シナリオ

令和の化け狸合戦

#√妖怪百鬼夜行 #√EDEN

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「√EDENに古妖出現。妖怪退治の時間なの」
 そんな連絡を受けて集まった√能力者達の前で、晦日乃・朔夜(虚眼の暗殺者・h00673)は自分が視た予知について語り始めた。
「√妖怪百鬼夜行で封印されていた古妖『隠神刑部』が、√EDENに現れたの」
 妖怪と人間が共存する√妖怪百鬼夜行が成立する以前、衝動のままに悪徳と殺戮の限りを尽くした古妖達。強大な√能力者でもある彼らは殺しても蘇生してしまうため封印されていたが、長い年月を経て封印から抜け出す古妖が増え始めているのだ。

「隠神刑部は『カラクリコガサ』という、唐傘や番傘の付喪神集団を連れて√EDENにやって来たの」
 こちらの√で古妖がやることなど、ひとつしかない。その場にいる人間どもを戯れに弄び、殺し尽くし、食い尽くすのだ。彼奴らにとって√EDENは愉快な遊び場であり、住民の尊厳など歯牙にもかけない。
「こんなのを放置してたらたまったものじゃないの。さっさと始末してほしいの」
 まずは√妖怪百鬼夜行から引き連れてきた『カラクリコガサ』の群れが相手になる。
 隠神刑部に比べれば弱いが、√EDENの人間にとってはこちらも十分な脅威になる。悪さを働く前に退治してしまおう。

「隠神刑部は悪い化け狸達の首領で、強力な神通力と、巧みな化け術を操るの」
 √EDENに侵入した隠神刑部は、簡単には正体を現さず、配下のカラクリコガサを好き放題に暴れさせる一方で、自身は別の妖怪や人間に化けている――というのが星詠みの予知だ。
「強い妖怪に化けて襲ってくるケースもあれば、√EDENの人間に化けて完全に潜伏しているケースもあり得るの。隠神刑部がどちらの行動を取るかはまだわからないの」
 おそらくは√EDENの√能力者の戦いぶりを見て、楽勝だと判断すれば前者、侮れないと判断すれば後者を選択するだろう、と朔夜は推測している。配下の妖怪どもを圧倒したり、逆にわざと手を抜いたりすれば、親玉の行動を誘導できるかもしれない。

「どっちにせよ、古妖を再び封じるには√妖怪百鬼夜行にある『封印の祠』まで追い詰める必要があるの」
 様々な人間に次々と化け変える隠神刑部を見つけだして追い立てるか、あるいは強力な妖怪に化けた隠神刑部との直接対決で追い返すか。どちらのケースでも決着は√妖怪百鬼夜行で付けることになる。
「化け術が破れても隠神刑部は強敵なの。最後まで油断しないでほしいの」
 最終的には隠神刑部を戦闘で弱らせて祠に閉じ込め、再封印すれば作戦成功だ。凶暴な古妖を野放しにしておくのは√妖怪百鬼夜行と√EDEN、どちらの人間と妖怪にとっても好ましくない。そして、ふたつの√をまたいで彼奴を退治できるのは√能力者だけだ。

「時代遅れの古狸に、もう好き勝手は許されないって思い知らせてほしいの」
 淡々と説明を締めくくった朔夜は、古妖達が出現するポイントをメールで送信する。
 現代に復活した古妖による√EDEN侵略。狡猾な化け狸の術を、果たして彼らは見破ることができるのか――。

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第1章 集団戦 『カラクリコガサ』


呵々月・秋狸

「化け狸ってのは、どいつもこいつも人様に迷惑かけなきゃいけないノルマでもあるのか」
 昔話でもタヌキといえば、悪事やイタズラを働く妖怪として有名である。探せば良い化け狸もいるのかもしれないが、呵々月・秋狸(妖狸神憑き・h02373)の身近には悪い例しかいない。
『呵々呵々、「隠神刑部」か。これは中々の大物だな。化け狸の神たるオレの相手には不足ないな』
「お前は自称神だろクソ狸」
 その例というのが、今も彼の傍らでふてぶてしく笑う怪異『|妖狸神《ようりがみ》』だ。コイツに取り憑かれて以来振り回されっぱなしの秋狸としては、なにを大物ぶってやがると怒りたくもなるが。今はこっちよりも早急に退治しないといけないヤツがいる。

「先ずは唐傘の化け物共を蹴散らさなければな」
「ハハハ。そう簡単にはやられないヨ?」
 古妖に連れられて√EDENにやってきた付喪神『カラクリコガサ』。彼らは面白そうな遊び相手――すなわち√能力者を見れば不気味に嗤い、右目を真紅に輝かせながら走りだした。
「って、クソッ! 移動速度が跳ね上がった!?」
「捕まえられるかナ?」
 決戦モード【鬼唐傘】に移行したカラクリコガサのスピードは、まるで色のついた風が駆けているかのよう。その速度で蹴り飛ばされでもしたら、√能力者でも無事では済まないだろう。

『移動速度四倍増しと言った所か。ならば』
 攻撃のために敵が近付いてきたところに、妖狸神は【 妖狸術『影怪異』】を発動。
 秋狸の影や周辺の建築物の影、そして敵自身の足元にある影が不気味に蠢き、怪物と化して襲いかかる。
「ウワワッ?!」「何だこれハ!?」
 突然現れた怪物にカラクリコガサ達は驚き、背筋に悪寒が走る。この√能力の正体は妖狸神のパワーで影の見た目を変化させただけの、ようは虚仮威しなのだが、相手をビビらせる効果は抜群だ。

「今だッ!」
 恐怖で敵の動きが鈍れば、秋狸は影業「収納異界」から「殴り棺桶」を引っ張り出し、ぶん回してカラクリコガサ達に叩きつける。盾代わりにもなるほどデカくて頑丈な棺桶だ、鈍器としての威力も十分。
「ぶち込んでやるぜッ!」
「「ギャーッ! ヤラレター!」」
 ぶっ飛ばされたカラクリコガサはバラバラに砕け散り、ただの番傘や唐傘に戻る。
 遊び相手としてちょっかいをかけるには、この2人(1人と1匹)は相手が悪かったと言う他ない。

「呵々、死骸を1つくらい仕舞い込むか? 別の√の怪異なれば、汎神解剖機関は高く買い取るだろうしな」
「ほんとに売れるのか? これ」
 妖狸神の提案に首を傾げつつ、秋狸はただの壊れたボロ傘にしか見えないカラクリコガサの残骸を拾いあげ、一応「収納異界」に放り込んでおく。今の時代を楽しむためには何事も金が必要、それは人間も怪異も変わらないのだった――。

誉川・晴迪

「あらあら、直前まで手の内を明かしてくれないとは。狸さんも意地悪ですね」
 配下を好き放題に暴れさせておきながら、古妖『隠神刑部』は潜伏中。きっと何処かで√EDEN側の対応や動向を探っているのだろう。つまりは自分の行動も見られている可能性があると、誉川・晴迪 (幽霊のルートブレイカー・h01657)は気に留めておく。
「私達の戦いっぷりが、はたしてどう思われるのが最善なのかは分かりません。けれど、見えない生者の方達には見えないまま、健やかに過ごしていただきたいものですね」
 幽霊である晴迪には生前の記憶がなく、こだわりもない。それでも、無闇に生者に迷惑をかけるのは”ユーレー”的によくないと思った。世の中には知らなくても良いことが沢山あるのだから。

「というわけで目いっぱい、最善を尽くさせていただきましょう」
 と、結論付けた晴迪は、非実体状態でふわふわと浮遊しながら『カラクリコガサ』達の元に向かう。まずは「ごきげんよう、可愛らしい付喪神さん」とご挨拶してから、ものは試しでお願いを。
「素敵なあなたがオンボロになるなんて、とても残念です。その上等な傘を蕾のように畳んで、狸のおじいさんをお家へ帰していただけませんでしょうか」
「アハハ! 嫌だネ!」「折角|楽園《EDEN》に来れたんダ、もっと遊ばせておくれヨ!」
 彼らの性格は享楽的で嗜虐的な、古い妖怪の悪癖そのもの。逆にお前をオンボロにしてやるよとばかりに傘から青白い毒の粒子を撒き散らす。√能力で生成された毒なので、おそらく幽霊にも有効だろう。

「そちらがその気なら、仕方ありませんね」
 交渉は残念な結果になってしまったが、晴迪は気を落とさず【|ヒトを呪わば《トゥーグレイヴ》】を発動。ひとっ跳びでひょいとカラクリコガサの元に迫ると、破壊の炎を右手に宿して掴む。
「お返し、致しましょう」
「アツッ?! アチチチチッ!!」
 周囲に撒いた【唐傘茸】の粒子ごと、炎に包まれるカラクリコガサ。元の素材が可燃物の付喪神にこれは効果抜群だったようで、悲鳴を上げながら灰と化す。ゆるそうな雰囲気なのに、意外と容赦がない。

「他のお友達の方々も、静かにご帰宅するなら止めませんよ」
「お、おぉウ……」「ヤ、やっぱり、そうしようかナ……」
 一人を仕留め、闇を纏いながらもう一度警告を発すれば、残ったカラクリコガサ達の態度は明らかに変わった。怖気づいて√妖怪百鬼夜行に帰る者、あるいはコソコソと逃げ隠れる者――彼らがみな√EDENから退散するまで、晴迪は”警告”を続けるのだった。

逆刃・純素

「弱肉強食が世の習いとはいえ、自らを守る権利は誰だろうと奪えないぴす」
 √EDENの防衛に参加するのは、なにも人間やそれに類する種族だけではない。我が儘に他者を虐げる妖怪達から、抗う術のない者を守るため、逆刃・純素(サカバンバの刀・h00089)は剣を取る。
「強力な古妖だろうと、この世界と力なき人々を、無為に食い荒らさせたりしないですぴす」
 遥か4億5000万年前に栄えし古代魚サカバンバスピス。その生き残りが彼女である。
 与しやすしと侮られ、暴れられた末に余計な被害を出さないよう、彼女は威圧的に堂々と古妖達の前に立ちはだかった。

