シナリオ

この蒼を、きみに

#√ドラゴンファンタジー #ゾンビ #ラフェンドラ・オピオイド

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 ――拝啓、スターリング様。
 以前お約束していたものが完成いたしました。
 つきましては最速でお届けしたく……まず、一報をお送りします。
 新鮮な感想を拝聴したいため、写真は添付しておりません。
 どうぞ、ご期待くださいませ。

●ダンジョンに溢れたゾンビ……?
「青い貝殻、ご覧になったことがございまして?」
 ラミウム・オルター(未来の大魔術師・h04880)は、にこやかに問いかける。
 ええ、ええ、ルリガイですとか、アサガオガイだとか――ございましょう。
 わたくしは実物をみたことはありませんけれど、と囁いて。
「そのダンジョンはなんと……様々な青い貝殻で作られているんだそうですの」
 壁にも床も青の貝殻で構成された、まさに青の洞窟なのだと……実に楽しそうに語る。
 ――冷静に想像すると、少々不気味ではなかろうかと思うが、無粋である。
 そんな視線に気付いたか、ラミウムは僅かに表情を強ばらせ、頷く。
「はい、ただダンジョンの紹介でしたら、このような場は設けません――出るのです、ゾンビが」
 おっと、話の流れが変わった――。
 ゾンビ化モンスターというのは、ある日突然、脈絡もなくダンジョンに出没するようになった存在である。
 といっても、映画で見るようなアンデッド的な存在ではない。
 彼らがゾンビと呼ばれるのは「ゾンビに噛まれるとゾンビになる」という一点にある。じゃあゾンビとはなんなのか――果てしない問答が始まりそうである。
「問題は、一般冒険者や、周辺住民を危険にさらすということですわ」
 √ドラゴンファンタジーの冒険者はもれなく√能力者であり、それならば死後蘇生で元に戻るのかもしれないが――。
「万が一、ゾンビ化したまま、街に戻れば大惨事ですわ」
 絶対阻止せねばなりません、ラミウムはつんと顎をあげた。

「そして、貝の話に戻るのですけれども」
 戻るのか――という心の声が、あったかどうか。
「ある冒険者が、かのダンジョンに挑戦しているんです。珍しい素材を採取して、絵を描いている方だとか」
 それは、冒険者を夢見て叶えられなかった幼なじみのために。
 日銭を稼ぐついでに、ダンジョン外では得られぬ画材で、ダンジョン内のスケッチをして、見せているのだそうだ。
「ですので、自ずとダンジョン内に留まる時間が長引いてしまうようなのです……ゾンビの手に掛かる前に、どうかダンジョンを離れるよう、伝えてくださいませ」
 どうかよろしくお願いいたしますとラミウムは微笑み、淑やかに一礼した。

●きみに
 メールを送信してから、クェイルは周囲を眺める。
 大小様々な巻き貝が積み重なって作られた空間――いずれも、青みを帯びた貝殻で、濃淡も様々だ。
 貝のもつ虹色の光沢で輝いた空洞は、知らぬ神殿に迷い込んでしまったかのようで。
 不気味さもあるが、目が離せない、不思議な空間だった。
 無造作に積み重ねられた貝殻で作られたダンジョンなのに、触れても崩れ落ちるということはない――ひとつ貝を摘まもうとしてもままならぬが、刃物などで破壊すれば、問題なく転がり落ちてくる。
 全体が崩落することなどもない――まったく、ダンジョンというものは不可解だ。
 不可解だが、興味深い。
 彼女は苦笑を浮かべ、爪の先ほどの貝殻を優しく握って、ポーチにしまう。
 まさか竜漿以外の収集をする日が来るなんて。クェイルは笑って、GPSを確かめる。
「さて、連絡もしたし、早く帰らないと……あれ?」
 不意に誰かの気配を感じて、彼女は振り返った。
 ちくりと走った痛みの果てに――記憶は、混濁して。

 ――これは防がれた物語。
 星詠みによって紡がれたことにより、翻ることになる、少し先の未来の話だ。

マスターより

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第1章 冒険 『蒼の領域』


チェスター・ストックウェル
クラウス・イーザリー
小明見・結
天ヶ瀬・勇希
アリス・アイオライト

●蒼貝の迷宮
 蒼い光が差し込んで――否、何処からか入った光が反射して、淡く世界を照らしている。
 薄暗いのにほの明るい。
 掌を梳かせば、うっすら蒼く色づいた。まるで海中にいるかのように。
(「綺麗だな……」)
 クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は思わず天を仰いだ。
 螺鈿細工のような光沢の質感。蒼の貝殻が組み合わさった天井が、淡い虹色を宿して、蒼に戻る。自然に積み重なったように見えるのに、決して自然ではありえない構造。
「貝殻で……それも青い貝殻でできたダンジョンなんて神秘的ね」
 同じく、ゆっくりと周囲を見渡して、小明見・結(もう一度その手を掴むまで・h00177)が、ほう、と息を吐く。
「本当だ」
 目をパチパチと瞬かせ、チェスター・ストックウェル(幽明・h07379)が頷く。
「壁も床も天井も、目に入る全部が青い貝でできてる――さすがは√ドラゴンファンタジーのダンジョン」
 そっと壁に手を伸ばす。ざらりとした手応えが、幽霊であっても解る。様々な巻き貝を指で辿って、ふっと笑えば、クラウスが穏やかな声で応じる。
「こういう不思議な光景を見ることができるのは、√ドラゴンファンタジーの依頼のいいところだね」
「多分、他じゃ見られない光景だろうし、ゆっくり楽しみたいけれど……あんまり長居するわけにもいかないわよね」
 結が目を細めて囁けば、チェスターがそうだね、と頭の後ろで腕を組んだ。
「うん、クェイルは急いで探すとして……ただ、まっすぐ行って突き当たり、みたいな単純な道程じゃなさそうだね」
「確かに。探している間に、俺達も充分、観光……でいいのかな――できそうだ」
 クラウスも同意すると、そうね、と結も肩の力を抜く。
「怪しい痕跡とか、警戒すべき地形とかも見ておくべきよね」
「ああ、よく見ておこう」
 言いながら、クラウスは小型無人兵器「レギオン」を索敵に放つ――四十七のレギオンは通路に沿って、さっさと三人を置き去りに飛んでいく。
 負けてられないね、とチェスターは朗らかに笑って、
「さ、位置について――」
 合図を出せば、ずらりと四十五体の死霊が居並ぶ。彼らは律儀に「go!」の号令を待って、駆け出し――壁や天井、床も突き抜け、冒険者を探しに向かう。
 上下階層もあるかもしれないからね、と彼が告げれば、なるほど、と結は双眸を細めた。
「じゃあ、私達もこの洞窟を、よく観察して探さないといけないわね」

●蒼に立つ師弟
 かん、とブーツの踵が響かせた音を面白そうに聴いて、天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)は赤い瞳をぱちりと瞬かせた。
 弟子のそんな姿を微笑ましそうに眺め、アリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)も倣うように菫色の眼差しを巡らせた。
 蒼――。
 この世界は、蒼、と呼ぶより他にない。
 水中でも、蒼穹でも、花畑でもない。しかし自然界に存在する蒼を集めて、淡く輝く様は神秘的で。美しく謎めいてもいるが、これが魔法石であれば、どれだけときめいたことだろう。
 その中で、勇希は駆け出しそうな子供めいた衝動と、それを自制する大人びた経験の合間に、不思議なステップを踏んでいた。
「ゾンビって言うけど、ゲームで見るようなのとは違うのかな――」
 説明によると、その辺りは曖昧なようだ。
 間違いなくゾンビという「何か」になってしまい、同時に、噛むことで感染するという――。
 ゲームのゾンビ達の理不尽な強さを思い出し、うっ、と呟いた勇希は。
「ちょっと怖いけど、師匠と一緒だし大丈夫だよな!」
 屈託無く笑って、振り返る。
 師匠――アリスは、茫洋と視線を洞窟に向けていた。研究に没頭しているときのような、思考に入り込んで何処も見ていないような、眼差しで。
(「最近のダンジョンは蒼いものが多いのでしょうか……それとも、ただ私が縁があるのか」)
 ふわりとアリスの脳裏に浮かぶ過去の冒険――その、蒼の陰に。
「師匠!」
 勇希に強く呼ばれて、アリスは、はっとした。
「……師匠? どうした?」
 物憂いに落ちていたのは一瞬だけのはずだが、目の前に不審そうに首を傾げる弟子の姿をみて、慌てて微笑む。
「あっ、ユウキくん、大丈夫ですよ! ただこの貝が真珠でも作ってくれていれば研究材料になったな、などと思っていただけで!」
 気を締めるように、きゅっと杖を握る。緊張することなど何も無い。
「研究って……今は依頼に集中してくれよ」
 そういって溜息を吐く姿は、大人びて。叱るような言葉とは裏腹に、アリスを見つめる視線は、彼女を案じるものだった。
「ごめんなさい、大丈夫ですよ。さあ、クェイルさんを探しましょうか」
「だな! 師匠――珍しい石を見かけても、余所見せず、ちゃんと着いて来いよ?」
 ……ついでに、そう心配されてしまったのは、日頃の行い、かもしれない。

