせているルイは先に初詣に行っているので、その間に美味しそうなものをリサーチしておこうと云う算段だ。
相手の事を考えながら、好みそうなもの、興味を引きそうなものはないかと店先を控えめに冷やかしていく。
幾つか目星を付けながら参道から境内に進むと、丁度正面から笑顔のパートナーが片手を上げて小走りに寄って来た。
「正信さん!」
「嗚呼、ルイ君。」
無事に合流出来たことに、正信も笑顔で迎える。軽く挨拶を交わして、二人並んで歩き出した。
「おや、甘酒を振舞っている様だよ。」
柔らかな湯気の立っているテントを見付けて、二人で立ち寄る。
「甘酒は、一年ぶりに飲むことになるかな。寒いこの季節にはありがたいものだ、いただこう。」
正信は暖かい紙コップを二つ受け取って、一つをルイに手渡した。
「初めてのお出かけの際も、甘酒をいただきましたね。それを覚えてくださっていることが、嬉しいです。」
ルイは紙コップを受け取ると、そう云ってふわりと微笑む。
勿論覚えているさ、と正信も微笑み返し、互いに湯気の上がるカップを傾けた。
優しい甘さで身体を温めて、今度は何か摘まもうかと屋台の並びに足を向ける。
「あとは、ふむ……たいやき。見かけはするが、一人ではなかなか食べなかったな。」
正信は先程眺めていた屋台の中から、たい焼きを提案した。
「どうだい、ルイ君。つぶあんとこしあん、どちらもあるようだよ。」
「たいやき……は、お魚ではなくお菓子ですよね、どちらも美味しそうです。」
焼き上がる甘い香りに、ルイは鉄板を覗き込んで首を傾げる。
「では、一つずつ買って半分こにしようか。」
買ったたいやきを持って、近くにあった休憩処のベンチに移動する。
つぶあんとこしあんをそれぞれ、半分ずつ分けっこして齧り付いた。
此方も焼き立ての温かさに息を白くさせながら、此の後お世話をする『まるうま』について思いを馳せる。
「一度馬に乗ってみたい、とは思っていたのですが機会がなかったですし……まるまるしくていらっしゃるのが、可愛らしいな、と。」
「ふむ……まるまるしい馬では、騎乗の練習などは出来ないかもしれないな?」
そう云って少し苦笑する正信に、経験のないルイは今一想像がつかなくて首を傾げる。
「普通の馬とは確かに勝手は違う? のでしょうか……、」
星詠みの言葉を思い出せば、小柄らしいので通常の騎乗とは違いそうだ。
実際に見てみないと解らないな、と笑い合う。
「今年もまた、こうして共に過ごしていきたいものだね。」
正信の言葉を聞いて、ルイは嬉しそうに眼を細める。
「ふふ、私も同じことを祈って来ました。」
想いが同じことを確認して、二人はそっと手を重ねた。
此の温もりと共に此からも歩んでゆくのだ、と。
山の麓の一の鳥居を潜り、緩やかな石段を上っていくのは鮮やかな赤。
ヴォルフガング・ローゼンクロイツ(螺旋の錬金術師|『万物回天』《オムニア・レヴェルシオー》・h02692)は初めて身に着けた衣装をまじまじと眺めながら同行者に問い掛ける。
「袴姿は初めてだけど似合うか? 初詣とか、|故郷《√ドラゴンファンタジーのドイツ》にはない風習だからさ。」
黒い着物に濃灰の袴。鮮やかな赤い羽織を纏った姿は、普段の印象をその侭和装にした様だ。
「結構似合ってるわよ。」
エレクトラ・テスタロッサ(赤雷の精霊・h03015)はパートナーの姿を覗き込んで頷いた。
「私も振袖はじめてだけどどう? ちょっと気合いれちゃった!」
そう云って袖を広げて見せるエレクトラ。
此方も燃える様な赤の生地に、大柄の牡丹が咲き乱れている華やかな振袖だ。黒い帯の帯締めに金糸と赤いリボンを結ぶと、普段の洋装の雰囲気が窺える。
「良いんじゃないか? 普段よりお淑やかに見えるぞ。」
「何よぉ。……でも確かに、普段のスカートよりは動き難いわね。」
着崩れない様に、普段より小さな歩幅で歩くエレクトラに、ヴォルフガングは歩調を合わせて参道を行く。
「賽銭の相場わからんけど、景気よくドンとやればいいか?」
魔道玩具店の売り上げを入れた袋を懐から取り出すヴォルフガングにエレクトラも首を傾げる。
「どうかしら……多分、多くて悪い事はないと思うけど、」
参拝客の流れに乗って社の鳥居を潜り、境内に足を踏み入れた。
先ずは手水舎で身を清める。柄杓で掬った水を手に掛けると、きんとした冷たさに意識が引き締まった。その侭拝殿に向かう。
「なるほどね。作法は、二拝二拍手一拝なのね。ヴォルフわかった?」
賽銭箱の横に掲示してある作法を眺めて、エレクトラはヴォルフガングに視線を向ける。当の本人は頷きながら、先程の言葉通り気前良く賽銭を放り込んでいた。
(今年も元気に、楽しく遊べますように。)
作法通りに拍手の後、願い事を唱えるエレクトラの横でヴォルフガングは堂々と宣言する。
