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忘却よりも、深い場所で

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時結・ラチア
時結・セチア

「ねえ、セチア。オレたちの服装おかしくないよね?」
「大丈夫だよ、ラチア」
 緊張しているのだろう、不安げなラチアを安心させるように微笑んで、セチアは彼の前を歩く。目的の場所は角を曲がって二軒先、久しぶりの√EDENではあるけれど、初めての場所はここにしようと二人で決めていた店だ。
「それじゃ、行くよ?」
 深呼吸する間をひとつ置いて、手を伸ばす。初めて足を踏み入れるバーの扉は、想像していたよりも静かに開いた。
 控えめな照明、磨かれたカウンター、グラスの触れ合う小さな音。そのすべてが、この場所が『大人の時間』を受け止める器であることを物語っている。
 郷に入れば郷に従えという言葉があるように、|相応しい服装《ドレスコード》についてもきちんと調べて来たつもりだ。
 黒いベストに、シルバーグレーのジャケットとスラックス。ネクタイも黒でまとめ、シャツはラチアとお揃いのネイビー。似合っているかどうか、正直なところ少しだけ不安はある。けれど、調べに調べて選んだ服だ。場違いではないはずだと、セチアは自分に言い聞かせる。
 隣に座るラチアは、ライトグレーのジャケットに同色のスラックス、ネイビーのシャツにシルバーのネクタイ。二人、いつものように並んで笑みを交わす。結局のところ、心配よりも初めての場所に浮き立つ気持ちが勝っている。この気持ちも、きっとお互いに通じているだろう。
 カウンターの向こうから控えめに問いかけるマスターに対して、二人は迷うことなく注文を告げた。
「何を頼むか決めてきたんだ?」
「楽しみにしていたからね」
 もちろんだとセチアが応じる。ほどなく、二人の前にはスミレ色と、濃い赤色のグラスが並べられた。
「乾杯」
 掲げたそれらが、二人の間で軽やかな音色を奏でる。そして、それぞれに頼んだカクテルを口に運んだ。
 セチアが頼んだのはスプモーニ。口当たりはほのかに甘く、次いで訪れるカンパリのほろ苦い風味が、少しばかり背伸びをしたい気持ちと馴染むようで、思わず笑みを浮かべてしまう。後を引く柑橘の爽やかさを楽しみながら隣を見ると、ラチアもグラスの中の氷を転がすようにしながら、初めてのそれを味わっていた。
 淡い紫色に輝くそれは、ラチアの頼んだバイオレットフィズ。スミレの華やかな香りと、レモンの爽やかな酸味が調和した味わいはまるで抵抗がなく、するりと喉を落ちていく。
 ――これは調子に乗るとすぐに酔いが回りそう。美味しいけれど、同時にそんな予感がして、ラチアはそれを少しずつ味わうようにペースを落とした。二人で過ごすこの時間、バーの雰囲気やセチアとの会話、大事なそれらを取りこぼしてしまわぬように、きちんと楽しめるように。
「セチア、それのカクテル言葉って覚えてる?」
「いや、何だったかな……?」
 その様子だと、バイオレットフィズのカクテル言葉もわかっていないだろう。けれど、それはそれで構わないと、ラチアはまたグラスを傾けた。
 秘められた意味は、『私を覚えていて』。どんな時でも片隅で構わないから、セチアの記憶に留まり続けていたい――尤もセチアが自分の事を忘れるなんて思わないけれど、それでも……ラチアはそう願わずにはいられない。
 この気持ちはラチアだけのもの。たとえ伝わっていなくとも、きっとセチアもまた、同じように考えていた。
 セチアにとって、ラチアは大事な存在。例え何が有ろうと、忘れる事は決してないだろう。
「それにしても、美味しいよね、此処のお酒」
 この味もまた忘れぬように、記憶に刻むように味わいながら、セチアが問う。
「ラチアはどう、きにいった?」
「これだと、足繁く通うことになりそう」
 それくらい酒の虜になっちゃった、そんな風にラチアが返す。
「また、二人で機会を見つけて、一緒にバー、行ってみようよ、ラチア」
「もちろん――兄の願いを叶えるのは弟の役目でしょ?」
 冗談めかしてそう続ける。けれどそれは、半ば……いや、ほとんど本心のようなもの。
「オレ以外セチアの弟は務まらないし、譲るつもりもない」
「頼もしいね」
 大袈裟に腕を広げて見せるラチアの様子に、セチアがくすくすと喉を鳴らす。鼻腔をくすぐる芳香と、甘い舌の痺れ、カクテルが二人の会話を弾ませて、気持ちをやわらかくとかしていく。
「二人一緒なら、何処でも楽しいだろうけれど――」
「でも、二人一緒じゃないと見れない景色がある」
 ラチアの言葉にセチアが頷く。きっとそれは、紛うことなき真実だから。
「二人一緒だから、楽しさも二倍なんだ」
 グラスの中で、氷が小さく音を立てた。静かな夜の中で、その音はやけに心地よく響く。
 静かなグラスの余韻の中で、二人の時間だけが確かに流れていた。
 寄り添うその距離こそが、何よりも揺るぎない絆の証なのだと、夜は静かに告げている。

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