ゲレンデからさようなら
綺麗な雪景色を見る。
長くバスに揺られて、たった今、降り立って、ふかふかとした雪を踏みしめる。そう……今日はスキーの日! 示し合わせた友達は、スキーが苦手な俺に色々と教えてくれるという。ちょっと怖いけど、それでも楽しみ。スキーを楽しんだあとはバーベキューもするし、それから、それから……楽しみなことが尽きない! きっと、ここ数日は楽しい日々を過ごせるだろう。
ふと、視界の隅に何か手のようなものが見えた。……一体なんだろう?
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「……怪異『神隠し』出現の予兆確認、至急、各位よろしく頼みました!」
そう声を張り上げるは写・処(ヴィジョン・マスター・h00196)。星詠みとしての力を発揮した彼は、さるスキー場が『神隠し』に遭うことを予見した。
「寒いところですから、防寒には気を付けて……! それと、『神隠し』ですから、遭遇してしまった人達が衰弱する可能性は非常に高いです。……なんたって他所様に迷惑かけるかなぁ……」
目頭を抑える写自身も人間災厄という身で、言ってしまえば『居るだけで災厄』といった存在であるが、かといって√汎神解剖機関の怪異ほど見境がないつもりもない。ともあれ、緊急事態である、よろしく頼みます、そう念を押して写は√能力者達を見送った。
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――寒い。
どうしてこうなってしまったんだろう、あたりがなにも、吹雪で見えない。
今日は晴れの日で、雪なんて降るはずがないって言っていたのに――。
手を叩く音がする。
――鬼さんこちら――手の鳴る方へ――。
第1章 冒険 『雪に紛れるもの』

――寒いのは、あまり好きではないんですがねぇ。
熱燗が旨くなる程度に留めて欲しいものですが――心の中でそうひとりごちながら逆月・雫(酒器の付喪神の不思議居酒屋店主・h01551)は悪天候が近づきつつある空を見る。空模様について言えば山の天気の変わりやすさを理解しきっている職員は顔色を変えた。早くゲレンデに居る人たちを引き上げさせるために放送をしようとする彼らに、ああ、と手を上げる。
「お手伝いさせてくださいませ、私でよければ」
「……と言うと?」
「こういうのはいかがでしょう」
その提案に、職員達はおお、と穏やかに声を上げた。
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「天候が崩れる予報があります、危険の為、引き上げてください」
「――同時に、豚汁、汁粉、甘酒の無料配布実施中です」
天候が崩れる以外にも戻ることに付加価値をつければいい、すっかり鼻や耳を赤くした人々があたたかいものを目当てにぽつぽつとやってきている。
「はい、こちらを」
ありがとうございます! と元気そうな若者が汁粉を受け取る、逆月は割烹着でそれをあたたかな目で見つめていた。
「あれ? ……あいつ、一緒に戻ってきたはずだよな……?」
「どこにいったんだろ」
「……」
――ふむ、まだ本格的に吹雪いていませんが、天候は悪くなる一方。『七福神召喚』――迷い子を仲間の元へ、悪い妖に誑かされる前に。
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「うわー、寒い寒い……」
天候が悪くなってきたゲレンデを屋内から見て、しかし前へ進まないとどうにもならない。赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)は寒さに震えながらも防寒着を着て一歩一歩、前へと出る。『緋色の舞』、現れるのは炎の蝶だ。すっかり暗くなってきた外を照らしてくれるその灯りを頼りに、歩みだす。逆月によればすでに『迷子』が出ているという。
「迷子というか、神隠し、だろうけれどもね……」
よいしょ、と灯りを見ながら、炎の蝶は足元の雪も少し柔らかくしていく。その上をさくさくと歩いていく……。
「あ、灯り……!」
人の声がした。二人の男女と、小さな女の子。家族連れのようだった。
「あのっ、どちらからきましたか……!? わ、わたしたち、遭難しちゃったんでしょうか……!?」
「落ち着いて。僕は助けに着た者です」
さ、こちらへ、と案内する。女の子は炎の蝶を見て、目を輝かせていた。