●蒼を描く人
 洞窟は、幾つもの分岐を経て、変わらぬ光景が続く。
 無鉄砲に進めば、迷いそうだとクラウスは思う――きらきらと螺鈿の光沢が僅かな変化を報せてくれるが、目立つ貝殻の目印はないね、とチェスターが掌とサイズを比べて呟く。
 結は床にも目を配り……ちろちろと細い水の流れを見つける。
「あら……水辺があるのかしら」
「この下の階層に、窪地と、池があるみたい。あ、誰かいるみたいだな――」
 彼女の言葉にチェスターが死霊から得た情報を伝えた瞬間、クラウスが貌を上げた。
「――レギオンが熱源を、|複数《・・》、感知した」
「! じゃあ下に降りる場所を探さないと――」
 結が表情を改めた理由は言うまでも無い。
 複数の熱源――これが、ゾンビであったなら……三人は急ぎ、下層に降りる道を探し始める。

 静かに段差を降りていく。これも貝殻で出来ていて、少し濡れていた。滑らないように気をつけつつ、三人が下層に降りると、更に眩しい光が差し込んでいた。
 そこは、縦長の洞の底、のような場所であった。
 窪地に溜まった水はロイヤルブルーで、鍾乳洞よろしく氷柱のような貝殻の柱が垂れ下がっていた。
 クェイルは、丁度よい高さに迫り上がった地形に腰を下ろし……その姿勢でスケッチブックを抱えて、絵を描いていた。
「あー、ええと」
 チェスターは声をかけようとして、一瞬、躊躇う。
 それは彼女が集中していたから――ではなく。
(「この√の人なら|幽霊《俺》の姿もバッチリ見えるんだよね?」)
 チェスターが幽霊である、という純粋な事実がゆえに。
 逆に、どう声をかけようかと少し悩んで――絞り出した言葉は。
「……ごめんください?」
「?」
 首を傾げ、クェイルが振り返った。
 チェスターは気の良い笑顔を浮かべ、警句を切り出そうとして――スケッチブックに目を落とす。
 濃淡の蒼が、仄かに煌めく湖面の絵。まだ簡単に色を置いているだけだが、完成形が浮かぶ、静かで美しい風景画だった。
「こんにちは。……いい絵だね」
 クラウスが穏やかに目を細め、声をかける。
「あ、はい、ありがとう。皆さんはパーティで冒険ですか?」
「……ええっと……」
 結が、言葉を探す――三人の目的は、彼女にゾンビ警戒を促し、帰還させることがひとつ。
(「本当は、絵を描くのを中断させてすぐに街に帰ってもらった方がいいんだろうけど」)
 完璧な保護を狙うなら、此所で早い帰還を促すのが一番だ。
 けれど、クェイルは、冒険者になれなかった幼なじみのために絵を描いて――きっとそれは、収入を得ることと同じかそれ以上の意味があるのだろう。
 その時、また違う声が、三人の後ろから響いた。
「あ、見つけた! 師匠、こっちこっち!」
「ゆ、ユウキくん、走ったら危ないですよ」
 濡れる段差を素早く駆け下りた勇希とは裏腹に、アリスは慎重な足取りで下りきる。
 仲間の√能力者達の姿を見て、勇希は破顔しつつ、彼はクェイルに声を掛けた。
「なあ、ここはずっといたら危ないんだ――えーっと……俺は勇希。お姉さんは?」
「クェイルよ」
「そうか、クェイルさん、このダンジョンにはやばいモンスターがいるって注意喚起まわってきてるんだ。今すぐ帰ったほうがいい!」
 兄ちゃん達もそう思うよな、と彼が視線を向けると、うん、とチェスターが頷く。
「今からここにモンスターがやってくるんだ――それも噛んだ相手をゾンビ化させる厄介なやつが」
 だから、なるべく早く離れた方がいいと言いに来たんだけど――と零したところで、アリスが微笑む。
「でも、今、ひとりではなくなりましたね」
「?」
 クェイルが頸を傾げた。
「絵を描かれているのでしょう? 完成までは私達が周囲を警戒しますから、出来上がり次第帰ってくださいね」
「えっ、師匠」
 勇希が驚きに目を瞠って、アリスを見る。
「大丈夫、ちゃんと守ります――だって、その絵は誰か届けたい人がいるのでしょう?」
「そう……よね」
 彼女の言葉を聴き、結は、問いかけていた。
「その絵のために、私に手伝えることはないかしら?」
 クェイルは思ってもいない提案に、驚きの表情を返す。
 情報を整理しきれていないのかもしれない――冒険者として、ゾンビの危険喚起は納得したが、自分の趣味のようなものを優先してくれる提案に、「いいの?」と思わず声を潜めて尋ね返してきた。
 それへの解と言わんばかりに、結は続ける。
「ねぇ、その絵の具……此所の貝殻を砕いたものじゃない? ダンジョン内で必要なものがあれば、代わりに探してくるわ――精霊さんにも手伝ってもらえば、そこまで時間はかからないはず」
 結はそう言って、風の精霊を呼び出す。
 精霊達に、良さそうな貝を見繕って、と頼めば、精霊達はぱっと散っていった。
「そこまでわかるもの?」
 驚いたように、クェイルが目を瞠ると、顎に手を当てたチェスターは「わかるよ」と頷いた。
「ほら、君が持ってる画材、溶剤ばかりだもの」
 だから時間が掛かると思って、早く帰った方がいいよ、って言ったんだけど――と肩を竦める。
「絵の具から作るのか……」
 クラウスが溜息を吐いた。その瞬間、自分がやむなく描いた、あれやこれやを思い出していたのかもしれない。
「俺は絵心がまっっったく無いから、絵が描けるひとのことを本当にすごいと思っているんだ」
 力強いまったく、に思わずクェイルが笑う。
 ひとしきり笑った彼女は、咳払いで場を取りなし、続ける。
「ごめんなさい。皆さんにも危険が及ばないように、なるべく早く仕上げるので、手伝って貰えますか?」
「もー……仕方ないな」
 勇希が腰に手を当て、折れたように言う――その内心を読んだように、にこにこと笑うアリスの表情を前に、頬を掻き。
「じゃあ早く描けるように絵具作りとか手伝おうか? 貝を砕いて使うなら、力いるだろ」
 任せろと腕をまくる。
 それなら俺も出来るかも……とクラウスがすり鉢を手に取れば、総掛かりでクェイルの絵を手伝う体制が整った。
「じゃあ、折角だし。俺も貝を探そうかな」
 金髪をがしがしと掻きながら、チェスターがきょろきょろと周囲を窺う。この辺りの貝は、上の階よりもずっと大きいものが多い気がする。
「あの上の氷柱みたいなところにくっついている貝は、掌より大きいわよ」
 クェイルが言う――へぇ、と呟き、チェスターはふわりと浮かんで、眺めに行く。
 確かに、彼の顔ほどある大きな貝がたくさんくっついている。蒼の深さもそれぞれで、水色みたいなものから、コバルトブルーまで。
「うちの幽霊屋敷に飾るオブジェとして、大きい貝殻をひとつ拝借――」
 じっくり眺め、これぞ、というものを選び、えいやと剥ぎ取れば、あっさりと零れ、両手に収まる。
 ほくほくと皆のところに戻れば、先程見たような様々な青色の貝を、クラウスと勇希が砕いて混ぜていた。
 きらきらとグリッターを散らしたような輝きが混ざった綺麗な絵の具だ。
 クェイルが迷う事無く筆を動かせば、スケッチブックにみるみるうちに目の前の光景が描き出されていく。
「絵が完成したらぜひ見せていただきたいです」
 アリスが微笑むと、「ええ、お安いご用です」とクェイルも微笑んで――「ああでも、先に誰かに見せたと知れたら、拗ねてしまうかな」とひとりごつ。
 その横顔を見つめたアリスは、眩しそうに目を細め。そんな師匠の表情をちらりと見た勇希は、僅かに首を傾いだ。