「ここからはわたしが相手をしてやりますぴす」
「な、なんだァ……?」「得体の知れないヤツが出てきたナ……」
 独特な雰囲気をまとって現れた未知の√能力者を、『カラクリコガサ』達は警戒する。
 顔は笑っているように見えるのに、なぜか感情を読み取れない。サカバンバスピス特有の表情も敵を威圧するのに一役買っているようだ。
「今のうちに逃げるのですぴす」
「はっ……はい!」「ありがとう!」
 敵の動きが止まっている間に、純素は周囲にいる人々に避難を呼びかける。これまで妖怪なんて架空の存在だと思っていた一般人には、目の前で何が起きているのか理解も追いつかないだろう。ただ、ここに居るのは危険だと察し、言われるがまま逃げていく。

「アッ、逃げちゃっタ」「なら仕方ないネ、お望み通り相手してもらおうカ!」
 ”遊び相手”が減ってカラクリコガサ達は残念がるが、そのぶん注目は純素に向かう。
 【破唐傘】で作り出した古鈴をちりんと鳴らしながら、嗜虐的な笑みを浮かべて襲い掛かってきた。
「時の狭間に消えた幾億の涙のきらめきよ!」
 だが、こちらに来てくれる分には好都合と、純素は【|ああ慈悲深き太古の涙よ《サカバンミサイル》】を詠唱。できるだけ多数が攻撃範囲に収まるのを待ってから、サカバンミサイルを発射する。

「魚類の牙を見くびるとどうなるか、見せてやるですぴす!」
「「な、なにイーーーッ?!!」」
 半径19m内に降り注ぐサカバンミサイルの豪雨。数百発に及ぶ連撃がカラクリコガサ達を襲う。1発や2発なら古鈴の加護で凌げても、物量が圧倒的すぎて対処しきれない。
「お、お前も喰らうだろウ?!」
「甘く見ないでほしいですぴす」
 他の√能力者や一般人に流れ弾がいかないよう、敵を引き付けてから撃ったため、攻撃範囲には純素本人も巻き込まれている。だが彼女にはエナジークロークのオーラバリアや古代の環境耐性があるので、ダメージはまだ我慢できる範疇だ。

「「お、オノレーーッ!!」」
 無慈悲なるサカバンミサイルの連続攻撃に、先に耐えられなくなったのはカラクリコガサのほうだった。木っ端微塵に吹き飛ばされた彼らの躯は、ただの番傘や唐傘に戻る。
 周辺の人々に被害がないのを確認してから、純素はふっと満足げな笑み(いつもと変わらない)を浮かべたのだった――。

鳳崎・蓮之助

「こういうのはさっさと殺るに限るぜ」
 √EDENに出没した妖怪集団を前にして、そう言ったのは鳳崎・蓮之助(朱鱗159代目・h04842)。朱い麒麟のマスクを被り、黒い特装圧縮銃を構えながら『カラクリコガサ』を睨む。
「ほら、動いた方がいいぜ」
「うわッ!」「危ないナ!」
 挨拶代わりに素早く銃弾を放てば、敵は蜘蛛の子を散らすようにバラバラに避ける。
 だがそれは一旦わざと敵に避けさせただけだ。この隙に彼はパラノイア・デッドライフ態に変身し、戦闘準備を整える。

「もう一発だ」
「ぐえッ!?」
 海奪龍の牙の様なマスクとヒレ、蜘蛛の脚を背中から生やした、妖怪さながらの異形と化した蓮之助は、風のように走りながら銃を撃つ。放たれた弾丸は今度こそ敵の傘に風穴を開けた。
「やってくれたネ!」「お返しダ!」
 カラクリコガサ達の反撃は【唐傘茸】より放出される青白い毒の粒子。吸い込めば錯乱・痙攣・昏睡などの症状を引き起こし、体力が少ない時に受ければ即死すらありうる猛毒だ。

「毒は狭い場所なら厄介だが、今回の場所は割と広いぜぇ」
 蓮之助のマスクには防毒効果もあるが、念の為傘の正面には立たないよう立ち回る。
 空気の流れがある開けた空間なら、風下に立ちさえしなければ毒胞子の効果は受けづらいだろう。
「なら……まとめてぶっ飛ばしてやるぜぇ」
 軽快なポジショニングで優位を取った彼は√能力を発動し、特装圧縮銃から【|轟雷の無限回転弾《サンダー・スピンバレット》】を放つ。雷鳴のような銃声と共に、高速回転する轟雷の弾丸がカラクリコガサ達に襲い掛かった。

「黄泉の回転にはこういうのもある……」
「ヤバっ、逃げ……れなイ?!」「ギャーーーッ!!」
 慌てて回避しようとするカラクリコガサ達を追尾して、轟雷の無限回転弾は大爆発。
 絶縁体すらも貫通する電撃を撒き散らし、周囲にいた全ての妖怪どもを痺れさせる。
「環境汚染は犯罪だからな、とりあえず消えな」
 すかさず蓮之助は敵に接近してハチェットで切り裂き、黄泉の回転をかけた「フェニックスオーブ」を投げつける。パラノイア・デッドライフ態のスピードで戦場を駆け回りながら、息もつかせぬ猛攻。木っ端妖怪が太刀打ちできる相手ではない。

「「や、ヤラレター……!」」
 またたく間に殲滅されたカラクリコガサ達は、間の抜けた断末魔とともに倒れ伏す。
 その亡骸はただの壊れた番傘や唐傘になり、魂はいずれまた蘇生するかもしれないが、少なくとも当分は√EDENに戻ってこないだろう――。

カトル・ファルツア

「今度は妖怪かよ! √EDENって余程いい場所何だろうな!」
 皮肉交じりにそう言いつつも、エネルギーバリアを展開するのはカトル・ファルツア(ラセン使いを探す者・h01100)悪しきモノ達にとって、ここは最も弱く、最も幸福で、最も豊かな略奪対象。これほど様々な√の勢力・種族に狙われる√は他にないだろう。
「アハハ! また新しい玩具がやってきたネ!」「やっぱりココは楽園だヨ!」
 享楽的で残虐な古妖達の√EDENに対する認識は、思うがままに暴れられる最高の遊び場だ。現地の√能力者と遭遇しても『カラクリコガサ』達は楽しそうに笑い、右目を真紅に輝かせ、石突の足を決戦もーどに変形させて襲い掛かってくる。

「クソが! だが俺にも切り札があるんだよ!」
 猛スピードで接近する【鬼唐傘】モードのカラクリコガサ達に対し、カトルは野生の勘と第六感をフル回転。石突の蹴りを紙一重で躱し、バリアと「ザ・ディメンション」で防御する。
「ヘエ、やるじゃないカ」「デモ、いつまで耐えられるカナ?」
「舐めるなよ!」
 攻撃を凌がれるとカラクリコガサ達はますます愉快そうに、さらなる攻撃を仕掛けてくる。その様子は虫をついばむ鳥の群れのよう。遊び気分だからこそ無慈悲な攻撃を、カトルは全力で回避、あるいは次元を歪めて弾き飛ばす。

「思ったより頑張るじゃないカ……ハァ、ハァ」
 交戦が始まってから1分以上は過ぎただろうか。カラクリコガサ達の攻撃は続いているが、徐々に息が上がってきている。鬼目と化した瞳や変形した足も、うっすら元に戻りつつあった。
「やっぱそんなにパワーアップしたら継続は難しいよな?」
 敵の√能力に時間制限がある事に気付いていたカトルは、ここで自分も√能力を発動。
 動きが鈍ったカラクリコガサの真横に光速で移動し、オーラパンチで殴り飛ばした。

「ウギャァ!!?」
 可愛らしい見た目によらない極大威力のパンチを食らったカラクリコガサは、一撃でバラバラに砕け散る。それを見た他の妖怪達に「なにッ?!」と動揺が走る中、カトルは追撃に移行した。
「周りにいる連中も止めねえとな!」
「グエッ!」「は、放セ!」
 翼から放たれた風と雷が、残りのカラクリコガサを縛り上げるように動きを封じる。
 さっきまでの余裕から一転、じたばたと喚く妖怪どもを睨みつけ、彼は爪先に力を込め――。

「ラセンの力を味わせてやるぜ!」
 【ラセン連撃】のフィニッシュとなるラセンの爪弾と「スピリットガン」から放たれる回転魔弾。カトルの故郷に伝わる特異な力の組み合わせが、悪しき古妖どもを撃ち抜いた。
「「ウギャーーーーッ!!!!」」
 断末魔とともにカラクリコガサ達は斃れ、その躯は付喪神になる前のボロ傘に戻る。
 ここまでボコボコにされれば、彼らも√EDENは遊び場だという認識を、多少は改めるだろうか。

「数が多いな、慎重に行くか……」
 鮮やかに勝利を収めたカトルであるが、まだ全ての敵を倒したわけではない。再びエネルギーバリアを展開する彼の表情に、油断は一切なく。新たな弾丸をスピリットガンに込め、次の標的に狙いを定めるのだった。

ケヴィン・ランツ・アブレイズ

「狐だか狸だか知らないが、長生きするとロクなモンじゃないな」
 長い時を経た動物が妖怪となる逸話は古今東西にあるが、年寄りが耄碌したり性格が歪むのは人も獣も同じなのかもしれない。はた迷惑極まりない古妖の所業に、ケヴィン・ランツ・アブレイズ(|“総て碧”の《アルグレーン》・h00283)は溜息をつく。
「……いや、それどころじゃねえ。グズグズしてると『遊び』で死ぬ人間が出てきちまう」
 同じような悲劇で故郷を喪った騎士として、それだけは避けなければならない。傍目には少々粗野に見えても、彼は彼なりの騎士道に基いて、古妖の悪行を阻止すべく立ち上がった。