「綺麗に見える?」
「うん!」
そっか、良い子。……明らかに衰弱していたのを我慢していた様子だった彼女へ、癒やしの灯火を灯しながら。
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「警察の者でございます。……一名発見、衰弱しているようです」
通信はまだ生きているらしい、蓼丸・ベロペローネ(妖怪ものぐさ脳筋ワカメ頭・h01261)は、すでに屋内に待避している√能力者にそう連絡すると、倒れている男性を助け起こす。
「あ……りがとうござい……ます……」
「御礼は助かったからでいいんですよ」
『引手海多』、召喚した沖呑手によって、相手はある程度回復したようで、ふう、と息を吐く。それは白く白く染まっていた。随分この短い時間の間に、この周辺が寒くなってしまったものだ、そう思う。
「自分で立てそうですか?」
「すみません……どうにもまだフラついて……」
「承知いたしました」
では、吾輩ちょっと力持ちですので、と相手を抱える。このまま下山し、逆月が居る屋内へと案内してやろう。汁粉や豚汁がありますよ、というと、それは嬉しいです、と言う言葉が聞こえる。……まだ相手は緊張して震えているようだった。少しジョークでも言って心を解きほぐしてあげようか。
「はっはっはっ、死んだら置いて行きますので、帰りたいのでしたら生きていて下さいね」
「……」
……はて、なにかが凍るような音がしたような。
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まだぽつぽつとゲレンデには人影が見える。この天候だというのにスキーで滑る者もいる始末だ。認識に何か阻害があるのだろうか。
――あまり悠長にやってはいられない。
ベルグリム・グアップ(資本主義経済の敵・h02861)は『昏き黄金の輝き』を発動する、屋内から移動がてらに金貨を一つずつ落としていく。まるでヘンゼルとグレーテルのようだ、それにしては金貨という卑しめられたものではあるが。人間災厄『クリーピングコイン』、金の頓着のなさはあるが、かといって金の価値や魔力を知らないわけではない。
なんだろう? これ。と集まってアナウンスに気づく者達を見る、どうやら気取られずに考えていることは成功のようだ。スキー場に金貨が転がっていることに疑問にも思わずに拾うさまは、だからこそ彼が人間災厄であるあかしなのだが――ともあれ、バラバラな者達も集まりつつあった。
●
もし、今回の件で犠牲者が出るようなことがあったとしたら。
――楽しい思い出が、恐ろしい記憶になってしまう。
それだけは避けたい――その思いで、ライム・カーペインター(信心深い塗装屋さん・h02089)は防寒着と照明を手にする。屋内ではゲレンデのスタッフ達に地図と、暗闇の中でも目立つ印などを教えてもらった。もし吹雪のときはここに集まってもらう意図の小屋の位置も頭に叩き込んで、準備は万全だ、そちら向かおう。
はたしてそこに向かうと何人かが身を寄せ合っていた。
「ご無事ですか……!」
声をかければ、寒さにふるえている人達が頷く。外傷はないようでなによりだった。
「さあ、帰り道は目印がありますから、私が案内できます。……歩けない方はいますか……?」
大丈夫です、との声、歩けないほどの重たい雪では幸いなかった、『神聖竜詠唱』をひそやかに発動し、何事もなく歩めるよう――屋内を目指していく。
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――雪、雪……わたしが住んでいるところでは滅多に降らないから、なんだかわくわくしちゃう。
きっとこのわくわくをここへ楽しみに来た皆が抱いていたことだろう、だから、悲しい思い出にならないようにしなくちゃ。
しっかりと聞き耳を立てて、ステラ・ノート(星の音の魔法使い・h02321)が歩んでいく。動物の姿はない。不気味なほどに、今の空間は人間と『それ以外の何か』に支配されつつあった。
「これは――……」
この雪そのものも噂通り怪異の仕業なのだろうか、警戒は密に、じきに震えている女性を見つける。
「大丈夫! 救助隊の者です」
そう言うと、寒さで満足に動けない彼女は安心したようにこくこくと頷く。
「……大丈夫だよ。すぐに吹雪は止むから安心して」
落ち着かせるために手を握る。寒いでしょう、わたしの外套とくまのぬいぐるみを貸すから、これであたたまって?