「今年は冒険王国を建国したいから神様、応援宜しく。」
「ヴォルフは、どっちかというと祈願というより抱負ね。」
「魔導玩具店の支店を増やすのは少し頑張れば出来る事だろ? 神様だってデカい願いのほうが応援し甲斐あるだろうさ。」
そう云って胸を張るヴォルフガングに、エレクトラは肩を竦めてから気を取り直して授与所を指差した。
「次はおみくじと絵馬やりましょうか。」
「おみくじか、なんだろな。」
筒から引いた番号のおみくじをそれぞれ巫女さんから受け取る。
「まずおみくじ、私は……やった、大吉! 『神様のお助けがあります。今迄の色々な災いが嘘の様に消えて、喜びの光がさします。』だって!」
「俺は中吉か。『迷わず、一筋の道を貫けば思いがけぬ幸せが舞い込みます。』……なるほど、このまま建国に邁進すればいいんだな。」
おみくじを手に決意を固めているらしいヴォルフガングを横目に、エレクトラは絵馬を受け取る。
「絵馬には願い事を書いて、奉納ね。……ヴォルフはどんな国にする気なんだか。」
一通りおみくじと絵馬の奉納を終えると、改めて境内を見回す。
「屋台も見てこようぜ。熊手買っとくか、商売繁盛だ。境内に甘酒もあるのか。温まりそうだな。」
「屋台見に行くのね。私もりんご飴とかじゃがバター食べてみたい。」
色々並んでいる屋台を眺めてエレクトラも興味を惹かれる。
「ヴォルフはフランクフルトでいいわよね?」
「ああ。」
ヴォルフガングは問い掛けに頷いて。
先ずは商売繁盛の熊手を買う為にそちらの出店に足を向けた。
第2章 冒険 『年神様を迎えて』
●まるまるしい、うま……?
お天道様が空の天辺を越えた頃。
担当の宮司さんに案内されて、神社の裏の森を進んでいくと開けた放牧地が見えて来た。
草地にちらほらと、まるっこい生き物が転がっていたり、駆け回っていたり、草を食んでいたり。
大きさは体高60cm程の大型犬位。けれどフォルムは犬よりまんまるで、触り心地はもちもちぎゅっぎゅ。
けれど力持ちなので、大人一人位なら背中に乗せて駆け回る事も出来る。
毛色も芦毛、栗毛、青毛、鹿毛、白毛など馬と同じ様に様々。性格も様々。
触れ合って感触に癒されたり、ニンジンや果物などおやつを上げたり、背中に乗せて貰ったり。
満足するまで思い思いに遊んであげて欲しい。
ぽかぽかと暖かな陽気の放牧地にはまんまるとしたまるうま達がそれぞれ思い思いに過ごしている。
その中で日向ぼっこをしている薄墨毛の子に一筆・双羽(群青世界・h10157)は近付いた。
「年神さまの使いって馬だよね……?」
自分の知っている『馬』と云う生き物と掛け離れた姿をしているまるうまをもちもちしてみる。
話に聞いた通りの触り心地に、今度はぎゅっぎゅしてみる。
「馬、だよね……?」
ぎゅっぎゅ。お餅の様なもちもち感と、筋肉かも知れないぎゅっぎゅと肉の詰まった感覚。
双羽が無心でその身を押していると、やだとでも云いたげにまるうまがふるふるっと首を振った。
「ああ、ごめんね、ぎゅっぎゅしすぎちゃった。」
触り方を優しく変えつつ、双羽はまるうまのおやつを取り出す。
「怒らないで、人参は好きかな? 先程、いただいてきたんだ。りんごもあるよ、好きなら食べて。」
まるうまは差し出された人参に気付くと嬉しそうに食い付いた。
「食べ方は馬っぽいなぁ。可愛いね、おまえ。」
しゃくしゃくと歯を擦り合わせて食べる姿に、双羽は眼を細めて身体より濃い墨色のたてがみを撫でる。
「今年の運を運ぶ年神さまのお使い。いっぱい食べて元気になってほしいな。」
その気持ちに答える様にまるうまは鼻を鳴らした。
「あ、ブルルって鼻息も馬っぽい。乗せてくれるのかい? ふふ、じゃあ、一緒に昼寝しようか。」
自分の身体を示すまるうまに、双羽は笑ってその背に腰掛ける。首に頭を寄せればたてがみが柔らかく頬を撫でた。
「おひさまが真上にあるよ。きっと君のふかふかな毛はもっとふかふかになる。」
ぽかぽかと暖かな日差しを浴びて、一人と一匹はしばしもちもちな夢にまどろんだのだった。
ぽかぽか陽気の放牧地でまんまるとしたまるうま達がそれぞれ思い思いに過ごしているのを見て、見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)は思わず声を上げる。
「う、うわあ……。ええと、思っていたより、丸い、何かですね。」
「わう! わんわん!」
大きくてまるい〝せんぱい〟に挨拶しながら突撃する見下・ハヤタ(弾丸黒柴号・h07903)を見送りつつ、イヴォシル・フロイデ(|鷹追い《たかおい》・h06554)は心底訝し気に呟いた。
「何がどうして、こういう生き物に成った、のかね……? 歩けるのかね、これで。」