「お兄さんが遊んでくれるのかイ?」「アハハ、嬉しいナァ!」
 無軌道に暴れ回っていた『カラクリコガサ』達が、一斉にケヴィンの元に殺到する。
 右目を真紅に輝かせ、脚部を戦闘用に変形させた彼らは、驚異的なスピードをもって新しい玩具を蹂躙せんとする。
「シンプルに手数で攻めてくるタイプか」
 対するケヴィンは「銘無き黒騎士の名馬」に騎乗して敵の機動力に対抗。「矜持示す黒騎士の盾」によるガードとオーラ防御で【鬼唐傘】の連撃をいなしつつ、体内の竜漿を右目に集中させていく。

「……視えた」
 【竜漿魔眼】を起動したケヴィンの右目には、視界にいる敵の隙がはっきりと映る。
 カラクリコガサの動きは素早いが、彼に言わせれば無駄な動きも多い。遊び気分で戦っている妖怪と、戦闘のプロである騎士の差だろう。
(一気呵成に蹴散らすのは難しくないだろうが、「本命」のことも考えると、あまり派手に暴れるのもな)
 この連中を率いて√EDENにやって来た『隠神刑部』は、何処かで様子を窺っている。
 ヤツと戦う前に全力を見せたくないケヴィンは、これ以上他の√能力を使うのは自重する。

(じれってえが……ここは我慢だ)
 侮られるならそれでいい。調子に乗るなら乗せておけ。騎士の胸の内を知らずに、カラクリコガサ達は「アハハハハ!」と笑いながら攻撃を続ける。ケヴィンはそれを受け流しながら、時間をかけて確実なチャンスを狙い――。
「うるせえよ」
「アハハ……ハギュッ?!」
 決定的な隙を捉えれば「暴竜殺しの黒鉄斧」を一閃。重量のある無骨な大斧で一気に防御を突破し、叩き伏せる。魂に宿した「竜魂の火種」を付与した斬撃は、相手をただのボロ傘に戻すのに十分だった。

「おら次だ。かかってきやがれ」
「ハハッ……やるじゃないカ!」
 思わぬ反撃で仲間を一人やられた程度では、カラクリコガサ達は止まらない。なおも襲ってくる連中を、同様の手順で一体ずつ撃破していくケヴィン。たとえ悠長に感じられようが、最終的に犠牲のない勝利を目指し、彼は力を温存し続ける――。

星谷・瑞希
鳳崎・天麟

「うわ……かなりいるよ……」
 √EDENの住民を戯れに玩ぶため、√妖怪百鬼夜行から脱走してきた古妖達。その多さに驚きながらも、星谷・瑞希(大切な人を守る為に・h01477)は迷彩色の小型ドローンをこっそりと操作出来るようにしておく。
「フフフ。キミも一緒に遊ぼうヨ!」
 いまだにお遊び気分の『カラクリコガサ』達が、瑞希の細工に気付いた様子はなく。
 不気味に笑いながらクルクルと傘を回し、青白い粒子を周囲に撒き散らす。彼らの本体に寄生した【唐傘茸】の毒だ。

「青白い……? これ毒?!」
 それを見た瑞希は慌てて口と鼻を押さえ、エネルギーバリアを展開して粒子を防ぐ。
 体力さえあれば毒のダメージは微弱なものだが、ずっと吸い続けているとマズい。彼は「覚醒霊気」のエネルギーを束ね、具現化した念動力の手で反撃する。
「えいっ!」
「グエッ!」「ハハ! やるじゃないカ!」
 殴り飛ばされたカラクリコガサは動かなくなるが、他の敵は変わらず毒を放ち続ける。
 バリアの耐久力もどこまで有効かはわからない。早急に決着を付けるため、彼はさらに【|霊力超解放《オーバー・ライド》】を発動した。

「毒を浴びないようにしないとね!」
 √能力で強化された瑞希の身体能力は、ヒトでありながら妖怪を上回る。目にも留まらぬ速さで傘の横に回り込んだ彼は、霊力解放とともに出現した「星剣レイチェス・フラン」で敵を斬り裂いた。
「これが僕の力……!」
「ギャーーーッ!!」
 傘ごと真っ二つにされたカラクリコガサは絶叫とともに斃れ、粒子の放出も止まる。
 この調子で瑞希は目についた敵を片っ端から斬り伏せ、毒を躱しながら戦場を駆け巡る――。

「マジですか……」
 同じ頃、瑞希の幼馴染である鳳崎・天麟(大切な人を守る為に戦う狩人・h01498)は、パトロールの最中で偶然カラクリコガサと遭遇した。√能力者ではない彼女が、他√からの簒奪者と出くわすのは不測の事態だ。
「やあ、お嬢さン!」「一緒に踊ろうヨ!」
 まだ幼い人間の女の子を見つけたカラクリコガサ達は、笑みの裏に嗜虐性を隠そうともせずに集まってくる。か弱い命を思うがままに蹂躙して殺すのは、彼らにとって何よりの娯楽なのだ。

「今度は妖怪ですか……あーあ憂鬱ですね……」
 しかし√能力者ではないとはいえ、天麟はか弱くも無力でもなかった。気だるそうに呟きながら、彼女は蜘蛛の複眼の様なゴーグルと龍の歯が剥き出しのマスクを着け、背中から蜘蛛の足を生やし――ネガティブ・パラノイア態と呼ばれる異形に変身を遂げる。
「ナっ……キミも妖怪だったのかイ?」
「違いますよ」
 驚くカラクリコガサ達に、魔銃「シュリン・バレット」から黄泉の回転を纏った魔弾を放ち、空中を自在に走り回って囲まれないように立ち回る。その戦いぶりは非√能力者でありながらも、明らかに人外の者と戦い慣れた動きであった。

「面白い……ますますキミを悶え苦しませてみたくなったヨ!」
 まさかこんな人間が√EDENにいたのかと、カラクリコガサ達は興奮気味に【唐傘茸】から毒の粒子を放出。あくまでも相手を玩具か遊び相手としか思っていない、その態度は古妖ならではの傲慢さだろう。
「憂鬱ですね……毒ですか……はぁ……」
 天麟は鬱陶しそうに溜息をつきながら「天麟の魔力宝珠」に黄泉の回転をかけて投げつける。義理の父から教わった特殊な回転技法を付与された宝珠は、空中で爆発を起こして毒を吹き飛ばした。

「あっ……天麟」
 その爆発で天麟を見つけたのは瑞希だ。なんとなく居るような気がしていたが、やはり同じ事件に巻き込まれていたのかと、彼は霊力解放による超スピードで幼馴染の元に向かう。
「瑞希、やはりいましたか! 力を貸してください!」
「もちろん!」
 天麟のほうも瑞希を見つけて、協力を求める。もちろん、瑞希が彼女の頼みを断るはずがない。彼女は瑞希のAnkerであり、血よりも濃くて強い絆で結ばれた仲なのだから。

「さあ、殺りましょうか!」
「アハハ、残念!」「殺られるのはキミたちの方だヨ!」
 幼馴染と合流できたことでやる気まんまんの天麟を、カラクリコガサ達は嘲笑する。
 彼らにとっては玩具が1人から2人に増えたところで同じ事。まとめて蝕んでしまおうと、一斉に【唐傘茸】から毒を放つ――。
「君達の力を無効化してやる!」
 その瞬間、瑞希は降りかかる青白い粒子に手をかざし、その概念に触れて書き換える。
 これは【霊力超解放】中のみ使える彼の切り札。敵の√能力を無効化し、同時に隙を作りだす。

「なッ……ボクらの毒が、消えタ?」
「行け! 天麟!」
 カラクリコガサ達が呆気にとられた隙に、瑞希は念動力の手で天麟をすくい上げて、砲丸のように投げ飛ばす。敵の√能力が無力化されているうちに、彼女はすでに攻撃の準備を終えていた。
「これで終わりです……憂鬱です」
「「ギャーーーッ!!?」」
 回転魔弾を放ちながら、投げ飛ばされた勢いで空中をダッシュし、居並ぶ妖怪どもを「パラノイア・ソード」で一閃。切り裂かれたカラクリコガサ達は断末魔の悲鳴を上げ、ヒトの姿からただの器物に戻った。

「僕だって少しは強くなったよ!」
「ええ! とても強いですよ、瑞希!」
 幼馴染に負けじと瑞希も念動力の手を振るい、残りの敵を殴り飛ばす。その勇姿を天麟は心から讃え、共に剣と魔弾を振るう。この辺りに出没したカラクリコガサが一掃されたのは、それから間もなくの事であった――。

第2章 冒険 『尋ね人はどこにいる?』


 √EDENに出没した『カラクリコガサ』を、√能力者達は残らず撃退する事に成功した。
 だが、この事件の首謀者である『隠神刑部』は、配下が全滅しても姿を見せる気配がない。

『ふぅむ……あやつら、なかなかやるようだ。ここはひとつ、化け勝負といくか』

 などと考えたかは知らないが、隠神刑部は√能力者の目を逃れて潜伏する気のようだ。
 人間に化けるのは化け狸の十八番。街中の人混みに紛れ込んでしまえば、一般人との区別は困難である。

 だが、相手は√妖怪百鬼夜行で長らく封印されていた古妖だ。令和の√EDENを完璧に把握しているとは思えない。例えば流行のファッションや最近のニュースには疎いはず。
 そこを突けば、街に潜伏した隠神刑部の変化を見破り、正体を暴く事もできるだろう。