「でも、それじゃあ貴方が――」
ううん。吹雪は止むから、大丈夫。
『世界を変える歌』はささやかに唄われて――吹雪は、止んだ。
第2章 集団戦 『さまよう眼球』

雪が、歌によって止んだ。
そのあとに、ぞるぞると、厭な音がする。
人々をひとまず屋内に入れて、外に出れば多く目、目、目。
室内に『これ』を立ち入らせたらどうなるか――想像は容易かった。
戦う他あるまい、ただでさえ、凍えたかれらに力はないのだから。
――百々目鬼さんなんてのも聞いた事は有りますが……まあ、何ともおどろおどろしい姿で。
いかにも悪い者でござい、という外見はありがたいですけどね――逆月・雫(酒器の付喪神の不思議居酒屋店主・h01551)は『さまよう眼球』に相対する。とはいえ、彼女は、戦闘はどちらかというと得意とはしていない。率先して攻撃するのではなく、迎撃するように構える。避難している一般人が建物に近づけないよう、陣取った。
「さて、さて、一献、如何かしら?」
『清めの酒』――屠蘇器から溢れ出すそれは人々を襲おうとする目の前にソレを苦しめる。呪詛に呪詛は効くのか疑問であったが、どうやらこれには効くらしい――見た目で判断してはいけないのは、『仲間』も『敵』も一緒か。けたたましい音と共に本願からは離れていく目玉達を見やる、このぶんだとおのれがここに陣取っていればまず危険は来まい――しかし。
「可愛らしいお嬢さんや細面の兄さんも、お前さんの想像以上に強いですわよ?」
他の者へ襲いかかろうとする目玉を見て、そう呟いた。
●
「――これは、マズいな」
赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)はぼやきつつ、炎の蝶を展開させる。すでに屋内へとあらかたの人間は避難させているが、万一人の目に触れたらと思うと、と思うような外見の相手だ。――あの女の子も、ご両親も怖がるだろうな……。
攻撃は先に陣取っていた一般人を前にしていた逆月から標的が逸れているのが幸いであったが、八つ当たりのように巨大な口に変形したソレは暴れ出して止まらない。――攻撃が、効かない!
咄嗟に、あえて走り出しながら弾丸を放ち、自分の方へと興味を引く。
「……消耗狙いか」
その様子を見ていたベルグリム・グアップ(資本主義経済の敵・h02861)が『昏き黄金の輝き』を発動する。金貨をばらまけば眼球はそちらの方へ寄る、赫夜に並走するかたちでベルグリムも駆け出した。
「助かります!」
「相手の体力切れを待ってる暇はねぇぞ」
棺桶でいつでも殴打できるようにはしているが、あの暴れっぷりでは、しばらく手は出せない――!
●
ライム・カーペインター(信心深い塗装屋さん・h02089)は戦況を見る、暴れ出している相手とそうでない相手を見極めて、身を屈めた。気の立っている相手は赫夜とベルグリムが相手をしている、であるのならば、おのれのできることをするまで――『彩色名画』、混乱しつつある相手を先制攻撃したのちに、雪景色にそのすがたは隠れる。
「……」
ジッと息を潜めながら、各個撃破を果たす。
「絶対に通してはなりませんよ」
「もちろんです」
蓼丸・ベロペローネ タデマル(妖怪ものぐさ脳筋ワカメ頭・h01261)の言葉に、ライムは頷く。逆月が門番として構えているとはいえ、暴走状態の目玉に襲われてしまえばひとたまりもない――と、思ったところですり抜けようとする相手が現れる。
「!」
ライムが先制攻撃を落として再び隠密、蓼丸と蓼丸の呼び出した沖呑手がそれを抑える。暴れ出そうとする前に手錠をナックルダスター代わりに喧嘩殺法で殴りつける。荒っぽい手つきだ、相手にかじられながらもそこは痛みに鈍感、大したことがない風に処置する。
「蓼丸さん、お怪我を……!」
「大丈夫です、吾輩頑丈ですゆえ。数が多いので、止まってはいられませんよ」
「は、はい……!」
そう言われて、ライムは再び隠密の姿勢を取る。――なんとしても、あの人たちを守らなければ……!