 それから程なく、彼女は筆を置いて、皆へと告げる。
「……お待たせしました。描き上がりました――ふふ、心を砕いてくださった皆さんには申し訳ありませんが、たいへん楽しい時間でした。ありがとうございます」
 土産話ができましたとクェイルは笑って「すぐ片付けますね」と、撤収を始める。
 結もそれを手伝いながら、周囲の気配に神経を尖らせる。
 無防備なこの瞬間を自覚したクラウスが傭兵の顔つきに戻って、振り返る。
「モンスターは俺達がどうにかするから、君はここから離れてほしい」
 彼の真摯な言葉に、うんとチェスターが同意する。
「君や君の大切な人のためにも今すぐここから立ち去った方がいいよ――急いで!」
「はい、ありがとうございます」
 その隣で、アリスがそっと囁く。
「私もこのまま帰っていただきたいところですが……奥に用事があると言うなら付き合いますよ?」
「……ありがとう。けれど、ゾンビの危険に皆さんを巻き込むわけにはいかないわ」
 大丈夫、と笑うクェイルに、勇希はほっとした息を吐く。
「なら、急ごうぜ。クェイルに何かあったら待ってる人に悪いもんな」
 そう言って、上層に戻るための道を、皆で振り返った――。

鷲宮・アベル
鷲宮・カイン

●お前の蒼
 目がちかちかする。
 鷲宮・アベル(人間爆弾の職業暗殺者・h08966)は隻眼を瞬かせて、蒼い貝殻の壁を見た――貝の光沢は、じぃっと魅入るとクラクラする。
 食べるために拾った、何の変哲も無い貝どもにはない、鮮やかな蒼。
 いや、内側はこんな虹色があったっけ――、食べられないから、どうでもよかったな。
 いいや、貝は砕いて混ぜると、色々使えたな――みたいなことを、考えつつ。
「すげーな、こんなとこあるんだ――俺の知らない世界、って感じだな」
 嘆息混じりに呟けば、ふふ、と双子の兄が笑った。
「すごいね、一面の青だ」
 鷲宮・カイン(人間爆弾のレインメーカー・h08951)が互い違いの隻眼を僅かに細める。
「すごいけど――困ったね、アベくん。目印になりそうなものがないよ」
 まったく困った様子もなくカインが告げると、そうだな、とアベルは眉間に皺を寄せる。
「カイン、どっち行けばいいかわかるか? 迷子になりそうだな……」
 不安とか弱音を吐かない弟が、懸念を口にするのは――恐怖ではない。
 彼はきちんとこの仕事に向き合って、真剣に考えているのだと解るから、カインは穏やかに、大丈夫と告げる。
「大丈夫だよ、気流の向きや音の反響は左目で取ってるから。構造は大体読める、恐らくこっちだよ」
「――さっきの困ったね、はなんだよ」
「目印はないし、似たような見た目もしてるし、嘘は言ってないよ?」
 アベくんなら、どう思うかなって。
 笑いかけてくる兄に、ぐぅと悔しそうに唸ってアベルは、迷子になりそうなどと吐露したこと後悔した。
 くす、と笑ったカインは、じゃあさと更ににこやかに問う。
「……それとも、手、つないどく?」
「……手? そんな子供じゃねーんだから、はぐれたりしねーよ」
 ぷいっと貌を背けられても、カインは、はは、と笑うばかりであった。

 こつこつと、貝殻の道を踏みしめて進み出す。
 カインが言う通り、耳を澄ませれば、音の反響に差があった。風の匂いみたいなのも、こういう空間だと研ぎ澄まされる感覚。
 右をカイン。左を自分が補えばいい――そう思いながら、仕事を思い出す。
 マイペースに、しかし一定の速度より歩みを緩めぬカインの揺れる髪を尻目に、アベルはくん、と鼻を利かせた。
「襲われるやつはどこだろ、まぁいいか――ゾンビがいるんだよな? そっちに気を配っとくか」
「それはいいけど、アベくん。何の匂いを嗅ごうとしてるの」
 僕じゃないよねと、すんすんと袖口の匂いを確かめる兄を、アベルはじとりと睨む。
「ゾンビってあれだろ、身体腐ってるやつ」
「ふふ、そうだね、身体腐ってるやつ」
(「腐ってるとは限らないけど」)
 思いつつ、口は挟まない。ただ、アベくんらしい表現だな、と思って、くすりと笑う。
「腐ってるから、臭うと思ったの?」
「――……見たことねーからどんなのかわかんねーし」
 ……ふてくされた。
「そんなことないよ。僕もよく知らな……あ」
 正面から、冒険者の姿が見えた。抱えている荷物からすると、彼女がクェイルなのだろう。
「やあ」
「こんにちは――あの」
 クェイルが何か切り出そうとすると、やんわりとカインが先んじて、答える。
「ゾンビのことは知っているよ。僕らは、その討伐を依頼されているんだ――君は……誰かに見せるものがあるなら、帰らないとね」
 にこやかな笑みとともに告げられた言葉に、クェイルは納得し、安心したように頷く。
「皆さんは更に下層に向かわれるそうですよ。お気を付けて」
「――あんがとな。お前も、気をつけて帰れよ」
 他の仲間の情報をくれた彼女に、少々ぶっきらぼうに、アベルは告げた。
 その様子に、ふふふ、と含み笑いを浮かべるカインを、肘で小突き――二人は暫し、彼女の背を見届けた。
 しかし、そうして視線を集中させていると……否が応でも、他の色彩が蒼しかないのが、気になってくる。
 決して、不快な感覚では無く、逆。しみじみと深く、青、にこんなにも種類があるのかと感じて、アベルは冷えた頬を擦る。
「にしても、青い色すごいな――この色で絵を描く? そりゃすげーのできそう……絵なんて、地面に描いたくらいだよなぁ」
 深い青、淡い青、どれも、きらきらとして。
 こんな絵の具があったら、絵心なんて関係なく塗りたくりたくなる。
 なぁ、と尋ねたのに、カインの答えがないことに、アベルは視線を上げて、カインを見る。残された右目。
 静かに澄んだ青を、見て。
「青、か……お前の目とは違う色してる」
 思わず呟けば、思案に沈んでいたらしいカインが、驚きにその目を瞬かせた。
「僕の目?」
 自分を覗き込んでくる表情が、思いの外、真剣なので――カインはふっと口元を綻ばせ、首を傾げた。
「僕の目と貝殻、アベくんはどっちの青が好き?」
「どっちがの方が好きな青かって? ――そんなんお前の……」
 つい、口を滑らせそうになったアベルは、あっという顔をして――きっと目を尖らせた。
「……言うわけねーだろ! 先に行くからな!」
 くるりと踵を返し、早足で歩いて行くアベルの後ろ姿へ、カインは幾度目とも解らぬ笑みを浮かべる。
「待ってよ、アベくん」
 慌てずと追いつける――その距離感に。微笑まずには、いられなかった。

第2章 ボス戦 『闇纏う冒険者『ルシウス』』


●蒼の尽き果て
 一行は、蒼の貝殻洞窟の深部に進む。
 検知した熱反応がそちらにあると解っているため――√能力者達は、慎重に通路を進む。
 やがて、彼らは拓けた場所に辿り着く。
 ダンジョン系ゲームでいうところの、大部屋とでも呼ぶべき空間だろうか。
 相変わらず、貝殻で作られた蒼い壁面、天井に変化は無いが――ただひとつ。
 床だけ……足元には、数多の青ざめた骨が転がっていた。
 骨はどれも小さく、どうやら動物の死骸のようにも見える。
 異常だとすれば、その数だろう。この大きな空間を埋め尽くすほど夥しい、死骸。
 驚きや恐怖よりも、これは何事だろうと訝しむ者達に。
「皆、死んでしまったよ」
 そんな一声が、投げかけられた。
 視線をあげれば――青年が、柔らかな微笑をたたえ、佇んでいる。
「やあ、冒険者の諸君」
 場違いに穏やかな挨拶に……答える者はいない。