 何度化け術で姿を変えられても、そのたびに見つけ出し、追い立てろ。
 邪悪な古狸を√EDENから√妖怪百鬼夜行に追い返すのだ――。
逆刃・純素

「ふっふっふ。どれだけ化けの皮が厚かろうとも、最近でてきたばかりのタヌキなんて最新知識で蹴散らしてやるですぴす」
 得意満面な顔(サカバンバスピス比)で自信たっぷりにそう語るのは純素。人間に化けて√EDENに潜り込んだ古妖『隠神刑部』を、最新のワードを交えた聞き込み作戦で絞り込むつもりだ。具体的には――。
「このへんでサカバンバスピスのグッズのフェアやってるところ知りませんか」
 これだ。インターネット・ミームとして爆発的な話題となり、盛んな二次創作やグッズ化まで行われたサカバンバスピス。そう、彼女は現代におけるホットでトレンドな人気キャラクターそのものなのだ。

「あとアノマロカリスのグッズも知りたいですぴす」
「えっ急に何……古代海洋生物マニアの人……?」
 時代遅れの化け狸をあぶり出すために、とにかく道行く人々に広く聞いて回る純素。
 若干不審がられることもあったが、大抵は熱心なファンだと思われて優しく対応される。グッズフェアについては「すみません、知りません」と返される事が大半だが。
「サカバンバスピス? あーアレね。懐かしいなぁ」
 と言われた時だけは、純素は人目につかないようさめざめと泣いた。サカバンバスピスブームが一番アツかった時期は終わっており、流行り廃りの速い現代社会では、すでに過去の存在となりつつある。残酷な話だ。

「サカバン……なんだって? サバ缶?」
「サバ缶言うなですぴす」
 それでも挫けずに聞き込み調査を続けていると、明らかにサカバンバスピスのことを知らない人を見つけた。これだけなら単に流行に疎い一般人の可能性もあるので、ここは他の質問で真贋を見極める。
「そういえば昨日のニュースは見たですぴすか? 怖いですぴすねえ」
「えっ、あっ、そ、そうだな」
 ここ一週間くらいのニュースで質問攻めにしてみると、相手は露骨にしどろもどろになっていく。テレビやネットを使っていれば当たり前に耳にする内容でも、この反応ということは――。

「タヌキ発見ですぴす!」
「チィッ、バレたか! なんなんじゃサカバンバスピスって!」
 正体を暴かれた隠神刑部はドロンと元の姿に戻り、狸のクセに脱兎の如く逃げていく。
 逃がすものかと追いかける純素。また別の人間に化けて雲隠れしようとしたら、次はアノマロカリスで化けの皮を剥いでやろう――。

カトル・ファルツア

「くそ、何処にいやがる!」
 街中をパタパタと飛び回り、人混みに紛れた敵を探すカトル。だが闇雲に探しても見つからない。化け狸の頭領たる『隠神刑部』の化け術は巧みで、普通の人間と見分けがつかない。現代社会の流行や世事に疎いのが弱点だが――。
「人間のファッションもニュースも知らねえよ!」
 スマホでニュースやファッションを調べるも、そもそも故郷を救う「ラセン使い」を探して√EDENに来た彼は、そのための調査しかしてないので、それ以外の分野の事は分からない。

「て言うか俺の声は……あっ」
 だが、そこでカトルはある事を思いついたようだ。スマホをしまって飛び立つと、なるべく人通りの多い場所に向かう。√EDENの普通の人には、目撃されてもちょっと変わった鳥くらいにしか思われないだろうが――。
「おーい! 何か尻尾出てねえか?」
 と試しに叫んでみると、一瞬だけ頭が動いた奴がいる。カトルの言葉は√能力者以外の人間には「ピヨー」としか聞こえないはずなのに。反応があったという事は、あいつは今の言葉を理解していた可能性がある。

(怪しいな……)
 カトルはそいつに見つからないように物陰に隠れ、こっそりと尾行する。今の叫び声は敵を警戒させてしまっただろうが、人気の多い場所で化け術を使えばそれこそ正体を明かすのと同じだ。
(この姿はもうダメか……)
 と、別の人間に化け直すために人混みから一瞬でも離れたら、カトルはそいつの後ろにゆっくりと回り込み【ラセン連撃】を発動。翼にオーラを込めて光速のパンチを放った。

「よし……くらえ!」
「ぐえッ?!」
 問答無用のオーラパンチで殴り飛ばされた相手は、悲鳴を上げて地べたを転がり――ズボンの後ろから尻尾がひょこりと伸びる。ほぼ確信あっての行動だったが、これで確定した。
「てめぇは√能力者だからな! 俺の声はっきりと聞こえてるよな!」
「ちいっ、やはりさっきの声はハッタリか!」
 すかさずカトルは風と雷で隠神刑部を捕縛してから、トドメにラセンの爪弾を放つ。
 邪悪な√能力者を何度も仕留めてきた彼の必殺コンボ。次元を穿つ神速の爪が敵を貫く――。

「何?! 逃げやがったのか!」
 だがラセンの爪撃が当たった瞬間、隠神刑部の体はバラバラの木の葉になって散る。
 どうやら捕まる直前に化け術で拘束を逃れたらしい。しかしまだ遠くにはいってないはずだと、カトルは追跡を開始するのだった。

星谷・瑞希
鳳崎・天麟

「ファッションなら僕に任せて!」
 普段から可愛い服などをよく着ている瑞希は、ファッションの流行にも詳しかった。
 敵がファッションの知識も知らない化け狸なら直ぐに見分けられると、自信たっぷりの様子で√能力を発動する。
「おお! 確かに瑞希なら詳しいですね!」
 一方の天麟は戦闘訓練などに余暇を費やしてきたため、ファッションの事は全く分からないが、瑞希がとても詳しいのは知っている。いつもおしゃれな幼馴染に、この場は任せる事にしたようだ。

「敵を見つけたら教えてください! ……あーあ全く迷惑な狸ですね……」
 天麟はネガティブ・パラノイア態に変身して瑞希を背負うと、空中ダッシュでビルの屋上まで駆け登り、周りを広く見渡せるようにする。ここから人混みに紛れ込んだ敵を探し出すつもりだ。
「ありがとう! どれどれ……」
 天麟にお礼を言って、瑞希はビルの上から人々を見下ろす。【|霊力超解放《オーバー・ライド》】により強化された視力と第六感なら、これだけ距離が離れていても、地上を歩いている人々の服装を一人一人チェックすることができた。

「あれ? ちょっと浮いてない? 凄い似合っているけど……」
 しばらく周りを見ていると、瑞希は明らかに古いファッションをしている人間を見つけた。コスプレほど奇抜ではないが現代の流行からはズレている、まるで別の時代から迷い込んできたような違和感。
「……よし、行きますよ」
 天麟はすぐさま瑞希が指した方向へ走り、その不審人物を捕まえにかかる。人間離れした身体能力で空中をダッシュする彼女から、逃げられる普通の人間はいない。それこそ化け狸の変化でもなければ。

「うわっ?! な、何をするんですか!」
「さあ、正体を暴いてやる!」
 突然拘束されてジタバタする不審者を、瑞希が概念を書き換える念動力の手で握る。
 もしも相手が普通の人だったなら何も起きない。だが、√能力で人間に化けているのなら――。
「くっ! バレてしもうたか!」
 化け術を無効化され、相手は人間から服を着たタヌキの姿に戻る。こいつが化け狸の頭領『隠神刑部』だ。得意の変化を見破られて悔しいのか、苦々しげな表情をしている。

「逃さないぞ! 大妖怪!」
「ぬおぉ!」
 正体が判明すれば、瑞希は隠神刑部を路地裏の方へ投げ飛ばし、星剣で斬りかかる。
 路地の出入り口は念動力の手で塞いでおけば逃げ場はない。ここでケリをつける気だ。
「追います! 逃がしませんよ!」
「むむむ、小癪な!」
 天麟も路地裏の方へ走りだし、投げ飛ばされた相手に追いつく。二人がかりで襲い掛かられ、隠神刑部も苦い顔。まだ本気で戦うよりも、逃げ道を探っている様子だが――。

「今だよ天麟!」
「OK! 瑞希!」
 瑞希の指示に応じて、天麟は銃から黄泉の回転弾を発射。直撃を食らった隠神刑部が「ぐうっ!」とうめき声を上げて怯んだら、一気に距離を詰めて「パラノイア・ソード」を振り下ろす。
「これで……!」
 未知の超技術で構築された蜘蛛型の剣が、邪悪な化け狸を真っ二つに斬り伏せる。
 だが次の瞬間ドロンと煙が立ち上り、隠神刑部の躰は木の葉になってバラバラに飛び散ってしまった。

「むっ……流石は大妖怪……仕方無いですね」
「捕まえたと思ったのに……手強いね」
 どうやら、また化け術を使って上手く逃げられてしまったようだ。あと一歩まで追い詰めたと思っていただけに、天麟も瑞希も悔しそう。人間を化かすプロとも言える古妖は、そう簡単には倒せないようだ。
「でも、まだ近くにいるはずだよ!」
「はい! 探しましょう!」
 また別の人間に化けていたとしても、さっきと同じ要領で見つけられるはず。気を取り直した幼馴染二人は、再び隠神刑部を追い詰めるために路地裏を飛び出すのだった――。

誉川・晴迪

「化け勝負と相成りましたか。大きな被害が出辛いようで良かったです」
 もし隠神刑部が√EDENの√能力者を恐るるに足らずと判断し、街中で直接襲い掛かってきた場合、一般人が巻き添えを食らう可能性もあった。ゆえに晴迪にとって、こちらの展開は好都合である。
「さて、√EDENの一般の方々はユーレーが見えないはず」
 人通りの多い場所にやって来た彼は、行き交う人々の頭スレスレを飛んだり通り抜けたりを繰り返す。退魔道具を使えば幽霊でも実体化することは出来るのだが、イタイのがキライな彼はそれを好まず、常に|非実体《インビジブル》のまま行動していた。