研究者故か、一度気にしてしまうと解決したくなってしまうが、此もあの|星詠み《悪友》に云わせれば「妖怪や精霊の類だから、動物学的に考えるのはナンセンスだよ。」とでも答えるだろうか。
動物と云うよりマスコット的なシルエットでぽてぽて歩くまるうまを前に七三子は依頼を確認する。
「この子たちと遊んで、厩舎に帰ってもらえばいいわけですよね?」
そうイヴに振り返っていた七三子の手に、一匹のまるうまが鼻先を押し付けた。
「え、触らせてくれるんですか? ……不思議な手触りです。」
柔らかくもちもちとした弾力に、まさか此のまんまるは筋肉なのかと思わせるぎゅっと詰まった感触。
大人しく触られている青毛のまるうまを眺めていた七三子は、ふと他の子とかけっこしていたハヤタに眼を遣る。
ご主人の視線に気付いたハヤタが「なんですかー?」とばかりに近付いてきたのをひょいと抱え上げた。
「あ、ハヤタさん、ちょっと抱っこしますね。まるうまさん、ちょっとこの子、背中に乗せてみてもいいでしょうか。」
「くーん?」
まるうまが嫌がっていないのを確認して、その背中にハヤタを乗せる。
「大変、ファンシーな見た目。」
まるうまに乗って誇らしげな表情をしているハヤタに、七三子は思わずスマホを取り出してその姿を写真に収めた。七三子は満足げな息を吐いた後、此方を見守っていたイヴに視線を向ける。
「ついでです、イヴ。ちょっと失礼しますね。」
「うん? 七三子は何をするつもりかね。こら。脇を持って持ち上げないでくれ。」
ぷらんと正しく猫の様に持ち上げられたイヴは、その侭まるうまの背、ハヤタの後ろに乗せられた。
「ハヤタと同じ扱いをしていないかね、君。そしてなぜこの不思議な生き物に私を乗せるのかな。」
「よいしょ……うん、ファンシー。え。何って。写真撮ってノイルさんに見せます。」
そう云って再びスマホを構えた七三子に、イヴは諦めの顔で眼を細める。
「まあ、いいがね。いきなりこの写真を見せられたノイルも困惑するだろうに。」
|青毛《黒》のまるうまと黒柴と黒猫のセット。動物好きだからきっと喜んでくれるに違いない、と七三子は張り切って。「ブレーメンの音楽隊みたいじゃないか、」とはしゃぐ幻聴が聞こえる気がしてイヴは大きな耳を伏せた。
ひとしきり写真を撮り終えた七三子は満足してスマホを仕舞うと、周りを別のまるうま達に囲まれていることに気付く。
「え、なんですか、まるうまさんたち。」
ぎゅうぎゅうと押されながら、それぞれが背中を示すのを見て察した七三子は申し訳なさそうに答えた。
「私も? 私は、|鉄板とか仕込んである《とても重い》ので……。かわりにいっぱい撫でさせてくださいね!」
人懐っこいまるうま達に抱き着きながら順にその背とたてがみを撫でる。
「あ、たてがみにブラシを通しても?」
懐から取り出したブラシでたてがみを梳いてやると、まるうま達は気持ち良さそうに鼻を鳴らした。
「さあ、遊ぶのもほどほどにして、最終目標は、厩舎に戻すこと……厩舎というからには、やはり馬なのだろうか……。」
少し日が傾いてきたのを確認したイヴが声を掛ける、が、また言葉が途切れる。
「おっと、失礼。思考がそれた。技能を使って直接会話してみようかな。『ほら、まるうま君達、家に戻るよ』。」
「わうわう!」
イヴとハヤタの言葉に応える様に、まるうま達がぽてぽてと厩舎に向かって歩き出す。
その様子を見ていた七三子が眼を輝かせているのに気付いて、イヴは渋い顔をした。
「そこ、メルヘン! って顔しないでくれるかな。」
「えへへ、つい……。」
牧羊犬ならぬ牧馬犬よろしくハヤタがまるうま達を先導する。
「わん!」
こうして無事、まるうま達はお家に帰ったのだった。
ぽかぽか陽気の放牧地に、ころころのまるうま達が駆けたり、食んだり、転がったり。
「う、午年のお馬さんだけど……年神さまって……すんごいまんまるさん!」
そんな姿を見た葵・慈雨(掃晴娘・h01028)が驚いたような声を上げる。
「此れが話題のまるうまだっけ……ポニーでもなく不思議な生き物がいるんだなぁ。」
隣で緇・カナト(hellhound・h02325)も感慨深げに呟いた。
「なんとも愛らしい見た目のまるうま達だな……! 毛色も様々あるようで、まさに年神らしいというか。」
トゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)はまるうまを見てうんうんと頷いて、ヒト型から本来の姿である黒麒麟の姿へ変貌した。
「此処はわたしも敬意を払って黒麒麟姿で戯れるとしようか。」
「ぼくもマスコットうしくんにだいへんしん。せっかくなんで、まるうまさん目線で会ってみようかと。」