●
「……気絶した!」
後方を確認したベルグリムが体力の尽きた相手を確認して進みを止めた。早速撃滅にかかる。
「これで止まってくれよ……!」
赫夜が弾丸を放つ、棺桶が鈍い音を立てて化け物へとぶつかる。ライムの攻撃の手も止まず、それは蓼丸も同じく。
しかし相手も大人しくやられてくれるわけではない、暴れ出す姿に顔をしかめる。蓼丸が駆け出し、相手の猛攻を防ぐベルグリムも棺桶を盾にするようにして攻撃を防いだ、また時間稼ぎが必要か? 同じ手間はとりたくない!
「一掃したい、逆月、出れるか!」
「――はぁい」
場に似つかわしくない穏やかな声がした。
――酒が場に満たされる、詰め込まれるは呪詛、酔うも酔わないもご自由に、きっと酔うときは悪酔いだけれども――。
けたたましい叫び声が響き渡った。
●
あたりが静かになる。不気味な存在は死骸も残さず消え失せた。
ゲレンデはまた元の晴れを取り戻しているようでいて、まだ重苦しい気配は消えてくれない。
「――……倒した」
ぽつりと、誰ともなくそう言った。
さまよう眼球のすがたはもう、どこにもなくなっていた。
――どこからか、歌が聞こえてきた。
全員が、身構える。
――鬼さんこちら――手の鳴る方へ――。
鬼ははたして、誰なのか。自分達か。それとも、『敵』なのか。
厭になるほど空はすっかり暗くなっていて、そしておぞましいものが近寄ってくる気配が、した。
第3章 ボス戦 『神隠し』

――『神隠し』。
ソレは概念であり、そして実体を持つ存在であった。
――鬼さんこちら――手の鳴る方へ――。
歌を歌いなから、ソレは現れる。ヒトを誘うように、そしてヒトを喰らうために。
少女のすがたがそこにあった、ソレはただ歌う、楽しそうに、無邪気に。
『かみのて』は手招きする、まるで喜ばしいように。
『かみのて』は拍手する、まるで嬉しそうに。
しかし、『これ』は簒奪者、なのだ。
ただただ略奪するもの、今だって、人々からなにかを奪おうとしているのだから!
「遊びましょう、遊びましょう」
――だから、ヒトのような何かを言っていたとして。
打ち倒さねばならない。
――『彼女』、遊びたくてたまらないようだけれども。
赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)は緊張感に包まれながらも片腕を異形の腕へと変化させる。ぎょろりと手の甲の目玉があちこちを見て、それから弧を描くようにして笑った。
「君も遊びたくてたまらないのか。あの子と気が合いそうだ」
そうつぶやいて駆け出す、手が無数に伸びてくる、それを『怪異解体』で切断し、ときに躱す。それでも攻撃の手が飛んできて、異形の腕でそれを防ぐ。
ライム・カーペインター(信心深い塗装屋さん・h02089)ははじまった戦いに顔を強張らせながらも得物を構える、手が伸びてくる現状ではまず相手に近寄れない――腕の数を減らすためにまずはペイントシューターを手にしていた。
「皆さん、頑張りましょう……!」
『聖人無夢』を発動し、その場に居る√能力者達の大幅な強化が行われる。少しだけ目を閉じ、祈り、みなぎる力を感じながら、ライムはペイントシューターで後方からの手の撃滅を開始した。
「何がどうしてこうなったやら……人が寄ってくるような『擬態』、なんでしょうね」
――子供のふりして人を喰らう、えげつない化物。……倒さなければなりませんね。
相手の手数が多いのならばこちらも手数を増やしてしまえばいい、逆月・雫(酒器の付喪神の不思議居酒屋店主・h01551)が発動するは『信楽子狸大行進』――!