(私を目で追うか不自然に目を逸らす方、避けるような仕草をした方が、隠神刑部さんです)
 √能力者にしか捉えられない自分を認識できる、それこそが普通の人間ではない何よりの証明になる。しばらく街中を飛び回ってみたところ、晴迪に反応を示した人間が1人いた。
(とはいえ、偶然という場合もありますからね)
 間違いではないか確かめるために、彼はふわふわ周りを飛んでよく観察する。目の前で手を振ってみても、その人物はもう一切反応しないが――これが隠神刑部だった場合、わざと無視している線も否定できない。

「ふうっ……」
 しばし観察を終えた後、晴迪は手元に破壊の炎を灯し、目星を付けた相手に思い切り吹き付ける。炎は激しく火の粉を飛び散らせながら、その人間を包み込むように襲いかかり――。
「うわっ?! な、なんだぁ!?」
 流石にこれは無視できなかったか、相手は慌てて炎を避けた。目の前で突然火の手が上がれば、反射的にそう行動するのは自然かもしれないが――あくまで一般人のような反応を貫く相手に、しかし晴迪は笑みを浮かべた。

「……勘違いかもしれないのに、一般の方にこんなことするわけがないでしょう」
 今、吹き付けた破壊の炎は幻影使いによる幻だ。実際に人や物を燃やすことはできず、それどころか普通の人間には見えもしない。ただ、間抜けをあぶり出すためのもの。
「√能力者でなければ見えないはずの炎を、何故避けたのですか?」
「ぬ、ぬかった……!」
 化かすつもりが逆に化かされたと分かった時の、相手の苦々しい表情は見ものだった。
 さながら犯人を追い詰めた探偵のように、晴迪はその人物をぴしりと指差し、告げる。

「あなたが、狸さんです」
「ええい! 見事じゃ!」
 悔しそうに相手を称えながら、隠神刑部はドロンと正体を現し。そしてすぐにまた別の姿に化け、どこかへ逃げていく。どうやらまだ化け勝負を諦めてはいないらしい――それなら何度でも暴き、追い詰めてやりましょうと、晴迪は敵の後を追うのだった。

ケヴィン・ランツ・アブレイズ

「ちっ、わかっちゃいたが老獪な奴だな」
 こちらの戦力を侮りがたしと見るや、すぐさま雲隠れを選択した『隠神刑部』。古妖らしい狡猾さにケヴィンは顔をしかめ、これからどうするかを考える。と言っても、放置する事などできないのだが。
「当面の危機は去ったとは言え、このまま大人しく元の世界に帰るタマじゃねえだろう。次の動きに移られる前に、奴さんを炙り出さないとな」
 人間に紛れて策を巡らせられる今の時間が、一番悪巧みのできる危険な時間と言ってもいい。まだ表立った被害者が出ていないとはいえ、悠長に構えている暇なさそうだ。

「ここはニンゲンとは違う視点を持つ奴らの力を借りるか」
 ケヴィンは目立たないように気を付けつつ、街の動物と話すことで、情報を得られないか試みる。路地裏の野良猫や電線に止まる野鳥など、√EDENは人間だけの世界ではない。
「普通のニンゲンと違う匂いを漂わせている、どこかしら浮いた振る舞いをしている……そういう『不自然な』奴がいなかったか?」
「にゃぁ」「カー」
 彼らにはヒトとは異なる視点、異なる感覚がある。昔の怪談でも、人間に化けた妖怪の正体を動物が暴く――というのは良くあるストーリーだ。ケヴィンの問いかけに、彼らは快く情報を提供してくれた。

「いた? 向こうの方に歩いていった? ありがとう」
 不自然な奴がいたとして、どの辺りにいたか、あたりの情報まで得られれば上出来だ。
 勿論ケヴィン自身も第六感と【竜漿魔眼】を働かせて、人混みに紛れた「不自然さ」を嗅ぎ分けるようにする。
「必ず尻尾を掴んでやるよ。狸爺が」
 静かに燃え上がる青年の右目。騎士としての矜持を胸に秘め、悪を追って街を往く。
 あの子供ではない。あの老人も違う。どんな姿に化けているかは知らぬが、少しでも隙を見せれば――。

「てめえだな」
「ッ?! なぜバレた!」
 睨めつけられたのは妙齢の女性。確信をもって言い放てば、その者はドロンと煙を上げて正体を表し、慌てて逃げていく。文字通りに尻尾を見せた化け狸――彼奴がまた別の人間に化ける前に、ケヴィンは追跡をかけるのだった。

呵々月・秋狸

「オレに代われ小僧」
『なっ。おいクソ狸……』
 カラクリコガサとの戦いが終わって間もなく、秋狸から肉体の主導権を取ったのは妖狸神。名高い化け狸の頭領が化け術で勝負を仕掛けてきたとあって、対抗心でも芽生えたのだろうか。
「呵々呵々、√妖怪百鬼夜行の古狸め。まんまと人混みに身を隠しおったか。面白い、では化け比べといこうではないか」
 変化にかけてはこちらも一流、すなわち化けた輩を見抜く術も心得ているのが当然。
 特に今回の件では、秋狸の肉体を通じて√EDENの社会に適応した妖狸神のほうが有利である。

「封印が解けたばかりのヤツが令和の√EDENのファッションを完璧に把握してるとは考え辛い。何処か古臭さが出るだろうよ。そんなヤツを見つけて後は虱潰しよ」
 たびたび秋狸の体を乗っ取り食事や娯楽を満喫してきた経験が、ここで活きるというわけだ。明らかに流行から外れたファッションセンスの輩がいればすぐに分かると、妖狸神は口元を歪めた。
『簡単に言うがこんな人混みじゃ大変過ぎるぜ?』
「人の身で普通に探せば、そりゃあな」
 そこで【妖狸変化術】。適当に空を飛べる生物――今回は鳩に化けて、上から探す。
 地上の視点からは群衆全てに目を配るなど不可能だが、空から見下ろせば話は別だ。

「さっきはヤツが配下を使ってたんだから、今度はこちらが眷属を使うとしよう」
 さらに妖狸神は『死霊狸』を呼び出し、怪しいヤツの情報を集めさせる。眷属の数にものを言わせて捜索範囲を広げれば、どんなに上手に潜伏したつもりでも、どこかでボロが出るだろう。
「そうら、見つけたぞ」
 死霊狸の情報を元に上空から妖狸神本人が確認すれば、間違いない。頑張って現代の服装に合わせようとしても、拭いきれない古臭さ。姿形は普通の人間だが、実に怪しい。

「ほれ、正体を見せろ!」
「いてっ、いててて! このっ、やめんか!」
 確認のためにクチバシで突っついてやると、相手はたまらず正体を現した。モクモクと立ち上る煙の中から、出てきたのは恰幅の良い化け狸。まんまと変化を見抜かれた隠神刑部は、悔しそうに逃げていく――。

ソル・ディールーク

「ん……? 騒がしいな?」
 買い物帰りに街を歩いていた所、妙に周りが騒がしいなと思ったソル・ディールーク(楽園に転生した冒険者・h05415)。なにか事件でもあったのかと思いつつも、警察でも√能力者でもない彼には関わりのないことだ。
「ただいまー」
 そのまままっすぐ帰路に着いた彼は、カフェ『ルミナス・オーガ』に戻り、買ってきた食材を片付ける。今日もまた何事もない日常が続いていく――かと思いきや、カランカランと扉のベルが鳴った。

「おや、お客さんかな?」
 入ってきたのは今風の流行からはややズレた、古風なファッションの若い女だった。
 変わっているとは思うが、客は客。ソルはすぐさま営業スマイルを浮かべてメニュー表を差し出す。
「いらっしゃいませ〜! メニューです!」
「ありがとう」
 その客は礼を言ってメニューに視線を落としつつ、ちらちらと外に気を配っている。
 ちょっと特殊な過去を持つソルでなければ、気付けないほど些細な所作だが――妙に落ち着きがない。

「ほうじ茶ときな粉餅を」
「かしこまりました、しばらくお待ち下さい!」
 注文を受け取ったソルは厨房へ行き、お茶と茶菓子を用意しながら考える。この√に転生する以前の記憶の賜物か、彼はあの客の正体がヒトではないことを既に見抜いていた。
(√EDENには妖怪がいるのは聞いていないし、あのお客さん眼が濁っていたな……)
 よく見るとキョロキョロと挙動不審だったからもあるが、ただ迷い込んだだけの一般妖怪ならともかく、悪意を持った√能力者の妖怪だった場合は厄介だ。先程の街の騒ぎとも関係あるのかもしれない。

「……ちんあなご」
『ちんあなご〜!』
 そこでソルが一計を案じると、ふよふよと厨房内を歩いていた「ちんあなご」が何処かへ消えた。もちろん普通のちんあなごは『ちんあなご~』と鳴かないし地上を二足歩行もしない、アレはちんあなごに似た謎の存在だ。
「ご注文された品物をお持ちしました! ほうじ茶ときな粉餅です!」
 ちんあなごの事は一旦置いておいて、何食わぬ顔で厨房から戻ってきたソルは、笑顔で注文された物を客に渡す。もし暴れ出すようなら彼にも相応の備えがあるが――妖怪はこの場では大人しく、頼んだものを美味しそうに食っていた。

「ごちそうさま。美味しかったわ」
「ありがとうございました〜」
 ほどなく茶と餅を食べ終わり、妖怪がお代を払って帰ろうとすれば、ソルはお辞儀してそれを見送る。後で片付けるのも面倒だし、自分の店内で騒ぎを起こすつもりはない――そう、店内では。
「よし、行け」
『ちんあなご〜!』
 相手が店を出てからある程度の距離を離れると、ソルはちんあなごを飛び蹴りした。
 ポーンと勢いよく吹っ飛んでいったちんあなごは、妖怪客の背中にぶち当たり、そのまま襲いかかった。