ぽふんと此方もまるうまに負けない愛らしさのマスコットうしくんに変身したのは野分・時雨(初嵐・h00536)。
「トールくん綺麗だねぇ。神獣さんだ! しぐちゃんも揃って変身してお馬さんにもなれるんだねぇ。まんまる! ……あ、こっちは年神さまだった……!」
慈雨は黒麒麟姿のトールに見惚れた後、隣のまんまるさんに話し掛けるが、そちらは黒鹿毛のまるうまで。
「……慈雨さん! ぼくコッチです!」
「まんまるさんたくさんでわかんなくなっちゃう……!」
混乱している様子の慈雨に、時雨はもー! と自身の身体を示しながら抗議する。
「ちゃんと見比べてください。まるうまさんは真ん丸ですけど、ぼくはスマート。しっぽだって長くて洒落てる。ね、エノくん。違うよね。」
「うむうむ、時雨殿は洒落てるマスコットだぞ。」
同意を求められたトールは笑顔で頷く。
「さっそく別方向でエンジョイしている方々も居るが牛鬼妖怪や雷獣としては其れで良いのか……?」
カナトがぽつりと呟いたが、その言葉を気にするような人物は此処には居なかった。
草地に点々と広がるまるうまを見て時雨がカナトにお願いする。
「カナトさん、牧羊犬みたいに馬さん集めてくださいよ。」
「特に牧羊犬していた覚えはナイけど。」
つれなく返されてちぇーと口を尖らせた時雨は、近くにいるまるうまの背を見比べた。背中が平らなまるうまを見極めて、この姿ならきっと負担ではないと信じその背に乗ってみる。
「乗れたけど……動かないんですけど。草食べてないで。動いてください。ねえ~。」
てしてしと背中を叩くももちもちした感触。あ、ちょっと気持ち良いかも……と意識がそれて、その背を揉む。
その隣でトールはまるうまと会話をしている様だった。
「……いやいや、わたしは野生動物では無いので草を食んだりはしないのだが。お気持ちだけ有難く頂いておこうか。」
草を食むまるうまにそう返しつつ、カナトに視線を移して促した。
「オヤツのニンジンや果物を我が主が持っているので貰ってくると良い~。」
「……小さいのと大きいのが並んでいて珍妙な光景だな。」
まるうまとトールが並んでいるのを眺めていたカナトは、矛先が此方に向いたのに気付いて果物やニンジンの餌やりくらいは参加しておこうか、とそれらの入ったバケツを手に取る。
「えっ……まさか自分で食べたりはしないよな……?」
「さっきチョコバナナ食べてた奴に言われたくはないが。」
此方の様子を見ていたトールが驚いた声音で問い掛けるのに、カナトは呆れた様に返しつつまるうま達にニンジンを差し出していく。
「おやつ食べるの可愛いね~!」
美味しそうにニンジンを食んでいるまるうまを見て慈雨がほんわかと顔を綻ばせる。
「こう見ると犬さんみたい。クロさんは餌やり上手ねぇ。お相手するの慣れてるのかな?」
自身もリンゴをまるうまに差し出しつつ、カナトの手際を観察してみる。
カナトはまるうまと一緒に並んでいるトールを見て、リンゴを手に取った。
「そうやって並んでいると口まで運びたくなるというか……、」
「ああ、我にくれるのか~ならば礼として背に乗るがよい!」
「乗馬体験は遠慮しておこうノーサンキュー。」
「相変わらずつれない主よなぁ。洒落てるマスコット時雨殿や慈雨殿は乗るかな?」
つれなくされてもいつもの事なのでからからと笑い、トールは二人に声を掛けた。
「トールくんには……乗っていいの?! の、乗ってみちゃおうかな……。」
思わぬ申し出に、慈雨は好奇心が勝って恐る恐るトールに騎乗させて貰う。
「まるうまさんがすごい羨ましそうにしてる……!」
「はい! ぼくも後でエノくんに乗ってみたい。」
てしてしとまるうまの触り心地を堪能していた時雨も、トールの背に乗れると聞いて嬉々として手を上げる。
トールは慈雨を乗せた侭辺りを軽く一周して、皆とまるうまを眺めては満足げに微笑んだ。
「何であれ、微笑ましい光景で良きことだ!」
その後もトールは時雨を乗せて回ったり、まるうま達の脚の長さに合わせて並走したり、草地を思い切り駆け回ったりもしてはとても楽しそうに息を吐いた。
「とても満喫したぞ……!」
カナトはまるうまに最後のおやつを上げながら、マスコットうしくんも黒麒麟もすっかり馴染んで戯れてる様子を眺めて眼を細める。
「奇妙で不思議な風景ではあるが其々楽しんでいそうだし、まぁ良いんじゃないのかな。」
ぽかぽかの陽気に照らされて、それぞれ思い思いにまるうまとの触れ合いを楽しんだのだった。
「年始に放送していた馬と人の関わりを描いた映像が素晴らしくて……乗馬に挑戦してみたいなと思っていたのです。」