 何故なら、彼は敵であり。
 そして、間違いなく――ゾンビ化している。

 彼の持つ細剣には血が滲んでいる。それすら蒼の反射光で青ざめていた。
 彼の足元には真新しいなにかの亡骸……人では、なさそうだ。
「こんなところで生息を続けても可哀想だからね」
 もう此所は駄目なんだよ、と彼は囁く。
 なぜ、とは言わぬ。言う義理もない、そう彼の表情は語っている。
「この先に行っても、良いことは何もないよ」
 それでも、進みたいというのならば――。
「俺を倒していくしかないね」
 事も無げに告げ、剣を√能力者達へと向けるのだった。
クラウス・イーザリー
天ヶ瀬・勇希
チェスター・ストックウェル
小明見・結

●蒼の交錯
 此所は通さないという闇纏う冒険者『ルシウス』を見――。
「こいつって、確か師匠の……」
 天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)は呟き、知らず、口元に手を当て、覆っていた。
(「っはー……クェイルさんの見送りに行ってもらっててよかった」)
 鉢合わせなくて良かったと安堵を零し――戦闘に備え、素早く変身する。ベルトに宝石を装着すれば、瞬く間に白い戦闘装束姿に変わる。
 その姿をルシウスは見ただろうか――仲間達は、それぞれの間合いを詰め、進路に立ちはだかる敵へ、向き合っていた。
「……それでも、行かなければならない」
 真っ直ぐに見つめ、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は答える。
「そう――」
 理性的だが、何処か虚ろな青年へ、小明見・結(もう一度その手を掴むまで・h00177)は問いかけてみる。
「通してもらうわけにはいかないのかしら。力づくとかじゃなく穏便な方法で」
 彼女の言葉に対し、相手の表情に変化はない。
「私たちはこの先に進む理由がある。これ以上、誰かが辛い目にあったりしないように、ゾンビ化を止めないといけない」
「そうだろうね――けれど、これは俺の個人的な対処であって、君達との共闘をするつもりはないんだ」
 青年は、肩を竦める。
 対処……と、勇希が呟いた。それは、つまり。
「この死骸、お前がやったのか? ダンジョンの中のモンスターが、ゾンビ化してたから?」
 勇希が問う。その眼差しは咎めるものであった。
「その通り。もうゾンビ化が広がっている以上は、これが最善だ」
 ルシウスの――自虐的な――言葉に。
「ふうん……お優しい勇者様は自らの手を血で染めてまで、かわいそうな彼らを救ってあげたってこと?」
 柳眉を跳ね上げ、チェスター・ストックウェル(幽明・h07379)が口を開く。
「君にとってはこれが最善だったんだろうけど、俺ならもっとシンプルに彼らを助けられたなあ」
 挑発的な眼差しで敵を見つめ、続ける。
「――例えば、ゾンビ化が広がる前にその先に進んで、黒幕一人を倒すとか」
 口調こそ軽くしているが――不満を隠さぬチェスターの言葉に、敵はうっそりと笑う。
「……ふふ、耳が痛いね」
 別の可能性を考えなかったのかよ、と勇希が告げる。
「俺達は予兆を見た、ゾンビ化の原因はウイルスだって――だったらゲームの話みたいに、抗体作って治したりもできるのかもしれない」
 ゆっくりと言葉を探し……氷の魔法石をセットした弓を握り締め、敵を睨む。
「俺達はその可能性を探してるとこなんだ。だから……モンスターだとしても、一方的にやっつけることはないはずだろ」
 チェスターと勇希の言葉は間違いなく――ルシウスを咎めるもので。
 はっきり言わずとも向けられた視線から、皆同じ気持ちであろう√能力者達の言い分に、彼は薄く笑う。
「なるほど。その可能性は認めるよ――でも、俺は『簒奪者』だからね」
 根本的に君達と相容れない考え方をしているかもしれない、仄昏い気配を漂わせて、さらりと告げる。
 おそらくこの空間で、不満を持って命を終えたモンスターらの残滓が……邪悪なインビジブルとなって彼の元に集う。
 これだけでも意味がある――そう言われてしまえば、確かに、相容れることなど有り得ないのだろう。
 まあ、いいけどさ、とチェスターは囁いた。
「君が今敵陣営に加わったから、もうひとつ手間が増えちゃったけど――こっちの方がずっと簡単だよね?」
 共闘する気はない、って言ってたしね。彼の言葉に、ルシウスはいっそ愛想良く頷いた。
「ああ、簡単だね」
「そう……残念だわ」
 結は、心から残念そうに、溜息を零した。
 こちらを制止したその理由を、真剣に考えていたから――そして、回避できる戦いならば回避したいと、心から願っていたからだ。
 とはいえ――仕方ないと割り切る覚悟もまた、できていた。
「戦いたくなんてないけれど、皆を守るためなら迷ってなんかいられない」
 風の精霊に願えば、ルシウス目掛けて竜巻が起こる。
 結の放った猛烈な風刃に、彼は屠龍大剣を叩きつけ、道を作ろうとする。
 そんな力任せでは当然、身を引き裂かれ、朱色が舞う。
 だが、プランを変える気は無いようで。
「闇の力よ」
 闇属性の魔法宝石を掌で砕いて、ルシウスは大剣を強化し、力任せに振り抜く。
 竜巻は二つに掻き消され、簒奪者は、高く振りかざした得物を、結目掛けて下ろす。風の力を借りながら、斬撃を寸で躱せば、周囲に闇の霧が立ちこめる。
 だから、解る。
 すうっと空気が揺れた――刹那、闇の中から、クラウスが短剣を手に躍り掛かる。
「ははっ、隙をついたつもりだろうけれど……この霧は俺には見通せるんだよ」
 素早く切っ先をクラウスへと差し出したルシウスに、クラウスは目を細める。
「承知の上だ」
 ひゅんと重量のある剣が眼前を薙いでいく。だが、その瞬間にクラウスの身体は視認できぬ速度でルシウスの懐――短剣の間合いに移動していた。
 後の先、では説明の付かぬ応酬は、√能力ゆえに。
 胸元に突き立てんとするクラウスの刃を、ルシウスは左腕で庇った。
 苦痛に片目をしかめ――後攻となった斬撃をクラウスに叩き込む。刃がその背を割るかという瞬間、クラウスの姿は魔力で作り出した短剣とともに忽然と消える。
 その姿を追いかけている暇は、青年にはない。
「これで止めてみせるぜっ!」
 勇希が構えるジュエルブレイクアローには、氷属性の石が輝く。
 番えた魔力の矢が、煌めく。
「アイシクルフリーズ――!」
 放たれた矢は冷気を振りまき、白い軌跡を残してルシウスを捕らえる。
 矢撃は男を直接狙いつつ、足元に落ちれば周辺を凍結させる。足元の骸も霜と氷で覆われて、ルシウスの足元まで迫る。
 その隙に力を溜めた最後の一矢を。
 輝く赤い瞳でしかと相手を見据え、勇希は解き放った――弦の音の代わり、氷が、しゃんと鳴る。
「……っ、やられるのは――」
 君の方だよ、吐き出し、敵は闇を噴き出す屠龍大剣を掲げて迎撃する。
 なんのために脚を止めたと思っているのか、勇希は軽やかに間合いから更に後退した。ルシウスが見た目にそぐわぬ豪快な剣捌きで空を薙げば、斬撃から生じた衝撃波が彼に迫る――その動作を見ていたからこそ、最後の跳躍が間に合った。
 胸のリボンの先が、斬り落とされて消えていく。
 だが、その程度でルシウスの傷が癒えるはずもない。
 荒くなった息を、人知れぬよう調えていた、敵の耳元で。
「へぇ、やるね、勇者様」
 不意に吹き込まれた幽霊の囁きは、揶揄を孕んでいた。
 背面へ――素早く大剣が捻じ込まれる。
 ざくりと何かを捉え、貫いた感触――あっけなさを、ルシウスは訝しむと――マントが翻った向こう側で、チェスターが、にこっと笑って片手を振った。
「残念。俺はここだよ」
 なれば、今、斬ったものはなんだというのか。
 ううう、と低い呻き声とともに――チェスターと居場所を交換したインビジブルが崩れて消えた。呪いを撒き散らす霊障を残して。
 バチンと電撃が走るような痛みに顔をしかめ、ルシウスは剣を返すと、小さな気合いを吐き、疾駆する。
 チェスターへと再び、否、今度こそ一刀入れようという深い踏み込み。
 それを彼はひらりと……斬撃が掠めようとも、幽霊を斬ることは敵わぬという世界の歪みで、受け流す。見えない感じない何かが傷付いたかもしれないが――少なくとも、チェスターは痛みは感じなかった。
 証左、周囲に霧が広がっていく。闇の霧は、ルシウス以外の行動を阻害するが。
「素敵なお土産が手に入ったからね――この先にいいことがなくても十分元は取れたさ」
 チェスターはけろりとしたものだ。
 だが、此所に来てルシウスは少し落ち着きを取り戻し、ゆっくりと剣を構え直した。
「それは強がりにすぎない、ね」
「!」
 青年が無造作に剣を振るえば、クラウスの短剣が払い飛ばされた。
 クラウスが認識阻害の魔法で身を潜めようと、効きにくく……勇希が弦を引き狙うも霧で見えず……この霧は邪魔だった。
 チェスターの周囲にいる死霊達も、むむむと唸った――ような気がした。
 なれどその霧とて、絶対的な存在ではない。
 同じ、√能力の成果であらば――それを、証明するように。
 闇の霧が、突如と大きく戦慄く。
「お願い、精霊さん」
 結が放った大鎌鼬――。
 霧を吹き飛ばすことを目的とした風の精霊の力は、竜巻を敵にではなく、徹底して闇に向けた。
 ひゅんひゅんと風が啼いて戦場を走り抜けていけば――重々しく横たわっていた霧は、綺麗に消え去る。
 ずっと矢を番え待っていた勇希は、今だとばかり、放つ。
 はっ、と張り詰めた一息が走って――ルシウスの肩を、貫いた。
「俺はお前を倒して奥に行くぜ。何が出るにしても、このゾンビ化事件の解決にきっと繋がってるんだ!」
 射貫かれたのは、矢ばかりではなく。眼差しに――真っ直ぐに、肩を凍らせた敵を見つめ、叫ぶ少年の目に。
 そして、それを呆然と見つめてしまった瞬間、短剣が閃いた。
 肉を裂く鈍い音が、双方の間にだけ響く。剣を握る腕を貫かれ――驚愕よりも、油断を自覚したことで、簒奪者は顔を歪めた。
 そんなルシウスへ。
 君は――至近距離より、クラウスは問う。
「……君はゾンビ化した何かに情をかけて殺していたんじゃないか」
 そう見えたのだと告げれば、ルシウスはまた僅か目元を歪ませて――何も言わなかった。交わすべき言葉は絶えたというように。
 肯定も否定もしなかった。
 それならそれでいい。
 クラウスは力を緩めることなく、しかと柄を握ったまま、告げた。
「すまない。俺たちは君を倒して、先に進むよ」