「うお、なんじゃぁ?!」
 謎の存在に不意打ちを食らった女――『隠神刑部』は、思わず変化を解いてしまった。
 年齢も性別も自由自在な化け術は見事なものだが、残念な事にソルの目は欺けなかった。√能力者の追跡にかわすために入った店が彼のカフェだったのが運の尽きだ。
『ちんあなご〜!』
「くっ、纏わりつくでない!」
 尻尾を出した化け狸を、どこからともなく集まった大量のちんあなごが追いかける。
 ここで騒ぎになったらまた√能力者達に追いつかれてしまう。隠神刑部は顔をしかめながら慌てて逃げていった。

「前世の経験が活きたな……」
 そんな様子を店の外から眺めながら、ソルはぽつりと一言。かつて広大な宇宙を旅した記憶の中には、ああいう変身するモンスターもいたのだろうか。今は楽園で平和に暮らすカフェの店主、その前世は異世界の冒険者であった――。

鳳崎・蓮之助

「面倒な事をしやがって……」
 ぶつぶつと文句を言いながら、街に隠れた敵を探す蓮之助。素直に戦ってくれれば楽だったものを、化け術に長けた『隠神刑部』は小賢しくも人混みに紛れてしまった。こうなると見つけ出すのは一苦労である。
「俺、ファッションは全く分からないぜ……」
 見た目こそ若いが蓮之助はかなりの高齢で、現代の流行に疎いという点では隠神刑部と大差ない。最近の若者の服装を見ても全く分からないし、娘やその友達なら詳しそうだがここにはいない。なのでまずは最近のファッションをスマホで調べる事にした。

「ふーん、最近のファッションってこんな感じなのか」
 ちょっと検索すればすぐに情報が手に入るのが令和のいい所だ。検索結果に出てきた服やモデルの画像を見て、なんとなく傾向を掴んでから、蓮之助は改めて周りを確認するが――。
「どれも一緒にしか見えないぜ……」
 人生を復讐に費やしてきた彼に、ファッションはやはり駄目だった。この人混みの中に流行遅れの妖怪が紛れ込んでいたとしても、さっぱり区別が付かない。諦めて他に手がかりはないか考えてみる。

「隠れてる奴って√能力者じゃん」
 思いついたのはシンプルな解決策だった。蓮之助は数秒だけ【パラノイア・デッドライフ融合】を使用し、海奪龍の牙の様なマスクとヒレに、背中から蜘蛛の脚を生やした姿に変身して、周りの反応を見る。
「……最近の若者はあんま動揺しないな」
 奇抜なファッションが当たり前になってきた現代では、蓮之助の変身もそういう仮装か、あるいは見間違いとかで流されてしまう。√EDENにおける『忘れようとする力』の強さも影響しているのだろう。

「ってことは動揺した奴が怪しいって事だ」
 群衆の中に1人だけ反応がおかしい奴を見つけた蓮之助は、フェニックスオーブに黄泉の回転をかけて投げつけた。万が一普通の人間だったらケガどころでは済まないが、彼には確信があった。
「うおおっ?! 何するんじゃ!」
 予想通り、相手はドロンと煙を上げて正体を現し、慌ててオーブの投擲を回避した。
 こいつが『隠神刑部』か。妖怪達を引き連れて√EDENに乗り込んできた、邪悪な化け狸の頭領だ。

「もう逃さねえぞ」
 再びパラノイア・デッドライフと融合した蓮之助は、簒奪の超糸で敵を空間ごと引き寄せ、釘バットを思いきりフルスイングする。殴り飛ばされた隠神刑部は「ぐわっ?!」と叫ぶが、手応えは軽い。
「出会い頭にぶっ叩くとは礼儀がなっとらんのう!」
「おう、流石大妖怪」
 どうやら上手くいなされたようで、逆に吹っ飛ばされることで距離を取られてしまう。
 化け術を見破ったとはいえ、やはり一筋縄でいく相手ではない。かつて悪辣の限りを尽くした古妖は伊達ではないようだ。

「まあ、仕方無いか」
 蓮之助は【|轟雷の無限回転弾《サンダー・スピンバレット》】で吹っ飛んだ敵を追撃し、また行方をくらまされる前に追いかける。追尾効果のある轟雷の貫通弾と簒奪の超糸による引き寄せは、どこへ逃げようが標的を追い続ける。
「ぐぬぬ……こうなってはやむを得んか」
 化け術で隠れるのにも限界を感じた隠神刑部は、町外れの裏路地に逃げ込んでいく。
 √能力者ならば分かる、その先は別の√への入口。古妖の故郷たる√妖怪百鬼夜行へと繋がっていた――。

第3章 ボス戦 『隠神刑部』


「やれやれ……儂としたことが耄碌したか。こんな若造どもに遅れを取るとは」

 √能力者に変化を見破られた『隠神刑部』は、追い立てられた末に√の境界を超えた。
 ここは√EDENではなく√妖怪百鬼夜行。妖怪と人間が共存する√であり、古妖の故郷である。

 かつて人間との共存を拒んだ隠神刑部は、この地で新しい世代の妖怪に封印された。
 その際に用いられた『封印の祠』が、今もここには残っている。

「まったく忌々しい。ここまで戻ってきてしまうとは……またこんな狭苦しい場所に閉じ込められてたまるものか!」

 √能力者は殺されても蘇生できるが、封印なら話は別だ。
 逃げ場を失った隠神刑部は覚悟を決め、本気で一戦交える気の様子。

 対するこちらの勝利条件は、隠神刑部を再び祠に閉じ込める事だ。
 再封印が成れば強大な古妖とて脱出は困難だが、そのためには戦闘で相手を弱らせる必要があり、それこそ殺す気でかからなければ達成は不可能だろう。

 √妖怪百鬼夜行と√EDEN、2つの√にとって共通の脅威となる古妖をここで封じる。
 令和の化け狸との合戦は、いよいよクライマックスを迎えようとしていた。
呵々月・秋狸

「そら、追い詰めたぞ」
 引き続き肉体の主導権を秋狸から奪ったまま、妖狸神がにやりと笑う。√EDENから√妖怪百鬼夜行に追い返され『封印の祠』の手前まで来ては、もはや『隠神刑部』に逃げ場はない。
「化け比べもここからが本番。さあ、どちらが上か競うとしようぞ」
「フン、いいじゃろう……今度こそ格の違いを思い知らせてやるわ!」
 さっきまでのは本気ではなかったと言わんばかりに、隠神刑部は【忌まわしき神通力】を発動。まるで地震のように周辺の器物がグラグラと揺れ、妖狸神に向かって倒れ込んでくる。

「ほう、神通力か? 周辺にある最も殺傷力の高い物体で攻撃してくると見た」
 単純に重量のある電柱やら自販機、あるいは鋭利な刃物など、凶器になりうる物はそこら中にある。ならばと妖狸神は近くの殺傷力の高そうな物体を見極めて、「殴り棺桶」で防御体勢を取った。
「効かんわ!」
 殴ってよし、盾にもよしの頑丈な棺桶の陰に隠れて、神通力攻撃を防ぎきる妖狸神。
 現世で遊ぶ金欲しさに始めたフリークスバスターの経験が役に立った。この手の不可思議な攻撃の対処には慣れている。

「次はコチラの番だ。化術の真髄の一端を見せてやろう。もっとも、化けるのはオレではなく貴様だがな」
「なにィ……?」
 化け狸の頭領相手に「化術の真髄」などと大言を吐く妖狸神。当然隠神刑部は眉をひそめるが、その言葉が嘘でないことはすぐに分かる。先程の追いかけっこで本領を見せたと思うなかれ。
「貴様は既に我が術中の内よ。【妖狸術『呪語カチカチ山』】……ッ!」
 それは日本において、もっとも有名であろうタヌキの物語。彼は呪詛を込めて語ることで、その内容を現実に反映する。誰をどの配役に据えるかすら、自らの思うがままに。

「昔、あるところに老夫婦に捕まった一匹の狸がおったそうな。狸は留守番の老婆を騙し、自由になると老婆に襲いかかった……」
 独特の抑揚をつけた語り口調に合わせ、周囲の空間が古い民家に置き換わっていく。
 この場の主役は語り部でもある妖狸神。そしてタヌキの犠牲者となる哀れな老婆の役は――。
「げぇっ?! な、なんじゃこれは!」
「老婆の姿はお似合いだぞ」
 気づけば自分の姿が変えられている事に、驚き慌てる隠神刑部。どんなに力を振り絞っても、別の姿に化けることはできない。彼の術よりも妖狸神の術のほうが強制力が強いようだ。

「では、後は存分に殴打してやろう」
『はたから見たら、どっちが悪役か分かったもんじゃないな』
 物語で老婆はタヌキに杵で頭をかち割られて死ぬ。ここにあるのは棺桶だが、語りをなぞるように”主役”の攻撃は必中となる。秋狸が呆れるのもわかるほど邪悪な笑みで、妖狸神は老婆に襲いかかった。
「ウギャーーーッ!!!?」
 悲鳴を上げる老婆、いや隠神刑部。身体能力も外見相応に下がっていれば、ダメージもより大きくなろう。化け狸である彼にとっては、同じタヌキの化け術にやられた屈辱のほうが、あるいは大きいかもしれないが――。

逆刃・純素

「ようやく追い詰めたですぴす」
 √EDENから『隠神刑部』を追い立て、とうとう√妖怪百鬼夜行までやって来た純素。
 ヤツの後ろにある『封印の祠』。あそこにヤツを再び封じることができれば、もう悪さはできない。
「封印の仕方はよく分からないですけど、誰か知ってると信じてひたすら念入りにボコってやりますぴす」
「粗忽者め! ボコボコにされてたまるか!」
 とにかく相手を弱らせれば後は誰か上手くやってくれるだろうと、シンプルな考えで身構える。もちろん隠神刑部だって素直にボコられるつもりはなく、これまでとは違う本気で抵抗を試みる。