放牧地に向かう道すがら、ルイ・ラクリマトイオ(涙壺の付喪神・h05291)は乗馬に興味を持った切欠について語った。それを眞継・正信(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)は穏やかに頷きながら聞く。
そうして辿り着いた、ぽかぽかと日当たりの良い草地に点在するまるうまの姿を眼にして。
「まるうま、福々しいお姿ですね。」
その愛らしい姿にルイは破顔した。
正信は眼を細めながら、馬というよりロバやウサギの見た目をした子供の乗る玩具のようだな、との考えが過ったが勿論口には出さず。「そうだね。」と同意する。
「普通の馬とは違うようですが、よい機会ですし……『落馬』しても大きな怪我にはならなさそうですから。」
想像していた馬とは違うが、|まるうま達《彼等》も馬である以上乗馬であることに変わりはない、多分。
「乗馬、か……。」
あのフォルムでは自分の知っている知識はほとんど役に立ちそうにないな、と思いながら正信が呟くと、ルイが青い瞳に期待を込めて問うてくる。
「正信さんは、乗馬のご経験が? 勝手は違いそうですが、コツや心構えがあれば教えていただきたいです。」
「乗馬の経験は多少はあるが、彼らもただの馬ではなく、神の使いのようだ。」
馬は賢い動物だ。人の考えも敏感に察して来る。神の使いなら尚更だろう。
「丁寧に接し頼めば、彼らから乗るように伝えてくれるかもしれないね。」
そう云って微笑む正信に、ルイは成程と頷いた。
心優しい彼ならきっとまるうま達も歓迎するに違いないと正信は思う。
実際、興味を持った子達が二人に近寄って来るのを、ルイは優しく撫でてやった。
「たてがみが金色の子がいますね、美しいです。」
中でもルイは尾花栗毛の子に眼を惹かれる。たてがみを撫でていると、まるうまは鼻先をルイの手に押し付けた。
「ほう、ルイ君がこの栗毛の子を美しく感じたように、彼も君を好ましく感じてくれたようだね。」
その様子に正信は微笑んでルイを送り出す。
「危険もないようだ、ゆっくりと楽しんでおいで。」
「はい。……背中、失礼しますね、」
正信の言葉に頷いて、ルイはまるうまに声を掛けてからその背に乗ってみる。
まるうまも慣れているのかぶるると鼻息で返事をした後、ルイが安定したとみるとゆっくり歩き出した。
「わ、わ、すごい、歩いています、」
まだ少しおっかなびっくりな様子のルイを微笑ましく見守っていると、正信の足元に幽鬼の尾が触れる。視線を落とすと此方も青い瞳に期待の色を乗せていた。
「おや、Orgeも一緒に遊びたいのか。お前もすっかり遊びを覚えてしまったね。」
その姿に正信はくすりと笑い、少し離れた処で駆けているまるうまに眼を遣る。
「あそこに元気そうな青毛の子がいる。脅かさないように、駆けっこにでも誘っておいで。」
主人の許可を得て、Orgeは嬉しそうに一鳴きするとそちらに駆け出して行った。プレイバウの姿でお伺いを立てて、無事打ち解けたのか一緒に駆けまわる姿を正信は眩しそうに眺める。
「正信さん!」
呼ばれた声に視線を移せば、ルイが先程より駆け足のまるうまに上手に乗っていた。余裕が出て来たのか笑顔で手を振って来るのに正信も振り返す。
「……君達は本当に人懐こいな、」
正信は自分にも寄って来るまるうまに苦笑して、避ける訳にもいかず軽く頭を撫でるに留める。
そうしてしばし、皆が楽しむ様子を眺めていたのだった。
ぽかぽか陽の差す放牧地に、ころころのまるうま達が思い思いに過ごしている。
そんな光景を目にしたヴォルフガング・ローゼンクロイツ(螺旋の錬金術師|『万物回天』《オムニア・レヴェルシオー》・h02692)は興奮した様に声を上げた。
「トラちゃん、何だあれ、可愛いのがいるぞ!」
初詣の時の姿と打って変わって、此方も可愛らしい姿に変わっている。
「ヴォルフ、最近、事あるごとに縮む癖ついてるけど、何だか当たり前になってしまったわね。」
小さくなったパートナーの姿もエレクトラ・テスタロッサ(赤雷の精霊・h03015)にとっては見慣れた光景となってしまった。
実害はないし、まあかわいい? し……袴を着た小さな狼の姿は七五三の子供みたいね、と思いつつ駆けて行くヴォルフガングの後に続く。
「あのまるっこいのがまるうまなのね? 古妖の一種なのかな。精霊に近いようにも感じるけど。」
放牧地に入ると此方に寄って来たまるうまを撫でながらエレクトラは首を傾げた。
「もちもちしてるし、懐っこいし。」
一度知ってしまうと癖になる触り心地だ。エレクトラがもちもちしている横で、ヴォルフガングが用意されているおやつのバケツを手に取る。
「ちょっとニンジンあげてくる。どの子がいいかなあ。ほわぁ。」
おやつを持っている事を察知されたのかまるうま達が周りに集まって来た。
「私も果物やおやつをあげようかな。ヴォルフ、それはあなたのおやつではないわよ?」