 蒼い洞窟が落とす光は変わらず、静謐で……冴え冴えとしていた。足元で戦う者達を照らす光は、鋭利なまま――。

鷲宮・アベル
鷲宮・カイン

●骸は皆、蒼き底に
 かつんかつんと、靴底が音を立てて――その反響が低く、鈍い音になっていく。
(「カインも――分かってるだろうけど」)
 底が近いのか、思いつつ、鷲宮・アベル(人間爆弾の職業暗殺者・h08966)は、やや後ろを歩く鷲宮・カイン(人間爆弾のレインメーカー・h08951)を軽く振り返った。
 カインの青の瞳が、すっと僅かに動く。熱反応を探り――まだ、続く空間の大きさを考える。
 そして、近く待つであろう別の障害に……おそらく弟より一足早く気付いた彼は。
(「進ませない為の足止めかな……」)
 そんなことを考えながら、アベルの横に並んだ。
 ん、と解るか解らないか程度の首肯を見せ――アベルが口を開き、
「まだ先がありそ……」
 言葉を止め、声を潜める。
「兄貴」
「……アベくん」
 気をつけろ、と。視線を向けようとすると、同時に、カインが彼の名を呼び、視線がかち合った。
 戦いの気配を前に、そろりと動く意味は、なかった。
 二人は極力、音を消しつつも、足早に。
 蒼く狭い通路を抜け、吹き抜けのように拓けた空間に出た瞬間、こつんと爪先にぶつかる、骨。
 ころりと動いたそれを、アベルは怪訝そうに見下ろす。
 警戒の感情と、僅かに嫌悪感。
 それは、この一帯に隠しようもなく漂う邪悪なインビジブルの気配と――傷付きながら、尚も立ち塞がり√能力者達を足止めする青年を認めたからだ。
(「兎くらいの小動物のものっぽい?」)
 骨を一瞥して、カインは目を眇め、正体を見極めんとする間。
 アベルが声も低く、囁く。
「やったのは、あいつか?」
 闇纏う冒険者『ルシウス』は――新たに増えた√能力者に対し、やれ、と苦笑を見せる。苦渋が滲むのに、何処か達観した、笑み。
 それは相手の性質を反映する表情なのだろう。
「にこにこ、穏かそうな……でも、嫌な感じだ」
 そっと吐き出されたアベルの感想に、カインも囁きで応じる。
「嗜虐心か支配欲か……アベくんが嫌な感じって思うのも頷けるよ」
 なんの権利があって――その必要性が――そういう、仲間達の問い掛けを彼らは聞かなかったが、同じような感想が自然と浮かぶ。
 足元に広がるのは、そういう光景だった。
 先程まで二人で和やかに歩を進めたダンジョンに、殺伐とした空気を広げたのは、この青年なのだから。
「……もしかして、ゾンビってあいつか?」
 だろうね、カインは、ハチェットを構えたアベルの問い掛けに頷いて、笑う。
「ふふ、思ったより腐ってないゾンビだね」
 何を暢気な……とアベルは半眼でカインを睨み、今更か、と前に向き直る。
「噛まれたらゾンビになるっていうけど、あいつ噛んでくるのか」
「アベくんになら兎も角、見知らぬ相手に噛まれたくないな」
「……なっ」
 さらりと何を言っていやがる――動揺しかけて、アベルは踏み止まる。
 ルシウスは此方を注視している。戦場だと自覚すれば、カインの軽口にいちいち気を取られてはいられない。
「ま、その前に……命とりそうな雰囲気だけどな」
 アベルの反応を含めて楽しんでいたカインも、笑いを収める。もっとも、表情はいつもと変わらぬ落ち着いた微笑だった。
「は、へまして噛まれないようにしないとな」
「そう、噛まれたら駄目だよ」
 僕以外にね、ジョークを一つ。もう頬も耳も赤らめない戦闘モードの弟は、はっ、ともうひとつ笑って、だんと踏み切る。
「俺が、前な!」
 同時、無数の粒子砲がルシウスを狙い撃つ――光条が消え去るより早く、しなやかに背後に躍ったルシウスへ、
「あまり無茶しちゃだめだよ」
 背中にかけられるカインの声にわかってると怒鳴り返し、アベルは唇を引き結んで斬り込む。
 弧を描くハチェットが風を唸らせ、ルシウスに迫る。火花を散らし、高らかな金属音がお互いの中央で響く。
 間合いでいけば、屠龍大剣を掲げる敵が有利。懐に入れれば、アベルが有利だ。
「なかなか思い切りの良いスタイルだね」
「そりゃどーも」
 至近距離でルシウスが笑う。血の匂いが濃いのは、敵がかなりの重傷を負っているからだ――それを悟りながら慢心できぬのは、噛み合う刃の力強さ。
 今も力で圧されているのだが、安易に離れれば、ばっさりとやられそうで気が抜けぬ。
(「どうにかはカインがするだろ――」)
 そう考え、グリップに力を籠め直した瞬間、涼やかな声が届く。
「援護するよ」
 カインが眼帯の下――左目が、真紅の輝きを灯す。刹那、
「!」
 アベルの右目――サイバネティック・アイに、強化システムが接続され、ルシウスの動きが、僅かに遅く鈍く感じられた。
「――僕が無茶にはさせない」
「やっぱ頼りになるな、カインは」
 思わず、頬で笑って――猫のように背を丸めた跳躍で、アベルは跳び退く。
(「これなら相手の攻撃にも対応できる――」)
 慢心は怪我の元というのは充分解っているが、自分だけが解る能力の向上に、気分が上がるのは当然のこと――。
「……来いよ」
「ああ、遠慮なく」
 アベルの挑発に、ルシウスも乗った。
 闇の力を纏う大剣を高く掲げて、しかし体幹に一切の揺らぎもない一躍。敵の鮮やかな一閃は、触れなば部位を奪われる危険な一撃――だが。
 アベルの視界は、それをゆっくりと認識できた。剣の軌道、潜り抜け、ハチェットを届かせるための進路。
 そして、六徳の刻に察する――アベルを狙いながら、カインにも魔法の衝撃波を届かせる角度というのが、憎い。
 選択肢は限られて、アベルは迷いなく、カインと斬撃を結ぶラインに割り込むと決めた。
(「俺も守るけど、守られてる――だから思い切りいける」)
 一息に、跳躍し、ルシウスの懐を袈裟斬りにする。儘、するりと下がれば、闇にアベルの姿は消えたことだろう。
 空いた其処へレーザーの雨が注げば、ルシウスの全身は真っ赤な飛沫に、霞む。
 ぐっ、と息を詰め、耐えきれず――青年は、喀血し、膝を突く。
「なるほど、気の置けない……兄弟の絆、だね」
 苦しそうに、ルシウスは囁く。歪んだ表情も真っ赤に染まっている。
「ゾンビ化を止めてくれるなら、まあ、もう、いいかな――俺は往くよ」
 気をつけろとも、後は頼むとも、ルシウスは言わなかった。
 ただ、他の骸達と同じように青い床に倒れ込んだ。それは皮肉な光景だろうか。
 アベルは黙って、ハチェットを下ろす。
「君に言われるまでもないけど……」
 無意識の動作で眼帯を撫でて、カインは、先へと続く洞のような道を見た。