「見るがいい、儂の化け術の真髄を……!」
 そこらの人間や鳥獣に化けるのではなく、より強大な存在に化けようとする隠神刑部。
 だが純素は彼が化け終わるのを待つことなく、【|ああ慈悲深き太古の涙よ《サカバンミサイル》】で攻撃を仕掛けた。
「時の狭間に消えた幾億の涙のきらめきよ!」
 号令とともに、ロケットのように飛んでいく無数のサカバンバスピス。たとえ滅びても、人々に忘れ去られても、数億年の時を超えて現代に顕れた古代のパワーが、たかだか数百年止まりの古妖に襲いかかる。

「ぬおおおおおっ?!」
 サカバンミサイルの攻撃範囲は敵を中心に半径20m。化かされたりしても、この範囲なら多分巻き込めるという算段だ。味わいのある顔でぶつかってくるサカバンバスピスの群れに、隠神刑部は困惑そして驚愕。
「いでっ、いでででで! ちょ、調子に乗るでないわ!」
 流石にやられっぱなしとはいかず、こちらも【忌まわしき神通力】で反撃してくる。
 周辺にあるもっとも殺傷力が高いものを操って攻撃し、周囲のものが別のものに見える「化かされ状態」にする√能力だが――。

「もっとも殺傷力が高いもの……それこそがサカバンバスピスですぴす!」
「んなバカな……なにぃ!」
 ミサイルの一部が方角を変えて、純素のもとに飛んでいく。もちろん同族の事なので純素は慌てず霊剣でガード。化かされ状態で視界がおかしくなっても、お構いなしに攻撃を続ける。
「封印の中でも覚えてるといいですぴす!」
 結局の所敵の位置さえ覚えていればいいのだ。多少座標がズレたとしても、何百匹もいるサカバンバスピスの一部でも当たれば十分。数の暴力と範囲の広さでボコボコにしてやろう。

「また封印が解けたら会いましょうですぴす」
「お、おのれサカバンバスピス……貴様らの顔、覚えたからなぁッ!!」
 実際一度見たら忘れられなさそうな顔を睨みつけ、ボコられながら吠える隠神刑部。
 時代遅れの古妖にも、純素およびサカバンバスピスのインパクトはしっかり脳に刻まれたようだ――。

カトル・ファルツア

「ようやく追い詰めたぜ!」
 と言って『隠神刑部』を睨みつつも、隙を見せないように身構えるカトル。ここまで来れば相手も化け術で逃げられないだろうが、それでも化け狸の頭領が大人しく封印されるとも思えない。
「追い詰めたじゃと……? 勝ち誇るのはまだ早いわ!」
 古妖の威厳を示さんと【刑部百十二変化】を発動する隠神刑部。彼ほどの化け上手となれば人間や鳥獣だけではなく、超自然の存在や神々に化けることすら可能だ。それもただ見た目を真似るだけではなく、力さえも再現した上で。

「まあ、狸だから変身するよな……」
 敵が√能力を使用する前に、カトルはエネルギーバリアを展開して攻撃に備えていた。
 だが隠神刑部は彼の想像を超えて大きく、雲をつくような巨大化九十九神に変身して襲いかかってきた。
「踏み潰してくれるわ!」
「でっか! バリアじゃ防げねえ!」
 カトルは焼却の弾幕を放って距離を取ろうとするが、巨大九十九神は炎を浴びても小揺るぎもせず足を振り下ろしてくる。その瞬間、地震のような衝撃がグラグラと戦場を揺さぶった。

「くかか! まだまだいくぞい!」
 さらに隠神刑部は九十九神から十二神将に変身。小さくなったことで上昇した機動力を武器に、飛び退いたカトルに追いついて猛攻を重ねてくる。変化の精度もさることながら、化け変わる速度も尋常ではない。
「うおぉぉぉ! くそがバリアも壊れた!」
 息つく間もない攻撃によってエネルギーバリアも剥がされ、追い詰められたカトル。
 これが化け狸の頭領としてその名を知られた古妖・隠神刑部の本気か。侮っていたつもりはないが、想像以上の実力だ。

「今回はラセンの力を使うよりも……!」
 カトルは紙一重で敵の攻撃を耐え凌ぎ、わずかな隙を狙って素早く回転魔弾を放つ。
 直撃できるなんて甘い考えは持っていない。だが間隙を縫ったその一撃は、うまい具合に敵の体勢を崩した。
「ぬおっ?!」
「今だ!」
 この機を逃さずカトルは右手を伸ばす。【ルートブレイカー】である彼の掌が触れた√能力は、いかなるものでも無効化される――たとえ大妖怪の化け術であっても。ぶん殴られた瞬間、隠神刑部の【刑部百十二変化】が解けた。

「よし、姿が戻ったな! くらえ!」
「し、しまったッ……ぬおおおおっ!!」
 十二神将からタヌキに戻った敵に、カトルは破壊の炎を放つ。√能力者だけが見ることのできる、全てを消し去る幻の炎。それに包まれた隠神刑部は、たまらず絶叫を上げた。
 確かに古妖は強い。だが彼をここまで追い詰めた√能力者の実力は、決して直接戦闘でも遅れを取りはしなかった――。

鳳崎・蓮之助

「手間かけさせやがって、観念しろ」
 取り巻きどもの撃退から√EDENでの長い追いかけっこを経て、ようやく『隠神刑部』を追い詰めた蓮之助。とっとと終わらせると言わんばかりに彼はパラノイア・デッドライフ態に変身し、黄泉の回転を纏った「フェニックスオーブ」を素早く投げつけた。
「お主らこそしつこいんじゃ! いい加減諦めんか!」
 相手にむかついているのは隠神刑部も同じか。苛立ちも露わに叫び返し、恰幅のわりには身軽な動きでオーブを躱す。いずれにせよ、この場所で決着が付くのは不可避だった。

「あらら……やっぱり避けられたか」
 フェニックスオーブには自分の元へ戻るように回転をかけていたので、避けられても蓮之助の隙は最小限で済んだ。だが狡猾で目ざとい化け狸は、その僅かな隙で√能力を発動する。
「来い、我が|同胞《はらから》よ!」
「「へい、親分!」」
 現れたのは多数の化け狸による【変幻百鬼夜行】。令和の今になっても大妖怪『隠神刑部』の名は轟いており、号令ひとつでこれだけの数が集まり、頭領の敵に襲いかかる。

「いい連携だ、厄介だぜ……」
 配下の化け狸も一匹一匹が化け術の名手であり、ある者は霧に変身して視界を遮り、ある者は景色に溶け込んだ姿になって不意をつく。百鬼夜行の名に恥じぬ波状攻撃に、蓮之助も苦戦させられるが――。
「けどな、その次元に存在するなら当てられる!」
 彼はオーラ防御で守りを固めながら、化け狸達の隙を伺っていた。反撃のチャンスが一瞬でもあれば、もう一度フェニックスオーブに回転をかけ、今度は電気を帯びさせて投げ放つ。

「まとめて吹き飛びな!」
 百鬼夜行の群れのど真ん中に着弾した【|轟雷の無限回転弾《サンダー・スピンバレット》】は、絶縁体すら貫通する電撃の爆発を引き起こす。雷神様が落ちてきたような閃光と轟音に、化け狸達がふっ飛ばされた。
「「ウワーーーーッ!!!?!」」
 どんな姿に化けていようが、この爆発から逃げられるヤツはいない。悲鳴と絶叫が響き渡る中、蓮之助はまだ動けるやつを釘バットで殴り飛ばしながら、タヌキの屍を踏み越えて隠神刑部に迫る。

「次はお前だぜ!」
「ぬうっ、よくも儂の部下どもを……!」
 配下を蹴散らされた隠神刑部は自らの手で反撃するが、先程の電撃には蓮之助自身の身体の疲れを取り、動きを良くする効果もあった。機敏な身のこなしで彼はもう一度√能力を発動する。
「黄泉の回転にはこういうのもある……」
「ぐおおおぉッ!!?!」
 【轟雷の無限回転弾】を直撃させた直後、帯電状態の蓮之助が直接攻撃を仕掛ける。
 改造ハチェットで切り裂かれた隠神刑部の腹から血が吹き出し、電撃が骨まで痺れさせる――さしもの大妖怪の表情も、苦痛に歪むダメージであった。

星谷・瑞希
鳳崎・天麟

(あーやだやだ……一応変身はしましたが……)
 幼馴染に連れられて√の境界を超え、√妖怪百鬼夜行まで古妖を追ってきた天麟。敵の元へ行く前にネガティブ・パラノイア態に変身してきたが、それでもかなり不安が残る様子だった。
「お願い…力を貸して!」
 その不安を和らげるために、瑞希は【|シュリンの覚醒《シュリン・フォース》】を先に使用して、天麟を一時的に√能力者にしておく。非√能力者のままだと万が一の事があっても蘇生できないが、これなら少しでもリスクは軽減されるはずだ。

「やっと追い詰めたよ! 行くよ、天麟!」
「はい、瑞希!」
 幼馴染と共に戦う事を選んだ瑞希と、彼の√能力によって「霊王シュリン」に変身した天麟。Ankerという固い絆で結ばれた二人は、万全の心構えで古妖『隠神刑部』に挑む。
「生意気な人間どもめ……二人がかりなら儂に勝てると思うたか!」
 自信満々の様子が癪に障るのか、隠神刑部は顔をしかめながら【忌まわしき神通力】を発動。周囲の器物や建物が揺れ始め、その中から最も殺傷力の高い物体が二人めがけて襲いかかってきた。

「僕が囮になるから今の内に!」
 天麟にそう呼びかけつつ、瑞希は念動力で身体を浮かして攻撃を回避する。殺傷力相応のサイズのある物体は、流石に防御できる大きさではないため、ここは避ける事に集中だ。
「お前の相手は僕だ!」
「小癪な餓鬼め!」
 隙あらば「覚醒霊気」の手で殴りかかり、少しでもいいので相手の集中力を乱す。ゆらゆらと宙を飛び回る少女のような少年に、隠神刑部はかなりペースを乱されている様子だ。