「わ、わかってる!」
ヴォルフガングがまるうまに埋もれそうになっているのを見て、エレクトラはヴォルフガングからおやつのバケツを受け取った。
「まるうま? もちもちぎゅぎゅってしてる。」
ヴォルフガングは青鹿毛の子にニンジンをあげながらその背中を撫でてみる。しばらくその感触を楽しむ様にもちもちしていたが、やはり馬となれば乗ってみたくなるもの。
「乗ってみていいかな。」
まるうまにお伺いを立ててみると、鼻先で背中を示す仕草をしたので喜んで乗せて貰う。
「頼むぞ。ヒャッホー!」
その侭まるうまに任せて駆け出した。器用にバランスを取りながら放牧地を駆け回る。
他の駆けっこ好きのまるうま達も一緒になって、わちゃわちゃと群れを成していた。
「折角だから、写真撮っておこうかな。」
そんな楽しそうなヴォルフガングの姿を見てエレクトラはカメラを構えた。
「本人は元の姿に戻った時、どう反応するかしら。」
まるうまに乗って無邪気に駆け回る小さい自分の姿を見て、青年の彼はどう思うのだろう。
そんな悪戯心と共にエレクトラはカメラを仕舞う。
「さて、遊び終わったら厩舎へ集めるお手伝いをしてまるうま達とお別れね。」
駆けまわっているヴォルフガングに声を掛けて、まるうまに乗った侭他の子達を先導して貰う。
無事に皆を厩舎まで案内すれば依頼は完了だ。
「ありがとな。楽しかったぞ。」
ヴォルフガング達はまるうま達にお礼を云うと名残惜しみながらも厩舎を後にしたのだった。
ぽかぽかと暖かな日差しに照らされた放牧地には、まんまるとしたまるうま達がぽてぽてと草地に転がっていて。
「これが、まるうま……!」
「ふむ、これがまるうまか。中々に愛らしい姿をしているな。」
その姿を見た天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)と神花・天藍(白魔・h07001)は、感心した様に零した。
「確かにまるっとしてもちっとしてすげーかわいい……が、多いな!? こんだけいたら手が足りないのもわかるな。」
愛らしいマスコットの様な見た目だがそこそこの大きさ、凶暴ではないが力も強い。となれば日々のお世話も大変だろう。
「よし天藍、お世話してやろうぜ!」
ぐっと拳を握ってやる気を見せている勇希に、天藍も自身の衣服から装飾を外しながら答える。
「そうだな……、予めまるうまにはむはむされそうなひらひらとしたものは外しておこうか。」
「どうせなら一番かっこいいやつがいいな!」
おやつの入ったバケツを手に草地へ駆け出して行く勇希の後ろをゆっくり追いかける天藍は、その背と辺りにみえるまんまるを眺めて眼を細めた。
「一番格好いいやつか……ふむ……、」
――どのまるうまも可愛らしくしか見えぬが黙っておこう。
きっと勇希なりの基準があるのだろう。
勇希はのんびり草を食んでいた栗毛のまるうまに、リンゴを差し出して誘ってみる。
「わ、きたきた! ああこら、そんな食いつくなって! そっち俺の服!」
やはり甘いリンゴは魅力的なのか、栗毛の子だけでなく辺りにいたまるうまが食い付いて来た。中には勇希の赤い服を食もうとする子までいる。
まるうまに埋もれそうになっている勇希を見守りながら、天藍も傍にいた白毛のまるうまにニンジンを差し出してみた。大きな口でぽりぽりと器用にニンジンを食べる姿に微笑む。
「念の為食べやすいよう切ってきたが必要なかったかもしれぬな。」
のんびりまるうまと交流している天藍とは対照的に、勇希はおしくらまんじゅうの様な揉み合いで戯れていた。ぎゅうぎゅうと押し合ったり、沢山の中から一匹を捕まえたり。そうして笑い合っている内に、栗毛のまるうまが鼻先で背中を示した。
「ん? 乗っていいのか? やった!」
まるうまのお誘いに、勇希は喜び勇んで騎乗する。背中もまるいが、もっちりとして不思議と安定した。
「足も短いしぽてぽて歩く感じかな……のんびりしててこれはこれで面白い。」
ぽてぽてと草地を歩き回り、その周りを他のまるうまがいいなーとでも云う様に付いて行く。
「……おお、」
天藍は気付いたら勇希がまるうまの背にのってはしゃいでいたのに気付いて声を漏らす。
「……普段中々苦労しているようだがあの表情はただの童のようだな。」
勇希の年相応の笑顔を微笑ましく眺めていたら、此方に気付いた勇希に声を掛けられた。
「天藍も乗ろうぜ! ほら、そいつ乗せてくれるって!」
指差す先、先程までニンジンを食んでいた白馬が天藍の手を鼻先で背中に導く。
「そうか……では、失礼するぞ。」
乗るつもりはなかったが、まるうまから誘われたら無碍にも出来ない。天藍は遠慮がちにその背へ乗った。
「よーし、このまま家に帰ろう!」