 蒼い、蒼い……冥府に繋がるような、深部に向かう道を。

第3章 ボス戦 『屍王『ラフェンドラ・オピオイド』』


●蒼の冥道
 蒼の密度は相も変わらず。
 ただ、光差さぬ道は暗く。貝殻独特の輝きすら、不気味に映った。
 そこからゾンビが湧き出してきたのだと思えば尚更、この一筋が冥府に繋がる道のように感じられる――まぁ、無想に過ぎぬのだが。
 そうして最奥部に進んだ√能力者達は、出会う。
 屍王『ラフェンドラ・オピオイド』――ゾンビウイルスを撒き散らした者。
「あの男を倒してきたのですか」
 彼女は小さな声で言う。
 番人にしたつもりもないが、ゾンビウイルスに冒されながら、やたらと気儘に行動した者の動きには注目していたのだ。
 或いはそれが、ラフェンドラの求めるものであるかもしれぬと。
 だが、簒奪者は倒れ、EDENが此所に至るならば。
「……もしかすれば、この者達なのかもしれませんね」
 おねえさまに適合するのは、彼女は大事に抱えた頭蓋骨に語りかける。
「待っていてくださいおねえさま」
 必ず貴女に適合する検体を手に入れますから。
 彼女は願い囁き、√能力者らを迎え撃つ――。
天ヶ瀬・勇希
アリス・アイオライト

●蒼き加護と赫き刃
 ひとり嘆き、合点する屍王『ラフェンドラ・オピオイド』を前に。
「……師匠」
 天ヶ瀬・勇希(エレメンタルジュエル・アクセプター・h01364)は、合流したアリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)に呼びかけた。
「……私は大丈夫ですよ。クェイルさんも無事送り届けられましたし!」
 いつも通りの微笑み。
 彼女の菫青の瞳に、偽りの色はない……けれど、僅かなぎこちなさを、見出す。
 先程の戦いと、敵のことを、勇希はアリスに説明していた。
 あの戦場を、師匠は何を思って通過したのだろう――きっともう、その亡骸は、哀れなモンスター達とともに消えていたはずだけれど。
(「ぎこちないけど――笑えてるなら前にあいつと会いそうになった時よりましなのかな」)
 探るような弟子の視線に気付いたアリスは、笑みを困惑を滲ませたものへ変え、
「彼の行動が正しいとは私も思いませんけど……今はその件は置いておきましょう」
 師匠らしい指摘で、ラフェンドラへと注意を向けるよう、促す。
「さて、それで。あなたがこのゾンビ化の元凶と言うことですね」
 屍を抱いた女は、√能力者たちを色のない視線で一瞥する。彼女の世界は、その腕の中だけで終わっている。それ以外は、すべて検体となるべき有象無象なのだ。
「死した者にもう一度会いたい、願う気持ちはわかります……痛いほどに」
 アリスはラフェンドラに向き合い、凜と告げる。
「でも、ことわりから外れた方法で蘇った者は、本当のその人とは違うんです」
 勇希は――そんな師匠の言葉と、先程の戦いを思って、密かに拳をきゅっと握り籠める。アリスは心からの言葉をぶつけている。
 死後蘇生する√能力者。その、ことわりに従って尚、会えない相手がいる。
「……そうだ。ゾンビ化なんて止めなきゃいけない」
 きゅっと、目元を引き締め。
 勇希は声をあげた。
「俺だって会いたい人はいるけど、そのことわり? ってやつは守らなきゃいけないって師匠から教わった!」
 だから、お前を止める。そう告げるように剣を構えた。
 二人の言葉を受け止めたラフェンドラは……目蓋を半ば伏せ、囁く。
「わたくしが信じるのはただひとつ――『絶対にどうにもならない事など、この世にはないのだよ』という、おねえさまの言葉だけです」
 そうでしょうね――アリスは、内心苦笑する。自分も、魔法石の研究において、そんなものは絵空事だと言われれば、きっと反論しただろう。
 だが、自分は倫理を逸脱したりしない。
「……ええ、納得いただけるとは思っていませんが」
 話はお終い、元より、一言いってやりたかった――ゾンビ化した|宿敵《ルシウス》の選択と言葉を、アリスは直接は知らなかったけれど。
 煩わしそうなラフェンドラは、無造作に二人を指さし、短く命じた。
「おゆきなさい」
 刹那、ゾンビ化したモンスターが溢れ出す。
 形状は様々だが、崩れた小型の……ゾンビドラゴンといったところか。
「ユウキくん、前は任せます!」
「ああ、師匠は下がってて!」
 師弟の判断は早かった。
 菫青石のロッドを掲げ、蒼玉の欠片を砕く。
「サファイアよ、彼の者を水で清め祓い、仲間には月の祝福を与え給え」
 放たれたのは祓い清める三日月のような形をした水刃。ゾンビの群れなど意にも介さず、真っ直ぐにラフェンドラへと飛び、そのヴェールをざっくり斬り落とす。
「あなたの検体になど、誰がなるものですか――己が私欲のためにウィルスを撒き散らすなんてとんでもないです」
 刃とともに、毅然とぶつけられる言葉。
「ッ……」
 ラフェンドラに出来ることといえば、ゾンビを盾に下がることだけだ。
「逃がすもんか!」
 その際、近づいてくるゾンビドラゴンを、勇希が剣を振るって追い払う。
「ダメージが小さいとは言え、噛まれたら困るからな!」
 爪や牙を引っ掛けられぬよう、小柄な身体を生かして俊敏に動き周り、立ち塞がるゾンビは容赦なく斬り払う。
 それを助けるのが、アリスが広げた満ちゆく月の祝福だった。
 澄んだ清らかな力が勇希の身体を軽く、剣を鋭く研ぎ澄ます――やっぱり師匠の魔法はすごい、裡で賞賛しながら、自ら切り開いた道を駆け抜け、ラフェンドラへと迫る。
「これで燃やしてやる! ジュエルブレイド・フレイムフォーム!」
 くぼみへ炎属性の宝石を装着しながら、高らかに勇希が叫べば、その手元のジュエルブレイドは炎を帯び、その技名を、自ら告げた。
『フレイムジュエル』
 全力で剣を振りかぶり、勇希は跳躍する。ラフェンドラの、死者のごとき白い貌を睨み据え、炎の斬撃を見舞う。
「ラフェンドラ、お前の企みはここで潰してやるっ!」
 風を斬り熱を放ち、黒衣を灼いて。
 勇希の剣は、屍王の肩口から袖までをざっくりと裂き、血潮すら、焔で消し飛ばした――。