「瑞希、私に任せてくれるんですね……ありがとうございます」
 危険な囮となってチャンスを作ってくれている幼馴染に、天麟は深い感謝を抱き、己の役目を果たすために動く。霊王の証たるマフラーをなびかせ、なにもない空間を蹴って隠神刑部の元へ。
「瑞希の為に…敵を蹴散らすしかありませんね!」
「「親分に手は出させないでやんす!」」
 立ちはだかるのは隠神刑部のもうひとつの√能力、【変幻百鬼夜行】で召喚された化け狸達。様々な姿に化けて道を阻もうとする彼らに対して、天麟は黄泉の回転弾を放った。

「次元干渉による跳弾です!」
 クイックドロウのように放たれた神速の弾丸は避けづらく、さらに壁に当てて跳弾することで弾道を予測させない。霊王シュリンの次元干渉の力を乗せた黄泉の回転弾は、一瞬にして狸達を撃ち抜いた。
「「ウギャーーーッ!?!!」」
 バタバタと倒れる化け狸の群れには一瞥もくれず、天麟はまっすぐ隠神刑部の方へ。
 走るフォームにも黄泉の回転を加えることで、自分自身を敵を撃ち抜く弾丸と化す。

「吹き飛びなさい!」
「ぬぐおッ?!」
 天麟の繰り出した黄泉の回転タックルは、隠神刑部の土手っ腹にぶち当たる。その衝撃で敵が怯んだ隙に、囮役を担っていた瑞希は「霊力狙撃銃」を構え、念動力を纏った弾丸を装填する。
「まだ練習中だけど……行け!」
 若干不慣れな手つきだが、このタイミングなら外さない。撃ち出された弾丸は過たず隠神刑部を捉え、再び「ぐわっ?!」と悲鳴を上げさせる。ただの鉛玉とは別格の威力だ。

「ドローンもあるよ! これも練習中だけど……」
 畳み掛けるように瑞希は小型ドローンも稼働させ、搭載された火器で敵を燃やす。
 生来の霊力や√能力だけでなく、最新の武器も使えるようになってきた。時代遅れの古狸にとっては、こちらのほうが対処し辛いかもしれない。
「ぐ、ぐぬぬ、まずい……」
「今です! 止めです!」
 窮地に陥った隠神刑部に、天麟は黄泉の回転弾で追撃。狙いすました神速の一撃は、敵の身体に次元ごと風穴を開ける。これが幼馴染から貰った力――霊王シュリンの力だ。

「ぐおおおッ!? お、おのれ人間どもめ……!」
 深手を負った隠神刑部はばたりと倒れ、そのまま封印の祠に吸い込まれていくかと思われたが――化け狸の頭領としての意地が、彼を再び立ち上がらせる。人間ごときに敗れるなど、古妖のプライドが許さないようだ。
「天麟! 僕の後ろへ!」
「はい!」
 瑞希は幼馴染を守るように前に立ち、天麟は彼の後ろで次の黄泉の回転弾を構える。
 敵は確実に追い詰められている。最後まで油断せずに、勝って二人で√EDENに帰る。二人の闘志と絆は、戦いの中でより強くなっていた。

ソル・ディールーク

「ぐぬぬぬぬ、おのれ人間どもが……なんじゃ?」
 昔のように人間を化かしまくって遊ぶつもりが、再び封印の危機に瀕した『隠神刑部』。なんとか体勢を立て直そうとしたところで、彼はこちらに近づいてくる気配を感じる。また√EDENから誰か追ってきたのかと思いきや――。
『ちんあなご〜!』
 それはソルに召喚された「ちんあなご」の群れだった。ソル本人は店番のためここには来ていないが、彼らは隠神刑部を追って√妖怪百鬼夜行まで来たようだ。言葉は分からないが、目的は尋ねるまでもないだろう。

「なんじゃお主らは、邪魔するでないわ!」
 人間でも妖怪でもない謎の生物を睨みつけ、隠神刑部は【刑部百十二変化】を発動。
 甲冑と剣で武装した雄々しき十二神将の姿に化けて、邪魔者を斬り捨てようとする。
『ちんあなご〜!』
 対するちんあなご達はリミッター解除で一時的に限界突破して戦闘に臨む。√能力者ではないとはいえ、彼らには攻性インビジブルと同等くらいの力がある。賑やかしで来たつもりはない。

『ちんあなご〜!』
 敵が近づいて斬りかかってくれば、腕の動きをよく見て攻撃を見切り、回避するちんあなご達。すかさずソルから借りた「勇者の剣ルアン・ジャルグ」を使って、カウンター気味に反撃する。
「ぐおッ?! やってくれたな……もう許せん、ぺしゃんこにしてくれるわ!」
『ちんあなご〜!』
 怒った隠神刑部が巨大化九十九神に化けたら、ちんあなご同士で連携して踏み潰されないよう逃げ回る。迷彩で隠れていた仲間達も飛び出してきて、相手のデカさに対抗するように、組体操みたいに集まり始めた。

『ちんあなご〜!』
 踏み台になった仲間の上に乗って、ルアン・ジャルグを持ったちんあなごが巨大化九十九神に攻撃を仕掛ける。他の仲間達は全身をくねらせて空気を揺らし、攻撃を食らわせられるように敵を足止めする。
「な、なんなんじゃコイツら……うおぉ!?」
 ただのヘンテコなナマモノかと思いきや、高度な連携を見せるちんあなご達。完全に相手を侮っていた隠神刑部は、空気の振動でバランスを崩し、隙を見せたところに攻撃を受けた。

『ちんあなご~!』
「ぐはぁッ!!?」
 幽霊すら斬る勇者の剣の一撃を食らって、隠神刑部が元の姿に戻っていく。化け術を維持する余力も、もうあまり残されていないのだろう。ふたつの√をまたいだ今回の戦いも、いよいよ決着の時が迫っていた――。

ケヴィン・ランツ・アブレイズ

「むむむ……何たる事だ。化け狸の頭領である、この儂が……」
「おう。観念したか狸爺ィ」
 変化を暴かれ√EDENから追い出され、再封印一歩手前まで追い詰められた『隠神刑部』に、ケヴィンはにやりと笑って言葉をかける。まさかこんな結果になろうとは、きっとあのタヌキは想像もしていなかっただろう。
「同じ人外の誼だ、一つ忠告してやるよ。|竜種《オレら》や|古妖《オマエら》が持てる力を振りかざして暴れ回るのは今時もう古臭ェ、ってな」
 かつては栄華を誇った竜も、今やほとんどが現世から姿を消し、文明の主導権は人類に移った。人間との共存を選んだ妖怪も同じ事――そして竜から人に転生したケヴィンは、時代の移り変わりを肯定する。

「今更お行儀よくしてられるかってんなら……しょうがねェ。身体に叩き込んでやるよ。覚悟しやがれ!」
「ほざけ! 人に落ちぶれたトカゲ風情が、儂を一緒にするでないわ!」
 暴虐と悪徳の限りを尽くし、己の欲望のままに生きた、古き妖怪の時代を忘れられない隠神刑部は、全身の毛を逆立たせて叫ぶ。その強大な妖力と威厳に憧れを抱く者はいまだ多く――「来い!」と号令一つかければ、何処からともなく化け狸の群れが現れる。
(しかし、あれだけの化け狸を呼び寄せるとは……耄碌したっつっても、力ある古妖は伊達じゃねェな)
 威勢よく啖呵を切ったケヴィンではあるが、相手の力量を見誤るつもりはなかった。
 敵は【変幻百鬼夜行】を率いる化け狸の頭領。如何様にも姿を変える変幻自在の妖怪軍団だ。

「だが……『化ける』のを武器に出来るのはオマエだけじゃねェんだぜ。見せてやるよ、隠神刑部!」
 そう言ってケヴィンは【|超絶化・化身舞闘《ドラゴンソウル・オーバーロード》】を起動し、翼と角、鉤爪を生やした半人半竜に化身する。かつての真竜の姿ではないが、ある面においては、それを凌駕する形態に。
「コイツが俺の、竜と人の力……その合わせ技だッ!」
「な、なにィ……!?」
「「お、親分! コイツ、ヤベェですぜ!」」
 |人竜騎士の闘気《ドラグフォース》と竜魂の火種を纏ったケヴィンの威圧感に、化け狸の群れは恐怖を抱く。彼らの親分である隠神刑部でさえ、背筋に冷たい汗が流れるのを感じた。この迫力は、ただの人間や零落した竜が持ちうるものではない。

「ッ……虚仮威しよ! やってしまえい!」
「「へ、へいッ!!!」」
 怖気を振り払うように号令する隠神刑部、浮足立ちながら襲いかかる変幻百鬼夜行。
 依然として彼らの妖力が衰えたわけでは無い。だが、気迫で負けることは時として実戦の勝敗を大きく左右する。
「燃え尽きろォ!」
「「ギャーーーーッ!!!!?」」
 黒鉄の愛斧に闘気と竜炎を纏わせ、渾身の力で振り抜くケヴィン。並み居る化け狸の群れが、親玉もろとも薙ぎ払われていく。これぞ、竜の魂に人の技――人竜騎士が到達した境地だ。

「お、おのれぇぇ……この恨み、決して、決して忘れぬぞぉぉ……!!」

 黒焦げになった隠神刑部がふっ飛ばされた先には、ぱかりと扉の開いた『封印の祠』。
 もはや抵抗する力も失った化け狸の頭領は、恨み言を残して祠の中に吸い込まれていき――再び永い眠りにつくのだった。



 かくして令和の化け狸合戦を制した√能力者達は、見事古妖の再封印を成し遂げる。
 √EDENと√妖怪百鬼夜行、双方に危機と混乱をもたらす古妖を制するのは、時代の流れとともに生きてきた者達の力であった。

挿絵申請あり!

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挿絵イラスト