二匹の背にそれぞれ乗って、ぽてぽてと厩舎を目指す。
「へへ、手触りもよくて気持ちいい! 触るとご利益とかあるのかなー?」
まるうまのもちもちな首や背中を撫でながら勇希は首を傾げた。
撫で牛や撫で馬の信仰もある。年神様の神使なら撫でればご利益もありそうだ。
「ゆったりと過ごすのも偶にはよいな。」
ぽてぽてと流れる景色を眺め、天藍は満足そうに呟いた。
うららかな午後の日差し、頬を冷やす風がすり抜けていく。
まるうま達のお家までもう少し、のんびりと。
第3章 ボス戦 『八岐大蛇之姫巫女』
●ゆく年は晴れやかに
まるうま達をお家に返して、時は夕刻。
参集殿の大広間にお手伝いのお礼、打ち上げの振舞いとして宴会の準備がされている。
宴会仕出しの食事と、お酒やジュース等のドリンク類。
上座には昨年の干支の化身としての『八岐大蛇之姫巫女』が控えている。
2025年に思いを馳せながら、彼女を見送ろう。
方法は思い思いに過ごして貰えれば良い。
彼女に手料理を振舞ったり、思い出を語ったり、拳を交えて思いを発散したり。
そんな他の参加者を眺めながら宴会料理を楽しんでも良い。
星詠みの云った通り『昨年への思いを昇華して、今年をより良い年に出来る様に。――そんな思いで愉しめば良い』のだ。
宴会場となった大広間には料理と人が並び、穏やかな賑やかさで満ちている。
その雰囲気に少し押されながら、一筆・双羽(群青世界・h10157)は上座に座る『八岐大蛇之姫巫女』に近付いた。
去年の干支は蛇……綺麗な方だな、と思いながら丁寧に頭を下げて「はじめまして、」と挨拶すると、姫巫女もにっこりと「はい、初めまして。」と返す。
「蛇神さまも宴会料理は召し上がるかな? ボク一人で食べても美味しくないから……よければご一緒に。」
料理に視線を送りながらそう誘ってみると、姫巫女は自身の隣をぽんと叩いた。
「ええよ、うちの隣においで。」
その答えに双羽はぺこりと頭を下げて「お料理取って来ますね、」と気になった料理を見繕って、自分と姫巫女の分を持ってくる。
「どうぞ。」
「おおきに。」
席に着くと姫巫女の前にお銚子があるのに気付いて、それを掲げると姫巫女もお猪口を取ってそれを受けた。
まだ双羽は飲めないお酒を美味しそうに飲む姫巫女を眺めて、どんな味なんだろうと想像する。
それは未来の話。けれど今は|過去《去年》を思わなければ。
「去年、かぁ……ボクは付喪神になったのが昨年末なんだ。」
ぽつりと語られる話を、姫巫女は頷いて聞いている。
「去年はまだ羽ペンでご主人さまが描かれる世界をただ夢見ていたっけ。」
双羽はそう云って眼を閉じた。あの時夢見た世界はいつでも思い出せる。
「ご主人様は去年、亡くなってね。遺されたボクは付喪神になって今、ご主人さまの描いた世界を見て回ってる。」
今の双羽は世界の彩を、風を、香りを、自身の身体で感じることが出来る。
「世界は、本当に綺麗だね。そんな旅の途中にご挨拶できてよかったと思ってるよ。……ありがとう、蛇神さま。」
「……ふふ、おおきに。」
畏まったお礼に、姫巫女もくすぐったそうに笑う。
「どうぞ、蛇神さまの過ごす年も素敵なものでありますように。」
そう云って微笑んだ双羽は、辺りが特に賑やかになったのに気付いて視線をそちらに向けた。
時間を少しさかのぼって。
「ふむふむ。宴会だ。色々ご馳走があるな。トラちゃん、何にしようかなあ。」
そう云いながらも既に肉料理をもぐもぐしているヴォルフガング・ローゼンクロイツ(螺旋の錬金術師|『万物回天』《オムニア・レヴェルシオー》・h02692)は、まるうまと戯れた時の通称『ヴォル太』と呼ばれる小さな姿のままだった。
「ヴォルフ何頬張ってるのよ。まだちっこいまんまだし。」
エレクトラ・テスタロッサ(赤雷の精霊・h03015)はドリンクで喉を潤しながら、その姿を見守っている。
ヴォルフガングは辺りを見回し、会話や料理を楽しんでいる人々を眺める。
「余興があったほうがいいかな。トラちゃん歌ったらどうだ。」
その方がもっと盛り上がるに違いない。そう思ってエレクトラを見上げると、彼女は眼を丸くした。
「え、何? 歌を歌えって!? 宴会の余興にどうかって? ……まあ、最近カラオケで歌ってたりはしたけど。」
満更でもなさそうな様子を見て、ヴォルフガングは早速準備を始める。
「よいしょっと! 【|精霊歌唱《ゲイスターゲザング》】!」
ヴォルフガングの√能力により|赤雷の精霊《エレクトラ》はアイドル衣装を纏い、舞台の幻影が現れる。
突然出現したステージと、流れ出すイントロに周囲が騒めく中、ヴォルフガングは錬金術で創り出したマイクをエレクトラに渡した。
「ほい、トラちゃん。」
「しょうがないわね! わかったわ! じゃ【愛と勇気の御伽噺】いくわよ!」