クラウス・イーザリー

●蒼き幻想を灼く
「あああ、おねえさま! わたくしは、わたくしは……!」
 諦めない、と――痛みに狂乱の声をあげた屍王『ラフェンドラ・オピオイド』を真っ直ぐ見つめ、
「……検体になるつもりは無いよ」
 クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は、穏やかに断る。幾度、彼女と対峙しただろう。同じように声をかけただろう。
 それが響くこともないと知りながら――クラウスは、他に告げるべき言葉を持たなかった。
 彼女の妄執が……理解できないわけでは、ない。
 未だに姉の頭蓋骨を抱え、愛おしげに語りかける姿。復活を夢見る姿。
 絶対死を覆すこと――ただそれだけを望む敵。
(「俺も大切な人を喪ったから気持ちもわかる」)
 本当に自分の献身が絶対死を乗り越える礎になるのなら――そんなことを、頭の端に浮かべて、苦笑する。
 自分がその器ならば、他人のために命を捧げていいと……本気で思っているのか?
 そんなはずはないだろうと。友との別れを思い出し、呟く。
「……やるせないな」
 吐き出す息とともに、あまり大きな変化を見せぬクラウスの貌は、戦闘に即したように感情を落としきる。
 何より、既に周囲にはゾンビ化したドラゴンのようなモンスターが溢れている。
 それらを焼き尽くすべく、クラウスは脳裏に燃え盛る炎を思い描く。そのイメージのままに、銃も構えず、駆けながら放つ弾丸は、火炎。
 ゾンビを焼き尽くして整地するように。
 焔を広げ延焼させるイメージで広く広く――生ける屍を燃料に焼べ、ラフェンドラへと接近する。
 ラフェンドラ自身は、接近戦に対抗する手段を持たぬ印象だ。
 ゾンビ化ウイルスの影響を強く受ける可能性はあるだろうが――厭わず、怯まず、クラウスは彼女に肉薄した。
 さっと横に振った手の中には、ナイフ。
 刃を黒く塗りつぶした暗殺用のナイフは、ラフェンドラの僅かな抵抗を物ともせず、柔らかな肉を裂いた。
「ああ!」
 肩口を抉られた敵の、苦痛の声が響く。なれど、クラウスの手元が狂うことはない。
 呼び寄せられるゾンビ化モンスターの数が増えるくらいのもの……想定しているクラウスは、徒手の片手に魔力兵装の槍を作り上げて薙ぎ払う。
 痛みも懼れも知らぬ獰猛なゾンビドラゴンもどきらは、その槍に食ってかかるように迫り来る。
 ラフェンドラは知らぬうちに、素早くクラウスとの距離をあけている。滴り落ちる血の濃さに、クラウスは目を細めた。
(「彼女はここで倒されても諦めないんだろう――」)
 何故なら、姉と違い……現時点で、絶対死できないからだ。
 幾度、無駄と叫べど、意味は無い。ナイフを片手に、クラウスは再び劫火のイメージを描き、放つ。
「俺にできるのは、阻み続けることだけだ」

小明見・結

●蒼の眼差し
 炎に苛まれた屍王『ラフェンドラ・オピオイド』は悲鳴を上げて、抱えた骸を、更に強く抱きしめた。
 縋るように。否、まさに縋っているのだろう。
「おねえさま、おねえさま……」
 助けて、などとは言わぬ。これもあなたの復活のために必要な試練なのですねという妄執を、
「一刻もはやく適応する検体を……!」
「申し訳ないけど、『おねえさま』の検体にはなれない。私たちはゾンビ化を止めるためにここまで来たんだから」
 小明見・結(もう一度その手を掴むまで・h00177)はきっぱりと断ち切った。
(「それができないんじゃ、あの人だって報われない――」)
 無作為なゾンビ化ウイルス――EDENとて、簒奪者とて、それを不快に思う者は多かろう……協力する者も、勿論いるだろうが。
「あなたを止めたい。けれど、私は……」
 結が語りかけようとするが、ラフェンドラと彼女の間には再び蠢き出すゾンビの群れが居る。
 ドラゴンの形を真似たモンスターのゾンビは、牙を向き、濁った咆吼をあげて、ラフェンドラの敵――結へと向かってくる。
 はぁ、ひとつ溜息をこぼして、彼女は風の精霊に願う――気を引いて、ゾンビの注意をこちらから逸らして。
「ここは数の力が活きる場面ね」
 ゾンビどもの間に、清涼な風が吹き抜ける。
 群れの中、いくつも発生した小さな竜巻は、ゾンビを吹き飛ばすような強さは持たず――ただ、無視できぬ突風がじりじりと動き続け、その隊列を掻き乱す。
 噛もうが尾で打とうが、竜巻は障害を押しのけ、道を作り出す――結を、ラフェンドラの傍まで導く道だ。
 風に乱れた髪を整え……結は焦らず、平静にラフェンドラへと近づき――再度、話しかける。
「私は戦いに来たわけじゃないの」
 そんな言葉にラフェンドラは訝しげな表情を向けた。
「あなたの『おねえさま』を取り戻したい気持ちは理解できる。ゾンビ化以外の方法だったら、その手伝いをしたい気持ちもあるの」
 胸に手を当てて、彼女は青の眼差しに、真摯な光を宿し、言葉を紡ぐ。
「ゾンビ化の研究を止めて、誰の犠牲も生まない平和な方法で……あなたの願いを叶える方法を探しましょう」
「そんなもの――!」
 ラフェンドラは憤る。
「ずっと探してきました……これが、わたしの見つけた道です!」
 狂乱した屍王の叫びに呼応して、ゾンビ化モンスターが再び結へと躍り掛かる。
 それを防いだのは、精霊が作る竜巻で。結にゾンビが触れぬよう、弾き飛ばす。彼らも生きたままゾンビになっているのだろう――腐臭はせず、獣の匂いだけがこの空間に満ちていた。
「……いいえ、きっと」
 方法はあるって信じてる。
 ラフェンドラは目を瞠って――尚も、戦いたくないを貫く結を、ただ呆然と見つめた。

チェスター・ストックウェル

●蒼の憂愁
 生きながら死んでいるゾンビか――チェスター・ストックウェル(幽明・h07379)は屍王『ラフェンドラ・オピオイド』の思想を思い返し……彼女の言葉を聴き、呆れたように問いかける。
「そうだけど、あの勇者様は君の仲間じゃないんでしょ?」
「それが?」
 ラフェンドラは、チェスターの不満を理解できぬように――こちらも、不機嫌そうに言い返した。
 それを、陽光のような金色の瞳で睨めつけ、問う。
「彼は彼なりにゾンビ化を抑え込もうと、最善を尽くしていた訳だし――君の狙いは何?」
「狙いですって――そんなの」
 ラフェンドラは憫笑する。胸に抱いた、ひとつの骸。
「おねえさまに甦っていただくためです」
「甦っていただく……ねぇ」
 ひとり完結した、閉ざした女。チェスターは再び呆れたように囁き、緩く頭を振った。
「……ま、どんな理由があろうとも、黒幕を倒してゾンビ化の原因を断つだけ――」
 言って、洞窟をぐるり見渡し……蒼の輝きに微笑む。
 大小の貝が作る不思議なダンジョン、その床に、しっかり足を付けた幽霊は、ラフェンドラに向かって銃口を向けた。
「だって、この綺麗な貝の洞窟を拝めるのが、君と死骸とゾンビだけだなんてもったいないじゃん」
 右手に収まるステンレスモデルの自動拳銃――白く輝く銃身も、今は薄蒼に染まって――リアルな銃声、放たれるは、霊属性の弾丸。
 ごく自然に、気負いもなく構え、撃たれた弾丸は、ラフェンドラを真っ直ぐ捉え、穿った。
「はい、キルマークひとつ――っと!」
「っ!」
 ラフェンドラは息を呑む。弾丸のダメージよりも。そこから自分の身体を縛る霊障の重さに、身を捩る。
 とはいえ放たれているゾンビ化モンスターは、屍王の状態に関係なくチェスターへ襲いかかるわけだが。
「さて、血肉の匂いがしない幽霊をどう探し当てる?」
 得意げに、チェスターが問う。
 そう、彼は幽霊――血肉の匂いなどしようはずもない。
 そしてチェスターは。ボールを蹴り、グランドに切り込んでいくように、ゾンビ達の中央へと飛び込み、合間を縫うように、駆けた。
 すると、視覚情報と直感で、彼を食いちぎろうと頭を伸ばし尾を振るうゾンビ達が、次々と互いを叩きのめし合う。
「ほらね」
 幽霊である彼が纏う世界の歪み……争いによって生じた礫も、飛び散る骨片も、チェスターを擦り抜けていってしまう。
「まだまだ、動かないでよ」
 チェスターは隙無く銃を構え、追撃を重ねる。くっと身を庇って――姉の亡骸を庇うラフェンドラの肩――黒衣に、鮮やかな赤い花が咲く。
 彼とて、彼女の死者を思う心は、否定しない。
 だが、その目的ばかりは――少なくとも、犠牲ありきで達成されてよいものではない……何故ならば。
 チェスターは、幽霊だからだ。
「……生き返る方法があるのなら、俺だって知りたいよ」
 つと零れた囁きは――蒼き洞窟に溶けて、消えた。