「流石に『百狸』夜行とは言えないけれども」
なんて冗談を口にしつつも、召喚された狸達は手の妨害には充分だ。ライムを狙った一撃もいなす。
「ありがとうございます!」
「攻撃に集中してください、守りは任されました」
その言葉にライムは頷き、武器をペイントボムに持ち替えて敵の中枢へと駆けていく。
「こりゃあ遊び相手が欲しいってか? ――俺相手は高くつくぜ」
ベルグリム・グアップ(資本主義経済の敵・h02861)が挑発的な笑顔を浮かべながら手にした金貨を弄ぶ。狸達が防御支援してくれているとはいえ、道を開くには未だ、少し相手へ向かうには遠い。――で、あるのならば。
『昏き黄金の輝き』――ばらまかれた金貨と同時に放たれるそれに手は思わず金貨の方へと伸びる。手と手の合間を走り、殴り棺桶を手にする力を強くする。そのまま中心の少女へと肉薄した!
「――!」
棺桶は咄嗟に手で弾かれたものの、随分と手痛そうにする少女をみやる。
「対価も払わずに、何かを手に入れようとするからこうなるんだ。よく覚えておけよ」
――と、もう『次』は無いんだったな――そうひとりごちる。簒奪者とて蘇生は無限ではない、こと怪異のように気まぐれで人をうしなわせるものがあるのであれば、より撃滅に向けて行動の手筈は進んでいるはずだろう。
ライムが金貨に気を引かれた手で武器を塗装型ローラーに持ち替え、そして蓼丸・ベロペローネ(妖怪ものぐさ脳筋ワカメ頭・h01261)も同時にそれに並ぶ。
……親近感を感じますね、なんてこの場で言ったら不謹慎だろうか。――寂しいのか、人肌を求めているのか存じませんが、害となるのでしたらこちらも手を尽くさせて頂きます。
ゆるい笑みは真剣な眼差しに変わり、発動するは『引手海多』。くらいところへ引きずり込む、その手は相手とどう違うのか――それはきっと、こういう風に一緒に戦う仲間が居るか否か、であろう。
「腕相撲……もしくは綱引きなど如何です?」
そうして呼び出した沖呑手は手とぶつかりあい、文字通りの腕相撲という図になる。ともあれおのれができることは周囲を守ること、蓼丸は金貨に気をとられている手、狸に手間取っている手を注意深くみつつ、ベルグリムのそばまで接近したライムが、手にしたローラーを高々に持ち上げたのを見た。赫夜がそれをアシストするようにライムに伸びる手を解体していく。
勢いは充分。ライムは飛び上がった。
「――これで、おしまいです――!」
――あら、ざんねん。
ころころと笑う少女の声が、聞こえたような気がした。
●
「殲滅完了、ですね」
赫夜は周囲を確認して、すっかり雲ひとつなく晴れた夜空を見る。星が、月が、とても綺麗だった。
ライムは屋内に行くと、星空が綺麗ですよと言ってみた。怖いものはいなくなりました、とっても空が綺麗だから、是非――その呼びかけに、防寒着を再び着たり、カメラを手にしだす者も現れ始める。人の忘れる力というものは強いものだ。
けれども、今得たこの夜空の記憶は、多分、一生の。
「……ふぅん」
金で買えないものはないが、生の夜空というものはなかなかどうして時価が高くつくものだ。金貨のかがやきに負けないほしぼしのかがやきに、ベルグリムは金貨のひとつを空へと掲げてみる。きらりと、金貨が光っていた。
「……さて、それじゃああたたかいものでもいただきましょうか」
「お、それでは吾輩もなにかおひとつ」
逆月の言葉に蓼丸は嬉しそうについていく。
こうして――日常は戻っていくのだ。