ビシッと指差し、曲に合わせて歌い出すエレクトラ。
「ほら、そこのおねーさん達も。」
ヴォルフガングは同じく錬金術で創り出したペンライトを姫巫女と双羽に渡すと、それを振って応援する。
「トラちゃーん! いいぞー!」
「え、え? と、トラちゃーん!」
突然ペンライトを渡された双羽は見様見真似でエレクトラを応援する。
「アイドルライブなんて初めてだ……。」
最初は戸惑っていた双羽も、歌い踊るアイドルのキラキラを見てこれも美しい世界の一つだなと嬉しくなった。
盛り上がるラスサビを抜けて、曲は次第にラストに近付いていく。
「――今年も良い年で!」
最後にまたビシッと振り付けて曲を終えると、会場は拍手に包まれた。
「やったぜトラちゃーん!」
エレクトラがこのままアイドルレビューを目指すかどうかは別の話。
宴会場となった大広間には料理と人が並び、穏やかな賑やかさで満ちている。
「わあ、きれいな方ですね。」
その賑やかさから一歩引いた縁側に腰を落ち着けて、見下・七三子(使い捨ての戦闘員・h00338)は『八岐大蛇之姫巫女』を眺める。しかしその美しい姿を見ていると、とある疑問が浮かんできた。
「昨年の干支の化身……あの、今年の化身というか、神使さんは、まるうまさんたち、なんですよね? ……なんでしょうか、だいぶ、方向性が違いますね!」
お昼に戯れたまるうま達はあんなにもまるまるとしてもちもちでぎゅっぎゅだったのに。
「……きっと、化身と、神使で、神格が違うのかもしれないね。もしかしたら、もちもちした蛇が大量にいたのかもしれないよ、昨年は。」
その疑問にイヴォシル・フロイデ(|鷹追い《たかおい》・h06554)が一つの可能性を答える。
それを聞いて想像した姿に「もちもちの蛇……ツチノコみたいですね……、」と呟いている七三子に、足元で大人しく尻尾をぶん回している見下・ハヤタ(弾丸黒柴号・h07903)がわふわふと話し掛けた。
「うん? どうしたね、ハヤタ。」
「わんわん! ……きゅーん?」
動物会話でハヤタの云いたい事を理解したイヴは、眼を細めてハヤタの頭をぽんぽんと撫でた。
「……あそこまで丸くなると、おそらく健康に悪いからね。やめておきなさい。君は多分、今のままでも十分主人を癒しているよ。」
そしてその侭イヴはふたりに問い掛ける。
「処で君たちは宴会に参加しなくていいのかい?」
縁側の小さなテーブルセットにお茶と軽食だけ用意して、七三子もハヤタを撫でた。
「ハヤタさんもいますし、あんまりお食事の場にいない方がいいかな、と。ここでお見送りしましょうか。」
「わうん!」
ハヤタは最後自分に向けられた言葉に「わかりました!」とばかりに返事して、嬉しそうに撫でられている。
「イヴは行かないんですか?」
「私? 私はまあ、にぎやかな場は今一つ合わないからねえ。」
同じく縁側でのんびりしていたイヴは返された問いに苦笑した。
「ふふ、楽しそうな声が聞こえてきて、ここでもすっごく楽しい気分になりますね。……わ、凄い! ライブが始まりましたよ!?」
他の参加者が余興として始めたアイドルライブのステージが見えて、七三子は目を丸くする。きらきらした音や光が此方まで届いた。
「まあ、ここでも楽しめるなら何よりだよ。」
楽しそうにそのステージを見ている七三子を眺めて、イヴはソファに背を預ける。
曲が終わり、盛り上がりの余韻が満ちている空間で、七三子はお茶を飲んで一息吐いた。思い出すのは去年の事。
「2025年かあ……。うん、いろいろありましたね。無事にケガが治って、EDENとして活動するようになって。」
七三子が√EDENを始めとする此の世界に来たのは故郷で起こった騒動が発端で、その時彼女は死に直面していた。
「七三子君を拾ったのは、一昨年か。自分で言うのもなんだが、あの処置でよく生き延びたものだ。」
「本当ですよ……。」
そんな七三子を当時助けたのはイヴだが、その時の扱いと云えば、本当に|看《・》|病《・》ではなく|処《・》|置《・》だった。
七三子からすれば自身がEDENになった事と元々身体が丈夫で助かったなあという感想しかない。
「でもおかげでいろんな人と、いろんな思い出もできました。」
時間にすれば一年程だが、本当に沢山の人達と出会い、沢山の思い出を積み重ねた。
大切な存在も出来て――足元の小さな家族もそのひとり。
「えへへ、ハヤタさんとも会えましたしね!」
「わん!」
ごしゅじんの笑顔を見てハヤタは嬉しそうに返事をして、尻尾をプロペラの様に回す。
「ふふ、仲睦まじくて、良いことだね。家族というのは、得難いものだよ。お互い大切にしなさい。」
そんな二人の様子を眩しそうに眺めながら、イヴは笑ってお茶を啜った。