鷲宮・アベル
鷲宮・カイン

●蒼の墓標
 最後の道を仲間とともに抜けて――蒼の世界に、ゾンビ化モンスターが勢揃いしている……もっとも、その数も随分減って、その奥に陣取る屍王『ラフェンドラ・オピオイド』も、ひらり舞い上がる黒衣も無惨に、威厳など感じぬほどの満身創痍であった。
「あれがゾンビにしてたやつか」
 鷲宮・アベル(人間爆弾の職業暗殺者・h08966)が囁く。独りごちるようでいて、半身の兄――鷲宮・カイン(人間爆弾のレインメーカー・h08951)と共有するように。
「おねえさま、ね」
 カインは穏やかに……ラフェンドラが幾度となく繰り返すフレーズを、零す。
 そんなに好きだったんだね……とカインが単なる感想を口にすれば、アベルは不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「おねえさま、か――会いたいって気持ちがあるのはわかる。でも、誰かを犠牲にしてでもって気持ちは、俺にはわからん」
 突き放すような言葉だ。
 唇をとがらせたアベルは、拗ねたようにも見える。
「死んだら会えないは、当たり前だ。だから死なないように生きてきたし。それはこれからも、かわんねー」
 死なないように。それは、能力者ならざる頃からの√ウォーゾーンの日常と……人間爆弾の日常。
 アベくんらしい――くす、っとカインは笑った。
「誰かを犠牲にして蘇っても、そんなものはいずれ破綻するよ」
 ――でも、ふと思うのだ。もし自分がこの半身を失ったら。
 けれど。一度目蓋を伏せて――ゆっくりと隻眼を開く。
「そうだね、僕達はそうやって生きてきたし、これからも変わらない――アベくんや兄弟妹はもう、僕が死なせたりしないよ」
 にっこり笑ったカインを、まじまじ眺め。
 アベルは眉間に皺を寄せたまま、低く呟く。
「……ゾンビになんてなるなよ、カイン」
「ふふ、少なくともゾンビにはなりたくないかな」
 なんで笑うんだよ、悪態を吐きながら、アベルは蒼い床を蹴る。
 蒼への意趣返しのように。
「さっさとあいつを倒して、帰ろうぜ」
「うん、青の世界も悪くはなかったけど――兄弟たちのところに帰ろう」
 土産話を持ち帰らないとね、カインが嘯くと、今度こそ、アベルも口元を緩めた。
「ああ、ここは俺たちのいるところじゃないし」
 言うや、ハチェットを閃かせる。
 ラフェンドラはぎゅっと身を縮こめている――いや、姉の骸を掻き抱いているのか。余計な事をしないなら、どうでもいい。
 アベルはハチェットを振り上げ、走り出す。
 すぐにゾンビ化モンスター――ドラゴンのような形をしたモンスターが、立ち塞がり、長めの首を振るう。牙を剥き、食いかかってくる。
 アベルは踏み込みにあわせ、息を止め、吐いて――ハチェットを薙ぐ。
 目の前で肉片が飛び散り、嫌がるようにゾンビが仰け反った。だが、別のゾンビがすぐにアベルに跳びかかって来る。
(「多少の怪我……って思ったが、噛まれるとゾンビだっけな」)
 まぁ、噛まれたらそこは爆破していくか、などと暢気に考える。原因がウイルスならそれでいいだろう。
「駄目だよ」
 そんな内心を見透かしたようなタイミングで、カインが言う。
 刹那にレーザーの雨が横薙ぎにゾンビを貫いて、アベルに迫る一体を退けると、一区切りとばかりに微笑む。
「いや、どうすんだ」
 ハチェットを振り回して、アベルが問う。やや振り返ってみせたものの、脚を止めないアベルに、はは、とカインは笑って、こうするんだよ、と返す。
「さあ、派手に爆発させよう」
 ぱんと手を叩く。
 瞬間、周囲が一斉に爆ぜた。
 ゾンビどもが四散する気配と、身体を煽る熱量は、慣れ親しんだ爆弾。
 そればかりでなく――閃光が、目を眩ませ。あちこちに一瞬で張り巡らされたワイヤーがゾンビの侵攻を止める。カインの手品はもっとあるはずだが、ゾンビ相手に音響弾もないか、と省略され、ただただ時間差を付けた爆弾が爆発していく。
「上手くやるな、本当に」
 アベルが嘆息する。
 重なるタイミングでカインが零した吐息は、苦笑に近かった。
「僕以外に噛まれちゃ駄目だよって、言ったでしょ?」
「お前以外にって……そんな間抜けなことになんねーようにちゃんと気をつけてる」
 呆れ声を漏らすアベルに、カインは笑い……弟が正面を向いているのをいいことに、目だけは笑みを消して、囁く。
「――僕がそんなこと、させないけどね」
 そうして、敵へと視線を向ける。
 ゾンビどもの数が減って、その余裕が出来たのだ。
「……っ!」
 一気にゾンビの数を減らされたラフェンドラも、次の手を打つ。
 残された最後の一体にゾンビ化の力を更に注ぎ込む。強化されたゾンビは、カインの爆弾にも動じず、耳を劈く咆吼をあげた。
「ナリは立派だけど……な!」
 そこに、アベルは笑いながら斬りかかる。
 相手の尾が先に撓る。それをするりと躱して後の先を取れるのも、√能力のお陰――無論失敗のリスクは、あったが。
 カインが先んじて爆弾を仕込み、レイン砲台による援護射撃で助けてくれている。
「流石兄貴!」
 軽い褒め言葉を響かせ、アベルは唐竹割りに、ゾンビの頭を割る。
 ――そして、その姿が、消える。
「アベくんもね」
 肩を竦めるような布擦れの音がする。カインがいつも通りの表情で、ラフェンドラに指さす気配がする。
 閃光がアベルの周囲を駆け抜けて行く。自分がレイン砲台を操っているかのようだ。
 表情を緊張に強ばらせたラフェンドラは新たなゾンビを作り出そうと、している。
 ヴェールが灼けて、黒衣が灼けて、しとしとと落ちる赤い滴が増えて。
 尚も、彼女はその一瞬まで諦めない。
「力を貸してください、おねえさま」
 それは、最後の力を振り絞るための、願い。
「死人は、力を貸しちゃくれねーっての」
 だから、甦らせたいんだろ。
 残酷な事を言ったと思う――が、この段においてアベルは容赦するつもりはなかった。
「仲良く、絶対死したほうが早いだろ」
 それはアベルを始めとするEDEN達共通の思いだろう。
「あああああ!」
 ラフェンドラは絶望の絶叫をあげた。同時にその白い頸に、ハチェットが鋭角に振り下ろされる――夥しい鮮血が迸って――すべて、終わった。

 蒼い貝殻の洞窟。
 それを構成するそれぞれに、貝としての生はないのだろう。
 すべては亡骸。或いは抜け殻。
 数多のモンスターの死を見届け……再び再生する摂理を見守る――そういう|墓標《ダンジョン》なのだから。
 それでも、ゾンビに冒されているよりも余程。
「ねえ、見て、スターリング。今回の絵はいつもより素敵でしょう」
 あんなに沢山の人に手伝ってもらって描いた絵は初めて。
 そういって、青一色で描かれた、輝く湖面と……様々な冒険者達のシルエット。詳細はわからなくても、一生懸命に誰かの力になろうとする一時の仲間の姿を描いた画を。
 クェイルは大切な幼なじみに、誇らしげに披露した。

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